日本経営倫理学会 CSR部会で

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 日本経営倫理学会(http://www.jabes1993.org/) CSR部会で、「渋沢栄一に学ぶ~『論語と算盤』による経営」の執筆者によるプレゼンがあり、この会のメンバーでもある永年の友人で現在アデランス(株)の箕輪睦夫(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=18767)さんからお誘いがあり、私も出席しました。渋沢栄一からそれぞれの視点で学ぶコメントは新たな気づきを与えてくれました。

< 「渋沢栄一に学ぶ~『論語と算盤』による経営」 >

http://www.robundo.com/adana-press-club/wordpress/02/2016/05/24/%E3%80%90%E8%89%AF%E6%9B%B

多くの方々の寄稿です

多くの方々の寄稿です

内容紹介

 「論語と算盤」にはその理念が次のように述べられている。「富をなす根源は何かといえば、仁義道徳。正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することができぬ」この理念のもと、ともすれば失われてしまいがちな企業の社会的責任について、現在の経営を根本から見直す。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

田中 宏司
一般社団法人経営倫理実践研究センター理事・首席研究員、東京交通短期大学名誉教授(元学長)。1959年中央大学第2法学部・1968年同第2経済学部卒業。1954~90年日本銀行、1970年ミシガン州立大学留学(日銀派遣)、ケミカル信託銀行を経て、2002~06年立教大学大学院教授、2008~13年東京交通短期大学学長・教授。1996~2010年高千穂大学・早稲田大学大学院・関東学院大学・日本大学等兼任講師を歴任。経済産業省・日本規格協会「ISO/SR国内委員会」「ISO26000JIS化本委員会」委員等歴任

水尾 順一
駿河台大学経済経営学部・大学院総合政策研究科教授、博士(経営学:専修大学)。1947年生まれ。神戸商科大学(現・兵庫県立大学)卒業、(株)資生堂を経て1999年駿河台大学へ奉職、現在に至る。専門はCSR、経営倫理論など。東京工業大学大学院理工学研究科・東洋大学経営学部兼任講師、日本経営倫理学会副会長、経営倫理実践研究センター首席研究員、2010年ロンドン大学客員研究員。2008~2009年度経済産業省BOPビジネス研究会等座長・委員。CSRイニシアチブ委員会代表、(株)アデランス社外取締役、(株)西武ホールディングス企業倫理委員会社外委員

蟻生 俊夫
一般財団法人電力中央研究所企画グループ上席、白鴎大学経営学部兼任講師(1995年~)、日本経営倫理学会常任理事・CSR研究部会長、公益事業学会評議員。1988年東北大学大学院修了(工学修士)、(財)電力中央研究所経済研究所入所。1992年日本開発銀行非常勤調査員、1994年ドイツケルン大学エネルギー経済研究所客員研究員、2005~14年電力中央研究所社会経済研究所上席研究員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

・・・・・・・

 私なりに手元に留めたメモです。

* 「職業倫理」からの読み解き: 商業従事者の倫理=商人の倫理+企業家としての倫理、マックス・ウェーバー、鈴木正三、石田梅岩を越えて――>武士道に通じる儒学で構成されることを示した。アダムスミス、ベンサムを参照しながらも日本的価値観に基づく独自の理論を

* 思想・社会システムにおける「日本型」の再検討の重要性!

* 教育のイノベーション: 封建制下の教育から商業教育への貢献となる――> 現代的意義は、1)多様化(ダイバーシティ)と包含(インクルージョン、2)商業、経済活動に、「公、公益」という普遍的概念の導入、3)商業教育の内容変革、リーダーの育成

* ドラッカーが共鳴した渋沢栄一の社会観: CSRがすべての行動基準、意思決定の中にすでに溶け込み、企業の事業活動から切り離せない状態、活動そのものになっている。経済は社会のためにあることを共通の社会観として持っている。社会と人を幸せにするにはどうしたらよいか、からスタートしている、すなわち「人権」思想からのスタート。

* 渋沢栄一はソーシャル・アントレプレナー: 明治期の日本社会が必要としていたもの(社会的課題)をビジネス(事業)として提供した

<参考> 渋沢栄一賞(https://www.pref.saitama.lg.jp/a0801/sibusawaeiichishou.html

* 「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」、初代ドイツ帝国宰相のオットー・フォン・ビスマルク

