今、ホットな「北極海航路」

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 北海道経済同友会の例会で、「北極海航路」について二つの講演がありました。

* 北極海航路 (http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/167690.html)

* ロシアの戦略 (http://jp.rbth.com/science/2014/06/30/48905.html)

 以前にも例会については記載しています(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8359)。

川合、大塚氏のお話

川合紀章氏、大塚夏彦氏のお話

着々と進む拠点整備

着々と進む拠点整備

 ロシアにとっては多くの利権が絡む領域、いろいろと自国有利な展開を試みているようです、世界基準策定ほか、したたかな外交の中で経済的利益と権益を得るべく動きが急です。

 航行する船の仕様ほか、夏の期間のみの運航等、語られている以上に課題も山積しています。ただ、地球温暖化をビジネスチャンスに結び付けるその嗅覚みたいな貪欲さには驚きます。新しいビジネスには、リスクをどう、どこまで取るのか、難しい選択ですね。

日米協会国際シンポジウム、迫る

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 「第9回 日米協会国際シンポジウム 札幌・北海道大会(http://www.conventionsapporo.jp/j/nichibei/)」が、来月札幌で開催されますが、今、その受け入れ準備に地元の北海道日米協会(http://hjas.web.fc2.com/)と札幌国際プラザは大忙しです。今回のテーマは、「Towards New Partnership Age~新たなパートナーシップ時代に向けて~」です。

 これまで伊藤義郎会長を実行委員長として、このシンポジウムの準備作業が進んでいましたが、先月、東京の日米協会(http://www.ajstokyo.org/ajs_j/about_naajs-j.html)から渡辺隆専務がいらっしゃって、今回の開催趣旨・テーマについて、実行委員会、例会でお話になりました。

東京の日米協会専務理事の渡辺さん

東京から日米協会・渡辺隆専務理事も例会に参加

 実行委員会イベント部会で私もメンバーになっていますが、メインイベントの若者中心によるワークショップでは、130名を越える高校生・大学生・社会人が10程度のグループに分かれて、密度の濃いディスカッションを予定しています。先日、そのモデレーターの事前研修会を開催し、当日に向けた課題も見えてきましたが、大変前向きのやり取りに本番に向けた期待も大きく膨らみます。日米の新しい関係構築を、札幌に住むアメリカ人、日本人ばかりでなく、韓国、カナダの方々とも意見交換しようとする試みは、複眼的な議論を予感しワクワクします。

シンポジウム・ワークショップのコーディネーター事前研修:愛生舘サロン

(1) シンポジウム・ワークショップのコーディネーター事前研修 :愛生舘サロン

(2)30名を越える方々が参加

(2) 30名を越える方々が参加 :愛生舘サロン

 新しい時代の新しい関係構築は、同時に新しい担い手によって可能になる、そうですよね。「老兵は去るのみ」とは言いませんが、一歩退いた視点からこのディスカッションに関わって頂きたいな、そのための仕掛けについて、昨晩もイベント部会でいろいろ知恵を巡らせました、さて当日どんな企画になるのやら。ひょっとして、イベント部会メンバーは、サプライズで舞台での踊りとなるかも知れません?!

米国・科学アカデミーの報告書ほか

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 このところ続く大雨で、広島県ほか全国各地で土砂崩れの大きな被害が連日報道されています。「これまでなかった大量の雨」では済まされない、日本社会の「防災」の脆弱さが問われます。まだ続く捜索中に不謹慎な発言ですが、敢えて今後につながる学びとして、地盤が弱いというよりも、そのような地域にリスクも考えずに宅地造成・販売した人間社会の無防備な意識、10数年前の愛知県の洪水による住宅被害でも、昔からの家が建つ地域は被害が無く、新興住宅地域に犠牲者が多く出たことを思い出しました。

