「科学と平和」、そして九条

Posted by 秋山孝二
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  「グリーン九条の会:http://green9zyo.blogspot.jp/」、「エンレイソウ九条の会:http://enreisou9.seesaa.net/」、「医療九条の会・北海道:http://iryo-9jyo.net/」他主催の講演会が開催されました。今回は、ノーベル物理学賞受賞の名古屋大学・益川敏英先生のご講演、それに続く益川敏英先生と東京大学教授・小森陽一先生の対談でした。グリーン九条の会の内山世話人、白鳥事務局長の3年越しのラブコールで今回実現の運びとなりました、ありがとうございます!

 これまで、私も世話人の一人である「グリーン九条の会」では、継続して講演会を札幌で行ってきています。

第一回:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=88

第2回:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1351

第3回:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4280

第四回:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8525

会場は満席、別室にもあふれて100名はお断りをしました

会場は満席、別室にもあふれて100名はお断りをしたそうです

  講演会当日は、1時間以上前から会場には列が出来て、開始前にすでに満席、別室にも人があふれて、結局100人程の方にはお帰り頂いたそうです。DVDがいずれ出来上がるので、それでご覧頂くことをお薦め致します。 

 益川先生のお話は、ご自身で「科学漫談」と自嘲気味におっしゃっていましたが、面白かったですね。

講演後の懇談会でのお二人

講演後の懇談会での益川敏英さん(左)と小森陽一さん(右)

 当日夜のNHKニュース、翌日の朝日・道新の朝刊の両方で、「科学技術の平和利用を」と見出しがありましたが、違和感いっぱいですね。まず3社の記者は、後半の最初、小森さんが益川さんへの質問を聞いていなかったのでしょうか。「益川さんは、先ほどの講演の中で一度も『技術』とおっしゃいませんでしたが、特段の意味合いがあるのでしょうか?」と。それに対して益川さんは、「俗に言う『技術』ではなく、科学性を追求したい」とお答えになっていましたよ、明解に。

 さらに、「科学の問題」と「科学者の問題」は明らかに異なるとも言及し、科学者は社会人としてどう成長していくかを考えるべき、と。でも、この講演では、特段に「科学と平和」については説明はしていませんでした、演題と講演内容は必ずしも一致していなかったのですよ。記者たちは本当に会場で耳を澄ませて聴いていたのでしょうか、あらかじめの予見を持って座っていただけなのではありませんか?

 私がキーワードだと思ったのは、「科学疎外」という言葉、そういう社会に突入していること。これを克服するために科学者は、専門の一つの分野だけでなく、もう一つの分野を少しかじるべき、今、あらためて「井の中の蛙(カワズ)」の意を汲み取る必要があるのではないか、との言葉が印象的でした。もう一つ、個人の意思の危うさ、どんなに優れた科学者も晩年変質していく姿をたくさん見てきた、『国境なき科学者団』みたいな議論・提案できる集団が必要ではないか」とも提起されていました。

名古屋大学名物(?)、益川さん饅頭!

名古屋大学名物(?)、益川さん饅頭!

 名古屋大学では名物となっている「益川先生饅頭」をお土産に頂きましたが、遠慮深い私は争奪戦に出遅れて、写真だけの獲得となりました。笑顔の益川さん、素晴らしいアイディアですね、これを食べる時の心境はどんなものなのか、そちらにも興味があります?!

市民活動の合同報告会

Posted by 秋山孝二
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 昨年(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9140)に引き続き、前田一歩園財団(http://www.ippoen.or.jp/)秋山財団(http://www.akiyama-foundation.org)の2回目の「活動助成合同報告会」が開催され、当日はUstreamでも中継・録画され多くの方々にご覧頂きました。
 会の冒頭には、前田一歩園財団の前田三郎理事長からご挨拶を頂き、その後、16の市民活動団体の報告がありました。

前田一歩園財団・前田三郎理事長

前田一歩園財団・前田三郎理事長

 

5時間で16団体が活動報告

5時間で16団体が活動報告

  団体目の前の、「秋」、「前」は、どちらの助成を受けたかを分かりやすくするためのものです。

1

/ 炭鉱(やま)の記憶推進事業団

http://www.soratan.com/

2

/ 道内の意思伝達支援普及プロジェクト

 http://icare-h.org/

3

/ 森林遊びサポートセンター

http://www.moriasobi.jp/

4

/ 札幌自由学校「遊」

http://sapporoyu.org/

 

 

5

/ 積雪・極寒冷地域のいのちを護る防災・減災への取り

      組み

http://www.toukihisaitaiou.jp/

6

/ オサラッペ・コウモリ研究所

7

/ 野生動物リハビリテーター協会

http://www.wra-hokkaido.org/index.html

8

/ 北海道田園生態系保全機構

http://www17.ocn.ne.jp/~npodenen/toppagemm.htm

 

 

 9

/ 和解と平和のための東アジア市民ネットワーク

http://www17.ocn.ne.jp/~npodenen/toppagemm.htm

10

/ くしろ森の楽校

 

11

/ 大沼・駒ケ岳ふるさとづくりセンタ―

http://onuma-furusen.com/

12

/ 蒼い海

 http://blog.goo.ne.jp/soratoumi_2010/

 

 

13

/ Rio+20  北海道ネットワークプロジェクト

http://enavi-hokkaido.net/forest/?page_id=402

14

/ 常呂川自然学校

http://npo-tns.p-kit.com/

15

/ 北海道コミュニケーション教育ネット

 http://commukyo.net/

16

/ 森と里つなぎプロジェクト

http://mori-net.blogspot.jp/

 
 昨年は初めての試みに勝手も分かりませんでしたが、今年は広い会場を準備し、5時間と言う長丁場でしたが熱心なプレゼンと質疑応答でした。それぞれの財団の役員の方々は、普段、これらの市民活動には馴染みが薄かったとしても、説明を通して多くの感動を受けとめたと感想を語っていらっしゃいました。
  秋山財団のネットワーク形成活動助成の中で、1年目修了時点で今回発表された団体は、収穫が多かったと思いますね。懇談会での個別の方々の感想とか意見を身近に聴くことができて、2年目以降の活動に貴重なアドバイスとなったはずです。
 また、感想の中で、「これらの活動は、本来は行政の責任でやることではありませんか?」というご意見が複数ありました。まさに、「新しい公共」とは、ひと昔前だったら行政がその担い手だったものが、現在は、市民・NPOが担う、そんな時代になっている実感を持ちました。私は、ニーズは益々増えてきているのに、もう行政にはその力も予算も無い、行政の「下請け」的活動ではなく、市民の多様なアイディア・活動が支える時代なのだと思います。
 今後の多彩な活動に期待します、皆さん、頑張って下さい!!

札幌演劇シーズン2012・夏

Posted by 秋山孝二
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 「札幌演劇シーズン2012夏:http://s-e-season.com/season/2012/summer/」が、21日からいよいよ始まります。先日その記者会見とカウントダウン掲示板披露が、「札幌市駅前通地下歩行空間:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7828」であり、実行委員会の委員の私も出席しました。上田札幌市長、荻谷実行委員長、出演の斎藤歩さんほかも出席しました。

地下通路ディスプレイ:カウントダウン掲示板前

地下通路ディスプレイ:カウントダウン掲示板前

  この掲示板、毎日早朝に、アナログで数字を変えるそうですよ、まさに手作り、今の時代、価値がありますね!?

