SDGsとCOP21の意味するもの

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 環境系企業・団体が集う枝廣淳子さんの「第36回企業・団体パートナー限定フォーラム」、今回は23名の参加者で密度の濃い意見交換でした。日本を代表する大手企業、地域で地道に活動する企業他と一緒に、秋山財団の環境分野での学びの場です。

* 「企業・団体パートナー」メンバーはこちら――> http://www.es-inc.jp/network/partner_list.html

今回のテーマは、今年12月にパリで開催される「COP21に向けて-企業の大転換」でした。

 「SDGs」をはじめ、重要なトピックが目白押しの今年、未来を見据えて正しい選択ができるように、世界の流れをみつつ、企業・組織は何を考え、行動していくべきかを考え、自身の方向性を見出す試み。ゲストには、大和総研の河口真理子さん、「SDGs、COP21の意味するもの~顕在化するESGリスク~」と題し、ご講演いただきました。

 SDGs、COP21だけでなく、ESG、自然資本など幅広く、かつ大変わかりやすくお話でした。このような総括的な概念をきっちり頭に入れてから、個別議論を始めることの大切さを感じます。そして、この会はそれに留まらず、それぞれ参加者の組織の中での課題解決へのヒントを得るワークを主眼にしています。先日の数回の意見交換の機会もよかったですね。

 以下、河口真理子さんのお話から冒頭部分だけ紹介します。

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1.包括的な開発目標:Sustainable Development Goals(SDGs

国連総会(9/25-27日)にて採択予定。
ミレニアム開発目標(MDGs:2015年ターゲットの7つの社会開発目標)の後継アジェンダ。
持続可能な開発の3側面(経済、社会、環境)を統合し、途上国+先進国を対象とした包括的な目標設定(2030年をターゲットとした17の目標設定)

MDGs=途上国の社会的側面(貧困撲滅、ジェンダーの平等など)中心 vs

SDGs “Transforming Our World: The 2030 Agenda for Sustainable Development

途上国+先進国 を対象にしたMDGsの社会的側面

環境側面(持続可能なエネルギー、気候変動、海洋資源保全、陸系生態系の保護など)

+ 経済側面(持続可能な経済成長、ディーセントワーク レジリエントなインフラ、イノベーション

統合(不平等の是正、持続可能な都市 持続可能な生産消費形態

MDGより包括的、統合的、複合的で、現在のグローバル経済・社会システムの変革を求める

出所) CSOネットワークウェブサイト http://www.csonj.org/mdgsnews/owg-sdgs-japanese-translation より大和総研作成

 特に、統合された目標から、途上国の貧困や資源開発問題、教育、水不足などの個別の問題をそれぞれ解決するというスタンスではなく、社会経済の仕組みそのものを変革しなければ、持続可能ではない、という危機感からと社会デザインの発想。

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 基調講演の後のワークでは、実際のSDGsの17の目標をみながら考えたり、社内・組織を変える事例を共有する時間を持ちました。

* SDGsについて(IGES) http://www.iges.or.jp/jp/sdgs/sdgs.html

* ESGについて http://www.dir.co.jp/research/report/esg/

 河口真理子さんの近著 『ソーシャルファイナンスの教科書――「社会」のために「あなたのお金」が働くということ(http://amzn.to/1OC6yMS)』にもありますが、「お金が働く」、「お金に働いてもらう」という表現は面白い、従来のように「資金運用」ではなくて、ですね。

 10月2日からのトヨタ財団さんとのコラボ企画「地域の再生可能エネルギー(http://www.akiyama-foundation.org/news/1405.html」をステップに、秋山財団における「環境」をテーマ」とした支援事業も発展させていきたいものです。

母、叔母の誕生日祝い!

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 札幌在住の母(92歳)、栃木県益子町在住の叔母(85歳)は、一日違いの誕生日です、先日、札幌で一緒に誕生日祝いをしました。元気な二人を見ていると、こちらが力を貰います。母は今もコーラス、ダンス、ゴルフを、叔母は、益子のワグナー・ナンドール・アートギャラリー(http://wagnernandor.com/indexj.htm)」のオーナーとして年に数回、ハンガリーほかの海外に一人で旅行をしています。

9月22日はワグナー・ちよの誕生日祝!

9月22日はワグナー・ちよ(左)の誕生日祝!

9月23日は母・寿美と叔母・ちよの誕生祝!ケーキの上には年齢の数字!

9月23日は母・寿美と叔母・ちよの誕生祝!ケーキの上には年齢の数字!

お祝いに対しての返礼「合唱」!

お祝いへの返礼「合唱」、左・叔母のちよ、右・母の寿美!

 お返しに歌を披露してくれました、その歌は福山雅治の「ひまわり(https://www.youtube.com/watch?v=le-oxm6dzxo)」、映画「サウンド・オブ・ミュージック」から「エーデルワイス(https://www.youtube.com/watch?v=EhkXJn8EOug)」でした。

 いつまでもお元気で!!

福島映像祭 2015

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 「福島映像祭 2015(http://fukushimavoice.net/fes」が、東京・ポレポレ東中野で開催されました。このイベントは、福島原発事故にまつわる、あらゆる映像を集めて上映する映像祭で、今年で3年目を迎えます。

 映画、テレビ番組、そして一般市民による日々の記録まで、多様な映像を通して事故以降の福島の姿、そして「福島の今」を映し出すことが狙いです。 映像祭としては画期的な取組みとして、国内外のテレビ番組も劇場で上映し、事故直後から現在まで、あの日、あのとき、何が起こっていたのかを多角的な視点から浮き彫りにすることを目指します。

 私は最終日の最後のプログラムとなったトークセッション「いま、福島第一原発で何がおきているのか」にやっと参加できました。東京電力福島第一原発内の最新映像を見ながら、東京新聞社会部の片山夏子記者にお話を伺い、その後、白石草さんとの対談でした。4年半が経ったいま、原発事故の原点に戻り、原発内で続く”収束作業”の厳しい現状を知ると同時に、それを支える原発作業員ひとりひとりの人となり、人生が表れるエピソードが印象的でした。

東京新聞社会部・片山夏子さん

東京新聞社会部・片山夏子さん

 片山記者が、継続的に定点観測の如く取材する姿勢は大変感動を与えるし、それを後押しする東京新聞の懐の深さを強く感じます。新聞記事が、几帳面な当事者との信頼関係に基づく関係性から書き上げられることを、再確認しました。現場の声を真摯に受け止めて、苦闘する現場の様子を果敢に社会に提示する、まさにジャーナリズムの原点でしょうね、私にとっては、時間を割いて足を運んだ甲斐がありました。

片山夏子さん、白石草さん、これからも頑張って下さいね!!!

