「希望の『君の椅子』」プロジェクト

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 「君の椅子」プロジェクト(http://www.asahikawa-u.ac.jp/page/kiminoisu_project.htmlは、2006年に始まって、毎年新しいデザインによる椅子は、新たな命を祝福してきています。

毎年のデザインはその年に生まれた命を祝福します

毎年のデザインはその年に生まれた命を祝福します

 「君の椅子」プロジェクトの代表である磯田憲一さんは、その理念を下記のように語っています。

・・・・・、経済性や利便性だけでなく、地域社会の優しく、柔らかなネットワークを少しでも取り戻していきたい、そのためにひとりひとりがそれぞれに小さな取組みを重ねていく、そんな思いを込めて私達は「君の椅子」プロジェクトを立ち上げ、その一歩を踏み出しました。北海道という地域の持つ財産とその潜在力を活かして、「新しい生命」、「新しい市民」の誕生を暖かく見つめ支え合う地域コミュニティ、その再生の火を灯す役割を担いたい、それが私達” 君の椅子プロジェクト”の願いです。「君の椅子」は思い出の記憶装置。それは子どもたちの未来への贈り物です。新しい生命が人々のあたたかな眼差しに見守られて、健やかに成長することを願いながら私たちはこの北海道の大地から「君の椅子」を贈り届けていきます。・・・・・・・

 「君の椅子」は、名前やロゴ、一連番号が刻印された世界でひとつだけの椅子で、無垢(むく)の木材で確かな技を持つ旭川家具の職人が作ります。暦年ごとにデザインが変わるオリジナルの手づくり椅子です。

 今月初旬に、磯田さんから、3・11の震災を経て、「希望の『君の椅子』」を立ち上げる旨をお聴きして、私もすぐに賛同致しました。3月11日の大震災で、亡くなられた方々の数は毎日のように報道されていますが、その日生まれてきた「新しい命」は、まさに3・11以降の復興の「希望」です。被災した東北3県下の市町村に問い合わせをして、その日誕生した子を把握し、そのお名前を座面裏に記して贈呈する試みです。

「希望の『君の椅子』」です

「希望の『君の椅子』」です

座面裏の名前を記した刻印です

座面裏の名前を記した刻印です

 個人情報保護法との関わりで困難をともなった作業だったようですが、104の新しい命を私たち北海道民が祝福する試みは、世界に発信して希望の糸口としたいものです。私たちの気持を「見える化」して応援する、木目とともに、「3・11以降のいのち」の成長を記録する、そんな椅子になってもらいたいですね!

「きたネット」、今年のふり返り(後)

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 今年の「札幌KITA-NET北海道環境活動交流フォーラム2011:http://www.kitanet.org/event/index.html#works2011」は、国際森林年に因んで、「北海道スタイルの森づくり、市民力で森と人をつなぐ」と題して、盛だくさんな内容で開催されました。全道各地から170名を越える大勢の参加者が、最初から最後まで大変熱心に聴き、分科会・ワークショップでは活発な意見交換がなされました、一つの場に集う価値を、あらためて確認した一日でした。基調講演二題は「きたネットWeb:http://www.kitanet.org/index.html」の録画でも見ることができます。

フォーラムのプログラム

フォーラムのプログラム

基調講演1 「協働の力でつくる北海道の森林の未来」では、北海道大学農学部教授・柿澤宏昭(http://gcoe.ees.hokudai.ac.jp/mfrs/?p=854)先生が、「持続的な森林の管理と循環型社会の構築を進めるために、森林資源の利用まで含めたより多面的で深い市民と森林との関係のもち方について」、お話をされました。  

北海道大学農学部・柿澤宏昭教授

北海道大学農学部教授・柿澤宏昭さん

基調講演2 「もっと森を、モア・トゥリーズの活動」では、一般社団法人「モア・トゥリーズ:http://www.more-trees.org/」事務局長の水谷伸吉先生が、「より多くの人に森と関わりを持ってもらえるよう、普遍性をもった都市と森をつなぐプラットホームで ありつづけたいと願う、モア・トゥリーズの活動」を語りました。 

坂本龍一代表の「モア・トゥリーズ」

坂本龍一代表の「モア・トゥリーズ」

事務局長・水谷伸吉さん

事務局長・水谷伸吉さん

 代表の坂本龍一さんをシンボルに、フィールドをショウアップする多彩な活動は素晴らしいですねカーボンオフセットの取り組みとして、「ANA・B787カーボンオフセットキャンペーン:https://www.ana.co.jp/amc/cpn/offset/は、ちょうど今、実施期間中です。

 

 午後からは3つの分科会に分かれての意見交換、更に続く全員によるワークショップでした。

●分科会A 市民団体は森づくりをどう変える?~森づくりのモデルを考える」 

 北海道の2地域で、まったく違うアプローチから民有林保全に切り込んでいる2つのNPOが、共通する課題を考え、将来を展望しました。NPO法人ウヨロ環境トラスト(白老町:http://www.shiraoi.org/trust/)、もりねっと北海道(NPO法人森林再生ネットワーク北海道 /旭川市:http://morinet-h.org/

【コメンテーター】
荻原 裕 氏(北海道森林管理局 保全調整課 課長

●分科会B 「事業体と市民をつなぐ森づくり」

 企業・事業体と市民活動団体の連携、森林資源活用事業に取り組むNPOの事例から、森づくりの新しい道筋を考えました。 

【コーディネーター】柿澤 宏昭 氏(北海道大学農学部 教授)  

事例1 コープ未来の森づくり基金(http://www.coop-sapporo.or.jp/contents/view/id/82 & きたネット(http://www.kitanet.org/index.html
事例2 一般財団法人セブン-イレブン記念財団(http://www.7midori.org/) & NPO法人支笏湖復興森づくりの会(http://www.shikotsuko-moridukuri.org/index.html
事例3 NPO法人森の生活(下川町:http://www.forest-life.org/)が事業者としてめざすもの

【コメンテーター】  
     水谷 伸吉 氏(一般社団法人more trees)  
     西川 瀞二 氏(北海道林業技士会)  
    遠藤 俊次 氏(ホーマック株式会社)

●分科会C 「森からはじめるエネルギーシフト」 *この分科会は公益財団法人 秋山記念生命科学振興財団「ネットワーク形成事業」助成により開催

  林業の持続可能性と木質バイオマスの有効利用の可能性について各地の事例から学び、「北海道における木質エネルギーへの転換をどう進めるか」をディスカッションしました。

 【コーディネーター】大友 詔雄 氏(NPO法人北海道新エネルギー普及促進協会:http://www.hkd-enekyo.npo-jp.net/ 理事長)

事例1 木質バイオマス利活用の可能性と地域内経済効果―森からみたエネルギーの地産地消 大友 詔雄 氏

事例2 薪プロジェクト(どさんこ薪ネットコンソーシアム)について 岡田 基 氏(一般社団法人ProDeC:http://prodec.jp/

事例3 木質資源作物の可能性と下川町における公共施設のエネルギー転換 高橋 祐二 氏(下川町地域振興課 主幹:http://www.town.shimokawa.hokkaido.jp/Cgi-bin/odb-get.exe?WIT_template=AM04000

