異業種交流会 2019

Posted by 秋山孝二
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 2019年初めてのイーズ主催の「異業種交流会(https://www.es-inc.jp/network/)」、第53回を迎え、テーマは「2019年・年初に考える~これからの時代をどう生き抜くのか」の内容で、毎回のように情報満載、年初として大変貴重な場となりました。

 2018年は、環境メールニュースでのアンケート結果等を紹介しながら、自社(組織)の振り返りを行いました。2019年の展望については、枝廣淳子さんが注目する動きなどをお伝えしつつ、未来が予測できないなかで、自社が何に注視し、進めていくべきなのかをじっくり考える機会となり、私としては、所属団体の性格、規模の大小、地域の違い等を踏まえて、共通するテーマを模索するひと時でした。

ワークショップ参加者

ワークショップ参加者

 ワークショップ終了後は、懇親会で一層突っ込んだ意見交換も。さすがに東京に集まる方々の人の幅、層の深さは、毎回のこの会の魅力ですね。

懇親会で

 今回は、昨年の枝廣淳子さんの新著書、『人生のピークを90代にもっていく!―折り返し地点から、「死ぬまでハッピーな人生」をつくる』を巡ってもそれぞれの持論も展開したり。

* https://www.es-inc.jp/insight/2018/ist_id009763.html

 今、68歳の私にとって、この10数年ずっと考えていたこととほぼ同じ価値観に驚くとともに、50代でその域に到達された枝廣さんに敬意を表します。五木寛之は「下山の哲学」と表現していて、私も、これからは「下山途中」と数年過ごしてきましたが、何人の方から、ちっとも下山ではなく、また上を目指して登り始めているではないかと言われたり。今回の著書の中で、午前・午後の概念は、より私には腑に落ちる表現でした。「幸せの自給自足」、「心のみずやりタイム」、「ホームポジションを見つける」、「心のアイドリングタイム」等、実にいい得て妙の言葉の数々、この10年間の私の心持ちと全面的に共感致します。

 「卒婚」という言葉、枝廣さんの文面からインターネットで検索してみると、随分前から語られている言葉なのですね。マチでよく見かける老夫婦、妻が夫を罵っている姿ほど、悲しい場面はありません、何か定年後に敵を取っているかのような女性の言動と男性の肩を落とした自信無げな姿。お節介にも、そんなに嫌なら別々に暮らしたらと、思わず声を掛けたくなります。

 歌手の加藤登紀子さん、私は随分前から「登紀子倶楽部(https://m.tokiko.com/」でファンですが、彼女が数年前に言っていました、「私の場合、応援お願いしますではなく、応援してほしい人寄ってらっしゃいです」と。若い人たちを見ていると応援したくなってしまう気持をおっしゃったのだと思います。今の私、地元では全く同じ気持で日々暮らしていて、実際、いろんな団体でそうしているつもりです。

何はともあれ、年初の集まりとして今年一年が良い年となるように祈る気持です。

岡林信康ライブ 2018 @ 札幌

Posted by 秋山孝二
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 岡林信康(http://www.fuji-okabayashi.com/)のライブが札幌で開催、今年はデビュー50周年ツアーでやってきました。会場は、私と同じ年代とみられる聴衆で満席。始まって直後の「チューリップのアップリケ(https://www.youtube.com/watch?v=DRpb7Ugf1XU」では、前・横の男性たちが目頭を押さえ、涙をふく姿が印象的でした。この歌についての詳細は、こちらに詳しく(http://www.tapthepop.net/news/74013)。

チューリップのアップリケ
作詞:岡林信康・大谷あや子
作曲:岡林信康

うちがなんぼ早よ 起きても
お父ちゃんはもう 靴トントンたたいてはる
あんまりうちのこと かもてくれはらへん
うちのお母ちゃん 何処に行ってしもたのん
うちの服を 早よう持ってきてか
前は学校へ そっと逢いにきてくれたのに
もうおじいちゃんが 死んださかいに
誰もお母ちゃん 怒らはらへんで
早よう帰って来てか
スカートがほしいさかいに
チューリップのアップリケ
ついたスカート持って来て
お父ちゃんも時々 買うてくれはるけど
うちやっぱり お母ちゃんに買うてほし
うちやっぱり お母ちゃんに買うてほし

