元気いっぱい9?歳 2018!

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 毎年同じ表現で恐縮です、「今年で最後、最後」と言いながら、今年も元気に踊っていました、私の母、華麗な95歳、今まで、とこかで年齢を一つ取り忘れていたようです。

* これまでのダンス関連――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%83%80%E3%83%B3%E3%82%B9

舞うように!!

優雅に舞う!!

 先だって行われた恒例の紅白対抗戦、審査員として秋山不動産(有)も総動員!?

真剣な眼差し①

真剣な眼差し①

真剣な眼差し②

真剣な眼差し②

 最初と最後は、恒例によるお二人の先生のデモンストレーション、今年も優雅に美しく。

兎澤先生&平先生

兎澤先生&平先生

 今年は、お客様として私と私の三男・久のチェロの恩師・上原与四郎先生もお越しになり、昔話ほか楽しいひと時でした。上原先生は、「コウジくん、チェロ奏者にならなくてよかったね」と、何とも意味深な一言もありました、経済的に暮らすのが大変だったよという意味のようでしたが・・・?!

* 上原与四郎先生――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E4%B8%8A%E5%8E%9F%E4%B8%8E%E5%9B%9B%E9%83%8E

私のチェロの恩師・上原与四郎先生もお越し頂きました!

私のチェロの恩師・上原与四郎先生もゴキゲン!

多くの方々に感謝

多くの方々に感謝

 ご出席の皆さま、兎澤先生、平先生、ありがとうございました!!!

チェリスト 宮田大 @ 札幌

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 宮田大さん(http://www.daimiyata.com/)のチェロリサイタル、エネルギッシュな躍動感と技が印象的でした。2009年、第9回ロストロポーヴィチ・チェロコンクールで優勝、これは日本人として初めてだそうです、まだ30歳で今後が楽しみです!

当日チラシ

当日チラシ

 後半の「プロコフィエフ チェロ・ソナタ ハ長調(http://ml.naxos.jp/opus/10712)」はすごかったです。

 数年前に、同じキタラホールで、ミッシャ・マイスキーのリサイタルも印象に残っていますが、今回の宮田大さんのほとばしる演奏と音色は、若さと同時に卓越した技量も感じました、チェロはやっぱりいいですね。

 この欄でこれまで書いたチェロに関してはこちら――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AD

ワグナーナンドール展示会 2015春

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 ワグナー・ナンドール記念財団(http://wagnernandor.com/indexj.htm)の「展示会 2015春」が今月15日から始まっています。今年は初めての企画として、五角堂での「ミニコンサート」が毎日開催されていて、連日大いに盛り上がっているようです。先日はその初日、財団の奨学金助成事業で応援した阿久澤政行さん(http://www.danube4seasons.com/search/international-student/02_d4s_2012-15_2.html)と、一緒に演奏活動をされているチェロの白佐武史(http://takeshirasa.blogspot.jp/)さんが、財団内のアトリエで演奏を披露しました、素晴らしいひと時でした。

アトリエでの阿久澤政行さんのライブ

アトリエでの阿久澤政行さんのライブ

チェロ・白佐さんとのコラボレーション

チェロ・白佐武史さんとのコラボレーション

 阿久澤政行さんは当日配布のチラシに次のように書いています。

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 奨学生としての2年間、あっという間に過ぎました。演奏家としての技量の幅と感性の磨きは、生涯かけて学ぶものと感じております。この2年間で、私は多くのことを習得できました。演奏から学ぶだけでなく、幅広い芸術家との交流ができたことも、とても勉強になりました。

 特に大きな演奏会の前には、この「哲学の庭」にて、静かに心を清め、頭の中で音楽を流しながら本番に向けてのイメージトレーニングをすることが、最近の私のこだわりです。また、演奏会の燕尾服は、ワグナー・ナンドール先生が着ていらしたものです。

 ワグナーナンドール財団のご支援に心から感謝するとともに、より一層演奏家として精進して参る所存です。4月18日のアトリエでの演奏では、成果の発表とともに財団への感謝を音に込めたいと思います。今後とも更なるご指導、ご鞭撻のほどを宜しくお願い申し上げます。