 <11月28日追記>分科会Cの様子:http://enavi-hokkaido.net/forest/?p=315

~~~印象に残った言葉の数々~~~

* 「植林」から「森」づくりへ、「循環」の中で私たちは関わるべきである

* 地域と森林の関わりは「多様」で、「全体的」である

* 地域特性、特有資源を生かしての取り組みを、「まちづくり」として

* 都市と森とのつながり・橋渡し、3・11以降の取り組みとしての「LIFE 311:http://life311.more-trees.org/

* カーボン・オフセット(相殺)の取り組み:ANA、NTTドコモ等の取り組み

* オーストリア・ギュッシング市の取り組み(http://www.nerc-hokkaido.co.jp/wp/chiki)、http://www.eonet.ne.jp/~forest-energy/GREEN%20ENERGY%20FILE/Guessingstory.pdf

 下川町の数々の実践は、感動する程素晴らしいものでした。行政に優れた人材を得ると、市民とともに先駆的試みが可能ですし、持続可能な新しいシステムもダイナミックに動いていくことを立証していますね。素晴らしいモデルが北海道にはあり、心強く感じました。とにかく、この一日は大変内容が濃く、とても全ては書ききれません。ただの知識・知恵ではなく、これからの私の実践に大きく役立てたいものと決意をしています。皆さま、本当にありがとうございました!

「きたネット」、今年のふり返り(前)

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 環境系中間支援団体、「NPO法人 北海道市民環境ネットワーク:愛称きたネット(http://www.kitanet.org/index.html)」の今年の活動テーマは、「森づくり」です(http://www.kitanet.org/event/index.htm#2011s)。

 今年の5月、通常総会当日に今年度最初のイベントとして、「国際森林年 特別企画<北海道の森をどうする?座談会>」でした。

多彩なリーダーをお迎えして

多彩なリーダーをお迎えして

 次は7月の交流行事で、前田一歩園財団の訪問(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9393http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9405)。

 そして9月には、「森づくりと人づくり」と題しての講演と説明会が開催されました。

きたネットカフェSPECIAL 2011

きたネットカフェ SPECIAL 2011

東京 & 札幌、今年の11月

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 東京都台東区上野公園にある、旧東京音楽学校奏楽堂(http://www.taitocity.net/taito/sougakudou/)です。

東京藝大・奏楽堂

旧東京音楽学校・奏楽堂

 先日、久しぶりに上野公園界隈を歩いていると、ここでピアニスト・小倉末子の展示、「凛と弾く:http://www.taitocity.net/taito/sougakudou/sougakudou_news/news-ogura.html」を公開していました。彼女の業績は後進の指導でも発揮されて、数々の足跡を残し、終戦の1年前に54歳でお亡くなりになりました。

小倉末子「凛と弾く」の展示

小倉末子「凛と弾く」の展示

  このすぐ近く、東京国立博物館(http://www.tnm.jp/)では、特別展「法然と親鸞:http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1404」が開催中です。今年は、法然上人800回忌・親鸞聖人750回忌で、特別展「法然と親鸞 ゆかりの名宝」と銘打って、平成館特別展示室で、10月25日(火)~12月4日(日)までの開催です。先日も多くの方々が玄関前に列を作っていました、私はその横を通り抜けるだけでしたが・・・・。

 一方、札幌ではつい先日、中央区のサッポロファクトリー(http://sapporofactory.jp/)のアトリウムで、巨大クリスマスツリーにイルミネーションが点灯しました。イベント広場では子連れの家族も楽しそう、北海道の冬をここで過ごす人々も多いのでしょうね。

サッポロファクトリーのアトリウム

サッポロファクトリーのアトリウム

 今年2011年も残り1ヶ月半、ごく普通の暮らしが有り難く感じる今日この頃です。今年は、「年忘れ○○」等の言葉は禁句でしょうね、忘れられない・忘れてはいけない年のはずですから・・・・・。

「母子像・ふるさと」、除幕式!

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 先月31日に設置された「母子像・ふるさと」(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10725)、周辺の工事もほぼ終了し、18日午後2時から「除幕式」が開催され、80人以上の参加者で大いに盛り上がりました。前日の積雪で新しく造られた公園はすっかり冬化粧、背景は雪のベールで覆われて来年までお預けです。

ワグナー・ちよ理事長のご挨拶

ワグナー・ちよ理事長のご挨拶

除幕式:地元の幼稚園児と保護者も参加

除幕式:地元の幼稚園児と保護者も参加

  地元の幼稚園に通う子供たちと保護者の方々もご参加下さり、除幕式にも一役買ってくれました。この「母子像・ふるさと」には子供たちが実に似合いますね、歓声も空いっぱいに広がって、ひと時温かい空気に包まれます。

「母子像・ふるさと」には子供たちが似合います!

「母子像・ふるさと」像と地元の幼稚園児たち

 ワグナー・ナンドールのメッセージが市民の皆さんに届いて、新しい札幌の名所になってくれると嬉しいですね。

<補足> 円山公園となりの町内会ブログにも掲載されています(http://miyanomorimachisen.blog111.fc2.com/blog-entry-633.html)。

「フクシマ論」、開沼博さん

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 「さっぽろ自由学校・遊:http://www.sapporoyu.org/index.php」の連続講座「奪われた“郷土”~フクシマからのメッセージ~:http://www.sapporoyu.org/modules/sy_course/index.php?id_course=279」の第2回は、東京大学・大学院博士課程の開沼博さんのお話でした。開沼さんの著書「フクシマ論:http://ceron.jp/url/www.seidosha.co.jp/index.php?%A1%D6%A5%D5%A5%AF%A5%B7%A5%DE%A1%D7%CF%C0」は、第65回毎日出版文化賞を受賞し(http://mainichi.jp/corporate/info/news/20111103ddm001040037000c.html)、ベストセラーに。

