上杉鷹山公、今また脚光!

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 先日のNHK総合で上杉鷹山公の深掘り、江戸時代の名君として知られていますが、苦難の藩主を経た人生の変遷と人口減少と財政破綻に陥った藩の危機を救った先進的政策は今に活きる気がします。

* https://www.nhk.jp/p/rekishi-tantei/ts/VR22V15XWL/episode/te/L1PWZM4VMW/

 『なせば成る』はあまりにも有名な言葉、私にとっては1964年の東京オリンピック女子バレー大松博文監督の座右の銘でも印象に残っています。

 『富国安民』、いい言葉ですね、似たような理念は愛生館文庫では『愛生済民』です。

* 愛生館文庫 - 秋山記念生命科学振興財団

* 愛生館文庫デジタルコンテンツⅤ「いのちをつなぐ」の公開 - 秋山記念生命科学振興財団

ブルガリア !歴史&ワイン

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 愛生館サロン会員のオレンジバードのお二人が、ブルガリア尽くしの訪問記を語ってくれました。普段はあまり目にしないブルガリア地域の歴史、アレクサンダー大王の最初の赴任地だったんですね。

* https://world-note.com/alexander-the-great/

 奇抜なタイトルスライド?!から始まった飯田さんのプレゼン!!」

 地図の左端、生誕地Pellaからトラキア王国を併合してひたすら東へ東へ。高校の世界史で学んで以来の東ヨーロッパから西アジアの複雑な歴史解説は、大変興味深いお話でした。私は単純にワインを飲みながらの集まりかと思いきや、飯田さんの深いお話はワイン会の前座としてはあまりに貴重な内容でした。

 遠い昔の歴史の余韻を残しながら、いよいよブルガリアワインの試飲会、いろいろ飲み比べるうちに何だかみんな同じ味の気がしてきて、やはり途中で水を飲んで舌をゼロにしないといけませんね。

ブルガリアワインの専門店はこちらーー>https://www.trakiyatrading.com/

 ワインの固有種をいかなる戦乱の中でも守り続ける文化、あらためてヨーロッパにおけるワイン文化の深さを感じるひと時でした、ありがとうございます!!

講演会 @ 大谷石研究会(下)

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 栃木県立博物館に於いて、博物館友の会主催で「NPO法人大谷石研究会」プロデュースの連続講演会第5回目の講演会が開催されました。

* NPO法人 大谷石研究会 シンポジュウム

 今回のテーマは『ワグナー・ナンドールの建築と作品について』。講師は宇都宮大学の遠藤康一先生と陶壁作家の藤原郁三さん。研究会代表の佐藤公紀さん司会で、「建築家」と「彫刻家」ワグナー・ナンドールについてお話があり、参加者70名を超える盛況の講演会と質疑応答となりました。

 冒頭はこの研究会代表の佐藤公紀さん(左)による連続講演会の経緯、続いて陶壁作家の藤原郁三さん(右)のお話、この県立博物館にも藤原さんの作品が展示されていること、ワグナー・ナンドールが益子に移住して以来の創作活動を間近に見ていたこと等、貴重なお話を伺いました。

 続いては、宇都宮大学の遠藤康一先生が、建築の立場から大谷石を使ったワグナー・ナンドールのアートギャラリーの建築物を検証・解説し続けて、そのユニークさを伝えて頂きました。

 今後の研究活動の一環として益子のギャラリーの建物群を引き続き調査・研究されるので、WN財団関係者としても全面的に協力し、新たなナンドールの意図が解明されるかもしれなく、その成果は大変楽しみです。

講演会 @ 大谷石研究会(上)

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 静岡のセミナー終了後は、翌日早朝に平常運行に戻った東海道新幹線で東京、更に東北新幹線を乗り継いで栃木県宇都宮市に移動しました。途中、大宮付近の車窓からは前日の静岡で見る富士山とはまた違った角度からの風景が望めました。

