バックヤードツアー @ 札幌

Posted by 秋山孝二
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 来月オープンする「札幌市民交流プラザ(https://www.sapporo-community-plaza.jp/」にある二つの舞台、「札幌文化芸術劇場(hiitaru)」と「クリエイティブスタジオ」のバックヤードツアー、演劇関係者の皆さんとご一緒に隅から隅まで歩きました。

 クリエイティブスタジオのこけら落とし公演は、斎藤歩・納谷真大も出演する「ゴドーを待ちながら(https://www.sapporo-community-plaza.jp/creativestudio_godot…」です、楽しみですね。

 この日のバックヤードツアーは、まずは「クリエイティブスタジオ(https://www.sapporo-community-plaza.jp/facility_creativestudio.html」から。

クリエイティブセンター

クリエイティブスタジオ

 そこから上の階の「札幌文化芸術劇場(hiitaru)(https://www.sapporo-community-plaza.jp/theater.html」へ。大道具搬入エリアからステージ裏へ。

メインステージ舞台裏

メインステージ舞台裏

ステージ奥のスクリーンと裏舞台

ステージ奥のスクリーンと裏舞台

 下手からステージ、そこから見る観客席とオーケストラボックス。

メイン観客席

メイン観客席

4階席から舞台を望む

4階席から舞台・1階客席を望む

 ロビーは吹き抜けで北海道の広大な雰囲気も。

ロビーから

ロビーから

 外は、藻岩山、創成川、大通り公園、テレビ塔と、札幌のシンボリックな景色が広がります。

外の景色も最高

外の景色も最高

 公共スペース・エントランスロビーからのエレベーターは、9階まで観客席用。

エレベーター内

エレベーター内

 バックヤードの資材、大道具等を運ぶ10トンエレベーターも豪快です。建物が上下する感じ。

10トンエレベーター

10トンエレベーター

 地下のトラックヤードは11トントラックが2台同時に着ける場となっています。

地下のトラックヤード、同時に2台

地下のトラックヤード、同時に2台

 10月の札幌市民芸術劇場(https://www.sapporo-community-plaza.jp/theater.html)のこけら落とし公演は、「ヴェルディ作曲 オペラ アイーダhttps://www.sapporo-community-plaza.jp/event_181007.html」です。私も(公財)北海道演劇財団の理事長として、前日の開館祝賀会とともにご招待を受けています、こちらも楽しみですね。

 札幌に、また一つ、文化の拠点が生まれようとしています!

【補足】黒田伸さんのこと

Posted by 秋山孝二
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 ひとつ前のブログに、「 日本野球のルーツ、本当は・・・」と題して、みらい塾塾生の黒田伸さんのプレゼンをご紹介しましたが、実は、黒田さんと私との関係で、大切なことを書き忘れていたので、「補足」で掲載します。

 以前、黒田さんとお会いして、いろいろな話題に花が咲いていた時、偶然、ご自身の中学校時代のお話になりました。「黒田」姓なので、ご先祖は薩摩と伺っていましたが、千葉県船橋市で育ち、千葉大学付属中学校に通っていたとのこと。咄嗟に反応した私は、「いつ頃になります?」とお聞きすると、昭和48年頃とのご返事。当時、私は千葉大学教育学部の学生で、3年・4年で教育実習生として付属中学校で授業を行っていたので、もしやと思って、当時の理科教諭のお名前、関先生、飯岡先生、宮脇先生と言い始めたとき、「習いました!」とおっしゃるではありませんか。

 さらに時期を詳細に擦り合わせると、どうやら私の教育実習授業を受けたクラスの生徒だったようなのです。付属中学校にはたくさんの教育実習生がやってくるので、生徒たちは学生を試すように意地悪な質問を浴びせていたと黒田さんはおっしゃっていましたが、私の記憶ではそれ程の生徒からの「いじめ?!」はなかったです。むしろ、理科の実験とか部活の様子に密着してみて、自力のある生徒たちだなと、感心したことを覚えています。

 実は、私も札幌の北海道学芸大学(後の北海道教育大学)付属中学校で学んだので、同じように教育実習生が年間たくさんやってきて、似たような思い出を持っていました。当時は、藻岩山の麓でしたので、授業中で退屈な時は、窓から見える藻岩山を眺めていたこともありましたね。

 そんな私の思い出はこちらーー>

* 原風景 http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9598

* 2016年 http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=28152

 いずれにせよ、本当に縁というのは奇なり、まさか40数年経て札幌でこのようなお話で盛り上がるとは、夢にも思いませんでした。教え子との再会ばかりでなく、教育実習の時の生徒との再会というのも、なかなかのものです!

* 教え子との再会1 http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=32009

* 教え子との再会2 http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=32162

木朝会、秋元克広札幌市長

Posted by 秋山孝二
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 7月に設立30周年の記念会(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=30912)を開催した早朝勉強会「木朝会」、新たなスタートは札幌市の秋元克広市長で始まりました。姉妹都市のミュンヘンから帰札されたばかりのご多忙の時、朝7時からの会合に元気いっぱいご出席頂き、心から感謝致します、札幌の街づくりの過去・現在・未来、素晴らしいお話でした。以前からお願いし続けてやっと実現して嬉しかったですね。

札幌の過去・現在を丁寧にご説明

札幌の過去・現在を丁寧にご説明

正確な現状把握から政策展開

正確な現状把握から政策展開

 秋元市長は、これまで市役所の中でIT系企業とのお付き合いとか新規プロジェクトに携わってこられ、新しい時代の変化、イノベーションへの感度もよく、一方企画畑も長かったので、大変政策に明るく、丁寧な説明が課題に正面から向き合う姿が印象深いです。

 例えば、昨年の札幌は、冬の降雪が11月からあり、札幌市の除雪費に補正予算を組んだと今年の正月の北海道経済同友会新年会でご挨拶をされていました。今年3月でしたでしょうか、市長をお招きしての十人程度の夕食会があり、そこでお会いした時、私が質問する前に秋元市長の方から、「除雪費の補正は組んだけれど、それを全部年度末までに使おうとは思っていません」とおっしゃっていました。1月、2月の降雪が極めて少なく、丁度私はそれが気になっていたので、お伺いしようと思ていたのですが、実にロジック明解に誠実にご説明されていました。選挙で選ばれるお立場なのに市民に媚びる所がなく、堂々と政策を立案し実践する姿に、大きな拍手を私は送り続けたいと思います、役所の内外、裏で支えている方々の見識と知恵にもです。

未来志向のお話も夢が!

未来志向のお話も夢が!

 プレゼン最後の写真、薄暮の冬、藻岩山山頂からの景色です、素晴らしい札幌、中央の政治は迷走し見るも無残ですが、我がふるさと札幌は秋元克広市長をリーダーに政令指定都市として力強く発展していくでしょう。

 秋元克広市長、ありがとうございました!

