ハンガリーでの大汚染事故

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 先日、ハンガリー出張中に、地元の方から2年前に起きた「同国史上最悪の化学災害」についてお話を伺いました。私の記憶では、当時何か新聞紙上で赤い色の写真があったようなといった程度でしたが、その後はすっかり忘却の彼方へ。

 その地元の方々がおっしゃるには、ハンガリーでは、EU加盟前は新鮮な野菜とかミルクが豊富だったのですが、EUに加盟して以来、身近な食物が手に入りにくくなったと不満げでした。地産地消だった優れた産品が広域連合になって広く流通することになり、地元のそれらが手に入らなくなる不条理、もう一つ、いろいろな分野での「基準」が、地域の理念とか特異性が無視されて、悪い意味で「標準化」された、或いは「より緩い基準に統一された」、そんな弊害を実感を持って語ってくれました。

 2010年10月4日に起きたこの事故では、同国西部アイカ(Ajka)のアルミニウム精錬工場の廃液貯水池から、周辺地域に110万立方メートルの有毒な赤い汚泥が流出し、10人が死亡、約150人が負傷したとのこと。その後、ハンガリー国内にとどまらず、ヨーロッパ全体の環境汚染問題へと発展して、深刻な事態になっているそうです、ヨーロッパの「食糧倉庫」としてのハンガリーとしてもですね。原因は、老朽化した巨大な貯水槽がひび割れて、膨大な有毒な廃液が流れ出たと、きわめてシンプルなのですが、何か底知れぬ恐怖感を抱きます。

ニュース報道はこちら:http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/accidents/2764863/6303707

 

 日本に戻ってからインターネットで検索してみると、この事故に対して、北海道大学スラブ研究センターの家田修先生が、EU基準と国内基準の二重性に関して、詳細な論文を書かれています(http://src-h.slav.hokudai.ac.jp/publictn/japan_border_review/no2/07_ieda.pdf)。その中に、「国際メディアは第一報として赤泥流出事故を大きく取り上げたが、その後、なぜか全く報道が途絶え、事故の経過や原因については霧に包まれたままとなった。しかし現地での調査などをもとに事故の背景を調べてゆくと、単なる一企業の産業廃棄物事故を越えて、ハンガリーとEU(欧州連合)、さらには日本も含む世界全体が抱える環境問題に行き当たる」と述べています。

 家田修先生が今年4月に主催された講演会(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12476)は、私も出席しました。

 今回のこのお話は、たまたまブダペストで地元に住む方のご自宅で食事中の話題でした。経済成長と環境問題、「島国日本」とよく言われますが、孤立している訳ではありません、日本海、オホーツク海、太平洋でつながっていると考えれば、日本における環境問題も、まさに即、世界的課題となるのでしょう、とても他人事とは思えませんでした。

ハンガリー 2012 (5:最終)

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<「母子像・ふるさと」除幕式 in ブダペスト> その2

 「母子像・ふるさと」石彫の除幕式の様子、気持が高揚して写真を入れ過ぎたようではじかれましたので、続きをさらに書きます、「余韻、覚めやらず」と言った感じです。

除幕式の開会前の様子、始まる時は皆さん前に詰めてきていました

除幕式には歩道、城壁の上にも多くの方々が熱心に

  開始前にはスピーカーから、式半ばではライブのフルートの演奏、尺八の音をかもし出すこのブダ城横の場とのハーモニーが魅力的で心に沁み入りました。

ブダ城ウイーン門、「母子像・ふるさと」前でのフルート演奏

ブダ城ウイーン門、「母子像・ふるさと」前でのフルート演奏

  式終了後、50m程離れた「ホテル・キャッスル・ガーデン:http://www.budapesthotels-budapesthotelbooking.com/hotel-castle-garden-budapest/index.JP.html」に移動しての祝賀会でした。

通訳のレイカさん、キッシュさん、伊藤大使、ナジ区長、私

通訳のレイカさん、キッシュ理事長、伊藤大使、ナジ区長、私

  この写真を撮った後、もの凄い雨がしばし降り続き、雷鳴が轟き大変な天気でしたが、30分後にはピタリとやんで、何事も無かったかのような実に静かな城外でした。

 パーティの最後を飾るデザートは、何と「母子像・ふるさと」ケーキ版です。プロジェクトの締めまでこだわった今回の「除幕式」、文化の香り漂うブダペスト・ブダ城ウイーン門前、全ての企画に「脱帽!」です。

祝賀会のケーキも「母子像・ふるさと」でした!

祝賀会のケーキも「母子像・ふるさと」!

  地元のメディアにも掲載されました、ブダ城の公式HPにも。

<Here are the links of the local newspaper announcing unveiling of Boshizo.>
http://varnegyedonline.hu/news/469
http://prae.hu/prae/news.php?aid=17114
http://szoborlap.hu/18780_foldanya_budapest_wagner_nandor_2012.html
<the photo of today (it changes every day)>
http://szoborlap.hu/
http://www.retroradio.hu/retro_cikk.php?id=47550

<announcement on official HP>
http://www2.budavar.hu/index.php?node=programs&id=717

ハンガリー 2012 (4)

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<「母子像・ふるさと」除幕式 in ブダペスト>

 「母子像・ふるさと:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%AF%8D%E5%AD%90%E5%83%8F%E3%83%BB%E3%81%B5%E3%82%8B%E3%81%95%E3%81%A8」が、今回、ハンガリー・ブダペストの世界文化遺産・ブダ城(http://www.tour.ne.jp/world/heritage/heritage_budapest.html)近く、ブダペスト1区・ブダ城区、ウィーン門近くのブダ城の塀沿い広場に設置完了となりました。昨年の札幌市・市長公宅跡(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10890)に次いでのプロジェクト、札幌は「ブロンズ像」ですが、今回のブダペストは「石彫」なので、陰影が強く少し雰囲気が違います。

設置・固定作業

設置・固定作業

 

 そして、伊藤哲雄日本大使、ナジ・ガボール・トマーシュ第一区長もご出席して頂き、地元の方々はじめ140人がお集まりになる中、除幕式が執り行われました。ナジ区長のお話は、ワグナー・ナンドールの哲学に始まり、「ガイア」の理念まで言及する熱弁でした。最後の私の感謝の言葉が終わった頃に、ポツポツと雨が落ちて来て、近くのホテルに移動しての祝賀パーティー開会時にはどしゃ降りで、雷、風も吹いていました。不思議ですね、全て終了時には雨も上がり、穏やかな夜に戻っていました。

除幕式:伊藤大使、ナジ区長、私、キッシュさん

除幕式:伊藤大使、ナジ区長、私、キッシュ理事長

 

宮殿入口の側に

ブダ城ウイーン門入口の側に

新郎・新婦も注目していました

新郎・新婦も注目していました

  

 先日のシンポジウムでも説明がありましたが、ワグナー・ナンドールの人生は、ハンガリー時代、スウェーデン時代、日本時代に大きく区分することができます。これまで、ハンガリー、ルーマニア・ナジュバラドには、1990年以降の再評価の努力により、彼自身がハンガリーにおいて創作した作品が設置されていました。

 今回のこの「母子像・ふるさと」石彫は、ワグナー・ナンドールの日本での作品の写真・テラコッタを基に、ハンガリーの石彫刻家 Istvan Daranyi が製作し、初めて彼のふるさと・ハンガリーの大地にしっかり着地した、それが大きな意義だと思います。まさに、今回の設置により、ハンガリーと日本が彼の作品で相互に結ばれた、そんな感慨を持つのです、これまでこのプロジェクトに関わった多くの皆さま方に、心から感謝申し上げます、ありがとうございます!