埼玉県大宮付近からの富士山埼玉県大宮付近からの富士山

<参考~比較のために、前日静岡からの富士山>

 この日は、「栃木県立博物館 -Tochigi Prefectural Museum-」で「ワグナー・ナンドールの建築」と題しての講演会が開催されました。

 この博物館とその界隈の広大な敷地は「旧大日本帝国陸軍第十四師団野砲第二十連隊駐屯地」跡地だったとか。

* 陸軍第14師団 (日本軍) - Wikipedia

y栃木県立博物館

栃木県立博物館

 隣接する「栃木県中央公園 - Wikipedia」は、専売公社宇都宮工場跡地に1977(昭和52)年から整備が始まり、1982(昭和57)年に開園しました。

 公園内には「旧宇都宮商工会議所正面玄関部分」も見ることができます。1982(昭和3)年に建てられた大谷石張りの建物で1979(昭和54)年に解体された後、一部が園内に復元されたとのことです。

旧宇都宮商工会議所

旧宇都宮商工会議所正面玄関

 広大な公園内のまっすぐに伸びる樹木が印象的でした。

久しぶりに静岡 2025(下)

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 セミナー終了後は関係者他の皆さんで場所を『【公式】浮月楼 徳川慶喜公屋敷跡』に移しての交流会、久しぶりにリアルに集まった錚々たる皆さま、それぞれの自己紹介の後に、私が乾杯の発声を行い、限られた時間でしたがこちらも内容の濃い懇談の場となりました。

 短い時間ながら私は静岡の地酒を美味しく飲ませて頂きました、比較的新しい酒蔵のようですね。

* 喜平 -静岡蔵謹醸- | 静岡平喜酒造株式会社

 お開きの後に、JR静岡駅のおみやげ屋では伝統の『静岡ひな人形』がたくさん!

* 駿河雛人形|静岡郷土工芸品振興会

 そして懐かしい「田宮」の模型展示も。

* タミヤ - Wikipedia

 おみやげ屋を覗いてから明日の朝の新幹線運行状況を確認してホテルに帰りました、新幹線はほぼ平常通りの運行に戻っているようで少し安心しました。

 今回の静岡出張は久しぶりでしたが、前日は午後8時過ぎから理事長、理事の3人で5・6軒のおでん屋は満員で席はなく、ようやくお寿司屋さんでまぐろほか静岡尽くしのつまみとお酒で短時間懇談で大満足でした。セミナー当日も濃い内容のプレゼン複数、交流会でも医療経営ほかの方々とのお話ができて満足度大でした。

 そして翌日早朝の東京行き新幹線ひかりは定刻で快晴の静岡を出発、途中車窓からは見事な富士山を見て心洗われる思いでした。

久しぶりに静岡 2025(中)

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 午後からのセミナーは降雪による新幹線大幅遅れ等はありましたが、関係の皆さんがお揃いで予定通りで始まりました、さすがに皆さん着地は決める、ですね。

 冒頭は財団理事長の西田在賢先生のご挨拶と財団が主催するこのセミナーの経緯のご説明でした。

* セミナー | 一般財団法人社会福祉・医療事業の経営研究会

西田在賢先生

西田在賢先生

 続いて第一部は厚生行政の新たな展望について、「総合的な改革の方向性」について詳細なご説明です。

 第二部は「経営持続性を見える化する病院KPC分析の紹介」と題して、西田在賢理事長のご講演です。

* 教育コンテンツ紹介 | 一般財団法人社会福祉・医療事業の経営研究会

 予定通りとは言え、プレゼン後の質疑応答も濃密で、それぞれの医療機関の課題ほか、今後の厚生行政への提案等もあり、双方に実りある時間だった気がします。

久しぶりに静岡 2025(上)

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 第18回社会福祉・医療事業の経営研究セミナー『2040年を見据えた新たな地域医療の在り方』 | 一般財団法人社会福祉・医療事業の経営研究会が、先日、静岡で開催されました、私は主催の財団( 一般財団法人社会福祉・医療事業の経営研究会)の監事を務めています。

 折からの日本列島広範囲への降雪で新幹線がかなり混乱する中、西からも東からもリアルに静岡に集まった方々40名超、その他に広島を中心にリモートでも参加頂いた方々で大いに盛り上がりました。講師陣ほか関係者も遅れる電車を上手く乗って何とか予定通りのプログラムを定刻で進めることができました。