* 渋沢栄一「航西(こうせい)日記」に学ぶアデランスのCSR: 世界各地での展開の基本に渋沢栄一の理念・思想、そして「San-Po-Yoshi」のCSR

<航西日記> http://school.nijl.ac.jp/kindai/SUMI/SUMI-00156.html#1

 以上、まだまだ貴重なメッセージがぎっしり詰まった意見交換でしたが、取り急ぎ書き留めました。今年1月に私が訪問した東京北区飛鳥山の「渋沢栄一史料館(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=25430」、機会を見つけて深谷の生地も訪れたいと思っています。

イーズ 異業種交流会 第39回

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comment: 1

 枝廣淳子さんの(有)イーズ(http://www.es-inc.jp/about_es-inc/service_org.html)による「企業・団体パートナー向けフォーラム(http://www.es-inc.jp/network/index.html」、今回は第39回、「水」をテーマに開催されました。秋山財団もメンバーの一員で、いつもタイムリーな話題で学びの場となっています。

* これまでの話題 http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%82%BA

 講師には東京大学生産技術研究所・沖大幹先生(http://hydro.iis.u-tokyo.ac.jp/~taikan/taikanJ.html)をお迎えして、「世界の『水』問題、日本企業のリスクとチャンス」と題し、ご講演いただきました。水はローカルな財であることや、「ウォーターフットプリント」や「バーチャルウォータ」ーの考え方の違いなどをはじめ、ご専門の「水文学」から解説され、「水」問題の奥の深さを感じました。何か新たな視点を知ったことで、別の難しさや問いが出てきたり、引き続き「水」問題については、メンバーの皆さんとも考えていけたらと思っています

 北海道にいると、昨今水利権に絡む外国人・企業が土地買収の動きが注目され、地元としては物議を醸し出しています。ローカルな資源でありながら、グローバルな課題が多く、これからも目が離せません。今回のフォーラムは、簡易報告がいずれアップされるようです。

 フォーラム会場は、お台場の昭和シェル石油さんの会議室、終了後の交流会は社員食堂でした。そこからの薄暮の東京竹芝訪問は、素晴らしい景色を独り占めです、毎日こんな景色を見ながらお仕事が出来る環境、うらやましいですね。

会場のお台場からの眺め(薄暮)

会場のお台場からの眺め(薄暮)

少し時間が経ちレインボーブリッジも

少し時間が経ちレインボーブリッジも

 会議後の交流会でも議論は続き、大変貴重な時間となりました。

皆さん、いい笑顔!

夜景を背景に、皆さん、いい笑顔!

 このフォーラムは、ただお話を聞く場でありません。それぞれ日常の活動をされているご自分のフィールドを発言し合い、メンバーを頻繁に変えてのワークショップは、秋山財団の中でも取り入れていきたい運営です。運営の手法の云々よりも、参加されている方々のモチベーションと仕事の質の高さが議論の裏付けにあるのでしょうね、毎回大変良い刺激になります。

 今回も水を通して「環境」を議論すると、それは保全ばかりではなく国際政治、貧困等、まさにSDGsの課題解決そのものに行き当たります。

* SDGs http://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/2030agenda/

WNギャラリー展示会 春 2016

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 「ワグナー・ナンドール・ギャラリー展示会 春」が、今年も開催されました。

* http://kankou.4-seasons.jp/asobu/509.shtml

 毎年少しずつ場を整備しています、アトリエ奥の工房、彫刻作品のバックヤード(作業場)です。

まさに町工場ですね

まさに町工場ですね

 そこから見える外の風景、茶室でのイベントは今後の課題です。

「母子像ふるさと」が設置され、茶室も今後活用していきます

「母子像ふるさと」が設置され、茶室も今後活用していきます

 受付周りも整備が進み、細い梯子を上ると敷地全体が見渡せる特等席!

受付横の梯子を上って

受付横の梯子を上って

敷地上部には「アーロム」も設置

敷地上部には「アーロム」も設置

 今回の五角堂ギャラリーの併設展は、「宇都宮城跡蓮池再生検討委員会」の事務局長・印南洋造さんによる「蓮の招い~宇都宮氏と印南蓮」でした。今後、「蓮」をテーマに、日本とハンガリーの交流を一層親密にとの夢も、印南さんから伺いました。

五角堂の特別展示、今回は「蓮」がテーマです!

五角堂の併設展示、今回は「蓮」がテーマ、「宇都宮氏と印南蓮」!

