「北を語る会」 最終の例会!

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 この30年間、異業種勉強会として続いた「北を語る会」、先日、最後の例会をもって終焉となりました。ここまで事務局長として立ち上げからずっとご尽力頂いた吉岡潤三さんに心から感謝申し上げます。

* 「北を語る会」関連記事ーー> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E5%8C%97%E3%82%92%E8%AA%9E%E3%82%8B%E4%BC%9A

 最終回の講演者は、高校の先輩でもある(株)富士メガネ(http://www.fujimegane.co.jp/)の代表取締役・金井昭雄さんでした。海外難民視力支援活動を永らく実践し、数々の顕彰を受けられていて、先日はその一端をご披露して頂き、参加者の感動をよびました。

 講演、懇談の後に、横路孝弘元衆議院議長のご挨拶。

横路孝弘前衆議院議長のご挨拶

横路孝弘前衆議院議長のご挨拶

 続いて、これまでのご尽力に対して参加者から吉岡潤三社長に花束の贈呈です。

渡会代表と吉岡事務局長

渡会代表と吉岡事務局長

 最後の例会の最後の写真、これまでたくさんの思い出をありがとうございました。

 来月上旬に最後の会報が発刊予定で、そこに寄稿した私の文章は以下の通りです。

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北海道、深堀の思い出

 「北を語る会」の思い出は、北海道の深堀りとしてとても多彩で数も多いのですが、まずは25周年記念100回例会で、ノーベル化学賞受賞の北海道大学名誉教授・鈴木章先生のご講演です。北大工学部の新研究棟落成記念講演会にもお招き頂き、先生の「カップリング・メソッド」もお聴きしました。30周年記念例会は、横路孝弘元衆議院議長のリーダー論、期待の若きギタリスト・山木将平さんのライブ等、節目として忘れることができません。いずれも200名の参加で盛大に開催されました。

 次は、移動例会としての「歴史再発見ツアー」です。事前の緻密な企画のお陰で、限られた日程の中、北海道の歴史を深く学ぶことができました。北海道の「近代」の一断面を、各地で若い方が一生懸命に説明する姿には、こみ上げる感動でした。歴史ツーリズムは、まさに地域の歴史を紡ぎ出す今を生きる人間たちの努力の末に生まれるものなのでしょう、大変勉強になりました。今は亡きむのたけじは、「『すりかえる』権力と『すり抜ける』民衆、騙されないこと」、「歴史は一人から始まる、自分から始める、それは自分に誇りを持つこと」と言葉を残していますが、「ひとりひとり生きた」軌跡をリスペクトして、丁寧に拾い出す作業とでも言うのでしょうか。

 三つ目の思い出は、「演劇」に絡む観劇を含めた例会です。私は(公財)北海道演劇財団の理事長を務めているので、この間の数多くの例会で、観劇と関係者の講演を企画して頂いた吉岡潤三事務局長に心から感謝申し上げます。特に114回目はシアターZooで『フレップの花、咲く頃に』の観劇の後、隣の稽古場での懇親会。この公演は、敗戦直後の樺太に残留していた朝鮮人、日本人、ロシア人、樺太アイヌたちが、国家・民族の垣根を越えて一つのコミュニティを奇跡的に形成していた「混住」の時代、そこに国境はなく、ただ人と人とが生きるために向き合い共存した心の交流を描いた作品です。当時小学生だった吉岡潤三さん(北海道演劇財団理事)のお宅をモデルに、一緒に暮らすコミュニティを見事に表現していました。

 最後は、永らく在札幌ロシア総領事として日ロ親善にご尽力されたサープリンさんご夫妻です。公務員定年を迎えてご帰国が決まった時、札幌のロシア総領事館で送別パーティが行われ、150人以上の地元の方々がお集まりになって、これまでの感謝を伝え、「『近くて遠い国』から本当の意味で『近くて近い国』にしていきましょう!」とのメッセージでした。国家レベルではいろいろ言われる昨今の国際情勢、グローバルな時代こそ地域間連携による新たな関係の構築を期待したいところですし、必ずや実現できると思います。私たち北海道民への辛口メッセージとしては、「冬を『凌(しの)ぐ』ではなく、『楽しむ』発想が大切ではないでしょうか」、と数年前の札幌市南区定山渓での「環日本海経済同友会フォーラム」を含めて、たくさんの場でアドバイスとエールを伝えて頂きました。

 まだまだたくさんの思い出は書ききれませんが、「北を語る会」関係の皆さまにこれまでのご尽力に心から感謝申し上げます、ありがとうございます。

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北を語る会 30年記念例会

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 異業種交流の「北を語る会」、30周年記念例会が200名を越える参加者で大盛会でした。

* これまでの「北を語る会」記事――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E5%8C%97%E3%82%92%E8%AA%9E%E3%82%8B%E4%BC%9A

当日パンフ

当日パンフ

石田武史さん撮影

石田武史さん撮影

会長の渡会俊介さん

冒頭ご挨拶 会長の渡会純介さん

 オープニング演奏は、明楽みゆきさんのチェンバロ演奏。アリア、この道、糸、リベラタンゴほか、メドレーで飾りました。

オープニングは明楽さんのチェンバロ演奏

オープニングは明楽みゆきさんのチェンバロ演奏

 記念講演は、元北海道知事、前衆議院議長の横路孝弘さん、「未来への希望に向けて~北を語る」でした。久しぶりのお話、北海道知事時代の私なりのたくさんの思い出が頭に浮かびました、懐かしさとともに、今のリーダーの情けなさも浮き彫りに。北海道の先駆性、将来性を、信念をもって語る姿は健在でした。

横路孝弘さんのご講演

会員の横路孝弘さんのご講演

 設立時の小川東州会長もお元気でご挨拶をされました。もうずいぶん昔になりましたが数年間、毎月、小川先生を囲んで大先輩たちとご一緒に習字を習って語らった日々を思い出しました。

設立当初の会長・小川東州さん

設立当初の会長・小川東州さん

 サプライズでは最年少会員、平成元年生まれで、私の4番目の子供と高校同期の山木将平くんも一曲だけライブ演奏でした。終了後に最新のCDを買いました、個性豊かに頑張っているし将来も楽しみです。

