謡う宝生、舞う金剛

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 先月から始まっている(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=16653)「教文古典芸能シリーズ」の第二弾、「能楽公演・レクチャー」が先日二日間に渡って開催されました。残念ながら前日のレクチャーは参加出来なかったのですが、流派の特徴ほか、きめ細かな能・狂言の説明が大変興味深かったと、参加した方から聞きました。それとサプライズのプレゼントは、何と終演後の京都のお酒の○○だったとか。会場の制約との兼ね合いで、表現は微妙になってしまいますが(分かる方には分かる?)、「プラスα」のサービスは「粋」ですね。

配布チラシの素晴らしいデザイン

配布チラシの素晴らしいデザイン

当日プログラム

当日プログラム

 翌日、2回目の今回は、「京都創生座(http://www.soseiza.com/about.html」による能と狂言で、コンパクトなプログラムで、それぞれの特徴を活かした内容でした。想い出します、もう40年以上前になりますか、私の伯母が能を少しかじっていて、学生時代に東京の飯田橋か水道橋の能楽堂に足を運んだことを。残念ながら演目は全く覚えていないですね。

 久しぶりの能の鑑賞、宝生流と金剛流との違いは想像以上でしたし、能自体に対して、私にとっては日常の暮らしのテンポではついていけない時間軸(?)、正確に言えば「待ちきれないスピード」と言えば宜しいのでしょうか、最初の演目「井筒」では、感じるよりも理解しようとして鑑賞に「成功しなかった」感がありました。次の狂言「因幡堂」で少し気持を取り直し、最後の「殺生石 女体」ではかなり寄り添えたと自己満足でした、ただ、「女体」の言葉に心が乱れてか、変身して現れた控え目な姿に少し「かわされた」感もあったり・・・・。この部分、「感」ばかりでお許しを!

 家に帰って検索すると「狂言ラジオ体操(http://www.youtube.com/watch?v=XES3FI5D9kg」というのもあるようです。7月にはこのシリーズの最終回、「バイリンガル狂言(http://www.kyobun.org/etc/eventdetail.php?id=4892」です。

 前回もそうでしたが、このような日本の古典芸能への意欲的取り組みに引き続き拍手です!!!

会合の「品位」みたいなもの

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 6月は、様々な会合の「総会シーズン」で、私が所属する会も例外ではありません。ある会では一会員として、あるものは役職がつく責任者として関わっているものが増えてきています。

 以前、地場企業の代表取締役の時は、上場会社としての株主総会の準備に追われ、数回のリハーサル等、まるで舞台の役者並み?一方で私は40歳代でも50近くの「公職?」に名を連ねていて、折角なら何とかして欠席はしたくないとの思いも強く、この時期の時間割は大変なものでした。企業合併に際し1998年から名古屋に代表取締役副社長として単身赴任する時には、「これからは札幌には居りませんので」と、断りの決まり文句で幾つかは減らすことになりました。ただ、その後2002年末に札幌に戻った後は、「今度はずっと札幌に居るのだろうから」と反撃にあって、また引き受けざるを得ない(ネガティブな表現お許しを)状況になりました。

 でも、そんなお誘いを引き受けて、地元で腰を落ち着けて多くの市民活動、公益活動に関わっていると、企業経営者だった時に置き忘れた課題・活動への気づきも多く、今は多忙な中でも感謝の気持がふつふつと湧いてくるから不思議ですね、特に、経済界ではお目に掛かれない新しい分野での素晴らしい人たちとの出会いは、生きていて良かったと素直に言えるほど感動します、自分自身の「宝」です。

 今年も、先週から今週にかけてがこのシーズンの大きな山場でした。その中で、集まっている方々の「品位」というか、ある「レベル」というか、何と表現したらいいのでしょうか、会終了時に思わず横にいた役員の方と笑顔で納得し合った会がありました。一つは「一般財団法人 北海道札幌南高学校林:http://www.rikka.net/officer/」と「六華同窓会:http://www.rikka.net/」です。ただ、高校の同窓関連の宣伝で言っているのではありません、両方のこれまでの長い活動が、財政基盤等ほか幾つかの将来的課題を抱える転換期であり、数年前からこれらの活動と組織改革に真正面から取り組み、若い世代の同窓生とともに今年「結果を出した」、それを実感したからなのです。

 数年間一緒に、ほぼ毎月食べ物・飲み物を持ち寄って議論した私より一回り近く若い後輩たち、そして先日、新しい方向性を示した改革案を全会一致で承認して頂いた先輩を含めた現在の役員の方々の見識等が素晴らしかった。今年の集まりは今までで最高の参加者数となり、会が終わって帰り際に、「どの期の人たちも実に端的な発言の中でメッセージを伝えていたね」とか、「財務体質が随分改革されて良くなったね」とのお褒めの言葉を頂戴して、これまでの労苦が報われるとともに、一緒に議論をしてきた若手の「仲間」たちにも、心から感謝したい気持でした。