ISEP 15周年記念シンポジウム

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 「環境エネルギー政策研究所(ISEP) http://www.isep.or.jp/」の設立15周年記念シンポジウムが、300名近い参加者が集い、国会議事堂横の憲政記念館(http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/kensei/kensei.htm)で開催されました。

 冒頭、飯田哲也所長は、「コミュニティパワーという『実践デモクラシー(Associative Democracy)』の動きが高まってきている」と語っていました。

 シンポジウム詳細は、以下のサイトからご覧頂けます。

* http://www.isep.or.jp/event/7973

* https://www.youtube.com/playlist?list=PLv02WxhVEWP989NY1meZ57UvvpOozgxI2

所長の飯田哲也さん:経過報告

所長の飯田哲也さん:経過報告

 続いての第2部は、3.11後の日本の『エネルギー×デモクラシー』を巡る鼎談」「環境エネルギー大転換期に立つ世界と3.11後の日本」という2つのテーマで議論が行われました。

その前半は、

<コーディネーター>

佐々木寛教授(新潟国際情報大学、政治学)

<パネラー>

小林正弥教授(千葉大学、公共哲学)、平川秀幸教授(大阪大学、科学技術社会論)、宮台真司教授(首都大学東京、社会学)

司会の

第2部「日本の『エネルギー×デモクラシー

後半は

<コーディネーター>

石井徹氏(朝日新聞編集委員)

<パネラー>

明日香壽川教授(東北大学)、大野輝之氏(公益財団法人自然エネルギー財団常務理事)、古賀茂明氏(古賀茂明政策ラボ代表)、佐藤彌右衛門氏(会津電力株式会社代表取締役社長・一般社団法人全国ご当地エネルギー協会代表理事)、平田仁子氏(認定NPO法人気候ネットワーク理事)

第三部

第三部

古賀さん、ほか

古賀さん、ほか

 第3部では、「未来を担う若手のしゃべり場」と題して、自然エネルギー界で活躍する若手が語り合いました。

<コーディネーター>

古屋将太氏(ISEP研究員)

<パネラー>

相川高信氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 環境・エネルギー部主任研究員、ISEPパートナー)、小峯充史氏(株式会社エコロミ代表取締役、ISEPパートナー)、鈴木美沙(東京外国語大学4年、ISEPインターン)、増田紗和子氏(地域エネルギー開発株式会社、ISEPインターン卒業生)、分山達也氏(株式会社自然エネルギー・ローカル・エンジニアリング代表取締役社長、公益財団法人自然エネルギー財団上級研究員、ISEPインターン卒業生)

 閉会の挨拶ではサプライズ、金子勝教授(慶應義塾大学)、河合弘之氏(ISEP監事、さくら共同法律事務所所長、弁護士)が、それぞれ熱弁を奮いました。

映画監督(?)

映画監督(?)・河合弘之さん

 この記念シンポジウムは、実に多彩な語り手たちがそれぞれ専門の視点からこの間の総括、今の状況に言及し、大変有意義な時間となりました。さらに、会場の憲政記念館は、国会議事堂のすぐ隣です。始まる前に近くを歩くと大勢の警察官の集団も目に入りましたが、折からの安保法制に反対する「SEALDs(http://www.sealds.com/)」を先頭にしたデモも始まっていて、街頭演説、笛・ドラムの音、シュプレヒコール等も鳴り続け、終始、緊張感に包まれていました。

 課題は山積ですが、確実に新しい時代の到来と新しい時代の担い手の台頭を実感しました。

「グローバル」に生きるということ

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 東京六本木の国際文化会館(http://www.i-house.or.jp/では、「新渡戸国際塾(https://www.i-house.or.jp/programs/activities/nitobejuku/)」と銘打ったプログラムで多くの若い世代の育成で成果を挙げています。

 ご存知のように、「アイ・ハウス」のニックネームでも親しまれているこの場は、戦後の日米交流の源流とも言える歴史(http://www.i-house.or.jp/history/index.html)を刻んでいます。松本重治、岩崎小彌太ほか、新渡戸稲造とも縁が深いですね。

 このプログラムの趣旨は以下の通りです:~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

新渡戸国際塾とは

2030年の世界を考える―世界のために何ができるか

 本塾では、「国際性」と「リーダーシップ」という大きなテーマのもと、講師陣の豊かで先駆的な生き方や専門性から、多様な考え方と視点を学びます。異なる分野から集まる志高い仲間との切磋琢磨を通じ、よりよい社会や未来のために、今後どのような生き方をしていくべきかを考える場、きっかけ、そして材料を提供します。

 第八期新渡戸国際塾では、年間を通して、多彩な講師と共に「2030年の世界を考える―世界のために何ができるか」について考えます。塾生同士の議論やプレゼンテーション、国内外で活躍する同世代との対話の場を設けるなど、多様な背景をもつ人々との交流を深め、知的格闘する機会を創出します。そして塾生一人ひとりが、自分たちが今後取り組むべき問題について、多面的かつ多角的に議論する場を設けます。

 こうした研さんを通じ、広い視野と公益の精神をもってさまざまな問題の理解と解決にあたるために必要な「知力」、「実践力」と「応用力」を養います。

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 先日、私は今期の「新渡戸国際塾」、公開講座(https://www.i-house.or.jp/programs/nitobejuku20150905/)に参加しました。講師はIHI顧問の昼間祐治さんでした。昼間さなんとは「寺島経営戦略塾(http://www.terashima-bunko.com/terashimabunko-juku/strategic-management.html)」でも一緒に学んでいます。

昼間さんのご講演

昼間祐治さんのご講演

 昼間さんは、IHI代表取締役副社長から現在は顧問、ロシア、アメリカで豊富なビジネス経験をお持ちで、この講座でも「グローバル人材とは?」という問いかけに対して、結局は「日本人として、よき社会人たれ!」と端的に指摘されました。アカデミックセクターの方々とは違い、実に分かりやすく説得力のあるお話でした。

秋山財団贈呈式 2015

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 秋山財団(http://www.akiyama-foundation.org/)の「贈呈式 2015」を開催しました。今年の特別講演は昭和史の第一人者・保阪正康さん、270人の聴衆で熱心にお聴き頂きました。

* http://www.akiyama-foundation.org/news/1362.html

 これまで保阪正康さんについては、このブログで何回も書いてきました。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E4%BF%9D%E9%98%AA%E6%AD%A3%E5%BA%B7%E3%81%95%E3%82%93

特別講演 保阪正康さん

特別講演 保阪正康さんと座長の渡辺大助さん

昭和史

昭和史の第一人者

 特別講演に引き続き、今年度の贈呈式を行い、これまで最高の来賓の皆さまのご出席でした。冒頭の私のご挨拶です。

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 本日は、多数のご来賓のご臨席を賜り、またお手伝いに株式会社スズケン様より社員の皆様に駆けつけて頂き、当財団「2015年度贈呈式」を開催出来ますことは、大変光栄に存じ感謝申し上げます。

 秋山財団は1987(昭和62)年1月に設立以来、本年29年目を迎えました。お陰様でこの間、総額約87,000万円、1,247件の助成を行う事が出来ました。本日お集まり頂きました皆様をはじめ、これまで当財団に寄せられましたご指導・ご支援に対しまして、改めて心からの御礼を申し上げます。

 本年度の事業は、「選考委員会」におきまして厳正且つ公正な審議を経て、合計43名の受賞者・受領者に決まりました。詳細につきましては、このあと、各選考委員長よりご報告申し上げます。昨今、「公募・選考」というと、2020年東京五輪開催を巡って混乱が続いています。秋山財団は設立以来今日まで、「選考委員会」の透明性を最も大切にしており、それゆえ、理事会・評議員会でもその選考決定を尊重して、今日まで順調に事業を推進して参りました。

 本来ですとここで秋山財団の事業報告・近況報告などを申し上げるべきですが、保阪正康さんのお話しを伺い、今年は「戦後70年」の節目の年、秋山財団の理事長としての立ち位置、決意をお伝えしたいと思います。