 前日夜に静岡入りした私はセミナー当日、大雪で混乱する地方とは違い、快晴の朝を迎えました。

 午前中から会場準備、今回は初めてリアル会場参加とリモート参加のハイブリッド、音声・画像チェックに余念がありませんでした。因みに今回の会場はSBS情報システムの多目的会議場で、ハイブリッド開催はこの場のこけら落としセミナーだったようです。

 開始前の関係者の昼食は、静岡名産品が詰め込まれた素晴らしいお弁当、思わず写真を撮影するのも忘れて気が付くと一マス食べてしまいました。

 そして定刻に地元静岡の名士で財団の理事でもあるSBS情報システム元顧問・久保田徹さんの司会でセミナーは始まりました。

心の傷を癒すということ

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 NHK教育テレビの「100分de名著」、先日は安克昌(あん・かつまさ)さんの『心の傷を癒すということ』の解説、強く心に染み入りましたね。阪神・淡路大震災発生時に、自ら被災しながらも、他の被災者の心のケアに奔走した精神科医です。震災後の心のケアの実践に道筋をつけて、日本におけるPTSD(心的外傷後ストレス障害)研究の先駆者となりました。

 HPには~在日韓国人として生まれて、志半ばでこの世を去りながらも、険しい道を共に歩んだ妻との「夫婦の絆」と、彼が寄り添い続けた人々との「心の絆」を描きます~とあります。

