メディア・アンビシャス 授賞式 2019

Posted by 秋山孝二
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 10周年を迎えた市民団体「メディア・アンビシャス(http://media-am.org/」、今年も授賞式を行い、大阪・東京からも受賞者がお越しになりました。

* これまでの記事ーー> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%93%E3%82%B

 授賞式に先立って、映像部門の大賞受賞作品ほか、計3本の番組(約3時間)を上映しました。改めてじっくり観ても素晴らしい作品ばかりです。

大賞 NNNドキュメント18南京事件Ⅱ~歴史修正を検証せよ~ 日本テレビ制作―STV
メディア賞 「聞こえない声~アイヌ遺骨問題 もうひとつの150年~」 HTB
北海道賞 報道スペシャル〝不幸な子ども〟を生きて~旧優生保護法がもたらしたもの~ HBC


受賞作品3本の上映

受賞作品3本の上

2018年メディア・アンビシャス大賞決定

活 字 部 門
大賞 「疑惑1年、加計氏初会見、首相と面会「記憶も記録もない」」 東京新聞/6月20日朝刊1面
メディア賞 財務省公文書改ざん報道 朝日新聞/3月2日以降の一連の関連記事
アンビシャス賞 「税を追う」
「税を追う 歯止めなき防衛費」
東京新聞/10月29日から11月9日
東京新聞/11月13日から同25日ほかにも
入選 連載<激震 暗黒の大地(ブラックアウト)>
第一部 あの3日間、道民は
第二部 北電という組織

公文書クライシス

北海道新聞/11月8日~12月4日

毎日新聞ワッペン企画
7月19日から8月2日

特別賞 北海道新聞社印刷部門、及び配送・配達の関わった全ての皆さま 9月6日朝刊以降しばらく
映 像 部 門
大賞 NNNドキュメント18南京事件Ⅱ~歴史修正を検証せよ~ 日本テレビ制作―STV  5月13日
メディア賞 「聞こえない声~アイヌ遺骨問題 もうひとつの150年~」 HTB  4月24日
アンビシャス賞 BS1スペシャル「ラップと知事選 沖縄 若者たちの声」 NHK 11月16日
入選 ETV特集「ラーマのつぶやき~この社会の片隅で〜」

NNNドキュメント18「マザーズ ”特定妊婦”オンナだけが悪いのか。」

Eテレ 4月14日

中京テレビ制作-STV 4月23日

北海道賞 報道スペシャル〝不幸な子ども〟を生きて~旧優生保護法がもたらしたもの~ HBC 5月28日

活字部門受賞者の皆さま

活字部門受賞者の皆さま

東京から東京新聞社会部長

東京から東京新聞杉谷剛社会部長

大阪から朝日新聞

大阪から朝日新聞羽根和人さん

9月6日の震災時に新聞を届けた皆さま

9月6日の震災時に新聞を届けた皆さま

映像部門の受賞者の皆さま

映像部門の受賞者の皆さま

大賞の日本テレビ清水潔さん

大賞の日本テレビ清水潔さん

 とにかく、日々、社会、社内で闘いながら番組・記事を作成している方々のご苦労が分かり、一層応援し続けたくなるメッセージばかりでした。来年以降も是非続けていきたい活動です。

今年も8・15に考えること

Posted by 秋山孝二
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 本日、日本武道館(東京都千代田区)で政府主催の全国戦没者追悼式が行われ、天皇、皇后両陛下がご臨席しました。

 朝日新聞weeb版記事より~~~~~~~~~~~~~~

「長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ」

 退位を来年4月末に控え、天皇として迎えた最後の終戦の日。「おことば」では「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ」の新しい表現が盛り込まれた。戦没者を悼み、平和を願い続けた陛下の思いの表れと言えるだろう。天皇陛下にとって8月は「お慎み」の季節だ。皇太子時代の会見で言及した「どうしても記憶しなければならない四つの日」のうち、広島原爆(6日)、長崎(9日)、そして終戦(15日)の三つがあり、両陛下はこれらの日に極力外出を控え、欠かさず黙禱(もくとう)をささげてきた。

 1988年の8月15日。昭和天皇は体調が悪化するなか、静養先の那須からヘリで帰京し、追悼式に出席した。「今もなお、胸がいたみます」。戦争の当事者としての心境をおことばで明かし、これが逝去前最後の公式行事となった。

 それから、ちょうど30年になる。父の後を継ぎ、追悼式に出席した天皇陛下は「今もなお、胸がいたみます」の一節を「深い悲しみを新たにいたします」に変え、戦争の記憶を継承する大切さを訴えてきた。「象徴」として重きを置いてきた戦没者慰霊は、次世代の皇室に受け継がれる。(島康彦)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~記事コピー おわり

 敗戦から73年目の今年の8月、NHK総合「NHKスペシャル(http://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=15427教育TV「ETV特集(https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/20/2259637/index.html)」テレビ朝日「ザ・スクープ(http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/」でも、これまでにない視点からの特集が目を引きます。特に、公文書焼却を決定した「1945年8月14日閣議決定」、「船乗りたちの戦争(https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20180813)」、「アメリカと被爆者(http://www4.nhk.or.jp/etv21c/x/2018-08-15/31/2730/2259637/)」等は、見応えのある番組でした。

 一方、寺島文庫 BS11番組(http://www.terashima-bunko.com/bs11.html)ではこの数か月、沖縄、中国の歴史等々の深堀でした。歴史をしっかり検証し、学ぶことから、日本の近代史の自分なりの歴史認識を深めたいものです。

中国の等身大の評価

中国の等身大の評価

 沖縄と中国、アメリカとの深い歴史的関係もしっかり把握しておく必要があります。

沖縄の歴史

沖縄の歴史

そして米軍基地との関連も

そして米軍基地との関連も

 公文書に関して、昨今の日本の公文書を巡っての改ざん・隠ぺいの背景もあり、今年は特に終戦時の閣議決定に端を発して国を挙げて歴史的公文書を焼却したドキュメンタリー番組が多かった気がしています。誰のための公文書か、それが戦後73年経った今も大きなテーマとなっている日本社会、強く危機感を募らせます。

映画『沖縄スパイ戦史』 ほか

Posted by 秋山孝二
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 今年も8月を迎え、メディアでも戦争特集が目に付く季節です。時間があったので、映画二本を続けて観ました。開場前から外にまで続く人の列、熱い日差しの中、皆さん熱心でした。館内では、年配の女性の「私はこのような映画を観に来て変わり者かと思ったけれど、こんなにたくさんの方々がいらっしゃって皆さんも危機感をお持ちなんですね」との声も聞こえてきました。

  映画『沖縄スパイ戦史』(http://www.spy-senshi.com/、沖縄本島北部を主体とした沖縄戦の裏の歴史を淡々と取材しています。

「映画「沖縄スパイ戦史」」の画像検索結果

 2時間の上映後、「ティーチイン ゲストの三上智恵(監督)さんと大矢英代(監督)さん」、「標的の村(http://www.hyoteki.com/)」からの作成過程もお話して頂きました。

お二人の監督

お二人の監督:三上智恵(左)さんと大矢英代(右)さん

大矢さん

三上智恵さん

監督

大矢英代さん

 もう一つ、映画『国家主義の誘惑』(http://kiroku-bito.com/nationalism/)、フランス・ドイツの聴衆を意識したドキュメンタリー番組、その後の原武史(放送大学教授)さんと渡辺謙一監督の天皇制に焦点を当てた1時間を越えるトークは特に面白かったです。

 映画は、フランス在住で「天皇と軍隊」(2009年製作・15年日本公開)が話題を集めた渡辺謙一監督が、日本社会を誘う政治の正体や日本人のナショナリズムについて問いかけるドキュメンタリー。世界的にナショナリズム(国家主義)が進行する中、明治維新から今日にいたる日本人の天皇・憲法・戦争観はどのようにして醸成されていったのかを、国際関係史、地政学の観点から、国内外の論客のインタビューを交えて検証し、浮き彫りにしていく55分。

「国家主義の誘惑」」の画像検索結果

渡辺監督と  教授

渡辺謙一監督(左)と原武史教授

渡辺監督

渡辺謙一監督

教授

原武史教授

 館内は完全入れ替え制でしたが、いずれも超満員、平均年齢は私より少々上でしょうか。皆さん、現在の日本の状況に強い危機感を持っている様子でした。恐らく、戦前の経験をお持ちの方々が、何か戦争前の15年と似たような今の雰囲気を肌感覚で受け止めているのでしょう。原教授と渡辺監督とのトーク、近代の天皇制を巡っての議論、原先生の皇后陛下の研究は大変興味深かったです。

