世界をみる眼ー21世紀初頭を超えてー

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  (財)日本総合研究所 http://www.nissoken.jp/rijicyou.htm 主催のフォーラムが開催されました。「『世界をみる眼』-21世紀初頭を越えてー」をテーマに、3人の方々の座談会、寺島さんの総括講演でした。

御厨 貴(みくりやたかし) http://www.mikuriya.rcast.u-tokyo.ac.jp/int/sp/index.html

伊東 乾(いとうけん) http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/%88%C9%93%8C%81@%8A%A3/list.html

寺島実郎(てらしまじつろう) http://www2.jfn.co.jp/tera/index.html (このサイトで8月末にこのフォーラム要旨が閲覧できるそうです)

3人の方々は、今進んでいる世界の構造改革を分かりやすくお話されていました。特に日本にとっては中国の台頭、アメリカとの関係・距離について、受身の議論ではなく主体的戦略をどう構築するか、具体的なコメントも多かったですね。以下印象に残ったフレーズを書き留めます。

*英語で「CHINA」というのは「グレーター・チャイナ:連結中国」の意味、世界6000万人の華僑をイメージ

*日本人の中国人観を「侮蔑」に変えたのは日清戦争での勝利以降。それ以前は「尊敬の念」を抱く歴史だった

*第二次世界大戦で日本は中国に負けたという意識が希薄、それ以降は見ないようにしていたのが現実

*現在および将来は、物流・人流とも中国抜きでは考えられない――>近代以来の中国に対する日本の立ち位置を変える時

*日中関係を変えることは日米関係を変えると同義

*現在は「明治10年代の動き」と酷似、「価値をいかに見立てていくか」、「メディアをどう育てていくか」が重要

*今必要なことは、「実体への回帰・復帰」と「バーチャリティーのより高度な活用」

*日本の見立ての価値は高い安心・安全の概念、クオリファイの価値

 

アメリカと中国とが戦略会議を行ったニュースが流れています。日本も「アメリカのポチ」からの脱却を図る必要がありますね。内向きの議論ばかりに終始している場合ではありません。国の政策とは別に、芸術・文化他の地域・市民レベルでの積極的交流も盛んになっているので、これからも注視していきたいと思っています。

辻陽明さん、逝く

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 朝日新聞社編集委員の辻陽明(つじ・ようめい)さんが、6月11日に食道がんで亡くなられました、53歳の生涯でした。

昨日東京で「偲ぶ会」が催されて、朝日新聞社関係者、公益法人関係者等沢山の参加者で会場は溢れ、あらためて辻さんのこれまでのお仕事のご功績の高い評価とお人柄が偲ばれました。

祭壇の遺影・愛用のサックス・短詩

祭壇の遺影・愛用のサックス・短詩

亡くなる直前6月1日に詠まれた短詩です

亡くなる直前6月1日に詠まれた短詩です

生前ご一緒にお仕事をされた朝日新聞の記者の方々はじめ、とりわけ関係の深かった方の気持のこもった弔辞の数々、そして最後の奥様のお話に、会場のあちこちからすすり泣きが聞こえて参りました。千里のご出身で大阪大学法学部をご卒業されています。奥様のお話によると、09年4月に療養のために故郷千里に戻った辻さんは、千里の変化がご自分の人生の変遷と重なっているとお感じになられたと。辻さん自身は万博開催で進歩や発展の象徴だったかつての千里よりも、深い緑に包まれた静かで穏やかな千里にこそ「希望」があると思ったのではないか、とこの詩の思いも語られていました。

私は4年前でしたか、財団法人のフォーラム・懇親会で辻さんと初めてお会いしました。控えめに会場の端の方にお立ちではありましたが、何かそのお姿全身から醸し出す雰囲気に存在感があり、眼差しと表情の優しさが特に印象的でした。2005年10月1日から連載の「新市民伝」が始まったばかりの頃でした。その後大変多様な市民活動を担う方々70名を取材しての連載となりました。「これからは、本来的な意味の『新市民』の活動が社会を変えていく」ことへの深い見識を、私はその時に読み取りました。

人との出会いというのも不思議ですね。辻さんとはその後数回しかお会いしていないのに、その強烈なイメージは忘れることが出来ません。何回も飽きる程(?)お会いしていても殆ど心に残らないタイプも多い中、辻さんからのメッセージは実に印象的でした。昨日の弔辞をお聴きしていると、普段の職場でも人並み外れる情熱で光っていたようです。