うちのお父ちゃん 暗いうちから遅うまで
毎日靴を トントンたたいてはる
あんな一生懸命 働いてはるのに
なんでうちの家 いつも金がないんやろ
みんな貧乏が みんな貧乏が悪いんや
そやで お母ちゃん 家を出て行かはった
おじいちゃんに お金の事で
いつも大きな声で 怒られてはったもん
みんな貧乏のせいや
お母ちゃん ちっとも悪うない
チューリップのアップリケ
ついたスカート持って来て
お父ちゃんも時々 買うてくれはるけど
うちやっぱり お母ちゃんに買うてほし
うちやっぱり お母ちゃんに買うてほし

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 60年代終わりの騒然とした社会の中、心にしみる歌の数々でした、私にとっても。

 今回のツアー、「岡林信康 総合情報 デビュー50周年記念アルバム『森羅十二象』」に象徴されています。

 スタートから彼のこれまでの変遷を自らジョークを交えて軽妙に語り、彼らしさが健在でした。いずれの曲も懐かしいものばかり、今回は特に、「君に捧げるラブソング(https://www.youtube.com/watch?v=d7G0tLszEhE」が良かったですね、彼の優しさが全開でした。

* 9年前のライブ(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1340

 今回のライブについては、こちらのブログに詳細が書かれています、札幌のコンサートもほぼこの通りなので、ご紹介して私の報告に代えさせてもらいます。

* http://www005.upp.so-net.ne.jp/folk/kamisama2018.html

 加藤登紀子さんもそうですが、岡林信康さんも、人生と歌が自然体で、それに自分自身の人生の変遷が並走している感じ、同じように歳を取っていける貴重な存在です、これからも活躍し続けてほしいものです。

* 加藤登紀子――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E5%8A%A0%E8%97%A4%E7%99%BB%E7%B4%80%E5%AD%90

アイーダ & 登紀子ライブ、ほか

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 芸術の秋!、この連休は、オペラ、映画、ライブコンサートと大忙しでした。

 まずは、札幌市中央区の「市民交流プラザ(https://www.sapporo-community-plaza.jp/about.html」の開館記念式典、その中核施設「hitaru(https://www.sapporo-community-plaza.jp/theater.html)」での「こけら落とし公演・オペラ『アイーダ』(https://www.sapporo-community-plaza.jp/event_181007.html」、その日の午前中は、映画「1987、ある闘いの真実(https://eiga.com/movie/89074/」、そして連休最終日は、「加藤登紀子さんライブコンサート『運命の歌のジグソーパズル』https://ameblo.jp/tokiko-kato/)」でした。

 「札幌市民交流プラザ」は、

: 国内外の優れた舞台芸術やさまざまな公演を鑑賞できる「札幌文化芸術劇場 hitaru」

https://www.sapporo-community-plaza.jp/theater.html

: 市民の文化芸術活動をサポートし、札幌の文化芸術を支え、育てていく「札幌文化芸術交流センター SCARTS」

https://www.sapporo-community-plaza.jp/scarts.php

:都心に集う人々に仕事やくらしに役立つ情報を提供する課題解決型図書館「札幌市図書・情報館」

https://www.sapporo-community-plaza.jp/library.html

の3つからなる、複合施設です。

 札幌における多様な文化芸術活動の中心的な拠点であるとともに、市民の仕事やくらしに関する課題の解決を支援し、それらを通して多くの人が交流する場となることを目標としています。

 3つの機能が連携して相乗効果を生むことにより、多くの交流が生まれ、新たなつながりや発想につなげていきます。施設全体を利用して3者が協働する取組を行い、市民が気軽に文化芸術に触れ、交流する機会を提供するとともに、創世1.1.1区(そうせいさんく)のにぎわいを創出し、「創造都市さっぽろ」の実現に大きく寄与していくことを目指していくそうです。