* 阪神・淡路大震災30年「心の傷を癒すということ」を読む【100分de名著】Eテレ - 100分de名著 - NHK

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【精神科医・安 克昌(あん かつまさ)】

 1960年大阪市生まれ。自らも阪神・淡路大震災の被災者であり、痛切な体験をした被災者たちの「心の傷」に真摯に向き合い続けた精神科医。日本におけるPTSD(心的外傷後ストレス障害)研究の先駆者となるも、志半ばでがんが発覚。2000年12月に39歳で死去。

~~~~~~~~~~~~~~~~

 今回の指南役には医療人類学者で精神科医の宮地尚子さん、「心の傷を耕すこと」と言う表現が強く心に残っています。「耕す」と言えば亡くなった明峯哲夫さんのお言葉も忘れられません、日本の農業に関する深い洞察、彼は「庭を耕す」とおっしゃっていました。

* 秋山孝二の部屋 » Blog Archive » 明峯哲夫さんを偲ぶ会

 心の傷を癒すことは、まさに「社会の品格」にかかわる問題ですね、今の日本社会、アメリカのトランプ発言ほか、連日「品格に欠けるメッセージ」に辟易しながら、この番組の言葉を受け止めていました。

辻褄合わせの雪かよ 2025!

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 今シーズンの冬は、年末から年始の1月に掛けて、まとまった降雪もなく本格的雪かきをしないで過ごしてきましたが、2月に入ってこの二日間で連日の湿った雪が降り、昨日からは一日何回も雪かきで汗を流しました。

まとまった雪!

まとまった雪!

初の本格的?雪かき

初の本格的?雪かき

 先日はタクシーの運転手さんと、「このままで行ってくれれば楽でいいですね、でもこれからドカ雪が来そうで少し怖い気もする」なんて話をしていたばかりでしたが、その通りになりました。最近の天気予報はかなり大げさに注意喚起をします、前回も特に注意するようにとの予報でそれなりに構えていましたが、札幌市内は全くのハズレ、陽射しもあって気温も高かったりでした。

 もうすぐ札幌では「雪まつり」も開催されます、街なかには年始から観光客も数多く見かけていて、雪が大変新鮮らしく、キャッキャ言って喜んでいました。

 2年前は、正月三が日以降に連日の降雪、土日になるとまとまった雪も毎週降って、ゴミステーション当番の私は、自宅玄関前に加えてひと月の間ステーション周りの雪かきも加わり、大変なシーズンだったことを思い出します。ただ、その年のシーズン降雪量は「平年並み」との発表、要するに振り方の違いだけのことだったようです。

 今年の節分は今日2月2日だそうで、明日は立春、陽射しこそ春めいてはいますが、北海道の冬はまだまだしばらく続きそうです、理事長の重要なミッション(?!)、雪かきに精を出して頑張ります!!!

六華同窓会 新年交流会 2025

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 高校の「六華同窓会 | 北海道札幌南高等学校(札幌尋常中・札幌中・札幌一中・札幌一高)の同窓会公式サイト」の新年交流会が校長・副校長・教頭・事務長もご参加で大いに盛り上がりました。

* 同窓会関連記事ーー> 秋山孝二の部屋

 今年の幹事当番期は南50期、何と私の31歳下の後輩たち、高橋実行委員長は同窓会で女性として二番目の委員長です。私たちの時代は、一学年550名、一クラス55人、男子40数名女子10名少々でしたが、現在は一学年320名、男子女子は半々となっています。

 今年度の行事もほぼ終了し、それぞれ報告もありました。最後は今年度秋の総会・懇親会のご案内を高橋実行委員長ほか幹事当番期の方々が壇上で参加を呼びかけました。

 テーブル席では私が一番の年長、会場全体でも私より歳上の先輩はお一人くらいしかいなかったようで、あっという間にすっかり長老?!の域に入ってしまっていました。

 私は同高の「学校林財団(http://rikka-forest.jp/」の理事長は引き続きやっていますが、あと数年ではやはり後輩たちに譲っていく時代なのでしょうね、「光陰矢の如し」を実感したひと時でした。

フジテレビ記者会見に思う

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 27日のフジテレビ記者会見、タレントの中居正広の女性に対する性加害問題で、フジテレビの嘉納修治会長と港浩一社長が対応の不適切(?)の責任を取って辞任しました。臨時取締役会後の「やり直し会見」には、オールフリーで開催されて437人の記者が参加し、その長さは10時間23分に及びました。

 私は途中で少しだけ見ましたが、何とも非生産的で幼稚なやり取りに辟易しました。日本のマスメディアの記者会見、壇上のテレビ局経営トップも、会場を埋めた日本のジャーナリスト(今となってはそう呼ぶのも恥ずかしい)達のレベルの低さを露呈した会見となった意味では、稚拙さを見える化した貴重な(?)時間となりました。オールドメディアの衰退の理由がよく分かります。

多くの報道陣が詰めかけたフジテレビの会見場

<写真 東スポWeb版より>

 会見で飛び交う「女性の保護」、「被害者のプライバシー」、「刺激しない」、「守秘義務」等、一つ一つの言葉がどこか腑に落ちない、基本的な姿勢が違っているとでも言うのでしょうか、そんな印象でした。「被害者のプライバシー」を言い訳として使い、不作為を正当化し自己保身に走る姿、中居正広もフジテレビ経営幹部も、その点は完全に同じです。

 一方会場に集まった参加者と言えば、今回は10時間を超える長丁場だったゆえに、ジャニーズの時以上に、記者たちのレベルの低さが特に目立ちました。私は以前のジャニーズ記者会見の時もコメントしたのですが、記者として参加するのであれば、それをどう報じるのか、どういう質問をして事実に迫るか取材するのが目的のはず。翌日のニュース番組でも「異例の長時間会見でいらだち」みたいな言葉が散見されましたが、日頃の記者としての修練が足りないのではありませんか、この程度の取材姿勢では、真実を極める気概があるのかと疑いたくなりました、これまで共感していた当日会場で質問していた東京新聞の望月記者、翌日のテレビ朝日で羽鳥さんのモーニングショーのコメンテーター・玉川さんにも失望しました、この件に関してはジャーナリストとしての傲慢さを強く感じて残念でした。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=47572

 私のこの記事の中で、以下のように書いていますが、今回更に再確認した感じです。