映画『共犯者たち』 & シンポジウム

Posted by 秋山孝二
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 映画&シンポジウム、東京池袋の立教大学で開催され、満席の会場は熱気で溢れていました。このイベント、私はFacebook友達の投稿から知りましたが、札幌で「メディア・アンビシャス(http://media-am.org/)」活動の世話人の一人として、「闘って勝ち取った民主主義」を目の当たりにし、参加してよかったです。今回シンポジストの望月衣塑子さんは、4月末の札幌に続いての出会いでした、ご本人が言っていたように、「韓国の闘う記者たちと比べたら、日本、自分はまだまだ」とのコメントも新鮮でした。

* 4月札幌でーー>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=33093

映画『共犯者たち』 >HPより

 韓国では、2008年、米国産牛肉の輸入問題の報道で李明博(イ・ミョンバク)政権が大打撃を受けたことから、本格的な言論弾圧がはじまった。最初のターゲットになった公共放送KBS(韓国放送)が、次に2010年「4大河川事業」の実態を告発した公営放送MBC(文化放送)もトップが入れ替えられ占領される。結局、放送検閲という最悪の状況の中、政治権力の広報基地に転落したKBSMBC2014年のセウォル号沈没事件時の誤報をはじめ2016年崔順実(チェ・スンシル)ゲート事件の真実さえ隠蔽されてしまった。

 映画『共犯者たち』は、この10年の間に公共の放送を台なしにした主犯たちと彼らと手を組んだ放送業界の共犯者たちの実体を明らかにするために、崔承浩(チェ・スンホ)監督がどこまでも彼らを探し出し全員カメラの前に立たせる。一方、権力に抵抗したプロデューサー、記者など内部職員たちがどのように反撃したのか、そして敗北した後、どのように転落していったのかを詳細に追跡する。韓国で大反響を呼んだ作品。映画公開後、奇跡の大逆転劇が起こった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 引用おわり

 先日は、映画上映の後、崔承浩(チェ・スンホ)監督の舞台挨拶に続き、日韓ジャーナリストによるシンポジウムが行なわれました。

< 監督挨拶 崔承浩(チェ・スンホ)>

1986MBCに入社。プロデューサーとして『PD手帳』をはじめ時事問題を深くえぐった数々の番組を制作してきた。2012年、MBCを不当解雇された後、市民の支援で作られた非営利オルタナティブメディア「ニュース打破」で活動を継続、権力の素顔を明らかにすべく聖域なき取材活動を行なっている。2016年、国家情報院のスパイ操作事件を扱った『自白』を初公開し、社会的に大きな反響を呼んだ。本作は二作目。この映画を公開した後、MBC労組は勝利し、201712月、崔承浩氏はMBC社長に就任し改革がはじまっている。

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<シンポジウム>

立教大学社会学部創立60周年記念シンポジウム

「日本の『共犯者』は誰だ? 権力とメディアの関係を問う」

開会挨拶:岡本有佳(実行委員会共同代表、編集者)

パネラー

○金京来(キム・ギョンレ/ニュース打破記者、元KBS記者)

ニュース打破記者。1974年生まれ。2001年、KBS報道局入社。2010年のストで停職懲戒。2012年ストの時、「Reset KBS NEWS9」を制作し、KBSが報道しなかった情報をネット配信。2013年新たなジャーナリズムを求めてニュース打破に合流。

○望月衣塑子(東京新聞記者)

東京新聞社会部記者。1975年東京生まれ。昨年からは森友学園・加計学園問題の取材しながら官房長官会見で質問を続けている。

○砂川浩慶(メディア総研所長、立教大学教授)

1963年沖縄・宮古島生まれ。86年早稲田大学卒、同年日本民間放送連盟に入り、放送制度担当など20年勤務。06年から立教大学。

◆コーディネーター:岩崎貞明(メディア総研事務局長)

閉会挨拶:金富子(東京外国語大学教授)

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 しぶとく闘った韓国での10年間、日本国内でも同じような状況が進行する中、これは日本のメディア関係者が見るべき映画ですね。キャスターが一人二人辞めたくらいでバタバタするな、それを乗り越えていく覚悟を決めたジャーナリスト、そして応援する市民の存在が歴史を変える、そんな気がします。報道が死ねば国が亡びる、本気で日本の将来を考えるのであれば、今のような政治・経済の体制・状況こそが「カントリーリスク」そのものであることに間違いはない。インターネット上では、映画の感想として日本の現状を憂うコメントが散見されるけれど、ただ憤る、憂いている場合ではありません。

 自立した個の言論、自由な発言を続けて、少しでも状況への関わりを期待する、そんな覚悟も必要なのでしょうね。映画&シンポ、つい先月観た映画『タクシー運転手(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=33218)』と同様の感動を覚えました。

 自分のできる立ち位置の中で、表現すること、コメントを発すること、そして行動を続けていきたいとあらためて思いました。

日本国憲法と私

Posted by 秋山孝二
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 日本国憲法は1946(昭和21)年11月3日に公布され、その半年後の1947(昭和22)年5月3日に施行されました。5月3日は憲法記念日、1948(昭和23)年に「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する日」と法律で定めらた国民の祝日の1つです。

 その憲法の内容は、「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」の3つの柱を持っており、特に憲法9条の「戦争放棄」は平和憲法として世界でも有名です。この日を迎えて、私なりの日本国憲法についての率直な視点を書きたいと思います。なかなかまとめて考える時間はないのですが、昨今の改憲論議を見ていると、強い危機感を抱くものですから。

 これまでの私の日本国憲法に関する記載: http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E6%86%B2%E6%B3%95

 一番直近では、3月に国立公文書館の加藤館長を訪問した時、オリジナルは書庫に大切に保管されていて、ロビーに展示してあるレプリカではありますが、「日本国憲法」を至近距離で観ることができました。加藤館長がおっしゃるには、大日本帝国憲法に比べて時代背景もあったのか、紙の質がいかにも粗末だというのが印象的とか。

 私が日本国憲法を学んだのは、北海道学芸大学(現 北海道教育大学)附属札幌小学校・中学校の義務教育年限でした。そもそも「憲法とは何か」、「歴史が証明するように、時として権力は暴走し、個人を弾圧し、人権を抑圧することもある。だからこそ国家権力を縛り、権力を抑制的に、真に国民のために行使させるべく憲法というものがある。憲法とは、いわば長い歴史を持つ人類の英知の結晶である」、これが今も忘れることがなく学んだ基本的認識です。第二次世界大戦で多大な犠牲を負った日本の、新しい時代に向けた憲法であることも。

 そして、日本国憲法は3つの柱を持っている、と。

* 国を治める主権は国民にあるという「国民主権(主権在民)
* 人間が生まれながらにして持っている、人間らしく生きる権利を永久に保障する「基本的人権の尊重
* 世界の平和を永久に守るため、外国との争いが起きても戦争をしないで平和的に解決するという「平和主義

 当時、教えてくれた先生たちは大変熱心に語っていた姿を、私は今もはっきり覚えています。特に中学校時代、時代背景として自衛隊の存在が裁判等でも問われていたからなのか、「自衛隊は軍隊か」、「自衛隊は違憲か」、といったテーマでディベイトをしたことも覚えています。因みに私は、少数派だった「自衛隊は軍隊ではない」側に手を挙げて授業でやり取りしました。私たちの側は劣勢だったような気がしますが、先日の番組では丁度、二つの裁判との時期が重なり、社会科の先生は私たちに極めて政治的なテーマを題材として提起したのだと思います。

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 先日、案内があってこの憲法記念日に二つの番組を観ましたが、歴史の流れを濃密に捉えた素晴らしい内容でした。

* NHK・ETV再放送「平和に生きる権利を求めて~恵庭・長沼事件と憲法~」

http://www4.nhk.or.jp/etv21c/x/2018-04-28/31/920/2259619/

 昨年度のメディア・アンビシャス(http://media-am.org/)のアンビシャス賞に輝いたBS1スペシャル「父を捜して~日系オランダ人 終わらない戦争~」の番組プロデューサーだったNHKの塩田純さんの制作

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 自衛隊の合憲・違憲が争われた恵庭事件。裁判の録音がテレビで初めて公開された。裁判で提起された平和的生存権が、その後長沼ナイキ基地訴訟でどう問われてきたのか迫る。

 自衛隊をめぐり注目された裁判の録音が公開された。北海道の恵庭事件。演習の騒音に抗議し自衛隊の通信線を切断した酪農家が起訴された。自衛隊が合憲か違憲か争われたが札幌地裁は憲法判断をせず無罪判決を下した。ここで提起された平和的生存権は長沼ナイキ基地訴訟の地裁判決で示され、その後イラク派遣差し止め訴訟の名古屋高裁判決で確定した。今、沖縄の基地問題でよりどころとなる平和的生存権をめぐるスクープ・ドキュメント