 第1回の安倍(あんばい)隆さんは、このシリーズのコーディネーターも兼ねていますが、その話はアーカイブでこちら(http://www.sapporoyu.org/modules/sy_myevent/index.php?id_event=282)です。

 先日の講座会場、愛生舘ビル2階は、まさにあふれる人で超満員、驚きましたね。彼は、3・11以前から福島の「原子力ムラ」について研究を進めていて、今年1月14日に修士論文を書き終えたところだったそうです。

 戦後復帰から「田舎と都会」という枠組みで成長を続けた日本社会、それは「成長」という名の「地方の植民地化」だったと断言しました。「55年体制」とこれまで語られている1955年は、原子力基本法(http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S30/S30HO186.html)制定の年でもあります。「成長とはエネルギーだ!」、日本の戦後のエネルギーの中心に原子力があり、反対派は「変わり者」扱いになり、議論する余地はないとされてきた社会、経済的にも、文化的にも、政治的にも、いわゆる「信心(しんじん):addictional」として。

 「原子力ムラ前史」として、福島と電力・エネルギーとの関わりに言及しました。1914年の猪苗代第一水力発電所建設に始まる歴史から、1960年代の原子力発電所計画が今に至っている歴史的経過。そして、1)「中央の原子力ムラ:行政、メディア、研究者」は理想への邁進の果てに、合理性がゆがめられ、2)「地方の原子力ムラ」は原子力を媒介として豊かさを求め、原子力依存状態となっていった、それらの歴史的経過を分かりやすく解説されました。

 原発一基による1000人の雇用、定期検査で2000人の雇用、それで原発は地元経済に貢献したのか?「危ないこと」を「危ない」と言わない、言えない状況ができていたのです。

 福島県いわき市生まれの若干27歳、上野千鶴子さん、吉見俊哉さんに師事したそうですが、とにかく冷静沈着で、恐るべき若手研究者です。質問に対しても温かい眼差しと丁寧な答え、地元福島の住民に寄り添う調査・研究の証しを見せて頂いた気がします。最後に、「今、変わらないものが、いつ変わるというのだろうか・・・・」、地方が見過ごされているのではないか、東京発マスメディアは、ただ情報を消費しているだけ」と結ばれました。

 本当に、「今、変えないで、いつ変えると言うのか!」、後の世代、或いは歴史から、3・11以降の我々が試されています。

 

三国清三が語る、「北海道から世界へ」

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 この1カ月くらい、私が関係する諸団体で、講演等イベントが目白押しです。先日は、北海道経済同友会の例会で、「オテル・ド・ミクニ(http://www.oui-mikuni.co.jp/cgi-local/top/index.cgi)」のオーナーシェフ・三国清三(きよみ)さんをお招きして講演がありました。北海道増毛町(http://www.town.mashike.hokkaido.jp/menu/kanko/kankou-top/mashike-kankou1.html)出身、私より3歳若い彼の話は、ほぼ同時代を生きていながら、アメリカ・ヨーロッパでの活躍の映像からも推し量れ興味深く、彼自身の人生から紡ぎ出される言葉に力がありました。

最初に修行した札幌グランドホテルで講演

最初に修行した札幌グランドホテルで講演

 増毛の浜で採れる「ホヤ」の味で育った三国さんは、「五味:甘い、すっぱい、しょっぱい、にがい、うま味」の大切さを感じ、その後のシェフ人生の基盤となりました。

 2003年に札幌駅南口に「ミクニ サッポロ:http://www.stellarplace.net/floor_guide/142/」開業、このところは子供たちの食育活動(http://mikuni555.com/conts/)、スローフード運動にご尽力されています。

 最後は、「結局は、最も価値のあることは『オリジナリティ』であり、それがグローバル社会での日本人としての『アイデンティティ』、『誇り』だと思います」と結ばれました。

「近自然」によるまちづくり

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 スイス近自然学研究所代表の山脇正俊(http://web.me.com/masatoshiyamawaki/homepage/profile-jp.html)さんをお迎えしての講演、1年に一回は日本に来て、札幌でも毎年講演をされています。

 主催は、「スローフード・フレンズ北海道(http://www.slowfood-friends.org/)」で、今年で9年目の近自然セミナーです。フレンズHPの活動記録に、2003年からの様子が掲載されており、代表の湯浅優子(http://www.netbeet.ne.jp/~tabitoka/heart/05tuttyan.html)さんは「ファームイン」の草分けです。共催は「北海道エネルギーチェンジ100プロジェクト(http://www.enechan100.com/http://ja-jp.facebook.com/enechan100)」、「北海道エコビレッジ推進プロジェクト(http://ecovillage.greenwebs.net/about.html)」でした。

山脇さん:中代達矢に似た風貌

山脇正俊さん:中代達矢に似た風貌?

 当日の逐一の報告は書き留めませんが、先日、同じく参加した鈴木善人さんは自身のブログ(http://www.leaps.jp/?p=2940)で内容をコンパクトにまとめています。経営者から見ると、「リスクマネジメント」という言葉で「近自然」を語って頂けたことが、最も腑に落ちるポイントかなと、やはり経営者の鈴木善人さんのブログを読んで感じました。

 特に印象に残ったフレーズは、~~~環境配慮は「危機管理:リスクマネジメント」であり、4つの原則がある:1)事前の周到な準備、2)危機の認識、3)迅速で適切な回避行動、4)対処より予防~~~~まさに「経営」そのものですよね。

 もう一つ、「スペシャリスト」に対する言葉で、従来の「ジェネラリスト」は英語の語感が良くなく、「ユニバーサリスト」が使われる場合が多いとか、日本語では「万能家」と訳しているようです。

 基本的概念で、食、農、エネルギー、景観、近自然等、皆共通するものがあります。

さっぽろアートステージ2011

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 今年で7回目、「さっぽろアートステージ2011:http://www.s-artstage.com/2011/」が始まりました。

 「さっぽろアートステージ」とは、札幌で活躍するアーティストに発表の場をつくり、その作品を市民と一緒に観て、ふれて、感じるアートイベントです、市内各所で関連イベントも盛んです。

駅前地下通路で

駅前通り地下通路で

 「アート」は、ふれて、感じて、はじめて楽しめるものだと思いますね、HPには次のように書かれています。

