

長編ドキュメンタリー映画「無言館:http://xin-ei.co.jp/other/seisaku.html」が上映され、たくさんのお客さんでした。私もよびかけ人の一人でしたが殆ど仕事は出来ませんでした、申し訳ありません。
これまで、窪島誠一郎さんの講演はご紹介してきました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E7%84%A1%E8%A8%80%E9%A4%A8)が、彼自身の話では表現しきれなかった訪問者の感想、座談等、あらたな「無言館:http://www.city.ueda.nagano.jp/hp/kanko/museum/mugonkan.html」の魅力を発見しました。来年春には、是非時間を作って訪れてみようと思います。以下、印象に残った言葉を。
* 「無言館」の「無言」は、多くの方は言葉を発しない「絵画」を展示してあるから、とおっしゃるのですが、館主の私(窪島さん)は、実は見学に来た方がその絵の前で言葉を失う、無言で誠実に向き合う、そんな意味と理解しています。
* 遺作を供出して頂きたいとお願いに行った時、なかなか同意をして貰えなかったお身内の方がその後お亡くなりになり、息子さんが全ての作品を無言館に寄付する意向を伝えてきました。「作者の思いをを伝える」、その重みを感じましたね。
* 年月でカビとか埃で多少傷んだ遺作を修復する専門家の方、完全に修復することが目的ではなく、窪島さんはキャンバスのキズとかはむしろそのままにして頂きたいとおっしゃるそうです、時間の経過を含めた「作品」の価値であり、メッセージなのでしょうね。
* 小学生の時に訪問して、数年後、中学生として再度訪問した子どもたちと窪島さんを囲んでの語らいで:窪島さんは若い子たちに、「絵の奥にいる作者は、限られた自分の人生を生きた人。ある時は明日・明後日がある自分の幸せを感じるが、ある時は限られた時間を精一杯生きた彼らをうらやましく思う時もあるから不思議です」、とおっしゃっていました。
* 終りで窪島さん、「この無言館のメッセージを、『反戦・平和』とおっしゃる方がいますが、実は自分はそう言ったカテゴリーで括られるのをあまり良しとしません。遺作が語りかけるのは、少々気取ったいい方になりますが、『愛』だと思うのです」と、少し照れた様子でお話されました。
長野県上田市、周りを山に囲まれた田園地帯の丘の上に、数棟ひっそりとたたずむ美術館です。館内では、作品が放つメッセージ、余計な意味付与を排除したありのままの展示、遺志を受け止めようと訪れる見学者、すべてが真摯ですね。講演とは一味違った「無言館」の魅力でした、企画された國田裕子実行委員長さまはじめ、ここまでのご尽力に心から感謝申し上げます。
今年の12月は真珠湾攻撃から70年、11日は東日本大震災から9カ月の節目です。師走を迎えると、この一年を振り返りたくなりますね。
私にとって「2011」という年は、「戦争」に向き合った一年として強く記憶に残ると同時に、大きく前へ踏み出しました。この数年のポーランド・中国北東部訪問で体験した戦争責任の検証(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%84)、「ビハール号事件」の調査(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%83%93%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%8F%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6)、そして今年8月の北海道新聞の5回に渡る終戦特集連載記事(201188-12e98193e696b0e38393e3838fe383bce383abe789b9e99b86efbc88e7b78fefbc89)等です。更に、3・11の大震災後の対応を目の当たりにして、国難に対する「責任の所在の不明確さ」も、戦争責任と酷似すると感じていました。
8日朝日新聞朝刊「オピニオン」欄で、東京大学教授・加藤陽子(http://www4.ocn.ne.jp/~aninoji/)さんのインタビュー記事「真珠湾が教えるもの」が大きく掲載されて、中見出しには、「思惑ずれた日米、対立を解くには豊かな歴史観必要」とも。少々長くなりますが、引用します。
~~~~~~――最終的に開戦の決定を主導したのは誰だったのでしょう
「形としては大本営政府連絡会議と閣議決定によって開戦が決定されたので、軍と内閣双方の一致がありました。しかし、意志決定に至る状況判断において、軍と文官では情報に大きな非対称性があったと思います。東郷外相でさえ、開戦が12月8日で攻撃地点は真珠湾とマレー半島だ、と12月1日まで知らされていませんでした。陸海軍はグル―米国大使がワシントンへ送った電報をはじめ、あらゆる暗号を解読していましたが、軍に不利になる情報は統帥事項として内閣に上げなかった。この点、日清、日露といった過去の戦争が伊藤博文など元老の指導下になされたのとは対照的です」
――専門家が知識を独占していた点では、原発推進の過程と似ているような気がします
「どちらも専門家が無謬性の神話にとらわれ、外部の批判を許さない点で共通しています。軍部は、日露戦争の戦勝を神話化し、自国軍の能力を客観視する目や、欠陥を指摘する人々を排除していきました。原発も安全神話ゆえに、最悪の場合の想定を行わなかったのでしょう」
――戦争回避の失敗から、現在の日本は何を学ぶべきでしょうか
「日本は、背負ってきた近代そのもの、明治以来の歴史全体を否定されたと考えて対米戦争に踏み切りました。原理的な対立が起きた時、どこまで退却しうるか、大正デモクラシー期に戻るか等、具体的な歴史イメージを豊かに持っておくことが大切でした。そうしたイメージを持てない今の日本社会の状況が、昔のこの時代に似ていて心配です」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~引用 おわり
もう一つ、ちょうど読み終えた本、広島県呉市海時歴史科学館(大和ミュージアム:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4585)館長・戸高一成著「海戦からみた太平洋戦争」のまえがきに書かれていました、引用します。
~~~~~~~~~~~~~
・・・・・・、米英海軍、とくに英海軍の根本政策には、「海上交通線の維持」ということが「国土の防衛」ということと並んで、海軍の最大任務とされていることをみたからであった。しかるに、日本海軍は、何かしら海軍自体の純作戦的立場にばかりとらわれていると思われたからであった。・・・・・・・・連合艦隊第一主義と艦隊決戦主義への偏重は、太平洋戦争の展開において、きわめて大きな弊害をもたらした。連合艦隊は早期の艦隊決戦を追求し続け、その作戦が破綻して戦力を使い果たした後は、いたずらに特攻作戦のみによって戦死者を増やすだけに終始した。これは、不十分な想定のもとに原子力発電所の設置を行い、想定外の事象が発生した時の適切な対処を欠いたまま月日を消費している、2011年の状況を思わせるものがある。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~引用 おわり
歴史の考察、失敗から学ぶ姿勢、敗戦までの道すじと3・11以降の原子力発電所爆発事故の経過を検証するお二人のご意見に、私は「我が意を得たり」でした。ここまでの責任者のありさま、情報隠ぺいの常態化、マスメディアの不甲斐なさ、いよいよ国民の怒りは頂点に達しつつあります、そして更に昨日の国会の閉会、何をかいわんや、ですね。議員定数の削減、国家公務員給与の削減等、法律を成立させる立法府の責任を何も果たしていないで2011越年はあり得ないでしょう!
