新渡戸の足跡 @ カナダ(8 最終)

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 カナダ滞在最終日の朝は、少々時間があったので、ホテル近くのWater Front に足を運び、ウイスラー・ヴィクトリア方面への水上飛行機の離発着ほか、のんびり湾内を眺めていました、至福の時間でしたね。

大型客船も着岸間近

アラスカからの大型客船も着岸間近

飛行艇も離着を繰り返す

水上飛行機も離着を繰り返す

 長々と報告を書き連ねてしまいました、ここまでご覧頂きありがとうございます。

 内容の濃い3日間を終えて、今回、一番印象に残ったのは、人々の「笑顔」ですね。「Keep Smiling」とよく言いますが、とにかく少し疲れた時、やっとたどり着いた時、注文を取りにテーブルに来た時、本当に素晴らしい笑顔とアイコンタクトで何回も元気になりました。その瞬間をカメラに収められないのが残念です。

宿泊ホテルの客室フロアー

宿泊ホテルの客室フロアー

 今回の一連の報告は、「新渡戸稲造と札幌遠友夜学校を考える会(http://nitobe-enyu.org/」の代表理事、「新渡戸稲造記念・遠友みらい塾(http://enyumirai.main.jp/」代表の役目として書き留めました。

 訪問に先立ち、事前に盛岡の新渡戸基金・藤井茂常務理事にTad Suzukiさん、Ryo Sugiyamaさんをご紹介して頂き、大変充実した意見交換となりました、心から御礼申し上げます。お二人とも度々、『新渡戸稲造の世界(http://www.nitobe.com/)』に投稿されていて、これからも繋がりを持ち続けられると思うと、大変嬉しいです。新渡戸稲造が生まれた盛岡市と命の終わったカナダ・ビクトリア市は、姉妹都市になってすでに30年を越えていますが、二つの街の関係は、まさに「太平洋に掛かる橋」ですね。

ロイヤル・ジュビリー病院中庭の記念庭園で

ロイヤル・ジュビリー病院中庭の記念庭園で

<エピローグ>

 ヴィクトリアで歩き続けて少々疲れた時、建物の脇で見た看板です、こうありたいですね、これからの自分の人生。

なるほど・・・
なるほど・・・
 これで全8回、お仕舞いです!

新渡戸の足跡 @ カナダ(7)

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 訪問先の「番外編」として、バンクーバーの「UBC人類学博物館(UBC Museum of Anthropology :MOA)」は、ハイダ族などのファースト・ネーション(北米の先住民族)の生活文化に焦点を当てた博物館です。ビル・リードの「The Raven and the First Men」などの彫像やトーテム・ポールなどの展示があり、UBCの「NITOBE MEMORIAL GARDEN(http://botanicalgarden.ubc.ca/visit/nitobe-memorial-garden/」の庭園管理責任者・学芸主任のRyo Sugiyama(杉山龍:すぎやまりょう)さんと昼食後に行きました。

* UBC人類学博物館――> http://moa.ubc.ca/

裏庭からみる博物館

裏庭からみる博物館

 この博物館については、初日にお会いしたヴィクトリア大学(http://www.uvic.ca/の図書館司書、Tad Suzuki さんからも、是非、見学するようにとお薦めがありました。

UBCの新渡戸記念庭園斜め向かいに「MOA」玄関

UBCの新渡戸記念庭園斜め向かいに「MOA」正面玄関

 そう言えば、どの施設にも寄付で貢献した方々の顕彰銘板が飾ってありましたね。ロイヤル・ジュビリー病院内にも、素晴らしいデザインの銘板を見つけました、一人一人の思いを大切に敬意を表現する姿勢、学びたいものです。

寄付の金額によってグループが形成されている?

寄付の金額によってグループが形成されている?

 移動中のフェリーで、忘れがたい写真を数枚をご紹介します。

ヴィクトリアからバンクーバーに向かうフェリー

ヴィクトリアからバンクーバーに向かうフェリー

小島の間を縫うように進むと真っ青な海に白い航跡が美しい。

ヴィクトリア港に着岸間近、出口の扉も開き

フェリー、バスの中からの眺望!ヴィクトリア港に着岸間近、出口の扉も開き

バス・トラックデッキは車でびっしり

バス・トラックデッキは車でびっしり

下船は自転車部隊が最優先

下船は自転車部隊が最優先

 自転車と言えば、バンクーバーの街中には自転車専用レーンが整備されていました。札幌の街なかも平坦で自転車利用には向いている土地柄、是非参考にしてもらいたいコンセプトです。アメリカオレゴン州のポートランドも同じマチづくりでした。

* http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=25860

早朝からも。専用レーンと専用信号

早朝からも。専用レーンと左上の専用信号

自転車レーンも双方向

自転車レーンも双方向

躍動感あふれる自転車!

