航空発祥の地 in 所沢

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 8月は「戦争特集の月」と数回前のこの欄に書きました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=17629)。今年はなぜか「零戦」関連の話題が多いですね。

 先日は、埼玉県所沢にある「所沢航空発祥記念館(http://tam-web.jsf.or.jp/contx/modules/tinyd1/index.php?id=1」を訪問しました、ニュース映像でも紹介されています(http://www.nikkei.com/video/?bclid=67379774001&bctid=584058891002&scrl=1)。映像で零戦の操縦席に座っているのが、金髪の男性というのは違和感がありますね、「今はお前たちの零戦ではない」と言わんばかり、ここはアメリカ人的には譲れないところなのでしょうか。

航空発祥の地:日本で最初の飛行場

航空発祥の地:日本で最初の飛行場がこの地に建設

特別展:堀越二郎の生涯

特別展:堀越二郎の生涯

展示されている「零戦」

展示されている現物の「零戦」

「零戦」操縦席の照準器からみる敵戦闘機

「零戦」操縦席の照準器からみる敵戦闘機

 見ているうちに、2010年6月に訪問した「大和ミュージアム:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4585」を思い出しました。いずれも「日本の技術」に敢えて焦点を当てて、それを支えた技術者たちの紹介でした。

 一方、「零戦」といえば、映画「風たちぬ:http://kazetachinu.jp/」も話題沸騰ですね、先日の札幌でも若い方々を中心にかなりの観客でした。こちらも「戦争」をテーマにしたというよりも、技術者のロマンと愛情、流れる曲も含めて、「生きねば」をテーマに夢にあふれた作品でした。すでに580万人以上を動員し、ベネチア国際映画祭コンペティション部門にノミネートされました。声の出演者が重厚で、随所のキメ台詞が見事でした。