 先日の「会館記念式典」には、私は「(公財)北海道演劇財団(http://www.h-paf.ne.jp/)」の理事長としてご招待を受けて、斎藤歩常務理事と木村事務局長と出席しました。最初のファンファーレ、最後のオペラ「アイーダ」からの曲の一部等、期待を膨らませる内容でしたが、前段の来賓のご挨拶は、皆さん型通りの台風・地震の被災お見舞いに始まり、記念すべき式典としてはいかにも無味乾燥で印象の薄いものでした。折角の一回限りのチャンスに、もっと芸術文化発信を印象付ける「何か」があってもよかったのではと、残念な気持が私には残りました。

 翌日のオペラ『アイーダ』は、歌曲、バレエ、オーケストラ等、その相まった量感が札幌では初めてですね。1987年ヴェローナ生まれ。アンドレア・バッティストーニは、国際的に頭角を現している若き才能であり、同世代の最も重要な指揮者の一人と評されています

ヴェルディ オペラ アイーダ パンフレットのイメージ

 その日の午前中は、「映画『1987、ある闘いの真実』(https://www.youtube.com/watch?v=7fcTivHMDZI」でした。緊張感のある、映画としての完成度の高い作品、感動しました。

 さらに翌日は、加藤登紀子さんのライブコンサート。今回は、北海道胆振東部地震のチャリティーコンサートとなったようです。

加藤登紀子さんからメッセージが届きました。

この度の地震で被災された皆さんに、心からお見舞い申し上げます。
寒さに向かい大変だと思いますが、頑張ってください。
10月8日の札幌でのコンサートをチャリティーコンサートに切り替えさせて頂き、収益を被災された皆様にお届けします。

クミコ、そして、加藤登紀子

Posted by 秋山孝二
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 プロのライブは、それぞれに魅力があり、毎年結局は追いかけて足を運んでいます、世間的には何をやっているおじさんかとの冷たい視線を感じつつ・・・。このところはクミコさんと加藤登紀子さんのライブ。歌だけでなく、2時間少々、その世界に浸る楽しみは、芝居の観劇と共に、大切にしている私の時間です。美輪明宏さんの7月ライブのチケットも買っています。

 お二人のライブ~~~~~~~~~~~~~~~~

< クミコ >

デビュー35周年! ザ・ベスト・コンサート~最後だとわかっていたなら~

「クミコ」の画像検索結果

* 最後だとわかっていたなら (https://www.youtube.com/watch?v=Xw_lC0uLZjg

* 最後の恋 哀しみのソレアード(https://www.youtube.com/watch?v=BzoGflyWWTw

< 加藤登紀子 >

「TOKIKO’S HISTORY 花はどこへ行った」、サブタイトルは、「1968年から半世紀、2018年に贈る未来への詩(うた)」

 2000年のテレビ番組から「花はどこへ行った(https://www.youtube.com/watch?v=1tk91SF2soo

:アメリカのフォークシンガーで反戦を訴えたピート・シーガーが、ロシアの文豪ショーロホフの”静かなドン”の一節をもとに、1955年に作った名曲”花はどこへいった”は、ベトナムへの代表的な反戦歌として広く歌われたました。大女優マレーネ・ディートリッヒは、祖国ドイツへの思いをこの歌に託し、フィギュアスケート選手カタリーナ・ビットは、ボスニアへの反戦を込めて、この歌をバックにオリンピックで演技。キングトン・トリオ、ジョーン・バエズ、PPM、懐かしいですね。

加藤登紀子が獄中結婚したワケ!夫・ 藤本敏夫、娘の現在は?

あなたの行く朝 (https://www.youtube.com/watch?v=tbOYvy6zy7w

* 1968 (https://www.youtube.com/watch?v=tIdFW7ZUODQ

* 3001年へのプレリュード  (http://recochoku.jp/song/S22123787/

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 これまで長く二人の歌を聴いていますが、共通するのはシャンソンを多く持ち歌にしていること。クミコさんは、銀巴里での長い下積みを経て、かなり後に大ブレイクした実力派。声に力があり、反戦へのメッセージほか、歌を通じての確固たる意志を感じます。登紀子さんは、シャンソンばかりでなく、ロシアの歌が魅力で、ハルピン生まれのルーツから現代までの歴史を歌に込め、今回は1968年からの50年をテーマに、私の生きてきた時代とも重なってエネルギーを貰った素晴らしいステージでした。私は長くトキコ倶楽部(http://www.tokiko.com/club/index.htm)の会員です。