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 阿久澤政行さんは、以前、宇都宮南図書館でも演奏をしています(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=18276)。

 一方、チェロの白佐武史さんは北海道釧路のご出身で、6月には地元での予定もあります。

埋め込み画像への固定リンク
 今回の演目は、ゾルタン・ゴダイ作曲の曲「ウィーンの音楽時計(ハーリヤーノシュより)」、「ドビュッシーへのオマージュ」、「上場的ロマンス」を中心に、サンサーンス作曲「白鳥」、ヴィラロボス作曲「黒鳥」等、普段あまり耳にしない曲も多く、聴き入りました。翌日からの五角堂でのミニ演奏会は、楽器、ソプラノ他盛りだくさんのプログラム、彫刻と音楽のコラボレーションは、また新しいワグナー・ナンドールの世界で大変嬉しいですね、これからも若い世代の皆さんに夢を託したいと思います、宜しく!

竹津宣男さん、逝く

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 札幌交響楽団元事務局長、PMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)の立役者・竹津宣男さんが急逝、先月の芸術・文化を応援する会の集まりにもご出席されていましたので、突然の訃報に接し言葉を失いました。葬儀はごく内輪での家族葬、先日、札幌で「お別れの会」が催され、多くの参列者が感謝の言葉とお別れに詰め掛けました。

* 札幌交響楽団 (http://www.sso.or.jp/

* PMF (http://www.pmf.or.jp/

竹津宣男さん・お別れの会

竹津宣男さん・お別れの会

 当日の弔辞の中で皆さんお話をされていましたが、いつも柔和な表情を浮かべての的確なアドバイスは、いつも率直に心に響いて参りました。私のチェロの恩師・上原与四郎先生と札幌交響楽団の最初からのメンバーで、幼い頃の私のチェロ演奏も覚えていらっしゃって、数年前のフォーラムでもそのお話をされていたのが嬉しく、心に残っています。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5134

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4859

 札幌のクラシック音楽分野の普及啓発では、本当にご尽力されました。失った存在の大きさは計り知れませんが、いつまでも悲しがっているばかりではそれこそ竹津宣男さんの御遺志に背くことになります。残った次の世代がこの宝物を背負って益々発展させていかなければならない、笑顔の遺影からそんな決意を新たにした次第です。

 どうか、安らかにお眠りください、心からご冥福をお祈り致します。

2013の年末、バタバタと

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 毎年恒例のFM三角山ラジオ(http://www.sankakuyama.co.jp/)、丸山哲秀先生の「先生人語8時間スペシャル」、今年も1時間お話することができました、1年間は本当にあっと言う間に過ぎていきます。言いたいことの半分くらいしかお話できませんでしたが、自分の振り返りとしても楽しいひと時でした。

JR琴似駅となりのFM三角山放送局で

JR琴似駅となりのFM三角山放送局で

 終わってJR琴似駅広場を歩いていると、丁度路線バスから降りてこられた上田文雄市長とバッタリお会いしてしばしお話、そして立ったままの年末ご挨拶となりました、不思議な出会いでした。

 翌日は、私が小学校5年から高校2年秋までチェロを習っていた上原与四郎先生の門下生のコンサート「北の大地に育ったチェリストたち~上原与四郎先生の傘寿を祝って~」です。私の一番下の息子も上原先生に小学校時代に習い、親子二代でお世話になりました。「傘寿のお祝い」でしたが、変わらずお元気な様子で生涯現役、素晴らしいですね。

 今年の12月は、先日のミッシャ・マイスキー演奏会(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=18615)とともに、チェロの音に魅了されました。

「北の大地に育ったチェリストたち」

「北の大地に育ったチェリストたち」

 そして、恒例の高校の同期会、今年は30名近くが集まりました、初参加の方もいらっしゃって賑わいました。

元気な皆さん、これからも続けましょ!

元気な皆さん、これからも続けましょ!

