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	<title>秋山孝二の部屋</title>
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	<description>公益財団法人秋山記念生命科学振興財団理事長「秋山孝二」の日記</description>
	<pubDate>Thu, 17 May 2012 00:47:46 +0000</pubDate>
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	<language>ja</language>
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		<title>沖縄復帰40周年</title>
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		<pubDate>Thu, 17 May 2012 00:46:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　沖縄復帰40周年の今年、15日に、「沖縄復帰40周年記念式典：http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120515-00000096-mai-soci」が開催されました。上原康助さんの絞り出すメッセージは、通り一遍の「記念式典」では、ひと際届くものだったようです。
　
　毎日新聞の記事によると、～～～～～引用　はじまり
　宜野湾市で開催された政府と沖縄県共催の記念式典で、元沖縄開発庁長官の上原康助さん（79）は、日米のはざまで翻弄（ほんろう）され続けてきた沖縄の苦難の歴史をとうとうと語った。
　「沖縄戦で、沖縄は本土防衛の捨て石扱いで苦難と犠牲を強いられた。日本は敗戦から立ち直ったが、沖縄は日本から分断され、２７年の長期にわたって米軍の占領下で呻吟（しんぎん）させられた」。米軍基地を残したままで実現した４０年前の本土復帰は「県民の思いとかけ離れたものでしかなかった」と指摘し、「戦前、戦中、戦後の苦難の歴史を決して忘れてはいけない。その根源は残念ながら今も続いている」と厳しい表情で続けた。
　７０年の戦後沖縄初の国政選挙で旧社会党から衆院議員に初当選し、１０期務めた反基地運動の闘士。９７年２月の衆院予算委員会では「もし沖縄が独立する場合、どういう法的措置が必要か」と、基地縮小に本腰が入らない政府の姿勢に、沖縄独立論をぶつけた。
　この日、式典の同じ壇上に野田佳彦首相、ルース駐日米大使が並んだ。２人の前で「民主主義社会は世論を尊重することが基本。なぜ、両政府は沖縄県民の切実な声をもっと尊重しないのか」と、国会質問さながらの熱を帯びた言葉で迫った。あいさつは約８分４０秒に及び、会場から盛んな拍手が送られた。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～　引用　おわり
 
　私にとっての「沖縄」は、その言葉は随分長いのですが、本当の意味の理解とか歴史認識は恥ずかしい程浅く、これまで私なりに沖縄に関する記載は3年半で以下の程度です。
＊　沖縄密約判決：　http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3888
＊　沖縄密約：　http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4045
＊　検証報道：　http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4386
＊　沖縄「慰霊の日」：　http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4402
　　　http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4575
　　　http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9113
＊　メディア大賞：　http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7303
＊　海戦からみた「戦争」：　http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9991
＊　「基地」：　http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12906
＊　浦崎信子さん：　http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1152
 
　上原康助さんのおっしゃる通り、、「戦前、戦中、戦後の苦難の歴史を決して忘れてはいけない。その根源は残念ながら今も続いている」のでしょうね。「忘れない」に止まることなく、私たちの世代としてはさらに一歩踏み込んでの行動が必要なのだと思います。
　「沖縄」の構図は、「原発」を巡る構図と同じです。「3・11、及びそれ以降」を経験している私は、新しい歴史を創る気概をもって自分のフィールドで成果を出したいと決意をあらたにしました。「今、ここ」を外して、どこで生きるのかです、ね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　沖縄復帰40周年の今年、15日に、「沖縄復帰40周年記念式典：<a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120515-00000096-mai-soci">http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120515-00000096-mai-soci</a>」が開催されました。上原康助さんの絞り出すメッセージは、通り一遍の「記念式典」では、ひと際届くものだったようです。</p>
<p>　</p>
<p>　毎日新聞の記事によると、～～～～～引用　はじまり</p>
<p>　宜野湾市で開催された政府と沖縄県共催の記念式典で、元沖縄開発庁長官の上原康助さん（79）は、日米のはざまで翻弄（ほんろう）され続けてきた沖縄の苦難の歴史をとうとうと語った。</p>
<p>　「沖縄戦で、沖縄は本土防衛の捨て石扱いで苦難と犠牲を強いられた。日本は敗戦から立ち直ったが、沖縄は日本から分断され、２７年の長期にわたって米軍の占領下で呻吟（しんぎん）させられた」。米軍基地を残したままで実現した４０年前の本土復帰は「県民の思いとかけ離れたものでしかなかった」と指摘し、「戦前、戦中、戦後の苦難の歴史を決して忘れてはいけない。その根源は残念ながら今も続いている」と厳しい表情で続けた。</p>
<p>　７０年の戦後沖縄初の国政選挙で旧社会党から衆院議員に初当選し、１０期務めた反基地運動の闘士。９７年２月の衆院予算委員会では「もし沖縄が独立する場合、どういう法的措置が必要か」と、基地縮小に本腰が入らない政府の姿勢に、沖縄独立論をぶつけた。</p>
<p>　この日、式典の同じ壇上に野田佳彦首相、ルース駐日米大使が並んだ。２人の前で「民主主義社会は世論を尊重することが基本。なぜ、両政府は沖縄県民の切実な声をもっと尊重しないのか」と、国会質問さながらの熱を帯びた言葉で迫った。あいさつは約８分４０秒に及び、会場から盛んな拍手が送られた。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～　引用　おわり</p>
<p> </p>
<p>　私にとっての「沖縄」は、その言葉は随分長いのですが、本当の意味の理解とか歴史認識は恥ずかしい程浅く、これまで私なりに沖縄に関する記載は3年半で以下の程度です。</p>
<p>＊　沖縄密約判決：　<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3888">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3888</a></p>
<p>＊　沖縄密約：　<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4045">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4045</a></p>
<p>＊　検証報道：　<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4386">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4386</a></p>
<p>＊　沖縄「慰霊の日」：　<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4402">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4402</a></p>
<p>　　　<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4575">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4575</a></p>
<p>　　　<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9113">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9113</a></p>
<p>＊　メディア大賞：　<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7303">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7303</a></p>
<p>＊　海戦からみた「戦争」：　<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9991">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9991</a></p>
<p>＊　「基地」：　<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12906">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12906</a></p>
<p>＊　浦崎信子さん：　<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1152">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1152</a></p>
<p> </p>
<p>　上原康助さんのおっしゃる通り、、「戦前、戦中、戦後の苦難の歴史を決して忘れてはいけない。その根源は残念ながら今も続いている」のでしょうね。「忘れない」に止まることなく、私たちの世代としてはさらに一歩踏み込んでの行動が必要なのだと思います。</p>
<p>　「沖縄」の構図は、「原発」を巡る構図と同じです。「3・11、及びそれ以降」を経験している私は、新しい歴史を創る気概をもって自分のフィールドで成果を出したいと決意をあらたにしました。「今、ここ」を外して、どこで生きるのかです、ね。</p>
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		<title>キッシュさん親子、日本に寄せる心</title>
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		<pubDate>Mon, 14 May 2012 23:22:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　この欄に、何回も登場しているキッシュ・シャンドールさんは、15年以上も駐日ハンガリー大使館（http://www.mfa.gov.hu/kulkepviselet/JP/jp/）に勤務されていた元外交官です。奥さまは学校で日本語の教師をつとめられると同時に、ハンガリーで日本語の国家試験の問題作成にも当たられています。お嬢様のレイカさんは、完璧な日本語を駆使してプロの通訳としてご活躍中、10年前の7月に天皇・皇后両陛下がハンガリー・ブダペストをご訪問された時（http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/speech/speech-h14e-easterneurope.html#HUNGARY）には、美智子妃殿下の公式通訳をされました。とにかく敬語の使い方ほか、正確で優しい彼女の日本語に接して、あらためて日本語の美しさを感じ取ります。ブダペストでご活躍の息子さんは、コンピューターのエンジニア、やはり日本語に堪能で、とにかくキッシュさん一家の日本に寄せる熱い気持には、こちらが感動します。
　これまで、いくつか書きました：
＊　2年前に札幌で開催されたフォーラム（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6371）
＊　同じ年、東京中野区の哲学堂公園に建立された「哲学の庭」一周年記念フォーラム（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6768）
＊　昨年のルーマニア・ハンガリー訪問での式典＆フォーラム（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10355、　http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10423）
　毎回、キッシュさんは中心になってご準備をされて、お世話になっています。札幌の劇団がハンガリーを訪問した時も、ワグナー・ナンドール関係の訪問でも、笑顔を絶やさず、そのホスピタリティには学ぶことばかりです。
　「外交官」と言えば、私はこれまでたくさんの「外交官」にお会いしてきましたが、正直に言って、どこか「尊大な」方が多く、親しみを感じることが難しかったですね。外国でお仕事をされていると、数々の外交特権があり、仕事を終えられた後も何かその「特権から抜けられない人格」となってしまうのでしょうか。特に、戦後の経済成長を成し遂げた日本国の経済力を背景に仕事をされたきたゆえなのかもしれません。
　ある北欧の国の日本大使館の外交官（ある省から大使館に出向中）は、夕食をご一緒中に突然パスポートか身分証明書を私に見せて、「この番号があると、レストランで代金を踏み倒すこともできるんだ！」と。私は思わず、「はぁ、それで？」と言ってしまいました。
　また、アメリカのある都市に駐在の総領事は、企業訪問を続けていた私に、「最近の民間外交も御熱心ですな～」と、冷やかな笑いで言い放ちました、真剣な企業訪問を薄っぺらな「外交」と一緒にされてはたまりません、第一に「民間外交」という言葉自体、何と侮蔑した表現ではありませんか。一方、ヨーロッパで大使館勤務を経験されてワインにお詳しい方は、「私は大使館勤務で、ヨーロッパのワインを殆ど試してみました」と誇らしげ。「ワイン通」を自称する方で、ご自分のお金で飲んで経験を積んだ方は数少ないですね、特に外交官の場合は、「国民の税金」でしょう、その国民への感謝の気持も全く感じていない、何がワインの味ですか。これまでの「くそ～っ」と思った体験を書き始めたら止まらないので、この辺にしておきましょう。
　そんな中で、キッシュ・シャンドールさんは、トランシルバニアと日本の関係では際立った造詣の深さです。その成り立ち、歴史認識、人への思い等です。知識と人柄が調和した「品格」をお持ちと言えば宜しいのでしょう。
　キッシュ・シャンドールさん、レイカさん、これからも宜しくお願い致します！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　この欄に、何回も登場しているキッシュ・シャンドールさんは、15年以上も駐日ハンガリー大使館（<a href="http://www.mfa.gov.hu/kulkepviselet/JP/jp/">http://www.mfa.gov.hu/kulkepviselet/JP/jp/</a>）に勤務されていた元外交官です。奥さまは学校で日本語の教師をつとめられると同時に、ハンガリーで日本語の国家試験の問題作成にも当たられています。お嬢様のレイカさんは、完璧な日本語を駆使してプロの通訳としてご活躍中、10年前の7月に天皇・皇后両陛下がハンガリー・ブダペストをご訪問された時（<a href="http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/speech/speech-h14e-easterneurope.html#HUNGARY">http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/speech/speech-h14e-easterneurope.html#HUNGARY</a>）には、美智子妃殿下の公式通訳をされました。とにかく敬語の使い方ほか、正確で優しい彼女の日本語に接して、あらためて日本語の美しさを感じ取ります。ブダペストでご活躍の息子さんは、コンピューターのエンジニア、やはり日本語に堪能で、とにかくキッシュさん一家の日本に寄せる熱い気持には、こちらが感動します。</p>
<div id="attachment_12892" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/05/p1030047.jpg"><img class="size-medium wp-image-12892" title="p1030047" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/05/p1030047-500x375.jpg" alt="レイカさん、シャンドールさん、堅田さん、お疲れ様でした" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">レイカさん、シャンドールさん、堅田さん、お疲れ様でした</p></div>
<p>　これまで、いくつか書きました：</p>
<p>＊　2年前に札幌で開催されたフォーラム（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6371">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6371</a>）</p>
<p>＊　同じ年、東京中野区の哲学堂公園に建立された「哲学の庭」一周年記念フォーラム（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6768">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6768</a>）</p>
<p>＊　昨年のルーマニア・ハンガリー訪問での式典＆フォーラム（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10355">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10355</a>、　<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10423">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10423</a>）</p>
<p>　毎回、キッシュさんは中心になってご準備をされて、お世話になっています。札幌の劇団がハンガリーを訪問した時も、ワグナー・ナンドール関係の訪問でも、笑顔を絶やさず、そのホスピタリティには学ぶことばかりです。</p>
<p>　「外交官」と言えば、私はこれまでたくさんの「外交官」にお会いしてきましたが、正直に言って、どこか「尊大な」方が多く、親しみを感じることが難しかったですね。外国でお仕事をされていると、数々の外交特権があり、仕事を終えられた後も何かその「特権から抜けられない人格」となってしまうのでしょうか。特に、戦後の経済成長を成し遂げた日本国の経済力を背景に仕事をされたきたゆえなのかもしれません。</p>
<p>　ある北欧の国の日本大使館の外交官（ある省から大使館に出向中）は、夕食をご一緒中に突然パスポートか身分証明書を私に見せて、「この番号があると、レストランで代金を踏み倒すこともできるんだ！」と。私は思わず、「はぁ、それで？」と言ってしまいました。</p>
<p>　また、アメリカのある都市に駐在の総領事は、企業訪問を続けていた私に、「最近の民間外交も御熱心ですな～」と、冷やかな笑いで言い放ちました、真剣な企業訪問を薄っぺらな「外交」と一緒にされてはたまりません、第一に「民間外交」という言葉自体、何と侮蔑した表現ではありませんか。一方、ヨーロッパで大使館勤務を経験されてワインにお詳しい方は、「私は大使館勤務で、ヨーロッパのワインを殆ど試してみました」と誇らしげ。「ワイン通」を自称する方で、ご自分のお金で飲んで経験を積んだ方は数少ないですね、特に外交官の場合は、「国民の税金」でしょう、その国民への感謝の気持も全く感じていない、何がワインの味ですか。これまでの「くそ～っ」と思った体験を書き始めたら止まらないので、この辺にしておきましょう。</p>
<p>　そんな中で、キッシュ・シャンドールさんは、トランシルバニアと日本の関係では際立った造詣の深さです。その成り立ち、歴史認識、人への思い等です。知識と人柄が調和した「品格」をお持ちと言えば宜しいのでしょう。</p>
<div id="attachment_12971" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/05/p1020969.jpg"><img class="size-medium wp-image-12971" title="p1020969" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/05/p1020969-500x375.jpg" alt="キッシュさん（左）に感謝です" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">キッシュさん（左）に感謝です：成田ビューホテル前庭の「道祖神」像で</p></div>
<p>　キッシュ・シャンドールさん、レイカさん、これからも宜しくお願い致します！</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>映画「誰も知らない基地のこと」</title>
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		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12906#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 12 May 2012 22:16:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　映画「誰も知らない基地のこと（Standing Army）：http://kichimondai.com/」は、「日本人が知らない米軍基地問題の常識」を突き付けて、東京を皮切りに、全国で上映される予定です。
　イタリア人の若手、エンリコ・パレンティとトーマス・ファツィが監督で、2人から日本人へのメッセージ（http://kichimondai.com/message/）です。果敢な取材を通して、彼らは映画での「沖縄」の存在の大きさに気がつきました。「不平等な力関係に直面しながらも、決して希望を捨てない人々がいます。その姿は、日本人の精神性の高さと心の強さを見せてくれました。彼らの姿に続こうと、日本の、そして世界の人々がこの映画によって勇気づけられることを願っています」と、結ばれています。
　HPにも掲載されていますが（http://kichimondai.com/news/）、その中から座談会の引用です、かなり突っ込んだやり取りが注目です。昨年3月の大震災までも予算獲得の材料に使う、そんなハゲタカのような姿も浮き彫りになってきます。「トモダチ作戦」もその目的をしっかり検証すべきですし、アメリカの冷戦後の戦略転換、当然日本への要求も変わってきていることに、我々が気がつかなければならないのです。北海道日米協会の会員で、理事になっている私ではありますが、「『アメリカ合衆国』と言っても、広うござんす」、ね。
 