 今年も多い札幌市の「熊の出没ニュース」でも同様ですが、人間社会の生活と自然との折り合いの付け方に、どこか「傲慢さ」を感じる昨今です。

 「防災」についてあれこれと思いを巡らせながら、先月から気になっていた報道がありました。アメリカの科学アカデミーが、報告書をまとめて、福島第一原発の事故が深刻化した原因について、東京電力と当時の原子力安全・保安院が「津波に対する原子炉の設計が不十分だという証拠が集まっていたにもかかわらず、津波に対する対応をしなかった」と指摘したのです。津波によりほぼすべての電源が失われたことで冷却プールの温度が上昇し、被害が拡大したとしています。アメリカの当局や産業界は、この事故から電源の確保を徹底することや、万が一、電源を失った場合でも、原子炉の状況を把握する手段を確保することが重要だと提言しています。このアカデミーは米政府や米議会に独立の立場から科学技術政策を助言しています。

* http://www.at-s.com/news/detail/1117088243.html

* http://newsphere.jp/world-report/20140801-8/

 また、原発再稼働に関しても、海外メディアでは鋭い指摘が続いています。

* 「川内原発再稼働、海外メディアも報道 世論との距離指摘 」(7月16日 日本経済新聞) http://urx.nu/apr0

 日本のメディアが伝えないと言えば、少し時間が経ちますが、こちらの国会での演説も報道されませんでした。この格調の高さは、日頃の日本の政治の場面では見られない新鮮な感じです、残念ながらまるで別の場のようです。昔と違って、その気になればインターネットで誰でも触れられるニュースの数々、私たちは、「知らなかった」では済まされない情報へのアクセス環境にある現代を生きています。

* faceBookより 概略版 https://www.youtube.com/watch?v=2udKKREpIEQ

* この演説のフルバージョン https://www.youtube.com/watch?v=-h5CzvtJky8

 8月になると必ず決まってマスメディアをにぎわす「戦争体験者が減り、戦争の悲惨さが忘れられていく」みたいなフレーズは、忘れて欲しい側が意図的に使うもの、私たち戦後世代は「知らない」では免罪されません、「伝えていかなくては」、ですね、「戦争」、「自然災害」、「人的災害」も、です。その責任を今を生きる我々が次世代に対して負っている、そう考えるべきだと思うのです、「時代認識」とでも言うのでしょうか。

8月15日、NHKニュース・終戦特集

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 8月15日の終戦記念日、北海道神宮駐車場は台湾からの団体観光客で朝から大賑わいでした。私はよくこの駐車場を横切って地下鉄円山公園駅に行きますが、団体客はこちらの神宮駐車場にバスを止めて参道から本殿へ、家族・カップルの少人数で富裕層と思われる観光客は、地下鉄を利用して円山公園からゆっくり逆方向からゆるい坂の参道を登って本殿に向かっています。

北海道神宮の駐車場は中国からの観光客のバスでいっぱい

北海道神宮の駐車場は台湾・香港からと思われる観光客のバスでいっぱい

 夜6時10分からのNHK北海道のニュースでは、終戦特集として「遠友夜学校」が取り上げられていました。

NHK北海道午後6時ニュース:8.15特集で

NHK北海道午後6時ニュース:8.15特集で

山崎健作さん:戦時中

山崎健作さん:戦時中

8.12遠友再興塾のフォーラムでのご挨拶

8.12遠友再興塾のフォーラムでのご挨拶

 番組に終始登場された山崎健作さんは、私たち「一般社団法人 新渡戸稲造と札幌遠友夜学校を考える会(http://nitobe-enyu.org/)」の当初からのメンバーです。

遠友夜学校フォーラム in 時計台(下)

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 フォーラムのメインイベントの講話は、北海道大学名誉教授、元北海道大学副学長、第54代北大応援団長、平成遠友夜学校創設者・校長の藤田正一先生でした。「一般社団法人 新渡戸稲造と札幌遠友夜学校を考える会(http://nitobe-enyu.org/)」の理事・副会長でもあり、遠友夜学校記念館建設プロジェクトで私たちと一緒に活動をしています。

 新渡戸稲造、札幌農学校、遠友夜学校の理念を通じての思想・哲学を丁寧にご説明になり、今の北海道大学とのギャップほか、札幌市、札幌市民がこの歴史的価値を極めて粗末にしている現状に対して、鋭い視座から問題を提起されました。「歴史に学ぶ」、「歴史をつなぐ」とはどういうことか、まさに「学問ヨリ実行」の本質を受けとめた気がしています。