蓮のカレンダーほか

蓮のカレンダーほか

印南さんとちよさん

印南さんとちよさん

 以下のようなミニ講演会も開催し、参加者との交流も盛り上がりました。ギャラリーに併設展示、そしてミニ講演会&ワークショップと、回を重ねる毎にプログラムは厚みを増してきています、嬉しいことですね!

【講演会】
4回の講演会は午後1時半〜3時開催です。
※参加費は無料

①4月24日 講師:印南洋造(宇都宮城跡蓮池再生検討委員会 事務局長)
「蓮の実発掘から開花まで」

②4月30日 講師:印南洋造(宇都宮城跡蓮池再生検討委員会 事務局長)
「蓮の開花からDNA分析まで」

③5月8日 講師:松本一夫(栃木県立上三川高等学校校長)
「宇都宮氏と益子」

④5月14日 講師:大澤慶子(文星芸術大学准教授)
「益子・地蔵院の観音・勢至菩薩像と快慶」

札幌の春 2016

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comment: 1

 今年のお花見、私は飲み過ぎました、先ずは5月1日、円山公園です。

円山公園では午前中から煙がモウモウ

円山公園では午前中から煙がモウモウ

昼前にはこの状態

昼前にはこの状態

 一日あけて、今度は中島公園で!

3日は中島公園、満開!!

3日は中島公園、満開!!

演劇の応援団、Zooサロンの皆さま@中島公園

演劇の応援団、札幌座クラブの皆さま@中島公園

 5日は再度、円山公園です。

5日の円山公園、さらに人が増えて

5日の円山公園、さらに人が増えて

神宮への参道も大賑わい

神宮への参道も大賑わい

 サクラがどんなだったかは思い出せませんが、午前中からのアルコールは止めた方がいいですね!

東神楽町の続くチャレンジ!

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 北海道経済同友会の今年度総会・例会、講演者として東神楽町(http://www.town.higashikagura.lg.jp/)の山本進町長が熱弁を奮いました。お話は、とにかく話題満載、HPでもつい先日、始めた企画もあるようです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~町のHPより

2016.05.12 ブックスタートを行いました!!東神楽町では、乳児健診(8~10ヶ月児)を受診した方に絵本をプレゼントするというブックスタート事業を行っています。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 少し古いですが――> http://www.jiji.com/jc/v2?id=20130301top_interview27_35

東神楽町のチャレンジ!

東神楽町のチャレンジ、人口が増加中、一万人を越えた!

町長

山本進町長

 大学卒業後すぐに東神楽町役場に就職され、企画畑でお仕事をされていました。町長にご就任になった直後から、役場の仕事を熟知されているメリットを活かし、基本計画を策定し多彩な企画を実践されてきています。 福祉・子育て施策に力を入れて、中学生までの子どもの医療費を無料化、翌年は「子ども発達支援センター」の整備など子育て環境の一層の充実を図りました。また、旭川空港を活用する「空の駅」構想では、旭川市との連携を強化する方針を打ち出し、空港を目的に訪れる時代に、農業とうまく結び付けたり、国立公園や観光地に近い立地条件を生かしたハード、ソフト整備などを実践しています。

「人口増加や子どもの数の多さ、しっかりした農業基盤など、町のポテンシャルの高さを生かしたまちづくりを進めていきたい」と締めくくられました。結果を出しての検証、まさに「マチ運営」の経営者、面目躍如でした。

世田谷区でシンポ 2016.4

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comment: 1

 東京の世田谷区で、「全米で最も暮らしやすい都市」といわれるオレゴン州ポートランド市をモデルに、住民主体で進めた都市のリノベーションや、歩いて暮らせるコンパクトな都市計画など、ポートランドの街づくりを通じて、これからの世田谷の都市づくりを考えるシンポジウムが開催されました、主催担当は世田谷区都市デザイン課でした。手話通訳、正面左にはまとめボードで専門に書き留めていく方も配置しての成熟したまちづくり体制、さすが90万人の区、マチづくり先進地区です。これに先駆けてこんな連続イベントも開催中です(http://kokucheese.com/event/index/369214/)、次回は来週。企画だけでなく、登壇者も論客ばかり、すごいですね!