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* NHK総合:NHKスペシャル「憲法と日本人 ~1949-64 知られざる攻防~」

https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20180503

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 戦後一度だけ憲法改正をめぐる国民的議論が交わされた1949年~64年の15年間に着目して、当時の改憲派と護憲派の攻防を検証し、憲法をめぐる日本人の模索を見つめる番組です。憲法施行から71年。護憲か改憲か、国論を二分する攻防が繰り広げられた時代が、かつてあった。GHQの報告書によって憲法制定の過程が明らかになった1949年から、政府に設置された憲法調査会が最終報告書を提出した1964年までの15年間である。新たに発掘したこの間の700点の史料と関係者の証言から、憲法をめぐる日本人の知られざる模索を見つめる。

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 私は、小・中学校でしっかりとこの日本国憲法を学んだという自負があり、当時の先生方の時代と向き合う真摯な姿勢も忘れることはできません。右翼とか左翼とか、「日本を取り戻す」等、今、浅薄に語られる時代と違って、60年安保闘争を経た当時の日本社会の生真面目さも感じ取れるのです。と同時に、昨今、このような教育を受けた者の使命として、私は後の世代のためにも、この日本国憲法を体を張って護っていかなければならないと覚悟を決めました。日本の「近代」に対する認識もいい加減のままで、今の政治家の見識の無さと人品の卑しさに任せることはできません。言い換えるならば、私自身の歴史に対する誠意であり責任といってもいいかもしれません。

2018年4月27日、板門店

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 2018年4月27日、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長は、軍事境界線のある板門店で会談し、「板門店宣言」に署名して歴史的な一日となりました。

* 板門店宣言全文:https://article.auone.jp/detail/1/4/8/6_8_r_20180427_1524835601996918

 夜のテレビ、NHKニュースに登場していた南山大学教授のコメントは何ともネガティブ。歴史は一挙に変わるはずもなく、まして朝鮮半島の歴史では、基本的には休戦協定の当事者は北朝鮮とアメリカ(国連軍)ですから、構図的には6月にも想定されている米朝会談で正式な新しい枠組み交渉がなされるのは自明の理です。ただ、その前に、南北会議がこのように設定されて共通の目標を掲げたその両者の勇気に、率直にまずは拍手なのではありませんか。私は、1989年のロシア崩壊、ベルリンの壁の撤去の瞬間を思い出しました、まさに20世紀の冷戦構造の終結です。7年前にベルリンを訪問した時、その瞬間を自らの肌で感じました。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10458

 今回、金正恩氏は北朝鮮の指導者として初めて軍事境界線を200mの徒歩で越え、韓国側に足を踏み入れました。午前は韓国側施設「平和の家」で同席者を交えて1時間40分会談、午後にも屋外を散策する途中で約40分間2人だけで会談し、その後で共同記者発表に臨みました。私はテレビでその様子を見ていて、共通の言語・民族が、もちろん世界の目を意識してではありますが、向き合って話す姿に、まさに歴史の瞬間に立ち会っている気がしました。

今朝の新聞各紙

今朝の新聞各紙

 宣言では「完全非核化」のほかに、朝鮮半島の平和構築に関しては「非正常的な現在の停戦状態を終息させ、確固たる平和体制を樹立することは歴史的課題」と指摘し、年内に朝鮮戦争の終戦を宣言したうえで、1953年に締結した休戦協定を平和協定に転換するため、南北米の3者或いは中国を加えた4者による会談を進めると明記しました。

 南北の緊張緩和のため、互いに武力を使用せず1992年の南北基本合意書で約束した「不可侵」の合意を再確認し順守するとし、来る5月1日から、南北の軍事境界線付近で拡声器を使って流してきた北朝鮮の住民向けの宣伝放送を中止し「すべての敵対行為を中止する」と宣言しました。

 南北は相互交流の拡大のため、北朝鮮の開城に南北共同連絡事務所を設ける方針も確認。経済協力に関しては、2007年の南北首脳会談で触れた事項を積極的に進め、鉄道や道路などの整備に関して対策を講じるとも明記しています。

 私は10年前に、演劇交流で韓国を訪問した時に、板門店ツアーに参加して現地に足を運びました。歴史の最前線にいる緊張感は今も心に残っています。

* 板門店 http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=876

 その時の私のコメントです~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 いずれにせよ、相変わらずの日本外交の貧弱さを痛感しています、公式発表はともかく、複数の人的パイプがないというか。外交上は、今こそ、東アジアにおける平和と安全に関して「非核化」をキーワードにして、日本は本来のリーダーシップを発揮する時だと思います。そして、一味違う視点として、自然科学者・環境科学者を中心として、たとえば「オホーツク海の生態系」、「北東アジアの大気汚染」、「朝鮮半島の生態系」といったテーマでの、周辺6・7カ国ネットワーク形成プロジェクトを、日本がリーダーシップを取って場の構築等は出来ないものでしょうか。

 過去の歴史を受け止めながら、21世紀的テーマの新しい構想の中で平和の時代を創る、そんな時代なのだと強く思います。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~引用 おわり

 あれから10年を経て、何も動いていなかった日本国の姿勢、歴史の舞台から取り残される所以ですね。第二次世界大戦の戦勝国がどこで、敗戦国がどこだったのか、あらためて近い歴史をしっかり認識する必要があります、以前から私自身、声高に言ってきたことではありますが。日本は、アメリカに敗けただけでなく中国にも敗けた事実を認識しなければならず、そして、戦前、朝鮮半島を統治していたのは日本であり、中国の一部を占領していたのも日本であることを、ですね。今回の朝鮮半島の平和的統一への努力を、ただ「歓迎」といっている場合ではなく、何がしかの歴史的責任を負っての使命があるのでは、と私は強く思います。

 10年前の板門店ツアーで、向かうバスの中で聴いた「イムジン河」は、ひと際印象的でした。1969年前後の私の学生時代とも重なります。

* イムジン河 https://www.youtube.com/watch?v=eQF1xdghzGM

 東西ドイツの統合のように、今後、課題は多いでしょうが、南北朝鮮の統合により朝鮮半島の非核化への道が開かれると、韓国駐留のアメリカ軍の位置づけが変わり、ひいては日本の沖縄を中心にいるアメリカ軍基地にも変化が出てくることになります。まさに、朝鮮半島問題は、21世紀の日本のあるべき姿の課題に直結します。

 平和への道筋、一歩一歩前に進んでほしいものです、朝から興奮した2018年4月27日でした。

第9回 メディアアンビシャス授賞式

Posted by 秋山孝二
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 入院中には、今年で9回目となったメディアアンビシャス授賞式も開催されました。今年の大賞他は以下の通りです。

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第9回メディアアンビシャス大賞(2017年1月1日~12月31日)

【活字部門】

▶大賞  沖縄全戦没者追悼式典での写真「沖縄の視線」

東京新聞デジタル版/中日新聞 6月23・24日

▶アンビシャス賞  連載「こころを揺らす」1-5部

北海道新聞4月2日から11月23日まで

▶メディア賞    「大阪の国有地 学校法人に売却/金額非公表 近隣の1割か」

朝日新聞2月9日

▶入選      ①「言葉の現在地」計9回(冬㊤㊥㊦、春㊤㊥㊦、夏㊤㊦、秋)北海道新聞 1月―11月の随時

②1強第2部「パノプチティコンの住人」 朝日新聞 4月18日から5回

【映像部門】

▶大賞 NNNドキュメント「お笑い芸人 vs原発事故 マコ&ケンの原発2000日」

日本テレビ(放送:STV) 2月6日 上映55

▶アンビシャス賞 「父を探して」~日系オランダ人終わらない戦争~

NHKBS 10月8日 上映110分

▶メディア賞   NNNドキュメント「記憶の澱」

山口放送(放送:STV) 12月4日 上映55分

▶入選      「生まり島ぬ言葉忘ね 国忘ゆん」

沖縄テレビ(放送:UHB10月15日 上映55分

【特別賞】

望月衣塑子さん(東京新聞記者)

※活字、映像とも受賞作品の内容と推薦の言葉はホームページhttp://media-am.org/の大賞候補一覧でご覧になれます。

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 数日後に、世話人の一人、H氏からも報告が届いています。~~~~引用

 3月3日の表彰式は、みなさまのお蔭様で48人の方が足を運んで頂き、有意義なものとなりました。本当に、ありがとうございました。

 特に、NHK番組の「父を捜して~日系オランダ人 終わらない戦争~」を制作した椿プロの金本麻理子さまは、表彰状1枚を受け取るために、東京から来札して、わずか2時間半の滞在でトンボ返りをされました。「自分の会社をつぶす訳にはいかない」とのことで恐縮の極みです。

 また朝日新聞大阪本社の森友取材班デスクの鎌内勇樹さまは、「文書書き換え問題をはじめ、今回の取材は何年かかっても、真相を解明する」と力強く決意を披露し、拍手を浴びていました。前日の2日に大スクープを打った関係もあり、「この後も仕事があるので」と懇親交流会も辞され、早々に会場を後にされました。