躍動感あふれる自転車!

新渡戸の足跡 @ カナダ(6)

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 ジュビリー病院の中庭の大きな興奮が冷めないまま、結局、帰りも歩いてヴィクトリアの町なかに戻りました。途中、地図にFort St.から少し入った所に、記載されていた歴史的建造物にも寄りながら。

 昼はバスターミナル近くのパブでピザ+地ビール、これで止めておけばよかったのですが、ウエイトレスのチャーミングな笑顔と乾いた空気の気持よさにグラスの赤ワインまで飲んでしまい、「ビーコンヒル公園(http://www.victoria.ca/EN/main/residents/parks/beacon-hill.html」に向けて、今度は南に歩きました。最南端に来てみると、やはり10年位前に観光バスで通過した場所だったと記憶が蘇りました。 公園の南西のダグラス通りとダラス通り Dallas Rd.の交差点には、トランス・カナダ・ハイウエイの始点「マイル・ゼロ Mile Zero」の標識があります。

トランス・カナダ・ハイウエイの始点「 Mile Zero」の標識

トランス・カナダ・ハイウエイの始点「 Mile Zero」の標識

素晴らしい景観

素晴らしい景観

 二日前のTad Suzuki 情報では、ここの海岸線近くに、ヴィクトリアと姉妹都市の盛岡市の記念碑があるというので探しました。海岸に下り、新渡戸の碑を見つけようとまた戻ってきましたが、すぐには発見できず、一回通り過ぎましたが、戻ってくる時にやっと出会えました、病院と同じ時にこの記念碑は建立されたようですね。

姉妹都市交流の記念碑

姉妹都市交流の記念碑

NITOBEの名前を刻まれて

NITOBEの名前を刻まれて

 快晴の天気にも恵まれて、当初予定した新渡戸稲造に絡むポイントに足を運ぶことができました。今から80数年前に、この土地で命を終えた生涯、特にロイヤル・ジュビリー病院の中庭に顕彰される歴史の重みは、深く私の心に刻まれました、「いのちの看取り」の何なのかを。 気が付けばこの日も夕方を迎え、帰りのバンクーバー行きバスはほぼ満員、フェリーからの眺望は行きと違って、私の眼に焼き付きました、思い出深い一日となりました。

シアトル方面のマウント・レニアー?

シアトル方面のマウント・レニアー?

新渡戸の足跡 @ カナダ(5)

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 翌日は早朝から、今回の訪問の3番目の目的で新渡戸稲造の最期、息を引き取った場所・ビクトリア市の訪問です。バンクーバー市内の長距離バスステーションまでホテルから電車で向います。

早朝のバンクーバー・パシフィックステーション

早朝のバンクーバー・パシフィックステーション

方面別に:懐かしいグレイハウンドのバスディポ

方面別に:懐かしいグレイハウンドのバスディポ

 バスに乗ってフェリーターミナルを経由してフェリーで1時間半、そこからビクトリア市内中心部バスターミナルまで約50分でした、合計で片道4時間くらい、快晴の天気にも恵まれたビクトリアの町は輝いていましたね。

素晴らしいバンクーバーからヴィクトリアまでの景観

素晴らしいバンクーバーからヴィクトリアまでの景観

ヴィクトリアバスステーション向い

ヴィクトリアのバスステーション向い

 着いてまず目指したのは、2日前にTad Suzukiさんに書いてもらったスケッチに基づいて北上し、Fort Streetに沿ってひたすら歩きました、新渡戸稲造の最期、息を引き取った「Royal Jubilee Hospital(ロイヤル・ジュビリー病院)http://www.viha.ca/locations/royal_jubilee_hospital.htm」です。

 ジュビリー病院にどれくらい歩いて掛かるかは不安でしたが、スマホの地図を見ながら、最初の10分間で思う以上に距離感を掴めたのでプランに自信を持ちました、便利な時代ですね。途中、路線バスも通っていることが分かったので乗ることも考えましたが、一歩一歩噛みしめながら歩き続けたら35分くらいで病院に着きました。