<プログラム>

●鼎談(ていだん)
黒崎美生(オレゴン日米協会会長)、古沢洋志(在ポートランド日本総領事)、保坂展人(世田谷区長)

●パネルディスカッション
黒崎美生、川内美彦(東洋大学教授)、饗庭伸(首都大学東京准教授)、松田妙子(NPO法人せたがや子育てネット代表)、保坂展人

* オレゴン日米協会 (http://jaso.org/

* 在ポートランド日本総領事館 (http://www.portland.us.emb-japan.go.jp/jp/culture/Jet%20predepartureparty_jp.html

ポートランドに学ぶ

会場の下北沢「北沢タウンホール」

世田谷区長の保坂展人さん、当日のコーディネーターも

世田谷区長の保坂展人さん、当日のコーディネーターも

前半はポートランド市事情について、お二人から

前半はポートランド市事情について、黒崎美生さん、古澤洋志さんから

後半は事例報告を含めたパネルディスカッション

後半は事例報告を含めたパネルディスカッション

 下北沢界隈は演劇のメッカとしても有名ですね、会場の北沢タウンホールのすぐ近くに「鈴なり横丁(http://komugi1007.blog.fc2.com/blog-entry-85.html」があります。

会場近くには「すずなり横丁」も

会場近くには「すずなり横丁」も

 世田谷区は東京都の一区ではありますが、区長は選挙で選ばれる「Mayer」で、人口も90万人を越えているとの保坂展人区長のお話、当日集まっている区民の方々の見識、民度の高さも雰囲気から感じられました。マチの底力は人口の数ばかりでなく質が要なのかな、と。当日、私は保坂区長ともお話ができ、来週もポートランド繋がりの追っかけで、また区主催の企画に参加する予定です。

第105回 北を語る会 例会

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 異業種交流の「北を語る会」、第105回も盛りだくさん。これまでのこの会のコメントはこちら(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E5%8C%97%E3%82%92%E8%AA%9E%E3%82%8B%E4%BC%9A)。

 今回、まずは演奏会、トランペット奏者の古畑亜紀さん(https://www.muj.or.jp/archives/author/10633)、ピアノの辻千絵(http://www.tsuji-piano.com/)さんです。ポピュラーな曲のメドレー、特に、NHKテレビの「映像の世紀」テーマ曲の「パリは燃えているか(https://www.youtube.com/watch?v=F83wDnHghxc)」は良かったです。トランペットというと私はすぐニニ・ロッソの「夜空のトランペット(https://www.youtube.com/watch?v=cLNzSB6T0YU)」を思い浮かべます、こちらの動画で見ると、最近は女性にもトランペットは人気のようです(http://www.magictrain.biz/wp/?p=14959)。

トランペットの古畑亜紀さん

トランペットの古畑亜紀さん

ピアノは辻千絵さん

ピアノは辻千絵さん

 後半は、講演会「持続可能な社会に向けて・・・北海道大学のサスティナブルキャンパス活動と題して、北大特任准教授・横山隆さんのお話でした。サステイナブルキャンパス推進本部http://www.osc.hokudai.ac.jp/」は2012(平成22)年11月1日に設置されました。彼は高校の一年後輩、同窓会でもお世話になっていますが、彼の旺盛な好奇心と前向きな姿勢を如何なく発揮した素晴らしい内容でした。「少年よ、たい肥を抱け!」には笑ってしまいましたね!!!

サスティナブルキャンパス活動

サスティナブルキャンパス活動

民間企業から大学へ

民間企業から大学へ

多彩なプログラム!!

多彩なプログラム!!

 北海道大学は、本部設置と同時に「アクションプラン2012(http://www.osc.hokudai.ac.jp/modules/pico1/index.php?content_id=1)」も策定しました。

 多彩な人生、ひと時垣間見るようで興味深い時間となりました。

熊野古道・中辺路ウォーク(6 おわり)

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 短い旅でも家に戻って振り返ると、あれもこれも書き留めたいし、写真もいっぱい撮ってきているのですが、なかなか全部をここにご紹介できないのが残念です。最近テレビ番組でも、「スピンオフ」という「番外編」もあったりしますが、このシリーズ、最終回はそんな感じです。

 Facebookで田辺市にお住いの水野雅弘さんに報告したら、ご自身が作成された二つの作品がすぐに送られてきました、素晴らしいです。「荘厳」、「神秘」、「幽玄」のキーワード、「水は命の源」、「豊かな森」から「豊かな水」、そして「川」が命を育み、海へと還る、というナレーション、また、田辺市天神崎はナショナルトラスト発祥の地とも紹介されています。さらに南方熊楠(みなかたくまくす)のエコロジー運動の先駆性にも言及していて、「世界に誇るべき日本の宝物」、まさに「私たちの誇り」なのでしょう!

