「アートV-net」が発進!

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 札幌交響楽団、PMF、演劇、オペラ、彫刻等の作品を応援する各種のボランティア活動団体が一堂に会して、数回の準備会を経て、先日、「ボランティアネットワーク、1回さっぽろアートボランティアフォーラム2014」を開催しました。題して、アートボランティア・ネットワークV-netによって広がるさっぽろです。7月19日から始まり9月28日までの日程で札幌市内各場所で初めて開催されている「札幌国際芸術祭(http://www.sapporo-internationalartfestival.jp/」をきっかけに、このような芸術系ボランティア団体のプラットホーム形成の機運が高まりました。

 私は、「一般社団法人 新渡戸稲造と札幌遠友夜学校を考える会(http://nitobe-enyu.org/」代表理事としてパネリストの一人として登壇しました。

<プログラム> ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

○ アートボランティア・ネットワーク設立報告 西川吉武 (アートボランティア・ネットワーク代表)

○ 基調講演  閔鎭京 (教育大学准教授) 【アートボランティア・ネットワークによって広がるさっぽろ】

○ パネルディスカッション

~パネリスト~

梶井祥子 (大谷大学教授)(社会学、家族社会学)

秋山孝二 (一般社団法人新渡戸稲造と札幌遠友夜学校を考える会会長)

渡辺順子 (NPO法人コンカリーニョ/カリット理事兼カリット担当)

菅江武 (芸術の森野外美術館作品解説ボランティア代表)

西川吉武 (アートボランティア・ネットワーク代表)(札響くらぶ副会長)

○ 来賓ご挨拶

札幌市文化部長 川上佳津仁

札幌市国際芸術祭担当部長小田垣克彦

<参考>

* NPO法人コンカリーニョ http://www.concarino.or.jp/

* 芸術の森野外美術館 http://sapporo-art-museum.jp/

* 札響くらぶ http://sakkyoclub.net/sakkyoclub/


パネルディスカッション

パネルディスカッション:パネラーとして

<パネラーとしての私の骨子> ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

新渡戸稲造先生の足跡~~国際連盟事務次長

*国際知的協力委員会現在の「UNESCO」)創設者

*「オーランド裁定」で領土問題の解決

遠友夜学校は今年開校120周年

* アメリカ人からの遺贈による資金

* ボランティアの発祥

* 年齢、性別、人種、職業の隔てなし

* 「liberal arts」の原点

* 札幌農学校、北大の学生ほか600名以上のボランティア教師

* 在学者は数千名、正式卒業生が1,116名

* 双方の学び合いの場

この跡地(札幌市中央区南4条東4丁目)が刻む歴史的意義

* 地域住民が集い、語らい、議論し、学び、啓発し合える「場」

* 国際交流を促す活動の「場」

* liberal arts (リベラルアーツ)の「原点」

札幌市長はHPで言っています: 札幌国際芸術祭」「創造都市さっぽろ」&「UNESCO メディアアーツ都市」

“文化を軸とした他の加盟都市との新たな交流や、関連事業を通じた人材育成を図り、産業振興など札幌の活性化につなげていきます。”

札幌遠友夜学校 http://nitobe-enyu.org/

この50年間札幌の地で培われた札幌オリジナルの歴史的実践を顧みずして、何が「国際芸術祭」か!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ パネリストとしての骨子 おわり

札幌の各美術館ほか、モエレ沼等でも7月から芸術祭が始まっています。

道立近代美術館でも始まりました

道立近代美術館でも始まりました

 この札幌国際芸術祭(http://www.sapporo-internationalartfestival.jp/」が、幾つかの課題を克服して、3年毎の「トリエンナーレ」として今後も札幌で定着することを期待したいですね。

館山 花火大会 in 2014

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 今年もまた、千葉県館山市北条海岸での花火大会でした。今年の写真、かなり色が悪いのですが、大きな理由として、花火が打ち上げられている時の海から浜へのゆっくりした風向きだと思います。開始後30分位すると、花火の煙が次第に浜辺に近づき、特に水中花火は海面から立ち昇る煙なので、まるで浜を覆う煙幕のような状態で砂浜の観客に押し寄せました、こんなのは初めてでしたね。

2012年――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=14007

2013年――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=17587

日中は海水浴の千葉県館山市北条海岸

日中は海水浴の千葉県館山市北条海岸

夜の花火大会:打ち上げ花火と水中花火のコラボレーション

夜の花火大会:打ち上げ花火と水中花火のコラボレーション

浜辺では

浜辺の特設ステージでは全国学生フラメンコフェスティバル出場の方々の踊りも

 今年も2日後本番の「全国学生フラメンコフェスティバル」出場の皆さんが浜辺の特設ステージで競演でした。背景で打ちあがる花火、遠くの海面で半円を描く水中花火とのコラボレーションは、絵になっていました。

全国大学フラメンコフェスティバル2014>はこちら

* http://www.city.tateyama.chiba.jp/syougaigaku/page100068.html

* http://clip.m-boso.net/event/20th-flamenco-fes2014/

非核のメッセージ 夏 2014

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 今年も8月がやってきました。昨今の日本の情勢を踏まえると、本当に重要な時期だと思います、一連の危険な流れを変えるのに躊躇は許されません。

* 広島平和宣言 http://bit.ly/1stPmiK

* 国連事務総長のメッセージ http://bit.ly/1tViIt1

* NHKスペシャル http://bit.ly/1qWywvp

* 長崎平和宣言 http://www.city.nagasaki.lg.jp/peace/japanese/appeal/

* こみ上げる怒りから http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014081090070715.html

<長崎平和宣言>からの引用~~~~~~~~~~~~~

 いまわが国では、集団的自衛権の議論を機に、「平和国家」としての安全保障のあり方についてさまざまな意見が交わされています。
 長崎は「ノーモア・ナガサキ」とともに、「ノーモア・ウォー」と叫び続けてきました。日本国憲法に込められた「戦争をしない」という誓いは、被爆国日本の原点であるとともに、被爆地長崎の原点でもあります。
 被爆者たちが自らの体験を語ることで伝え続けてきた、その平和の原点がいま揺らいでいるのではないか、という不安と懸念が、急ぐ議論の中で生まれています。日本政府にはこの不安と懸念の声に、真摯に向き合い、耳を傾けることを強く求めます。