理念の継承

理念の継承

藤田先生のご講演より~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

< 札幌農学校の理念 >

* 矢内原忠雄・元東京大学総長の言葉より~~~~

 「明治の初年において、日本の大学教育には二つの大きな中心があって、一つは東京大学で、一つは札幌農学校でありました。この二つの学校が、日本の教育における国家主義と民主主義という二大思想の源流を作ったものです。」

 「・・・・日本の教育、少なくとも官学教育の二つの源流が東京と札幌から発しましたが、札幌から発したところの『人間を創る』というリベラルな教育が主流となることが出来ず、東京大学に発したところの国家主義、国体論、皇室中心主義等が、日本の教育の支配的指導理念を形成した。その極、ついに太平洋戦争を引き起こし、敗戦後、日本の教育を作り直すという段階に、今なっておりのであります。」

* 「Boys,Be Ambitious !」の本来の意味~~~~

 「金銭や私利私欲や、人が名声と呼ぶようなはかないものに対してではなく、知識や正義や人々の向上のために、そして、人としてあるべき究極の姿に到達できるよう、大志を抱け!」、「Be Gentleman !」

* 「国際性」、「平和主義」、「実証主義」、「現場主義」、「実学の重視」

< 新渡戸稲造の哲学 >

* 「人格主義教育」、「Liberal Arts」の原点

――> 「to do」 の前に 「to be」

――> 「専門センス」 より 「コモンセンス(常識・教養)」

* 「学問ヨリ実行」

――> 当時は立身出世のためには学問が必要であるという「学問のすゝめ」が流布されていたが、そんな功利的机上の学問よりも、徳を実行することの方が尊いという教え

< 遠友夜学校の理念 >

* 札幌農学校、新渡戸稲造の理念・哲学の実践した場としての遠友夜学校

* 50年間活動を支えた札幌の地

~ 今現在、札幌で活動している遠友関連の教育活動 ~

* 青空会(終戦直後) 山崎健作氏(遠友夜学校元生徒)

* 遠友市民大学(1972) 高倉新一郎(北大卒 遠友夜学校教師)

* 北星学園余市高校の転換(1988) 岩本孝一氏(北大卒)

* 札幌遠友塾 自主夜間中学 (1990) 工藤慶一氏(北大中退)

* フリースクール札幌自由が丘学園 (1990?) 亀貝一義氏(北大卒)

* クラーク講座(2002?) 山本玉樹氏(北大卒)

* 平成遠友夜学校(2005?) 藤田正一(北大卒)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 戦後は、その理念を継承しつつ、実に多様な活動へと発展していますが、肝心かなめの発祥の跡地「南4条東4丁目」が今の状態では、札幌市民の見識が疑われます。先月から初めて「札幌国際芸術祭」が開催されました。私は先日の「V-ネットフォーラム」でも、「この50年間札幌の地で培われた札幌オリジナルの歴史的実践を顧みずして、何が『国際芸術祭』か!」と発言致しました。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=20738

 「Art」を狭い芸術・文化に留めるのではなく、まさに「Liberal arts」として幅広く捉えての札幌発の祭典としたいものです!

遠友夜学校フォーラム in 時計台(上)

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 札幌青空会・遠友再興塾準備会の共催による「遠友夜学校フォーラム」が時計台ホールで、150名の満席で開催されました。

レトロなチラシが素晴らしい!

レトロなチラシが素晴らしい!

遠友夜学校の理念、「学問ヨリ実行」、高貴な遺産が札幌にありました

遠友夜学校の理念、「学問ヨリ実行」、高貴な遺産が札幌にありました

 講話は、北海道大学名誉教授、元北海道大学副学長、第54代北大応援団長、平成遠友夜学校創設者・校長の藤田正一先生です。鋭い切り口から現代への問題提起をされました。脈々と流れる遠友夜学校の理念を大変分かりやすくお話して頂き、聴衆は最後まで集中して耳を傾けていました。

藤田正一先生のご講演: 豪速球の鋭い切り口

藤田正一先生のご講演: 豪速球の鋭い切り口

参加者全員で遠友夜学校の校歌合唱!
参加者全員で遠友夜学校の校歌合唱!

