小学校教育の今、現場から

Posted by 秋山孝二
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 先日は、札幌市のあいの里にある北海道教育大学附属札幌小学校で開催された「令和8年度 教育研究大会」に足を運んできました。

* 国立大学法人 北海道教育大学 附属札幌小学校

* これまでの附属小学校関連記事ーー> 秋山孝二の部屋

 今回のテーマは「“わたし”がそこに在る学校~子どもが『自走』する授業」です。

 播磨副校長からご案内頂いて、「研究授業」というのが自分の小学校時代で何回も体験した思い出に加えて、私が大学時代の教育実習での実体験から懐かしさが蘇ってきました。更に、今の小学生の授業での反応、集まった全道の先生たち、教育委員会関係者の方々の意見交換にも興味がありましたので。

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 第1次公開授業・分科会は「道徳科」、今は「道徳科」と言う科目があるのですね、日常の教室内の出来事を多角的に議論する授業、その後の分科会での参加者の皆さんとのやり取りは多彩な視座を感じて、一回の授業から多くの教育的課題、要素を引き出しての興味深い時間でした。同時に、「児童の問い」、「どこが自走なのか」等について、授業の感想というのも参加者の様々な受け止め方があることへの新鮮な驚きも。

 第2次公開授業は「理科」、50年程前、私自身東京の公立中学校の理科教諭だったこともあり、現代の小学生の理科の授業には大変興味がありました。授業のテーマは「電池の数と電流の大きさの関係」、連続講座の一部のようでしたが、目に見えない「電流」を小扇風機の回転で可視化し、電池を敢えて並列に置いての電流測定の試み。これまでは「直流」、「交流」を教えてからの順だったものを、電流の大きさ、向きの仮説を立てての議論、実験による現象の把握は、大変斬新な、まさに児童の「自走」促す授業だったような気がします。案の定、授業の後の分科会では「分かりにくかった」といった意見も出されていて、今までのように最初に直流・交流の概念を教えた方が分かり易いとの発言もありました。総括発言者のお一人が、理科と言う授業は、目の前の事象・感覚を先ずは大切に仮説を立て、それを実験による数値等で検証して、裏付けを得たり予想外だったりしての新たな気付きを学ぶことだと、誠に的を射たコメントだと私は思いました。

 昼食時、校長室で用意されたカレーとコーヒーを頂きながら、神林勲校長ともお話し、今の小学校を含めた義務教育年限の現状と課題について、意見交換することができました。今の体育の実技の授業では、カメラを使っての自らのフォームの振り返りも行っているようです、時代ですね。

 学校HPの神林校長のお言葉から引用~~~~~

 令和2年度から全面実施されている学習指導要領では、「主体的・対話的で深い学び」が1つのキーワードになっています。附属札幌小学校でも日々の授業や活動の中で、子どもたちが本物を求めて学び続けること(探究)、他者の意見を理解して自分の意見との違いや他者の意見の良さに気付くこと(共感)、振り返って自分の考えを見つめ直して自分のよさや課題に気づき未来を志向すること(自己認識)を大切にしています。これらが本校の目指す子どもの姿です。

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 このキーワードは即、今の日本社会に通用する指針ですね。昨今日本国の政治を担う連中のレベルの低さ、アメリカのトランプを筆頭に世界の国のリーダー達の品性の無さと人格の貧困、これから育つ日本の若い世代には様々な分野で大いに国際社会で活躍して貰いたいものです。