ハンガリー 2012 (2)

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<「ワグナー・ナンドール」シンポジウム in ブダペスト>

 昨年出席しましたが(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10355)、今年は会場は同じ「ペトフィ文学博物館(http://www.pim.hu/object.1160b1a4-08c9-4ea9-bb65-1d30e97d1eb0.ivy)」で、テーマは「ワグナー・ナンドールの人生の軌跡」をたどるものでした。

会場はブダペスト市内中心部の美術館

会場はブダペスト市内中心部のベトフィ文学博物館

  私は今回、トップバッターで以下のような挨拶をしました。

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今日、ここで「ワグナー・ナンドール記念財団」の理事長として、皆さまの前でご挨拶できることを、大変光栄に思っています。当財団は、20114月から「公益財団法人ワグナー・ナンドール記念財団」として、新たに活動を始めています。さらに、今年6月に私が二代目理事長に就任しました。勿論、ワグナーちよは変わらず元気で、引き続き理事として情熱を傾けています。

 

 せっかくの機会ですので、この数年間の<新しい事業>を報告致します。

まず、2011年に「ワグナー・ナンドール記念研究助成事業」を開始し、第1回として陶芸家の成良仁(なりよしひとし)氏に贈呈しました。つづいて2011年、DVD 日本語版のNo2 No3を完成し、新しい視点からのWNの思想・哲学の紹介を試みています。

一方、2011.3.11震災で益子の財団では多少の被害があり、修復のためにしばし休館しました。2012春季展開催(4/155/15)は、「ワグナー・ナンドール没後15周年記念展示」として、多くの方々に訪問して頂きました。2012年、DVD 英語版3巻を完成、秋季展は1016日から1カ月を予定しおり、併設展としてWN研究助成受賞者・成良仁さんの作品展示も開催します。最近の来館者の特徴は、1)栃木県外からの来館者が増加、2)新規来館者が増加、3)HPを見て興味もち、来館する人も増加しています、関係HPとのリンク、モバイル版もUP等の効果だと思います。

 

 次に、今日、私がここにお集まりの皆さまに是非お伝えしたいことは、この間、ハンガリーと日本の二つのWN財団の交流が「作品」を通じて一層進化していることです。

一つは、ハンガリー、アカデミア・フーマーナから贈って頂いた「ハンガリアン・コープス」ブロンズ像は、2012429日に益子アトリエで除幕式を開催しました。EU協議会前副議長テーケシュ・ラスロー氏(ルーマニア代表)、大塚朋之益子町長を始め、地元の皆さん、財団関係者多数のご出席を頂きました。さらに、「ヨーゼフ・アティラ」ブロンズ像は、益子の庭園に設置完了し、「嘆き」石膏原型は、禅の廊下に展示しています。

次は、2年前から【母子像・ふるさと】石彫をブダペスト市に設置の企画が起こり、写真資料とテラコッタを「ハンガリー・アカデミー・フーマーナ」に送付し、今年、これらの限られた資料から素晴しい石彫が完成したと、ワグナー・ちよが絶賛していました。明後日、こちらで除幕式が開催されることを心からお喜び申し上げます。また、【母子像・ふるさと】ブロンズ像は、ワグナー・ちよのふるさと札幌市・市長公邸跡に設置完了し、除幕式が20111118日、札幌市副市長、隣地のアメリカ総領事館リース総領事、地域の保育園の子どもたち・保護者の皆さん等のご出席で、なごやかに執り行われました。当日は雪が少し積もっていましたが、その後、春を迎えたこの場では、多くの子どもたち、親子連れ、お年寄り、若者たちのくつろぎ、癒(いや)しの場として人気を集めています。

 

以上ご報告したように、この間の、ワグナー・ナンドールの作品を軸とした、ダイナミックな活動は、あらたな発展の段階に入っていると思います。ワグナー・ナンドールを直接知る方々の時代から、作品を通じて彼の哲学・理念をしっかり伝えていく時代を迎えていること、言い換えると、益子町のアトリエを本拠地として、「哲学の庭11体」の東京都中野区、「母子像・ふるさと像」の東京都麻布(あざぶ)、札幌市、そしてハンガリー各地、ナジュバラド等、作品と土地を結ぶネットワークを基盤に、WNの思想・哲学をあらたなメッセージとして世界に発信していく段階に進化してきています。

これまでの皆さま方のご尽力に心から感謝申し上げるのと同時に、このことを今後活動の軸に据えていきたい、私はそう感じています。

 

ご清聴ありがとうございます。

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シンポジウム終了後の懇親会で

シンポジウム終了後の懇親会で

会終了後に玄関を出て見ると、雰囲気のある街並みの路地

会終了後に玄関を出て見ると、雰囲気のある街並みの路地

 今年のシンポは、原点に戻って、ワグナー・ナンドールの生涯を、特にハンガリー、スウェーデン時代の創作活動を通じて、出席した皆さんと共有するひと時となりました。

キッシュさん親子、日本に寄せる心

Posted by 秋山孝二
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 この欄に、何回も登場しているキッシュ・シャンドールさんは、15年以上も駐日ハンガリー大使館(http://www.mfa.gov.hu/kulkepviselet/JP/jp/)に勤務されていた元外交官です。奥さまは学校で日本語の教師をつとめられると同時に、ハンガリーで日本語の国家試験の問題作成にも当たられています。お嬢様のレイカさんは、完璧な日本語を駆使してプロの通訳としてご活躍中、10年前の7月に天皇・皇后両陛下がハンガリー・ブダペストをご訪問された時(http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/speech/speech-h14e-easterneurope.html#HUNGARY)には、美智子妃殿下の公式通訳をされました。とにかく敬語の使い方ほか、正確で優しい彼女の日本語に接して、あらためて日本語の美しさを感じ取ります。ブダペストでご活躍の息子さんは、コンピューターのエンジニア、やはり日本語に堪能で、とにかくキッシュさん一家の日本に寄せる熱い気持には、こちらが感動します。

レイカさん、シャンドールさん、堅田さん、お疲れ様でした

レイカさん、シャンドールさん、堅田さん、お疲れ様でした

 これまで、いくつか書きました:

* 2年前に札幌で開催されたフォーラム(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6371

* 同じ年、東京中野区の哲学堂公園に建立された「哲学の庭」一周年記念フォーラム(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6768

* 昨年のルーマニア・ハンガリー訪問での式典&フォーラム(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10355、 http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10423

 毎回、キッシュさんは中心になってご準備をされて、お世話になっています。札幌の劇団がハンガリーを訪問した時も、ワグナー・ナンドール関係の訪問でも、笑顔を絶やさず、そのホスピタリティには学ぶことばかりです。

 「外交官」と言えば、私はこれまでたくさんの「外交官」にお会いしてきましたが、正直に言って、どこか「尊大な」方が多く、親しみを感じることが難しかったですね。外国でお仕事をされていると、数々の外交特権があり、仕事を終えられた後も何かその「特権から抜けられない人格」となってしまうのでしょうか。特に、戦後の経済成長を成し遂げた日本国の経済力を背景に仕事をされたきたゆえなのかもしれません。