 歌はメロディと歌詞だけでなく、その歌手の生きざまと時代を反映しているので、「没頭する時間」+「ストーリー」が、感動を生むのでしょう、ともに素晴らしいひと時でした。

安井耕一くん、ピアノリサイタル

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 もう8年も前になります、高校時代の友人、安井耕一くんの札幌でのリサイタルに足を運んだのは。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2052

 先日は、久しぶりに連休の始まりに都合がついて聴きにいきました、素晴らしい円熟した演奏でした。

安井耕一くんのピアノリサイタル

安井耕一くんのピアノリサイタル

ベートーヴェン、シューマンほか

ベートーヴェン、シューマン、ブラームス

 チラシに書かれている彼の人柄がにじみ出る楽曲の解説は、ベートーベンの若い時代の作品について、シューマンのこだわりほか、興味深い内容でした。アンコールは3曲も弾いてくれて、特に最後の「トロイメライ」は、心に沁みましたね、マチュアな演奏とでもいうのでしょうか、本当に素晴らしいフィナーレでした。高校時代もそうでしたが、弾いた曲に対して自分流の解釈がきっちりできているというのでしょうか、意志を感じるのですね、彼の演奏には。

* トロイメライ https://www.youtube.com/watch?v=VToutJZE9G8

 終了後に楽屋にお邪魔して、本当に久しぶりの対面でしたが、教授職も基本的には退任されて時間も多少余裕ができ、札幌に滞在できる機会も増えたとか。公開レッスンも札幌はもちろん、全国数か所で続けているようです。これからは少しゆっくりお話もできるかと思うと楽しみです。上手とか下手とかを越えた別の次元の音楽の価値を感じられた時間でした。私たちの世代は、社会的にはそんな存在を期待されているのかな、と。少し飛躍した表現をすると、以前、歌手の加藤登紀子さんがおっしゃっていましたが、自分を評価してとか、応援よろしくお願いします、ではなく、評価されて欲しい人いらっしゃい、みたいな雰囲気なのでしょうね。

京都、「キエフ」でのひと時

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 京都・しんらん交流館(http://www.higashihonganji.or.jp/worship/kohryu-kan/)で「第6期寺島実郎戦略経営塾」の第5回が開催されました。私はこの経営塾、第1期から連続して参加していますが、寺島実郎さんの定点観測による鋭い視座と切り込みは、年々冴え渡ってきています、まさに時代を観る「羅針盤」として、ですね。

 新聞はじめ、今のほとんどのマスメディアは、政治も経済も、良くて今日・明日の天気をただ追いかけている風の解説で、ジワリ進む温暖化とかの大きなトレンドを私たちが読み解くことはできないですね。歴史を創っていこうという担い手の立ち位置に身を置くことが難しい。それに比べて、「そもそも」、「原点は」といった視点を歴史から裏付けるこの戦略経営塾では、歴史認識を自分で考えるヒントを得ることができます、そうです、「自分で考えるきっかけ」を見つけられるので、BREXIT、TRUMP政権誕生、安倍政権の歴史修正主義にも、揺るがぬ視座から落ち着いた認識で今を歩むことができます。「自分の頭で考える」、これですね。

 今回の講座、本来は、真宗大谷派東本願寺・教学研究所所長の安冨信哉さんが演者の予定でしたが、先月急逝されたため、急きょ寺島実郎塾長が代わりとして宗教についてお話をされ、仏教は宗教というよりも思想(学問)であること、「主知主義=気づきの探求」、「観音力(かんのんりょく)」、「聞光力(もんこうりょく)」の重要性、親鸞の歴史的意味合い、等を熱く語りました。

* 真宗大谷派東本願寺 http://www.higashihonganji.or.jp/sermon/kyoken/syu1411.html

 BSテレビ「未来先見塾」ではさらに詳細を説明しています。~~~~~~~~~~~~~~~~~

* https://www.youtube.com/watch?v=ssdAnIPY8Kg

 現在、世界では数多くの宗教が存在し、その始まりは主にユダヤ教やキリスト教、仏教に起源を持っている。歴史上、宗教が起点に数多くの争いが起こり今も続いている。

 今年は、マルティン・ルターによる「宗教改革」が始まった1517年から500年。「宗教改革」とは欧州で起こったキリスト教の改革運動で、当時発明されたばかりのグーテンベルクの活版印刷機技術により大きな運動に発展した。宗教が人類にもたらしたものとは何か。また約2,500年前にインドに現れた「ブッダ」とはどんな人物だったのか?

