『バタフライエフェクト』(26)

Posted by 秋山孝二
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 最近のNHKはニュースはミゼラブルですが、今放映中の朝ドラの日本国憲法へのアプローチほか、ドキュメンタリー番組は大変意欲的な取り組みです。一連の映像の世紀『バタフライエフェクト』もその一つ、先日は『安保闘争~燃え盛った政治の季節』では1960年から70年前夜までのレジスタンス闘争をかなりの映像から読み解いていました。

* これまでの関連記事ーー> 秋山孝二の部屋 (akiyama-foundation.org)

 60年安保は何といっても唐牛健太郎を語らなければならないでしょうね、函館湯の川出身の北海道大学の学生で、彼の全学連指導者としての存在は伝説になっています。日本共産党は彼の同郷の田中清玄からの資金提供を受けていたと喧伝して、私が学生時代もことさら60年安保闘争を矮小化していましたが、先日の番組では彼の人となりを同時代の仲間の言葉を借りて浮き彫りにしていました。そして、1960年6月15日の樺(かんば)美智子さんの虐殺死についても映像を交えて紹介されていました。

* 唐牛健太郎関連記事ーー> 秋山孝二の部屋 » Blog Archive » あの時代、あの人たちの軌跡 (akiyama-foundation.org)

 樺美智子さんの死は、私は小学生でしたが、担任の先生が話をしてくれました。また、私が学生時代に、千葉大学西千葉キャンパスにお母様がいらっしゃって講演をされました、娘・美智子さんの意志をしっかり支持しての信念が胸に刺さったことを今でも忘れられません。

 全国に吹き荒れた60年代後半、70年安保闘争前夜の国際反戦デ―の新宿です。

 東大全共闘代表の山本義隆さんも60年安保闘争からの流れの中で紹介されていました、私は1969年6月15日、9月5日、東京・日比谷野外音楽堂で彼の演説をその場で聴いていましたし、youtubeで今も時々講演をされているのを観ています。当時から一貫して近代日本の科学技術に対しての批判的論説は今も高い見識を感じています。

* 山本義隆さん関連記事ーー> 秋山孝二の部屋 (akiyama-foundation.org)

 NHKテレビのアーカイブスに、唐牛健太郎さんが漁師としてオホーツク海沿岸で漁業に励んでいる姿も残されていました。

 映像の力とアーカイブスの説得力というのでしょうか、私自身の1960年代終わり頃の思い出と相まって興奮して番組を観ていました、歴史の繋がりを再認識した次第です。

 今の政治に対しては敢えて何も論評はしません、向き合わない訳ではありませんが、するに値しないです。本来民主主義の手段としての大切な「選挙」は、今や政治家の「就職活動」に堕落し、当選したら大切な職場・国会では寝て過ごしている体たらく、そんな連中に我々が支払った税金が使われてると思うと怒りが湧いてきます。自分自身は、立場を活かして地域に根差した草の根の地道な活動で情報発信と応援をしていく姿勢を貫いていきたいものです。