 長崎では、若い世代が、核兵器について自分たちで考え、議論し、新しい活動を始めています。大学生たちは海外にネットワークを広げ始めました。高校生たちが国連に届けた核兵器廃絶を求める署名の数は、すでに100万人を超えました。
 その高校生たちの合言葉「ビリョクだけどムリョクじゃない」は、一人ひとりの人々の集まりである市民社会こそがもっとも大きな力の源泉だ、ということを私たちに思い起こさせてくれます。長崎はこれからも市民社会の一員として、仲間を増やし、NGOと連携し、目標を同じくする国々や国連と力を合わせて、核兵器のない世界の実現に向けて行動し続けます。世界の皆さん、次の世代に「核兵器のない世界」を引き継ぎましょう。

~~~~~~~~~~~~~~ 引用 おわり

歴史発見Vol.4 「帝國海軍」

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 「歴史発見」最新号(vol.4)「帝國海軍」特集号は、幅広い視点から日本海軍の姿を浮き彫りにしています。広告を見てすぐに買って読みました、知らなかったことも多く、興味深かったですね、零戦のパイロットが何を食べて操縦していたか等です。

 これまで、この欄に随分日本海軍のことについて書いています。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%B5%B7%E8%BB%8D

特集号の表紙

特集号の表紙

HPからの引用~~~~~~

 好評発売中の「歴史発見」最新号(vol.4)「帝國海軍」特集号では、帝国海軍将兵の日常生活や服装にもスポットを当てています。もともとイギリス海軍の水兵の服だったセーラー服がどのように日本海軍に導入され、さらには女学生の制服として広まったかを図説した「セーラー服物語」、海軍ではどのような弁当が食べられていたのかを実際に再現した写真とともに紹介する「再現!海軍の弁当」。さらには、ちょっとマニアックですが、帝国海軍の戦艦と潜水艦のトイレがどんなものだったのかを、イラストを使って再現した「海軍の厠(かわや)」など、盛りだくさんの内容で、彼らの日常に迫ります!(編集部)

~~~~~~~~ 引用 おわり

当時の海軍省の徴募ポスター

当時の海軍省の徴募ポスター

 読み進んでいくと、兵学校教育のページに、私のブログから写真が引用されていました。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11740

父がの保管品から、兵学校当時の教科書です

父の保管品から、兵学校当時の教科書です

 兵学校の入学試験、それにしてもかなりの難問ですね。掲載してなかった物理、数学の問題も興味深々です。

 
 後半の「帝國海軍をめぐる新説・異説~太平洋戦争で日本が負けないシミュレーション:日本海軍の「回転ドア戦略」は面白かったですね。太平洋ではなくインド洋に注目して、戦略的に輸送路遮断により英国に圧力をかける仮説です。言い換えると、アメリカとの戦いではなく、英国・アメリカ軍との戦いに構図を変えていく戦略です。

 いずれにせよ、新鮮な視点からの海軍分析でした。下記のメッセージも載せておきます。

~~~~~~~~~~~

■ 歴史発見Vol.4 日本人なら知っておきたい帝國海軍(ご注文はこちらから)
http://rekishihakken.net/news/2074.html

~~~~~~~~~~~

あるヨーロッパ人のつぶやき

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 先日、あるヨーロッパの経営者とゆっくり食事をしながらお話をする機会がありました。今の国際金融情勢における日本の位置づけ、2011.3.11以降の日本社会の変化等、歯に衣を着せないというか、明快な表現でのお話は、実に興味深く新鮮でした。

 まずは、いきなり「日本人のほとんどは東日本大震災を忘れ掛けているのでしょうか?」と。来日以来、彼は多くの日本の経営者たちに、「福島原発事故ほか、東北の被災は大変でしたね」と問うと、ほぼ全員が「いやいや、もう大丈夫、日本全体としては何も心配はありませんよ」と言っていたと。「忘れている」と聞かれて、一瞬、私は「ウーん」と返す言葉に詰まりましたが、「それは、日本全体が被災した訳ではない、という意味なのだと思いますが」と、私は苦しい弁明。この辺りは日本人の曖昧な表現が「忘れているのか」との印象に映るのでしょうかね。

 曖昧とか誤解を受けると言えば、「風評被害」という言葉も危険な言葉ですね。福島の変わらぬ現状を語る多くの方々の発言が、「そんなこというと『風評被害』で多くの福島県民、日本国民が迷惑するからやめろ」みたいな論調を目にする時があります、口封じに通じる状態です。

 さらに、彼は原発事故の放射能に対する認識にも容赦ありませんでした。他の外国人からも聞いていましたが、ヨーロッパに住むビジネスマンたちは、会社からも家族からも日本への出張の際には、「長い滞在はしないように」と言われているそうです。そして、成田着の飛行機便では、福島県上空を迂回して着陸するルートを選択的に通っているとか。放射能への恐怖は、チェルノブイリを経験しているだけに、関係当局、国の発する情報への信頼は、かなり薄いのでしょう。自分たちで放射線量を測定するか、さもなくばその地域に近づかないことだと。出張中の日本の滞在ホテルでは、靴のそばに懐中電灯とヨウ素タブレットを置いて寝るようにと会社からの指示が出ているそうです。もちろん会社関係者の命を思っての措置なのでしょうが、そうとばかりは言えないようです、何の注意もしていなかったと会社の責任を後から問われることを回避するためだとも考えられます。

 以前に書きました、確かに3・11以降、会食をする機会が多々ありましたが、食事の付け合わせのシイタケ類はほぼ全員が食べずに残していますし、魚類もみずからはあまりオーダーしていない感じがしますね。日本人に比べて、格段に放射能汚染には敏感な気がします。というより、これが今の日本を見る世界の「常識」なのかも知れません。

 ヨーロッパの経営者の面白いのは、アメリカとの距離感ですね。湾岸戦争時でもいつでも、アメリカの大統領の発言には基本的には批判的ですし、金融政策に対してもきっちりした防衛策で迎え打つ姿勢があります。日本のように、まさに「隷属状態」とは真逆の自立した視点から、多くのことを学ぶことができます。

皮膚から感じる「再生力」

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 何故、急に左手なのか?