 昨今、「納得のいく会議」というのが実に少ないのですよね、本当に。やたらどうでも良いことを長々と時間つぶしのように説明する役員、毎回同じことを繰り返す高齢の「元(!)有識者」、以前にも書きましたがまさに人の時間を盗むような「時間泥棒」的会合の山々には閉口しますが、この一週間は何か心が清々しい、6月の札幌の青空のようなのです。

 「一般財団法人 北海道札幌南高学校林」の活動については、特筆するこちらをご覧下さい(http://www.dokyoi.pref.hokkaido.lg.jp/hk/ksi/grp/01/061hakozaki.pdf)。長年この活動を続けていて、今年それが評価されて、「内閣総理大臣表彰」を受け(http://www.env.go.jp/press/file_view.php?serial=21975&hou_id=16569)、天皇陛下ご臨席の下、表彰式に富田校長、定時制生徒も参列し、その後の懇親会では陛下から直々のご質問もあったとか、「学校林はどこにあるのですか?」と。急なご質問に対して富田校長は、「ハイ、清田区にあります」と、極めてローカルな迷返答だったとのご自身のご報告もありました。

 自分が責任者とかパネラーとか運営側として舞台上に立っている集まりでは、いつもこの欄に掲載しているような写真が撮れないのが残念なのです。私の「雄姿!」が記録としてここに残らない、それもまた、「渦中にいた証」としての勲章だと自分に言い聞かせることにしています。

「遠友夜学校」フォーラム

Posted by 秋山孝二
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 「新渡戸稲造と札幌遠友夜学校を考える会」設立記念フォーラムを開催しました。事前の告知記事、この遠友夜学校に実際通った梅野きん子さんと山﨑健作さんが、札幌市中央区南4条東4丁目の跡地に立ちました。

夜学校跡地で

遠友夜学校跡地で

 当日のプログラムです、私は事前準備、本番での登壇が幾つかあり、今回、自分自身では写真を一枚も撮影できませんでしたので、お許し下さい。当日の様子は録画・録音をしていますので、近いうちにu-streamで配信したいと思っています、乞う、ご期待!

当日のプログラム

当日のプログラム

< 追記 > U-streamにアップされました。 こちら――>http://bit.ly/1cy4MZ5

 基調講演の藤田正一先生は、5000円札から今の時代の新渡戸イズムの重要性、クラーク博士の「Boys,be ambitious北海道大学的解釈まで、幅広くご説明頂きました。クラーク博士が米国・南北戦争の北軍大尉として従軍し、リンカーン大統領の理念に深く共鳴し、その精神を札幌農学校の教育の中で実践したこと他、興味深いお話でした。

 続くパネルディスカッションは、私がコーディネーターでしたが、パネリストの皆さまは話題を豊富にお持ちにもかかわらず、そのごく一部しかご披露して頂けないのが残念でした。ただ、フロアーからの質問・意見もかなり取り上げることができて、当初の目論見通りの意見交換にはなったかなと、自画自賛ではあります。

 札幌遠友夜学校の理念を、今の時代的にしっかり解釈・翻訳して人材育成の実践につなげること、パネリスト、フロアーの発言者の方々のご意見から、これからの「考える会」の方向性・課題が一層明確になりました。アンケートにご記入して頂いた皆さま、ありがとうございます、貴重なご意見の数々は運営委員会でしっかり共有し、今後の活動に必ず活かしていこうと思います、私たちは皆さんのご期待を決して裏切らないことをお約束致します。

 今回のフォーラムは、主催する「考える会」運営委員の平均年齢は70歳を越えるでしょうか、当日会場での若い世代のボランティアの方々には、本当に心から感謝致します。札幌青年会議所の赤地勇己さん、きたネット(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=16774)の川口副理事長、黒子事務局長には裏方に徹してのご支援を、宮本常務理事はお見舞い訪問をありがとうございました。そして「考える会」運営委員の皆さん、お疲れ様でした。

<追記> 今晩の満月はまさに素晴らしく美しく、思わず立ち止まって見入る、いや、魅入る感じですね!