* 山木将平ーー> https://shoheiyamaki.com/

会員の山木将平くんのギター演奏

会員の山木将平くんのギター演奏

 恒例のダンディーフォーの素晴らしいハーモニー、平均年齢78歳。テノールの石丸先生がご逝去の後、以前、北海道経済同友会事務局でお世話になった小路口さんが加入して、一層レベルが上がった感じのライブでした。

ダンディーフォー

ダンディーフォー

 そして最後は、皆さんで「知床旅情(https://www.youtube.com/watch?v=tfjKZD03Ox8)」の大合唱でした。

フィナーレは知床旅情

フィナーレは知床旅情

松浦武四郎展 @ 北海道博物館

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 北海道博物館で開催されていた「北海道博物館第4回特別展『松浦武四郎―見る、集める、伝える―』(http://www.hm.pref.hokkaido.lg.jp/post/past-exhibition/detail8750/」、あらためて彼のマルチタレントの凄さを感じました。北海道・樺太を6回も踏査し、各地で地元アイヌの協力を得ながら進めた調査・研究の姿に、今、北海道に住む人間として大変尊敬します。 昨年1月に、松坂市を訪問したことを思い出しました。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=28666

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=28678

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=28668

北海道博物館

北海道博物館

展示会入口

展示会入口

 マルチタレントで同じように情報に精通していたといえば、南方熊楠(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=32573)ですね、今年3月の特別展も大変興味深いものでした。 一通り観終わって玄関に向かうと、残り二日間となったからでしょうか、北海道博物館の石森館長がお客様にご挨拶のためにお立ちになっていたので、昨年の「北を語る会」でのご講演(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=30902)の御礼を私から申し上げました。

観劇 & 第114回北を語る会

Posted by 秋山孝二
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 「北を語る会」、今回は第114回目、シアターZooで『フレップの花、咲く頃に』の観劇の後、隣の稽古場で懇親会でした。

* 「北を語る会」のこれまでの記事ーー> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E5%8C%97%E3%82%92%E8%AA%9E%E3%82%8B%E4%BC%9A

『フレップの花、咲く頃に』ーー> http://www.h-paf.ne.jp/program/%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%97%E3%81%AE%E8%8A%B1

フレップの花、咲く頃に

<キャスト>

山田百次
西田薫(フリー)
熊木志保(札幌座)
竹原圭一(RED KING CRAB)
高橋海妃(フリー)

友情出演
アリョーナ(ジャイブプロモーション)

 朝鮮人、日本人、ロシア人、樺太アイヌたちが、国家・民族の垣根を越えて一つのコミュニティを奇跡的に形成していた「混住」の時代、個人レベルでの心の交流を描いた作品です。この日の公演は満席で、終了後の皆さんのお顔は満足感で溢れていました。

 今回演出の斎藤歩からのメッセージです。~~~~~~~~~~~~~~~~

 台本を執筆するのは山田百次くん(ホエイ)です。「珈琲法要」をご覧になられた方も多いと思いますし、2月「暴雪圏」での強盗殺人犯の演技も記憶に新しいと思います。

 昨年「亀、もしくは…。」のサハリン公演を終え、サハリンとの新たな交流を検討していた矢先に、私が出会った一つの手記をもとに百次君が取材を重ね、脚本化してくれました。敗戦直後の樺太に残留していた日本人の方々が経験した「混住」という時代。当時小学生だった吉岡潤三さん(北海道演劇財団理事)のお宅に、突然ソビエト軍のトラックが横付けされ、一組のロシア人夫婦が降ろされて「お前たちは今日からこの夫婦と一緒に暮らせ」と命じられたのだそうです。それから、ロシア人の夫婦と吉岡さんのご家族の2年ほどの暮らしが始まったのですが、そのころ樺太には大勢の朝鮮人も連れて来られていたり、樺太アイヌの方々もいたり、様々な民族の人たちが、垣根を持たずに一緒に暮らすコミュニティを形作っていたのだそうです。

 実際に北海道のすぐ隣の島で起こっていたことを舞台上に現わすためには、ロシア人の俳優が必要でした。サハリンのチェーホフ劇場から呼んでこなければならないかなぁ…と考えていた矢先に、テレビの画面に現れてくれたのがアリョーナさんでした。すぐに電話に飛びつき、連絡先を調べて出演交渉したところ「友情出演」という形で出演してくれることになりました。山田百次くんも勿論出演し、5月の「シンデレラ」に続いて連投の西田薫、熊木志保、そしてMAMの「父と暮せば」でTGR俳優賞を受賞した高橋海妃さん、更に竹原圭一くん(RED KING CRAB)も、二つ返事で出演を了承してくれました。

 今年は「日本におけるロシア年」だそうで、日本とロシアの友好・交流について考えることの多い年だと思いますし、北海道150年という事で、記念事業としても登録をさせていただいています。北海道から世界を、そしてこの国の近代を眺め感じ・考える貴重な作品になると思います。シアターZOOで全10ステージ、皆さまを劇場でお待ちしています。

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 この公演に至るプロセスも具に見ていた私としては、作品自体の知らなかった樺太の歴史の一断面とともに、地域のテーマとしての興味深さも感じて、余韻が残りました。脚本の山田百次さんは、これを書くために実際にサハリンに調査に行かれたとか、すごいですね。

 終演後の役者の皆さんを含めた「北を語る会」メンバーの懇親会は、話題満載で大変楽しい時間となりました。観劇後のこのようなひと時、数倍の喜びとなります。

50名を越える参加者の皆さん

50名を越える参加者の皆さん

演出の斎藤歩さん

演出の斎藤歩さん

原作者の吉岡順三さん

原作者の吉岡順三さん

脚本。主演の山田百次さん

脚本・主演の山田百次さん

サハリンのロシア人を演じるアリョーナさん

サハリンのロシア人を演じるアリョーナさん(サハリン出身)

 在札幌ロシア総領事館の総領事もご覧になって、今後、サハリンでの公演も含めた企画に構想も膨らんでいるようです。これまでも札幌座は、ハンガリー、ルーマニア、韓国、ロシア等、数々の海外公演を経て、その都度大きな進化をしてきているので、これからも楽しみです!

