熊野古道・中辺路ウォーク(1)

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 観光産業の振興が叫ばれる昨今、「歴史ツーリズム」の原点とも言えるのでしょうか、世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道は、機会があれば歩いてみたいと思っていましたが、やっと実現しました、今回も道新観光の企画「語り部と歩く中辺路ウォーク」です。私にとっては、数年前からの一連の奈良地方、昨年の中山道・飛騨高山訪問の繋がりです。

* 登録資産の紹介:和歌山県世界遺産センターHP(http://www.sekaiisan-wakayama.jp/know/sisan.html

* 中辺路(なかへち) http://www.sekaiisan-wakayama.jp/know/sankei-nakahechi.html

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~過去の私のブログから

* 私の奈良地方訪問 (http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11728

* 「奈良で学ぶ」シリーズ (http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E5%A5%88%E8%89%AF%E3%81%A7%E5%AD%A6%E3%81%B6

* 「寺島塾 2015春」シリーズ (http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E5%AF%BA%E5%B3%B6%E5%A1%BE+2015%E6%98%A5+in+%E5%A5%88%E8%89%AF

* 「中山道・飛騨高山」シリーズ (http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E7%A7%8B%E3%81%AE%E4%B8%AD%E5%B1%B1%E9%81%93%E3%80%81%E9%A3%9B%E9%A8%A8%

~~~~~~~~~~~~~~~~~ ブログからの引用 おわり

 中辺路の前にと言いますか、初日夕方に、まずは能・歌舞伎で有名な「道成寺(どうじょうじ)(https://www.wakayama-kanko.or.jp/marutabi/himetabi/01_dojyoji.html」を訪れました。創建は701年とされ、県内最古の寺、天台宗の古刹、国宝に指定されている千手観世音菩薩や日光・月光菩薩などを安置し、能や歌舞伎で有名になった「安珍清姫」伝説で知られています。縁起堂で、絵巻物で語る話題の住職・小野俊成さんの名調子、この地に伝わる情念の伝説にしばしいにしえの世界へ引き込まれました。縁起堂にはこれまでに演じた役者の公演後に奉納された写真がずらりと並び、歌舞伎俳優の坂田藤十郎や坂東玉三郎、名優とうたわれた六代目尾上菊五郎や、勘九郎時代の十八代目中村勘三郎と華やかでした。

* 「安珍清姫」伝説 http://www.dojoji.com/anchin/

静かな境内に情念の伝説

静かな境内に情念の伝説

安珍塚

安珍塚

 道成寺は日高川町にありますが、隣の日高町の名で思い出すことがあります(http://kasakoblog.exblog.jp/19993956/)。

 宿泊は、翌日から二日間の熊野古道・中辺路(なかへち)ウォークに備えて、みなべ温泉(http://www.aikis.or.jp/~minabe/onsen/)でした。

穏やかな海

穏やかな海

奈良で学ぶ (5 最終)

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 実はこの前の「奈良で学ぶ (4)」で終わろうと思ったのですが、まだまだ書きたいことが残っていて、この(5)を追加して最後と致します。

 「薬師寺」に、私には何とも辛い思い出があります。前回のブログに、「修学旅行以来だった」と書きましたが、今からもう46年前の高校の修学旅行の時、当時は10月に札幌から電車(汽車?)、青函連絡船を乗り継いで上野駅へ、確か10泊11日だったでしょうか、行きも帰りも急行列車の車中泊というのが一般的でした。1学年550人だったので、一班と二班に分かれて日時をずらして札幌を出発しました。

 私は後の班でしたが、旅行途中から、本来は自由な雰囲気だったのが急に教師たちの対応が厳しくなったので、「何なんだ!」と思っていたら、先発班の一人の生徒が旅行途中に失踪したことが分かりました。少なからず動揺しつつも、何とか無事を願いながら私たちは札幌に戻りましたが、その後も行方不明が続き、結局12月のある日、薬師寺近くの近鉄線路で亡くなったと知り、大変衝撃を受けたのです。現場での姿は学生服で髭が伸びていたと聞き、その彼とは1年生の時に同じクラス、出席番号もすぐ前だったのでいろいろ会話も交わしていました、本当に優しい心根のいい奴でしたので、失踪中、その瞬間の彼の心境を察すると、今でも心が痛みます。

 「薬師寺」の響きに遠い昔の思い出がフラッシュバック、しかしながら今回の僧侶お二人のお話をきっちり伺い、私の記憶「薬師寺」も上書きされた気がしています。

薬師寺・本坊への道

薬師寺・本坊への道

 もう一つ、山田法胤管主の濃密なご講演「これからの生き方」、著書「あなたに伝えたい『生き方』がある」で、含蓄のあるお言葉がたくさんあったので、書き留めておきます。