こんな体たらくの今の日本国、それでも私たちは「日本国民」として、「今」、そして「これから」を生きなければなりません。どう凌ぐか、どう新しい時代を創るのか、残っている時間はそれ程ないように思います。
「足利銀行(http://www.ashikagabank.co.jp/)のスピリッツ」として、25年ぶりに「マルニ」バッジが復活しました。
これと相呼応して、ワグナー・ナンドール記念財団(http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html)理事長・和久奈ちよさんが、この度、足利銀行に「故藤松正憲」ブロンズ像を寄付しました(http://www.shimotsuke.co.jp/town/region/central/mashiko/news/20111025/643499)。故藤松頭取が、財団の和久奈ちよ理事長の実父・二代目秋山康之進(私の祖父)と日本銀行札幌支店長時代から交友があり、ワグナー夫妻が益子町にアトリエを建設(昭和45年)、創作活動に際して親交がありました。ワグナー・ナンドールが、その際の感謝の気持を表現したく足利銀行に寄贈する目的でこのブロンズ像が製作されましたが、在任中は設置がかなわず、数十年を経て本店ロビーでのお披露目となりました。
宇都宮市内にある本店ロビー、玄関を入ってすぐの場所に、控えめに展示されていました。渋沢栄一の孫(娘の子)である明石正三は、足利銀行の役員で、胸像は渋沢青淵記念財団龍門社(現在の公益財団法人渋沢栄一記念財団:http://www.shibusawa.or.jp/)から寄贈されたそうです。
日本の銀行の創始者であり、「論語と算盤」でも有名、経済道徳合一主義の提唱者でもある渋沢栄一の「信為萬事本」の書は、「信を万事の本となす」と読み、山岡鉄舟が西郷隆盛とのやり取りの中で書したものとして知られています。原典は、1060年成立の中国史書「新唐書:http://kodaishi-21.web.infoseek.co.jp/p3-6.html」に由来して、「信とはお互いに信じ合うことであり、すべての物事の根本である」という意味です。
日本の銀行はバブル期から今日まで、本来の信用創造としての間接金融の機能を忘れて、大変な危機を経てきたはずです。破たん、国有化等、いろいろな経緯はありましたが、現在そこからどれ程の教訓を学んだのか、私は「?」と思うばかりです。何が変わったのか、相変わらずの手数料商売のビジネスモデルでは、日本経済の復興、地域経済の活性化は見込めません。元に戻ることだけでは「進化」とは言えませんね、猛省を望みます!!
ところで、宇都宮と言えば「餃子」です。地元の方に伺うと、「みんみん派」と「正嗣派」で人気を二分しているとのこと。これまで「みんみん:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2491」は何回か試していましたので、今回は探し歩いて初めて「正嗣」に、「焼き」と「水」を一つずつでした。
小さなお店(カウンター席10人程度)で、大変安く美味しかったですね。これでやっていけるのかと思いましたが、店に居たわずか20分程度の間に、お客さんがそこで食べる餃子、持ち帰り冷凍餃子、出前の注文等で売れること売れること、100個以上の売り上げはあったのではないかと思われます。店の入口には、「この店には餃子しかありません」の張り紙がありました。
驚くべき「餃子人気」です!
さっぽろ劇場祭(TGR)2011(http://www.s-artstage.com/2011/tgr2011/)が、4日の公開審査会で終了しました、詳細はこちら(http://www.s-artstage.com/2011/news/2011/12/606/、http://hakouma.eux.jp/2011/12/tgr2011_taisho/)。U-streamでライブ映像もアップされていたようですし、twitterでもたくさんつぶやかれていました。
私は昨年(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6621)に引き続きの審査員として、一ヵ月間に32本の参加作品の観劇、昨日の公開審査会では7人の審査員が分担し、32本全作品の講評を行いました。今年こそは一作品1分間の持ち時間でと意気込んで臨みましたが、私は最初の4分間の持ち時間で6分32秒もしゃべってしまいました、作品の評価を端的に表現するのは本当に難しいものですね。
【2011年度 札幌劇場祭 受賞作品】~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・札幌劇場祭 大賞 劇団千年王國 「狼王ロボ」
・札幌劇場祭 特別賞 [演出賞] intro 「蒸発」
・札幌劇場祭 特別賞 [作品賞] 弘前劇場 「海辺の日々」
・札幌劇場祭 新人賞 劇団アトリエ 「もういちど」
・札幌劇場祭 オーディエンス賞 ※星5つ満点の観客アンケートによる賞
リーディングヒッター賞(☆の平均) 劇団千年王國 「狼王ロボ」
ホームラン王賞(獲得した☆の総数) 劇団千年王國 「狼王ロボ」
・札幌劇場祭 審査員奨励賞 yhs 「忘れたいのに思い出せない」
・札幌劇場祭 審査員奨励賞 AND 「ばらひまわり」
・札幌劇場祭 審査員奨励賞 座・れら 「トランス」
・フライヤーコンテスト 優勝
ミュージカルユニット もえぎ色 「Teardrop」 (同数 1位)
きりがたりシアター 「ジャックと豆の木」 (同数 1位)
[各賞についてのメモ]
大賞・特別賞は、TPS / 人形劇団ぽっけ&ばおばぶ&ボクラ を加えた最終候補 5作品からの公開審査。新人賞は結成3年以内の団体が対象です。オーディエンス賞は今年度はじめて実施されたもの。フライヤーコンテストはTGRのキックオフイベント(11/5,6)にて実施されたものです。
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個々の講評は、後日こちらにアップされると思います(http://www.s-artstage.com/2011/news/2011/12/606/)。3・11の大震災を経て、芸術・文化のエネルギーを一層感じた今年の劇場祭でした。演劇関係に携わっている全ての方々に感謝するとともに、これからの活躍を大いに期待しています!そして、プロとして生活出来るためにも、多くの市民に劇場に足を運んで頂くことをお願いしたいです!
