忙しい今年の11月です・・・

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 この二日間の積雪で、すっかり冬化粧となった札幌です。宮の森地区は天気予報よりもやや多いような雪の様子ですが、このまま根雪になりますかね?

二日続きの雪、20センチくらいでしょうか

二日続きの雪、今朝まで25センチくらいでしょうか

  今年の11月は、秋山財団の追加募集も無く、静かに推移するはずだったのですが、私は、「第5回さっぽろアートステージ2010:http://www.s-artstage.com/」の舞台芸術部門の審査員を気軽に引き受けたもので、実は連日の観劇で大変忙しく過ごしています。市内9つの劇場で一カ月で30劇団が上演しています。週末の多い時には一日に3つの芝居を観たり、貴重な体験で楽しくはありますが、創作したことがない素人の私には、選考する「審査」は少々負担ですね。12月5日に「札幌劇場祭大賞:公開審査会・表彰式」が、cube garden(中央区北2東3:http://www.cube-garden.com/pc/)で開催され、それに先立って平田オリザさんの講演会(http://www.h-paf.ne.jp/forum.pdf)も予定されています。

 今晩も、そして12月に入って4日まで、まだまだ上演は続きます。札幌の演劇人たちの情熱に連日感動しながら、いつか彼ら彼女らが芝居だけで暮らしていける、そんな芸術・文化のマチにしたいものですね。日頃使っている脳とは全く別の部位に刺激を受けつつ、今年の11月は過ぎていきそうです。

映画「ANPO」

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 今年は、日米安全保障条約改定から50年の節目の年で、全国各地で記念イベントも多く、今月初めに、私もこの欄に書きました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6264)。

 先日、映画「ANPO:http://www.uplink.co.jp/anpo/」を観ました。今年9月から順次全国での上映のようです。札幌では12月18日から6日間、シアター・キノ(http://theaterkino.net/)で一日一回上映予定です。宣教師の娘でアメリカ人として日本で育ったリンダ・ホーグランドがプロデュース・監督し、「あの熱かった時代の日本を、アーティストたちはどう表現したのか」との問いから始まる映画です。

映画「ANPO」のチラシより

映画「ANPO」のチラシより

  私は、歌手の加藤登紀子さんのHP(http://www.tokiko.com/)から、この映画のことを知りました。彼女も、登場する33名のアーティストの一人として語っています。歴史監査にはMIT教授で、2001年ピューリッツァー賞受賞作品「敗北を抱きしめて:http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/5/024420+.html」の著者、ジョン・ダワーも関わっています。

 監督のリンダ・ホーグランドは、日本の映画界では、海外映画祭に出品する際の通訳、映画字幕の翻訳として知られているようです。彼女は、1960年の安保闘争で、当時のアーティストたちが絵画や写真を通して安保問題・米軍基地問題を表現していて、日本にも市民による「抵抗の歴史」があることを発見したと語っており、それがこの映画製作のきっかけだったようです。日米関係の原点を再確認する意味でも、1951年の講和条約締結とセットとなった日米安保条約締結の歴史は、まさに今に引きずる「在日米軍基地問題」を直視することなのだと思います。

 単に1960年を語る映画ではなく、そこに端を発する戦後の日本の歴史を振り返る貴重な映画ですし、芸術家たちが表現したメッセージは、作品として今も受け継がれているその価値に気がつきます。21世紀の新しい日米関係、ささやかでも地域からも新たに構築していきたいですね。

東儀秀樹 & 古澤巌

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 「東儀秀樹&古澤巌 TOUR 2010 :http://www.togifeatfurusawa.jp/concept.html」が、札幌コンサートホールKitara(http://www.kitara-sapporo.or.jp/)であり、伝統とモダンのコラボレイトで奥深いコンサートでした。

 東儀秀樹(http://www.togihideki.net/)は雅楽を幅広く国民に表現し、彼自身の多彩な音楽への取り組みは、テレビでも紹介されていました。古澤巌(http://hats.jp/p/artist/?artist=10000007)の演奏もコラボレイトしていて、興味深いものでした。

会場のコンサートポスター

会場のコンサートポスター

  ライブでは休憩後の狩衣(かりぎぬ)姿の東儀秀樹は、その前とは別人の表情で、平安時代の「日本人」は恐らくこんな雰囲気だったのか、と想像力を刺激されました。頭のてっぺんからつま先まで、いい意味での緊張感が漂い、気品あふれる出で立ちと演奏でした。

 曲のジャンルも広く、これから世界でも一層活躍を期待したいですね。

http://www.youtube.com/watch?v=dwQ1YaK-igA&NR=1

http://www.youtube.com/watch?v=evHrXhyCeOQ

http://www.youtube.com/watch?v=ktjHzoOwc74&feature=related

「日本の魅力:My Japan」ほか

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 最近の日本・日本人を巡る話題を二つ:

 先日、朝のNHKニュースで紹介されていた動画サイト「日本の魅力・My Japan:http://my-jpn.com/」が面白い。日本の学生を中心に25人の大学生スタッフで運営されていて、5ヶ国語に翻訳されてアップされています。