Fort Streetからの入口

Fort Streetからの入口

 病院の表・横・裏・救急病棟等、私は以前の仕事柄、日本でたくさんの病院を訪問していたので、ジュビリー病院のコンセプトはすぐに理解しました。開放系の造りで、各病棟にも極めて自由に出入りでき、病棟廊下には椅子とテーブルが優しく配置され、患者さん、ご家族の方々もくつろげる空間となっています。

昔の病院の風情を残しながら

昔の病院の風情を残しながら

 奥の敷地には大規模な新館外来・病棟が構えていました。

現在の正面玄関と左は救急外来入口

現在の正面玄関と左は救急外来入口

 1時間程滞在したでしょうか、あちこち覗き、ボランティアの方、受付の方に新渡戸についてお聞きしました、新しい情報はそれ程ありませんでしたが。中庭の庭園は、病院の企画としてはお金をかけていたような気がします。手術室は外観からだけでしたが本物、礼拝堂は外からと2階から中にも入れたのでゆっくり見学できました。歴史を確かに記録して、寄付者への尊敬の念も顕されています、素晴らしいですね。

中庭に「新渡戸稲造記念庭園」が拡がる

中庭に「新渡戸稲造記念庭園」が拡がる

新渡戸家家紋を表現して

新渡戸家家紋を表現

当時の手術室も残して

当時の手術室も残して

記念礼拝堂

記念礼拝堂

看護学校の卒業生銘板も

看護学校の卒業生銘板も

 庭全体の作りはUBCの理念と全く同じ。前日お会いしたUBCの庭園管理責任者・学芸主任のRyo Sugiyamaさんの説明にあったように、「軽井沢のせせらぎの音を聞きたい」を表現し、銅像の隣に滝を作って水の音を聞くことができます。さらに、ジュビリー病院の中庭の新渡戸像の隣に、看護師たちを讃える礼拝堂があるのは、その辺のストーリーを考慮してのことかもしれないと、私は病院関係者の見識を感じた次第です。

 時代こそ違いますが、1933年10月15日、新渡戸稲造はこの場で手厚い看護を受けて多くの方々に見守られながら、静かに永眠されたのかと、何かパイプオルガンのレクイエムが聴こえてきそうな、厳粛なひと時となりました。

新渡戸の足跡 @ カナダ(4)

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 キャンパス内をかなり歩き回ると、今回の目的の2番目、ブリティッシュコロンビア大学(UBC)の「NITOBE MEMORIAL GARDEN(http://botanicalgarden.ubc.ca/visit/nitobe-memorial-garden/」の訪問と庭園管理責任者・学芸主任のRyo Sugiyama(杉山龍:すぎやまりょう)さんとの約束の時刻が近づきました。

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RYO SUGIYAMA
Nitobe Memorial Garden Curator
UBC Botanical Garden and Centre for Plant Research
THE UNIVERSITY OF BRITISH COLUMBIA

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<新渡戸紀念公園の生い立ち>  :「紀念」は「記念」よりもより一層顕彰の意を込めたこだわり

 新渡戸稲造は、国際的に活躍した教育学者、外交官であり、1933(昭和8)年2月、日本が国際連盟脱退を通告したその年の秋、カナダのバンフで開かれた太平洋問題調査会の第5回会議に日本代表団団長として、カナダを訪問しました。会議終了後、当時、国際港のあった西海岸ヴィクトリアで倒れ、市内のロイヤル・ジュビリー病院に入院し、10月15日、治療の甲斐なく息を引き取りました。後に、友人たちにより石灯籠を中心としたささやかな庭園が造られました。

* 太平洋問題調査会 https://mainichi.jp/articles/20160331/dde/014/010/003000c

* 第5回バンフ会議(1933年 8月14日から26日まで開催され、米・日・中・英・豪・ニュージーランド・加・比に加え仏・蘭・蘭領東インド(現インドネシア)が新たに正式参加し11地域となりました。テーマは「太平洋地域に於ける経済上の軋轢とその統制」