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用はじまり
 ＊　「軍産複合体」という言葉を作ったのがアイゼンハワー、それが１９６１年で、そこからどんどんとその警告を踏みにじるように肥大化してきている、ということがこの映画の主張ですね。130カ国以上、７３０か所以上の基地があり、オバマ大統領になってからも軍事予算が300憶ドル多くなってるんです。なぜ、止まらないのかというのが不思議。
＊　基地の問題は２つ大きな切り口があります。ひとつはアメリカの戦略上、どれだけ重要かということ、もうひとつは受け入れ国にとってどれだけ基地が安全保障に役立っているかということ。
＊　受け入れ国がどれくらいの経済負担をしているか、なんです。日本は米軍基地の費用の半分以上を払っているんです。他の国と比べて日本が圧倒的にお金を出しているから、日本から出ていかないんですよね。
＊　全部を合わせたら６０００億円くらいになりますね。思いやり予算が米軍基地を支えているのは確かだと思うんです。震災があって日本の財政力が問われてるときに、震災直後、間髪入れずに、毎年１８００億円ずつの思いやり予算を５年間を出し続けますという協定が結ばれたんです。何の議論もなしに。
＊　この映画の中で”兵士が来ると戦争になる”という警句を言ってますよね。戦争があったから基地が増えているんだ、と思っていたのですが、この映画では「基地を増やすために戦争をしてる」、と、そこまで主張をしている。
＊　かつては軍備を高度化することによって産業が成り立っていたんです。今は、米国の中では補給をする部隊が民間の企業となっていて、戦争をしてもらわないと成り立たない企業が出ている。これが戦争継続する理由になっているんです。
＊　議会、ホワイトハウス、ペンタゴンの動きが微妙に違うわけです。まさに、ジョージ・ワシントンの言葉がこの映画にも出てきますが、共和国の一番の脅威は常備軍であると。映画の原題が“Standing Army=常備軍”なんですけど、この常備軍を一番大事にしたいんだと思うんですよ。本来は、農民が闘ってイギリスに勝った国がいつのまにか軍隊だけが肥大して、その利益を享受するようになった。それはアメリカの原理とちょっと違うんじゃない？っていうことだと思うんですよね
＊　安全保障の理念は「できるだけ軍事を使わないことを尊重する」、というのが第二次世界大戦に作られました。ところが今、何が起こってきているかというとアメリカの勢力の拡大のためには軍を使っていいというグループがあり、もうひとつ、リベラルと言われる層は基本的には戦争に反対なんですが、世界に民主化を広げるためには、軍隊を使ってもいいということになっている。サダム・フセインを外すことは民主化なんだ、と。人権を普及するために軍隊を使ってもいい、と。このふたつが合体し始めたんです。
＊　１９５１年に最初の安保条約があったけど、その時には吉田茂一人がサインしているんです。むこうは４人もサインしてるのに。なぜそんな異例なことが起きているかというとその当時の外務省は安保条約に反対しているからなんです。占領軍からそのまま安保条約に繋がるというのはいけない。一回切って、国連の委託だとかにワンクッション置くべきだと。
＊　映画でも出てきましたけど、冷戦以降アメリカの戦略が変わったんですよ。同時に対日戦略も変わるんです。日本に無理な戦略をするんです。そうすると財政的に日・独に抜かれてしまう。だから無理な戦略の中に日本、ドイツを入れるんです。９０年代くらいは日本に対しての拘束が増えました。当時のCIA長官のゲイツが“これからは軍事だけでなく経済的な分野で活動しなければいけない”と言っているんです。経済的な分野というのは日本なんです。日本に対してCIA的な工作をして、米軍に追随する人が増えるようになったんです
～～～～～～～～～～～～～～～～～引用　おわり　全文は是非、こちら（http://kichimondai.com/news/）を
 
　「駐留軍」のことを「standing army」 と言うなんて知ってた？沖縄だけじゃないんだね。　世界遺産のあるイタリア・ヴィチェンツァにアメリカ軍の基地がつくられようとしているなんて、知ってた？　　ドイツやイタリア、日本、第二次世界大戦で負けた国に米軍基地が多いなんて知ってた？
　インド洋のディエゴ・ガルシア島の基地ですぐに思い出しました、、ついこの3月に鹿児島県種子島に行った時の「馬毛島」の話です（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12375）。
　先日は東京渋谷で観ましたが、出口で田中優（http://tanakayu.blogspot.jp/）さんとマネージャーの方にばったりお会いしました。実は今回、facebookの田中優さんの呼びかけがきっかけでした。
　この映画は、まず観に行って、それからHPで復習をし、もう一度観ると、その奥行きの深さが格段に理解できると思いますね、乞う、ご期待です！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　<strong>映画「誰も知らない基地のこと（Standing Army）：</strong><a href="http://kichimondai.com/"><strong>http://kichimondai.com/</strong></a>」は、「日本人が知らない米軍基地問題の常識」を突き付けて、東京を皮切りに、全国で上映される予定です。</p>
<p>　イタリア人の若手、エンリコ・パレンティとトーマス・ファツィが監督で、2人から日本人へのメッセージ（<a href="http://kichimondai.com/message/">http://kichimondai.com/message/</a>）です。果敢な取材を通して、彼らは映画での「沖縄」の存在の大きさに気がつきました。「不平等な力関係に直面しながらも、決して希望を捨てない人々がいます。その姿は、日本人の精神性の高さと心の強さを見せてくれました。彼らの姿に続こうと、日本の、そして世界の人々がこの映画によって勇気づけられることを願っています」と、結ばれています。<!--main--></p>
<div id="attachment_12909" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/05/p1030041.jpg"><img class="size-medium wp-image-12909" title="p1030041" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/05/p1030041-375x500.jpg" alt="Standing Army：駐屯地" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">Standing Army：駐留軍</p></div>
<p>　HPにも掲載されていますが（<a href="http://kichimondai.com/news/">http://kichimondai.com/news/</a>）、その中から座談会の引用です、かなり突っ込んだやり取りが注目です。昨年3月の大震災までも予算獲得の材料に使う、そんなハゲタカのような姿も浮き彫りになってきます。「トモダチ作戦」もその目的をしっかり検証すべきですし、アメリカの冷戦後の戦略転換、当然日本への要求も変わってきていることに、我々が気がつかなければならないのです。北海道日米協会の会員で、理事になっている私ではありますが、「『アメリカ合衆国』と言っても、広うござんす」、ね。</p>
<p> </p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用はじまり</p>
<p> ＊　「軍産複合体」という言葉を作ったのがアイゼンハワー、それが１９６１年で、そこからどんどんとその警告を踏みにじるように肥大化してきている、ということがこの映画の主張ですね。130カ国以上、７３０か所以上の基地があり、オバマ大統領になってからも軍事予算が300憶ドル多くなってるんです。なぜ、止まらないのかというのが不思議。</p>
<p>＊　基地の問題は２つ大きな切り口があります。ひとつはアメリカの戦略上、どれだけ重要かということ、もうひとつは受け入れ国にとってどれだけ基地が安全保障に役立っているかということ。</p>
<p>＊　受け入れ国がどれくらいの経済負担をしているか、なんです。日本は米軍基地の費用の半分以上を払っているんです。他の国と比べて日本が圧倒的にお金を出しているから、日本から出ていかないんですよね。</p>
<p>＊　全部を合わせたら６０００億円くらいになりますね。思いやり予算が米軍基地を支えているのは確かだと思うんです。震災があって日本の財政力が問われてるときに、震災直後、間髪入れずに、毎年１８００億円ずつの思いやり予算を５年間を出し続けますという協定が結ばれたんです。何の議論もなしに。</p>
<p>＊　この映画の中で<strong>”兵士が来ると戦争になる”</strong>という警句を言ってますよね。戦争があったから基地が増えているんだ、と思っていたのですが、この映画では<strong>「基地を増やすために戦争をしてる」</strong>、と、そこまで主張をしている。</p>
<p>＊　かつては軍備を高度化することによって産業が成り立っていたんです。今は、米国の中では補給をする部隊が<strong>民間の企業</strong>となっていて、戦争をしてもらわないと成り立たない企業が出ている。これが戦争継続する理由になっているんです。</p>
<p>＊　議会、ホワイトハウス、ペンタゴンの動きが微妙に違うわけです。まさに、ジョージ・ワシントンの言葉がこの映画にも出てきますが、共和国の一番の脅威は常備軍であると。映画の原題が“Standing Army=常備軍”なんですけど、この常備軍を一番大事にしたいんだと思うんですよ。本来は、農民が闘ってイギリスに勝った国がいつのまにか軍隊だけが肥大して、その利益を享受するようになった。それはアメリカの原理とちょっと違うんじゃない？っていうことだと思うんですよね</p>
<p>＊　安全保障の理念は「<strong>できるだけ軍事を使わないことを尊重する</strong>」、というのが第二次世界大戦に作られました。ところが今、何が起こってきているかというとアメリカの勢力の拡大のためには軍を使っていいというグループがあり、もうひとつ、リベラルと言われる層は基本的には戦争に反対なんですが、世界に民主化を広げるためには、軍隊を使ってもいいということになっている。サダム・フセインを外すことは民主化なんだ、と。人権を普及するために軍隊を使ってもいい、と。このふたつが合体し始めたんです。</p>
<p>＊　１９５１年に最初の安保条約があったけど、その時には吉田茂一人がサインしているんです。むこうは４人もサインしてるのに。なぜそんな異例なことが起きているかというとその当時の外務省は安保条約に反対しているからなんです。占領軍からそのまま安保条約に繋がるというのはいけない。一回切って、国連の委託だとかにワンクッション置くべきだと。</p>
<p>＊　映画でも出てきましたけど、<strong>冷戦以降アメリカの戦略が変わったんですよ</strong>。<strong>同時に対日戦略も変わるんです</strong>。日本に無理な戦略をするんです。そうすると財政的に日・独に抜かれてしまう。だから無理な戦略の中に日本、ドイツを入れるんです。９０年代くらいは日本に対しての拘束が増えました。当時のCIA長官のゲイツが“これからは軍事だけでなく経済的な分野で活動しなければいけない”と言っているんです。経済的な分野というのは日本なんです。日本に対してCIA的な工作をして、米軍に追随する人が増えるようになったんです</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～引用　おわり　全文は是非、こちら（<a href="http://kichimondai.com/news/">http://kichimondai.com/news/</a>）を</p>
<p> </p>
<div id="attachment_12910" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/05/p1030042.jpg"><img class="size-medium wp-image-12910" title="p1030042" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/05/p1030042-500x375.jpg" alt="多彩な皆さんからの応援メッセージ" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">多彩な皆さんからの応援メッセージ</p></div>
<p>　「駐留軍」のことを「standing army」 と言うなんて知ってた？沖縄だけじゃないんだね。<br class="empty" />　世界遺産のあるイタリア・ヴィチェンツァにアメリカ軍の基地がつくられようとしているなんて、知ってた？　<br class="empty" />　ドイツやイタリア、日本、第二次世界大戦で負けた国に米軍基地が多いなんて知ってた？<br class="empty" /></p>
<p>　インド洋のディエゴ・ガルシア島の基地ですぐに思い出しました、、ついこの3月に鹿児島県種子島に行った時の「馬毛島」の話です（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12375">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12375</a>）。</p>
<p>　先日は東京渋谷で観ましたが、出口で田中優（<a href="http://tanakayu.blogspot.jp/">http://tanakayu.blogspot.jp/</a>）さんとマネージャーの方にばったりお会いしました。実は今回、facebookの田中優さんの呼びかけがきっかけでした。</p>
<p>　この映画は、まず観に行って、それからHPで復習をし、もう一度観ると、その奥行きの深さが格段に理解できると思いますね、乞う、ご期待です！</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>「Independent」企画、一人芝居</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12917</link>
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		<pubDate>Thu, 10 May 2012 22:53:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12917</guid>
		<description><![CDATA[　最強の一人芝居フェスティバル「INDEPENDENT:SPR」が、札幌西区琴似・コンカリーニョ（http://www.concarino.or.jp/）で開催、とにかく面白かったですね、６名の熱演に感謝です！
＜Aブロック＞
「桜待ち」　　作・演出・出演：亀井健
「α−β motif」　　出演：小林なるみ（劇団回帰線）　作・演出：渡辺豪
「マラソロ」　　出演：加藤智之（France_pan）
　　　　　　　　  脚本：山崎彬（悪い芝居）　演出：伊藤拓（France_pan）
＜Bブロック＞
「次の場所までさようなら」　　出演：中嶋久美子（ムーンビームマシン）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　脚本：二朗松田（はちきれることのないブラウスの会）　演出：泉寛介（baghdad cafe’）
「駆込み訴え」　　出演：小林エレキ（yhs）
　　　　　　　　　　　 原作：太宰治　脚色・演出：南参（yhs）
「ひな菊と財布」　　出演：坂本祐以（劇団千年王國）
　　　　　　　　　　　 　作・演出：橋口幸絵（劇団千年王國）
　一つ一つ、一人一人がオリジナリティが高く、記憶にも鮮明です。加藤智之「マラソロ」、中嶋久美子「次の場所までさようなら」は大阪の「INDEPENDENT」の参加作品でもあり、迫力抜群、理屈抜きの面白さでした。地元からの４作品も熱演でしたよ。ラストの坂本祐以「ひな菊と財布」では、客席に現れた彼女が近づいてきて、私の前に立ちはだかり財布も取り上げられるかと、ハラハラドキドキ（嬉しいのではなくどうしよう、という冷や汗モノ）、幸い（？）目の前を通り過ぎて斜め前のお客さんの所に行きました。
　冒頭からの緊張感、これがまた「非日常」で新鮮でした。飛行機で大きく揺れて汗びっしょりになるのと同じような快感（？）、少々倒錯していますかね？
　白石加代子（http://www.doudou.co.jp/shiraishikayoko/）「百物語：http://www.doudou.co.jp/shiraishikayoko/sch.html」も素晴らしいですが、今回のこの企画、是非さらにパワーアップしての再演を期待したいです。皆さん、頑張って！！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="mceTemp">　最強の一人芝居フェスティバル「<strong>INDEPENDENT:SPR</strong>」が、札幌西区琴似・コンカリーニョ（<a href="http://www.concarino.or.jp/">http://www.concarino.or.jp/</a>）で開催、とにかく面白かったですね、６名の熱演に感謝です！</div>
<div id="attachment_12918" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/05/p1030018.jpg"><img class="size-medium wp-image-12918" title="p1030018" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/05/p1030018-500x375.jpg" alt="開演前の満席のコンカリーニョで" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">開演前の満席のコンカリーニョで</p></div>
<p>＜Aブロック＞<br />
「<strong>桜待ち</strong>」　　作・演出・出演：<strong>亀井健</strong></p>
<p>「<strong>α−β motif</strong>」　　出演：<strong>小林なるみ</strong>（<a href="http://web.mac.com/kaikisen/Top/KaikisenWeb/KaikisenWeb.html">劇団回帰線</a>）　作・演出：渡辺豪</p>
<p>「<strong>マラソロ</strong>」　　出演：<strong>加藤智之</strong>（<a href="http://frpn.com/top.htm">France_pan</a>）<br />
　　　　　　　　  脚本：山崎彬（<a href="http://waruishibai.jp/">悪い芝居</a>）　演出：伊藤拓（<a href="http://frpn.com/top.htm">France_pan</a>）</p>
<p>＜Bブロック＞<br />
「<strong>次の場所までさようなら」</strong>　　出演：<strong>中嶋久美子</strong>（<a href="http://mbm-p.to.cx/">ムーンビームマシン</a>）<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　脚本：二朗松田（<a href="http://kan-geki.com/hachibura/">はちきれることのないブラウスの会</a>）　演出：泉寛介（<a href="http://www.gem.hi-ho.ne.jp/baghdadcafe/top.html">baghdad cafe’</a>）</p>
<p>「<strong>駆込み訴え</strong>」　　出演：<strong>小林エレキ</strong>（<a href="http://yhsweb.jp/">yhs</a>）<br />
　　　　　　　　　　　 原作：太宰治　脚色・演出：南参（<a href="http://yhsweb.jp/">yhs</a>）</p>
<p>「<strong>ひな菊と財布</strong>」　　出演：<strong>坂本祐以</strong>（<a href="http://sen-nen.org/">劇団千年王國</a>）<br />
　　　　　　　　　　　 　作・演出：橋口幸絵（<a href="http://sen-nen.org/">劇団千年王國</a>）</p>
<div id="attachment_12926" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/05/p10300541.jpg"><img class="size-medium wp-image-12926" title="p10300541" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/05/p10300541-500x375.jpg" alt="北の春を熱くする、一人芝居の祭典始まる・・・" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">北の春を熱くする、一人芝居の祭典始まる・・・</p></div>
<p>　一つ一つ、一人一人がオリジナリティが高く、記憶にも鮮明です。加藤智之「マラソロ」、中嶋久美子「次の場所までさようなら」は大阪の「INDEPENDENT」の参加作品でもあり、迫力抜群、理屈抜きの面白さでした。地元からの４作品も熱演でしたよ。ラストの坂本祐以「ひな菊と財布」では、客席に現れた彼女が近づいてきて、私の前に立ちはだかり財布も取り上げられるかと、ハラハラドキドキ（嬉しいのではなくどうしよう、という冷や汗モノ）、幸い（？）目の前を通り過ぎて斜め前のお客さんの所に行きました。</p>
<p>　冒頭からの緊張感、これがまた「非日常」で新鮮でした。飛行機で大きく揺れて汗びっしょりになるのと同じような快感（？）、少々倒錯していますかね？</p>
<p>　白石加代子（<a href="http://www.doudou.co.jp/shiraishikayoko/">http://www.doudou.co.jp/shiraishikayoko/</a>）「百物語：<a href="http://www.doudou.co.jp/shiraishikayoko/sch.html">http://www.doudou.co.jp/shiraishikayoko/sch.html</a>」も素晴らしいですが、今回のこの企画、是非さらにパワーアップしての再演を期待したいです。皆さん、頑張って！！</p>
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		<title>テーケシュ・ラズロー氏は語る</title>
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		<pubDate>Wed, 09 May 2012 02:37:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　日本を初めて訪問したテーケシュ・ラズロー氏（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12758）は、私の一つ年下で、同時代を生きてきています。
　成田空港到着後、まずは成田ビューホテル（http://www.viewhotels.co.jp/narita/）前庭に建立されているワグナー・ナンドール作のステンレス像「道祖神」の見学、そこから益子に直行して除幕式に出席しました。次の日に東京に移動して外務省を訪問、在日ルーマニア大使、ハンガリー大使等とも面談し、翌日には、広島、京都を相次いで訪れて、先日、東京経由で日本を離れました。お帰りになる前日の晩に、「SAYONARA晩餐」で今回の旅の感想等を聴くことができました。
　初めての日本訪問、最初の見学が成田ビューホテルの「道祖神」だったことには大きな意義がある、とお話を始めました。日本の外務省では高官との面談もあったとか。かなり遠慮しながらもその時のやり取りの概略を伺いましたが、何とも恥ずかしくなるような気がしました。
　テーケシュさんは、ティミショアラの集いの前に、奥さま・お子さまを含めて、当時のチャウセスク政権、直接的には秘密警察に命を狙われ続けた聖職者です。彼の逮捕を予測してルーマニアの西部・ティミショアラに集まった数万の民衆のエネルギーが、1週間後のチャウシェスク政権崩壊の引き金になったのです。
　その彼を前に、先日、「チャウシェスク大統領自身は良い人物で、夫人がひどかったと聞いている」と、日本の外務省高官の政治家は言ったそうです。テーケシュさんは苦笑しながら私たちにお話をされていましたが、何という井戸端会議以下の情報レベルに、歴史観も見識も無く、「恥を知れ！」と残念ながら言わなければなりません。どこに行ってもこのレベルの情報で各国の代表と会っているとすれば、何とも「日本の品格」を疑われても仕方ないですね。
　ティミショアラの集会から20周年、2009年にはこのサイトも創設（http://timisoara1989.ro/en/）、実に興味深い真実の数々です、最初の画面にある動画には、若かりし日のテーケシュさん、父ブッシュ・アメリカ大統領と会談する姿等も見られます、是非アクセスしてみて下さい。遠い昔ではなく、つい20数年前の出来事で、日本はバブルの頂点、まさに歴史の転換点で、ルーマニア国民の声が聞こえてきそうです。
　広島では、広島平和記念資料館（http://www.pcf.city.hiroshima.jp/）の副館長が丁寧に説明をされたとか。ルーマニアでもハンガリーでも、8月6日の原爆投下日は、祈りの式典を今でも続けているそうです。ただ、彼は聖地と思っていた広島の平和公園では、ゴールデンウィークの最中でもあり、ジャズ等のかなりの音量のイベントも開催中で、少々意外で、がっかりしたとも。難しいですね、広島といえども365日追悼の日々でもないのでしょうから。
　京都・祇園のお茶屋では、三味線・舞子さんの演奏も堪能されて、「比較的哀しい曲風が多く、トランシルバニアと同じ心情」と喜ばれて、お話の途中途中でハンガリー民謡を数曲大きな声で唄っていました。また、新幹線の時間の正確な運行には感動し、駅に到着した時に、自分の腕時計をその時刻に合わせた程正確だ！との冗談も。
 
