「密約」調査発表に思う

Posted by 秋山孝二
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  今年1年、他の3名の方々と「北海道新聞・新聞評」をするように言われました。4名でそれぞれ一カ月を受け持ち、年3回紙面上に「新聞評」が掲載されます。今年の初回は私の担当で、2月に掲載されましたが、その末尾に以下のように書きました。

・・・未来は予測するものではなく創り出すものであり、激変期にありながら「従来型」の視座に固執では感動はない。特に「東アジア共同体」構想の国際社会での意味、4つの密約等について、編集には座標軸と原点を示す「覚悟」と「勇気」を期待したい。・・・・ 

  先日、以前から約束されていた外務省の有識者報告書が発表されました。昨年9月の外務省内部調査報告書、及び今回の報告は次のとおりとなっています。http://www.nikkei.co.jp/topic/100309_a.html

新聞各紙1面トップで

新聞各紙1面トップで

 大きく分けると「核持ち込み」と「お金の動き」に関する密約だと思います。新聞は10日の報道で大きく取り上げる以外は、この件の認識を敢えて過小評価しようとしているのか、或いは余りに重大な事実の判明に苦慮して扱いに時間が必要なのか、連なる報道が続いているとは思いません。

 メディアはどうあれ、戦後を生きてきた私を含む世代としては、今回の件は決して見逃すことが出来ない事実であり、一国民として歴史の転換点との認識から、新しい日米関係(決して反米・嫌米になるという意味ではなく)構築に向けた議論をしっかり始めること、そして日本国においてある時間を置いて外交情報等を公開する義務を課する、言い換えるとその間は機密を義務付ける「機密保護法」の早急な制定を感じます。

 残念がら昨年お亡くなりになりました江畑謙介さん著「情報と国家http://d.hatena.ne.jp/kurohige-ossadot/20090709/1247129572」に、「機密保護法」の必要性が提起されています。235・236ページに明確に記載されている通りだと思います。当事者に情報の秘密指定の選択をさせてはならなく、まずは「公開ありき」の原則を貫くべきでしょう。その中で、誰にどこまで公開してよいかが規定されるので、それに準拠される限り情報を公開した者の責任は問われない、そんな概念です。今の日本では、先進国の中では特異的にこの種の法律が存在しなく、幾つかの職種にのみ立場上知り得た機密保持が義務付けられているので、どうしても自分の責任が問われないようにと、まずは「秘密ありき」となってしまうのでしょう。情報の機密・公開を、個人の職種・判断に任せては同じことが何回も起きてしまいます。そうさせない制度・法律等の「装置」が必要だと思います。

もうお一人、「世界平和アピール七人委員会」の委員、池田香代子さんのブログ(http://blog.livedoor.jp/ikedakayoko/archives/51362122.html)では、市民の意識改革として新鮮な視点からの提言です。一昨年札幌にいらっしゃった時にしばしお話を致しましたが、彼女の無理のない眼差しは、札幌西高生、翌日の市民400名参加のパネルディスカッションでも新鮮でした。http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=88

 歴史の転換点を見逃さない、大事なポイントで思考停止にならない、新しい政権で是非新しい歴史の方向性を示すべく、一市民からも声を出し続けたいと思いますね。