今年も大晦日を迎えて、2024年を振り返ってみるとなかなかに激動の年だったのかなと。メディアでは盛んに「ひと言でいえば」みたいなフレーズを目にしますが、私自身はとてもひと言では今年を括ることはできません。駆け足で私なりにこの一年を振り返ります。
今の時期、先ずは昨日の私の孫の智帆の三回忌法要、ごく内輪で済ませましたが、亡くなったとはいえ今もずっと、そしてこれからも忘れることはない命の存在です。
二つ目は、この20年近く、毎年年末に私も1時間出演したFM三角山放送の丸山哲秀先生の『先生人語』、今年は丸山先生のご都合で番組自体が中止となり、私は一年を振り返ってみる機会を無くしました。ただ、テレビでは各局年末特集で振り返りの報道番組も多く、録画して観ながら自分自身の振り返りも重ねています。私は今年一年「勇気」と「覚悟」という言葉が強く心に残っていますね。よく「将来はどうなると予測・予想しますか?」と聞かれますが、これだけ変化が激しいと予測不可能なことがたくさんあり、もっと能動的に「未来は創り上げていくもの!」と言いたくなります、言い換えるなら、想定外の状況にも瞬時に判断できる自頭(じあたま)と深い構想力を日常的に身に着けることの方が大切な気がします。
三つ目は、今年も演劇関係でずいぶん時間を割いた気がします。札幌駅北口にオープンした『ジョブキタ北八劇場』はオープニングはじめ様々なジャンルの公演で賑わっていました、今後が楽しみですね。
* 北八劇場関係ーー> 秋山孝二の部屋
四つ目は秋山財団の『愛生館文庫』デジタルコンテンツの制作完了です。
昨年末に千葉・東京にロケに行き、今年は最終の第5番目を撮影完了して、このシリーズを一応終えました。明治期の全国の「愛生館事業」、地場企業としての「秋山愛生舘」、秋山愛生舘創業100周年を記念しての「秋山財団」、そして「愛生館文庫」と、一連の事業を貫く理念は『愛生済民』です。「生命を愛おしみ、民を救う」、私が今ここで語っておかなければ将来歴史の継承はないとの思いで、秋山財団40周年(2026年)を前に完成しておきたかったプロジェクトでした。
* 『愛生館文庫』ーー> 秋山孝二の部屋
五つ目は、久しぶりの海外出張、駆け足でしたがひと時心が洗われる想い、ただ飛行機代の大幅な値上がりは驚きでしたね、来年もできれば機会を見つけて足を運びたいものです。
* 秋山孝二の部屋 » Blog Archive » つかの間の海外出張 2024
最後は日本人にとっては今年一番の出来事かもしれません、ノーベル平和賞を『日本被団協』が受賞しました。受賞式の吉田代表のお言葉も素晴らしかったですね。
* 秋山孝二の部屋 » Blog Archive » 日本被団協にノーベル平和賞 2024!!
今日、国際社会における日本の存在は経済を筆頭に地盤沈下が著しいですが、スポーツ界における大谷翔平をはじめ、若い世代の活躍には目覚ましいものがあります、戦後の高度成長期を生きた私たちの世代も少しでも若者たちが思う存分活躍できる社会を夢見る状況を残りの人生を賭けて創りたいものです。今年一年、皆さまには大変お世話になりました、どうかよいお年をお迎えください。
先日は「一般財団法人札幌南高等学校林」の企画活動委員会の今年最後の12月例会を終了し、その後、同窓の後輩がやっているススキノの「クノア」でこじんまりと忘年会を行いました。
* 学校林関連記事ーー> 秋山孝二の部屋
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クラフトビールとお酒 クノワ
クッテ・ノンデ・ワラッテ!
クラフトビール3タップと日本酒と。
豆皿の家庭料理をつまみに。
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この日集まった人たち以外にもたくさんメンバーはいますが、これまで学校林整備活動を実際に運営してきた仲間たち、私が最年長で皆さんそれぞれに得意技で現場に入りながら、毎月例会を開いて学校林を巡る様々なオファー・リクエストに迅速で的確な回答を出しています。
ひと昔に比べて学校林は格段に知名度も上がり、それ故にまた新たな課題も持ち上がったり、まさに森は生き物ですね。今年一年お世話になりました、また来年もよろしくね!!