春の活動 @ 札南高学校林(1)

Posted by 秋山孝二
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その1 <オオムラサキの越冬幼虫観察ほか>

 札南高学校林では、エゾエノキの植林、オオムラサキの繁殖、シイタケ他の菌類栽培等、作業道整備、間伐の基盤整備活動と並行して、様々なプロジェクトが動き始めています。これまでの「保全」一辺倒から、「環境林」、「教育林」として目的をもって働きかけていく新たな方向性です。

 105年目を迎える今年、昨年の幼虫観察に続いて、まずは、オオムラサキの越冬幼虫の観察とエゾエノキの種の採取です。

 昨年の幼虫観察――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=27696

三つ(匹?)葉の裏に生きています

三つ(匹?)葉の裏に生きています

葉と全く同じ色で

葉と全く同じ色で

 幼虫はあと数回脱皮を繰り返し、蛹(さなぎ)を 経て見事なオオムラサキの成蝶へ。

箱崎陽一先生撮影のコレクションから

箱崎陽一先生撮影のコレクションから

 オオムラサキの繁殖に欠かせないのが、エゾエノキです。これまでに、400本近くを定時制生徒たちによって学校林に植林されていますが、全てが順調に生育しているとは言えず、今年から少し場所を変えて、直播きでスタートしようと、先日、札幌市内藻岩山すそ野で種の採取を行いました。

たくさん落ちてはいます

たくさん落ちてはいます

黒い種

黒い種

ゆるり、スタート!

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 年末の片付けは未完のまま年を越し中途半端な年末でしたが、年明けは子供たち家族の訪問もあり、静かにゆっくりスタートしました。

 昨晩は、高校同期会が札幌市内のホテルで開かれ、私は世話人の一人で23名が集まりました。大きなテーブルを皆で囲んでの懇談は、例年以上にそれぞれの近況、今年の抱負も聞くことができて楽しいひと時でした。ただ、昨年亡くなった友も複数いたり、長期的に体調が今一な同期もいたりで、健康にはくれぐれも注意して、生きていることの喜びと感謝は、年を経る毎に感じると皆言っていました。

終わった後みんなで記念撮影

終わった後みんなで記念撮影

 昨晩、中学も同期の友・谷井純くんから、今年のゴールデンウィークの頃に、東京で中学校同期会を行う計画があることも教えて貰いました。65歳を越えて、何かとても札幌の原風景の藻岩山、手稲山、豊平川、大通り、市電等が懐かしく思われる昨今なのでしょうね、古谷滋海・和久くん兄弟、北原規くん、南英明くん、他が集まりそうです、楽しみです。できるだけ多くの同期にお声をかけたいと思っています。

 そうこうして本日を迎えてFacebookを見ていると、大阪での今井紀明くんのメッセージが目に留まりました、読売新聞関西版の記事です。

* http://www.yomiuri.co.jp/osaka/feature/CO027214/20170104-OYTAT50022.html

 彼は、一昨年10月の「新渡戸稲造記念遠友みらい塾(http://enyumirai.main.jp/)」発足会議に参加してくれました。

「遠友みらい塾」発足会議

「遠友みらい塾」発足会議

右から二人目の今井紀明くん

右から二人目の今井紀明くん

 それぞれの世代が、混とんとする時代の中で真摯に生きていこうとする姿、誠実ですし大切にしたいですね、今年も宜しくお願い致します!

「愛生神社 例祭」、そして冬へ

Posted by 秋山孝二
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 札幌市中央区南1条西5丁目にあるテナントビル「愛生舘ビル(http://aiseikan.net/」は、明治時代から昭和42年まで(株)秋山愛生舘の本社でした。

これまでの「愛生舘ビル」関連記事

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=27586

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=27588

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=16586

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~~~~~~~~~~~~~~~~~

所在地: 〒060-0061 札幌市中央区南一条西五丁目8番地(南一条電車通り沿い南側)

アクセス: 地下鉄「大通駅」1番出口徒歩2分

構造: 鉄筋鉄骨コンクリート造り地上7階地下1階

延床面積: 4,713.20平方メートル

建築誌:

第一期工事 1955(昭和30)年11月 南側敷地に地下1階地上3階

第二期工事 1961・1962(昭和36・37)年 北側敷地に地下1階地上5階

第三期工事 1981(昭和56)年9月 地上7階に増築

設計・監理: 三菱地所株式会社  施行: 大成建設株式会社

所有者: 秋山不動産有限会社

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 新築以来、このビルの屋上には「愛生神社」神殿が設置されていましたが、永年の風雪で木造建屋が老朽化し、現在はコンパクトな形で4階ビル管理室に移設されています。本社時代は毎年11月3日に、秋山愛生舘創立記念日と同時に例祭を開催していました。現在も例祭は毎年11月3日前後に、南1条西8丁目の三吉神社(https://retrip.jp/articles/56824/)・佐藤千昭宮司により執り行われていますが、今年は少し遅れて先日、無事終了しました。愛生神社は、下記の三神様を祀っています。

一、倉稲御魂大神(ウカノミタマノオオカミ)…穀物・農耕・商工業の神様(http://www.kaiunnoyashiro.com/jinja-link/0-ukanomitamanokami.htm

一、大国主大神(オオクニヌシノオオカミ)…出雲大社の祭神・開拓の神様(https://kotobank.jp/word/%E5%A4%A7%E5%9B%BD%E4%B8%BB%E7%A5%9E-674555

一、少彦名大神(スクナヒコナノオオカミ)…出雲大社の祭神・薬の神様(http://japangod.dip.jp/%E5%B0%91%E5%BD%A6%E5%90%8D%E5%91%BD.html

今は愛生舘ビル4階管理室に

今は愛生舘ビル4階管理室に

 この機会に、この界隈について少々振り返ってみましょうか、愛生舘ビルHPから引用です:~~~~~~~~~~~~~

 アイヌの人たちが住んでいた蝦夷(えぞ)地は、明治2(1869)年に「北海道」と改称され、開拓使が置かれて、「札幌本府」の建設が始まったのが札幌の誕生の第一歩です。このときの判官・島義勇(しまよしたけ)は、円山の丘からはるか東方を見渡し、街づくりの構想を練ったといわれています。

 その後、明治8(1875)年、最初の屯田兵が入植し、先人たちは遠大な札幌建設計画に基づいて、鉄道を敷き、産業を興して、現在の原形となる市街地が形成されて、道都・札幌を築きました。大正11(1922)年の市制施行により「札幌区」が「札幌市」となり、近隣町村との度重なる合併・編入によって市域・人口が急速に拡大し、昭和45(1970)年には人口が100万人を突破、2年後の昭和47(1972)年に政令指定都市へ移行しています。同年の札幌冬季オリンピックの開催を機に、地下鉄などの新たな都市インフラの整備が進むなど飛躍的に成長を遂げ、人口190万人を有する大都市へと発展しました。

 このように急速な発展をしてきた札幌市ですが、人々の価値観やライフスタイルが多様化し、これまで増加の一途をたどってきた人口が平成27(2015)年をピークに初めて減少に転じることが見込まれる中で、従来の「量的な成長」から「質的な成長」をより重視する時期を迎えています。