海軍兵学校76期(http://homepage2.nifty.com/navy76/)の「第23回ブリッジ会」が都内で開催され、初めて出席しました。当日は寒風にもかかわらず、50名程の方々がお集まりになり、皆さま83歳の実に凛々しいお姿で懇談されていました。ある意味で、日本最後のエリート教育を受け、戦後、各界で日本の復興・高度成長期をリーダーとして担ってこられた方々のお姿を目の当たりにした場でした。
なぜ、この会に私が参加することになったのか、それはこの「秋山孝二の部屋」と大いに関係があります。2年ほど前でしょうか、このブログを重巡「利根」の検索から偶然お読みになった横浜在住の井上正美さんからご連絡があり、東京で何回もお会いしました。井上さんは、私の父・秋山(旧姓野田)宏が海軍兵学校分隊監事だった時の生徒(76期)だった方です。
今年8月に、終戦企画として、北海道新聞に5回連載となった「ビハール号:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%83%93%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%8F%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6」記事をこの会で紹介して頂き、先日の私の出席となりました。
私に15分程度のご挨拶の時間があったので、この場にお招き頂いた御礼と、連載記事の概略、及び今の気持を話しました。当初は、全く個人的興味だった「ビハール号事件」、戦闘日誌等の記録を調査した際、重要部分が切り取られていたこと、香港のB級戦犯法廷での日本海軍幹部の不誠実な証言、父の役割、一人責任を負って絞首台に立った第十六戦隊司令官・左近允尚正中将、そのご子息・左近允尚敏さまとの意見交換等、溢れ出る言葉を抑制しながらではありましたが、お話したつもりです。戦犯裁判とは言え、このままでは現場に責任が全て押しつけられて、本来の作戦立案等、責任ある幹部が誰一人として処罰されないという実に理不尽な経過に私が憤りを感じたこと、歴史の中に確かに記録・記憶されてしかるべき事実であること、戦争は未体験ながら、今を生きる世代として明らかにしておく責務等です。
その後、懇談の場で、多くの貴重なお話を聴くことが出来ました、幾つかを書き留めます。
* 7月24・25日、比島沖海戦の残存艦が呉周辺に回避していたので、江田島は米軍艦載機の空襲があり、江田島内に仮泊の「利根」、「大淀」も急降下爆撃を受けた。7月28日早朝より、艦載機・B29爆撃機が攻撃してきたが、この際の米軍パイロットの白いマフラーも忘れられない。応戦したが、「利根」は着底、「大淀」は爆発したようで急激に横転した。これらの戦闘で300名が戦死し、兵学校から目と鼻の先でのことであり、戦局の急迫を実感した。<後で私が調べたところ、これを以て米軍の攻撃は一段落し、豊田軍令部総長は、「連合艦隊の水上部隊全滅」と奏上したそうです>
* 現在は、「戦略」「戦術」という言葉で語られるが、これは英米から入ってきた概念。旧日本海軍では、伝統的に「戦策」「戦則」という言葉だった。「戦略」の「略」は、自分のものにする、「術」は手練手管的ネガティブな意味が付きまとうのに比べて、「策」「則」は如何にもルールに則って事を進める姿勢がにじみ出ている。
* 兵学校の生徒時代、教官は10期上くらいの先輩で歴戦の勇士にも関わらず、自慢話は全くなく、戦闘の話は殆ど聞くことはなかった。機密事項とは言え、語りたいとは思わない心情も強かったのではないか。
* 兄が零戦パイロットで終戦直前に戦死し、戦後十数年は戦争・兵学校の話は口には出さなかったが、時の経過とともに集まりにも参加するようになり、気持の整理が出来てきた。
まだまだたくさんあるのですが・・・・。とにかく、今年8月に左近允尚敏さんとお会いした時と同じく、50名の皆さまの話を聴く時の姿勢は、並はずれた集中力と緊張を感じ、私自身、身の引き締まる思いでした。次回は来年3月開催予定です。
10月下旬から始まった2011年の「さっぽろ劇場祭:TGR(http://www.s-artstage.com/2011/about/)」は、いよいよ終盤を迎えています(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=TGR)。
「劇場祭」は、実に幅広いジャンルがあります。人形劇、オペラ、読み語り、ミュージカル風(?)劇、一人芝居、現代劇・・・・・。そして、劇場内は殆どの場合、携帯電話電源切り、飲食禁止、写真・ビデオ撮影禁止ですね。先日の西区琴似・コンカリーニョ(http://www.concarino.or.jp/)では、それら全てがOKという、芝居というよりも「ショータイム」がありましたよ。私は開始前から缶ビール片手にカメラを構えて、忙しく観劇でした。
宣伝チラシより~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
子ども向け、アングラ、ショーミュージカル、学園、サーカス、海賊…と様々なテーマで作品を作ってきた「もえぎ色」が、第3回公演を新たにリメイク!舞台は劇場を大きく作り変えたショーパブ「Teardrop」。ダンサーとして働く女の子達が夢を掴んで行く物語を描くオリジナルミュージカル!
伝説のショーパブ Teardrop が、3年の時を超え甦る―
ミュージカルユニット もえぎ色 第7回公演 「Teardrop」
脚本・振付: 喜井萌希 脚色・演出: 太田真介
出演: 坂本祐以、国門綾花、懸梨恵、森高麻由、岡田怜奈、堤亜美、寺崎智美、チヤゲンタ、山腰真央、木内彩花(劇団ルート1)、たかはしはるな、佐藤紫穂(Bee-Hive)、庄本緑子、寺地ユイ(星くずロンリネス)、NEGI(劇団平成商品)、池下陽奈・星奈・夢奈、大隅夢果、小松美穂、TERA、TOUKA、寺田英夫
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~引用おわり
演劇の劇評と言えば、加藤浩嗣さんの「シアターホリック:http://theater-holic.seesaa.net/」が興味深いですね。どこの劇場に行っても必ず前方にお座りになっています。
多様な劇場での多様な演劇、それを支えていくプロの担い手、幅広い観客、そんな芸術・文化の香りが満ちた「サッポロ」の街にしたいですね、劇場に足を運ぶことによって。12月4日の「公開審査」が楽しみです!