「遠友夜学校校歌」の作詞は有島武郎です~~~~~~~~~~

一

沢なすこの世の楽しみの 楽しき極みは何なるぞ 北斗を支ふる富を得て 黄金を数へん其時か

オー 否(いな) 否 否 楽しき極みはなほあらん。

二

剣はきらめき弾はとび かばねは山なし血は流る 戦のちまたのいさほしを 我身にあつめし其時か

オー 否 否 否 楽しき極みはなほあらん。

三

黄金をちりばめ玉をしく 高どのうてなはまばゆきに のぼりて貴き位やま 世にうらやまれん其時か

オー 否 否 否 楽しき極みはなほあらん。

四

楽しき極みはくれはどり あやめもたへなる衣手か やしほ味よきうま酒か 柱ふとしき家くらか

オー 否 否 否 楽しき極みはなほあらん。

五

正義と善とに身をさゝげ 欲をば捨てて一すぢに 行くべき路を勇ましく 真心のまゝに進みなば

アー 是れ 是れ 是れ 是れこそ楽しき極みなれ。

六

日毎の業にいそしみて 心にさそふる雲もなく 昔の聖 今の大人うし 友とぞなしていそしまば

アー 是れ 是れ 是れ 是れこそ楽しき極みなれ。

七

楽しからずや天の原 そら照る星のさやけさに 月の光の貴さに 心をさらすその時の

アー 是れ 是れ 是れ 是れこそ楽しき極みなれ。

八

そしらばそしれつゞれせし 衣をきるともゆがみせし 家にすむとも心根の 天にも地にも恥ぢざれば

アー 是れ 是れ 是れ 是れこそ楽しき極みなれ。

九

衣もやがて破るべし ゑひぬる程もつかの間よ 朽ちせでやまじ家倉も 唯我心かはらめや

アー 是れ 是れ 是れ 是れこそ楽しき極みなれ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 時計台の2階「時計台ホール」で歌われる「時計台の鐘(http://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/08/post_b04c.html)」は「最高」、「再興」でした!

「アートV-net」が発進!

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 札幌交響楽団、PMF、演劇、オペラ、彫刻等の作品を応援する各種のボランティア活動団体が一堂に会して、数回の準備会を経て、先日、「ボランティアネットワーク、第1回さっぽろアートボランティアフォーラム2014」を開催しました。題して、「アートボランティア・ネットワーク(V-net)によって広がるさっぽろ」です。7月19日から始まり9月28日までの日程で札幌市内各場所で初めて開催されている「札幌国際芸術祭(http://www.sapporo-internationalartfestival.jp/)」をきっかけに、このような芸術系ボランティア団体のプラットホーム形成の機運が高まりました。

 私は、「一般社団法人 新渡戸稲造と札幌遠友夜学校を考える会(http://nitobe-enyu.org/)」代表理事としてパネリストの一人として登壇しました。

<プログラム> ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

○ アートボランティア・ネットワーク設立報告 西川吉武 (アートボランティア・ネットワーク代表)

○ 基調講演  閔鎭京 (教育大学准教授) 【アートボランティア・ネットワークによって広がるさっぽろ】

○ パネルディスカッション

~パネリスト~

梶井祥子 (大谷大学教授)(社会学、家族社会学)

秋山孝二 (一般社団法人新渡戸稲造と札幌遠友夜学校を考える会会長)

渡辺順子 (NPO法人コンカリーニョ/カリット理事兼カリット担当)

菅江武 (芸術の森野外美術館作品解説ボランティア代表)

西川吉武 (アートボランティア・ネットワーク代表)(札響くらぶ副会長)