* 真理を実践してこそ、喜びとなる: <良寛さんの歌>  今々と 今という間に 今ぞなく 今という間に 今ぞ過ぎゆく

* 先入観が心を縛る: 薬師寺の教えは「法相宗」という宗派、柱になっているのが「唯識(ゆいしき)」、「識」は「心=こころ」と読む

* すべては「心の立ち上がり」が決めること、五感によって知ることはできるが、心が立ち上がっていないと何も見えず聞こえない

* 心が立ち上がってから五つの感情が働く、これを唯識では「五受(ごじゅ)」という:「」、「」、「」、「」、「」、その後に「」のイメージで心の中に映像を創る、ただ外の現象とは違う「心の妄想」、それによって人は動いていく

* お釈迦さまの遺言、「自灯明(じとうみょう)・法灯明(ほうとうみょう)」: 依頼心を捨て、自らを灯として生き抜く覚悟をする

 一昨年2月に訪れた奈良の岡寺、飛鳥寺、橿原神宮の時(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11728)と同様に、歴史の原点にしばし滞在し、朗々と流れる時を実感し心が洗われました。

奈良で学ぶ (4)

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 奈良公園・浮見堂(http://www.nara100.net/narapark/ukimido.html/)、鷺池に浮かぶ檜皮葺き(ひわだぶき)、八角堂形式(六角形)のお堂です。先日は近く結婚するカップルでしょうか、前撮りの最中で、いろいろなポーズで仲良くカメラに収まっていました。

奈良公園浮月殿

奈良公園鷺池の浮見堂

 鷺池横の「洞水門」、水を掛けると不思議な音が聞こえてきます(http://www.youtube.com/watch?v=QJh0VzUwUZQ)。

池横の

鷺池横の「洞水門」、不思議な水音のエコー?

 奈良公園を後にして、緩やかな坂を下って行くと奈良女子大学(http://www.nara-wu.ac.jp/index.html)キャンパスに到着しました。創立当時の建物として、門の右にある守衛室と正面にある木造洋館風の本館が保存されていて、県文化財に指定されているそうです。私が行った日は、入学試験会場の下見の日だったようです。カメラを持って怪しいオジサンがキャンパスをウロウロと歩く様子に、心なしか守衛さんの眼も厳しいような気がしました。

奈良女子大学正門の奥

奈良女子大学正門の奥、本館

  奈良女子大学の前身は「奈良女子高等師範学校」で、1909年に開校されました。HPによると、「1907年の帝国会議で、第二女子高等師範学校を関西のどこに置くかの議案について投票がなされました。京都と奈良で131対131の同数で、議長裁決で奈良に決まりました。東京女高師は都会で首都に置かれたのですが、奈良女高師は古都に置かれたのです。とても運命的な役割を感じます。」とあります。因みに、東京女高師は御茶ノ水女子大学の前身です。

 落ち着いた古都・奈良のマチ中に、伝統の風格とアカデミックな風情が素晴らしいですね。

奈良で学ぶ (3)

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 今回の特別講義に先立って、奈良公園周辺を散策、恐らく修学旅行以来だったと思います。興福寺(http://www.kohfukuji.com/)をゆっくり見学しました、4年前に興福寺は創建1300年を迎えたそうです。

 とにかく、この地に足を踏み込むと、時間が一桁も二桁も朗々と流れていて、日々の些末な事柄は頭から離れるので不思議です。

* http://www.kohfukuji.com/about/history/soken.html

興福寺の五重塔

興福寺の五重塔

 五重塔の隣にある国宝館(http://www.kohfukuji.com/about/construction/kokuhokan.html)、その中の天平文化の傑作「阿修羅像(http://www.kohfukuji.com/property/cultural/001.html)」に釘付けになりました、出口付近の解説動画が面白かったですね。現代のコンピューターグラフィック技術等を駆使して、再現される天平文化のリアルな映像、さらには阿修羅像の顔の分析もあり、表面に見える表情の下にある深層への考察に思いを馳せたり・・・。しばしの間、立ち上がることが出来ませんでした。

 さらには東大寺(http://www.todaiji.or.jp/)へ。

東大寺大仏殿

東大寺大仏殿

・・・・・・・

・・・・・・・

 シルクロードをひたすら東に、そして中国から海を渡って伝わった仏教が、法隆寺、薬師寺、東大寺、最後は正倉院で最終となりました。こちらもまた、「ユーラシアの風」を感じます。

奈良で学ぶ (2)

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 今回の特別講義の前に、大谷徹奨(http://www.tetsujo.net/index.php)執事から、薬師寺の歴史と特徴について、境内を回りながらご説明がありました。

 「悟り」は、本来は「自覚悟」の意で、その反対が「迷い」、「しんにゅう」は道路を表わし、「米」は十字路を示していると。「経」を巡り、僧侶は「お経」を、経済界の方々は「経済」を営む人々で元々は一緒。一つ一つ原点を求めるようなお話に、身が清められるひと時でした。