 愛生舘ビルは、札幌の歴史のまさに原点・「本府」に位置し、今もこのまちの町内会は、「本府連合町内会」として開拓当時の意志、「本府の心」を受け継いでいます。

 ここは、明治24(1891)年創業の医薬品卸業・株式会社秋山愛生舘の本社があった場所です。すでに120年を越えた歴史を刻み、この街の変遷をじっと見つめ続けてきました。愛生舘ビル周辺の南1条電車通り界隈は、昔は自転車、原付バイク、トラックが頻繁に出入りする、まさに商業の拠点でした。昭和30年代には、玉木塗料店、山田文具店、そして、昨年まで続いた中山商店ほか、大勢の人が暮らし、小売店が連なる商業の拠点、人が集うにぎやかな街並みでした。

 ここのキーワードは、「大通公園」、「狸小路」、「駅前通り」、「南門通り」、「ススキノ」、「4丁目交差点」、「三吉神社」、「北海道神宮・頓宮」、「雪まつり」、「市電」・・・・、それぞれに歴史・文化の香り高いものばかりです。

昭和30年代の南1条・大通界隈(西から東方面を望む)HPより

昭和30年代の南1条・大通界隈(西から東方面を望む)HPより、手前中央部が愛生舘ビル

 ~南1条電車通り界隈~

* 「南1条電車通り」は、大正7(1918)年、札幌の最初の市電3路線の一つで、多くの市民の足として、100年近く毎日走り続けています。

* 「大通公園」は、公園であり、通りであり、イベント会場にもなります。冬の「雪まつり」を始め、今では春・夏・秋・冬に多彩な行事があり、札幌市民の集う場所で賑わっています。

* 「狸小路市場(西6丁目)」は、この地域の日々の買い物をする馴染みの場でした。

* 「ススキノ」は今も変わらぬ大歓楽街、昔も今も大人の場所です。

* 「駅前通り」は、まさに札幌駅から中島公園に至る札幌の顔です。

* 「南門通り」は、道庁南門に通ずる道で、終戦直後、進駐軍が札幌に駐屯した時に、ススキノ方面から道庁まで、電車通りを渡って行進があったそうです。

* 「風物誌」としては、2月の雪まつり(大通公園)、5月の三吉神社例大祭、6月のさっぽろまつり(札幌神社例大祭)、8月の盆踊り(狸小路)等でしょうね。

 <市電の歴史>

大正 7年   初めて3路線(南1条線、停公線、南4条線)・5.3㎞でスタート

昭和 6年   山鼻西線開通で23.4キロメートルへ

昭和33年   国内初の路面ディーゼルカー運行開始、道産ボギー車運行開始、藻岩山ロープウェイ営業開始

昭和34年   婦人子供専用電車運行開始

昭和46年   <地下鉄南北線開通(北24条~真駒内間12.1Km、14駅)>

大幅路線廃止: 苗穂線、豊平線、西20丁目線、北5条線、鉄北線、電車完全ワンマン化になる

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~引用 おわり

 「愛生神社」の例祭を終えると、札幌もいよいよ冬本番です。私にとっては生まれてから18歳まで暮らした場所、65年を経て周囲も変貌していますが、土地が放つメッセージは忘れたくないですね、まさに「SAPPOROっ子」としてのルーツですから。

祝、附属札幌中学校70周年!

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 北海道教育大学附属札幌中学校の開校70周年記念式典・祝賀会が開催されました。南2条西15丁目に戦後開校して、南22条に移転し、さらにあいの里に移り、現在に至っています。

* こんな動画も――> http://www.lyricslisten.com/-22-wKYsBBqNank

あいの里・校舎体育館での式典

あいの里・校舎体育館での式典

 式典では全校生徒による合唱ほか、素晴らしい心のこもったプログラムの数々でした。

全校生徒による合唱

全校生徒による合唱

 生徒会長のご挨拶も立派でしたね。

前生徒会長の言葉

前生徒会長の言葉

生徒会長の言葉、素晴らしい内容!

生徒会長の言葉、素晴らしい内容!

 夜は会場を札幌プリンスホテル・パミール館に移して行われました。佐々木貴子校長のご挨拶に始まり、ご来賓の北海道教育大学理事、同窓会会長の祝辞と続きました、皆さんメッセージ満載の聞き応えのあるお話でした。同期ごとに丸テーブルの指定座席、私の隣には何と50年ぶりくらいに再会した東京からの同期生でした、ほかにも2期先輩たちもご一緒に、ひと時同窓生として等身大の会話が楽しかったです。

夜は祝賀会@札幌プリンスホテルパミール

夜は祝賀会、佐々木貴子校長のご挨拶@札幌プリンスホテルパミール

 会の終わりは校歌斉唱(http://www.lyricslisten.com/-_Y6mnS0YUgA)、この校歌は途中から転調するなど本当にモダンで歌詞もよく、「藤房」、「アカシア」、「藻岩嶺」、サッポロの香りいっぱいです。式典の時に、2期生の大先輩がおっしゃっていましたが、この校歌は、最初の南二条時代の校舎の風景を謳ったものだそうです、「藻岩嶺を仰ぐ学び舎」等。

会は校歌斉唱で幕を閉じる

会は校歌斉唱で幕を閉じる

 式典での出席者へのプレゼント、生徒一人一人のメッセージが書き込まれた藍染、真心こもるメッセージを届けて頂きました。

全員へのプレゼント・藍染:生徒一人一人の手書きの言葉も添えて

全員へのプレゼント・藍染:生徒一人一人の手書きの言葉も添えて

 今回の70周年記念誌で、同窓会からのメッセージに私も副会長として寄稿しました。~~~~~~~~~~~~~~~

70年、時代は巡る 同窓会副会長(第18期) 秋山孝二

開校70周年、心からお祝い申し上げます。

 私にとっての「中学校」は、まずは自分自身の附中の学校生活、藻岩山麓で部活動と生徒会活動の充実した日々でした。部活は決して誇るべき戦績は残せませんでしたが、主将として自分たちで練習メニューを工夫・作成し学びが多かったです。体育祭、文化祭では、生徒会長として生徒たちの自主的企画・運営等、仲間との葛藤を乗り越えて、やり切った感は今でも記憶に鮮明です。

 もう一つは、大学を卒業してからの東京都江戸川区立中学校の理科教諭の経験です。僅か5年間でしたが、私の人生の中では実に濃密な時間でした。子供が特に好きだった訳でもない私は、中学校時代から将来は中学校教諭になりたいと考えていた様で、附中卒業文集には「僻地教育――千里の志」と書いてあります。その後、朝永振一郎博士に憧れ、「物性物理学」に挑戦するも、大学卒論作成過程で私は研究職には向いていない事を痛感しました。退職後は札幌で企業経営に携わり、ふと仕事で考え事をしていると、「こんな風に思考した事が以前にもあったな」と気がつく時が度々ありました。不思議なもので、記憶の引出しに確かに仕舞い込んだ教師生活の数々の経験が、鮮やかに甦り、経営の場に大いに役に立ちました。