皆さん、お疲れさまでした!!

第113回 北を語る会 例会

Posted by 秋山孝二
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 異業種交流会で長く続いている「北を語る会」、なかなか例会に皆勤とはいきませんが、毎回盛りだくさんのプログラム満載です。

 これまでの「北を語る会」記事ーー> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E5%8C%97%E3%82%92%E8%AA%9E%E3%82%8B%E4%BC%9A

 先日は、オホーツクに生きる会員・海田有一さんのお話とライブ演奏でした。

海田有一さん

海田有一さん

オホーツクのご紹介満載!

オホーツクのご紹介満載!

 第二部はカンテレ&クリスタルボウルのライブ演奏。

* カンテレ http://tozaimusic.com/index.php?id=i1494353442

 カンテレ はフィンランドの民族楽器の一つで、ツィター属に属する撥弦楽器の一種、フィンランドの国民的叙事詩であるカレワラの中で、老賢者ワイナミョイネンがカンテレを開発したことになっているため、フィンランドでは民族意識の象徴として扱われることも多いそうです。

* クリスタルボウル http://crystalbowlhealing.info/what

 クリスタルボウルは「シリカ(=水晶)」という粉から作られた、「おひつ」のような円筒形の楽器、ボウルひとつにつき、ひとつの音階(ドレミファソ〜)があり、優しく叩くことや、ゆっくりとこすることで、数分続く透明感あふれる音を出し、ヒーリングとしても人気のようです。

当日プログラムより

当日プログラムより

カンテレ(左)佐藤美津子さん、クリスタルボウル(右)尾藤弥生さん

カンテレ(左)佐藤美津子さん、クリスタルボウル(右)尾藤弥生さん

カンテレの生演奏

カンテレの生演奏

クリスタルボウルの奥深い音色

クリスタルボウルの奥深い音色

 二つの楽器の繰り出す音色のコラボが、空間に広がる不思議な世界を醸し出していました。

北を語る会 110回例会

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 異業種交流で25年以上続く「北を語る会」の第110回例会が開催されました。移動例会等も含めて、いつも多彩なプログラム、そして登壇者と参加者です。

 これまでの掲載記事はこちら――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E5%8C%97%E3%82%92%E8%AA%9E%E3%82%8B%E4%BC%9A

 今回は、講演として、北海道博物館(http://www.hm.pref.hokkaido.lg.jp/)の石森秀三館長による「ホッカイドウ・アズ・ナンバーワン:アジアの中の北海道の未来」、廣田直美(NAOMI)さんのライブでした。

北海道博物館の石森秀三館長のお話

北海道博物館の石森秀三館長のお話

 石森館長は、2年前にご就任になりましたが、その時からのこの施設の理念を明確に示されました。北海道開拓記念館(1971年開館)と道立アイヌ民族文化研究センター(1994年開所)という2つの道立施設を統合して、2015年4月に北海道博物館(愛称:森のちゃれんが)として新たに開館しました。2つの施設が築き上げてきた伝統や優れた業績を受け継ぎ、名実共に北海道を代表する「総合博物館」を目指すとの意気込みも。

 そして、この博物館は、道民と共に歩み、愛される博物館として「道民参画型博物館」を目指すとともに、北海道の「中核的博物館」として地域の博物館などとの連携を図り、地域活性化に貢献したいとの思いも語られました。現在28名の学芸員・研究職員を擁する「研究博物館」でもあり、多様な専門的・総合的研究の成果を活かして北海道の未来に貢献し、アイヌの歴史や有形・無形の文化に関する専門的研究組織を有する世界に誇るべき総合博物館として、アイヌ文化の振興に寄与するとともに、多文化共生社会の実現に努力しているそうです。

 今回のお話は、19項目にわたっての詳細なレジュメを丁寧に語られ、特に印象的な言葉として、「人口ボーナス」から「人口オーナス」へ、アジア諸国にとっての「新世界としての北海道』、パナマ文書とホセ・ムヒカ大統領、なぜ「カーブス(Curves)(http://www.curves.co.jp/)」は急成長したのか?、です。

 続いては、NAOMIさんの素晴らしいライブでした。

ナオミさんの歌

ナオミさんの歌

素晴らしいステージ

素晴らしいステージ

北を語る会・移動例会 2016 (1)

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 異業種交流「北を語る会」の移動例会が、増毛一泊ツアーで開催されました。

 これまでの記事はこちら――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%80%8C%E5%8C%97%E3%82%92%E8%AA%9E%E3%82%8B%E4%BC%9A%E3%80%8D

 初日は札幌駅からまずは月形町の「月形樺戸博物館(http://www.hokkaidolikers.com/articles/2528」です。

 1881(明治14)年、現代日本の創世記のころ、1874(明治7)年の佐賀の乱、神風連の乱、秋月の乱、1876(明治9)年の萩の乱、翌年の西南戦争など多くの内乱が発生しました。明治政府は、これら内乱で逮捕された人たちを国事犯・反乱分子として、隔離・収監する必要に迫られ、その地を北海道に求めました。こうして、アイヌの人たちが「川が合流する地点」(シベツブト)と読んでいた月形に、全国で3番目、北海道で最初の集治監「樺戸集治監」が建てられたのです。

 初代典獄(今で言う所長)は、月形潔でこの方の姓からまちの名前になりました。この地は、背後にヒグマが生息する樺戸山々を従え、前面にはとうとうと流れる原始の石狩川が広がる、逃亡不可能な自然の要塞だったのです。ここでは、樺戸集治監の開監から廃監までの39年間のあゆみを、豊富な資料でドラマチックに展示再現しています。

 この日案内して頂いたのは月形町長の櫻庭誠二さん、「矯正広報大使(名誉典獄)」の名刺もお持ちです。北海道の道路、鉄道は、殆どはここに収監されていたような囚人たちによって出来上がったものであり、今を北海道に生きる私たちは、その歴史と功績に感謝し、きっちり讃えて伝えていく責任があるとの町長のお話は、実に説得力がありました。

本部建物前で

本部建物前で

町長の熱弁!

櫻庭誠二月形町長の熱弁!