昨年の洞爺湖サミットに対しても、07年5月に「日本NGO『陰の主役』」と題してのコラムも書かれていました。

ヤマハ音楽教室に通ってサックス演奏を習い続けて、発表会でも演奏されたそうです。昨日の会の終盤に辻さんの演奏録音が会場中に流れました。曲目は「Left Alone」でした。

願わくば、朝日新聞の中に辻陽明さんに続く若い記者の方々が、「シビル・ソサイアティ」への熱く優しい眼差しを持って続いて頂きたいものと。昨日会場に集まった皆さんの思いに違いありません。辻陽明さん、ありがとうございました。そして、安らかにお眠り下さい。

明日に架ける橋、・・・

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 サイモン&ガーファンクル札幌公演が札幌ドームで開催されました。

ポール・サイモンとアート・ガーファンクルは現在ともに67歳で16年ぶりの日本公演、そして最後の来日公演になるだろうとの前評判でした。それ故かどうか、7月10日の東京ドームをはじめとして当初4会場すべてがドームで、計20万人を動員予定との主催者の発表、更に1回の追加公演が東京武道館で決まり、チケットも2万円と大幅にアップしても満席だったようです。

'73アルバム「青春の軌跡」

先日の札幌ドームも1万人以上の聴衆でしたでしょうか。席は後方でしたので実物は小さくしか見えませんでしたが、ドームの野球バージョン外野手センター位置の舞台から発せられる音とメッセージは、壮大な空間全体に拡がり、あっという間の2時間超でした。初めから終わりまで、そして30分程のアンコールの最後まで、自分のあの時代の心情と重なって素晴らしいステージでした。

特に終わりの「明日に架ける橋」は、これまでレコード・CDで聴いた中で本当に最高でした。家に戻って検索すると多くの方のブログでも今回のツアーライブの批評が掲載されていました。アート・ガーファアンクルの音域が狭まった、衰えていた等とも、やたらにマニアックな評もあり、どうしてそうこき下ろすのかと不快でもありました。確かに40年前とは変わっていはいましたが、その変わり様が私にはこれまでの最高だったと感じました。自分の時代とともに彼らも11歳から出会ってからの変遷を通じてあの日を迎えて、ともに同じ時間・空間を共有出来た、そんな感動でした。昔買ったS&Gのレコードアルバムを久しぶりに取り出して、これまた久しぶりのプレーヤーに電源を入れて懐かしく聴いていました。

http://www.youtube.com/watch?v=GYKJuDxYr3I&feature=related これは発売当初のライブからです。冒頭に「New song」と紹介しています。

先日のライブはこちらの方に近かったです。http://www.youtube.com/watch?v=Bv0gU197IKk&feature=related

Like a bridge over trouble water,I will lay me down !

 

ここまで書き留めた所で私の携帯に突然の訃報が飛び込んできました、私より7年も年下の後輩が急逝したと。

葬儀に参列してご友人の弔辞を聞き更に驚きました。彼も先日のS&Gのライブに行っていて、「明日に架ける橋」に感動していたというのです。つい数日前の同じライブで同じ歌に感動していた人間が今はもういない、何とも言えない喪失感にしばし呆然としています。

「明日に架ける橋」とS&Gが言っていたではないか、と叫びたい気持もある一方、数か月前に続けて彼に会いながら大した言葉も交わすことなく過ごしてしまった無念さもあります。心からご冥福をお祈り致します。

地球建築士、松本洋さん

Posted by 秋山孝二
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 東京都港区六本木に国際文化会館http://www.i-house.or.jp/jp/があります。松本重治さんはその設立に深く関わり、二代目の当財団理事長に就任されて、1989年にお亡くなりになりました。そのご子息・松本洋さんはついこの間まで理事でしたが、私の叔母が理事長をつとめるワグナー・ナンドール・アートギャラリーhttp://wagnernandor.com/indexj.htmの活動で、この所数回お会いしてアドバイスを貰っています。

先日著書「地球建築士―国際交流・協力の五十年」http://www.hakurosya.com/kentikusi.htmを送って頂き、早速読みました。これは札幌に本社があり、翻訳者・山本光伸社長の柏艪舎http://www.hakurosya.com/information.htmlからからの出版です。