 

  今回は2か所で3つの公演です。札幌座は、シアターZOO(http://s-e-season.com/season/2012/summer/andante/)で2演目。

斎藤歩ほか札幌座メンバー

斎藤歩ほか札幌座メンバー

  もう一つは、コンカリ―ニョ(http://blog.livedoor.jp/shoot_the_works/archives/51363946.html)です。

斎藤ちず;コンカリーニョ

斎藤ちず;コンカリーニョ

  このところの札幌における演劇の盛り上がりで、何とかプロフェッショナルな演劇人(俳優、脚本家、演出家、舞台装置関係者ほか)を100人育成したい、そんなプロジェクトの一環でもあります。「総合芸術」としての舞台・演劇を、幅広い観る側からも創っていきたいものです。

  フェイスブック(FB)ではすでにシェアしたのですが、いつかプロフェッショナルのこんな舞台が札幌でも見られるようになれば嬉しいです(http://www.youtube.com/watch?v=UC5lMrQf69Q&feature=g-vrec)。サラ・ブライトマン(http://www.sarah-brightman.com/)は本当に魅力いっぱいですが、5人のファントムの立ち姿と洋服の似合い方が素晴らしいですね、「オペラ座の怪人」は、やはり彼らの世界なのでしょうか。

祝、シアターキノ 20周年!

Posted by 秋山孝二
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  札幌のシアターキノ(http://theaterkino.net/)が今年で創業20周年を迎え、先日記念パーティが盛大に行われました。私も市民株主の一人、以前の会社が企業株主でもあり、時間を作っては足を運んでいます(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%8E)。

20周年パーティ:チラシ

20周年パーティほか:チラシ

パーティでの司会:中島洋・はるみ夫妻

パーティでの司会:中島洋・はるみ夫妻

 パーティは大勢の人で熱気いっぱい、中島夫妻の司会でテンポよく始まりました。

 当日のチャリティオークションで集まったお金と、7月28日の狸小路夏祭りに合わせてシアターキノで行う予定のチャリティ即売会での売り上げ加えた支援金を、被災地の宮古シネマリーン(http://www.geocities.jp/cinemarine/)や、フォーラム福島(http://www.forum-movie.net/fukushima/)に送るそうです。

  「デジタル化」は、まさに、映画界における革命なのでしょうね(http://www.nttcom.co.jp/comzine/no041/newdragnet/index.html)。シアターキノだけでなく、全国のミニシアターを取り巻く状況は、大変厳しいものがあるようですね、パーティで中島洋さんは、「市民出資映画館としての志を忘れることなく、この日を次の20年を目指すスタートの日として これからもがんばっていきたい」と力強く宣言していました。そして、「デジタル化」をむしろひとつの機会としてポジティブに受け止め、これから2~3年をかけて、新しいシアターキノを生みだしていくために、アイディアや想いを持ち寄り話しあっていく場を作っていこうと展望も語っていました。

 当日会場には、違った場でお会いしている多くの方々ともお話が出来て、あらためてシアターキノのすそ野の広さを感じました、これからも魅力ある映画を紹介して頂いて、頑張ってもらいたいですね!

北海道の 「エネルギー・ロードマップ」

Posted by 秋山孝二
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 私は昨年6月から世話人の一人として、「エネルギーチェンジ100プロジェクト:http://www.enechan100.com/」という活動を行っています。現在、私が理事長の「認定NPO法人 北海道市民環境ネットワーク(きたネット):http://www.kitanet.org」の会員も多く参画しています。

 プロジェクトではこれまで、「北海道省エネルギー・新エネルギー促進条例」を皆さんに知っていただくための活動や、「私のエネルギーチェンジ宣言」を集めてHPに上げる活動をしてきました。

北海道省エネルギー・新エネルギー促進条例:http://www.pref.hokkaido.lg.jp/kz/kke/johrei/johrei.htm

 

 その3つ目のアクションとして、昨年6月から、北海道を自然エネルギー100%アイランドに変えていく「ロードマップ策定」に取り組んでいました。岩井尚人さんをリーダーに、この議論・作業は市民有志12名(会社員、NPO職員、自治体職員、経営者、大学研究者、大学院生など)が検討を重ね、先日、「北海道の電気 再生可能エネルギー100%へのロードマップ」ができ上がり、発表しました。今年3月の中間報告(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12044)について、かなり辛口のコメントをした私としては、今回の最終報告は大変分かりやすく、今後の議論に十分耐え得る内容の濃いものになっていると思います。

北海道版エネルギー・ロードマップ(http://www.kitanet.org/enechan/enechanroadmap.html)>

 7月7日の七夕に、北海道新聞、朝日新聞で記事になっています。
* 北海道新聞  http://on.fb.me/NFLZjf
* 朝日新聞 http://on.fb.me/NmAU82

 策定するのが目的ではなく、これをテキストに、電力・ガス・石油会社等の供給を担う方々も含めて、多くの皆さんが環境活動の勉強会などで活用したり、団体のMLなどでご紹介していただけると嬉しいですね。市民目線から北海道の短期・中期・長期をどう予測するか、最終ページに算定基礎も記載されていますが、いずれも大変控え目な数字であり、それでも北海道では、自然エネルギー100%どころか200%を造り出して、長期的には「売電」で成長戦略を構築できると確信しています。実現のできるかどうか、今、道民に求められているのは、その「覚悟」だと思います。 

 「北海道エネルギーチェンジ100プロジェクト」の活動やエネルギーに関する情報は、下記のHPや、Facebookページなどで発信しています。ぜひこちらもご覧ください。

<北海道エネルギーチェンジ100プロジェクト>
ホームページ http://www.enechan100.com/
Facebookページ https://www.facebook.com/enechan100
Twitter https://twitter.com/#!/enechan100

<ご参考>

■「北海道エネルギーチェンジ100プロジェクト」とは:

北海道の自然環境とこどもたちの未来を守るために。
北海道の地産地消エネルギー最大限の活用、さらに自然エネルギーアイランドへ
のシフトをめざす団体・個人が、声をあげ、北海道の未来をつくるための提案を
行うとともに、北海道の「北海道省エネルギー・新エネルギー促進条例」の周知
と、自然エネルギー推進のために活動する市民活動の支援ネットワークをつくる
プロジェクトです。

■北海道の電気 再生可能エネルギー100%へのロードマップ:

自然資源豊かな北海道で、自然エネルギーの最大限の活用のための道のりを描き
ます。 ポイントは市民目線。子どもたち、お父さん、お母さん、おじいちゃ
ん、おばあちゃん、全ての世代が、未来に可能性と希望が感じられるような、自
然エネルギーが主役になる社会へのロードマップです。出来上がったロードマッ
プは広く公開し、「自然エネルギーアイランド北海道」 実現の次のステップの
ために、みなさんと共有していきます。

★ホームページ ★環境情報blog  http://bit.ly/3Qyat
★きたネットTwitter  http://twitter.com/kitanet
★きたネットFacebook  https://www.facebook.com/kitanet.org
★きたネットTV(動画配信サイト) http://kitanettv.blogspot.jp/
★北海道エネルギーチェンジ100 HP http://www.enechan100.com/
「北海道の電気 再生可能エネルギー100%へのロードマップ」をダウンロードしてご覧いただけます。
★ラブアース・クリーンアップin北海道  http://bit.ly/7vdgim
★北海道の環境活動のポータルサイト「環境☆ナビ北海道」 http://enavi-hokkaido.net/

★E☆navi版北海道環境白書 http://enavi-hokkaido.net/wp/
★中間支援会議・北海道パンフレットができました: ダウンロード http://bit.ly/LFPBnU

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 新しい動き、新しい担い手による、新しい時代の到来を感じている昨今です。

大いなるチャレンジ、「輪舞(ロンド)」

Posted by 秋山孝二
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 文化庁と(公社)日本劇団協議会(http://gekidankyo.blog59.fc2.com/blog-entry-38.html)主催、日本の演劇人を育てるプロジェクト・新進演劇人育成公演「輪舞-ロンド-」(原作アルトゥル・シュニッツラー、脚色・演出橋口幸絵=劇団千年王國・札幌座)の公演がありました。「国会議員」、「女優」、「夫」、「娼婦」、「人妻」、「作家」、「女子高生」、「ヤクザ」が織りなす一室でのやり取り、これまでとは違ったシアター「ZOO」の空気でした。

チラシの表紙

チラシの表紙

8通りの輪舞?

8通りの輪舞?