 昨年この席で、私は195431日、アメリカが太平洋ビキニ環礁で強行した水爆実験と、その調査・検証に立ち向かった日本の22名の若き科学者についてお話し致しました。2013年(2年前)9月に放送されたNHKETV特集「海の放射能に立ち向かった日本人~ビキニ事件と俊鶻丸(しゅんこつまる)~」をご記憶の方も多いかと思います。

 更に今年は、尊敬する企業経営者の故・品川正治さん(2013829日享年89歳で死去。経済同友会・終身幹事 元日本火災海上保険社長)のお言葉をご紹介致します。「戦争を起こすのは人間、しかしそれを許さないで、止めることができるのも人間ではないか。天災ではない、なぜそれに気がつかなかったのか」、と。

 さて、研究者の皆様は、「学徒出陣」についてご存知でしょうか。19431021日、東京の明治神宮外苑競技場(「新国立競技場」建設予定地)で大規模な出陣学徒壮行会が雨の中挙行され、約2万5千人の学生が小銃を肩に行進しました。敗戦の時まで、動員された学徒兵の総数は13万人に及んだと推定されていますが、70年の時を経た今も、正確な出陣学徒数・戦没者数の実態は明らかではありません。学徒兵は主に文科系学生と農学部の一部(農学科、農業経済学科など)から徴兵されましたが、その他の理科系学生は徴兵が猶予され、陸・海軍の研究所などに勤労動員されたそうです。

 1943年(同年)1128日、北海道帝国大学においても出陣壮行式が挙行されました。ここから何名出陣したのか、戦没者数も、またこの歴史がどのように継承されているかについても私の手元に資料はありません。

 一方、小樽商科大学では、毎年8月15日に校内にある戦没者記念塔(学生・教員347名の名前が刻まれた墓石が納められている)の前で慰霊祭が行われています。

 近い過去に、日本の国を支えるはずの若い人材が、戦争遂行のために「投入」されていった歴史を忘れてはならないと思います。

 さて、秋山財団の助成事業は、「競争的資金」と位置付ける文部科学省の科研費とは一線を画し、とりわけ若き世代の育成の役割を担い続けたいと考えています。それは、一貫して貧困・疾病に苦しむ道民に寄り添い、微力ながら医薬品を通じて支えてきた秋山愛生舘の理念を継承する財団の姿と信じるからです。

本日ご出席の大学関係者、研究機関、そして受領者の皆さんに申し上げます。

 米国第35代大統領、合衆国史上最も若くして選ばれ、最初の20世紀生まれのジョン・F・ケネディの就任演説に、有名な一節があります。「米国誕生と共に灯されたたいまつは、新世代のアメリカ人に引き継がれた。世界の長い歴史の中で、自由が最大の危機にさらされているときに、その自由を守る役割を与えられた世代はごく少ない。私はその責任から尻込はしない、それを歓迎する。われわれがこの努力にかけるエネルギー、信念、そして献身は、わが国とわが国に奉仕する者すべてを照らし、その炎の輝きは世界を真に照らし出すことができるのである」と。

 私たち財団関係者は、北海道の研究者やプロジェクトの皆さんに夢を託しています。助成金には、29年間、秋山財団に寄せられた沢山の大切な志と篤い想い、期待が込められている事を忘れないで頂きたい、そして、今ほど、科学者の「勇気」が問われている時代はないのではありませんか。

 100年の時を越えて、北の生命と共に歩んで来た秋山愛生舘の歴史とDNAを受け継いだ財団です。生命と向き合い、道民のいのちと共にある科学、自然と共生する生命科学の進化の為に、貢献し続ける事をお誓い申し上げるとともに、本日ご列席の皆様には日頃のご支援、ご厚誼に感謝し、引き続きなお一層のご厚情を賜りますようにお願い申し上げて、私の挨拶と致します。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 挨拶 おわり

 詳細の報告は、後日、秋山財団HPに掲載されますのでご覧ください。ご参加頂いた皆さま方に心から御礼申し上げます。

エネチェンフォーラム 2015

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 「エネルギーチェンジ100ネットワーク(http://enechan100.blogspot.jp/」主催のフォーラムが開催されて、100名を越える参加者で盛会でした。私自身、環境アセスメントについての新しい情報を得ることができました。

 少しですが、当日ご参加の吉田文和先生がこちらに報告しています。http://webronza.asahi.com/science/articles/2015090400005.html

 今後録画もHPにアップされるそうです。後日以下に掲載します。

 報告書はこちらです:――> https://enechan100.wordpress.com/

エネチェン100ネットワーク代表の宮本尚さん

エネチェン100ネットワーク代表の宮本尚さん

全体のコーディネーター さん

全体のコーディネーター長谷川理さん

後半はアセスに関して

後半はアセスに関して

 ともするとこれまで、風力発電系と自然保護系の方々は出会い頭のぶつかり合いでしたが、今回のフォーラムは、それぞれの視点、これからの地方の自立とエネルギー転換、生物多様性の保全、生態系保持等について、現場の雰囲気から「環境アセスメント」を通じて議論の場を形成する企画が功を奏したと実感しました、聴衆も幅広く、市民、環境活動、企業とですね。

 どういう場を設定して議論するか、その重要性を痛感した土曜日の午後でした。

水素社会視察@北海道経済同友会

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 北海道経済同友会(http://www.doyukai.or.jp/)の環境問題委員会は、17名の委員の参加で東京・川崎に水素視察に行きました。初めての試み、大変内容の濃い訪問、ヒアリング、質疑応答で、今後の北海道での展開・提言に大きな収穫でした。

 まずは、水素社会をリードする「岩谷産業(株)(http://www.iwatani.co.jp/jpn/」の本社を訪問。「水素社会の実現に向けたイワタニの取組み」をご紹介して頂きました。水素社会の市場性、各地の取組み等、会社自身の説明にとどまらず、概要を理解できるお話の数々は大変参考になりました、さすがにトップメーカーは全体を把握されています。水素の製造、輸送、貯蔵における優位性は、昔は爆発する危険な気体の印象もありましたが、今では環境との共存としてもかなり期待される存在となっています。

岩谷産業本社で

岩谷産業本社で

 その後は、トヨタ燃料電池車(FCV)「MIRAI(http://toyota.jp/mirai/」に乗って移動し、東京芝公園にある「水素ステーション」見学です。「MIRAI」のショールームも併設されていて試乗会も毎週一回行われています。乗ってみると静かで従来の車と全く違和感はありませんが、水素社会の中での位置づけとしては、車だけでの活用ではもったいなく、蓄電装置として家庭、社会での機能が差別的優位性なのでしょうね、ここでもトップメーカーの力を感じます。

 このショールームでのプレゼン映像は、ナレーションを含めて憎いほどに地球に優しい等の原点回帰、従来の車の宣伝とは一線を画しての展開は見事ですね、「それでもトヨタは、ふみだしたいと思いました」とのフレーズも。

* http://toyota.jp/sp/fcv/h2guide/

トヨタ「Mirai」の後ろ部分、マフラー無で水滴落下口が

トヨタ「Mirai」の後ろ部分、マフラー無で水滴落下口が

芝公園の水素ステーション・バックヤード

芝公園の水素ステーション・バックヤード

 午後からは場所を川崎・臨海地区の「川崎マリエン(https://www.kawasakiport.or.jp/」に移して、川崎市の「水素戦略」、「リーディングプロジェクト」東芝の「H2One」等の取組みと施設見学でした。川崎市は歴史的に環技術の蓄積も多く、企業との連携での実績に裏付けられた取り組みが水素分野でも先駆的でした。