今年、私は北海道経済同友会の副代表幹事に就任し、何かと行事への参加依頼も多く忙しくしていました。先日は今年最後の幹事会とその後の懇談会でした。
* 秋山孝二の部屋 » Blog Archive » 私、副代表幹事に就任!
* これまでの経済同友会 関連記事ーー> 秋山孝二の部屋
NHK総合「新プロジェクトX〜挑戦者たち〜 - NHK」でコロナ禍の医療最前線「パンデミック 東京の危機〜第1波 医療従事者の闘い〜」は、医療現場で格闘し続けた人々に焦点を当てた感動の番組でした。
* パンデミック 東京の危機〜第1波 医療従事者の闘い〜 - 新プロジェクトX〜挑戦者たち〜 - NHK
2020年4月、新型コロナウイルスにより緊急事態宣言が発せられ、東京の街中から人が消えましたが、その裏で医療従事者たちは闘っていました。確たる治療法や薬もなく、致死率は5%以上。死と隣合わせの重症患者が次々とやってきましたが、その中に意識不明のまま出産した女性がいたそうです。このままでは子どもをひと目も見ることなく亡くなってしまう、医師たちは最後のとりでと言われたエクモで治療に取り掛かりました。
その勇気ある行動はもちろん感動したのですが、私はそれ以上に聖路加国際病院の鈴木千晴看護部長のお言葉に感銘を受けました、看護の何たるかをビシッと教えられた気がします。
コロナ禍の厳しい管理下の病室で、防護服の物々しい姿から少しでも患者さんの恐怖感を取り除くべく、笑顔の看護師本人の写真と名前を付けて任務に当たっていた様子です。
医療現場でギリギリの状況で命と向き合っていたその姿は、医療技術ばかりでなく人の心の機微に寄り添う潤いみたいなソフトウエアの重要性をメッセージとして発していたような気がします。エッセンシャルワーカーズのまさに神髄を観た思いです。
「松井博和先生 北海道功労賞受賞を祝う会」に出席しました。多くの方々のご参加で松井先生の幅広い人脈を垣間見た時間でした。
* 松井博和先生関連記事ーー> 秋山孝二の部屋
白糠町の棚野町長も駆け付けてご挨拶。
多くの方々のご挨拶に「(top page - (一社)新渡戸遠友リビングラボ(旧 新渡戸稲造と札幌遠友夜学校を考える会))」の活動も紹介されて、最後にはこの会の小篠(おざさ)理事長の『夢の計画』のプレゼンもありました、松井先生のお祝いの会に名を借りた新渡戸関係の発表会の場となりました、松井先生の深謀遠慮?!、恐れ入りました!!!!
『北海道功労賞』といえば秋山財団の創設者・秋山喜代も1995(平成7)年に受賞しています。
* 秋山孝二の部屋 » Blog Archive » 第91回 北を語る会
この記事の中で以下のように私は書いています。
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「北海道功労賞」というと、私の伯母・秋山喜代が、1995(平成7)年に「第27回北海道開発功労賞」を受賞した時を想い出します、功労分野は、「保健衛生の向上と社会福祉の推進」でした。この賞は1968(昭和43)年の北海道開基100年を記念して、翌年から北海道知事の最高賞として設置され、1998(平成10)年に名称が「北海道功労賞」に変わりました。
当時、秋山喜代の受賞の連絡を受けた時に本当に喜んでいる姿が瞼に浮かびます。私はその年の4月、喜代の主治医から、「すい臓がんで余命約10カ月」と聞いていて、同時に東京証券取引所市場第二部への上場準備中でもあり、社長の自分は難しい判断を迫られておりました。確か9月に授賞式が野幌の100年記念館で執り行われました、記念写真の喜代の表情に病気の影響を感じていましたが、本人は喜びでいっぱいだったので少し気が楽になりました。その後12月に入院・手術、翌年1996(平成8)年2月10日早朝に亡くなりました。北海道新聞朝刊の卓上四季にも掲載になりましたが、前日2月9日に、(株)秋山愛生舘が東京証券取引所市場第二部に上場を果たし、それを見届けるように息を引き取りました。上場記者会見を東証記者クラブで行い、翌日の始発便で千歳空港に帰った時に、迎えの社有車で訃報を聞きました、喜び、悲しみ、安堵、不安、一生忘れられない日です。
奈良の薬師寺には、この数年何回も足を運んでいますが、年末の法話は初めてでした。全国各地から来場者も多数、当日は開始前に本堂で大谷徹奘執事長のお経で薬師如来さまの前でお参り、その後に会場の食堂(じきどう)で法話他を拝聴しました。