 ある北欧の国の日本大使館の外交官(ある省から大使館に出向中)は、夕食をご一緒中に突然パスポートか身分証明書を私に見せて、「この番号があると、レストランで代金を踏み倒すこともできるんだ!」と。私は思わず、「はぁ、それで?」と言ってしまいました。

 また、アメリカのある都市に駐在の総領事は、企業訪問を続けていた私に、「最近の民間外交も御熱心ですな~」と、冷やかな笑いで言い放ちました、真剣な企業訪問を薄っぺらな「外交」と一緒にされてはたまりません、第一に「民間外交」という言葉自体、何と侮蔑した表現ではありませんか。一方、ヨーロッパで大使館勤務を経験されてワインにお詳しい方は、「私は大使館勤務で、ヨーロッパのワインを殆ど試してみました」と誇らしげ。「ワイン通」を自称する方で、ご自分のお金で飲んで経験を積んだ方は数少ないですね、特に外交官の場合は、「国民の税金」でしょう、その国民への感謝の気持も全く感じていない、何がワインの味ですか。これまでの「くそ~っ」と思った体験を書き始めたら止まらないので、この辺にしておきましょう。

 そんな中で、キッシュ・シャンドールさんは、トランシルバニアと日本の関係では際立った造詣の深さです。その成り立ち、歴史認識、人への思い等です。知識と人柄が調和した「品格」をお持ちと言えば宜しいのでしょう。

キッシュさん(左)に感謝です

キッシュさん(左)に感謝です:成田ビューホテル前庭の「道祖神」像で

 キッシュ・シャンドールさん、レイカさん、これからも宜しくお願い致します!

札幌演劇シーズン、2012冬 (3)~最終

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 今年スタートした「札幌演劇シーズン、2012冬:http://s-e-season.com/about-ses/」は、

 劇団イナダ組(http://www.inadagumi.net/の「このくらいのLangit:http://s-e-season.com/season/2012/winter/inadagumi/

* 劇団TPS(http://www.h-paf.ne.jp/)の「亀、もしくは・・・・。:http://s-e-season.com/season/2012/winter/tps/

でした。それぞれ2週間、トータルで1カ月間のロングランで成功裡に終了しました。 

「亀、もしくは・・・・」も満席が続きました

シアターZoo:TPS「亀、もしくは・・・・」も満席が続きました

 完売が相次いできたTPSの「亀、もしくは…。」は、千秋楽日の25日(土)午前11時に追加公演を行ったほどです。通常、追加公演は最終公演の後ですよね、今回は最終公演後に、演劇関係者による「札幌演劇シーズン2012冬」のパーティー(招待制)が予定されているため、最終公演前の午前中の追加公演となりました、終盤に食事の場面もあるこの芝居、わずか3時間程の間に2回も食べきらなければならない役者も大変ですね。先日、2回目の観劇でしたが、何回観てもいいです、特に最後の「みーんなで一緒に、亀になりましょうよ!」というセリフが、ハンガリー・ブダペストでも良かったけれど、札幌でも印象的でした。

 この企画は、「演劇による創造都市札幌実現プロジェクト:http://s-e-season.com/about-project/」の一環で、今年度は「冬」のみでしたが、4月以降の新しい年度では「夏」と「冬」の年2回企画となります。

 劇作家・脚本家・演出家・役者・照明・設備・音響・デザイン・広告宣伝等、100人の演劇人が活躍する街を目指して、これからも幅広い多様な活動が続きます。演劇におけるプロフェッショナルですよ、民間劇団や民間劇場が生き生きと切磋琢磨する「札幌スタイル」です。

 今年、初めての試みに、本州からいらっしゃったお客さまもいたりで、これまで北海道の芝居には足を運んでいなかった方々も多く、演劇鑑賞の幅を拡げる効果はあったかな、と。今後継続することにより、札幌・北海道で演劇関係の方々が集う場が形成されてくると、面白い展開になってきます。いずれそんな札幌の街を見るために、「皆で一緒に、亀になりましょう」か?

 と、ここまで書いた所で、訃報が入りました。TPSチーフディレクターの斎藤歩さんのお父様がお亡くなりになったとのこと。猛烈社員で信念を貫いた営業活動を続け、51歳で脳出血の後、24年間の闘病・リハビリ生活、それを支え続けた妻の紀子さま、そしてつい先日27日未明にご逝去でした。山登りを好み、病床では油絵ほか芸術面でも多趣味で、たくさんの作品を残されていたそうです。

 昨晩のお通夜では、棺の上に、愛用のピッケルが置かれていました。歩さんの公演を見届けるように、打ち上げパーティ直後に息を引き取られました。心よりご冥福をお祈り致します。

札幌演劇シーズン、2012冬 (2)

Posted by 秋山孝二
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 「札幌演劇シーズン、2012冬」は、1月28日から始まり(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11645)、後半日程(25日まで)を迎えています。思えば、昨年8月の札幌での記者会見(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9763)から7カ月、もうすぐ初年度が終了です。

 私は、劇団イナダ組(http://www.inadagumi.net/の「このくらいのLangit:http://s-e-season.com/season/2012/winter/inadagumi/は、2回目の観劇を14日に、劇団TPS(http://www.h-paf.ne.jp/)の「亀、もしくは・・・・:http://s-e-season.com/season/2012/winter/tps/は、19日、今回のキャストで初めて観ました、22日には2回目の予定も。

ロビーでは、これまでの公演の写真も展示

ロビーでは、これまでの公演の写真も展示

 先日は公演後に、「演劇は仕事になるのか?~演劇の経済的側面とその未来」の著者・米屋尚子さんの講演と鼎談がありました。社団法人日本芸能実演家団体協議会(芸団協:http://www.geidankyo.or.jp/top.shtml)で仕事をされて、長年にわたり舞台芸術にかかわる調査研究、政策提言などを担当する一方で、「芸団協セミナー」の責任者として数々の制作者向け講座を企画してきた方です。

東京からのゲスト:米屋尚子さん

東京からのゲスト:米屋尚子さん

  この日は盛りだくさん、講演の後は、毎月の「ZOOサロンの会:http://www.h-paf.ne.jp/salon/index.html」、今回は恒例の「橋本久明賞」の発表でした。「橋本久明賞」とは、TPSの発展にご尽力された故・橋本久明前TPSくらぶ会長の功績を称え、2005年に創設された賞で、年間を通じて最もTPSの活動に貢献した劇団員に贈られる賞です。今年は、全演目に出演し、存在感のある演技で好評だったニセコ町出身の高子未来さんが受賞されました。昨年の札幌劇場祭授賞式後のパーティで、私は彼女に直接、独自の目立たない演技が素晴らしかったと言っていたので、今回の受賞は大変嬉しいです、この賞の審査員の評価がです。

第7回橋本久明賞受賞:高子未来さん

第7回橋本久明賞受賞:高子未来さん

  さらに昨日のNHK総合テレビ・道内版「「つながる@きたカフェ」」の番組では、TPSチーフディレクターの斎藤歩さんが出演して、北海道におけるこれまでの演劇創造等について熱く語っていました。一昨日のサロンの会では、隣の席で日本酒を飲みながらワイワイやっていて、これまでの活動、海外公演のお話等は、大変身近に感じられました。彼は、NHK大河ドラマ「龍馬伝」、今放送中のTBS「運命の人」にも出演している「個性派(?)俳優」で、今回の演劇シーズンでは、「亀、もしくは・・・・」に出演しています。

齊藤歩、NHK総合テレビに出演:北海道での演劇創造について熱く語る

齊藤歩、NHK総合テレビに出演:北海道での演劇創造について熱く語る

 ハンガリー公演でも、韓国公演でも、同行ツアーで斎藤歩さんとは一緒でした。いろいろゆっくりお話をする機会もありましたが、「若い時に海外公演を経験して、外国のお客様の反応、多様な評価を体験して、世界に通用する役者に育って貰いたい」という彼のメッセージは、これまでの草分け的な地道な育成活動に裏付けされた重みのある言葉でした。

 想い出しますね、ハンガリー公演のブダペスト・メルリン劇場で、「亀、もしくは・・・・」の初日、始まってからの3分間の緊張、山野久治さん扮するハドバー先生のセリフにどっと笑いが起きた時のあの感動。そして、その後日本国内での一段とレベルの上がった公演活動は、役者陣の確かな進化を実感しました。

 人を育てる、それには芝居を創る多くの方々、足を運ぶ観客・ファン、そして、場なのでしょうね。札幌・北海道が本当に本物の場となるような活動が、今年始まったと言えるのでしょう、期待したいし、応援もします!