* http://diamond.jp/articles/-/71252

 それに応える企業の取組みとして、東芝の「水素エネルギー」は、「脱化石燃料・エネルギーセキュリティ確保につながる」と謳っての取組みです。

* http://www.toshiba.co.jp/newenergy/

川崎市マリオンで市責任者と東芝の皆さん

川崎市マリエンで市責任者(右お二人)と東芝(左三人)の皆さん

 コンテナ型「H2One」は、平時には地区電力供給、緊急時にこの地区300人を一週間賄える電力を供給し、他の大規模災害時は、コンテナで移動しての応援にも駆けつけ可能とのこと。阪神淡路大震災、東日本大震災から学ぶ企業姿勢が素晴らしいです、この日もデータ取得を続けていて、実践&実験的プロジェクトなのですね。

東芝コンテナ型「H2one」

東芝コンテナ型「H2One」

 今回の視察ツアーは、一泊二日の密度濃いものでした。普段、札幌でも会合は定期的に開催されていますが、なかなか皆さんお忙しい方ばかりなので、ゆっくりお話しとか交流する機会も少なかったのですが、今回は、前日夜に全員集合となり、品川の高層ビルレストランで盛り上がりました。札幌では考えられない懇親会後の写真です。

参加者の数人が欠けていますが・・・

参加者の数人が欠けていますが・・・

 北海道は製造業の工場集積は多少劣るかも知れませんが、再生可能エネルギーの宝庫として、それを補完する水素の蓄電、輸送の優位性は、今後大いに活用できると確信しました。環境に優しいバランスをしっかり考慮した水素供給に心掛けて、また一つ選択肢を広げたいものです。それにしても、産業のトップ企業の先駆性にあらためて感動致しました。

韓国劇団との交流 2015・夏

Posted by 秋山孝二
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 北海道演劇財団(http://www.h-paf.ne.jp/)は、今年も韓国の劇団との交流を行っています。今年は札幌市の一番新しい姉妹都市・大田(テジョン)を本拠とする「劇団テアトロゴドー」の熱演でした。

 札幌座は昨年、「亀、もしくは・・・。」で大田に招聘され公演を行いました。大田の劇場周辺には「亀、もしくは・・・。」の垂れ幕や旗が飾られて、とても暖かく歓迎して頂いたようです。

 そして、今年は大田から「劇団テアトロゴドー」がやってきました。2013年「第25回コチャン国際演劇祭」で大賞・演出賞を受賞した作品を札幌で観ることのできるチャンスでした。

扇谷記念スタジオ シアターZOOさんの写真

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シアターZOO企画公演【Re:Z】

劇団テアトロ・ゴドー
「ハイイェン~ベトナムから来た花嫁~」

【あらすじ】
 ベトナムから嫁いで数日のハイイェンは、新型インフルエンザ感染を疑われ、当局によって隔離されてしまいます。
何も知らない夫は、消えた妻を探し出そうと必死になりますが、誤解が誤解を生み、周囲の助けを得られません。

 捜索の末、警察が連れて来た女性は全くの別人でした。様々な策略に乗せられ、その女性と暮すことになった夫。
そこへ、ハイイェンが帰って来て…。

2013年「第25回居昌国際演劇祭」大賞・演出賞受賞作品。

※日本語字幕付き上演です。

【作】ハン・ユンソプ
【演出】パク・チャンジョ

【出演】シン・ヒョンジ、オ・ヒョンジュン、クォン・ヨングック、イ・ヒギュ、ペク・ジョンソン、ペク・ウンジュ

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終了後の交流会も盛り上がりました!

韓国劇団「テアトロゴドー」の皆さんと札幌座との交流会

韓国劇団「テアトロゴドー」の皆さんと札幌座との交流会

劇団代表ほかの幹部の皆さま

劇団代表ほかの幹部の皆さま

今回の海外公演にご尽力された演劇協会の役員の方々も

今回の海外公演にご尽力された演劇協会の役員の方々も

役者のお二人

役者のお二人

協会の方から頂いたお土産、大統領の晩餐会で使うものとか

協会の方から頂いたお土産、大統領の晩餐会で使うものとか

 韓国との草の根の演劇交流も、すっかり基盤が出来てきて拡がりと安定感を見せています。私も光州(クァンジュ)、ソウル他、同行ツアーでも劇団と一緒に訪問していますが、韓国の皆さまの熱烈歓迎ぶりは、昔の学生時代を思わせる徹底したものでした、どこか懐かしい熱い感じ。今、政治状況は必ずしも良好ではない両国の関係ですが、民間の積み重ねた交流は歴史となり、益々深く、広くなっていくことを実感しますね。

 これからももっともっと発展していきましょう!!

演劇シーズン夏2015 終了!

Posted by 秋山孝二
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 「演劇シーズン夏2015(http://s-e-season.com/」が終わりました。今回は5演目、それぞれ個性のある面白い舞台でした。作品、劇団の紹介は「シーズンHP」からご覧ください。この期間に劇場に足を運んで頂いた方は、ついに5,000人を突破致しました。事前のアナウンス、「ゲキカン(http://s-e-season.com/gekikan/」、高校生の劇評「ゲキカンU-18(http://s-e-season.com/gekikan_u18/)」をはじめとする周辺情報も豊富になって、装置、システムとしての「演劇シーズン」が市民に広く定着してきた、そんな実感を抱きます。

 先日は、公演最終日に各劇団の代表者・関係者で反省会(打ち上げ)が開催され、大変な盛り上がりで楽しかったです。来年冬以降も、さらにレベルアップした作品と劇団員と観客で、雪まつりと同時期に面白くなっていくでしょうね、そんな期待も大きく膨らみました。

 以下は反省会の席からの数枚、皆さんを撮ったのですがいずれも露出不足、不鮮明でゴメンナサイ。その中で辛くも見られるものだけ掲載します。

風触異人街こしばさんと札幌座・弦巻啓太さん

風触異人街・こしばきこうさんと札幌座・弦巻啓太さん

イレブンナイン・納谷真大さん

イレブンナイン・納谷真大さん

イレブンナイン・小島達子さん

イレブンナイン・小島達子さん

ゲキカン執筆者の一人・岩崎さん

ゲキカン執筆者の一人・岩崎真紀さん

 公演をただ観るだけでなく、このような会で劇団主宰、役者、劇評の方々とさらに芝居を語るひと時は、さらに倍加する楽しさです。私はただ応援するだけですが、役者の方々の成長する姿を目を細めて見ている、そんな立ち位置です。
 最初に井戸を掘った皆さん、そして今回の公演に関わられたすべての皆さんに、心から感謝申し上げます、お疲れさま!!!

国会周辺ほか、全国で!