~~~~~~~~~~~私のブログから

 同時に私は参加されたメディア関係者の方々にも猛省を促したい点があります、メディア関係者の傲慢さを今回の会見で感じたからです。記者会見は取材の場、自らをアピールするパフォーマンスの場ではなく、同時に複数のジャーナリストを集めて情報を得る機会ですよね、であればある意味で時間制限があるのは当たり前、もちろん十分な時間という意味ですが。仮に進行役から当てられなかった場合は、後日文書で公にする質問に返答することを約束させるような提案をするとか、今後の定期的記者会見・積極的情報発信を約束するとか、ご自身の質問に対して確かな返答を担保する何がしかの知恵が必要なのではないでしょうか。旧統一教会の取材を永く続けている鈴木エイトさんは、記者会見に参加したものの「前回(9月7日)とは異なり質疑応答は途中で終わり、最後まで当ててもらえなかった」と報告し、用意していた質問をSNSに投稿していました。これまで数多くの妨害ににもかかわらず取材を今も続けているしたたかさと真摯なジャーナリストとして姿勢を感じました。

~~~~~~~~~~~引用おわり

 今回のような会見を繰り返していては、ネット上の無責任な投稿と同じくフェイクニュースが飛び交う状況が会見でも露呈します。感情的な発言やヤジ、不確かな情報とか噂レベルの情報に基づいて質問するのは、記者会見の本来の目的ではないはずです。皮肉にもジャーナリズムとは何か、について学びの場になった面はありました。

 日本社会、政治、経済、芸術文化、メディア等、全ての世界で「人権」意識はまだまだ発展途上国なのでしょうね。

 そんな中、石田健さんのコメントには少しの光を見出した気がします。

* https://www.theheadline.jp/articles/1146

久しぶりの同期4人で!

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 高校の「六華同窓会」では長い間、幹事長、副会長を引き受けた私、今は役員選考委員長とかでいつの間にか役員の中で最年長となってしまいましたが、年明けには久しぶりにご近所に住む同期4人と、元母校の教師だった方が店主の蕎麦居酒屋でしばし飲みました。

 昔話に花が咲くというよりも、我々の世代の話題が「病気自慢」、「孫自慢」になる傾向が強く、東京の同期の集まりでは、「この二つの話題は無しにしようぜ!」との掟があるとか?!、先日もしばらくはその話題を避けていたのですが、「それ以外の話題って何かある?」と笑いながらしばしの間、飲んで酔いが回るほどに健康維持の話になっていき、一人の直近の年末に入院したとかの話をきっかけに、4人とも一気に病気自慢(!)で大いに盛り上がっていくからしょうがないですね。ただ、以前に比べるとその自慢の程度も控えめ(正確には「衰え」)になり、マウンティングもそこそこの感でしたから成長と言えば宜しいのでしょうか。

 写真の奥から、大手商社で海外経験もある人、教育界で最後は市立高校校長、産婦人科医として病院長も務め今も現役の臨床医、そして私です。それぞれ異なって多様な経験を経てのお話、更に店主・先生の教え子、同僚、先輩教師等の深い裏話(?!)、今だから話せることも多く本当に楽しいやり取りでした。

 何だかんだであっという間の数時間、カウンター隣には25歳も下の後輩たちもやはり同期で集まっていました。飲み物はクーラーの中から水を含めて自分で選んで取りに行き、器も好きな物を選んで本来の「飲み放題」、その間ずっと話続けられる居酒屋の原点ですね。この一週間は学校関係のお客さんばかり、私たちの翌日は現役高校幹部もいらっしゃるとかを耳にしました。

 毎回感じるのですが、同窓会のルーツがここ札幌宮の森にありました、ご馳走様でした、また集まりましょうね!

母の三回忌 法要

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 私の母が亡くなってから早2年が経ち、先日はごく身内で三回忌法要を行いました。

* 秋山孝二の部屋 » Blog Archive » 母、満99歳の大往生!

 2023年の年明けに母が、その翌月に姉が、前年の年末には孫の智帆が4歳4日で急逝と、身内の旅立ちが続き、悲しむ暇もなかったことを思い出します。人の命は亡くなっても心の中に生き続けるということを実感するこの間の日々です。街を歩いていて、ふと向こうからくる人の姿に亡き身内の面影を投影してハッと驚くことも時々ありました。

 そして昨日、姉の夫が息を引き取ったと、東京に出張中の私に姪から連絡を貰いました。私の一回り歳上の義兄、コロナ禍で入院療養中でしたが、静かに呼吸が弱くなっていったと聞きました。思い起こせば、それぞれの人生の最期、年齢ではなくそれぞれの時間を存分に生きたということなのでしょうね、私はそう納得しようと思っています。

「北の高校生会議」10周年(下)

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 10周年記念シンポジウム当日は、天気も良く、基調講演の金平茂紀さんも予定通り東京から到着して一安心でした。開始数時間前から会場準備も周到に行い、後は参加者の皆さんのご来場をまつだけとなりました。舞台前方椅子席は講演を聞くエリア、後方はグループディスカッションのエリアです。

 シンポジウム冒頭は共催の秋山財団から理事長の私のご挨拶。この「北の高校生会議」プロジェクトの採択とその後の経緯を簡単に報告しました。

 続いては基調講演の金平茂紀さんのご講演。高校生にも向けた自らの高校時代のお話から始まり、これまでの札幌でのジャーナリストとしてのご講演とは一味違った内容でした。同世代のリスペクトするジャーナリストたち、薫陶を受けた先輩ジャーナリストたちのお話、彼の今を形づくる深い内容でした。高校生たちには「頭を上げろ!」とのメッセージ、以前観劇した野田マップ『フェイクスピア』を彷彿させるメッセージも印象的でした。

* フェイクスピア | NODA・MAP 第24回公演

 基調講演に続いては、金平さんに対して幾つかの質問への回答の後、パネルディスカッションに移りました。

 登壇者として10年前の「北の高校生会議」の講師の横田さん、高成さん、そして台湾の「ひまわり運動」参加者の林さんも熱く語られました。