* 薬師寺に関連してーー> 秋山孝二の部屋
今年9月の秋山財団授賞式の特別講演でも大谷執事長には大変お世話になりました。
薬師寺には12月でも修学旅行の生徒たちが大勢、この日も一日15校の修学旅行ご一行が訪問予定とのこと、訪問時も昔から高田好胤和上で有名な法話に聴き入っていました。僧坊内には年明け2月の東京での祈願法要の告知もありました。
伊丹空港から奈良市内へのリムジンバス、近鉄の大和西大寺駅ではあの安倍晋三暗殺事件がありましたね、今はどうということのない私鉄の駅で平穏な風景でした。そう言えば今月には鈴木エイトさんのご講演もあり、何かの因縁ですね、ここから薬師寺のある西ノ京駅に向かいました。
鈴木エイトさんの札幌での講演会がメディアアンビシャス共催で170名を越える参加者で濃密な1時間半でした。
昨年3月にメディアアンビシャス特別賞受賞をされ、ミニ講演をして頂きました。
* 秋山孝二の部屋 » Blog Archive » メディアアンビシャス授賞式 2022
講演当日は直前までのスライド検討を続けて、プレゼン自体も膨大な映像資料で大変詳細なリアルな取材現場を再現して頂きました、また、複数の著書も完売する盛況でした!
敢えて講演の詳細は書きません、YouTubeでメッセージの検索、ご著書を買ってお読みください。講演後の懇談会にも限られた時間でも至近距離でお話が出来て光栄でした!
ある集まり、12月は毎年『忠臣蔵』の話題で盛り上がり、そば打ちの実演も恒例となっています。
テーマは『首を取ってからが大変だ!~討ち入り蕎麦でござる!』、今年も東京駒形「駒形どぜう」の六代目の蕎麦打ちでした。
今年もお越し頂いた六代目越後屋助七(渡辺孝之)さんは、海外でもパフォーマンスを披露していて、つい先日はパリでも行ったとおっしゃっていました。
「駒形どぜう」関連記事ーー> 秋山孝二の部屋
器にもこだわりが、SDGsを意識しての自然に優しい器で!
師走12月と言えば『忠臣蔵』、諸説あってその人気は衰えることがありませんね、ご馳走さまでした!!
二日目は秋山財団のネットワーク形成事業助成のプロジェクトの一つ、社会課題、地域課題を考える探究学習内容の質の向上を図ることを目的に、「オホーツク管内高等学校探求学習発表・研修会」が開催され、私も参加しました。
この日の朝も抜けるような青空の北見でした。
特定非営利活動法人北見NPOサポートセンター( | ローカルSDGsの実現のため、地域の団体と連携し、新たな地域価値の創造を目指しています。)の谷井貞夫理事長も初めての学習発表・研究会の試みで、スタート前から最終準備でお忙しそうでした。テレビカメラクルーも取材に来てたり。
様々なテーマでのプレゼンで面白かったです。とは言え、当初私はある程度の「定型プロトコル」的なプレゼンのスタイルを予め案内しておいた方がよかったのではと思って、休憩時間に川北さんと意見交換したら、従来型の型にはまった発表ではなく、もっと自由に自分たちの活動の表現を試みる場にしたい意図もありとのお話で納得した次第です。それぞれのプレゼン後の質疑応答が特によかったですね、先生も巻き込んでの。
やはり、リアルなフィールドの時間と空間の共有は、財団活動の原点を見直す思いで貴重な二日間となりました。
秋山財団が応援するネットワーク形成事業の報告会への参加、および北見工業大学の陽川憲先生との意見交換のために、先日は本当に久しぶりに飛行機で女満別空港に向かい、北見市内に行きました。
北見工大のキャンパスは初めての訪問でしたが、当日の抜けるような青空と相まって広大な土地に広がる研究棟ほか、素晴らしい環境に感動しました。陽川先生は、今年の秋山財団贈呈式で自らの研究のプレゼンをして頂きました。
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【 受領者からのメッセージ 2 】
北見工業大学工学部応用化学系 准教授 陽川 憲 様
( 研究助成〈一般〉 助成期間2024年度 )
テーマ『根は大事!花や果実(成果)のために』
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* 2024年度 贈呈式の動画 - 秋山記念生命科学振興財団
北見工業大学の創業者はあの五島慶太、国立大学には珍しく創業者の物語が!
