寺島実郎経営塾 @ 薬師寺 2019

Posted by 秋山孝二
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 今年も寺島実郎戦略経営塾の薬師寺(https://www.nara-yakushiji.com/)でのセミナー、充実した時間となりました。

* これまでの記事ーー> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E8%96%AC%E5%B8%AB%E5%AF%BA

ハスの花も可憐に

ハスの花も可憐に

 慈恩殿での細川護熙(もりひろ)元総理大臣のご講演、歴史における文化の力を、陶芸家としてからだけでなく語られました。

細川元首相

細川護熙元総理大臣

 まほろぼ会館に場所を移しての大谷徹奨(http://www.tetsujo.net/)さん、寺島実郎さんのご講演は、いつもにも増して含蓄のあるお話でした。

 今回、経営塾の他に、時間をつくって奈良町(ならまち)にも足を運びました。著名なお寺とは別に、町民の人々の暮らしを醸し出す町並みは、奈良のまた違った文化を観た思いです。

薬局、「身代わり猿」も玄関横に

薬局、「身代わり猿」も玄関横に

民家の雰囲気も

民家の雰囲気も

 この街並みの中に、奈良女子大学のセミナーハウス(http://www.nara-wu.ac.jp/gp/naragp_ex/seminar_house.html)がありました、風情がありますね。

奈良女子大学のセミナーハウス

奈良女子大学のセミナーハウス

 今回のセミナー、大谷さんのお話から、仏教は「気づき」を見つけること、そして、「自分との対話」をし続けることを学びました。また、寺島さんは、「宗教ジェロントロジー」についての言及を、各宗教の系統的関連性から基調はお話でした。

 「老いるとは、学ぶことをやめた状態をいう」、心に響く最後の一言でした。また、奈良を訪れたいですね。

薬師寺で再び、戦略経営塾 2018

Posted by 秋山孝二
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 第7期寺島文庫戦略経営塾が、4年ぶりで奈良西ノ京・薬師寺(http://www.nara-yakushiji.com/)で開催されました。

* 4年前の薬師寺での講義

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E5%A5%88%E8%89%AF%E3%81%A7%E5%AD%A6%E3%81%B6

 開催日の早朝、東京の宿泊先で観たテレビニュース、今回の講義の冒頭で、村上管主はご挨拶の予定でしたので大変驚きました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

執事長

加藤朝胤執事長

https://mainichi.jp/articles/20180516/k00/00m/040/102000c

 法相宗大本山・薬師寺(奈良市)は15日、最高責任者に当たる村上太胤管主(71)が辞任したと発表した。村上管主は「不徳の致すところで多くの方々の信頼を裏切り、ご迷惑をおかけ致しましたことを、深くお詫(わ)び申し上げます」との書面を寺に提出した。村上氏は寺側に「宗教者として不適切な女性関係について、週刊誌に取材を受けた」と説明したという。村上氏は執事長や法相宗宗務長などを経て2016年8月に管主に就任。当面、加藤朝胤執事長(68)が業務を代行する。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ニュース おわり

 私は、受付時刻より早めに奈良西ノ京・薬師寺境内に着き、白鳳伽藍で修復事業中の東塔を除き、

* 金堂で「薬師三尊像【国宝】薬師如来、日光菩薩、月光菩薩(http://www.nara-yakushiji.com/guide/hotoke/hotoke_kondo.html)」

* 大講堂で「弥勒三尊像【重要文化財】、仏足石・仏足跡歌碑【国宝】(http://www.nara-yakushiji.com/guide/hotoke/hotoke_daikodo.html)」

* 東院堂【国宝】で「聖観世音菩薩像【国宝】(http://www.nara-yakushiji.com/guide/hotoke/hotoke_toindo.html)」

* 西塔(http://www.nara-yakushiji.com/guide/garan/garan_seito.html

に足を運び、参拝してしばし黙考できました。

西塔の写真西塔

 午後からの受付後、新たに復興した白鳳伽藍の「食堂(じきどう)http://www.nara-yakushiji.com/guide/garan/garan_jikido.htmlを説明付きで見学し、建物外観は奈良時代の意匠を凝らした作りとし、内部は現代技術を活用することで広い空間を確保し、食堂を多目的に利用することを想定しています。堂内には田渕俊夫画伯により描かれた食堂ご本尊「阿弥陀三尊浄土図」を中心に、全長約50メートルにわたる壁画「仏教伝来の道と薬師寺」が奉納されています。

