国際微生物学連合(IUMS)2011会議

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 9月の札幌は、多くのイベント・会議が目白押しです。「国際微生物学協会連合(http://www.congre.co.jp/iums2011sapporo/index.html)2011大会」が、先日札幌で開催され、海外からも含めて4000人の参加者で盛況でした。日本では大阪での後、21年ぶりに札幌で開かれました。今回の札幌大会の大会長・冨田房男先生は、平成14年度の秋山財団・財団賞(http://www.akiyama-foundation.org/history1/)を受賞されています。

札幌コンベンションホール入口で:日本で21年ぶり、札幌では初めての開催

札幌コンベンションセンター入口で:札幌では初めての開催

 私は、二つの公開プログラム(http://www.conventionsapporo.jp/j/meeting/outreach/images/iums.pdf」)に参加しました。

 一つは公開講座:「高峰譲吉――北里柴三郎」で、 高峰譲吉(http://www.npo-takamine.org/)と北里柴三郎(http://www.kitasato.ac.jp/kinen-shitsu/)について、海外の研究者を含めて、多角的な人物像を紹介していました。

市民公開講座(1)

市民公開講座(1)

ワシントンのさくら、日米協会設立の経緯など

ワシントンのさくら、日米協会設立の経緯など

  高峰譲吉は、タカジアスターゼ、アドレナリン、ワシントンの桜、日米協会、三共(株)の初代社長等、大変幅広い分野での活躍で大きな足跡を残しました。

 もう一つは、市民公開講座:「限りなく広がる微生物の世界:後援(NBRC:http://www.nbrc.nite.go.jp/)」で、別府輝彦(http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/hakko/history.html)先生、喜田宏(http://www.hokudai.ac.jp/bureau/news/jihou/jihou0506/615_02.htm)先生のお話は興味深かったですね。

 喜田宏先生は、秋山財団の平成14年度講演等助成を受賞(http://www.akiyama-foundation.org/history6/index14.php)されています。別府輝彦先生は、「未知の大陸―新しい微生物世界を探る」と題して、「微生物種の多様性は、コロンブスの大陸発見にも匹敵する新しい世界の発見」であり、「『微生物共生系』は、ガイアとしての地球それ自体を意味する壮大な共生体である」こと。喜田宏先生は、「鳥インフルエンザとパンデミック対策」、「季節性インフルエンザの克服こそが、パンデミックインフルエンザ対策の基本である」と、今の対策の問題点を指摘していました。

 限りなく拡がる微生物の世界、ミクロな話は実に壮大(マクロ)でした。

重たい、原発関連二つの映画

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 3・11の東京電力福島原発事故は、今なお緊迫した状態で推移していますが、6ヵ月を過ぎてこの所、テレビでも映画でも、検証・調査的な番組・作品が上映されています。

 映画では、「チェルノブイリ・ハート:http://www.gocinema.jp/c-heart/」ですね、「事故から25年・・・・、まだ終わっていない」で始まりますが、子供たちへの影響はまだまだ未知のことも多く、映っている人物もその後亡くなっていたり、それゆえの悲惨さを感じます。子供たちの表情が何とも切なく、胸に刺さります。

今なお続く被曝被害、恐ろしいことです

今なお続く被曝被害、恐ろしいことです

 もう一つは、「あしたが消えるーどうして原発?http://www.cinematoday.jp/movie/T0010562」です。1時間弱のドキュメンタリー映画で、原発設計者の証言がリアルです、抜粋の動画(http://www.youtube.com/watch?v=4lvvCEVF7vg)でも見られます、実に怖い話であり、22年前の映画とは思えません、まさに「想定内」の出来ごとでした。

  私の場合、しかしながらただ怖がってばかりではいられません。エネルギー政策とか言う前に、子供たちの人権を今を生きる世代としてどう守っていくのか、基本的生存の問題です。