 さらに北海道新聞の連載「こころ揺らすをしており、その途中を抜け出しているので」と表彰状を受け取り、受賞者挨拶をして、直ぐに退席しました。

 沖縄全戦没者追悼式典での写真を撮られた東京新聞の澤田将人さまにはお嬢様2人と、ご伴侶の3人が駆け付け祝福されましたし、「お笑い芸人VS.原発事故 マコ&ケンの原発取材2000日」を取材したNTVの加藤就一ディレクターは「受賞者はマコ&ケンです」と謙虚に喜びを語っていました。

 一方「記憶の澱」を制作した山口放送の佐々木聡さまは情報番組を制作しる傍ら、地道にご自分で戦争をテーマに日本人の加害性や被害を追求してきたことを披露されました。

 久しぶりに東京から帰札された山口二郎代表も「ある意味残念ながら、いまこそ、この活動が重要になっている時だ。もっともっと財政面も強化する必要性さえ感じている」とメディア状況を踏まえて、各表彰者を称えるとともに、当会活動への理解を訴えていました。

 会場からの質問タイムを多めに設けましたが、各受賞者へ激励を込めての問いが相次ぎ、各メディア関係者の抱える問題点なども浮き彫りとなっていました。

~~~~~~~~~~ 引用おわり

 今年で9回目、何か時代がメディアに対して大変窮屈になってきている時代、ますます、このような活動の価値が増しているような気がします。その中で果敢にチャレンジして取材を重ねて掲載・制作しているメディア関係者にささやかながら拍手を送り続けます。今年、出席できなかったことが大変残念です。

宮原正幸常務理事、逝く

Posted by 秋山孝二
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 突然の訃報とはこのようなことなのか、今月19日午後のことです。(公財)秋山記念生命科学振興財団の常務理事、宮原正幸が急逝しました。

 昨日、お通夜、本日告別式、ともに滞りなく終了しました。ご会葬頂いた皆さま、弔電、ご供物、ご供花を頂いた皆さま、心から感謝申し上げます。

祭壇

ご長男の想いを込めて

葬儀の私の弔辞~~~~~~~~~~~~~

弔辞

 公益財団法人 秋山記念生命科学振興財団常務理事、故宮原正幸さんのご霊前に、謹んでお別れの言葉を申し上げます。

 「宮原さんが倒れて心肺停止で今搬送中です」、と財団職員の救急車内からの報を受け取ったのは、わずか5日前の午後6時過ぎのことです。その日の午前中には、宮原常務理事、事務局の桜井、城越、私とで、年明け開催予定の財団理事会、評議員会の議案を巡って、最終の確認をしたばかりでした。いつもと変わらぬ姿、わずか数時間後のこの連絡に、私はにわかには信ずることができませんでしたが、すぐに気を取り直して西区の病院に駆けつけました。こうして弔辞を読んでいる自分は、未だに現実とは受け入れがたい正直な気持です。

 宮原正幸さん、初めて私が出会ったのは、今からもう30年以上前になるでしょうか。北海道銀行のホープとして、新しい事業づくりに懸命に努力していた時でした。「北の大地に種を蒔く」と、北海道の将来ビジョン、新しいビジネスモデルによる北海道の活性化等、当時、企業経営に携わりはじめたまだ新米の私は、前向きな意見交換を何回もしたような気がします。銀行というのはただお金を預かる、貸し付けるだけでなく、地域の開発・活性化なくして繁栄はないとの信念、地域住民の豊かな暮らしに関しても真摯に向き合うものなのかと、私は、そんな高度経済成長を支え、バブルに向かう当時の間接金融機能の原点に対して、また、組織の中で意志を貫こうとしている一人の人間に対して、素朴な感動を覚えたことを今でも記憶しています。

 その後、私との関係で濃淡はありましたが、思い出すと会ったりし、縁あって秋山財団に迎えて以来57ヶ月、丁度、財団設立25年の直後から30年の重要な時期を、本当に全力で「民が担う公益財団活動」に邁進して頂きました。

 思い出します、毎年9月の贈呈式、理事長挨拶として原稿を書いていた宮原さんの幾つかのこだわりの言葉を。「大平洋戦争末期の沖縄戦からの学び」、「ヒューマニズム」、「民間が担う公共」、「科学者の矜持」、「アンチテーゼ」、「アウトリーチ活動」等々、そして「いのちの尊厳」です。私との意見の相違で何回も議論したことも、今となっては過去の思い出となりました。

 贈呈式では、祝賀会の終わりの挨拶で、ふるさと芦別の幼い頃の記憶と愛着、大学時代に暮らした弘前、東北地方に寄せる想い、銀行・生命保険会社での経験と誇り、ある時は激しい憤り、ある時は貴重な教訓として語り、そして必ず毎年、ご両親の想い出に言及していた姿も忘れられません。

 宮原さんの最期の仕事となった秋山財団来年度事業計画の策定作業では、自ら力を入れて挿入した二点、「生命科学の概念を明確に提起し、『北海道学』という新しい概念の構築を提唱する中で『地域』を深掘りする」、「生命科学の基礎的研究に取り組む若手研究者を重視した助成を継続する」、私は、年明けの会議で、宮原さんの遺志として理事・評議員・監事の皆さまにお伝え致します。

 宮原正幸さん、秋山財団でのご業績が、言い尽くせぬ貴いものとして私どもの心にしっかり残っております。歴史に刻まれたこの財産と宮原正幸さんの生前のご尽力に深く感謝するとともに、これからも永く継承し力強く歩んでいくことをお誓いし、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 どうか安らかにお眠り下さい。

平成291224

公益財団法人 秋山記念生命科学振興財団

理事長  秋山 孝二

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海軍記念日 2017

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 毎年5月27日は「海軍記念日」で、札幌では「北海道全海軍 慰霊祭」が札幌護国神社で催されています。90歳を越える方によるラッパの奉納「国の鎮(https://www.youtube.com/watch?v=t8fXSsy2DJY)」は、今年も最後まで立派に演奏されました。

雨の中の慰霊祭

雨の中の慰霊祭

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%B5%B7%E8%BB%8D%E8%A8%98%E5%BF%B5%E6%97%A5

 今年はあいにくの雨にもかかわらず、90歳代と思われる皆さまのご参加も多く、しばし、北海道出身の戦争犠牲者の慰霊の時間となりました。

 北海道全海軍の「英魂の碑(https://nyh3boys.theblog.me/posts/210535」は、1978(昭和53)年 8月20日建立され、当初は「北海道全海軍の集い」という団体の例祭として開催されていましたが、発展的に解散して、以来、護国神社の例祭として毎年行われています。私の父はこの三代目の会長を務めました。

全海軍の慰霊の碑

全海軍の英魂の碑

 「全海軍の英魂の碑」以外にも、幾つかの闘いでの戦没者慰霊碑が、境内には建立されています。

ノモンハン、北千島

南方地域、北千島で

アッツ島、

アッツ島、ノモンハンで

沖縄戦で

沖縄戦で

* 沖縄慰霊の日――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%B2%96%E7%B8%84%E6%85%B0%E9%9C%8A%E3%81%AE%E6%97%A5

 昨今、政治の世界でいとも簡単に「戦い」だの「戦争」だの口にする輩がいますが、とんでもありませんね。毎年のこの慰霊祭に参列すると、今ある日本は多くの犠牲の基にあることを強く感じ、日本国憲法の下、戦後教育を受けた我々世代の責任をあらためて確認致します。

沖縄の現場から、記者の報告!

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 メディアアンビシャスの授賞式の翌日、受賞された沖縄タイムスの伊集(いじゅ)竜太郎記者の緊急報告「基地被害の現場から~オスプレイ墜落・辺野古・高江など」が催され、会場は超満員で熱気を帯びていました。事故当日の取材の経過ほか、生々しい現場でのやり取り等、沖縄北部での日々の取材の緊迫感が伝わってきました。目の前のアメリカ軍の前に立ちはだかる日米地位協定、防衛省、警察機動隊等、戦後の歴史の課題を目の当たりにしました。

* 記事――> http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/75799

リーフ上にある大破したオスプレイ=14日午前2時10分ごろ、名護市安部(伊集竜太郎撮影)

伊集竜太郎記者撮影

前日の表彰式で

前日の表彰式で伊集竜太郎記者

 当日のチラシから伊集竜太郎記者のコメントです。~~~~~~~~~~~~~~~

 取材している沖縄北部には、辺野古問題で取り上げられるキャンプ・シュワブ以外にも、4市町村にまたがる広大なキャンプ・ハンセン、東村高江で注目された北部訓練場、現在機能強化に向けた着陸帯拡張工事が進む離島の伊江島補助飛行場などの米軍基地があり、昼夜問わず激しい訓練が行われ、騒音や粉じんなどで住民被害が頻発しています。「沖縄の基地問題」は本土では政府×沖縄県という政治ベースの問題や、安全保障の観点で議論されますが、そもそも沖縄県民にとって基地は生活の問題です。まずそこをご理解頂きたいと思います。米軍基地のない地域に住む方には皮膚感覚で沖縄の基地問題を感じることはなかなか困難だと思いますので、まずは被害実態を映像などで示しながら紹介したいと思います。皆さんがきっとお聞きしたいであろう、政府×沖縄県の動向や辺野古新基地建設の地元の賛否、沖縄の基地の抑止力などは、質疑の中で答えられる範囲でお答えしたいと思っております。

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実際の当日の紙面

実際の当日の紙面

沖縄の現地で何が起きているのか

沖縄の現地で何が起きているのか

主語を明確に議論しよう

主語を明確に議論しよう

 お話から書き留めた私の手元メモ:

<現場「沖縄」の認識>

* 軍事的に沖縄に基地がある地理的優位性はない、歴史的にあるだけでロジックが破たんしている:佐賀、佐世保の基地の方が北朝鮮に圧倒的に近く優位性は高いはず

* 沖縄の基地の存在は、ひとえに「政治の問題」で、「軍事的戦略性の問題」ではないというアメリカ軍首脳の話

* 基地問題は「沖縄の問題」ではなく、「日本の政治」における防衛・安全保障の問題

* 沖縄にとっては、「基地問題」ではなく、住民にとって日々脅かされる「日常生活・人権の問題」

<基本的な取材の姿勢>

* 当事者としての視点

* 事実に基づいた現場からの発信

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 これまでの私の沖縄関連記事――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%B2%96%E7%B8%84