 つい10日ほど前に、自分の不注意でポットからの熱湯を左手に浴びました。沸騰してからほんの少し時間が経ってはいたのですが、すぐに流水で冷やし続け、その後仕事中はアイスノンをハンカチで包んでほぼ半日はその状態でした。直接アイスノンだと今度は凍傷になる危険性もありますので。水ぶくれとか心配しましたが、お陰さまでそんな展開も無く、次第に薄皮が捲れ出して、十日後の様子がこれです。

左手の火傷

左手の火傷

 敢えてこんな写真を載せたのは、大変な目にあったと言いたかったのではありません。毎日、時々刻々変化していく手の皮膚の状態が否応なく目に入り、何とも自分の体の再生能力に感動を覚えるのです。日を追うごとに回復するのはもちろんですが、朝と晩、飛行機の中、クーラーの効いている室内、屋外を歩いて汗をかいている時、いずれも表面の皮膚の状態が環境に対応するがごとく微妙に変わるのを、如実に感じている日々です、そう、いじらしいほど対応している。

 私には火傷には忘れ難い思い出があります。小学校5年生の時、理科の実験で試験管の水をアルコールランプで温める実験がありました。木製の試験管バサミで斜めに角度をつけながら、そこまでは教科書通りだったのですが、ゆっくり回転させることもなくじっと熱源の上に置いたままにしていると、1回、2回の沸騰の後に、いわゆる「突沸」で熱湯がドッと試験管から飛び出して、持っていた右手にかかったのです。見ていた先生もびっくりしてすぐに保健室へ行って手当をし、理科室に戻りました。痛みは取れてその後回復はしましたが、その時の火傷の跡は、今も右手の甲にうっすらと少しの「シミ」となって残っています。自分が中学校の理科教諭になり、理科の授業で実験する際に、真っ先に私はいつもこの「突沸」の注意をしていました。

 還暦を過ぎたからでしょうか、自分の体の所々の傷一つ一つに、振り返られる物語があることにふと気が付きます。幸い私には不幸な体の傷はありませんが、その時の状況、心境等がリアルに再現されるからなかなか根深いものがありますね。

 今回の自分の左手は、後1・2回「脱皮?」を繰り返して、元の状態に戻ることでしょう。それにしても、人間の「再生力」って、すごいものですね、あらためて感動します。

山田恭暉さんを偲ぶ会

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 「公益社団法人 福島原発行動隊(http://svcf.jp/」の代表だった山田恭暉さんを偲ぶ会が東京の憲政会館で開催され200名を越える方々のご参加がありました、それに先立って参議院議員会館では今後のSVCFの活動についての意見交換も行われました。山田さんについては以前にも書いています。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9664