ワグナー・ナンドール秋季展 2011

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 栃木県益子町にある、「公益財団法人 ワグナー・ナンドール記念財団:http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html」の秋季展示会が、11月15日まで開催中です。今年の春は、震災の影響で彫刻が一部破損等もあり中止されていましたので、今月15日のオープン以来、大勢のお客さまで賑わっています。先日、開場前に一回りしました。

ワグナー・ナンドールのアトリエ

ワグナー・ナンドールのアトリエ

益子の財団、中庭で:右にヨーゼフ・アティラ像も

益子の財団、中庭で:右にヨーゼフ・アティラ像も

元祖:益子の「哲学に庭」

元祖:益子の「哲学に庭」

 先日、訪問した時にも、入れ替わり立ち替わり見学者の方々がいらっしゃいました。早い方は、開場30分以上前にお越しになり、11月にツアーを組んでグループをお連れする「下見」とおっしゃって、熱心に見学されていました。

 また、ご夫婦で到着するなり、「全て踏破した!」と。何のことかと思ったら、中野区にお住まいだそうで、「哲学の庭」像群について、地元の「哲学堂公園:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2792」、ハンガリー・ブダペストの「ゲレルトの丘」手前、そして元祖・益子のワグナー・ナンドール・アートギャラリーの3地点を全て訪問したとの意味でした。大変に熱心なファンもいらっしゃるのだなぁと、スタッフともども胸が熱くなりました。

 しばらくすると女性がお一人、受付でお話すると、これが何と北海道・知床から車でいらっしゃったとか。岐阜でしたか、目的地に車で移動中に、独自で調べられて栃木県益子町のここのお寄り頂いたそうです、嬉しいですね。

 僅か1時間程の間に、様々なストーリーで訪問されたお客さまを見ていて、実に興味深く、数年前から明らかにすそ野が広がったこの場を実感しました。翌日、またその翌日も予約が続き、今もちよ理事長はじめスタッフも忙しくしていることと思います。

 この美術館は、展示物を見るだけでなく、DVD3本の上映、棟の間に椅子・テーブルもあり、お弁当を食べたり飲物・お菓子でくつろいだり、「滞在型?」美術館でリピーターも多く、面白いです。出版された「ドナウの叫び:http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=459」の影響でしょうか、ワグナー・ちよさん、最近は「生ちよ」さんと呼ばれて大人気で、先日のハンガリーから帰国してすぐにこちらに張り付きで、元気いっぱいです。

ワグナー・ナンドールの足跡を訪ねて(3)

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 このシリーズ最終日は、ブダペストから約1時間西、バラトン湖手前の古都・セーケシュフェヘールバール(http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/246751/m0u/)、ワグナー・ナンドール作「ハンガリアン・コープス像」のある広場で、市民挙げての式典でした。広場の中心にある像、空高く突きあげる指の表現に、作者の強いメッセージ「希望」を感じます。

右が「ハンガリアン・コープス像」

右が「ハンガリアン・コープス像」

  式典では、市の代表、「Academia Fumana」を代表して日本大使夫人とワグナーちよさん、そして日本の「ワグナー・ナンドール財団:http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html」を代表して評議員の堅田さんと私が、それぞれ兵士二人が運ぶ後をついて献花しました。あらかじめの連絡はなく、直前の指示に戸惑いながらも、我々の名前が大きく呼ばれて身の引き締まる思いでした。ただ、ここでも決定的証拠写真が撮れず、日本に帰ってから誰か撮影している方を探し出す必要があります。兵士、子供たち、楽隊、政治・行政の幹部、ピーンと張り詰めたあの緊張感が、たまらなく感激でした、絵になるというか、毎年こうやってメッセージを伝え続けて、自分たちの歴史に対して真摯に向き合っている姿への感動かもしれません。

式典前、少し緊張気味の旗手・高校生たち

式典前に彫刻を囲み、少し緊張気味の旗手・高校生たち

式典に参加の右・副市長(文化・芸術担当)、左・県議会議長

式典に参加の右・副市長(文化・芸術担当)、左・県議会議長

 式典の後、副市長のご案内で街の中心部を歩きましたが、まるでテーマパークのように見事な景観を形成しています。市議会議場でも説明を受け、歴史の一コマに居る雰囲気をかもしだす、重厚で厳かな議場でした。その後、リニューアルした歴史的建造物について考古学者の方によるご案内・説明も興味深く、歴史の節目・節目に壁の増改築もあった様子が石の積み上げの違いで検証されたり、またそれらを透明の壁で「見える化」しながら、結婚披露宴会場として今も活用する、保存・展示の技術にも驚きました。今もなお遺跡の発掘作業が続いていました。

 前日のナジュバラドでは、朝の6時に教会の透き通る鐘の音で目を覚まし、ここでは正午に、市内十数か所の教会が次々と鐘を鳴らし、時を告げていました。その鐘の音を聴き終えて、空間を復元したレストランで副市長主催の昼食会が和気あいあいで開催。

市議会議場

市議会議場

 この街は人口10万人少し、数100年間、歴代の国王の戴冠式が行われていた誇りが、圧倒的な存在感と自信をを示しています。市庁舎・議場の壁には大きな絵画が掛けられて、どうみても美術館といった建た住まいです。「自治」の伝統、歴史への誇り、今の殆どの日本の地方自治体が持ち合わせていない「エネルギー」のようなものなのでしょうね、とにかく感動しました。

<12日に追加分:公式写真集と地元テレビの報道>

http://www.szekesfehervar.hu/viewer.php?image=0&group=90042
 
http://www.fehervar.tv/index.php?pg=video&cid=16&vid=4572&autoplay=true

ワグナー・ナンドールの足跡を訪ねて(2)

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 翌日、ルーマニアからハンガリー・ブダペストにマイクロバスで移動中、大平原のフン族の末裔が多く住む農村での一コマです。

大きな風車:ハンガリー西部の農村

大きな風車:ハンガリー東部の農村で

 ブダペストに到着して午後5時からは、ペトフィ文学博物館(http://www.pim.hu/object.1160b1a4-08c9-4ea9-bb65-1d30e97d1eb0.ivy)で、「『哲学の庭』建立10周年記念シンポジウム」が開催されました。在ブダペストの伊藤大使ご夫妻他200名の参加者があり、大変盛大な会となりました。ナジュバラドとこのフォーラムは、いずれもハンガリー・ブダペストを本拠に活動する「Academia Fumana Foundation」が主催しています。