Posted by 秋山孝二
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 015年8月30日、日本の歴史が変わった、そんな光景を目の当たりにしました。一人一人は自らの意志により全国で立ち上がりました!誰が「愛国者」で、誰が「売国奴」か、安倍・菅の今の政権・与党すべてへの抗議でしょう、なめるなよ!!それにしても、私たちの学生時代(今から40年以上前)との大きな違いは、SNS(ソーシャル・ネットワーク)の環境ですね。昔は、それこそマスメディアしか知らしめる手段がなかったのに、今は、写真・動画等、さらには海外メディアの報道も含めてまさにリアルタイムに発信されています、すごい時代を実感します。

* http://mainichi.jp/graph/2015/08/31/20150831k0000m040081000c/001.html

* http://www.ourplanet-tv.org/?q=node%2F1971

 この日に先立って、28日夜、毎週金曜日の国会前デモで、福岡からの若者の率直な演説です。

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・・・・。今日はどうしても言いたいことがあって、この場でスピーチさせていただきます。

『戦争法案』は絶対に廃案にしなければなりません。こんな政権に日本を任せるわけには行きません。

僕は地方から声をあげて行きます。

確かに九州は国会といった人が集まる象徴的な場所はありません。東京から離れている分、地方の若者の政治に対するリアル感はないかもしれない。

でも僕は言いたい!

どこに住んでいても、この法案について真剣に向き合わなきゃいけない。

九州はよく、『アジアの玄関口』と例えられます。確かに、観光で考えたら良いことなのかもしれない。でも、もし戦争することになったら、真っ先に攻撃対象に挙げられるでしょう。

なぜなら福岡には、東シナ海を監視するレーダー基地があるからです。それに、さらには玄海原発、鹿児島には原発再稼動した川内原発があります。

歴史を紐解けば、朝鮮戦争では福岡の空港からアメリカの戦闘機が朝鮮半島に向けて飛んで行きました。

第二次世界大戦中、海の向こうの沖縄は地上戦が行われ、北九州は原子爆弾の標的となり、長崎には原爆が落されました。九州にも現場があるんです。

僕は周りに政治のおかしさを訴えていきます。

戦争を起こして何になりますか。

誰が得をしますか。

僕ら国民には犠牲しかもたらしません!

そんなに中国が戦争を仕掛けてくるというのであれば、そんなに韓国と外交がうまくいかないのであれば、アジアの玄関口に住む僕が、韓国人や中国人と話して、遊んで、酒を飲み交わし、もっともっと仲良くなってやります。

僕自身が抑止力になってやります。

抑止力に武力なんて必要ない。絆が抑止力なんだって証明してやります。

そして大人のみなさん。今、多くの若い仲間たちが全国で安倍政権に『NO』という声を叩きつけています。ただこれだけは分かっていて下さい。

僕らは好きでこんな活動をしているわけではありません。

僕は(大学)3年生です。来年のこの時期は僕は就職活動なので、実質、今が最後の夏休みです。僕には就職活動真っ只中の仲間もいます。本当は家で本を読んでいたいし、ぼーっとしていたいし、友達と花火大会に行って遊んだり、バイトをしてお金を貯めたり、自分のために時間を充てていたいです。

でも今、ここで何もしなかったら、『戦争法案』は成立し、僕らや僕らの下の代にとんでもない重荷を背負わせ、また解釈改憲みたいな、民主主義国家とは思えないやり方がまかり通り、自由がなくなってしまうかもしれません。

そんな日本を僕らが望むわけがない。

そんな可能性を少しでも減らすために、安保法案を廃案にするために、僕ら若者は立ち上がっています。

今、こうやって多くの人の前でスピーチをしていますが、本当は僕めちゃくちゃ怖いです。こんな活動をしていて就職に影響しないだろうか、多くの若者が思っているはずです。

だからこそ、ここにいる大人のみなさん、ここにいないけど志が同じ大人のみなさんが若者を支えてあげて下さい。若者を応援して下さい。

そうすれば、僕らはもっともっと強くなります。

そして、少しでもこの法案に違和感を覚えている若者の手助けをしてあげて下さい。必ず傍にいるはずです。

また、安保法案に違和感を覚えている若者のみなさん、それを思っているのはあなた一人だけじゃない。ここには沢山の仲間がいます。地方にだって、あなたの話を真剣に聞いてくれる仲間が必ずいます。一緒に立ち上がりましょう。

そして安倍総理、好き放題やっているあなたへ、然るべき時に国民の力を思い知らせてやるために、僕らはこの怒りを絶対に燃やし続けます。

全国のみなさん。若者や大人、みんな一緒に、みんな一緒に連帯していきましょう。この怒りを忘れずに放ち続けましょう。そして、国会に届けましょう、僕らの意思を…。勝ち取りましょう、僕らの民主主義を…。

2015年8月28日、私は安保法案に反対し、安倍政権に退陣を求めます

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 演説コピー おわり

今年も館山、花火大会!

Posted by 秋山孝二
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毎年恒例の千葉県館山市の花火大会、今年も、「水中花火」、「打ち上げ花火」、「大学フラメンコフェスティバル」の競演は素晴らしかったです。

* 館山花火大会 http://hanabi.walkerplus.com/detail/ar0312e00871/

* 第21回全国大学フラメンコフェスティバル http://www.city.tateyama.chiba.jp/files/300249983.pdf

水中花火

水中花火

浜にはフラメンコフェスティバルの特設舞台

浜にはフラメンコフェスティバルの特設舞台

東京外国語大学

東京外国語大学

昨年は風の具合で花火の煙が浜の方に流れてきて視界もままならず、今年は爽やかな空気でコラボを満喫でした。フラメンコの音楽を聴きながら、昼の浜辺とは違った独特のひと時の夏の夜でした。

これまでの様子はこちら ――>

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E8%8A%B1%E7%81%AB%E5%A4%A7%E4%BC%9A

もっともっと学び、行動しましょ!

Posted by 秋山孝二
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 この8月、マスメディアでは戦争に関係する素晴らしい番組・記事が多かったですが、インターネット上にもそれ以上の優れた報道があり、民主主義国家・日本の一縷の希望を繋ぐ思いです。

原発に絡む報道として二つ:

* 8月23日「NNNドキュメント」 https://www.youtube.com/watch?v=3KBxosFcprs

* http://www.huffingtonpost.jp/nobuto-hosaka/nuclear-plant_b_8035750.html

 もう一つは、今、国会等でも大きな局面を迎えている安倍政権が言う「積極的平和主義」について。「積極的平和」の提唱者 ガルトゥング博士が市民の招聘により来日して語りました。目的は、本来の「積極的平和」の概念に基づいた日本への提言をするためです。

* http://www.huffingtonpost.jp/kenji-sekine/johan-galtung-peace_b_8035140.html

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 記事からの抜粋

 「日本には平和運動(Movement)がない。あるのは反応(Reaction)だけだ。憲法9条を「安眠枕」に寝続けている。起きて未来に向けてクリエイティブに何ができるのか右派左派を超えて考えねばならない」

 「日本には何かに反対するムードで覆っている。政府が恐れるのは反対ではなく代替案を国民が出してくることだ」

 このように語ったガルトゥング博士が提案する安保法案に替わる「積極的平和」に基づいた代替案は以下の3つでした。

1.北東アジア共同体を構築すること
 中国、台湾、北朝鮮、韓国、極東ロシア、そして日本が公正で共感を持って参加する北東アジア共同体(NEAC)を構築すること。沖縄を特別県としてNEACの本部を置く。6ヶ国から始まった欧州共同体(EC)や東南アジア諸国連合(ASEAN)から学ぶことが出来る。米国との関係は、良好なままを保つこと。

2.専守防衛に徹すること
 集団的自衛権ではなく専守防衛を提案する。敵地攻撃能力のある武器ではなく、防衛のために短距離な武器を所有する。沿岸を防衛するために、自衛隊だけではなく民兵にも役割を求める。スイスをモデルに日本が占領された場合にどのように市民が抵抗するかということも準備する。

