ハーバード大学 新年会 2024 

Posted by 秋山孝二
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 東京の国際文化会館で開かれたハーバード大学ウェザーヘッド国際問題研究所日米関係プログラム(https://us-japan.wcfia.harvard.edu/の新年会に参加しました。

* これまでの関連記事ーー> 秋山孝二の部屋 (akiyama-foundation.org)

セミナーと交流会の間で

セミナーと交流会の間で

 現在のプログラムディレクターであるクリスティーナ・デイビス教授によると、コロナ禍で長らくリモートによる講義や発表となり、研究生たちの受け入れや交流が難しかったようですが、何とか昨年からは従来の形に戻ってきてるようです。3年ぶりの昨年は私は不参加でしたが、今年は久しぶりに出ることができました。

 この「Program on U.S.-Japan Relations(旧日米関係研究所)」の初代ディレクターは、東アジア研究で著名な故エズラ・ボーゲル名誉教授です。戦後の日本経済の高度経済成長を高く評価して1979年に書いた書籍「ジャパン・アズ・ナンバーワン」が、日本でも特に著名です。今回もエズラ・ボーゲル先生からバトンタッチを受けた2代目のディレクター、スーザン・ファー教授もご参加で、交流会でお話をすることができました。昨年ご主人を亡くされて気落ちされていましたが、お住まいは以前の場所で変わらずとか。

 以前にも書いていますが、1996年から『AKIYAMA AWARD』を設立して、博士課程の日本研究への助成を続けていて、昨年まで28回を重ねています。現在のクリスティーナ・デイビス所長は、その第一回目の受賞者で、私としても思い入れもひとしおです。

* AKIYAMA AWARDーー> https://us-japan.wcfia.harvard.edu/akiyama-award

 今回は、セミナー開始前に1時間ほどデービス所長と藤平事務局長と個別に面談する時間も取って頂き、近況報告と今後のこの賞の展開について意見交換ができてよかったです。1980年代に北海道・マサチューセッツ州の姉妹都市締結を機会に、スーザン・ファー先生とお会いして以来、継続した関係を維持してきた歴史に、私は何ともこみ上げる感動を抱きながら会場を後にしました。

六本木の国際文化会館の玄関を出ると六本木ヒルズがそびえ立ち、鳥居坂は何回来ても急な坂ですね。

鳥居坂

鳥居坂

追悼 エズラ・F・ヴォ―ゲル先生

Posted by 秋山孝二
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 日米中の関係構築に大きな功績を残したハーバード大学のエズラ・F・ヴォーゲル名誉教授が2020年12月20日に90歳で亡くなられました。ヴォーゲル教授は1958年に社会学博士号をハーバード大学で取得後、2000年に退職されるまで、ハーバード大学において東アジア研究所所長、フェアバンクセンター所長、アジアセンター初代所長、日米関係プログラム所長などを歴任され、60年以上に亘り東アジア研究の第一人者として活躍されました。また国家情報会議(NIC)の東アジア・太平洋担当の国家情報官を務めるなど米国の対アジア政策でも重責を担われました。1958年から1960年には日本に滞在され、1979年に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を出版して日本でベストセラーになったのは私たちにとっても忘れ難い出来事でした。

 今年2月の追悼シンポジウム(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000093432.html)に続いて、先日、追悼レセプションが東京でリアルに100人を越える参加者で開催されました。

会場前のエントランスで

会場前のエントランスで

100人を越える方々!

100人を越える方々!

ご親族に皆さまも

ご親族の皆さまも

 林芳正外務大臣はじめ縁のある日本の方々のスピーチに続き、ビデオメッセージもアメリカから寄せられました。私がお世話になっているスーザン・ファー先生、日米関係研究所のクリスティーナ・デービス所長も。

* スーザン・ファー先生関連記事ーー> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E5%85%8

* 日米関係研究所関連記事ーー> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%97%A5%E7%B1%B3%E9%96%A2%E4%BF%82%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80

 今回の実行委員会の奈良澤事務局長のご挨拶、私へのお声かけを頂き心から感謝申し上げます。

 最後はご親族を代表してスティーブン・ヴォ―ゲル先生の御礼のご挨拶でした。

カリフォルニア大学バークレー校教授

カリフォルニア大学バークレー校教授

 当日、出席者に配布された追悼冊子には各界の錚々たる方々が寄稿されていて、そこに私の一文も載せて頂いています。

 帰り際にクロークで坂東真理子さんと少しお話をしましたが、人間関係を大切にしてきたヴォ―ゲル先生を偲びながら、最近の日本の知識人・リーダーは義理人情に欠けるところが多いですね、と。「顔が悪くなった日本人」とどなたかがおっしゃっていましたね、肝に銘じたいものです。

追悼 エズラ・ヴォ―ゲル先生

Posted by 秋山孝二
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 2020年12月20日にエズラ・F・ヴォ―ゲル先生が90歳で亡くなられましたが、「エズラ・F・ヴォーゲル・ハーバード大名誉教授追悼イベントhttps://www.ezra-vogel.jp/)」が、先日、ハイブリッドで開催されました。
<これまでの関連記事>