研究室訪問後は、市内の『北見ハッカ記念館 ~Kitami Mint Memorial Museum~』、歴史を伺うと、ある時期は世界の8割のハッカのマーケットシェアを占めていたとか、凄いですね。ハッカはシソ科ハッカ属で、根(地下茎)で増える多年草の植物、畑作で生産するマメ科の作物はマメとして収穫され、イネ科の作物は麦、米の形で収穫、ナス科の植物などは実だけを採って収穫されますが、ハッカは葉の中に蓄えられた油分が作物に該当するので、その油を取り出すために水蒸気蒸溜を行うとのこと。
産業の振興には必ずその功労者が存在します、ここでも何人かのご尽力が詳細に解説されていました、大切にしたい地域の歴史ですね。
順天堂大学医学部耳鼻科の松本文彦教授は、『愛生館文庫 - 秋山記念生命科学振興財団』の「デジタルコンテンツⅣ」でもご紹介した松本順の4代後の直系ですが、先日、大変嬉しいご報告を頂きました。長崎大学医学部キャンパスにある良順会館でのご講演が実現したのです。
* 秋山孝二の部屋
* 愛生館文庫デジタルコンテンツⅣ「愛生館のルーツを訪ねて」の公開 - 秋山記念生命科学振興財団
昨年4月、長崎大学医学部を訪問して相川忠臣先生からいろいろポンぺ他のお話を伺いました。
* 秋山孝二の部屋 » Blog Archive » 愛生舘の「こころ」 (25)
* 秋山孝二の部屋 » Blog Archive » 愛生舘の「こころ」 (26)
昨年末に順天堂大学医学部の松本文彦先生のお部屋で対談撮影をした際、最後に松本先生が「自分の夢でもあるのですが、いつか長崎大学医学部の良順会館で講演なんかができれば!」、と語っていたのが私も心に残っていたので、その後、相川先生にそのような企画の可能性等をお伝えしたら、医学部長にご相談してご尽力頂いたようで、今年11月に医学部2年生を前にご講演されました。医学部ロビーにあるポンぺの言葉を引用して、医師を目指す志にも言及されたそうです。
秋山財団における『愛生館文庫』の試みが、日本の医学・医療の黎明期の歴史を少しでも深掘りできた感があり喜びました。現在、『愛生館文庫デジタルコンテンツⅤ』を制作中でこのシリーズは一区切り、私自身、この財団の目指す「生命科学」分野への研究助成、「いのち」に関わる市民活動助成と、「愛生館」の設立理念との密接な関係性を多くの皆さんに理解して頂けると嬉しいです。完成後にHPにアップした後は、ブログ形式で更に情報を加えていくつもりですので、乞うご期待です!
私も二代目理事長として8年間活動した『NPO北海道市民環境ネットワーク(通称「きたネット」)』の解散総会と解散パーティが、札幌の国の指定重要文化財「豊平館 | 国指定重要文化財)」で開催されました。
* これまでの関連記事も多数ーー> 秋山孝二の部屋
最後の会場は国の指定重要文化財『豊平館』!
先ずは当日夕方に1階会議室で解散総会。
最後の社員総会参加メンバーで記念撮影、その前の様子を自撮りでパチリ!
続いては2階広間での解散パーティ、ビアンカさんのNPOのケータリングで久しぶりにお会いする方々も多く、大盛り上がりでした。
歴代理事長にもプレゼントを頂きました。
事務局の宮本さんと黒子さんには役員他会員から花束贈呈!
そして今日までの活動はこのお二人がいらっしゃらなければ続けられなかったですね、宮本さんと黒子さん、最後の一本締め!!