 特に、「CM部門予備審査通過作品50品一覧(http://my-jpn.com/vote/section.php?id=finalcm)」は、日本で育ち、暮らしている人々には「当たり前」の日常ですが、実は世界的に見れば「驚き」の光景なのでしょう。海外旅行をすると、外国の危なさ・不便さを痛感する昨今だったり、日本の若い世代の旅行者が、宿泊ホテルの条件として「ウォッシュレット」を挙げるとか、その辺の理由に、日本国内の行き過ぎた安全・便利さ・快適さがあるのかも・・・・。このサイトは素朴に日本の良さを、面白く分かりやすく映像と解説で表現しています。

 最近感じるのですが、日本の若者たちが昔より大変礼儀正しくなっているような気がします。劇場等での座席に着く時に、「この席、空いていますか」と殆どの若者が聞いてきます。道を歩いていてすれ違いざまにぶつかった時、「あっ、失礼」とかなりの若者が言います。豊かな日本で育った良さもあるのですよね。ただ、新千歳空港からのJR北海道で札幌に帰る時、進行方向が変わるにも関らず、あてがいぶちの座席に従順に座るその姿に、何かたまらないひ弱さも感じてしまいます。9月の中国旅行の後遺症ではありませんが、世界にのして活躍していくには、もっともっと野生が必要なのだとも思うのですが。

 もう一つは10日程前でしたか、10数年間ベトナムに住んでいた商社マンも含めた朝食会の席、久しぶりに日本に戻ってきての第一声、「いつから日本人はこんなに偉くなったのか!!」と、皮肉を込めての辛口コメントでした。アジア諸国への日本のODA(Official Development Assistance:政府開発援助)を現場で肌での感想でした。

 ODAはご承知の通り、政府や関係機関が、発展途上国の経済発展・福祉向上などを目的に提供する資金や技術援助のことです。外務省(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/index.html)や国際協力事業団(JICA:http://www.jica.go.jp/oda/index.html)、国際協力銀行(JBIC:http://www.jbic.go.jp/ja/)などが実施し、日本は世界第1位のODA供与国でしたが、この所、減額となって順位を下げています。またその内容が国際協力・環境NGOからは、プロジェクトが現地の実状に合わず、住民や環境にプラスに働かない事例や、債務負担などの弊害が指摘されています。

 先日の永く商社マンで現地の方々と仕事をした経験でも、どうも日本の援助は、「教えてやる」、「授ける」と言った臭いが無くならず、「何様だと思っているのか!」と批判が多いようです。ペシャワール会中村医師(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4289)のように「共に汗を流す」とか、「共に創る」というパートナーシップが欠如しているのでしょうね。地元住民の目線からの支援になり得ていない、本物ではない実体、多額の支援をしておきながら、「官」による、すなわち「税金」による海外援助は実にモッタイナイ現状です。民間に同じ金額を委託されれば、恐らく10倍くらいの効果を上げることは出来るでしょう。

 この傾向は、企業にも言えるようです。アジア・アフリカを市場と認識すれば、商品販売においては、自ずからそれぞれの地域のニーズに合った色・形・仕様でなければ受け入れられません。日本の商品は、欧米志向で、韓国・中国の企業に比べて、大胆に現地に合わせる努力が欠けているとの指摘があります。それも裏を返せば、「日本ではこれが常識」、「これ以下には質は落とせない」といった高上がりのスペック、思い上がりと受け取られる場面が多いようです。

 先日の朝食会でのお話を聞いていて、私は今年3月に行ったアフリカ旅行を思い出しました。「現地住民の目線に立って」ということが、どういう活動なのか、私は帯広畜産大学の先生達から教わった気がします。「自立の促進」、「地域文化・ライフスタイルの尊重」、なのでしょうか。現地でのそういった活動基盤は、自国・日本の文化・芸術への造詣の深さと敬意だと思います。

札東・南高OB&OG合唱の夕べ

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 「Hand in Hand~札幌東高・南高OB合唱の夕べ~」と題した演奏会が、札幌市民ホール満席の聴衆で開催されました。サブタイトルには、「東高・伊藤冨美代先生、南高・小泉正松先生の教え子による」とありました。小泉先生は、私が高校1年生で音楽を選択した時も習いました。

札東高・札南高OB&OG合唱団、総勢100名超の大合唱!

札東高・札南高OB&OG合唱団、総勢100名超の大合唱!