~~~~~その「アート」を街に開放し、気軽に楽しめるように、わたしたち「さっぽろアートステージ」はアーティストと市民がつながる「アートの入口」をつくり出しています。その入口は、舞台へ、現代アートへ、音楽へつながる入口です。そんな入口を街の至る所に出現させ、みなさんと「アート」の距離を縮めたい、「アート」を身近に感じてもらいたいと思っています。

 2011年もアートステージは「舞台芸術部門」「学生音楽部門」「音楽部門」「美術部門」の4部門で構成。「特別企画」として今年限定で、3月に開通した「札幌駅前地下通歩行空間」を舞台に「キックオフイベント」を開催いたします。アートステージのスタートとなる「キックオフイベント」ぜひ、ご期待ください!~~~~~~~~

 キックオフイベントは、今月5・6日に地下通路で開催されました。

地下通路での展示

地下通路での展示

 一方、 「札幌劇場祭:TGR(http://www.s-artstage.com/2011/tgr2011/)」も、先月下旬から、先立って市内9つの劇場で一層レベルアップし始まっています。

琴似・パトスロビーで、多様なチラシ

琴似・パトスのロビーに揃う多様なチラシ

 今年も私は審査員として、1カ月に32本のエントリー演劇を観ることになり、すでに8本は終わりました。昨年は初めての審査で要領も良く分かりませんでしたが、その後1年経ち、今年はかなり周辺情報も増えていますし、しっかりした審査で臨みます。今年の私の視点を、劇場祭のHPに掲載しています。

~~~~~<コメント> 3・11以降、芸術・文化の価値が人々に生きる力を与えるとして、高く評価されています。まだ一度も演劇を観たことの無い、或いは「敷居が高い」と敬遠している多くのごく普通の市民に対して、劇場に足を運んで貰う努力・意欲が感じられること、芝居を通して伝えたいメッセージ、問題提起が明確であること、そして何か新しいものを追いかけている姿、等が私の視点です。演劇に興味はありますが、基本的に「素人」の立ち位置にこだわりたい、北海道の演劇人に期待しています!~~~~~~

●今年のTGR札幌劇場祭大賞の審査員は以下の7人です。
・飯塚 優子 (レッドベリースタジオ主宰) ※審査委員長
・早川 渉 (映画監督)
・秋山 孝二 (NPO法人北海道市民環境ネットワーク理事長)
・松井 哲朗 (劇評誌「続・観劇片々」主宰)
・桑田 信治(株式会社インテリジェンス anウィークリー北海道版編集担当)
・北田 静美 (株式会社ウエス CREATIVE5 営業企画 プロデューサー)
・森  彩夏 (北海道教育大学岩見沢校 芸術文化コース  アートマネージメント音楽研究室所属4年生)

 12月4日は、午後から公開審査会があり、そこで大賞他が決まります。実は、私の所属、この「秋山財団」から「NPO理事長」に変更しました。肩書を入れると漢字が20文字以上も続くことになり、芸術・文化には馴染まない(?)と勝手に自分で判断して代えました!

 

  更に、今年から「常設」となった「500m美術館:http://www.s-artstage.com/2011/artstreet_about/」も一段とレベルアップです。

今年から「常設」へ:500m美術館

今年から「常設」へ:500m美術館

  芸術の秋、札幌は今、盛りなり、ですね。

中川ヒデアキ:追悼ライブ

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  「中川ヒデアキ:追悼ライブ」が、札幌市西区八軒のレッドベリースタジオ(http://www.akai-mi.com/)で開催されました。ここで昨年は10周年記念企画で、こんなコンサート(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5248)も。

 数少ないインド古典音楽の演奏家として知られた札幌在住の中川ヒデアキさんが、がんにより9月15日に57歳で亡くなりました。演奏仲間には「デンさん」の愛称で慕われ、インド音楽と釣りが好きだった中川さんを悼み、友人らが札幌市内のライブ喫茶などで追悼ライブの企画、初日でした。

右:シタール、左:タブラ

左:タブラ、右:シタール

 この回は、シタール・井上憲司(http://www.kenjiinoue.com/)さん、タブラ・逆瀬川健治(http://homepage2.nifty.com/souhadou/index/Home.html)さんの演奏でした。

タブラ演奏:逆瀬川 健治、シタール演奏:井上憲司

タブラ演奏:逆瀬川 健治、シタール演奏:井上憲司

 とにかく、一つの曲が長いです。初めてだったので、最初は旋律を追いかけて追いかけて、そのうちに催眠術に掛ったみたいに眠くなります、退屈で眠気がくるのとは違います。それからなおも淡々とシタールの響きとタブラのリズムが織りなす不思議な音楽、結局曲の終りが第一部の終了でした。

 私は中川さんには生前お会いしたことはないのですが、こうやって追悼ライブが、以前の仲間たちによって開催されて多くのファンが集まる、死してなおの存在感、素晴らしいですね。

六華同窓会2011

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 高校の「六華(りっか)同窓会:http://www.rikka.net/」の総会・懇親会が、今年も盛大に開催されました。東京には「東京六華同窓会:http://www.tokyorikka.jp/」もあり、こちらは6月に行われました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9007)。

オープニング:吹奏楽部

オープニング:吹奏楽部

  オープニングは吹奏楽部の演奏、続いてダンス部のはち切れそうなパフォーマンス。今年も600名を越える同窓生の登録があり、「絆」を確かめ合ったひと時です。毎年、年長者順に着席テーブル、私たちの期は、この数年、「もうすぐ我々も着席組だよね」と、同期の連中と話をしていましたが、何と今年がその「着席組」だったではありませんか!座って歓談していると、何だかすっかり落ち着いてしまって、立っている若い世代との交流もそっちのけで、立派な「長老組」でした。こうして歳を取っていくのかと、少々の寂しさも感じながら・・・・。

ダンス部:素晴らしい笑顔

ダンス部:素晴らしい笑顔

  懇親会途中で、アコースティックギタープレーヤー、現役大学生・南58期の山木将平(http://yamakishohei.web.fc2.com/top.html)くんの演奏もありました(http://www.youtube.com/user/shoheiyamaki)。素晴らしいテクニックに加えて、特殊奏法等の作曲・演奏活動にもチャレンジし、チラシにあるように、まさに北海道の大地と空の広大さを感じさせました。会場では1stアルバムの「NORTH WIND:http://www.amazon.co.jp/NORTH-WIND/dp/B004OVSP6M」も販売されて、飛ぶように売れていましたね、楽しみです!

山木将人さんの演奏

山木将平くんの演奏

  昨年少し納得のいかなかった一中の大先輩達、今年は気合十分で、一中校歌、応援歌を堂々と歌い上げました!中53期の山本晋也さんは、歌詞を大きめに印刷して皆さんに配り、この日に備えたとおっしゃっていました。

一中同窓生の雄姿

一中同窓生の雄姿

 「六華同窓会」の幹事長をつとめている私は、今年の会誌に、「『自立した個』として生きる時代」と題して書きました。~~~~~~~~

 2011年六華同窓会総会・懇親会、とりわけ今年は、例年以上に開催できること自体を心からお喜び申し上げます。今年のテーマ、「『六華全書』~今、ひもとくとき」からは、多彩な同窓生の「今」と「人生」を紡ぎ、独自の「六華全書」をひも解いていきたいとの意欲を感じ取ります。これまで幹事当番期としてご準備にあたられた南36期の福沢康弘実行委員長はじめ、同期の皆様に心から感謝申し上げます。

本年3111446分に発生した巨大地震、それに連なる大津波、驚愕の東京電力福島原子力発電所事故は、多くの喪失感を生みながらも、今生きている我々に大きな課題を提起しています。そんな中で今年の当番期は、「『六華全書』に集約された『知』の力は、私たちの想いを必ずやかたちにしてくれると信じて」と、大変前向きに語っています、今ここ、まさに六華に集う人々の出番だというように。

 