 

~~~~~~~~~~~~~~~~実行委員会HPより
 日米中の関係構築に大きな功績を残したハーバード大学エズラ・F・ヴォーゲル名誉教授が2020年12月20日に90歳で亡くなられました。
 ヴォーゲル教授は1958年に社会学博士号をハーバード大学で取得後、2000年に退職されるまで、ハーバード大学において東アジア研究所所長、フェアバンクセンター所長、アジアセンター初代所長、日米関係プログラム所長などを歴任され、60年以上に亘り東アジア研究の第一人者として活躍されました。また国家情報会議(NIC)の東アジア・太平洋担当の国家情報官を務めるなど米国の対アジア政策でも重責を担われました。1958-60には日本に滞在され、1979年に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を出版して日本でベストセラーになったのは皆さんご存知の通りです。

 ヴォーゲル教授は人とのつながりを大切にされる方でした。ハーバードで直接指導を受けた学生・研究者は勿論のこと、同氏の自宅で下宿しながらハーバードで研究や学業に従事された方々、ケネディスクールの日本人学生を中心に設立したヴォーゲル塾で薫陶を受けた日本の留学生、共同での本の執筆・翻訳者、講演セミナーの主催者、推薦状や就職の紹介に至るまで、個人的な交流をされた方々が日本の政財学界に極めて沢山おられることを、ご逝去を機にSNSやメディアを通じて改めて知ることが出来ました。

 ヴォーゲル教授の日米関係で果たされたご功績、同氏が築かれた比類なき人々の繋がり、そしてご恩の数々に対して我々として出来ることは何か、という思いからハーバード・ケネディスクール・クラブ・オブ・ジャパン(HKSJ)有志が中心となり、今回の追悼イベントを発案・企画致しました。イベントでは献花・式典に加えて、故人が研究されてきた日米中関係の在り方についてのシンポジウム、懇親パーティ、オンラインでも繋ぎつつ、ビデオメッセージや生前の故人の画像・ビデオの上映、追悼文集の作成も行う予定です。

 今回の追悼イベントは故人にゆかりのある方々やハーバード関係者にとどまらず、日本の政財界のリーダーの方々も対象とする予定です。故人を偲び、功績を称えつつ、日本の政財学界のリーダーが、これから激動が予想される日米中関係にどう取組むべきかを議論し、改めて考えるきっかけを提供することこそ、ヴォーゲル教授の遺志を受け継ぐことではないかと考えます。

 ご賛同、ご協力の程、何卒宜しくお願い申し上げます。

エズラ・F・ヴォーゲル・ハーバード大名誉教授 追悼イベント実行委員会

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◆イベント概要◆

メインシンポジウム『日米中関係の今後を考える』

日時:2022年 2月 8日(火)15:00-18:00
場所:帝国ホテル(東京都千代田区)  『孔雀の間』
参加方法:対面及びオンライン

セッション1『ヴォーゲル先生と日米中知的交流』 15:00~ 16:00
モデレーター:五百旗頭 真(兵庫県立大学理事長)
パネリスト:スティーブン・K・ヴォーゲル(カリフォルニア大学バークレー校教授)
蒲島 郁夫(熊本県知事、東京大学名誉教授)
呉 懐中(社会科学院日本研究所副所長)
船橋 洋一(一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長)

セッション2『今後の日米中関係を占う~政治・外交・安全保障の観点から』16:00~17:00
モデレーター:高原 明生(東京大学教授)
パネリスト:秋山 昌廣(元防衛事務次官、安全保障外交政策研究会代表)
呉 軍華(日本総研上席理事)
小嶋 華津子(慶應義塾大学法学部教授)
峯村 健司(朝日新聞編集委員)

セッション3『今後の日米中関係を占う~経済・ビジネスの観点から』 17:00~18:00
モデレーター:グレン・S・フクシマ(元在日米国商工会議所会頭)
パネリスト:瀬口 清之(キャノングローバル戦略研究所研究主幹)
竹中 平蔵(元総務大臣、慶應義塾大学名誉教授、HKSJ特別顧問)
林 芳正(衆議院議員、HKSJ会長)
福川 伸次(元通産省事務次官・東洋大学総長)

札幌農学校と起業家精神

Posted by 秋山孝二
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 快調に回を積み重ねている「新渡戸連続講座」の今回は、『札幌農学校と起業家精神』と題して小樽商科大学ビジネススクール(https://obs.otaru-uc.ac.jp/)教授・農学博士の瀬戸篤先生のお話、札幌農学校スピリットが実は起業家の育成に大きな影響を与えていることに言及されました。これまで札幌農学校関連において起業との関係性で今回ほど示唆に富む解説をされたのは私にとっては初めてでした。

* これまでの関連記事ーー> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%96%B0%E6%B8%A1%E6%88%B8%E9%80%A3%E7%B6%9A%E8%AC%9B%E5%BA%A7

 冒頭に瀬戸篤先生を紹介される出村克彦先生。

瀬戸先生

瀬戸篤先生

 札幌農学校スピリットとは『イノベーションを実現する起業家精神』!!!クラーク博士と米人教師陣の情熱込めた毎日の指導の様子も資料を基に説明されました。

 農学と起業との共通点、土を耕し、種を撒き、水をやり育て、刈り取る!、そして現在の北海道大学農学部の責務にも言及されました。

 続いてはシュンペーターの理論『新結合』の概念をわかりやすくご説明されました。ハーバード大学に行かれる前には日本の東京商科大学(現一ツ橋大学)教授に内定していたとのことでした。

 昨今、「イノベーション」を単に「技術革新」とだけ矮小化する論調が多い中、「新結合」を5つの視点から深い洞察を知ることができました。「札幌農学校」のビジネスからの視点で貴重なお話を聴くことが出来て大変勉強になりました、瀬戸篤先生、ありがとうございました!!!

アルヴィン君、頑張って!!

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 私の高校の遥か後輩で秋山財団でも応援していた高校生プロジェクト『BLOSSOM』のアルヴィン君が、今年4月に東京大学に合格して新たなステージで活躍を始めています。先日は久しぶりに財団事務所を訪問してくれて、今の状況等について相変わらずの前向きなお話に、財団事務局ともども元気を貰った気がします。

<高校生プロジェクト『BLOSSOM』関連記事>

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=38277

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=40653

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=41137

 楽しみですね、東京大学とアメリカ・ハーバード大学とのアジアプログラムで彼は今年1年そのプロジェクトの代表として活躍する場となっているようで、一層の飛躍を私たちも見守りたいと思います、新しい時代を拓く新しい世代の人材、素晴らしいです!!!!!!!!

Susan Pharr 先生 ご退任シンポ!

Posted by 秋山孝二
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 ハーバード大学のSusan Pharr先生については、ここまでたくさん書いていきましたが、先日は、退任記念のシンポジウム、その後にパーティがリモートで開催され、私もご案内を頂き参加しました。懐かしい顔も幾つかあって、ひと時、パソコン画面ではありましたが楽しいリアルな時間でした。

* Susan Pharr先生ーー> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=Susan+Pharr

当日プログラムーー> https://programs.wcfia.harvard.edu/us-japan/event/symposium-5-25-21

 懐かしいお二人もシンポジストとしてプレゼン、Kim RaimannさんとHenry Laurenceさん、お二人とも30年ほど前に私たち札幌の経営者が創設した『インターンシッププログラム』で、当時の(株)秋山愛生舘で数週間学んだ経験があります。先日、シンポ終了後にそれぞれにメールで久しぶりにメッセージを送信したら、お二人からともに大変懐かしく、今でもよく覚えていて札幌での体験がその後の日本理解に大いに役に立ったとおっしゃっていました、嬉しかったですね!

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Global Activism, Indigenous Peoples and Climate Change in East Asia

Kim Reimann
Associate Professor, Department of Political Science, Georgia State University

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Henry Laurenceさん

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Media, Democracy and Public Broadcasting: NHK and the BBC Compared

Henry Laurence
Associate Professor of Government and Asian Studies, Bowdoin College

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 終了後は、限定メンバーによる退任祝賀パーティ!

海部元総理と

海部元総理と

キャロライン・ケネディ元駐日大使と

キャロライン・ケネディ元駐日大使と

エズラ・ヴォ―ゲル先生と

お亡くなりになったエズラ・ヴォ―ゲル先生と

 私もビデオメッセージとE-cardをお送りして祝意を表しました!!今も続く『AKIYAMA AWARD(https://programs.wcfia.harvard.edu/us-japan/search/site/AKIYAMA%2520AWARD』、私が関わった仕事でも最も誇り高いものの一つで、嬉しいですね!!

 私の送信した E-card !!~~~~~~~

Dear SUSAN,
I look forward to your continued success and your advice.
The other day, MLB’s ANGELS, shohei OHTANI hit a home run over Green Monster at Fenway Park. He was a player of “Hokkaido Nippon-Ham Fighters” in Japan. Remember Hokkaido and Sapporo with his name!

Koji Akiyama
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『差別』を語る!

Posted by 秋山孝二
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 こちらが主催のオンラインイベント、新しい気付きが満載でした。今回、ハーバード大学の日米関係研究所からご案内がありました。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=37754

 今の時代だからこそ観ることができて、身の回りの差別について気づくこと、知ること、そして、差別に対して考えていくヒントを得られたような気がします。

Japan https://japan.girlsintech.org/blog/

 トークの詳細はこちらーー> https://japan.girlsintech.org/%e3%82%a4%e3%83%99%e3%83%b3%e3%83%88%e5%a0%b1%e5%91%8a%ef%bc%

~~~~~~~~~~~~~~HPからの引用

 最近,差別の話を日本でもアメリカでもよく耳にしますね。

 ニュース等で話題には上がるけれど自分では話題にしにくいなぁとか、私は当事者ではないから差別について話すべきではないのではないかと思っていませんか?

 でも、差別は様々な形で私たちの周りに日常的に蔓延しています。私たちも無意識のうちに誰かを傷つける差別的発言をしているかも知れませんし、海外では私たち日本人も差別を受けることがあるかも知れません。

 そこで、国内外様々な分野で活躍する女性をお呼びし, ジョージフロイド氏の事件を機に世界的に広がりをみせたBlack Lives Matter運動を始めとする人種差別問題だけでなく,性差別など差別全般について話し合うイベントを開催します。

 パネリストには,差別と偏見の違いや、私たちの日常生活に浸透する差別や偏見に基づいた行動や言動について話し合っていただき、身近で起こっている差別に関する意識を深めたいと思っています。

