ケンユー会総会・懇親会 2017

Posted by 秋山孝二
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 5月、6月はいろいろな団体の総会シーズンですが、「懐かしさ」では断トツ一番の集まり、「ケンユー会愛生舘支部」総会・懇親会が開催されました。今年は、司会の山本敬三さんからの振りで登壇を促され、壇上で近況報告を行い、ケンユー会で初めて皆さんにお話をする「デビュー」場面もありました、嬉しかったですね。ただ、会ではたくさんの方々と話に夢中になり、すっかり写真を撮ることを忘れてしまいました。冒頭と締めだけしか手元にありません、お許し下さい。

 これまでの記事はこちら――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%82%B1%E3%83%B3%E3%83%A6%E3%83%BC%E4%BC%9A

会長は北尾さんに昨年から交代されました

昨年、会長は北尾さんに交代されました

田中くんも元気に、立派になりました!

本社から田中くんも元気に、立派になりました!

アトラクションでは大いに盛り上がり

アトラクションでは大いに盛り上がり

最後の締めは浜岸さん

最後の締めは浜岸さん

 参加された皆さん、私が1979(昭和54)年、東京の教員生活を辞めて(株)秋山愛生舘に入社して以来、23年間、お世話になった方々ばかり。入社当時のこと、道内すべての営業所でいろいろ教えて頂いたこと、つい昨日のように思い出しました。冒頭、物故者のお名前を聞きながら、あの人も亡くなったのかと、黙とう中もたくさんの顔が浮かんできました。当時の社員の皆さん、仕事上の悩みほか家族のこと等、率直に私に語ってくれた姿は今も忘れることはありません。そして、退職後も「ケンユー会」として引き続き足を運んで楽しんでいる様子は、本当にこの会社は素晴らしかったんだなと、帰り道でも一人ニンマリしていました、私にとっては宝物です。

 商売の家に生まれ、いつも人の出入りが多く、身内の食事の時も会社の話題が日常でした。経営者はどんな時も社員・お得意先・仕入れ先のことを考え、「社会への奉仕」の心を忘れない、と教えられた気がしています。経営者は皆そうだと思っていましたが、その後、多くの場面で出会った経営の立場にいる人々は、必ずしもそうではないことも学びました。昨今の日本の企業経営者の立ち振る舞いは、何とも「劣化」というか、「格好の悪い」人物が多すぎますね、会社のビジョンを示すことなく、個人としての信念もなく、ただ「与えられた任期を過ごす」みたいな感じです。

 近いうちに、「戦後教育を一から受けた私の責任」みたいなテーマで、今の日本の政治・経済・メディアの惨状に対して、コメントしたいと思っています、それでも果敢に頑張っている方々へのエールとして。

 「共謀罪」の参議院での審議(?)が、昨日から始まりました。

ケンユー会愛生舘支部総会 2015

Posted by 秋山孝二
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 (株)スズケン(http://www.suzuken.co.jp/)の出身者の会「ケンユー会」、北海道は愛生舘支部として沢山のOB・OGが集っています。「ケンユー会愛生舘支部総会・懇親会 2015」が今年も90名を越える参加者で賑やかに開催されました。

* 以前にはこんなコメントも書きました――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11284

 実は私はこの会、理事長を務める他の会の総会と毎年日程がぶつかり、この数年はいつも欠席でしたが、今年は久しぶりに少々遅刻しましたが出席することができました。会長は数年前に須崎さんから仲川さんに代わり、今年度は特に愛生舘営業部長・副営業部長も新しくなり、再出発の陣容です。仲川禎一さんには、スズケンと秋山愛生舘の合併時の人材開発部長として、主として人事関係の窓口としてお世話になり、合併後は私が代表取締役副社長として営業担当だった時に、営業本部長としてご一緒に仕事をして大きなお力を貸して頂きました。先日は久しぶりに隣の席で、合併前後のお話とか積もる話題に花が咲き、何か時の流れも感じた次第です。

* 企業合併について書いています――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3236

ケンユー会・仲川禎一会長

全く変わらない風貌、ケンユー会・仲川禎一会長

 秋山愛生舘出身で、合併後、全国で活躍している多くの社員の中でも、今回は愛生舘営業部のトップとして全国を経験してきた二人が一段と成長した視点から北海道市場での成績向上を目的として戻ってきました。そして、さらに、本社システム本部の本部長として活躍している田中雅之さんも総会・懇親会に参加されました。大きく成長した姿を目の当たりにして、何よりも私は嬉しかったですね。

システム本部長として堂々たる締めのご挨拶

システム本部長として堂々たる締めのご挨拶

 医薬品卸業界は、従来からの薬価引き下げの影響ばかりでなく、昨今の医療用医薬品使用におけるジェネリックへのシフト、門前調剤薬局の診療報酬の引き下げ構想等、複合的マイナス要素ばかりが目につき、証券アナリストの医薬品卸業界への展望と評価は、かなり厳しいものがあるようです。

 私は、スズケンのマネジメント姿勢は大変脇が固くて信頼はしていますが、社員・株主ほか、何か将来に夢を持てる方向性を示してもらえると、さらに魅力的な企業に進化していくと思うのですが。北海道の、そして全国の優秀な若い世代の皆さんに大いに期待したいところです、頑張ってね!