 教諭時代、私は男子・女子バレーボール部の監督で、学級担任以上に部員と365日の生活は、その中でも一番貴重なものです。当初は出ると負けのチーム、試合場に向かう我々は屠場へ引かれる牛の心境で、負けても笑顔の子供達に、「お前達、悔しくはないのか!」と怒鳴り、試合後バスも使わせずトボトボと歩いた日々でした。学校近くまで来た時、一人の男子が「先生、今度は恥をかかせないように俺達頑張るから」とポツリと言ってくれました。

 猛練習の甲斐があり、やがて厳しい地区予選を勝ち抜いて、都大会へ男女そろって出場できるまで成長し、特に女子は、接戦を粘り準決勝に進出し、あと一歩で全国大会出場と強くなりました。子供達はその後、インターハイで全国優勝したり、日本体育大学応援団長になったり、実業団チームの一員としてテレビのバレーボール中継で見たり、なかなかの活躍のようでした。

 生活指導は、子供達にとってより、私自身の人生勉強になりました。二十代の私は、正義感ゆえに子供達を随分傷つけたような気がしています。「教育とは子供達に自信を与える事である。その為には教師は立ちはだかる壁になり、時には支える踏み台になれ。教師自身の正義感で、子供を悪者扱いしてはいけない」、私の尊敬する学年主任の一番印象に残る言葉でした。家出した子、万引きした子、警察に捕まった番長を理科実験準備室に個別に呼んで話をすると、皆、実にいい子たちでした。自分の学校の下級生が他校生にお金を強奪された時、「俺の力が足りなかった」と号泣した番長。「いや、お前のせいではない」と肩をたたき、ともに涙を流した自分が懐かしいですね。

 沢山の中学生を見てきて、私は確信します、附中生は間違いなく社会、組織のリーダーを期待されている、と。混迷する21世紀、鍛えられた附中生にこれからの日本を担って頂きたい、今、まさにそんな思いです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 引用 おわり