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京都・しんらん交流館での経営塾

京都・しんらん交流館での経営塾:この写真は西本願寺

 夜は、以前から機会があれば行ってみたかった「ロシアレストランキエフ(http://www.restaurant-kiev.com/」で食事をしました。午後の会合で、私は寺島さんが米国駐在時代から親交のあるキエフ・オーナー加藤幹雄さんご夫妻ともお会いし、夕食時はお店でお話ができて楽しかったです、歌手の加藤登紀子さんのお兄さん、2年前の奈良での講義でご挨拶をさせて頂きました。

* http://www.restaurant-kiev.com/greetings.html

加藤幹雄社長

 私は加藤登紀子さんの「登紀子倶楽部(http://www.tokiko.com/)」の会員で、これまで千葉県鴨川の「鴨川自然王国(http://www.k-sizenohkoku.com/)」での「帰農塾」に2回、その他のワークショップにも数回参加しています。都市と農村をつなぐ活動、登紀子さんの夫・藤本敏夫さんの人生ほか、この20年近く、たくさんのことを学ばせてもらいました。人生の少し先輩たちのお話は、児童・生徒・学生時代の気持を思い出し、充実した時間となりました。

* 藤本敏夫 https://www.sanseido-publ.co.jp/publ/tokiko_fujimoto.html

 それにしても昨今の京都、アジアばかりでなく世界各国からと思われる観光客の多さに、驚きでしたね。

「弥々」 by 毬谷友子

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 毬谷友子(http://www.mariyatomoko.com/さんの一人芝居「弥々」の公演、アフタートークは魅力的でした。この作品の作者、劇作家・矢代静一さんは、お父さまで、お母さまは女優の山本和子さんです。

毬谷友子一人芝居のチラシ

毬谷友子一人芝居のチラシ

いとしい、いとしい、おひと

いとしい、いとしい、おひと

HPから~~~~~~~~~~~~~

まりやともこ○東京生まれ。1985年宝塚歌劇団を退団後、舞台を中心に活動。1987年RSC( ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー)エイドリアン・ノーブルに師事。以来、野田秀樹(『贋作・ 桜の森の満開の下』『野田版・真夏の夜の夢』他)蜷川幸雄(『天保12年のシェイクスピア』『雨の夏30人のジュリエットが還ってきた』他)ロベール・ルパージュ(『マクベス』『テンペスト』他)坂東玉三郎、串田和美 等にその感性を認められ、絶大な信頼を得ている。また、オペラアリアからエディット・ピアフまで、幅広いジャンルを歌う音域には定評があり、変幻自在に変わる声はヨーヨー・マから「YOUR VOICE IS MUSIC」と賛辞を得た。父でもある矢代静一・作/毬谷友子・主演・演出の一人芝居『弥々』では、16歳~72歳までの波乱に満ちた女の一生を演じ、数々の賞を受賞。ニューヨーク、リトアニアでも好評を博す。また、矢代の代表作でもある戯曲『宮城野』を映画化、主演。昨年から、映像の仕事も再開。最近の舞台出演作に、寺山修司作『上海異人娼館』など。

~~~~~~~~~~~~~~~ 引用 おわり

 16歳の少女から72歳の老女までを、観衆の注視の中を一人で演じ分ける姿は、実に素晴らしいですね。良寛が弥々のことを詠んだ漢詩が舞台を引き締めていて、可愛くもあり、哀れでもあり、20年前の初演から絶賛された公演は、日々違った感動を与えながら、「生きる」メッセージを発し続ける、毬谷友子さんと一緒に生きてきたファンの気持が理解できます。歌手の加藤登紀子さんのライブでも、同じような雰囲気を感じます(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6264)。

 毬谷友子さんの歌もいいですね(http://www.youtube.com/watch?v=4_fS1ipyu1o)。

いのちを紡ぐ人びと

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 2011年3月11日以降、それぞれの日本人が「いのちを紡ぐ」活動で被災者と並走しています。

 一つは、福島県双葉郡川内村・遠藤雄幸(http://www.kawauchimura.jp/outline/greeting.html)村長、先日、札幌でお話を聴く機会がありました。遠藤村長のブログはこちら(http://kawauchi.exblog.jp/)。

川内村・遠藤雄幸村長の講演

川内村・遠藤雄幸村長の講演

  「帰村宣言」は誤解も多かったようで、本来の意味は、次の通りです。現地の状況は想像以上に厳しいものがあります、「放射能汚染」の重たさをあらためて感じました。