 イベントは日本語で行われます。グローバルな視点での行動を取りたい日本語話者,日常的に海外との仕事等やり取りが多い日本語話者の方々が主な対象となると考えています。

8/1 (土)第一回目は,「知る・気付く」
8/22 (土)第二回目は,「行動する」
で開催します。

~~~~~~~~~~~~~~~~ 引用おわり

 Part2ももうすぐですね。

祝 ハーバード大学プログラム 40周年!

Posted by 秋山孝二
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 先日東京で、「ハーバード大学日米関係プログラム(https://programs.wcfia.harvard.edu/us-japan)40周年記念レセプション」が開催され、同時にこれまで32年間所長だったスーザン・ファー先生からクリスティナ・デービス先生に所長が代わり、その披露宴ともなりました!デービス新所長は、「AKIYAMA AWARD(https://programs.wcfia.harvard.edu/us-japan/akiyama-award」の第一回受賞者です。パーティでもファー先生、デービス先生からそのご紹介もありました。

* Susan Pharrーー> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=Susan

デービス新所長のご挨拶

デービス新所長のご挨拶

 25年前にボストンで行われた受賞セレモニーでの記念撮影。一番右は今は亡きKevin Stewart、当時は現地子会社の責任者でした。

* Kevin Stewartーー> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=Kevin+Stewart

クリスティーナ・デービス先生の受賞時に

 前回ボストンを訪問時、受賞パーティで歴代受賞者もそろって記念撮影!

スーザン・ファー先生のご自宅で

スーザン・ファー先生のご自宅で

 先日のレセプションでは、開始前にお二人、事務局長の藤平先生ともお話ができました。レセプション途中で、スーザン・ファー先生も出席者の皆さまにご挨拶。そこで「AKIYAMA AWARD」のご紹介と、第一回目の受賞者がクリスティナ・デービス新所長だったこともご披露して頂きました、会場からは大きな拍手が沸き、私も大変嬉しかったですね。周辺の方から伺うと、Harvard大学のこの日米関係プログラムには多くの寄付依頼が寄せられているようですが、かなりはお断りしているそうです。そんな中で、本当にささやかな金額でも私たちのプログラムに対して信頼と関係性を重視して頂く姿勢に、私はアメリカのアカデミックセクターの懐の深さを感じています。先日は新旧両所長に、今後も引き続き私たちのプログラムを継続する旨をお伝えしました。

ファー先生のご挨拶

ファー先生のご挨拶

AKIYAMA AWARD 2018

Posted by 秋山孝二
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 「AKIYAMA AWARD」については、これまで何回か書いています。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=23298

 その趣旨はこちらーー> Since 1996, the Program on U.S.-Japan Relations has annually awarded a summer research grant to a Harvard doctoral student who conducts social  science research on contemporary Japan. Made possible by a generous grant from Akiyama Aiseikan, a pharmaceutical firm based in Hokkaido, the Akiyama Award commemorates the life of Akiyama Aiseikan’s past president, Mrs.Kiyo Akiyama.

 つい先日、Fujihira事務局長から嬉しい報告がありました。

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 I hope very much that you have enjoyed the arrival of spring in Hokkaido. It is my great privilege to let you know that Rui Hua, Ph.D. candidate in History and East Asian Languages, has been chosen as the recipient of the 2018 Akiyama Award. His topic is “Sino-Russo-Japanese Collaboration and the (Un-)Making of the Frontier Cultures of Legality in Manchuria, 1900-1957.” His advisors are Vice Provost and Professor Mark Elliott and Professor Andrew Gordon, two distinguished historians at Harvard. Below is the link, which has updated information about the award to Rui Hua, and a website page that has his photo.

https://programs.wcfia.harvard.edu/us-japan/akiyama-award

http://fairbank.fas.harvard.edu/profiles/rui-hua/

 Rui’s topic is one that is at the forefront of international history, uses archives of multiple languages, and will be a groundbreaking contribution to East Asian historical scholarship.

 We are most grateful for your continued support for Harvard graduate students engaged in social science research related to Japan. Your support has made a major difference in the lives of Harvard graduate students, and we cannot thank you enough for your generosity.

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 すぐ後に、今年度の受賞者のLui Huaさんご本人からも御礼のメールが届きました。

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 I am truly honored to receive the 2018 Akiyama award, and wish to thank you for the support and encouragement the award has brought to me and my intellectual work.

 It is my great pleasure to introduce my academic work to you. My dissertation project examines the evolution of Japanese legal culture and its interplay with the Chinese and Russian legal regimes in Manchuria in the 20th century. I explore how law was used as an instrument of empire in the great power rivalry of the colonial period, and how legal sensibilities structured the life-world of the multinational communities of the Japanese borderland. I believe the legal-cultural developments in Manchuria shaped many contemporary ideas - like land rights and territorial resources - that animate political debates in Northeast Asia today, and hope that my work might help us better understand how these concepts acquired their contemporary significance through the shared history of the East Asian peoples.

 The Akiyama award has inspired me greatly in my study. Your generous support has made it possible for me to pursue my research in much greater depth and breadth, for which I am extremely grateful. I look forward to enjoying the privilege of expressing my gratitude to you in person in the future.

PhD candidate in History and East Asian Languages

Department of East Asian Languages and Civilizations

Harvard University

Lui Hua

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 さらに、ハナ・シェパードさんご本人からは見事な日本語で近況メールが送られてきました。博士論文の謝辞(Acknowledgements)に私と秋山記念生命科学振興財団に感謝の言葉が書き込まれています。

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 ハーバード大学の Program on U.S. Japan Relations Akiyama Award 2013-2014の受賞者、ハナ・シェパードと申します。おかげさまで、先日無事に博士論文の口頭試問が終わって、来週ハーバード大学を卒業します。

 今夏からイギリスのケンブリッジ大学にリサーチフェローとして研究を進みます。博士論文の謝辞(Acknowledgements)に秋山孝二様と秋山記念生命科学振興財団に感謝の文が入っているので、添付しております。あらためて、ご支援ありがとうございました、

 これからもよろしくお願い致します、

ハナ・シェパード

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 近況としては、、2011-12年度のShi-Lin Loh (http://harvard.academia.edu/shiloh) が、National University of Singapore (NUS)助教授に7月からご就任。

“][L to R: Susan Pharr, Subodhana Wijeyeratne ('14-'15), Amy Catalinac ('06-'07), Koji Akiyama (Chairman, Akiyama Life Science Foundation), Sakura Christmas ('10-'11), and Hannah Shepherd ('13-'14)]