○ 来賓ご挨拶

札幌市文化部長 川上佳津仁

札幌市国際芸術祭担当部長小田垣克彦

<参考>

* NPO法人コンカリーニョ http://www.concarino.or.jp/

* 芸術の森野外美術館 http://sapporo-art-museum.jp/

* 札響くらぶ http://sakkyoclub.net/sakkyoclub/


パネルディスカッション

パネルディスカッション:パネラーとして

<パネラーとしての私の骨子> ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

新渡戸稲造先生の足跡~~国際連盟事務次長

*国際知的協力委員会(現在の「UNESCO」)の創設者

*「オーランド裁定」で領土問題の解決

遠友夜学校は今年開校120周年

* アメリカ人からの遺贈による資金

* ボランティアの発祥

* 年齢、性別、人種、職業の隔てなし

* 「liberal arts」の原点

* 札幌農学校、北大の学生ほか600名以上のボランティア教師

* 在学者は数千名、正式卒業生が1,116名

* 双方の学び合いの場

この跡地(札幌市中央区南4条東4丁目)が刻む歴史的意義

* 地域住民が集い、語らい、議論し、学び、啓発し合える「場」

* 国際交流を促す活動の「場」

* liberal arts (リベラルアーツ)の「原点」

札幌市長はHPで言っています: 札幌国際芸術祭」&「創造都市さっぽろ」&「UNESCO メディアアーツ都市」

“文化を軸とした他の加盟都市との新たな交流や、関連事業を通じた人材育成を図り、産業振興など札幌の活性化につなげていきます。”

札幌遠友夜学校 http://nitobe-enyu.org/

この50年間札幌の地で培われた札幌オリジナルの歴史的実践を顧みずして、何が「国際芸術祭」か!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ パネリストとしての骨子 おわり

札幌の各美術館ほか、モエレ沼等でも7月から芸術祭が始まっています。

道立近代美術館でも始まりました

道立近代美術館でも始まりました

 この「札幌国際芸術祭(http://www.sapporo-internationalartfestival.jp/)」が、幾つかの課題を克服して、3年毎の「トリエンナーレ」として今後も札幌で定着することを期待したいですね。

館山 花火大会 in 2014

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 今年もまた、千葉県館山市北条海岸での花火大会でした。今年の写真、かなり色が悪いのですが、大きな理由として、花火が打ち上げられている時の海から浜へのゆっくりした風向きだと思います。開始後30分位すると、花火の煙が次第に浜辺に近づき、特に水中花火は海面から立ち昇る煙なので、まるで浜を覆う煙幕のような状態で砂浜の観客に押し寄せました、こんなのは初めてでしたね。

2012年――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=14007

2013年――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=17587

日中は海水浴の千葉県館山市北条海岸

日中は海水浴の千葉県館山市北条海岸

夜の花火大会:打ち上げ花火と水中花火のコラボレーション

夜の花火大会:打ち上げ花火と水中花火のコラボレーション

浜辺では

浜辺の特設ステージでは全国学生フラメンコフェスティバル出場の方々の踊りも

 今年も2日後本番の「全国学生フラメンコフェスティバル」出場の皆さんが浜辺の特設ステージで競演でした。背景で打ちあがる花火、遠くの海面で半円を描く水中花火とのコラボレーションは、絵になっていました。

<全国大学フラメンコフェスティバル2014>はこちら

* http://www.city.tateyama.chiba.jp/syougaigaku/page100068.html

* http://clip.m-boso.net/event/20th-flamenco-fes2014/

非核のメッセージ 夏 2014

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 今年も8月がやってきました。昨今の日本の情勢を踏まえると、本当に重要な時期だと思います、一連の危険な流れを変えるのに躊躇は許されません。

* 広島平和宣言 http://bit.ly/1stPmiK

* 国連事務総長のメッセージ http://bit.ly/1tViIt1

* NHKスペシャル http://bit.ly/1qWywvp

* 長崎平和宣言 http://www.city.nagasaki.lg.jp/peace/japanese/appeal/

* こみ上げる怒りから http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014081090070715.html

<長崎平和宣言>からの引用~~~~~~~~~~~~~

 いまわが国では、集団的自衛権の議論を機に、「平和国家」としての安全保障のあり方についてさまざまな意見が交わされています。
 長崎は「ノーモア・ナガサキ」とともに、「ノーモア・ウォー」と叫び続けてきました。日本国憲法に込められた「戦争をしない」という誓いは、被爆国日本の原点であるとともに、被爆地長崎の原点でもあります。
 被爆者たちが自らの体験を語ることで伝え続けてきた、その平和の原点がいま揺らいでいるのではないか、という不安と懸念が、急ぐ議論の中で生まれています。日本政府にはこの不安と懸念の声に、真摯に向き合い、耳を傾けることを強く求めます。