 例えば日中が抱えている尖閣諸島(中国名釣魚島)の解決方法としては、共同管理を提案する。日中がそれぞれ40%ずつの権益を分けあい、残りの20%をNEACか周辺の環境整備のために使う。中国の40%のうちの5%を台湾に渡してもいい。分け方はいろいろ考えられる。

3.憲法9条1項を世界のために
 憲法9条1項を日本のためだけではなく世界に広げること。世界で最も好戦的な国はある調査によるとアメリカ、イスラエル、英国だが、彼らの憲法に日本の憲法9条1項を盛り込むように働きかける。日本はアメリカの従属国でなく、このような平和貢献の分野において世界のリーダーとなることができる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 抜粋 おわり

 「安眠枕」、言い得て妙ですね!自分の立ち位置から、今、何ができるのか、私なりに信念を持って実践し続けることを再確認する昨今です。

フクシマの「今」を語る

Posted by 秋山孝二
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 今月初め、両国・回向院(http://ekoin.or.jp/)で、「一般社団法人 AFW(http://a-f-w.org/」代表の吉川彰浩さんから、「フクシマの今」の報告を伺う機会がありました。吉川彰浩さんのお名前を耳にしたのは、昨年の早稲田大学での以下の会合でした。

――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=21276

代表の吉川彰浩さん

代表の吉川彰浩さん

HPからの引用~~~~~~~~~~~~~~~~~

 現在につながる活動は2012年の7月から始まりました。当時代表が一人、福島第一原発作業員の方々の現状を世に伝え、廃炉現場の環境を社会が支えるよう訴えていました。ですが、それはとても小さい取組で現場を変えるに至たらず、2013年の11月、仲間と共に任意団体「Appreciate FUKUSHIMA Workers」をたち上げ、社会に廃炉現場を支えることの重要性を、支援物資を贈る活動を通じて行ないました。その後、廃炉後の浜通り地方が豊に暮らせるよう復興への取組も同時に始めることになりました。私達は福島第一原発と向きあいながら、「次世代に託せるふるさとを創り」を始めました。

~~~~~~~~~~~~~~~~ 引用 おわり

 震災から4年半が経つと、吉川さんが住まわれていたアパートの階段には植物が繁茂しているそうです。

住居の階段の今

住居の階段の今

 そして、除染作業はかなり進んではいるそうですが、裏の広場では軽トラックが当時のまま置かれていて、その下だけは除染がされずに残ったまま、とか。お役所仕事の限界を垣間見る光景も。

ポツンと軽トラックが放置されて

ポツンと軽トラックが放置されて

 来月からは双葉郡楢葉町の避難解除が始まります。多くの協力がなければ楢葉町の方々の生活再建は成り立ちません。今回は楢葉町さんの状況を詳細にご紹介頂き、福島第一原発では事故当時から変わっている状況も資料を基にお話を伺いました。

 被災した現場は、時々刻々と変化し当初よりは改善されていたり、或は全く変わらず時間が止まったかのような場所もあったり、いずれにせよ思い込みや想像で語ることが、如何に現地に暮らす方々のモチベーションを下げるかを学んだひと時でした。

 吉川彰浩さんは、来年(2016年)2月に北海道で講演をされるようです。

戦後70年、私なりの思い(7 最終)

Posted by 秋山孝二
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 お盆を過ぎて、私の叔母・和久奈ちよ(公益財団法人 ワグナーナンドール記念財団理事)からメールがきました、また一つ、身内と関係する終戦前後です。

* 公益財団法人 ワグナーナンドール記念財団(http://wagnernandor.com/indexj.htm

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

孝二様

 お盆が終わり、ナンドールをお墓に送りました。そちらは助成事業などでお忙しいことでしょう。二、三日前、映画「日本のいちばん長い日(http://nihon-ichi.jp/)」を見ました。考えてみると私も少なからず、登場する方々を知っていました。
 東条英機さんは父の陸軍省の上役、正二お義兄さんは終戦時参謀本部に所属し、終戦前後の行動をいろいろ聞きました。三笠宮老殿下は、戦後ですが札幌で父のところにお訪ねくださり、戦中、木村昌福司令官に秋山家でお会いしたこと、戦後、幣原喜重郎さんは、私が大学生の時に学長から命じられて英文学者の御長男のお手伝いに通ったのでお会いし、宮内大臣の石渡さんご家族ともお付き合いしてたり、寿美子お姉さんは原爆雲を見たのですし、いろいろ考えさせられました。

 幣原喜重郎(私の英語教師のお父様)さんが憲法9条の創案者です。今、検索して其の項を読みましたら、大変はっきり書いてありました。お宅でお会いした時はそんな偉い方とは知りませんでした。天皇陛下に北海道のカボチャを献上したいと言われて、秋山の父がアレンジしてお送りしたことがあります。

 幣原喜重郎を検索、ちょっと便利帳「幣原喜重郎元首相が語った、日本国憲法」を読みました、 私には大変良かったのでお知らせします。

* ちょっと便利帳「幣原喜重郎元首相が語った日本国憲法(http://www.benricho.org/kenpou/shidehara-9jyou.html)」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~メール おわり
 このシリーズ、これで本当に終わりに致します。

戦後70年、私なりの思い(6)

Posted by 秋山孝二
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 何だかんだとこの時期思いを巡らせてはいますが、結局は番組・記事紹介に終始している私です。

 最後は、NHK総合テレビ「『終戦』知られざる7日間」です、16日に放映されました。8月15日では「終戦」しなかった事実を追い、実はこの7日間が占領政策、そして戦後日本の方向性を決めた、とのコメントは、大変興味深い視点でした。海軍の特攻の動き、「支那派遣軍」動向等、予断を許さない状況と連合国軍との交渉の中で、「戦闘停止命令」が出されたのは8月18日、その効力は8月22日からだったのです。

8月15日、中国大陸の日本陸軍

8月15日、中国大陸の日本陸軍

日本本土海軍軍令部の命令書

日本本土部隊へ・海軍軍令部の命令書

米国の事前の予想

米国の事前の予想

「戦闘停止命令」、最後まで曖昧な内容で

「戦闘停止命令」、しかし、最後まで曖昧な内容で

 この7日間を検証してみても、当時の日本国の責任ある人々の当事者能力の欠如が伺われます。満州事変、さらに遡って日露戦争の勝利から、日本の「軍国主義の結末をみる思い」とでも言うのでしょうか。始まりはほんの些細なことからですが。お盆が過ぎて、世間は通常の仕事モードになりました。連日の高校野球の熱戦ほか、経済活動も、日本が平和である、世界が平和であればこそできる訳ですよね。

 このシリーズ、最後は品川正治さんの言葉で終わりとします。「戦争を起こすのも人間、しかしそれを許さないで、止めることができるのも人間ではないか。天災ではない。なぜそれに気がつかなかったのか」。不戦の誓いを新たにしました。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E5%93%81%E5%B7%9D%E6%AD%A3%E6%B2%BB

戦後70年、私なりの思い(5)

Posted by 秋山孝二
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 戦後70年の節目の年、重要なコメントが続きます。

* 2015.8.14 安倍談話(http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/discource/20150814danwa.html

* 2015.8.15 天皇陛下追悼式 http://saigaijyouhou.com/blog-entry-7597.html

 終戦以来既に70年、戦争による荒廃からの復興、発展に向け払われた国民のたゆみない努力と、平和の存続を切望する国民の意識に支えられ、我が国は今日の平和と繁栄を築いてきました。戦後という、この長い期間における国民の尊い歩みに思いを致すとき、感慨は誠に尽きることがありません。

 ここに過去を顧み、さきの大戦に対する深い反省と共に、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心からなる追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

* フランスメディアの報道:http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150814/k10010190411000.html

