千葉大学・西千葉キャンパス周辺は?

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comment: 1

  「6・15」を忘れる訳にはいきません、1960年6月15日、国会議事堂前で当時東大生だった樺(かんば)美智子さんが日米安保条約改定反対デモ参加中に亡くなった日ですhttp://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/kannba.htm

 私が千葉大学(http://www.chiba-u.ac.jp/)の学生だった(1969年入学)頃、毎年この日は西千葉キャンパスから東京の明治公園等に行き、追悼集会に参加しました。また、西千葉キャンパスには樺美智子さんのご両親・俊雄さま、光子さまもいらっしゃって講演会も開催され、追悼著書の「人しれず微笑まん」は心に残るメッセージでした。

 先日、たまたま時間があったので、昨年に続いて千葉大学・西千葉キャンパスに行ってきました。現在は1万5千人の学生数とのことで、40年前は土が舞い埃っぽかったキャンパスが、見違えるようなうっそうとした木々の並木道へと変貌し、風格を感じ嬉しくなりました。

40年前は小さな木々でしたが、立派になりました!

40年前は小さな木々でしたが、立派になりました!

  しばしゆっくり散策していると、今でも通りの向こうから笛の音とアジ演説の声が聞こえて来そうです。それにしても平穏です、立て看板も同好会イベントみたいなものばかり、米軍の沖縄・普天間飛行場等を糾弾するような立て看板は一枚もありません。

 そして40年前に時々通った東門斜め前の中国料理店「北京亭」は、今も健在でした。それどころか、丁度昼時だったので中に入って見ると、当時は楕円形のカウンターだけだった場が随分広がっていて、テーブルも入り、倍くらいの座席数となっていました。そこで私は、思い出の「レバニラ炒め」を注文して、マスター風の男性にお尋ねしましたら、何とその方が私が学生時代にも主人としてお店をやっていたことが分かりました。何とも懐かしく、レバーの味は全く変わりなく格別でしたよ。

「北京亭」も拡張して元気でした!

「北京亭」も拡張して元気でした!

絶品のレバーは今も健在!

絶品のレバーは今も健在!

  懐かしくて愛おしくて、良くこの間お店をお続けになっていたと感動しながら店を出て見ると、その出口の取っ手付近にステッカーが貼っていました。「底力宣言!千葉大学を応援しています:We support Chiba University」とありました。

地域から愛される大学へと!

地域から愛される大学へと!

 「変わるキャンパス」と「変わらぬ門前のお店」、ともに現在の姿に感動致しました。

 これまで私は自分の卒業した大学をそれ程「懐かしく」思ったことはありませんが、妻と出会った場も大学の臨海実習所、その後様々な場面で千葉大学卒業の方々ともお会いする度に、今キャンパス周辺がどうなっているのかと気になるから不思議です。

山﨑葵さん、横田滋さん、つながる絆!

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 4

  首都圏在住の高校同窓生を中心に集う会・東京六華同窓会(http://www.tokyorikka.jp/)が、今年で何と105周年を迎えました。500名を越える登録で、節目の懇親会には、昨年12月のYamahaミュージックレボリューションで、「グランプリ」と「審査員特別賞」の2賞に輝いた現役2年生の山﨑葵さん(http://pksp.jp/yamazakiaoi38/?o=0, http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3001)がライブで、北朝鮮拉致被害者の会の前代表・横田滋さんも壇上からご挨拶をされました。横田さんのお父さんは、札幌一中の教頭をお務めになったとお話をされていました。

東京の同窓会の特別参加で2曲

「ユメノナカ」他、特別参加で2曲

 

横田滋さんもご挨拶

横田滋さんもご挨拶

 毎年、母校への熱い思いで大変盛り上がる集まりですが、今年は更なる熱気でした。特に札幌一中卒業の大先輩の皆さまは、勿論男子校だったので男性のみですが、30人以上壇上にお上りになり、一中校歌・応援歌等をきっちりお歌いになりました。

 そして現役高校生の山崎さんは、グランプリ受賞曲「ユメノナカ:http://www.youtube.com/watch?v=1_Vr38fAaNo」、NHKでも取り上げられている「強くなる人:http://www.myspace.com/yamazakiaoi」の2曲を歌ってくれて、会場中の大歓声でした。「強くなる人」は約30秒のTVスポットとしてNHK総合テレビ(北海道ブロック)で随時オンエアされていて、耳にする機会も多く楽しみです。先日は北見ご出身のお母さまと二人で出席でしたが、近くにいた私を含めた同窓生のオジサンたちは、「お姉さまかと思いました!」と、率直な感想(?)を漏らしていました。

 大先輩たちと若い世代が、15歳から18歳の一時期集った場を介して「つながる」、肩書きも仕事も関係なく、「等身大の一人の人間」として現在を生きているゆえの「絆」は、本当に素晴らしいものですね。

「パーソナルサポーター」実現に向けて

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

  「構想日本:http://www.kosonippon.org/」が主催の「JIフォーラム第155回」が開催されました。今回のテーマは、「日本から無縁・孤立・貧困・閉塞感をなくそう『パーソナルサポーター』特区実現に向けて」でした。

 代表の加藤秀樹さんがコーディネーターで、前半・後半の二部構成の企画、パネラーは以下の通りです。先月、釧路のフォーラムにパネラーで参加頂いた日置真世さん、札幌に講演でお招きした湯浅誠さんも、キーメンバーのお一人で活躍です。別々の場面での人のネットワークが、様々な場でまさに「つながって」いきますね。

NPO法人ユースポート横濱http://www.youthport.jp/:岩永牧人、鈴木晶子
社会福祉法人いきいき福祉会http://www.rapport.or.jp/:小川泰子
NPO法人アクションポート横浜http://actionport-yokohama.org/:川崎あや

内閣府行政刷新会議事務局http://www.cao.go.jp/sasshin/:重徳和彦
NPO法人地域生活支援ネットワークサロンhttp://n-salon.org/:日置真世
NPO法人ライフリンクhttp://www.lifelink.or.jp/hp/top.html:清水康之
NPO法人北九州ホームレス支援機構http://www.h3.dion.ne.jp/~ettou/npo/:奥田和志
財団法人沖縄県労働者福祉基金協会http://www.rofuku-okinawa.jp/index.html:玉城勉
反貧困ネットワークhttp://www.k5.dion.ne.jp/~hinky/:湯浅誠