昨年末、私は書きました:~~~~~~~~~~ 引用始まり

もう一つの来年に向けての挑戦は、人材育成の原点、「新渡戸稲造・遠友夜学校」を札幌の教育の柱にしていく活動です。新渡戸稲造についてもここで何回も書きました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%96%B0%E6%B8%A1%E6%88%B8%E7%A8%B2%E9%80%A0)。今年は「生誕150年」でしたが、私自身は動きが取れませんでしたので、来年の「没後80年」には札幌のまちづくりとコラボレーションし、幅広い方々の参画を得て、「事業」を構築していくのが夢であり、正夢としたいですね。

・・・・・・・・・・・・

秋山財団も26周年を終えて、来年はさらに飛躍して参ります。これまでの資産を「つなぐ」をキーワードに、研究助成での「アウトリーチ活動」、活動助成での「ネットワーク形成」を主要テーマに、これからもイノベーションを継続して参ります。今年一年、多くの皆さまにご支援・ご指導頂き、心から感謝申し上げます、皆さま、どうかよいお年をお迎え下さい!

~~~~~~~~~~~~~ 引用 おわり

 この1年やれたこと、やり残したこと、いろいろありましたが、とにかく2013年は暮れていきますね。来年は、「札幌遠友夜学校創立120周年」の記念の年です、6月にイベントを企画すると同時に、南4東4の跡地の公園造成を市が約束していて、そして記念館設立に向けたデザイン公募と1億2千万円の寄附集めには私たちが奔走しなければなりません、また大変な年になりそうです!

このサイトをいつもお読みくださっていらっしゃる皆さま、どうか良いお年をお迎え下さい!

ミッシャ・マイスキー in Sapporo

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 以前から注目をしていたチェロのミッシャ・マイスキー(http://www.samonpromotion.com/jp/artist/index.php?i=37)のリサイタルがさっぽろキタラホールであり、初めて彼の演奏を前から三番目の席で聴きましたが、まぁーすごい演奏でした!モスクワでロストロ・ポーヴィッチに師事したと彼の経歴に書いてありました。

当日のプログラムから

当日のプログラムから

 以前この欄にこんなコメントも書きました、若き日の私のチェロ演奏の写真も掲載しています(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4859)。

http://www.youtube.com/watch?v=MxXTDzaOZG8

 ミッシャ・マイスキーは繊細な演奏なのかと思っていましたら、とにかく気迫も含めて力強さが2時間目いっぱい伝わってきました。ハイポジションが得意なのでしょうね、弓の圧も強いのと、ビフラートも実に丁寧。黙想する姿での演奏と相まって、音楽を通して思索するマイスキーに感動しました。

チェロの名曲と言えばサン・サーンスの「白鳥」でしょう(http://www.youtube.com/watch?v=Mvh4zEKG2zs)。ヨー・ヨー・マの演奏と比較すると持ち味の違いが面白いです(http://www.youtube.com/watch?v=zNbXuFBjncw)。

TPS、サハリンで初公演!

Posted by 秋山孝二
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  札幌のプロ劇団「TPS:http://www.h-paf.ne.jp/tps/tps.html」が、アントン・チェーホフ生誕150周年記念で、サハリンのチェーホフ劇場で「秋のソナチネ:http://www.h-paf.ne.jp/tps/kanou.html#aki」公演をしました。これまでハンガリー(ブダペストほか)、韓国(光州・ソウル)、ルーマニアでも海外公演を行っています(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=97)。今回、私は同行できませんでしたが、先日帰国報告会が開催されて、東欧・韓国とは一味違ったロシアの舞台事情を聴くことが出来ました、大変興味深かったですね。

当日プログラムの表紙

当日プログラムの表紙