　と、ここまで書き続けたのですが、今回、成田空港でお出迎えをして以来、彼の周辺の方々への立ち振る舞いで少々気なることもありました。「上から目線」と言うか、「強者」を感じさせるやや傲慢な言動を見てしまったのですね。以前ナジュバラドでお会いした時より少し違った印象なのですが、と、ある方に私はつぶやいた所、「いや、もともとそうだったのかもしれない」と、苦渋の表情で返答をされました。民衆の絶大な人気を集めて独裁政権打倒の先頭で戦った闘士・聖職者が、その後の立場の昇格により変質したとすれば、私は残念であり、何とも失望する今の彼の姿です。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　日本を初めて訪問したテーケシュ・ラズロー氏（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12758">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12758</a>）は、私の一つ年下で、同時代を生きてきています。</p>
<p>　成田空港到着後、まずは成田ビューホテル（<a href="http://www.viewhotels.co.jp/narita/">http://www.viewhotels.co.jp/narita/</a>）前庭に建立されているワグナー・ナンドール作のステンレス像「道祖神」の見学、そこから益子に直行して除幕式に出席しました。次の日に東京に移動して外務省を訪問、在日ルーマニア大使、ハンガリー大使等とも面談し、翌日には、広島、京都を相次いで訪れて、先日、東京経由で日本を離れました。お帰りになる前日の晩に、「SAYONARA晩餐」で今回の旅の感想等を聴くことができました。</p>
<div id="attachment_12873" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/05/p10300271.jpg"><img class="size-medium wp-image-12873" title="p10300271" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/05/p10300271-500x375.jpg" alt="ハンガリー民謡を歌うテーケシュ・ラズロー氏（右）とキッシュ・シャンドール氏" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">ハンガリー民謡を歌うテーケシュ・ラズロー氏（右）とキッシュ・シャンドール氏</p></div>
<p>　初めての日本訪問、最初の見学が成田ビューホテルの「道祖神」だったことには大きな意義がある、とお話を始めました。日本の外務省では高官との面談もあったとか。かなり遠慮しながらもその時のやり取りの概略を伺いましたが、何とも恥ずかしくなるような気がしました。</p>
<p>　テーケシュさんは、ティミショアラの集いの前に、奥さま・お子さまを含めて、当時のチャウセスク政権、直接的には秘密警察に命を狙われ続けた聖職者です。彼の逮捕を予測してルーマニアの西部・ティミショアラに集まった数万の民衆のエネルギーが、1週間後のチャウシェスク政権崩壊の引き金になったのです。</p>
<p>　その彼を前に、先日、「チャウシェスク大統領自身は良い人物で、夫人がひどかったと聞いている」と、日本の外務省高官の政治家は言ったそうです。テーケシュさんは苦笑しながら私たちにお話をされていましたが、何という井戸端会議以下の情報レベルに、歴史観も見識も無く、「恥を知れ！」と残念ながら言わなければなりません。どこに行ってもこのレベルの情報で各国の代表と会っているとすれば、何とも「日本の品格」を疑われても仕方ないですね。</p>
<p>　ティミショアラの集会から20周年、2009年にはこのサイトも創設（<a href="http://timisoara1989.ro/en/">http://timisoara1989.ro/en/</a>）、実に興味深い真実の数々です、最初の画面にある動画には、若かりし日のテーケシュさん、父ブッシュ・アメリカ大統領と会談する姿等も見られます、是非アクセスしてみて下さい。遠い昔ではなく、つい20数年前の出来事で、日本はバブルの頂点、まさに歴史の転換点で、ルーマニア国民の声が聞こえてきそうです。</p>
<div id="attachment_12869" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/05/p1030040.jpg"><img class="size-medium wp-image-12869" title="p1030040" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/05/p1030040-500x375.jpg" alt="ティミショアラ1989年から20周年を記念したパンフ" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">ティミショアラ1989年から20周年を記念したパンフ裏表紙 ＆ サイン（左中央）</p></div>
<p>　広島では、広島平和記念資料館（<a href="http://www.pcf.city.hiroshima.jp/">http://www.pcf.city.hiroshima.jp/</a>）の副館長が丁寧に説明をされたとか。ルーマニアでもハンガリーでも、8月6日の原爆投下日は、祈りの式典を今でも続けているそうです。ただ、彼は聖地と思っていた広島の平和公園では、ゴールデンウィークの最中でもあり、ジャズ等のかなりの音量のイベントも開催中で、少々意外で、がっかりしたとも。難しいですね、広島といえども365日追悼の日々でもないのでしょうから。</p>
<p>　京都・祇園のお茶屋では、三味線・舞子さんの演奏も堪能されて、「比較的哀しい曲風が多く、トランシルバニアと同じ心情」と喜ばれて、お話の途中途中でハンガリー民謡を数曲大きな声で唄っていました。また、新幹線の時間の正確な運行には感動し、駅に到着した時に、自分の腕時計をその時刻に合わせた程正確だ！との冗談も。</p>
<p> </p>
<p>　と、ここまで書き続けたのですが、今回、成田空港でお出迎えをして以来、彼の周辺の方々への立ち振る舞いで少々気なることもありました。「上から目線」と言うか、「強者」を感じさせるやや傲慢な言動を見てしまったのですね。以前ナジュバラドでお会いした時より少し違った印象なのですが、と、ある方に私はつぶやいた所、「いや、もともとそうだったのかもしれない」と、苦渋の表情で返答をされました。民衆の絶大な人気を集めて独裁政権打倒の先頭で戦った闘士・聖職者が、その後の立場の昇格により変質したとすれば、私は残念であり、何とも失望する今の彼の姿です。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>原発「稼働」ゼロの世界</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12844</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12844#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 06 May 2012 21:24:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12844</guid>
		<description><![CDATA[　「４２年ぶり国内全原発停止　泊３号機の定検開始：http://www.hokkaido-np.co.jp/news/economic/370156.html」との新聞の見出し、3・11を経て、「全原発停止」状態が実現しましたが、あくまでも「稼働ゼロ」、「停止」であり、「脱原発」に向けてはしっかりしたデータとロジックに基づく必要があり、予断を許さない状況と見るべきでしょう。
　田中優さんは、ご自身のブログ（http://tanakayu.blogspot.jp/2012/05/blog-post_2393.html）で、鋭く「偽装停電」を指摘されています。どんな社会的課題の解決でも同じですが、一見追い風に見える状況というのが最も警戒すべき時とわきまえるべきです、からめ捕られない地に着いた活動を展開しなくては。なぜなら、再稼働を急ぎたい輩の恐れることは、「電力不足」ではなく、「節電等によって原発ゼロ状態で乗り越えてしまう」ことなのでしょうから。
　「電力不足は正しい情報に基づいているのか」、「不足の前提にしている条件に恣意的な誘導はないのか」、「昨年の『計画停電』の過ちをどう乗り越えているのか」、全原発停止状態を喜んでいる暇はありません。政府・電力会社は行動で改善・改革を成し遂げているのかどうか、国民は実績をしっかり見極め、データの適時開示を求め続けて、なし崩し的再稼働を許さない見識が必要です。
　メディアの誘導に対しても監視を続けなければなりません、電力会社の記者会見での毎回の生ぬるいやり取りでは、国民の前に「真実」を知らしめることはできないではありませんか。今こそ、「メディア」の本来の機能に立ち返ってもらいたいものです、独自のコメントの前に、当事者たちに正しい情報の公開を要求をして明らかにする、そんな原点です。
　「原発再稼働」については、3月に私はコメントしました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12331）。とにかく、昨年３・11以降、東電福島第一原発は未だ終息せずに事故は継続中、使用済み核燃料の状態は全く変わらず不透明、泊3号機に溜められている使用済み核燃料についての言及も見つけることは出来ない現状です。複数の事故調査報告に真摯に向き合い、その答えを国民に明示すること、民間企業としてのイロハであり、いやしくも企業経営者の立場に居て報酬を得ている人間の基本です。
　先月の富山での経済同友会全国セミナーでは、電力会社の不適切な情報開示に対して、私の想像以上に全国の多くの経営者が憤っていました。そして、原材料の値上がりを理由に電気料金値上げを言いだす電力会社の経営体質に対してもです。日ごろ、コスト削減に真剣に向き合っている経営者の生の声だと感じました。
　今回の「停止状態」を契機に、本格的に自然エネルギーを軸とした「代替エネルギーへのシフト」を、新たな技術革新、エネルギー・イノベーションに着手する、それが国際社会の日本復活への道です。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「<strong>４２年ぶり国内全原発停止　泊３号機の定検開始</strong>：<a href="http://www.hokkaido-np.co.jp/news/economic/370156.html">http://www.hokkaido-np.co.jp/news/economic/370156.html</a>」との新聞の見出し、3・11を経て、「全原発停止」状態が実現しましたが、あくまでも「稼働ゼロ」、「停止」であり、「脱原発」に向けてはしっかりしたデータとロジックに基づく必要があり、予断を許さない状況と見るべきでしょう。</p>
<p>　田中優さんは、ご自身のブログ（<a href="http://tanakayu.blogspot.jp/2012/05/blog-post_2393.html">http://tanakayu.blogspot.jp/2012/05/blog-post_2393.html</a>）で、鋭く「<strong>偽装停電</strong>」を指摘されています。どんな社会的課題の解決でも同じですが、一見追い風に見える状況というのが最も警戒すべき時とわきまえるべきです、からめ捕られない地に着いた活動を展開しなくては。なぜなら、再稼働を急ぎたい輩の恐れることは、「電力不足」ではなく、「節電等によって原発ゼロ状態で乗り越えてしまう」ことなのでしょうから。</p>
<p>　「電力不足は正しい情報に基づいているのか」、「不足の前提にしている条件に恣意的な誘導はないのか」、「昨年の『計画停電』の過ちをどう乗り越えているのか」、全原発停止状態を喜んでいる暇はありません。政府・電力会社は行動で改善・改革を成し遂げているのかどうか、国民は実績をしっかり見極め、データの適時開示を求め続けて、なし崩し的再稼働を許さない見識が必要です。</p>
<p>　メディアの誘導に対しても監視を続けなければなりません、電力会社の記者会見での毎回の生ぬるいやり取りでは、国民の前に「真実」を知らしめることはできないではありませんか。今こそ、「メディア」の本来の機能に立ち返ってもらいたいものです、独自のコメントの前に、当事者たちに正しい情報の公開を要求をして明らかにする、そんな原点です。</p>
<p>　「原発再稼働」については、3月に私はコメントしました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12331">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12331</a>）。とにかく、昨年３・11以降、東電福島第一原発は未だ終息せずに事故は継続中、使用済み核燃料の状態は全く変わらず不透明、泊3号機に溜められている使用済み核燃料についての言及も見つけることは出来ない現状です。複数の事故調査報告に真摯に向き合い、その答えを国民に明示すること、民間企業としてのイロハであり、いやしくも企業経営者の立場に居て報酬を得ている人間の基本です。</p>
<p>　先月の富山での経済同友会全国セミナーでは、電力会社の不適切な情報開示に対して、私の想像以上に全国の多くの経営者が憤っていました。そして、原材料の値上がりを理由に電気料金値上げを言いだす電力会社の経営体質に対してもです。日ごろ、コスト削減に真剣に向き合っている経営者の生の声だと感じました。</p>
<p>　今回の「停止状態」を契機に、本格的に自然エネルギーを軸とした「代替エネルギーへのシフト」を、新たな技術革新、エネルギー・イノベーションに着手する、それが国際社会の日本復活への道です。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>薩摩と会津への訪問、因縁ですね</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12747</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12747#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 03 May 2012 21:46:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12747</guid>
		<description><![CDATA[　何も意識していなかったのに、後で振り返ると「そうだったんだ！」と妙に因縁を感じる時があります。 3月・4月と私自身が全く別の目的で訪問した土地、鹿児島と福島、そう言えば幕末から明治に掛けて以来の「薩摩」・「会津」の微妙な関係でした。
薩摩：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E8%96%A9%E6%91%A9
会津：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E4%BC%9A%E6%B4%A5
　会津若松の訪問で、掲載し忘れた1枚の写真です、「フクシマ」を実感しました。
 