 さらに、道路を渡って「玄奘三蔵伽藍(http://www.nara-yakushiji.com/guide/garan/garan_genjyo.html」で壮大なインドから西安までの仏教伝来の歴史絵図。4年前にも観ましたが、詳細な解説付きで足を運ぶと、より深い空間となりました。食堂壁画とこの歴史絵図で日本への仏教伝来が完結しています。

 講義では、当初プログラムは変更されて、冒頭ご挨拶は記者会見をされていた加藤朝胤執事長、ニュース報道のお詫びのお言葉から始まり、失った信頼を取り戻すべく関係者全員で努力する旨のお話でした。

 続いては4年前にもお話を頂いた大谷徹奘(http://www.tetsujo.net/)副執事長のご登壇。薬師寺の「まほろば塾(http://www.mahoroba21.jp/)」では、寺島実郎さんとともに講師陣のお一人です。

* まほろば塾 http://www.mahoroba21.jp/about/index.html

 今回は「般若心経(はんにゃしんぎょう)」について、「お釈迦様の教えを現代に活用する試み:般若心経に学ぶ~玄奘三蔵と観自在菩薩」と題して、そのエッセンスを分かりやすくご解説されました。

 お釈迦様の教えの根本は、「死=人間の有限性」。そして玄奘三蔵訳の「般若心経」は、主人公の名を「観世音菩薩(鳩摩羅什訳)」から約240年を経て「観自在菩薩(玄奘訳)」に書き換えたその真意。最後に、その心は、初めの三文字「観自在」と最後の八文字「羯諦羯諦、波羅羯諦(ギャーテイ・ギャーテイ、ハーラー・ギャーテイ)」に表現される、すなわち、最初に「自覚(自ら目覚め)」、まとめに「覚行(かくぎょう:目覚めながら行く)」、永遠なるものを求めて、永遠に努力する人を菩薩という、そう締めくくられました。

 この日最後は、寺島実郎さんの現状認識、今回は特に宗教とAIほか、ホットな話題に鋭く切り込みました。

 普段、なかなか時間を費やしてのこのようなお話は聞くことができなかったので、宗教、お寺というのはまさに学びの場だと、認識を新たにした一日でした。奈良、また時間を見つけて訪れたいものです。

寺島塾 2015春 in 奈良(3)

Posted by 秋山孝二
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 奈良の散策は西ノ京方面も。昨年訪問した薬師寺、足を延ばして唐招提寺(http://www.toshodaiji.jp/垂仁天皇御陵(http://travel.biglobe.ne.jp/tguide/spot/s13369.html、そして松伯美術館(http://www.kintetsu-g-hd.co.jp/culture/shohaku/でした。

 昨年(2014年)3月の薬師寺訪問の様子はこちら:

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=19195

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=19395

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=19364

 唐招提寺は、HP(http://www.toshodaiji.jp/)からの引用ですが、南都六宗の一つである律宗の総本山です。多くの苦難の末、7回目で来日をはたされた鑑真大和上は、東大寺で5年を過ごした後、新田部(にたべ)親王の旧宅地(現在の奈良市五条町)を下賜されて、天平宝字3年(759)に戒律を学ぶ人たちのための修行の道場を開きました。「唐律招提」と名付けられ鑑真和上の私寺として始まった当初は、講堂や新田部親王の旧宅を改造した経蔵、宝蔵などがあるだけでした。金堂は8世紀後半、鑑真和上の弟子の一人であった如宝の尽力により、完成したといわれます。現在では、奈良時代建立の金堂、講堂が天平の息吹を伝える、貴重な伽藍となっています。

雨に煙る唐招提寺金堂

雨に煙る唐招提寺金堂

鑑真大和尚のお墓に続く境内で

鑑真大和尚のお墓に続く境内で

 垂仁天皇御陵(http://travel.biglobe.ne.jp/tguide/spot/s13369.html)は、広大な水と緑のひっそりと眠るスポットで。