~~~~~~~~~

<パネルディスカッション登壇者 右から>

横田信行 氏(毎日新聞記者)

林泉苗 氏(台湾「ひまわり運動」参加者・東大博士課程)

高成壯磨 氏(岡山市議会議員)

田中駿介 氏(「北の高校生会議」創始者、東大博士課程)

~~~~~~~~~

 その後は、それぞれのテーマに分かれてのグループディスカッション、皆さん大変活発に意見交換をされていました。

 この日の最後は隣の会場に移っての交流会、立食できっちり2時間の長丁場で延々と続くコミュニケーション、よかったですね。そして何よりの収穫は、この場で「北の高校生会議」の今後を引き受ける高校生たちが手を挙げてくれたことでしょう。今の現状を彼・彼女らがどう受け止めて考えて生きていくのか期待したいです。

 秋山財団は今年で設立39年目、これまでの研究助成、ネットワーク形成事業助成を受けた方々が、それぞれ自発的にグループを形成、或いはネットワークを形成して相乗効果を発揮していく、採択がスタートでこのようなその後の展開が私たちの設立当初からの夢でしたので、一歩一歩積み重ねていく手応え感じている昨今です、濃い一日でした、楽しみですね、これからも!!

「北の高校生会議」10周年!(上)

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 「北の高校生会議北の高校生会議10周年記念シンポジウム実行委員会 | Peatix)」10周年記念シンポジウムが札幌で開催され、秋山財団が共催しました。

 このプロジェクトは、10年前に秋山財団の「ネットワーク形成事業助成B」で3年間応援しましたが、4年目以降もコロナ前まで自主的に続いていて、今回、スタートから10年を経て、振り返りを含めて、今、今後を語る場としてシンポジウムの開催になりました。