「君の椅子」プロジェクト(http://www.asahikawa-u.ac.jp/page/kiminoisu_project.html)は、2006年に始まって、毎年新しいデザインによる椅子は、新たな命を祝福してきています。
「君の椅子」プロジェクトの代表である磯田憲一さんは、その理念を下記のように語っています。
・・・・・、経済性や利便性だけでなく、地域社会の優しく、柔らかなネットワークを少しでも取り戻していきたい、そのためにひとりひとりがそれぞれに小さな取組みを重ねていく、そんな思いを込めて私達は「君の椅子」プロジェクトを立ち上げ、その一歩を踏み出しました。北海道という地域の持つ財産とその潜在力を活かして、「新しい生命」、「新しい市民」の誕生を暖かく見つめ支え合う地域コミュニティ、その再生の火を灯す役割を担いたい、それが私達” 君の椅子プロジェクト”の願いです。「君の椅子」は思い出の記憶装置。それは子どもたちの未来への贈り物です。新しい生命が人々のあたたかな眼差しに見守られて、健やかに成長することを願いながら私たちはこの北海道の大地から「君の椅子」を贈り届けていきます。・・・・・・・
「君の椅子」は、名前やロゴ、一連番号が刻印された世界でひとつだけの椅子で、無垢(むく)の木材で確かな技を持つ旭川家具の職人が作ります。暦年ごとにデザインが変わるオリジナルの手づくり椅子です。
今月初旬に、磯田さんから、3・11の震災を経て、「希望の『君の椅子』」を立ち上げる旨をお聴きして、私もすぐに賛同致しました。3月11日の大震災で、亡くなられた方々の数は毎日のように報道されていますが、その日生まれてきた「新しい命」は、まさに3・11以降の復興の「希望」です。被災した東北3県下の市町村に問い合わせをして、その日誕生した子を把握し、そのお名前を座面裏に記して贈呈する試みです。
個人情報保護法との関わりで困難をともなった作業だったようですが、104の新しい命を私たち北海道民が祝福する試みは、世界に発信して希望の糸口としたいものです。私たちの気持を「見える化」して応援する、木目とともに、「3・11以降のいのち」の成長を記録する、そんな椅子になってもらいたいですね!
今年の「札幌KITA-NET北海道環境活動交流フォーラム2011:http://www.kitanet.org/event/index.html#works2011」は、国際森林年に因んで、「「北海道スタイルの森づくり、市民力で森と人をつなぐ」と題して、盛だくさんな内容で開催されました。全道各地から170名を越える大勢の参加者が、最初から最後まで大変熱心に聴き、分科会・ワークショップでは活発な意見交換がなされました、一つの場に集う価値を、あらためて確認した一日でした。基調講演二題は「きたネットWeb:http://www.kitanet.org/index.html」の録画でも見ることができます。
基調講演1 「協働の力でつくる北海道の森林の未来」では、北海道大学農学部教授・柿澤宏昭(http://gcoe.ees.hokudai.ac.jp/mfrs/?p=854)先生が、「持続的な森林の管理と循環型社会の構築を進めるために、森林資源の利用まで含めたより多面的で深い市民と森林との関係のもち方について」、お話をされました。
基調講演2 「もっと森を、モア・トゥリーズの活動」では、一般社団法人「モア・トゥリーズ:http://www.more-trees.org/」事務局長の水谷伸吉先生が、「より多くの人に森と関わりを持ってもらえるよう、普遍性をもった都市と森をつなぐプラットホームで ありつづけたいと願う、モア・トゥリーズの活動」を語りました。
代表の坂本龍一さんをシンボルに、フィールドをショウアップする多彩な活動は素晴らしいですね。カーボンオフセットの取り組みとして、「ANA・B787カーボンオフセットキャンペーン:https://www.ana.co.jp/amc/cpn/offset/」は、ちょうど今、実施期間中です。
午後からは3つの分科会に分かれての意見交換、更に続く全員によるワークショップでした。
●分科会A 市民団体は森づくりをどう変える?~森づくりのモデルを考える」
北海道の2地域で、まったく違うアプローチから民有林保全に切り込んでいる2つのNPOが、共通する課題を考え、将来を展望しました。NPO法人ウヨロ環境トラスト(白老町:http://www.shiraoi.org/trust/)、もりねっと北海道(NPO法人森林再生ネットワーク北海道 /旭川市:http://morinet-h.org/)
【コメンテーター】
荻原 裕 氏(北海道森林管理局 保全調整課 課長
●分科会B 「事業体と市民をつなぐ森づくり」
企業・事業体と市民活動団体の連携、森林資源活用事業に取り組むNPOの事例から、森づくりの新しい道筋を考えました。
【コーディネーター】柿澤 宏昭 氏(北海道大学農学部 教授)
事例1 コープ未来の森づくり基金(http://www.coop-sapporo.or.jp/contents/view/id/82) & きたネット(http://www.kitanet.org/index.html)
事例2 一般財団法人セブン-イレブン記念財団(http://www.7midori.org/) & NPO法人支笏湖復興森づくりの会(http://www.shikotsuko-moridukuri.org/index.html)
事例3 NPO法人森の生活(下川町:http://www.forest-life.org/)が事業者としてめざすもの
【コメンテーター】
水谷 伸吉 氏(一般社団法人more trees)
西川 瀞二 氏(北海道林業技士会)
遠藤 俊次 氏(ホーマック株式会社)
●分科会C 「森からはじめるエネルギーシフト」 *この分科会は公益財団法人 秋山記念生命科学振興財団「ネットワーク形成事業」助成により開催
林業の持続可能性と木質バイオマスの有効利用の可能性について各地の事例から学び、「北海道における木質エネルギーへの転換をどう進めるか」をディスカッションしました。
【コーディネーター】大友 詔雄 氏(NPO法人北海道新エネルギー普及促進協会:http://www.hkd-enekyo.npo-jp.net/ 理事長)
