アメリカ・マサチューセッツ州のBoston、今から45年前に初めて訪れて以来、これまでに何回訪問したでしょうか。今回は一番短い滞在かも知れませんが、歴史を繋ぐ濃厚な人との意見交換は、わたくし的には予想をはるかに上回る成果が期待できそうです、到着してすぐに空港から直行して途中参加したフォーラムから始まり、今回、ボストンと歴史、新しいページの幕開きを予感します。
これまでのこの「部屋」でのボストンに関する記述:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=Boston
まずは、写真で駆け足のボストン。今回も宿泊はCopley Scquare界隈です。すぐ近くの「公共図書館(http://www.bpl.org/)」に久しぶりに足を運び、一室のヘンデル・ハイドンの特別展示では因んだ曲にしばし耳を傾ける時間もあり最高でした。実際の図書館機能はほぼ電子化されていますので、ここはまさに歴史的雰囲気を醸し出す「学びの場」と言えましょうか、ただ座っているだけで何かとてつもなく思考が進む気がします。
続いては地下鉄グリーンラインとレッドラインを乗り継いで、さらに循環バスで、こちらも二十数年ぶりに「JFKライブラリー&ミュージアム(http://www.jfklibrary.org/)」。前回よりも格段に展示が充実していました、シニア割引があったのを後から知りアダルトからの変更を申し出ましたが、「too late」と受付の中年男のそっけない返事、まぁ差額3ドルは寄附でいいやと、ここは随分寛容な私でした、スタッフの男たちのサービス精神の無さは少々残念でしたね。
最初にシアターで上映するJFKの履歴動画では中国語の字幕付きで少々驚きました。大平洋戦争に参加し、JFKの乗っていた船が日本軍に撃沈されて海上を彷徨って奇跡的に救助された場面では、まさに「共通の敵国・日本に対して共に戦った戦勝国の米国(美国)&中国」をイメージさせる作りも微妙でした、そんな印象を持つのは私だけかもしれません。私が今から四十数年前に最初にハワイ・パールハーバーに行って記録映画を観た時、日本のゼロ戦が炎に包まれて墜落する姿に、「great !!」と叫んだ子供の声を思い出しました。軍事的に日米関係強化にのめり込む今の日本の政治情勢、実は米中関係の歴史ははるかに深く広く着実に深化している、寺島実郎さんのいつもおっしゃっていることです。
今回あらためて展示の作りを見ていて、JFKが若い時代に、ヒットラー・ナチス時代のドイツを訪問した時の感想、ロシア・モスクワを短期的訪問して社会主義国の現場感覚を持っていたこと、いかにも1960年・70年代は冷戦構造の真っただ中だったこと、大統領に就任するまでのそれに向けた幅広い見識を持つ十分な準備があったこと等、大統領として資質を磨くプロセスを理解した気がします。JFKというとどうしても暗殺ばかりが話題になりますが、ここではしっかり「何を成したのか」、「どんな人格だったのか」を伝えたい、そんなメッセージを受け止めました。
周辺も随分変貌しています。以前はポツンと白亜の建物だったような気がするのですが、現在は「UMass Boton(https://www.umb.edu/the_university)」のキャンパスが、25年計画のマスタープランに基づき着々と整備されいます。
夕方はハーバードスクウェアで用事があったので少し早目に「ハーバード大学(http://www.harvard.edu/)」キャンパス中庭で、しばし椅子に腰かけて通る人並みをボケっと観ていました、これもまた至福の時間でした。
こんな調子で報告していたら、何回になるか分かりませんね。適当に掻い摘んでといきたいのですが、書いているとどうしても続いてしまいます、宜しくお付き合いをお願いします、ね。
3 月 7th, 2019 at 7:33 AM
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