日本の銀行窓口は今、・・・

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 先日、外資系銀行のスイス人幹部と、久しぶりに食事をする機会がありました。彼は日本に住んだ経験もあり、日本語も大変流暢です。アベノミクス、国際金融の現状等、日々の日本国内のメディア情報では全く理解できない現状について、大変鋭く新鮮な話でした。私が何かのついでに、昨今の銀行窓口の顧客不在の対応についてコメントしたら、それへの彼の発言に大笑いでした。

 日本の銀行のカウンター・待合ロビーは、病院の待合室と全く同じような雰囲気だと。居るだけで具合が悪くなる、そうです。まさに言いえて妙と感心しましたね。彼は、ある時に、何となく銀行ロビーで立ってテレビを見ていると、「どうぞお座りください!」と慇懃無礼にフロアーの職員に言われたとか。手続きにも会話無しでただひたすら待たされるし、とにかく異常な程に「本人確認」にこだわり続けて、お客様ではなく、まるで犯罪者扱いである、と。ホテル他のサービス業で、世界の人々を感動させる日本の接客スタイルなのに、どうして銀行窓口だけがああも劣悪なのかと、強い調子で指摘していました。

 そしてさらに彼は、「日本という国は、モノづくり産業がベースの長い歴史があるからでしょうか、商品を買ってくれる方は『お客さま』だと思うのですが、『権利』とか『お金』を買う人々はお客さまとは理解しない潜在意識が銀行幹部にあるのでは」とも語っていました。

 実は、この話、この1ヵ月に、私自身が不快に感じた複数の体験からも全く同じ印象です。

 その中の一つ、札幌で法人の普通預金口座を開設しようとある都銀の札幌支店窓口に行きました。あらかじめ分かっている必要書類をすべて整えて窓口へ。若い行員が最初に応対してきましたが、用件を告げると奥にいる比較的年配の男性行員へチェンジ。「設立後6か月以内の法人の場合は、追加で以下の書類が必要になっています」と、ぶっきらぼうに言いました。「そんなこと、いつからそうなったのですか」と私、「昨年11月から、警察庁の指導でなりました」と行員、「それはHPか何かで明示されているのですか」と私。「全銀協でもそう取り決めていますし、たぶんHPのどこかに掲載になっていると思います。これをご覧ください」と、一枚のチラシを渡されました。そのチラシには以下の文言が。

<口座開設される法人のお客さまへのお願い>~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

最近、世間では法人名義口座を悪用した、いわゆる投資勧誘詐欺等の犯罪が数多く発生し、社会的にも大きな問題となっております。このような現状を踏まえて、警察庁は金融機関に対して、口座開設手続きを厳格化するように要請しております。

弊行ではこうした金融犯罪を未然に防止するために、新規口座を開設される法人のお客さまに下記の事項についてお願いをいたしております。お客さまにはご不便、お手数をおかけすることになりますが、なにとぞ、ご理解とご協力を賜りますよう、お願い申し上げます。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 この銀行、私は企業経営者として40年以上取引があり、秋山財団も設立以来25年以上も口座を開いているのです。このチラシの最後にさらに「ご留意事項」と書かれています。1)お申込みから口座開設までに、2週間程度を要することがあります。 2)必要に応じ、追加の確認資料のご提示をお願いすることがあります。 3)お申し出にお応えできずに口座開設をお断りすることがありますが、あらかじめご了承くださいますよう、お願いいたします、ですよ。

 「資料が揃っていても、口座開設を拒否される場合もあるのですか」としつこく質問する私、「そうですね、そろっていれば開設できるものでもありません」と無表情の行員。新規口座開設はこの銀行にとっては「迷惑行為」と言わんばかりの窓口対応でした。

 私は水戸黄門だとは言いませんが、目の前のオレを誰だと思っているのだ!と、思わずフロアー中に聞こえる大声で叫びたい気持ちでしたよ。ただ、この話、落ちがあるのです。チラシの目立たない場所に「*」印でこう書かれています、「追加資料については学校法人、宗教法人、一般社団法人、社会福祉法人などの法人は除きます。」と。そして、今回私が口座開設を申請しようとしていたのは、「一般社団法人」だったのです。

 一緒に手続きに行ったもう一人の方と、「こんな新規口座開設の縛りを厳しくして投資勧誘詐欺が減ると思う?今あるすべての口座開設者の調査をしなければならないのが筋でしょう。それは取りも直さず、これまで認めてきた金融機関自身の社会的責務じゃありませんか。私が詐欺師だったら、除外されているこれら学校法人、宗教法人等を使っていくらでも悪事を企てるよね」、と。

 この一連の話で思い出したことがあるのですよ、先月の吉田学園の大学新設(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=16697)にまつわる田中文部科学大臣の「待った」事件、それと以前、国家公務員削減で新規採用を大幅に削減する政策を打ち出したこと等をです。今、すでにある法人、人々の再評価とリストラを抜きに、新しくできてくる前途有望なものの入口を狭める愚策、これは改革・イノベーションにおける誤りのイロハだと思うのです。