  TPSはこれまでチェーホフ作品を国内で多数上演していて、今回生誕150周年の演劇祭「チェーホフの秋」に招待されました。2日間で500人以上が来場し、地元でも拍手喝さいだったようです。劇場前の道路は穴ぼこだれけでも、10数万人のマチに立派な劇場が存在する、それだけでもロシアにおける芸術・文化の位置づけを感じますし、その伝統が観客のレベルの高さを創り上げているのでしょうね。日本の、いや札幌市の政策は、もっともっと芸術・文化の振興に本気になってもらいたいものです。

 サハリン国際チェーホフ劇場のヤーナ・チェーホワさんは、「モスクワなどから来ている劇団の公演をたくさん観てきたサハリンの観客も、『秋のソナチネ』を観て心が奪われた。洗練された演技、シーンにふさわしい音楽の演奏によって、チェーホフの作品に基づいた多くの公演よりチェーホフの雰囲気に通じていたと言える」と、絶賛するコメントをメディアに寄せていました。

サハリン公演を終えた出演者たち

サハリン公演を終えた出演者たち

翻訳・カーチャさん、チェロ・土田英順さん、女優・宮田圭子さん、

翻訳・カーチャさん、チェロ・土田英順さん、女優・宮田圭子さん、

 報告会では、ロシアの劇場・舞台を取り巻く事情も垣間見られて楽しかったですね。特に土田英順さんがいつになく怒っていました、「どうして劇場にあんなに人がいるのか!」と。劇場には200人を越えるスタッフ(?)がいて、それぞれ受け持ちの仕事が縦割りで分担されていたようです。「人が多いとそれぞれに仕事を作るだけだ!」とも、かなり厳しい口調でおっしゃっていましてね。戸のカギを開ける担当も、扉ごとに違う人が現れる(?)、日本では一人で賄っている多くの仕事を、それぞれ違う劇場スタッフが入れかわり立ちかわり行っている、出演する役者も準備作業をどんどんやる姿に驚いた様子、そんな状態だったそうです。 

 メディアの取材もかなり多かったり、歓迎パーティーの設営もあったりと、昨年のルーマニア・ハンガリー公演と比べて、今回は受け入れがかなりしっかりしていたと言えるのかも知れません。いずれにせよ、若い劇団員にとって海外公演でそれぞれの国の演劇事情、観客の反応を肌で知ること、驚きと苦労を体験する、そのことが何より肥やしになりますね、お疲れさまでした!!

芸術文化都市・札幌に向けて

Posted by 秋山孝二
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 「『演劇文化は街の活力』~徹底討論:演劇人が活躍する街をめざして~」と題してフォーラムが開催され、私もパネラーの一人として参加しました。

当日チラシ

当日チラシ

  第一部は「リーディングドラマ:札幌賛歌Ⅴ・ジャームがささやいたー札幌の板状土偶譚ー」でした。詩人の原子修さん(http://www.city.sapporo.jp/shimin/geijutsu/award_73.html)の原作を、斉藤雅彰さん(http://www.concarino.or.jp/npo/supporter/)、吉田直子さん(http://www.happy-tealife.com/blog/)が演じ読み、音楽はムックリ他で石井ポンぺ(http://www.sapporoyu.org/modules/sy_myevent/index.php?id_ev_topic=5&indicate=en&event=f)さんでした。

第一部:アイヌ伝統楽器演奏と詩劇

第一部:アイヌ伝統楽器演奏と詩劇

 第二部がパネルディスカッションです。「演劇文化は街の活力~演劇人が活躍する街をめざして~」と題して、横浜でご活躍だった蔵隆司さん(演劇による創造都市札幌プロジェクト代表幹事:http://www.jafra.or.jp/j/library/letter/118/)の基調講演で始まり、平田修二さん(札幌劇場連絡会会長:http://www.s-artstage.com/)、それに私、コーディネートは竹津宣男さん(ハイメス副理事長:http://www.plaza-sapporo.or.jp/citizen/meikan/051.html)でした。

 竹津さんは、札幌交響楽団(http://www.sso.or.jp/)の創設から中心的にご尽力された方で、PMF(http://www.pmf.or.jp/)の立ち上げ・発展にも大変なご功績です。つい先月の北海道新聞夕刊に15回連載でその人生が掲載されていて、大変興味深く読ませて頂きました。私のチェロの恩師・上原与四郎先生(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4859)とは、竹津さんがホルン奏者として札響でも長い間ご一緒でした。パネルディスカッションの冒頭で、私の過分なるご紹介をして頂きました。