水野雅弘さん(TREE 代表取締役 /Green TV Japan代表 http://www.japangreen.tv/

* http://www.japangreen.tv/ch10culture/12469.html

* http://www.japangreen.tv/ch09community/12945.html

 手元にある写真の中から幾つかをご紹介します。

下り道もなかなか

下り道もなかなか

小川に掛かる橋を真上から

小川に掛かる橋を真上から

伏拝王子から遠方を臨む

伏拝王子から遠方を臨む

ご自分で縫ったもの

語り部・藤原さん、ご自分で縫ったもの

<サイドストーリー 1>

 世界遺産に登録される対象には様々あるようです。熊野古道は、カテゴリーの中では「文化遺産」、しかも「遺跡および文化的景観」として登録されています。「道」が世界遺産として登録されるというケースは、極めて珍しいことで、スペイン、フランスにまたがる「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路(http://camino-de-santiago.jp/about-santiago/index.html)」があります。「道」が世界遺産として認められるのは、熊野古道とこの2例だけです。

<サイドストーリー 2>

 八咫烏(ヤタガラス)とサッカー日本代表エンプレム(http://senjp.com/yatagarasu/)、HPからは以下のような経緯です。

 日本における現在のサッカースタイル(ア式フットボール)の起源は東京高等師範学校であり、その生みの親といえるのが中村覚之助氏である。大正10年、大日本蹴球協会(日本サッカー協会の前身)を設立したのも東京高等師範関係者が中心となっている。中村覚之助氏の生家は那智勝浦町浜ノ宮であり、生家より200mの所に熊野三所権現(渚の宮神社)があり、旧家なので神社の氏子をつとめていて、昭和6年に図案化した日本サッカー協会のシンボルマークの三足烏は中国の故事に基づいたものと言われているが、日本においてはまぎれもなく「やたがらす」であり、日本サッカー協会のホームページでは、三足烏(やたがらす)と表現している。

<サイドストーリー 3>

 3日目の夕方、熊野那智大社から串本温泉の途中、バスで太地町を通りました。この町は映画「The Cove(https://www.youtube.com/watch?v=k-g7WWYDJtQ)」で伝統的なイルカ漁が国際的に批判を浴びて話題なりました。もともとクジラ漁が盛んな街ですが、引き続き論議が続いています(http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/071500/iruka/)。

 今回の旅行、「道」をモチーフに「つなぐ」がテーマだったと、あらためて思い返します、そしてこれからの「未知」に。

 まだまだ余韻は残りますが、世間ではGWも終盤、そろそろこの辺で終わりにしましょう、バスのガイドさん、語り部の方々、そして道新観光の添乗員さん、皆さま、素晴らしかったです、心から感謝申し上げます。

熊野古道・中辺路ウォーク(5)

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 熊野古道・中辺路ウォーク、最終日は串本・白浜。今回、熊野古道がメインと思っていたのですが、実は串本・白浜も素晴らしかったです。

 日没前の橋杭橋も良かったし、翌日朝、日の出に輝く姿も幻想的でした、太平洋の広がりが気持を押し拡げてくれます。

朝日を浴びた橋杭岩

 ここから少し先には、潮岬です、「【本州最南端】和歌山県串本町の潮岬(北緯33°26′、東経135°46′)」の灯台も遠くに見ることができました。
<参考> http://find-travel.jp/article/9634

 そう言えば、昨年11月にシンガポールに行った時、「ユーラシア大陸の最南端」というポイントも思い出に残っています。

――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=24921

 串本町からバスでしばらく走り、白浜町の「千畳敷(http://www.jalan.net/kankou/spt_30401ab2070007555/」、「三段壁洞窟(http://sandanbeki.com/」は、自然の造形の凄さを感じました。

千畳敷

千畳敷

切り立った断崖

切り立った断崖:三段壁展望台より

 三段壁は高さ50m、断崖絶壁が約2kmも続く、勇壮な景観です。展望台の近くには、地下36mの洞窟までエレベーターで降りられ、観光施設「三段壁洞窟」も迫力がありました。