 私にとっては、藻岩山の風景と小学校・中学校の思い出が濃いですね。以前にもブログにこう書きました。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9598

~~~~~~~~~~~~私の母校の小学校校歌「明星輝く藻岩の山の、気高き姿を日ごとに仰ぎ・・・」、中学校校歌「藻岩嶺を仰ぐ学び舎、我ら今、ここに集いて・・・」、高校校歌「明日に望む藻岩嶺に、夕べ河畔の豊平に・・・」、全てに登場する「藻岩山」は、私の心のふるさとです。

 札幌の街は、西側に山並みが連なり、南西に藻岩山、南9条通りから西を望むと円山が、南大通から西を望むと大倉山が、北5条通りから西を望むと三角山が、そして遥か北西には手稲山を仰ぎみることができ、景観的にも明治時代の開拓設計者の素晴らしいセンスに感謝したいですね。

 先日、東京からのお客様を、久しぶりに藻岩山観光道路を走って藻岩山頂にご案内しようと思って近くまで言った所、「現在休止中」との看板が掛っていました。山頂の建物のリニューアルで今年12月まで休業とのことでした(http://moiwa.sapporo-dc.co.jp/)。藻岩山頂からの夜景は素晴らしいですね、函館山と世界に誇れる夜景だと思います、香港、長崎なども行きましたが、比較になりません。

 遠くから眺めてもよし、登ってもよし、夜の夜景もよし、こんな素晴らしい山は私のこれまでの人生にはありませんですよ!~~~~~~~~ 引用 おわり

 今年は先月の小学校開校130周年(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=27847)、高校の同窓会総会・懇親会(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=27903)、そして今月の中学校開校70周年、記念すべき節目の年となりました。人生65年を越えてくると、思い出が遠退くのではなく、新たな出会いで一層膨らむから不思議ですね、皆さんありがとうございます!

愛生舘ビルガーデン、出現!

Posted by 秋山孝二
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 札幌市中央区南1条西5丁目の愛生舘ビル(http://aiseikan.net/屋上で、スポット的なビアガーデンが出現、初めての試みにもかかわらず、60数名のご参加で賑わいました。コールマン(Coleman)(http://www.coleman.co.jp/の皆さまには大変お世話になりました。

愛生舘ビル屋上での初めての試み、ビアガーデン!

愛生舘ビル屋上での初めての試み、ビアガーデン!

北を向くと大通、北海道庁、南門通り

北を向くと大通、北海道庁、南門通り

南西には藻岩山のシルエットも

南西には藻岩山のシルエットも

 私は5時の開始時刻よりも1時間以上も前に行って、持参の缶ビールでお試し体験、西日がまだまだきつい時間帯でしたが、トンボが飛び、少しすると夕方の風が心地よかったです。今回の参加者、最初から最後までどんなグループなのか私には分かりませんでしたが、明らかだったのは私が最年長だったことです!皆さん、それぞれに飲みながら食べながら、実に楽しそうに歓談している姿は、見ているだけで心地よかったですね。

 ビールを少々の後は、大きなボトルのワインを数杯、いやかなりかもしれません。日が暮れる頃には溢れんばかりの人が次から次へと屋上に、賑わいは最高潮。

予定時刻前から三々五々、人が集まりだす!

予定時刻前から三々五々、人が集まりだす!

 終了予定時刻になっても話は尽きず、6階の愛生舘サロン(http://aiseikan.net/salonに移ってさらに懇談は続きました。私は途中で帰りましたが、翌日聞くと、12時過ぎまで帰る人がいなかったとか。若さと言うか何というか、人と会って話すことがこんなにもエキサイティングなことかと、あらためて感じた次第です。

終了予定時刻後は、6階愛生舘サロンに移動して深夜まで!

終了予定時刻後は、6階愛生舘サロンに移動して深夜まで!

 今まで、屋上でこのようなイベントをするなど考えも及ばなかったですが、若い連中の発想は若い仲間には響くのですね、越えられない世代の違いを痛感しながら、何か嬉しさもこみ上げて来たりして・・・。すっかり最年長者のつぶやきになっていました。また、機会を見つけてやりたいとは、皆さんの一致した感想でした。ただ、準備側から言うと、7階から屋上までの階段を重たい器具を運ぶのは、結構、体力勝負の所があり、選ばれし者だけの作業になりそうです。

卯月、札幌中島公園 2016

Posted by 秋山孝二
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 4月、中島公園には思い出が多いです。僅かに残る雪、菖蒲池の水面、遠くの藻岩山、札幌の春の光景は素晴らしいですね。

マンション群を見ながら

マンション群を見ながら

中島公園菖蒲池から藻岩山

中島公園菖蒲池から藻岩山

 豊平館は今年お色直しも完了してリニューアルオープンです。こちらでその詳細が分かります。

――> http://nakajimapark.info/houheikan/houheikan.html

新装オープンの豊平館

新装オープンの豊平館

 人形劇で有名な「こぐま座(http://www.syaa.jp/sisetu/gekijou/kogumaza/」、公演案内が昭和を醸し出す雰囲気で。

こぐま座のレトロな公演案内

こぐま座のレトロな公演案内

 5月初旬には北海道演劇財団・札幌座の花見が、この中島公園で恒例により催されます、毎年、「花より団子」ですが。

 日一日、春になってくる北国・札幌、中島公園です!!

2財団・合同報告会 in 2014

Posted by 秋山孝二
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 今年で第4回目を迎える前田一歩園財団(http://www.ippoen.or.jp/)さんと秋山財団(http://www.akiyama-foundation.org/)との「合同報告会」が開催され、この会もすっかり定着して、交流会の最後まで活発な意見交換となりました。

 秋山財団のHPより先に、こちらのHPにも掲載して頂きました、ありがとうございます。

* http://minnanohana.net/2014/07/11/

 これまでの報告会は以下の記載の通りです。

* 2011年 http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9140

* 2012年 http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=13683

* 2013年 http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=17201

事 業 名、プロジェクト名

1 /  Rio+20 北海道ネットワークプロジェクト

1 /「藻岩山の森林と関わるきのこたち」きのこと野生の花の本を刊行

2 / 次のエネルギー社会を担う人を生み出すエネチェン塾

3 / 森と里つなぎプロジェクト

昼 食(50分間)

4 /「みん菜の花」プロジェクト

2 / 富ヶ岡の森環境整備・地域活性化第1期事業

5 /和解と平和のための東アジア市民ネットワーク

3 /北海道ラムサールネットワークと子どもラムサール交流会

中間質疑(10分間)

6 /「ハッカの香るまちづくり ~ 地域の伝統的農産物を後世に伝えよう ~」

7 /ともにつくろう!江別から発信 食文化の創造

8 / 高校生による被災地とのネットワーク形成

4 / 十勝海岸湖沼群自然調査

中間質疑(10分間)

9 / 医療スタッフの地産地消 ~住民主導で創る世界一の看護学校

5/ 「野生植物入門書 花も実も美しい!」の出版

6 /「なまら!!サロベツ∞クラブ」~ 次世代環境リーダー育成事業 ~

10 / 道内の意思伝達支援普及プロジェクト

中間質疑と休憩(20分間)

7 / 栗山町ハサンベツ里山地の水辺環境の復元と創出

11 / 歴史は生きる力「れきし・いのち」プラットホームプロジェクト

8 / 南北海道・大沼湿地の野生生物ガイドブック「沼のいきもの」の出版

12 / 積雪・極寒冷地域のいのちを護る防災・減災への取り組み-いきるための力を創出する

冒頭のご挨拶

前田三郎理事長に続いて冒頭の私の挨拶

 前田一歩園財団の前田三郎理事長に続いて、私からの冒頭のご挨拶、今年は、「私たちは活動をただ『応援する』ではなく、『徹底的に応援する』のです」、「研究、活動において『挑戦的』、『先駆的』というのは、研究者・活動者側の意欲とか姿勢というよりも、むしろそれを受け入れる組織、社会の側の問題ではないのか」、「私たちの財団は、それらを応援し受け入れる『覚悟』はすでに出来てます」、北海道日本ハムファイターズの大谷翔平くんの二刀流挑戦、STAP細胞研究の小保方晴子さんの論文発表等を例にとって、皆さんにお伝えしたつもりです。

 続いて今年は20の活動団体からのご報告、午前11時から昼食休憩を含めて午後5時40分までの報告会となりました。

 報告会の動画は近々掲載されます、こちら――> http://www.ustream.tv/recorded/50868288

みん菜の花プロジェクトの成果

「みん菜の花」プロジェクトの成果

極寒地の災害予防

積雪・極寒令地のいのちを護る防災・減災への取り組み

東アジア人道支援

和解と平和のための東アジア市民ネットワーク

iCare北海道の3年間の成果

道内の意思伝達支援普及プロジェクト「iCare北海道」の成果

 今回の報告会を準備し、当日も切り回した両財団の素晴らしいスタッフたち。終了後はしばし「反省会」、また来年もよろしくお願いします、ですね!写真には一部しかご紹介できず、他のスタッフの皆さん、お許しを。

美女と野獣?

他にも反省会参加者は居ましたが、ここは美女と野獣?

演劇シーズン 2014 冬

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 札幌演劇シーズン 2014 冬(http://s-e-season.com/」もいよいよ終盤を迎えています。これまでにいろいろこの欄に書き留めてきました。

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%BC%94%E5%8A%87%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%B3

「西線11条のアリア(http://s-e-season.com/program/nishisen/index.html)」

会場受付で

会場受付で

■キャスト
木村洋次 佐藤健一 弦巻啓太 宮田圭子 林千賀子 山本菜穂 高子未来
川崎勇人(劇団東京乾電池) 彦素由幸(札幌ハムプロジェクト)
上田文雄(札幌市長) ※上田市長のご出演は2月15日(土)14:00開演の回となりました。

■スタッフ
照明プラン:熊倉英記(株式会社ステージアンサンブル)
照明オペレーター:矢口友理(株式会社ステージアンサンブル)
音響プラン:百瀬俊介(shusa) 舞台スタッフ:札幌座員
宣伝写真:高橋克己
制作:笠島麻衣、横山勝俊
ディレクター:斎藤 歩
プロデューサー:平田修二
 

開場前にはすでに長い列ができて、特に子供連れのご家族、中・高校生ほか、若いお客さんがこれまでの演劇公演に比べて多かったような気がします、嬉しいことですね。

教育文化会館小ホール、開場前からのお客さんの列

教育文化会館小ホール、開場前からのお客さんの列

 この公演、札幌ではこれまでシアターZooでしたが、今回は教育文化会館小ホール(http://www.kyobun.org/)です。当日配布のパンフに私も寄稿しています。

~~~~~~~~~~~ 配布パンフより

札幌で生まれ、18歳まで中央区南1西5で育った私にとって、「市電」は札幌の原風景です。4歳から高校卒業までの毎日、通学は定期券で、特に、「西線:ニッセン」の響きは、藻岩山麓の四季の景色とともに、いつでも心地よさを醸し出します。

20113月、札幌座(前TPS)が初めて「レパートリーシアター」と銘打って、1ヶ月のロングラン公演を行いました。「アンダンテ・カンタービレ」、「西線11条のアリア」、「秋のソナチネ」のオリジナル三作品上演。途中、11日に大震災があり、継続を危ぶまれましたが、「今回の三作品は、いずれも生きることの意味、死とどう向き合うかを描いたものであり、今、多くの方に観ていただきたい」との見識と勇気ある判断で、予定通り公演を続け大盛況でした。

日本全国では、演劇公演はじめ、殆どのイベントがキャンセルになり、札幌でも同様の傾向が見られました。そんな中この企画により、こういった状況であるがゆえに、芸術・文化の価値を再発見した気がします。足を運んだ動機として、「毎日、悲惨な光景のテレビ映像で気が滅入ってしまったので・・・」とおっしゃる方も多かったのです。

もう一つ、シアターZOOがこの年に10周年を迎えました。ロングラン千秋楽お祝いとともに、10周年のお祝いの会も同時に開催されました。札幌にこのような場としての「劇場」がうまれ、演劇人が演劇の仕事に専念できるように、まずはロングラン公演を形にしてみましょうと。そして、「演劇シーズン冬・夏」へと発展し、11月の登竜門としての「札幌劇場祭TGR」を含めて、これまで多くの方々のご尽力で、札幌・北海道に演劇の種がまかれ、芽が出て、今、「産業」としての基盤が創られつつある手応えを感じています。