　そんな折、外岡秀俊（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12165）さんの最近の著書、「複合震災」と「震災と原発 国家の過ち」はメッセージ満載です。たまたま「震災と原発 国家の過ち」を読み直していると、「第4章 東北とは何か」に、実に興味深いことが書かれています。少々長い引用になりますがお許し下さい。放言で辞任に追い込まれた松本龍復興担当相のやり取りに絡んでです。
 
～～～～～～～～～～ここから引用
　中央の権力を笠に着て、被災地の首長を見下し、威嚇する。果てはマスコミを恫喝する。こうした人物が、復興基本法でできた重要ポストに就いたこと自体が驚きだった。
　だが数ある放言のなかで、私がもっとも気になったのは、「九州の人間だから、東北の何市がどこの県とかわからんのだ」という発言だった。これには訳がある。
　学生のころ、仙台市に拠点を置く『河北新報』の社長に、話をうかがったことがある。社長は、東北ブロック紙の現状について語る前に、新聞の紙名の由来を説明した。「東北には、『白河以北一山（ひとやま）百文（もん）』という言い伝えがあります。戊辰戦争で負けてのち、薩長は東北を蔑み、福島県の白河の関から北には、何の価値も無いといった。意地でもその逆境を撥ね返してやる、とつけたのが、『河北新報』の名前です」
　この「白河以北一山百文」の出典は定かではない。東北をめぐる近代の言説をつぶさにたどった河西英通氏の『東北』『続・東北』（中公新書）によれば、1878年8月23日の『近時評論』誌の記事が、最初の記述だろうという。
　一般には、戊辰戦争の際に、官軍の将校が発した言葉という説が流布している。しかし河西氏の文献考証から、この言葉は、「一山：いちざん」と号した岩手出身の原敬が、1918年に首相に就任した前後、それまで「賊軍」「朝敵」とされてきた東北の名誉回復の機運が高まって、「官軍スローガン」説がつくられた、と推測している。
　いずれにせよ、東北では、「白河以北」という言葉は、西南日本による、いわれなき蔑視と差別を象徴する言葉なのである。
・・・・・・・・高橋富雄氏は『地方からの日本学　地方（じかた）日本学――方法と実践』（歴史春秋出版）の中で、一章を設け、「東北呪詛（じゅそ）」の響きをもつ「白河以北」の言葉がうまれる3つの要因を分析している。
　第一は、自然の要因である。弥生型生産様式としての稲作農耕は、暖国西南には適合しても、寒冷な東北には不向きだった。縄文時代には日本の中心だった東北も、その後は冷害、凶作、飢饉の常襲地帯になり、その運命は人為を超えていた。
　第二は歴史の要因だ。これは第一の要因が18・19世紀に長期的な天災となって顕在化したことを指す。宝暦、天明、天保と続いた凶作は未曽有の飢饉となって東北を襲い、「東北一円無一物」が常態化した。戊申戦争が惨憺たる敗戦に終わったのも、その経済的基盤に弱点があったからだ。
　しかし、「白河以北」が明治維新による「東北断罪」の言葉になったのは、直接には第三の政治の要因による。会津、仙台、南部をはじめとする「皆敵奥州」は、賊国として一切の政治的な特権を停止、剥奪され、その後も、政治的には「軟禁状態」、経済的には「禁治産者状態」に置かれた。
　高橋氏は、後に原敬がいうように、「戊辰戦争は政見の異同のみ」であった、という。それは原理的には五分と五分のたたかいで、「勝者」が「敗者」を断罪する覇道ではなく、結果に優劣を求めることをしないフェアな武士道によって遇するべきだった、という。
　だが、こうして「白河以北」に結晶化した「遅れた東北」のイメージは、歴史的には、より深い古代の地層から長い時間をかけて析出されたものだった。・・・・・・・・・・・・・・　
　このように歴史をたどったうえで、高橋氏は、「東北的なもの」とは、「日本文化、あるいは日本史における未知なるものを典型的に代表するもの」だと定義する。
　縄文以来、東北の根に生き続けている元始的なもの、変わらないものは、「近代」のモノサシから見れば「遅れた」存在に映るかもしれない。しかし、文明が行き詰ったときに、新しい文明や文化を創造するエネルギーをもたらすものは、つねに旧来の「歴史」を超える超近代の「元始」であった、「東北的なもの」には、近代が行き詰ったときに、「もうひとつの日本」を構想する重要なカギが隠されているのではないか。
　高橋氏の基調講演は、「東北的なもの」の可能性を問いかけて終わっている。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用　おわり
　
　最後のフレーズに力がありますね。外岡氏は、「文学が被災者に希望を与えるのではなく、被災者が希望であることを教えるのが文学であることを知った」とまえがきで語っています、豊富な読書と知識、高い見識に裏付けられた、実に鋭い考察だと思いました。3年前の9月に、私も友人たちと青森・弘前・大間を旅行し、確かな東北の歴史は目に焼き付いています。
http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2170
http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2172
http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2203
http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2175
http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2250
 
　5月の「メディアアンビシャス：http://media-am.org/」例会で、外岡秀俊さんをゲストスピーカーにお招きしています。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～
日時　5月15日（火）午後7時から（午後6時には開場しています）
場所　愛生舘ビル （札幌市中央区南１西５北西角、市電沿いビル：入
口は二つありますが、南側入り口から入った右手奥、 １階会議室）
講師　元朝日新聞　外岡秀俊さん（昨年3月末で朝日新聞を退社し、
ふるさと札幌に拠点を移して活動中）
テーマ　「大災害とメディア」、「マスコミとフリーの違い」等について
　　　　　～～朝日を退職してゆっくり札幌で活動と思っていた矢先の
３・１１、以前の阪神淡路大震災、中国の四川大震災等の取材経験を
踏まえて、今年になって出版した2冊の本も大変読み応えのある内容
でした。　
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～
　例会の場で、彼の捉える今回の大震災・津波・原発被害について、さらに突っ込んだメッセージを期待したいですね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　何も意識していなかったのに、後で振り返ると「そうだったんだ！」と妙に因縁を感じる時があります。 3月・4月と私自身が全く別の目的で訪問した土地、鹿児島と福島、そう言えば幕末から明治に掛けて以来の「薩摩」・「会津」の微妙な関係でした。</p>
<p>薩摩：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E8%96%A9%E6%91%A9">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E8%96%A9%E6%91%A9</a></p>
<p>会津：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E4%BC%9A%E6%B4%A5">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E4%BC%9A%E6%B4%A5</a></p>
<p>　会津若松の訪問で、掲載し忘れた1枚の写真です、「フクシマ」を実感しました。</p>
<div id="attachment_12764" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020945.jpg"><img class="size-medium wp-image-12764" title="p1020945" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020945-500x375.jpg" alt="中学校の校庭の一角に大熊町、双葉町の木造仮設住宅" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">鶴ヶ城よこ、中学校の校庭の一角に、大熊町、双葉町の一時避難所・木造仮設住宅</p></div>
<p> </p>
<p>　そんな折、外岡秀俊（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12165">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12165</a>）さんの最近の著書、「<strong>複合震災</strong>」と「<strong>震災と原発 国家の過ち</strong>」はメッセージ満載です。たまたま「震災と原発 国家の過ち」を読み直していると、「第4章 東北とは何か」に、実に興味深いことが書かれています。少々長い引用になりますがお許し下さい。放言で辞任に追い込まれた松本龍復興担当相のやり取りに絡んでです。</p>
<p> </p>
<p>～～～～～～～～～～ここから引用</p>
<p>　中央の権力を笠に着て、被災地の首長を見下し、威嚇する。果てはマスコミを恫喝する。こうした人物が、復興基本法でできた重要ポストに就いたこと自体が驚きだった。</p>
<p>　だが数ある放言のなかで、私がもっとも気になったのは、「九州の人間だから、東北の何市がどこの県とかわからんのだ」という発言だった。これには訳がある。</p>
<p>　学生のころ、仙台市に拠点を置く『河北新報』の社長に、話をうかがったことがある。社長は、東北ブロック紙の現状について語る前に、新聞の紙名の由来を説明した。「東北には<strong>、『白河以北一山（ひとやま）百文（もん）』</strong>という言い伝えがあります。戊辰戦争で負けてのち、薩長は東北を蔑み、福島県の白河の関から北には、何の価値も無いといった。意地でもその逆境を撥ね返してやる、とつけたのが、『河北新報』の名前です」</p>
<p>　この「白河以北一山百文」の出典は定かではない。東北をめぐる近代の言説をつぶさにたどった河西英通氏の『東北』『続・東北』（中公新書）によれば、1878年8月23日の『近時評論』誌の記事が、最初の記述だろうという。</p>
<p>　一般には、戊辰戦争の際に、官軍の将校が発した言葉という説が流布している。しかし河西氏の文献考証から、この言葉は、「一山：いちざん」と号した岩手出身の原敬が、1918年に首相に就任した前後、それまで「賊軍」「朝敵」とされてきた東北の名誉回復の機運が高まって、「官軍スローガン」説がつくられた、と推測している。</p>
<p>　いずれにせよ、東北では、「白河以北」という言葉は、西南日本による、いわれなき蔑視と差別を象徴する言葉なのである。</p>
<p>・・・・・・・・高橋富雄氏は『地方からの日本学　地方（じかた）日本学――方法と実践』（歴史春秋出版）の中で、一章を設け、「東北呪詛（じゅそ）」の響きをもつ「白河以北」の言葉がうまれる3つの要因を分析している。</p>
<p>　第一は、自然の要因である。弥生型生産様式としての稲作農耕は、暖国西南には適合しても、寒冷な東北には不向きだった。縄文時代には日本の中心だった東北も、その後は冷害、凶作、飢饉の常襲地帯になり、その運命は人為を超えていた。</p>
<p>　第二は歴史の要因だ。これは第一の要因が18・19世紀に長期的な天災となって顕在化したことを指す。宝暦、天明、天保と続いた凶作は未曽有の飢饉となって東北を襲い、「東北一円無一物」が常態化した。戊申戦争が惨憺たる敗戦に終わったのも、その経済的基盤に弱点があったからだ。</p>
<p>　しかし、「白河以北」が明治維新による「東北断罪」の言葉になったのは、直接には第三の政治の要因による。会津、仙台、南部をはじめとする「皆敵奥州」は、賊国として一切の政治的な特権を停止、剥奪され、その後も、政治的には「軟禁状態」、経済的には「禁治産者状態」に置かれた。</p>
<p>　高橋氏は、後に原敬がいうように、「戊辰戦争は政見の異同のみ」であった、という。それは原理的には五分と五分のたたかいで、「勝者」が「敗者」を断罪する覇道ではなく、結果に優劣を求めることをしないフェアな武士道によって遇するべきだった、という。</p>
<p>　だが、こうして「白河以北」に結晶化した「遅れた東北」のイメージは、歴史的には、より深い古代の地層から長い時間をかけて析出されたものだった。・・・・・・・・・・・・・・　</p>
<p>　このように歴史をたどったうえで、高橋氏は、「東北的なもの」とは、「日本文化、あるいは日本史における未知なるものを典型的に代表するもの」だと定義する。</p>
<p>　縄文以来、東北の根に生き続けている元始的なもの、変わらないものは、「近代」のモノサシから見れば「遅れた」存在に映るかもしれない。しかし、文明が行き詰ったときに、新しい文明や文化を創造するエネルギーをもたらすものは、つねに旧来の「歴史」を超える超近代の「元始」であった、「東北的なもの」には、近代が行き詰ったときに、「もうひとつの日本」を構想する重要なカギが隠されているのではないか。</p>
<p>　高橋氏の基調講演は、「東北的なもの」の可能性を問いかけて終わっている。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用　おわり</p>
<p>　</p>
<p>　最後のフレーズに力がありますね。外岡氏は、「文学が被災者に希望を与えるのではなく、被災者が希望であることを教えるのが文学であることを知った」とまえがきで語っています、豊富な読書と知識、高い見識に裏付けられた、実に鋭い考察だと思いました。3年前の9月に、私も友人たちと青森・弘前・大間を旅行し、確かな東北の歴史は目に焼き付いています。</p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2170">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2170</a></p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2172">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2172</a></p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2203">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2203</a></p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2175">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2175</a></p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2250">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2250</a></p>
<p> </p>
<p>　<strong>5月の「メディアアンビシャス：</strong><a href="http://media-am.org/"><strong>http://media-am.org/</strong></a><strong>」例会</strong>で、外岡秀俊さんをゲストスピーカーにお招きしています。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</p>
<p>日時　5月15日（火）午後7時から（午後6時には開場しています）</p>
<p>場所　愛生舘ビル （札幌市中央区南１西５北西角、市電沿いビル：入<br />
口は二つありますが、南側入り口から入った右手奥、 １階会議室）</p>
<p>講師　元朝日新聞　外岡秀俊さん（昨年3月末で朝日新聞を退社し、<br />
ふるさと札幌に拠点を移して活動中）</p>
<p>テーマ　「大災害とメディア」、「マスコミとフリーの違い」等について<br />
　　　　　～～朝日を退職してゆっくり札幌で活動と思っていた矢先の<br />
３・１１、以前の阪神淡路大震災、中国の四川大震災等の取材経験を<br />
踏まえて、今年になって出版した2冊の本も大変読み応えのある内容<br />
でした。　</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</p>
<p>　例会の場で、彼の捉える今回の大震災・津波・原発被害について、さらに突っ込んだメッセージを期待したいですね。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>「アザリア」の仲間たち</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12694</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12694#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 01 May 2012 22:48:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12694</guid>
		<description><![CDATA[　この数日、札幌では急に気温も上がり、昨日5月1日、札幌の「サクラ開花宣言」だそうです。今年は遅いだろうとの予想でしたが、このところの天候で何とかゴールデン・ウィークに間に合わせた？何とも愛おしいサクラです！
　栃木県さくら市ミュージアム（http://www.city.tochigi-sakura.lg.jp/site/sakura-museum/）では、3年前にワグナーナンドール展を開催し（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2491）、今年は、「『アザリア』の仲間たち：http://www.city.tochigi-sakura.lg.jp/site/sakura-museum/exhibition1.html」と題した展示が開催されています。
 　1917（大正6）年7月、盛岡高等農林学校（http://www.iwatabi.net/morioka/morioka/morinourin.html）で1冊の同人誌「アザリア」が生まれました。その中心となった宮沢賢治、保阪嘉内、河本義行、そしてさくら市出身の小菅健吉の文芸活動を通して育まれた友情にスポットをあてた今回の企画展です。何ともレトロな学生服姿の男子4人、金沢の「四高」、札幌農学校の学生と同様のかもし出す雰囲気です。
　小菅健吉の息子さんは栃木県の小菅充・元副知事で、現在、ワグナー・ナンドール財団の理事も務められています。小菅健吉は、宮沢賢治と同級生、卒業後に大正7年から15年までの8年間アメリカに渡り、苦労しながら農学（土壌細菌学）研究に励み、日本の友人に宛てた貴重な「アメリカ通信」の書簡も展示されていました。時代に翻弄されながらも力強く生き、時々の心情、望郷の念、社会の変化が手紙に認められていました。
　それにしても、1920年前後に8年間も苦労しながらアメリカの滞在を選択した彼の情熱に感動するとともに、大正デモクラシーの時代を感じます、「杜稜（盛岡）で学び」というフレーズもいいですね。ただ、その後の日本の戦争への歴史を振り返りながら、第二次世界大戦後の高度成長期を経た今の時代と重ね合わせると、危機感も抱きます。
 