 2者間の関係性が、相手が変わることにより全く違うやり取りとかもし出す雰囲気、役者と観客のこれまでの人生によって、それぞれに受けとめ方も違う、そんな不思議な芝居でした。5年後、10年後、再演があると、自分も今回とは違ったメッセージを受けとめるような気がしています。 この種の性のテーマは、日本人を含めたアジア文化と欧米文化とでは、味の濃淡で、大きな違いがありますね。もっと濃厚な味が私は好きというか、役者の皆さんが少し若過ぎる?還暦過ぎの私にはそんな気がしました。

 このところの札幌の演劇環境は、「札幌劇場祭:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%9C%AD%E5%B9%8C%E5%8A%87%E5%A0%B4%E7%A5%AD」、「札幌演劇シーズン:http://s-e-season.com/」等、企画も継続してきており、大きな盛り上がりを見せています。若い役者の皆さんの進化と今後の活躍に期待したいです。

アメリカの「現場力」?

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 数年ぶりにアメリカ東海岸・ボストンを訪問して、「現場力」について幾つか感ずる所がありました。

 何回も書きますが、私がアメリカに最初に行ったのは、1971年9月で、40年以上前になります。それ以来、数え切れないほど、主として企業訪問等で各地に足を運び、ハワイ・オアフ島ホノルルには6ヵ月間家族で暮らしたり、その都度、広大なアメリカの変化を体で感じています。今回、成田・ボストンの直行便が就航したのを敢えて使わずに、行きはワシントンDC経由、帰りはシカゴ経由で長時間のルートだったのも、何か昔との各地の「違い」を体感してみたいといった、こだわりでもありました。

ボストン・ビーコンヒルの仲通り

ボストン・ビーコンヒルの仲通り

 行きのボストン・ローガン空港に到着した後、預け荷物のピックアップでは、40分以上待って探しましたが、見つからず。早速バゲージ・クレームのカウンターで調べてもらったら、乗り換えたワシントンDC・ダレス空港で、1時間での荷物の積め替えが間に合わず、まだ空港に置かれたままとか。係の女性は、「後続の便でこちらに届くので、今夜中には滞在のホテルに届けます」と、笑顔(?)での対応でした。私は、「明日お会いする大切な方への品物があるので、是非とも今日中でなければ困る」とかなり強い調子で言って、午後3時頃にホテルにチェックインしたのです。荷物が届いたのは夜の9時過ぎ、外側が汚れに汚れての到着でした。因みに、空港カウンターで手渡された「Delayed Baggage Report」には、以下のように書かれています。

Dear Vlued Customer,

We regret that your baggage was not available to claim after your recent flight. Everything possible will be done to locate your property and return it to you promptly.

For information regarding your delayed baggage, contact the United Airlines Baggage Resolution Center at its 24 hour, seven day a week number: ・・・・・・・・・

 こんなペーパーがすぐ出て来るからには、日常的にこのような遅れがあるのでしょうね。ボストンでのこの種のトラブルは、私の知る限りこれまで3回、自分自身では、ロスアンゼルス空港で乗り換え便への積み遅れで日本に届かなかったことに続く2回目の出来ごとでした。ロスの場合は、1980年代、荷物の中にあった品物が盗まれていました。その他には、スーツケースの破損が2回、札幌に戻って保険で新しくしましたが、とにかく、荷物の作業に関わる労働力の質が、日本とは比較にならない程レベルが低い、これはこの40年間変わりませんね。この質の向上は、国民全体の教育水準に関係するはずで、それよりバックアップ体制を整えるとか、無人化・自動化の構築の方が安上がりと考えるのでしょうか。これらの仕事の不手際ゆえのコストは、会社的には膨大だと思うのですが。

 帰る時は何事も無くと祈っていましたが、そうはいきませんでした。早朝ボストンを発つ飛行機便だったので、ホテルを午前5時過ぎにチェックアウト、フロントではこちらから言う前に、「タクシーをお呼びします」と笑顔(?)で対応、係のベルボーイがタクシーを玄関口に呼びました。するとそこに後ろから突進してくるもう1台のタクシーが。先に来たタクシーに荷物を入れようとしたところ、運転手同士が、「オレの番だ、並んでいる順番だ」、と何とつかみ合いになりそうな大喧嘩、仕舞いには「警察を呼ぶぞ!」等までヒートアップ、その間ホテルのボーイはどうしたらいいのか分からず私の顔を見るばかり。私は、どちらでもいいんだ、早く空港に行かなければ乗り遅れるよと。中国では並ばずに混乱ですが、アメリカでは並んでいても混乱です!

 結局、後から来たガラの悪い運転手の車で空港に行ったのですが、どこかとんでもない所に連れて行かれるのではないかと、内心は穏やかではありませんでした。ところが、間もな空港へ、支払う段になってみると、このチャージが到着時にホテルまで掛った値段より3割も安いのです。「人は見かけによらない?」、「やり手の運転手?」、「到着時は何だったのか?」、何とも理屈では説明のつかない、早朝の一場面でした。それにしても、ホテルのあのベルボーイは、一体何のために居るのかですよね、あれではホテルの経営者も頭が痛いだろうと、帰りの飛行機の中でも考えていました。

 アメリカの空港で、場所が分からずに近くにいる職員に聞くと、「あの係員に聞くと分るよ」と返事する係員が多くいます。「それだったら、お前は何のためそこに立っているのか!」と一喝したくなる時も多かったです。雇用促進は分かりますが、もう少し現場への教育投資をしなければ、サービスにもならないだろうにと思います。

 ひるがえって日本のこの種の「現場力」は、世界一レベルが高いのではないでしょうか。礼儀正しいし、時間に正確だし、間違いが殆どないし、それ故に日本の責任者・経営者は、これに甘えて強靭な経営力を持ち得ない、そんな気がします。時々は、「too much:やり過ぎ」の感もあります、コストの掛け過ぎ?仮に、日本の現場力とアメリカの経営力(システム)が合体すれば、かなり競争力のある企業になるでしょう。いや、アメリカの経営力もそれ程のものではないと、どなたかにいわれそうですが・・・・。

 アメリカの飛びきり優秀な人材・機能は認めますが、生活者目線からは、それらに届くまでの「現場力」が、如何にもレベルが低い、あらためて「確信?」を得ました。

Kevin を偲んで (3:最終)

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 久しぶりのボストンは、湾岸部分の再開発工事が終了し、以前の高速道路が地下に建設されて、地上部分は緑化で大きな公園になり、景観も素晴らしくなっていました、詳細は州政府のこちら(http://www.massvacation.jp/)で。私も感じるままにいくつか。

 

 * 「伝統とモダンの共存」: 昨年訪問したベルリン(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10458)でも同様でしたが、歴史をしっかり価値づけている街であればある程、哲学が明確、現代との絶妙な調和を実現しています。アメリカ合衆国発祥の地「ニューイングランド」の歴史とプライドを、「見える化」している見識を街中から感じます。

コプレイ・スクウェアで

コプレイ・スクウェアで 

  コプレイ・スクウェアの左・トリニティチャーチ(http://www.trinitychurchboston.org/building-slideshow.html)、今年創業100年を迎えた右・コプレイプラザホテル(http://travel.rakuten.co.jp/HOTEL/105956/105956.html)、真ん中・ジョンハンコックタワー(http://www.ima-earth.com/contents/entry.php?id=20102673135)です。スクウェア―では、週末にはマルシェで賑わっていました。

 シンフォニーホールは、冬のボストン交響楽団、夏はボストンポップスオーケストラの本拠地です。7月4日の独立記念日では、ボストン・ハッチシェルでの演奏に合わせてのチャールズ川の花火は最高です(http://www.celebrateboston.com/july-4th.htm)。

ボストン・シンフォニーホール

ボストン・シンフォニーホール

街の街路灯のバナー

街の街路灯のバナー

 