映画のHPから引用です~~~~~~~~~~~~~

この作品の題名「風立ちぬ」は堀辰雄の同名の小説に由来する。ポール・ヴァレリーの詩の一節を堀辰雄は“風立ちぬ、いざ生きめやも”と訳した。この映画は実在した堀越二郎と同時代に生きた文学者堀辰雄をごちゃまぜにして、ひとりの主人公“二郎”に仕立てている。後に神話と化したゼロ戦の誕生をたて糸に、青年技師二郎と美しい薄幸の少女菜穂子との出会い別れを横糸に、カプローニおじさんが時空を超えた彩どりをそえて、完全なフィクションとして1930年代の青春を描く、異色の作品である。

~~~~~~~~~~~~~~~引用 おわり

 映画では、こちらも今、話題です、「終戦のエンペラー:http://www.emperor-movie.jp/」。「風たちぬ」から比べると観客の平均年齢は少々高め。劇中に登場する関屋宮内庁次官は、この映画のプロデューサー・奈良橋陽子さんの祖父(関屋貞三郎/奈良橋の母方)にあたり、共同プロデューサーで息子の野村祐人さんの曾祖父にあたるそうですね。お父様(奈良橋一郎)も外交官で、奈良橋さんにも幼い頃から、「些細な行き違いからはじまる誤解や喧嘩、ひとりひとりがそれぞれ平和を願う立場を理解すれば、戦争はなくせる」とよく語られていたようです。そんなメッセージも込めての映画と受け止めました。ハリウッドの視点から「昭和天皇」を表現する方が、日本国内的タブーが少なくて新鮮ですね。

 アニメとフィクションは、ドキュメンタリーと違って歴史的事実を軸にはしていますが多彩なストーリーが組み込まれて、かえって奥深い作品になっていると思います。歴史研究者とかドキュメンタリー作家の方々も、「こういう解釈が出来るのか」と、新しい気づきがあったのではと感じます。「映画作品」としての面白さ、違った視点からの新鮮な物語、硬直しがちな歴史に何か揺さぶりとスパイスを与えてくれるようで面白かったです。

 今年、2013年も8月が終わろうとしています。私にはまだ戦争、とりわけB・C級戦犯裁判を巡って調査・検証の宿題が残っています。引き続きイギリスの裁判記録を求めて、何とか扉を開けられる手立てを考えなければなりません・・・・・。

福島の「今」を行って

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 「2011.3.11」以降、私は被災地のごく一部ですが、時間を見つけては訪問しています。昨年は東京出張の折に、足を延ばして東北新幹線で郡山に、そこから会津若松方面に向かいました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12699)。今年は3月に宮城県仙台市荒浜地区、名取市閖上地区(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=16071)、そして先日、郡山に行く用事があり、札幌から飛行機で直接福島空港へ、郡山、福島市、相馬、南相馬、飯館、二本松等、西部を通りながら放射線量測定もしてきました。

 測定した器械は昨年同様です。 「エステーエアカウンターS:http://www.st-c.co.jp/air-counter/」は、「ガンマ(γ)線だけの測定」で、以下の数値の単位は「μSv/h : マイクロシーベルト・パー・アワー」です。この器具では、「0.05」以下は、みな「0.05」での表示となります。今回「0.05」で表示された地点は、恐らくそれよりもさらに低い数値だと推測されますね。

 私たちが細心の注意を払わなければならないのは、「放射線量測定」といっても、何を測って、何を測っていないかを明確にすることであり、諸条件の違いで「放射線量」が意図的に誘導される危険を織り込まなければなりません、科学的に「諸条件を明確にして発表すること」の重要性ですね。大学時代に「物性物理学」専攻だった私、実験を繰り返してデータを収集・分析し、考察を経て卒業論文を書き上げた人間のこだわりでもあります。

 人体への影響を警告するためには、福島県の線量の高い区域では「α線」、「β線」も入れて測定するべきなのでしょう。「γ線」のみだと70μSv/hだけれど、「α線」と「β線」を足すと500μSv/h越えという例も福島ではあったとも聞きます。α核種とβ核種は離れれば安全とは言いますが、体内に取り込んだら離れられない、「内部被曝」として人体への危険性は消えません。より楽観視しやすい指標で発表・判断するのは科学的ではなく、誘導・プロパガンダです。

 「内部被曝」については、皆さんご存知の肥田舜太郎医師が広島原爆による被爆から、この間60年以上語り続けていました(http://www.uplink.co.jp/kakunokizu/)。今年2月発刊の新著「被爆と被曝:放射線に負けずに生きる」では、放射線障害研究の歴史の根深さを知ります、教育・研究分野でのこのテーマで、国際的責任を日本は果たさなければなりません。

 知人のMさんからFBで教えてもらいました、たとえば条件が違うとこんなに数値は変わってきます。――><福島県相馬市 道の駅のアスファルト表面> アスファルト表面に直に置くと数値が急激に上がるのは、「β線」によるもの。空間線量測定に「β線」は含まれていません。

https://www.youtube.com/watch?v=jCG527ruCgc&feature=youtube_gdata_player

福島市信夫山公園・護国神社

福島市信夫山公園・護国神社

二本松城城壁前

二本松城城壁前

南相馬海岸線南部から南を望む

南相馬海岸線から南を望む

 放射線の被曝に「安全値」というのは無いとは思いますが、国の基準でいわれている「1ミリシーベルト/年間」を今回測定した1時間当たりに換算すると下記の数値となります:

1mSv/y÷365÷24×10^3≒0.114μSv/h

今回の各ポイントの測定値(γ:ガンマ線だけ)です。測定器具は昨年のものと全く同じです。~~~~~~~~~~~~~~

福島空港・外           0.09

郡山市内・外           0.14

福島・信夫山公園        0.38

大波   (115号線沿い)   0.46

相馬市内             0.32

南相馬市内           0.43

飯館村(12号線沿い)       0.62 ~ 0.91

川俣町              0.36

二本松城跡            0.24

~~~~~~~~~~~~~ 昨年の測定値

福島県会津若松市の「鶴ヶ城」にも線量計が設置されています(http://www.aizukanko.com/news/index.cfm#wn97)。因みに、鶴ヶ城公園本丸内の放射線量、5月25日正午は、「0.12 μSv/h」 です。