 長崎では、若い世代が、核兵器について自分たちで考え、議論し、新しい活動を始めています。大学生たちは海外にネットワークを広げ始めました。高校生たちが国連に届けた核兵器廃絶を求める署名の数は、すでに100万人を超えました。
 その高校生たちの合言葉「ビリョクだけどムリョクじゃない」は、一人ひとりの人々の集まりである市民社会こそがもっとも大きな力の源泉だ、ということを私たちに思い起こさせてくれます。長崎はこれからも市民社会の一員として、仲間を増やし、NGOと連携し、目標を同じくする国々や国連と力を合わせて、核兵器のない世界の実現に向けて行動し続けます。世界の皆さん、次の世代に「核兵器のない世界」を引き継ぎましょう。

~~~~~~~~~~~~~~ 引用 おわり

歴史発見Vol.4 「帝國海軍」

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 「歴史発見」最新号(vol.4)「帝國海軍」特集号は、幅広い視点から日本海軍の姿を浮き彫りにしています。広告を見てすぐに買って読みました、知らなかったことも多く、興味深かったですね、零戦のパイロットが何を食べて操縦していたか等です。

 これまで、この欄に随分日本海軍のことについて書いています。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%B5%B7%E8%BB%8D

特集号の表紙

特集号の表紙

HPからの引用~~~~~~

 好評発売中の「歴史発見」最新号(vol.4)「帝國海軍」特集号では、帝国海軍将兵の日常生活や服装にもスポットを当てています。もともとイギリス海軍の水兵の服だったセーラー服がどのように日本海軍に導入され、さらには女学生の制服として広まったかを図説した「セーラー服物語」、海軍ではどのような弁当が食べられていたのかを実際に再現した写真とともに紹介する「再現!海軍の弁当」。さらには、ちょっとマニアックですが、帝国海軍の戦艦と潜水艦のトイレがどんなものだったのかを、イラストを使って再現した「海軍の厠(かわや)」など、盛りだくさんの内容で、彼らの日常に迫ります!(編集部)

~~~~~~~~ 引用 おわり

当時の海軍省の徴募ポスター

当時の海軍省の徴募ポスター

 読み進んでいくと、兵学校教育のページに、私のブログから写真が引用されていました。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11740

父がの保管品から、兵学校当時の教科書です

父の保管品から、兵学校当時の教科書です

 兵学校の入学試験、それにしてもかなりの難問ですね。掲載してなかった物理、数学の問題も興味深々です。

 
 後半の「帝國海軍をめぐる新説・異説~太平洋戦争で日本が負けないシミュレーション:日本海軍の「回転ドア戦略」は面白かったですね。太平洋ではなくインド洋に注目して、戦略的に輸送路遮断により英国に圧力をかける仮説です。言い換えると、アメリカとの戦いではなく、英国・アメリカ軍との戦いに構図を変えていく戦略です。

 いずれにせよ、新鮮な視点からの海軍分析でした。下記のメッセージも載せておきます。

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■ 歴史発見Vol.4 日本人なら知っておきたい帝國海軍(ご注文はこちらから)
http://rekishihakken.net/news/2074.html

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あるヨーロッパ人のつぶやき

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 先日、あるヨーロッパの経営者とゆっくり食事をしながらお話をする機会がありました。今の国際金融情勢における日本の位置づけ、2011.3.11以降の日本社会の変化等、歯に衣を着せないというか、明快な表現でのお話は、実に興味深く新鮮でした。

 まずは、いきなり「日本人のほとんどは東日本大震災を忘れ掛けているのでしょうか?」と。来日以来、彼は多くの日本の経営者たちに、「福島原発事故ほか、東北の被災は大変でしたね」と問うと、ほぼ全員が「いやいや、もう大丈夫、日本全体としては何も心配はありませんよ」と言っていたと。「忘れている」と聞かれて、一瞬、私は「ウーん」と返す言葉に詰まりましたが、「それは、日本全体が被災した訳ではない、という意味なのだと思いますが」と、私は苦しい弁明。この辺りは日本人の曖昧な表現が「忘れているのか」との印象に映るのでしょうかね。