2016 メディア・アンビシャス大賞

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 メディア・アンビシャス(http://media-am.org/(呼びかけ人代表・山口二郎法政大学教授)2009年に発足し、新聞、テレビの報道を市民の立場から見守っています。その一環として「メディア・アンビシャス大賞」を設け、年に1回、新聞などの「活字部門」、テレビなどの「映像部門」の2部門で、会員同士でニュース・記事、レポート、ドキュメントなどを推薦し、優れた記事・作品に賞を送って称えてきました。私もこの間、世話人の一人として活動しています。

 今回の表彰は昨年1年間(201611日―1231)を対象にし、8回目となります。審査及び投票は昨年末の第1次審査会を経て、1月中旬には映像部門の集中上映会を行い、さらに28日に追加候補を加えた最終審査会を開きました。「市民が勝手に表彰」とは言っても、その選考は大変厳密・慎重で、透明性・公正さは年を経るごとに信頼を集めています。

* http://media-am.org/?page_id=894

【活字部門概況】24本の記事のエントリーがあり、1225日に第1次審査をおこない、広告的なものなど、過去のケースを参考に当初から審査対象を外れるものを除いて選考しました。その結果、大賞には、北海道新聞が1127日から12月初めにかけて掲載した「原発会計を問う」た一連の報道と連載記事が選ばれました。電気料金に組み込まれる原発会計の問題点を鋭く抉り出し、専門家の意見を加えて易しく解説しており、読者として啓発されることが多かったと評価されました。

【映像部門概況】推薦数は42本に上りました。国外テレビ局の作品など過去の選考事例などから9本を除いて選考対象としました。上映は計17本と、例会時の鑑賞分を加えて20本近くに上りました。視聴していることを条件にした投票及び審査の結果、大賞はNHKスペシャル「村人は満州へ送られた 国策”71年目の真実~」(8月14日放送)と決まりました。長野県の寒村から満州へ送り出された村民の悲惨、戦後自殺した村長の苦悩などを淡々と描いたドキュメントです。作品はいったん決まった「国策」という流れを押しとどめることの難しさを浮き彫りにし、現在的な課題として通底していました。

 授賞式が今年も「愛生舘サロン(http://aiseikan.net/salon)」で開催され、表彰状授与の後、受賞者によるパネル討論「メディアの今」で、私はコーディネーターを務めました。短い時間でしたが、濃密なやり取りは充実していたと思います。

授賞式、沖縄・東京からもご参加

授賞式、沖縄・東京からもご参加

NHKの報道番組

NHKの報道番組

活字部門の大賞

活字部門の大賞

続いての受賞者の意見交換

続いての受賞者のパネル討論 愛生舘サロンで

 そして懇親会にも大勢の参加者でした。

さらに突っ込んだ意見交換も

さらに突っ込んだ意見交換も

 2016年メディア・アンビシャス大賞の受賞者(敬称略)は以下の通りです。~~~~~~~~~~~~~~

【活字部門】

〇大賞  ・「原発会計を問う」北海道新聞 1127日―122日の記事と連載

北海道新聞社報道センター 記者 関口裕士

〇メディア賞  ・「憲法を考える 自民改憲草案」朝日新聞 3月―6月にかけて連載

朝日新聞「憲法取材班」(代表 政治部次長 高橋純子)

〇アンビシャス賞  ・「南スーダン派遣と自衛隊員の生命 国防ニッポンのリアル」

サンデー毎日124日号、同11日号 毎日新聞東京本社社会部編集委員 滝野隆浩

〇アンビシャス賞  ・「オスプレイ墜落」の現場写真とルポ 沖縄タイムス1214,15

沖縄タイムス北部支社北部報道部記者 伊集(いじゅ)竜太郎

〇入選(1作品) ・憲法70年第3部「壊憲のゆくえ」北海道新聞95日―11日 連載

北海道新聞社報道センター編集委員 斎藤正明、楢木野寛

【映像部門】

〇大賞   NHKスペシャル「村人は満州へ送られた〜〝国策〟71年目の真実〜」

814NHK名古屋放送局 報道番組チーフ・プロデューサー 加藤謙介、プロデューサー 森田 超

〇メディア賞   ・NHKスペシャル「私は家族を殺した〜介護殺人〟当事者たちの告白〜」

49「NHKスペシャル“介護殺人”取材班」(NHK報道局社会番組部 チーフ・プロデューサー 横井 秀信)

〇アンビシャス賞   ・Eテレ・バリバラ「検証!『障害者×感動』の方程式」

828NHK大阪放送局制作部 チーフ・プロデューサー 真野 修一、ディレクター鈴木 伸治

〇入選(4作品)

・NHKスペシャル 「決断なき原爆投下 ~米大統領71年目の真実~」

86NHK広島放送局 報道番組チーフ・プロデューサー 高倉  基也、ディレクター葛城 豪

報道ステーション「独ワイマール憲法の〝教訓〟 なぜ独裁が生まれたのか」テレビ朝日(HTB)

318テレビ朝日「報道ステーション」 松原文枝、池田悠樹

NNNドキュメント「知られざる被爆米兵 ヒロシマの墓標は語る〜」広島テレビ(STV)

81日 広島テレビ放送報道部 加藤 紗千子

・「戦争とは〜記者たちの眼差し 戦後71年の開戦の日に〜」TBS(HBC)

1226日 TBSテレビ報道局編集部記者兼キャスター 佐古 忠彦

【北海道賞】今回から新設しましたが、該当作なしでした。

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これまでの掲載記事――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83

沖縄慰霊の日 2016

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 毎年6月23日は、「沖縄慰霊の日」として、今を生きる私たちとしては忘れてはならない日です。これまでも何回か書き留めてきています。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12980

* 昨年のテレビ番組で――>http://blog.livedoor.jp/gataroclone/archives/44538515.html

 今年の翁長知事のご挨拶: 【・・・・、戦後、私たちは、この沖縄の心をよりどころに、県民が安心して生活できる経済基盤を作り、復興と発展の道を懸命に歩んでまいりました。しかしながら、戦後71年が経過しても、依然として広大な米軍基地が横たわり、国土面積の0・6%にすぎない本県に、米軍専用施設の約74%が集中しています。広大な米軍基地があるがゆえに、長年にわたり事件・事故が繰り返されてまいりました。今回の非人間的で凶悪な事件に対し、県民は大きな衝撃を受け、不安と強い憤りを感じています。沖縄の米軍基地問題は、我が国の安全保障の問題であり、日米安全保障体制の負担は国民全体で負うべきであります。

 日米安全保障体制と日米地位協定の狭間(はざま)で生活せざるを得ない沖縄県民に、日本国憲法が国民に保障する自由、平等、人権、そして民主主義が等しく保障されているのでしょうか。真の意味での平和の礎(いしずえ)を築くためにも、日米両政府に対し、日米地位協定の抜本的な見直しとともに、海兵隊の削減を含む米軍基地の整理縮小など、過重な基地負担の軽減を先送りすることなく、直ちに実現するよう強く求めます。特に、普天間飛行場の辺野古移設については、県民の理解は得られず、これを唯一の解決策とする考えは、到底許容できるものではありません。

 一方、世界の国々では、貧困、飢餓、差別、抑圧など人命と基本的人権を脅かす、多くの深刻な課題が存在しています。このような課題を解決し、恒久平和を実現するためには、世界の国々、そして、そこに暮らす私たち一人一人が一層協調し、平和の創造と維持に取り組んでいくことが重要であります。・・・・・】

 「日米地位協定の抜本的見直し」を明確に表現されました。

翁長知事の挨拶

翁長知事の挨拶

 仲間里咲さんの 詩の朗読も胸に染み入りました。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201606/CK2016062302000258.html

詩の朗読

詩の朗読 仲間里咲さん

 新聞紙上には保阪正康さんが書いていました、「沖縄戦」ではなく「本土決戦第一号」と日本国民は認識すべき、との視点は鋭い指摘です。沖縄戦での住民の悲惨な状況は、その後想定された本土決戦のどの地域でも起こり得た惨状でしょう。沖縄に思いを馳せるのではなく、今を生きる日本国民として、戦争の歴史を受け止める責務があるのだと思います。

 こんな報道姿勢をNHKがすることはまさに犯罪的であり、憤りを感じます。

http://www.okinawatimes.co.jp/cross/?id=439

上杉の里・米沢は今、2016

Posted by 秋山孝二
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 仙台での会合に合わせて、「米沢市上杉博物館(http://www.denkoku-no-mori.yonezawa.yamagata.jp/uesugi.htm」で、招待券を頂いていた特別展示「上杉家の古写真(http://www.denkoku-no-mori.yonezawa.yamagata.jp/091uesugikoshyashin.htm」を観に行きました。

米沢市博物館

米沢市上杉博物館

 博物館の隣には上杉神社(http://www.yonezawa-kankou-navi.com/historic/uesugijinja.htmlです。

 明治9年、上杉謙信、上杉鷹山を祭神として米沢城本丸奥御殿跡に建立、松が岬公園の中央に位置しています。明治35年に別格官幣社(べっかくかんぺいしゃ=明治政府が定めた神社の分類、国に尽力した人物を祀る神社)に指定され、このとき祭神は謙信のみとなり、鷹山は摂社に祀られ松岬神社となったそうです。現在の本殿は明治神宮や平安神宮の設計者として知られる米沢市出身の伊東忠太の設計で大正12年に再建されました。

隣地の上杉神社参道

隣地の上杉神社参道

 上杉鷹山公(http://www.yonezawa-kankou-navi.com/person/yozan.html)は、アメリカ大統領のジョン・F・ケネディが尊敬した日本人政治家としても著名で、「なせばなる、なさねばならぬ、なにごとも」の名言を残し、米沢藩の窮地を立て直した、現代にも通じる政治手腕を発揮した人物です、当初は苦難の連続だったことをここに来て知りました。余計なことですが、上杉鷹山公は、米沢藩生まれではないそうですね、戦国武将・伊達政宗は米沢生まれだそうです。

* J・F・K 昨年訪問したボストンで――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=23358

上杉鷹山公

上杉鷹山公

 更には「招魂碑」。

鎮魂碑