事例1 木質バイオマス利活用の可能性と地域内経済効果―森からみたエネルギーの地産地消 大友 詔雄 氏
事例2 薪プロジェクト(どさんこ薪ネットコンソーシアム)について 岡田 基 氏(一般社団法人ProDeC:http://prodec.jp/)
事例3 木質資源作物の可能性と下川町における公共施設のエネルギー転換 高橋 祐二 氏(下川町地域振興課 主幹:http://www.town.shimokawa.hokkaido.jp/Cgi-bin/odb-get.exe?WIT_template=AM04000)
<11月28日追記>分科会Cの様子:http://enavi-hokkaido.net/forest/?p=315
~~~印象に残った言葉の数々~~~
* 「植林」から「森」づくりへ、「循環」の中で私たちは関わるべきである
* 地域と森林の関わりは「多様」で、「全体的」である
* 地域特性、特有資源を生かしての取り組みを、「まちづくり」として
* 都市と森とのつながり・橋渡し、3・11以降の取り組みとしての「LIFE 311:http://life311.more-trees.org/」
* カーボン・オフセット(相殺)の取り組み:ANA、NTTドコモ等の取り組み
* オーストリア・ギュッシング市の取り組み(http://www.nerc-hokkaido.co.jp/wp/chiki)、http://www.eonet.ne.jp/~forest-energy/GREEN%20ENERGY%20FILE/Guessingstory.pdf
下川町の数々の実践は、感動する程素晴らしいものでした。行政に優れた人材を得ると、市民とともに先駆的試みが可能ですし、持続可能な新しいシステムもダイナミックに動いていくことを立証していますね。素晴らしいモデルが北海道にはあり、心強く感じました。とにかく、この一日は大変内容が濃く、とても全ては書ききれません。ただの知識・知恵ではなく、これからの私の実践に大きく役立てたいものと決意をしています。皆さま、本当にありがとうございました!
環境系中間支援団体、「NPO法人 北海道市民環境ネットワーク:愛称きたネット(http://www.kitanet.org/index.html)」の今年の活動テーマは、「森づくり」です(http://www.kitanet.org/event/index.htm#2011s)。
今年の5月、通常総会当日に今年度最初のイベントとして、「国際森林年 特別企画<北海道の森をどうする?座談会>」でした。
次は7月の交流行事で、前田一歩園財団の訪問(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9393、http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9405)。
そして9月には、「森づくりと人づくり」と題しての講演と説明会が開催されました。
東京都台東区上野公園にある、旧東京音楽学校奏楽堂(http://www.taitocity.net/taito/sougakudou/)です。
先日、久しぶりに上野公園界隈を歩いていると、ここでピアニスト・小倉末子の展示、「凛と弾く:http://www.taitocity.net/taito/sougakudou/sougakudou_news/news-ogura.html」を公開していました。彼女の業績は後進の指導でも発揮されて、数々の足跡を残し、終戦の1年前に54歳でお亡くなりになりました。
このすぐ近く、東京国立博物館(http://www.tnm.jp/)では、特別展「法然と親鸞:http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1404」が開催中です。今年は、法然上人800回忌・親鸞聖人750回忌で、特別展「法然と親鸞 ゆかりの名宝」と銘打って、平成館特別展示室で、10月25日(火)~12月4日(日)までの開催です。先日も多くの方々が玄関前に列を作っていました、私はその横を通り抜けるだけでしたが・・・・。
一方、札幌ではつい先日、中央区のサッポロファクトリー(http://sapporofactory.jp/)のアトリウムで、巨大クリスマスツリーにイルミネーションが点灯しました。イベント広場では子連れの家族も楽しそう、北海道の冬をここで過ごす人々も多いのでしょうね。
今年2011年も残り1ヶ月半、ごく普通の暮らしが有り難く感じる今日この頃です。今年は、「年忘れ○○」等の言葉は禁句でしょうね、忘れられない・忘れてはいけない年のはずですから・・・・・。
先月31日に設置された「母子像・ふるさと」(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10725)、周辺の工事もほぼ終了し、18日午後2時から「除幕式」が開催され、80人以上の参加者で大いに盛り上がりました。前日の積雪で新しく造られた公園はすっかり冬化粧、背景は雪のベールで覆われて来年までお預けです。
地元の幼稚園に通う子供たちと保護者の方々もご参加下さり、除幕式にも一役買ってくれました。この「母子像・ふるさと」には子供たちが実に似合いますね、歓声も空いっぱいに広がって、ひと時温かい空気に包まれます。
ワグナー・ナンドールのメッセージが市民の皆さんに届いて、新しい札幌の名所になってくれると嬉しいですね。
<補足> 円山公園となりの町内会ブログにも掲載されています(http://miyanomorimachisen.blog111.fc2.com/blog-entry-633.html)。
「さっぽろ自由学校・遊:http://www.sapporoyu.org/index.php」の連続講座「奪われた“郷土”~フクシマからのメッセージ~:http://www.sapporoyu.org/modules/sy_course/index.php?id_course=279」の第2回は、東京大学・大学院博士課程の開沼博さんのお話でした。開沼さんの著書「フクシマ論:http://ceron.jp/url/www.seidosha.co.jp/index.php?%A1%D6%A5%D5%A5%AF%A5%B7%A5%DE%A1%D7%CF%C0」は、第65回毎日出版文化賞を受賞し(http://mainichi.jp/corporate/info/news/20111103ddm001040037000c.html)、ベストセラーに。