松本洋さんが訪問した国・まち・出会った人は、75カ国に及び、とりわけ日本では少ないアフリカ・南アメリカの方々との出会いが多いのが特徴でしょうね。

お父様のお話として、留学されていたイェール大学の歴史学教授朝河貫一博士は、「日本の本物の国際人は、本物の日本人でなければならない。国際人という人種はいない。大切なのは、どこの国にも立派に通用する日本人を育てることである」という信念を持たれていた、と。

また1929年京都で開催された第3回太平洋問題調査会国際会議(IPR:The Institute of  Pacific Relations)では、新渡戸稲造ともこの会議に一緒に参加しました。今でいう純民間の国際的NGO(非政府組織)です。リーダーだった新渡戸稲造の開会の言葉として、「世界は地中海沿岸の内海的文明から太平洋沿岸の大洋的文明へと移行しようとしている」と語り、文明の大きな転換期にあるという認識と、そこにおいては民間のNGOの役割が重要な役割を握るという見解を述べたのです。

不幸にも日本は、その後最悪のシナリオで戦争に向かいましたが、戦後まもなく「愚かなあやまちを繰り返さない」構想を基盤に、松本重治はロックフェラー財団、ライシャワー教授ら日米の多くの方々の協力もあり、「I・HOUSE(The International House of Japan):国際文化会館」を建設し、活動母体としての(財)国際文化会館を立ち上げました。最初の理事には南原繁も就任しています。

その活動の一つで2006年度に終了しましたが、「社会科学国際フォローシップ事業」は、新渡戸精神を現代に継承する優れたプログラムでした。

札医大のリレー講座で寺島実郎さんが、松本重治さんの言葉を引用されていました。「日米関係は米中関係である、国際文化会館創設者・松本重治の看破」と。

歴史の一コマ一コマの中に、優れた国際性を持たれた方々が活躍された事実を再認識するだけでも、今を生きる我々に大きな勇気を与えてくれます。2006年4月に、外観はそのままに内部を再生して、国際文化会館は生まれ変わってオープンしました。六本木の景観は大きく変わってはいますが、この会館の果たすべき役割は益々重要な価値を持ってきているに違いありません。

松本洋さんと出会い、タオ財団・新渡戸稲造・南原繁他、秋山財団の基盤と相通じる「こころざし」に驚くとともに、この一冊の本から理念の脈々と生き続ける証を得た感じです。

光り輝く、札医大公開リレー講座

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 6回にわたり、札幌医科大学で「医療人育成センター開設記念:リレー講座http://www.sapmed.ac.jp./gakum/koukaikouza/index.html」が開催されました。あまりの内容の豊富さにその後何回も読み直し、6月22日に最終回が終了したのですが私の手元に永くメモを置き過ぎました。この講座は寺島実郎さんと札医大今井浩三学長の信頼関係と固い絆に基づいて開講に漕ぎ着けました。

寺島実郎さんが責任監修で「世界の構造転換の中で、日本のあり方を考える――国際的視野を兼ね備えた人間性豊かな医療人を目指して――」とのサブタイトルもついています。寺島さんはこの種の講演を是非「午前中の人々:将来を担う世代」に聴いてもらいたい、といつもおっしゃっています。今回は基本的にはこれから医療を目指す学生・院生・大学関係者対象で、特別の一般市民枠の中で私は参加致しました。毎回400席以上の会場が満席で、またそれぞれの内容が豊富で、まさにテーマの通り「世界の中ので日本を考える」スケールの大きな哲学でした。

リレー講座チラシ

リレー講座チラシ

 詳細はHPでご覧頂けますが、寺島さん・中村さんのお話から思いつくままを書き留めます

中村桂子さんhttp://www.brh.co.jp/youkoso/aisatsu/

*人間は生きものであり、自然の一部である

*“生きていること”、これがあらゆる議論のベースであり、その為にはどんなことが出来るのか、を考えるべきである。日本列島の自然の中で生まれた日本文化を意識して、新しい価値をさがす。

*今日の基本的課題は 1)地球環境問題、 2)人心の荒廃、この二つは全く同じ原因である

*機械論的世界観から生命論的世界観へ:20世紀は「機械と火の時代」、21世紀は「生命と水の時代」、或いは20世紀は分析・還元、21世紀は統合

*時間と関係を組み込んだ知――地球上の生きものはすべて38億年前に誕生した細胞から生まれた仲間、現存の生態系はいかにして生まれ、どのような性質を持っているか、を探究することが重要