生命、安全、衣食住の確保、さらにもうひとつ私たちが望むものは、芸術文化に触れる時間です、生きる意味を問い、時空を超えて限りある時間を共有する、私たちの大切な営みです。

札幌座として新しい体制でスタートし、次々とチャレンジが続きます。昨年11月の札幌劇場祭(TGR)参加作品「ロッスム万能ロボット会社」は、すがの公が原作をベースに新ジャンルに挑み、多くの客演を迎えて、それぞれの役者がこの舞台で可能性と新たなイメージに体当たり、私はTGRでもトップレベルの公演だったと信じています。

オレゴン・シェークスピア・フェスティバル(OSF)を越える「創造都市・さっぽろ」の中核として、今、演劇の存在感が着実に増している、そんな実感です。

~~~~~~~~~~~~~ コピー おわり

 

今回の公演はこれまでより広い舞台、目線もいつもよりも下からの観劇となりました。猛吹雪の迫力は今回が一番、雪の量も随分増したのでしょうね、ご飯の炊ける香りは広い分だけ拡散したかなと、少々残念ではありました。「死」に向き合う重たいテーマですが、これまでの公演の中で最も突き抜けた明るさというか、後味の良さを感じました、何が違うのでしょうか、後日ゆっくり聞いてみたいなと思います。

演劇シーズンは札幌市内で演劇のすそ野を広げる目的が第一、子供連れ、小・中・高校生の若いお客さまが多いのは本当に嬉しいし、きっと喜んで帰られたと思っています。

 

今回、サイト「ゲキカン(http://s-e-season.com/gekikan/nishisen.html」の劇評は実に新鮮で面白いです、多くの方々にアクセスして頂きたいですね。

10月の藻岩山、山麓で

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 10月の札幌は、心のふるさととしての「藻岩山&山麓」でしょうね。これまでにもこの欄に、「藻岩山」関連を書いています(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E8%97%BB%E5%B2%A9%E5%B1%B1)。

 今年の秋は、北斜面のロープウェイとケーブルカーを乗り継いで頂上へ、大勢の人で賑わっていました。空気は澄んでいて、北の暑寒別連峰もしっかり視界に入っていました、やはり懐かしいですね、この札幌のマチは。

都心のすぐ近くにこんな山道が

都心のすぐ近くにこんな山道が

藻岩山山頂から市内中心部を望む

藻岩山山頂から市内中心部、暑寒別方面を望む

山麓の伏見稲荷もにぎわい

山麓の伏見稲荷もにぎわい

北海道の演劇、過去から未来へ

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 今年も札幌で始まりました、「さっぽろアートステージ2012:http://www.s-artstage.com/2012/」、そしてその舞台芸術部門の「さっぽろ劇場祭:シアター・ゴー・ラウンド:TGR(http://www.s-artstage.com/2012/tgr2012/)」も盛況です。

 これまで以上に、今年の11月は盛りだくさんです。中島公園の北海道文学館(http://www.h-bungaku.or.jp/)では、特別展示「戦後の北海道の演劇:http://www.h-bungaku.or.jp/」で、多彩なトーク等も12月中旬まで予定されています。

特別展示「戦後の北海道の演劇」

特別展示「戦後の北海道の演劇」

(公財)北海道演劇財団 平田修二専務理事のトークタイム

(公財)北海道演劇財団 平田修二専務理事のトークタイム

 「さっぽろ劇場祭」では、私は今年3年目の審査員です。11月最初から12月1日まで、エントリー作品を12月2日の公開審査会までに札幌市内9劇場で観劇し、今年の「大賞」、「特別賞」、「新人賞」を決めます。公演日時が限定されているので、多い時は一日3つの芝居を渡り歩いて観る時。まさに来る日も来る日も幅広いジャンルの「演劇」鑑賞です。昨日現在、折り返し点間近といった感じでしょうか、熱演が続いていますし、この所は「人形劇」のジャンルが格段に進化しているような気がします。

中島公園から藻岩山を

中島公園から藻岩山を

 気がついてみると、中島公園もすっかり秋の気配、この写真は1週間程前ですから、今日あたりはもう葉っぱもすっかり落ちているかもしれません。色とりどりの紅葉、それぞれのシーズンの収穫期とでも言うのか、2年前にも書きましたが(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6454)、私は「秋」が最も好きな季節です。

北国の春、やっと

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 190万都市の札幌も、やっと春を感じさせる気温になってきました。首都圏ではサクラが満開とか、こちらでは5月5日が開花宣言のようです。

大通公園8丁目、昼下がり

大通公園西8丁目、昼下がり

中島公園菖蒲池畔から藻岩山、夕方

中島公園菖蒲池畔から音楽ホール・キタラ、藻岩山、夕方

  昨年11月に除幕式(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10890)が行われた、「母子像・ふるさと」です。越冬用のブルーシートも取り除かれて、いよいよ初めての春をここで迎えます。多くの皆さまの憩いの場となることを祈っています、特に小さな子供たちの歓声が聞こえてくると嬉しいですね。

市長公邸跡、「母子像・ふるさと」

市長公邸跡、「母子像・ふるさと」

 

 いよいよ北国・札幌も春を迎えます!!!

私の札幌の原風景、藻岩山

Posted by 秋山孝二
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 人には、他の人には何の変哲もない景色に、たくさんの想い出と物語が詰まっている場合があります。この角度からの札幌「藻岩山:http://www.welcome.city.sapporo.jp/sites/moiwa」は、私にとっての札幌の原風景です。3年前のこの欄に、こんな書き込みもしました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=35)。

札幌市中央図書館横から藻岩山を望む

札幌市中央図書館横から藻岩山を望む

 私の母校の小学校校歌「明星輝く藻岩の山の、気高き姿を日ごとに仰ぎ・・・」、中学校校歌「藻岩嶺を仰ぐ学び舎、我ら今、ここに集いて・・・」(http://www.youtube.com/watch?v=tczsnF-FqsI)、高校校歌「明日に望む藻岩嶺に、夕べ河畔の豊平に・・・:http://www.tokyorikka.jp/~minami21/kohka/index.html」、全てに登場する「藻岩山」は、私の心のふるさとです。

 札幌の街は、西側に山並みが連なり、南西に藻岩山、南9条通りから西を望むと円山が、南大通から西を望むと大倉山が、北5条通りから西を望むと三角山が、そして遥か北西には手稲山を仰ぎみることができ、景観的にも明治時代の開拓設計者の素晴らしいセンスに感謝したいですね。

 先日、東京からのお客様を、久しぶりに藻岩山観光道路を走って藻岩山頂にご案内しようと思って近くまで言った所、「現在休止中」との看板が掛っていました。山頂の建物のリニューアルで今年12月まで休業とのことでした(http://moiwa.sapporo-dc.co.jp/)。藻岩山頂からの夜景は素晴らしいですね、函館山と世界に誇れる夜景だと思います、香港、長崎なども行きましたが、比較になりません。

 遠くから眺めてもよし、登ってもよし、夜の夜景もよし、こんな素晴らしい山は私のこれまでの人生にはありませんですよ!