全国各地で課題解決に活動する人たち

全国各地で課題解決に活動する人たち:前半

  今、横浜を拠点に活動する各種NPOがプラットホームを形成して、特区申請を行っていますhttp://www.kosonippon.org/temp/20100517personalsupporter.pdf。主たる目的は「若者の就労支援」ですが、その本質は、ホームレス、高齢者等でも同様で、社会のつながりをなくした「貧困」でもあります。

 「絆(きずな)の取り戻し」、「行政の限界」、「伴走支援体制の確立」、「生活課題の解決」、「家族とは何だったのか」、「就労という言葉のワナ」、「家族が家族でいられる支援」等、キーワードが次々と活動されている方々から出てきていました。

 縦割りの行政、諸制度、そして市民活動も同様に縦割りになっている弊害。それらを突破して、「いのちをつなぐ」、次の世代へ、行政と、民間同士で・・・・。取り敢えず横浜の特区申請に注目ですが、全国各地で「パーソナルサポーター」の概念と取り組みはスタート出来そうです。今、確実に日本社会は変わり、それへの課題解決が急務ですね。

検証・昭和報道

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

  先日、朝日新聞シンポジウム「検証・昭和報道」が開催されました。2年間の現場記者20名程を含めた事前検討会議の後、2009年4月から2010年3月まで朝日新聞夕刊に250回連載された「検証・昭和報道」の取り組みに対する総括シンポジウムでした。

当日配布資料:朝日新聞夕刊連載記事より

当日配布資料:朝日新聞夕刊連載記事より

  取材班から上丸(じょうまる)洋一氏の報告、基調講演として入江昭(ハーバード大学名誉教授)氏、討論(前・後)では船橋洋一(朝日新聞)、入江昭、劉傑(りゅう・けつ:早稲田大学教授)、バラック・クシュナー(ケンブリッジ大学准教授)の各氏がパネラーでした。

<船橋>

*時間が経ってから分かることがある――記事の「検証」機能が必要、現在に鏡をつくること、「調査報道」が無かった

<入江>

*今回の「検証」は、知的に正直な試み

*国内の記事:市民の目をどこまで貫いたか、国家権力の手先となっていなかったか、 国外の記事:欧米大国中心の報道、国際関係の記事:国家権力からの情報・関係性が多い、最近は「交流と共生の昭和史」が書かれるようになってきた

*20世紀の流れ:前半はナショナリズムの台頭、後半は国境を越えた「つながり」(経済・ITネットワーク・移民・避難民・人権・環境・宗教・民族等)

<劉傑>

*歴史の分かれ目をどう理解するか:ロンドン軍縮会議、満州事変

*新聞は「時代の空気を伝える」もの、「流れを読む」、「先を展望する」は別のこと

*戦後は平和を手に入れた:時代の空気は「平和を守る」であり、しばらくは「アメリカの政策に従う」ことであった、80年代に入って、「市民」、「グローバル」等のあらたな視点が生まれてきたのではないか

*「中国報道」をどう行ってきたか:評価の分かれ目、「1945年」は東アジアの多くの国にとって「戦争の終わり」ではない

<クシュナー>

*戦前の日本では、新聞は「第4の権力」ではなく、「政府の一部」だった

*アメリカでは、新聞は200年以上前から「政府を批判する」ことを求められた

*沖縄返還に絡む「密約事件」で、「報道されなかったことの意味」が再認識されるべき、同じ時期のアメリカ・ペンタゴン
ペーパーズ(http://www.mtholyoke.edu/acad/intrel/pentagon/pent1.html)におけるランド研究所ダニエル・エルスバーグは、極秘書類をニューヨークタイムズに掲載、日米を巡る状況の違いは象徴的、「The Most Dangerous Man in America」は、NHK-BS世界のドキュメンタリーで2回にわたり放映された(http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/100301.htmlhttp://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/100302.html

*映画「大統領の陰謀(http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD5664/story.html)」、「フロスト×ニクソン:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1064」、このような映画が日本で制作されるだろうか

<その他>

*戦前の新聞は、「上からの目線」で国民の教育機能、国民と国家の間に位置した、調査報道が無かった、「報道」が「宣伝」に変わった、国際秩序をどこまで報道出来たか、昭和の報道は明治以降の「日本」をどう総括するかである

*戦後の報道では、「占領」をどう書けたのか、「東京裁判」で多くの知らない事実が明るみになった

*「冷戦構造」にとらわれ過ぎたのではないか、世界各地では多様な動きが進行していた、特に中国の台頭等

*調査報道は、情報公開法に基づいた「情報公開」活動により実現可能性が高まった

 

最後に、「ジャーナリズムは検証報道・調査報道ができるかどうかが生命線である」と結ばれました。聴衆は400名を越えていたでしょうか、平均年齢はかなり高かったですね、学生は20名程度だったような気がします。このシンポジウムの詳細は、6月21日朝刊特集面として掲載予定とのことです。

「札幌地下広場」は完成近し?

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

  札幌市中央区大通西3丁目に「北洋銀行大通ビル」が完成し、地下鉄大通駅から地下で直結もしました。その結果、大通駅からJR札幌駅方面の地下通路を見ることができるようになりました。

地下通路:大通から駅方面を眺めると

地下通路:地下鉄大通駅からJR札幌駅方面を眺めると

  完成オープンにはまだまだ時間が掛るのでしょうが、イメージはつかめますね。現在いろいろな構想・計画が検討されています。ただの「通路」としてではもったいない「空間」ですね、まさに「新しい公共の場」として市民のアイディアを出していきたいものです。札幌駅北口通路・北1条地下駐車場上の通路みたいな殺風景な場だけにはしたくありません。センスが悪いし、まちづくりの情熱も発想も感じません、まさにカネを使うのが目的としか、私のように札幌のマチを愛する者からするとそう感じてしまいます。