L to R: Susan Pharr, Subodhana Wijeyeratne ('14-'15), Amy Catalinac ('06-'07), Koji Akiyama (Chairman, Akiyama Life Science Foundation), Sakura Christmas ('10-'11), and Hannah Shepherd ('13-'14)

 私が2016年にパーティーでお会いしたHannah Shepherd (https://scholar.harvard.edu/hjshepherd/homeは、先日卒業して、秋から3年間 Cambridge University, Trinity College, Junior Research Fellowの予定。また、もう一人お会いしたSubo Wijeyeratne (http://dkimfoundation.org/wp1/2018-2/) は2018-19年度、D. Kim Foundation Dissertation Fellowに。また、一番大きなニュースは、初代の受賞者、Christina Davis (https://www.princeton.edu/~cldavis/)がプリンストン大学から、ハーバードへ政治学教授として秋から移籍予定。今年度は特に過去の受賞者のいろいろな成就が目立つ年でした。

 この「AKIYAMA AWARD」は、Dr.Susan J. Pharr先生との30年を越える信頼関係の賜物です、有難いことです。一昨年(2016年)、これまでのご業績に対して国際交流基金賞(http://www.jpf.go.jp/j/about/award/archive/2016/index.html)を授賞されています。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=27940

第15回 遠友みらい塾

Posted by 秋山孝二
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 遠友みらい塾(http://enyumirai.main.jp/、今回は第15回、寺島塾長のホットなお話でした。

濃密なお話を真剣に聴く

濃密なお話を真剣に聴くメンバー

寺島実郎塾長

寺島実郎塾長

 テクノロジーの発展やグローバル化が加速する現代の社会状況の中で、新しい「羅針盤」を手にする必要性とその可能性について考える、貴重な機会を提供して頂きました。

 この日、寺島塾長が最先端の「知」として掲げたキーワードは、「デジタル専制(Digital Dictatorship)」と「ジェロントロジー(gerontology)」です。

デジタルエコノミー

デジタルエコノミー

 「デジタル専制」という言葉は、今年1月にスイスで行われた世界経済フォーラム・ダボス会議でも使用され、世界的に注目を集めた言葉でもあります。肥大化を続けるFacebook、Apple、Google、Amazon、Microsoftをはじめ、中国のテンセントアリババといった巨大な時価総額の海外企業の動向を踏まえて、「データを支配するものがすべてを支配する」といった「データリズム」の時代に突入したことを示唆する今回のお話は、私たちが21世紀という時代とどのように向き合うべきなのかを考えさせられる、興味深いお話でした。これらに対するヨーロッパの新しい動きは、後日、BS11でも紹介されました。

GDPR

EUの「GDPR」、対応が速いですね

 一方、「ジェロントロジー(gerontology)」は、私にとっては1990年代初頭、アメリカのハーバード大学医学部の教授から初めて聞いた言葉で、確か、高齢者医療のフレーズで紹介されました、治療だけでなく、高齢者の「ADL:Active Dayliy Life」、「QOL:Quality Of Life」の一環だったように記憶しています。帰国して日本の大学関係の方々にもご紹介しましたが、ほとんどの皆さんは興味を示さず、今日に至っていました。一般的には「老年学」と翻訳されることが多いこの言葉ですが、今回、塾長が強調したのは、その言葉に付与されているネガティブなイメージをもとにした高齢化の議論の限界性と、その言葉をポジティブにとらえることで見えてくる新たな可能性です。

 言い換えるならばそれは、既存の「知」をもとに「高齢化」をとらえるのではなく、人生100年を前提として、高齢になっても参画できる社会システムをつくるといった発想の転換をもとにした新たな「高齢化」の捉え方、バックキャスティングですね。「分断」ではなく「包摂」を基軸に据えることでみえてくる新たな可能性についてのお話は示唆に富んでいました。寺島実郎さんが率いる多摩大学に、「ジェロントロジー学科」が実現するようです。

 昨今、朝鮮半島情勢を筆頭に、歴史が目まぐるしく変動していますが、そんな中、寺島実郎塾長の「資料集」とお話は、本当に「羅針盤」として時代に向き合う視座を与えてくれます。自分の頭で考えることを止めずに、思索する私でいたいと思います。この「資料集」はこちら(https://terashima-bunko.com/data-order.html)でも買い求められます、皆さんにお薦めします。

祝、スーザン・J・ファー先生!

Posted by 秋山孝二
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 独立行政法人国際交流基金(The Japan Foundation http://www.jpf.go.jp/j/index.htmlの今年度「国際交流基金賞(http://www.jpf.go.jp/j/about/award/archive/2016/index.html)」に、ハーバード大学のスーザン・J・ファー教授が選出され、先日、東京でその授賞式と2日後に特別講演会が開催されました。

 これまで私がファー先生関連で記載した記事はこちら、先生と秋山との関わりは最後に書きました:

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2510

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=23296

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=23298

 授賞理由は以下の通りです。~~~~~~~~~~~~~~~~~

 スーザン・J・ファー氏はアメリカにおける日本研究を長年にわたり牽引してきた。1975年にコロンビア大学で政治学博士号を取得後、米国社会科学研究評議会、ウィスコンシン大学マディソン校、戦略国際問題研究所などを経て、1987年にハーバード大学に迎えられ、1991年にエドウィン・O・ライシャワー記念日本政治学講座教授に就任。1987年以降、同大学ウェザーヘッド国際問題研究所日米関係プログラム所長を務めるほか、2011年までの7年間、ライシャワー日本研究所所長を兼務した。女性の参政権や両性の平等の原則を掲げた革新的な日本国憲法の制定過程に関心を抱き、戦後日本における女性の政治参加を調査したのが日本専門家としての同氏の出発点である。

 以後、先進諸国における比較政治学、日本と東アジアにおける民主化と社会変容、市民社会と非営利組織、政治倫理と汚職、環境をめぐる政治学、政治におけるメディアの役割、女性の活躍とリーダーシップへと研究対象を広げてきた。いずれも今日、重みを一層増しているテーマであり、その先見性と比較政治学の視点に基づいた日本政治への洞察は、多方面から高く評価されている。

 ハーバード大学では、これまで約2000件のセミナーやシンポジウムを実施し、約600人のフェローの研究を支援してきた。その多くが現在、日本やアメリカをはじめ、世界各国の学界、メディア、財界、官界、政界、市民社会などで指導的立場にある。 また、日米友好基金やアジア財団の理事、日米文化教育交流会議(CULCON)委員、マンスフィールド財団「日米次世代パブリック・インテレクチュアル・ネットワーク事業」の諮問委員等を務め、日米間の知的交流の深化のために尽力してきた。ファー氏のバランス感覚に富んだ、フェアな日本理解の姿勢は柔和で誠実な人柄とともに敬意を集めている。 このように日米を中心とした国際相互理解の増進に長年にわたり顕著な貢献があり、その業績は国際交流基金賞にふさわしい。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~引用 おわり

 ホテルオークラ東京での授賞式には、100名程の関係者の見守る中、今年の三人の受賞者が壇上で表彰され、それぞれショートスピーチをされました。ファー先生の日米関係の研究履歴等、ウィットに富んだお話でした。

  理事長とともに写真撮影するスーザン・J・ファー教授

  理事長とともに写真撮影するスーザン・J・ファー教授

受賞後のショートスピーチ

受賞後のショートスピーチ

 二日後には、六本木の国際文化会館で、「ハーバード大学教授/同大学ウェザーヘッド国際問題研究所日米関係プログラム所長スーザン・J・ファー氏 講演会『日米関係の謎―50年を振り返って―』」と銘打っての特別講演会が開催されました、こちらも100人を超える聴衆を前に、素晴らしいお話でした。

「日米関係の謎」、この50年の実践から

「日米関係の謎」、この50年の実践から

 当日のご案内から<講演概要>~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 比較政治学の視点に基づいた、日本政治への鋭い洞察力と幅広い視野を持つファー氏。ハーバード大学では、これまで約2000件のセミナーやシンポジウムを実施し、約600名にのぼるフェローや大学院生の研究を支援してきました。ファー氏のもとで学んだ多くの方々が、今日、各界の第一線で活躍されています。 かつて米国の専門家にとって、日本という国は謎に満ちた存在でした。しかし、さらに不思議なのは、日米両国の関係です。なぜ、全く異なる2つの国が、時に衝突しながらも強固な関係を結び、両国民から幅広い支持を得るようになったのでしょうか。その秘訣は、50年余にわたる日米知的交流の基盤構築に向けた、日本側の地道な努力にあるとファー氏はみています。日本は他のアジア諸国に先駆けて、官民双方でアメリカとの交流に取り組み、両国市民は絆を深めてきました。こうした日米関係の強固な基盤は、今後も磐石と言えるのでしょうか。 日米交流の深化に貢献されてきたファー氏から、日米関係の今後の展望について直接お話を伺える貴重な機会です。ぜひふるってご参加ください。

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地道に積み上げてきた実践に基づく説得力!

地道に積み上げてきた実践に基づく説得力!

 私のメモから講演で印象に残るフレーズを書き留めます。

* この50年間、日米関係で疑問視する時期は一度もなかった。80%以上の国民が好感度を持ち、20年続いている

* ジョン・ダワーが「敗北を抱きしめて」で書いているように歴史的経過を踏まえ、価値観で大きく異なる二国が、時代を克服して良好な関係を維持してきた事実、大変な人々の努力の結果であることを忘れてはいけない、まさに「基盤」ができている。ジョージ・ブッシュが言う「共通の価値観」ではなく、信仰・性ほか大きな違いがあり、その違いをまさに「乗り越えてきた」、関係であることを認識すべき。「和解」と言いながら対立・紛争が続く世界各地と比較してみれば、日米の交流の奥深さを知る

* ジョセフ・ナイは日本の「ソフトパワー」をすし、アニメほかと専ら芸術・食文化としているが、最も重要なファクターは「人々の営み」である。日本の伝統文化をアメリカ国民に理解してもらう努力は地道に継続されてきた

* 交流に尽力した担い手は、領事館、国際交流基金のような公的セクター、姉妹都市交流の地方自治体、そして企業である。政治とは適当な距離を保ち、時の政権がどうあれ良好な関係性を育んできたことが、今日、実を結んでいる

* 諸外国は、「寄附」に様々な条件をつけてくるが、日本からのそれはアメリカにおいて受け入れられる形で成功している

* 若者への援助をはじめとする日本の草の根の活動は、アメリカ以外の他の国でも適用できるのではないか

 私がこのファー先生のプレゼンで驚き、感動し、そして誇りに思ったのは、企業が推し進める交流活動の成功事例として、日立、三菱、SONY、トヨタ等の名だたる大企業の前に、「北海道の秋山愛生舘」、「本日、出席されているアキヤマコウジさん」、と固有名詞を挙げて感謝の意を語られたことでした。1991年にボストンに子会社設立の時、名称等でご相談したその時の話を詳細に紹介されたのです。今、「AKIYAMA AWARD(http://programs.wcfia.harvard.edu/us-japan/akiyama-award)」として20年以上続いています。