単位 <μSv/h : マイクロシーベルト・パー・アワー>

郡山駅前・外         0.24

郡山駅・内            0.14

猪苗代                 0.08

会津若松市内          0.05

宇都宮駅・外           0.09

茨城空港・外           0.12

~~~~~~~~~~~~~~ 昨年の測定値 おわり

 さらに今、東京電力福島第一発電所事故現場では、汚染水が大量に海に漏れ出しています(http://www.youtube.com/watch?v=uEWO6FfUwJo)。海外メディア、研究者は、この海洋汚染を強く懸念していて、日本が国を挙げて対処しようとしていない現状に大変な危機感をつのらせています(http://rt.com/news/fukushima-apocalypse-fuel-removal-598/)。

 今回、ごくわずかの時間でしたが、「除染」作業をする人々、あちこちにあるブルーシートを被せた土地ほか、放射能汚染の続く現地に滞在して、この状況を医療機関でのエックス線照射、放射線管理区域と同一視する方々のセンスを疑います。環境に広く放出された、匂いも、色も無い、いわゆる五感では感知できない放射線、それが今も継続して漏洩している現状、このまま放置すれば日本国民の分断が続き、人心は一層混乱するでしょう。

 一方で、ただ危機感だけを募っていても、今現在そこに暮らしている方々もいます。その方々とどう寄り添えるのか、外の人間として考える責任もあります。私自身は、「飯館村放射能エコロジー研究会(http://iitate-sora.net/)」に注目していて、今年のフォーラムにも参加しました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=16313)。

 今の状態は、福島県を中心とした「広大な国土の喪失」です。日本政府の国際社会での責務完遂、今、東電には当事者能力無しの中で、任にある方々の本気の原発事故収束への全力投球、それしか国際社会から信頼を回復し、日本国を救う道はありません。

「鈴木大拙館」 in 金沢

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 鈴木大拙の記念館は、「鈴木大拙館(http://www.kanazawa-museum.jp/daisetz/」として、2011年7月に竣工しました。4年前に金沢を訪れた時(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2518)は、生誕地に碑と胸像が置かれていただけだったので、先月、時間をかけてじっくり見学しました。「見学」というよりも「滞在」したという方が的確かもしれません。

極めてシンプルな玄関アプローチ

極めてシンプルな玄関アプローチ

中庭の水:静寂

中庭の水と斜面緑地の一体感:静寂

 HPによると:~~~~~~~~~~

敷地の特長である小立野台地から続く斜面緑地を背景に、石垣や水景などによって金沢を象徴する景観を創造し、その中で鈴木大拙の世界を展開していくことを設計の基本方針としました。

建築は、「玄関棟」「展示棟」「思索空間棟」を回廊で結ぶとともに、「玄関の庭」「水鏡の庭」「露地の庭」によって構成されています。この3つの棟と3つの庭からなる空間を回遊することによって、来館者それぞれが鈴木大拙について知り、学び、そして考えることが意図されています。

~~~~~~~~~ 引用 おわり

 記念館のコンセプトが実に明確で、それが訪問者に理解しやすい構図になっています。広い空間の中で、単に展示を鑑賞する場というのではなく、来館者が鈴木大拙と出会い向き合うことにより、そこから得た感動や心の変化につなげたいと意図してしています。パンフレットにも、「展示空間で配置される書や写真、著作など鈴木大拙を真っ直ぐに伝える芯のある資料から大拙を『知る』ことに始まり、学習空間で鈴木大拙の心や思想を『学ぶ』ことを通し、さらに、思索空間で自ら『考える』ことに至る3つの行動を、施設計画と一体となって展開する構成としています。」とあります。

 彼の代表的な著書「禅と日本文化(http://kindai.bungaku1.com/showa01/zen.html)」については、この欄でも2009年3月に記載しています(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=709)。

 この記念館を企画・設計した方々の理念と見識、それを育ててきた古都・金沢の底力とでも言うのでしょうか、私自身、これからの展示・記念館建設の参考にしたいものと、帰り道に思いを巡らしました。

古文書講座 2013

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 今年で3回目の「古文書講座」は「愛生舘サロン」での開催でしたが、いよいよこのシリーズの最終回となりました。

 片桐一男先生には、一昨年の陸別訪問(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9524http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9531)、財団記念講演はじめ、「『愛生舘』のルーツ探訪」、「蘭学と北海道の歴史」等、この間、本当にお世話になっています。

 過年度分については、これまでにこの欄にも数回記載しています。

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9504

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10144

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=13990

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=15739

今年も満席の講座

今年も満席の講座

片桐一男先生のユニークな板書、今年は湿度が高く文字の乾きも遅かった!

片桐一男先生のユニークな板書、今年は湿度が高く文字の乾きも遅かった!

 一昨年、片桐先生から贈られた松本順先生の揮毫「発祥致福」、昨年額装しましたが、今年は文字、三ケ所の印文全ての解説文を贈呈して頂きました、印文の文字一字の解読に3年の月日を要したと。

解説文1ページ目、本文、印文の解読解説

解説文1ページ目、本文、印文の解読解説

解説文2ページ目、秋山財団の宝として

解説文2ページ目、秋山財団の宝として

 文字を通じての歴史の再発見、紙の奥に拡がる悠久の歴史の音・叫び、それに耳を傾けるひと時の集中した時間は、本当に「修行」のような体験でした。

札幌演劇シーズン 2013 夏、後半

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 「札幌演劇シーズンhttp://s-e-season.com/」、昨年の夏、冬、も活況を呈して、すっかり定着してきました。今年も後半に入って、連日盛り上がっています。

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%9C%AD%E5%B9%8C%E6%BC%94%E5%8A%87%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%B3