映画『三島由紀夫 VS 東大全共闘』

Posted by 秋山孝二
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 予告を聞いた時からすぐに観に行こうと思っていた映画『三島由紀夫 VS 東大全共闘(https://gaga.ne.jp/mishimatodai/』、TBSの秘蔵映像がオープンになり、さらにその後のそれぞれの足跡も加わっての2時間、札幌の「シアターキノ(https://www.theaterkino.net/」で私の学生時代の空気感が蘇りました。

~~~~~~~~~~~~~HPより引用 監督 豊島圭介さんのメッセージ

 とにかく濃い。映っている人間たちがべらぼうに濃い。文豪でありながら身体を鍛え上げ民兵組織「楯の会」を作るような奇妙なスーパースター三島由紀夫は、千人の敵をまとめてなぎ倒すつもりで討論に来ている。特濃である。迎え撃つ東大全共闘も、挑発したり、恫喝したり、内輪もめしたり、こちらもかなの濃度で三島に挑む。とにかく全員が、火傷しそうに熱い。50年経った今の姿も登場するが、よく見てほしい。「なんだ昔より熱いじゃないか」とたまげるはずだ。映画館を出たとき、たぶん日本はこれまでと違って見える。そんな映画です。

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シアターキノのロビー壁!

シアターキノのロビー壁!

 こちらの解説に詳細は語られていますーー> https://www.jiji.com/jc/bunshun?id=36746

三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実 : 作品情報 - 映画.comBON på Twitter: "《東大を動物園にしろ!…紛争中の東大にのりこんだ ...

 私は1969年に札幌から大学進学のために首都圏に。第一志望の東京教育大学の入試が中止になり、当時、社会が騒然とする中、国立一期校というカテゴリーの中から千葉大学に進学しました。今、新型コロナウイルスで世界が恐れをなしている状況は、どこか当時と似たような雰囲気を感じるのは私だけではないのではと思う昨今です。

< これまでの私の関連記事 >

* 三島由紀夫ーー> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E4%B8%89%E5%B3%B6%E7%94%B1%E7%B4%80%E5%A4%AB

* 東大全共闘ーー> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E5%85%A8%E5%85%B1%E9%97%98

* 東大全共闘ーー> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=31144

近代日本150年 @ 山本義隆

Posted by 秋山孝二
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 日本の近代については、三谷太一郎先生の著書が心に残っています。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=30348

 一方で、「科学技術」、「日本のアカデミックセクター」の視点から、日本の「近代」を読み解いた山本義隆氏の新著『近代日本150年ー科学技術総力戦体制の破綻』は、彼の一貫した思想を再確認し素晴らしかったです。

近代日本一五〇年 科学技術総力戦体制の破綻(岩波新書 新赤版)

 山本義隆氏についての私の過去の記事――>

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11550

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=31144

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=31978

 幾つかの解説から~~~~~~

 科学技術の破綻としての福島の原発事故、経済成長の終焉を象徴する人口減少。大国主義ナショナリズムに突き動かされて進められてきた日本の近代化を見直すべきときがきた。近代日本150年の歩みを捉え返す。西洋近代科学史の名著から全共闘運動、福島の事故をめぐる著作までを結ぶ著者初の新書。【本の内容】

 黒船がもたらしたエネルギー革命で始まる日本の近代化は,以後,国主導の科学技術振興・信仰による「殖産興業・富国強兵」「高度国防国家建設」「経済成長・国際競争」と,国民一丸となった総力戦体制として150年間続いた.明治100年の全共闘運動,「科学の体制化」による大国化の破綻としての福島の事故を経たいま,日本近代化の再考を迫る.

著者紹介
山本義隆  略歴1941年大阪生まれ。東京大学大学院博士課程中退。駿台予備学校勤務。科学史家、元東大全共闘代表。著書に「知性の叛乱」「重力と力学的世界」など。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 引用 おわり

 そもそも、日本の近代科学技術の成り立ちは、産業政策というよりも富国政策・軍事政策として生まれており、昨今の文部科学省の科研費の競争的資金化、防衛省の委託研究費といった傾向の素地は出来ているといった指摘は、60年代からアカデミックセクターに身を置いて真摯に自問してきた彼の神髄ですね。2011年3月11日以降の原発問題を契機に、彼の研ぎ澄まされた「知性の叛乱」がまた始まっているような気がします。年齢こそ10歳上ですが、1960年代後半を共有している自分も腑に落ちる論考です。

 じっくり読み返して、後日、もう少し深くコメントしたいと思います。

東京大学キャンパス 秋 2014

Posted by 秋山孝二
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 今年も開催された私も理事の「一般財団法人 社会福祉・医療事業の経営研究会」主催のセミナーです。基調講演は、「地域包括ケアと家庭医」と題して、 葛西龍樹 (福島県立医科大学教授) 先生、引き続いてパネルディスカッションでした。

 葛西龍樹先生は、「かっさい」とお読みするのが正しいそうです。北海道大学医学部ご卒業後も北海道の臨床現場とも関わりが深かったですね(http://www.fmu.ac.jp/home/comfam/comfametc/member/kassai_r.html)。「家庭医療学」の専門家として、「家庭医専門医」育成のプロフェッショナルです。

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第12回 社会福祉・医療事業の経営研究セミナー

『地域包括ケア体制のマネジメントと家庭医の役割を考える』

基調講演 「地域包括ケアと家庭医」 葛西龍樹 (福島県立医科大学教授) 先生

主 催: 一般財団法人 社会福祉・医療事業の経営研究会

後 援: 東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻保健社会行動学分野

静岡県立大学大学院経営情報イノベーション研究科附属医療経営研究センター

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昨年の様子はこちら――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=18261

 当日の東京は抜けるような青空。東大本郷キャンパスには修学旅行の生徒と思われる集団が、安田講堂前で説明を受けていました。安田講堂の前庭の両サイドには、こんな大きな樹木が以前からあったのですね、全然気が付きませんでした。時代が変わると見る景色も違って見えるのか、ふとそんな想いにふけりました。

安田講堂&前庭

安田講堂&前庭

 今年は私はどうしてもこのキャンパスに行ってみたかった。先日亡くなった兄が、1968年11月だったでしょうか、翌年1月18・19日の安田講堂攻防戦の前に、図書館前で腕を骨折し、さらに飛んできた石が目に当たって病院に運ばれて手術・治療、その後も網膜にシミが残り、以降は片目の中心視野が失われました。46年前のこの場所でそんな出来事があったのかと、妙に確かめたい気持だったのです。先日はその前庭は工事中でした。

東大総合図書館玄関

東大総合図書館玄関

 さらに今年の医学部一号館は、そんな兄を偲ぶような気持も含めて、「ここのどこかの席で学んだのかな」とも。机に刻まれたインク壺台、筆記用具置きが深いですね。

医学部一号館・階段教室机上

医学部一号館・階段教室机上

 1980年代でしたか、私が札幌で仕事をし始めた時に、参議院議員になる前の元東大全共闘・今井澄さんと札幌でお会いすることがありました。学生時代は、千葉県松戸市にある千葉大学園芸学部で講演を聞いたことがありました、ベトナム戦争で米国の北爆が真っ盛りのときでした。今井澄さんはその後、再三の退学処分にも関わらず、医師国家試験を経て臨床現場で活躍されました。特に長野県諏訪中央病院での実践は、その後鎌田實先生らに引き継がれて、高齢社会の地域医療のモデルとなるような素晴らしい活動を継続されています。

 今井澄さんがご逝去された時に、弔辞を読まれたのが山本義隆さんと聞いています。そんなこんなで検索をしていると、国会議員の小宮山洋子さんが当時の東大総長代行・加藤一郎さんの実娘さんと知り、当時の対峙した時代を思い出し、何かの因縁を感じます。

 東京の本郷界隈と言えば、私の高校時代の修学旅行で宿泊した旅館「機山館」を忘れることができません。先日、地下鉄・本郷三丁目駅付近をブラブラしていると、「ホテル機山館」の看板が目に飛び込んできました、今は、ホテル風のビルになっていましたが、懐かしかったですね。

懐かしの「機山館」

懐かしの「機山館」

 東京・本郷界隈は、時代とともにこれからも変化していくのでしょう、私にとって一つの「時代」を思い出した大切なひと時を過ごしました。