~~~~~~~~~採択となった当時のプロジェクト

プロジェクト名 北の高校生会議
概要 北海道内の高校生が集まり、「貧困」や「安全保障」などの社会的課題についてプレゼンテーションを聞いたり、ディスカッションをしたりして意見交換をするプログラム。
代表者 田中 駿介(タナカ シュンスケ)
所属役職 旭川東高校3年、学生団体 北の高校生会議 代表
助成期間

~~~~~~~~~

2015年度~2017年度

* 参考ーー> 第2回 「北の高校生会議」に参加しました! - 秋山記念生命科学振興財団

1人、テキストの画像のようです

 開催の前日に実行委員会世話人が集まって、企画・進行の再確認を行いました。18歳から現在の28歳まで、それぞれの10年間の軌跡は、私にとっても大変興味深いものでした。今回は東京からの学生も参加したり、今の社会問題への受け止めも、私にとっては新鮮でした。

 翌日の本番に向けて、先ずは基調講演者・金平茂紀さんの無事の札幌着を祈ることになりました、幸い天気は問題ないようです。

ハーバード大学 新年交流会 2025

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 今年もハーバード大学日米関係研究所(Program on U.S.-Japan Relationsの新年交流会が開催されて、卒業生でもない私は今年も参加しました。「AKIYAMA AWARD」の関連で当日お昼にはお誘いを受けて、スーザン・ファー先生、藤平新樹先生と会食もできました。トランプ政権への危惧、トランプの究極のゴールについて、恐らく北朝鮮にトランプタワーを建てることでは、との冗談も出てきたり、貴重な時間となりました。

* 関連記事ーー> 秋山孝二の部屋

 夜は恒例の交流会、今年はクリスティナ・デーヴィス所長はサバティカルでご欠席、代わりに所長代理のDavid L Howell教授が冒頭のご挨拶でした。今年は直近で1年間のこのプログラムを履修した中国在住の方、大学の先生、中央官庁の方、経済団体の方等、お話をすることが出来ました。

 今回、お土産として大学の名入りワインオープナー、記念になりますね。実はこれ、帰りの飛行機便で手荷物検査場で引っ掛かり、いったん戻って預け荷物として新千歳空港で小さな団ポール箱で受け取りました、3センチ程度のナイフが機内持ち込み禁止物とか?!

轟く、砲音!@ 広瀬武夫

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 昨年末から放映されているNHK総合テレビの再放送『坂の上の雲』、直近はあの広瀬武夫の最期でした。

* スペシャルドラマ「坂の上の雲」 - NHK

 私の父(旧姓は野田宏)は海軍兵学校66期卒業で、太平洋戦争ではキスカ撤退作戦、レイテ沖海戦の最前線で軍艦の通信長として従事し、終戦後の撤収事業に関わった後に復員して札幌に住みました。

* 関連する記事 秋山孝二の部屋

 その影響もあってか、私は幼い頃から軍歌を幾つか見様見真似で覚えましたが、その中で幼いながらに心に残っているのが「とどろぉーく、つつおーと」で始まる「広瀬中佐!」の歌でした。途中の歌詞はすぐには思い出せませんが、「杉野は何処(いずこ)、杉野は居ずや」、「旅順港外恨みぞ深き」とかの言葉は今も鮮明に覚えています、軍国少年真っ盛りでしたね?!

* Bing 動画