 それ故に、今福島にいる子供たちへの放射能汚染は、限りなく少なく防御しなければならないでしょう。基準がどうこう言う前に、命を守るためには時間がそうたくさんはありません。
 一つ前に掲載した足立直樹さんの新しいメーリングがきました。今、実際に活動している方々の思いを読みとれますので、引用します。
~~~~~~~~~~~~~~~~引用はじまり
 既にいろいろなことをこの半年の間に変えた人たちは、空気を読むことの危険性に気付き、あえて空気を読まずに、自分の頭で考え、行動を起こした人たちです。周りが変化するのをじっと待つのではなく、自分で新しいものを作ったり、新しい世界に身を投じたのです。
 たとえば今週は、孫正義氏が呼びかけた自然エネルギー財団がいよいよ始動し、明日、明後日は世界中から駆けつけた専門家が、自然エネルギーによる持続可能な社会作りを目指すための戦略を練り、提言を行います。私もその専門家会議に参加することになっており、この新しい仕組み作りに加われることをとても嬉しく思っています。
 景色はまだ変化していないけれども、風向きは既に変わっているのです。自分の周りの空気を読んでいるだけでは、この大きな流れには案外気付きにくいのかもしれません。なにしろ、周りの空気はすっかり淀んでしまっているかもしれないのです。
 大きな時代の流れに取り残されないためには、横並びはむしろ危険と思った方がいい状況になってきたのかもしれません。空気を読むのではなく、時代の風を読む、そんな意識を大切にしたいと思います。
                                                サステナビリティ・プランナー 足立直樹
▼新著『もう空気は読まなくていい ~ポスト3.11を生き抜くために~』
■足立直樹 新著 ワニブックス【PLUS】出版  価格798円(税込)
→Amazonからも注文できます。
http://www.responseability.jp/mm/97he/a07mx5×0ci4hukcagfBCX
→Twitterでも本の宣伝、ならびに読者から寄せられた感想が紹介されています。『もう空気はよまなくていい』公式@mky311
http://www.responseability.jp/mm/97he/a07my5×0ci4hukcagfWYo
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~引用おわり
 3・11以降、すでに行動を起こし始めている方々が大勢います。福島原発行動隊(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9664)も同様です。出来ない、やらない理由を100語るよりも、今、それぞれの「個」が出来る場から小さな一歩を踏み出しましょう、次の世代の生存のためにですね!

「命の世話」と向き合う

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 先月までの4年間、第16代大阪大学総長だった臨床哲学者の鷲田清一(http://www.isc.meiji.ac.jp/~nomad/washida/menu.htm)さんが、日曜日朝のテレビで静かに語っていました、「『命の世話』と向き合う」です。

 NHK教育テレビでは、心に沁みる番組がありますね(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=NHK%E6%95%99%E8%82%B2%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93)。3・11の大震災後、何か生きていることの意味合いが変わってきているような気がします。以下、幾つか印象的だったフレーズを。

* 「命の世話」を引き受ける

* 「Responsibility」の意味は、「Response:応答・反応」+「Ability:能力」であり、日本語訳の「責任」とは意を異にする。「Community」の「パブリックな事がら」をもう一度引き受け直す、それが「Responsibility」の本来の意味

* 大切なものを失った時、「自分の人生を語り直す」プロセスが大切、そして最後まで自分で語り終えることも<R.D.レイン(Ronald David Laing):http://d.hatena.ne.jp/keyword/R%A1%A6D%A1%A6%A5%EC%A5%A4%A5%F3

* 「聴き役」の心得は、1)相手が語り切るまでひたすら「待つ」こと、言葉が出て来るまで「待つ」こと。<感心する才能>、2)他人との関係の中で考える、自分の時間を相手にあげること、3)自分の中で完結させない、すなわち「命の世話」と向き合うこと

* 自分の名前は、人から頂いたもの、それは「相対化した自分」と向き合うことを意味づけられている

 

 休日の朝、頭が一番すっきりしている時間帯に、根源的・哲学的なお話が入ってくるのは心地良いです。この番組を見ていて、思い出した方がいます、「株式会社レスポンスアビリティhttp://www.responseability.jp」代表取締役の足立直樹さんです、これまで企業と生物多様性の保全に対してメッセージを発信し続けています(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2990)。 秋山財団の「ネットワーク形成事業」の一つ、「社会企業研究会」で第一回のゲストとして興味深い講演をして頂きました(http://www.akiyama-foundation.org/network/tema02.html)。先日届いたメーリングの最後に、「・・・・・、 何かおかしくなりつつあることに、みなさんはもう気がついているはずです。問題は、いつ行動を起こすかです。それが、持続可能になれるかどうかの分かれ道なのだと思います。――サステナビリティ・プランナー 足立直樹――」と書かれていました。

  「2001.9.11」からちょうど10年、「2011.3.11」から6ヵ月、犠牲になった皆さまのご冥福をお祈りしながら、身の引き締まる思いの今朝の私です。

「Socimo」論の説得力!

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 私も会員の日本ファンドレイジング協会(Jfra:http://jfra.jp/)主催のセミナーは、今年2月に多数の参加者で開催され、新時代の到来を感じましたが(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7411)、先日は、「つながりを楽しみながら社会を変えていく~創造的なコミュニティの作り方」と題して、ソーシャルコンテンツプロデューサー・(株)SCOP(http://s-cop.jp/)代表の山名清隆(http://whosereal.causepark.jp/social_marketer/post_56.htmlさんの講演がありました。「Socimo:Social Motivation」論、面白かったですね、HPに記載されているプロジェクト、どれも皆大変ユニークです、特に「日本愛妻家協会」の「キャベツ畑の中心で妻に愛を叫ぶ:http://www.aisaika.org/index2.html」なんて、何ともユニーク中のユニークですね!

山名清隆さんの熱弁!

山名清隆さんの熱弁!

 

 「Socimo:Social Motivation」論、印象に残るフレーズの連発でした!

* ソーシャル・モチベーション(略して「ソシモ・SOCIMO」)とは、ひとりの人が社会にポジティブにアプローチしていく動機、それによって「ムーブメント」を創り出す

* 「叫ばれキャベツ」は、「なまもの」であり、男の「勇気野菜」:来年開催予定の第1回「嬬恋(つまごい)キャボス会議:http://www.kyabosforum.com/report.html

* 「自分超え現象」:自分との関係性発見(カッコいいおもしろそう)→>モチベーションの触発(オレにもできるかも)ー>参加&行動(ひとまずやろう)===>自分超え現象(世の中と関係している実感・誰かとつながっている感じ:新しい自分)

* 「Soccimo:ソシモ」、「Famemo:フェイモ、有名になりたい」、「Manemo:マネモ、お金を得たい」の関係性

* 「THEORY U」、Dr.C.Otto Scharmer

* 「私」という制限を越えていくと、「覚悟」が生まれる

* 「働き方を変える」ということ: 「依頼に応えるくん」 から 「期待を高めるくん」 へ

* 新しいプロジェクトは、モチベーションが「動き出し」、「集まりはじめ」、「まわり出す」

* 3次元ワークスタイル: 自分がするという主体的「意志」を立てると、視点が多観点化され創造性が再生し、広大な構想空間が出現する。依頼が期待へ、、指示が共感へ、要望が希望へ、予想が可能性へ変わっていく : サッカーでいう「スペースを作る」と同じ発想

* 4次元ワークスタイル: 思考の制限から離れてアイディアを「放牧する」感覚!

* 正直さと大胆さと勇気の表明をすると、創造的な対話空間が生まれる~共感の波が広がり出す

 

 そして、最後に山名さんは言いました、

「ファンドレイジング」は「アート」である、人を巻き込み、温度を上げる!!!    その通りですね!

抵抗あるなぁ~、このフレーズ!

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 どうもストンと腑に落ちない、センスの無いフレーズですね、せっかくの朝なのに胸のつかえを感じました。

羽田空港出発ロビーから階下のポスター

羽田空港出発ロビーから階下のポスター

 

 「ひとつ」、「日本」、「ひとつ」、「美しい」、「誇る」、「心」、「ひとつ」、「飛び立つ」、誰が?誰へのメッセージ?、どこに飛び立つの?昔の「統一と団結?」を思い出しましたよ。何のメッセージなのか、さっぱり理解できません。生きた化石ににもなりませんね。