 今、演劇環境にはいくつかの大変前向きな動きが出ています(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4704http://d.hatena.ne.jp/sapporo_performing_arts_project/20100630/1271735677)。そんな中で、札幌をもっと芸術・文化のあふれるまちにしたい、そんな想いから「芸術・文化フォーラム(ACF)」も3年前に立ちあがりました。

 まちの個性として、演劇による創造都市により担い手育成・鑑賞価値を高め、芸術の香り高いまちづくりをして世界に発信していきたいものです。

祝!上原与四郎先生の喜寿

Posted by 秋山孝二
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 今から約50年近く前、私が小学校5年から6年間、チェロを習った上原与四郎先生の喜寿のお祝いコンサートが開催されました。残念ながら私は他の用事で出席出来ませんでしたが、足を運んだ母・妻の話では、500名近くの聴衆で大盛況だったようです。

当日プログラムより

当日プログラムより

  上原与四郎先生は、1933年水戸市生まれで、武蔵野音楽大学卒業後、今井正監督の映画「ここに泉あり:http://homepage1.nifty.com/Kinemount-P/kokoni-izumiari.htm)でも有名になった群馬交響楽団(http://www.gunkyo.com/)に1953年入団されました。1961年札幌交響楽団(http://www.sso.or.jp/)に創立と同時に入団され、13年間首席奏者をつとめられました。この間、札響の定期演奏会には第1回から1991年10月の第329回まで連続して出演されて、同団のインスペクターとしても20年余りに渡り活躍されました。札響に今ではファンクラブ(http://members3.jcom.home.ne.jp/sakkyoclub/index.html)も充実して、世界でも有数な交響楽団に成長し、札幌の文化の誇りとなっています。設立翌年から「財団法人」となり、昨今の公益法人改革(http://www.gyoukaku.go.jp/about/koueki.html)の中、昨年、北海道では第一号の「公益財団法人」への移行認定となって、新たな法人格としてスタートしています。蛇足ですが、私が理事長を務める秋山財団(http://www.akiyama-foundation.org/)は、第四番目の「公益財団法人」への移行認定でした。

  今回のお祝いコンサートでは、プロ・アマ合わせて30名ほどの門下生が、チェロ・アンサンブルのために作られたオリジナル曲やアレンジを10曲演奏、最後には先生ご自身も2曲演奏されて、拍手喝采だったそうです。札響の現役団員のブログにも掲載されています(http://blog.livedoor.jp/arakihitoshi/archives/51491294.html)。

 私は高校2年生の秋、上原先生から「音楽学校へ進学するのなら、そろそろ決断する時期ではないか」とお話があり、初めて自分の「進路」について真剣に考えました。私はこの時点で音楽への道を選択しきれずに、ある日曜日の午後、先生のご自宅に普通の進学(?)の道を選ぶ事をお伝えして、これまでの先生のご指導への感謝を申し上げにお邪魔したのを鮮明に覚えています。その後の自分の人生においても、一つの道を断念したみたいな、最初の決断だったような気がします。ろくに練習をしていないでレッスンに臨んでも、決して怒ることなく優しく教えて頂いた記憶だけが残っています。それが当時、運動もしながらチェロを続けられた理由だと、今も感謝しています。他の門下生も、皆さん同じような感想を後に語っていらっしゃいました。

45年前にこんな中学生も上原先生に習っていました

45年前にこんな中学生も上原先生に習っていました