招魂碑

碑の由来、戊辰戦争に遡る

碑の由来、戊辰戦争に遡る

向うに博物館を望む

向うに博物館を望む

 今回の、特別展示「上杉家の古写真」では、幕末から明治初期の上杉家の様子が具に理解できました。特に、戊辰戦争で奥羽越列藩同盟の盟主として名を馳せた米沢藩最後の藩主、上杉茂憲(もちのり)は、僻遠の地・沖縄の県令を命じられ、当時、日清両属だった沖縄は琉球王国時代の古い制度・慣習がそのまま残り、人々は貧窮の底に喘いでいました。茂憲は持てる力のすべてを投じて全県をくまなく回り、実態を調査し、何度も政府中枢に上申書を提出ました。また、優秀な青年を留学生として本土に送り、沖縄に近代化の種を蒔いた、今日、沖縄で敬愛される数少ない本土人の一人であり、上杉茂憲の知られざる生涯は実に興味深いですね。

 各地に歴史あり、江戸の幕藩体制の底力、もう一つの江戸から明治を感じる米沢訪問でした。

メディア・アンビシャス大賞ほか 2015年度

Posted by 秋山孝二
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 メディア・アンビシャス(http://media-am.org/)が勝手に選ぶ「メディア・アンビシャス大賞」ほかの授賞式が、愛生舘サロンで開催されました。大阪、東京からもご参加を頂き、懇親会でも大変貴重なお話を聞くことができました。今年も、私は授賞後の意見交換会でコーディネーターを務めました。 

 マスメディアへの批判はよく目にしますが、そんな中、テーマを追い続けて果敢な取材に基づいて記事・番組を創っている皆さんに、心からの拍手です。これからのご活躍を祈っています。

 

授賞式、満席の会場で

授賞式、満席の会場で

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2015年メディア・アンビシャス大賞 受賞一覧(受賞者氏名の敬称略)

【活字部門】

▽ メディア・アンビシャス大賞

「子どもと貧困 シングルマザー」(朝日新聞 12月20日から3回連載)

連載企画「子どもと貧困 シングルマザー」取材班

朝日新聞大阪本社編集局生活文化部次長 斎藤利江子=出席

▽ メディア賞

「日韓 奔流半世紀」(北海道新聞 6月3日から23日 全4部構成17回)

北海道新聞編集局

「日韓 奔流半世紀」取材班      編集委員 斎藤正明=出席

▽ アンビシャス賞

「憲法解釈変更 局 経緯公文書残さず」の一連の報道記事(毎日新聞9月28日朝刊など)

毎日新聞東京本社社会部記者   日下部

▽ アンビシャス賞

「秘密保護法 検査院が支障指摘 『憲法上問題』」の報道(毎日新聞 12月8日朝刊など)

毎日新聞東京本社社会部記者   青島 顕=出席

▽ 入選

「道標求めて―琉米条約160年 主権を問う」(琉球新報 14年5月〜15年2月)

琉球新報編集委員       新垣 毅

【映像部門】

▽ メディア・アンビシャス大賞

マンデードキュメント「なぜペンをとるのか~沖縄の新聞記者たち」(11月2日BS-TBS MBS毎日放送制作)

毎日放送報道局番組センター

ディレクター  斉加 尚代

プロデューサー 澤田 隆三=出席

▽ メディア賞

報道特集「戦争を忘れた東京の70年・ドイツと中国で考える」(8月15日HBC TBS制作)

TBS報道局「報道特集」ディレクター

辻  真

瀬戸 雄二=出席

宮本 晴代

▽ アンビシャス賞

日本テレビ「南京事件 兵士たちの遺言」(10月4日STV 日本テレビ制作)

NNNドキュメント取材班 殿

報道局ディレクター 境 一敬=出席

▽ 入選

・ETV特集「薬禍の歳月~サリドマイド事件・50年〜」(2月21日NHK)

NHK文化・福祉番組部ディレクター 石原 大史(いしはら・ひろし)

・報道ステーション「沖縄慰霊の日」(6月23日HTB テレビ朝日制作)

テレビ朝日・報道ステーション

山口 豊

梶川 幸司

升谷 文彦

2015年大賞選考】対象期間は20151年間です。会員からの推薦作品は活字部門で28件、映像部門で20件でした。活字部門では候補の記事の1部をホームページにアップするとともに、推薦者のプレゼンテーションを経て投票しました。映像部門は1次審査後、15件を集中上映のうえ投票しました。詳細はホームページhttp://media-am.org/2015年大賞一覧をご覧ください。

今年を振り返る 2015 (番外編)

Posted by 秋山孝二
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 年末29日、もう十数年になりますか、今年もFM三角山ラジオで丸山哲秀先生の番組で1時間少々のトークに登場でした。私自身、毎年の振り返りができると同時に、丸山先生とのやり取りが楽しかったです。

* http://d.hatena.ne.jp/tessyu/

 戦後70年目の節目の年、歴史的転換点とも言える大きな出来事が続出しました。政治、経済では今後楽観を許さない危機感を抱きますが、世界で戦うアスリートたちの活躍からは、多くの勇気と希望を受け取りました。フィギャスケートの羽生結弦、宮原聡子、バドミントン、フェンシングの太田、ラグビーワールドカップで3勝の五郎丸歩、リーチ・マイケル、世界選手権優勝の男子体操、女子サッカーワールドカップの準優勝、テニスの錦織圭等、書き切れない程の活躍でした。それぞれ裏付けされる日頃の精進があり、日々切磋琢磨している姿には感動しました。

 私の活動の総括としては、上手く軌道に乗ったこと、苦闘していること、いろいろありますが、自分が関わるフィールドがあるということに感謝したい気持はあります。それぞれの場には、永年頑張っている人々がいる訳で、その努力へ報いるためにも、私の立ち位置でやれることを悔いなくやりたい、そんな姿勢で日々活動をしてきたつもりです。

 私(わたくし)的な一年のまとめ、今年も盛りだくさんでした。

* 新渡戸稲造と札幌遠友夜学校を考える会」、札幌遠友夜学校、遠友みらい塾関連

* エネルギーチェンジ100ネットワーク

* 演劇関係

* 秋山財団

* 北海道経済同友会

* 寺島戦略経営塾

* 政治情勢、特定機密法案、安保法制、沖縄基地問題

* SEALDsの活動

* 海外旅行から 5月ボストン、10月シンガポール

* 国内旅行 7月利尻・礼文、10月中山道(妻籠、馬籠ほか)、郡上八幡、高山「八幡祭」

* 六華同窓会、札南学校林財団

* 音楽ライブ 7月グラシェラ・スサーナ、8月美輪明宏、11月アルゼンチンタンゴ

 年末のテレビの特別番組、録画したものの果たして観る時間があるのかどうか。何はともあれ、今年一年、大変お世話になりました、来年も宜しくお願い致します、皆さまのご多幸をお祈り致します!

だまされないこと、ですね

Posted by 秋山孝二
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 インターネット時代、マスメディア以外でもたくさんの情報に接することが出来て、昔と比べてはるかに情報的には質・量ともに豊かになっている気がします。この数か月、目の前のスケジュールに追いかけられて、時として熟考を見失う場合もありましたが、幾つか記憶に残るコメントを書き留めます。

 まずは、FBでも「保存」している、むのたけじさんのメッセージ。「人さまに頼むのはやめよう!」は、究極の自立に向けた発言ですね。(https://www.youtube.com/watch?v=UTPtxOu-0XE

 次は北海道新聞に掲載されていた白井聡さんの意見。「もう、騙されないこと」と、現在の政治状況に警鐘を鳴らしています。「戦前の支配勢力は敗戦の責任を問われて退場しなければならなかったが、冷戦構造の中、米国の反共戦略により戦後も権力の座に居座り続けた。それが世代交代して今日まで続いている。安倍晋三首相はその象徴だ」、「異様なる対米従属。天皇の代わりに米国を戴(いただ)いている。米国中心の世界秩序というものが天壌無窮(てんじょうむきゅう)のものとされている」、「現に戦争をしている状態を作れば、憲法改正は現状の追認に過ぎなくなる。まずは後方支援から始めるのではないか。戦死者が出るのを待っているんですよ、彼らは」。沖縄へ連帯のメッセージは力強いですね。

http://dd.hokkaido-np.co.jp/cont/books_visited/2-0031759.html

 そして、長渕剛ですね。Web記事からのコピーです。~~~~~~~

・・・・・
 これら奥田氏の活躍に長渕は「よし、っと、久しぶりに拳が上がりました。希望を見ました」と絶賛の言葉を寄せる。それに引き換え、彼が気になったのは若いミュージシャンの日和見な態度だった。何者でもない、普通の大学生があれだけ自分たちの意見を主張しているというのに、率先して言葉を紡ぐべきミュージシャン、表現を生業としている者たちが意見を主張するそぶりすら見せない。

 「おかしいです。誰に口止めされているのか? 誰かに操られて音楽を作って、それで楽しいんだろうか。自分の言葉を持ち、そして発言する。音楽家がやるべきことなんてそれしかない。ロックでもパンクでもヒップホップでも、ジャンルはなんだって良い。日頃、社会に対してああだこうだ難癖つけてるくせに、いざとなったら、何にも言えない」

 「若いミュージシャンを見ていてもね、「おい、お前は何に寄り添っているんだ? 銭か? ったく、若いのによぉ」、しょっちゅうそう思う。パフォーマンスを見ても、歌を聞いても、「そんなに銭が欲しいなら、もっと勉強して、医者か弁護士になれば?」と思う。表現で飯を食う、なんてね。笑わせるなよ。その前に荒くれろ!」

 長渕が若いミュージシャンたちに対してここまで強い言葉を投げかける理由、それは彼の音楽的ルーツにある。長渕は同書に収録されている、写真家・作家の藤原新也との対談でこんな言葉を語っている。 「ギターは攻撃するための武器でした。どちらかと言うと関西フォークの源流やその周辺に傾倒していたんです」 「関西フォーク」とは、ザ・フォーク・クルセダーズ、高石ともや、中川五郎、高田渡、岡林信康といったシンガーを中心に60年代後半から70年代始めに最盛期を迎えたムーブメント。彼らは色恋の歌に終始する売れ線のカレッジフォークとは違い、政治的なメッセージ色の強い楽曲を数多く発表。学生運動華やかりし時代、若者たちのテーマソングとなっていった。

 南北に分断された朝鮮半島の悲しみを歌うザ・フォーク・クルセダーズ「イムジン河」、学歴偏重社会をコミカルに皮肉った高石ともや「受験生ブルース」、安保条約や自衛隊を揶揄した高田渡「自衛隊に入ろう」、山谷に住む日雇い労働者の哀愁がテーマの岡林信康「山谷ブルース」……etc、彼らの楽曲は歌詞の過激さから放送禁止楽曲に指定されるものも多かったが、それにも屈しない気骨溢れるアティテュードは多くの人々を魅了する。長渕もまさしく魅了された一人であり、それが前述の「親知らず」「静かなるアフガン」といった楽曲につながっていく。・・・・・・