7月の「FIFA女子ワールドカップ2011」で、「なでしこジャパン」の優勝は、私たちにたくさんの勇気を与えてくれました。選手たちは日々苦労の連続でここまでの道のりを勝ち取り、結果を出し、試合後のコメントも笑顔も実に爽やかでした。さらに今回の佐々木則夫監督は、男子の岡田前監督、ザッケローニ監督にも共通していますが、事前情報を基に戦略・戦術を駆使して「日本らしさ」を創り出し、試合が始まってからは選手に全幅の信頼を寄せて、試合後は選手を称賛してやまない、本当に素晴らしい采配でした。「駒として使う」というより、一人ひとりの考える力を信頼して、情況に応じた瞬時の判断を任せる、組織における「自立した個」の育成、まさに新しい時代の監督像です。311以降の日本に必要な人材は、自分の頭で考え続ける、こうした「自立した個」であり、取りも直さず、六華に集う人々そのものではありませんか。~~~~~~~~

 

3・11以降の同窓会、また「つながり」の新鮮さを感じて良かったな、と。

「母子像・ふるさと」札幌に到着!

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  昨年のフォーラム(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6371)から1年を経て、ワグナー・ナンドール記念財団(http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html)が札幌市へ寄付した「母子像・ふるさと」が、旧札幌市長公館跡(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4981)に10月31日に到着しました。

 栃木県益子町から大洗のフェリーに乗って、地元益子町の田中さんご夫妻がトラックで搬送して設置も完了しました。今後は周辺の整備・養生を終えて、今月18日午後2時の除幕式を迎えます。

益子からはるばるやって来た「母子像・ふるさと」

益子からはるばるやって来た「母子像・ふるさと」

18日午後2時からの除幕式まではひっそりと

18日午後2時からの除幕式まではひっそりと

 田中さんは、一昨年の中野区哲学堂公園に建立された「哲学の庭・群像:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2792」も、一週間泊まり込みで11体の像を設置しました。今回は数時間でしたが、大きな木箱に梱包して、陸路・水路を経ての搬送、終了後もとんぼ返りでまた深夜のフェリーに乗って、益子に戻りました。3・11以降の震災復旧のお仕事が地元で目白押し、とても札幌でゆっくりしている時間は無い様子でした。

 「母子像・ふるさと」は、台座に23度横向きにボルトでしっかり固定され、18日の除幕式までカバーが丁寧に掛けられました。周辺が整備されるとまた一段と雰囲気も出るのでしょうが、思えばワグナー・ナンドールと出会った私の叔母・ちよさんのふるさとに、しっかり固定された、まさに劇的瞬間なのですよね。

 3・11以降、「絆」の大切さが再認識される昨今、この像が放つ「いつの世でも、どんな国でも確かな絆としての母と子」、それが「札幌市長公館跡地」に建立される大きな意義を感じます。

田中さんご夫妻に金メダル!

田中さんご夫妻に金メダル!

 遠くからありがとうございます、この仕事を成し遂げた田中さんご夫妻に、表彰台で「金メダル」です!!

「みんなのエネルギー・環境会議 札幌」

Posted by 秋山孝二
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  「みんなのエネルギー・環境会議:http://www.meec.jp/」、第3回目が札幌で開催されました。 当日は300人を越える聴衆で満席、セッションも内容が濃く、「エネルギー」、「原子力発電」についても、賛否はともかく、まずは議論の新しいフィールドが生まれている、そんな感じでした。

 コーディネーターをつとめた枝廣淳子さん(幸せ経済社会研究所所長:http://ishes.org/)の能力・センスが、ひと際輝いていたと思います。ある時はさりげなく補足し、ある時は大胆に方向性を変える、以前枝廣さんのワークショップ(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=508)で学んだ「Resilience」な姿勢そのものでした。そう言えばこの研究所のキックオフ・ミーティングは、今年の大震災の直前に東京で開催されました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7722)、何かの因縁ですね。

枝廣淳子さんに関するこの欄での掲載一覧――>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%9E%9D%E5%BB%A3

豪華メンバーが勢ぞろい!

豪華メンバーが勢ぞろい!セッション1で

 セッション1「エネルギー政策と原子力」
「新しい」エネルギー基本計画はどうあるべきか?
コーディネーター:枝廣淳子氏(幸せ経済社会研究所所長)
登壇者:飯田哲也氏(環境エネルギー政策研究所)
    上田文雄氏(札幌市長)
    澤昭裕氏(国際環境経済研究所)
    澤田哲生氏(東京工業大学原子炉工学研究所)
    鈴木達治郎氏(原子力委員会委員長代理)
    吉岡斉氏(九州大学)
    吉田文和氏(北海道大学大学院) 

 セッション2「再生可能エネルギー」
日本と北海道の自然エネルギーは増えるのか?何が必要か?
コーディネーター:枝廣淳子氏(幸せ経済社会研究所所長)
         鈴木亨氏(NPO法人北海道グリーンファンド理事長)
登壇者:飯田哲也氏(環境エネルギー政策研究所)
    上田文雄氏(札幌市長)
    小林基秀氏(北海道新聞社編集局報道本部編集委員)
    吉田文和氏(北海道大学大学院)

  このフォーラムの内容は新聞等でも報道されましたし、近いうちに録画で掲載されるでしょうから、ここでは逐一の報告は致しません。ただ、 会の趣旨は次のようなものです~~~~~~~~~~~~~~~~~~~HPより~~~~~~~~~

 「みんなのエネルギー・環境会議」は、原発推進/反原発・脱原発、自然エネルギーの今後等について、「こうあるべき」という特定のスタンスを打ち出すためのものではありません。それぞれの観点についての賛成・反対を含め、さまざまな立場や考え方の人々がオープンに日本の産業や暮らしを支えるエネルギーの今後について、考え、語り、議論し、対話する場を作っていくことをめざします。

 エネルギーについて考えることは、私たちがどのような豊かさを望むのか、未来の暮らし方をイメージするのか、を考えることでもあります。国民の参加と合意に基づく民主的なエネルギー政策をつくっていくとともに、エネルギーに関する議論それ自体が日本を真に幸せな民主主義国家にしていく一助になると信じています。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~引用おわり~~~~~

 長時間でしたが、集中力の欠けることなく壇上と聴衆が真剣でした。私は、同じ空間・時間を共有すると、人柄が浮き彫りになってくる、或いは、やり取りの中でその人の人間性がにじみ出ると思うのです。普段活字で読んでいて共感しているつもりでも、本人を目の前にして発言を聞いて落胆する場合もありますし、また、その逆もあったりして。

 さらに今回感じたことは、「今、その重要な立場にいる方が意識を変えることの重み」ですね。ある意味で権力を保持している方、影響力のある方が、「人間として時代と真摯に向き合う」姿勢があるとすれば、それが最も「力」を発揮する、今回、原子力委員会委員長代理の鈴木達治郎さんのお話しぶりをお聴きしていて、そう感じました。

 3・11以降の新しい時代、エネルギーについて、皆で議論していきたいですね!

前田一歩園財団 贈呈式 2011

Posted by 秋山孝二
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  阿寒湖畔で広大な敷地を管理する前田一歩園財団(http://www.ippoen.or.jp/)の今年度の表彰式が開催されました。恒例の「前田一歩園賞」に加えて、昨年から始まった「一歩園ジュニア自然環境賞」の表彰でした。