三段

三段壁を降りて

奥まで続く洞窟

三段壁を降りて:奥まで続く洞窟

 暫く沿岸線を行くと「円月島(http://www.jalan.net/kankou/spt_30401ab2050007121/」が現れました。

夫婦岩

円月島

 こんなエピソードもあります、映画「海難1890(http://www.kainan1890.jp/」、第39回日本アカデミー賞にて優秀作品賞を初めとする10部門で優秀賞を受賞しました。1890年9月、オスマン帝国の親善訪日使節団を乗せた軍艦エルトゥールル号が和歌山県沖で座礁し、乗組員618人が荒れ狂う海へと投げ出されました。500人以上もの犠牲者が出る中、地元住民の懸命な救助活動によって69人の命が救われ、トルコへ帰還。この事件をきっかけに、日本とトルコの間に厚い友情が結ばれることとなりました。そして1985年、イラン・イラク戦争で緊張が高まるテヘランに日本人215人が取り残された時、トルコ政府の手配したトルコ航空機で邦人は全員無事に救出されたのです。

トルコとの友好関係

トルコとの友好関係

 一つ一つの歴史的出来事を「繋げる」力とでも言うのでしょうか、北海道では自然の景観をありのままに見せるのが観光だと思われているのに比べて、今回の一連のスポットでは、神話・伝説等によってストーリーを紡ぎ出して今に語り続ける、そんな魅力を強く感じましたね。「観光」が産業として地域の経済を下支えしているモデルを見た気がします、歴史を見える化して伝承するとも言えましょうか。

熊野古道・中辺路ウォーク(4)

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 二日目午後からは、熊野三山の二つ、「熊野速玉(はやたま)大社」、「熊野那智(なち)大社」参拝です。

* 熊野速玉大社(http://kumanohayatama.jp/

* 熊野那智大社(http://www.nachikan.jp/kumano/nachitaisya/

<参考~HPより>

熊野三山(http://www.sekaiisan-wakayama.jp/know/sanzan.html

 紀伊山地の東南部にあり、相互に20~40㎞の距離を隔てて位置する「熊野本宮大社」、「熊野速玉大社」、「熊野那智大社」の三社と「青岸渡寺(せいがんとじ)」及び「補陀洛山寺(ふだらくさんじ)」の二寺からなり、「熊野参詣道中辺路」によって相互に結ばれている。

 三社は個別の自然崇拝に起源を持つが、三社の主祭神を相互に勧請し、「熊野三所権現」として信仰されるようになった。また、仏が衆生を救済するために姿を現したのが神だとする「本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)(http://www.genbu.net/tisiki/honti.htm)」により、主祭神がそれぞれ「阿弥陀如来」、「薬師如来」、「千手観音」と見なされたことからも信仰を集め、これらを巡礼する「熊野詣」の目的地として栄えた。

 青岸渡寺(http://www.nachikan.jp/kumano/seigantoji/)と補陀洛山寺(http://www.nachikan.jp/kumano/fudarakusanji/)は、神仏習合の過程で熊野那智大社と密接な関係を持つようになった寺院である。青岸渡寺は西国巡礼の第一番札所として、大切な場となっている。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~引用 おわり

 「熊野速玉大社」は、御神木「梛(なぎ)(http://kumanohayatama.jp/?page_id=16」で有名、熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)を主祭神としています。

御神木の「梛(なぎ)」

御神木の「梛(なぎ)」

参道から門へ

参道から門へ

 続いてはバスで、「熊野那智大社」へ、熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)を主祭神としています。参道の長い456段の石段の上は、右に青岸渡寺があり、左は朱の鳥居と大社の境内が続いています。説明によると、現在は山の上に社殿がありますが、元来は那智滝に社殿があり滝の神を祀ったものだと考えられ、那智の滝は「一の滝」で、その上流の滝と合わせて那智四十八滝があり、熊野修験の修行地となっているそうです。

 那智の滝、見えるのは「一の滝」で迫力満点です。

那智の滝を背景に

那智の滝を背景に

400段を越える階段を昇って

456段の最終の階段を昇って

熊野那智大社

昇り終えると熊野那智大社

那智大社の隣に寺

那智大社の隣に青岸渡寺

日本のこころですね

日本のこころですね

 変化に富んだ一日、続いた山道の後の太平洋は格別です、清々しい気持でこの日の泊は南紀・串本温泉。夕日前の火成岩からなる「橋杭岩(http://www.mikumano.net/meguri/hasikui.html)」、向いの大島へのまさに橋の杭のようでした。