第1回の安倍(あんばい)隆さんは、このシリーズのコーディネーターも兼ねていますが、その話はアーカイブでこちら(http://www.sapporoyu.org/modules/sy_myevent/index.php?id_event=282)です。
先日の講座会場、愛生舘ビル2階は、まさにあふれる人で超満員、驚きましたね。彼は、3・11以前から福島の「原子力ムラ」について研究を進めていて、今年1月14日に修士論文を書き終えたところだったそうです。
戦後復帰から「田舎と都会」という枠組みで成長を続けた日本社会、それは「成長」という名の「地方の植民地化」だったと断言しました。「55年体制」とこれまで語られている1955年は、原子力基本法(http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S30/S30HO186.html)制定の年でもあります。「成長とはエネルギーだ!」、日本の戦後のエネルギーの中心に原子力があり、反対派は「変わり者」扱いになり、議論する余地はないとされてきた社会、経済的にも、文化的にも、政治的にも、いわゆる「信心(しんじん):addictional」として。
「原子力ムラ前史」として、福島と電力・エネルギーとの関わりに言及しました。1914年の猪苗代第一水力発電所建設に始まる歴史から、1960年代の原子力発電所計画が今に至っている歴史的経過。そして、1)「中央の原子力ムラ:行政、メディア、研究者」は理想への邁進の果てに、合理性がゆがめられ、2)「地方の原子力ムラ」は原子力を媒介として豊かさを求め、原子力依存状態となっていった、それらの歴史的経過を分かりやすく解説されました。
原発一基による1000人の雇用、定期検査で2000人の雇用、それで原発は地元経済に貢献したのか?「危ないこと」を「危ない」と言わない、言えない状況ができていたのです。
福島県いわき市生まれの若干27歳、上野千鶴子さん、吉見俊哉さんに師事したそうですが、とにかく冷静沈着で、恐るべき若手研究者です。質問に対しても温かい眼差しと丁寧な答え、地元福島の住民に寄り添う調査・研究の証しを見せて頂いた気がします。最後に、「今、変わらないものが、いつ変わるというのだろうか・・・・」、地方が見過ごされているのではないか、東京発マスメディアは、ただ情報を消費しているだけ」と結ばれました。
本当に、「今、変えないで、いつ変えると言うのか!」、後の世代、或いは歴史から、3・11以降の我々が試されています。
この1カ月くらい、私が関係する諸団体で、講演等イベントが目白押しです。先日は、北海道経済同友会の例会で、「オテル・ド・ミクニ(http://www.oui-mikuni.co.jp/cgi-local/top/index.cgi)」のオーナーシェフ・三国清三(きよみ)さんをお招きして講演がありました。北海道増毛町(http://www.town.mashike.hokkaido.jp/menu/kanko/kankou-top/mashike-kankou1.html)出身、私より3歳若い彼の話は、ほぼ同時代を生きていながら、アメリカ・ヨーロッパでの活躍の映像からも推し量れ興味深く、彼自身の人生から紡ぎ出される言葉に力がありました。
増毛の浜で採れる「ホヤ」の味で育った三国さんは、「五味:甘い、すっぱい、しょっぱい、にがい、うま味」の大切さを感じ、その後のシェフ人生の基盤となりました。
2003年に札幌駅南口に「ミクニ サッポロ:http://www.stellarplace.net/floor_guide/142/」開業、このところは子供たちの食育活動(http://mikuni555.com/conts/)、スローフード運動にご尽力されています。
最後は、「結局は、最も価値のあることは『オリジナリティ』であり、それがグローバル社会での日本人としての『アイデンティティ』、『誇り』だと思います」と結ばれました。
スイス近自然学研究所代表の山脇正俊(http://web.me.com/masatoshiyamawaki/homepage/profile-jp.html)さんをお迎えしての講演、1年に一回は日本に来て、札幌でも毎年講演をされています。
主催は、「スローフード・フレンズ北海道(http://www.slowfood-friends.org/)」で、今年で9年目の近自然セミナーです。フレンズHPの活動記録に、2003年からの様子が掲載されており、代表の湯浅優子(http://www.netbeet.ne.jp/~tabitoka/heart/05tuttyan.html)さんは「ファームイン」の草分けです。共催は「北海道エネルギーチェンジ100プロジェクト(http://www.enechan100.com/、http://ja-jp.facebook.com/enechan100)」、「北海道エコビレッジ推進プロジェクト(http://ecovillage.greenwebs.net/about.html)」でした。
当日の逐一の報告は書き留めませんが、先日、同じく参加した鈴木善人さんは自身のブログ(http://www.leaps.jp/?p=2940)で内容をコンパクトにまとめています。経営者から見ると、「リスクマネジメント」という言葉で「近自然」を語って頂けたことが、最も腑に落ちるポイントかなと、やはり経営者の鈴木善人さんのブログを読んで感じました。
特に印象に残ったフレーズは、~~~環境配慮は「危機管理:リスクマネジメント」であり、4つの原則がある:1)事前の周到な準備、2)危機の認識、3)迅速で適切な回避行動、4)対処より予防~~~~まさに「経営」そのものですよね。
もう一つ、「スペシャリスト」に対する言葉で、従来の「ジェネラリスト」は英語の語感が良くなく、「ユニバーサリスト」が使われる場合が多いとか、日本語では「万能家」と訳しているようです。
基本的概念で、食、農、エネルギー、景観、近自然等、皆共通するものがあります。