 ファー先生と秋山喜代・私との関わりは、こちらにも記載していますが、敢えてコピー致します。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2510

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~「秋山孝二の部屋」より引用

 ハーバード大学といえば、どうしても紹介しておきたいもう一人の先生と研究機関があります。お一人の先生はSusan Pharr教授(http://www.wcfia.harvard.edu/node/4387)で、ジョージア州アトランタ生まれ、その所属はハーバード大学日米関係研究所・所長(Program on U.S.-Japan Relations,Weatherhead Center for International Affairs:http://www.wcfia.harvard.edu/us-japan/index.htm)です。

 1990年代に北海道に「北海道フレッチャースクール」を誘致しようという運動があり、当時の(株)秋山愛生舘秋山喜代会長と社長だった私も少なからず関わっていました。ボストンからの最初の訪問団でいらっしゃっていたのがファー先生でした。91年の(株)秋山愛生舘100周年の年には、ケント・カルダー教授とともにご招待をし、「国際社会で果たす日本の役割」について100周年フォーラムを開催し、示唆に富む議論を展開されました。前日夜にお二人の先生と日本食でのひと時は忘れられません。ファー先生は、何と「生のウニ」が大好物でした。

100周年記念セミナー

100周年記念セミナー

 ケント・E・カルダー(Kent E. Calder )教授は1948年生まれ、専門は日本政治、日韓の比較政治、東アジアの国際関係等です。現在はジョンズホプキンス大学http://www.thepath.jp/archives/2006/04/11/johns_hopkins_university.html教授、同高等国際問題研究大学院(SAIS)付属エドウィン・ライシャワー東アジア研究センター長を務めています。政権交代後も日米関係の現状と将来に対して率直な提言をされています。

100年誌から(18年前ですが)

100年誌から(18年前ですが)

 ファー先生とはその後ボストンに行くたびにお会いして頂き、その時の日本の首相はじめ政治家の評価を伺っていました。大変冷静に個々の資質を見極めていらっしゃって、本当に勉強になりました。91年に(株)秋山愛生舘がボストンに設立したアメリカ子会社「Autumn Hills International Corp.(AHIC)」の名付け親でもあります。相談をした時に先生から、「どうしてもアキヤマという名前を会社名につけたいですか?」と質問され、「どうしてでしょうか?」と逆に聞き返しました。すると「『000 U.S.A.』という名称は如何にも子会社というイメージで、出来れば英語名の方がプライドの高いボストンでは好印象だと思いますが」とのお答。いろいろ知恵を出して、日本語の「秋山」をニューイングランド・サウンドで「Autumn Hills」とした次第です。

 その後登記にあたり同じ名称が無いかどうかを確認しましたら、何と「Spring Hills」、「Summer Hills」、「Winter Hills」はすでに存在していましたが、マサチューセッツ州には「Autumn Hills」だけはまだ登録がなく、この名称を弁護士に伝えて登記をしたことを思い出しました。

 働く女性同士ということか秋山喜代と大変気が合い、私もその後も親しくさせて頂きました。そんな関係性があり96年に秋山喜代が亡くなった時、生前の感謝の意味も込めて香典の一部をファー先生が所長を務める研究所に寄付をしました。するとすぐにお手紙が先生から届きました。「生前の秋山喜代さんの当研究所に対するご尽力に感謝して、今回の寄付金を原資として『Kiyo Akiyama Award』を創設し、毎年大学院留学生を対象に日本への渡航費用の一部に充てるべく計画中だが、賛否をお尋ねしたい」旨の内容でした。「一民間人のこころざし」の価値に対する表現として記念の賞を創設し、名前を刻んで永く後世に残すアイディアに、寄付する者への配慮・奥深さ・裾野の広さを感じた次第です。その後2回目の寄付を行い、現在も毎年この賞の選考・授与は続いています。この辺りのことについては、「08.12.1」の欄にも書きました。

 姉妹都市交流もそうですが、ボストンを中心とするアメリカ・マサチューセッツ州の方々とのネットワークでも、こうやって書き綴っていると止めどもなく次から次へと顔が蘇ります。子ブッシュ時代のアメリカは全く好きになれず、私はあの国とは意図的に距離を置いて参りましたが、昨今はまた昔のネットワークと連絡を取って活動を再開したい気になってきています。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 引用 おわり

 講演が終了してから、多くの参加の皆さんがファー先生にご挨拶をされていました。私もしばし会場の隅で待ち、講演の中で紹介して頂いた御礼と、大変誇りに思う旨を先生にお伝え致しました。本当に人の繋がり、地道で真摯な交わりこそが、レガシーとしての価値を残すのでしょうね、そう実感した一週間でした。

5月のBoston 2015(4)

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 「ハーバード大学日米関係研究所(http://programs.wcfia.harvard.edu/us-japan」の幾つかのプログラムの中で、日本からの1年間研修の修了式と「Akiyama Award」贈呈式が、例年通り、スーザン・ファー教授ご夫妻のご自宅で開催されました。私はこれまでに2回程出席したことがありましたが、今年は「Akiyama Award」の20周年でしたので、特別に感慨が深かったです。

Akiyama Award」の歴代受賞者はこちら――> http://programs.wcfia.harvard.edu/us-japan/akiyama-award

ハーバード大キャンパス隣接の住宅街

ハーバード大キャンパス隣接の住宅街

ファー先生ご夫妻の自宅で

ファー先生ご夫妻の自宅で

 お庭でのセレモニー、冒頭のスーザン・ファー教授のご挨拶で、「Akiyama Award」について、以下のような詳細なご紹介があり、身に余る光栄でした。今年20周年の節目を迎え、今後も引き続き継続することを前提に、また新たな今後の展開については個別に意見交換も出来ました。

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< 2015.5.8  Akiyma Award : Fact Sheet >

Since 1996, the Program on U.S.-Japan Relations has annually awarded a summer research grant to a Harvard doctoral student who conducts social  science research on contemporary Japan. Made possible by a generous grant from Akiyama Aiseikan, a pharmaceutical firm based in Hokkaido, the Akiyama Award commemorates the life of Akiyama Aiseikan’s past president, Mrs.Kiyo Akiyama.

* 2015 marks the Award’s 20th anniversary. First award in 1995-96.

* Multidisciplinary: Government(10), History(5),Anthropology(3),Sociology(1),Education(1)

* Recipients hold junior and senior faculty positions at: Princeton, Yale, Stanford, University of Washigton(Seattle), Purdue, Georgia State, Amherst College, Bowdoin College, Seoul National University, Chinese University of Hong Kong

* Includes full Professors: Christina Davis(Princeton), Robert Pekkanen(University of Washington),and Daniel  Aldrich(Purdue)

* Supported the research for publications of many books,including 10 single- or co-authored books.

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思い起こせば北海道とマサチューセッツ州が姉妹州になって今年で25年、2月に記念プログラムが札幌で開催されています。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=22403

* 数年前の北海道・マサチューセッツ協会総会の様子も――>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8402

「Akiyama Award」歴代受賞者4名と記念写真

「Akiyama Award」歴代受賞者4名と記念写真

Akiyama Award」の歴代受賞者はこちら――> http://programs.wcfia.harvard.edu/us-japan/akiyama-award

 今年の受賞者はスリランカ出身のSubodhana Wijeyeratne(左から2番目の男性)さんです。「Fact Sheet」にもあるように、研究テーマは本当に幅広く、日本の「近代」を外国の研究者が新鮮な視点から掘り下げています。それらの人材が今、アメリカの有力な大学のポストに就き、ヨーロッパ、アジアでも同様に活躍始めているのでこれからも楽しみですね。

 パーティーは夜遅くまで続き、歴代受賞者の方々とも研究の内容、日本への留学時の様々な思い出等、面白い話ばかりでしばし時を忘れる程でした。これからの成長・進化を託しながら見守っていきたいプログラムとなっています。「継続は力なり」、変わらぬ含蓄のある言葉です!

5月のBoston 2015(2)

Posted by 秋山孝二
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 日本での過密スケジュールの中、やり繰りして時間を創り出してのボストン出張は、現地でも引き続き窮屈な日程です。まずはボストン・ローガン空港に着いてその足で、「女性の社会進出について」のシンポジウムに参加しました。

http://programs.wcfia.harvard.edu/us-japan/event/symposium-advancing-status-women-globalizing-japan-70-year-retrospective

Symposium Description

The end of the Pacific War ushered in a period of unprecedented freedom for women in Japan.  In 1945, they did not even enjoy the right to vote.  Seventy years later, “Womenomics,” or the equalization of gender roles in the work force, is an integral part of Prime Minister Abe’s policies to revitalize the Japanese economy.  This symposium will examine how women’s economic, social, and political status has advanced in postwar Japan, and what obstacles remain.