 その後、この庭園は第二次世界大戦中に荒廃しましたが、1958年に新渡戸博士を紀念し、博士の「われ太平洋の橋とならん」の志に因んだ庭園の整備が、ブリティッシュコロンビア大学庭園委員会によって決定されました。設計施工にあたったのは、日本国外で多くの日本庭園を手掛けていた当時千葉大学園芸学部造園学科の教授だった森歓之助でした。森は設計だけでなく、1年間以上にわたり現地に滞在して施工にも従事しました。そして、この庭園は、1960年に急逝した森が設計した最後の作品となりました。

 その際に施工に携わった現地日系ガーデナーたちは、完成後も10年以上にわたりこの庭園の維持管理に尽力し、1992年に枡野俊明により改修されて今日に至っています。庭園の面積は約1ha、直角三角形状の敷地で、池を中心とした池泉回遊式庭園ですが、中央の池を太平洋に見立て、入り口側から見て右側に日本、左側に北米大陸の樹木を植栽し、一本の橋を架けて新渡戸稲造の「太平洋の橋」を表現しています。

  • メインの道路からの入口
メインの道路からの入口

門の上にある木製看板

門の上にある木製看板「紀」の文字には特段の思いが!

「CHIBA UNIVERCITY」の文字が焼き付く!

CHIBA UNIVERSITY」の文字が目に飛び込む!

  因みに、UBCの庭園設計者は千葉大園芸学部ご出身の森歓之助先生、先日お会いした杉山龍さんも千葉大学園芸学部ご卒業で、奥様も。大学と今の仕事に就いているのは関係はないとおっしゃっていましたが、実は私も千葉大学で学部は教育学部、妻も同じです、大学にはあまり興味はなかったのですが、何かご縁を感じるとともに、ほんの少し誇らしく思いました。

庭園管理・学芸主任のRyo Sugiyamaさん

庭園管理・学芸主任のRyo Sugiyamaさん

 こちらでの新渡戸稲造の紹介です――> http://botanicalgarden.ubc.ca/visit/nitobe-memorial-garden/inazo-nitobe/

 この公園のテーマは、何といっても「日本と北米大陸との融合」でしょうか、樹種でもそれを表現しています。日本から運んだモミジ、サクラ、ショウブ等、60年以上を経てしっかり根付いていました。

日本(池畔)と北米大陸(その奥)のハーモニー・融合

日本(池畔)と北米大陸(その奥)のハーモニー・融合

 「願はくは、われ、太平洋の橋とならん」

「大平洋に掛ける橋」をモチーフに

「大平洋に掛ける橋」をモチーフに

橋の右側がモミジほかで日本をイメージ

橋の右側がモミジほかで日本をイメージ

橋の左側は地元の樹種で北米大陸をイメージ

橋の左側は地元の樹種で北米大陸をイメージ

少し違った角度から

少し違った角度から

 ブリティッシュコロンビア州とコケの相性は良いと、庭の管理責任者・杉山龍さんのお話。

素晴らしい緑色!

素晴らしい緑色!

 杉山さんの説明によると、新渡戸は最期の時、看護婦さんに最後の望みはと促されて、「軽井沢のせせらぎの音を聞きたい」とおっしゃったといいます。そこで、ジュビリー病院の担当看護婦さんが、ホースで水の音を聞かせてあげたとか。その逸話を基に、公園に滝による水の音とせせらぎを創り出したとのことです。それと、近くのショウブ(菖蒲)は、UBCのこの庭園に明治神宮から持ってきたもので、日本の心をイメージしているとか。一つ庭園と言っても、なかなかその因ってきたる所以の深さに感動します。

滝から落ちるこだわりの水の音

滝から落ちるこだわりの水の音

明治神宮からの菖蒲、庭園メインテナンスも大変です

明治神宮からの菖蒲、庭園メインテナンスも大変です、東京農大からのインターン生

息をのむ美しさ

息をのむ美しさ

 日本からのサクラ、樹齢80年を越えるタキニオイ(http://www7b.biglobe.ne.jp/~cerasus/cera-tn/c-takinioi.html)です。

森先生が持ってきたサクラ「タキニオイ」樹齢80年

森先生が持ってきたサクラ「タキニオイ」樹齢80年

 「Nitobe」は「ナィトーブ」と発音するようですね、こちらでは。新渡戸稲造の遺志と生涯を丁寧に表現した素晴らしい日本庭園です。これを、UBCが整備を決めたこと、メインテナンスを継続していることに、さらに感動します。新渡戸が生きた時代は、彼の意志とは必ずしも違った方向に進みましたが、今を生きる日本人たちは、まさに「スーツを着たサムライ」としてしっかり永く語り続け、理念を継承していかなければならない、そんな「使命」を感じました。