~~~~~~~~~~~~~~~~~

* 「談話」と言うと、思い出すメッセージがあります。ドイツのワイツゼッカー大統領の戦後40周年の節目の演説です。安倍首相のそれと歴史の認識とそれへのコミットメントに大きな違いを感じてしまいます。自国のトップを誇りに思えない、何とも鬱陶しい自分です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~ 演説の引用

・・・・・・・人間の一生、民族の運命にあって、40年という歳月は大きな役割を果たしております。当時責任ある立場にいた父たちの世代が完全に交替するまでに40年が必要だったのです。

 われわれのもとでは新しい世代が政治の責任をとれるだけに成長してまいりました。若い人たちにかつて起ったことの責任はありません。しかし、(その後の)歴史のなかでそうした出来事から生じてきたことに対しては責任があります。

 われわれ年長者は若者に対し、夢を実現する義務は負っておりません。われわれの義務は率直さであります。心に刻みつづけるということがきわめて重要なのはなぜか、このことを若い人びとが理解できるよう手助けせねばならないのです。ユートピア的な救済論に逃避したり、道徳的に傲慢不遜になったりすることなく、歴史の真実を冷静かつ公平に見つめることができるよう、若い人びとの助力をしたいと考えるのであります。

 人間は何をしかねないのか——これをわれわれは自らの歴史から学びます。でありますから、われわれは今や別種の、よりよい人間になったなどと思い上がってはなりません。

 道徳に究極の完成はありえません——いかなる人間にとっても、また、いかなる土地においてもそうであります。われわれは人間として学んでまいりました。これからも人間として危険に曝されつづけるでありましょう。しかし、われわれにはこうした危険を繰り返し乗り越えていくだけの力がそなわっております。

 ヒトラーはいつも、偏見と敵意と憎悪とをかきたてつづけることに腐心しておりました。

 若い人たちにお願いしたい。他の人びとに対する敵意や憎悪に駆り立てられることのないようにしていただきたい。ロシア人やアメリカ人、ユダヤ人やトルコ人、オールタナティヴを唱える人びとや保守主義者、黒人や白人これらの人たちに対する敵意や憎悪に駆り立てられることのないようにしていただきたい。

 若い人たちは、たがいに敵対するのではなく、たがいに手をとり合って生きていくことを学んでいただきたい。民主的に選ばれたわれわれ政治家にもこのことを肝に銘じさせてくれる諸君であってほしい。そして範を示してほしい。

自由を尊重しよう。
平和のために尽力しよう。
公正をよりどころにしよう。
正義については内面の規範に従おう。

今日5月8日に際し、能うかぎり真実を直視しようではありませんか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 演説の引用 おわり

* 現代の日本の若者も語ります http://iwj.co.jp/wj/open/archives/258019

 改めて節目の年に考えるべき第一は「アジアにおける日本の加害責任」、第二は「戦争被害」とりわけ「原爆被害」でしょうね。ただ、この両方の立場を曖昧にして、あの戦争から逃避する姿勢が大きな問題を先送り、未解決のまま残してきたのではないでしょうか。日本がアジアにおける「戦争責任」と真摯(しんし)に向き合っていたら・・・。加害責任を認めて謝罪したうえで原爆投下の非を問えば、核廃絶にむけての日本の主張は説得力を持ってきたはずです。日米安保体制下で自立した姿勢をとることも可能だったでしょうし、日本国憲法の平和主義も、もっと積極的姿勢を求めていたのではないでしょうか。でも、まだ未来に希望を捨ててはおりません。

 戦前も戦後も、ひとえに国際社会における「外交の稚拙さ」が、戦争を引き起こし、戦争から学ぶことなく、これからまた戦争をする「普通の国」へと突き進む気がします。今、自分を含めた市民の声を日々の行動に変えていく、そんな歴史の大きな岐路に立っている実感を持ちます。

戦後70年、私なりの思い(4)

Posted by 秋山孝二
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 8月に入り、近代の日本の歴史に関する番組、記事が多いですが、原爆投下から15日の終戦記念日にかけては更に一層拍車が掛かっています。

 その中で、朝日新聞2015年8月4日「オピニオン」掲載の<戦後70年 日本の誇るべき力>は、MIT名誉教授のジョン・ダワー氏のメッセージです。ピューリッツァ賞を受賞した「敗北を抱きしめて」等で著名ですが、彼の指摘にあらためて気づかされることが多いです。<http://www.asahi.com/articles/ASH7W6CQ1H7WUPQJ00J.html

 彼は言っています、「戦後70年、日本が国際社会で成したこと、それは日本国憲法の下で国民が守り育てた『反軍事の精神』、それこそが日本の外交上の力であるとの指摘。この力は、政府主導ではなく、国民の側から生まれ育ったものであり、日本人は誇りとすべきである。郷土を愛する気持(パトリオティズム)ゆえに過去を反省し不寛容と一線を画すべきである」、と。

 また、今年は若者の団体「SHEALDS(http://www.sealds.com/)にも注目です。その一環として以下も。

* 7月15日大阪梅田での演説: http://iwj.co.jp/wj/open/archives/253905

* 8月7日京都での若者の集まりでの演説: http://iwj.co.jp/wj/open/archives/257253

* 高校生の集まり: http://teenssowl.jimdo.com/

一方、この間出張中に読んでいた「日米開戦の正体(http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/160651」(孫崎享・著)は、戦争を時間軸でしっかり捉えての歴史検証で、大変興味深かったです。2012年の「戦後史の正体」もすごい本でした(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=14211)。

* 「真珠湾攻撃への愚」と、今日の「原発、TPP、消費税、集団的自衛権等の安保法制の愚」とは驚くべき共通性がある。1)本質論が論議されないこと、2)詭弁、嘘で重要政策がどんどん進められること、3)本質論を説き、邪魔な人間と見なされる人は、どんどん排除されていくこと

* 外務省の人間が戦争阻止のために必死に動いた姿はほとんど見えない

* 「真珠湾への道」で顕著に見られる日本の特性は「勝手読み」、自分の都合のいいように解釈すること

* 記録を検証してみると、日本は戦前、戦うにあるべき態勢を取っていなかったといっても過言ではない。ある外国人通訳は、日本は政界も経済界も、トップはじめ責任ある立場に行けばいくほどIQが低くなる、と。

* 上村伸一氏は、「昭和の動乱期を通じて私の痛感したことは日本の世論の頼りなさということである。もし日本が真の民主主義を願うなら、とりわけ民主主義の政治形態は、市民一人一人が良心に対する危機感を強くし、個人的な責任を果たすことである」と指摘。

* 最後に教訓を一つ、「発言すべきことを発言できる」、それを確保する社会を維持していくことである

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 多彩な角度からの歴史検証は、ある時はハッと気づきを与え、ある時は再確認を致します。今年の若者たちの街頭での演説、デモ行進は、新しい時代の到来を感じさせます。

戦後70年、私なりの思い(3)