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=14329

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=14955

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=20345

祭壇には日本酒

祭壇には日本酒

 この会の基本的スタンスは、以下の文面に明快に示されています。

~~~~~~~~~~~HP からの引用

福島原発行動隊の基本的な立場について

  一般社団法人福島原発行動隊(旧福島原発暴発阻止行動プロジェクト。以下「行動隊」と略記)は、福島第一原発事故の収束作業に当たる若い世代の放射能被曝を軽減するため、比較的被曝の害の少ない退役技術者・技能者を中心とする高齢者が、長年培った経験と能力を活用し、現場におもむいて行動することを目的として発足しました。

  行動隊は自発的参加者によって構成され、その組織原理は自由な諸個人の結合です。したがって各人の思想、信条、あるいは心情はいっさい問いません。その原則は原発の是非についても同じであり、行動隊内には脱原発論者も原発維持論者もおられます。この多様な構成員を結びつける唯一の絆が、原発事故の収束という大目的です。

 
  行動隊の諸個人が、隊外において自己の信条に基づいて活動することはもちろん、隊内において心情を吐露することもまったく自由です。しかし一般社団法人(近い将来に公益社団法人へ移行する)福島原発行動隊としての発意や行動は、定款に定めた目的および事業に沿うものでなければならず、個々の意見はそのままでは公式の見解になりえません。

  この目的および事業を達成するための具体的行動へと一歩でも近づくため、いま行動隊は政府および東電にいくつかの重要な提言をしています。それを貫徹するには従来の原子力管理体制の大変革が必要であり、かなり長い道のりになるものと思われますが、状況に応じてさまざまな課題に対処する行動隊内の組織整備も現段階の急務となっています。

  いまや約二千名に達する行動隊員・賛助会員は人材の宝庫であり、すでに多くの方々が部署に就き、それぞれの知恵と力を発揮しておられます。これをさらに幾層倍にも拡充し、行動隊の社会的認知を不動のものにして、原発事故の収束作業に携わるという本来の目的を一日も早く実現することが、発足以来そろそろ半年を迎える行動隊の仕事です。

  そう、これは「仕事」であり、本来の目的も仕事をすることです。それを支えるモチベーションは個々人の思想・信条・心情であるにせよ、行動隊の目的および事業はプラグマティックに進めるほかはなく、そこではポリティクスもイデオロギーも無用であり、それは個々人の胸に大切な駆動力として収めておくべきものでしょう。

  行動隊の結成を呼びかけた人びとも、それに呼応した人びとも、全員がそれぞれの想い、長い人生が醸成した種々の物語を抱懐しており、それをお互いに尊重しながら、ひとつの目的に結集し、各自の持てる積年の能力を駆使して未曾有の災厄に立ち向かうこと。これが福島原発行動隊、みるべきものはみてきた老人集団の基本的な立場です。

 2011年9月9日 〔文責〕一般社団法人福島原発行動隊理事 平井吉夫

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 引用 おわり

 駆けつけた皆さんのご挨拶は素晴らしかったです、覚悟を踏まえた自らの活動報告です。

 まずは、村田光平(http://kurionet.web.fc2.com/murata.html)さんです。

元スイス大使・村田光平(みつへい)さんもご挨拶

元スイス大使・村田光平(みつへい)さんもご挨拶

60年安保全学連の初代委員長

60年安保全学連の初代(?)委員長

最初からの応援者・牧山弘恵参議院議員

最初からの応援者・牧山弘恵参議院議員

 

2年前に山田恭暉さんを札幌にお招きして講演会を開催しました。淡々と語る姿に、理論・評論ではない現実的な対処に身を捧げようとする覚悟を感じました。今、思い起こせば、自らの体調も承知の上での活動だったのでしょうね。
「世代の責任、世代の力」と題して、札幌で講演した時の様子
http://www.ustream.tv/channel/%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%83%
心からご冥福をお祈り申し上げます。

あるセリフ、映画「野のなななのか」

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 北海道・芦別を舞台にした映画「野のなななのか(http://www.nononanananoka.com/」については、5月にここに書きました。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=19951

  大林宣彦監督のこの映画への意気込みはこちらでも読み取れます(http://www.nononanananoka.com/message.html)。

 映画全体についてはさておき、私は5月にこの映画を観て、実はずっと気になっていたことがありました。ご覧になった方はお分かりでしょうが、後半部に、草原で鈴木冬樹、鈴木春彦兄弟が語る場面です。北海道・泊原発に勤務する弟の春彦(松重豊)が、これからの自分の人生について語ります、「北海道には『エネルギーチェンジ100プロジェクト』という活動があり、自分は泊原子力発電所の仕事を辞めてこの活動に参加しようと思う」、そう兄・冬樹につぶやくのです。

 私は、思わず「エネルギーチェンジ100プロジェクト(http://www.enechan100.com/?page_id=174)!」と一人繰り返してしまいました。何故なら、私自身、「認定NPO法人北海道市民環境ネットワーク(http://www.kitanet.org/」理事長として、この活動の発起人の一人であり、今年から「エネルギーチェンジ100ネットワーク(http://enechan100.blogspot.jp/」として独立した活動団体としてバージョンアップしていましたので。

 上映後から、このセリフのよって来たる所以を調べてみようと関係の方にあたってみたところ、このたび全て分かりました。

 まずは、この映画の原作者、演劇関係の劇団「弘前劇場(http://www.hirogeki.co.jp/主宰の長谷川孝治さんにお会いする機会が今月あってお聞きしたところ、この部分は彼の原作にはなく、大林監督が強く要望したとのことです。余談ですが私は以前からこの劇団のファンで、札幌劇場祭でもたびたび上演されていて大賞他も受賞されています。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=17165

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=15633

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=15224

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11060

 そこで次に、この映画の制作委員会(http://blog.goo.ne.jp/nanananoka)メンバーで、地元で熱心に活動している「一の薬局(http://byoin.me/pharmacy/147440549/)」石川睦子社長にお電話で伺ってみました。調剤薬局の経営で地域の医療・健康に永年ご尽力されている石川先生には、私はお亡くなりになった石川博識先生とともに幼い頃からお世話になり、また商売上は秋山愛生舘、今の医薬品卸「スズケン」としても大変ご愛顧頂いてます。石川先生はいつものお元気なお声で、セリフは確かに自分の記憶にあるけれど、誰が大林監督にアドバイスしたかは、恐らく芦別で学芸員をやっているハセヤマさんが知っていると思うのですぐに連絡してみます、とのご返事でした。ハセヤマさんのお名前をお聞きしてアレッと気になって私は電話を終えて確認してみましたら、芦別市役所(http://www.city.ashibetsu.hokkaido.jp/)の長谷山隆博さんで、昨年の秋山財団と前田一歩園財団との合同報告会において、15番目に活動報告をされた方でもあります。秋山財団の宮原広幸常務理事(芦別出身)の高校の後輩になり、以前からお名前を承知していました。

* 昨年の合同報告会の様子――>  http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=17201

 翌日、石川社長、長谷山さんから相前後してご連絡を頂き、このセリフの情報提供者が分かりました。今回の発信源である制作委員会事務局で活動され、旭川市役所所属、現在釜石でお仕事中の酒井智則(http://d.hatena.ne.jp/haruka_nostalgie/)さんです。

 大林監督が脚本を作られる時に、泊原発の将来の方向性や、登場人物(春彦)が原発を退職したあとの選択肢を考えたいとのことで、酒井さんが集めた資料の中にこのプロジェクトがありました(インターネットで見つけたそうです)。酒井さんは、「できあがった脚本の中に、プロジェクトの名前がそのまま使われていたのでちょっとびっくりしましたが、多くの方に伝わる良いきっかけになりましたね」と、FBを通じてご連絡を頂きました。

 そして、この間私と一緒にずっとこの「セリフ」を追いかけてきた「エネルギーチェンジ100ネットワーク」代表・宮本尚さんは、今、語っています。

~~~~~~~~~ 宮本尚さんのコメントから

  名前を出していただいたのも光栄ですが、こうして私がとても喜んでいる理由は、北海道の「未来」のために変わっていこう!という登場人物の選択として、取り上げられたことなんです。全国のみなさん、ぜひ映画「野のなななのか」を見てくださいね。
映画の中のセリフだけ聞くと、架空のプロジェクトに感じるかも。

  実際「北海道エネルギーチェンジ100プロジェクト」で、具体的に、発電所をつくってる、とか、そういう組織ではありません。でも、今年5月に立ち上がった新団体北海道エネルギーチェンジ100ネットワーク」には、地域で自然エネルギーをつくり出している方、省エネルギーの活動で成果をあげている方、環境保全に関する活動をしている方、教育に関わっている方など、いろんな分野で実績をあげてきている方が参画してくださっていて、どんどんネットワークが拡がってきています。みなさま、応援お願いします。会員も募集中です!