小雨の中の前方後円墳

小雨の中の前方後円墳

 更に足を延ばして松伯美術館(http://www.kintetsu-g-hd.co.jp/culture/shohaku/)、「いのちの輝き」上村松篁展(前期)です。HPにもあるように、自然への深いまなざしと伝統に学ぶ勤勉な姿勢を持ち続け清澄で気品ある独自の画風を確立した上村松篁。いのちの輝きを詠い続け、画家として人として見事な98年間の生き様に触れる機会となりました。上村松園・松篁・淳之の作品を集めての展示を前に、しばし日本の「いのちの輝き」に浸った時でした。後で知りましたが、この美術館は近鉄の名誉会長であった、佐伯勇氏の邸宅敷地に建設されたそうですね。

玄関前のアプローチ

玄関前のアプローチ

特別展「いのちの輝き」のご案内

特別展「いのちの輝き」のご案内

 こころの原点を見つめる散策となりました。

寺島塾 2015春 in 奈良(1)

Posted by 秋山孝二
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 寺島実郎戦略経営塾(http://www.terashima-bunko.com/terashimabunko-juku/strategic-management.html)、第Ⅳ期今回5回目は、奈良・東大寺(http://www.todaiji.or.jp/)での開催でした。

 まずは、東大寺大仏殿特別拝観、続いて平岡昇修先生(東大寺執事長・大仏殿院主)、寺島実郎氏の講演。示唆に富むお話、新たな気づきも多々あり、大変意味深いひと時でした。

東大寺大仏殿

東大寺大仏殿

大仏殿

大仏殿

南大門

東大寺南大門

東大寺南大門

東大寺南大門

 このシリーズ、一昨年の京都・高台寺(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=15178)、昨年の奈良・薬師寺(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E5%A5%88%E8%89%AF%E3%81%A7%E5%AD%A6%E3%81%B6)に続いての第三弾でした!

平野早矢香選手のこと

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 昨日終了した卓球の世界選手権団体戦は、実に見応えのある試合の連続でした。特に一昨日の女子準決勝・香港戦、平野早矢香選手のプレーは、一人のアスリートを越えた「求道者」の風貌に大いなる感動と勇気を貰いました。

日刊スポーツ[2014年5月5日9時27分 紙面から]~~~~~~~~

<卓球:JA全農世界選手権団体戦>◇第7日◇4日◇東京・代々木第1体育館ほか◇男女決勝トーナメント

 女子で団体世界ランキング3位の日本が、31年ぶりに銀メダル以上を確定させた。同4位の香港に3-1で勝ち、83年東京大会以来の決勝に進んだ。決勝では、71年名古屋大会以来43年ぶりの金メダルをかけ、同1位の中国と対戦する。

 試合後の取材エリアで平野早矢香(29=ミキハウス)が「ええっ! そんなに離れていたんですか」と驚いた。話題は勝負の分かれ目となった第3ゲーム、大逆転劇が始まった4-9の場面。2ゲームを取られて、考えていたのは「戦える形を作ろう」。突破口を探し、点数のことは脇にあった。そこから苦しんでいた呉のチキータ(バックハンドの攻撃的レシーブ)対策にサーブの軌道を変更。12-10で競り勝つと、勢いのままに3ゲーム連取。「卓球をしてきて良かった」と劇的勝利に目を赤くした。

 大ベテランだが、いまも向上心の塊だ。3月のドイツオープンでは、平野美、伊藤の13歳コンビがダブルスでワールドツアー史上最年少優勝を飾ったが、その大会に一緒に出場し、2人の戦いをじかに見ていた。理由は「若い選手にしかできない思い切ったプレーがあって、勉強になる」から。この日の思い切ったサーブ変更も、その貪欲さのたまものだ。チーム最年長は「日本開催の決勝で中国と戦えるのは幸せなこと」と気力十分で撃破に挑む。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 引用 おわり

 少し前に訪問した栃木県庁知事応接室のポスターを思い出しました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=19506)、栃木県鹿沼市出身のヒロインです。

 また、Facebookにで下記のコメントも見つけました:

【Zoneの追求⑤】追い詰められても最後まで諦めなかった心の強さ、プレッシャーに負けない精神的な強さがあって成し得た偉業だが、恐らく第4セット以降はZONEと呼ばれる精神状態に入っていたのではないだろうか。少なくとも第4セット2本目のドライブの引き合いを含めた16往復に及ぶラリーでは、平野選手が過去の練習や試合で経験した研ぎ澄まされた打球感・身体の動きを思い出したとみて間違いあるまい。冷静に自分を客観視しながら集中している状態にあったのではないだろか。実際、気持ちが高揚する局面にありながら終始落ち着いた表情であった。ロンドン五輪準決勝で福原選手がシンガポールのエースを破った試合で見せた冷静な表情と同じに映って見えた。彼女がこの試合でZONE状態に入ることができた切っ掛けはいったいどこにあったのか。第3セットの崖っぷちで敗戦の危機を凌げたことが切っ掛けになったと推測されるが、いつの日かご本人に直接お話を伺ってみたい。

http://www.joc.or.jp/games/olympic/london/sports/tabletennis/team/hiranosayaka.html

 平野早矢香さんを見ていると、遠い昔、中学校でバレーボールの監督をしていた時の自分を思い出します。このブログ「秋山孝二の部屋」の最初のメッセージとしても記載しています(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=27)。

 テレビ放送のアナウンサーは、騒々しいだけで残念でした。ただ「メダル、メダル」の繰り返し、今年奈良・薬師寺を訪問した時(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=19195)に、冬季オリンピック放送で同じような状態を、山田法胤管主が「金メダル亡者」と表現されていました、言い当てて妙です。昨日の中国戦でも、まさに中国との緊迫した戦いの最中に、「昨晩の香港戦は感動を与えた!」みたいなとんちんかんのコメントの連続。うるさいばかりのアナウンサーは、邪魔にしかなりませんね。

 まぁ、放送はさておき、とにかく平野早矢香選手のあの場でのパフォーマンスは、以前より一段と落ち着きのある表情で冷静でした、チームにはあのような精神的リーダーが必須です。決勝の中国戦では新しい課題も明確になりましたが、日本選手の伸びしろはまだまだ十分あります。アスリートの「進化」をテレビを通じて感じられる、これこそライブ中継の神髄ですね。

 日本選手の皆さん、お疲れ様でした。

奈良で学ぶ (5 最終)

Posted by 秋山孝二
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 実はこの前の「奈良で学ぶ (4)」で終わろうと思ったのですが、まだまだ書きたいことが残っていて、この(5)を追加して最後と致します。

 「薬師寺」に、私には何とも辛い思い出があります。前回のブログに、「修学旅行以来だった」と書きましたが、今からもう46年前の高校の修学旅行の時、当時は10月に札幌から電車(汽車?)、青函連絡船を乗り継いで上野駅へ、確か10泊11日だったでしょうか、行きも帰りも急行列車の車中泊というのが一般的でした。1学年550人だったので、一班と二班に分かれて日時をずらして札幌を出発しました。

 私は後の班でしたが、旅行途中から、本来は自由な雰囲気だったのが急に教師たちの対応が厳しくなったので、「何なんだ!」と思っていたら、先発班の一人の生徒が旅行途中に失踪したことが分かりました。少なからず動揺しつつも、何とか無事を願いながら私たちは札幌に戻りましたが、その後も行方不明が続き、結局12月のある日、薬師寺近くの近鉄線路で亡くなったと知り、大変衝撃を受けたのです。現場での姿は学生服で髭が伸びていたと聞き、その彼とは1年生の時に同じクラス、出席番号もすぐ前だったのでいろいろ会話も交わしていました、本当に優しい心根のいい奴でしたので、失踪中、その瞬間の彼の心境を察すると、今でも心が痛みます。

 「薬師寺」の響きに遠い昔の思い出がフラッシュバック、しかしながら今回の僧侶お二人のお話をきっちり伺い、私の記憶「薬師寺」も上書きされた気がしています。

薬師寺・本坊への道

薬師寺・本坊への道

 もう一つ、山田法胤管主の濃密なご講演「これからの生き方」、著書「あなたに伝えたい『生き方』がある」で、含蓄のあるお言葉がたくさんあったので、書き留めておきます。

* 真理を実践してこそ、喜びとなる: <良寛さんの歌>  今々と 今という間に 今ぞなく 今という間に 今ぞ過ぎゆく

* 先入観が心を縛る: 薬師寺の教えは「法相宗」という宗派、柱になっているのが「唯識(ゆいしき)」、「識」は「心=こころ」と読む

* すべては「心の立ち上がり」が決めること、五感によって知ることはできるが、心が立ち上がっていないと何も見えず聞こえない

* 心が立ち上がってから五つの感情が働く、これを唯識では「五受(ごじゅ)」という:「」、「」、「」、「」、「」、その後に「」のイメージで心の中に映像を創る、ただ外の現象とは違う「心の妄想」、それによって人は動いていく