演劇シーズン 2013 夏、後半へ

札幌演劇シーズン 2013 夏、後半へ

イザナギとイザナミ

イザナキとイザナミ~古事記一幕~

 今日、今年のシーズン3作目の千年王國(http://sen-nen.org/)「イザナキとイザナミ~古事記一幕~」公演でした。

HP より~~~~~~~

世界のはじまり。まだ天と地がしっかり固まらず、くらげのように浮いていた頃。高天原にうまれたふたりの男神と女神「イザナキとイザナミ」このおふたりは一つの体に二つの心が一緒に住まう、ふたりでひとつのものでした。

お互いの顔をみるために体を二つに引き剥がしたおふたりは、次々と神々を生み、幸福な生活を始めます。しかし、火の神を生んだイザナミはその体を炎に焼かれ、二人の愛は悲劇へと黄泉の坂を転がり落ちていくのでした。

ひとつになる事を望みながらすれ違っていく、普遍的な男女の姿を描いた愛の神話。

~~~~~~~ 引用 おわり

 音楽とセリフと榮田佳子さんの舞いの魅力が見事なコラボレーション、テンポよく古事記の世界に誘われました。「国の始まり」、ものごとの始まりは、いつも神秘的でドラマチックです。

 このところ、劇団のサービス精神が旺盛で、アフタートーク、アフターパーティ、バックヤードツアー等、内容も豊富でお客さんも大喜びです、年を経るごとにサービス水準が上がってきますね。ただ芝居を観るだけでなく、役者との平場でのやり取り、監督・脚本家のお話ほか、楽しみ方に奥行きが出てきています、素晴らしいことです!!

公演後のイベントも盛りだくさん

公演後のイベントも盛りだくさん:写真は札幌座クラブ横山さん提供

 役者の方々はじめ担う側のご尽力に頭が下がります、私たち市民もただ「消費者」として観劇するだけでなく、演劇に関わる方々を少しでも支える姿勢を持ちたいものです、「わがマチの誇り」としてですね。残りの公演、皆さん頑張って!!

歴史と向き合う8月、2013

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 8月は毎年、「戦争特集」がマスメディアで多いですね。特に映像系では、以前放映されていての再放送もあったり、FBとかメーリングでそのご紹介もして頂いて、録画等でもあらためて見る機会が以前よりはるかに多くなって感謝です。民放の再放送は、その番組構成から難しい場合もありますが、インターネットで検索すると何とか行き当たる場合もあり、その気なら番組に出会う確率は高まっています。

 今年は特に、「原子力」とか「日本国憲法」に絡むドキュメンタリー番組に優れたものが多いような気がします、知らないことが如何に危険なことかと、60歳を越えた自分自身、歴史の再発見で恥じ入る気持も強いですね。

< 映像系番組から >

* 原発と原爆 日本の原子力とアメリカの影(1)

http://bit.ly/1cKsiGH

* 原発と原爆 日本の原子力とアメリカの影(2)

http://bit.ly/122hbTr

* テレビ朝日|ザ・スクープ

www.tv-asahi.co.jp

* NHK・ETV特集「焼け跡から生まれた憲法草案」(2007年)の再放送。終戦直後、日本人が構想したひとつの憲法草案、その誕生の舞台裏を描く。

http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/512c1ceb61c4ecd893852797cb39771a

< 私のブログからの再掲載 >

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=14211

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12980

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12906

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11782

 いずれにせよ、「公文書」をはじめとした様々な「記録」は、たとえその時代に隠ぺいされても、後世の人間たちによって歴史を発掘する大きな手だてとなりますね、いや、唯一かもしれません。生き延びて伝えること、記録に残して伝えること、残された史料を検索・分析すること、私たちの世代は、もはや「戦争を知らない子供たち」と言っている場合ではありません、知ることはできるのですから。

花火 & フラメンコ in 館山 2013

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 毎年8月8日には、千葉県館山市(http://www.city.tateyama.chiba.jp/)で「花火大会」が開催されています。昨年の様子も書き留めました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=14007)。特に、海面から扇型に広がる「水中花火」の連発は圧巻です。

 週末に同じく開催される「全国大学フラメンコ・フェスティバル(https://www.city.tateyama.chiba.jp/syougaigaku/page100043.html)」の前夜祭的なイベントも共催で、浜辺には特設舞台も登場して一層盛り上がっていました。

鏡ケ浦に水中花火!

鏡ケ浦に水中花火

学生フラメンコ大会前夜祭の舞台とコラボ全国大学フラメンコ・フェスティバル前夜祭の舞台とコラボ

どこの誰だか知らないけれど、思わずシャッター!

どこの誰だか知らないけれど、思わずシャッター!

沖には今年も「電飾・にほん丸」!

沖には今年も「電飾・にほん丸」!

「祝! 世界遺産登録」 from 館山

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 千葉県館山市の「モンフルニエ(http://tabelog.com/chiba/A1207/A120704/12005073/」は、本格的フランスパンのお店として有名ですが、今の話題は、「館山市鏡ケ浦からみる世界遺産・富士山」のパンです。一日20食限定のメロンパン、夕日時、ピンクに映える姿をパンに焼きあげていました!

千葉県館山市のフランスパン屋さん「」

千葉県館山市のフランスパン屋さん「モンフルニエ」

限定メロンパン 「夕焼けの富士山」

限定一日20食メロンパン 「世界遺産・富士山」

まさにパイオニアでした!

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 今でこそ多くの日本選手がプロ野球の大リーグに挑戦していますが、何といっても野茂英雄(http://www.nomo-radiant.jp/がそのパイオニアでした。二度のノーヒットノーラン達成、控え目な立ち振る舞いは、まさに「日本人の中の日本人選手」でした。

http://wapc.mlb.com/play/?content_id=29585681&query=Hideo%2BNomo

http://wapc.mlb.com/play/?content_id=20111691&query=Hideo%2BNomo

 つい先日、新聞記事を目にして、あらためて当時の興奮がよみがえってきましたね。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~スポニチアネックス 記事より

野茂氏 ダルにエール「偉大な選手になって」

スポニチアネックス 8月12日(月)8時26分配信

ドジャースなどで123勝を挙げ、08年に現役を引退した野茂英雄氏(44)が10日(日本時間11日)、レンジャーズのダルビッシュにエールを送った。

自身の首振り人形が先着5万人に配布されたドジャースタジアムでのレイズ戦で始球式を務め、「楽しみに見ていますし、僕よりも彼の方がレベルが高い。毎年いい結果を出して、偉大な選手になってもらいたい」と期待を寄せた。

野茂氏は95年に近鉄からド軍へ移籍。日本選手の先駆者として、メジャー挑戦の扉を開いた。95年には新人王と236奪三振でタイトルを獲得。ダルビッシュは現在192奪三振で、自身の日本人最多記録を超える270三振ペースだが「野球は実力社会なので、仕方ないというより楽しみに見ている」と応援した。

始球式では98年以来の背番号16のユニホーム姿で登場し、旋風を巻き起こした「トルネード投法」も披露。高めの速球を投げ込むと、5万2619人から大歓声が上がった。04年9月12日のカージナルス戦以来、3254日ぶりの古巣マウンドに「もう一度選手としてやりたい感じ」と笑顔だった。