 * 「語り継がれる物語と語る人たち」: フェンウェイ・パーク(http://www.cheaptravelz.com/venue/mlb/fenway_park.html)は、アメリカで最古の野球場にもかかわらず、「パーク」と呼ばれているだけあって地元の人には身近な場として愛されており、多くの歴史と伝統にこだわって、ストーリーの多さにも驚きます。

フェンウェイ・パーク外

フェンウェイ・パーク外

  ボストン・レッドソックス(http://boston.redsox.mlb.com/index.jsp?c_id=bos&sv=1)と言えば、「伝説の背番号42」、テッド・ウィリアムズ(http://circlechange.com/players/ted-williams)です。フェンウェイ・パークの多くの場所に、彼の「伝説」が語り継がれています。

語り継がれる赤い外野席シート

語り継がれる伝説の「赤い外野席シート」

  Mariaさんのお話によると、KevinとMariaとの最初のデートが、この赤い席だったとか。Kevinは、熱狂的なレッドソックスファンで、亡くなる1カ月前にも、友人にネット裏の放送席に招待されて観戦しました、長男のAidenは、7月2日から、ここで開かれる「レッドソックスのジュニアキャンププログラム」に参加するそうです。因みに先日ここで、「ダルビッシュ・有って知ってる?」、と地元の方々に聞いてみましたが誰も知りませんでした、ここはボストン、日本から来ているのは「ダイスケだろっ?」と。

 

* 「地域に暮らす人々の中に生き続ける」:ボストンのビールと言えば、「サミュエル・アダムズ:http://www.samueladams.com/age-gate.aspx?ReturnUrl=%2findex.aspx」、レストランでもバーでも、まずはこれを一杯飲まなければ落ち着きません。

伝統のビール、「サァム」です

伝統のビール、「サァム」です

  Kevinとはよく飲みに行きました、ゴルフ場でもバーでも、いつも最初は「サミュエル・アダムス」で乾杯でした。

 

 Kevinとの思い出は語り尽くせませんが、今回の訪問、私個人のノスタルジアなどではありません。昨年亡くなった後のMaria、3人の子どもさんたちの様子を今回聞いて、あらためてKevinの札幌で残した功績を「見える化」すること、そしてそれが少しでも残されたご家族の生きる自信になるのなら、これ以上の喜びはありません。

長女のIsla、バレーボール選手

長女Isla、バレーボール

長男Aiden、野球と空手の選手

長男Aiden、野球と空手

2女、Carlin、乗馬とサッカー

2女Carlin、乗馬とサッカー

 Kevinの志は、妻のMariaさん、Isla、Aiden、Carlinの子どもさん達がしっかり受け継いでいくでしょう。別れ際に、私たちは決してKevinのことは忘れないし、感謝の気持も変わらないと言いました。数年以内には、必ずご家族で札幌に来るとおっしゃっていました、どうか幸多かれ、と心からお祈り致します!

Kevin を偲んで (2)

Posted by 秋山孝二
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 Kevinの墓前で、これまでのお礼を伝えて私の気持は少し落ち着くかと思ったのですが、なかなかそうはいかず、想い出はボストン周辺で尽きることなく、なかなか整理できません。

 (株)秋山愛生舘の子会社として1991年に設立した「Autumn Hills International:AHIC」は、ボストン郊外のCambridgeにあるハーバードスクウェアに置き、私が社長、Kevinがジェネラル・マネージャーで活動を開始しました。何回も出張ベースでは行きましたが、基本的には私は非常勤、実質はKevinが現地の責任を負って、最大で4名の部下とともに仕事に励んでいました。近くにハーバード大学(http://www.harvard.edu/)があり、いつも観光客を含めて賑わっていましたが、ビジネスは苦戦の連続でしたね。

1991年、チャールズ・スクウェアの一室でスタート

1991年、チャールズ・スクウェアの一室でスタート

 その後、そこから15分くらいのWalthamに場所を移しました、場所を変えてビジネス展開も拡がってきて、調査・研究から、実際の商品の動きも出て来ました。

広い駐車場のあるオフィス

広い駐車場のあるオフィス:建物2階でした

 1998年に合併により親会社がスズケンに代わって以降、2003年に全ての株式を、当時社長だったKevinが買い取って、「Health Tech」としてHopkintonの自宅地下を本社として再出発しました、いわゆる「SOHO:http://ja.wikipedia.org/wiki/Small_Office/Home_Office」ですね。会社は順調な業績で推移していました。

自宅玄関の表札、この裏側の地下一階がオフィス入口

自宅玄関の表札、この裏側の地下一階がオフィス入口

   

 記憶を頼りに街なかで探していると、忘れられない場を見つけました。会社設立が暗礁に乗り上げて、私が助けを求めて電話をした翌日夕方、Kevinと会った「Hotel Meridien」です、今は、別のホテル名になってはいましたが・・・。

変わらない赤い日除け

変わらない赤い日除け

  この日は、Mariaさん、3人のお子さんと一緒に、2人が結婚して初めて住んだBelmontの家、次に引っ越しした家も訪れて、昔懐かしい街並み、通り、お店等について、Mariaさんが子どもたちに、父親Kevinの足跡として説明していました。街なかは随分再開発等で景観が変わった所も多かったのですが、オフィスのあった地域、郊外の住宅地は昔のままでした。

 子どもたちは、どう受け止めてくれたのか、これからの人生に何か力となって繋がってくれることを願っています。場所が放つメッセージとか説得力というのは不思議ですね、もう20年程前のことがつい昨日のことのように蘇ります。

 あらてめてKevin、本当にお世話になりました、ありがとう!

Kevin を偲んで(1)

Posted by 秋山孝二
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 昨年10月1日に49歳で亡くなったR. Kevin Stewart(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=Kevin)の墓前にお参りをしたく、やっと時間をつくってボストン(http://www.cityofboston.gov/)行きが叶いました、久しぶりのマサチューセッツ(http://www.massvacation.jp/)でしょうか。

 アメリカ独立記念日(7月4日:http://www.eigotown.com/culture/special/july_4th/july_4th.shtml)の少し前の混み合うシーズン、金曜日のコプレイ・プレイス、ニューベリー・ストリート周辺も大変な賑わいでした。この時期、ボストンでは、「ボストン・フェス:http://calendar.boston.com/boston_ma/events/fairs+festivals」と銘打って、多彩なイベントが繰り広げられています。

 そんな中、奥さまのMaria、長女のIsla、長男のAiden、双子の妹のCarlinと一緒に、お墓参りに行きました。

左から二女の、長女の、長男の、奥さまのMariaさん

左から二女Carlin、長女Isla、長男Aiden、奥さまのMaria

 Kevinのお墓は、自宅のあるHopkintonの隣町にあり、うっそうとした樹が茂り、水辺の静かな場所でした。釣りの好きだった彼と相談して、この場所に決めたとか。

住宅の隣町にある古くからある墓地

隣町にある自然豊かな静かな地

墓石

墓石:野球ボール、フクロウの石像、ポーカーチップ

  自宅のあるHopkintonは、「ボストンマラソン(http://www.baa.org/)」のスタート地点、この大会は、アテネ近代オリンピックの翌年、1897年4月19日に記念すべき「第一回大会」が行われ、以来、続いている世界で最も古い市民マラソン大会です。現在は、「パトリオット・ディ:愛国者の日」として、4月第三月曜日がマサチューセッツ州の祝日となっていて、これまでに、君原健二、瀬古利彦ら日本選手も数多く優勝し、幾多の名勝負も繰り広げられています、まさに「伝統のマラソン大会」ですね。