 乗り換え地でボストン行きの飛行機が到着遅れ、結局ボストンには予定より1時間も遅れたので、シンポジウムは終わりの部分しか聴講は出来ませんでしたが、質疑応答のやり取りはキレが良いとうのか、双方とも短い言葉で分かりやすく、スピード感にも溢れて素晴らしい雰囲気でした、キャシー松井さんの切れ味は抜群ですね。昨年、彼女とは会合で隣の席でお話をする機会もありました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=21359)。

当日配布のパンフ表紙

当日配布のパンフ表紙

二つの団体の共催:

* Showa Women’s University; Showa Boston Institute for Language and Culture

http://showaboston.org/ja/index.php

* Program on U.S.-Japan Relations, Weatherhead Center for International Affairs; Edwin O. Reischauer Institute of Japanese Studies

http://wcfia.harvard.edu/programs/us_japan

二つの共催団体

二つの共催団体

 
 続いてはこちら(http://programs.wcfia.harvard.edu/us-japan/akiyama-award)の関係で永い間お世話になっている方々との夕食をご一緒にしての意見交換でした。

 ハーバード大学のSusan Pharr教授とご主人のRobert Mitchell教授、そして窓口としてお世話になっているイグゼクティブ・ディレクターの藤平新樹さんです。

会食を終えて

会食を終えて

 今年で20回目を迎えた「Akiyama Award」、情報発信を私の方でも一層積極的に行って、継続発展を目指すことを確認できました。もともとこの渡航助成事業は、秋山喜代が亡くなった直後、葬儀の香典の一部を寄付する旨を伝えた時に、スーザン・ファー先生からご提案があって始めた経緯があります(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=174)。

 この事業に先立つスーザン・ファー先生との関係は、(株)秋山愛生舘100周年記念事業の一環で開催したフォーラムに遡ります(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2510)。会食時にも、次々と昔話に花が咲き、延々と3時間も自分でも驚くほど喋りまくってしまいました、本当に楽しかった。こんなに自分自身と会社の国際関係についてお話が出来たことは記憶にありません。1980年代から1990年代にかけて、随分自分なりに一生懸命だったなと、ホテルに戻ってからも何か自分が愛おしく感じたひと時でした。何よりも過去を振り返るばかりでなく、今後の展開に道筋が開けたことが一番ですね。今回、大変お忙しい中お時間を創って頂き、心から感謝申し上げます。

5月のBoston 2015(1)

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 アメリカ・マサチューセッツ州のBoston、今から45年前に初めて訪れて以来、これまでに何回訪問したでしょうか。今回は一番短い滞在かも知れませんが、歴史を繋ぐ濃厚な人との意見交換は、わたくし的には予想をはるかに上回る成果が期待できそうです、到着してすぐに空港から直行して途中参加したフォーラムから始まり、今回、ボストンと歴史、新しいページの幕開きを予感します。

 これまでのこの「部屋」でのボストンに関する記述:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=Boston

 まずは、写真で駆け足のボストン。今回も宿泊はCopley Scquare界隈です。すぐ近くの「公共図書館(http://www.bpl.org/」に久しぶりに足を運び、一室のヘンデル・ハイドンの特別展示では因んだ曲にしばし耳を傾ける時間もあり最高でした。実際の図書館機能はほぼ電子化されていますので、ここはまさに歴史的雰囲気を醸し出す「学びの場」と言えましょうか、ただ座っているだけで何かとてつもなく思考が進む気がします。

Copleyの公立図書館エントランス

Copleyの公共図書館エントランス

広大な閲覧・研修室

広大な閲覧・研修室

ヘンデル&ハイドンの特別展示(音楽付)

ヘンデル&ハイドンの特別展示(音楽付)

 続いては地下鉄グリーンラインとレッドラインを乗り継いで、さらに循環バスで、こちらも二十数年ぶりに「JFKライブラリー&ミュージアム(http://www.jfklibrary.org/」。前回よりも格段に展示が充実していました、シニア割引があったのを後から知りアダルトからの変更を申し出ましたが、「too late」と受付の中年男のそっけない返事、まぁ差額3ドルは寄附でいいやと、ここは随分寛容な私でした、スタッフの男たちのサービス精神の無さは少々残念でしたね。

 最初にシアターで上映するJFKの履歴動画では中国語の字幕付きで少々驚きました。大平洋戦争に参加し、JFKの乗っていた船が日本軍に撃沈されて海上を彷徨って奇跡的に救助された場面では、まさに「共通の敵国・日本に対して共に戦った戦勝国の米国(美国)&中国」をイメージさせる作りも微妙でした、そんな印象を持つのは私だけかもしれません。私が今から四十数年前に最初にハワイ・パールハーバーに行って記録映画を観た時、日本のゼロ戦が炎に包まれて墜落する姿に、「great !!」と叫んだ子供の声を思い出しました。軍事的に日米関係強化にのめり込む今の日本の政治情勢、実は米中関係の歴史ははるかに深く広く着実に深化している、寺島実郎さんのいつもおっしゃっていることです。

 今回あらためて展示の作りを見ていて、JFKが若い時代に、ヒットラー・ナチス時代のドイツを訪問した時の感想、ロシア・モスクワを短期的訪問して社会主義国の現場感覚を持っていたこと、いかにも1960年・70年代は冷戦構造の真っただ中だったこと、大統領に就任するまでのそれに向けた幅広い見識を持つ十分な準備があったこと等、大統領として資質を磨くプロセスを理解した気がします。JFKというとどうしても暗殺ばかりが話題になりますが、ここではしっかり「何を成したのか」、「どんな人格だったのか」を伝えたい、そんなメッセージを受け止めました。

 周辺も随分変貌しています。以前はポツンと白亜の建物だったような気がするのですが、現在は「UMass Boton(https://www.umb.edu/the_university」のキャンパスが、25年計画のマスタープランに基づき着々と整備されいます。

エントランスは変わり無し

エントランスは変わり無し

大統領就任演説は録画も。吹き抜けのアトリウムのウオールには一節。

伝説の大統領就任演説の動画も。吹き抜けのアトリウムのウォールにはその一節

前庭からの景色:JFKとマサチューセッツ!

前庭からの景色:まさにJFKとマサチューセッツ!

 夕方はハーバードスクウェアで用事があったので少し早目に「ハーバード大学(http://www.harvard.edu/)」キャンパス中庭で、しばし椅子に腰かけて通る人並みをボケっと観ていました、これもまた至福の時間でした。

左にジョン・ハーバードの坐像、この日も観光客の一群が

左にジョン・ハーバードの坐像、この日も観光客の一群が

バナーはオシャレながらある意味「月並み?!」

バナーはオシャレながらある意味「月並み?!」

 こんな調子で報告していたら、何回になるか分かりませんね。適当に掻い摘んでといきたいのですが、書いているとどうしても続いてしまいます、宜しくお付き合いをお願いします、ね。

Kevin を偲んで (2)

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 Kevinの墓前で、これまでのお礼を伝えて私の気持は少し落ち着くかと思ったのですが、なかなかそうはいかず、想い出はボストン周辺で尽きることなく、なかなか整理できません。

 (株)秋山愛生舘の子会社として1991年に設立した「Autumn Hills International:AHIC」は、ボストン郊外のCambridgeにあるハーバードスクウェアに置き、私が社長、Kevinがジェネラル・マネージャーで活動を開始しました。何回も出張ベースでは行きましたが、基本的には私は非常勤、実質はKevinが現地の責任を負って、最大で4名の部下とともに仕事に励んでいました。近くにハーバード大学(http://www.harvard.edu/)があり、いつも観光客を含めて賑わっていましたが、ビジネスは苦戦の連続でしたね。

1991年、チャールズ・スクウェアの一室でスタート

1991年、チャールズ・スクウェアの一室でスタート

 その後、そこから15分くらいのWalthamに場所を移しました、場所を変えてビジネス展開も拡がってきて、調査・研究から、実際の商品の動きも出て来ました。

広い駐車場のあるオフィス

広い駐車場のあるオフィス:建物2階でした

 1998年に合併により親会社がスズケンに代わって以降、2003年に全ての株式を、当時社長だったKevinが買い取って、「Health Tech」としてHopkintonの自宅地下を本社として再出発しました、いわゆる「SOHO:http://ja.wikipedia.org/wiki/Small_Office/Home_Office」ですね。会社は順調な業績で推移していました。

自宅玄関の表札、この裏側の地下一階がオフィス入口

自宅玄関の表札、この裏側の地下一階がオフィス入口

   

 記憶を頼りに街なかで探していると、忘れられない場を見つけました。会社設立が暗礁に乗り上げて、私が助けを求めて電話をした翌日夕方、Kevinと会った「Hotel Meridien」です、今は、別のホテル名になってはいましたが・・・。

変わらない赤い日除け

変わらない赤い日除け

  この日は、Mariaさん、3人のお子さんと一緒に、2人が結婚して初めて住んだBelmontの家、次に引っ越しした家も訪れて、昔懐かしい街並み、通り、お店等について、Mariaさんが子どもたちに、父親Kevinの足跡として説明していました。街なかは随分再開発等で景観が変わった所も多かったのですが、オフィスのあった地域、郊外の住宅地は昔のままでした。

 子どもたちは、どう受け止めてくれたのか、これからの人生に何か力となって繋がってくれることを願っています。場所が放つメッセージとか説得力というのは不思議ですね、もう20年程前のことがつい昨日のことのように蘇ります。

 あらてめてKevin、本当にお世話になりました、ありがとう!

北海道マサチューセッツ協会総会で

Posted by 秋山孝二
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 北海道マサチューセッツ協会(http://www5.ocn.ne.jp/~homas/)の年次総会が開催されました。北海道とアメリカ・マサチューセッツ州(http://www.discoveramerica.com/jp/massachusetts/)とが姉妹州契約を結んだ1990年に設立され、これまで文化・芸術・教育分野を中心に交流を続けてきています。私は当初から関わっているのですが、その後、仕事上の多忙で殆ど活動には貢献出来ていません。この間、大変熱心な活動をつづけていらっしゃる中垣事務局長は、直接は習いませんでしたが私の高校時代の恩師です。

 懐かしい顔も多く、総会会場では桑折広幸さんの「『暖』ボールアート」のミニ展示、明楽(あけら)みゆきさんのチェンバロ・ミニ演奏会もあり、会を盛り上げていました。

段ボールアートのミニ展示

桑折広幸さんの「暖」ボールアートのミニ展示

チェンバロ演奏

明楽(あけら)みゆきさんのチェンバロ演奏

 マサチューセッツ州と言えば、アメリカ発祥の地、ニューイングランドのプライドは今も高いですね。私の世代はビー・ジーズの歌「マサチューセッツ:http://www.youtube.com/watch?v=4XWYefe9EzI&feature=fvwrel」は忘れられないです。もともとの題名は「The lights all went out in Massachusetts(マサチューセッツの灯りはすべて消えた)」、歌詞2番のサンフランシスコは、当時のヒッピー全盛期の中心で、最後のフレーズは「I will remember Massachusetts」です、1960年後半の時代を感じます。