 初代の樺戸集治監典獄であった月形潔の功績をたたえ、北漸寺の境内に1906(明治39)年に建設され、現在は、月形樺戸博物館本館前に移設されています。

月形潔の顕彰碑

月形潔の顕彰碑

月形潔の銅像

月形潔の銅像

 月形町では、北海道の内陸に初めて道を切り開き、非人道的な使役で倒れた人びとを、毎年夏に「樺戸監獄物故者追悼式(http://www.town.tsukigata.hokkaido.jp/3680.htm」を町主催で開催し、今も手厚く供養し、囚人墓地に眠る1,022名を慰霊しています。

 私は、桜庭町長のお話を聞きながら、歌手の新井英一が歌う「無名戦士の墓(ヴィソーツキイ」を思い出しました。

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1. 十字架もなく眠る友よ 花に埋もれさびしく

涙そそぐ人の群れに 妻の姿さがして

ひとりひとり生きたのに みんな同じ墓の中

血のにじむ土の上に 冷たい石の記念碑

2. 君たちの胸に燃えさかった 炎は何を焼いた

ぼくらの国の畑と となりの国の都を

ひとりひとり生きたのに 妻たちも知らない

十字架もない墓場に 重たい雨が降るよ

ひとりひとり生きたのに 妻たちも知らない

十字架もない墓場に 重たい雨が降るよ

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 誰が最初に井戸を掘ったのか、私たちは決して忘れてはなりません。郷土の歴史を情熱を持って伝え続ける櫻庭誠二町長の姿に感動しました。

第105回 北を語る会 例会

Posted by 秋山孝二
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 異業種交流の「北を語る会」、第105回も盛りだくさん。これまでのこの会のコメントはこちら(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E5%8C%97%E3%82%92%E8%AA%9E%E3%82%8B%E4%BC%9A)。

 今回、まずは演奏会、トランペット奏者の古畑亜紀さん(https://www.muj.or.jp/archives/author/10633)、ピアノの辻千絵(http://www.tsuji-piano.com/)さんです。ポピュラーな曲のメドレー、特に、NHKテレビの「映像の世紀」テーマ曲の「パリは燃えているか(https://www.youtube.com/watch?v=F83wDnHghxc)」は良かったです。トランペットというと私はすぐニニ・ロッソの「夜空のトランペット(https://www.youtube.com/watch?v=cLNzSB6T0YU)」を思い浮かべます、こちらの動画で見ると、最近は女性にもトランペットは人気のようです(http://www.magictrain.biz/wp/?p=14959)。

トランペットの古畑亜紀さん

トランペットの古畑亜紀さん

ピアノは辻千絵さん

ピアノは辻千絵さん

 後半は、講演会「持続可能な社会に向けて・・・北海道大学のサスティナブルキャンパス活動と題して、北大特任准教授・横山隆さんのお話でした。サステイナブルキャンパス推進本部http://www.osc.hokudai.ac.jp/」は2012(平成22)年11月1日に設置されました。彼は高校の一年後輩、同窓会でもお世話になっていますが、彼の旺盛な好奇心と前向きな姿勢を如何なく発揮した素晴らしい内容でした。「少年よ、たい肥を抱け!」には笑ってしまいましたね!!!

サスティナブルキャンパス活動

サスティナブルキャンパス活動

民間企業から大学へ

民間企業から大学へ

多彩なプログラム!!

多彩なプログラム!!

 北海道大学は、本部設置と同時に「アクションプラン2012(http://www.osc.hokudai.ac.jp/modules/pico1/index.php?content_id=1)」も策定しました。

 多彩な人生、ひと時垣間見るようで興味深い時間となりました。

第104回 「北を語る会」

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 第104回「北を語る会」が開催されました。

 一部は講演会 「“学び”に定年はない!」 かわにしの丘 しずお農場(株) 代表取締役社長 今井 裕 さん

* http://www.shizuo-farm.com/

* http://www.kentsu.co.jp/mlmg/272/news/000000000003.html

あつし農場社長

しずお農場社長 今井裕さん

 第二部は演奏会、ボーカルの宮田圭子さんのジャズメドレーです。

* http://www.sapporoza.com/member/%E5%AE%AE%E7%94%B0%E3%80%80%E5%9C%AD%E5%AD%90/

ジャズメドレー

女優&演出家&歌手&司会ほかの宮田圭子さん

 今井裕社長の壮絶な人生のジェットコースター、想定外のすごいお話でした。

 昨年1月の「25周年・100回記念」の様子はこちら――> http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=22227

「北を語る会」、25周年100回例会!

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 「北を語る会・25周年100回例会」が200名の参加で盛大に開催されました。記念講演は、ノーベル化学賞受賞の北海道大学名誉教授・鈴木章先生でした。昨年は、北大工学部の新研究棟落成記念講演会にもお招き頂き、鈴木章先生の「カップリング・メソッド」をお聞きしました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=20265)。

 これまでの「北を語る会」の記載

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E5%8C%97%E3%82%92%E8%AA%9E%E3%82%8B%E4%BC%9A

当日のプログラム

当日のプログラム

 鈴木章先生は、講演後の質疑応答、懇親会と、この日最後までご出席になり、多くの参加者と親しく懇談しました。私も今回の例会に際して鈴木先生のつなぎ役として、渡会純会長、吉岡潤三幹事長のお心遣いでメインテーブルに座らせて頂きました。

渡会会長と鈴木章先生

渡会会長と鈴木章先生

 この記念すべき例会で、事前に私は懇親会の締めのご挨拶をするようにとのお話があり、開宴前は少々アルコールを自重してと思っていましたが、隣の横路由美子さんと話をするうちにいつもにも増して、赤・白ワイン、日本酒と飲んで顔は真っ赤になっていました。杉田知子さんのバイオリン演奏、ダンディ・フォーの素晴らしい歌声で興奮し、終盤は参加者全員での「知床旅情(https://www.youtube.com/watch?v=kTt4wjqgsdY)」の大合唱で会場は大盛り上がり。