* お釈迦さまの遺言、「自灯明(じとうみょう)・法灯明(ほうとうみょう)」: 依頼心を捨て、自らを灯として生き抜く覚悟をする

 一昨年2月に訪れた奈良の岡寺、飛鳥寺、橿原神宮の時(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11728)と同様に、歴史の原点にしばし滞在し、朗々と流れる時を実感し心が洗われました。

奈良で学ぶ (3)

Posted by 秋山孝二
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 今回の特別講義に先立って、奈良公園周辺を散策、恐らく修学旅行以来だったと思います。興福寺(http://www.kohfukuji.com/)をゆっくり見学しました、4年前に興福寺は創建1300年を迎えたそうです。

 とにかく、この地に足を踏み込むと、時間が一桁も二桁も朗々と流れていて、日々の些末な事柄は頭から離れるので不思議です。

* http://www.kohfukuji.com/about/history/soken.html

興福寺の五重塔

興福寺の五重塔

 五重塔の隣にある国宝館(http://www.kohfukuji.com/about/construction/kokuhokan.html)、その中の天平文化の傑作「阿修羅像(http://www.kohfukuji.com/property/cultural/001.html)」に釘付けになりました、出口付近の解説動画が面白かったですね。現代のコンピューターグラフィック技術等を駆使して、再現される天平文化のリアルな映像、さらには阿修羅像の顔の分析もあり、表面に見える表情の下にある深層への考察に思いを馳せたり・・・。しばしの間、立ち上がることが出来ませんでした。

 さらには東大寺(http://www.todaiji.or.jp/)へ。

東大寺大仏殿

東大寺大仏殿

・・・・・・・

・・・・・・・

 シルクロードをひたすら東に、そして中国から海を渡って伝わった仏教が、法隆寺、薬師寺、東大寺、最後は正倉院で最終となりました。こちらもまた、「ユーラシアの風」を感じます。

奈良で学ぶ (2)

Posted by 秋山孝二
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 今回の特別講義の前に、大谷徹奨(http://www.tetsujo.net/index.php)執事から、薬師寺の歴史と特徴について、境内を回りながらご説明がありました。

 「悟り」は、本来は「自覚悟」の意で、その反対が「迷い」、「しんにゅう」は道路を表わし、「米」は十字路を示していると。「経」を巡り、僧侶は「お経」を、経済界の方々は「経済」を営む人々で元々は一緒。一つ一つ原点を求めるようなお話に、身が清められるひと時でした。

  薬師寺は1528年、戦乱によって東塔を除き金堂や西塔などをことごとく焼失したそうです。その後、長く荒廃したままでしたが、管主に就任した高田好胤師が提唱した「写経勧進」によって今で言う「ファンドレイジング」が功を奏し、伽藍が次々に復興されてきました。薬師寺は高田好胤師以来いわゆる檀家を持たない、従って「葬式仏教」ではなく「民衆仏教」として今日に至っています、薬師寺のまろやかさ、たおやかさとでも言うのでしょう。蛇足ですが、仏教でお経というと何か暗いとかジメジメしているとかの印象ですが、あれは葬儀ゆえの内容と抑揚であり、本来毎日の修行でのお経は、もっともっと明るくリズム感のあるものだそうです、本当に聞いてみないと分からないお話ばかりでした。

  全国から寄せられた写経はこれまでに800万巻を越えていて、それらの写経はいま金堂内の納経蔵に納められているとのこと。怖いのは火災で、「写経の紙は和紙のため長持ちするのですが、紙は火事・水・風に弱い」とも。

  この後、東塔の解体復元現場で、個別に分けた部材が置かれている場所を見学しました。解体は2009年に始まり、18年には竣工の予定。すでに水煙(すいえん)などの相輪や屋根瓦などは下ろし終えていて、普段は高い場所にある水煙を間近で見られる滅多にないチャンスに恵まれました。塔の真ん中の太い心柱も横になっていました。16年度中には全ての解体を終わる予定ですが、今後もたくさんの新たな発見が期待されますね。