~~~~~~~~~

Feel I’m goin’ back to Massachusetts,
Something’s telling me I must go home.
And the lights all went out in Massachusetts
The day I left her standing on her own.
マサチューセッツに帰りたい気持がする
何か帰ったほうがいいって言っているみたいだ
マサチューセッツの灯りはすべて消えた
彼女の1人残してきた日に

Tried to hitch a ride to San Francisco,
Gotta do the things I wanna do.
And the lights all went out in Massachusetts
They brought me back to see my way with you.
サンフランシスコにヒッチハイクしようとした
したいことをいろいろしなくちゃと思った
マサチューセッツの灯りはすべて消えた
見えない足元を君と歩こうとした

Talk about the life in Massachusetts,
Speak about the people I have seen,
And the lights all went out in Massachusetts
And Massachusetts is one place I have seen.
マサチューセッツの暮らしを話したり
今まであった人達のことを話したり
マサチューセッツの灯りはすべて消えた
マサチューセッツはボクの見た場所の1つになってしまった

I will remember Massachusetts.
マサチューセッツを忘れはしない
~~~~~~~~~~~~~~

 私自身、アメリカに設立した現地法人「Autum Hills International:AHIC」とともに、忘れられない場所となっています。現在も、ハーバード大学のプログラムの少しの支援は続けて、関係を継続しています(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2510)。

演劇「てけれっつのぱ」、ほか

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 このところ、演劇・映画を濃密(?)に鑑賞。一つは、劇団文化座(http://bunkaza.com/)「てけれっつのぱ」です。江戸の名残をとどめる文明開化の東京と、開拓まもない北海道・小樽で、愛情と人情、様々な人間模様が繰り広げられます。あの時代の一面を覗いたような気がします。

当日チラシより

当日チラシより

時代の象徴、人力車

時代の象徴、人力車

  一昨年でしたか、文化座「天国までの百マイル:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2094」も面白かったですね、実話を芝居にしたもので、千葉県のイメージも湧いてきて。先日の舞台では、佐々木愛さんはお元気そうで安心しました。

 もう一つの舞台は、シアターZOO企画公演「じゃぱどら!地区大会:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7214」の後半部分、岸田國士(くにお)作・清水友陽演出、「犬は鎖に繋ぐべからず」です。こちらは数十人の客席、役者よりも低い目線からの1時間超、さらに短編の「紙風船」も観ることができました。

 一方映画では、還暦を迎えたのでいつでも60歳以上割引適用、高齢社会の恩恵を現実に感じた最初ですね。見たい映画も目白押しですが、取り敢えず二つを、「ウォール・ストリート:http://movies.foxjapan.com/wallstreet/」、「ソーシャル・ネットワーク:http://www.socialnetwork-movie.jp/」です。

 WSはNew Yorkの現場がリアルでしたし、SNはボストンのハーバード大学(http://www.harvard.edu/)を舞台にものすごいスピード感でした。ボストンというと思い出しますね、1991年にボストンのハーバード大学のすぐ近く、ハーバードスクウェアに(株)秋山愛生舘の子会社「Autumn Hills International:AHIC」を設立し、私は社長に就任しました。ヘルスケアのリサーチ等を主体としたビジネスでしたが、現在は二代目社長だったアメリカ人男性が、MBOでボストン郊外で独立した会社として発展しています。

 二つの映画では、ともに時間との戦いでサイバー上で繰り広げられるすさまじいやり取りとバトル、そして中国・中国人の登場が特徴的でした。少し前でしたら、それぞれの場面は日本人だったのでしょうが・・・。「facebook:http://www.facebook-japan.com/」誕生の様子が実にリアルに描かれています。

 つい最近では、チュニジアでのジャスミン革命、エジプトでのムバラク政権崩壊、それに続く中東諸国、中国での反政府デモ等で、今や「facebook」ほかソーシャル・メディアは注目の的です。先日のファンドレイジングのフォーラムでも(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7411)。

検証・昭和報道

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  先日、朝日新聞シンポジウム「検証・昭和報道」が開催されました。2年間の現場記者20名程を含めた事前検討会議の後、2009年4月から2010年3月まで朝日新聞夕刊に250回連載された「検証・昭和報道」の取り組みに対する総括シンポジウムでした。

当日配布資料:朝日新聞夕刊連載記事より

当日配布資料:朝日新聞夕刊連載記事より

  取材班から上丸(じょうまる)洋一氏の報告、基調講演として入江昭(ハーバード大学名誉教授)氏、討論(前・後)では船橋洋一(朝日新聞)、入江昭、劉傑(りゅう・けつ:早稲田大学教授)、バラック・クシュナー(ケンブリッジ大学准教授)の各氏がパネラーでした。

<船橋>

*時間が経ってから分かることがある――記事の「検証」機能が必要、現在に鏡をつくること、「調査報道」が無かった

<入江>

*今回の「検証」は、知的に正直な試み

*国内の記事:市民の目をどこまで貫いたか、国家権力の手先となっていなかったか、 国外の記事:欧米大国中心の報道、国際関係の記事:国家権力からの情報・関係性が多い、最近は「交流と共生の昭和史」が書かれるようになってきた

*20世紀の流れ:前半はナショナリズムの台頭、後半は国境を越えた「つながり」(経済・ITネットワーク・移民・避難民・人権・環境・宗教・民族等)

<劉傑>

*歴史の分かれ目をどう理解するか:ロンドン軍縮会議、満州事変

*新聞は「時代の空気を伝える」もの、「流れを読む」、「先を展望する」は別のこと

*戦後は平和を手に入れた:時代の空気は「平和を守る」であり、しばらくは「アメリカの政策に従う」ことであった、80年代に入って、「市民」、「グローバル」等のあらたな視点が生まれてきたのではないか

*「中国報道」をどう行ってきたか:評価の分かれ目、「1945年」は東アジアの多くの国にとって「戦争の終わり」ではない

<クシュナー>

*戦前の日本では、新聞は「第4の権力」ではなく、「政府の一部」だった

*アメリカでは、新聞は200年以上前から「政府を批判する」ことを求められた

*沖縄返還に絡む「密約事件」で、「報道されなかったことの意味」が再認識されるべき、同じ時期のアメリカ・ペンタゴン
ペーパーズ(http://www.mtholyoke.edu/acad/intrel/pentagon/pent1.html)におけるランド研究所ダニエル・エルスバーグは、極秘書類をニューヨークタイムズに掲載、日米を巡る状況の違いは象徴的、「The Most Dangerous Man in America」は、NHK-BS世界のドキュメンタリーで2回にわたり放映された(http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/100301.htmlhttp://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/100302.html

*映画「大統領の陰謀(http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD5664/story.html)」、「フロスト×ニクソン:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1064」、このような映画が日本で制作されるだろうか

<その他>

*戦前の新聞は、「上からの目線」で国民の教育機能、国民と国家の間に位置した、調査報道が無かった、「報道」が「宣伝」に変わった、国際秩序をどこまで報道出来たか、昭和の報道は明治以降の「日本」をどう総括するかである

*戦後の報道では、「占領」をどう書けたのか、「東京裁判」で多くの知らない事実が明るみになった

*「冷戦構造」にとらわれ過ぎたのではないか、世界各地では多様な動きが進行していた、特に中国の台頭等

*調査報道は、情報公開法に基づいた「情報公開」活動により実現可能性が高まった

 

最後に、「ジャーナリズムは検証報道・調査報道ができるかどうかが生命線である」と結ばれました。聴衆は400名を越えていたでしょうか、平均年齢はかなり高かったですね、学生は20名程度だったような気がします。このシンポジウムの詳細は、6月21日朝刊特集面として掲載予定とのことです。