 今、新しく「起業」する若者、新規参入者が、閉塞感を突き破る起爆剤と喧伝されているにもかかわらずこの高いハードル、こと金融の世界では的外れの事件防止策に終始している様子、意味の分からない「手数料」で稼ぐバブル崩壊後も何も変わらぬ「全銀協」頼みの日本の金融業界、また世界から大きく取り残されてしまっていますよ。目を覚ませ、日本の間接金融、銀行界、金融機関幹部!、ですね。

日立環境賞 2013

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 日本の大きな公益財団法人がどんな助成活動をしているのかについては日ごろから興味があり、これまでも機会があれば足を運んできましたが、先日は環境分野で40年間の歴史を誇る「日立環境財団:http://www.hitachi-zaidan.org/kankyo/」の授賞式に出席してきました。

東京・経団連会館での表彰式東京・経団連会館での表彰式
環境大臣賞ほか、各賞の表彰盾

環境大臣賞ほか、各賞の表彰盾

 この財団の設立の背景をHPから読み取りました。~~~~~~~~~~~~~~~~~

 戦後、高度経済成長の時代を経て、わが国は水俣病・イタイイタイ病などの公害問題に直面していました。  そのような時代背景のなか、1971年(昭和46年)に環境庁が設立され、その翌年1月に(財)日立環境財団[その当時の名称は(財)公害調査セン ター、その後(財)環境調査センターに名称変更し、2001年(平成13年)に現在の名称に変更]は誕生しました。日立製作所の創業者・小平浪平翁20年 祭を記念し創設した財団です。設立当時は、公害防止技術や公害問題が地域社会に及ぼす影響を調査・研究し、それらの成果の普及啓発活動を中心に財団活動が スタートしました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 引用 おわり

 本年度の「環境賞」受賞者は、次の通りです。

http://www.hitachi-zaidan.org/kankyo/topics/topics65.html

 その中で環境大臣賞にも同時に輝いたのがこちらです。

<受賞テーマ>  定期航空路線を利用した温室効果ガスのグローバル観測

<受賞者>  CONTRAILプロジェクトチーム

* 日本航空(http://www.jal.com/ja/

* 株式会社ジャムコ(http://www.jamco.co.jp/

* 公益財団法人JAL財団(http://www.jal-foundation.or.jp/index2.html

* 独立行政法人国立環境研究所(http://www.nies.go.jp/

* 気象庁気象研究所(http://www.mri-jma.go.jp/Welcome-sjis.html

環境大臣賞受賞・日本航空本部長

環境大臣賞受賞・日本航空本部長のご挨拶

 会場が経団連会館、授賞者が日立、日刊工業新聞社、受賞者がJAL、日本郵船ほか、日本の大手企業のCSR活動の感が強く、市民レベルの非営利活動とは異なった分野での意欲的取り組みと言ったら宜しいのでしょうね。

新渡戸稲造 in 東京女子大学

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小雨の降る中、東京都杉並区にある東京女子大学(http://office.twcu.ac.jp/info/index.html)キャンパス内、「新渡戸記念室:http://www.twcu.ac.jp/aboutus/archives/nitobe.html」を訪問しました。先月の盛岡、十和田についで、「新渡戸稲造の足跡を訪ねてシリーズ」とでも言いましょうか、

東京都杉並区・東京女子大学本館

東京都杉並区・東京女子大学本館

正面玄関・新渡戸記念室の案内も

正面玄関・新渡戸記念室の案内も

1階ホールからの階段、記念室は2階

1階ホールからの階段、記念室は2階
パンフレットから

パンフレットから

 秋山財団の新渡戸・南原賞(http://www.akiyama-foundation.org/history/history_02)運営委員である湊晶子先生から、一度訪れるようにとのご案内を頂いていましたが、今回やっと時間が取れて足を延ばすことができました。とにかく西荻窪のキャンパスは雨の中、静寂を保って優雅でしたね。あらかじめ見学希望を伝えていたので、総務部の方に正面玄関までお迎えに来ていただき、正面2階の新渡戸記念室をゆっくり見学致しました。

 湊晶子先生は東京女子大学・前学長で、これまで何回か掲載しています。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8942

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7346

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5961

 創立期の3人(http://www.twcu.ac.jp/aboutus/spirit/founder.html)、新渡戸稲造、安井てつ、A.K.ライシャワーのご功績、書簡、関連展示等、見識の高さにあらためて時代が創り出す人材の大きさに感動しました。「リベラル・アーツ教育」を変わらぬ理念として、日本の高等女子教育の発展に寄与してきました。創立90周年記念事業のひとつとして、大学の原点に立ち返るとともに、将来への展望を広げることを願って、2009年にこの大学資料展示室を開設したと、パンフレットに書かれています。