 「通路だ、広場だ」と言うと、1969年前後の新宿駅西口地下「広場」を想い出しますね。「フォークゲリラ」が出現して、大変な数の若者を毎回集めていました。「死んだ男の残したものは(1965年)http://www.youtube.com/watch?v=DABGM-4t5Po&feature=related」、「自衛隊に入ろう:高田渡(1969年)http://www.youtube.com/watch?v=sywgy3YPtec&feature=related」、「フランシーヌの場合は:新谷のり子(1969年)http://www.youtube.com/watch?v=5dVgVwBe8Os&feature=related――フランシーヌとは、1969年3月30日にベトナム戦争に抗議して焼身自殺したフランス人女性フランシーヌ・ルコンテ(Francine Lecomte)のこと」、「イムジン河:ザ・フォーク・クルセダーズ(1969年)http://www.youtube.com/watch?v=M6I7byV5Zu8」、「さとうきび畑:http://www.youtube.com/watch?v=tyB9z2C98tM」、何回も「ここは通路である」と絶叫する警備陣に追い立てられていましたが、引いては集まるそのエネルギーは、時代の空気なんですね。

 新しく出来上がる札幌の地下「広場」も、腕章をはめた警備員たちが追い払うように立ちまわる無粋な場面だけは、やめて貰いましょう。狸小路1丁目から5丁目界隈の午後8時過ぎには、若者グループのライブ(練習?)で賑わっている、あんな風に是非、若者が集い・つながる「場」にしていきたいですね。

「ポロクル2010」、実証実験スタート!

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 2

  ドーコン(http://www.docon.jp/)とNTTドコモ(http://www.nttdocomo.co.jp/)が、サイクルシェアリング実証実験「POROCLE(ポロクル):http://poro-cle.jp/」を今年も札幌市都心部で開始しました。昨年は1ヶ月間でしたが、今年は9月末までの4ヶ月間に渡ります。

 今年は、中央区南1条西5丁目の愛生舘ビル前にも設置されてスタートしています。

南1条西5丁目電車通りです

南1条西5丁目電車通りです

DoCoMoとの提携です

DoCoMoとの提携です

 ブルーの自転車は遠くからも大変目について、利用するには事前登録が必要ですが、6月は取り敢えずお試し期間です。

 私は時々人から言われます、「財団理事長は全く無給と聞いているけれど、どうやって毎日暮らしているの?」と。私は(株)スズケンを退社した後、この「愛生舘ビル」の管理会社の社長に就任し、その報酬が日々の私の食いぶちです。愛生舘ビルのあるこの場所で生まれ、18歳までここで育ち、札幌の町なかの変貌ぶりを実感しています。幼い時の自転車と市電は、私の札幌の町なかの原風景です。

 数年前に、6丁目との間の通り沿い敷地内にあった飲料自動販売機4台を撤去して、そこを「自転車駐輪場」としました。昨今、「放置自転車」と目の敵にされている自転車ですが、本来は大変便利で安上がり、特に町なかの賑わい創造として、公共交通とのタイアップを前提として、将来的にも有望な移動手段だと以前から思っています。道路交通法では、「軽車両」の扱い、それ自体時代遅れとも思えますが、その走行に関しての法律上の定めが一層現実に合っていませんし、多くの市民が誤解をしています。

 町なかの商店街の方々も、従来からクルマで来るお客さんには駐車料金優待を行っているにも関わらず、自転車で来るお客さんには何の特典もありません。それどころか、「違法駐輪」とか「放置自転車」とレッテルを貼って、自転車を虐げてきている現状です。

 今回の実験では、まだまだ改善余地はあるのですが、「地域の活性化」、「CO2排出量の削減」といった目標もしっかり掲げて「札幌のまちの元気」を目指していますので、この実験から得られる貴重なデータの解析は、今後の町なかでの本格的自転車利用に向けて、大変楽しみです。

変わる時代、目を引くフレーズ?

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

  テレビのコマーシャルは、日常ほとんど関心がありませんが、時々何気なく飛び込んでくるフレーズには、思わず笑ってしまう時があります。

  「笑える時代、つくろうやhttp://www.youtube.com/watch?v=5TuZGIA21DQ」は、クリック証券のCMで松本人志が登場しています。まさに昨今の日本社会は、恨(うら)み・つらみ・妬(ねた)みが充満する閉塞社会です。心から「笑える」社会を取り戻したいですね。

 「かっこ悪いのは白髪ではなく、ほっておくそのココロhttp://salondepro.jp/cm_media_info/index.html」、そして続いて、「パパである前に、男であれ!」と。私に向かって言っているのかい!と思う時は、少々疲れているからでしょうか。

 NHK総合テレビニュースの特集コーナー、「縮む、ニッポン」も時代の変遷を追いかけています。今朝は若手の自衛隊員を取材して、「希望者減る、戦闘機パイロット」がテーマでした。昔は航空自衛隊でも戦闘機パイロットは適性試験も厳しく、誰しもがあこがれる職種だったとか。ところが最近は災害支援とか救難援助といった輸送機の方が人気があるようです。若い隊員は「倒すというより助ける方が自分には向いている」と発言して憚(はばか)りません。自衛隊基地内部の壁紙、「男は黙って、戦闘機」、即応自衛官制度(http://www.mod.go.jp/j/saiyou/yobiji/sokuou.html)の案内キャッチコピーも「キャリアよ、眠るな」です。

 何と理解してよいやら、平和で良い国なのか、危機感の無い危ない国なのか、今また日本のリーダーであるべき人が代わるようです。

湯浅誠さん、岩盤を穿(うが)つ!