「北海道エネルギーチェンジ100ネットワーク」 http://enechan100.blogspot.jp/

~~~~~~~ 引用 おわり

 これまでのリアルな繋がりをたぐり寄せて、今回の「『セリフ』のよって来たる所以」調査(?)は、思わぬネットワークの再確認となりました。一本の映画の一つの「セリフ」がこんなにも多くの方々の関係性を背景としていること、そして、私自身のこれまでの人生の積み重ねとも言えて、大きな感動を覚えるのです。今回関係した皆さん、お問い合わせをするとすぐに連絡を取って頂いて、空間を稲妻が走るがごとくアッという間に情報がつながっていく、そんな「凄さ」を感じました。

 ネットワーキングのスピード、それは個々の活動の「ホンモノらしさ」に比例するのでしょうね、久しぶりのワクワク感でした!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

<追記:2014.12.13>

 実は、上記のブログを書いてから、縁あって大林宣彦監督の娘さん・大林千茱萸(ちぐみ)さんとお会いする機会があり、そこでさらにこのセリフに至った詳細を伺いました。映画のセリフに入れる場合は、大変慎重な言葉の吟味・検証を行うそうです。特に活動の場合は、代表者の信頼性、活動の公開性、今後の継続性・可能性等です。今回の場合、その辺りを念入りに千茱萸さんのご主人がかなり時間を掛けて行っての結果とのことでした。映画はまさに、大変多くの方々のご尽力でできあがるのですね。そんな厳しい検証をパスしたこの「北海道エネルギーチェンジ100ネットワーク」に関わる者として、嬉しくもあり、誇りにも感じます。

野茂英雄、伝説のパイオニア

Posted by 秋山孝二
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 昨今、アメリカ大リーグで活躍する野球選手の話題も途切れることがありません。何故か夏になると、私は「野茂英雄(https://www.nomo-radiant.jp/)」選手の存在を思い出します、前回もそうでした。私にとっては、やはりパイオニアとして燦然と輝く存在です。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=17591

 オールスター戦を迎えて、こちらのコラムも面白いですね。

http://www.asahi.com/and_M/interest/SDI2014072213091.html?iref=com_fbox_u01

 199年代、日本中が野茂の一挙手一投足に注目しました。当時の近鉄を退団し、日本を飛び出した彼は、ロサンゼルス・ドジャースと980万円でマイナー契約、そこからメジャーという頂上を目指す、今とは格段に違った文字通りの“挑戦”でした。その姿に勇気もらったアメリカで仕事をしている多くのビジネスマンにもお会いしました。

このコラムにもあります~~~~~一部コピー

その前年、メジャーは労使関係が悪化し、ストライキに突入。ワールドシリーズが戦後初めて中止になるなど、「暗黒の時代」だった。野茂は、そんなよどんだ空気を一掃するほど、強烈な光を放った。まだ日本人の実力がメジャーで認知されていなかったころ、体を大きくひねる個性的な投球フォームは「トルネード(竜巻)投法」と呼ばれ、そこから繰り出されるフォークボールで屈強なメジャーリーガーから次々と三振を奪うシーンは爽快だった。

~~~~~~~コピー おわり

公法協トップマネジメントセミナーで

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 公益財団法人 公益法人協会(http://www.kohokyo.or.jp/ トップマネジメントセミナー」が開催され、以前の御殿場で開催以来、私は久しぶりの参加でした(http://www.kohokyo.or.jp/kohokyo-weblog/topics/docs/)。 今回、出席されている方々の顔ぶれは様変わりでしたが、公益移行の期間を経て、その課題も浮き彫りになり、貴重な情報交換の場となりました。

以前は静岡県御殿場で開催

以前は静岡県御殿場で開催

 今回は、公益法人制度改革の移行期間終了後初めての開催、この間、理事長ブログ等で的確なコメントを発していた太田達男理事長の総括と課題認識を共有できました。日本における「民が担う公共」は、まだ始まったばかりですが、新たな局面を迎えていることは間違いありません。

~~~当日プログラム~~~~~

✧7 月 16 日(水)

14:30~16:00 セッション1 「公益法人制度改革の総括と新たな課題」 (公財)公益法人協会 理事長 太田達男

16:20~17:50 セッション2 「公益法人の意義と責任」 慶應義塾大学 教授 松井孝治

18:30~20:30 懇親会

✧7 月 17 日(木)

9:00~10:30 セッション3 「高齢社会と民間公益活動」(仮) (公社)成年後見センター・リーガルサポート 理事長 松井秀樹

10:45~12:15 セッション4 「地域を巻き込む復興支援活動」(仮) (公社)Sweet Treat 311 代表理事 立花貴

13:45~15:45 セッション5 「新制度下における法人運営を考える」

分科会Ⅰ 機関運営、 役員の役割と責任

分科会Ⅱ 財務基準

 法人経営という観点から、事業活動費を確保し、いかに公益事業を充実させるか、法律が要請する役員の心得、リスク分散、組織強化などをテーマに

15:45 閉会挨拶

~~~~~~~~~ プログラム掲載 おわり

 二日目のセッションはいずれも大変興味深かったです。

(公社) 成年後見センター・リーガルサポート http://www.legal-support.or.jp/

 介護保険が導入された2000年に、同時に「新成年後見制度」も始まりました。「後見の社会化」、「声なき声の代弁者」と謳われた新たな制度も、今十数年を経て幾つかの課題が明らかになってきています。日々、現場で苦闘している司法書士の方々の声を聴いた気がしました。

第3セッション:成年後見制度について

第3セッション:成年後見制度について、松井秀樹理事長

(公社) Sweet Treat 311 (http://sweettreat311.org/

 「地域を巻き込む復興支援活動」、雄勝町を拠点として、教育支援ほか、実にダイナミックな活動を続けていらっしゃいます。「被災地」という言葉を「震災地」に変えて、「たくましく生きよ!」と教訓も変えた学校もあったり。今回の震災の被害にあったそれぞれの町は、考えてみると日本全国の少子高齢化の課題が前倒しで来たに過ぎない、自分たちのマチづくりの立ち上がる姿こそが、2万人の犠牲者への弔いであり、「亡くなっていった者のエネルギー」を受けとめることではないか、と。

 単に「復興支援」ではなく、プロセス自体に関わってもらう「プロセスツーリズム」を目指しての活動も前向きでした。「僕らだったらこうやる」といった小さい事例を公開、残す活動が大切であり、ただの批判はすべて後ろ向きなだけ、と。最後に、「もし『生きがい』と同じように、死者に『死にがい』があるとすれば、今日を生きる使命があるのではないか」と。「人を集める」と「人が集まる」の違い、“キラキラした未来”に人は集まるのではないでしょうか、と。