 一通り熱い説明が終わった後、近くのキャンパス内の「Koerner’s PUB(http://koerners.ca/)」で、ビールを飲みながら昼食をご一緒し、さらにお話をお聞きしました。今、この公園のさらなる整備計画も進行中とのことです。新渡戸稲造の足跡をより深く、広く紹介できるような多くの縁ある方々とのコラボレーションが必要だと痛感しましたね。そんな意味もあり、今年11月25日に札幌で開催予定している第一回 INAZOサミット」にもお誘いしました、可能性はかなりあるようですので楽しみです!

このビールのコップ、何かの瓶です!

このビールのコップ、何かの瓶です!

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INAZOサミット 開催趣意書

 新渡戸稲造は、明治から昭和初期にかけて青年や学生に深い人格的感化を与えた教育者・国際人でしたが、今、混とんとする21世紀を生きる私たちにも、その業績から学ぶ事柄が数多くあると思います。日本国内ばかりでなく、広く海外でも多くの地域で幅広い活動を行い、今もその功績は髙く評価されて語り継がれています。

 「INAZOサミット」 開催の目的は、新渡戸稲造とメリー夫人、及び新渡戸家の業績を再確認して顕彰し、縁の地のネットワーク形成を促し、個々の活動の相乗効果を発信する試みです。この数年、日本各地で関わりのある方々との意見交換に基づき、今回、それらを地域の繋がりで「見える化」し、さらに新たな気づきを得る場を「INAZOサミット」として、縁のある土地の持ち回りで開催することと致しました。

 動植物に生命の継承があり、地域社会に歴史の継承があり、人の成育プロセスに精神の継承があります。体験を積み上げ、視座を拡大しながら時代にかかわることは容易ではありませんが、道は険しくとも志を同じくする友人とあるべき方向を見つめて活動していきたいと決意しています。

 「INAZOサミット」の企画が、自由な環境の中で、参加される方々が互いに開かれて創発しあう場になることを期待し、そうしたことを大切にしながら未来の地域・世界を切り拓く活動として、多くの方々と共に歩むきっかけとなることを希望しています。

世話人 (2017.4.2現在)

一般財団法人 新渡戸基金 専務理事 藤井茂

一般社団法人 新渡戸稲造と札幌遠友夜学校を考える会 代表理事 秋山孝二

参加が見込まれる方々

~新渡戸稲造縁の地、団体~

【都市】盛岡、花巻、十和田、札幌、東京、カナダ・バンクーバー、ビクトリア、スイス・ジュネーブ、台湾

【団体】(一財)新渡戸基金、盛岡市先人記念館、花巻新渡戸記念館、十和田市の新渡戸記念館、札幌遠友夜学校関係(遠友夜間中学、平成遠友夜学校、等)

【学校】北海道大学、東京女子大学、拓殖大学、ボン大学、ハレ大学、新渡戸文化学園、普連土学園、北星学園、恵泉女学園、津田塾大学、東京大学、京都大学、同志社大学、麗澤大学(廣池学園)、創価大学、ブリティッシュ・コロンビア大学、ビクトリア大学、スワスモア大学、ハバフォード大学、ジョンズ・ホプキンス大学、国連大学

【その他】新渡戸稲造記念中野総合病院

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新渡戸の足跡 @ カナダ(3)

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 Tad Suzukiさんとの濃密な意見交換の翌日、今回の目的の2番目が、ブリティッシュコロンビア大学(UBC)の「NITOBE MEMORIAL GARDEN(http://botanicalgarden.ubc.ca/visit/nitobe-memorial-garden/」の訪問と公園管理責任者・学芸主任のRyo Sugiyama(杉山龍:すぎやまりょう)さんとの意見交換です。

 早朝、前日にホテルのフロント嬢に教えてもらった路線バスで、ブリティッシュコロンビア大学(UBC)バンクーバーキャンパス(http://you.ubc.ca/tours-info-sessions/virtual-tour/を目指し、ホテル近くのバス停から25分くらいでキャンパスのバスセンターに到着しました。モントリオールのマギル大学の分校として設立され、1915年に独立したことを後から知りました。ここではおよそ4万5千人が学び、現在の第29代カナダ首相ジャスティン・トルドーをはじめ、これまで4人のカナダ首相経験者、さらに7人のノーベル賞受賞者を輩出しています。