~~~~~~村としては、「戻れる人は戻る、心配な人はもう少し様子を見てから戻る」の方針です。帰村するかどうかは村民皆様の自主判断に委ねる考えであり、その選択を尊重して出来る限りの支援をしていくつもりです。「離れていても村民、離れたところで学んでいても川内の子供たち」です。 
「辛く悲しいこともあったが一日一日を大切にしながら出来ることは自分でやり、小さいことにも喜びを見出しその時々を元気に楽しむこと、戻れるチャンスがあるなら少しでも前に進むことが大切だよ」とチェルノブイリ原発事故避難者に励まされてきました。厳しい現実を突きつけられている反面、前向きにできることを着実に行うことのほうが重要だと考えております。~~~~~~

 

 一方、十勝では、「スローフード・フレンズ北海道:http://slowfood-friends.org/」主催、加藤登紀子さんの二女・Yae(http://www.yaenet.com/)さんはじめ、十勝ゆかりのミュージシャンが「いのちを紡ぐ音楽会」で熱唱でした。集まった多彩な方々との交流は、本当にここに書ききれない貴重なものでした。トーク、試食会、ライブ等、かなりの長時間でしたが、野外ステージで天高く伸びる歌声と心に届く詩の素晴らしさ、こんなに疲労感の無いステージも珍しい、素晴らしいパフォーマンスでした。

「いのちを紡ぐ音楽会」 in 十勝・千年の森

「いのちを紡ぐ音楽会」 in 十勝・千年の森

* Yae(http://www.yaenet.com/

* 流(http://nagare.us/

* MYU(http://ytamakum.ddo.jp/myu/page_2.htm

* 宇井ひろし(http://pub.ne.jp/hiroooui/

ライブ出演者・全員集合

ライブ出演者:Yae、流、MYU、宇井ひろし、フィナーレで全員集合

  Yaeさんは今年デビュー10周年、お父様の藤本敏夫さんが亡くなられて10年、ライブに先立って、「農的幸福論」を巡ってのトークもメッセージが豊富でしたね。「自分のポジションが分かれば、次にはミッションが分かってくる」、これは、藤本敏夫さん有名なフレーズです。私はこれまでに、彼が設立した「鴨川自然王国:http://www.k-sizenohkoku.com/」を3回訪問しました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E8%87%AA%E7%84%B6%E7%8E%8B%E5%9B%BD)、楽しかったですね。

  災害救援ネットワーク北海道(http://mouth-mountain.greenwebs.net/)の「やんじー」こと山口幸雄さんは、これまでのボランティア救援活動の様子、今後の展望を熱く語りました。

「やんじー」山口幸雄さんと奥さま

「やんじー」山口幸雄さんと奥さま

  主催の「スローフード・フレンズ北海道:http://slowfood-friends.org/」のリーダー・湯浅優子さんと「十勝千年の森:http://www.tmf.jp/」のガーデナー・新谷みどりさん、このイベントの裏方として大活躍でした。湯浅さんは秋山財団の選考委員としてお力を頂いています、新得駅までの送迎をありがとうございます!