 曖昧とか誤解を受けると言えば、「風評被害」という言葉も危険な言葉ですね。福島の変わらぬ現状を語る多くの方々の発言が、「そんなこというと『風評被害』で多くの福島県民、日本国民が迷惑するからやめろ」みたいな論調を目にする時があります、口封じに通じる状態です。

 さらに、彼は原発事故の放射能に対する認識にも容赦ありませんでした。他の外国人からも聞いていましたが、ヨーロッパに住むビジネスマンたちは、会社からも家族からも日本への出張の際には、「長い滞在はしないように」と言われているそうです。そして、成田着の飛行機便では、福島県上空を迂回して着陸するルートを選択的に通っているとか。放射能への恐怖は、チェルノブイリを経験しているだけに、関係当局、国の発する情報への信頼は、かなり薄いのでしょう。自分たちで放射線量を測定するか、さもなくばその地域に近づかないことだと。出張中の日本の滞在ホテルでは、靴のそばに懐中電灯とヨウ素タブレットを置いて寝るようにと会社からの指示が出ているそうです。もちろん会社関係者の命を思っての措置なのでしょうが、そうとばかりは言えないようです、何の注意もしていなかったと会社の責任を後から問われることを回避するためだとも考えられます。

 以前に書きました、確かに3・11以降、会食をする機会が多々ありましたが、食事の付け合わせのシイタケ類はほぼ全員が食べずに残していますし、魚類もみずからはあまりオーダーしていない感じがしますね。日本人に比べて、格段に放射能汚染には敏感な気がします。というより、これが今の日本を見る世界の「常識」なのかも知れません。

 ヨーロッパの経営者の面白いのは、アメリカとの距離感ですね。湾岸戦争時でもいつでも、アメリカの大統領の発言には基本的には批判的ですし、金融政策に対してもきっちりした防衛策で迎え打つ姿勢があります。日本のように、まさに「隷属状態」とは真逆の自立した視点から、多くのことを学ぶことができます。

皮膚から感じる「再生力」

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 何故、急に左手なのか?

 つい10日ほど前に、自分の不注意でポットからの熱湯を左手に浴びました。沸騰してからほんの少し時間が経ってはいたのですが、すぐに流水で冷やし続け、その後仕事中はアイスノンをハンカチで包んでほぼ半日はその状態でした。直接アイスノンだと今度は凍傷になる危険性もありますので。水ぶくれとか心配しましたが、お陰さまでそんな展開も無く、次第に薄皮が捲れ出して、十日後の様子がこれです。

左手の火傷

左手の火傷

 敢えてこんな写真を載せたのは、大変な目にあったと言いたかったのではありません。毎日、時々刻々変化していく手の皮膚の状態が否応なく目に入り、何とも自分の体の再生能力に感動を覚えるのです。日を追うごとに回復するのはもちろんですが、朝と晩、飛行機の中、クーラーの効いている室内、屋外を歩いて汗をかいている時、いずれも表面の皮膚の状態が環境に対応するがごとく微妙に変わるのを、如実に感じている日々です、そう、いじらしいほど対応している。

 私には火傷には忘れ難い思い出があります。小学校5年生の時、理科の実験で試験管の水をアルコールランプで温める実験がありました。木製の試験管バサミで斜めに角度をつけながら、そこまでは教科書通りだったのですが、ゆっくり回転させることもなくじっと熱源の上に置いたままにしていると、1回、2回の沸騰の後に、いわゆる「突沸」で熱湯がドッと試験管から飛び出して、持っていた右手にかかったのです。見ていた先生もびっくりしてすぐに保健室へ行って手当をし、理科室に戻りました。痛みは取れてその後回復はしましたが、その時の火傷の跡は、今も右手の甲にうっすらと少しの「シミ」となって残っています。自分が中学校の理科教諭になり、理科の授業で実験する際に、真っ先に私はいつもこの「突沸」の注意をしていました。

 還暦を過ぎたからでしょうか、自分の体の所々の傷一つ一つに、振り返られる物語があることにふと気が付きます。幸い私には不幸な体の傷はありませんが、その時の状況、心境等がリアルに再現されるからなかなか根深いものがありますね。