 この様子は「在ハンガリー日本大使館・館員日誌:10月5日」に掲載されています(http://www.hu.emb-japan.go.jp/jpn/annai/diary1110.htm#1)。また、1年前のサイト(6月17日:http://www.hu.emb-japan.go.jp/jpn/annai/diary1006.htm)にも「哲学の庭」について掲載されています。

「哲学の庭」建立10周年記念フォーラムで

記念フォーラム壇上でご挨拶をされる伊藤哲雄・日本大使

 私は最前列に着席していて会場全体を撮影できず、雰囲気を伝えられないのが残念です。終了直後にやっと撮った一枚です。

満席の聴衆:終了直後の様子

満席の聴衆:終了直後の様子

 「哲学の庭」の彫像群は現在、ハンガリー・ブダペストのゲレルトの丘近く、東京都中野区の哲学堂公園、そしてワグナー・ナンドール記念財団の本拠地である栃木県益子町の3か所に置かれています。ナンドールは、「私は文化、宗教などの相違点よりも、各々の共通点を探しているのです。共通点を通してしかお互いに近づくことは出来ないのです」と、この彫像群のメッセージを語っていました。

 ブダペストにある彫像群は、数年前に3体が盗難に遭い、円形台座の一部も切断・持ち去られました。世界的な金属需要による盗難事件の一環と思われますが、地元・関係者のご尽力でその後修復・設置されました。ワグナー・ナンドールの人生同様、幾多の困難をも乗り越えて今日を迎えている、そんなお話も興味深かったです。

追悼 庄司昭夫さん

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 (株)アレフ(http://www.aleph-inc.co.jp/)の代表取締役社長・庄司昭夫さんが、3月23日にお亡くなりになり、一昨日、お別れの会が札幌で開催され1000名を越える参列者でいっぱいでした。全国で300店舗展開するハンバーグのお店「びっくりドンキー」で有名ですが、生産現場からの垂直的事業展開のほか、環境への提言、ドラムスのミュージシャンとしても幅広くご活躍でした。

送る会で配布されたパンフレットより

送る会で配布されたパンフレットより

  地元では、これまでたくさんの経営者とお会いする中で、庄司社長ほど多彩な活動の場をお持ちの方を知りません。以前からフォーラム等では何回も同席しましたが、一番お人柄を知ったのは、今から8年くらい前に、新しく就任された札幌市の上田文雄市長に対するアドバイス集団「経済アドバイザー会議(SEF)」でご一緒した時でしょうか。2年間に8回程会合を開き、経営的視点から様々の提言を行いました、私はその事務局長として会議の議事録作成のためにテープ起こしをしたので、そこでの庄司社長の大変内容の濃いメッセージの数々と見識の高さを、忘れることができません。特に、「食―農」に対する哲学、日米関係への批判的考察、環境問題への提言等、とにかく幅広い分野に対する筋の通ったご発言は、確固たる信念に基づいていて、実に説得力がありました。

