藤井茂さん新著 祝賀パーティ

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 盛岡の(一財)新渡戸基金の藤井茂理事長が、新著『増田義一伝(https://www.j-n.co.jp/books/?goods_code=978-4-408-33892-7)』を出版し、その記念祝賀パーティが東京で開催されました。

一代の出版人 増田義一伝

『増田義一伝』 HPより~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 明治から昭和初期にかけて、新渡戸稲造、大隈重信、渋沢栄一ら政財界の重鎮や学者たちから
絶大な信頼を受けた出版人がいた。
 その人の名は「増田義一」。

 多くの良識ある読者から絶大な支持を得た『実業之日本』の創刊から携わり、
『婦人世界』『少女の友』などの雑誌を矢継ぎ早に成功させ、
版元である実業之日本社を大正期を代表する出版社へと牽引。
大日本印刷の初代社長でもあり、日本の出版界に大きく貢献した人物である。

 同社の経営と並行して衆議院議員に8回当選、衆議院副議長などを務めた一方で、
その功績とは裏腹に、いま「増田義一」を知る人は皆無に近い。
なぜ、出版人・増田義一は、あの時代の重鎮と大衆の心をつかみ、
実業之日本社という出版社を一時は日本一の存在に高めることができたのか。

 一代の出版人・増田義一の生誕150年であり没後70年を記念し、
彼の79年の軌跡と人柄、そして生涯貫いた志を、新渡戸稲造の研究家が描いた初の評伝。
現社長による「解説」も所収。

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 10月末に十和田市でお会いした方々とも再会しました。

* 『第3回INAZOサミット』ーー> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E7%AC%AC3%E5%9B%9EINAZO%E3%82%B5%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%88

右から作家の青山淳平さん、中野さん、私、小笠原さん

右から作家の青山淳平さん、中野英喜さん、私、小笠原カオルさん

 祝賀会の冒頭は、増田義一さんが創業者の(株)実業之日本社(https://www.j-n.co.jp/)、岩野裕一社長のご挨拶。10月の盛岡での「新渡戸稲造命日祭」でパネリストをされていました。

* 「命日祭」関連記事ーー>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=37168

実業之日本社の岩野裕一社長のご挨拶

実業之日本社の岩野裕一社長のご挨拶

 岩野裕一社長は、パーティでもお話をしましたが、北海道池田町で小学校時代を過ごされたそうです。当時の貴重なお話を聞かせて頂きました。

 藤井茂理事長も御礼のご挨拶。増田義一と新渡戸稲造との浅からぬ関係をご説明されて、さらに新渡戸稲造博士の幅広い懐の深い人となりに感動しました。

藤井茂理事長

藤井茂理事長

 10月の十和田、12月の東京と、今年も新渡戸稲造博士を巡って、一層その人間像を深めた時間となりました、感謝ですね。

第3回INAZOサミット@十和田(番外編)

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 今回のサミットでは、青山淳平さんは、松山事件直後の新渡戸稲造博士の憔悴した様子を揮毫から裏付けていました、スペリングも間違える心の動揺も。

新渡戸稲造失意の書

新渡戸稲造失意の書

 津田梅子さんと新渡戸稲造博士との浅からぬ信頼関係について、津田塾大学高橋裕子学長からも詳細の歴史的記録から解き明かしていました。

津田塾大学のミッションステートメント

津田塾大学のミッションステートメント

 幻の穴堰入り口で、お二人の姿。

穴堰見学で。津田塾大学高橋学長と作家青山さん

穴堰見学で。津田塾大学高橋学長と作家青山さん

 さらに、ここの事務所内にある穴堰のジオラマ前では、このジオラマの作者・奈良哲紀さんがその苦労をご説明されている最中に感極まる場面もあり、参加者一同、その思いの熱さに感動した次第です。