  空もひとつ?? ――> 窮屈な表現ですよ、「空は宇宙の果てまで無限に広がる」、でしょ!

 日本もひとつ?? ――> 生きている一人一人が見えてこない、「日本に生きる人たちは昔もこれからも多様」、でしょ!

 美しい国?? ――> そう思ってこれまで生きてきたけれど、ただ消費するだけで、今を生きる人間達が汚してきたのでは?

 誇るべき絆?? ―― 誰に誇るんだろうか、「支えあう、信じあう絆」、でしょ!

 心もひとつに飛び立とう!?? ――> 今大切なのは、それぞれの「いのち」が元気を取り戻すこと、「心も多彩に生き直そう」、でしょ!

 空もひとつ 日本もひとつ 心もひとつに AIRPORT ACTION ! ??――> 依頼する方も依頼する方、広告代理店も安易です。

豊平川、増水!

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0
 今日、早朝の便で東京から札幌に戻りました。途中、恵庭の漁川、札幌市内の望月寒川も、豊平川と同様に増水していました。千歳川はそれほどでもなかったですね、水源が支笏湖に限られているからでしょうか。

JR千歳線・鉄橋から増水した豊平川

JR千歳線・鉄橋から増水した豊平川です(6日午前9時20分頃)

 台風12号から変わった温帯低気圧と、太平洋を北上中の台風13号の影響で、道内は6日も胆振、石狩地方などで24時間降水量が9月の観測史上最大を観測するなど、局地的な大雨が続いています。雨のピークは過ぎたようですが、雨雲が東へ移動しながら7日未明まで降り続く見通しで、札幌管区気象台は引き続き土砂災害などに警戒を呼びかけている、との報道です。 気象台によると、6日午前10時までの24時間降水量が9月の観測史上最大を観測したのは、札幌市内では小金湯で185・0ミリなどのようです。 豊平川源流の豊平峡、定山渓方面も同様にすごい雨だったのでしょうね。

 普段は静かな豊平川、やはり自然の力は測り知れませんね、事故等で犠牲者が出ないことを祈っています。

<7日に追加添付:吉島久晴さんのフェイスブックから:http://www.facebook.com/profile.php?id=100001988156719#!/photo.php?fbid=172494659492879&set=a.120947061314306.23889.100001970396622&type=1&theater

今年の秋、多彩なイベントの札幌

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comment: 1

 9月の札幌、最初の日曜日は、台風接近中でしたが、イベントが盛りだくさん!

 大通公園5丁目では、「北海道有機農業フェスティバル:http://yuki-hirogaru.net/assets/files/Hokkaido_Organic_festa2010.pdf」、全国有機農業推進協議会(http://zenyukyo.or.jp/news_list/34.html)が主催し、全道の有機農家40店が直接販売、今年で第2回目です。

大通公園5丁目で、有機農産物の産地直売会

有機農産物イベント:大通公園5丁目

  次は4丁目十字街を中心に、第11回さっぽろパフォーマンスカーニバル「だい・どん・でん:http://www.daidonden.com/が、今年は台風接近中で雨・風・青空とめまぐるしく変わる天気の中、地下通路・広場・地上でたくさんの観客で溢れていました。地下鉄大通駅コンコースでは、ゲストパフォーマー・肉体派津軽三味線「セ三味ストリート」のライブ。

三味線パフォーマンス:地下鉄大通駅

三味線パフォーマンス:地下鉄大通駅

  今年3月に完成した札幌駅から大通までの地下通路の一角でも、たくさんの人だかりでした。

パフォーマンス:駅前地下通路

パフォーマンス:駅前地下通路

  地上の4丁目十字街・三越前では、晴れ間をぬって、地元保存会のみなさんによる「ひょっとこ踊り」です。この他、「だい・どん・でん」はたくさんの会場で、「同時多発ライブ・パフォーマンス」。贅沢を言えば、やっぱり例年のように、地上4丁目十字街で青空の下、大歓声が天高く飛んでいく感じが最高ですね!

地上では、ひょっとこ踊り?:4丁目三越前

地上では、ひょっとこ踊り?:4丁目三越前

 さらに、狸小路2丁目・1丁目には、「安田侃野外彫刻展―街に触れる―:http://www.city.sapporo.jp/shimin/bunka/kav.htmlの幾つかの作品です。すでに、創成川、駅前通り地下通路、大通には置かれていましたが、9月3日からはいよいよ秋の屋外展示会としてスタートです、マチ中に何気なくアートの香り、オシャレですね。

安田侃さんの作品:狸小路2丁目から1丁目

安田侃さん作品:狸小路2丁目から1丁目

 札幌駅前からの地下歩行空間、以前から芸術空間としての企画が検討されてきていますが、地上の光線他、せっかくの「空間」です、照明をふんだんに活用する非日常の演出が面白いと思います。パフォーマンスの場(平面)の提供ではもったいない、ふとそんな気がしました。地下鉄バスセンター前までの「500M美術館:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6621」のような雰囲気がいいのでは?

 初秋の札幌、晩秋の「さっぽろアートステージ:http://www.s-artstage.com/2011/」と相まって、芸術・文化の香りが満載です!

原発被災地の農業は?

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 先日、定例の異業種交流勉強会があり、食―農関係の方々と「原発被災地の今後の農業」にいての意見交換ができました。(株)横市フロマージュ舎(http://www.milkland-hokkaido.com/koubou/35-yokoichi/index.html)・横市英夫社長、(株)リープス・鈴木善人社長(http://www.leaps.jp/)、http://www.leaps.jp/?p=2784、千野米穀店・徳永善也社長(http://ja-jp.facebook.com/ChinoGrainは、それぞれご自分のフィールドから、福島県の今後の農業について率直なお話でした。

 ひと言でいうと、放射能による土壌汚染の実態、汚染の作物への影響等、あまりにも未知のことが多すぎて、検証するデータに乏しく研究も不十分、従って今後の対策についても、「本当のことを公に語るのは難しい状況」でしょうか、かなりの人たちがそう思っていても、口に出した途端に世間から嵐のようなバッシングに会うことは明らか、とか。客観的な展望とこれまで地元で農業一筋でやって来られた方とのギャップは、どうしようもなく大きいです。

 議論の一例として、「土壌汚染」というけれど、土壌の汚染度イコール農作物の汚染度ではないはずですよね、その土壌から農作物が取り込む放射性物質の「吸収量」というのはどの程度なのかは、私にとって疑問でした。以下、それへの返答です。湧き出る疑問は尽きません。

鈴木社長のHPより~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 農産物には、それぞれ放射性物質を土壌から吸収して作物体内に取り込む量がある。これを「移行係数」という(ホウレンソウなら 0.00054、キャベツなら 0.00092、サツマイモなら 0.033  というように。(セシウム137)。移行係数は一般的に低い。ということは、検出された作物が収穫された土壌には、高い放射性物質が存在するということでもある。

 そこでとれた農産物の安全性が担保されていても、そこで農作業する人の安全性は担保されているのだろうか?先祖代々、受け継がれたきた豊穣の土地を理不尽に汚され、そこで本当に農業を続けていくことができるのだろうか?農地の放射性物質の検査、公開はどの程度進んでいるのだろうか?

 屋外に放置された稲わらからは数万ベクレルの放射性物質が検出されている。周辺の土壌にもおそらくは同じぐらいの放射性物質が降下しているだろう。もし、農地から放射性物質が検出されれば、その農地で生産される農産物の価値は暴落するだろう。長い年月をかけて築き上げた産地やブランドのの価値は一瞬にして地に落ちる。市場で値段がつかず、生産コストが販売コストを上回っても農業という産業は成立するのだろうか?

 政府や東電はきっと「補償する」という言うだろう。でも、いつまで補償するのだろう。放射性物質はそこにずっと残る。たとえ除染したとしても産地の信用を回復するには長い時間がかかるだろう。政府が市場で値段もつかない農産物を買い上げるにしても、その財源は?そして買い取った農産物はどこへいくのだろうか?

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~引用 おわり

 

 一方、先月、福島県内経済界で活躍するメディア関係の社長ともお会いする機会があり、地元経済人の大変現実的で、前向きな復興プランを伺いました。彼がおっしゃるには、「今は、県民も企業も、ただただ補償についてが最大の関心事になっていて、復興プランの自主的策定に意識が及んでいないのが残念だ。それどころか、先駆的に取り組むことが、逆に補償対象から外れると思いこんでいて、全く受け身な状態が一層情けない」と。

 しかしながら、経済界の有力な経営者たちは、今、覚悟を決めて、放射能で汚染された福島の土は、今後何十年掛っても福島県の中で、放射能汚染のモニュメントとして向き合っていくと。ヒロシマ・ナガサキの被爆の犠牲のもとに「内部被曝の研究」が蓄積・進化したように、放射能汚染の犠牲と向き合って、フクシマから土地の浄化技術・代替エネルギー技術の発信をしていく姿勢が希望となると、そう確信しているようです。それが自立した福島県人の矜持なのでしょう。国頼みではなく、自力で展望は拓く心意気です。