 少し早めに会場に着くと、小さな子供たちが歓声をあげているではありませんか、すごく良かったです!今年度の受賞は以下の通りです。

「前田一歩園賞」は、旭川市の「突哨山と身近な自然を考える会:http://genki365.net/gnka07/mypage/mypage_group_info.php?gid=G0000023」(出羽寛代表)、帯広市の「エゾリスの会:http://d.hatena.ne.jp/noken/」(堀之内清志代表)。「考える会」はカタクリの群生地として知られる旭川の突哨山の保全活動が評価され、「エゾリスの会」は自然観察会や動植物の調査に取り組んできた業績が認められました。

 小中学生を中心とした団体を対象とした「一歩園ジュニア自然環境賞」には、札幌市の「西岡ヤンマ団:http://www.sapporo-park.or.jp/blog_nishioka/?cat=9」(浅川昭一郎代表)と留萌管内羽幌町の「北海道海鳥センタージュニアレンジャー:http://seabirds.exblog.jp/i5」(石郷岡卓哉代表)。

前田三郎理事長が贈呈

前田三郎理事長が贈呈

ジュニア賞・受賞の子供たち

ジュニア賞・受賞の子供たち

 受賞後のご挨拶、それぞれの方々、永年の活動のご苦労が読み取れて感動しました。特に、「ジュニア賞」の創設はいいですね、究極の「若手」ですから。

 秋山財団と前田一歩園財団さんとは、これまで様々な交流があり、この欄にも何回か掲載しました。

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1580

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9140

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9393

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9405

 北海道における財団法人の草分けのような前田一歩園財団さん、これまでのご活躍に、心から敬意を表します。前田三郎理事長はじめ、関係の皆さまの引き続きのごご活躍を祈念しています!山本さん、来年もご一緒に報告会をやりましょうね、今年やった会場が狭くて申し訳ありません、私の判断間違いでした、来年はもっと広い場所でね!

今年の秋、どこか変?

Posted by 秋山孝二
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 我が家のささやかな庭、今年の秋は少々寂しい感じです。

 まずは柿の木、昨年の11月には柿の木に200個以上の実(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6454)がなりました。今年はどう見ても数個ですね。

柿の木:去年は200個以上の実でしたが、今年は数個かも?

柿の木:去年は200個以上の実でしたが、今年は左側の数個かも?

 桃の木にも異変です、今年の5月、例年より少し遅めの桃の花(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8727)が咲き、虫用とは言え、秋の実と香りを楽しみにしていたのですが・・・。ちょっと遅れた受粉時期に虫が居なかったのでしょうか、ゼロというのも初めてです。

桃の木:今年は実がゼロ?

桃の木:今年は実がゼロ?

 一方、今年初めて植えた一本の「ひょうたん」は、何とも自由奔放に勝手に育って、その一つは隣との境を越えていく勢い、大きな実をつけました。ものすごい繁殖力・生命力!です、このバイタリティに少し元気を貰います。

ひょうたんの実:大小さまざま

ひょうたんの実:大小さまざま

ヒョウタン:隣との境の生け垣まで延びました

ひょうたん:隣との生垣まで延びました

 「変」と言えば、財団事務所からすぐ近くに、今年は熊が出没して話題になっていて、近くの円山公園(http://www.sapporo-park.or.jp/maruyama/)にも警告看板がでています。最初にこのニュースを聞いた時、直感的に家の庭の異変を思い出し、どこか関連しているような気がします。

 「秋が変」ではなく、「春から変」なのでしょう、自然界の微妙・絶妙なバランス・タイミングを新ためて感じます。「平均気温」、「最低・最高気温」、「雨量」とかだけでは把握できない、「生態系」の奥行きと幅なのでしょうね。

ワグナー・ナンドール秋季展 2011

Posted by 秋山孝二
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 栃木県益子町にある、「公益財団法人 ワグナー・ナンドール記念財団:http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html」の秋季展示会が、11月15日まで開催中です。今年の春は、震災の影響で彫刻が一部破損等もあり中止されていましたので、今月15日のオープン以来、大勢のお客さまで賑わっています。先日、開場前に一回りしました。

ワグナー・ナンドールのアトリエ

ワグナー・ナンドールのアトリエ

益子の財団、中庭で:右にヨーゼフ・アティラ像も

益子の財団、中庭で:右にヨーゼフ・アティラ像も

元祖:益子の「哲学に庭」

元祖:益子の「哲学に庭」

 先日、訪問した時にも、入れ替わり立ち替わり見学者の方々がいらっしゃいました。早い方は、開場30分以上前にお越しになり、11月にツアーを組んでグループをお連れする「下見」とおっしゃって、熱心に見学されていました。

 また、ご夫婦で到着するなり、「全て踏破した!」と。何のことかと思ったら、中野区にお住まいだそうで、「哲学の庭」像群について、地元の「哲学堂公園:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2792」、ハンガリー・ブダペストの「ゲレルトの丘」手前、そして元祖・益子のワグナー・ナンドール・アートギャラリーの3地点を全て訪問したとの意味でした。大変に熱心なファンもいらっしゃるのだなぁと、スタッフともども胸が熱くなりました。

 しばらくすると女性がお一人、受付でお話すると、これが何と北海道・知床から車でいらっしゃったとか。岐阜でしたか、目的地に車で移動中に、独自で調べられて栃木県益子町のここのお寄り頂いたそうです、嬉しいですね。

 僅か1時間程の間に、様々なストーリーで訪問されたお客さまを見ていて、実に興味深く、数年前から明らかにすそ野が広がったこの場を実感しました。翌日、またその翌日も予約が続き、今もちよ理事長はじめスタッフも忙しくしていることと思います。

 この美術館は、展示物を見るだけでなく、DVD3本の上映、棟の間に椅子・テーブルもあり、お弁当を食べたり飲物・お菓子でくつろいだり、「滞在型?」美術館でリピーターも多く、面白いです。出版された「ドナウの叫び:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=459」の影響でしょうか、ワグナー・ちよさん、最近は「生ちよ」さんと呼ばれて大人気で、先日のハンガリーから帰国してすぐにこちらに張り付きで、元気いっぱいです。

HOKKAIDO PUMPKIN

Posted by 秋山孝二
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 持つべきは友・ネットワーク、実に有り難いです!

 10月13日のこの欄(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10448)に書いた「HOKKAIDO PUMPKIN」について、札幌に戻って(株)リープス(http://www.leaps.jp/)の鈴木善人社長に聞いてみようと思っていた矢先、札幌市営地下鉄・大通駅でばったりお会いしました。早速動いてくれて、以下がその返事です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~引用 はじまり

「Hokkaido Pumpkin」 について気になってすぐに調べました。