住宅のあるHopkinton、ボストンマラソンのスタート地点

住宅のあるHopkinton、ボストンマラソンのスタート地点

木陰にはスターターの銅像も

木陰にはスターターの彫刻も

  一方、街なかのコプレイ・プレイス、ボストンマラソンのゴール地点です。

Finish地点のライン

Finish地点のライン

コプレイ・スクウェア

コプレイ・スクウェア

さらに近くのフェンウェイ・パークはこちらの本拠地

さらに、近くのフェンウェイ・パーク

 Kevinが愛した場所を、Mariaさん、お子さん3人と巡っていくと、彼との想い出が次から次へと湧いてきて、何とも収拾がつきません。

「ことほぐ」、「不知火の燃ゆ」

Posted by 秋山孝二
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 北海道の演劇は、この数年盛り上がりを見せ、熱くなってきています。 意欲的な「intro:http://intro-sapporo.com/」による「ことほぐ:http://stage.corich.jp/stage_detail.php?stage_main_id=26522」公演が、琴似のコンカリーニョ(http://www.concarino.or.jp/npo/)で開催されました。

360度に観客

360度に観客、開演30分前にはすでに着席する方々

 この公演への意気込みと題してHPに掲載されています~~~~~~~~~~~~~~

 「ことほぐ」は、北海道舞台塾2012シアターラボにて、渡辺源四郎商店・畑澤聖悟氏をドラマドクターに迎え製作された「言祝ぎ」の姉妹作品となります。「言祝ぎ」は、祝いたいのに祝えないひとたちを描いた3人芝居でしたが、ええいもう祝ってしまえ!と、タイトルは動詞に変更し、人数も増やし、少し違う角度から、違う面から「祝うこと」について向かいます。・・・・・また、「ことほぐ」はこれまで取り組んできたintroの演劇方法にさらに磨きをかけ、言葉の持つちからと我ままな身体についての考察を深め実践し、さらなるintroグルーヴで劇場を巻き込むつもりです。毎公演がintroの集大成、という言葉は裏切りません。進展しつづけるintroにご期待ください。」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 芝居は、妊婦が3人。“妊娠”という世間的にはおめでたいはずの出来事と、これからの生活への不安を抱えながら日々を過ごす人々を描くコメディ作品。彼らは、「希望と絶望をない交ぜにした、intro流祝福劇」と宣言しています。、ブログ(http://introsapporo.blog.fc2.com/)も面白い、「CoRich舞台芸術まつり!2012:http://stage.corich.jp/festival2012/grand_prix.php」の審査員の方々の劇評、札幌公演の観客のコメントは、特に。観てから一ヵ月が経つのに、反すうしながら楽しめる、まるで牛のようです。イトウワカナの引き続きの進化に期待しながら、盆踊りで8月の北海道の夏を思い出しました、9月の東京公演も頑張って下さい!

 

 一方、「座・れら」の第6回公演 「不知火の燃ゆ:http://hakouma.eux.jp/2012/06/shiranuino_moyu/が、やまびこ座(http://www.syaa.jp/sisetu/gekijou/shisetu_y.html)で開催。多様に変化する舞台正面の水俣湾が印象的でした。

水俣湾の「不知火」の燃ゆ

舞台に現れた「水俣湾の不知火の燃ゆ」

 こちらは、「水俣病」を取り上げたずっしり重いお芝居。チラシから~~~~1956年5月、水俣病「公式」発見、以来50年以上経た今もなお、被害者は救済されず問題は未解決のまま。日本が追い求めた “豊かさ” とともに生まれた病。そこで起きたことは、ここで起こっていることと、何もかわらない。不知火の火影浮かぶ八代海に生きる家族の、昭和31年、夏の終りの物語

作: 鷲津環 演出: 戸塚直人
出演: 竹江維子、澤口謙、前田透、信山E紘希、玉置陽香(劇団しろちゃん)、小山由美子、フクダトモコ、西野輝明

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 「座・れら」は、一昨年の劇場祭(http://www.s-artstage.com/2010/category/tgr/)で「空の記憶」、昨年の劇場祭で「トランス」と、ともに重たいテーマをしっかり演出・上演していて、毎回私にとっては心に強く残る作品です。竹江維子、澤口謙は、もちろんですが、特に、信山E紘希、玉置陽香、前田透が魅力的です、人を引き付けるって、何なのでしょうね。

 今回のテーマは「水俣病」です、しかし実は「2011・3・11」以降の日本そのものでもあります。政府・企業・政治家は、「日本は、水俣病ほかの公害を乗り越えた」と簡単に口にしますが、実は何も解決していない、今、この芝居が上演される価値、それは日常における時代を経ても変わらぬ不条理であり、いのちの連鎖を断ち切る身近な世間の実像のような気がします。直接的な言葉で語るのではなく、瞬間の動作、少しの沈黙等、心の動揺が、不安、恐怖、逃避等のメッセージとして伝わる面白さでした。

 もう一つ、HPに「以来50年以上経た今もなお、被害者は救済されず問題は未解決のまま。」とありましたが、「良子」の妹の「水俣病患者:千恵子(フクダトモコ)」が、役者の顔を見せずとうとう最後まで「千恵子」だったこと、「未解決のまま」を最後の最後まで強烈に印象づける演出、芝居というのはすごいです、ね。

 今回、偶然にも、二つの芝居は季節が8月、新しく宿った命がキーになる舞台でもあり、今の世相を反映し、意識しての作品と私は理解して、一層味わいの深いものになりました。

「4 + α」、環境活動の新しいカタチ

Posted by 秋山孝二
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 北海道の環境活動分野で、新しい「協働」のカタチ、「環境中間支援会議・北海道:http://enavi-hokkaido.net/about/about02.html」が2008年からの議論を経て2年前に誕生し、この度、新しいパンフレットができました(http://enavi-hokkaido.net/topics/index.php?page=article&storyid=14)。

新しいパンフレットの表紙

新しいパンフレットの表紙

北海道での4中間支援団体

北海道での4中間支援団体

 「環境中間支援会議・北海道」とは、道内で活動している

* 環境省北海道環境パートナーシップオフィス:http://www.epohok.jp/

* 公益財団法人 北海道環境財団:http://www.heco-spc.or.jp/

* 札幌市環境プラザ(指定管理者:財団法人札幌市青少年女性活動協会):http://www.kankyo.sl-plaza.jp/

* 認定NPO法人 北海道市民環境ネットワーク(きたねっと):http://www.kitanet.org/

 の4組織が連携して、北海道内におけるさまざまなセクターの環境活動を支援するために、より効率的に役立つ機能を目指し設立された組織です。

 札幌にはさまざまな機能が集中していますが、環境分野の中間支援組織においても例外ではなく、環境省も北海道も札幌に設置しているため、役割が集中する形になっています。これらの組織が、重複している役割などをなくし、できるだけ効率的にし、互いの強みを活かし、 1+1+1+1が4はもちろんのこと、5にも6にもなるように連携をとって、よりユーザーにとって役立つ支援内容を追求して活動しています。

 

 この中で、私は「きたネット」の理事長として書きました:~~~~~

 これまで、現場では、活動・情報の障害として、「たて割り組織」とよく言われてきました。本来は生態系の壮大な空間で、ダイナミックで多彩な「いのち」のはずなのに、市民活動においても、情報共有の不足を痛感していました。全道各地で活動する私たちの会員に役立つ基本的事業を創り出したい、フィールドで検証された科学であって欲しい、それは現場の切なる願いでもあります。「仲良く」を越えた先にある「コラボレーション」ですね。言い換えると、持続可能な「新しい価値の創造」です。~~~~~~~~

 昨年12月には、北海道大学との連携(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11135)もスタートし、まず手始めに、民間で発行する「北海道環境白書プロジェクト:http://enavi-hokkaido.net/wp/index.html」が動きました。昨年の秋山財団・ネットワーク形成事業の一つとして採択された「Rio+20 北海道ネットワークプロジェクト:http://enavi-hokkaido.net/topics/index.php?page=article&storyid=15」の一連の活動で、今後の成果を期待したいです。

 

 秋山財団のHPより~~~~~~~~~~~~~~~~

 財団設立の志は、「北海道」という地域と、「生命科学:いのち」に対する特段の思い入れと言えます。「固有の土壌や地形、水系や気候、動植物をはじめ、多くの自然の特徴を備えた独自性を持つ生命の場」としてのこの北海道。こうした「生命の場」の中に共に住む共同体の一構成員として、切り離されては生き得ない人材の育成を最高の価値としています。 ~~~~~~~~

リニューアル・オープン、「tone」!