  それぞれの合唱団による両高の校歌で始まったプログラムは、年齢を感じさせない(?)勢いと、年齢を感じさせる(?)表現力で、恐らく会場にいらっしゃった殆どの方々の期待を上回るパフォーマンスでした。

 ご存じのように東高の前身は札幌市立高女ですが、昭和25年の東高発足時は、1期生・2期生は、一高・二高・高女などから東高に移ってきた人であり、3期生がその年1年生として入学したのです。新設高校の雰囲気は、新鮮な気分が交じり合って、スタート時からクラブ活動は熱気に包まれ、生徒会活動も活発だったようです。合唱部も、学校祭での演奏披露、当時の市民会館での演奏会、合唱コンクールへの参加等、夢中になっての活動だったと、代表の小林好弘(東3期)さんは述べていました。

 一方南高の代表・後藤康之(南5期)さんは、昭和20年代後半から30年代に、合唱コンクールなどで相まみえた関係だったと述懐し、今はかつての時代の空気を吸った仲間として互いに懐かしむことが出来る相手と、楽しさに胸を膨らませていました。

 それぞれソプラノソロもあり、童謡・組曲も素晴らしかったです。最後の合同演奏は「アベマリア」、「ハレルヤ」等、100名を越える大合唱に、満場の大拍手で終了しました。

 昨年の南高OB・OG合唱団の発表会の時でしたか、団員の大先輩から後日伺ったのですが、「本番で倒れる人がいなくて幸いだった」と。当日本番前のリハーサル中に、年配の方が倒れて救急車を呼ぶ騒ぎになったとか。幸い大事に至ることも無く、本番では客席にいらっしゃったそうです。先日の合同企画でもあまりの熱唱でしたので、前回の件もあり、大丈夫かと密かに心配していた私でしたが、何事も無く終わりほっとしています、勿論、終了時までの話ですから、その後のことは知りませんが・・・・。

 当日は札西高・札北高の同窓生も多く客席にはいらっしゃいましたので、口々に、「来年は東西南北・合同でやりたいね」とおっしゃっていました。ちょっと想像してみても今回の2倍の大合唱、「恐るべき高齢者たち(?失礼)」ですね、脱帽です!!

ご案内:酪農大でフォーラム開催

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 2010年も残すところあと1ヶ月少々ですが、皆さまにとっては今年はどんな年でしたか?今までこの欄では、「予告」はしたことがなかったのですが、今回だけは是非多くの方々にご出席して頂きたく、来月開催フォーラムのご案内を致します。

 12月18日(土)、江別市の酪農学園大学(http://www.rakuno.ac.jp/)黒澤記念講堂で、「チャリティーフォーラム:旭山動物園から考える“命”」と題して、旭山動物園(http://www5.city.asahikawa.hokkaido.jp/asahiyamazoo/)園長で、酪農学園大学OBでもある坂東元さんによる講演です(http://yaplog.jp/kataribeyarera/)。

学生たちによる心のこもったチラシ

学生たちによる心のこもったチラシ

 コアとなって準備を進めているのは、酪農学園大学の学生を中心とした「語り部屋☆レラ」という集まりで、私も、応援する「オジサングループ」の一員として数回参加していますが、これまで定期的に講演会・交流会を開催して様々な課題に真摯に取り組んでいます(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1204)。決して怪しい(?)団体ではありません、私が保証いたします(かえって怪しい?!)。

 坂東園長のお話を、今年の7月に私は間近でお聞きし、本当に素晴らしかったです。動物のお話と言うよりも、生きもの全ての「いのちの哲学」で感動致しました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4855)。今回は旭山動物園のお話から、さらに「ボルネオへの恩返しプロジェクト」にも及んで語って頂けるようです。「ボルネオ保全トラスト・ジャパン(BCTジャパン):http://www.bctj.jp/」と連携しての取り組みです。

 この準備にあたって、地元江別市内をはじめ案内・協賛等の活動で歩きながら、学生たちはすでに多くのことを学んでいるようです。話もまだ聞かないうちに何を学ぶのか?といえば、それはお会いした方々の反応が様々で、貴重な代えがたい体験だからですよ。「イベント」へのお誘いだけでなく、今回は「チャリティーフォーラム」ですから、幾らかの寄付金とかを前提にしています。その為には開催主体の信頼性、確かに寄付したお金がその目的に使われるかの実証性ほか、事前の説明要件は山ほどあります。断る理由は掃いて捨てるほどある訳ですから、ある意味では当然ですね。

 日本というのは不思議な国で、例えば「赤い羽根共同募金:http://www.akaihane.or.jp/」とか、「緑の羽根募金:http://www.green.or.jp/bokin/」等で、「使途を証明して」とか、「無駄に使うことなく有効に使っているの?」と質問をする方は、私以外はあまりいないでしょう。でも私は思うのですよ、従来型の寄付システムは推進する組織が重すぎる、言い換えれば、本部経費・処理経費がかかり過ぎている、時には関わる人々を養う為といった本末転倒と思われる場合もあるような気がします。国際的ボランティア組織のロータリークラブ(http://www.rotary.or.jp/)には、私は12年間入会していました。ライオンズクラブ(http://www.lionsclubs.org/JA/index.php)も含めて、同様の課題を抱えていると思います。そもそも「国際的」である意味は何なのか、本部を支える費用が適切か、と。もっとシンプルに、もっと軽やかに、同じ或いはそれ以上の効果・満足度が得られる活動があるのでは?

 草の根の身近な地域からの自発的・自立的活動こそ、今の時代、「新しい公共」としての「民の力」だと信じています。今、世界各地にNGO・NPO・ソーシャルビジネス企業が出現して、目に見える成果もあげているのも事実です。今回のような地域の草の根ボランティア企画を発案する若い世代、それを支える地域の市民・企業・学校等が一体となって、新しい時代を切り拓いていきたいものです。このような企画をする意欲的な学生達を、さぞ大学の皆さま方は誇りに思っていらっしゃるでしょうね。是非、12月18日、ご参集して下さい!!!