~~~~~~~~~~~~~~ コピー 終了

* 「イムジン河」 https://www.youtube.com/watch?v=1-eJDL3zLCQ

* 「受験生ブルース」 https://www.youtube.com/watch?v=cCxIuxGdi24

* 「自衛隊に入ろう」 https://www.youtube.com/watch?v=QfffBvRhlNA

* 「山谷ブルース」 https://www.youtube.com/watch?v=yuPyhdzyGlI

 岡林信康は今も元気に歌っていますね(https://www.youtube.com/watch?v=gx9PiBYRQ2M)。数年前にライブを聞きに行きました。

 私は長渕剛とはほぼ同世代、出てくる歌・歌手たちも懐かしく、首都圏での学生時代を想い出します。そして、沖縄の米軍基地反対闘争と機動隊を見ていると、当時の三里塚空港反対闘争とダブります。今、国際空港はやっぱり羽田空港だよね、みたいな論調を目にすると、一体あそこまで反対を圧殺して新空港建設にこだわる大義は何だったのかと、ただの権力の誇示と膨大な予算消化の利権だったのではないかと、思わざるを得ません。

 今、時代を構図で見つめる、過去の歴史に学ぶ、そんな古典的な条理が手元に温める情報から読み取ることができるような気がしている私の師走です。

国会周辺ほか、全国で!

Posted by 秋山孝二
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 015年8月30日、日本の歴史が変わった、そんな光景を目の当たりにしました。一人一人は自らの意志により全国で立ち上がりました!誰が「愛国者」で、誰が「売国奴」か、安倍・菅の今の政権・与党すべてへの抗議でしょう、なめるなよ!!それにしても、私たちの学生時代(今から40年以上前)との大きな違いは、SNS(ソーシャル・ネットワーク)の環境ですね。昔は、それこそマスメディアしか知らしめる手段がなかったのに、今は、写真・動画等、さらには海外メディアの報道も含めてまさにリアルタイムに発信されています、すごい時代を実感します。

* http://mainichi.jp/graph/2015/08/31/20150831k0000m040081000c/001.html

* http://www.ourplanet-tv.org/?q=node%2F1971

 この日に先立って、28日夜、毎週金曜日の国会前デモで、福岡からの若者の率直な演説です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

・・・・。今日はどうしても言いたいことがあって、この場でスピーチさせていただきます。

『戦争法案』は絶対に廃案にしなければなりません。こんな政権に日本を任せるわけには行きません。

僕は地方から声をあげて行きます。

確かに九州は国会といった人が集まる象徴的な場所はありません。東京から離れている分、地方の若者の政治に対するリアル感はないかもしれない。

でも僕は言いたい!

どこに住んでいても、この法案について真剣に向き合わなきゃいけない。

九州はよく、『アジアの玄関口』と例えられます。確かに、観光で考えたら良いことなのかもしれない。でも、もし戦争することになったら、真っ先に攻撃対象に挙げられるでしょう。

なぜなら福岡には、東シナ海を監視するレーダー基地があるからです。それに、さらには玄海原発、鹿児島には原発再稼動した川内原発があります。

歴史を紐解けば、朝鮮戦争では福岡の空港からアメリカの戦闘機が朝鮮半島に向けて飛んで行きました。

第二次世界大戦中、海の向こうの沖縄は地上戦が行われ、北九州は原子爆弾の標的となり、長崎には原爆が落されました。九州にも現場があるんです。

僕は周りに政治のおかしさを訴えていきます。

戦争を起こして何になりますか。

誰が得をしますか。

僕ら国民には犠牲しかもたらしません!