自作のジオラマの前で

自作のジオラマの前で

 津軽藩と南部藩の歴史的因縁、その一つとしての「兜」が最後の見学地・野辺地神社の境内に。津軽(新政府軍)鉄砲隊司令官小島左近。左近はねぷた絵を描いたりする文人でもありましたが、かつて「南部藩を裏切った南部藩刀鍛冶の孫」として激戦の矢面へ立たされ、無残にも助太刀者に足払いをかけられ首を切り落とされました。左近無念、呪いの兜がここに収められています。

 歴史の中の情念、語り継がれる物語にしばし魅入られるツアーとなりました、地域の歴史が人を育てる、あらためて日本の近代史の奥深さに余韻が残った一日でした。

第3回INAZOサミット @ 十和田 (下)

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 サミット二日目は、 歴史作家・青山淳平氏ほか地元歴史研究者の方々からの説明を受けながらの『幕末南部藩の文化歴史探訪の旅』、大型バス1台満席の50名参加で大盛況でした。

 三本木開拓と稲生川、穴堰見学、野辺地の藩境塚、野辺地戊辰戦争跡、北前船、砲台跡ほか、盛りだくさん。

三本木開発と稲生川:取水口

三本木開発と稲生川:取水口

穴堰内天井のコウモリ

穴堰内天井のコウモリ

稲生川

稲生川

津軽・南部藩境塚

津軽・南部藩境塚

遠くには下北の山々

遠くには下北の山々

 野辺地の観光目玉の一つ、博物館北前船に乗船。陸奥湾の海の青さと高さ30メートルもある帆船・北前船(正式名称:復元北前型弁才船「みちのく丸」)が紺碧の空に映える姿に古の人々の勇ましさと哀愁が漂っています。

北前船

北前船

乗船して内部見学

乗船して内部見学

 外での昼食後、さらに密度濃い見学が続き、夕方に東北新幹線七戸十和田駅で解散となり、私は一路東京に戻る新幹線で北海道を目の前にして南に向かいました。二日間のサミットを地酒ワンカップを味わいながらの振り返り、実に濃密な時間となりました。

第3回INAZOサミット @ 十和田 (中)

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 サミット初日の27日は、開始前の9時から札幌組の三上節子さん、この日の朝に八戸港フェリーターミナルに苫小牧から到着した遠藤大輔くん、私の3人で、展示物(模造紙5枚に9枚ずつ、秋山作成のパワーポイント画像を三上さんが自宅で貼り付けたもの、キャプション付き)を会場の壁に養生テープで貼り付け、ほか展示ボード2枚に遠友夜学校校舎の時代順の写真、建設予定の記念館の完成予想図、7回分のフォーラムチラシなど、活動の写真の掲示、会場ホワイエに書籍販売コーナー設置、などを行いました。展示は大変好評で、画像の写真を撮る人が何名もいました。書籍ではこれまで北海道大学東京同窓会から受けた寄贈本のほか、藤田正一先生から『日本のオールタナティヴ』5冊、発表者谷口稔氏より『新渡戸稲造ー人格論と社会観ー』3冊の寄贈も受けての販売となり、心から感謝申し上げます。

 サミットはまず開会式典から、この部分の写真は今現在ありません。

開会宣言 大会長 中野 英喜 氏(「幻の穴堰」オーナー)

来賓挨拶 十和田市長 小山田 久 氏

実行委員長 小笠原 カオル 氏(NPO法人十和田歴史文化研究会理事長)

約170名の参加者で大盛況

約170名の参加者で大盛況

 基調講演は松沢幸一明治屋代表取締役社長で、テーマは、『稲造博士の思いを会社経営に生かす』です。

* 昨年の盛岡『命日祭』の様子――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=34514

基調講演

基調講演

 続いては事例発表、私もトップバッターで20分間発表しました。

① 北海道地区(北海道)秋山 孝二 氏(新渡戸稲造と札幌遠友夜学校を考える会代表理事)

テーマ「6年間の活動を踏まえた札幌市への提案」

② 東北地区(青森県) 北川 博美 氏(むつ市/ 元東通小学校長)