　帰り路、ミュージアムの玄関を出ると、道路がサクラの花びらでいっぱい、素晴らしい4月下旬の北関東でした。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　この数日、札幌では急に気温も上がり、昨日5月1日、札幌の「サクラ開花宣言」だそうです。今年は遅いだろうとの予想でしたが、このところの天候で何とかゴールデン・ウィークに間に合わせた？何とも愛おしいサクラです！</p>
<p>　<strong>栃木県さくら市ミュージアム（</strong><a href="http://www.city.tochigi-sakura.lg.jp/site/sakura-museum/"><strong>http://www.city.tochigi-sakura.lg.jp/site/sakura-museum/</strong></a><strong>）</strong>では、3年前にワグナーナンドール展を開催し（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2491">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2491</a>）、今年は<strong>、「『アザリア』の仲間たち</strong>：<a href="http://www.city.tochigi-sakura.lg.jp/site/sakura-museum/exhibition1.html"><strong>http://www.city.tochigi-sakura.lg.jp/site/sakura-museum/exhibition1.html</strong></a>」と題した展示が開催されています。</p>
<div id="attachment_12819" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/05/p1020960.jpg"><img class="size-medium wp-image-12819" title="p1020960" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/05/p1020960-500x375.jpg" alt="正面玄関前の大きな表示板" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">正面玄関前の大きな表示板</p></div>
<p> 　1917（大正6）年7月、盛岡高等農林学校（<a href="http://www.iwatabi.net/morioka/morioka/morinourin.html">http://www.iwatabi.net/morioka/morioka/morinourin.html</a>）で1冊の<strong>同人誌「アザリア</strong>」が生まれました。その中心となった<strong>宮沢賢治、保阪嘉内、河本義行</strong>、そしてさくら市出身の<strong>小菅健吉</strong>の文芸活動を通して育まれた友情にスポットをあてた今回の企画展です。何ともレトロな学生服姿の男子4人、金沢の「四高」、札幌農学校の学生と同様のかもし出す雰囲気です。</p>
<p>　小菅健吉の息子さんは栃木県の小菅充・元副知事で、現在、ワグナー・ナンドール財団の理事も務められています。小菅健吉は、宮沢賢治と同級生、卒業後に大正7年から15年までの8年間アメリカに渡り、苦労しながら農学（土壌細菌学）研究に励み、日本の友人に宛てた貴重な「アメリカ通信」の書簡も展示されていました。時代に翻弄されながらも力強く生き、時々の心情、望郷の念、社会の変化が手紙に認められていました。</p>
<p>　それにしても、1920年前後に8年間も苦労しながらアメリカの滞在を選択した彼の情熱に感動するとともに、大正デモクラシーの時代を感じます、「杜稜（盛岡）で学び」というフレーズもいいですね。ただ、その後の日本の戦争への歴史を振り返りながら、第二次世界大戦後の高度成長期を経た今の時代と重ね合わせると、危機感も抱きます。</p>
<p> </p>
<p>　帰り路、ミュージアムの玄関を出ると、道路がサクラの花びらでいっぱい、素晴らしい4月下旬の北関東でした。</p>
<div id="attachment_12696" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020959.jpg"><img class="size-medium wp-image-12696" title="p1020959" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020959-500x375.jpg" alt="サクラのじゅうたん" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">サクラのじゅうたん</p></div>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>テーケシュ・ラズロー氏、来日！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12758</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12758#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 29 Apr 2012 19:18:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12758</guid>
		<description><![CDATA[　欧州連合（EU：http://www.deljpn.ec.europa.eu/modules/union/development/）・欧州委員会（http://www.deljpn.ec.europa.eu/modules/union/institution/commission/）の副委員長だったルーマニアのテーケシュ・ラズローさんが、初めて来日しました、私とは2004年以来、久しぶりの再会です。
　1989年のティミショアラの集会（http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/e/9b41d4b8aaefbf91438dd4e8738601de）は、ルーマニアのチャウシェスク政権崩壊のきっかけとなりました。昨年、私が式典・フォーラムで訪問したナジュバラド（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10353）は、彼の本拠地です。このティミショアラの集会後、初めての外国メディアの取材が1990年の日本のNHKで（http://www.nhk.or.jp/archives/nhk-archives/past/2005/h060313.html）、20周年の2009年にもドキュメンタリー番組で新たな取材もありました。これを記念したHPも出来ています（http://timisoara1989.ro/en/）。
　今回の彼の訪日の主たる目的は、益子にあるワグナー・ナンドール記念財団（http://wagnernandor.com/indexj.htm）での「ハンガリアン・コープス：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10357」の除幕式出席です。昨日は、地元益子町（http://www.town.mashiko.tochigi.jp/）の大塚朋之町長、ハンガリーのワグナー・ナンドール・フーマーナ財団のキッシュ・シャンドール理事長ほか、大勢の方々が参集されました。昭和天皇の誕生日、ナンドールとちよの結婚記念日と、おめでたい日のイベントでした。
　テーケシュさんはご挨拶の中で、「トランシルバニアにはこれまで政治的転換点が三度ありました。最初は、1848～49年の『オーストリアからの独立運動』、2度目は1956年の『ハンガリー革命（日本では動乱と言っているが）』、そして、1989年の『ティミショアラでの集会』を契機としたルーマニアの社会主義体制の崩壊です」と。この「ハンガリアン・コープス」像は、3つの革命で人類の自由獲得のために戦った人々の象徴であることを強調しました。
　ワグナー・ナンドールの生まれ故郷・ナジュバラドと歴史への関わりでの共通点（1956年ハンガリー動乱と1989年ティミショアラ）で始まる人間関係の織り成す物語は、まるでドキュメンタリー番組のようです。トランシルバニアの歴史から見ると、ルーマニアにおけるハンガリー人への弾圧と差別は、計り知れないものがあったのでしょう、彼の言葉の端はしから聞こえてきました、「ルーマニア人を恨んだことは一度も無かった、ただルーマニアの政権は、ひどいものだった」と。
　また、チャウシェスク政権下での、巧妙なハンガリー人排除政策（http://yosukenaito.blog40.fc2.com/blog-date-20091217.html）についても、幾つかの実例で示されました。歴史の転換点のど真ん中にいた彼が、「第二次世界大戦でともに敗戦した日本とハンガリー」、「戦う」、「立ち上がる」と語る時、今の日本ではあり得ない骨太のリーダーの姿を見た気がします。同じ時代を生きてきた私の人生と重ね合わせ、「歴史」を創ってきた堂々たる人間の生きざまを感じました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　欧州連合（EU：<a href="http://www.deljpn.ec.europa.eu/modules/union/development/">http://www.deljpn.ec.europa.eu/modules/union/development/</a>）・欧州委員会（<a href="http://www.deljpn.ec.europa.eu/modules/union/institution/commission/">http://www.deljpn.ec.europa.eu/modules/union/institution/commission/</a>）の副委員長だったルーマニアのテーケシュ・ラズローさんが、初めて来日しました、私とは2004年以来、久しぶりの再会です。</p>
<p>　1989年のティミショアラの集会（<a href="http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/e/9b41d4b8aaefbf91438dd4e8738601de">http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/e/9b41d4b8aaefbf91438dd4e8738601de</a>）は、ルーマニアのチャウシェスク政権崩壊のきっかけとなりました。昨年、私が式典・フォーラムで訪問したナジュバラド（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10353">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10353</a>）は、彼の本拠地です。このティミショアラの集会後、初めての外国メディアの取材が1990年の日本のNHKで（<a href="http://www.nhk.or.jp/archives/nhk-archives/past/2005/h060313.html">http://www.nhk.or.jp/archives/nhk-archives/past/2005/h060313.html</a>）、20周年の2009年にもドキュメンタリー番組で新たな取材もありました。これを記念したHPも出来ています（<a href="http://timisoara1989.ro/en/">http://timisoara1989.ro/en/</a>）。</p>
<div id="attachment_12767" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1030002.jpg"><img class="size-medium wp-image-12767" title="p1030002" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1030002-500x375.jpg" alt="初来日のテーケシュ・ラズロー氏" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">初来日のテーケシュ・ラズロー氏</p></div>
<p>　今回の彼の訪日の主たる目的は、益子にあるワグナー・ナンドール記念財団（<a href="http://wagnernandor.com/indexj.htm">http://wagnernandor.com/indexj.htm</a>）での「ハンガリアン・コープス：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10357">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10357</a>」の除幕式出席です。昨日は、地元益子町（<a href="http://www.town.mashiko.tochigi.jp/">http://www.town.mashiko.tochigi.jp/</a>）の大塚朋之町長、ハンガリーのワグナー・ナンドール・フーマーナ財団のキッシュ・シャンドール理事長ほか、大勢の方々が参集されました。昭和天皇の誕生日、ナンドールとちよの結婚記念日と、おめでたい日のイベントでした。</p>
<div id="attachment_12771" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020995.jpg"><img class="size-medium wp-image-12771" title="p1020995" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020995-375x500.jpg" alt="益子での除幕式" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">益子での除幕式</p></div>
<div id="attachment_12772" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020988.jpg"><img class="size-medium wp-image-12772" title="p1020988" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020988.jpg" alt="大塚朋之・益子町長" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">大塚朋之・益子町長</p></div>
<div id="attachment_12773" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020992.jpg"><img class="size-medium wp-image-12773" title="p1020992" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020992.jpg" alt="キッシュ・シャンドールさんと通訳・お嬢様のレイカさん" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">キッシュ・シャンドールさんと通訳・お嬢様のレイカさん</p></div>
<p>　テーケシュさんはご挨拶の中で、「トランシルバニアにはこれまで政治的転換点が三度ありました。最初は、1848～49年の『オーストリアからの独立運動』、2度目は1956年の『ハンガリー革命（日本では動乱と言っているが）』、そして、1989年の『ティミショアラでの集会』を契機としたルーマニアの社会主義体制の崩壊です」と。この「ハンガリアン・コープス」像は、3つの革命で人類の自由獲得のために戦った人々の象徴であることを強調しました。</p>
<p>　ワグナー・ナンドールの生まれ故郷・ナジュバラドと歴史への関わりでの共通点（1956年ハンガリー動乱と1989年ティミショアラ）で始まる人間関係の織り成す物語は、まるでドキュメンタリー番組のようです。トランシルバニアの歴史から見ると、ルーマニアにおけるハンガリー人への弾圧と差別は、計り知れないものがあったのでしょう、彼の言葉の端はしから聞こえてきました、「ルーマニア人を恨んだことは一度も無かった、ただルーマニアの政権は、ひどいものだった」と。</p>
<p>　また、チャウシェスク政権下での、巧妙なハンガリー人排除政策（<a href="http://yosukenaito.blog40.fc2.com/blog-date-20091217.html">http://yosukenaito.blog40.fc2.com/blog-date-20091217.html</a>）についても、幾つかの実例で示されました。歴史の転換点のど真ん中にいた彼が、「第二次世界大戦でともに敗戦した日本とハンガリー」、「戦う」、「立ち上がる」と語る時、今の日本ではあり得ない骨太のリーダーの姿を見た気がします。同じ時代を生きてきた私の人生と重ね合わせ、「歴史」を創ってきた堂々たる人間の生きざまを感じました。</p>
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		<item>
		<title>測定しました、数か所の放射線量</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12699</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12699#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 27 Apr 2012 00:09:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12699</guid>
		<description><![CDATA[　以前から、札幌での放射線量を測ったことはありましたが、先日、北関東を移動中に数か所、新しい線量計でガンマ線だけですが測定してみました。
　 「エステーエアカウンターS：http://www.st-c.co.jp/air-counter/」は、ガンマ（γ）線だけの測定で、以下の数値の単位は「μSv/h ：　マイクロシーベルト・パー・アワー」です。この器具では、「0.05」以下は、みな「0.05」での表示となります。札幌を含めて、今回「0.05」で表示された地点は、恐らくそれよりもさらに低い数値だと推測されますね。
 福島県会津若松市の「鶴ヶ城」にも線量計が設置されています（http://www.aizukanko.com/news/index.cfm#wn97）。因みに、鶴ヶ城公園本丸内の放射線量、5月25日正午は、「0.12 μSv/h」　です。
　　単位　＜μSv/h ：　マイクロシーベルト・パー・アワー＞
札幌市内　　       　 0.05
羽田空港 　　     　  0.05
アクアライン        　 0.05
千葉県館山市     　 0.05
東京駅地下        　 0.09
郡山駅前・外      0.24 
郡山駅・内         0.14
猪苗代              0.08
会津若松市内     0.05
宇都宮駅・外       0.09
茨城空港・外       0.12
飛行機内              0.46
　傾向としては、郡山が高く、内陸に行くに従って低くなる傾向、それもバス・電車ともに、トンネルを抜けると格段に変化する気がします。茨城空港もやや高い、そして一番驚くのは飛行機の通路側座席で測った時の「0.46」という数値です。電車の座席も高いと聞いたことがありますが、飛行機内座席も同じ傾向があるのでしょうか、これについてはもう少し調べてみようと思います。
　今さらの気もしますが、線量の違いは見た目には全く分かりませんね、気温・湿度等とは違って、人間の五感では判別できない「放射線量の怖さ」が分かります。もちろん、線量「0.00」状態を望むわけではありません。おおよその「安全の目安的数値」はあるとは思いますが、瞬間的数値の意味だけでなく、「内部被曝」を含めた体内への長期的影響も懸念される「放射能汚染」、医療・研究機関のように狭い管理された空間ではない「環境」においては、「安全基準」はあり得ない、やはり人間の手には負えないものと理解すべきですね、そんな現場感をあらためて強くしました。何を言いたいのかというと、今回の爆発事故で環境に放出された放射線量と、病院等でのX線被曝を比較して、「大丈夫、安心です！」と喧伝する解説者・メディアがナンセンスだと、声を大にして叫びたいのです。
　それともう一つ、定時定点観測を継続的に公開していくことが重要です。「大丈夫」とか、「安全です」とか言うのではなく、淡々と現実の「数値」を掲載すること、そして、それを個々の人間が判断するレベルの見識を持つことが、3・11以降の日本で暮らす人々に必要なのだと思います。富山でお会いした金岡祐一先生（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12594）が、おっしゃっていました、「正確なデータを継続的に公開すれば、世界の良質な研究者が信頼するその数値を基に、多くの貴重な考察・コメントを寄せてくれる時代でしょう」、「『風評被害』を言うのであれば、『風評加害』も同時に存在するはず」、と。　
　データに基づくしっかりした議論を、これからも身につけたいですね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　以前から、札幌での放射線量を測ったことはありましたが、先日、北関東を移動中に数か所、新しい線量計でガンマ線だけですが測定してみました。</p>
<p>　<strong> </strong>「エステーエアカウンターS：<a href="http://www.st-c.co.jp/air-counter/">http://www.st-c.co.jp/air-counter/</a>」は、ガンマ（γ）線だけの測定で、以下の数値の単位は「<strong>μSv/h</strong> ：　マイクロシーベルト・パー・アワー」です。この器具では、「0.05」以下は、みな「0.05」での表示となります。札幌を含めて、今回「0.05」で表示された地点は、恐らくそれよりもさらに低い数値だと推測されますね。</p>
<p> 福島県会津若松市の「鶴ヶ城」にも線量計が設置されています（<a href="http://www.aizukanko.com/news/index.cfm#wn97">http://www.aizukanko.com/news/index.cfm#wn97</a>）。因みに、鶴ヶ城公園本丸内の放射線量、5月25日正午は、<strong>「0.12 μSv/h」　です。</strong></p>
<p>　　単位　＜<strong>μSv/h</strong> ：　マイクロシーベルト・パー・アワー＞</p>
<p>札幌市内　　       　 0.05</p>
<p>羽田空港 　　     　  0.05</p>
<p>アクアライン        　 0.05</p>
<p>千葉県館山市     　 0.05</p>
<p>東京駅地下        　 0.09</p>
<p><strong>郡山駅前・外      0.24 </strong></p>
<p><strong>郡山駅・内         0.14</strong></p>
<p><strong>猪苗代              0.08</strong></p>
<p><strong>会津若松市内     0.05</strong></p>
<p><strong>宇都宮駅・外       0.09</strong></p>
<p><strong>茨城空港・外       0.12</strong></p>
<p><strong>飛行機内</strong>             <strong> 0.46</strong></p>
<p>　傾向としては、郡山が高く、内陸に行くに従って低くなる傾向、それもバス・電車ともに、トンネルを抜けると格段に変化する気がします。茨城空港もやや高い、そして一番驚くのは飛行機の通路側座席で測った時の「0.46」という数値です。電車の座席も高いと聞いたことがありますが、飛行機内座席も同じ傾向があるのでしょうか、これについてはもう少し調べてみようと思います。</p>
<p>　今さらの気もしますが、線量の違いは見た目には全く分かりませんね、気温・湿度等とは違って、人間の五感では判別できない「放射線量の怖さ」が分かります。もちろん、線量「0.00」状態を望むわけではありません。おおよその「安全の目安的数値」はあるとは思いますが、瞬間的数値の意味だけでなく、「内部被曝」を含めた体内への長期的影響も懸念される「放射能汚染」、医療・研究機関のように狭い管理された空間ではない「環境」においては、「安全基準」はあり得ない、やはり人間の手には負えないものと理解すべきですね、そんな現場感をあらためて強くしました。何を言いたいのかというと、今回の爆発事故で環境に放出された放射線量と、病院等でのX線被曝を比較して、「大丈夫、安心です！」と喧伝する解説者・メディアがナンセンスだと、声を大にして叫びたいのです。</p>
<p>　それともう一つ、定時定点観測を継続的に公開していくことが重要です。「大丈夫」とか、「安全です」とか言うのではなく、淡々と現実の「数値」を掲載すること、そして、それを個々の人間が判断するレベルの見識を持つことが、3・11以降の日本で暮らす人々に必要なのだと思います。富山でお会いした金岡祐一先生（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12594">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12594</a>）が、おっしゃっていました、「正確なデータを継続的に公開すれば、世界の良質な研究者が信頼するその数値を基に、多くの貴重な考察・コメントを寄せてくれる時代でしょう」、「『風評被害』を言うのであれば、『風評加害』も同時に存在するはず」、と。　</p>
<p>　データに基づくしっかりした議論を、これからも身につけたいですね。</p>
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		<item>
		<title>会津、鶴ヶ城・飯盛山</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12692</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12692#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 26 Apr 2012 01:19:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12692</guid>
		<description><![CDATA[　「鶴ヶ城：http://www.tsurugajo.com/turugajo/shiro-top.html」は、「会津城」、「若松城」、とも呼ばれて有名な会津藩の象徴であり、戊辰戦争で焼き払われた後に、見事に復元されて今日に至っています。4月の春、どこからみても天守閣は美しく、会津の皆さんの心意気を感じます（http://www.aizukanko.com/）。
 　一方、白虎隊（http://www.tsurugajo.com/history/byakotai1.htm）の自刃の場で有名な飯盛山（いいもりやま：http://www.iimoriyama.jp/midokoro.html）では、「白虎隊慰霊祭：http://www.aizukanko.com/event/110/」の最中でした。
 　白虎隊も燃える光景をみたといわれ、飯盛山から見る鶴ヶ城方向です。
 