湯浅優子さんと新谷みどりさん

湯浅優子さんと新谷みどりさん

 Yaeさんの「ハッピーバースデイ 3・11(日本ユニセフ協会メッセージCM:http://www.youtube.com/watch?v=liJPOxPT1-o)」は、十勝の空高く響き、心に沁み入りました。

~~~~~3.11に奪われたたくさんの命。
 でも同時にたくさんの命がこの世に誕生しました。
 たくさんの愛に支えられて。

 失ったものは多いけれど、何が一番大切なのかを感じることができました。

 一番大事なのはお金や地位などでは絶対ない!
 家族や地域が共に幸せに暮らすことです。

 この小さな子どもたちに、私たちは何をしてあげられるだろうか?
 これからずっと先の未来まで子どもたちの笑顔を絶やさないために。

 

  ライブ会場から少し離れたレストランでは、結婚式と披露宴。十勝の空に色とりどりの風船が舞い上がっていきました。

「千年の丘」では結婚式!

「千年の丘」では結婚式!

映画「ANPO」

Posted by 秋山孝二
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 今年は、日米安全保障条約改定から50年の節目の年で、全国各地で記念イベントも多く、今月初めに、私もこの欄に書きました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6264)。

 先日、映画「ANPO:http://www.uplink.co.jp/anpo/」を観ました。今年9月から順次全国での上映のようです。札幌では12月18日から6日間、シアター・キノ(http://theaterkino.net/)で一日一回上映予定です。宣教師の娘でアメリカ人として日本で育ったリンダ・ホーグランドがプロデュース・監督し、「あの熱かった時代の日本を、アーティストたちはどう表現したのか」との問いから始まる映画です。

映画「ANPO」のチラシより

映画「ANPO」のチラシより

  私は、歌手の加藤登紀子さんのHP(http://www.tokiko.com/)から、この映画のことを知りました。彼女も、登場する33名のアーティストの一人として語っています。歴史監査にはMIT教授で、2001年ピューリッツァー賞受賞作品「敗北を抱きしめて:http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/5/024420+.html」の著者、ジョン・ダワーも関わっています。

 監督のリンダ・ホーグランドは、日本の映画界では、海外映画祭に出品する際の通訳、映画字幕の翻訳として知られているようです。彼女は、1960年の安保闘争で、当時のアーティストたちが絵画や写真を通して安保問題・米軍基地問題を表現していて、日本にも市民による「抵抗の歴史」があることを発見したと語っており、それがこの映画製作のきっかけだったようです。日米関係の原点を再確認する意味でも、1951年の講和条約締結とセットとなった日米安保条約締結の歴史は、まさに今に引きずる「在日米軍基地問題」を直視することなのだと思います。

 単に1960年を語る映画ではなく、そこに端を発する戦後の日本の歴史を振り返る貴重な映画ですし、芸術家たちが表現したメッセージは、作品として今も受け継がれているその価値に気がつきます。21世紀の新しい日米関係、ささやかでも地域からも新たに構築していきたいですね。

あの時代、あの人たちの軌跡

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 「唐牛(かろうじ)健太郎」の名前を聞いたのは、私が小学校時代でしたでしょうか。「全学連」というのが何を意味するのかは分かりませんでしたが、北海道大学の学生が日米安保条約改定反対闘争の指導者だったと、誰かから聞いた気がします。函館・湯の川出身の彼の人生の軌跡が、知人・友人の皆さんのご尽力で展示されました。

「唐牛健太郎、函館にかえる」展示会

「唐牛健太郎、函館にかえる」展示会・会場で

装甲車前の唐牛委員長

装甲車前の唐牛委員長

  しおりには、「彼が逝ってから26年。全学連委員長として1960年の安保闘争を指揮、その後の生き方からも伝説的な存在だった彼のふるさとは函館です。唐牛健太郎とは、どんな人間だったのか。60年安保から50周年の今年、激動の日々を駆け抜けた男の47歳の生涯を辿ってほしいと企画しました。・・・・・・」と書かれています。彼については、真偽のほどは分かりませんが、その後いろいろなメッセージが世に伝えられていますね、同じ函館出身の田中清玄(http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163475508/isisnejp-22/ref=nosim)との関係等でも。展示会場の関係者の方は、「予想以上の反響で、あらためて彼の47年の人生の価値を確認しました」とおっしゃっていました。 

 