今年で7回目、「さっぽろアートステージ2011:http://www.s-artstage.com/2011/」が始まりました。
「さっぽろアートステージ」とは、札幌で活躍するアーティストに発表の場をつくり、その作品を市民と一緒に観て、ふれて、感じるアートイベントです、市内各所で関連イベントも盛んです。
「アート」は、ふれて、感じて、はじめて楽しめるものだと思いますね、HPには次のように書かれています。
~~~~~その「アート」を街に開放し、気軽に楽しめるように、わたしたち「さっぽろアートステージ」はアーティストと市民がつながる「アートの入口」をつくり出しています。その入口は、舞台へ、現代アートへ、音楽へつながる入口です。そんな入口を街の至る所に出現させ、みなさんと「アート」の距離を縮めたい、「アート」を身近に感じてもらいたいと思っています。
2011年もアートステージは「舞台芸術部門」「学生音楽部門」「音楽部門」「美術部門」の4部門で構成。「特別企画」として今年限定で、3月に開通した「札幌駅前地下通歩行空間」を舞台に「キックオフイベント」を開催いたします。アートステージのスタートとなる「キックオフイベント」ぜひ、ご期待ください!~~~~~~~~
キックオフイベントは、今月5・6日に地下通路で開催されました。
一方、 「札幌劇場祭:TGR(http://www.s-artstage.com/2011/tgr2011/)」も、先月下旬から、先立って市内9つの劇場で一層レベルアップし始まっています。
今年も私は審査員として、1カ月に32本のエントリー演劇を観ることになり、すでに8本は終わりました。昨年は初めての審査で要領も良く分かりませんでしたが、その後1年経ち、今年はかなり周辺情報も増えていますし、しっかりした審査で臨みます。今年の私の視点を、劇場祭のHPに掲載しています。
~~~~~<コメント> 3・11以降、芸術・文化の価値が人々に生きる力を与えるとして、高く評価されています。まだ一度も演劇を観たことの無い、或いは「敷居が高い」と敬遠している多くのごく普通の市民に対して、劇場に足を運んで貰う努力・意欲が感じられること、芝居を通して伝えたいメッセージ、問題提起が明確であること、そして何か新しいものを追いかけている姿、等が私の視点です。演劇に興味はありますが、基本的に「素人」の立ち位置にこだわりたい、北海道の演劇人に期待しています!~~~~~~
●今年のTGR札幌劇場祭大賞の審査員は以下の7人です。
・飯塚 優子 (レッドベリースタジオ主宰) ※審査委員長
・早川 渉 (映画監督)
・秋山 孝二 (NPO法人北海道市民環境ネットワーク理事長)
・松井 哲朗 (劇評誌「続・観劇片々」主宰)
・桑田 信治(株式会社インテリジェンス anウィークリー北海道版編集担当)
・北田 静美 (株式会社ウエス CREATIVE5 営業企画 プロデューサー)
・森 彩夏 (北海道教育大学岩見沢校 芸術文化コース アートマネージメント音楽研究室所属4年生)
12月4日は、午後から公開審査会があり、そこで大賞他が決まります。実は、私の所属、この「秋山財団」から「NPO理事長」に変更しました。肩書を入れると漢字が20文字以上も続くことになり、芸術・文化には馴染まない(?)と勝手に自分で判断して代えました!
更に、今年から「常設」となった「500m美術館:http://www.s-artstage.com/2011/artstreet_about/」も一段とレベルアップです。
芸術の秋、札幌は今、盛りなり、ですね。
「中川ヒデアキ:追悼ライブ」が、札幌市西区八軒のレッドベリースタジオ(http://www.akai-mi.com/)で開催されました。ここで昨年は10周年記念企画で、こんなコンサート(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5248)も。
数少ないインド古典音楽の演奏家として知られた札幌在住の中川ヒデアキさんが、がんにより9月15日に57歳で亡くなりました。演奏仲間には「デンさん」の愛称で慕われ、インド音楽と釣りが好きだった中川さんを悼み、友人らが札幌市内のライブ喫茶などで追悼ライブの企画、初日でした。
この回は、シタール・井上憲司(http://www.kenjiinoue.com/)さん、タブラ・逆瀬川健治(http://homepage2.nifty.com/souhadou/index/Home.html)さんの演奏でした。
とにかく、一つの曲が長いです。初めてだったので、最初は旋律を追いかけて追いかけて、そのうちに催眠術に掛ったみたいに眠くなります、退屈で眠気がくるのとは違います。それからなおも淡々とシタールの響きとタブラのリズムが織りなす不思議な音楽、結局曲の終りが第一部の終了でした。
私は中川さんには生前お会いしたことはないのですが、こうやって追悼ライブが、以前の仲間たちによって開催されて多くのファンが集まる、死してなおの存在感、素晴らしいですね。
オープニングは吹奏楽部の演奏、続いてダンス部のはち切れそうなパフォーマンス。今年も600名を越える同窓生の登録があり、「絆」を確かめ合ったひと時です。毎年、年長者順に着席テーブル、私たちの期は、この数年、「もうすぐ我々も着席組だよね」と、同期の連中と話をしていましたが、何と今年がその「着席組」だったではありませんか!座って歓談していると、何だかすっかり落ち着いてしまって、立っている若い世代との交流もそっちのけで、立派な「長老組」でした。こうして歳を取っていくのかと、少々の寂しさも感じながら・・・・。
懇親会途中で、アコースティックギタープレーヤー、現役大学生・南58期の山木将平(http://yamakishohei.web.fc2.com/top.html)くんの演奏もありました(http://www.youtube.com/user/shoheiyamaki)。素晴らしいテクニックに加えて、特殊奏法等の作曲・演奏活動にもチャレンジし、チラシにあるように、まさに北海道の大地と空の広大さを感じさせました。会場では1stアルバムの「NORTH WIND:http://www.amazon.co.jp/NORTH-WIND/dp/B004OVSP6M」も販売されて、飛ぶように売れていましたね、楽しみです!