社内・社外での多彩な活躍

社内・社外での多彩な活躍

多くのメッセージ発信も

多くのメッセージ発信も

 これまでに多くのメッセージも発信されています。特に、2004年11月「さっぽろガイアミーティング」では、ハンガリー人で世界賢人会議「ブダペストクラブ:http://www.peaceproposal.com/jbudapestclub.html」主宰のアーヴィン・ラズロー氏、映画「ガイアシンフォニー:http://gaiasymphony.com/」監督・龍村仁氏をお迎えしてフォーラムを開催されました。

 ~~~すべての存在は繋がりあい、その相互関係を進化させることこそが環境問題など混とんとした現代を克服する鍵となり、そして我々人間もまた繋がりあう有機的な総体の一部として、宇宙の進化に影響を及ぼすことができるのだ~~~~

 哲学者であり、物理学者であり、ピアノ奏者として優れた活動を続けたアーヴィン・ラズロー博士、映画監督・龍村仁さん、そして庄司昭夫社長との鼎談は、この10年の中で私にとって際立って印象深いひと時でした。

 庄司社長は、食―農分野では、国際食糧戦略としての日本の農業のあり方に対して戦う姿勢を鮮明にして、「真に消費者の立場に立つ」ことを追求し、BSE問題に関連しても積極的提言を行いました。そして企業のあり方では、社会性のある組織としての企業、「何を目的として戦うのか、理念競争の時代」と断言し、「昨今のように、ものごとが大きく変化していく時期には理念が必要で、何に命を使うか、死んでもこれだけは絶対に譲れないと守るべき自らの『掟:おきて』を持っているかどうか、会社の『掟』、個人個人の『掟』を持っているかどうかが、厳しく問われているのです」、そう発言集にも記されています。「掟:おきて」という言葉に込められる庄司社長の哲学に心を打たれました。

 尊敬する経営者、思想家であった庄司昭夫さま、どうか安らかにお眠り下さい。

「哲学の庭」、一周年記念フォーラム

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 先日東京で、「~中野区哲学堂公園:http://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/504000/d005141.html『哲学の庭』建立一周年懇談会~」が実行委員会主催で開催されて、約100名の参加者で大変内容の濃いひと時でした。

中野サンプラザ会議室で100人の出席

ワグナー・ナンドール夫人ちよさんのご挨拶

 昨年12月、快晴の東京中野区・哲学堂公園での除幕式でした(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2792)が、早いものであれから丸一年が経ちました。

 一周年記念懇談会では、実行委員会会長の和久奈ちよさんの開会ご挨拶、続いて来賓挨拶では、1)中野区長:田中大輔さま、2)駐日ハンガリー共和国大使館(http://www.mfa.gov.hu/kulkepviselet/JP/jp/)文化担当官:アルベルト・ヤーノシュさま、外務省(http://www.mofa.go.jp/mofaj/)欧州局中東欧課長:河津邦彦さま、東洋大学(http://www.toyo.ac.jp/)学長:竹村牧男さま、にそれぞれ素晴らしいお言葉を頂きました。

 田中さまは今年の夏に、ハンガリー・ブダペストのゲレルトの丘に建つもう一つの「哲学の庭」を訪問し、当日その「訪問記」をまとめられて参加者が受け取りました、歴史を踏まえた大変優れた紀行文でした。

 アルベルト・ヤーノシュさまは、ボハール・エルヌー駐日ハンガリー大使からの祝辞を述べて頂きました。ハンガリー共和国から中野区へ、日本・ハンガリー外交開設140周年・国交回復50周年記念事業として、贈り物としての意義を熱く語りました。

 河津さまは、同じく日本とハンガリーとの歴史の長い外交関係に言及されて、今後の発展に期待する旨のお言葉を述べられました。

 牧村さまは、東洋大学の創始者・井上円了の哲学と哲学堂公園の由来を懐深く語られ、最後は新年早々に開催される「箱根駅伝:http://www.hakone-ekiden.jp/」での3連覇への抱負を語られ、会場はドッと沸きました。

 続いて年明け1月に完成するDVD「哲学の庭」の放映でした。作品の紹介ばかりでなく、ハンガリーにも撮影に行き、これまでに関係の深い方々へのインタビューを通して、ワグナー・ナンドールの哲学、作品に賭ける思いも理解できました。ゆっくり流れる音楽、作品群のコンセプトも含めて、完成が楽しみです。

 ハンガリーでワグナー・ナンドールの作品保全活動を行っている財団のキッシュ・シャンドール(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6371)理事長のメッセージも紹介されました。

 最後は、特別講演「哲学の庭から、これからを考える」と題して、東京農業大学(http://www.nodai.ac.jp/)名誉教授・前学長の進士(しんじ)五十八先生のお話で、日本の文化を「柿の実と色」と表現されました。今年のCOP10の様子もご紹介があり、「環境持続性」は、「自然的環境:生物多様性」、「社会的環境:生活多様性」、「文化的環境:景観多様性」と説明され、更に、「農業は文化」、「『Civilization』とは野蛮からの脱却という意味」、「観光とは『地域が地域らしく』あること」であり、そのアウトプットが「景観:ランドスケープ」であると。講演では、箱根駅伝には東京農業大学も参加している旨応援宜しくとも付け加えられて、一堂、大爆笑でした。

 主催者の一員ではありますが、何とも「知的な」、「教養に満ちた」素晴らしいひと時でした。是非、東京都中野区の哲学堂公園に一度足をお運びになり、ゆったりした時間を過ごされることをお薦め致します。

TPS、サハリンで初公演!

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  札幌のプロ劇団「TPS:http://www.h-paf.ne.jp/tps/tps.html」が、アントン・チェーホフ生誕150周年記念で、サハリンのチェーホフ劇場で「秋のソナチネ:http://www.h-paf.ne.jp/tps/kanou.html#aki」公演をしました。これまでハンガリー(ブダペストほか)、韓国(光州・ソウル)、ルーマニアでも海外公演を行っています(http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=97)。今回、私は同行できませんでしたが、先日帰国報告会が開催されて、東欧・韓国とは一味違ったロシアの舞台事情を聴くことが出来ました、大変興味深かったですね。

当日プログラムの表紙

当日プログラムの表紙

  TPSはこれまでチェーホフ作品を国内で多数上演していて、今回生誕150周年の演劇祭「チェーホフの秋」に招待されました。2日間で500人以上が来場し、地元でも拍手喝さいだったようです。劇場前の道路は穴ぼこだれけでも、10数万人のマチに立派な劇場が存在する、それだけでもロシアにおける芸術・文化の位置づけを感じますし、その伝統が観客のレベルの高さを創り上げているのでしょうね。日本の、いや札幌市の政策は、もっともっと芸術・文化の振興に本気になってもらいたいものです。

 サハリン国際チェーホフ劇場のヤーナ・チェーホワさんは、「モスクワなどから来ている劇団の公演をたくさん観てきたサハリンの観客も、『秋のソナチネ』を観て心が奪われた。洗練された演技、シーンにふさわしい音楽の演奏によって、チェーホフの作品に基づいた多くの公演よりチェーホフの雰囲気に通じていたと言える」と、絶賛するコメントをメディアに寄せていました。

サハリン公演を終えた出演者たち

サハリン公演を終えた出演者たち

翻訳・カーチャさん、チェロ・土田英順さん、女優・宮田圭子さん、

翻訳・カーチャさん、チェロ・土田英順さん、女優・宮田圭子さん、

 報告会では、ロシアの劇場・舞台を取り巻く事情も垣間見られて楽しかったですね。特に土田英順さんがいつになく怒っていました、「どうして劇場にあんなに人がいるのか!」と。劇場には200人を越えるスタッフ(?)がいて、それぞれ受け持ちの仕事が縦割りで分担されていたようです。「人が多いとそれぞれに仕事を作るだけだ!」とも、かなり厳しい口調でおっしゃっていましてね。戸のカギを開ける担当も、扉ごとに違う人が現れる(?)、日本では一人で賄っている多くの仕事を、それぞれ違う劇場スタッフが入れかわり立ちかわり行っている、出演する役者も準備作業をどんどんやる姿に驚いた様子、そんな状態だったそうです。 

 メディアの取材もかなり多かったり、歓迎パーティーの設営もあったりと、昨年のルーマニア・ハンガリー公演と比べて、今回は受け入れがかなりしっかりしていたと言えるのかも知れません。いずれにせよ、若い劇団員にとって海外公演でそれぞれの国の演劇事情、観客の反応を肌で知ること、驚きと苦労を体験する、そのことが何より肥やしになりますね、お疲れさまでした!!

「哲学の庭」彫刻群、除幕式

Posted by 秋山孝二