地面に横たわる支柱

地面に横たわる支柱

 さらに「こころの学校」の活動でもご活躍中で、これは特定の場所を指すのではなく、心を学びたいと思う人々が集う所のことをいい、全国各地で開催する心の為の教室の総称です。大谷徹奨執事は、薬師寺を中心として全国各地に活動の輪を広げております。

 平山郁夫先生のシリーズ「シルクロード」の絵画群も圧巻でした。

 見学の後に、薬師寺境内の奥、「まほろば会館」で、山田法胤管主の濃密なご講演「これからの生き方」は、本当に優しい語り口にもかかわらず、身の引き締まる内容で奥が深かったですね。古事記にある「まほろば=真秀呂場」で、「五穀が生まれる場所」の意味とのこと。「秀(ほ)」は稲穂を表わしているそうです。1300年前の都に思いを馳せて、普段の時間軸とは違った悠々たる時の流れに身を置いてのお話でした。

薬師寺案内HPより――>http://www.eonet.ne.jp/~kotonara/yakusiji.htm


台 座(北面・玄武)

台座には 色々な文様や四神、異人像が刻まれた見事な作品で、このようなユニー
クな台座は薬師寺以外ではお目に掛かれないでしょう。北側面は目の当たりに見える
ように来迎壁が大きく開口されておりますのでじっくりとご覧ください。見応えのあ
る台座を見に来られただけでも薬師寺を訪れる価値が充分あります。
上框にギリシャの葡萄唐草文、周囲にはペルシャの蓮華文、中框にインドのヤクシ
ャ像、下框には四方を鎮護する中国の四方神(東に青竜、南に朱雀、西に白虎、北に玄
武)で、ギリシャからペルシャ、インド、中国を経て薬師寺に到着、シルクロードの終
着地が
古都奈良の証でしょう。
仏師はシルクロードを意識して造られた国際色豊かな表現の台座となっております。
四神が仏教に取り入れられることもないので当然、台座に表された遺例はほかにあ
りません。

 
 

薬師如来像台座にみるギリシア、ペルシャ、インド、中国の文字、玄奘三蔵院の平山郁夫画伯のシルクロード絵画群等、ユーラシアの風を感じる薬師寺での特別講義でした。

奈良で学ぶ (1)

Posted by 秋山孝二
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 「第3期寺島戦略塾(http://terashima-bunko.com/bunko-project/strategic-management.html」、今回は奈良・薬師寺(http://www.nara-yakushiji.com/index.html)で山田法胤管主の特別講義でした。

* http://www.nara-yakushiji.com/guide/soryo.html

山田の講義

山田法胤管主の特別講義の会場「まほろば会館」、舞台奥には神様が

 講義に先立ち、大谷徹奨執事(http://www.tetsujo.net/index.php)による薬師寺のご説明とご案内も印象的でした。特別なお部屋にご案内して頂き、間近で拝見することも出来ました。

 薬師寺は「法相宗[ほっそうしゅう]」の大本山です。天武天皇により発願(680)、持統天皇によって本尊開眼(697)、更に文武天皇の御代に至り、飛鳥の地において堂宇の完成を見ました。その後、平城遷都(710)に伴い現在地に移されたものです。(718)
現在は平成10年よりユネスコ世界遺産に登録されています。

さんの説明とご案内

大谷徹奨執事の説明とご案内

薬師寺境内の梅も満開

薬師寺境内の梅も満開

玄奘三蔵

玄奘三蔵院

HPより~~~~~~~玄奘三蔵(http://www.nara-yakushiji.com/guide/genjyosanzo.html

 玄奘三蔵(600または602~664)は中国・隋の時代に生まれ、唐の時代に盛名を馳せた仏法僧です。いまでは、三蔵法師といえば玄奘三蔵のことを指すようになっていますが、もともとは釈迦の教えの「経」、仏教者の守るべき戒律の「律」、経と律を研究した「論」の三つを究めた僧を三蔵といい、普通名詞なのです。したがって大勢の三蔵法師がいましたが、なかでも玄奘はきわめて優れていたので、三蔵法師といえば玄奘のこととなりました。

~~~~~~~~~ 引用 おわり

つづく