祝!「NORPAC」25周年

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 (社)北太平洋地域研究センター(NORPAC http://www.norpac.or.jp/)は、1984年に「フレッチャー法律・外交大学院大学分校等誘致促進協議会」を母体として発足し、1986年に「社団法人フレッチャー北海道プログラムセンター」に発展的に改組・法人化した後、1991年に現センター名に改称しました。

 発足以来、北太平洋地域の中心に位置する北海道を拠点として、北太平洋を取り巻く各国(アメリカ、カナダ、ロシア、中国、モンゴル、朝鮮民主主義人民共和国、韓国、日本の8カ国)の研究機関と協力し、この地域が直面する諸問題を多角的にとりあげ、学術的な調査研究活動を実施するとともに、それに関連する国際会議・フォーラム・セミナーなどを開催しています。また、この地域の安定と発展を持続させていくためには、国際的な感覚と専門知識を有する人材の育成が不可欠であるという認識のもと、人材交流や人材育成のためのプログラムを積極的に推進してきました。


  私もこの団体の理事を永年つとめてきましたが、先日、設立25周年の記念講演会・祝賀会が開催されました。講演会は、この会に当初からご尽力された木村汎先生により、「ロシア双頭政権の対日戦略~鳩山政権への提言」と題して行われました。

木村汎先生の講演

木村汎先生の講演

 日本とロシアの交渉スタイルの違い、歴史認識の違い等を踏まえて、性急にではなく、根気強く粘り強い交渉をする構えの重要性等、幾つかの示唆に富むお話でした。

 その後の25周年式典・懇親会では、これまで特にご功労のあった松江専務理事他へ感謝状の贈呈がありました。思い起こせば、この「北海道フレッチャースクール」の絡みで、ハーバード大学のスーザン・ファー教授ともお近づき頂き、その後のネットワークも拡がりました。折からの公益法人改革もあり、今後は(社)北方圏センターhttp://www.nrc.or.jp/への事業統合で一層の発展をする旨も、先日発表されました。北海道の国際学術交流も、新たな時代への展開となってきたことを実感致します。

 これまで培ったネットワークを大きな財産として、「東アジアの中の日本」の価値を、創り上げていきたいものですね。

エズラ・ヴォーゲル、鄧小平訪日(1978)を語る

Posted by 秋山孝二
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 東京六本木にある国際文化会館http://www.i-house.or.jp/jp/の「アイハウス・アカデミー」プログラムで、エズラ・ヴォーゲル先生による「鄧小平中国副総理の歴史的訪日(1978)と日中関係の未来」という講演が開催されました。会館ホールには120名を越える内外の聴衆でかなり専門的なやり取りも交わされました。

元気に語るヴォーゲル先生

元気に語るヴォーゲル先生

 先生とは1990年代に、当時の(株)秋山愛生舘社長室でお会いして以来、ボストンでも何回かお話をしています。

 Ezra Vogelhttp://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%BA%A5%E9%A1%A6%A5%F4%A5%A9%A1%BC%A5%B2%A5%EB先生は、1930年アメリカ・オハイオ州生まれ、ハーバード大学卒業後、1967年から2000年にかけて、ハーバード大学にて教鞭を執られました。1979年の著書『ジャパン・アズ・ナンバーワン』は、戦後日本経済の成功の秘訣を世界に紹介するとともに、当時停滞していたアメリカ復活の教訓として、日本から学ぶことの重要性を説いて大きな話題となり、書名は今日でも80年代に隆盛を極めた日本経済を象徴する言葉としてしばしば用いられています。中国語、日本語に堪能なヴォーゲル先生は、ハーバード大学の看板教授であり、1973年から1977年までは同大学の東アジア研究所長をつとめ、1993年9月、CIA国家情報会議(CIAの分析部門)のアジア担当の分析官にも就任されています。現在の所属はハーバード大学ヘンリー・フォード二世社会科学研究講座名誉教授となっていました。

 講演の中でもご紹介されていましたが、ご子息のスティーヴン・ヴォーゲル氏も、比較政治を専門とする日本研究者であり、現在はカリフォルニア大バークレー校の教授をされています。

 先日のご講演では、鄧小平は日本でも大変幅広い人脈を持っていて、来日時も精力的に工場他の見学、要人との面談をこなしていたとのこと。当時としてはより深い意味で日中の「和解」を理解していた人物。そして中国では「方向性は正しいにも関わらず、継続出来なかった」という評価が今定着しているとの見解でした。当時は中国国内にはテレビもあまり普及していなく、更に92年の天安門事件以降は愛国主義キャンペーンの一環で反日プロパガンダも盛んになり、今の若い世代は日本の謝罪を知らないという現実も言及されました。そんな時代の変化を踏まえて、今両国で行う必要があるのは、少なくとも近い過去に何が起きたかは日中間で共有すべきではないか、と指摘されていました。また鳩山新政権の「東アジア共同体」構想には、かなり消極的なご意見でした。

 ハーバード大学といえば、どうしても紹介しておきたいもう一人の先生と研究機関があります。お一人の先生はSusan Pharr教授(http://www.wcfia.harvard.edu/node/4387)で、ジョージア州アトランタ生まれ、その所属はハーバード大学日米関係研究所・所長(Program on U.S.-Japan Relations,Weatherhead Center for International Affairs:http://www.wcfia.harvard.edu/us-japan/index.htm)です。

 1990年代に北海道に「北海道フレッチャースクール」を誘致しようという運動があり、当時の(株)秋山愛生舘秋山喜代会長と社長だった私も少なからず関わっていました。ボストンからの最初の訪問団でいらっしゃっていたのがファー先生でした。91年の(株)秋山愛生舘100周年の年には、ケント・カルダー教授とともにご招待をし、「国際社会で果たす日本の役割」について100周年フォーラムを開催し、示唆に富む議論を展開されました。前日夜にお二人の先生と日本食でのひと時は忘れられません。ファー先生は、何と「生のウニ」が大好物でした。

100周年記念セミナー

100周年記念セミナー

 ケント・E・カルダー(Kent E. Calder )教授は1948年生まれ、専門は日本政治、日韓の比較政治、東アジアの国際関係等です。現在はジョンズホプキンス大学http://www.thepath.jp/archives/2006/04/11/johns_hopkins_university.html教授、同高等国際問題研究大学院(SAIS)付属エドウィン・ライシャワー東アジア研究センター長を務めています。政権交代後も日米関係の現状と将来に対して率直な提言をされています。

100年誌から(18年前ですが)

100年誌から(18年前ですが)

 ファー先生とはその後ボストンに行くたびにお会いして頂き、その時の日本の首相はじめ政治家の評価を伺っていました。大変冷静に個々の資質を見極めていらっしゃって、本当に勉強になりました。91年に(株)秋山愛生舘がボストンに設立したアメリカ子会社「Autumn Hills International Corp.(AHIC)」の名付け親でもあります。相談をした時に先生から、「どうしてもアキヤマという名前を会社名につけたいですか?」と質問され、「どうしてでしょうか?」と逆に聞き返しました。すると「『000 U.S.A.』という名称は如何にも子会社というイメージで、出来れば英語名の方がプライドの高いボストンでは好印象だと思いますが」とのお答。いろいろ知恵を出して、日本語の「秋山」をニューイングランド・サウンドで「Autumn Hills」とした次第です。その後登記にあたり同じ名称が無いかどうかを確認しましたら、何と「Spring Hills」、「Summer Hills」、「Winter Hills」はすでに存在していましたが、マサチューセッツ州には「Autumn Hills」だけはまだ登録がなく、この名称を弁護士に伝えて登記をしたことを思い出しました。

 働く女性同士ということか秋山喜代と大変気が合い、私もその後も親しくさせて頂きました。そんな関係性があり96年に秋山喜代が亡くなった時、生前の感謝の意味も込めて香典の一部をファー先生が所長を務める研究所に寄付をしました。するとすぐにお手紙が先生から届きました。「生前の秋山喜代さんの当研究所に対するご尽力に感謝して、今回の寄付金を原資として『Kiyo Akiyama Award』を創設し、毎年大学院留学生を対象に日本への渡航費用の一部に充てるべく計画中だが、賛否をお尋ねしたい」旨の内容でした。「一民間人のこころざし」の価値に対する表現として記念の賞を創設し、名前を刻んで永く後世に残すアイディアに、寄付する者への配慮・奥深さ・裾野の広さを感じた次第です。その後2回目の寄付を行い、現在も毎年この賞の選考・授与は続いています。この辺りのことについては、「08.12.1」の欄にも書きました。

 姉妹都市交流もそうですが、ボストンを中心とするアメリカ・マサチューセッツ州の方々とのネットワークでも、こうやって書き綴っていると止めどもなく次から次へと顔が蘇ります。子ブッシュ時代のアメリカは全く好きになれず、私はあの国とは意図的に距離を置いて参りましたが、昨今はまた昔のネットワークと連絡を取って活動を再開したい気になってきています。