テーマ「新渡戸の人々と川内町」

③ 関東地区(東京都)高橋 和の助 氏(井荻みんなの学校主宰)

テーマ「子育てにも使える武士道」

④ 関西地区(岐阜県)酒井 美香 氏(バイオグラフィー研究家)

テーマ「私の中に生きる新渡戸稲造」

⑤ 関東地区(東京都)谷口 稔 氏(恵泉女学園特任教授)

テーマ「台湾糖業政策にの植民地政策」

⑥ 開催地区(十和田市) 伊藤 一允 氏(青森県文化財保護境界常任理事)

テーマ「稲造博士の源。傳と十次郎」

 残念ながら私の発表の様子は手元に写真がないので谷口先生の写真を掲載します。

谷口稔先生のプレゼン

谷口稔先生のプレゼン

 発表の最後は特別参加で、青森大学薬学部教授の清川繁人先生、テーマ「南部と津軽ー江戸期における忍びの暗躍?」、忍者クラブの学生3名が忍術パフォーマンスを披露しました。江戸期の諜報機能として、南部藩は蝦夷地の「シャクシャインの戦い」でも関わっていたようです。

特別出演:青森大学の忍者部
特別出演:青森大学の忍者部

 続いてはパネルディスカッションでした、大変内容の濃い素晴らしいコメントの数々。

テーマ / 平和主義者・教育者・国際人稲造博士の思い出を、明日へ

~パネリスト~

青山 淳平 氏(ノンフィクション作家、映画『松山捕虜収容所外伝?ソローキンの見た桜』の原作者ほか)

高橋 裕子 氏(津田塾大学学長、アメリカ史学会運営委員会代表、ジェンダー史学会常任理事ほか)

藤井 茂 氏(新渡戸基金理事長、『新渡戸稲造事典』共著者ほか)

~コーディネーター~

神 重則 氏(みちのく銀行参与)

 地元愛媛県出身の青山淳平氏の調べた「松山事件」の真相、高橋裕子学長の新渡戸の津田梅子の女子教育への協力は、含蓄のあるメッセージが続きました。神さんのコーディネートも、十分な準備と周到な構想で素晴らしかったですね。

続いてはパネルディスカッション

続いてはパネルディスカッション

松山事件の詳細

松山事件の詳細

津田梅子と新渡戸稲造との親交

津田梅子と新渡戸稲造との親交

 苫小牧からこの日朝八戸港到着フェリーで駆け付けた遠藤大輔くんは、今度は八戸港からのフェリーで帰途につくために夕方、会場を後にしました。翌日早朝、苫小牧港に到着し、行きに置いておいた自分の自転車で職場に直行という強行軍、本来は、私と一緒に前日は三沢の寺山修司記念館を見学して、道中一緒の予定でしたが、8月の苫小牧転勤で一時は参加を諦めたのですが、何とフェリー使用という奥の手で10時間少々の十和田滞在を実現したのです。今どき珍しい根性のある若者、私たちの会のメンバーとして誇りに思います、お疲れさま、そして、ありがとう!

第3回INAZOサミット @ 十和田 (上)

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 今年で3回目を迎える『INAZOサミット』、今回は青森県十和田市で二日間、以下のプログラムで開催されました。

< これまでの『INAZOサミット』の記事 >

* 第一回 2017年札幌

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=32030

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=32056

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=32087

* 第二回 2018年花巻

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=34196

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=34198

http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=34200

『第三回INAZOサミットin 十和田』プログラム ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【 27日 】 (参加者は約170名)

開会宣言 大会長 中野 英喜 氏(「幻の穴堰」オーナー)

来賓挨拶 十和田市長 小山田 久 氏

実行委員長 小笠原 カオル 氏(NPO法人十和田歴史文化研究会理事長)

< 第一部 > 基調講演 松沢 幸一 氏(明治屋代表取締役社長)