 海外メディアもいろいろですが、こんな記事もあります、「福島原発事故による死者は今後100万人以上、と英紙インディペンデント電子版29日(現地時間)報道」、と韓国メディアが伝えました。根拠の薄い記事も記事ですが、それをまた記事にするスタンスも底が浅いですね(http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0901&f=national_0901_034.shtml)。外国のメディアも玉石混交です、しっかり見極めなければなりません。   

 もう一つ、私へのメーリングの中、地元福島で取材する農業系記者の方から、7月に日本各地で講演や記者会見を行ったECRR(欧州放射線リスク委員会)議長のクリス・バズビー氏の論文の邦訳です。前述の英紙インディペンデントが言う100万人というのは、この論文の5倍の数字です。講演の動画はこちらです(http://iwakamiyasumi.com/archives/11569)。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~以下 引用 

『福島の破局的事故の健康影響 欧州放射線リスク委員会(ERCC)のリスクモデルに基づいた解析第一報 』

 以下、この論文の「結論と勧告」を抜粋します。

 ECRRリスクモデルにより福島事故の100キロ圏の住民300万人に対する健康影響を検討した。100キロ圏内に1年居住を続けることにより、今後10年間で10万人、50年間でおよそ20万人がガンを超過発病すると予測された。直ちに避難を行うことでこの数字は大きく減少するだろう。100キロ圏と200キロ圏の間に居住する700万人から、今後10年間で10万人、50年間で22万人が超過発ガンすると予測された。これらの予測値は、ECRRリスクモデルおよびチェルノブイリ事故後のスウェーデンでの発ガンリスクに関する疫学調査に基づいて算定されたものである。

 余談ですが、いまドイツのテレビ局が福島の農家を取材した映像がネットを飛び交っています。福島で有機農業で頑張っている人たちが、この映像のおかげで断りが増えていると嘆いています。30日に三里塚百姓を軸に北総台地の有機農業の百姓衆が数十人集まり、東電成田支社に出向いて交渉し、ぼくも参加しました。

 千葉でも有機農業の産直は3割から4割売り上げが落ちています。三里塚有機農業は国家権力との激しい闘いの中で生まれ、もう40年近い歴史があります。ある古い有機農業の生産者が、会員の消費者(もう10年以上)から「表土を30センチは剥げばいい。剥いでいるのか」と詰問されたと言っていました。30センチの表土作ってきた代々農民の汗と苦労への思いはどこにもないようです。三里塚には、新規就農の若い世代も多くいます。夫婦で頑張っているある人は、消費者からまるで自分たちに責任があるように言われる、と嘆いていました。

 ぼくはいま仲間と福島の高齢農村女性グループと組んで、崩壊した小さな生産・直売・加工を取り戻す取り組みをやっています。こう書くと必ず、都会の運動家から「そんなことをして避難しなければならない人をモルモットにするのか、政府の手先か」という声が来るのは承知しています。しかし、福島で暮らし、耕し続けようとしている人に寄り添わない運動はぼくにはあり得ない。

  このドイツの映像では「これでは食べのものではない、まるで放射性廃棄物だ」という字幕が入っていました。ぼくは百姓ではないですが、自分で作ったものをこう言われた百姓の気持ちはどうなんでしょう。

 生きかわり死にかわりして打つ田かな:http://www.sunfield.ne.jp/~shihou/kijyo/kijo1.htm

ぼくの好きな村上鬼城の句です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~K.O.  引用 おわり

 

 日本人同士での不信感、自分本位な都会の消費者の意識、あの福島の原発は誰のための電気を作っていたのでしょうか、今を生きる日本人が試されている、そんな気がします。リスクを定量化して継続的に公開していく努力等、原発事故被災地の農地で、今後、農業をするべきかどうか、どうすることが本当に現地の方々の将来を拓くことになるのか、メディアも含めて、そろそろ真剣に議論する時期ではないでしょうか。

 エネルギー分野では、こんな新しい取り組み、「みんなのエネルギー・環境会議:http://www.meec.jp/」がスタートしています。ただ、ワイワイの「大騒ぎ」ではなく、これだけの犠牲に報いる将来につながる「プラン」を提起したいものです。

十勝・個性派のチャレンジ!!

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comment: 1

  「アースカフェ・プロジェクト:http://earth-cafe.jp/」を主宰する、(株)リープス(http://www.facebook.com/Leaps.inc)・鈴木善人社長のお誘いがあって、帯広一泊の「アースカフェ・スペシャル(?)」に参加しました。

 まずは、十勝清水の高台から豪快に十勝平野を一望、感動のパノラマでした。遥か地平線に目をやり、それから近くを見るとたくさんの乳牛が豆粒のようですが放牧されています。こんな広い空は、昨年3月の南アフリカ・ケープタウン以来でしょうか(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3570)。

十勝清水の展望台から帯広方面を望む

十勝清水の展望台から帯広方面・地平線を望む

酪農王国:牧草を食む乳牛

酪農王国:牧草を食む乳牛

 そこから東京の「北城塾」ご一行様と待ち合わせ予定場所、清水町の「十勝千年の森(Millennium Forest):http://www.tmf.jp/about.phpに移動しました。北城塾については、塾のキーマン・Maxさんのブログから拝借します(http://ameblo.jp/max24da/entry-10806568893.html)。

 この「北城塾」塾長の北城恪太郎さんは、現在、日本アイ・ビー・エム(株)最高顧問で、経済同友会・前代表幹事、私はIBM常務時代からご指導を頂いていて、経済同友会のフォーラム等でもお世話になっていました。「イノベーション」に関する企業経営者としての見識で、北城さん以上の方にお会いしたことがありません。

 今回、帯広ご出身の柏尾哲哉(http://www.tokachi.co.jp/feature/200910/20091027-0003148.phphttp://ja-jp.facebook.com/people/Tetsuya-Kashio/100002375492392)さんから鈴木社長に連絡があり、私も一部このプログラムに参加することになりました。メンバーの方々とご挨拶しましたが、皆さんお若く、第一線のビジネスパーソン、吸収力豊かで前向きな雰囲気が素晴らしかったですね。

 訪問先も実に個性的で「濃厚!」な方々ばかり、自らリスクを取って果敢に挑んでいる、そんな姿に感動しました。まずは、「中藪農園:http://nakayabu.com/?page_id=8」の中藪(なかやぶ)俊秀社長です。ジャガイモの品種へのこだわりと挑戦に気迫を感じました。

「中藪農園」のカボチャ畑で

「中藪農園」のカボチャ畑で

  次は、「北海道ホープランド:http://www.hopeland.jp/」の妹尾(せのお)英美社長、河川敷を活用しての「放牧豚」、「えぞ豚」の商標も登録に挑戦中とのこと。あの年齢(失礼!)で、湧き出るようなアイディアとヴェトナム・モルドバの海外展開等の実践力、源泉は何なんでしょうか、ただただ圧倒されるバイタリティです。

ホープランド・放牧豚

北海道ホープランド・えぞ豚(放牧豚)

 北城塾長から国の農業政策に対しても意見を求められていましたが、お二人とも明解なコメントで、これまでのご自分の実践に基づき、国際社会の中での自らの農業の立ち位置をしっかり認識されていました。土地の特性によって多様な日本の農業の現実に対して、一律な国レベルの政策ということ自体にすでに無理がある、そんな感じもしました。「十勝農業」と言っても多様であることに留意しなければなりません。これが「農業支援」とか「あるべき日本の農業」とか、軽率な現状認識に基づいて政策を決めては間違えますね。エネルギーも全く同じですが、食、それを支える農業のあり方について、もっともっと幅広い「生活者」の議論が必要なのだと思います、消費者とか素人とか言わないでですね、自分たちの問題ですから。

 その他に、たくさんの気づき、話題がありましたが、映像の説得力にはかないません、鈴木善人社長撮影のフォトアルバムに代えさせてもらいます。https://picasaweb.google.com/leaps.inc/WlIfgF?authuser=0&authkey=Gv1sRgCJ2q2cqP5Ov3ZA&feat=directlink

 突き抜けるような、いっぱいの青空と地平線を目の当たりにして、体の中を清流が通り抜けていく、久しぶりの透明感です!

札幌演劇シーズン2012-冬

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 2

 「札幌演劇シーズン2012―冬:http://s-e-season.com/」と銘打って、まずは来年1月28日(土)から2月25日(土)までの1カ月間、札幌に演劇シーズンを創ろうと、、二つの専属プロ劇団がレパートリー作品を再演します。先日、その記者会見が和やかに開催されました、いずれ欧米のように、冬3カ月、夏3カ月の半年間にしていきたいという意欲も感じましたね。この辺の経過は、北海道演劇財団(http://www.h-paf.ne.jp/)・平田修二専務理事が、こちらで詳細を語っています(http://theaterkino.net/wp/?p=1726)。