東日本大震災の現場で奮闘

東日本大震災の現場で奮闘、立花貴・代表理事

 講演者の皆さん、本当に素晴らしかったです。私もまだまだ努力が足りないなと、彼らの理念と覚悟を強く受け止めました。

しばし、札幌・平岸の「花粋」で

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 札幌市豊平区平岸の住宅街、和処「花粋(http://www7b.biglobe.ne.jp/~kasui/」で、しばし昔話に華が咲き、飲み過ぎました。

札幌市豊平区平岸の住宅街、和処「花粋」

札幌市豊平区平岸の住宅街、和処「花粋」

 広島県東広島市西条の酒「賀茂鶴(http://www.kamotsuru.jp/)は、最近の話題としては、オバマ大統領来日時に銀座のすし店で振る舞われたお酒として有名になっています(http://www.kamotsuru.jp/category/information/6013.html)。だから何なんだと言われそうですが、先日はその「大吟醸・特製ゴールド賀茂鶴180ml角瓶」を同じ状態で冷やして味見をしました。

戦艦大和でも採用、広島県西条の酒・大吟醸「賀茂鶴」特撰

戦艦大和でも採用、広島県西条の酒・大吟醸特性ゴールド「賀茂鶴」

二片の金箔の花びら

二片の金箔の花びら

 お料理の締めは特製デザート、最後まで手の込んだ和食創作料理でした。

デザートは金魚入り水槽?

デザートは金魚入り水槽?

 「賀茂鶴」は海軍との関係も深く、海軍兵学校が明治初期に東京・築地から広島県江田島に移転して以来、何かと話題になっていました。戦艦大和にも供されて、多くの海軍の方々にも親しまれたようです、恐らく私の父も飲んでいたのでしょう。そんな遠い昔に思いを馳せながら、先日は時間の過ぎるのを忘れて昔からのビジネスパートナーと一緒に楽しいひと時を過ごしました。

竹津宣男さん、逝く

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 札幌交響楽団元事務局長、PMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)の立役者・竹津宣男さんが急逝、先月の芸術・文化を応援する会の集まりにもご出席されていましたので、突然の訃報に接し言葉を失いました。葬儀はごく内輪での家族葬、先日、札幌で「お別れの会」が催され、多くの参列者が感謝の言葉とお別れに詰め掛けました。

* 札幌交響楽団 (http://www.sso.or.jp/

* PMF (http://www.pmf.or.jp/

竹津宣男さん・お別れの会

竹津宣男さん・お別れの会

 当日の弔辞の中で皆さんお話をされていましたが、いつも柔和な表情を浮かべての的確なアドバイスは、いつも率直に心に響いて参りました。私のチェロの恩師・上原与四郎先生と札幌交響楽団の最初からのメンバーで、幼い頃の私のチェロ演奏も覚えていらっしゃって、数年前のフォーラムでもそのお話をされていたのが嬉しく、心に残っています。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5134

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4859

 札幌のクラシック音楽分野の普及啓発では、本当にご尽力されました。失った存在の大きさは計り知れませんが、いつまでも悲しがっているばかりではそれこそ竹津宣男さんの御遺志に背くことになります。残った次の世代がこの宝物を背負って益々発展させていかなければならない、笑顔の遺影からそんな決意を新たにした次第です。

 どうか、安らかにお眠りください、心からご冥福をお祈り致します。

北海道演劇財団の新体制

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 「公益財団法人 北海道演劇財団(http://www.h-paf.ne.jp/」は、今年で創立18年を迎えますが、先月の評議員会、及びその後の理事会で、新しい体制がスタートしました。

 新しい理事長に私が就任しました(http://www.h-paf.ne.jp/hpaf/yakuin140701.pdf)。常勤の専務理事には田渕勝利さんが就任、一足早く4月から新しく事務局長の倉谷敦子さんとご一緒に、創立20周年に向けて基盤を強固にし、新たな発展ができる体制を早急に構築したいと思っています。

 事業系では、これまで日韓の演劇交流にご尽力されてきた木村典子さんが財団のメンバーにご就任。力強いスタッフをお迎えして、またこれまでの活動を支えて来られた従来のスタッフとともに、一層活発な活動をして参ります。

財団歓送迎会で

財団歓送迎会で:前列一番左が木村典子さん

荻谷・前理事長も「演劇シーズン」代表は引き続き。斎藤歩さんも。

荻谷・前理事長も「演劇シーズン」実行委員会代表は引き続き。斎藤歩さんも。

 まずは、8月1日から始まる「演劇シーズン 2014 夏(http://s-e-season.com/」の盛況ですね。

2財団・合同報告会 in 2014

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 今年で第4回目を迎える前田一歩園財団(http://www.ippoen.or.jp/)さんと秋山財団(http://www.akiyama-foundation.org/)との「合同報告会」が開催され、この会もすっかり定着して、交流会の最後まで活発な意見交換となりました。

 秋山財団のHPより先に、こちらのHPにも掲載して頂きました、ありがとうございます。

* http://minnanohana.net/2014/07/11/

 これまでの報告会は以下の記載の通りです。

* 2011年 http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9140

* 2012年 http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=13683

* 2013年 http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=17201

事 業 名、プロジェクト名

1 /  Rio+20 北海道ネットワークプロジェクト

1 /「藻岩山の森林と関わるきのこたち」きのこと野生の花の本を刊行

2 / 次のエネルギー社会を担う人を生み出すエネチェン塾

3 / 森と里つなぎプロジェクト

昼 食(50分間)

4 /「みん菜の花」プロジェクト

2 / 富ヶ岡の森環境整備・地域活性化第1期事業

5 /和解と平和のための東アジア市民ネットワーク

3 /北海道ラムサールネットワークと子どもラムサール交流会

中間質疑(10分間)

6 /「ハッカの香るまちづくり ~ 地域の伝統的農産物を後世に伝えよう ~」

7 /ともにつくろう!江別から発信 食文化の創造

8 / 高校生による被災地とのネットワーク形成

4 / 十勝海岸湖沼群自然調査

中間質疑(10分間)

9 / 医療スタッフの地産地消 ~住民主導で創る世界一の看護学校

5/ 「野生植物入門書 花も実も美しい!」の出版

6 /「なまら!!サロベツ∞クラブ」~ 次世代環境リーダー育成事業 ~

10 / 道内の意思伝達支援普及プロジェクト

中間質疑と休憩(20分間)