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

  私も世話人の一人になっている「グリーン九条の会」が、「第3回講演会――経済の視点から平和を考える」を開催しました。湯浅誠(http://yuasamakoto.blogspot.com/)さんを演者にお迎えして、「岩盤を穿つ」と題し、質疑応答を含めて約2時間半、250名の聴衆と共に平和と貧困について考える素晴らしいひと時でした。

講演会チラシ

講演会チラシ

  講演の冒頭から、「3万人を越える毎年の自殺者、貧富の格差等、今問われているのは、日本社会そのものの問題である」と、そして2006年から始まった日本の歴史上初めての「人口減少社会」のリアリティが、今を生きる人々に殆ど欠如していることを鋭く指摘されました。

会場は250人の満席

会場は250人の満席

  社会としての解決策は、「一人ひとりの可能性を最大眼に引き出すこと」しかないのではないか、それが貧困問題から考える経済の視点である、と簡潔に語りました。

* 人間は見たいものしか見ないもの

* 貧困は「社会のあり方の問題」、それが「経済成長の問題」であるはず

* 「自死」「交通事故死」等の遺失価値は4兆円を越えるだろう―――社会に取っては「損する方向」に向かってきた結果

* 企業は社員をリストラ出来る、日本国は日本国民をリストラは出来ない、ワーキングプアもホームレスも日本社会のどこかで生きていくのだ

* これまでは「企業」と「家族」で支えてきた日本国、今はそれらの「溜め」が無くなってきた

* 「すべり台社会」で底辺に落ちた「Noと言えない労働者」には、一歩一歩上に昇る階段が必要

* 「貧困」と「貧乏」の違い:「貧乏」は貧しいが人間関係の「溜め」は存在する、「貧困」は貧乏で孤立している、すなわち「無縁」

* 自死する人のほとんどが「ゴメンナサイ」と言って亡くなっていく現実――社会自体の病理と受け止めるべき

* 今の日本は、「不満」と「あきらめ」が同居する状態で、最も不健康な社会

* 世代間格差、官民格差による対立・ギャップは、孤立と分断しかもたらさない、誰かが「呼びかける」必要があり、その人を「活動家」と自分は認識している

  講演後の質疑応答では、紙に多くの方が質問を寄せて内容も多様でしたが、一つ一つに丁寧にお答えになっていました。その後のサイン会でもたくさんの人が並んで、順番に個別に湯浅さんと言葉を交わす姿が印象的でした。25年以上も「もやい:http://www.moyai.net/」、「反貧困ネットワーク:http://www.k5.dion.ne.jp/~hinky/」を通じて活動されてきた方の、本物の姿を見て感動致しました。参加した多くの方々に、大きな勇気を与えてくれた講演でした。

大通公園:紫・白のライラックが満開

大通公園:紫・白のライラックが満開

 気がついてみるともう5月も終わりを迎えて、大通公園のライラックも満開でした。私にとって今年の5月は超過密スケジュールで、週末も連続してダブル・トリプルのイベント・会議の連続、どうやらそれも峠を越えました。しばし思索に耽りたいと思ってはいるのですが・・・・・。

アフガンを語る、中村哲先生

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 2

  やっと実現しました、ペシャワール会(http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/)中村哲先生との出会いです。昨年、札幌で中村先生の講演企画がありましたが、急な用件で現地を離れることができず、別の方の講演となりましたので。今回は500人の聴衆で会場はいっぱいになり、覚悟を決めて取り組まれる現場からの2時間を越えるメッセージは、心にしみるお話でした。

講演会チラシ

講演会チラシ

  以下、印象に残る幾つかの言葉を書き留めます。

* 国・民族による固有の文化は多様で、「違い」は確かにあっても単なる「違い」であって、決して「進んでいる・遅れている」、「良い・悪い」、「新しい・古い」ではない
* アフガン難民の発端は「政治難民」ではなく、土地の砂漠化に起因するもので、緑地が復活すればまた戻ってくる構図、この出発点を間違ってはいけない

* 現地での日本人への感情は大変良い、理由は1)日露戦争でロシアに負けなかった(当時は日本、アフガン、タイ以外はほとんど植民地状態だったから)、2)ヒロシマ、ナガサキに象徴される廃墟から立ち直り平和国家として活動を継続している姿、自分には「大いなる美しい誤解」だと思われるけれど・・・

* 日本及び世界のメディアの誤り:「ピンポイント攻撃」ではなく「無差別爆撃」、地元民にとって外国軍が最も危険な存在

* 外国軍がもたらした「自由」とは、1)ケシ栽培の自由、2)売春の自由、3)餓死する自由

* 「女性の地位」に対して:何を持って「地位が高い、低い」とするかがまず問題。確かに男にのみ与えられた教育の現状、しかしその「男社会」をしっかり支えているのが女性である。母は「それでも男か!」と息子を叱り、女性の支持なしには仕事は出来ない。ペシャワール会の灌漑工事が圧倒的な住民の支持を得たのは、女性に課せられた過重な水汲み労働からの解放をもたらしたからである。

* 現地の常識として、農民=兵士であり、「農民を集める」ことは「一揆を起こす」ことに近いメッセージを与える、そんな中で600名の住民が集まっての灌漑工事と理解すべき、危機感はいつも持っている

* 活動によって「緑地の復活=食べることができる」状態の獲得、これが一番の「防衛」ではないか!

 

500人の聴衆で大盛況
500人の聴衆で大盛況:質疑応答で

 講演後に沢山の質問が出ましたが、一つ一つに本当に丁寧に、真摯にお答えになるお姿を拝見して、中村哲先生のお人柄を感じました。恐らく現地の方々への接し方も、そんなスタイルなのでしょうね。「今、現地で働く日本人スタッフは何人ですか?」という質問に対して、「今は、ゼロです。一昨年8月の伊藤和也さんの事件以来、ある意味で無防備な若者の命を守る体制が自分には難しいので、私一人で今は活動しています」とのご返答でした。一瞬会場が静まり返りましたが、覚悟を決めて26年間活動されている人間の姿を、私は先生のお言葉から強く感じとりました。

 会場では割れんばかりの拍手が鳴り止みませんでした。

市民活動から見える「日本の課題」

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comment: 1

  先日、秋山財団の今年度社会貢献活動助成・報告会が開催されました。一昨年の追加公募と昨年春期公募受領者8団体、それに財団理事・評議員・選考委員の参加で質疑応答も熱心なやりとりでした。

http://www.akiyama-foundation.org/history4/

http://www.akiyama-foundation.org/history4/?year=2008 

●報     

“助成事業のテーマ” (助成年度)