 そして静けさが戻った中での私の締めのご挨拶と乾杯タイム。私は、鈴木章先生が北海道生まれの道産子で、北海道大学一筋での研究によりノーベル賞を受賞されたこと、そして秋山財団がその19年前に研究助成として同じ研究テーマを採択してご支援させて頂いたことを誇りに思うと、ご挨拶の中でお話を致しました(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6835)。さらにその日が私の誕生日だったので、言うまいと思っていたのですが、皆さんにお祝いして頂いているようで心から感謝致しますとも付け加え、たくさんの拍手を頂きました、渡会会長、吉岡幹事長ほか、皆さまありがとうございます。

 記憶に残る一日となりました。

サープリンご夫妻、お元気で

Posted by 秋山孝二
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 永らく在札幌ロシア総領事として日ロ親善にご尽力されたサープリンさんご夫妻が、この度公務員定年を迎えて本国にお戻りになります。先日、札幌のロシア総領事館で送別パーティが行われ、150人以上の地元の方々がお集まりになってこれまでの感謝を伝えました。

送別会冒頭でご挨拶をされるサープリン総領事と奥さま

送別会冒頭でご挨拶をされるサープリン総領事と奥さまのタチアナさん

 サープリン総領事についてはこれまで何回も書きました。環日本海経済同友会が札幌で開催された時の「ロシヤ・シベリヤ開発」のお話、再三の「北を語る会」でのお話等、率直に、ロシアと北海道との長い歴史、ロシアの今を語る姿に心打たれました。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8364

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=17954

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=18958

 送別会でのご挨拶では、「『近くて遠い国』から本当の意味で『近くて近い国』にしていきましょう!」とのメッセージでした。国家レベルではいろいろ言われる昨今の国際情勢、グローバルな時代こそ地域間連携による新たな関係の構築を期待したいところですし、必ずや実現できると思います。

サープリンご夫妻、これまでのご尽力に心から感謝申し上げます、またお会いしましょうね。

第91回 北を語る会

Posted by 秋山孝二
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  「北を語る会」については、これまで何回かここに書いています(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E5%8C%97%E3%82%92%E8%AA%9E%E3%82%8B%E4%BC%9A)。

 先日は、今年最初の例会が開催されて、(株)カンディハウス(http://www.condehouse.co.jp/)社長・長原實さんのお話を伺いました。1935年生まれ、1963年から旭川市海外派遣技術研修生として西ドイツに約3年間滞在。帰国後、1968年(株)インテリアセンター(現(株)カンディハウス)を設立、同社代表取締役社長、会長を務めるかたわら(社)日本家具工業連合会会長などを歴任。国井喜太郎産業工芸賞、北海道新聞文化賞ほかを受賞、平成24年北海道功労賞を受賞されました。HPによると以下の功労です。

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「ものづくり産業の振興」

  旭川家具の技術力と世界のデザインを融合させ、付加価値を高めようと「国際家具デザインフェア」を東海大学とともに立ち上げるなど、国際的ブランドとしての「旭川家具」の地位を向上させるとともに、業界内の技術力向上や新たなデザイナーとの関係強化などに貢献されました。
 また、全国家具工業連合会会長として、国産家具の修理を広く受け付ける制度を立ち上げ、家具業界の振興に貢献したほか、平成12年から毎年旭川地域の家具職人に呼びかけ、子どもたちと一緒に道産ミズナラの植樹と育林を実施するなど、環境への配慮に取り組んでいます。長原
氏は、家具製作の技能に卓越し、優れたデザインと高品質の製品づくりによって、業界内の第一人者と高く評価されており、現場での直接指導や技能士、職業訓練指導員の養成など、後進の人材育成にも大きく貢献されました。

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  「北海道功労賞」というと、私の伯母・秋山喜代が、1995(平成7)年に「第27回北海道開発功労賞」を受賞した時を想い出します、功労分野は、「保健衛生の向上と社会福祉の推進」でした。この賞は1968(昭和43)年の北海道開基100年を記念して、翌年から北海道知事の最高賞として設置され、1998(平成10)年に名称が「北海道功労賞」に変わりました。

 当時、秋山喜代の受賞の連絡を受けた時に本当に喜んでいる姿が瞼に浮かびます。私はその年の4月、喜代の主治医から、「すい臓がんで余命約10カ月」と聞いていて、同時に東京証券取引所市場第二部への上場準備中でもあり、社長の自分は難しい判断を迫られておりました。確か9月に授賞式が野幌の100年記念館で執り行われました、記念写真の喜代の表情に病気の影響を感じていましたが、本人は喜びでいっぱいだったので少し気が楽になりました。その後12月に入院・手術、翌年1996(平成8)年2月10日早朝に亡くなりました。北海道新聞朝刊の卓上四季にも掲載になりましたが、前日2月9日に、(株)秋山愛生舘が東京証券取引所市場第二部に上場を果たし、それを見届けるように息を引き取りました。上場記者会見を東証記者クラブで行い、翌日の始発便で千歳空港に帰った時に、迎えの社有車で訃報を聞きました、喜び、悲しみ、安堵、不安、一生忘れられない日です。

 

 先日の「北を語る会」例会では、設立発起人代表で現在事務局長をつとめる吉岡潤三さんの開会挨拶、会代表の渡会純价さんの新春ご挨拶に続き、長原さんのご講演でした。

設立者・事務局長の吉岡潤三さん

設立者・事務局長の吉岡潤三さん

会代表の渡会純すけさん

「∞:無限大」型パンを手に会代表の渡会純价さん

ゲストスピーチは長原實さん

ゲストスピーチは長原實さん

 お二人のご挨拶はただの挨拶ではなく、それぞれ含蓄のある新春に相応しいお話でした。特に渡会さんは、長原さんのスピーチのテーマが「創造無限」だったからでしょうか、お話の途中でポケットから「∞:無限大」のパンをおもむろに取り出しての熱弁、気合いの入ったスタートとなりました。

 長原さんのお話では、長年「ものづくり」に携わった経験に始まり、現在ライフワークとして取り組んでいる「公立ものづくり大学」設立運動(http://www.liner.jp/spot/1474/)についての言及もありました。「地域」と「ものづくり」一筋の長原さんの堂々たる人生に感服致しました。