~~~~~~~~~~引用 おわり

~~~~~~~~~~ 日刊スポーツ 記事より

野茂氏トルネードで始球式「緊張」

日刊スポーツ 8月11日(日)6時29分配信

野茂氏トルネードで始球式「緊張」

ドジャース対レイズ戦を前にトルネード投法で始球式をする野茂氏(撮影・菅敏)

1995年からドジャースに在籍した野茂英雄氏(44)が10日(日本時間11日)、かつて数々の好投を披露したドジャースタジアムで始球式を行った。この日は先着5万人に同氏の首振り人形が配布された。

【関連記事】「個性的フォーム」野茂2位、岡島4位

野茂氏がドジャースタジアムを訪れるのは5年ぶりのこと。功績を称える映像がスクリーンに映し出された後、大歓声を浴びながら登場。背番号「16」のユニホームを着てマウンドの手前に立つと、一世を風靡(ふうび)したトルネード投法で、捕手役を務めた元チームメイトのエリック・キャロスが持つミットに速球を投げ込んだ。ボールはやや高めに浮き、ストライクとはいかなかったが、球場に集まったファンからスタンディングオベーションを受けた。

野茂氏は「今日は少し緊張しています。(どうしてかは)分からないです(笑い)。今振り返ってみても、球団のオマリーさん(当時オーナー)、ラソーダさん(当時監督)、球団のスタッフの助けがないと、多分僕は成績残せなかった気がします。こういう日を作ってもらえたのも、スタッフの人たちが、自分がやりやすいように、自分がパフォーマンスしやすいように、環境を作ってくれたおかげなので本当に感謝しています」と感慨深そうに話した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~ 引用 おわり

 ダルビッシュがアメリカでデビューした時も、私は野茂英雄の姿を思い出しました。

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12548

 私は、これからも「真のパイオニア・野茂英雄」を忘れはしません!

「SHIEN」学、熱く語る

Posted by 秋山孝二
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 「Cafe Tone(http://www.cafe-tone.com/」の宮澤洋子さんからご案内を頂き、フォーラムに参加しました、「『SHIEN』で世界を変えるセミナー」。講師の舘岡康雄(http://shienken.org/index.html)さんは、日産自動車(株)中央研究所に入社し、変革チームの中枢を担い、その後、現在は静岡大学大学院教授としてご活躍中です。

 先日も講演でお話をされていましたが、21世紀型の課題解決方法として、「人をSHIEN(支援)すること」、「支援マネジメント」を提唱されています。

 20世紀から21世紀に移り、ITの急速な発展、グローバルな情報インフラの進展、モノあまり時代の到来、顧客の嗜好の急速な変化など、経営環境はより複雑化し、スピードのある運営を求め始めてきています。そんな状況の変化の中で、経営のパラダイムも大きく変貌し、不確実性、複雑性に対応したマネジメントに移行せざるを得ません。

 特に「情報」という刻々と動いているものを、自らも動きながら、「動いているままに扱わなくてはならない時代」になってきているとのご指摘は、実感ともフィットする認識でした。このような新しい時代において、私たちが目指す組織やシステムは、「管理・統制」の行動様式ではなく、マネジメントの基軸は、制度重視から「柔軟性・創造性」重視へとシフトしていかなければ解決への道とはなりません。 また同時に、経営スタイルも、経営資源を内部に「囲い込む」従来の経営スタイルから、各関係者が「共に参加し、互いに相互作用しあう」、多元的かつ多様なダイナミズムの中でものごとが解決していくと考えるべきとの説明にも納得します。

 相互支援的なプロセスからなる新しい経営スタイル、マネジメント手法へと移行することが重要で、ここでのキーワードは、「つながり」、「オープンネットワーク」、「参加意識」、「コラボレーション」、「相互補完」、「支援」など、と。従来型の組織を越えて、プロジェクトチームによる「スペースの形成」といったお話は、企業のイノベーションの現場の声として、あらゆる集団・組織にも通用する普遍性を持ちますね。

 さらに講演後に検索してみると、現場での経験をさらに深めての論文も多数執筆されてます。