●北海道林業技士会

“藻岩山の自然ガイド養成”(H21)http://www.kitanet.org/kaiin/05_ringyogishi/05_ringyogishi.htm

●社団法人エゾシカ協会

“森とエゾシカと人との共生を支援する人材の育成事業”(H21)http://www.yezodeer.com/

●留萌がんばるかい

“市民の市民による市民のための病院広報紙の発行”(H20)http://www.rumoiganbarukai.com/

●アネサラシネウプソロ(姉茶ひとつのふところ)展・実行委員会

“アネサラシネウプソロ(姉茶ひとつのふところ)展”(H20)

http://www.alles.or.jp/~tariq/datafiles/Anesar_sineupsor.html

●北海道中標津農業高等学校・計根別食育学校

“地域と共に歩み広がれ!!計根別食育学校推進プロジェクト”(H21)

http://www1.nakashibetsu.jp/nagri/katsudo/tokutyou.html

●強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道フォーラム

“東アジアの和解と平和づくりを担う若い世代の育成”(H20)http://www.asajino.net/

 

●ウィメンズネット函館

“子どもサポート ふわっと”(H20)http://womens.hakoweb.com/

●旭川NPOサポートセンター

“がんばれ!かあさん!!北海道のもったいない野菜で安全・安心な離乳食開発“(H21)

http://potato3.hokkai.net/~asahinpo/

 

 

 

報告後の質疑応答

報告後の質疑応答

 報告後には、参加者で率直な意見交換の場を持ち、発表を補う説明、今後の活動の方向性等について、貴重なメッセージを得ました。活動報告にはいろいろ注文もつきましたが、それぞれ多くの方々の日々の活動がにじみ出ていて、市民活動の力を感じたひと時でした。

 全てが終了して部屋を出られる際に、新しく理事になられたお一人が、「日本社会も課題が山積ですなぁ~」と呟かれました。目の前の身近な課題に取り組む市民の活動から、私自身も同じ思いを受け止めました。多様ないのちの「生きていく」ことが難しい時代ゆえに、真摯に取り組むこのような活動の価値も高いのだと思います。これからも頑張って頂きたいと切に願う次第です。

「環境」への新たなアプローチ

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 先日東京で、「富士通フォーラム:https://forum.fujitsu.com/2010/tokyo/report/?fjsmnroute=F_am_tm03」が開催されましたが、そこでの特別講演は枝廣淳子さんでした。ジャパン・フォー・サステナビリティ( JFS:http://www.japanfs.org/ja/共同代表 ほか環境分野で大活躍されています。今回は「持続可能な社会を目指して~世界の動向と日本企業への期待~」と題して500名程の聴衆の前で、中国語、英語、文字電光板も用意されて、素晴らしい講演でした。会場の設え等、時の移り変わりも感じましたね。以下、印象に残る幾つかの点をメモします。

* 温暖化よりも先に来る「エネルギー問題」、そして「食糧問題」

* これからの環境問題は、時間軸を意識した「バランス良く全体を」考えた取り組みが重要

* 「生物多様性」はストックの問題、「生態系サービス」はフローの問題、と理解すべき:「つながり」と「バランス」がキーワード

* 現在は、「次の長期的均衡を探る混乱期」と位置づけられる――パイの拡大から配分へ、買わない消費者の出現、量的拡大から質的成熟へ、GDPからGNHへ

* 「3脱」の時代: 1)くらしの脱所有化(クルマ、本、CD)、 2)しあわせの脱物質化(つながり)、 3)人生の脱貨幣化(半農半X)

* 競争方位は、「ヒト、モノ、カネ」が自社を越えて、「伝える力」、「つながる力」、「共創力」等のコラボレーションへ――企業・NGO・セクターを越えて「共創型パートナーシップ」がキーワード

* 「チャネル」から「場」へ、マルチ・ステークホルダー(MSH)

* 真の多様性は「真の対話:ダイアローグ」の作法に則って展開されるべき

 

 一方、北海道では、「環境」活動の中間支援4団体がテーブルに着き、「コンソーシアム」を形成して市民活動支援に取り組みつつありますhttp://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3137

 新しい環境への取り組みは、ローカルにもグローバルでも進展しているようですね。

「生物多様性の日」、盛りだくさんなイベント

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 3

  5月22日は「生物多様性の日」、2010年は「国際生物多様性年」とのこと。今年10月には名古屋で、「生物多様性条約第10回締結国会議(COP10):http://www.cop10.jp/aichi-nagoya/」が開催されます。

 昨日は朝から「まちなか散歩・植物園(http://www.hokudai.ac.jp/fsc/bg/)コース」に参加しました。

「まちなか散歩・植物園コース」に参加

「まちなか散歩・植物園コース」に参加

  本当に久しぶりの植物園を、元園長で現在北海道環境財団(http://www.heco-spc.or.jp/)理事長・辻井達一先生直々のガイドで、晴天の中1時間半の散策でした。遠い昔に父に連れられて遊びに来た記憶、博物館内のクマに傷ついた馬の写真が怖かったのを覚えています。昨日辻井先生にお尋ねしたら、まだその写真は掲示されているとのお話でした。350m×350mの13.5haの広さ、どこに行ってもこれを一マスの広さと頭に入れておくと便利です、と説明が始まり、ライラックの木々、スキー材で懐かしいヒッコリーの木、そしてトリカブトの群生他、素晴らしい奥行きのあるご説明に、参加者30数名は皆大満足でした。

 午後からは環境省主催の「生物多様性フォーラム(http://www.epohok.jp/modules/bulletin1/)」で、150名が参加し「多様性」について貴重なお話の数々でした。名古屋大学エコトピア科学研究所(http://www.esi.nagoya-u.ac.jp/)の林希一郎教授からは、今年10月の「COP10」に向けた議論の一端も紹介がありました。

記念フォーラム「生物多様性地域対話in北海道」

記念フォーラム「生物多様性地域対話in北海道」

  そして、「北海道市民環境ネットワーク(きたネット):http://www.kitanet.org/index.html」の総会でした。昨年5月から私は理事長をつとめていますが、全道57の環境系市民団体が会員、その他個人会員も多くいます。セブン・イレブン記念財団(http://www.7midori.org/)が多大なご支援をして頂き、環境系NPO法人の中間支援団体として活動しています。昨日も熱心な活動状況が報告されて、これからの展開にも期待が出来て楽しみです。