ロシアと北海道のこれまで、これから

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 異業種交流の「北を語る会」第83回例会は、札幌市内のロシア領事館(http://www1.odn.ne.jp/ruscons_sapporo/japvisa.htm)で行われました。今回は、在札幌ロシア連邦総領事のワシーリ・サープリンさんの特別講演、ロシア民謡・歌曲の声楽家・中川速男さんのライブで、春の夜、素晴らしいひと時でした。

在札幌ロシア連邦総領事・ワシーリ・サープリンさん

在札幌ロシア連邦総領事 ワシーリ・サープリンさん(Vassili Saplin)

 中川さんの唄、特にトロイカの原曲、「郵便トロイカが走る:http://www.youtube.com/watch?v=ODrd6jSYwHQ」は、何と悲しいストーリーだったことか。最後の「鶴:http://www.youtube.com/watch?v=FoVMFCJ6pyY」も良かったですね、重厚な中に物悲しさが漂い、ロシア文化の奥行きを感じる素晴らしい歌声でした。

 ロシア民謡といえば、カチューシャ(http://www.youtube.com/watch?v=IHlq_P5CI18&feature=related)、赤軍合唱団(http://www.youtube.com/watch?v=lsUP8YusEg0)でしょうか。

 サープリンさんのお話は、17世紀からカムチャツカ・サハリンに交易目的でロシア人は来ていた歴史に始まり、「赤蝦夷」と呼ばれた「赤」は、コサックの赤い服からそう呼ばれたこと、その後しばしばカムチャツカ知事の交易状を携えて北海道に寄港している事実等でした。ラクスマン、ゴローニンも函館を訪問しています。1855年下田条約締結により、長崎・下田・函館にロシア領事館が開設され、函館の初代ロシア領事はゴシュケヴィッチでした(http://orthodox-hakodate.jp/history)。函館港は不凍港として重宝がられ、軍艦・商船が来航して、北海道の国際交流は、ロシアとの歴史が最も古いのでしょう、少なくともアメリカとではないようです。

 それ以来、北海道はロシアの窓口となり、独自の交易を始めていました。今、ロシアは、2008年の経済危機を乗り越え、日本ともっと深く新しい交流の可能性を期待しているようです。LNG等のエネルギー、IT、科学技術、建設技術、農業(特にサハリンで)分野でですね。平和条約は難しくても、「北方四島を特別区で共同開発」といった具体的提案もありました。

 3・11を経て、全く新しい露日関係構築の絶好の機会であると結ばれました。今回の締めの乾杯、私は近くのテーブルにあった特上ウォッカのストレートでした。芸術・文化の厚みを感じたひと時、しばしテクテク歩いて余韻を楽しみ、家路に着きました。

北を語る会・移動例会(前)

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 ユニークな異業種交流の「北を語る会」・20周年記念移動例会が、総勢40数名・二泊三日で富良野・美瑛・白金温泉・旭川を巡る旅になり、密度の濃い企画の数々は、感動につぐ感動で息つくヒマもありませんでした。北海道は素晴らしい、惚れ直しですよ! 

 まず1日目は、今春オープンした富良野「カンパーナ六花亭(http://www.rokkatei.co.jp/facilities/campana.html)」です。ブドウ畑を育成中で、数年後には素晴らしい場となるのでしょう。ここからの眺望も、坂本直行・相原求一郎作品ギャラリーも、お洒落でセンスが抜群でした。ここでの昼食後は、富良野市内に同様に春開設した「フラノマルシェ:http://www.furano.ne.jp/marche/」です。連休の初日でもあり、沢山の人で賑わっていました。

六花亭ブドウ園より

カンパーナ六花亭・ブドウ園より十勝岳を望む

   次はお馴染みの「富良野演劇工場:http://www.furano.ne.jp/engeki/engekiopen16.htm」です。今上演中の富良野グループ(http://www.furanogroup.jp/)「歸國」を観ました。面白い設定だとは思うのですが、少々無理があるのかな、とも。場面・場面は現代への批判的メッセージも良く分かりますが、「英霊」が今を語る違和感というか、しゃべり過ぎというか、もっと「霊的」であって欲しかった(?)、シナリオとして後半部の刺された息子の登場は冗漫な気がしました。私にとっては昨年の「屋根:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=584」の方がはるかに胸に迫りましたが。かなり期待していただけに残念でした。

富良野グループ演劇ポスター

富良野グループ演劇ポスター

  そして1日目の宿泊場所、「ハイランドふらの:http://highland-furano.jp/」です。ラベンダー畑が香りも上品で見事でした。

富良野高原ホテル・ラベンダー畑

ハイランドふらの・ラベンダー畑

 夜も盛りだくさん、まずは「風と啄木鳥(きつつき)」のギター・尺八のコラボ演奏、ギターは富良野市内でスナック「啄木鳥」を開業している小林庸さん、尺八は山中詔市さんです。「北の国からのテーマ:http://www.youtube.com/watch?v=hsSAnsrQvLk」に始まり北島演歌まで、素晴らしいハーモニーでしたね。特に尺八の音色は多彩で色っぽかったです。

 そして「富良野メセナ協会:http://d.hatena.ne.jp/nobuko945/archive」代表・篠田信子さんのご講演でした。(社)企業メセナ協議会(http://www.mecenat.or.jp/)とも連携した活動をされています。篠田さんは、日本で初めてのNPO法人「富良野演劇工房:http://www.furano.ne.jp/engeki/」の初代理事長で、富良野の演劇を永年地域で支えてきた第一人者です。(財)北海道演劇財団(http://www.h-paf.ne.jp/)でも設立以来、大変お世話になっています。

 「文化を手法にまちの活性化を願う」、その草分けとして市民活動をリードし、地域の方々を信頼してすそ野をいつも広く展開して、「演劇のまち・富良野」、「文化の香るまち・富良野」、「50年後の子供たちに宝を残したい」と語りかける彼女の一言ひと言に説得力がありました。行政へのアプローチもポイントをつかんでブレず、怒らず、男はその点ダメですね、女性の「しなやかな強さ」を受け止めました。

 「FURANO」を満喫した一日となりました。

北海道の「流儀」

Posted by 秋山孝二
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 今年で20年を迎える異業種交流「北を語る会」の例会は、毎回内容が濃く印象的です。私自身、仕事の関係で暫く欠席が続いた時期もありましたが、この数年は出席率も上がり、多彩な方々のお話・演奏等を、ひと時楽しんでいます。