　近代日本への脱皮、その歴史は多くの命が失われる過程を経て、一歩一歩変わっていく時間の経過と理解すれば良いのでしょうか。日本人が、自分たちの「国」づくりを自分たちで必死に手に入れようとしていた真摯な姿を感じます。そんな歴史に対する「誠実さ」を、いつ日本人は失ってしまったのか、3・11の大震災、津波、原発事故による放射能汚染、この「機」を逃して復興しなければ、今、まさに社会の価値の方向転換をしなければ、あとは滅亡しかありません。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「鶴ヶ城：<a href="http://www.tsurugajo.com/turugajo/shiro-top.html">http://www.tsurugajo.com/turugajo/shiro-top.html</a>」は、「会津城」、「若松城」、とも呼ばれて有名な会津藩の象徴であり、戊辰戦争で焼き払われた後に、見事に復元されて今日に至っています。4月の春、どこからみても天守閣は美しく、会津の皆さんの心意気を感じます（<a href="http://www.aizukanko.com/">http://www.aizukanko.com/</a>）。</p>
<div id="attachment_12702" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020933.jpg"><img class="size-medium wp-image-12702" title="p1020933" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020933-500x375.jpg" alt="戊辰戦争の激戦、どこからみても美しい若松城（会津城、鶴ヶ城）" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">最後の内戦・戊辰戦争の激戦場、どこからみても美しい鶴ヶ城（会津城、若松城）</p></div>
<p> 　一方、白虎隊（<a href="http://www.tsurugajo.com/history/byakotai1.htm">http://www.tsurugajo.com/history/byakotai1.htm</a>）の自刃の場で有名な飯盛山（いいもりやま：<a href="http://www.iimoriyama.jp/midokoro.html">http://www.iimoriyama.jp/midokoro.html</a>）では、「白虎隊慰霊祭：<a href="http://www.aizukanko.com/event/110/">http://www.aizukanko.com/event/110/</a>」の最中でした。</p>
<div id="attachment_12703" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020946.jpg"><img class="size-medium wp-image-12703" title="p1020946" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020946-500x375.jpg" alt="飯盛山では記念祭祀" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">飯盛山では記念祭祀</p></div>
<div id="attachment_12704" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020949.jpg"><img class="size-medium wp-image-12704" title="p1020949" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020949-500x375.jpg" alt="出番を待つ会津高等高校剣舞会の生徒たち" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">出番を待つ会津高等学校剣舞会の生徒たち</p></div>
<p> 　白虎隊も燃える光景をみたといわれ、飯盛山から見る鶴ヶ城方向です。</p>
<div id="attachment_12705" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020951.jpg"><img class="size-medium wp-image-12705" title="p1020951" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020951-500x375.jpg" alt="飯盛山から見る若松城（中央右奥）、白虎隊も燃える城をここから・・・" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">飯盛山から見る鶴ヶ城（中央奥）、白虎隊も燃える城をここから・・・</p></div>
<p> </p>
<p>　近代日本への脱皮、その歴史は多くの命が失われる過程を経て、一歩一歩変わっていく時間の経過と理解すれば良いのでしょうか。日本人が、自分たちの「国」づくりを自分たちで必死に手に入れようとしていた真摯な姿を感じます。そんな歴史に対する「誠実さ」を、いつ日本人は失ってしまったのか、3・11の大震災、津波、原発事故による放射能汚染、この「機」を逃して復興しなければ、今、まさに社会の価値の方向転換をしなければ、あとは滅亡しかありません。</p>
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		<item>
		<title>会津・日新館の教育</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12677</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12677#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 24 Apr 2012 21:03:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12677</guid>
		<description><![CDATA[
　以前、「愛生舘の『こころ』（3）：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1096」でも書いたのですが、会津藩校・日新館（http://www.nisshinkan.jp/）には、機会があればいつか行ってみようと思っていました、今回、激しい雨と風の中、やっと実現しました。本来はお城の横にあったのですが、戊辰戦争で焼き払われ、今は天文台跡を残しては場所を移しての復元となっています。
 　教育の理念はこちら（http://www.nisshinkan.jp/about）に詳しく書かれています。長期計画として、すべては「人材の育成」に尽きるのですね。江戸時代の各藩は、基本的な軸を外していません、今の時代と比べて・・・。

　「ならぬことは ならぬものです」で結ばれる「什の掟」、日新館での教育は今の時代、一層価値があるメッセージですね。白虎隊と並んで紹介される場合が多いですが、私にとってはむしろ、松本良順と野戦病院院長の関係で記憶されています。戊辰戦争で幕府側の医師として、最後まで人々の治療にあたった彼は、戦いの後に捕われましたが、その後新政府にその類まれな近代医学の能力を高く評価され、近代医学の基礎を創り、初代の軍医総監として活躍しました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="mceTemp">
<p>　以前、「愛生舘の『こころ』（3）：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1096">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1096</a>」でも書いたのですが、会津藩校・日新館（<a href="http://www.nisshinkan.jp/">http://www.nisshinkan.jp/</a>）には、機会があればいつか行ってみようと思っていました、今回、激しい雨と風の中、やっと実現しました。本来はお城の横にあったのですが、戊辰戦争で焼き払われ、今は天文台跡を残しては場所を移しての復元となっています。</p>
<div id="attachment_12680" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020918.jpg"><img class="size-medium wp-image-12680" title="p1020918" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020918-500x375.jpg" alt="最古の訓練用プール" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">最古の訓練用プールほか</p></div>
<div id="attachment_12681" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020916.jpg"><img class="size-medium wp-image-12681" title="p1020916" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020916-500x375.jpg" alt="「論語」の教育も" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">「論語」の教育も</p></div>
<p> 　教育の理念はこちら（<a href="http://www.nisshinkan.jp/about">http://www.nisshinkan.jp/about</a>）に詳しく書かれています。長期計画として、すべては「人材の育成」に尽きるのですね。江戸時代の各藩は、基本的な軸を外していません、今の時代と比べて・・・。</p>
<div id="attachment_12682" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020922.jpg"><img class="size-medium wp-image-12682" title="p1020922" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020922-500x375.jpg" alt="什の「掟」" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">什の「掟」</p></div>
</div>
<p>　「<strong>ならぬことは ならぬものです</strong>」で結ばれる「<strong>什の掟</strong>」、日新館での教育は今の時代、一層価値があるメッセージですね。白虎隊と並んで紹介される場合が多いですが、私にとってはむしろ、松本良順と野戦病院院長の関係で記憶されています。戊辰戦争で幕府側の医師として、最後まで人々の治療にあたった彼は、戦いの後に捕われましたが、その後新政府にその類まれな近代医学の能力を高く評価され、近代医学の基礎を創り、初代の軍医総監として活躍しました。</p>
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		<title>経営者たち、変わる認識 （3）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12653</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12653#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 22 Apr 2012 00:22:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12653</guid>
		<description><![CDATA[　先日、私は書きました。
～～～～～（公社）経済同友会の原発、ガレキの受け入れに対してのメッセージには、必ずしも賛同できない自分としては、今回のこの分科会の場は「アウェー」を覚悟して、しっかりした立ち位置から意見を述べようと思っていましたが、事前の意見交換をしていく中で、かなりの共通理解があることを知り、率直に言って驚きでしたね。そして、2時間を越えるフロアーの方々とのやり取りを終えて、その印象は確信に変わりました、「2011・3・11」を経て、経営者の皆さんのエネルギーへの意識は間違いなく「変わってきています」！～～～～～
　これはパネラー控室ばかりではなく、分科会でのフロアーの方々のご意見と雰囲気からの実感です。経団連（http://www.keidanren.or.jp/）と違って、経済同友会（http://www.doyukai.or.jp/about/about.html）の自由闊達な雰囲気の成せる技かとも思います。それはさておき、幾つかの気づきを書き留めて、今回の報告のまとめとします。
 
＊　「原発再稼働」について、企業経営者的には「電力不足」を極力回避したいという切実感のあらわれで、放射能汚染については、殊のほか政府・東京電力経営者への不信感が強い
＊　東京・埼玉はじめ首都圏の経営者からは、東京電力の値上げ宣言、原発対応等に対しての憤り、不満は想像以上のもの
＊　エネルギーにまつわる公開情報について、「情報適時開示」、「説明責任」をわきまえる企業経営者は、単位がバラバラで比較が難しい、定点・定時情報開示が不足等を的確に指摘
＊　原発事故の調査・検証を含めた日本の対応は、国際社会における日本の「責任」であることを、複数の方々が語っていた
＊　新しい技術として、「自然エネルギー」への期待と努力に、多くの経営者は前向き、それと日本なら出来るとの発言も
＊　資源エネルギー庁の方からも、大変前向きな今後の課題提起、例えば、「大規模電源」依存システムを変えていかなければならない、供給会社・電力材料等について「需要家が選択できる電力」へ、「集中型」から「分散型」へ、等
 