そんなに中国が戦争を仕掛けてくるというのであれば、そんなに韓国と外交がうまくいかないのであれば、アジアの玄関口に住む僕が、韓国人や中国人と話して、遊んで、酒を飲み交わし、もっともっと仲良くなってやります。

僕自身が抑止力になってやります。

抑止力に武力なんて必要ない。絆が抑止力なんだって証明してやります。

そして大人のみなさん。今、多くの若い仲間たちが全国で安倍政権に『NO』という声を叩きつけています。ただこれだけは分かっていて下さい。

僕らは好きでこんな活動をしているわけではありません。

僕は(大学)3年生です。来年のこの時期は僕は就職活動なので、実質、今が最後の夏休みです。僕には就職活動真っ只中の仲間もいます。本当は家で本を読んでいたいし、ぼーっとしていたいし、友達と花火大会に行って遊んだり、バイトをしてお金を貯めたり、自分のために時間を充てていたいです。

でも今、ここで何もしなかったら、『戦争法案』は成立し、僕らや僕らの下の代にとんでもない重荷を背負わせ、また解釈改憲みたいな、民主主義国家とは思えないやり方がまかり通り、自由がなくなってしまうかもしれません。

そんな日本を僕らが望むわけがない。

そんな可能性を少しでも減らすために、安保法案を廃案にするために、僕ら若者は立ち上がっています。

今、こうやって多くの人の前でスピーチをしていますが、本当は僕めちゃくちゃ怖いです。こんな活動をしていて就職に影響しないだろうか、多くの若者が思っているはずです。

だからこそ、ここにいる大人のみなさん、ここにいないけど志が同じ大人のみなさんが若者を支えてあげて下さい。若者を応援して下さい。

そうすれば、僕らはもっともっと強くなります。

そして、少しでもこの法案に違和感を覚えている若者の手助けをしてあげて下さい。必ず傍にいるはずです。

また、安保法案に違和感を覚えている若者のみなさん、それを思っているのはあなた一人だけじゃない。ここには沢山の仲間がいます。地方にだって、あなたの話を真剣に聞いてくれる仲間が必ずいます。一緒に立ち上がりましょう。

そして安倍総理、好き放題やっているあなたへ、然るべき時に国民の力を思い知らせてやるために、僕らはこの怒りを絶対に燃やし続けます。

全国のみなさん。若者や大人、みんな一緒に、みんな一緒に連帯していきましょう。この怒りを忘れずに放ち続けましょう。そして、国会に届けましょう、僕らの意思を…。勝ち取りましょう、僕らの民主主義を…。

2015年8月28日、私は安保法案に反対し、安倍政権に退陣を求めます

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 演説コピー おわり

もっともっと学び、行動しましょ!

Posted by 秋山孝二
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 この8月、マスメディアでは戦争に関係する素晴らしい番組・記事が多かったですが、インターネット上にもそれ以上の優れた報道があり、民主主義国家・日本の一縷の希望を繋ぐ思いです。

原発に絡む報道として二つ:

* 8月23日「NNNドキュメント」 https://www.youtube.com/watch?v=3KBxosFcprs

* http://www.huffingtonpost.jp/nobuto-hosaka/nuclear-plant_b_8035750.html

 もう一つは、今、国会等でも大きな局面を迎えている安倍政権が言う「積極的平和主義」について。「積極的平和」の提唱者 ガルトゥング博士が市民の招聘により来日して語りました。目的は、本来の「積極的平和」の概念に基づいた日本への提言をするためです。

* http://www.huffingtonpost.jp/kenji-sekine/johan-galtung-peace_b_8035140.html

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 記事からの抜粋

 「日本には平和運動(Movement)がない。あるのは反応(Reaction)だけだ。憲法9条を「安眠枕」に寝続けている。起きて未来に向けてクリエイティブに何ができるのか右派左派を超えて考えねばならない」

 「日本には何かに反対するムードで覆っている。政府が恐れるのは反対ではなく代替案を国民が出してくることだ」

 このように語ったガルトゥング博士が提案する安保法案に替わる「積極的平和」に基づいた代替案は以下の3つでした。

1.北東アジア共同体を構築すること
 中国、台湾、北朝鮮、韓国、極東ロシア、そして日本が公正で共感を持って参加する北東アジア共同体(NEAC)を構築すること。沖縄を特別県としてNEACの本部を置く。6ヶ国から始まった欧州共同体(EC)や東南アジア諸国連合(ASEAN)から学ぶことが出来る。米国との関係は、良好なままを保つこと。

2.専守防衛に徹すること
 集団的自衛権ではなく専守防衛を提案する。敵地攻撃能力のある武器ではなく、防衛のために短距離な武器を所有する。沿岸を防衛するために、自衛隊だけではなく民兵にも役割を求める。スイスをモデルに日本が占領された場合にどのように市民が抵抗するかということも準備する。

 例えば日中が抱えている尖閣諸島(中国名釣魚島)の解決方法としては、共同管理を提案する。日中がそれぞれ40%ずつの権益を分けあい、残りの20%をNEACか周辺の環境整備のために使う。中国の40%のうちの5%を台湾に渡してもいい。分け方はいろいろ考えられる。

3.憲法9条1項を世界のために
 憲法9条1項を日本のためだけではなく世界に広げること。世界で最も好戦的な国はある調査によるとアメリカ、イスラエル、英国だが、彼らの憲法に日本の憲法9条1項を盛り込むように働きかける。日本はアメリカの従属国でなく、このような平和貢献の分野において世界のリーダーとなることができる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 抜粋 おわり

 「安眠枕」、言い得て妙ですね!自分の立ち位置から、今、何ができるのか、私なりに信念を持って実践し続けることを再確認する昨今です。

沖縄慰霊の日・翁長知事の言葉ほか

Posted by 秋山孝二
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 6/23「沖縄慰霊の日」全戦没者祈­念式典で翁長知事「辺野古新基地建設はできない」と訴えました。

http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=121068

こちらの特集も――> http://blog.livedoor.jp/gataroclone/archives/44538515.html

 
 これまで沖縄については何回も書いてきましたが、私にとってはこちらが一番濃密な内容です

――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12980

寺島塾 2015春 in 奈良(5 最終)

Posted by 秋山孝二
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 今回の寺島塾は、東大寺大仏殿特別拝観、続いて平岡昇修先生(東大寺執事長・大仏殿院主)、寺島実郎氏の講演、交流会と続きました。いずれも濃密な情報の質・量で、手元の資料とメモをまとめるのが大変です。私がモタモタしているうちに、同じくご参加された多摩大学副学長・久恒啓一先生が当日の様子を詳細にブログに書かれています。久恒先生と入れ違いでしたがほんの少し前に、私も三月堂拝観でバッタリ寺島さんとお会いし、向いの茶店でくず餅をご馳走になり、しばし歓談して私は先の散策に出かけました、不思議な出会いでした。

* http://d.hatena.ne.jp/k-hisatune/20150413

 東大寺の歴史を学ぶ時、「大仏像」の歴史と「大仏殿」の歴史を分けて紐解く必要があります。平岡昇修先生のご講演「江戸時代の大仏殿再建物語」では、公慶上人、隆光大僧正、そして特に桂昌院のご業績、五代将軍綱吉の「生類哀れみの令」が日本の福祉政策の始まりとなった優れた政策だったこと等、新しい気づきを与えて頂きました。新井白石、水戸光圀公の評価も興味深いものでした。

江戸時代の大仏殿改築では両側で四間狭くなりました

江戸時代の大仏殿改築では両側で四間狭くなりました

背景の仏像は実は大きさを変えている、天井の一マスの大きさも

背景の仏像は実は大きさを変えている、天井の一マスの大きさも

蝶々の足は8本あります!

蝶々の足は8本あります、何ゆえか!

 続いての寺島実郎塾長のお話は、いつもながら丹念にデータと事実に基づいて、日本の今、世界の今を読み解いていきました、物事の「繋がり」が見えてくる、それが「知性」であると。空海は唐に渡る前にこの東大寺で学びました。空海のそそり立つ「知性」、さらには「生命誌」と「人類史」がこの十数年のテーマです。今回特筆すべき寺島実郎さんのトピックスは、「沖縄の歴史」に対する言及です、「21世紀の日本の試金石」、「国家が国家であるということはどういうことか~常識に立ち返る」と表現されていました。

 東大寺は大仏殿の存在が訪問する人々を圧倒しますが、法華堂(三月堂)の本尊不空羂索(ふくうけんさく)観音菩薩像を含めた静寂な空間は心が落ち着きます。

一番の印象に残るは法華堂(三月堂)

一番の印象に残るは法華堂(三月堂)

 3年前の2月に、寺島実郎さんからお勧めがあって足を運んだ飛鳥寺、岡寺に共通する「何か」を、私は今回も強く感じました。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11728

 更にJR奈良駅近くのレストランでは、「大仏きつねうどん」です、全てがジャンボ!

 まだまだ報告し足りないのですが、今回学んだことは今後の活動に活かしていこうと思います、ひとまずこれで一区切りとします。