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  「日本・ハンガリー外交関係開設140周年・国交回復50周年記念」として、ワグナー・ナンドール作彫刻群「哲学の庭」が、ハンガリー国から東京都中野区に寄贈されましたhttp://wagnernandor.com/indexj.htm。彼については、月刊誌「世界」最新号、寺島実郎さんの連載・「能力のレッスン:http://www.nissoken.jp/hatugen/kiji20091201.html」にも記載されています。

 4日、真っ青な空の下、中野区哲学堂公園で除幕式典と祝賀パーティーが開催されました。ワグナー・ナンドールのアトリエ・作品管理のタオ財団の理事も務めている関係で、私は出席しました。これまで関わられた関係者の皆さんのご努力に、心から感謝致します。

 テープカットは在日ハンガリー大使館ボジック・ベーラ参事官・副大使、海部外務省東欧課長、田中中野区長、和久奈ちよ・タオ財団理事長他により行われました。広い空間に世界平和を願う11の彫刻作品群が3つの輪を創り、独特の空間を醸し出していました。

テープカット

テープカット

  式典で語られた幾つかのお話で、特に印象的だったのはハンガリー国を代表してのボジック参事官のご挨拶でした。ワグナー・ナンドールの生涯は、ハンガリー国の民主化の歴史、そして日本とハンガリーとの友好の歴史でもあると、力あるメッセージでした。

 またちよ理事長からは、ナンドールの作品が天皇即位20周年の記念すべき年に、この日本の首都・東京に設置されたことに感慨もひとしおである旨が語られ、しばし言葉に詰まる程感激の様子でした。

ハンガリー国代表のご挨拶

ハンガリー国代表のご挨拶

大統領からの親書も披露されて

大統領からの親書も披露されて

  中野サンプラザに場所を移しての祝賀会では、ハンガリー大統領の親書も披露されて、この両国間の記念すべき年の彫刻群の設置に花を添えました。東京藝術大学・宮田学長他アカデミックセクターの重鎮、地元中野区のご来賓等、沢山の方々のご出席で盛大な祝賀の宴となりました。

 この席でボジック参事官は、ハンガリー・ブダペストのゲレルトの丘に2001年設置された「哲学の庭」と、今回2009年中野区哲学堂公園に設置された「哲学の庭」との違いについて、一つの視座を示されました。ブダペストの彫刻群は丘の上から無限の空に向かう祈りを示し、日本のこれらは梅林・さくらの木々の中で調和を意味する、彫刻家であり同時に思想家であったワグナー・ナンドールのメッセージを両国民は受け止める場を得て、更に世界に向かっての使命を確認する機会を得たと、そんな内容であったかと思います。

 いずれにせよ、日本よりも思想・メッセージ性の強い芸術作品から、私は固有の重い・価値ある「歴史」を感じました。今回の設置により、ブダペスト・益子・東京の三極からワグナー・ナンドールの哲学を通して、これら彫刻群は世界平和の実現に向けたメッセージを発信し続けることでしょう。

 素晴らしい式典・祝賀会でした!!!

 そして、今日から一般公開でした。

3つの輪

3つの輪

一つの命と地球をみつめて

一つの命と地球をみつめて

正面奥は聖徳太子像

正面奥は聖徳太子像

別の入口から望む
別の入口から望む

 区民と思われる見学者が、彫刻群と写真を撮る姿があちこちで見うけられました。平和な光景でした。

ナンドール展、さくら市ミュージアムで

Posted by 秋山孝二
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  ワグナー・ナンドール展が、栃木県さくら市ミュージアムhttp://www.city.tochigi-sakura.lg.jp/sakuracitymuseum.htmlで開催されています。栃木県益子町にあるワグナー・ナンドール・アートギャラリーhttp://wagnernandor.com/indexj.htmでは恒例の秋季展示会も同時に開催中です。

エントランス

さくら市ミュージアム・エントランス

 宇都宮からJRで15分、氏家駅近くの勝山公園内で素晴らしい環境の中、彫刻・水彩画・テラコッタ等の展示が豊富にされています。簡潔にまとめたナンドールの生涯は、大変分かりやすく理解できます。訪問者名簿にも沢山の方々が記名されていました。もともと地元出身の日本画家・荒井寛方(あらいかんぽう)氏のメモリアルミュージアムですので、地元の歴史と一緒に、今回日本に帰化して栃木県に骨を埋めたワグナー・ナンドールの展示会は、新しい価値を双方に創造した気がします。
 芸術家として学び、戦ったハンガリー・ブダペストの丘にも、彼の作品「哲学の庭」作品群が近年設置されて、その価値の再評価が進んでいます。

ハンガリー・ブダペストで

ハンガリー・ブダペストで

  今年12月には、ハンガリーと日本の友好50周年を記念して、東京都中野区の哲学堂公園http://www.tetsugakudo.jp/top.htmにも「哲学の庭」作品群が設置されると聞いています。作品の持つメッセージと説得力に圧倒されます。日本とハンガリーとの懸け橋として、彼の生涯は更に重要な価値をもたらしました。同時に札幌出身の妻のワグナー・ちよにより、彼の作品は今もしっかり守られて多くの方々に更に感動を与えています。そしてハンガリーと札幌と益子のネットワークも拡がることを期待したいです。

 東京への帰り道、宇都宮で乗り継ぎに少々時間があり、夕方でしたが餃子屋2軒に寄りました。

外せませんね

外せませんね

ブダペスト公演を終えて

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  7日、ブダペスト公演二日目を終えて、今回の海外公演を全て終了しました。毎回進化していくTPSの「冬のバイエル」を観ることが出来て、あらためて芝居の奥行きを感じました。ハンガリーはその歴史からもアジアとの交流には大変熱心で、特に今年はハンガリー・日本国交50周年記念の年として、盛だくさんの文化交流企画も開催されていました。http://src-h.slav.hokudai.ac.jp/hungary/info/2009ev.html

ドナウの真珠、ブダペスト

ドナウの真珠、ブダペスト

  4年前にTPSの「亀、もしくは・・・」を上演したメルリン劇場は、オシャレに変わって更に新しいジャンルへの挑戦を続けているようです。二日目は若い学生の方々も多く、これまでの中で芝居への反応が一番良かったですね。終わってから役者の方々もそう感じていました。中にはあらかじめ脚本を読まれている方もいたりで、しっかり舞台を追いかけている姿を、後の席からもうかがいしることが出来ました。

若い方々も多かった二日目

若い方々も多かった二日目

盛たくさんの50周年記念日本交流企画

盛たくさんの50周年記念日本交流企画

  「グッド・パフォーマンス!」、「日本的テーマではあるけれども、ヨーロッパ・テイストの芝居に新しさを感じた」等、上々のお客様の評価でした。特に二日目は若い世代も多かったせいか、父と娘のやり取りに反応が強かった気がしますが。「冬のバイエル」の面白さでしょうか。

 終了後の簡単な打ち上げで聴いたのですが、今回の海外公演、最初は会場の事情他で随分苦労したようです。会場自体の事前準備不足、予定通りに進まない資材の搬入他、国内ではなかなか経験の出来ない予期しない現実にも、一つ一つカンパニーとして乗り越えて全ての公演を終えました。また一つ成長したに違いないでしょうし、更に今後の課題も見つけてくれたと信じています。
 4年前の同じ時期のブダペストは、暖房をガンガンたいてコートを着て皆さんと懇談したのに、今年は日中は30度近くにもなり、夜もとても10月という気がしない程暖かでした。

ブダペスト、初日公演は盛況!

Posted by 秋山孝二
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 昨日、バス移動で8時間、ハンガリーの首都・ブダペストにTPS・同行ツアーともに元気に到着しました。ルーマニア内の国道1号線は道幅も狭く、予想以上に時間もかかりましたが、国境は以前に比べてスムースな通過でした。6年前とは周辺の雰囲気もかなり違っていて、時の流れを感じましたね。30分以上も待ちましたが、ただのインターチェンジゲートのようでした。

ルーマニア・ハンガリー国境

ルーマニア・ハンガリー国境

ハンガリー国内は農業王国を誇るだけあり、一面に手の入った畑の光景でした。高速道路も整備されていてました。

一面のトウモロコシ畑

一面のトウモロコシ畑

今回の公演も「メルリン劇場」です。

入口右側

入口右側

入口左側

入口左側

国際交流基金のご支援で

国際交流基金のご支援で

宮田さんに花束でした

宮田さんに花束でした

 今回2回目のメルリン劇場での公演でしたが、レベルの高いお客様の前で、大健闘でした。終了後に花束をお持ちの男性が、宮田圭子さんに歩み寄ってお渡ししていました。ルーマニアとはまた違った反応に、明日の公演もまた楽しみです。

クルジュ・ナポカ、二日目

Posted by 秋山孝二
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 二日目の公演は、初日とまた違ってお客さんの反応が良かったですね。反応の速さと場所が違います。演技が違うのか、お客さんが違うのか、同行メンバーとも終演後話をしたのですが、とにかく前日とはかなり別物ですから面白いですね。