2012年、企業の底力に期待!

Posted by 秋山孝二
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 この数年、市民活動を支える方々から、「企業って利益追求でしょっ!」とか、「経済界って儲けることばかり考えてる!」みたいな話をよく耳にしていましたが、私には実に不本意なのですよ。「それは間違いだ!!」と大きな声で言いたいですね、よく観察すると、素晴らしい企業があちこちに出現している昨今です。

 私は商売をする家に生まれ育ち、24時間・365日、自分たちの暮らしよりも会社とか仕事のことばかり考えている経営者しか知りませんでしたし、自分が経営の一翼を担うようになっても、ひと時もお得意先・社員のことが頭を離れたことがありませんでした。「儲け」は、設備投資原資とか、従業員給与とか、メインテナンスとか、自らのリスクで生き残るため、持続可能な企業活動を担保するために必要だと思っていました。そして更に、民間企業経営者が、納税はじめ社会のためとか、人々のために日々活動しているエピソード・経験談を、幼い頃から繰り返し繰り返し耳にしていたからだとも思います。

 たとえば、秋山愛生舘の「奉仕の精神」、「民の担う公共・志」、「社会への貢献」といった精神は、私は企業理念だと信じています。ワグナー・ナンドール財団(http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html)理事長で叔母の和久奈ちよは話していました、「関東大震災時、父母と従業員の献身的大活躍で倉庫の薬を殆ど全部東京に配送したこと、母は必死に薬品の木箱に縄をかけまくったこと。第二次世界大戦中も、母が社員とリュックを背負って立ちどうしの汽車で東京に薬の買い付けに行き、それを売るときに多少の運搬費をいただいた程度だった」と。戦後、叔母の知人の隣人が札幌出身の人で、戦時中家族が病気の際、 適正な価格で分けてもらって命拾いをしたと、涙ながらに知人の手を取って感謝を述べたとも聞きました。

 さらに叔母は、「自家製剤の『ネオ肝精』、『デルモライツ』の大成功も、北海道人の健康に役に立つと、父が即座に製造組織を構築し たこと、琴似の工場が火事になって軍部から来ていた材料の水飴が流れ出し、近所の人々が群がってスプーンですくっていたのを見た父が、そんなに物資が窮乏していたのかとびっくりして、『一地方商人がするビジネスでない』と、大手製造業に譲ったことなど、子供心に身内を誇らしく思ったことがいっぱいある」とも、鮮明な記憶として語ってくれます。 

 

 昨年末に、(株)スズケン(http://www.suzuken.co.jp/)の社内報が届き、そこには昨年の東日本大震災後に、懸命に医薬品を届けようと尽力する社員の多くの活動が語られていました。「生命関連商品を扱う社会的責任を痛感」、「『何としても薬を届けなければ』という社員のがんばりに驚かされる」、「震災を通して社員の成長を実感」、「みんなの力でセンター機能破たんを回避」、「物流で失った信頼は物流で取り戻す」、「日ごろから本物のお付き合いこそが信頼の礎」、「がんばりの源は『医療を支える一員』という意識」等、「今、伝えたいこと」の特集で、あらためて自らの社会的役割を、お得意先、社員の「絆」を通じて確認したようです。

 昨年5月のスズケン出身者の会「ケンユー会・愛生舘支部総会:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8734」の様子をこの欄に書きました。「~~~~~~~~~~来賓で名古屋からお越しいただいた(株)スズケンの伊藤副社長のお話によると、3月の東日本大震災では、お得意先の医療機関に必死で医薬品をお届けし続ける一方、スズケンの東北エリアの物流センター、支店等でもかなりの被害が有ったようです。支店屋上に数日間避難したり、犠牲になった方もいらっしゃったと報告もありました。全国で営業展開し、医薬品の流通を通じて日々社会への責任を果たそうとするモラルの高さに感動しながらも、被災とは無縁ではいられない難しさもあるのですね。先日のお話では、被災復旧への投資等も多額に上り、来年の年間配当は、これまでの一株62円から50円へと減配の予定とか。秋山財団運営には大きな打撃であり、来年度事業計画に織り込んで対応を考えなければなりません。~~~~~~~~~」