テーマ  /  稲造博士の思いを会社経営に生かす」

***昼食***

< 第二部 > 発表の部  (13:05~15:45)

① 北海道地区(北海道)秋山 孝二 氏(新渡戸稲造と札幌遠友夜学校を考える会代表理事)

テーマ「6年間の活動を踏まえた札幌市への提案」

② 東北地区(青森県) 北川 博美 氏(むつ市/ 元東通小学校長)

テーマ「新渡戸の人々と川内町」

③ 関東地区(東京都)高橋 和の助 氏(井荻みんなの学校主宰)

テーマ「子育てにも使える武士道」

④ 関西地区(岐阜県)酒井 美香 氏(バイオグラフィー研究家)

テーマ「私の中に生きる新渡戸稲造」

⑤ 関東地区(東京都)谷口 稔 氏(恵泉女学園特任教授)

テーマ「台湾糖業政策にの植民地政策」

⑥ 開催地区(十和田市) 伊藤 一允 氏(青森県文化財保護境界常任理事)

テーマ「稲造博士の源。傳と十次郎」

⑦ 特別参加  清川 繁人 氏(青森大学薬学部教授)

テーマ「南部と津軽ー江戸期における忍びの暗躍?」忍者クラブの学生3名 忍術披露

< 第三部 > トーク  (16:00~18:00)

テーマ / 平和主義者・教育者・国際人稲造博士の思い出を、明日へ

~パネリスト~

青山 淳平 氏(ノンフィクション作家、映画『松山捕虜収容所外伝?ソローキンの見た桜』の原作者ほか)

高橋 裕子 氏(津田塾大学学長、アメリカ史学会運営委員会代表、ジェンダー史学会常任理事ほか)

藤井 茂 氏(新渡戸基金理事長、『新渡戸稲造事典』共著者ほか)

~コーディネーター~

神 重則 氏(みちのく銀行参与)

◎地元愛媛県出身の青山淳平氏の調べた「松山事件」の真相、高橋裕子学長の新渡戸の津田梅子の女子教育への協力

< 第四部 > 懇親会  (18:30?20:00)

【 28日 】 歴史作家・青山淳平氏ほか地元歴史研究者の方々からの説明を受けながらの幕末南部藩の文化歴史探訪の旅

大型バス1台 50名参加

三本木開拓と稲生川、穴堰見学、野辺地の藩境塚、野辺地戊辰戦争跡、北前船、砲台跡ほか。

(野辺地の観光目玉の一つ、博物館北前船に乗船。陸奥湾の海の青さと高さ30メートルもある帆船・北前船(正式名称:復元北前型弁才船「みちのく丸」)が紺碧の空に映える姿に古の人々の勇ましさと哀愁

16時に東北新幹線七戸十和田駅で解散

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 前日26日は、世話人ほかご登壇の方々が集まっての前夜祭、それぞれの立ち位置とメッセージが大変興味深かったですね。

濃いお話の数々!

濃いお話の数々!

今回の中野英喜実行委員長

今回サミットの中野英喜実行委員長

パネリストの高橋裕子津田塾大学学長

パネリストの高橋裕子津田塾大学学長

 2年前の札幌での最初のサミットを思い出しました。

「第三回 INAZOサミット」ほか

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 盛岡の(一財)新渡戸基金(http://www.nitobe.com/)から機関紙「太平洋の橋」が送られてきました。その第一面は、今年で第3回目となる「INAZOサミット」、10月に青森市・十和田市で開催となりました。

< これまでのサミットの記事 第一回は2017年札幌、第二回は2018年花巻 >

* 第一回 http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E5%88%9D%E3%82%81%E3%81%A6%E3%81%AE%E3%80%8CINAZO%E3%82%B5%E3%83%9F%E3%83%83%E3

* 第二回 http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E5%9B%9EINAZO%E3%82%B5%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%88

第3回INAZOサミット!