 先日のゲストスピーカーは、磯田憲一さんでした。元北海道副知事で、現在は(財)北海道文化財団(http://haf.jp/)・理事長、(財)北海道農業企業化研究所(HAL財団:http://www.hal.or.jp/)・理事長、NPO法人アルテピアッツァびばい(http://www.kan-yasuda.co.jp/arte.html)・代表、旭川大学客員教授等でご活躍中です。

 「北海道の流儀」と題してのスピーチは大変素晴らしい内容でした。行政マンとして、従来型の殻を破り、実に多くの足跡をこの間北海道に残しています。全国的にも有名になった「時のアセスメント:http://www.pref.hokkaido.lg.jp/sm/gkk/toki/tokiindex.htm」、「試される大地」のキャッチフレーズ、BSEの全頭検査実施等、勇気をもった施策の数々は、今の道政には見る影もありません。

 ご紹介のあった中標津の「マイペース酪農」を実践する三友さんご夫婦(http://www.goto-chi.com/seisansya/mitomo.htm)は、豊かさの基準として「草をミルクに変えられる」、「乾いた薪をストーブへ」、「家族で夕食を食べられる」等でも有名です。また、海に投げ出されて漂流する人が、たいまつを灯しているゆえに周囲が真っ暗で何も見えずに方角が判別できず、ひとりの人が「この灯を消せ」と言って暫く周囲に目を凝らすと、ある方角の遠くにうっすらと光るマチの灯を見ることができた、というお話を引用して、今の北海道が、「たいまつの灯を消す勇気があるか」、と鋭く問題提起をされました。

 「観光」、「観光」と時流に乗った観光客の入れ込みにただ大騒ぎするのではなく、「生き方に迷った人がやってくる北海道」とか、そんな奥行きのある魅力づくりにこそ我々はまい進すべきではないか、とメッセージも発信されました。

 磯田さんというと、忘れられない思い出があります。10数年前の北海道演劇財団(http://www.h-paf.ne.jp/)設立時は、行政側の責任者として本当にお世話になりました。設立記念パーティでのご来賓挨拶で、中島みゆきの「ファイト:http://www.youtube.com/watch?v=9TH1Xm25FIM」の一節

「 ああ小魚たちの群れきらきらと 海の中の国境を越えてゆく 諦めという名の鎖を 身をよじってほどいてゆく

  ファイト!闘う君の唄を 闘わない奴等が笑うだろう ファイト! 冷たい水の中を ふるえながらのぼってゆけ」

を引用して、これからの活動を激励して頂きました。そんな来賓挨拶を、私はそれまで、そしてそれ以降も聞いたことがありませんでした。言葉に対して素晴らしいセンスをお持ちだと興奮致しました。その後も韓国・光州市、ソウル市で、北海道演劇の海外公演でも磯田さんとは文化財団理事長として何回かご一緒し、引き続きご指導を頂いています。 

 本当に久しぶりに聞く格調の高いスピーチでした。つい先週、高知で行われたブータン王国ジグミ・ティンレイ首相の基調講演と重なって、「本当の豊かさとは何か」を問う、感動的な言葉とメッセージがぎっしり詰まっていました。本物を目指し、それを実現する「勇気」を持て、まさに「Boys,be ambitious!」の心意気、それこそ「北海道の流儀」と受け止めました。

今、7月のG8サミットをどう評価するか

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私は異業種交流会「北を語る会」の会員です。先日会報担当の方から連絡があり、今年7月のG8サミットを市民はどう考えるかについて、この間私なりに活動した視点から、下記のように報告をまとめてみました。また、それとは別に下記のサイトでも様子を知る事が出来ます。

http://kamuimintara.net/detail.php?rskey=143200809t01

 

 

世界は、きっと、変えられる 」

 

G8サミット市民フォーラム北海道 共同代表

http://www.kitay-hokkaido.net/

(財)秋山記念生命科学振興財団  理事長    秋山孝二

http://www.akiyama-foundation.org/

2008年7月6日から3日間、札幌コンベンションセンター他で開催されたオルタナティブな「市民サミット」は、国内140のNGO会員からなる「2008G8サミットNGOフォーラム」(星野昌子代表 以降 NGOフォーラム)http://www.g8ngoforum.org/forum/と、北海道の80NGO会員からなるG8サミット市民フォーラム北海道」(以降フォーラム北海道)の共催でした。「市民サミット」は札幌市の後援と、18の資金助成団体、43の協賛団体・企業からの支援を頂いて、40を越えるワークショップ・フォーラムの数々に、延べ2000人を越える参加者で盛況でした。 3日間の議論では、「気候変動」「生物多様性」「人権・平和」「貧困・開発」の大きな枠組みで、問題提起と意見交換が活発に為されました。

                                                         この「市民サミット」の意義は、ただG8サミット期間中に企画したという意味合いだけではありません。この市民フォーラムの一連の活動と有機的に結びついている所に更なる価値があります。 たとえばその一つとして、G8と日本政府、そして北海道庁に対して今年6月に政策提言を行いました。それは活動する市民たちがお互いの違いを尊重しながらも、市民の目から政策に反映させていくという、新たな時代の到来を期待させるものでした。

振り返ると、2007921日に「フォーラム北海道」を設立して以来、もうお二人の代表世話人他皆さんとともに、大変密度の濃い活動をして参りました。設立時の挨拶の中でもお話しましたが、私自身は二つの意味合いから、今回の関わりでの自分の使命を感じていました。1)世代としての使命:20世紀半ばに生まれた者として、これからの若い世代が夢を持ち続けられる社会・自然環境への努力を惜しまないこと、2)北海道に育った者としての使命:行政・企業とは異なった、本来の「市民セクター」として、北海道においてプラットホームの構築、そして世界との直接的なネットワークづくりの実践です。市民活動的課題と企業的課題は相対立するのではなく、担い手こそ違うとは言え、その理念はかなり共通していると信じています。永く企業セクターに身を置いた私は、少しでもこの「市民活動への支援」に、メディアを含めた地元民間企業が興味を持つべく、出来る限りの努力をするつもりでこの任をお引き受けしました。