私にとっての「沖縄」

Posted by 秋山孝二
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  戦後65回目の今日です。「私にとっての『沖縄』」と題してこの欄の下書きを始めて、一カ月があっという間に経ってしまいました。こんな状態が私にとっての「沖縄」なのでしょう。

 私はこれまで2回沖縄に行ったことがあります。最初は今から20年ほど前に、スキューバダイビングを目的として「万座毛:http://kankou.e-pon.jp/manzamou/」周辺で数日、その間、嘉手納基地(http://www.kadena.af.mil/)に知人にご案内をして頂きました。昔、千歳のクマ基地の想い出がおぼろげにあった私ですが、嘉手納基地は比較にならない程広大な「コミュニティー」でした。この時は基本的には観光目的で、戦跡等とは無縁でした。

 2回目は10年くらい前、医薬品卸会社の営業担当副社長として、全国の営業部訪問の一環で沖縄を訪問しました。会議終了後に会社関係者に案内して頂き、摩文仁の平和祈念公園、慰霊碑、ひめゆりの塔、地下壕、首里城等を、かなり時間を掛けて回りました。当時、私は名古屋に単身赴任でしたが、摩文仁の北海道関係者の慰霊碑で、24万人のうち1万人以上の戦没者の名前を見て、あらためてその犠牲の大きさに胸を痛めました。先日8月13日NHK総合:北海道プラス「北海道民の沖縄戦:http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=700&date=2010-08-13&ch=21&eid=52764」で、詳細に報道されていました。

2010.6.23札幌での慰霊祭

2010.6.23札幌での慰霊祭

 今、藻岩山の麓にある慰霊碑の前での式典は、今年が最後とのこと、来年には慰霊碑を札幌市中央区の市営地下鉄幌平橋からほど近い札幌護国神社(http://www3.ocn.ne.jp/~gokoku30/)に移転することになったそうです。

 更に沖縄を一層近いものにしたのは、経営者で尊敬する浦崎さん(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1152)とのお付き合いからです。沖縄の家族の強い絆について、貴重なお話の数々をお聴きしました。

 それ以降沖縄に関するニュースには、特に沖縄戦に象徴されるように、第二次世界大戦後の日本本土との関係、沖縄返還他、新しい事実も知ることにより、自分なりに意識をあらたにしています。メディア報道でも、今年に入ってかなり放映されていますね。

 例えば、W杯サッカー・南アフリカ大会の最中に、沖縄返還時の密約に絡む貴重な番組がありました(その後再放送もされました)。沖縄返還時の外務省の若泉敬さんに関して、NHKテレビ(http://www.nhk.or.jp/special/onair/100619.html)、地元・琉球新報の記事(http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-2174-storytopic-1.html)。沖縄戦に関しては、 NHK教育テレビ・ETV特集第318回(6月27日)「よみがえる戦場の記憶~新発見沖縄戦600本のフィルム~http://www.nhk.or.jp/etv21c/backnum/index.html」、昨年から今年の日米安保条約に絡む米軍基地問題(第310回(4月25日) 「本土に問う~普天間移設問題の根底~http://www.nhk.or.jp/etv21c/backnum/index.html」)等です。

 このシリーズではまた、第285回(昨年8月23日)「シリーズ戦争とラジオ第2回:日米電波戦争~国際放送は何を伝えたのか~http://www.nhk.or.jp/etv21c/backnum/index.html」といった、貴重な報道もされています。

 密約の存在が明らかになったのもそうですが、一連の報道の情報源が、ことごとくアメリカであること、その辺りに先進国(?)としての日本の構造的課題が今も存在していると思います。「歴史の記録」の価値、資料の焼却等の処分により、歴史的事実そのものの削除は、検証を困難にし責任を曖昧にする姑息な手段ですし、日本国民の人権に対する甚だしい冒涜だと思います。「情報公開」の法的整備は、「情報機密」の法的整備にも通じる大切な社会基盤整備です。

 日米関係においては、新政権には冷戦構造後の新しい関係構築に向けた「場」の設定を、基地・核兵器削減を含めた安全保障分野を始め、多くの分野で一歩踏み出して貰いたいと思います。

市民活動から見える「日本の課題」

Posted by 秋山孝二
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  先日、秋山財団の今年度社会貢献活動助成・報告会が開催されました。一昨年の追加公募と昨年春期公募受領者8団体、それに財団理事・評議員・選考委員の参加で質疑応答も熱心なやりとりでした。

http://www.akiyama-foundation.org/history4/

http://www.akiyama-foundation.org/history4/?year=2008 

●報     

“助成事業のテーマ” (助成年度)

●北海道林業技士会

“藻岩山の自然ガイド養成”(H21)http://www.kitanet.org/kaiin/05_ringyogishi/05_ringyogishi.htm

●社団法人エゾシカ協会

“森とエゾシカと人との共生を支援する人材の育成事業”(H21)http://www.yezodeer.com/

●留萌がんばるかい

“市民の市民による市民のための病院広報紙の発行”(H20)http://www.rumoiganbarukai.com/

●アネサラシネウプソロ(姉茶ひとつのふところ)展・実行委員会

“アネサラシネウプソロ(姉茶ひとつのふところ)展”(H20)

http://www.alles.or.jp/~tariq/datafiles/Anesar_sineupsor.html

●北海道中標津農業高等学校・計根別食育学校

“地域と共に歩み広がれ!!計根別食育学校推進プロジェクト”(H21)

http://www1.nakashibetsu.jp/nagri/katsudo/tokutyou.html

●強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道フォーラム

“東アジアの和解と平和づくりを担う若い世代の育成”(H20)http://www.asajino.net/

 

●ウィメンズネット函館

“子どもサポート ふわっと”(H20)http://womens.hakoweb.com/

●旭川NPOサポートセンター

“がんばれ!かあさん!!北海道のもったいない野菜で安全・安心な離乳食開発“(H21)

http://potato3.hokkai.net/~asahinpo/

 

 

 

報告後の質疑応答

報告後の質疑応答

 報告後には、参加者で率直な意見交換の場を持ち、発表を補う説明、今後の活動の方向性等について、貴重なメッセージを得ました。活動報告にはいろいろ注文もつきましたが、それぞれ多くの方々の日々の活動がにじみ出ていて、市民活動の力を感じたひと時でした。

 全てが終了して部屋を出られる際に、新しく理事になられたお一人が、「日本社会も課題が山積ですなぁ~」と呟かれました。目の前の身近な課題に取り組む市民の活動から、私自身も同じ思いを受け止めました。多様ないのちの「生きていく」ことが難しい時代ゆえに、真摯に取り組むこのような活動の価値も高いのだと思います。これからも頑張って頂きたいと切に願う次第です。