 アントニン・レーモンド設計の大学キャンパス内の多くの建物は、登録有形文化財であり、空間そのものが歴史を刻んでいる、素晴らしい雰囲気でした。

ワグナー・ナンドール財団、益子で

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 ワグナー・ナンドール財団(http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html)の定例理事会ほかが栃木県益子町で開催されました。今回は茨城空港(http://www.ibaraki-airport.net/)から益子町へ、札幌から初めて日帰りでの出席、初夏の日差しの中、ひと時北関東の緑いっぱいで心地よかったですね。

2013.6 益子・ワグナー・ナンドール財団
2013.6 益子・ワグナー・ナンドール財団

 会議自体は、いつもながら前向きの事業報告、提案、素晴らしいアイディアで、参加された皆様も年齢にも関わらず(失礼)元気いっぱい。その中で、つい先日の三浦雄一郎さんのエベレスト登頂成功に関連して、マナスル初登頂で教科書にも載った日下田實(ひげたみのる)評議員の体験談は、ひと際興味を惹かれました。敗戦から間もない時期、決して十分な装備ではなかったにもかかわらず3度目の挑戦で初めて日本人として頂上を極めたこの登頂成功は、当時の国民に大きな勇気と誇りを与えました。https://my-mai.mainichi.co.jp/mymai/modules/climb14/

マナスル登頂成功の日下田さん

マナスル登頂成功の日下田實さん

<マナスル登頂成功までの経過> ウイキペディア参考

  • 1950年 - ビル・ティルマンが偵察を行い、最も容易なルートは北東からのルートだと考えた
  • 1952年 - 日本隊が5,275 m地点に到達(第一次登山隊)
  • 1953年 - 日本隊が7,750 m地点に到達(第二次登山隊)
  • 1956年  5月9日 - 槙有恒ら12人の日本山岳会隊の今西壽雄、ギャルツェン・ノルブが初登頂に成功(第一次登頂)
  • 5月11日 - 加藤喜一郎、日下田實が頂上に立った(第二次登頂)
  • 11月3日 - 日本山岳会隊の登頂を記念した記念切手郵政省から発行

特別展示・高橋千代子作品展

特別展示・高橋千代子作品展

「いのち」への優しい眼差しが

「いのち」への優しい眼差しが

 一方、この春の「特別展示」として、評議員の高橋千代子さんの作品展が人気を集めました。「いのち」への優しい眼差しが作品の随所にあらわれていて、優しい空間を醸し出していました。

新渡戸稲造没後80年記念フォーラム

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北海道大学・遠友学舎で

北海道大学・遠友学舎で

 今年は新渡戸稲造没後80年の記念すべき年です。先日、北海道大学・遠友学舎で(http://www.hokudai.ac.jp/introduction/campus/en-yu/秋山財団が共催のフォーラムが開催されました。札幌農学校、遠友夜学校、北海道大学を結ぶ新渡戸稲造の人材育成の理念を、折からの北海道大学祭の中、ひと時参加者の皆さんと共有しました。(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=16716

樋野 興夫 先生(順天堂大学医学部教授、秋山財団:新渡戸・南原基金運営委員)

「 が ん 哲 学 ( 外 来 )の 源 流」 http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=16542

山本 玉樹 先生(遠友学舎クラーク講座代表)

「 人 類 の 宝 ・ 憲 法 九 条 と 宮 澤 ・ レ ー ン 事 件 」

樋野興夫先生
樋野興夫先生

山本玉樹先生

山本玉樹先生

 外は素晴らしい青空、そこに飛行船が静かに浮かんでいました。

空には飛行船

空には飛行船

固定価格買い取り制度の「こころ」は

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 「一般社団法人北海道再生可能エネルギー振興機構:http://www.reoh.org/」は、昨年9月の勉強会を経て(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=14169)、12月3日に設立されましたが、先日、「再生可能エネルギーの導入拡大に向けた政策支援の成果と課題、今後について」と題して、お二人のお話う伺う機会がありました。これまで最前線で関わってきた方々のお話は、実に理解が容易で、昨年7月から導入された「固定価格買い取り制度:http://www.gov-online.go.jp/useful/article/201110/4.html」の狙いほかを再確認できた場でした。

 お二人とも、再生可能エネルギー導入に対して、地域の金融機能の関わりの重要性を強調していたのが印象的でした、私も以前から、同じことをフォーラム毎に語ってきたつもりです。これまで、どうしても中央官庁の「補助金」の下で行われた事業がほとんどなので、事業検証ほかの情報等、地域金融機関の融資・投資の事前評価ノウハウの蓄積が貧弱です。もう一つは、この導入が「地域活性化」への起爆剤的役割として期待できることですね、「エネルギーを使う側」に立つ視座の獲得、これは「革命」に近いのではありませんか。