 余談ですが、昼のデザートのつもりでセブン・イレブン記念財団の方と、これも久しぶりの駅前通り「雪印パーラー:http://www.snowbrand-p.co.jp/index.html」に入りました。私たちはソフトクリームをオーダーしたのですが、そこに居合わせた修学旅行で茨城から来ていた中学生のテーブルには、50センチはあったでしょうか、「パラゴン」というジャンボメニューの一つが置いてありましたよ。私たちが店を離れる時には6人でほぼ食べ終わらんとしていました。驚くほどの大きさと生徒たちのすごい食欲です。次から次へと修学旅行生が店に入ってきて、メニューは事前にインターネットで調べてきている様子でした。修学旅行も時代とともに変わったきているのでしょう。

 何とも変化に富んだ充実した一日ではありました。

「木朝会」、そして「オトナ・ヴォーグ?」

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

  毎月第3木曜日の朝は、「木朝会(もくちょうかい)」の例会が午前7時から朝食付きで、もう20年以上行われています。

 設立経緯は、20数年前に私と当時北広島の民間病院経営者の先生と相談して、意欲的な民間病院経営者の勉強会をしたいとの事で立ちあげました。私は設立時から事務局長として、毎月講師をお招きして熱心な勉強会を地道に繰り返していました。今では(株)スズケンの方が事務局を担って続けています。

 この勉強会に所属する最初の代表・竹内先生は、厚生省の中央社会保険医療審議会(中医協:http://www.geocities.jp/onlinemedsante/chyuikyou.html)の委員を7年間もお務めになりましたし、現在では以前にこの会の代表でした西澤先生が、全日本病院協会(http://www.ajha.or.jp/)会長に就任後、中医協委員としてご活躍中です。北海道の先生が、全国組織の「会長」に就任するのは、誇り高いことだと思います。様々な会合に出席するバックデータの提供他、これまでの「木朝会」の果たしてきた役割は、大変大きなものです。同時に、まっ暗い冬の朝にも毎回出席される先生も経営に熱心ですね。札幌圏の民間病院の先生方も、厳しい時代を生き残る知恵を、毎回学んでいらっしゃいます。

 

 ところで、先日会場の札幌パークホテル(http://www.park1964.com/)受付の場所で、何気なく隣のスペース「プライダル」を見ていると、素晴らしいフレーズの広告が出ていました。

大人の雰囲気・結婚式パック

大人のウエディングプラン?

  「招くプライドと招かれるステイタスが交差する、それが大人流の心地良さ」(?)

 よく意味が分かりませんが、何となく心地良いリズムと言葉のような気がしました。ところで「大人のウエディング」とは、一体どういう意味なのでしょうかね?勝手に、「初めてではない結婚式」と解釈したり・・・・。

中島公園と藻岩山

中島公園と藻岩山

 木朝会は20数年前の開始の時から札幌パークホテルで継続して開催しています。いつもこのホテルからの眺望で感じますが、藻岩山の全景と手稲山への連なりとその背景、札幌の原風景を今もなお見ることが出来る数少ない場所で、本当に素晴らしいですね。

進化する、「ネットワーク形成事業」

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comment: 1

  秋山財団の「ネットワーク形成事業:http://www.akiyama-foundation.org/network/」は、現在6つのプロジェクトが活動中です。その中で、昨年始まり今年2年目を迎える「世界先住民族ネットワークAINU(WIN-AINU):http://www.win-ainu.com/」の年度総会が開催されました。ひな壇には写真の通り、昨年の設立総会と同じ顔ぶれが並んでいますが、何故か余裕の表情を感じるのは私だけではないと思います。それもそのはず、この1年の間にアメリカ・ニューヨーク、スイス・ジュネーブ、ニュージーランド等での国際会議にも出席して、大いに自信をつけてきているからでしょう。

WIN-AINU・総会

WIN-AINU・総会

  先日の年次総会でも、フロアーには多くの会員が参加して、盛りだくさんの事業報告と今年度の事業計画でした。2年前のG8洞爺湖サミットでは、二風谷・札幌で「先住民族サミット」を開催して、世界の先住民族と交流の機会を設営し、ネットワークの基礎を築きました。その時は、「2010年にカナダで第2回目」と計画されていましたが、今年はCOP10会合が10月に名古屋で開催予定ですので、それに合わせて名古屋で国際会議を準備することに変更との事でした。G8サミットの地元開催で「実質的成果」を最も勝ち取り、着実にネットワークを形成して進化し活動する姿に、胸躍る興奮を覚えました。今年・来年の活動の発展を祈念いたします。

 

 もう一つは、「社会起業研究会:http://www.akiyama-foundation.org/network/tema02.html」です。釧路を拠点とする試みは、今年最終年の3年目を迎えています。先日の釧路でのフォーラムでは、100名を越える地元市民・企業・行政の方々の参加があり、エキサイティングなパネルディスカッションも面白かったです。

フォーラムのチラシ

フォーラムのチラシ

 釧路公立大学(http://www.kushiro-pu.ac.jp/)学長・小磯修二先生の問題提起、NPO法人地域生活支援ネットワークサロン理事・日置真世(http://n-salon.org/hioki/)さん、SANY代表・柴田進さんの活動報告、そして釧路社会起業プロジェクトの相原真樹さんの進行で、軽妙なパネルディスカッションが繰り広げられました。当日は地元「FMくしろ」によるライブ中継(http://946jp.com/20100516/)放送でもリアルに報道されました。当日の視聴者の反応も読みとれます。

大盛況、釧路・「社会起業研究会」フォーラム

大盛況、釧路・「社会起業研究会」フォーラム

 短時間でも大変内容が濃く、振り返えっても「社会起業」のエッセンスが凝縮している気がしました。とにかく評論家の立場ではなく、実践者としてフィールドに立っている方々の説得力は、何にも代えがたいメッセージがあります。「買い物難民」、「買い物弱者」の言葉は、今メディアを飛び回っています。場当たり的なまちづくり、無責任な大手スーパーの出店・撤退等、全国的にも見られる困難な現状ではありますが、、「解決する機会がある、と考えるべき」とおっしゃる日置さんの前向きな姿勢で示される通り、今、自立して地域に暮らす人々の課題に真摯に向き合うことこそが解決の第一歩ですね。

 今という時代はこれまでの「営み」を考え直す時であり、足元の課題・解決策を一緒に考える「たまり場」、いろいろな人が分け隔てなく集まれる場、その構築・提供の機会こそ秋山財団の「ネットワーク形成事業」の一番の目的です。