市民活動は様々な身近な課題を解決するエネルギーがありますが、時代の変化とともにある意味その使命を終える団体もあるような気がします。この「きたネット」も環境系中間支援団体として多くの道内の会員を支援し、支えられながら大きな役割を果たしてきました。私自身この団体の活動で多くの環境、地域課題についての学びを得ました。NPO団体のベテランのアドバイザーは、「これ程きっちり解散手続きを踏んでの解散も例がない」とお褒めのお言葉を頂きました。今は「清算法人」としてしばらくは続きますが、先日は大きな節目となりました、団体としても関わった私個人としてもですね。
関わった皆さま、本当にお世話になりありがとうございます、そしてお疲れさまでした。今後の皆さんの益々のご活躍を祈っています!!!!
(公財)北海道演劇財団の斎藤歩理事長が、この度、第78回北海道新聞文化賞を受賞しました。先日は、新しく移転新築した道新本社ビルで贈呈式があり、副理事長の私もお祝いの場に同席しました、嬉しかったですね。
< 北海道新聞文化賞 > https://kk.hokkaido-np.co.jp/koken/doshin_bunka/
* 「社会」は社会文化賞、「科学」は科学技術賞、「産業」は産業経済賞の略。
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第78回受賞者
【社会】
斎藤歩=北海道で演劇の振興・発展に長年尽力
【学術】
坪田敏男=ヒグマの繁殖と生理・生態に関する研究
獣医学研究院 坪田敏男教授が北海道新聞社文化賞を受賞 | 獣医学 | リサーチタイムズ
【経済】
上川大雪酒造株式会社=道産日本酒のブランド化と地域創生を追求
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北海道大学の坪田敏男先生は、秋山財団の研究助成の受賞者でもあり、上川大雪酒造の塚原敏夫社長は北海道経済同友会でもご一緒です。
贈呈式終了後に、陪席した演劇財団関係者と記念撮影。
がんと闘いながら公演を続けている斎藤歩は、舞台上が一番の治療薬のよう、先日の『民衆の敵(秋山孝二の部屋 » Blog Archive » 『民衆の敵』@ ZOOサロン)』以降、つい先日12月1日には、十勝の幕別町で『カフカ経由行き(秋山孝二の部屋 » Blog Archive » コラボ演劇、沢則行さん&歩!)』公演でも舞台に立ち、満席で大盛況だったようです。
* これまでの斎藤歩関係記事ーー> 秋山孝二の部屋
演劇応援の「札幌座くらぶ」でもご一緒している金子国彦さんは、亡くなられた高石ともやさんと北海道の滝川高校で同級生とのこと、先日は今年オープンした「ジョブキタ北八劇場 」で『ともやさんを偲び歌いつくす会』が開催されました。
* 高石ともや - Wikipedia ーー> 高石ともや公式HP TOPページ
* ご参考ブログーー> 高石ともやさんを偲び歌いつくす in 北八劇場 - 田舎おじさん 札幌を見る!観る!視る!

配布されたパンフレットには「語りつくす」と書いていましたが、実際は「歌いつくす」でした。集まったお客さんは高石ともやさんと同世代の少し年齢が高めの方々?!
高石ともやさんのご長男・のりみちさんも京都から駆けつけて、マンドリンの木山さんと一曲歌われました。
北海道大学ブルーグラス研究会の部長 ラッキー林さん、その大先輩・木山さん、苫小牧からTaco-mand.髙橋さんとでステージ第2部を盛り上げました。
私は都合でここで退席しましたが、後から聞くところによると午後1時にスタートしたこの会、終了したのが6時頃とか、皆さん元気だったようです。私にとっての彼の思い出の歌は、やっぱり『受験生ブルース(Bing 動画)』、『死んだ男の残したものは(Bing 動画)』ですね、日本のフォークソングの先駆けとして。
前回、40数年ぶりに集まった2017年12月の東京都江戸川区鹿本中学校の教え子たち、「5年後の還暦にまた再会しよう」と約束しましたが、ちょうどコロナ禍でそれが2年遅れで実現しました。
* 前回の様子ーー> 秋山孝二の部屋 » Blog Archive » 鹿本中学校生、40年の時を越えて
写真撮影前が大騒ぎで大変!
今回は着席でしたが、誰も席には座っていません、73歳の私と還暦を過ぎた62歳の教え子たち、口々に「定年退職」と言っていましたが、信じられませんでしたよ!