日の入り前に

日の入り前の橋杭岩

熊野古道・中辺路ウォーク(3)

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 二日目の午前中は発心門王子から熊野本宮大社までの歩きです。発心門王子は、熊野本宮大社の神域の玄関口とされていて、藤代王子、切目王子、稲葉根王子、滝尻王子につづく、五躰王子に数えられた由緒ある王子です。前日とは違って比較的平坦な道が続きますが、深い樹木に囲まれ、苔の生えた古道らしい雰囲気の道が残されており、集落、棚田、茶畑の間を通り抜け、本宮大社まで7km・3時間程の道のりを、景観を楽しみながらゆったりと歩くことが出来ました。

二日目は語り部の藤原さん

二日目の語り部は藤原さん

民家、茶畑の間を通り、遠くの山並みも美しい

民家、茶畑の間を通り、遠くの山並みも美しい

関所跡(復元)

関所跡(復元)

 熊野本宮大社は、3時間ほど歩いて裏側から到着です。

* 熊野本宮大社 http://www.hongutaisha.jp/

 熊野は古くから人々の熱い信仰に支えられた聖地、『伊勢へ七度、熊野へ三度』ともよく聞きます。本宮の地に神が祀られたのは、今からおよそ2000年前、第10代崇神天皇の世といわれ、一挙に時間軸が大きく伸びました。

 総門をくぐると檜皮葺の立派な社殿が姿をあらわします。門より奥は写真撮影禁止、向かって左手の社殿が夫須美大神(ふすみのおおかみ)・速玉大神(はやたまのおおかみ)の両神、中央は主神の家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)、そして右手は天照大神(あまてらすおおみかみ)が祀られており、交通安全、大漁満足、家庭円満、夫婦和合、長寿の神として人々を迎え入れています。

熊野本宮大社

熊野本宮大社

総門から本宮大社へ

総門から本宮大社へ

 目を引いたのは「八咫烏(やたがらす)(http://www.hongutaisha.jp/%e5%85%ab%e5%92%ab%e7%83%8f/)」伝説ですね。

八咫烏の由来

八咫烏の由来

 「八咫烏」と言えば、星野道夫さんの「ワタリガラスの神話(http://www.aritearu.com/Influence/Native/NativeBookPhoto/MichioHoshino4.htm」も思い出します、何かつながるものがあるのかもしれません。

足が三本

足が三本

 参拝の後、更に歩いていくと、「大斎原(おおゆのはら)(http://find-travel.jp/article/29389」の大鳥居と大社跡へ。今の本宮大社、かつては、熊野川・音無川・岩田川の合流点にあるこの中洲にありましたが、明治22年の洪水で多くが流出し、流出を免れた上四社三棟を1891(明治24)年に現在地に移築・遷座したと記録にあります。

大斉原

大斉原

旧社は相次ぐ水害で今は跡のみ

旧社は相次ぐ水害で今は跡地のみ

旧大社参道跡

旧大社参道跡

 HPによると、「熊野詣が盛んであったのが、平安時代の中期から鎌倉時代にかけてであると伝えられている。延喜7(907)年、宇多法皇以来、法皇上皇の御幸も盛んで白河上皇の9度、鳥羽上皇の21度、後白河上皇の34度、後鳥羽上皇の28度と多くを数えたが、弘安4(1281)年3月、亀山上皇の御幸をもって終結をつげている。」となっています、まさに「信仰の聖地・ホットスポット」なのでしょうね。

 私たちは川の畔でお弁当を開き、しばし、このスポットでの満足感、いにしえの声に耳を傾けながら、何か久しぶりのピクニック気分で心地よかったです。

熊野古道・中辺路ウォーク(2)

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 さあ出発です、「熊野参詣道(くまのさんけいみち)中辺路(なかへち)http://www.sekaiisan-wakayama.jp/know/sankei-nakahechi.html」、スタートは滝尻王子で、近露王子までの14kmを9時間かけての歩きです、山登りと言った方が適切かな、とも。「熊野古道語り部の会」のメンバー・山本さんと藤原さんのお二人が大変丁寧なご説明でした。

写真

<この画像の著作権は『中辺路町観光協会』 >

<参考>

* http://www.wakayama-nanki.jp/season/16_kodou_report/index.html

* http://www.wakayama-nanki.jp/season/35_takahara_tikatuyu/index.html

いよいよスタート!