*生きものは「循環」「組み合わせ」「可塑性:かそせい」、これを活かした継続的社会づくり

 

寺島実郎さん http://www2.jfn.co.jp/tera/archive_doga.html

*自分自身を相対化できる人:「自分とは何だろう」を問う人――これを「知識人」という

*世界史の中で「北海道とは何か」――>極東ロシアとの関係を深耕すべき

*ロシアから北海道を見ると、北海道の世界史的存在は何か、が見えてくる

*今や世界は「構造転換」――アメリカの視点を変える必要がある。政治構造、経済構造、文化構造等

*「日米関係」は「米中関係」である:国際文化会館http://www.i-house.or.jp/jp/index.html創設者・松本重治の看破

*プロジェクト・エンジニアリングの必要性、「全体最適」が問われている

*日本人の知恵と覚悟が問われている

このシリーズ自体が大変示唆に富んだものであったとともに、一連のお話をこれからの医療を担う方々が直接聴衆としてその場にいたこと、これが二重の喜びでした。世界の構造変革の中で、私たちもこれまでの着眼を変えなければなりません。そして「日本的伝統・価値・ライフスタイル」の見つめ直しと再評価が、あらゆる発想の原点になるのだと思います。「大局的に捉える」ことを学びました。

一級の芸術作品でした

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  先日ある晴れた日に、自宅のドウダンツツジの生け垣をそろえようと久しぶりに近くに寄って見た所、何とスズメバチの巣が出来ているではありませんか。まだソフトボール大の大きさでしたが、数匹のハチが出たり入ったり。巣の写真では上方部が陰になっていますが、これは葉によるもので、ほぼ完全な球形でした。一匹のハチが巣の右上方にとまっています。外側の模様がブラウンを基調とした素晴らしい曲線のデザインで、思わず見とれてしまいました。

庭のハチの巣
庭のハチの巣

妻は大学時代ミツバチの研究で卒業論文を書いたので、ハチに関してはいつも教えられています。綺麗などと感心してはいられなく、仲通りの人が歩くちょうど顔の高さなので、特に子供たちにとっては大変危険とのこと。専門の駆除業者に連絡して昨日取り除いて貰いました。

その担当者の方によると、これは「コガタスズメバチ」の巣だそうです。「コガタ」はハチが小型ではなく、巣が小型とか。ハチ自身は北海道では2番目の大きさだそうで、巣はコロニーが拡大するにつれて大型になるのですが、夏が短い北海道では大きな群れを創るには至らない、それだけを養える環境がないとでも言うのでしょうか。どこか人間社会と似ている気がします。この作業には昨年までは市の補助金もあったそうですが、実費はかなりのコストでした。またこの専門業者に行きつくまでに、何と4か所も電話のタライ回し、最後は担当者が「ハチ駆除業務についての同意書」を提出して、「同意確認書」にサイン・押印を求められました。担当の方は大変プロフェッショナルだったのですが、補助金行政の名残でしょうか、およそサービス業の仕事手順とは思われませんでしたが・・・。除去後の責任問題へのクレームがあったのかと想像致します。

巣と言えば最近カラスの巣が財団事務所前の木に出来て、ひと月程前に除去して貰いました。また私の前の家にもカラスの巣が出来て、やはり取り除いたようです。山に近いせいか、気候の変動か、鳥の巣づくり・ハチの巣づくりにも変化があるようで、都会は住みにくくなってきているのでしょうか、それともまだ札幌の場合は自然がそばにあると言うべきなのでしょうか。

巣を失くしたハチは暫くその場所に戻ってくるそうです。ホームレスとなってこれからどうするのか気がかりではありますが、人間社会との折り合いの中で、この矛盾を受け入れるしかないのでしょうね。

「かんてんパパ」はとなり組

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 しばらく前の日経ビジネス「ひと劇場」に、伊那食品工業

http://www.kantenpp.co.jp/corpinfo/speech/index.html会長の塚越寛さんの言葉がありました。5年程前でしたか、札幌市中央区宮の森にある秋山財団のとなりに札幌店を移転されて、そのご挨拶にわざわざ長野県の本社からお出で頂き、しばし会社の経営理念・方針を伺いました。