Posted by 秋山孝二
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 NHK総合テレビ特集「70年目の戦争と平和」シリーズ、以下の番組も多くの取材と新技術に基づいた画像解析等、力作でした。一つ一つの番組を紹介していると多くのスペースが必要なのでNHKのHPに任せ、タイトルとサイトだけにします。今年の番組は特に力が入っていますね。

憎しみはこうして激化した~戦争とプロパガンダ(http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20150807

きのこ雲の下で何が起きていたのか(http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20150806

特攻~なぜ拡大したのか(http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20150808

あの日、僕らは戦場で~少年兵の告白(http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20150811

女たちの大平洋戦争~従軍看護婦 激戦地の記録(http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20150813

 全ての番組の基本は、証言のみならず、「戦闘詳報」、「業務報告書」等の詳細な「記録」による読み解きです。従軍看護婦の活動も、彼女たちの派遣先での日々を記録した「業務報告書」200冊が日本赤十字本社に残されていることが明らかになったからです。報告書には、次々と担ぎ込まれる重傷者の看護に忙殺される日常や、作戦の展開や戦況の変化にともない頻繁に移動を命じられた様子など、現地に着いてから敗戦にいたるまでの詳細が記されています。南方の激戦地の中で特に多くの看護婦が派遣されていたインパール作戦ほかビルマ戦線とフィリピン戦線を、この報告書と、20人を超える元従軍看護婦の証言を通してたどっています。年齢的には、丁度私の母の世代です。

 彼女たちの心の底にも、「捕虜になってはいけない」の意識が根強くありました。「自活自戦永久抗戦」といった勝手な命令を出す本部、当時の軍幹部・政府当局者は、「自らの死に場所」をただ探すばかりです。

 看護婦たちの証言の最終部分、「あの時間は何だったのだろうか」、「戦後、傷病兵から感謝されるたが、そのようなことは何もできていなかった」の言葉は重たく私たちに迫ってきます。生還した方々の苦しみ、恐らく初めての気持の吐露だったのではないでしょうか。

 70年を経て、切々と語る元少年兵、元従軍看護婦、これらを今年聞いた世代は使命感をもって今後の不戦に活かしていかなくてはなりませんね、「戦争を知らない世代」とは言ってはいられません。

戦後70年、私なりの思い(2)

Posted by 秋山孝二
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 NHK総合テレビの特集「NHKスペシャル~戦後70年目の戦争と平和(http://www.nhk.or.jp/special/70years/」は盛りだくさんです。恥ずかしながら、「捕虜」、「従軍看護婦」、「少年兵」、「原爆投下直後」等、60年以上生きてきた私にとっても初めて知ることがあり衝撃でした。順不同ですが、いくつか書き留めます、まずは「発掘・日本人捕虜の肉声(http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20150802」は見応えがありました。

 第二次世界大戦中、太平洋の激戦地で捕虜となった日本兵、連合軍の極秘の施設で尋問による『肉声」録音が、70年以上を経て初めて見つかったのです。NHK取材班は、入手した音源を、最新のデジタル技術で修復・解析。その内容は、殺すか殺されるかの戦場を生き抜いた日本人捕虜の壮絶な告白です。密室で、日本兵たちはひとりの人間として、自らの戦場と向き合っていました。そして、音源の分析から、捕虜となった日本兵と尋問が行われた「秘密尋問所」の場所を特定し、戦後、家族にすら伝えることのなかった密室での告白、現代に蘇った捕虜たちの肉声を通じて、歴史の闇に埋もれてきたもう一つの戦争が伝わってきました。

 旧帝国陸軍・海軍ばかりでなく、日本国民にすべからく「捕虜となることは恥ずべきもの」との社会通念が徹底しており、このような事実は永久に個人の心の中に仕舞い込まれていたのでしょう。市民を巻き込んだ戦争の現実では、「自決」と称して自ら命を絶つ人々はこれまでも報道されてきましたが、「捕虜」となった人の肉声は組織の一員というよりも、まさに一人の人間として戦争と向き合っている苦悩を感じさせます。「記録」の説得力、再現性等、多くの教訓を私たちに与えてくれます。

稲垣潤一

稲垣利一海軍主計大尉

 さらにホームページによると、アメリカ公文書博物館で発掘されたレコードは120枚、13時間の録音です。オーストラリアのブリスベーン郊外で録音が行なわれ、1942年から1945年まで、この施設は極秘の尋問所として使用されたそうです。マッカーサーはブリスベーンに拠点を築き、秘密組織のATIS連合軍翻訳通訳部隊を立ち上げました。そこでは日系人などを集め、日本兵の捕虜尋問や遺体の日記の翻訳を行い、オーストラリア軍の資料室に詳細情報が残されていました。特に重要な人物の尋問を密室で行っており、1105人の捕虜の尋問が行なわれました。

 残された音声の最初は海軍主計大尉・稲垣利一の尋問でした。稲垣は大変流暢な英語を話し、重要な捕虜と位置づけられていたようです。尋問で、稲垣は日本の軍国主義に不信感を示しています。東京帝国大学で外交官を目指し、海軍経理学校では中曽根康弘元首相と同窓。1942年8月、稲垣はニューギニアのブナに上陸、ポートモレスビー攻略を目指す無謀な作戦に参加、食料の供給が途絶え、兵士は次々と倒れ、連合軍の反攻の前に部隊は壊滅しました。稲垣は尋問で、部隊の悲惨な状況を話し、稲垣は自らも栄養失調とマラリアに倒れました。敵の兵士が近づき、稲垣は拳銃自殺を図りましたが泥水に濡れた拳銃は発砲されず、捕らえられた、その様子を証言しています。

 捕虜となった稲垣利一は日本語翻訳の仕事をATISから依頼されました。1943年10月14日の録音で、稲垣は一度受けた依頼を断わります。稲垣は頼まれた仕事は戦争を早く終わらせることは日本国民にはいいことだが、協力は裏切りになることで葛藤しています。稲垣は死にたいので、拳銃か薬を求めましたが、尋問官は責任を逃れる考えだと指摘し、説得を続け、日本の現状を伝え、早く戦争を終わらせるために協力を求めたのです。稲垣は決断を迫られ、苦しいと答えています。翌日、稲垣は仕事を受けると伝え、尋問は約半年に及び、協力を決断ました。

その後、本土決戦前の幾つかの戦い直前に投下された日本語の投降ビラは、彼らの仕事によるところが多いのでしょう。

連合国軍チーム

連合国軍チーム

ATIS作成の投降を促すビラ

ATIS作成の投降を促すビラ

稲垣の見識

稲垣利一の見識

 先月の保阪正康さんの小樽での講演で、日本に「軍事学」が存在していなかったとお話がありました。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=24010

 「捕虜となって恥をさらすな」みたいな戦陣訓をまき散らしておきながら、戦場の市民を放ったらかしにして撤退・逃走する旧帝国軍隊の卑劣さを、私たちは忘れてはなりません。そして番組でも紹介されていましたが、「捕虜になった後に、どう応対するかを日本兵は教えられていなかった」とも。「解除の命令がない」ことも含めて、もはや「軍隊」という体を成していない酷い状況だったのですね。

 「戦争とは何か」、私たちが努力と妥協と折り合いを付けながら生きてきたこの70年、これからも日本を、決して「戦争をする当たり前の国」にしてはなりません、強くそれを再確認致しました。