放射能と共に暮らす時代に

Posted by 秋山孝二
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 私にとっての「放射能」認識は、広島・長崎への原爆投下が最初でした。この数年、時間を見つけて両都市を訪問し(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1602)、(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5199)、そこに至る歴史も再認識しながら反戦・平和の誓いもあらたにしています。そして 今年4月に掲載したように(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8116)、実際に自分の身に降りかかる「放射能の怖さ」を意識したのは、第五福竜丸事件でした。

 その後は特段な恐怖をもつことなく時代と並走していて、次に「放射線」を認識したのは1970年代初頭、大学で「物性物理学」を専攻していた時でしょうか。卒論のテーマは「X線と光弾性による単結晶応力解析の比較」で、「X線解析装置」と毎日付き合ってデータ取得の日々、指導の先生からも先輩からも、X線に対する注意事項を身をもって教えられました。たとえば、大学研究室で、X線が放射される方向に壁一つ隔てて男子トイレがあったのですが、「奥側はX線が漏れているかもしれないから、手前側を使う方が安全」という申し伝えが研究室にはありました。当時は半信半疑でしたが、それを忠実に守ったからか、その後の自分の生殖機能には異常は無かったようです。

 今考えると、「日常」であるがゆえに細心の注意を払うとでも言うのでしょうか。東電幹部が汚染水を海に放出して、「低濃度汚染水だから環境には大きな影響は無い」と言い放った時、私は彼らが放射線と全く寄り添ったことがない連中だと直感し、憤りを感じました、彼らに原子力を運用する覚悟はないと、犯罪行為です。

 話はそれますが、インターネットで検索すると、「X線解析」は、今は高校生でも研究しているのですね、装置がコンパクトになったからか、教育レベルが上がっているのか、私たちが大学で学んでいた「ラウエ斑点:http://nsmsxserve02.ph.kagu.tus.ac.jp/labexercise/XrayDiffraction/x-ray/laue01/index.html」等の言葉も、高校でも出てきています。

 そして、今、人生3回目の「放射線」を強く意識する時です。先日、市民活動を共にしている方と「放射線測定器:http://www.raesystems.com/products/doserae-2」を買い、手元に届きました。まだ説明書も十分読んではいないのですが、子どもたちが日常遊ぶ公園等を市民の目線から、定点・定時・継続観測し、公開しようとの思いからです。

 一口に「放射線」と言っても、(1)α:アルファ線、(2)β:ベータ線、(3)γ:ガンマ線、(4)中性子線の4種類の放射線があります。東電福島原発事故以降、よく見かけるようになった小型の放射線計測機は、低濃度のベーター線を測定するだけのものがほとんどです。政府や自治体の設置してる、いわゆる「モニタリングポスト」で計測できる放射線は、貫通力が高いガンマ線だけとか、いろいろですから、測る方もデータを読み取る方も注意が必要です。アルファー線や中性子線などの計測は非常に難しいです。また測定器のメーカーによっても精度が違い、大きく数値が異なってくることは珍しくありません。従って、今回購入した計測器を使う場合も、メーカー名、方法、場所等についての情報も一緒に公開することが重要ですね。ただ数値だけが一人歩きして「安全である」といった発表姿勢は、およそ科学的ではありませんし、それどころか恐ろしく無責任と言えます。

 25年前、秋山財団の最初の理事会で、理事のお一人が次のように語られていました。「生命科学の基本目標は、人類、そして地球の『健康』を確保する点にあると言えましょう。『健康』とは、人類が、世界が、平和を保つ状態だと思うのです。それは人間のコモンセンスに属すべきものであり、秋山財団の地味ではあっても着実な助成・育成活動が、北海道から日本へ、そして世界へ向けて、人類のそうしたコモンセンスの確立へと発展し、貢献する事を期待して止みません」。

 「放射能と共に生きる時代」、気温・湿度・花粉情報とともに、地道で継続的な「放射線」データ観測・記録・公開で市民は対処していきます。