盛り上がる都心の三吉神社例大祭

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

 長い歴史のある札幌都心・中央区南1条西8丁目、「三吉神社:http://nekonote.ath.cx/~sapporo/sapporo/002miyoshi.html」の例大祭が、14・15日と大盛況でした。今回は「本府連合町内会」が年番でしたが、私自身は他の用事で忙しくお役には立てませんでした。更に今年は、札幌市立大学の学生さんたちも境内のお店他お手伝いを頂いたようで、いつもにも増しての賑わいでした。

境内の舞台では、ライブ

境内の舞台では、ライブ

  最近は境内の舞台でライブ演奏も盛んで、幅広い年代の方々が本番開始のかなり前から座って待っていました。今年のように晴天ではなく、どしゃぶりの雨の年も、雪が降りそうな寒い年も、どこから集まってくるのだろうと思う程、次々と人が集まってくるから不思議ですね。都会の中の一空間、私の幼い頃と変わらない「お祭り」の風情に、透明な時間の経過を感じました。

 今の季節、いろいろな会合で「総会」が続きます。三吉神社の境内を後ろ髪を引かれながら後にして、道庁前庭を通っていくと、北側のさくらが満開でした。

道庁前庭のさくらが満開、八重桜はまだつぼみ

道庁前庭のさくらが満開、八重桜はまだつぼみ

  道議会前の八重ざくらはまだ蕾ですから、今年は例年より一週間以上はやはり遅いですね。日本全国的にはさくらのニュースはもう過ぎ去っているのでしょうが、北国・札幌ではまだまだこれからと言った状態です。先日東京のある会合で、「さくらと梅と桃の花が一緒に咲いていますよ」といった所、「それは便利で良いですね」とすかさず反応がありました。

 大通公園のさくらはすでに散っていて、これからはライラックでしょうか。札幌市内を歩いていて花に目がいくなど、昔では考えられませんでした。

梅林も、今、満開です!

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

  北海道神宮(http://www.hokkaidojingu.or.jp/)は、桜の名所ではありますが、同時に梅林もかなり有名です。今年は寒さの影響で例年よりも遅い開花で、今まさに桜と一緒に満開です。低温にもかかわらず、連日沢山の方々がゆっくり散策しています。中国からの観光客も、普段は神宮本殿周辺だけですが、今の季節はこの辺りまで訪れてきています。

北海道神宮の梅林も満開

北海道神宮の梅林も満開

  因みに、私の家の桃の花はまだつぼみで咲く気配がありません。今年の低温状態はこれまでになく、この5年間続けている家の庭のささやかな畑への種まき、定植等はいつ頃がベストか、タイミングが難しいですね。気がつくと6月を迎えているかも知れません。農業で生計を立てている皆さまには大変気楽な表現で恐縮です、私なりに「初めての経験」です。

13億人の中国事情

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comment: 1

 北海道経済同友会(http://www.doyukai.or.jp/links/doyukailist.html)の総会・定例講演会が開催されました。今回の演者は駐札幌中国総領事館の胡勝才・総領事でした。

 大変流暢な日本語で、「中国の発展がもたらすチャンスについて」と題して、約1時間半一気にご講演をされました。1978年以降の「改革・開放」の動きの中で、昨年建国60周年を迎え、今年の上海万博という流れで更に20年は高度成長を続けるだろうと自信を深めている様子でした。同時に大変謙虚に学ぶ姿勢も随所に見られ、これからも世界各国と「Win-Win」の開放政策により経済発展の実現を目指しているとも語られていました。

 現在、7億人は農村地帯に住んでおり、「食」問題は最重要課題であると認識されていて、「和」は中華文化の基本で、経済のグローバル化、政治の多極化の国際社会でも変わることはないと強調していました。そして、世界各国から見て中国は、1)成長推進を促す、2)対中製品輸出の機会増、3)対中投資の機会増、4)「新たな消費」の出現等で期待されるし、未だに都市化は中期段階で、2030年まで一層発展するだろうとも見通しを語っていました。

 中日協力に関しては、1)首脳交流を相互訪問等で継続的に行う、2)戦略的に正しく向き合って正しい歴史観、領土に関しての正しい認識を持ち合う、3)観光による相互交流、青少年の交流拡大等、民意基盤を確立して国民感情の改善に努力することを提起されました。

 13億人の中国の国情とは、日本と比べて、遅れている部分が一人当たり日本と同じであれば日本の10倍、日本を抜いたと言われるGDPでも、13億で割れば一人当たり日本のまだまだ10分の1に過ぎない発展途上国、それが現実ですと講演を結びました。

 北海道日中経済友好協会(http://local.yahoo.co.jp/detail/spot/a439bba360fdbe2668e0e36d7e86d482/)、留学生の相互交流等の活動を通して、これからも北海道での中日の交流を促進したいものですね。

加藤周一、「しかし、それだけではない」

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comment: 1

  加藤周一ドキュメンタリー映画、「しかし、それだけではない:http://www.ghibli.jp/kato/」の札幌上映会が、満員の大盛況で開催されました。

上映チラシより

上映チラシより

  2008年12月にこの世を去った知識人・加藤周一が出演し、監督・鎌倉英也、プロデューサー・桜井均が試みたのは、「決して意見が変わることのない」幽霊たちとの対話でした。武家社会の中、26歳で命を絶たれた源実朝、戦時下自由な言論が失われた状態でも意見を曲げることのなかった神田盾夫、渡辺一夫といった恩師の先生、そして、敗戦直前に学徒出陣で戦地に向かい若い命を落とした友。彼らと語り合う加藤周一の言葉が、映画を観たものへ強い問題提起です。そして気がついてみると、映画を観ている私たちが加藤周一という「幽霊」と向き合うことになっているのです。

 終盤に、「一人の意識が世界を変える力を持つ、そのことは間違いの無いことだよ」と静かに語る場面が、今を生きる私たちに強いインパクトを与えてくれます。彼自身の体験に基づく、「文楽」、「夢幻能」への言及、そして「反戦」への一貫した強い意志、「自由・自立した個人」等、言葉の端から、しばしの沈黙の間から、鋭い眼光の表情から発せられるメッセージは、心の深い所に届きます。ラストの曲、「死んだ男の残したものは:http://www.youtube.com/watch?v=kLThp2qMgDQ&feature=related」は染み入ります、作曲・武満徹、作詞・谷川俊太郎です。

 

 会場に向かう道すがら、円山公園のサクラもやっと咲きました。

札幌円山公園では(1)

札幌円山公園では(1)

札幌円山公園では(2)

札幌円山公園では(2)

 まだまだ気温は低いのですが、恒例となった(?)ジンギスカン他、多くの市民が繰り出し始めようとしていました。ビニールシートで場所取りをする光景は、毎年の風物詩となりましたね。それにしても、焼き肉のもうもうたる煙と臭いには、地域住民としては閉口ですが・・・・。

Move your money !