 劇団イナダ組(http://www.inadagumi.net/)・イナダさん、劇団TPS(http://www.h-paf.ne.jp/tps/tps.html)・齊藤歩さん、そして、今立ち上がっていて私も呼びかけ人の「演劇による創造都市札幌実現プロジェクト:http://s-e-season.com/about-project/」の代表幹事・蔵隆司さんが壇上に並んでの会見でした。まずは来年の冬・夏の1ヵ月間、毎日レパートリー作品の上演をしていく所から始まります。

記者会見で抱負を語る演出・役者の皆さん

記者会見で抱負を語る演出・役者の皆さん

  今年3月、劇団TPSが「レパートリーシアター:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7983」を行いました。途中、大震災が起こりましたが、こんな時期であるがゆえに舞台の力で皆さんを力づけようと、公演を続けました、素晴らしい判断だったと思います。今回、この大成功も踏まえて、札幌のマチづくりの軸としての多彩な「芸術・文化」を皆で育て・楽しもう、そんな進化を感じます。

 すでに名のある役者・芝居をただ観るのも結構でしょうが、手身近な惣菜を買ってくるように芝居を観て終りで「消費する」のではなく、役者を目指す若い連中、或いは芝居で生きていこうと決めている人たちが、この札幌のマチから続々と輩出される、そのような人たちを劇場に足を運ぶことで育て、勇気づけるみたいな、少々おこがましいですが、こんな風土が北海道にはあると思うし、期待したいですね。

 テレビ・映画・舞台を観ながら、「あの役者、若い頃はこの劇場で一生懸命だったね」とか、辛口の批評も大歓迎、役者・演出家とともに育つファンは魅力的だとは思いませんか!

いいね!さっぽろ給食リサイクル

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 第19回「生ごみリサイクル交流会2011:http://www.taihika-kyokai.or.jp/kouryu/19th/19th.htm」が、東京の早稲田大学で開催されました。昨年、一昨年も参加しました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%81%9F%E3%81%84%E8%82%A5%E5%8C%96%E5%8D%94%E4%BC%9A)。

 今年の全体会・事例報告では、集まった500名を前に、「さっぽろ学校給食フードリサイクル・・・学校、行政、地域、農家の輪をつくる:http://www.city.sapporo.jp/kyoiku/top/kyushoku/recycle/recycle.html」として、札幌市教育委員会栄養担当 係長 田村 理都子 さん、元札幌大学 教授 綱島 不二雄 さんのお二人から実践発表がありました。札幌市民の一人として、当日会場で大変誇りに感じました!

早稲田大学国際会議場で発表する田村さんと綱島先生

早稲田大学国際会議場で発表する田村さんと綱島先生

  当日配布のパンフには、~~~~~~~

 「○○ちゃん、作り方よく知ってるね」「給食おいしいね」。こどもたちだけでなく、先生方の職員室での会話もはずむ。フードリサイクルは、2006年4月、モデル校2校でのスタート。2011年は95校が参加。きっかけは、2005年8月の調理員講習会「地産地消にもう一品加える学校給食」である。フードリサイクルの大切さを教育委員会が重視。関係する環境局、農政局との合議をすすめ、4ヵ月で次年度開始にこぎつけた。実践校では、保護者も大ハッスル。年2回の「連絡会議」は、企業、農協、給食会、学校長、栄養教諭、調理員、市役所(環境・農政・教育)がメンバーである。さらに大きな輪をめざす。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~とあります。

 なかなか縦割り組織の中で難しい取り組みだったとは思うのですが、綱島不二雄先生のリーダーシップと田村 理都子さんの実践力・説得力で、素晴らしい実践の成果を挙げられました。以下、お二人の報告からいくつかキーワードを。

* 美味しく、楽しく、「リサイクル」

* 生ゴミ燃やすな!行政は情熱燃やせ!!

* 「リサイクル」は、「人の輪」であり、それは子どもたちに「社会を見せる」効果となる

* 「リサイクル」に学校教育が入ってくると新たな質的レベルアップとなる:授業科目に展開、すなわちカリキュラムに組み入れること、体験活動から考える場面を創り出し、それが次の体験活動のレベルを上げる好循環

* 「もったいない」、「ありがとう」の言葉の持つ意味を実感として理解出来る

* 学校・家庭・地域の協力体制が生まれる

 以前、綱島先生が札幌にいらっしゃった時に、私はこの取り組みを伺っていました。昔、山形県鶴岡市で綱島先生が取り組んだ学校給食での実践に裏付けられた、本当に素晴らしい活動です。当日、大変控えめに語られていましたが、開会前、会場入口で先生と個別にお会いしてのお話では、現在、仙台で宮城県復興会議の市民代表として率先して行動されているとのことでした。いつも変わらずに、優しく市民・子どもたちを見つめる姿に感動します。

 一つだけ残念だったのは、札幌市内には、民間企業、市民活動として幾つかの「生ゴミリサイクル」を実践している方々がいるのを承知していますが、この事例は「札幌市関係団体」で完結していて、今後はもっと多様な活動者の参画も取り込めば、さらに進化したリサイクルに発展すると思います。

 しかし、190万都市の札幌で、短期間にこのような実践を行うことが出来たのは、今後ほかの新しい取り組み、たとえば「代替エネルギーの検討・導入」、「冬の除雪体制」等にも、きっと良い波及効果を生み出すと思います。今、任にある方が出来ない理由を挙げつらうのではなく、まず意識を変えてやる気になる、そしてネットワーク形成をしてやって見る、そして結果を検証する、「やれば出来る!」、そんな市民力に期待したいですね。

「2025年の病院のあり方」提言!

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comment: 1

 毎月、第三木曜日の早朝に、民間病院の理事長・院長が集まる勉強会「木朝会http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%9C%A8%E6%9C%9D%E4%BC%9A」、今月は特別夜間例会として先日開催されました。テーマは、「2025年の日本を想定した病院のあり方に関する報告書:http://www.ajha.or.jp/voice/pdf/arikata/2011_arikata.pdf」について、全日本病院協会(全日病:http://www.ajha.or.jp/)常任理事で、禎心会(http://www.teishinkai.jp/)理事長・徳田禎久先生のご報告でした。

全日病常務理事・徳田禎久先生

全日病常務理事・徳田禎久先生

  この札幌の勉強会から、現在の全日病会長・西澤寛俊先生、常任理事・徳田禎久先生が大活躍されています。更にさかのぼると、診療報酬を議論する最も重要な機関、中央社会保険医療協議会(中医協:http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000008ffd.html)の委員として、竹内實先生が7年半も奮闘されて、現在は西澤先生が委員として活動されています。この木朝会は20数年前の設立時、竹内先生と私でアイディアを出し合い、札幌パークホテルを会場として始まり、メンバーはかなり変わりましたが今も続いています。先日の夜間例会には、竹内・西澤先生も講師の徳田先生とともにご出席でした。今、思い出してみても、日本の医療制度への積極的提言活動に燃えた素晴らしい日々でした。間違いなく、北海道の医療経営者が政策をリードしてきました、「地域一般病床」はじめ、政策に盛り込まれた項目もこの間かなりに及んでいます。

 詳細は省きますが、今回の報告書は、昨年4月に西澤会長から次のような指示があったそうです、「高齢社会がピークに達する2025年の日本における医療介護提供のあり方を検討し報告すること」と。そして、既刊の報告者や直近の医療情勢にとらわれず、1)社会構造の変化や経済の将来見通し等も踏まえた現実的な対応<現実的シナリオ>、2)これまで追求してきた理想的な医療介護提供のあり方を再検討<理想的シナリオ>です。

 先日、徳田先生もお話されていました、政治の混迷、暗い経済見通し等の中で、将来予測することは大変難しい時期ではありましたが、「医療基本法」制定に向けた整備作業、「産業としての医療」等に対して、果敢に提言しようとする姿勢は、ささやかながら共に議論してきた者として「誇り」に感じています。

 思い起こせば、今でこそ定着した「介護保険」も、導入に向けた事前議論・実験的試み等、かなりの活動がこの北海道をフィールドに、医療関係者の献身的な努力でなされたことも、私たちはしっかり記憶に留めて置くことが大切です。これまで培った医療提供体制基盤を、過疎化とか少子高齢化と言って、簡単に統合したり廃止したりするのは、あまりに知恵がないですね。

 今、北海道の将来を担う人々を支える「健康・医療」を、しっかり議論し実践していきたいものです、せっかく素晴らしい先生方がいらっしゃるのですから。

「当たり前」の光景が素晴らしい・・・

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 月1回の異業種交流会が終わっての帰り路、道庁前庭沿いをゆっくり歩いていると、池のほとりで数組の家族がのんびりと過ごしていました。お父さんに手をひかれて歩く男の子、おばあちゃんとお母さんと一緒の女の子、私は勝手にそう決めつけてカメラを向けました。

道庁中庭では、小さな子供たちが

道庁中庭では、小さな子供たちが

  今から7年前でしたね、札幌を猛烈な台風が襲い、市内でも風速50メートルを越えた時(http://www.rinya.maff.go.jp/hokkaido/news/taihu18_2004.html)、この道庁の大木も倒れ、道を一時塞ぎました。ある意味ではどこにでもある、ただの昼下がりの光景ですが、それがたまらなく幸せに見えるから不思議です。