世界バレー・女子、32年ぶりのメダル!

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 先日開催された「2010年バレーボール女子世界選手権:http://www.tbs.co.jp/sebare/」で、全日本女子チームが32年ぶりにメダルを獲得しました。準決勝でブラジルにフルセットの末惜しくも敗れましたが、3位決定戦ではアメリカをフルセットで破り、堂々の銅メダルでした。

 私はバレーボールへのこだわり(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=27)があり、テレビ観戦していても冷静ではいられません。一生懸命拾い上げる選手を見ていると、つい拳を握って前のめりになってしまいます。いずれの試合も見たのは終盤のみ、とても最初からのエネルギーはありません。今回の世界バレー日本対米国(TBS系)の視聴率が20・5%(関東地区)だったとか。瞬間最高視聴率は、真鍋政義監督の勝利インタビューが行われた午後9時18分で35・9%で、前日に放送されたプラジル戦の視聴率は21・6%、瞬間最高視聴率は第4セットの22対22の局面で迎えた午後9時3分だったそうですね。

 それにしても、いつも感じているのですが、解説者の川合俊一はどうしようもないですね。富士フイルムでセンタープレーヤーだった時から知っていますが、とにかく大事な場面で全く気が弱い、昔の松平監督時代の全日本チーム知っている私は、彼が全日本男子のメンバーであったことが信じられません、そこまでチームの力が落ちていたのでしょう。その後の彼の活動を見ていて、どのフィールドで生きていこうとしているのか、良く分かりません。先日のテレビでも、観客同然で、「ウヮー」とか「キャー」としか言っていませんでしたよ。女子バレーに関しては、もっともっと優れた解説ができる人材はたくさんいると思うのですが、TBSとの特別な関係なのでしょうかね。

 今回の日本チームの活躍を見ていて、私は真鍋政義監督の采配が素晴らしかったし、それと同時にその前の柳本晶一(http://www.sponichi.co.jp/sports/special/fivestars/5stars_yanagimoto/kijilist.html)監督の手腕が素晴らしかったと思います。彼の現役・新日鉄時代のセッターも強く記憶に残っていますが、選手育成にかける「覚悟」に感動致します。将来の為に若手を積極的に使い、練習中も試合中も、そして試合後も常に選手への温かい眼差しを注ぐ、この間の日本女子バレー沈滞の流れを変えましたね。

 真鍋政義監督の「守りの強化」も的確でした。バレーボールで「守り」というのは、まず「ブロック」です。ブロックで確実にその後のレシーブするエリアを決める、或いは相手アタッカーに打たせるエリアを決める、要するにレシーブするエリアを出来るだけ狭めて拾いまくる、その戦略ですね。全てのアタックを止める必要などないのです。そしてレシーブは、諦めずに「床とボールの間に手を入れて」しぶとく拾う、昔の全日本女子・山田重雄監督が私に言った言葉を思い出しました。

 ブラジル戦を見ていると、決して勝てない相手ではありません。第2セットの驚異的粘りは、これまでの全日本とはひと味もふた味も違った「強さ」を感じました。ただ、序盤・中盤・終盤の戦い方、点の取り方を変えなければなりません。会場の観客は、スタートの一点から大歓声ですが、選手・監督は冷静さが必要です。そして、終盤の「ここぞ」という場面用のサーブ、攻撃パターンの「秘策」もコマとして重要です。

 以前は終盤戦の崩れた時は、「オープンにトスを上げて、エースで勝負」と決まっていたような気がしますが、先日の試合を見ている限り、これまでの日本の常識を破り、勇気を持って新しい形でポイントを取っていました。バックアタック、荒木の速攻など良かったです。

 今回の日本チームの試合を外国チームは研究して、また日本対策を進めるでしょう。それを上回る戦略・戦術を、真鍋政義監督ほかの首脳陣なら考えて実行してくれると確信しています。取り敢えず、今回の銅メダル獲得、おめでとうございます!

秋、さらに一層深まって

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 「好きな季節はいつ?」と聞かれれば、私は迷わず「秋」と答えます、それも「晩秋」でしょうか。

 「春」は、あらゆる植物が一斉に芽を吹き、咲き出して、その勢いに自分の気分がついていけない、そんな気が幼い時からありましたね。学校に入学してからはこの季節、新しい環境の場合が多く、その辺の緊張感も更に気持を押しつけるのかもしれません、自分自身の「出遅れ感」とでもいうのでしょうか。「夏」は太陽がまぶし過ぎて、気持は解放されますが奥行きが無いといった感じですね。「冬」も好きですが、一面の白は立体感に欠けて味わいが無い(?)。「秋」は盛りを過ぎて枯れていく魅力みたいな、紅葉も春の緑よりもはるかに多様で変わりゆく時間的経過もあり、色それぞれのストーリーを想像すると、何ともそれまでの道程をいとおしく感じます。

 今年は例年とは違った天候だったので、秋自体の風景も不思議な様相を呈しています。例えば、家の庭の柿の木、毎年実は付けていますが、今年の数の多さは、この20年で最高でした。200個以上はありますでしょうか。妻の実家、千葉県館山市(http://www.city.tateyama.chiba.jp/)の柿ではありますが、札幌でも多少の差はあれ、毎年実をつけています。特に収穫はしませんので、やがて寒さで落ちたり、雪が降った後は多種類の鳥たちの餌にもなっています。 

家の庭の柿の実、今年は200個以上なりました!