となりの札幌店

となりの札幌店

成長の秘密は「社員の幸せ」との見出しで書かれているこの記事を読みながら、当時塚越社長のお言葉を思い出しています。経営方針として、「売り上げや利益は目的ではなく、企業経営の手段に過ぎない。企業の成長とは、去年より今年、今年より来年と、社員が幸せや豊かさを感じられるようになること」と、明快に語られていました。1958年の創業以来、48年間にわたって堅調に増収・増益を続けてきましたが、2005年の突然の寒天ブームがかえってそれ以後の反動に出くわしたようです。以下、塚越語録から幾つかです。

*業績が悪くなると、すぐに賃金カットやリストラに走る会社もありますが、目的と手段を取り違えているのではないでしょうか。

*利益は「ウンチ」です、健康な人は自然に良いウンチが出るでしょう。それと同じで、健康な企業からは、良い利益が出るものだと思っています。利益は企業の健康さの結果です。

*健康な会社とは何か、それはバランスが取れていることです。

*最終的な経営目標は、大きくなることではなく、永続することです。その為には、社員を大切にする、仕入先を大切にする、研究・開発をする、社会貢献する、のです。

*永続することが目標だから革新にも積極的になれます。時代の変化に応じて革新できない企業に、明日はありません。

 

隣に移ってきてから毎朝、「かんてんパパ」の社員の方々が、面する仲通と向こう三軒両隣を丁寧にほうきで掃いています、移転してから毎日ですよ。当初は「自分の家の前は自分でやりますから・・・」と申し上げたのですが、「どうかお気になさらずに。全社で社員の環境教育のために行っていますので。この地域で私どももお世話になりますから」との所長のお言葉でした。

塚越会長はまた、写真のセミプロで、毎年会社のカレンダーではご自分で撮影された季節ごとの風景が見事です。

7月の写真:ノウゼンカズラと中央アルプス宝剣岳

7月の写真:ノウゼンカズラと中央アルプス宝剣岳

企業経営にとって50年というのは山あり谷ありの激動の連続だと思います。そんな時代の変化の中で、「変えるもの」、「変えないもの」、「座標軸となるもの」をその時の経営者が的確に判断して結果を出して業績という評価につなげる、この仕事に求められる課題の重さを、私は塚越寛さんの人生を垣間見てあらためて感じています。「かんてんパパ」の社員は、幸せですね。

弾む、帯広で!ネットワーク形成事業(2)

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  ネットワーク形成事業の一つ、「第5回 アースカフェ:http://t-afi.net/」が帯広で開催されました。

今回のテーマは「感じる十勝農業――畑作4品の意義再考:若手農業者からのイノベーション」です。

(株)K’s FARM(梶農場): http://ksfarm.jp/ 代表取締役 梶宗徳さんとその仲間たち多数が案内人となり、フィールド・トロリー・ツアー、“倉庫カフェ”での創作料理会食、畑作4品の意義再考で、本当にエネルギッシュな数時間でした。とにかく20代の若い担い手達の溌剌とした表情・身のこなしに、プロの誇りを感じました。

若き担い手たち

若き担い手たち

若き担い手達

若き担い手達

 北海道デザインマネジメントフォーラムの方々もご参加で、「経営×デザイン=地域産業の未来を創る」視点から、農業とデザインとのコラボレイトを提案されていました。

今回の企画は、「十勝おやじの背中を超える会:事務局が(株)ノースプロダクションhttp://www.north-production.co.jp/」と「CROPS」の二つのメンバーが協力して開催されました。若い世代の「群れ」に、21世紀を感じましたね。

麦畑の中で

麦畑の中で

強い緑の色彩で、カメラも圧倒されてしまいました(変な画像で申し訳ありません)。

課題は多いと彼らは問題点を把握しています。交流会でも意見交換がありましたが、麦の流通の問題他、生産現場を直視しすることにより、まだまだ改革できる部分が沢山あるような気がしています。生産者・消費者といった枠組み自体が、すでに時代遅れなのだと思いますね。北海道の基幹産業は第一次産業であることを再認識して、21世紀的産業構造の再構築を展望するヒントを得ました。これからも彼らとの接点を持ち続け、ともに進化し続けたいと強く思いました。

皆さん、お疲れ様でした、そして、感謝です!