~~~~~論文「エージェントの利他性と企業活動」の概要説明から引用

 新世紀に入り企業活動は、空間的にはよりグローバル化、時間的にはより短縮化の道を辿っている。グローバル化とは、異なる経路依存性を持ったエージェント間の調整問題に帰結する。一方、ITの発展等を背景に関係性を飛躍的に高めたエージェント同士が、より短期間に成果を生み出そうとすれば、その動きの連鎖も、複雑性を呈してくる。この両者の状況下では、過去のインプットとアウトプットの関係性を既知とした管理行動は破綻せざるを得ない。本研究は、現在の潮流の本質をパラダイムシフト(“リザルト”パラダイムから“プロセス”パラダイムへの変化)として提言すると共に、現在のプロセスパラダイムに有効な行動様式として支援行為を取り上げ、ビジネス局面でその有効性を具体的に提示するものである。更に、“支援”概念の本質についても新たな提言を行う。

~~~~~~~引用 おわり

 来月9月から、札幌学院大学(http://www.sgu.ac.jp/information/index.html)で、客員教授として「経営組織論」を一コマ15回講義をお引き受けしている私にとっても、大変示唆に富むお話で有意義なひと時でした。企業の現場を経験してなおかつ研究分野でそれを深掘りする姿勢に頭が下がります。

映画、「笹の墓標」

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 映画「笹の墓標(http://sasanobohyo.blogspot.jp/」の全編を2日間で観ました。秋山財団の社会貢献活動助成、ネットワーク形成事業助成では、この遺骨収集のネットワーク形成活動を応援してきました。

http://blog.goo.ne.jp/kioku-2011

15年間の活動の記録:全5章 9時間9分の長編!

15年間の活動の記録:全5章 9時間9分の長編!

監督の景山さんのご挨拶

監督の影山あさ子さんのご挨拶

第一章 朱鞠内(しゅまりない)

第二章 浅茅野(あさじの)

第三章 遺族

第四章 未来へ

第五章 私たち

 15年間の活動の中から、参加者の方々が成長・進化していく様子を、つぶさに映像からも読み取ることができました。特に、韓国人、日本人に加えて、在日朝鮮人、在日韓国人の存在が、歴史認識に幅を持たせていることを知り、新しい世代の新たな「連帯」の担い手を予感させます。

 過去の歴史を踏まえて、歴史を乗り越えるということの意味合いを、この映画は示しているような気がします。日本人の韓国・朝鮮人への謝罪という従来のパターンよりも、日本の若い世代への謝罪が日本の責任ある方々には必要なのではないかという問いかけは、大変新鮮な指摘でした。

 歴史は容赦なく前に進んでいく、「和解」とは何かを問いかける、重たい9時間の映画でした。

「キスカ撤退作戦」成功から70年

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 「キスカ撤退作戦(http://ww31.tiki.ne.jp/~isao-o/battleplane-16kisuka.htm)」成功から70年の今年、作戦完了の日7月29日に東宝映画「キスカ」鑑賞の「海鴎の集い」のご案内があり、参加しました。私の父はこの作戦で、旗艦「阿武隈」の通信長として参加し、司令部と艦隊・木村昌福司令官とのやり取りを含めて、重要な任務を担っていました。先日は、この作戦に南方戦線から招集された方、予科練生ほかの方々が集まられ、その後の懇親会でも当時の生々しいお話を伺うことができました。

ベーリング海での作戦航路

ベーリング海での作戦航路

 海軍士官だったお私の父について、2年前の8月、北海道新聞の終戦特集・5回連載記事でも紹介された「ビハール号事件」にからむ、これまでのこの欄での記載です(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%83%93%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%8F%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6)。

 この連載後、さらに関係するお話を聞こうと、様々な方とお会いしていますが、特に広島県呉市の「大和ミュージアム」館長・戸高一成さんとの面談は強く印象に残っています(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11782)。その中で、再度思い出しておきたい戸高さんのお言葉を:

~~~~~~~昨年2月訪問時のまとめから 引用

* 組織と責任の取り方については、今の原子力発電所事故のその後の過程でも全く同様に、あいまいな構図を見て取れる。体制的に責任の所在が不明確。軍令部は天皇の参謀として大枠の命令は出すが、現地での戦略は現場の連合艦隊が行う。従って失敗しても責任が不明確になる。軍令部は現場が悪いと思い、現場の連合艦隊は方針そのものが悪かったと思う。だから失敗を次の戦略に活かすことができなかった。

* 戦後の反省会でも、「組織が悪かった」とは思っていても、その任を担っていた「個人の責任」とは最後まで考えていない所に、「責任を取る」、「責任を取らせる」発想が生まれてこないし、これは日本社会の特徴なのではないか、現代でも同様である。

* 日露戦争の日本海軍の完全勝利により、「無敵艦隊」との認識が続き、海軍には「負ける」という言葉がなかった。本来は、戦争遂行能力が無くなった時期に、戦いの終結を検討すべきが、誰もその勇気が無かった。最後まで「帝国海軍の面子」のためにだけ戦い続ける愚、「日本国の将来」と言った理念は見い出せない。

~~~~~~~引用 おわり

~~~~~~~もう一つ私のブログ(「錯誤・失敗」の責任)より

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11196

~~~~~~~引用 おわり

 最近、私は思うのです、太平洋戦争当時の「帝国海軍」の幹部たちは、実は悪い意味の「官僚」でしかなかったのではないか、と。「確固たる理念」とか、「国際社会の中での日本の位置づけ」とかのビジョンが、明治直後の創設期から時間の経過とともに失せていったのではないか、と。個々の人材のキャリアは、エリート教育として今と比べても海外任務も豊富で見聞も広く、当時としては最高の質・量だったのでしょうが、日清・日露戦争勝利からくる驕りと傲慢さによる「組織としての目的・理念」の退廃が目立ち、「戦争の大義」が何なのかはどこかへ消え、ただ、「組織維持」とか「メンツ」とかが最優先となっての展望なき状態でした。

参考:http://v.youku.com/v_show/id_XNTI0MTI4MjYw.html

 これは、海軍だけではありませんね。敗戦時の中国戦線での陸軍幹部の行動を検証しても、ただただ戦勝国への心証を良くしようとの目的で、様々の情報を自ら進んで提供している事実を知るにつけ、「幹部の退廃」と「組織の劣化」を痛感します。

 どうしても8月は戦争と向き合わざるを得ません。今の日本、戦後教育が置き忘れたエリート教育の欠如からくるものか、その上の世代の抜け殻のような虚ろな眼、どのセクターにも「優れた人物」を見出すことが難しい状況は、危ういですね。まさに、戦後の高度成長を担った方々は「総退陣!」なのでしょう。

札医大の看護職員教育

Posted by 秋山孝二
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 もう20数年続けている早朝勉強会「木朝会」、先月は第294回例会で、この4月に新しく就任された札幌医科大学付属病院看護部長・萩原直美さんのお話でした。木朝会例会については、これまでにも何回かこの欄に記載しています(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%9C%A8%E6%9C%9D%E4%BC%9A)。

木朝会で看護部長のお話

木朝会で看護部長のお話

新人看護職員教育ガイドライン

新人看護職員教育ガイドライン

 この「新人看護職員研修プログラム」は、「卒後臨床研修の努力義務化」を踏まえて、札幌医科大学で運営しているもので、附属病院の職員ばかりでなく、一般の民間医療機関の看護職員等、地域にも有料プログラムとして開放しているそうです。

 特に、「今時の新人の傾向として」のお話は興味深かったですね、どんな分野にでも共通する「今時の若者」気質なのでしょう。当日出席された医師の方々からは、「我々が学んでいた時代に比べて、手とり足とりの懇切丁寧なプログラム」との感想も多く、それは取りも直さず現場における看護職員の不足を意味しているようです。

