‘71 北アメリカへの一人旅 (1)

Posted by 秋山孝二
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 先日の早稲田大学での上映会、後日掲載予定の「新渡戸国際塾」のフォーラムで、それぞれ若い方々がご自身の学生時代にヨーロッパ、アメリカに一人旅をされた経験を語り、その時の体験が後に大きな糧になったお話を聴いていて、私は永い間思い出すことのなかった19歳の時の「北アメリカ一人旅」を振り返るきっかけを得たような気がします。

 今からほぼ40年前、1971年9月10日、私は横浜港大桟橋からAPL(アメリカン・プレジデント・ライン)の貨客船プレジデント・クリーブランド号で、ハワイ経由で取り敢えずサンフランシスコを目指しました。大学の2年間(教養課程)を終了して休学届を出し、それ以前からホテル等でのアルバイトで貯めたお金を持っての出発でした。いつまでという予めの計画もなく、2・3人のアメリカに住む方々の連絡先と、ただ一人だけに訪問する旨を伝えていた以外は全くの行き当たりばったりで、不安でいっぱいでした。今考えると「勢い」というか、当時のしがらみのなさが自分の背中を押してくれた、それまでの19年間に何か区切りをつけたいみたいな、そんな気持ちだったのかもしれないですね。

 これから何回掛かるか分かりません。時間のある時にこの旅を思い起こしてみようかと、展望もなく初回をスタート致します。この旅ではほぼ毎日日記をつけていたのですが、今どこを探してもそれが見当たりません。ただほんの少しの写真はアルバムに残っていますので、それを手立てに思い出せれば良いのですが・・・。

APL:貨客船プレジデント・クリーブランド号

APL:貨客船プレジデント・クリーブランド号

 なんだかんだで結局はこの旅行、私は12月20日に日本に戻って来たのです。北アメリカ大陸(アメリカ・カナダ)では全て当時人気のあったグレイハウンド・バス(Greyhound Bus:http://www.greyhound.com/home/en/NewBuses.aspx)を使ってで、辿った道筋は大陸横断2回を含めて、下の地図の黒線となりました。