Posted by 秋山孝二
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  北大農学部農場を見ながら、遠く手稲の山並みも背景に臨む、「tone:http://www.cafe-tone.com/」。駐車場の拡張と共に、リニューアル・オープンです!

駐車場も広くなり、外壁もリニューアル

駐車場も広くなり、外壁もリニューアル

 店主の宮沢洋子さんは、ピアニストでもあり、ブログ(http://www.cafe-tone.com/blogs.html)も近々オープンです、乞う、ご期待。多くのミュージシャンもここで10年間、ライブを行ってきました(http://www.cafe-tone.com/link.html)。

 クミコさんのライブは、特に印象に残っていて、以前、この欄に書きました。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=648

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3366

 今日は、午後から「リニューアル・オープン」のお披露目、牡蠣、鶏肉、豚肉、ホタテ等もふんだんに焼かれて、たくさんの人々で賑わっていました。
 場所は、札幌市北区北23条西10-1-6、月曜日が定休日です、是非、一度足をお運びください!!

「グローバル化」の中の北海道

Posted by 秋山孝二
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 「北海道グローバル化地域活性化戦略セミナー」が、北海道航空・港湾研究会(http://www.kirari.com/hub/index.html(公財)北海道国際交流・協力総合センター(HIECC:旧北方圏センターhttp://www.hiecc.or.jp/との共催で、開催されました。HIECC は、平成22(2010)年4月、同年3月末で解散した社団法人北太平洋地域研究センター(NORPAC)の事業を承継しました。

 今回のセミナーは、そのNORPACの客員研究員として、25年間にわたってご助言・ご指導を頂いていた市川政司さんを講師にお招きし、「グローバル化の中の北海道の地域発展戦略」と題して、ご経験に基づいた実に内容の濃いお話でした。事務局の藤原達也さん、北海学園大学の松江昭夫さんにはお世話になりました。

講師 市川政司(いちかわまさじ) さん  【主な略歴】 明治学院大学英文学科卒業、英ロイター通信記者(東京支局)、日本経済新聞記者、国連広報官・国連ニューヨーク本部経済社会情報部、札幌アメリカンセンター副館長、在日米国大使館上級顧問等、現在、プロジェクトアナリスト(企画構想事業化・開発推進戦略策定)

 

以下、キーワードを書き留めます。とにかく、お話は全て実際に起こったことばかり、それも冷戦時代の複雑な国際社会の中でです。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

* 今回の講演の隠れたテーマは、「北海道の眠っている人を起こしてくれないか!」に応えること

* 「グローバル」という言葉: これは政治的言語、1975年の冷戦構造の中では、国境を意識した「インターナショナル」という言葉が一般的で、「グローバル」は、科学技術分野で使われており、環境問題で使われ始めた時期だった、言い換えると国境を意識しない(越えた)課題に対しての限定的な使用

* 北海道は、「国際化」では経験豊富な地域: 例としては、幕末から明治維新の函館五稜郭の戦い、札幌農学校の実践、冷戦構造において札幌で開催された1972年冬季オリンピック、KAL007の稚内沖での撃墜等

* 微妙な国際情勢にもかかわらず、見事に成し遂げてきている

* 「グローバル」な活動は、個人レベルで可能: 例としては、第二次世界大戦後の極東裁判において、函館にあった英米豪の捕虜400名の捕虜収容所の2代目所長は、食糧難の時でも捕虜の為に調達し、法廷には、当時の捕虜が救済運動の書面を提出し、所長は無罪に。アメリカのトモダチ作戦は、昨年の大震災時ばかりでなく、1959年の伊勢湾台風による大被害においても発動されて、養豚が壊滅的打撃を受けた山梨県に、米国・アイオワ州のブタを巨大輸送機を使って大量に届けた。

* 「インターナショナル化」は国境を意識しているので、あらゆる活動に「政府」が関与してきて、地域間直接交流が難しい

* アメリカ・ニューヨーク市は、国連職員へのサービスとして、170言語(170カ国ではない)に対応できる体制を完備している。できる所から、10年、20年やっていく取り組みが大切

* 2008年のG8北海道・洞爺湖サミットは、世界に「北海道」をアピールした。アメリカ・ロシア・北朝鮮・韓国・中国と隣接する国際社会の中で微妙な位置の北海道が、平和で安定している現場を示した、そのことに自信を持っていいのではないか

* 「グローバル」には、リスクも潜んでいる: 例としては、「サイバー戦」、行ったこともない地域からの攻撃。テレビでの不用意な発言があっという間に拡散して、不買運動等に発展する危険性も

* 外国人の介護分野の日本における資格取得にあたって、日本語の試験に合格しなければ国に帰す日本という国は、本当に先進国たる資格があるのだろうか

* グローバルな時代における「先進国としての責任」を意識すべきではないか

* ワシントンには、ホワイトハウスのすぐ近くに、「21世紀はこうなっています」という大きな展示フロアーがある。北海道の優れた歴史を今に刻み(馬車、DMV、先進医療、寒冷地技術、等)、一望できる場所が、玄関口の新千歳空港に存在するのか

* 「グローバル化」は、世界が家族、地球家族に加わること、今、「知能の総合力」が求められている

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ここには書けない国家間の極秘に関するお話も幾つかありました、亡命を求めてやってくる人々への対応等の。市川さんのお話からは、「きまり」とか「規則」を越えた先にある、ギリギリの局面で人間と人間との関係に寄り添う眼差しを感じました。最後の「知能の総合力」というのは、まさに「構想力」なのだと思いましたね。複雑な国際社会の歴史の中で、日本人として優れた判断で生きてこられた人間の尊厳を受けとめました、素晴らしいお話でした。

2012.6月の札幌

Posted by 秋山孝二
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 6月の札幌、YOSAKOIソーラン祭(http://www.yosakoi-soran.jp/)、北海道神宮例大祭(http://www.hokkaidojingu.or.jp/festival/index.html)、市内の多くの場が賑わっています。

 そんな中、もう何回もこの欄で紹介している円山公園北西角の「母子像・ふるさと:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%AF%8D%E5%AD%90%E5%83%8F%E3%83%BB%E3%81%B5%E3%82%8B%E3%81%95%E3%81%A8」像周辺は、今年初めて札幌の6月を迎えています。

北海道神宮・例大祭の頃、円山公園「母子像ふるさと」周辺

初めて6月を迎える円山公園北西角、「母子像ふるさと」周辺

  先日、横を通っている時に撮ったのが上の写真です。それ程意識した訳ではないのですが、我ながらすごく気に入っているのです、あの場の雰囲気がコンパクトに表現されていると。手前浴衣姿の子ども達は、札幌まつりの帰り路、袋の中には出店で買った物なのでしょうね、その左は犬の散歩の女性、ベンチに腰掛けて一休み、その向こうでは母子像前の幼児2人とお母さん、風船を自転車に括りつけて何やらお話を、そして子をしっかり抱く「母子像・ふるさと」像、一番奥では小山を走るやや太めの男の子、です。

 6月、札幌の夕方の光景、目にした自分も心地よかったです。

 

 「心地よい」と言えば先日の十勝の「アースカフェ」、一日本格的な雨なのに何なのでしょうか、あの日の気持よさは。多分、十勝の大地とそれに集う人々の素晴らしさなのでしょう。敢えて「仲間」と言わせて下さい、恐らく私の片想いだとは思いますが、「アースカフェ」に参加するメンバーの多彩で愉快な連中、2月の別海(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11933)も同じ雰囲気でした。とにかく、それぞれの話が面白く、自分のフィールドをしっかり持っていて、それでいて押しつけがましい所が全くなく、みんなが人の話をよく聴いている、日々命に近い場で活動しているからか、ふり返って写真を見ると歴然なのです、笑顔の多さが。私は殆ど聞いてるだけなのですが、疲労感がないのが不思議です。