第3回INAZOサミット!

 裏表紙には、私たち「新渡戸稲造と札幌遠友夜学校を考える会」の活動の紹介も掲載されています。

札幌での活動報告も

札幌での活動報告も

 以下が、私が送った原稿です。

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(一財)新渡戸基金

一般社団法人 新渡戸稲造と札幌遠友夜学校を考える会

代表理事 秋山孝二

 私どもの会は、新渡戸稲造博士生誕150年を記念して、2012(平成24)年12月に札幌遠友夜学校跡地近くで行われた講演会を契機に設立されました。 市民を中心とした幅広い方々が集い、この跡地の北東部(現在は新渡戸稲造記念公園内)に、今年、2019(平成31)年に、「札幌遠友夜学校記念館(仮称)」建設を目指して活動をしています。この間、多数の応援者から1,600万円のご寄付が集まっていますが、目標金額にはまだまだ遠い金額で、今年は開校125周年の節目の年なので、正念場と意を決めて、更なる募金と建設に向けて活動している昨今です。

 新渡戸稲造博士と札幌との縁、それは「二度 の札幌暮らし」と言えるでしょう。最初は1877(明治10)年から1882(明治15)年まで札幌農学校第二期生として、その後に開拓使御用掛勧業課(2年)に勤務、二度目は1891(明治24)年から1897(明治30)年、アメリカ・ドイツ留学を経て、札幌農学校教授として妻となったメリー・エルキントンと共に札幌で生活しました。

 札幌遠友夜学校の歴史を簡単に振り返ると、北海道庁から1916(大正5)年に「私立学校」の認可、1923(大正12)年に「財団法人」の認可を受けて運営にあたり、この法人格は閉校後も継続していました。1962 (昭和37)年に、札幌市が勤労青少年ホームの建設地を探していた折、当時の理事会が次の三つを条件として土地を札幌市に無償譲渡し、同時にこの財団法人を解散したのです。三つの条件とは、(1)土地は新渡戸博士の考えの具体的表現だった遠友夜学校の跡であることを表示し、その目的に添った利用をしていくこと。(2)敷地内にできるだけ空き地を設け、近所の遊び場にすること。出来るならその一隅に夜学校記念碑を建てること。(3)新しく出来る勤労青少年ホームに一室を設け、札幌と新渡戸博士との関係を語る史料を展示しその精神を伝えること(『さっぽろ文庫18 遠友夜学校』28頁)、でした。

 私たちがなぜ、この札幌遠友夜学校記念館に注力するのか、それはこの学校が1894(明治27)年から1944(昭和19)年まで、明治・大正・昭和の50年間、民間で続けた教育ボランティアだからです。私たちが活動を始めてから、この札幌遠友夜学校跡地は札幌市により、2014(平成26)年12月に「新渡戸稲造記念公園」として造成されました。そしてこの公園の銘板、2つの格言板(メモリアルウォール)、ブロンズ像の銘板の設置に関して、文章表現等について私たちの知見を生かして、市担当部署と意見交換・助言をしてきました。201612月には、一角の記念館用地との境界の鉄パイプが撤去され、歩道沿いの敷地に花壇用スペースが造成、さらに20174月、5か国語の解説文・写真の掲示板も設置され整備が進みました。

 今後はこの土地に刻む歴史的意義として、(1)地域住民が集い、語らい、議論し、学び、啓発し合える「場」、(2)国際交流を促す活動の「場」、(3) liberal arts (リベラルアーツ)の「原点」として、今ふうに言えば、「プラットフォーム」を創り上げたいと思っています。

 今年の課題は、何といっても建設寄付金のファンドレイジングに尽きるので、札幌市・市教委への提案、大口先の団体・企業への依頼、幅広い市民と新しい取り組みとしてINAZOSDGsプロジェクト等で、目標達成を目指します。

 皆さま方の引き続きのご支援をよろしくお願い致します。

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 今年の10月、また楽しみです!