 一方、家の庭には、今年も花が咲きました。窮屈な地面から、精一杯花弁を拡げて咲いている、何とも愛おしい姿です。

今年もまた咲きました

今年もまた咲きました

 冷やしたスイカと贈って頂いたナシ(幸水)を食べながら、今年の濃密な夏を振り返るひと時、そんな「当たり前」の時に感謝です。

ビハール号事件(4)

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 昨日の東京は、昼前に猛烈な豪雨と雷、東京駅丸の内地下街への入り口の階段は、まるで滝のように水が勢いよく流れ落ちていました。そして、今日の午前中の札幌、突然空が暗くなり、同じように雷鳴とどしゃ降りの雨です、今はもうすっかりあがって日差しも出ています。気温も空の様子も、急に、秋の気配です。

 「鎮魂」という言葉が、今年のお盆は特に重たいですね、3月の震災の影響か、先日の北海道新聞5回連載記事の余韻かは判りませんが・・・・。この1週間、たくさんの方々とメールのやり取り他、ご意見・ご感想をお寄せ頂き、いつもとはひと味もふた味も違った終戦記念日前後でした、幾つかご紹介致します。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

<私の叔母から>

記事を繰り返し重い心で読みました。表現できないことが多いですが私だけの感想を簡単にのべてみます。

* ハンガリーとの違い:ハンガリーは戦時中、自国をロシアに蹂躙され、それに応戦するドイツにも国をことごとく破壊されました。したがって国民は国を守る為に戦ったので、敗れても、ひどい目にあったがベストを尽くしたと思っています。ナンドールも故郷が戦場で戦いました。
* 最近テレビドラマで時々戦中、戦後の物語が放映されますが、私(80歳)共の世代から見ると 悲惨な、苦しいことばかり強調されて、クラスメート皆で「楽しいこと、美しいこともいっぱいあったのにねー」と、何か別の世界が映されている感じです。人間として偉い、尊敬する軍人も民間人も多かったです。宏お義兄さんの白い制服に短剣を帯びて、もの静かに歩く姿も神々しい感じでした。今そんな大人が何人いるでしょうか。この頃、民主主義に疑問を持つことが多いです。独裁者は嫌ですが、選挙のシステムなど根本的に考える必要があるように思います。

<永年の友人宛のメールから>

うちのオヤジも満州に行った陸軍二等兵ですが、通信部隊だったそうですが、やはり詳しいことは口をつぐんでいましたが、戦友とは最後まで仲が良かったのと、国(政府)というか権威というものを全く信じなかったことがとても印象に残っています。私の喉に刺さるが如くの小骨だらけの反骨精神もこのへんのオヤジの影響かも知れません。

ビハール号事件は明治の軍隊ではあり得ない事件だと思います。組織も人間も簡単に劣化していくことを無残でかつみじめな形で表した事件だと思いますが、劣化は当然他人事でも昔の話でもありませんので、まさに教訓の宝庫なのでしょう。

事件の主役となった重巡「利根」は、砲弾が散らばらないように艦首部に主砲4基を集中した珍しい艦ですが、被告の黛治夫艦長は、砲撃の理論家でも有名でもあったのでこの記事を読んで驚きました。そんなことがあったのか、です。

海軍はその性格上技術屋の集団(艦という機械と電気で出来た動く設備・装置に乗っかった軍隊)ですので、観念的なことは嫌ったはずですが、理論・理屈でははったりには対抗できず、あちこちに青年将校という名の無責任なはったり屋がはこびりだしてこういうことになっていったのだと思います。本来の責任は戦隊以下の現場(現地部隊)ではなく、艦隊司令部とか連合艦隊司令部などの上級司令部でしょうね。記事では軍令部とありますが、キーマンは艦隊司令長官でしょう、南西方面艦隊の高須中将ですね。

陸軍では有名なビルマの山岳地帯を舞台にしたインパール作戦があります。この作戦は軍事理論無視の無茶苦茶で有名ですが、この話も知れば知るほど怒りがこみ上げてきます。担当した軍司令部とその上の方面軍や南方総軍司令部の現地部隊への無理難題が、多くの将兵を死に追いやった他、作戦を担当した4師団の師団長が命令違反で全員解任されるという、陸軍史上始まって以来の事態を引き起こしました。

こういう陸海軍共通した話は、現代の企業戦士の自殺や過労死に通じる話ではないか、と思っています。その意味ではその昔あった話ではないのですね。われわれには被害、加害を問わず、これらの事件と同じ体質を持っているということだと思います。

<私から知人Aへ>

記事の余韻はまだ続きます。昨日は財団事務所に市内の方から電話を頂き、お父様の介護の時に、秋山愛生舘の関係する方にお世話になり、そのお礼を言いたかったと。また、数日前にはやはりお電話で、お父様が「利根」の乗組員だったそうで、ビハール号事件の時に乗っていたかどうかを確認出来ないかというお問い合わせでした。東京・目黒の防衛研究所・図書館閲覧室をご紹介しました。

<私から知人Bへ>

先日、実は戦史に詳しい方とお話をしました。彼の言では、イギリスの戦犯裁判とアメリカの戦犯裁判とでは、随分その処分が違っていると。アメリカの場合は、「怨念」がかなり強く、捕虜3人の殺害事件に対して、戦犯7人の絞首刑とかもかなりあったそうです。ビハール号事件では、65名の捕虜殺害に対して、幹部とは言え1名の絞首刑、1名の実刑7年判決というのは異例の「軽さ」であり、これは英国の日本海軍への敬いとか歴史の尊重とかと考えることが出来るのでは、という見解でした。手を下した人々が一人も裁かれていないというのも、犠牲になったお二人の「武士道精神」を英国が根底では受けとめたのでは、と。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~引用おわり

 一昨日でしたか、NHK・BSプレミアム(http://www.nhk.or.jp/shogen/)で「シベリア抑留」についての番組がありました。内容は、「戦後、57万を超える日本人が強制労働を強いられた『シベリア抑留』。過酷な収容所の日々、そして戦後日本での苦難。激動の歳月を、人々はどのように生き抜いたのか?」です。

 番組HPには、「過酷な労働を強いられ、少なくとも5万5000人以上が命を落としたとされる『シベリア抑留』。苛(か)烈な生存状況を激化させた日本軍組織の矛盾。スターリン体制のもとで行われた旧ソ連の徹底した思想教育。新たな苦難を余儀なくされた冷戦下の戦後日本。60年を超える激動の日々を、人々はどのように生き抜いたのか? 今も、深いかっとうを抱え続ける元抑留者たち。肉声で語るシベリア抑留の記録。」とありました。日本軍の中での葛藤、帰国後の苦難等、見応えがありました。

 それぞれの戦争体験、それぞれの想い、いずれも実に重たい話です、特にこの2011年は。鎮魂の8月は続きます。

お盆、千葉県館山市では

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comment: 1

 千葉県館山市(http://www2.city.tateyama.chiba.jp/Guide/?tpcid=44&stoid=19961)は、夏は海水浴客で賑わいますが、お盆を過ぎて、夏休みの皆さんも峠を越した感じです。

海岸も海水浴の峠は越えて

静かな館山市鏡ヶ浦方面を望む

 国の律令体制の下、安房(あわの)国は国分寺も置かれ、館山が政治・経済・文化の中心となりました。源頼朝が鎌倉幕府を開き、諸豪族が鎌倉の影響を強く受けて支配していたとされています。戦国時代に入り、里見氏が豪族を支配し始め、戦国大名として成長を遂げ、江戸に幕府が置かれた後も、外様大名として安房を中心に勢力を維持します。やがて幕府によって山陰地方に移されるまで、10代170年にわたって房総を統治しました。

城山公園の館山城(復元)

城山公園の館山城(復元)

 私にとって、館山の海と言うとヘリコプターが必ず思い出されます。今日も、館山市内鏡ヶ浦沖の海ではどこの部隊か、ヘリコプターの着艦訓練が繰り返し行われていました。

沖ではヘリコプターの着艦訓練

沖ではヘリコプターの着艦訓練

 そして、いつものことながら、海上自衛隊館山航空基地では、ヘリコプター訓練が朝から夕方まで行われています。平成20年3月から改編されて、正式には、海上自衛隊第21航空群(http://www.mod.go.jp/msdf/tateyama/)というようです。

<第21航空群部隊改編:HPより>
第101航空隊、第121航空隊、第123航空隊廃止
第21航空隊(館山)新編
第73航空隊(硫黄島航空分遣隊、大湊航空分遣隊)新編
隷下に編入( UH-60J型 ヘリコプター配属)
舞鶴航空基地隊、第123航空分遣隊、第2整備補給分遣隊廃止
第23航空隊(舞鶴)新編
大湊航空隊廃止、第25航空隊(大湊)新編

海上自衛隊館山航空隊で、ヘリコプター訓練

館山市宮城の基地でヘリコプター訓練

 時の経過とともに、マチの様子も変わっていくのでしょうね、暑い日が続く館山です。

始動する「福島原発行動隊:SVCF」

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 3

 4月に、福島での原発事故に対して60歳以上の技術者たちがいち早く立ち上がった「福島原発 暴発阻止行動 プロジェクト」が話題になりました。後に「福島原発行動隊:http://bouhatsusoshi.jp/http://www.facebook.com/bouhatsusoshi」との正式名称で、一般社団法人格も取得し、現在行動隊メンバーは500名を越え、賛同人も1500名くらいになっています。私は専門技術は何もないのですが、その志に感じるところがあり、設立直後に早速志願・登録し、先日、第8回目の参議院・院内集会に初めて参加しました。

* SVCF:Skilled Veterans Corps for Fukushima (三つ目の単語、「コープス」ではなく「コー」と発音)

ロゴも決定

