ザ・デストロイヤーの思い出

Posted By 秋山孝二
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 私は必ずしもプロレスが大好きという訳ではなかったのですが、「ザ・デストロイヤー」には、特別の思いがあります。アメリカ合衆国のプロレスラー、ニューヨーク州バッファロー出身のドイツ系アメリカ人で、本名はリチャード・ジョン・ベイヤー、『足四の字固め』で特に有名でした。

* 足四の字固め(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%B34%E3%81%AE%E5%AD%97%E5%9B%BA%E3%82%81#%E6%A6%

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 先日、‎2019年3月7日、彼がアメリカで88歳でお亡くなりになった報(https://www.youtube.com/watch?v=MP_2KyOy_x0)を目にして、あの当時の光景が蘇りました。

 遡って1971年、私が大学2年の終わり頃、東京の赤坂に当時あった「ホテルニュージャパン(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%86%E3%83%AB%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%B」でアルバイトをしている時でした。大学を休学してアメリカに行くために6か月間働いていました。自民党の政治家・藤山愛一郎率いる藤山コンツェルンが設立母体となり、彼の事務所もあり、高級レジデンス(長期滞在オフィス)として着工し、その当時はホテルとしても有名でした。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2626

 その後、このホテルは火災で有名になってしまいましたが、私は9階客室係としてバスルーム掃除・ベッドメイクを担当していました。昼食は地下の社員食堂、毎日大変な御馳走で、学生の自分としてはこれが楽しみでした。また、当時有名な「ラテンクオーター」には、いつか行ってみたいとも思ったりして。

 9階の左奥の部屋に、当時、デストロイヤーのご家族が住んでいました。絵をかいていらっしゃった奥様、幼い女の子と男の子の4人家族で、休日はデストロイヤーさんが台所に立って料理を作ったりお皿を洗っている姿を何回も見ており、リング上の姿とのギャップにプロフェッショナルの本当の暮らしを垣間見た思いです。部屋には白色ほか覆面が10枚以上きれいに重ねておいてあったのが印象的でした。下の男の子は「リッチー」の愛称で、よく9階の廊下で追いかけっこをしたものです。その後、帰国してから、奥様とは別れて、別の女性と一緒に暮らしていたようです。

 当時19歳だった私は、このホテルでの経験でずいぶんいろいろ大人の世界の勉強をさせてもらいました。その時、プロ野球のアメリカ人助っ人、テレビ・映画で人気の正統派男優ほか、いろいろな方が長期滞在、週末滞在等で利用していました。ある時は、朝、廊下に泥の大きな足跡があり、それがベトナムの戦地からのアメリカ軍将校たちだったことも。チェックアウト後、或いは留守の部屋に入ってバスルーム等の掃除をしていると、そこでもあれこれと学ぶことも多かったですね、とてもここでは書けないいろいろなことが・・・。

 何はともあれ、今考えると当時のデストロイヤーさんは40歳代だったのかと思うと、歳の割にずいぶんオジサンのような風貌でした。本当に優しいお人柄、ご家族の部屋ではよき夫、父親の様子に、私はテレビで「四の字固め」で人気の彼に一層親近感を持ち、すっかりファンになりました。

 訃報を聞き、今、あの子たちはどうしているのかと私自身の思い出が甦りました、どうか安らかにお眠りください。

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