 一方東京では、それから過ぎること約10年、1965年の日韓条約締結時代から70年安保前夜、1968年、三派全学連の委員長になった同志社大学・藤本敏夫と歌手・加藤登紀子の物語「青い月のバラード」(加藤登紀子著)が,最近、演劇として上演されました(http://www.puremarry.com/aoi.html)。

ピュアーマリー企画・制作、「青い月のバラード」・俳優座劇場で

ピュアーマリー企画・制作、「青い月のバラード」・俳優座劇場で

 公演初日には加藤登紀子さんご本人とお母さま・お姉さまも観客としてご出席でした。終演後、舞台上に促されて歩んだ登紀子さんは、「ただ感動で、涙が出ました」以外は多くを語らず、ここは役者たちの舞台、と示すかのようなプロ歌手の沈黙で、観客に一層の感動を与えました。

 登紀子さんは、1960年6月15日は高校生として国会へのデモに参加し、藤本さんは関西でテニスコートに居たそうです。彼の風貌は、唐牛健太郎の田舎的雰囲気とは大きく異なり、お洒落でそれまでの学生運動の闘士のイメージとは違いますね。どこか都会的でマフラーとコートが似合い、映画俳優のようで、その後の「農的くらし」と言っても、何となく違和感が私にはありました。これも時代の反映なのかもしれません。

 千葉県鴨川市にある「鴨川自然王国:http://www.k-sizenohkoku.com/」は、藤本さんと登紀子さんが築いた新しいフィールド、多くの方々がその理念に共鳴して活動しています。私自身もこれまで数回、「帰農塾:http://www.k-sizenohkoku.com/satoyama/satoyama_top.html」ほかのプログラムに参加して、間近で登紀子さんとお話を何回もさせて頂いています。「TOKIKO WORLD:http://www.tokiko.com/」も活発ですが、鴨川でのプログラムの中、田植え等でお世話になった石田三示さんは、現在衆議院議員でご活躍ですね。

 まわるまわるよ、時代はまわる、そんな時代をひた向きに生きた人生の軌跡は、節目の今年、人々に多くのメッセージを与えます。昨年7月に書いたこの欄を思い出しました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1600)。

「降りてゆく生き方」、汐留のイネ

Posted by 秋山孝二
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  今年の早稲田祭で、映画「降りてゆく生き方http://www.nippon-p.org/concept.html」の上映会が開催されました。主催は「早稲田の米プロジェクト(代表・松橋拓郎)http://www.wasedasai.net/2009/wasepedia/profile/wasekome/で、当日定員800名の会場がいっぱいになっていました。この映画会に関しては、歌手の加藤登紀子http://www.k-sizenohkoku.com/index_top.htmlさんのメーリング、環境活動の枝廣淳子http://www.es-inc.jp/edablog/index.htmlさんのメーリングでもご案内を頂きました。

 代表の松橋くんは冒頭の挨拶で、「ただ映画を観るだけでなく、映画を中心に私たちと皆さまが繋がり、共に考え、行動していくような会にしたいと思います」と語っていました。彼自身、大学を1年間休学してヨーロッパに農業を学ぶ旅に出かけました。その後、この映画のプロデューサー森田貴英さんとお会いして、大学院への進学から地元秋田での就農へと進路を変えたそうです。森田貴英さんも当日駆けつけて、制作に絡む裏話も聞く事が出来ました。

 この欄、「08.12.31付」で、私は次のようなコメントを書きました。

・・・・一方自分たち自身は、五木寛之著「人間の覚悟」http://www.shinchosha.co.jp/book/610287/にある様に、覚悟を決める時期かと感じています。「下山の哲学を持つ」必要性を、私も強く意識した今年2008年でした。「林住期」を生きる、あるいは、「そもそもボランティアというのは、最後は『石もて追われる』存在であるべきなのだから」と五木寛之が語る言葉に、大変納得のいく感動を覚えます。・・・・・

 今回の上映会では、私の世代ではなく若い世代の方々が多数参画していて、意識の変化・時代の変化を実感しました。

 

 一方早稲田大学に向かう途中、汐留の地下広場では、「水土里(みどり)の体験展’09:http://www.inakajin.or.jp/」が開催されていました。「ふるさとの田んぼ」を都会に再現です。無機質なコンクリート空間に突然現れた稲穂の一群は、存在感抜群でしたね。

汐留のイベント

汐留のイベント

都会の中のイネ

イネの神様も現れて

 そして、札幌では雪の朝を迎えました。

いよいよ冬の到来でしょうか

いよいよ冬の到来でしょうか