　私が発言したかったいくつかのことは、ほかのパネラー・フロアーの皆さんから伝えられましたし、自らリスクを取って日々ビジネスをたくましく展開する企業経営者の真摯な姿勢にも感動しました。もちろん、分科会でのコメント・雰囲気をもろ手を挙げて喜ぶわけにもいかないことは承知しています、2日目の各分科会議長報告では、従来型視点からのメッセージもあったからです。それでも、少なくとも経済団体として発表されている以上に、会員の多様な意見が印象的でした。
　市民活動、メディアがよく言う「経済界」、「企業なんて」の認識こそが、一番遅れているような気がしてきます。2011・3・11以降の世界では、「脱原発・自然エネルギーへのシフト」に意識を変えた企業の出現に注目していく必要があります、新しい芽を見逃さないようにです、ね。
　「アウェー」が、「ホーム」になっていく日まで、私も諦めずに頑張ります！！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　先日、私は書きました。</p>
<p>～～～～～（公社）経済同友会の原発、ガレキの受け入れに対してのメッセージには、必ずしも賛同できない自分としては、今回のこの分科会の場は「アウェー」を覚悟して、しっかりした立ち位置から意見を述べようと思っていましたが、事前の意見交換をしていく中で、かなりの共通理解があることを知り、率直に言って驚きでしたね。そして、2時間を越えるフロアーの方々とのやり取りを終えて、その印象は確信に変わりました、「2011・3・11」を経て、経営者の皆さんのエネルギーへの意識は間違いなく「変わってきています」！～～～～～</p>
<p>　これはパネラー控室ばかりではなく、分科会でのフロアーの方々のご意見と雰囲気からの実感です。経団連（<a href="http://www.keidanren.or.jp/">http://www.keidanren.or.jp/</a>）と違って、経済同友会（<a href="http://www.doyukai.or.jp/about/about.html">http://www.doyukai.or.jp/about/about.html</a>）の自由闊達な雰囲気の成せる技かとも思います。それはさておき、幾つかの気づきを書き留めて、今回の報告のまとめとします。</p>
<p> </p>
<p>＊　「原発再稼働」について、企業経営者的には「電力不足」を極力回避したいという切実感のあらわれで、放射能汚染については、殊のほか政府・東京電力経営者への不信感が強い</p>
<p>＊　東京・埼玉はじめ首都圏の経営者からは、東京電力の値上げ宣言、原発対応等に対しての憤り、不満は想像以上のもの</p>
<p>＊　エネルギーにまつわる公開情報について、「情報適時開示」、「説明責任」をわきまえる企業経営者は、単位がバラバラで比較が難しい、定点・定時情報開示が不足等を的確に指摘</p>
<p>＊　原発事故の調査・検証を含めた日本の対応は、国際社会における日本の「責任」であることを、複数の方々が語っていた</p>
<p>＊　新しい技術として、「自然エネルギー」への期待と努力に、多くの経営者は前向き、それと日本なら出来るとの発言も</p>
<p>＊　資源エネルギー庁の方からも、大変前向きな今後の課題提起、例えば、「大規模電源」依存システムを変えていかなければならない、供給会社・電力材料等について「需要家が選択できる電力」へ、「集中型」から「分散型」へ、等</p>
<p> </p>
<p>　私が発言したかったいくつかのことは、ほかのパネラー・フロアーの皆さんから伝えられましたし、自らリスクを取って日々ビジネスをたくましく展開する企業経営者の真摯な姿勢にも感動しました。もちろん、分科会でのコメント・雰囲気をもろ手を挙げて喜ぶわけにもいかないことは承知しています、2日目の各分科会議長報告では、従来型視点からのメッセージもあったからです。それでも、少なくとも経済団体として発表されている以上に、会員の多様な意見が印象的でした。</p>
<p>　市民活動、メディアがよく言う「経済界」、「企業なんて」の認識こそが、一番遅れているような気がしてきます。2011・3・11以降の世界では、「脱原発・自然エネルギーへのシフト」に意識を変えた企業の出現に注目していく必要があります、新しい芽を見逃さないようにです、ね。</p>
<p>　「アウェー」が、「ホーム」になっていく日まで、私も諦めずに頑張ります！！</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?feed=rss2&amp;p=12653</wfw:commentRss>
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		<item>
		<title>経営者たち、変わる認識 （2）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12630</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12630#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 21 Apr 2012 03:39:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12630</guid>
		<description><![CDATA[　オープニングの大ホールの指定席で、隣の分科会登壇者、中野剛志・京都大学准教授とご挨拶をしました。「災害に強い国づくりを考える」がこの分科会のテーマですが、この所は「TPP亡国論：http://ochimusya.at.webry.info/201110/article_23.html」等、TPPに対しての反対論者として脚光を浴びており、つい4月上旬には、札幌・旭川でも講演をされました。彼の発言には、私は所々違和感を感じてはいるのですが・・・、確か原発については推進の立場でしたね。
　私の登壇した第二分科会「エネルギーと環境問題を考える」では、議長に（公社）経済同友会幹事・（株）ニチレイ（http://www.nichirei.co.jp/corpo/message.html）会長の浦野光人さん、パネリストには、（社）神戸経済同友会常任幹事・昭和精機（株）（http://www.showa-seiki.co.jp/company_top.html）社長の藤浪芳子さん、資源エネルギー庁（http://www.enecho.meti.go.jp/）長官官房総合政策課戦略企画室長の定光裕樹さん、と私の4名のディスカッションでした。
 　私がエネルギーを語るというのも時代の変化だ、と自分に言い聞かせて、昨年末にお話を頂いた時以来、それなりに資料を集めて学んできたつもりでした。（公社）経済同友会の原発、ガレキの受け入れに対してのメッセージには、必ずしも賛同できない自分としては、今回のこの分科会の場は「アウェー」を覚悟して、しっかりした立ち位置から意見を述べようと思っていましたが、事前の意見交換をしていく中で、かなりの共通理解があることを知り、率直に言って驚きでしたね。そして、2時間を越えるフロアーの方々とのやり取りを終えて、その印象は確信に変わりました、「2011・3・11」を経て、経営者の皆さんのエネルギーへの意識は間違いなく「変わってきています」！
　私の論点をまとめて、あらかじめ参加者への配布資料としました。～～～～～～～～～～引用はじめ
第25回全国経済同友会セミナー　第2分科会　配布資料　　　　　　2012.4.19  富山
 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　北海道経済同友会 幹事
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　秋山　孝二
＜私の視座・立ち位置＞　　3・11以降の覚悟
A．北海道：地方から視る日本
――北海道開拓の歴史、転換期における国への貢献
　　――そして今、「北海道省エネルギー・新エネルギー促進条例～2001.1.1施行～」
B．活動のフィールド
医薬品卸（株）秋山愛生舘・五代目社長、（株）スズケン・副社長ほか、を経て
（公財）秋山記念生命科学振興財団（http://www.akiyama-foundation.org/） 理事長
（NPO）北海道市民環境ネットワーク（http://www.kitanet.org/index.html）理事長
 
＊　今、ふるさとに再度軸足を据えて考えると、平和であるが故に出来ること、平和でなければ育ちえない命の存在を認識する。「平和な社会」、すなわち「命の健康・地球の健康」な状態である。経済を支える企業経営者にとっては、社会貢献活動として、平和な状態の創造、それが「持続可能な企業」としての、最低限の責務だと思う。
＊　＜若者たちの叫び＞　2050年のあなたと日本社会をイメージできますか！
＊　ニセコ町 片山健也町長の言葉：　環境基準が厳しいことにより地域の価値が上がる時代
＊　経済同友会終身幹事・品川正治さん：　経営者は「平和」に対して、もっと積極的に活動してもよいのではないか
 
「北海道エネルギーチェンジ100」プロジェクト
　１）「北海道省エネルギー・新エネルギー促進条例：http://www.pref.hokkaido.lg.jp/kz/kke/johrei/johrei.htm」の普及・啓発
　　ポイント　：化石燃料の抑制、「原子力」を過渡的エネルギーと位置づけ、「私たちは、積雪寒冷な北海道における『エネルギー』の価値を認識し、脱原発の視点に立って、限りある資源を可能な限り将来に引き継ぎ、道内で自立的に確保できる新しいエネルギーの利用を拡大する責務を有している」との附則
２）「自然エネルギーアイランド北海道」の実現に向けたロードマップづくり――政策提言の場づくり
３）「生物多様性」、「地球温暖化防止」の視点から、自然エネルギー推進の検証
 
 
「省エネルギー・新エネルギー促進行動計画」骨子案
～～「北海道省エネルギー・新エネルギー促進条例～2001.1.1施行～」に基づく計画
 
4項目の取り組みの柱
1. エネルギー需要家の意識改革〈省エネの促進〉 
2. 多様なプロジェクトの早期実現化〈新エネの導入加速〉 
3. エネルギーの「地産地消」など地域特性を生かした 〈地域における導入促進〉 
省エネ・新エネの導入促進 
4. 民間活力の積極的な活用〈関連産業の振興〉～環境産業振興戦略との一体的な展開
 
 
＜私の認識＞
省エネ　北海道の電力ピーク時：　冬の夕方　　～　本州では夏の昼過ぎ
　　　　　「電力の不足」ではなく、「知恵、努力の不足」
　　　　　北海道の電力需要：　「熱」としての需要が多い
　　　　　歴史的推移：　石炭火力が多い中、石油火力が追加、そして原子力
電力会社の経営課題
　　　　　「総括原価方式」に基づく経営――＞即「値上げ」を言い出す体質？
　　　　　地域独占企業の責務――＞「情報開示：適時で正確な」、「第三者による評価」
再生エネルギーの宝庫
　　　　　課題1　 必要条件：環境保全と環境アセスメント
　　　　　課題2　 送電線拡大と電力会社による再生可能エネルギーの優先接続
 
キーワードは「分散型」、「産業ミックス」、「持続可能」、「安全・安定」
 
＜取り急ぐ作業＞
地域において、電力ほかエネルギー供給会社、企業、農協、漁連、NGO、市民、行政等で、「エネルギー」を議論し、「エネルギー代替案」策定に向けた「知恵の場」の創設
 
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり
 
 
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　オープニングの大ホールの指定席で、隣の分科会登壇者、中野剛志・京都大学准教授とご挨拶をしました。「災害に強い国づくりを考える」がこの分科会のテーマですが、この所は「TPP亡国論：<a href="http://ochimusya.at.webry.info/201110/article_23.html">http://ochimusya.at.webry.info/201110/article_23.html</a>」等、TPPに対しての反対論者として脚光を浴びており、つい4月上旬には、札幌・旭川でも講演をされました。彼の発言には、私は所々違和感を感じてはいるのですが・・・、確か原発については推進の立場でしたね。</p>
<p>　私の登壇した第二分科会「エネルギーと環境問題を考える」では、議長に（公社）経済同友会幹事・（株）ニチレイ（<a href="http://www.nichirei.co.jp/corpo/message.html">http://www.nichirei.co.jp/corpo/message.html</a>）会長の浦野光人さん、パネリストには、（社）神戸経済同友会常任幹事・昭和精機（株）（<a href="http://www.showa-seiki.co.jp/company_top.html">http://www.showa-seiki.co.jp/company_top.html</a>）社長の藤浪芳子さん、資源エネルギー庁（<a href="http://www.enecho.meti.go.jp/">http://www.enecho.meti.go.jp/</a>）長官官房総合政策課戦略企画室長の定光裕樹さん、と私の4名のディスカッションでした。</p>
<div id="attachment_12632" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/img_2652.jpg"><img class="size-medium wp-image-12632" title="img_2652" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/img_2652-500x373.jpg" alt="260名を越える分科会参加者を前に" width="500" height="373" /></a><p class="wp-caption-text">260名を越える分科会参加者を前に</p></div>
<p> 　私がエネルギーを語るというのも時代の変化だ、と自分に言い聞かせて、昨年末にお話を頂いた時以来、それなりに資料を集めて学んできたつもりでした。（公社）経済同友会の原発、ガレキの受け入れに対してのメッセージには、必ずしも賛同できない自分としては、今回のこの分科会の場は「アウェー」を覚悟して、しっかりした立ち位置から意見を述べようと思っていましたが、事前の意見交換をしていく中で、かなりの共通理解があることを知り、率直に言って驚きでしたね。そして、2時間を越えるフロアーの方々とのやり取りを終えて、その印象は確信に変わりました、「2011・3・11」を経て、経営者の皆さんのエネルギーへの意識は間違いなく「変わってきています」！</p>
<p>　私の論点をまとめて、あらかじめ参加者への配布資料としました。～～～～～～～～～～引用はじめ</p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">第<span lang="EN-US">25</span>回全国経済同友会セミナー　第<span lang="EN-US">2</span>分科会　配布資料　　　　　　<span lang="EN-US">2012.4.19<span style="mso-spacerun: yes;">  </span></span>富山</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;"> 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</span><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">北海道経済同友会 幹事</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　秋山　孝二</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">＜私の視座・立ち位置＞　　<span lang="EN-US">3</span>・<span lang="EN-US">11</span>以降の覚悟</span></strong></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">A</span><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">．北海道：地方から視る日本</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 30pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 3.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">――<strong style="mso-bidi-font-weight: normal;">北海道開拓の歴史</strong>、転換期における国への貢献</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">　　――そして今、<strong style="mso-bidi-font-weight: normal;">「北海道省エネルギー・新エネルギー促進条例～<span lang="EN-US">2001.1.1</span>施行～」</strong></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">B</span><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">．活動のフィールド</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 20pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 2.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">医薬品卸<strong style="mso-bidi-font-weight: normal;">（株）</strong>秋山愛生舘・五代目社長、<strong style="mso-bidi-font-weight: normal;">（株）</strong>スズケン・副社長ほか、を経て</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.05pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">（公財）</span></strong><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">秋山記念生命科学振興財団（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/">http://www.akiyama-foundation.org/</a>） 理事長</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.05pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">（<span lang="EN-US">NPO</span>）</span></strong><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">北海道市民環境ネットワーク（<span lang="EN-US"><a href="http://www.kitanet.org/index.html">http://www.kitanet.org/index.html</a></span>）理事長</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.05pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="text-align: left; line-height: 11.4pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-pagination: widow-orphan; mso-margin-top-alt: auto; mso-margin-bottom-alt: auto;" align="left"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; color: black; font-size: 10pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;;">＊　今、ふるさとに再度軸足を据えて考えると、平和であるが故に出来ること、平和でなければ育ちえない<strong style="mso-bidi-font-weight: normal;">命の存在</strong>を認識する。「平和な社会」、すなわち「<strong style="mso-bidi-font-weight: normal;">命の健康・地球の健康</strong>」な状態である。経済を支える企業経営者にとっては、社会貢献活動として、平和な状態の創造、それが「<strong style="mso-bidi-font-weight: normal;">持続可能な企業</strong>」としての、最低限の責務だと思う。</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-align: left; line-height: 11.4pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-pagination: widow-orphan; mso-margin-top-alt: auto; mso-margin-bottom-alt: auto;" align="left"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; color: black; font-size: 10pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;;">＊　＜若者たちの叫び＞　<span lang="EN-US">2050</span>年のあなたと日本社会をイメージできますか！</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-align: left; line-height: 11.4pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-pagination: widow-orphan; mso-margin-top-alt: auto; mso-margin-bottom-alt: auto;" align="left"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">＊　ニセコ町 片山健也町長の言葉：　環境基準が厳しいことにより地域の価値が上がる時代</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: -20pt; margin: 0mm 0mm 0pt 20pt; mso-char-indent-count: -2.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">＊　経済同友会終身幹事・品川正治さん：　経営者は「平和」に対して、もっと積極的に活動してもよいのではないか</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-align: left; line-height: 11.4pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-pagination: widow-orphan; mso-margin-top-alt: auto; mso-margin-bottom-alt: auto;" align="left"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;"> </span></strong></p>
<p class="MsoNormal" style="text-align: left; line-height: 11.4pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-pagination: widow-orphan; mso-margin-top-alt: auto; mso-margin-bottom-alt: auto;" align="left"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">「北海道エネルギーチェンジ<span lang="EN-US">100</span>」プロジェクト</span></strong></p>
<p class="MsoNormal" style="text-align: left; line-height: 11.4pt; text-indent: -30.1pt; margin: 0mm 0mm 0pt 30.1pt; mso-char-indent-count: -3.0; mso-pagination: widow-orphan; mso-margin-top-alt: auto; mso-margin-bottom-alt: auto;" align="left"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">　</span></strong><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">１）「北海道省エネルギー・新エネルギー促進条例：<a href="http://www.pref.hokkaido.lg.jp/kz/kke/johrei/johrei.htm">http://www.pref.hokkaido.lg.jp/kz/kke/johrei/johrei.htm</a>」の普及・啓発</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-align: left; line-height: 11.4pt; text-indent: -20pt; margin: 0mm 0mm 0pt 20pt; mso-char-indent-count: -2.0; mso-pagination: widow-orphan; mso-margin-top-alt: auto; mso-margin-bottom-alt: auto;" align="left"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">　　ポイント　：化石燃料の抑制、「原子力」を過渡的エネルギーと位置づけ、「私たちは、積雪寒冷な北海道における『エネルギー』の価値を認識し、脱原発の視点に立って、限りある資源を可能な限り将来に引き継ぎ、道内で自立的に確保できる新しいエネルギーの利用を拡大する責務を有している」との附則</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-align: left; line-height: 11.4pt; text-indent: -10pt; margin: 0mm 0mm 0pt 20.5pt; mso-char-indent-count: -1.0; mso-pagination: widow-orphan; mso-margin-top-alt: auto; mso-margin-bottom-alt: auto; mso-para-margin-left: 1.0gd;" align="left"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">２）「自然エネルギーアイランド北海道」の実現に向けたロードマップづくり――政策提言の場づくり</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">３）「生物多様性」、「地球温暖化防止」の視点から、自然エネルギー推進の検証</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;"> </span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;"> </span></p>
<p class="Default" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-size: 10pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;">「省エネルギー・新エネルギー促進行動計画」骨子案</span></span></strong></p>
<p class="Default" style="text-indent: 10pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-size: 10pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;">～～<strong style="mso-bidi-font-weight: normal;">「北海道省エネルギー・新エネルギー促進条例～<span lang="EN-US">2001.1.1</span>施行～」</strong>に基づく計画<strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"></strong></span></span></p>
<p class="Default" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-size: 10pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"> </span></span></p>
<p class="Default" style="text-indent: 20pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 2.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><span style="font-size: 10pt;" lang="EN-US">4</span><span style="font-size: 10pt;">項目の取り組みの柱</span></span></p>
<p class="Default" style="text-justify: inter-ideograph; text-align: justify; text-indent: 28pt; margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><span style="font-size: 10pt;" lang="EN-US">1. </span><span style="font-size: 10pt;">エネルギー需要家の意識改革〈省エネの促進〉<span lang="EN-US"> </span></span></span></p>
<p class="Default" style="text-justify: inter-ideograph; text-align: justify; text-indent: 28pt; margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><span style="font-size: 10pt;" lang="EN-US">2. </span><span style="font-size: 10pt;">多様なプロジェクトの早期実現化〈新エネの導入加速〉<span lang="EN-US"> </span></span></span></p>
<p class="Default" style="text-justify: inter-ideograph; text-align: justify; text-indent: 28pt; margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><span style="font-size: 10pt;" lang="EN-US">3. </span><span style="font-size: 10pt;">エネルギーの「地産地消」など地域特性を生かした 〈地域における導入促進〉<span lang="EN-US"> </span></span></span></p>
<p class="Default" style="text-justify: inter-ideograph; text-align: justify; text-indent: 40pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 4.0;"><span style="font-size: 10pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;">省エネ・新エネの導入促進 </span></span></p>
<p class="Default" style="text-justify: inter-ideograph; text-align: justify; text-indent: 30pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 3.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO;"><span style="font-size: 10pt;" lang="EN-US">4. </span><span style="font-size: 10pt;">民間活力の積極的な活用〈関連産業の振興〉～環境産業振興戦略との一体的な展開</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;"> </span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;"> </span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">＜私の認識＞</span></strong></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">省エネ　北海道の電力ピーク時：　冬の夕方　　～　本州では夏の昼過ぎ</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">　　　　　「電力の不足」ではなく、「知恵、努力の不足」</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">　　　　　北海道の電力需要：　「熱」としての需要が多い</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">　　　　　歴史的推移：　石炭火力が多い中、石油火力が追加、そして原子力</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">電力会社の経営課題</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">　　　　　「総括原価方式」に基づく経営――＞即「値上げ」を言い出す体質？</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">　　　　　地域独占企業の責務――＞「情報開示：適時で正確な」、「第三者による評価」</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">再生エネルギーの宝庫</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">　　　　　課題<span lang="EN-US">1</span>　 必要条件：環境保全と環境アセスメント</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">　　　　　課題<span lang="EN-US">2</span>　 送電線拡大と電力会社による再生可能エネルギーの優先接続</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;"> </span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">キーワードは「分散型」、「産業ミックス」、「持続可能」、「安全・安定」</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;"> </span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">＜取り急ぐ作業＞</span></strong></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">地域において、電力ほかエネルギー供給会社、企業、農協、漁連、<span lang="EN-US">NGO</span>、市民、行政等で、「エネルギー」を議論し、「エネルギー代替案」策定に向けた「知恵の場」の創設</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 10pt;">～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"> </p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>経営者たち、変わる認識 （1）</title>
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		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12606#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 20 Apr 2012 23:13:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12606</guid>
		<description><![CDATA[
　今年の全国経済同友会セミナーは第25回で、富山市で開催されました（http://www.hokkoku.co.jp/subpage/T20120420201.htm）。
2011年福岡で（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8221）
2010年高知で（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3911）
2009年札幌で（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1272）
 　オープニングは、全校生徒100名、地元南砺平（なんとたいら）高校（http://taira-h.el.tym.ed.jp/wp/）「郷土芸能部」の生徒さんたち、「越中五箇山民謡」から素晴らしい民謡と踊りでした、表情に躍動感があって実に見事でした。「継承」というのはこのような姿なのだと感動しましたね。
 　続いて被災三県から、昨年は、直後の被災状況の緊急報告でしたが、今年は、「復興とさらなる発展を目指して」それぞれの取り組みが紹介されました。想像以上の被害状況にもかかわらず、どの県も大きく一歩を踏み出している力を感じました。