弾む、釧路で!ネットワーク形成事業(1)

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 秋山財団では、昨年度から「ネットワーク形成事業:http://www.akiyama-foundation.org/network/」への助成を始めました。5つのテーマでスタートして、今年度はそれぞれ2年目を迎えています。今年度は更に一つテーマを増やし、「世界先住民族ネットワークAINU:http://www.win-ainu.com/index.html」の活動を応援します。これまでフォーラム・ワークショップ・現地調査等活動も大変多彩です。この事業の共通する目的は、今まで異なったフィールド・視点で活動されている方々がテーブルを囲み議論・交流し、ネットワークを形成して新しい価値の創造と担い手の育成です。

先日、このうちの二つのフォーラムとワークショップが釧路・帯広で相次いで開催され、私も参加しました。一つは釧路で「社会起業研究会」、もう一つは帯広で「十勝イノベーションフォーラム:http://t-afi.net/」です。

「社会起業フォーラム in 釧路」では、釧路公立大学小磯修二学長が基調講演をされて、

名古屋からNPO法人アスクネット代表理事:http://www.ask-net.org/毛受(めんじょう)芳高さん、

札幌から(有)ジェイイック代表取締役:http://jicc-ltd.com/top.html島田昌幸さん、

浦幌町から(株)ノースプロダクション代表取締役:http://www.north-production.co.jp/近江正隆さん、

がパネラーで参加されました。参加者は若い方々も多く、雰囲気はかなりパワフルで、私も気合いを入れてお話を聴いていましたが、終わった後はかなりの疲労感でした。それだけパネラーの方々の発する力が強かったのかと同時に、あらためて自分の体力の衰えを感じました。地元で起業を目指す相原真樹君(http://blog.livedoor.jp/rasin/ もこの企画の準備から当日のコメントまで、釧路の若者にとって「挑戦できる地域にしたい」と大奮闘していました。これからが楽しみです。

心に残る言葉の数々でした。

*地域に生態系を創る、「よそ者」の視点、大人と若者と、資本力のある人と組む、学生が関われる仕組みづくり、・・etc

*やりたいことを見つける、出会いの場の提供、キャリアを描く場、挑戦の場づくり

*活動の幅を拡げて継続していくにはどうすればよいのか

*ソーシャルビジネスに必要な人的資源: 地域の中に 1)リーダー、2)プレーヤー、3)プロデューサー(裏方)

*イベント・フォーラムの取り組みは多いが、必要なのは「政策=仕組み」

*地域社会の中で仕組みは何か:地についた営みにするには、プロデューサー活動が重要

社会起業フォーラム・イン・釧路

社会起業フォーラム・イン・釧路

その中で、近江正隆さんhttp://www.omimasataka.com/ は今、話題の人になっています。東京都目黒のご出身ですが、浦幌町で漁師を目指して北海道にやって来ました。翌週の帯広でもまたお会いし、その志と地元への熱い眼差しに感動致しました。

近江さんのパンフレットから

近江さんのパンフレットから

釧路から「狼煙:のろし」があがることを期待しています!

蘇るとき、「僕たちの好きだった革命」

Posted by 秋山孝二
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公演パンフより
公演パンフより

 この全国公演を北海道演劇財団http://www.h-paf.ne.jp/もお手伝いしています。主演の中村雅俊は私と同じ年齢、企画・原案の堤幸彦もほぼ同じ年齢、脚本・演出の鴻上尚史は年下です。会場には若い世代のお客さんも予想以上に多く、ロビーには「キーワードの解説」と称して、「シュプレヒコール」「バリケード封鎖」「「ナンセンス!」等の言葉の丁寧な説明が掲示されていました、隔世の感でしたね。

芝居の冒頭からあの時代の記録フィルムで一気にタイムスリップです。この舞台が大学ではなく高校である設定が、一層面白さを増しているのでしょう。「自主的文化祭」とか、「主体性」とか、今の高校生には何を言っているのか理解が難しいですね。一方、「ムカつく」とか「ラップ」は、今でも私には違和感があります、理解しているつもりではいますが。

この数年私はある高校の「評議員」をやっていまして、年数回校長室で、今の学校教育に関して校長・教頭に意見具申を行う機会があります。「具申」といっても、むしろ私たちが現在の現場教育の説明を受ける場面が多いのですが、特に「総合学習」のプログラムには大変斬新で目を見張るものがあります。この芝居を見ていて、もし今私が高校のある教室で現役高校生と語る場面があるとすると、中村が扮する「山崎」同様の存在かと思わず一人で苦笑いでした。