 自らのリスクテイクと顧客への責任を全うせんがための全社一丸の努力を、伊藤副社長の言葉、社内報から読み取り、私は強い感動を覚えました。まさに、民の志の高さ、モチベーションに支えられた個々の判断の迅速性と適格性と言えましょうか。先見性のある優れた企業は、当事者能力も高く、新しい時代の変化に対していち早く対応しています。環境系等の社会貢献を標榜するNGO・NPOも、いつ実行されるか分からない政策に期待するよりも、これらの優良企業とコラボレーションする方が決断スピードも速く、規模も大きく、結果を出すことができると考え始めています。

 

 一方、下記のように、昨年お会いしたスイスの投資家から見る企業と国家の当事者能力の違いに対して、厳しい評価があります。

~~~~~ギリシア問題から始まり、EUについてはかなり悲観的な展望だ。スイスはEUに加盟していないので、スイスの政治指導者に感謝する。それでも日本同様、現在スイスフラン高で、輸出企業の多いスイスもチャレンジだ。ただ、今のところは企業業績は悪くは無い。アメリカも確かに難しい局面だが、それでも一国であり、まだ大統領・政府の統制下で政策変更等、方向性を見い出せるが、EUはその下に各国の政府・議会・国民がいて、あまりに関わる利害関係者が多すぎて、スピードのある決断による転換が難しく危機的である。そんな理由で、「社債」はまだしも、「国債」はリスクが高すぎる。~~~~~~

 

 なぜこんな話を念頭に書き留めるか、それは原発事故における政治、監督官庁幹部、東京電力の経営幹部に対する憤りがあるからです。「民主主義」は本当に優れたシステムなのでしょうか?もちろん独裁が良いとは全然思いませんが、「選挙」とか「国会審議」とか、手段が目的化してやたら時間を浪費する愚、部分最適ばかりで無駄が多く、構想力も欠如している中央官庁の政策、地域独占の電力会社は民間企業としての当事者責任を問いただすと、「国の政策だから」と逃げ込み、ある時は「電力の安定供給の使命」みたいなことを持ち出して電力不足と顧客を恫喝し原発推進を言いだす、私は彼らの無責任さとそれれに無批判なメディアが許せません。

 志ある市民の自立した活動と、優れた先見性と顧客志向の企業とがコラボレイトすることが、今、課題解決の最も実現可能な道なのではないかと、確信を得るに至りました。今年一年、「エネルギーシフト」も「環境」も、「企業とのコラボ」をキーワードにして結果を出したいですね。

皆さん元気!ケンユー会総会

Posted by 秋山孝二
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 (株)スズケン(http://www.suzuken.co.jp/)出身者の「ケンユー会」・愛生舘支部は、2年前に10周年を迎え、今年も総会・懇親会が90名の参加で、大きな盛り上がりを見せました。一昨年には記念フラッグも作成し(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1120)、会社を卒業してなお、会社と共にイキイキ暮らしている多くの皆さまと接し、私自身、元気を貰いました。

 今年はOB4名のカラオケも初登場、そのうち松本公良さんは新会員とのことでしたが、在社中、秋山愛生舘90周年・100周年、毎年の出陣式余興で、玄人はだしの歌で盛り上げていました、先日は久しぶりの熱唱パフォーマンスに、往年の活躍を(?)蘇らせました。素晴らしい唄だったのですが、題名は忘れました、申し訳ありません。

相変わらず上手ですね、松本公良さん!

熱唱、相変わらず上手ですね、松本公良さん!

  もう一人、函館支店の倉庫・配送で活躍され、昨年上映された映画「海炭市叙景:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6917」に、存在感抜群で出演していた萩原清さんも登壇しました。濃紺のオシャレなワイシャツ・黒ズボンにサングラス、どこから見ても「○○ザ」です!

どうみても「○○ザ」ですね、萩原清さん!

演劇でも活躍する萩原清さん!

 来賓で名古屋からお越しいただいた(株)スズケンの伊藤副社長のお話によると、3月の東日本大震災では、お得意先の医療機関に必死で医薬品をお届けし続ける一方、スズケンの東北エリアの物流センター、支店等でもかなりの被害が有ったようです。支店屋上に数日間避難したり、犠牲になった方もいらっしゃったと報告もありました。全国で営業展開し、医薬品の流通を通じて日々社会への責任を果たそうとするモラルの高さに感動しながらも、被災とは無縁ではいられない難しもあるのですね。先日のお話では、被災復旧への投資等も多額に上り、来年の年間配当は、これまでの一株62円から50円へと減配の予定とか。秋山財団運営には大きな打撃であり、来年度事業計画に織り込んで対応を考えなければなりません。