~~~~~~~~~~~~~~~

1.
轟く砲音 飛来る弾丸
荒波洗ふデッキの上に
闇を貫く中佐の叫び
「杉野は何処杉野は居ずや。」

2.
船内隈なく尋ぬる三度
呼べど答へずさがせど見えず
船は次第に波間に沈み
敵弾いよいよあたりに繁し

3.
今はとボートに移れる中佐
飛びくる弾丸に忽ち失せて
旅順港外恨みぞ深き
軍神広瀬とその名残れど

~~~~~~~~~~~~~~

 それにしても今回の俳優・藤本隆宏は素晴らしいです、競泳選手として1988年ソウルオリンピック、1992年バルセロナオリンピックに出場しています。「軍神広瀬」とその名を轟かせた存在、日露戦争時代の英雄として、今の時代となってはまだまだ良き日本だったとも言えるのかもしれませんね。歴史年表では「日露戦争勝利」で終わるのですが、そこまでに至る状況を几帳面に追いかけての脚本も素晴らしいです。ただ、皮肉にもこの成功体験がその後の日本の黒歴史に繋がっていく、今を生きる私たちは肝に銘ずる必要がありますね。

様変わり、国内の駅・空港!

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 コロナ禍を経て、日本各地の駅・空港は、以前の景色と全く異なった様相を呈しています。大きなスーツケースを引きずって歩く海外からの観光客風の多くの方々、これまであまり見なかったローカルでマニアックな場にも現れています。

 移動の行程も観光目的の多数の方々の影響で、これまで比較的空いている日程・時間帯でも満席ほか混雑する状況になっています。 東京のホテルはもちろんですが、地方都市のホテルも日本語が全くの少数派、以前宿泊していたそれなりのホテルは価格もバカ高くなって富裕層の海外の方々ばかり、これまでビジネスで使っていたホテルの価格も倍以上になって、東京ではカプセルホテルでも1万円を超える場合もあったりで様変わりです。 また、昼時の特段評判になる様でない食事する場所、立ち食いソバ、餃子屋とかでも長い列が出来たりしてです。結局、出張中の私の食事は、近くのコンビニで買って宿泊ホテルの部屋で取っている状況、コロナ禍の時と全く同じ状態です。

 先日の国内線飛行機内、前方のプレミアムクラスにはアジア系の家族、小さな子たちも一席を確保して、以前では見たこともない光景でした。基本的にはインバウンドの観光客は歓迎ですが、それを受け入れる体制が不十分、政府の無責任なスローガンには大いに不満を抱きます。

< 追記 >

 上の記事を書いて少し時間を経た後に、スマホを置き、メガネを外して目を閉じると、1971年頃の北米大陸を横断していた時の様子を思い出します。

* 秋山孝二の部屋 » Blog Archive » ‘71 北アメリカへの一人旅 (1)

* 秋山孝二の部屋 » Blog Archive » ‘71 北アメリカへの一人旅 (2)

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* 秋山孝二の部屋 » Blog Archive » ‘71 北アメリカへの一人旅 (4)

* 秋山孝二の部屋 » Blog Archive » ‘71 北アメリカへの一人旅 (5)

 当時の日本は、「エコノミックアニマル」と揶揄されて、日本製品の品質・性能の優秀性を素直に認めないほどの勢いで嫉妬にも近い感情の嵐で海外市場を席捲し始めていました。それから50年以上を経て、様々な場面で垣間見る今の日本の姿に凋落を感じない訳にはいきません。一生懸命仕事をしてきたつもりの私ですが、自分の子供・孫たちを含めて若い世代への申し訳なさは、戦後民主主義教育を受けて高度成長期を生きてきた自分の心の底に流れる重たい気持ちです。

 少しでも、一筋の光をさせるようにこれからの人生を歩みたいものと、今、羽田空港に差す日の出を見ながら思う今朝です。

凍裂(とうれつ)@ 寒冷地

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 正月のNHK総合テレビ『さわやか自然百景』で森の特集を放送していましたが、そこで紹介されていたのが寒冷地における「凍裂」でした。

* さわやか自然百景 - NHK

* 植物記330【凍裂】

 そう言えば昨年末の北見工大キャンパスでも何本ものシラカバに「凍裂」が。研究室だけでなく、キャンパス内にもたくさんの気づきがありましたね。

* 秋山孝二の部屋

初詣&箱根駅伝 2025

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 今年の年初はゆっくりのスタート、北海道神宮への初詣も例年より遅く行きましたが、まだまだかなりの混雑でした。

* これまでの「初詣」関連記事ーー> 秋山孝二の部屋

 今年も新春の「箱根駅伝」を二日間観ていました。レース終了後の3日午後6時から3時間、日テレで放送された「完全密着!箱根駅伝~レース後~歓喜と涙の大手町」はなかなかの編集で素晴らしい内容でした。

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 この番組ではライブで映った走る選手ばかりでなく、そこからもれた各大学の選手たち、給水係として尽力した同僚ほか、今回の箱根駅伝本番に至るまでの悲喜こもごもを時間軸を掛けた取材に基づいて丁寧に取り上げていました。最後の各大学全登録選手名のエンドロールでの紹介は本当に素晴らしい企画で感動しました。スタジオに東京した皆さんのコメントも心に響きましたね。