家の庭の柿の実、今年は200個以上なりました!

 札幌西高横のイチョウ並木も綺麗でした、さすがに今では葉は落ちました。

札西高横のイチョウ並木

札幌西高横のイチョウ並木

  先日、札幌市西区琴似方面に用事があって歩いて行きました。屯田兵舎跡も一緒の琴似神社境内は、午後の陽を浴びて素晴らしい景色でしたね。北海道神宮もいいですが、ここもまさに「晩秋」でした。

琴似神社境内で

札幌市西区・琴似神社境内で

 そう言えば、10月下旬に札幌に初雪が降った日、市内のたくさんの木々の枝が折れて地面に落ちていました。広葉樹の葉の色が、まだ変わるか変わらないかの内に湿った雪が降って、枝が重さに耐えきれなく折れたようです。それくらい自然界では「急激」という時間軸の短縮は、大きな影響を与えるのですね。「適切な時間」、適時というタイミングの妙、実に見事に創り上げられている「環境」、「生態系」です。後で思えば、自然界の剪定作業だったのでしょう。

 これから、いよいよ北海道の冬の到来ですね。

東京・池袋西口界隈で

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 東京の豊島区・池袋に用事があり、初めてJR池袋駅西口に降りました。池袋駅西口公園(http://www.city.toshima.lg.jp/shisetsu/kouen_guide/001138.html)では、秋の日差しを浴びてのんびりベンチに座っている方も多く、都内でもこんな雰囲気があるのかと少々驚きました。

 その一角にある大きな黒いモニュメントと、その横にステンレスの繊細な記念像(

http://www.city.toshima.lg.jp/koho/hodo/18317/018386.html

が目に入りました。近くに寄って横の記念碑を読むと、5年前にバングラディシュ共和国のベガム・カレダ・ジア首相から、文化交流の象徴として豊島区に寄贈されたもののようです。

池袋駅西口公園:巨大なモニュメント

池袋駅西口公園:巨大なモニュメント

バングラディシュからの贈り物

バングラディシュからの贈り物

 ジャパン・バングラディシュ・ソサエティ(http://www.japanbangladesh.com/jp/)の尽力により、ボイシャキ祭(バングラディシュのお正月祭)の開催をきっかけに始まった象徴としてです。このモニュメントの原型「ショヒド・ミナール:http://news.livedoor.com/article/detail/2576094/」は、ベンガル語を護った人々を讃えるもので、ユネスコ(http://www.unesco.or.jp/)総会において全会一致で宣言された「国際母語の日:2月21日http://www.unesco.org/en/languages-and-multilingualism/21-february-international-mother-language-day/」を象徴しているとされています。

 都心のちょっとした広場にも、人々の多様な交流の軌跡があるものですね。秋の日差しの中、ひと時の温かい気持になりました。

「世界を知る力」、リレー講座スタート

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  寺島文庫(http://www.terashima-bunko.jp/about.html)主催による「『世界を知る力』リレー講座:http://www.terashima-bunko.jp/」が始まりました。半年に10回という濃密スケジュールでの連続講座です。

半年間で全10回、盛りだくさんの講師陣

半年間で全10回、盛りだくさんの講師陣

  以下、細かな内容は書き留めませんが、初回は、早稲田大隈講堂で満員の大盛況で、藤原帰一(http://www.pp.u-tokyo.ac.jp/faculty/professors/KiichiFujiwara.htm)さんの鋭い指摘が印象的でした。

早稲田・大隈講堂でキックオフ

早稲田・大隈講堂でキックオフ

  第2回は、中東問題のプロフェッショナル、東京外国語大学大学院教授の酒井啓子(http://www.tufs.ac.jp/research/people/sakai_keiko.html)さん。専門の「イラク問題」と、「中東和平問題(パレスチナ問題)」についての展望は、今後の視座として引き続き目が離せません。結論的には、イラク、パレスチナ共通の課題は、「課題が国内問題化してくる時代」の「多様性共存」でしょうか。それは「日本がかかえるイスラムとの共存」とも言えます、はっきり新しい構図に入ったのです。

 第3回は、多摩大学経営情報学部教授の沈才彬(シン・サイヒン:http://www.geocities.jp/mstcj182)さん。これまで聞いた中国関連の講演の中で、最も腑に落ちる、実に明快なお話でした。中国の今後のリスクを5つにまとめていました。1)2013年政権交代に伴う党内権力闘争、2)二大「時限爆弾」:「格差(地域間、都市と農村、貧富)」と「腐敗」、3)強まる住宅バブルとインフレ懸念、4)人民元切り上げ、5)アメリカによるチャイナバッシング。