会場で配布された「ごあいさつ」の中で、鴻上尚史さんが書いているフレーズで全く同感な部分がありましたので、引用します。

ーーーーーーーーーーーーーーーーアナログで、つまりフィルムで撮った写真は、時間の経過とともに劣化します。色が落ちたりセピア色が強くなったり、輪郭がぼやけたりします。けれどデジタルで撮った写真は劣化しません。ビデオテープも同様で、昔買った名画のビデオテープは段々古くなります。10年経ってもう一度見る時、私たちは物語と共に“時間”も同時に体験するのです。けれどDVDになった作品は、もう時間が忍び込むことはありません。

人間の記憶は時間と共に劣化します。色鮮やかだった記憶は段々とぼんやりしてきます。どんなに忘れたくないと思っていも、どんなにこの瞬間を永遠に覚えておきたいと思っていても、人間の記憶は劣化します。私たちは哀しいけれど時間に振り回される存在なのです。

色褪せていく写真も、輪郭がぼやけていくビデオテープも、そういう意味でまさに人間の記憶と対応していました。色褪せた写真は、「過去」とは何かを具体的に人間に教えてくれました。「過去」とは記憶の色が落ち、輪郭がぼやけるということ。けれどデジタル写真は人間の時間を無視します。DVDに記録された風景はどんなに時間が経っても人間の記憶とは無関係に鮮やかであり続けるのです。

時間に振り回されることが哀しいと書きましたが、時間と共に記憶が色褪せていくからこそ、生きていこうと思えるのです。時間と共に劣化しない情報に囲まれながら生きていくことは、たぶん、無意識に息苦しい人生を送るということだと思います。そして、劣化しない映像を見ていると、現在の自分の身体が劣化していることを強烈に意識させられます。永遠を前にして、自分の存在が必ず劣化して死ぬ存在だと突きつけられるのです。十代か二十代、自分の人生が永遠に続くと“誤解”できる間は、デジタルの永遠を愛せるのだと思います。そして、いつの間にかデジタルの永遠は、自分の人生の有限を鮮明に教えてくれるようになるのです。ーーーーーーーーーー引用おわり

時の経過と記録映像と人間の記憶について、輪郭がぼやけていく、色が褪せる、そのことが生きていく糧になる、最近つくづく私はそう感じます。忘れるメカニズムを人間に備えたこと、それは「いのちの最高のシステム」だと思います。コンピューターの「Delete」とは違う、まさにぼやけていく微妙な感じですよ。

「ヘルメットに書きたい言葉は?」との質問に、出演した役者の方々がそれぞれ自分なりの言葉を書いていました。「Never Say Never」、「PEACE」、「生きろ!」・・・・etc。もし今、私に問われれば、私は「絆:きずな」と書きたいですね。

広島・長崎で願う、反戦・平和

Posted by 秋山孝二
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  広島に行く機会があり、早朝の平和公園を歩くと祈りを捧げる方々の姿も見受けられました。

また、先日のNHKニュースでは

『“死の灰”の放射能 世界初の確認 http://www.youtube.com/watch?v=P6RE7s5LMfg』、

「長崎大学医学部」のフレーズが目に入りました。この創始者は「愛生舘のこころ」シリーズでご紹介している松本順先生です。原爆投下の60数年後にもなお発する放射線の姿に、一層その恐ろしさを感じます。

広島原爆ドーム

広島原爆ドーム

平和公園の誓い

平和公園の誓い

前田一歩園財団への期待

Posted by 秋山孝二
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 釧路に久しぶりに行く用事があり、前日に阿寒湖畔まで足を延ばして、以前から訪問したかった「(財)前田一歩園財団 http://www.ippoen.or.jp/index.htm 」さまを訪問しました。前田三郎理事長は、秋山財団の創設期から評議員会議長としてご指導を頂き、これまでの一歩園財団の活動と今後の展開、特に顕彰事業と体験型事業についての抱負を伺うことが出来ました。阿寒湖畔の広大な土地を今日までしっかり守り育ててこられたご見識と、その理念の実現に向けたひた向きなご努力に心から敬服致します。初代の前田正名さまと東郷平八郎との写真他、貴重な歴史の一コマがホームページでご覧頂けます。 

財団事務所・門

財団事務所・門

庭園

庭園

これほど明確な理念を掲げられている財団法人を私は知りません。明治の人の「志の高さ」に感動するとともに、今もなお地道に活動されている一歩園財団の役員・職員の皆様のご努力から学ぶ事がらは実に多いです。今後のご活躍を祈念致します。