 当日の講演、まずは環境経済政策・エネルギー政策の第一人者、京都大学教授・植田和弘(http://www.econ.kyoto-u.ac.jp/~ueta/jp/)先生です。こちらは昨年の記者会見の様子です(http://www.youtube.com/watch?v=hK9O4T8-gFA)。

京都大学・植田和弘教授

京都大学・植田和弘教授

* 「電力供給源」としてだけの「再生可能エネルギー」の議論は、「再エネ」の過小評価――>総合的政策が重要

* エネルギーにおける「熱」の価値

* 環境経済学の立場からは、「生産・消費」は「廃棄物をどうするか」が無い議論は法律違反である――>「廃棄制約」

―――CO2問題と全く同様に、これは世界的課題

* 「再エネ」は地域と親和的、地域住民との関わりを大切にして、地域でどう上手に使うかが重要

* 北海道の金融機関に「再エネ担当」が設置されること

 お二人目は、固定価格買い取り制度導入にご尽力された、資源エネルギー庁(http://www.enecho.meti.go.jp/)新エネルギー対策・村上敬亮課長です。

資源エネルギー庁 村上敬亮課長

資源エネルギー庁 村上敬亮課長

* 「送電線と規制緩和」、「固定価格買い取り制度」は、車の両輪

* 発送電分離と再エネは直接関係はない

* 北海道にとって最も重要なのは、広域連携としての「北本連携」の強化

* 地産地消は忘れた方がいいのではないか、地域の中で物を廻すのではなく、お金を廻すことを考えよう!

* エネルギーを自分の問題として考えるために、「固定価格買い取り制度」の活用を

* 農家が農業以外で収入を得るチャンス――>「農産物」と「エネルギー」を生産する業態へ

 いずれのお話も、最前線で活躍されている方々なので、とにかく分かりやすいし、最初の全体図、構造・枠組み的お話が貴重でしたね、マスメディアはどうして、この一番重要な最初のスライド部分をしっかり報道しないのか、何か意図的に分かりにくくしている(?)、そんな勘繰りまでしたくなる程、既存の新聞・テレビ・ラジオのニュース・解説は理解しにくいです。恐らく、報道する側の人々が分かっていないのでしょう。

 これから地域で地道に実践される多様な再生可能エネルギー生産の取り組み、いよいよ日本でも本格的に始まって来そうです、北海道の「ポテンシャル」を「オブビアス」に、今、地域力が問われています!

ジョン・リース在札幌米国総領事

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ジョン・リース在札幌米国総領事が3年間の任期を終えて、この度バクダッドに転勤となります。先日、北海道日米協会と北海道マサチューセッツ協会との共催で、「Comeback again パーティー」が100人を越える参加者で賑やかに行われました。

リース総領事のトロンボーンとダンディフォー

リース総領事のトロンボーンとダンディフォー

札幌交響楽団コンサートマスター・大平さんも駆けつけてくれました

札幌交響楽団コンサートマスター・大平まゆみさんも駆けつけてくれました

 札幌交響楽団(http://www.sso.or.jp/)のコンサートマスター・大平まゆみさ(http://www.monoglobe.jp/blog/mayumi_ohira/)んも駆けつけて演奏して頂きました。北海道日米協会の伊藤義郎会長のご挨拶、乾杯の音頭は北海道マサチューセッツ協会副会長である私でした。

 ステージでは、皆さん、大熱演のひと時でした。

北海道日米協会・伊藤義郎会長

 リース総領事と言えば、「草の根交流」がピッタリの札幌でのご活躍でしたね。2011年11月の札幌「母子像ふるさと」の除幕式にも、隣人・同じ町内会の一員としてご参加頂きました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10890)。

 新しい任地でのご活躍を心から祈念申し上げます!

ファイターズ、大谷翔平くん

Posted by 秋山孝二
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 北海道日本ハムファイターズの大谷翔平くんは、「二刀流に挑む」で今、話題沸騰していますが、行けるところまで頑張って欲しいですね。プロ野球界のOB・解説者は概ね、「早くどちらかに専念しろ」的意見が多いようですが、私はどうも違和感があります。専念しても大した実績を残さなかった連中が、「中途半端になる」とか、「チームのほかのメンバーに迷惑を掛ける」とか、ピントハズレのコメントばかり、まるで成功しては困るかのような印象です、果敢にチャレンジする若者を嫉妬するような、情けない先輩たちと感じるのは私だけではないでしょう。小さな器にはたくさんの料理は盛り付けられません、チャレンジって所詮こんなものですよ、多くの人々の不安の中を果敢にやり通す、周りも不安なら不安と言えばいいのに、意味ありげに批判するからみっともないなと思います。