 今、日中で起きているデモに絡み、「ナショナリズム」についても興味深いコメントをされていました、「思春期のナショナリズム(?)」とおっしゃっいましたかね?最後は、日米、日中関係の微妙な日本のスタンスを、「親米睦中:しんべいぼくちゅう」と表現されました。「アメリカとは親しく、中国とは仲良く」、言い得て妙ですね。

 とにかく、ここまでの講師の方々の大変分かりやすい解説は、時間の経過を忘れる程切れ味爽やかで、1時間半の限られた時間に濃密なメッセージの数々、そして新しい時代の認識・構図を示してくれました。課題認識が的確で、構図を大きくつかむ力に優れている、そんな感じですね。日常の新聞・テレビを通しては、実は何も理解していなかった、断片的「知識」では出来るはずもない、納得しました。

 私自身振り返ってみましたが、これまでに中国関係では、以下の3回書きました。http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4136http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3983http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2510、それぞれの視点からの指摘も間違ってはいなかったと思います。ただ、その前提となる「新しい時代の構図」を良く見ていなかった、それを痛感します。

 今後の講座に期待します!

「母子像・ふるさと」、札幌へ!

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 ハンガリーの彫刻家ワグナー・ナンドールの作品(http://wagnernandor.com/indexj.htm)「母子像・ふるさと」を、妻のちよさんが札幌に寄贈する意向を受けて、この間募金活動も行っていた庁立高女・札幌北高同窓会を中心とする「札幌に迎える会」により、フォーラムが開催されました。私も親族(甥)として、同窓会メンバーではありませんが、「迎える会」の一員として応援しています。

ワグナー・ナンドール作 「母子像」

ワグナー・ナンドール作 「母子像・ふるさと」

  「ワグナー・ナンドールの世界~母子像に込めた平和への祈り~」と題して、120人を越える参加者で大盛況でした。この日の為に来日したハンガリーからのご来賓、キッシュ・シャンドールさんのご挨拶、ナンドールの一生を紹介したDVD、札幌芸術の森・吉崎副館長の作品紹介、札幌市・生島副市長と和久奈ちよさんとの対談、そしてフロアーとの質疑応答と、盛りだくさんの内容でした。

ハンガリーからの来賓:キッシュ・シャンドールさん

ハンガリーからの来賓:キッシュ・シャンドールさん

  キッシュさんは、自らの体験として1956年のハンガリー動乱(革命)の模様を臨場感あふれて語りました。「丁度、一か月前は1956年ハンガリー動乱(革命)の記念日でした。その特別な日を、ハンガリー人は皆よく覚えています。1956年の秋の12日間は、ハンガリー人にとって忘れられない日々です、突然自由が訪れました。ワグナー・ナンドールは34歳、私は14歳でした。皆が同じ気持を味わったのです。自由がある!急に青い空がある!空気がある!信じられない気持でした」。

 そして、ナンドールはその時に、若い芸術家たちに声高く呼びかけました。「武器を手にするな!スケッチブックを持って街に出て、現実のあらゆることを描くのだ!」と。第二次世界大戦のヨーロッパ戦線で、過酷な戦闘の経験を持つゆえに、「武器を取ることは容易だが、置くことは極めて難しい」と、常々芸術家たちに語っていたそうです。当時の政権から芸術家集団のリーダー、危険人物として狙われて、彼は後にスウェーデンに亡命したのです。

和久奈ちよ、生島さんとの対談

和久奈ちよ、生島さんとの対談

 ちよさんからは、率直なお話がありました。

* ナンドールが、「武士道」はじめ、東洋の哲学に小さい頃から接していて、その「調和」、「自然との一体」等の概念に共鳴していた、老子の思想もその一つ

* 「母子像・ふるさと」には、母と子どもの「愛」を、「受ける愛」、「与える愛」として、球形で的確に表現している

* 戦争はもちろんあってはならない、ただ、戦争が無いからといって「平和」であるとは限らない。「心の平安」、「確かな愛」、それが「母子像・ふるさと」に込められたメッセージである 

 来年にも設置されるだろう「母子像・ふるさと」は、私たちに「原点」を示す説得力をもたらすでしょう。「芸術家は社会に貢献してはじめて芸術家たり得る、なぜなら作品は何百年・何千年生き続けるのだから・・・」、ワグナー・ナンドールの信念でした。

 ワグナー・ナンドールの作品にご興味のある方は、是非栃木県益子町までお運びください。http://www.mashiko-kankou.org/509_733_topics_details.shtmlhttp://kankou.4-seasons.jp/asobu/509.shtml

再び、アジア太平洋の連携とは何か

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  もう、一月以上も手元に温めてしまいました、アジア太平洋研究所推進会議(APIPChttp://apipc.org/-forum/)が主催する、8月に大阪で開催された(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5162)一連のシリーズの総まとめフォーラムです。