 余談ですが、久しぶりに乗った路線バス車内の乗降の仕組みは、昔と変わってなかったですね。降りたい停留所に近づくと、車内両側のカベ上角に前方から後方に張ってある黄色いヒモを下に引くと、運転手横のボードに「STOP」の赤ランプが付き、完全に止ると降りる人がドアを手で押すと開くという、実にアナログ・マニュアルで降車する仕組みです。日本のように、やたら降車ボタンを設置するよりも、はるかに安上がりな気がします。

 時期的に夏休み中のせいか、本来の学生達の姿は少なく、サマースクールの高校生たちでしょうか、数グループと少しの観光客が歩いているくらいで、静かで落ち着いた雰囲気でした。聞いてはいましたが、402ヘクタールの敷地はとにかく広く、日本で一番広いと言われる北海道大学・札幌キャンパス(177ヘクタール)の2倍以上の面積です、面談時刻の前に時間があったので、かなり歩いて散策しました。

バスターミナルから真っすぐ上る

バスターミナルから真っすぐ上る

 ここから右にずっとMAIN MALLを歩くと、有名な観光スポットのバラ園と素晴らしい背景です。

花、海、山々、ファンタスティック!

花、海、山々、ファンタスティック!

バラ園とカナダ国旗

バラ園とカナダ国旗

 そして、真後ろを先ほどの噴水を通り越してずっと2㎞くらい歩くと、南端にはトーテムポールが山方向を見つめています。

まるで守護神のよう!

まるで守護神のよう!

直径1mはあるでしょうか

直径1mはあるでしょうか

 MAIN MALL、途中には樹齢100年を越える樹々、古い建物を大切に使っている様子も。

昔の大学本部建物?

昔の大学本部建物?

堂々たるMAIN MALL

堂々たるMAIN MALL

熟樹が通りの両サイドに延々と

熟樹がMAIN MALLの両サイドに延々と

綺麗に手入れされている感!

綺麗に手入れされている感!

 さらに歴史をきっちり刻んでいる「Totem Park」、不思議な霊的雰囲気を醸し出す森です。

霊感を漂わせる不思議な空間

霊感を漂わせる不思議な空間

 キャンパスを散策するうちにすっかりUBCの雰囲気に取り込まれてしまいました、素晴らしい学びの場です、ね。

新渡戸の足跡 @ カナダ(2)

Posted by 秋山孝二
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 今回のバンクーバー滞在、最初の目的は、ヴィクトリア大学(http://www.uvic.ca/の図書館司書、Tad Suzukiさんとの面談・意見交換です。二日後に現地を訪れる予定ですが、その前に、到着した当日の夕方、バンクーバー市内で食事をしながらお会いしました。

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Tad Suzuki,MTS MA MLS     ( http://www.uvic.ca/library/research/librarians/suzukit/index.php)
INFORMATION SERVICES LIBRARIAN
FIN ARTS,HISPANIC & ITALIAN STUDIES
McPherson Library,University of Victoria

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3時間以上もお話

3時間以上もお話

 Tad Suzukiさんは、これまでに盛岡の「(一財)新渡戸基金」発行の『新渡戸稲造の世界』(http://www.nitobe.com/に数回寄稿されていて、基金の藤井茂常務理事からご紹介をして頂き、今回お会いすることになりました。

 専門とは少々異なっていて、遠友夜学校については特に詳しく調べたことはないと控え目でしたが、新渡戸周辺のことについては興味を持たれていて、ときおり(一財)新渡戸基金の『新渡戸稲造の世界』に寄稿しているとのことでした。その中の一つ、2015年発行の『第24号 新渡戸稲造の世界』では、『新渡戸稲造と平和憲法~南原繁「歴史をつくるもの」の新渡戸理解と憲法九条』と題して、幅広い視点から今の日本の憲法論争に言及され、特に後半部では、「戦争ボケ」している人々への痛烈な指摘が興味深いですね、全く同感です。偶然にも、私の活動報告と同じ号の掲載でした。