いよいよスタート!

滝尻王子に参拝

滝尻王子に参拝

 熊野三山への参詣は平安時代中頃から始まり、室町時代まで盛んに行われ、多くの参詣者が列をなして歩んだことから「蟻の熊野詣」と形容されたようです。古代・中世と熊野三山(http://www.mikumano.net/nyumon/3zan.html)への参詣に利用された熊野参詣道は、近世には熊野三山への参詣をも含む西国巡礼の経路とされ引き続き盛んに利用されました。

まさに「古道」です!

まさに「古道」です!

平原熊野神社

高原熊野神社で、語り部の山本さん

昔のせき止湖

高原池(昔のせき止湖)

 急な山道を登りながら、「懺悔懺悔(さんげさんげ)、六根清浄(ろっこんしょうじょう)」の声は、大峯の山々、谷々をこだまして響きわたる、これこそ、古の山伏たちが修行でおこなう「掛け念仏」ですね。

近露王子近くからの展望

近露王子近くからの展望

日置川と北野橋、渡って近露王子

日置川と北野橋、渡って近露王子

 この日の宿泊は奥熊野川湯温泉(http://www.kawayu-midoriya.jp/)、穏やかな川の流れを聴きながら、静寂の中、非日常の一日は楽しかったですね。

この日の宿泊は奥熊野川湯温泉、河川敷の露天風呂

奥熊野川湯温泉、河川敷の露天風呂

熊野古道・中辺路ウォーク(1)

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 観光産業の振興が叫ばれる昨今、「歴史ツーリズム」の原点とも言えるのでしょうか、世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道は、機会があれば歩いてみたいと思っていましたが、やっと実現しました、今回も道新観光の企画「語り部と歩く中辺路ウォーク」です。私にとっては、数年前からの一連の奈良地方、昨年の中山道・飛騨高山訪問の繋がりです。

* 登録資産の紹介:和歌山県世界遺産センターHP(http://www.sekaiisan-wakayama.jp/know/sisan.html

* 中辺路(なかへち) http://www.sekaiisan-wakayama.jp/know/sankei-nakahechi.html

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~過去の私のブログから

* 私の奈良地方訪問 (http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11728

* 「奈良で学ぶ」シリーズ (http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E5%A5%88%E8%89%AF%E3%81%A7%E5%AD%A6%E3%81%B6

* 「寺島塾 2015春」シリーズ (http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E5%AF%BA%E5%B3%B6%E5%A1%BE+2015%E6%98%A5+in+%E5%A5%88%E8%89%AF

* 「中山道・飛騨高山」シリーズ (http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E7%A7%8B%E3%81%AE%E4%B8%AD%E5%B1%B1%E9%81%93%E3%80%81%E9%A3%9B%E9%A8%A8%

~~~~~~~~~~~~~~~~~ ブログからの引用 おわり

 中辺路の前にと言いますか、初日夕方に、まずは能・歌舞伎で有名な「道成寺(どうじょうじ)(https://www.wakayama-kanko.or.jp/marutabi/himetabi/01_dojyoji.html」を訪れました。創建は701年とされ、県内最古の寺、天台宗の古刹、国宝に指定されている千手観世音菩薩や日光・月光菩薩などを安置し、能や歌舞伎で有名になった「安珍清姫」伝説で知られています。縁起堂で、絵巻物で語る話題の住職・小野俊成さんの名調子、この地に伝わる情念の伝説にしばしいにしえの世界へ引き込まれました。縁起堂にはこれまでに演じた役者の公演後に奉納された写真がずらりと並び、歌舞伎俳優の坂田藤十郎や坂東玉三郎、名優とうたわれた六代目尾上菊五郎や、勘九郎時代の十八代目中村勘三郎と華やかでした。

* 「安珍清姫」伝説 http://www.dojoji.com/anchin/

静かな境内に情念の伝説

静かな境内に情念の伝説

安珍塚

安珍塚

 道成寺は日高川町にありますが、隣の日高町の名で思い出すことがあります(http://kasakoblog.exblog.jp/19993956/)。

 宿泊は、翌日から二日間の熊野古道・中辺路(なかへち)ウォークに備えて、みなべ温泉(http://www.aikis.or.jp/~minabe/onsen/)でした。

穏やかな海

穏やかな海