「Rio + 20」、あれから20年!

Posted By 秋山孝二
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 「Rio+20http://www.uncsd2012.org/rio20/」、今年は、1992年6月、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロでの「環境と開発に関する国連会議」開催から20年の節目です。一般的には、「地球サミット(the Earth Summit:国連地球サミット)」と呼ばれています。この会議で採択された27の原則から成る「リオ宣言http://www.env.go.jp/council/21kankyo-k/y210-02/ref_05_1.pdf」が、国際社会の共通認識であり、原点です。

 特に、この会議に集まった世界の指導者たちを前に、12歳のカナダ生まれの日系四世少女、セヴァン・­スズキの伝説の6分間スピーチ(http://www.youtube.com/watch?v=C2g473JWAEg)は、今日まで語り継がれています。彼女は5年前、北海道二風谷から日本人へのメッセージも発信しています(その1http://www.youtube.com/watch?v=rZcQ_4vYq90&feature=related、その2http://www.youtube.com/watch?v=6-qAlS3IvIM&feature=relmfu)。

 「Rio+20」の北海道での取り組みは、先日1月3日北海道新聞朝刊に「北大・NPOが『環境白書』6月までに中間報告 北海道の未来像提言」と4段見出しで掲載されていました。これは、昨年末の提携に基づく最初の活動成果になるでしょう(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11135)。日本の市民セクターの取り組みは、「一般社団法人 環境パートナーシップ会議:http://www.epc.or.jp/summit/」に掲載されています。

 20年前の自分を思い起こすと、(株)秋山愛生舘の五代目社長就任目前で、延び延びになっていた札幌証券取引所への上場で頭がいっぱい、とても「環境」について思いを巡らすことはできませんでした。ただ、当時の宮澤喜一首相が、国会の日程でビデオ演説となり、メディアの批判を浴びていたのを覚えています。この節目の会議に日本の首相が参加していなかったこと自体、グローバルな環境問題解決への存在感の無さを印象づけたような気がします。

 今、ふり返ってみると、国際連合の招集を受けた世界各国の産業団体、市民団体などのNGO 、国連加盟国ほぼ全ての世界172か国の代表が参加し、のべ4万人を越える人々が集う国連の史上最大規模の会議となり、世界的に大きな影響を与えました。

 そして会議の成果として、リオ宣言の他に、この宣言の諸原則を実施するための行動計画である「アジェンダ21http://www.env.go.jp/council/21kankyo-k/y210-02/ref_05_2.pdfhttp://www.erc.pref.fukui.jp/info/a21.html」、「森林原則声明http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=1353」が合意されましたし、別途協議が続けられていた「気候変動枠組条約http://www.env.go.jp/earth/cop3/kaigi/kikou.html」と「生物多様性条約http://www.biodic.go.jp/cbd.html」が提起され、この会議の場で署名が始まりました。さらに、国際連合の経済社会理事会の下に、「持続可能な開発委員会(CSD)http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/kikan/csd.html」が設置されました。

 この会議後、「生物多様性」「生物圏」といった用語が、各国の主要機関に認知され、一般にも知られるようになり、さまざまな地球環境問題や生態系、絶滅危惧種に対する関心が高まるきっかけともなったようです。

 あれから20年、昨年の3・11を契機に、北海道から、日本から、私たちが世界に発信しなければならない責任は、一層大きくなりました。今年は「民の力」で、一歩前に出て提言していきましょうよ!!

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