フォーラムのチラシ

フォーラムのチラシ

 ただの議論に終始するだけでなく、「温室効果ガス削減のための新たな国際協力枠組み」を目指す、「グリーンニューディール(GND)研究レポート」としてまとめ上げました。当日はそれに関わった方々が壇上で、それぞれの立場から大変前向きな提言をされました。  

トライアル・プロジェクトのレポート

トライアル・プロジェクトのレポート

 今回のレポートは、京都議定書で書かれている「CDM:http://eco.goo.ne.jp/word/ecoword/E00011.html」の限界性・課題を指摘し、今後の温暖化問題解決のための新しい国際協力による、日本の技術貢献等の果たす役割にも言及しています。 CDM理事会他については「京都メカニズム(http://www.kyomecha.org/cdm.html)」で詳細説明があります。

 今回のまとめでも語られていた、「悩ましき隣人:中国」とどういう国際協力の装置を創っていくか、日本国の政策パッケージ他「本気度」の不足、日本の「知恵のアドバイス」に対してフランスの「哲学からの戦略提案」等、傾聴する指摘・提案の数々でした。

 特に、環境分野での日本の議論が、戦略よりもライフスタイルの問題に矮小化されているのではないか、日本の技術提案は高価でハイスペック過ぎる、といった指摘は理解できます。また、人材育成の装置として、「留学生の止まり木:人間交差点」機能の重要性も提起されました。「止まり木」で思い出しましたが、以前、スイスの方から聞いた話です。街中の広い道路、郊外の高速道路に作られているグリーンベルトの本来的機能は、帯状に木々が伐採されて鳥たちの生態系を狂わさないように、「止まり木」の意味だそうです。決して、人間の心地良さの為ではないと。

 人間は、「面白い」か「有り難い」が無いと集まってこないそうです。言い換えれば「たまり場」的仕掛けが必要であり、今後、日本のAPIhttp://apipc.org/)が、アジアのERIAhttp://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/10070201.htmlhttp://www.eria.org/)とコラボレイト出来れば大変面白くなりそうです。

 こう言った議論がメディアに登場する場面も殆どありません。ましてや政治の世界では期待も出来ません。総合的「構想力」の発揮として、日本の総力を挙げて、民間の高い見識の出番なのでしょうね。

あっという間に2年が過ぎました・・・

Posted by 秋山孝二
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 このブログ(コラム)を始めて、早くも丸2年が経ちました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=24)。「それも世の為、人の為かと思います」と書きましたが、この間、多くの方々からメール、お手紙、直接のご意見を受け取り、心から感謝申し上げます。随分たくさんの方に読んで頂いていることを知り、当初は独善的独り言でスタートしたつもりが、インターネット時代、予想もしなかった展開となっています、結局は「自分の為」だったようです。これまで頂いたご質問、ご意見に対して、私なりのコメントで御礼の言葉に代えさせて頂きます。

1)随分いろいろな場所に出かけているのですね(暇とお金があるんですね)?:1回の出張中に体験したことを数回に分けて書いたりすることも多く、実際はそれ程のことでもありません。以前の上場会社社長・副社長時代は、もっともっと忙しい毎日で、それこそ「忙しい」と言う暇もない程忙しかった、それも看板を背負って、機密性の高い、利害の絡む出張ばかりでしたから。「書く余裕があるんだね」と言われればその通りですが、「書ける出張」に時間を取れる状態ともいえます。

2)踊り場みたいな多少の休息も必要では、今のペースで大丈夫?:「『下山の哲学』と言いながら(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=307)、まだ頂上を目指しているのでは?」とのご指摘がありました。ご心配に感謝しますが、以前からみると信じられないくらいに、「自分の為だけの時間(これを説明するのが少々難しい)」を持つことができています。書いているそのこと自体が、自分にとっては「休息」みたいなもので、ペースに無理はありません。もっと率直に言うと、頭に思い浮かぶ6割程度しか活字になっていない、そんな雰囲気の昨今です。

 書くことが無くなればそれで終了、いずれはただ消えていく、気楽なものですね。一つ掲載すると体に空きスペースが出来て、新たなテーマが生まれてくるような気がするのです。また、掲載することにより新しい出会いがあり、そこからまた新たな地平のスタートとなる、以前ビジネスの世界でも似たような体験はしましたが、役回りではなく、現在のように等身大の自分で活動していると、その何倍もの不思議な、新鮮な感じです。

3)毎回重たいテーマ、気まじめで息が詰まります!:一つ書き始めると次から次へと関連する事柄が頭に浮かび、どんどん広がっていきます。この際だから、あれも書きたい、これも書きたいと言葉が「湧き出て」きて、つい詰め込み過ぎる傾向はあるのか、と反省はしています。ただ、若い連中のような軽いノリで文章は書けず、どうしても「気まじめ?」になってしまいますね。特に強いインパクトを受けた時の表現が、「感動しました」、「印象的でした」と型通りの言葉しか出てこない、自分のボキャブラリーの貧困を感じます。読み手にとって息が詰まると言われれば、何ともコメントのしようがありません、お許しください。