今時の若い者たち?

今時の若い者たち?

 萩原部長は、医療現場で激務の看護職をこなしながら、夜間大学で経営学を学び、卒業後は大学院修士課程で論文作成に挑んでいるそうです。「ダブルメジャー」時代とは言え、学ぶ志を貫く努力家、頭が下がります。北海道の地域医療は、このような地道な努力によりこれまでも、そしてこれからも支えられていくのでしょうね。

プロフェッショナルの魅力!

Posted by 秋山孝二
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 美輪明宏さんのライブに初めて足を運びました、確かにカラフルな舞台でしたが、奇をてらうことなく、ことのほかオーソドックスで少々意外でした。「歌手」というより「役者」ですね、もちろん歌は抜きん出ていて聴かせます、昨年のNHK紅白の「驚異の視聴率、6分間!」に始まり、トークの面白さも際立っていました。「ヨイトマケの唄(http://www.youtube.com/watch?v=qt70qMMSlhY)」を聴きに行ったといってもいいのですが、それに勝るとも劣らない曲が多くあり、いまさらながらのキャリアに裏付けされた質の高いステージに感動でした。エディット・ピアフの「愛の賛歌」を原語で歌う美輪明宏のこだわりに、「プロフェッショナル」の意地が伝わってきました。

入口ロビーで「麗人だより」

入口ロビーで公式携帯サイト「麗人だより」

ミニュチュア人形が3体

ミニュチュア人形が3体

 美輪明宏については以前にこの欄に書きました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4699)。トークの中では、「人生」とか、「戦い続けてきた」といった言葉が心に残り、信念を貫いて生きてきた「美輪明宏」を感じます。若い頃から歌っていた銀座のお店の常連だった三島由紀夫ほか文壇の大御所たちとの出会い、語らいが、美輪の刺激になっていたのでしょうか。

~~~~~~~以前の私のブログから引用

「戦争というのは、全ての美しいものを失くすること」とも、番組に参加していた女子高校生に語っていました。美輪さんの経歴(http://www.fesh.jp/utterer_784_1_1.html)に因るのでしょう、長崎での被爆等、戦争の悲惨さでは大変リアルな体験に基づく明確な反戦への意思、「美」、「愛」への造詣の深さ、ひと言ひと言に力強さがあります。番組の最後で、「今の時代は、以前よりはだいぶ戦争反対の声は大きくなっているけれど、まだまだ油断できない」と、真剣な眼差しで語っていたのが印象的でした。

~~~~~~~引用 おわり

 「オリジナル版ヨイトマケの唄(http://www.youtube.com/watch?v=zw2cxsvjweY)」はこちら。

 一方、同じくシャンソンがベースの「クミコ(http://www.puerta-ds.com/kumiko/)」さんのライブは、毎年追いかけています、毎回進化していく彼女の唄は、本当に満足感いっぱいの「プロフェッショナル」なステージです。今回所属する会社もコロンビアに代わり、3・11以降はシャンソンばかりでなく歌謡曲ジャンルにも挑戦していると言っていました。前半最後の坂本九の「あしたがあるさ:http://www.youtube.com/watch?v=0EBFpIuC6Ok」も良かったですね。

 クミコさんについてもこの欄に何回も書いています。

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%82%AF%E3%83%9F%E3%82%B3

 お二人とも、テレビ・ラジオの時空間の出演では、如何にも窮屈そうに私は感じるのですね、広い舞台と大ホールの伸び伸びとした空間で存分その歌声を聴けるのは最高です、「銀巴里:http://www.asahi.com/national/update/0605/OSK201306040137.html」で永らく歌っていたので、本当はもう少し至近距離がベストなのかも知れませんが・・・・。

大切にしたい「プロフェッショナル」のお二人です。