クルジュ・ナポカは旭川市くらいの人口です。学生が7万人を越える若い方々の多いマチでもあります。

快晴の空に日の出です

快晴の空に日の出です

 ホテルに程近い遊歩道周辺には、朝から夜まで若いカップル等沢山の市民が憩い語らっている姿を見かけて、素朴で懐かしい光景を目にしています。

高台への遊歩道

高台への遊歩道

 「新しい試み」と昨日書きましたが、二日目の会場にも若い世代も多く、トランシルバニアの今後も注目です。

開演前の客席で

開演前の客席で

 最後のご挨拶、こちらも拍手をしながらの写真で、こんな具合にしか撮影出来ませんでした。クルジュ・ナポカの市民にどんな印象を持って頂いたのか、もうしばらくしてからでないと分かりませんが、劇団員にも今日以降ハンガリー・ブダペストでも聞いて見ようと思います。

 ところで、昨日昼過ぎにまち中で劇団員とバッタリ路上で出会い、これまでの準備の苦労をほんの少し聞くことが出来ました。今回の企画の中心として活躍しているイングリッドの並々ならない努力が随所で見られます。芝居で使っている包丁は、イングリッドがブダペストの実家から調達したもの、ピアノの椅子は何とブダペストのリスト音楽院から借用しての調達とか。少しでも傷をつけると罰金ものだそうです。普通の椅子タイプのピアノ用椅子はどこでもなかなか無いようですね。そう言えば2年前の光州でも行ってみると地元には無く、日本から持ち込んで、結局それを寄付して置いてきたとか聞いていますから。更に4年前のハンガリー公演「亀、もしくは・・・」では、予め送った図面と大道具の寸法が違っていて、仕込みの時に舞台上で溶接工が火花を出しながら切断して調整したとも漏れ聞いています。

終了でした

終了でした

 昨晩の会場、1日目と字幕のスクリーンの場所が異なっていました。パソコン・プロジェクターのケーブルが不具合で、急遽短いものに変更となり、当初の場所での字幕上映が叶わず急遽変更とのこと。地元のお客さんには少々目線が舞台から離れるので心配していましたが、反応を見る限り問題は無かったようです。見る方は気楽なものですが、「舞台は生き物」、をまたまた感じた時間・空間でした。

 今日はカンパニーと同行ツアーが一台のバスで、陸路ハンガリー・ブダペストに移動です。途中の国境の雰囲気も、この数年随分変わったようです。思い出します、6年前でしたか、国境そばのオラディア(昔の名称は「ナジュバラド」)にブダペストからマイクロバスで移動の時は、国境の入国・出国で1時間以上も待たされ、何とも言えない緊張感がありましたね。ナジュバラドは、私の叔父ワグナー・ナンドールの生まれたマチです。時代も変わり、ルーマニアもハンガリーもEU加盟を果たしましたが、国際金融の荒波の中、現在財政危機に直面しているから皮肉なものですね。

 たくさんの思いが交錯しながら、東欧の今を実感している旅です。

TPS海外公演、クルジュ・ナポカで!

Posted by 秋山孝二
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  北海道演劇財団http://www.h-paf.ne.jp/の専属劇団TPSが、ルーマニア・ハンガリーで今年も海外公演「冬のバイエル」を上演しています。私は、4年前のハンガリー「亀もしくは、・・・」、一昨年の韓国・光州市「冬のバイエル」、昨年の韓国・ソウル「春のノクターン」の海外公演同行に続いて、今回もTPSの活躍をこの目に焼き付けたく同行しています。昨日は、ルーマニアのクルジュ・ナポカで公演しました。この街は、「トランシルバニアhttp://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%C8%A5%E9%A5%F3%A5%B7%A5%EB%A5%D0%A5%CB%A5%A2」の中心都市です。

ルーマニアのクルジュ・ナポカ

ルーマニアのクルジュ・ナポカ

 

植物園

植物園

教会前の噴水と虹

教会前の噴水と虹

 「冬のバイエル」の現地でのポスターです。

昨晩は若いカップル他、沢山の現地の方々が来られました。因みにチケット代は13レウ:Leu(約400円)です。会場は昔の教会、そこには開演前にもすでに集まり始めていました。

昔の教会

昔の教会

会場入り口で待つ人々

会場入り口で待つ人々

 今回の公演ツアーは、東ヨーロッパでも新たなチャレンジとのこと。数年前までは「国立劇場」しか存在しなかったこのジャンルで、若者たちが企画する斬新な試みにTPSも果敢に参画したのです。それにしても今回のTPSはヨーロッパ経験者は二人くらいしかいないのに、昨晩の芝居でもあの落ち着きは何なのでしょうか。4年前にブダペスト公演で、始まって数分間の緊張感と比べると、いとも自然な役者の立ち振る舞いを見て、逆にこちらが驚きました。着実に経験が受け継がれている、そんな確信を得た気がしますが。

 今回は、これまでの作品とは一味違った「淡々とした会話」にこちらの人たちがどう反応するのか、私も大変楽しみです。今晩もまた出かけます。

出版された、「ドナウの叫び」

Posted by 秋山孝二
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 下村徹著「ドナウの叫びhttp://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4344015908.html」 が昨年11月25日に出版されました。

2008年11月8日のこの欄に、「日本に帰化した芸術家、ワグナー・ナンドール」と題して私の叔父を紹介致しましたが、昨年末に彼の人生をたどったワグナー・ナンドール物語が出版されました。芸術家というと日本では、社会的には芸術・文化の世界を担う、或いは教育界で活躍する人々というような、ある限定されたイメージを持つのは私一人ではないと思います。しかしながら、ワグナー・ナンドールは、二度の敗戦、冷戦、動乱(革命)、政治犯としての指名手配等、時代の荒波に翻弄されながらも、希望を捨てず主体的にたくましく生きました。そして日本の武士道精神と出会い、日本人ちよと巡り合い、日本に帰化して、栃木県益子町でアトリエを構えて創作活動を続けた波乱万丈の人でした。

http://wagnernandor.com/indexj.htm  、http://kankou.4-seasons.jp/asobu/509.shtml

私はこれまでハンガリーには2回程行った事があります。最初は、この本にも登場するテーケシュ氏が中心となって、ナンドールの生まれ故郷ナジュバラド(現在はルーマニア領で名称もオラディア)で開催されたシンポジウムに参加の為に、もう一回は北海道演劇財団のハンガリー公演の同行でした。http://www.h-paf.ne.jp/ 今年の秋、3回目が実現するかもしれません。

ある時に、現在ハンガリーに設立されているワグナー・ナンドール財団の理事長から、日本ではどうしてハンガリー「動乱」と言うのでしょうね、と問われました。「動乱」とは辞書によると、世の中が騒がしく乱れること、と何の事かよく分かりませんね。彼は、1956年の出来事は明確にハンガリー「革命」ではないか、との主張でした。私は、日本の教科書では昔も今も確かに「ハンガリー動乱」であり、ハンガリー政府への配慮のつもりなのではありませんか、と曖昧に答えました。そうすると、「ハンガリー共産党政権は、1989年に崩壊しているのですよ」と更なる言及でした。

日本の教科書の歴史記述には、幾つか意図的な言い換えがありますね。最近では沖縄戦における日本軍の関与について、無かった事にさえなってしまいますので、要注意です。特に立場の違いによる戦いの歴史の記述では、「闘争」が「紛争」になったり、「革命」が「事件」となったりです。在った歴史事実を削除するのは論外としても、事実に基づいて時代とともに表現が変わる事(再評価)はあってもよいのではないか、と思います。

芸術分野も同じかも知れません。周辺諸国も含めたハンガリーにおいて、この10数年来ワグナー・ナンドールとその作品の再評価のうねりが高まっていて、実際に幾つかの街で彼の作品が広場・公園に新たな設置が始まっています。ブダペスト市内のゲレルトの丘に建てられた「哲学の庭」も、その一つです。ヨーロッパにおいては、日本に比べて彫刻作品は強いメッセージ性を持っていて、時代の評価も実に激しいものがあります。4年前のナジュバラドでのシンポも、ルーマニアの政変後に実現したイベントでしたし、開催前日にブダペストからマイクロバスでの5時間程の陸路で、途中途中で昔の同志をピックアップして乗せていく様子、ルーマニア国境を越える時の緊張感は、まるで映画の雰囲気でした。ソビエト崩壊による東欧の激変を実感しました。

広場に建つ彫刻作品は、民衆の心の支えだったり、運動のシンボルだったりする場合が多いですね。芸術家がそれだけ社会との関わりの中で重要な位置づけであり、それ故に迫害とか追放といった権力からの攻撃の的にもなってきたのでしょう。この本にも記述されていますが、ハンガリー動乱のリーダー達のその後の人生で、交通事故等の不慮の事故で亡くなる確率が異常に高いとか、何か言い知れない闇の世界を感じさせます。日本では、直近の戦争といえば第2次世界大戦ですが、そんな国は世界の中で実に数少ない恵まれた国なのかも知れません。