ロゴも決定

 この活動趣旨等は、代表の山田恭暉さんの記者会見で詳細説明されています(http://www.ustream.tv/recorded/16534418)。設立当初から海外メディアの取材も多く、(http://www.csmonitor.com/World/Asia-Pacific/2011/0803/Fukushima-s-nuclear-cauldron-Retirees-who-want-to-go-in)、死を覚悟した「カミカゼ」行動隊かといったセンセーショナルな質問もあったとか。

 先日の集会でも、応援メッセージとして、「必ず無事帰ってきて下さい!」みたいな言葉も多く、何か鉢巻を締めた隊員のイメージで違和感が私にはありましたが・・・・。今は、一時の感情でも、思いつめた危機感でもなく、冷静に落ち着いた対処が大切だと思うのです。

 このプロジェクトの一番のポイントは、参加呼びかけの終り部分、「・・・・身体面でも生活の面でも最も放射能被曝の害が少なくて済み、しかもこれまで能力を蓄積してきた退役者たちが力を振り絞って、若い世代の被曝を少しでも減少するよう力を出しましょう。まず、私たち自身が、この仕事を担う意思のあることを表明します。・・・・」でしょうね。現在、長期の活動を視野に入れたち密な作業体制構築に向けた基盤づくりの最中です。しかしながら東京電力は、そんな私たちの思いを歓迎はしないのかもしれません。

 山田さんの記者会見でもメディアの方から報告がありましたが、地元の大学が、線量測定・ガレキ撤去等の作業に学生を担わせる計画をしているとか、とんでもありませんね、今の福島原発は教育の場以前の話だと思います。これから数十年、放射能事故の後始末を通して、技術の蓄積と、ヒロシマ・ナガサキに次いで、「フクシマ」を放射能の危険性を後世に伝えるモニュメントとしなければなりません。さらに、この危機を乗り越えた地元福島県民、日本国民の姿を世界に示したいものです。福島・日本だけの問題ではなく、国際社会、そして未来のいのちへの責任だと思います。

ビハール号事件(3)

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 今朝で、北海道新聞朝刊・5回連載「父が見た海~戦後66年 ビハール号事件を追う」が終わりました。

201188-12e98193e696b0e38393e3838fe383bce383abe789b9e99b86efbc88e7b78fefbc89

 連載前は、取材によって新たな事実をたくさん知り、「これで一件落着」みたいな気になるかと思いましたが、今、正直言って、まだまだ検証途中という感じですね。「捕虜殺害」には、必ずその遺族が居るはずで、何人かは今回の場合、イギリスで今も暮らしているはずです。それと、香港での戦犯裁判の記録は、切り取られることなく、イギリス本国にアーカイブスとしてしっかり保存されているのは間違いないでしょう。この事件をさらに追い掛ける道筋は見えていますので、今後時間をつくって実現できればと思います。裁判記録の検索は、裁判上の専門用語が必要なのかも知れません。確かにあることは分かっていても、検索する用語が少し違っているとヒットして来ない場合もあるのでしょう、研究の余地ありです。

 限られたスペースでメッセージを伝えるために、無駄な修飾をそぎ落とし、コンパクトな言葉に思いを込める、そんな記者の努力を垣間見た気もします。たとえば記事の中、初日の中盤、「むさぼるように読んだ」には、私自身の本に対する思いが込められていましたし、2日目の後半部、「現場は口達指令の呪縛に追い詰められていく」のフレーズは、現場で増大する緊迫感が伝わってきます。さらに4日目の中盤、「法廷の論点は、被告人2人のどちらに責任があるかに矮小化された」は、経過を説明するとかなりの字数を必要とする事実を、実に端的に状況を言い当ててると思いました。

 今朝の記事は、最も緊張しましたね、試験の発表を待っている心境とでも言いましょうか。記者が一連の私との話でどう受けとめたのか、その結果が明らかになる感じでした。最後の表現は、まだまだこれからも検証は続く、「旅の途中」と言い渡された気がします。

 3・11以降に、特に原発事故に関わりのある組織で、今、「無責任の体系」が蔓延っています。結局、現場に全てを任せて(押しつけて)、第一義的責任を負う立場の人間達が逃げようとしている、今朝の報道で3つの中央官庁のトップが、「更迭」と報道されながら割増退職金を得る処遇となっているというのも、納税者としては許し難い話です。責任の取り方・取らせ方、戦前と何も変わっていません、出す方も出す方、貰う方も貰う方です、そしてそれを許してしまうメディアと国民も。これからも私たちは自立する市民として、油断せずに国政に携わる人々を「監視して」いかなければなりません、犠牲になったこれまでの命に申し開きができません。

 繰り返しになりますが、今回の連載、初日から私へのメール・電話・直接のお話等、大変な反響でした。一般的な読者のご感想は今後分かるのでしょうが、メディアの威力というか影響力というか、まざまざと実感しました。北海道新聞デスク・お二人の記者のご尽力に、心から感謝申し上げます、そして昨年、最初にこの事件を伝えてくれた小樽在住の渡辺大助さん(http://www.amazon.co.jp/%E6%B8%A1%E8%BE%BA-%E5%A4%A7%E5%8A%A9/e/B004LUT7F4)、読んで頂いた読者の皆さまに御礼申し上げます。

ビハール号事件(2)

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comment: 1

 昨年10月9日にこの欄で、「ビハール号事件:Behar case」について書いて以来(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5921)、しばらくの間沈黙の日々が続いていましたが、2011年8月8日から、終戦特集の一つとして、北海道新聞・第一社会面に5日続けて詳細載っています。「父が見た海~戦後66年 ビハール号事件を追う~」です。海軍兵学校66期卒の父、戦後66年を経て、60歳の還暦を迎えた私が、3・11以降、覚悟を決めました。

 初日以来、想像を上回る反応に、ただただ驚いています。会う人会う人、秋山財団事務所の近くを通る方も、職員に向かって、「ここの財団の理事長でしょ」とか、声を掛けて頂いているようです。約1ヶ月半の取材、北海道新聞の二人の記者の方々には、本当に寄り添っての取材活動、的確な質問、取材相手への敬意、何とも感謝の言葉も無い程の感動です。扱っている話題はとても重たいものにも関わらず、「今・ここ」で世に問いかけなければというジャーナリスト魂を感じました。同時に、「メディアの力」を目の当たりにした数日間です。

 一昨年来、私はメディアに対して、場当たり的な垂れ流し報道ではなく、時間軸のしっかりした調査・検証報道の必要性を指摘していたつもりです。昨年仰せつかった1年間の北海道新聞・新聞評でも、一貫してそれに言及しました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%96%B0%E8%81%9E%E8%A9%95)。今回、まさにそれを実践する機会を与えて頂いた、そんな気がここまでの中でしています。キーマンお二人と直接面談でき、長時間のお話を伺いましたし、保阪正康さんとの意見交換では、トータルの戦争における「軍隊」の行動パターン、1000人以上の戦場体験者との面談に裏付けられた心理等、短期間で一気に情報の質も量も深化致しました。とても私一人では出来なかったことばかりです。このテーマに向き合う記者・報道部次長の誠意あふれる姿勢に、心から感謝申し上げます。

 明後日の最終回を終えて、再度この欄で書き留めたいと思います。今月から、この「秋山孝二の部屋」へのご意見を受け付けることにしました、ブログ開始3年弱を経て、初めて解禁致しました。スパムほかイレギュラーなメール以外は、基本的に掲載したいと思っています。一覧の画面から、「該当日のタイトル」をクリックするとコメントの受・送信画面が出て、ご覧頂けます。

初めてでした、「アンドロイド演劇」

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 財団法人・北海道文化財団(http://haf.jp/)のアートゼミ事業として、「アンドロイド演劇『さようなら』&『トークセッション』」が札幌で開催されました。プログラム最初はアンドロイド演劇「さようなら」の上演、次にトークセッションで、青年団主宰・平田オリザさん(http://www.seinendan.org/jpn/seinendan/about/index.html)、大阪大学教授・石黒浩さん(http://top.irl.sys.es.osaka-u.ac.jp/)、そして北海道大学教授・小野哲雄さん(http://chaosweb.complex.eng.hokudai.ac.jp/~tono/)でした。

舞台上の瞬きするロボット&トークセッション

舞台上の瞬きするロボット、どちらがアンドロイド?

 開演前、暗い舞台に座る女性、時々微妙に動きはするものの、「アレがロボット:http://www.youtube.com/watch?v=bwOAnc1SANcかな?」とささやく声も聞こえていました。この所、話題の演劇で、「平田オリザ+石黒浩研究室のロボット演劇・最新作!」、 「死を目前にした人間に、ただ詩を読み続けるアンドロイドと、一人の少女の物語」ほか、いろいろ紹介されています。

http://stage.corich.jp/stage_detail.php?stage_id=24153

http://www.seinendan.org/jpn/info/2011/06/iworker_geminoidF/

http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20101004/E1286123616031.html