二次会でも思い出話は延々と続きました。
前回、私を車でホテルまで送ってくれた男の子が脳梗塞で寝たきりになってとか、当時の事務長が数年前に亡くなったとか、この7年間にも人生いろいろあったようで、心に刺さる話も幾つか。ただ、前回話が出来なかった男の子たちとも、私は忘れていた当時の思い出とか、現在の暮らしぶりとか、皆さんすっかり落ち着いちゃって不思議な気持ちになりました。私はものすごく怖かったと口をそろえて語っていました。特に当時、悪とまともを行ったり来たりしていた子が、何ともいい顔していたり、前回同様、50年近くの歳月を越えて実に楽しいひと時でした。いつまでもこんな笑顔で会いたいものです、感謝ですね。
栃木県益子町の「ワグナーナンドール・アートギャラリー」では、春と秋にそれぞれ一か月間の常設展示会と五画堂での特別展示会を開催しています。先日は、秋の展示会の最終日、午後にはオカリナとギターのライブ『EM’Sギター・オカリナ EIJI/オカリナ/MAYUMI』、秋の益子の空に響きました。

このナンドールとちよとのペア胸像の作者はハンガリーの彫刻家です。
* 2年前のハンガリー訪問でーー> 秋山孝二の部屋 » Blog Archive » 3年ぶり、ハンガリーへ 2022(9)
午後はオカリナとギターのライブです。
オカリナ奏者のさんは着物と帯も拘りが、音符柄の着物とギター・オカリナプリントの帯です。
演奏が終わり、今年の秋の展示会も閉園の時、空は晴れて秋の夕方の景観でした。
* これまでのWNアートギャラリー記事ーー> 秋山孝二の部屋
秋山財団のネットワーク形成事業助成のアウトリーチ活動として、先日はスローフード企画で開催されました。
冒頭に主催者の湯浅優子さんのご挨拶、秋山財団評議員でもお世話になっています。
第一部はアリス・ウオーターズさんの映画『WE ARE WHAT WE EAT』、「我食べる、ゆえに我あり!」でしょうか、各地で自主上映も進んでいるようです。
* 映画『食べることは生きること 〜アリス・ウォータースのおいしい革命〜』公式 | 世界中の料理人と教育者に影響を与える彼女が信じる「おいしい革命」とはー?
第二部はつい先日、札幌円山にお店「noya」を開店した塚田宏幸シェフのご講演。
* 北海道の食材と食文化を、驚きのバリエーションで体感「noya」(札幌市中央区)|poroco ポロコ|札幌がもっと好きになる。おいしく、楽しく、札幌女子のためのWEBサイト
続いては塚田シェフの料理を囲んで参加者の方々の交流会、料理一品一品の説明の後は、それぞれ自己紹介を含めた自らのフィールドのプレゼンをされました。
午後からはこの円卓会議の正式プログラム、先ずは「エディオンピースウイング広島」、「ひろしまスタジアムパーク」見学です、じっくり時間を掛けて隅から隅まで普段は入れない選手控室なども。
* エディオンピースウイング広島:EDION PEACE WING HIROSHIMA
* ひろしまスタジアムパーク | HIROSHIMA STADIUM PARK
スタジアムのエントランス前でのご説明。
スタジアム内はサンフレッチェ広島のチームカラー紫一色!芝生のメンテナンスが一番コストも掛かって大変な作業ですね。
スタジアムに続く隣の広場『HiroPa』!自由に多くの方々がそれぞれの楽しみ方で過ごす場、コンセプトが素晴らしい!
平和の道は平和公園から屋根にも続いています。
見学の後はホテルで講演二つと各地経済同友会からの現状活動報告でした。(株)サンフレッチェ広島の経営幹部とエヌ・ティ・ティ都市開発(株)中国支店の方のご講演は、ともにプロスポーツとエリア開発のマネジメントについての示唆に富む充実した時間でした。北海道経済同友会の安田代表幹事のプレゼンも内容が濃く、今の北海道の現状、今後の展開等で良かったです。
夜は4地域経済同友会メンバーの交歓交流、私も他地域の方々、特に広島の参加者の方は来年の全国大会の開催ホストでもあるので、お話が弾みました。
これまでも広島には行っていますが、今回、経済同友会として経営者の視点からの訪問は、これまでとはまた違った視座からの広島を垣間見て貴重な学びとなりました。






















































