「木朝会」、そして「オトナ・ヴォーグ?」

Posted by 秋山孝二
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  毎月第3木曜日の朝は、「木朝会(もくちょうかい)」の例会が午前7時から朝食付きで、もう20年以上行われています。

 設立経緯は、20数年前に私と当時北広島の民間病院経営者の先生と相談して、意欲的な民間病院経営者の勉強会をしたいとの事で立ちあげました。私は設立時から事務局長として、毎月講師をお招きして熱心な勉強会を地道に繰り返していました。今では(株)スズケンの方が事務局を担って続けています。

 この勉強会に所属する最初の代表・竹内先生は、厚生省の中央社会保険医療審議会(中医協:http://www.geocities.jp/onlinemedsante/chyuikyou.html)の委員を7年間もお務めになりましたし、現在では以前にこの会の代表でした西澤先生が、全日本病院協会(http://www.ajha.or.jp/)会長に就任後、中医協委員としてご活躍中です。北海道の先生が、全国組織の「会長」に就任するのは、誇り高いことだと思います。様々な会合に出席するバックデータの提供他、これまでの「木朝会」の果たしてきた役割は、大変大きなものです。同時に、まっ暗い冬の朝にも毎回出席される先生も経営に熱心ですね。札幌圏の民間病院の先生方も、厳しい時代を生き残る知恵を、毎回学んでいらっしゃいます。

 

 ところで、先日会場の札幌パークホテル(http://www.park1964.com/)受付の場所で、何気なく隣のスペース「プライダル」を見ていると、素晴らしいフレーズの広告が出ていました。

大人の雰囲気・結婚式パック

大人のウエディングプラン?

  「招くプライドと招かれるステイタスが交差する、それが大人流の心地良さ」(?)

 よく意味が分かりませんが、何となく心地良いリズムと言葉のような気がしました。ところで「大人のウエディング」とは、一体どういう意味なのでしょうかね?勝手に、「初めてではない結婚式」と解釈したり・・・・。

中島公園と藻岩山

中島公園と藻岩山

 木朝会は20数年前の開始の時から札幌パークホテルで継続して開催しています。いつもこのホテルからの眺望で感じますが、藻岩山の全景と手稲山への連なりとその背景、札幌の原風景を今もなお見ることが出来る数少ない場所で、本当に素晴らしいですね。

ノスタルジックな山並み

Posted by 秋山孝二
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12・13日札幌円山動物園で、きたネットフォーラムが開催されました。http://www.kitanet.org/event/index.htm#work2009

 その時に、久しぶりに家の近くの札幌円山競技場と円山球場の間の道を通りました。折から野球場では高校野球の秋の予選、競技場では同じく高校の競技大会・新人戦でしょうか。しばし競技を見ながら、遠くの三角山から藻岩山方向に連なる山並みをボーッと眺めていました。

円山競技場から西を仰ぐ

円山競技場から西を仰ぐ

西南へ

西南へ

  この競技場も思い出が多いですね。昭和30年代だったでしょうか、冬は雪を踏み固めてのスケートリンクになっていて、大通7丁目、中島公園の池とともに、冬のスケートリンクで賑わっていました。

 また、昭和42年頃の高校1年時代は、2・3学年がそれぞれ1000人のマンモス校でしたので、体育大会が校庭ではなくてここで開催されました。開会式で全校生徒2500人(私達の学年からは500人の定員に戻った)がフィールドに集合して、初めて生徒数の多さを実感しました。記憶が正確ではありませんね、もしかしたら自分が2年の時だったかもしれません。普段の学校生活では一堂に会する場もなく、ただ授業の間の10分間の休憩時に、トイレに行って戻るのに次の授業に何回も遅れたのを覚えています。少子化の今では、別世界のような当時の学校生活でしたね。自由闊達な校風ではありましたが、私達の前向きな提案に対して、「生徒数が多すぎて・・・」で始まる先生方の言い訳じみたやらない理由もありました。今は、「生徒数が少な過ぎて・・・」と言う理由で一歩前に進まない学校行事も多いのではないでしょうか。私達の世代から見ると、本来は今こそゆとりのある理想的な教育空間が出来ているのに、ですね。

 今この競技のトラックはアンツーカー、フィールドは芝生に整備されて、遠くの山並みと相俟って素晴らしい景観となっています。

 ”Sapporo is the best of the world !” を実感したひと時でした。

「課外授業~ようこそ先輩~」、長淵剛編

Posted by 秋山孝二
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 NHKテレビの「課外授業~ようこそ先輩」は、数日間の授業で生徒たちが変わっていく様子を目の当たりに出来て大変感動的です。正月早々この番組では、長淵剛が母校鹿児島南高の3年7組で授業を行いました。http://www.nhk.or.jp/kagaijugyou/archives/archives281.html

秋葉原事件について生徒たちに感想を求めた彼は、その答えを聞きながら明らかにいらだっている様子でした。そして丁寧に語りつつ、当時現場で周りを囲んでいた群衆が傍観者を決め込んでいる姿を指摘して、今回の授業のテーマ「叫び」へと導く場面は素晴らしかったですね。卒業を数か月に控える高校3年生にとって、小学校・中学校の義務教育年限の卒業とは一味違う不安が心をよぎるのでしょうか。「社会」への旅立ちとも受け取れる時期に、長淵剛に出会えた生徒たちは幸せです。この授業を受けてどんどんと引き込まれて変わっていく様子が、それぞれの生徒たちの表情から読み取れました。

納得のいかない高校時代を過ごした私にとって、長淵剛のようなメロディと詩で思いを表現できる人は大変うらやましいです。番組の中で、生徒たちからの言葉・詩をもとに曲「卒業」を作り上げていく一連の作業は、あれもこれも盛り込むのではなく、むしろ限りなく無駄な言葉を削ぎ落とし、出来るだけシンプルな表現へと仕上げていく活動だと受け止めました。

私も彼のCDは何枚か持っています。一番新しいものは、アルバム「KEEP ON FIGHTING」ですが、もう5年前のものとなりました。その中の曲「傷ついた鳥」http://music.yahoo.co.jp/shop/p/53/237438/Y018417

「しあわせになろうよ」http://bestcd2.blog97.fc2.com/blog-entry-1010.htmlは、特に印象的です。

傷ついた鳥 ・・・青く広がるのはいったい誰の空、よせてかえすはいったい誰の海、翔べないこの鳥を私は抱きしめて、朝の光をにらみつけてみた、自由に翔べるさ、きっと自由に翔べるさ、そう信じてまた、生きていくのでしょう・・・

「ずぶぬれ」とか、「どしゃぶり」と言った表現を好む一方で、詩ににじみ出るすべての「いのち」への眼差しの優しさに強く惹かれます。ライブはエネルギーにあふれていますが、先日の授業でも見られたように、個々人へ迫るストレートさというか透明感を、先日のテレビで、埠頭での女生徒たちとの会話、大風呂での男生徒たちとの語らいを通しても感じました。魅力的な優しさですね。

長淵剛にとっては、桜島・錦江湾が原風景なのでしょう。私にとっては、藻岩山・豊平川・大通り公園等が原点です。ふるさと札幌を離れて活躍している多くの方々も、恐らくそれらが心の原風景となっているに違いありません。

長淵剛の魅力を再認識致しました。http://www.nagabuchi.or.jp/live/sakurajima/interview_01.html