 

手始めの活動として、昨年1029日に、内閣総理大臣、外務大臣、北海道知事宛に、「サミットに対する要望書」を提出しました。いわゆる「開催のあり方」に対する要望書です。具体的内容としては、1)市民に開かれたサミットの開催:政策提言の事前打合せ、CivilG8の開催、イベント・デモ等の市民活動への理解、市民メディアセンター設立への協力等、2)環境と人権に配慮したサミットの開催:会場周辺の環境保全、過剰警備・過剰交通規制反対、無駄な税金投入反対等、です。

 

次は今年1月に札幌市に提出した「公園使用に関する要請書」です。活動自粛を促すとも受け取れる市役所の姿勢に対して、普段と変わらない公的空間での活動を強く要請しました。

 

そして66日に、市民フォーラムは北海道知事へ「政策提言」を提出し、更に北海道的課題への意見交換の場を要望致しました。618日にはNGOフォーラムと共同で、首相官邸において「政策提言」を提出し、その後約1時間半に渡ってそれに基づいた意見交換を首相官邸会議室で行いました。私は市民フォーラムの代表として出席しましたが、30数名出席した政府関係者、海外・国内NGO関係者との緊張感のある意見交換は、大変貴重な経験でした。

 

200877日から3日間開催された「北海道洞爺湖サミット」。いつものように、北海道内ではそれに合わせてさまざまなイベントが繰り広げられました。北海道知事を会長とする「サミット道民会議」は、行政、経済団体などで構成され、サミット1年前の昨年6月に発足、「みんなでサミットを成功させよう」のスローガンのもと、3億円近い予算を立てて、その費用の大半は民間企業からの寄付でまかないました。それに対して私たちは、「おもてなしのこころ」と称して相変わらずの中央依存のこのようなお祭り騒ぎとは明確に立ち位置を異にして、コンパクトな予算の中、しっかり世界に向かって、北海道的課題を共有し発信していく強い決意を表明しました。

 

もろ手を挙げたサミット応援とは一線を画して開催されたのが、「市民サミット」や「オルタナティブ(既存のものとは別な・もう1つの)サミット」と呼ばれる市民参加の集いです。北海道では、環境、平和・人権、開発・貧困問題など多様な分野で活動している道内の団体・個人が一堂に集結し、その中心を担ったのが市民フォーラムでした。東京では昨年1月、NGOフォーラムが結成され、昨年6月初旬にドイツで開かれたハイリゲンダム・サミットに人を派遣し、現地で開催されたオルタナティブサミットに参加していました。近年のサミットでは市民活動団体からの働きかけが活発になり、諸団体が連携して声を上げ、途上国の債務や貧困問題などがサミットの議題に反映し始めています。NGOフォーラムはそんな世界的な動きの中で生まれました。

 

沢山の取り組みをご紹介したいのですが、紙面の都合も限られているので、幾つかだけを紹介致します。

一つは、市民ウイークスとして、補助金なしで成し遂げた「先住民族サミット」です。71日から4日まで二風谷・札幌で開催されて、海外・国内の多数の先住民族・市民の方々が参加し、最終日には「二風谷(にぶたに)宣言」と「日本政府への提言」が発表されました。「宣言」の序文は「イランカレプテ-アイヌ語で『あなたの心にそっと触れさせていただきます』」で始まり、内容は環境、食料、教育など多岐にわたりました。

 

次は、フォーラム北海道とNGOフォーラムが主催する市民サミットです。キャッチコピーは「世界は、きっと、変えられる」、英語で「We can change the world」。各国首脳が続々と来日した76日、オープニングシンポジウム「人々の声を世界に響かせる」が開かれました。冒頭にも書きましたが、3日間で40をえるワークショップを通して、湧き上がるG8サミットへの疑問、地域と世界の課題の共通性、行政とNGOとの新しい関係性等に関して、大変貴重な情報共有と共感を経験しました。たとえば、「夕張から考えるー債務と貸し手の責任を問う」の企画では、フィリピン・インドの方々から貴重な提起があり、別の企画でも北海道の自立と農業・エネルギーを巡るグローバルな課題との関連性を知ることが出来ました。この間主体的に関わった市民には、新たな気づきと連帯感により、確かな手ごたえを得たに違いありません。

 

 最終日のクロージング・セッションでは、参加した中から次の14団体/個人によって、3日間を締め括るレビュースピーチが行われました。G8を問う連絡会(小倉利丸)、市民外交センター(上村英明)、先住民族サミット(木幡カムイサニヒ)、ゆうばり再生市民会議(熊谷桂子)、Japan Volunteer Center (熊岡路矢)、日本自然保護協会(道家哲平)、生物多様性フォーラム(山下洋)、SANSAD/インド(Anil Singh)、日生協保健部会(北嶋信雅)、Africa Jubilee SouthNoel)、毎日新聞(横田愛)、Youth G8 Project(林雄太)、ezorock(草野竹史)、ACE(岩附由香)。

 

そして総括挨拶として、NGOフォーラム代表の星野昌子さんが、「政府に取り込まれることなく、緊張感と距離感を持ち続ける一方、大組織主体ではなく、多様なNGOの声に耳を傾け続ける姿勢を大切にしたい」と、含蓄のあるお言葉で締めくくられました。

別の活動として、どうしてもご紹介したいのが日本初とされる「市民メディアセンター」が札幌市内の3カ所に設置された事です。デモでの逮捕報道だけでなく、シンポジウムの内容の詳しい報道や、市民活動の記者会見などで大きな力を発揮したのが独立メディアや市民メディアと呼ばれる新しいジャーナリズムでした。動画・音声・活字をフルに活用し、近年のG8サミットやWTOなどの国際会議では、こうした草の根的なメディアの活動を支援するための組織が現地に設置されており、今回は「G8市民メディアセンター札幌実行委員会」が結成され、中心的活動を担いました。

この間主体的に関わった幅広い市民には、新たな気づきと連帯感により、確かな手ごたえを得た一連の活動だったに違いありません。そして単に思い出に留めるのではなく、今後のNGO活動へのステップとして役立てたいと今思っています。