  薬師寺は1528年、戦乱によって東塔を除き金堂や西塔などをことごとく焼失したそうです。その後、長く荒廃したままでしたが、管主に就任した高田好胤師が提唱した「写経勧進」によって今で言う「ファンドレイジング」が功を奏し、伽藍が次々に復興されてきました。薬師寺は高田好胤師以来いわゆる檀家を持たない、従って「葬式仏教」ではなく「民衆仏教」として今日に至っています、薬師寺のまろやかさ、たおやかさとでも言うのでしょう。蛇足ですが、仏教でお経というと何か暗いとかジメジメしているとかの印象ですが、あれは葬儀ゆえの内容と抑揚であり、本来毎日の修行でのお経は、もっともっと明るくリズム感のあるものだそうです、本当に聞いてみないと分からないお話ばかりでした。

  全国から寄せられた写経はこれまでに800万巻を越えていて、それらの写経はいま金堂内の納経蔵に納められているとのこと。怖いのは火災で、「写経の紙は和紙のため長持ちするのですが、紙は火事・水・風に弱い」とも。

  この後、東塔の解体復元現場で、個別に分けた部材が置かれている場所を見学しました。解体は2009年に始まり、18年には竣工の予定。すでに水煙(すいえん)などの相輪や屋根瓦などは下ろし終えていて、普段は高い場所にある水煙を間近で見られる滅多にないチャンスに恵まれました。塔の真ん中の太い心柱も横になっていました。16年度中には全ての解体を終わる予定ですが、今後もたくさんの新たな発見が期待されますね。

地面に横たわる支柱

地面に横たわる支柱

 さらに「こころの学校」の活動でもご活躍中で、これは特定の場所を指すのではなく、心を学びたいと思う人々が集う所のことをいい、全国各地で開催する心の為の教室の総称です。大谷徹奨執事は、薬師寺を中心として全国各地に活動の輪を広げております。

 平山郁夫先生のシリーズ「シルクロード」の絵画群も圧巻でした。

 見学の後に、薬師寺境内の奥、「まほろば会館」で、山田法胤管主の濃密なご講演「これからの生き方」は、本当に優しい語り口にもかかわらず、身の引き締まる内容で奥が深かったですね。古事記にある「まほろば=真秀呂場」で、「五穀が生まれる場所」の意味とのこと。「秀(ほ)」は稲穂を表わしているそうです。1300年前の都に思いを馳せて、普段の時間軸とは違った悠々たる時の流れに身を置いてのお話でした。

薬師寺案内HPより――>http://www.eonet.ne.jp/~kotonara/yakusiji.htm


台 座(北面・玄武)

台座には 色々な文様や四神、異人像が刻まれた見事な作品で、このようなユニー
クな台座は薬師寺以外ではお目に掛かれないでしょう。北側面は目の当たりに見える
ように来迎壁が大きく開口されておりますのでじっくりとご覧ください。見応えのあ
る台座を見に来られただけでも薬師寺を訪れる価値が充分あります。
上框にギリシャの葡萄唐草文、周囲にはペルシャの蓮華文、中框にインドのヤクシ
ャ像、下框には四方を鎮護する中国の四方神(東に青竜、南に朱雀、西に白虎、北に玄
武)で、ギリシャからペルシャ、インド、中国を経て薬師寺に到着、シルクロードの終
着地が
古都奈良の証でしょう。
仏師はシルクロードを意識して造られた国際色豊かな表現の台座となっております。
四神が仏教に取り入れられることもないので当然、台座に表された遺例はほかにあ
りません。

 
 

薬師如来像台座にみるギリシア、ペルシャ、インド、中国の文字、玄奘三蔵院の平山郁夫画伯のシルクロード絵画群等、ユーラシアの風を感じる薬師寺での特別講義でした。

奈良で学ぶ (1)

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comment: 1

 「第3期寺島戦略塾(http://terashima-bunko.com/bunko-project/strategic-management.html」、今回は奈良・薬師寺(http://www.nara-yakushiji.com/index.html)で山田法胤管主の特別講義でした。

* http://www.nara-yakushiji.com/guide/soryo.html

山田の講義

山田法胤管主の特別講義の会場「まほろば会館」、舞台奥には神様が

 講義に先立ち、大谷徹奨執事(http://www.tetsujo.net/index.php)による薬師寺のご説明とご案内も印象的でした。特別なお部屋にご案内して頂き、間近で拝見することも出来ました。

 薬師寺は「法相宗[ほっそうしゅう]」の大本山です。天武天皇により発願(680)、持統天皇によって本尊開眼(697)、更に文武天皇の御代に至り、飛鳥の地において堂宇の完成を見ました。その後、平城遷都(710)に伴い現在地に移されたものです。(718)
現在は平成10年よりユネスコ世界遺産に登録されています。

さんの説明とご案内

大谷徹奨執事の説明とご案内

薬師寺境内の梅も満開

薬師寺境内の梅も満開

玄奘三蔵

玄奘三蔵院

HPより~~~~~~~玄奘三蔵(http://www.nara-yakushiji.com/guide/genjyosanzo.html

 玄奘三蔵(600または602~664)は中国・隋の時代に生まれ、唐の時代に盛名を馳せた仏法僧です。いまでは、三蔵法師といえば玄奘三蔵のことを指すようになっていますが、もともとは釈迦の教えの「経」、仏教者の守るべき戒律の「律」、経と律を研究した「論」の三つを究めた僧を三蔵といい、普通名詞なのです。したがって大勢の三蔵法師がいましたが、なかでも玄奘はきわめて優れていたので、三蔵法師といえば玄奘のこととなりました。

~~~~~~~~~ 引用 おわり

つづく