第9回 アースカフェ in 十勝

Posted by 秋山孝二
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 これまで、私も何回か参加している「アースカフェ:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%95%E3%82%A7」、昨日は雨の中、十勝で開催されました(http://www.leaps.jp/?p=3340)。今回の企画は、児玉ヘルス商事(株)(http://www.boneace.com/)の児玉誠也社長のご尽力で実現しました、詳細はこちらにも(http://www.boneace.com/blog/?p=1818)。

 午前中・昼食は、「外山農場:http://www.toyama-nojo.net/」でした。540m四方の一区画を基本として、「循環型農業」の確立、輪作体系の一環として菜種栽培を開始、菜種油、菜種ハチミツ生産・販売に取り組まれています。

外山(左)、外山(右)

外山隆祥さん(左)、外山聖子さん(右)

  農場見学はもちろん素晴らしかったのですが、それ以上に、担い手・外山さんご家族の「哲学」、「信念」に感動しました。「フェイム新聞:http://www.toyama-nojo.net/about_us/fame-news-paper/index.htm」も歴史を刻んで、HPには、次のように紹介されています。

 ~~この新聞は家族や農場の様子を伝える「家族新聞」で、第1号は1992年に発行されました。タイトルの「フェイム新聞」は公募により東京都の小山七重さんの「おいしい農産物とのかかわりの中で、名声を博して欲しい」という願いを込めてつけられたものです。農業者の思いをそのまま伝えたい、そんな思いから手作りの新聞になっています。
 内容は、家族の紹介、産直農産物を使ったレシピ、農場の出来事、農業に対する思い。などによって構成されています。今年から年1回だった発行が2回に増え、農場の四季をよりタイムリーにお届けしています。「フェイム新聞」は外山農場の産地直送商品に同封している他、農場にて無料で配布しています。~~~~~

一面の菜種畑

一面の菜種畑で養蜂

 菜種畑で養蜂、倉庫内では遠心分離でハチミツを取り出すデモンストレーションも。今まで、私の妻の実家・千葉県館山市周辺で冬に見ていた菜の花とは少々趣を異にしていました。後でお聞きすると、種類がかなり違ったものだとのお話に、植物の奥深さを感じました。

 このハチミツを直接パンにつけて試食、これ以上ない贅沢な食べ方に、参加者一同、「感動」でした。

遠心分離で蜂蜜を採る

遠心分離で蜂蜜を採る

菜種から搾油(手前に)、残りカス(右)

菜種から搾油(手前に)、残りカス(右)

 

 午後は、「(株)エコERC(http://www.ecoerc.com/gaiyou/index.html)」の豊頃のプラント見学です。

 北海道産菜種を原料とする食用ナタネ油を製造するとともに、廃天ぷら油を用いて、バイオディーゼル燃料(BDF)も製造しています。食用油とBDFの両方を製造しているのは全国でもここだけ、2009年秋から本格稼働。日本は、現在0.4%の食用油の自給率、原材料の生産、油の製造、販売、循環型のビジネスモデルに期待が集まります。

(株)エコERCの為廣社長のご案内

(株)エコERCの爲廣正彦社長のご説明

BDF製造パイブラインの説明

BDF製造パイブラインで熱心なご説明

 2011年の3・11以降、脱原子力依存の日本のエネルギー転換に、大きなヒントを与えてくれます。国のエネルギー政策はさて置き、以前からこのような新しい地域自給エネルギー創造に取り組まれている爲廣正彦社長はじめ十勝の皆さまに、敬意を表します。

 HPには、会社の理念が書かれています~~~ 

 ~地球環境と地域のために~ 今、地球環境問題が大きく取り上げられています。地域社会としてもこの問題に前向きに取り組んでいく必要がありますが、それは同時に、地域の新たな活力や個性を発揮できる環境にやさしい地域づくりもつなげていかなければなりません。当社としては、この「地球環境と地域のため」の取り組みへの一歩を踏み出し、それを可能とする「循環型ビジネス(企業)」の確立に挑戦していきたいと思います。この思いを社名に込めました。~~~~

 昨晩の少人数の懇親会でも感じたのですが、十勝に来ていつも思うのは、「食」に関して、皆さんが実に深く関与していて前向きな話題が多いことです。日頃農業に従事されているので、当たり前と言えばその通りですが、「食」への積極的関心と話題が私にとっては大変新鮮です。

小樽港から日本海へ(5:最終)

Posted by 秋山孝二
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 今回のような本格的な船の旅は、私にとっては太平洋を横断して以来40数年ぶりです。以前、その時の様子を掲載しました。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2626

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4431

 

 1971年の私の太平洋横断は、1848年に設立された「アメリカン・プレジデント・ライン(APL:http://www.apl.com/japan/documents/history.pdf)」の船舶「プレジデント・クリーブランド:http://www.apl.com/history/timeline/1947.htm」で、アメリカで1948年に建造された16,000tの貨客船。

 今回の日本海沿海ツアー、運行会社「ロイヤル・カリビアン・インターナショナル(RCI:http://www.royalcaribbean.jp/cruise/rci/info/contents.do?contentsId=8)は、1969年に設立された世界最大規模の客船会社です。本社は米国マイアミにあり、2011年11月現在22隻の客船を保有しているそうです。船舶は「レジェンド・オブ・ザ・シーズ:http://www.royalcaribbean.jp/cruise/rci/ship/ship_detail.do?classCode=VI&shipCode=LG」、1995年就航の70,000tの客船。

 時代も違い、自分も年齢を重ねたので、40年以上も前とは比較すること自体に無理がありますが、太平洋をハワイ・オアフ島を経由したとはいえ、2週間(実際は台風を避けた航路を取ったので1日遅れて15日間)の太平洋横断と、今回の日本海沿岸国寄港と、その趣きの違いが面白かったですね。

吹き抜けの「セントラム」では多彩なバンド演奏

吹き抜けの「セントラム」では多彩なバンド演奏

勢揃いのレストランスタッフ

勢揃いのレストラン・スタッフ

 1971年の初めての船旅は、「旅」を楽しむといった余裕は乗船時からありませんでした。横浜大桟橋に行くのも、出港して直後に港の灯台が離れていく時も、サンフランシスコ湾のゴールデンゲートブリッジの下をくぐった時も、不安でいっぱいだった自分を思い出します、。終ってみれば、たくさんの人との出会いと多くの体験で、一生忘れられない貴重な15日間ではありました。「My Favarite Drink:‘Jack Daniel’s’(http://www.jackdaniels.com/」も、ここで覚えたものです、19歳で毎晩、バーラウンジで飲んでいたのですから、今じゃ許されないでしょうかね、古き良き時代と言えましょうか。 

 今回は、乗客も乗組員も、中国、韓国、フィリピン、オーストラリア、アメリカ、ノルウェー等、アジア系、欧米系、多様な人々で賑やかでした。とりわけ中国系の方々は声が大きく、集団で動いているからでしょうか、どこに行っても目立つ存在でした。もう少し、周辺の環境に配慮する気持の余裕があるといいなと感じる場面も多かったです。

 「船旅は高い」と思っていらっしゃる方も多いようです、「世界一周・数カ月」みたいな旅は高額でしょうが、短い船の旅は食事代込みで、客船であっても飛行機のエコノミークラスの旅行と同じくらいに手軽です。夕方のドレスコードは、「ブラックタイ・オプショナル(フォーマル)」、「スマート・カジュアル」、「カジュアル」と、日によって明確で、アメリカの船はおおむねリラックスな雰囲気で堅苦しくもなく、クオリティの高いエンターテイメント・プログラムが充実しています。ただ一つだけ難点は、プリペイドのインターネット無線回線料が甚だしく(!)高く、使える場所は「インターネット・ラウンジ」だけで、今回USDで$300(!) かかりました。

 船のスタッフのエンターテイメント性は素晴らしいです。レストラン、バーラウンジ、客室等、笑顔も会話も、実に楽しく、船内では自分自身も随分笑顔が増えました、そう、最高の心地良さは「笑顔」です、ね!