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

  先日テレビのニュースで、「Move your money!」運動の紹介をしていました。

http://moveyourmoneyinfo/

http://moveyourmoney.info/audiovideo

 バブル崩壊後の日本の金融機関の旧態依然とした状態、リーマンショックで露呈した「金融資本主義」の行き詰まりから、根本的に金融機関の機能改革をする必要があると思います。

 この分野で積極的に問題提起をされている田中優さんの発言は、貴重ですね。

http://www.magazine9.jp/interv/tanakayu/tanakayu1.php 、http://tanakayu.blogspot.com/

 日本では間接金融としての銀行が、社会起業(コミュニティ・ビジネス、ソーシャル・ビジネス)に対して殆ど支援をしていません。昨年、ノーベル平和賞受賞のモハマド・ユヌスさんが来札された時(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2289)にも、地元金融機関の経営者はほとんど反応がありませんでした。「マイクロファイナンスは発展途上国でのビジネスだろう!」と言って思考停止状態、大いなる誤解に基づく認識が日本・北海道でのマイクロファイナンスの可能性を阻害しています。地域に根差す貢献・企業育成をしなければならない銀行が、手数料収入で大幅黒字となっているとすれば、本来の機能を見失っているとしか言いようがありません。

 預金者である私たちは、そんな銀行等の金融機関に対して「No!」を突き付ける手段、それが「Move your money!」だと思います。おとなしい預金者からもの言う自立した市民へと私たちが変身しなければ、今の日本の閉塞状態は打開できません。

景観運動から社会づくりへ

Posted by 秋山孝二
Categorized Under: 日記
Comments: 0

  構想日本(Japan Initiative:http://www.kosonippon.org/mail/bk100408.php)の「第153回J.I.フォーラム」が開催され、今回は「景観運動から社会づくりへ」と題して、東京・国立市のマンション計画見直しを求める運動で、最高裁の「景観利益」を認める画期的判決で決着をみた事例他の検証が行われました。この時のグループが中心となって、「景観市民運動全国ネット(景観市民ネット:http://keikan-shimin.net/)」が設立されました。

 当日はパネラーとして、辻井喬さん、国立市長の関口博さん、石原一子さん他豪華メンバーが一市民として、壇上から貴重なメッセージを発信されました。

豪華なパネラーの皆さん

豪華なパネラーの皆さん

  事例としては4つのフィールドでした。

 1)東京・国立市マンション計画見直し運動:http://www.keikan-shimin.net/1234416727532/、 2)千葉県・関さんの森ミュージアム:http://homepage3.nifty.com/matsudo/seki/seki.top.htm、 3)東京・小石川の大谷美術館「銅(あかね)御殿」:http://homepage2.nifty.com/Flute-music/0906to.pdf、 4)龍谷大学・みらいの環境を支える龍谷プロジェクト:http://www.ryukoku.ac.jp/about/pr/publications/69/04_closeup01/index.htm、です。

熱心な活動の軌跡

熱心な活動の軌跡

 国立市の運動の代表者・石原一子さんは、高島屋の広報室長の経験もあるキャリアウーマンです。退社して一市民となって初めて、身の回りの環境に目がいくようになったと率直に話され、同時に北海道阿寒湖畔の前田一歩園財団(http://www.ippoen.or.jp/)創設者・前田光子さんを例に挙げられて、民間人の志が景観を守るポイントであると語られました。

 作家の辻井喬さんは、「国立の名前の由来は、国分寺と立川の間にあるところから来ています。父・堤康二郎が最初にマチの設計を行い、先ほどのように父を褒めて頂くのは滅多にないことで光栄です」と、冗談まじりのお話でした。マチは建物だけでは成り立たない、資本の横暴が目に余る昨今で、クルマが主体(産業が主体)のマチづくりとなり、ヒトが二の次になっている現状を辛口でコメントしていました。

 その他、千葉県松戸市の「関さんの森ミュージアム」も、東京・小石川の「大谷美術館」も、国の重要文化財の隣に高層マンション建設計画が勃発して、その暴力的発想の計画に批判が集中しました。裁判の判例でも、確実に時代の変化が反映されているようです。当初の「日照利益」が「日照権」へ、「眺望利益」が「眺望権」へ、そして「景観利益」が「景観権」へと進化してきた歴史です。特に専門家の視点からは、国立市での運動における最高裁判決は、1)「景観利益」の明確化、2)明確に地域住民の総意が示されていれば認められること、3)景観被害は不明確で、明確な証拠の存在が必要、との意味あいを明らかにしました。

 思い起こせば6年前です、秋山財団事務所の隣に突如11階建マンション建設計画が掲示され、それに対して地元住民が集まり「宮の森の環境を守る会:http://www.jichiro.gr.jp/jichiken/report/rep_hokkaido32/3-1/3-1-jro_3151102/index.htm」を立ち上げました。今回事例となった4つの現実とほぼ同じスタンスのその地に暮らす住民の強い意思表示でしたね。

 行政のスタンスは一貫して従来型の「建てる側の権利擁護」に終始しましたが、結局は市民提案の地区計画策定の結論を導き出しました。その後近隣の地域の活動へのアドバイスを通して、一連の活動の連鎖が生まれた画期的な事例となりました。

 時代は確実に変わって来ているし、これからはもっともっと自立した市民の提案を行政自体が採用する仕組みが必要ですね。先日のフォーラムに集った皆さまの意識の高さと方向性は、私に限りない元気を与えてくれました。日本もまだまだ捨てたものではない、そんな気になりました。