 今回の自分の左手は、後1・2回「脱皮?」を繰り返して、元の状態に戻ることでしょう。それにしても、人間の「再生力」って、すごいものですね、あらためて感動します。

山田恭暉さんを偲ぶ会

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 「公益社団法人 福島原発行動隊(http://svcf.jp/)」の代表だった山田恭暉さんを偲ぶ会が東京の憲政会館で開催され200名を越える方々のご参加がありました、それに先立って参議院議員会館では今後のSVCFの活動についての意見交換も行われました。山田さんについては以前にも書いています。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9664

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=14329

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=14955

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=20345

祭壇には日本酒

祭壇には日本酒

 この会の基本的スタンスは、以下の文面に明快に示されています。

~~~~~~~~~~~HP からの引用

福島原発行動隊の基本的な立場について

  一般社団法人福島原発行動隊(旧福島原発暴発阻止行動プロジェクト。以下「行動隊」と略記)は、福島第一原発事故の収束作業に当たる若い世代の放射能被曝を軽減するため、比較的被曝の害の少ない退役技術者・技能者を中心とする高齢者が、長年培った経験と能力を活用し、現場におもむいて行動することを目的として発足しました。

  行動隊は自発的参加者によって構成され、その組織原理は自由な諸個人の結合です。したがって各人の思想、信条、あるいは心情はいっさい問いません。その原則は原発の是非についても同じであり、行動隊内には脱原発論者も原発維持論者もおられます。この多様な構成員を結びつける唯一の絆が、原発事故の収束という大目的です。

 
  行動隊の諸個人が、隊外において自己の信条に基づいて活動することはもちろん、隊内において心情を吐露することもまったく自由です。しかし一般社団法人(近い将来に公益社団法人へ移行する)福島原発行動隊としての発意や行動は、定款に定めた目的および事業に沿うものでなければならず、個々の意見はそのままでは公式の見解になりえません。

  この目的および事業を達成するための具体的行動へと一歩でも近づくため、いま行動隊は政府および東電にいくつかの重要な提言をしています。それを貫徹するには従来の原子力管理体制の大変革が必要であり、かなり長い道のりになるものと思われますが、状況に応じてさまざまな課題に対処する行動隊内の組織整備も現段階の急務となっています。

  いまや約二千名に達する行動隊員・賛助会員は人材の宝庫であり、すでに多くの方々が部署に就き、それぞれの知恵と力を発揮しておられます。これをさらに幾層倍にも拡充し、行動隊の社会的認知を不動のものにして、原発事故の収束作業に携わるという本来の目的を一日も早く実現することが、発足以来そろそろ半年を迎える行動隊の仕事です。

  そう、これは「仕事」であり、本来の目的も仕事をすることです。それを支えるモチベーションは個々人の思想・信条・心情であるにせよ、行動隊の目的および事業はプラグマティックに進めるほかはなく、そこではポリティクスもイデオロギーも無用であり、それは個々人の胸に大切な駆動力として収めておくべきものでしょう。

  行動隊の結成を呼びかけた人びとも、それに呼応した人びとも、全員がそれぞれの想い、長い人生が醸成した種々の物語を抱懐しており、それをお互いに尊重しながら、ひとつの目的に結集し、各自の持てる積年の能力を駆使して未曾有の災厄に立ち向かうこと。これが福島原発行動隊、みるべきものはみてきた老人集団の基本的な立場です。

 2011年9月9日 〔文責〕一般社団法人福島原発行動隊理事 平井吉夫

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 引用 おわり

 駆けつけた皆さんのご挨拶は素晴らしかったです、覚悟を踏まえた自らの活動報告です。

 まずは、村田光平(http://kurionet.web.fc2.com/murata.html)さんです。

元スイス大使・村田光平(みつへい)さんもご挨拶

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60年安保全学連の初代委員長

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最初からの応援者・牧山弘恵参議院議員

最初からの応援者・牧山弘恵参議院議員

 

2年前に山田恭暉さんを札幌にお招きして講演会を開催しました。淡々と語る姿に、理論・評論ではない現実的な対処に身を捧げようとする覚悟を感じました。今、思い起こせば、自らの体調も承知の上での活動だったのでしょうね。
「世代の責任、世代の力」と題して、札幌で講演した時の様子
http://www.ustream.tv/channel/%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%83%
心からご冥福をお祈り申し上げます。