* http://www.nitobe.com/sekai24.pdf

 また、お勤めのヴィクトリア大学内は特に新渡戸に縁のある施設はないとおっしゃっていました。お話の中で、市内の新渡戸ゆかりの場所を数箇所、ロイヤル・ジュビリー病院、ビーコンヒル・パーク、バンクーバーからヴィクトリアへのアクセス、市内の位置関係をスケッチで地図まで書いて教えて頂きました。事前に、新渡戸と二世教育に関して論文を発表した野呂博子教授(日本語教育学)(http://www.uvic.ca/humanities/pacificasia/people/faculty/noro-hiroko.php)のご紹介もありました。あいにく今回は時間の都合が合わず面談はかないませんでしたが、野呂先生は教育学(日系教育制度史)がご専門なので、今後も夜学校についても興味があるかもしれません。札幌遠友夜学校の資料一式は、Tad Suzukiさんにお渡しすることを託しました。
 
 野呂先生が以前盛岡の『新渡戸稲造研究』に掲載した、バンクーバーの日系日本語教育に対する新渡戸の影響に関する論文『太平洋の懸け橋~日系カナダ子女の日本語教育と新渡戸稲造』のコピーと、Tad Suzukiさんが今年2月、バンクーバーの日系紙「Vancouver Shinpo」に寄稿された『武士道』に関するエッセイ「新渡戸稲造と『武士道』の平和論」も事前に郵便で届きました。この『武士道』に関する論文は、私の認識とほぼ同じ、お会いした時もこの『武士道』で新渡戸が西洋社会に伝えたかった日本文化・思想について話が盛り上がりました。

* 野呂博子先生の掲載論文 http://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I8986235-00

* Tad Suzukiさんの掲載論文 http://www.v-shinpo.com/columns/senkei/3308-toukousenkei170209-3

 それ以外にも、この日の夜のお話で貴重な情報を得ました。バンクーバーは新渡戸記念庭園の他、つい最近亡くなられたUBCの名誉教授ジャン・ハウズ先生(日本思想史)が長年新渡戸稲造と内村鑑三に関する研究をしていたので、日本人の間では新渡戸への関心は高いこと、ビクトリアは新渡戸の生地・盛岡と姉妹都市であることなどです。さらに、Tad Suzukiさんは、「ブリティッシュコロンビア大学(UBC)(https://www.ubc.ca/」で永らく学ばれており、翌日訪問予定のUBCの新渡戸記念庭園となりの「人類学博物館(MOA)(http://moa.ubc.ca/」は是非行くようにとお薦めでした。

 今回、到着その日にヴィクトリア周辺情報他を意見交換できたのは大きな収穫でした。何より、ゆかりの場所を訪問し、新渡戸稲造の最期の地を確かに踏みしめることに、ある種の興奮を覚えた夜となりました、Tad Suzukiさん、ありがとうございます!

新渡戸の足跡 @ カナダ(1)

Posted by 秋山孝二
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 この数年間、「新渡戸稲造と札幌遠友学校を考える会(http://nitobe-enyu.org/」の活動を進めていて、どうしても行きたかった場所が、新渡戸の最期となったカナダのバンクーバーとヴィクトリアです。今回、前後の窮屈な日程を割いてやっと実現し、わずかバンクーバー三泊の滞在でしたが、お二人の方との面談、路線バス、電車、フェリー、そして連日20㎞の徒歩の探索は、実に濃密で、当時の地元の方々の新渡戸に寄せる熱い敬意と、それを今に伝える方々の活動を感じ取ることができました。まさに、「場所が放つメッセージ」そのものでした。

 私にとって最初のバンクーバー訪問は、今から47年前(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3791)でした。今回は確か4回目のバンクーバー市内、今年は、「CANADA150(http://canada.pch.gc.ca/eng/1468262573081」のエンブレム他で溢れていました。

カナダ建国150周年

 1864年にシャーロットタウンのプロビンスハウスで最初の建国会議が開催され、 1867年、英領北アメリカ法により、オンタリオ、ケベック、ノバ・スコシア、ニュー・ブランズウィックがカナダ自治領に統合され、カナダ連邦が誕生しました。そして、2017年7月1日のカナダデー(建国記念日)、カナダは建国から150周年を迎えました(http://lifevancouver.jp/2017/06/summary/119946.html)。

 その後も今年はイベントがカナダ各地で開催予定です(http://torja.ca/special/canada150-event/)。

市内の通りの両サイドにも

市内の通りの両サイドにも

ウオーターフロントで

ウオーターフロントで