客室ベッドには、日替わりでタオルで作った動物が

客室ベッドには、日替わりでタオルで作った動物が

 中国・北京のインターネット事情は相変わらずでした(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5798)。今回もこのすぐ前の(4)を、実は北京のホテルからアップしようと試みましたが、このプログソフトの「編集」サイトへのアクセスが遮断されていて、いろいろな手立てで試みても出来ませんでした。かなりの「管理・監視下」にあるとしか考えられません、まあ、これ以上言及するのはやめておきましょう。

 ある方が、紺碧の穏やかな海を眺めながら、「平和な時代の海って、いいものね」とつぶやいていました、まさに同感ですね。360度海の圧倒的広さ、深さ、長い歴史を懐に収める寛容さ、毎日、海と向き合って、そんな「懐の深さ」に感動していました。陸にあがってしばらく経ちますが、まだまだ多少の船酔い状態、特に下を向いた時は地面が揺れています。

 今回のクルーズ、「どこに行ってきたの?」と聞かれれば、「日本海!」と言うでしょう、企画・実施は、(株)JTB北海道(http://www.jtb.co.jp/hokkaido/)でした、大木さん、加藤さん、坂東さん、お世話になりました。

 また、機会があれば「クルージング」したいですね、一連の報告、これで「終り」とします!

小樽港から日本海へ(4)

Posted by 秋山孝二
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 最終目的地、天津に到着、港から天津市内まで約50キロ、そこからは陸路で約2時間半、北京です。

 天津港の手前、1時間半くらいの海上ですが、ざっと目に入る船でも100隻以上は浮かんでいたでしょうか。ウラジオストク、釜山とは全く違う船舶の数です。

早朝の入港前、港付近で待機(?)の船舶群

早朝の入港前、港付近で待機(?)の船舶群

  一方、新築ターミナルビルは広大な建物、港の埋め立て地も果てしなく広がっていて、大陸中国の海の玄関口としての存在感を象徴するようです。天津市内まで50キロの道のりで、途中はコンテナ置き場等、スケールがケタ違いです。

天津港の広大な新ターミナルビル、記念式典の案内フラッグほか

天津港の広大な新ターミナルビル、記念式典の案内フラッグほか

 北京市内に入ると今度は極端な交通渋滞、人も自転車も車も、何と言ったら宜しいのか、「ルールもへったくれも無い!」、先へ先への「命がけのつばぜり合い」です。20年程前に、自転車が行きかっていた道路が、2年前よりさらに車が増えたような気がします。

2年前の中国訪問の感想を、以前、この欄に書き留めました:

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5827

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5904

 市内の后海(ホー・ハイ:http://www.w1.sunchildren.net/nihao/houhai/index.html)では、年配の方が、地面に達筆の書。地元の方々、中国人観光客で賑わっていましたし、池のほとりでのお茶も最高でした。夜はまた雰囲気が一変して、違った魅力があるようです。

北京市内、ホ―ファンで

北京市内、ホ―・ハイで

 今回、静かでゆったりの時間を過ごしてきた私にとっては、まるで180度の世界、中国の多彩な「今」を見せつけられた一日でした。翌日早朝は、北京空港から札幌・新千歳空港に向けて約3時間半、「日本海をひとっ飛び」です。

小樽港から日本海へ(3)

Posted by 秋山孝二
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 ウラジオストクを出てからほぼ24時間、途中はまた濃霧で、霧笛の航行が続きましたが、午後からは晴れて、小樽出港以来、濃紺の海を初めて見ました。

霧に包まれての航行が続く

霧に包まれての航行が続く

北朝鮮沖の海を北上する漁船、どこの国籍でしょうか?

北朝鮮沖の海を北上する漁船、どこの国籍?

 

  韓国・釜山港(http://www.youtube.com/watch?v=XzELRZn7XWk)です、早朝、水先案内人が乗り込み港に入りました。

釜山港に入港、1時間前

釜山港に入港、1時間前

  港で下船後、慶州へ。23基の新羅時代の古墳がある「大稜苑:http://www.pusannavi.com/miru/1069/」に到着、「天馬塚」内部の展示を見学。饅頭型の古墳の由来を知りました。そして次には、751年に建立された「仏国寺:http://www.tabijin.com/butkokuji.html」を訪れました、仏教文化の奥行きを垣間見た気がします。

慶州・佛国寺門

慶州・仏国寺門

佛國寺・大雄寺

仏国寺・大雄殿

  詳細の説明はほかのサイトのお任せするとして、全体の敷地の構造、それぞれの建物がかもし出す背景等、奥深い仏教世界を彷彿させる空間となっています。幾多の火災による消失、時代による破壊を経ながらも、繰り返し再現されて、今、目の前に存在する、その説得力が素晴らしいですね。

 夕方には、天津に向けて、船は港を後にしました。「釜山港に帰れ」、チョウ・ヨンピルはもちろんですが、チェウニの歌(http://www.youtube.com/watch?v=wtBlCg_KDTc&feature=related)もまた「いいね!」、です。

小樽港から日本海へ(2)

Posted by 秋山孝二
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 ロシア共和国最大の港、ウラジオストク(Vladivostok)は、1860年に開拓が始まり、貿易、太平洋艦隊の拠点として発展してきて、街の名前はロシア語の「Vladi(東に)+Vostok(攻めよ)」で、まさにロシアのこの都市の位置づけを表して、存在感を増しています(http://4travel.jp/overseas/area/europe/russia/vladivostok/)。どこか、広島県呉市の雰囲気ですね。

霧のウラジオストクに早朝に入港:海軍艦船と建築中のつり橋

霧のウラジオストクに早朝に入港:海軍艦船と建築中のつり橋

 事前のレクチャーでも伝わっていましたが、とにかくロシア入国管理官の無愛想・無表情は際立っています。私が1991年に初めてハバロフスク経由でイルクーツク、ノボシビルスクを訪問した時、3年後にモスクワ経由でサンクトペテルブルグ、ノボシビルスクへ行った時、いずれも全く同じような印象でした。あれから20数年、商品、広告等、大きく変化し豊かにはなっていますが、入国管理・警察官は相変わらずです。

港近くの広場で

港近くの英雄広場で

  旧共産圏の街なかにある像は、どうしてこうも皆同じなのでしょうか。武骨で角の多い彫像、人は斜め上方に視線を向けて、「芸術性」からは遥かに遠い気がします。これが、歴史的な「勝利者」のイメージなのでしょうかね。

潜水艦博物館から乗ってきた船を臨む

潜水艦博物館から乗ってきた船を臨む

 第二次世界大戦で勇敢に戦ったという「潜水艦記念館」から、乗ってきた「レジェンド・オブ・ザ・シーズ」を臨むと、巨大ビルディングです。

 その後、海抜193mの「鷹ノ巣展望台」からウラジオストクの湾を一望にと、意気込んで階段を上がっていきましたが、目の前に広がるのはウラジオストク特有の「濃い霧」、5月は晴天が多いようですが、6月はこの「霧」が名物だとか、最高の「視界なき展望」でした。

 夕方午後6時過ぎに出港し、夜、インターネットラウンジでニュースを検索すると、「野田総理の原発再稼働の記者会見:http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012060902000148.html」、「サッカーW杯予選・ヨルダン戦で6対0で勝利http://www.hokkaido-np.co.jp/news/sports/378787.html」等、こんな時に、のんびりのブログ掲載お許しを。

 この日は、お日柄が良かったのか、幾つかの場所で新郎・新婦の姿を見ました。写真撮影、式、披露宴、これはどの国でも同じ光景です。小樽を発って船でほぼ24時間、大陸・ロシアがこんなにも近いことに何か新鮮な驚きを感じます。モスクワ、サンクトペテルブルクもロシア、ウラジオストクもロシアです。

 港を出ると、またまた濃い霧の中を釜山に向けて、北朝鮮の沖を南下航行です。