 それにしても当時から、札幌のクラシック音楽への関心は大変高かったような気がします。私は幼稚園生の時から南9条・荒谷正雄先生の札幌音楽院でヴァイオリンを習っていましたし、HBCジュニアオーケストラの活動も盛んでした。市民会館で行われる札響コンサートには、私も小学生時代から度々行っていました。当時から小・中学生はじめ、若い世代の聴衆も多く、スタートから幅広く愛着のある「市民の交響楽団」でしたね。 

 札幌市民会館では、チェロの巨匠:ロストロ・ポーヴィッチの公演が強く印象に残っています。大変大きな楽器で力強く鳴らす演奏は、今でも脳裏に焼き付いています。またピエール・フルニエの公演では、まぶしいばかりの銀髪が美しかったですね。貴族的な優雅な演奏に胸をときめかして聴き入りました。身近な所では今でも忘れられません、私が習っていた時、高校の1年先輩・平野秀清さんは、私より後から上原先生の門下生になられましたが、猛練習と才能で本当に表現も豊かで素晴らしい音色でした。桐朋学園大を卒業後、NHK交響楽団(http://www.nhkso.or.jp/)に入られ、活躍されました。

 上原先生のご指導は、実は私だけではありませんでした。随分後になって私の4番目の子供が小学校の6年間、再び上原先生の門下生となり、何と親子2代でお世話になったのです。私は高校卒業後、大学・就職等で札幌を離れて住居を何回も変えましたが、その都度自分のチェロも一緒でした。でも、殆どケースを開けて弾く時はありませんでしたが・・・・。ただ側にいるという自己満足だけで今日まで過ごしています。

 数多くの映画の名場面では、チェロの演奏が多く聞こえてきます。低音部の落ち着きと、高音部の豊かな表現力、ヨー・ヨー・マはじめ若い世代のチャレンジも魅力的です、チェロにまつわる思い出は尽きません。 

高校同期のプロ・ピアニスト

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 高校時代の同期で、3年生で同じクラスの安井耕一http://spysee.jp/%E5%AE%89%E4%BA%95%E8%80%95%E4%B8%80 くんは、私の親しくしていた友人です。毎年定期的に夏に札幌でもリサイタルを開催していました。先日は2年ぶりにルーテル・ホールで行われて、沢山のファンで盛況でした。

ピアノリサイタル・プログラム

ピアノリサイタル・プログラム

 納得のいかない高校生活を送った私でも、彼との想い出は貴重な素晴らしいものばかりです。

 その一つは、学校祭でシューベルトの「ます」http://www.youtube.com/watch?v=Vz5-2_Mcuqc を彼がピアノで私がチェロ、コントラバスはなしの弦楽四重奏でやりました。恥ずかしながら私は、小学校から高校2年までチェロを習っていました。本番が近いある日、安井くんの提案で有名演奏者たちのレコードでこの曲を学校の放送室で一度聴いて見ようということになり、それぞれ譜面を見ながらレコードを数回繰り返し聴いていたその時、「あれっ、ピアノが間違った音を弾いている!」と突然安井くんが指摘するのです。忘れもしない第4楽章のピアノパートの物凄く難しい部分ですよ。譜面を見るとその辺りが異常に細かな音符が連なる山脈の様に山・谷の繰り返し、その中の十六分(三十二分?)音符の一つを弾き違えていると言うのです。その後数回、念のために聴いてみると、確かに違っているのですね。私は正直にいって、最初は違っていることには気がつきませんでした。私にとってその時の彼の聴音の正確さは、まさにたまげる程の驚きでした。

もう一つは、3年の秋以降、安井くんは月にかなりの頻度で東京にレッスンに通っていました。秋のクラス対抗の球技大会でバレーボールに出場予定の彼は、手に軍手をはめて練習に打ち込んでいました。「突き指したりしたら大変だから、無理しなくていいよ」と私が言ったら、彼は笑顔で「いや、ピアノを弾く指にもきっと良いよ」とさらりと応えたのです。私はその時の彼の笑顔が忘れられません。音楽を志す方の私のイメージというと、眉間にしわを寄せながら神経質そうに音に聴き入る風ですが、彼の人柄は本当に眼差しの優しい、しかしながら音楽への厳しさを兼ね備えた惚れぼれするような人物でした。

詳しくは知りませんが、東京芸術大学卒業後はドイツでの生活も永く、数多くのコンサートで高い評価を得て、この所は日本でも指導に当たっています。全く別の人生を歩んだ私にとっては、音楽家の道をしっかり歩み続ける彼をいつも誇りに思っていますし、これからも沢山の若手ピアニストを育てられると信じています。益々のご活躍を期待しています。