昨年少し納得のいかなかった一中の大先輩達、今年は気合十分で、一中校歌、応援歌を堂々と歌い上げました!中53期の山本晋也さんは、歌詞を大きめに印刷して皆さんに配り、この日に備えたとおっしゃっていました。
「六華同窓会」の幹事長をつとめている私は、今年の会誌に、「『自立した個』として生きる時代」と題して書きました。~~~~~~~~
2011年六華同窓会総会・懇親会、とりわけ今年は、例年以上に開催できること自体を心からお喜び申し上げます。今年のテーマ、「『六華全書』~今、ひもとくとき」からは、多彩な同窓生の「今」と「人生」を紡ぎ、独自の「六華全書」をひも解いていきたいとの意欲を感じ取ります。これまで幹事当番期としてご準備にあたられた南36期の福沢康弘実行委員長はじめ、同期の皆様に心から感謝申し上げます。
本年3月11日14時46分に発生した巨大地震、それに連なる大津波、驚愕の東京電力福島原子力発電所事故は、多くの喪失感を生みながらも、今生きている我々に大きな課題を提起しています。そんな中で今年の当番期は、「『六華全書』に集約された『知』の力は、私たちの想いを必ずやかたちにしてくれると信じて」と、大変前向きに語っています、今ここ、まさに六華に集う人々の出番だというように。
7月の「FIFA女子ワールドカップ2011」で、「なでしこジャパン」の優勝は、私たちにたくさんの勇気を与えてくれました。選手たちは日々苦労の連続でここまでの道のりを勝ち取り、結果を出し、試合後のコメントも笑顔も実に爽やかでした。さらに今回の佐々木則夫監督は、男子の岡田前監督、ザッケローニ監督にも共通していますが、事前情報を基に戦略・戦術を駆使して「日本らしさ」を創り出し、試合が始まってからは選手に全幅の信頼を寄せて、試合後は選手を称賛してやまない、本当に素晴らしい采配でした。「駒として使う」というより、一人ひとりの考える力を信頼して、情況に応じた瞬時の判断を任せる、組織における「自立した個」の育成、まさに新しい時代の監督像です。3・11以降の日本に必要な人材は、自分の頭で考え続ける、こうした「自立した個」であり、取りも直さず、六華に集う人々そのものではありませんか。~~~~~~~~
3・11以降の同窓会、また「つながり」の新鮮さを感じて良かったな、と。
昨年のフォーラム(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6371)から1年を経て、ワグナー・ナンドール記念財団(http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html)が札幌市へ寄付した「母子像・ふるさと」が、旧札幌市長公館跡(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4981)に10月31日に到着しました。
栃木県益子町から大洗のフェリーに乗って、地元益子町の田中さんご夫妻がトラックで搬送して設置も完了しました。今後は周辺の整備・養生を終えて、今月18日午後2時の除幕式を迎えます。
田中さんは、一昨年の中野区哲学堂公園に建立された「哲学の庭・群像:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2792」も、一週間泊まり込みで11体の像を設置しました。今回は数時間でしたが、大きな木箱に梱包して、陸路・水路を経ての搬送、終了後もとんぼ返りでまた深夜のフェリーに乗って、益子に戻りました。3・11以降の震災復旧のお仕事が地元で目白押し、とても札幌でゆっくりしている時間は無い様子でした。
「母子像・ふるさと」は、台座に23度横向きにボルトでしっかり固定され、18日の除幕式までカバーが丁寧に掛けられました。周辺が整備されるとまた一段と雰囲気も出るのでしょうが、思えばワグナー・ナンドールと出会った私の叔母・ちよさんのふるさとに、しっかり固定された、まさに劇的瞬間なのですよね。
3・11以降、「絆」の大切さが再認識される昨今、この像が放つ「いつの世でも、どんな国でも確かな絆としての母と子」、それが「札幌市長公館跡地」に建立される大きな意義を感じます。
遠くからありがとうございます、この仕事を成し遂げた田中さんご夫妻に、表彰台で「金メダル」です!!
「みんなのエネルギー・環境会議:http://www.meec.jp/」、第3回目が札幌で開催されました。 当日は300人を越える聴衆で満席、セッションも内容が濃く、「エネルギー」、「原子力発電」についても、賛否はともかく、まずは議論の新しいフィールドが生まれている、そんな感じでした。
コーディネーターをつとめた枝廣淳子さん(幸せ経済社会研究所所長:http://ishes.org/)の能力・センスが、ひと際輝いていたと思います。ある時はさりげなく補足し、ある時は大胆に方向性を変える、以前枝廣さんのワークショップ(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=508)で学んだ「Resilience」な姿勢そのものでした。そう言えばこの研究所のキックオフ・ミーティングは、今年の大震災の直前に東京で開催されました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7722)、何かの因縁ですね。
枝廣淳子さんに関するこの欄での掲載一覧――>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%9E%9D%E5%BB%A3
セッション1「エネルギー政策と原子力」
「新しい」エネルギー基本計画はどうあるべきか?
コーディネーター:枝廣淳子氏(幸せ経済社会研究所所長)
登壇者:飯田哲也氏(環境エネルギー政策研究所)
上田文雄氏(札幌市長)
澤昭裕氏(国際環境経済研究所)
澤田哲生氏(東京工業大学原子炉工学研究所)
鈴木達治郎氏(原子力委員会委員長代理)
吉岡斉氏(九州大学)
吉田文和氏(北海道大学大学院)
セッション2「再生可能エネルギー」
日本と北海道の自然エネルギーは増えるのか?何が必要か?
コーディネーター:枝廣淳子氏(幸せ経済社会研究所所長)
鈴木亨氏(NPO法人北海道グリーンファンド理事長)
登壇者:飯田哲也氏(環境エネルギー政策研究所)
上田文雄氏(札幌市長)
小林基秀氏(北海道新聞社編集局報道本部編集委員)
吉田文和氏(北海道大学大学院)
このフォーラムの内容は新聞等でも報道されましたし、近いうちに録画で掲載されるでしょうから、ここでは逐一の報告は致しません。ただ、 会の趣旨は次のようなものです~~~~~~~~~~~~~~~~~~~HPより~~~~~~~~~
「みんなのエネルギー・環境会議」は、原発推進/反原発・脱原発、自然エネルギーの今後等について、「こうあるべき」という特定のスタンスを打ち出すためのものではありません。それぞれの観点についての賛成・反対を含め、さまざまな立場や考え方の人々がオープンに日本の産業や暮らしを支えるエネルギーの今後について、考え、語り、議論し、対話する場を作っていくことをめざします。
エネルギーについて考えることは、私たちがどのような豊かさを望むのか、未来の暮らし方をイメージするのか、を考えることでもあります。国民の参加と合意に基づく民主的なエネルギー政策をつくっていくとともに、エネルギーに関する議論それ自体が日本を真に幸せな民主主義国家にしていく一助になると信じています。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~引用おわり~~~~~
長時間でしたが、集中力の欠けることなく壇上と聴衆が真剣でした。私は、同じ空間・時間を共有すると、人柄が浮き彫りになってくる、或いは、やり取りの中でその人の人間性がにじみ出ると思うのです。普段活字で読んでいて共感しているつもりでも、本人を目の前にして発言を聞いて落胆する場合もありますし、また、その逆もあったりして。
さらに今回感じたことは、「今、その重要な立場にいる方が意識を変えることの重み」ですね。ある意味で権力を保持している方、影響力のある方が、「人間として時代と真摯に向き合う」姿勢があるとすれば、それが最も「力」を発揮する、今回、原子力委員会委員長代理の鈴木達治郎さんのお話しぶりをお聴きしていて、そう感じました。
3・11以降の新しい時代、エネルギーについて、皆で議論していきたいですね!










