 今回の大震災、巡り巡ってどんなリスクとなって降りかかるかまだまだ予断を許しません、北海道経済の今後への大きな影響を考慮する必要もあり、気の抜けない数年間です。

街に出れば、懐かしい人との出会い

Posted by 秋山孝二
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  札幌のまちは190万都市と言えども、中心部の繁華街を日中20分程も歩くと、必ず知った人に会うから面白いです。この数ヵ月間、駅の構内、地下鉄駅の通路他で、懐かしい人たちと「劇的に」お会いしました。

4月初めにJR札幌駅を地下鉄から北口方面に向かって歩いていると、昔の会社のMさんと思われる人が軽い足取りでやってくるではありませんか。思わず声を掛けるとあちらも「お久しぶりです」と、変わらぬ「笑顔」でご挨拶。「あと数ヵ月で定年となり、稚内勤務から札幌に戻り、暫く本社に居る事になりました」と。初めて会ったのはもう30年以上前になりますか、それ以来いつも若くて溌剌とした雰囲気の彼も定年というのは、俄かには信じられないのですが、時の流れは確かなのでしょう。素晴らしい笑顔のお陰で、一日中私は力を頂きました。彼の札幌での充実した生活を祈念しています。

それから間もなく、今度は朝の地下鉄円山公園駅の通路でした。公立高校の入学式の日で、お子さんと親と思われる姿が何組も通り過ぎて行きました。と向こうから来る若く見える男性、あちらも私を見ていたその時、「S・N」と思わずフルネームで呼びとめたのです。ほぼ同時に「しばらくです」と元気な声が返ってきました。今、会社で首都圏の営業部の幹部となって活躍している事、今年から娘さんが市立旭ヶ丘高校に入学した事を短い会話のやり取りで知りました。日に焼けて元気あふれる顔つきに、随分大人になったなと思うと同時に、これからも期待したい気持が湧いてきましたよ。

更に、かでる2・7でフォーラムがありその帰り道、大通公園を横切って歩いていると、後の方から男性の声で「秋山社長ではありませんか」と。振りむくと一瞬名前は出てこなかったけれども懐かしい笑顔の顔、そして隣には会社の同期の女性も。「今どこにいるの」と聞くと、「保険会社にいます」との返事でした。すぐに名前も思い出し、入社年月日を聞くと100周年後でしたから私が社長の時です。背の高い爽やかな彼は、当時入社1年後に新入社員への歓迎の辞か何かを述べた事で記憶に残っていました。10分以上も路上で話をしていましたかね、連絡先を聞いて別れましたが、その日も何かとても自分自身元気が出ていました。

先週の土曜日夜に、(株)スズケンhttp://www.suzuken.co.jp/出身者の会「ケンユー会」愛生舘支部の総会・懇親会が例年通り開催されました。1998年に(株)スズケンと(株)秋山愛生舘が合併した後、当時秋山愛生舘の出身者の会だった「愛進会」もスズケンの出身者の会「ケンユー会」と合併したのです。会社の合併は今では良くある話になりましたが、出身者の会(OB・OG会)も合併というのは大変珍しい事だと思いますね。多くの場合は、出身者というのは合併等には批判的、或いは現在の経営幹部をはじめとする現役に対しても否定的です。毎年ではありますが、先日は特に参加者も多く、現在の会社の状況・新しい取り組み・今後の展望等も本社の現役副社長から説明があり、出席した皆さんは大変興味を持って聴いていました。

10周年記念で作成した支部旗

10周年記念で作成した支部旗

昭和20・30年代に会社で仕事をした方々は、「自分にとって、会社で学んだ事が人生のすべてだった」とおっしゃっていました。古き良き時代と言ってしまえばそれでお仕舞いですが、お花見、海水浴、年末もちつき、新巻しゃけの12月ボーナス、会社が大家族のようで懐かしい時代でした。
50歳を越えてくると、体力的には確かに衰えを感じはしますが、思い出の分母は大きく拡がっているので、人との再会をはじめ沢山の体験に基づく多様なストーリーによって、繰り返し繰り返し自分自身で楽しめるみたいな、そんな充実した気分になるのが不思議です。特に人との思い出では、相手の成長と変化(決して老化とは言いません)も楽しめて一層物語に深みが増しますね。
先日の出身者の会では、「眉毛から額のあたりがお父さんそっくりになってきたわね」とか、悪ガキで倉庫・事務所で遊びまわった私を家族のように評した女性もいらっしゃいました。皆さん、会社を離れてもうかなりの年数が経ているにもかかわらず、懐かしい思い出・貴重な経験として心に残っている素晴らしさ、今会社で働く人々も是非将来そんな感動を持って頂きたいと祈るばかりです。
10周年を記念して撮影した集合写真の出来上がりが楽しみです。