 私はシーズン前のキャンプ時から、球団がこの大谷の二刀流実現に向けて本気で一丸となっている姿勢にも拍手を送りたいですね、そして、それを成績が悪い中実践し続ける栗山監督、受け入れて協力している選手諸君も応援したいです。思い出します、日本ハムファイターズが北海道に来て、新庄剛志が入団し、当初は大丈夫かと思いましたが、新しい企画、派手なパフォーマンスで遠慮がちな北海道民の心をグッと引き寄せました、まさにプロフェッショナル、功労者ですね(http://www.youtube.com/watch?v=fksfP4QiUH0)。ヒルマン監督も、白井コーチも、みんなみんな素晴らしい人物でした、ファイターズが今日あるのは、皆さんのお陰です、若手選手がよく育っていますし、ダルビッシュもメジャーリーグで大変な存在感です。

 新人大谷へのレベルの低いコメントに辟易していると、全く対照的な事例として、私は、先月盛岡で、ジョン・V・ルース駐日米国大使(http://japanese.japan.usembassy.gov/index.html)が、経済同友会全国フォーラムの基調講演で「日本経済の未来を支える3つの鍵」と題して熱く語られ、日本の若者への期待感がにじみ出ていたのを思い出します(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=16803)。

  彼は、2011.3.11以降、「TOMODACHI イニシアティブ:http://usjapantomodachi.org/ja/」で、全国各地の高校生・大学生との熱心な対話、及び米国への短期留学した若者たちとの多くの交流で、日本の若い世代への無限の可能性を強く感じたようです。3つの日本の経営者へのメッセージでした。

(1)企業家精神を呼び覚ませ

(2)女性に投資し、より多くの機会を与える

(3)日本の若者の物の見方を変え、国際的視野で考えられるようにする

 これは女性、若者へのメッセージではありません、会場に集まった1000人の、これまで日本を支えてきた経営者たちへの鋭い問題提起と受け止めるべきです。私には、「あなた方が彼らの邪魔になっている!!」と聞こえてきましたが、当日夜の交流会、翌日の各分科会議長総括での雰囲気からは、ほとんどの方々が相変わらずのおめでたい姿、これでは日本の閉塞感に風穴は期待できません。「目を覚ませ!」、或は「もう退けよ!」ですかね。

 先日、現役バリバリの若手経営者たちの勉強会、愛生舘サロン:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=16586」例会で、私がちょっとそんな話をしたところ、ある元気のいい経営者が言いました、「秋山さん、昔は地域にはおっかないオヤジがいて、突っ尖がった若者がいたら本当に潰されたりしたけれど、今はそんな器の年寄さえ居なくなりましたよ」と。なるほど、「かさぶた」ほどの存在でもないか、面白いですね。

 もう賞味期限の過ぎた、立ちはだかる壁にもならない経営者たちを、何の遠慮もなくドカドカと踏み越えて先に進む若い世代、今、こんな構図を夢見ています!

新渡戸稲造 in 十和田(三本木原)

Posted by 秋山孝二
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 今回、時間をつくって、青森県十和田市の「十和田市立新渡戸記念館(http://www.towada.or.jp/nitobe/)」にも足を運び、現在の館長・新渡戸常憲さん(http://www.towada.or.jp/nitobe/message/index.html)、お父様で顧問の新渡戸明さん、学芸員の角田美恵子さんからも貴重なお話を伺うことができました。
十和田市立新渡戸記念館・太素塚

十和田市立新渡戸記念館・太素塚

記念館HPより 引用~~~~~~~~~~~~~~~~~~

新渡戸文庫から十和田市立新渡戸記念館へ

 私設・「新渡戸文庫」設立の主目的は、稲造博士や三本木原開拓に関する資料の「保管」であったが、その後、より一層三本木原開拓の偉業を顕彰し後世に伝えるため、新渡戸文庫を取り壊し、十和田市が新渡戸家の協力により太素塚境内に新たに建設、昭和40年3月「十和田市立新渡戸記念館」として開館した。十和田市立新渡戸記念館は、新渡戸傳(つとう)翁を始め、嫡子・十次郎、嫡孫・七郎の三代にわたる三本木原開拓と十次郎の三男であり、国際親善に大きな足跡を残した新渡戸稲造博士の業績を、それらの関係資料の調査、収集、保存、展示を通して顕彰していく事を目的としている。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~引用 おわり