 もともとヨーロッパではカボチャをあまり食べないらしく、カボチャといえば、ハロウィーンでよく見かけるデカいカボチャ(飼料用)だったそうです。7~8年前から、甘い食用のカボチャが出まわるようになり、それが「Hokkaido Pumpkin」 と言われているのではないかということです。これらは北海道から輸出されているという実績は聞いたことがありません。重量野菜で欧州まで持って行って価格的に合うようなものではないとの専門筋の見解です。

 帯広の中藪さん(http://nakayabu.com/?page_id=8)がカボチャを作っています。この話をしたら、以前、ヨーロッパにカボチャをお土産に持って行って、食べさせたらすごく喜んでいたといいます。中藪さんは来週から東欧とドイツに行くのでリサーチしてくると言ってました。

 考えてみたら、今は当たり前でも少し前には一般的じゃなかった野菜は結構あります。ブロッコリーやズッキーニ、パプリカなどは、僕が子供の頃はありませんでした。ドイツでの「Hokkaido Pumpkin」 もそんな感じで普及したのではないでしょうか?なぜ「Hokkaido」なのかについては、たいへん興味深いです。北海道が日本の生産量のおよそ45%を占めて、ダントツ一位だからでしょうか。(日本の総生産量は21.5万トン)

 Google で「Hokkaido Pumpkin」 を画像検索するとたくさん出てきます。でも、我々が普段、見慣れているカボチャとはちょっと違います。

http://www.google.co.jp/search?q=Hokkaido+Pumpkin&hl=ja&prmd=imvnse&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=84WhTtj8C8n4mAXEm-SfCQ&ved=0CCMQsAQ&biw=1030&bih=584

 カボチャには健康機能性が豊富です。冬至カボチャは風邪防止といいますが、カボチャの種にも機能性があるようです。煮てもおいしいし、スィーツにしてもおいしい。そして北海道が大産地。何かできないか考えてみたいと思います。

鈴木 善人 Yoshihito SUZUKI 
-  技術士(農業部門)
株式会社リープス   http://leaps.jp/
株式会社スマートサポート http://la-classy.net/
The Earth Cafe Project    http://earth-cafe.jp/

【Office】
 〒060-0061札幌市中央区南1条西5丁目7番地
 愛生舘ビル 6F スマートサポート内
 電話:  011-206-1462 / FAX:  011-206-1463

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~引用 おわり

初日終了後の1300人のパーティ:何とこんなメニューもありましたよ!
初日終了後の1300人のパーティ:何とこんなメニューもありましたよ!

 先日のハノーバーでのパーティ、パンプキンスープを巡って一気に北海道との距離が縮まりました!

外国人の辛口コメント、「日本人って」

Posted by 秋山孝二
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 この3週間くらい、海外で、国内で、外国人と随分話す機会がありました。3・11以降の日本社会の様子をそれぞれ情報収集しながら、かなり「辛口」の日本人評を耳にしました。でも、不思議と意外性はなく、「あなたもそう思うか」というお話が多かったですね。

 70歳代のハンガリー人、これまで彼の人生で、自国の国境が4回変わり、ひどい時は1,000 ㎞も国境が奪われ移動した時代もあるとか。領土は伸びたり縮んだりするもの、とわきまえるべきではないか、尖閣諸島、北方領土等、日本人は領土問題に関心がなさすぎ!、ロシアという国は領土拡大だけを考えてきた国、とのご指摘。

 ハンガリー人は、「トランシルバニア」で絆が結ばれているのでしょうね。たとえばルーマニア国境で理不尽に入出国で待たされても、「従順」というのとは違って、「耐えながら機会をうかがっている」という感じです。「インビクタス:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3298」ですね。そして、国に何を期待できるのか(何もできない)と、基本的な部分で腹くくりができているみたいな。

 ドイツ・ハノーバーの見本市でブースに立ち寄ったドイツ人が、「フクシマ原発報道」について、東京電力はどうして起きている事実を隠すのか、マスメディアはなぜそれを追及しないのか、或いは一緒になって隠しているのか、そして日本人はどうしてその状況を許して問いただそうとしないか、と。そんな国民性がマスメディアを甘やかせているのではないか、と。確かにこの間、「原発事故」に関して、インターネットの多くのサイトで、ドイツメディアの果敢な報道を眼にします。

 金融機関に勤めるスイス人が、あまりに従順で大人しい日本人の行動について、考えられない!と驚きを隠しません。これだけ広範囲に放射能汚染が明らかになりながら、街頭デモも殆ど無しとは信じられない、と。「基本的人権・生存権の侵害」以外の何ものでもないだろう、そう言った静かな国民性に政治家たちが甘えている状況は、とても先進国とは思えない。もっともっと政治が緊張感を持たなければ優れた人材も育たないし、人材もこの世界に入ってこないだろうと。今回の大事故で何も変わらなければ、更に日本の政治家は国民をなめてかかるだろうね、と。

 ふだん静かで政治的な話題は殆どしない彼は、尚も続けます。日本の経営者数人に今回会って話をしたが、皆、実にネガティブに今の日本の経済状況を語っていた。でも、グローバルな視点からみて、今の日本のポジショニングは依然高いレベルにあり、そこから前に進む意欲をこのところの経営者に感じられない、飢えで苦しんでいるわけで無し、失業率だって他国と比べて決して高くはないではないか、まさに「ゆでカエル」状態であり、そのことが危機的である、と。過去の財産に寄り掛かって緊張感を失くしていると多くの国は見るだろう、とも。

 ギリシア問題から始まり、EUについてはかなり悲観的な展望でした。スイスはEUに加盟していないので、スイスの政治指導者に感謝するとも。それでも日本同様、現在スイスフラン高で、輸出企業の多いスイスもチャレンジだと。ただ、今のところは企業業績は悪くは無い。アメリカも確かに難しい局面だが、それでも一国であり、まだ大統領・政府の統制下で政策変更等、方向性を見い出せるが、EUはその下に各国の政府・議会・国民がいて、あまりに関わる利害関係者が多すぎて、スピードのある決断による転換が難しく危機的であると。そんな理由で、「社債」はまだしも、「国債」はリスクが高すぎる。

 見本市でプースに来たイラン人が、日本はどうして外国とのコラボレーションに高いハードルを設定するのか、と。優れた技術に憧れて学びたい発展途上国の人々に、もっとオープンでいいのではないか、それが優れている日本の使命だろう、と。

 同じくブースに来たチリ人が、地震についてチリも多発する国だと話し始めました。日本は地震の研究では大変優れているにも関わらず大きな被害だった、チリも昨年2回大地震に見舞われたと。

 まだまだたくさん紹介したい話はありますが、切りがありません。総じて「日本」という国に対しては、幻想と思われるほど評価が高く、逆に私が困惑する感じです。でも、ダイナミックに変動するグローバルな課題に比べれば、今の日本国内で日々問題とされている多くのことは、内向きの些細なことなのかもしれませんね、それに気がついていない現状こそが、「危機」であると、そう強く思っている昨今です。「世界に果たす日本の役割」、そんな自らへの問いが、今の日本を打開するきっかけのような気がします。

IBM 北海道会議、ニセコで再び!

Posted by 秋山孝二
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 ここへの掲載は後先になりましたが、海外出張の直前に、日本アイ・ビー・エム社のCSR活動(http://www-06.ibm.com/ibm/jp/company/environment/symposium/2006/pdf/06prog06.pdf)の一環として、26回目を迎えた「IBM 北海道会議」が、今年はニセコ町(http://www.town.niseko.lg.jp/goannai/gaiyou.html)で再び開催され、私にとっては実に懐かしい「復活参加」でした。第一回から第三回まで、今から20数年前に、まだ私が30歳代の時にお誘いを頂いて参加し、確か当時最年少だったような気がします。