4)書き過ぎ、公開し過ぎて支障はありませんか?:一番注意しているのは、文章でも写真でも「プライバシー」なのですが・・・。自分のことは多少出過ぎても責任の範囲ですが、他の方へのご迷惑は注意しているつもりです。最初は固有名詞も全て控えていましたが、回を重ねて変化しました、逆になぜ名前を書かないのか、が明確に説明できない場合も多いので。マスメディアではないので、その辺は自由度大きく考えています。お気づきの方も多いと思いますが、かなりオープンにしているようで、幾つか全く書いていない領域もあります。たくさん発信すると機密も守られる、そんな謎めいた言葉を信じています。

 

 最初の6カ月は文章のみで、次は写真を加え、更に関係ウエッブサイトを出来るだけ掲載し、と少しずつ進化させてきたつもりです。いつも取材のように小さなデジカメをバッグに入れて、少し違ったアングルの写真を撮るのも、楽しみの一つです。

 今後に,今幾つかプランを持っています。一般的には、「テレビとインターネットの融合」とかいろいろ言われていますが、Twitterとか携帯電話を使っていろいろ発信していければと思っています、無理のないテンポでですが。先日NHK-BS1で、慶応大学の村井純教授(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5162)がコーディネーターで、「ABUスペシャルセッション・イン・トウキョウ:http://www.abutokyo2010.com/」が放映されていました。グローバルな社会の中で、「つながり」、「関係性」、「ネットワーク」を求めて、新しい時代が各国で始まっているようですよ。

 お読みの方々で何か面白いアイディアをお持ちの方は、是非ご提案をお願いします。それではまた、歩き始めます!

あの時代、あの人たちの軌跡

Posted by 秋山孝二
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 「唐牛(かろうじ)健太郎」の名前を聞いたのは、私が小学校時代でしたでしょうか。「全学連」というのが何を意味するのかは分かりませんでしたが、北海道大学の学生が日米安保条約改定反対闘争の指導者だったと、誰かから聞いた気がします。函館・湯の川出身の彼の人生の軌跡が、知人・友人の皆さんのご尽力で展示されました。

「唐牛健太郎、函館にかえる」展示会

「唐牛健太郎、函館にかえる」展示会・会場で

装甲車前の唐牛委員長

装甲車前の唐牛委員長

  しおりには、「彼が逝ってから26年。全学連委員長として1960年の安保闘争を指揮、その後の生き方からも伝説的な存在だった彼のふるさとは函館です。唐牛健太郎とは、どんな人間だったのか。60年安保から50周年の今年、激動の日々を駆け抜けた男の47歳の生涯を辿ってほしいと企画しました。・・・・・・」と書かれています。彼については、真偽のほどは分かりませんが、その後いろいろなメッセージが世に伝えられていますね、同じ函館出身の田中清玄(http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163475508/isisnejp-22/ref=nosim)との関係等でも。展示会場の関係者の方は、「予想以上の反響で、あらためて彼の47年の人生の価値を確認しました」とおっしゃっていました。 

 

 一方東京では、それから過ぎること約10年、1965年の日韓条約締結時代から70年安保前夜、1968年、三派全学連の委員長になった同志社大学・藤本敏夫と歌手・加藤登紀子の物語「青い月のバラード」(加藤登紀子著)が,最近、演劇として上演されました(http://www.puremarry.com/aoi.html)。

ピュアーマリー企画・制作、「青い月のバラード」・俳優座劇場で

ピュアーマリー企画・制作、「青い月のバラード」・俳優座劇場で

 公演初日には加藤登紀子さんご本人とお母さま・お姉さまも観客としてご出席でした。終演後、舞台上に促されて歩んだ登紀子さんは、「ただ感動で、涙が出ました」以外は多くを語らず、ここは役者たちの舞台、と示すかのようなプロ歌手の沈黙で、観客に一層の感動を与えました。

 登紀子さんは、1960年6月15日は高校生として国会へのデモに参加し、藤本さんは関西でテニスコートに居たそうです。彼の風貌は、唐牛健太郎の田舎的雰囲気とは大きく異なり、お洒落でそれまでの学生運動の闘士のイメージとは違いますね。どこか都会的でマフラーとコートが似合い、映画俳優のようで、その後の「農的くらし」と言っても、何となく違和感が私にはありました。これも時代の反映なのかもしれません。

 千葉県鴨川市にある「鴨川自然王国:http://www.k-sizenohkoku.com/」は、藤本さんと登紀子さんが築いた新しいフィールド、多くの方々がその理念に共鳴して活動しています。私自身もこれまで数回、「帰農塾:http://www.k-sizenohkoku.com/satoyama/satoyama_top.html」ほかのプログラムに参加して、間近で登紀子さんとお話を何回もさせて頂いています。「TOKIKO WORLD:http://www.tokiko.com/」も活発ですが、鴨川でのプログラムの中、田植え等でお世話になった石田三示さんは、現在衆議院議員でご活躍ですね。

 まわるまわるよ、時代はまわる、そんな時代をひた向きに生きた人生の軌跡は、節目の今年、人々に多くのメッセージを与えます。昨年7月に書いたこの欄を思い出しました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1600)。