奈良で学ぶ (2)

Posted By 秋山孝二
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 今回の特別講義の前に、大谷徹奨(http://www.tetsujo.net/index.php)執事から、薬師寺の歴史と特徴について、境内を回りながらご説明がありました。

 「悟り」は、本来は「自覚悟」の意で、その反対が「迷い」、「しんにゅう」は道路を表わし、「米」は十字路を示していると。「経」を巡り、僧侶は「お経」を、経済界の方々は「経済」を営む人々で元々は一緒。一つ一つ原点を求めるようなお話に、身が清められるひと時でした。

  薬師寺は1528年、戦乱によって東塔を除き金堂や西塔などをことごとく焼失したそうです。その後、長く荒廃したままでしたが、管主に就任した高田好胤師が提唱した「写経勧進」によって今で言う「ファンドレイジング」が功を奏し、伽藍が次々に復興されてきました。薬師寺は高田好胤師以来いわゆる檀家を持たない、従って「葬式仏教」ではなく「民衆仏教」として今日に至っています、薬師寺のまろやかさ、たおやかさとでも言うのでしょう。蛇足ですが、仏教でお経というと何か暗いとかジメジメしているとかの印象ですが、あれは葬儀ゆえの内容と抑揚であり、本来毎日の修行でのお経は、もっともっと明るくリズム感のあるものだそうです、本当に聞いてみないと分からないお話ばかりでした。

  全国から寄せられた写経はこれまでに800万巻を越えていて、それらの写経はいま金堂内の納経蔵に納められているとのこと。怖いのは火災で、「写経の紙は和紙のため長持ちするのですが、紙は火事・水・風に弱い」とも。

  この後、東塔の解体復元現場で、個別に分けた部材が置かれている場所を見学しました。解体は2009年に始まり、18年には竣工の予定。すでに水煙(すいえん)などの相輪や屋根瓦などは下ろし終えていて、普段は高い場所にある水煙を間近で見られる滅多にないチャンスに恵まれました。塔の真ん中の太い心柱も横になっていました。16年度中には全ての解体を終わる予定ですが、今後もたくさんの新たな発見が期待されますね。

地面に横たわる支柱

地面に横たわる支柱

 さらに「こころの学校」の活動でもご活躍中で、これは特定の場所を指すのではなく、心を学びたいと思う人々が集う所のことをいい、全国各地で開催する心の為の教室の総称です。大谷徹奨執事は、薬師寺を中心として全国各地に活動の輪を広げております。

 平山郁夫先生のシリーズ「シルクロード」の絵画群も圧巻でした。

 見学の後に、薬師寺境内の奥、「まほろば会館」で、山田法胤管主の濃密なご講演「これからの生き方」は、本当に優しい語り口にもかかわらず、身の引き締まる内容で奥が深かったですね。古事記にある「まほろば=真秀呂場」で、「五穀が生まれる場所」の意味とのこと。「秀(ほ)」は稲穂を表わしているそうです。1300年前の都に思いを馳せて、普段の時間軸とは違った悠々たる時の流れに身を置いてのお話でした。

薬師寺案内HPより――>http://www.eonet.ne.jp/~kotonara/yakusiji.htm


台 座(北面・玄武)

台座には 色々な文様や四神、異人像が刻まれた見事な作品で、このようなユニー
クな台座は薬師寺以外ではお目に掛かれないでしょう。北側面は目の当たりに見える
ように来迎壁が大きく開口されておりますのでじっくりとご覧ください。見応えのあ
る台座を見に来られただけでも薬師寺を訪れる価値が充分あります。
上框にギリシャの葡萄唐草文、周囲にはペルシャの蓮華文、中框にインドのヤクシ
ャ像、下框には四方を鎮護する中国の四方神(東に青竜、南に朱雀、西に白虎、北に玄
武)で、ギリシャからペルシャ、インド、中国を経て薬師寺に到着、シルクロードの終
着地が
古都奈良の証でしょう。
仏師はシルクロードを意識して造られた国際色豊かな表現の台座となっております。
四神が仏教に取り入れられることもないので当然、台座に表された遺例はほかにあ
りません。

 
 

薬師如来像台座にみるギリシア、ペルシャ、インド、中国の文字、玄奘三蔵院の平山郁夫画伯のシルクロード絵画群等、ユーラシアの風を感じる薬師寺での特別講義でした。

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