 今回はあいにく雲が多い天気で、羊蹄山は全景を見ることは出来ませんでした。昔、私の子供たちがまだ小さかった頃、毎年年末に数泊、家族でスキーに来ていた頃を思い出しました。札幌からの猛吹雪の中のドライブは、フロントガラスに額を付けるようにして運転したことも懐かしい想い出です。40年以上前の山田温泉、アルペン山荘等の当時、家族で毎年行っていた20数年前と、同じニセコでも随分雰囲気は変わってはいましたが、羊蹄山・ニセコアンヌプリの雄姿は相変わらずでした。

羊蹄山はあいにく曇り空

羊蹄山はあいにくの曇り空

 今回の会議は本当に久しぶりの参加で、変わらぬ行き届いた運営に、私は「懐かしさ」は噛みしめながら基調講演・分科会と席に着いていました。ただ分科会「エネルギー」で議論が始まるにつれて、若い世代の数々の発言に、私は確かな時の経過を感じましたね、昔とこの場での自分のポジショニングの違いを。 

 議論の詳細は省略しますが、特に印象深かったのは、ニセコ町・片山健也(http://www.katayamakenya.com/)町長、秋山財団の評議員でもある釧路公立大学・小磯修二(http://www.kushiro-pu.ac.jp/faculty/edu_staff/koisosyuji.html)学長のお話でした。小磯先生は、「国土の復興、創生と北海道」と題して、ベルリンの都市開発をプロローグに、「平時の論理と非常時の論理の違い」、「地域主体の政策構築を」等、新しい視座から意識改革を促しました。片山町長の「環境への厳しい基準が、町の魅力になる新たな時代の到来」、実に説得力のある貴重なメッセージです。

 丁度、2日間の会議終了直後に海外出張でベルリンにも行く予定があり、小磯先生からベルリンの都市開発のキー・スポットも個人的にメールで教えて頂き、何か不思議な「縁」を感じました。

2日目の分科会発表

2日目の分科会発表

  2日間の日程終了後、オプショナルツアーにも参加し、1) 「有島武郎記念館:http://www.town.niseko.lg.jp/arishima/index.htm」を久しぶりに訪れました。以前よりも随分増築されて、一段と整備されていました。

有島武郎記念館

有島武郎記念館:2階から

  2) 「SLニセコ号:http://www.jrhokkaido.co.jp/travel/slniseko2011/index.html」、懐かしいですね、あの蒸気機関車の煙のにおい、高い天井の客車、「ピューュ!」という空に向かう汽笛の音!

SLニセコ号

SLニセコ号

何とも懐かしい車内で

何とも懐かしい車内で

 思わず「懐かしい!」を連発してしまいました、北海道は、本当に奥深い自然を有しています。190万都市札幌からわずか2時間の所に、こんなダイナミックな場です、この代えられぬ資源を大切に持続可能なこれからの地域の価値を高めたいですね!何か言い知れない「エネルギー」を頂きました、ありがとうございます。

追悼、R.Kevin Stewart

Posted by 秋山孝二
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 R.Kevin Stewart の葬儀は終了したようです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~以下、メールの引用

 ケビンさんの葬儀及び埋葬は、季節外れに暖かく良いお天気の日に、悲しいながらも大勢の弔問客に見守られながら厳かに行われました。日本関係者は、現在MPアグロの輸入業務を行っている三洋貿易のNY社長及び業務担当の方が来られました。

 私と夫が最期に会わせていただいたのは、彼が亡くなる前の週末でしたが、彼はお寿司が大好物だったので、カリフォルニアロールを持って行きました。マリアさんが「お寿司食べる?」と聞くとうなずき、少しずつ食べさせようとする彼女に自分に握らせてと言うように右手を上げて、6ピースをほぼ間食し、居合わせたご家族、マリアさんのご両親と弟さんのご家族を驚かせました。お通夜の際に、マリアさんからあれが最期の食事だったとお聞きし、二人で涙しました。

 秋山様及びその他の方から送られたお花とメッセージは確かにお供えされていました。埋葬の後、ご自宅でランチをとりながら生前のスライドショーを見たりする故人を偲ぶ集まりがあり、大きなご自宅ですが入りきれないほどの人で埋まっておりました。たくさんの方々に惜しまれ、たくさんの涙とともに送られながら永眠されました。

以上、ご報告まで。

エルドス喜代美          Date: Thu, 13 Oct 2011

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~引用おわり

アラスカの海で、氷河を背景にkevinとともに

アラスカの海で、氷河を背景にkevinとともに:1995年7月

 それにしても未だに彼の死は信じられません。彼との最初の出会いは、20年以上前、日本の「JETプログラム:http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/culture/hito/sei/jet/index.html」で北海道庁で2年間の勤務を終えて、当時の秋山愛生舘の5階に帰国の挨拶に来た時でした。「オレゴンに戻るけれど、もし何かアメリカでの仕事があれば遠慮なく連絡をして欲しい」旨の話だったと思います。翌年オレゴン・ポートランド市を訪問した時、日本食レストラン「禅」で昼食をしながら、再会を喜び、楽しく話をしたのを覚えています。

 そして、翌年でしたか、オレゴンとは全く逆の東海岸ボストンに現地法人を設立するに当たって、最初のつまずきがいろいろあり窮地に陥っていて、私はボストンのホテルからオレゴン・セーラムに居るkevinに電話をしました、「kevin、急で申し訳ないけれど、今すぐにボストンに来てくれないか」と。

 翌日の夕方、ボストンのホテルフロントで彼の後姿を見つけた時、恥ずかしながら涙が止まりませんでした、すぐに駆けつけてくれた彼の「気持」に感激して。秋山愛生舘の海外展開の礎であり、特にAHIC(Autumn Hills International Corporation )設立に当たっては、Kevinはまさに最大の恩人でした。その後私の後任として社長に就任し、スズケンと合併後に、自分で全ての株を買い取り、以来一貫してヘルスケアビジネスの世界で頑張ってきたKevin。自宅地下を「ホームオフィス」としたとの連絡を受けて訪問したことがありました。行ってびっくり、ボストンマラソンのスタート地点、大変大きな家で、地下と言っても立派な広いオフィスでした。私はこの恩人を今までも、これからも生涯忘れることはありません。

 仕事は勿論、アメリカでゴルフを何回も一緒にしたこと、フェンウェイパークでレッドソックスを何回も見に行って、始まる前に必ず球場外のイタリアンホットドッグを食べたこと、ビジネスでもとにかく彼の堂々たる対応に勇気づけられることが何回もありました。結婚式にも招待して貰いました、私はカラオケテープ持参で、「乾杯」を唄いました、忘れられませんね。

 日本人のビジネスパートナーとフロリダでゴルフもしました。ワニが居たり、カメが居たりで大騒ぎでした。アラスカにも一緒に行きました、彼が全行程バンを運転して、叔母さんが経営するキーナイ川の立派な釣り宿に泊めてもらい、キングサーモン他、エキサイティングな釣りの想い出は一生忘れられません。

 チャレンジツアー、フォーサイトツアー、その他の研修旅行でお世話になった数多くの人たちが、Kevinに感謝しています。海外旅行をするたびに感じます、私にとってAHIC設立時・採用面接、その後の社長としての体験は、今も貴重な財産となっていることを。飛びきり優秀だったキャレン・ローゼンバーガーが逝き、今回Kevinも亡くなり、設立当時のメンバーが若くしてこの世を去り、何とも寂しい限りです。

 どうか、残されたMariaさんと3人のお子様たち、お力を落とすことなく、これからも元気に生きて頂きたいと願いつつ、遠い札幌の地からご冥福を心からお祈り申し上げます。