新渡戸常憲館長(右)と

新渡戸常憲館長(右)と

  この施設の史料の所有者は新渡戸家、運営主体は、「太素顕彰会」です。この会のはじまりは太素・新渡戸傳(つとう)の没後、明治時代につくられた「太素講」にあります。講長は町長、市長など歴代首長が務め、新渡戸傳と十次郎の偉業の顕彰を目的として、「太素祭」の主催を中心に活動していましたが、その後大正14年に私設・「新渡戸文庫」が建設されると、文庫内に納められた新渡戸稲造博士の遺品などの保存も規約に加えられ、昭和39年の「新渡戸記念館」建設を機会に、現在の「太素顕彰会」と名称をあらため、太素塚と記念館の管理、運営を行うようになりました。さらに平成18年度からは「太素顕彰会」が市の指定管理者として記念館の管理運営を行うことになり、平成19年度には市商工会議所会頭を会長とする新体制へ移行しました。

学芸員の角田さん

学芸員の角田美恵子さん

 角田さんの説明にもありましたが、ここの多彩な活動は、これから始めようとする私たち札幌の活動に大変参考になります。子供たちを対象とした「新渡戸塾」ほか、ボランティア組織「Kyosokyodo(共創郷土)」のダイナミックな展開ほか、2012年に、“稲生川開削と三本木原開拓の志を活かし、共創郷土の伝統を未来に”という意志のもとに連携する「太素の水」保全と活用連合協議会の地域活動(https://sites.google.com/site/towadamirai/home)が、公益社団法人日本ユネスコ協会連盟の「プロジェクト未来遺産:http://www.unesco.or.jp/mirai/」に登録されました。

  一方、地域開発・まちづくりの歴史の視点からは、三本木原の開拓の歴史が素晴らしいモデルです。当時としては大変斬新で、まちの中央の「大通り」は堂々たる直線道路で軸を成し、稲作の命の水をこの地に引く「稲生川:灌漑用水路」は、今の時期水深3メートル程で水田に貴重な水を供給しています。秋から冬にかけては底が見えるとか。この水路はトンネル掘削技術をも駆使し、まさに「いのちの水」を象徴しています。

今も流れる「稲生川」、灌漑用水路なので秋から夏は底がみえるとか

今も流れる「稲生川」、灌漑用水路として

  このまちづくりの「歴史・文化」が、現代アートの大変ユニークな美術館につながっているような気がします。正直に言って、行く前の予想を大幅に越えた感動を覚えました、世界各国の芸術家全ての作品の突出したコンセプトとこれを維持・管理している三本木のマチの人々の「力」にです。

街中の現代美術館

まち中の現代美術館

  「温故知新」をコンパクトに目の当たりにしたここでの時間は、これからの市民活動の「力」を得た気がします。今生きる「場」を、「自分たちで守り、伝え、創る」、その気概が歴史の中にしっかりDNAとして一人一人の市民に埋め込まれている、こんな感動なのでしょう。

 貴重な訪問となりました、三本木原の皆さま、ありがとうございます!

リンクの参考に:http://www.towada.or.jp/nitobe/links/index.html

新渡戸稲造 in 盛岡

Posted by 秋山孝二
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 今回(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=16803)、盛岡を訪問したもう一つの目的は、新渡戸稲造関連の施設訪問と関係者との面談でした。まずは、盛岡市内の(財)新渡戸基金(http://www.nitobe.com/main.htmです。新渡戸稲造の生誕地にほど近い場所に本拠を構え、数多くの出版活動(http://www.nitobe.com/04.htm)で実績を挙げ、昨年の新渡戸生誕150年記念でも多彩なイベントを開催しています。

北上川と岩手山
北上川と岩手山

  理事長の内川頴一郎さん、事務局長の藤井茂さんとお会いし、藤井さんには市内の新渡戸稲造ゆかりの場所を解説付きで案内して頂きました。

財団法人 新渡戸基金の藤井茂事務局長

財団法人 新渡戸基金の藤井茂事務局長

新渡戸稲造生誕の地

新渡戸稲造生誕の地

新渡戸家菩提寺の久昌寺

新渡戸家菩提寺の久昌寺

城跡の石垣

城跡の石垣

 藤井さんは昨年、2冊の著書を執筆されています。

* 「新渡戸稲造 75話」 http://www.nitobe.com/inazo75.pdf

* 「続 新渡戸稲造 75話」 http://www.nitobe.com/inazo-zoku75.pdf

 南部藩主と新渡戸家の関係ほか、新渡戸稲造が生まれ育った地が発信し続けるメッセージは、100年以上の時代を越えて私達の胸に響いてきます。「語り続けることの価値」、藤井さんの豊富なお話に耳を傾けながら、これまでで最も新渡戸稲造に近づいた、そんな気がしました。藤井茂さん、お体を大切にされてご活躍下さい、この度は本当にありがとうございました!