7 / 栗山町ハサンベツ里山地の水辺環境の復元と創出

11 / 歴史は生きる力「れきし・いのち」プラットホームプロジェクト

8 / 南北海道・大沼湿地の野生生物ガイドブック「沼のいきもの」の出版

12 / 積雪・極寒冷地域のいのちを護る防災・減災への取り組み-いきるための力を創出する

冒頭のご挨拶

前田三郎理事長に続いて冒頭の私の挨拶

 前田一歩園財団の前田三郎理事長に続いて、私からの冒頭のご挨拶、今年は、「私たちは活動をただ『応援する』ではなく、『徹底的に応援する』のです」、「研究、活動において『挑戦的』、『先駆的』というのは、研究者・活動者側の意欲とか姿勢というよりも、むしろそれを受け入れる組織、社会の側の問題ではないのか」、「私たちの財団は、それらを応援し受け入れる『覚悟』はすでに出来てます」、北海道日本ハムファイターズの大谷翔平くんの二刀流挑戦、STAP細胞研究の小保方晴子さんの論文発表等を例にとって、皆さんにお伝えしたつもりです。

 続いて今年は20の活動団体からのご報告、午前11時から昼食休憩を含めて午後5時40分までの報告会となりました。

 報告会の動画は近々掲載されます、こちら――> http://www.ustream.tv/recorded/50868288

みん菜の花プロジェクトの成果

「みん菜の花」プロジェクトの成果

極寒地の災害予防

積雪・極寒令地のいのちを護る防災・減災への取り組み

東アジア人道支援

和解と平和のための東アジア市民ネットワーク

iCare北海道の3年間の成果

道内の意思伝達支援普及プロジェクト「iCare北海道」の成果

 今回の報告会を準備し、当日も切り回した両財団の素晴らしいスタッフたち。終了後はしばし「反省会」、また来年もよろしくお願いします、ですね!写真には一部しかご紹介できず、他のスタッフの皆さん、お許しを。

美女と野獣?

他にも反省会参加者は居ましたが、ここは美女と野獣?

閉鎖!市資料館「夜学校記念室」

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 新渡戸稲造夫妻が創設した「札幌遠友夜学校」を顕彰した札幌市資料館の記念室が、今月6日で閉鎖になりました。

 資料の劣化が懸念され、北海道大学への寄贈との張り紙一枚。本来この学校は、民間の寄付で創設し、民間人のボランティアで50年間活動した事業です、それがいとも簡単に国立大学に「移転」される経緯は、札幌市教育委員会の市民に対する説明責任を全うしているとは思えません、理念、歴史の軽視であり、今を担う関係者の見識を疑います。

 一昨年から下記の活動を行っている立場から、今後の札幌市における人材育成の原点として、広くそれらの資料を公開・展示することを強く申し入れしたく、また大学関係者の方々とも話し合いのテーブルを囲みたいものです。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E9%81%A0%E5%8F%8B%E5%A4%9C%E5%AD%A6%E6%A0%A1

札幌市資料館2階角

札幌市資料館2階角

4年前に中央区南4条東4丁目から移設されたばかり

3年前に中央区南4条東4丁目から移設されたばかり

簡単な告知文書

簡単な告知文書

開放!六華同窓会館 2014

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 昨年から学校祭開催期間に再び開放した六華同窓会館、今年も引き続きたくさんの訪問者で溢れました。人気の一番は何といっても卒業アルバムですね、「エーッ、これあの人!」とか、「これお父さん?、お爺ちゃん?」とか、たくさんの歓声が聞こえて盛り上がっていました。

老若男女、同窓会館展示室は大賑わい

老若男女、同窓会館展示室は大賑わい

卒業アルバムは今年も一番の人気!

卒業アルバムは今年も一番の人気!

 これまで同窓会と言えば、秋に開催される総会・懇親会がメインイベントでしたが、入学式、学校祭、卒業式等、現役高校生のイベント時に、同窓会館開放、六華グッズ販売、学校林100年沿革誌販売等によって、多くの方々により身近に同窓の絆を感じて貰えれば、これまで活動してきた側としては嬉しいですね。卒業アルバム、高校野球で甲子園大会出場の展示、確かな歴史を振り返るひと時です。

 歴史の詰まった空間で、幅広い世代が歓声を挙げる、実に充実した時空にしばし感動でした。

日本海サミット 2014 in 山形(後)

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 今回の基調講演は、私にとっては大変新鮮な内容でした。山形は、もう50年近く前に、蔵王にスキーに行った時に通ったような気がするのと、その後では、医薬品卸時代にご挨拶回り等で行ったきりで、日本の中では馴染の薄い地域だったもので。

 まず最初のご講演、最上川の歴史から読み解く江戸・明治の国内物流を垣間見た気がします。明治中期に鉄道の奥羽本線が開通する前までは物流の中軸として、さらに物流拠点と運ぶ物資の関係等から、当時の暮らしぶりも想像できたりで、しばし歴史空間の拡がりに感動しました。特に青苧(あおそ)は北陸では縮(ちぢみ)、上布(上布)、奈良ではさらしへと受け継がれ、紅花(べにばな)と共に、この地域の特産品として名をはせていました。現在も、南陽市では「青苧フェスティバル」として盛んです。

「やまがたと最上川文化」

講師 : 東北文教大学短期大学部 教授  菊池和博 氏
http://www.t-bunkyo.jp/academics/sougou/professors/5.html

* 最上川 :http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%80%E4%B8%8A%E5%B7%9D

* 青苧(あおそ) :http://aosofukkatsu.com/aoso.html

 二つ目は、主として港湾政策の立場から日本海物流の今後の可能性について、興味深いお話でした。国際港としての整備とともに、循環型社会の拠点として「リサイクルポート」の概念導入等、静脈物流ネットワークの拠点となる港湾を目指して、環境負荷の少ない海上輸送への挑戦も続けています。さらには再生可能エネルギーへのシフトも。

「やまがたの湊 酒田港の可能性」
講師 : 山形県 県土整備部長   上坂 克巳 氏
https://www.decn.co.jp/onlineservice/News/detail/201405070808

* 酒田港 :http://www.city.sakata.lg.jp/ou/shoko/kowan/kuko/160810.html

 交流会終了後、北海道からの参加者で再度地元経済への貢献を続けました(?)!