 ~~~~「現代口語演劇理論」に基づき、ち密な劇世界を織り上げる演劇界の旗手・平田オリザと、自分そっくりに、精密にコピーしたロボット「ジェミノイド:http://robot.watch.impress.co.jp/cda/news/2006/07/21/93.html」で知られるロボット研究の第一人者・石黒浩。世界的に活躍する二人の才能がタッグを組み、大阪大学で進めている「ロボット演劇プロジェクト:http://www.robo-labo.jp/modules/d3blog3/details.php?bid=19」が、北海道・札幌で初上演となります。~~~~~チラシも話題豊富です。

 

 トークセッションでは、小野先生の進行で、大変面白いやり取りが続きました。

* 演劇との出会いと新しい研究:状況を踏まえたロボットの存在

* サッカーボールを蹴るロボット、それが何なの?という素朴な疑問、感動がなかったこれまでのロボット

* 演劇製作において、ロボットと俳優の差は基本的にはなし!

* 「アンドロイド・サイエンス:http://www.is.sys.es.osaka-u.ac.jp/research/0007/index.ja.html」は人間を理解すること、「人間とは何か」がテーマである

 

 正直、事前にチラシを読んでみてもどんな演劇か良く理解していなかったのです。ただ、20分と短い芝居という程度で。会場は若い方々も大変多く、満席でした。これまでの「ロボット開発」は、確かに状況とは隔絶したオタク的存在という感じ。平田オリザさんがおっしゃるように、「歩くロボット、ボールを蹴るロボット、それで何なのさ」、という素朴な疑問でしたね。

 演劇分野で、今後役者の半分くらいはロボットで十分なのではないか、と不気味な予測をされていた平田オリザさん。演劇における「人間の存在」が、あらためて問われる今後なのでしょうかね。大学の授業をロボットが行って、報酬を得ることが出来るかという提起も面白かったです。自宅からライブ遠隔操作での授業、巨大な人間の形をした携帯電話が教壇に立っていると考えれば、何の違和感もないではないかという石黒先生のお話は、妙に説得力がありました。

 大変新鮮なお話の数々、足を運んだ甲斐がありました、ありがとうございます。

私の札幌の原風景、藻岩山

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 2

 人には、他の人には何の変哲もない景色に、たくさんの想い出と物語が詰まっている場合があります。この角度からの札幌「藻岩山:http://www.welcome.city.sapporo.jp/sites/moiwa」は、私にとっての札幌の原風景です。3年前のこの欄に、こんな書き込みもしました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=35)。

札幌市中央図書館横から藻岩山を望む

札幌市中央図書館横から藻岩山を望む

 私の母校の小学校校歌「明星輝く藻岩の山の、気高き姿を日ごとに仰ぎ・・・」、中学校校歌「藻岩嶺を仰ぐ学び舎、我ら今、ここに集いて・・・」(http://www.youtube.com/watch?v=tczsnF-FqsI)、高校校歌「明日に望む藻岩嶺に、夕べ河畔の豊平に・・・:http://www.tokyorikka.jp/~minami21/kohka/index.html」、全てに登場する「藻岩山」は、私の心のふるさとです。

 札幌の街は、西側に山並みが連なり、南西に藻岩山、南9条通りから西を望むと円山が、南大通から西を望むと大倉山が、北5条通りから西を望むと三角山が、そして遥か北西には手稲山を仰ぎみることができ、景観的にも明治時代の開拓設計者の素晴らしいセンスに感謝したいですね。

 先日、東京からのお客様を、久しぶりに藻岩山観光道路を走って藻岩山頂にご案内しようと思って近くまで言った所、「現在休止中」との看板が掛っていました。山頂の建物のリニューアルで今年12月まで休業とのことでした(http://moiwa.sapporo-dc.co.jp/)。藻岩山頂からの夜景は素晴らしいですね、函館山と世界に誇れる夜景だと思います、香港、長崎なども行きましたが、比較になりません。

 遠くから眺めてもよし、登ってもよし、夜の夜景もよし、こんな素晴らしい山は私のこれまでの人生にはありませんですよ!