北海道経済同友会の参加者
屋台村入口で北海道経済同友会の参加者、撮影は事務局次長の久保木眞さん

日本海サミット 2014 in 山形(前)

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 全国各地の経済同友会の中で、日本海に面した各同友会が集まって開催される「日本海沿岸地域経済同友会 代表幹事サミット」、今年は第7回として山形で開催されました。120名を越える参加者で有意義なひと時を過ごしました。

 環日本海地域の経済・文化交流を目的に開催されているこのサミット、江戸時代の北前船の交易などで歴史的なつながりを有する日本海沿岸地域は、成長著しく発展する東アジア諸国、中国やロシアと地理的にも近く、その成長性を取り込む優位性に恵まれています。今後の日本海沿岸地域の発展には何が必要か等、山形市で開かれたサミットでは最上川、酒田港の歴史的役割から議論を深めました。

プログラムは以下の通り ~~~~~

■ 基調講演
1 「やまがたと最上川文化」
講師 : 東北文教大学短期大学部 教授  菊池和博 氏
2 「やまがたの湊 酒田港の可能性」
講師 : 山形県 県土整備部長   上坂 克巳 氏
~~~~~~~~~~~~

最上川

最上川文化について、東北文教大学短期大学部 教授  菊池和博さん

青さの衣装

青苧(あおそ)の衣装

山形県:酒田港

酒田港の可能性について、山形県 県土整備部長 上坂克巳 さん

楽しみな今後の酒田港

楽しみな今後の酒田港

 講演終了後の交流会では、山形県の吉村美栄子知事、山形市の市川昭男市長が来賓ご挨拶、ご本人もおっしゃっていましたが、何か対照的なお二人でした。

吉村知事

「つや姫」の母!、吉村美栄子山形県知事

山形市長

市川昭男山形市長

アッパレ、我が母、脱帽です!

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  ここの写真数枚は、先月末にフェイスブック(FB)でアップしてたくさんの「いいね!」を頂いたのですが、折からの重大な「集団的自衛権の閣議決定」ニュースで全国が憤っている最中に不適切と自分の判断で翌日に削除しました。こちらの私のブログにあらためて書き留めます。
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 「ダンススクールトザワ(http://www.tozawa-dance.com/):30周年記念舞踏晩餐会」が、札幌で開催されました。スクールのアマチュアの生徒さんたち、在札幌の先生・プロフェッショナルの方々、大阪からのゲスト出演と多彩なひと時で盛り上がりました。

ダンススクール・トザワ30周年記念:ご挨拶される兎澤範子先生と平寿仁先生

ダンススクール・トザワ30周年記念:ご挨拶される兎澤範子先生と平寿仁先生

 私の母は、もう50年以上のダンス歴、毎年一回はこういった会で皆さんとご一緒に日頃のレッスンの成果を発表しています。今年はいつもにも増してエレガント、91歳の我が母、素晴らしかったです!

91歳の我が母、ワルツを華麗に踊りました!

91歳の我が母、ワルツを華麗に踊りました!男性は私ではありません、平先生です

母と子、見えますか?

母と子、見えますか?

プロ:この光でこのスピードでは、これが撮影の限界!?

プロ:この光でこのスピードでは、これが撮影の限界!?

プロ:トリの優雅なダンス、特別出演!!

プロ:トリの優雅なダンス、特別出演!!

 いつも、兎澤範子先生、平寿仁先生にはお世話になっています。ダンススクールのこれからの益々のご繁栄を祈念しています。

忘れない、2014.7.1

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2014年7月1日12時59分 朝日新聞デジタル よりコピー~~~~~~~~~~~~~~

「日本を変える朝、淡々25分間の合意 集団的自衛権」

 「憲法9条を守れ」。1日も全国で市民たちが抗議の声をあげた。その声が届かない地下の会議室で歴史の歯車は回った。他国への攻撃に自衛隊が反撃する集団的自衛権の行使を認める閣議決定案に自民、公明両党が合意した。

 東京・永田町衆議院第二議員会館地下2階で自民、公明両党の非公開協議が始まって、わずか25分で会議室の扉は開かれた。時計の針は午前8時。「合意しました」。報道陣がバタバタとする音だけが響く。

 5月中旬から11回の協議を重ねたが、結局最後まで両党メンバーが一緒に会見に臨むことはなかった。

 自民の高村正彦副総裁は記者会見で「(集団的自衛権の行使に)しばりをかけることができた。(公明の) 北側一雄座長代理の貢献が極めて大きかった」。淡々と、ゆっくりとした口調で語った。

 北側氏が会見したのは、約30メートル離れた部屋だった。連立維持を優先したのではと報道陣に問われ、天井を見上げた。手元には閣議決定案を記したA4判6枚。ひと呼吸置き、「歯止め役」としての存在意義を強調した。「野党になっていたら、もっと違った方向になっていた可能性があったんじゃないか」

 公明の太田昭宏国土交通相は定例記者会見で、「党内の手続きが一番大事だ。閣議決定ができるか、私は現時点では見守っており、適切に判断したい」と淡々と話した。自公合意については「(公明の)山口代表がお話しされるべきだ」と言葉を選んだ。「国民の理解を得ているのか」との質問には「手続きが途中の段階で閣僚として申し上げるのは適切でない」と語気を強め、質問をはねつけた。

 自民の下村博文文部科学相は、「現下の国際状況を考えれば、適切な政府としての判断だと考えている。次のステージとしては、憲法改正によって集団的自衛権が位置づけられることは、とるべき方向性だと思う」と語った。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ コピー おわり

 戦後日本の政治の劣化、メディアの劣化、ここに極まれり。日本国民として、少なくとも戦後を生きてきた一人として、恥を知れ!と言いたい。いよいよ本気で「戦う」時代になりましたね、「戦う」と言っても戦争ではありません、アレとの飽くなき戦いです。

http://revolution-news.com/tokyo-rises-fascism-people-everywhere-live-blog/