　休憩をはさんで、4つの分科会が開催です。私は、第二分科会「エネルギーと環境」に登壇でした。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="mceTemp">
<p>　今年の全国経済同友会セミナーは第25回で、富山市で開催されました（<a href="http://www.hokkoku.co.jp/subpage/T20120420201.htm">http://www.hokkoku.co.jp/subpage/T20120420201.htm</a>）。</p>
<p>2011年福岡で（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8221"><span style="color: #76664b;">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8221</span></a>）</p>
<p>2010年高知で（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3911"><span style="color: #76664b;">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3911</span></a>）</p>
<p>2009年札幌で（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1272"><span style="color: #76664b;">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1272</span></a>）</p>
<div id="attachment_12615" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020889.jpg"><img class="size-medium wp-image-12615" title="p1020889" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020889-500x375.jpg" alt="日本は必ず蘇る" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">日本は必ず蘇る</p></div>
<p> 　オープニングは、全校生徒100名、地元南砺平（なんとたいら）高校（<a href="http://taira-h.el.tym.ed.jp/wp/">http://taira-h.el.tym.ed.jp/wp/</a>）「郷土芸能部」の生徒さんたち、「越中五箇山民謡」から素晴らしい民謡と踊りでした、表情に躍動感があって実に見事でした。「継承」というのはこのような姿なのだと感動しましたね。</p>
<div id="attachment_12617" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020870.jpg"><img class="size-medium wp-image-12617" title="p1020870" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020870.jpg" alt="南砺平高校の生徒たち" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">南砺平高校の生徒たち</p></div>
<p> 　続いて被災三県から、昨年は、直後の被災状況の緊急報告でしたが、今年は、「復興とさらなる発展を目指して」それぞれの取り組みが紹介されました。想像以上の被害状況にもかかわらず、どの県も大きく一歩を踏み出している力を感じました。</p></div>
<div class="mceTemp">
<div id="attachment_12618" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020878.jpg"><img class="size-medium wp-image-12618" title="p1020878" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020878.jpg" alt="被災三県（岩手、宮城、福島）の経済同友会からの報告" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">被災県（岩手、宮城、福島）の経済同友会からの報告</p></div>
</div>
<p>　休憩をはさんで、4つの分科会が開催です。私は、第二分科会「エネルギーと環境」に登壇でした。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>富山で、金岡祐一先生と再会！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12594</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12594#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 18 Apr 2012 22:41:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12594</guid>
		<description><![CDATA[ 　富山は、まだ桜が満開です。
　今から26年前の秋山財団の設立時、初代の選考委員長として基盤を創って頂いた金岡祐一先生（http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%B2%A1%E7%A5%90%E4%B8%80）と、久しぶりにお会いすることが出来ました。東大から北大にいらっしゃった頃のお話、秋山財団の選考委員長としてご尽力された時期の苦労話等、相変わらず冴えわたっている知性と感性を受け止めた気がします。ご自分の思考を止めることなく、炊事・洗濯もこなされて、奥さまの介護も続ける金岡先生の「生きていく力」に感動しましたし、深く敬意を表します、お会い出来て良かったです。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p> 　富山は、まだ桜が満開です。</p>
<div id="attachment_12596" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020852.jpg"><img class="size-medium wp-image-12596" title="p1020852" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020852-500x375.jpg" alt="富山・城址公園" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">富山・城址公園</p></div>
<div id="attachment_12597" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020855.jpg"><img class="size-medium wp-image-12597" title="p1020855" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020855-500x375.jpg" alt="市内・松川河畔の桜並木" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">市内・松川河畔の桜並木</p></div>
<p>　今から26年前の秋山財団の設立時、初代の選考委員長として基盤を創って頂いた金岡祐一先生（<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%B2%A1%E7%A5%90%E4%B8%80">http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%B2%A1%E7%A5%90%E4%B8%80</a>）と、久しぶりにお会いすることが出来ました。東大から北大にいらっしゃった頃のお話、秋山財団の選考委員長としてご尽力された時期の苦労話等、相変わらず冴えわたっている知性と感性を受け止めた気がします。ご自分の思考を止めることなく、炊事・洗濯もこなされて、奥さまの介護も続ける金岡先生の「生きていく力」に感動しましたし、深く敬意を表します、お会い出来て良かったです。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>パネリストとして、いざ出陣</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12578</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12578#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 17 Apr 2012 23:54:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12578</guid>
		<description><![CDATA[　経済同友会の全国セミナーが今年は富山で19日・20日に開催され、登録者は1000人を越えているようです。テーマは、「日本は必ず甦る～復興とさらなる発展を目指して～」です。毎年、私は参加していますが、今年は基調講演後の「第2分科会：エネルギー」に、4人のパネラーの一人として登壇します。昨年秋にその旨を伝えられましたが、この分野には全くの素人、この間、関係する情報を集めてみて、これまで取り組んだどの分野よりも、「基礎データ」、「応用データ」が限られていることに驚きます。
　思い出せば、昨年の大震災直後のフォーラム、一昨年の「龍馬フィーバー」の高知で、3年前は札幌でした、ね。
2011年福岡で（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8221）
2010年高知で（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3911）
2009年札幌で（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1272）
　今年は例年とは一味違った関わりに、私自身ワクワク感も増してきます、果たして3・11を経て、今の日本の経営者は、私のメッセージにどんな反応をするのか、興味津々です！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　経済同友会の全国セミナーが今年は富山で19日・20日に開催され、登録者は1000人を越えているようです。テーマは、「日本は必ず甦る～復興とさらなる発展を目指して～」です。毎年、私は参加していますが、今年は基調講演後の「第2分科会：エネルギー」に、4人のパネラーの一人として登壇します。昨年秋にその旨を伝えられましたが、この分野には全くの素人、この間、関係する情報を集めてみて、これまで取り組んだどの分野よりも、「基礎データ」、「応用データ」が限られていることに驚きます。</p>
<p>　思い出せば、昨年の大震災直後のフォーラム、一昨年の「龍馬フィーバー」の高知で、3年前は札幌でした、ね。</p>
<p>2011年福岡で（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8221">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8221</a>）</p>
<p>2010年高知で（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3911">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3911</a>）</p>
<p>2009年札幌で（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1272">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1272</a>）</p>
<p>　今年は例年とは一味違った関わりに、私自身ワクワク感も増してきます、果たして3・11を経て、今の日本の経営者は、私のメッセージにどんな反応をするのか、興味津々です！</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>ダルビッシュ ＆ ナポリ</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12548</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12548#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 15 Apr 2012 22:39:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12548</guid>
		<description><![CDATA[　今年のプロ野球は、日本ハム・ファイターズ（http://www.fighters.co.jp/）ばかりではなく、テキサス・レンジャーズ（http://texas.rangers.mlb.com/index.jsp?c_id=tex）の試合も注目で、忙しいですね。
　先日のダルビッシュの初登板は、苦難のスタートでしたが、次第に修正して何とか初白星に結びつけました（http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/04/11/kiji/K20120411003023670.html）。コンビを組んだレンジャーズ正捕手のマイク・ナポリは、試合後の会見に「Ｙｕ　Ｄａｒｖｉｓｈ　ｉｓ　Ｍｙ　Ｈｏｍｅｂｏｙ！」と書かれたＴシャツを着て現れたのをテレビでみました。
　 「ダルビッシュは仲間だ」と各紙は報道していますが、英語をよく理解している方の解説では、「仲間」以上の「ダチ！」的、大いなる親しみを込めた表現のようです、嬉しいですね。ダルビッシュが会見で、「散々ワンバウンドを投げたので、ナポリの体が心配」と気遣ったことに対して、その後に登場したナポリは、「大丈夫だよ。ちょっと張っているけど」と話して笑いを誘ったとの報も。投手は非常に繊細な仕事であり、マウンドの高さ・堅さ、ボールの滑り、そして捕手とのコミュニケーション等、ダルビッシュの本来の姿までは、少し時間がかかるのでしょうが、まずは白星スタートで何よりでした。そして球を受ける捕手・ナポリの人柄にホッとしました。メディアは本人の勝ち負け中心の報道ですが、私はチームの中のダルビッシュに興味があります、チームメイトが彼をどう受け入れているのか、地元のファンはどうなのか、球場の観客は熱いのか冷たいのか、といった感じです。
　日本時間１５日には、２回目の登板でした（http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120415/t10014455981000.html）。本人は、「だいぶ慣れてきたと思う」と冷静で、投球を受けたキャッチャーのナポリは、「きょうのダルビッシュは、ツーシーム、カットボール、それにカーブがよかった。ダルビッシュは球種が多いので、ブルペンでの投球練習を見て、その日の調子のいい球種を見極めている。今回は前回の登板よりもよかったし、大リーグのボールにもだいぶ慣れてきたと思う。これからさらに対応できるようになると思う」とコメントをしています。
　一方日本の新聞は辛口、というよりただの「叩き」ですね、朝日新聞のW記者は現地からの報としてひどいコメントです。「もがく、あがく」、「うつろな表情」、「実質的なKO」等、これが日本メディアのスタンスと言うのでしょうか、気に入りませんね。テレビでは、ワイルドピッチ後のホームベースでタッチアウトを取ったダルビッシュのファインプレーの瞬間を報道していました、気迫のこもった素晴らしいフィールディングでした。
　昨年まで北海道日本ハムファイターズに所属したダルビッシュ・有、何か自分の息子を見ているような気持ですから不思議です。私は、日本人として大リーグで活躍したパイオニア、野茂英雄（http://www.nomo-radiant.jp/）の時以来の気持の入り様です。彼は、大リーグで２度ノーヒットノーランを達成し、日米通算で２０１勝を挙げ、当時アメリカで仕事をしていたたくさんの日本人に勇気を与えてくれました。恐らくダルビッシュはそれ以上の成績を残すでしょう、今年は日本ハムの試合とともに目が離せない一年になりそうです。
　今年１月の札幌ドームでの記者会見（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11581）でも感じましたが、若者が真摯に挑戦しようとする姿は実に美しいし、心から応援したいですね、ガンバレ、ダルビッシュ！！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　今年のプロ野球は、日本ハム・ファイターズ（<a href="http://www.fighters.co.jp/">http://www.fighters.co.jp/</a>）ばかりではなく、テキサス・レンジャーズ（<a href="http://texas.rangers.mlb.com/index.jsp?c_id=tex">http://texas.rangers.mlb.com/index.jsp?c_id=tex</a>）の試合も注目で、忙しいですね。</p>
<p>　先日のダルビッシュの初登板は、苦難のスタートでしたが、次第に修正して何とか初白星に結びつけました（<a href="http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/04/11/kiji/K20120411003023670.html">http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/04/11/kiji/K20120411003023670.html</a>）。コンビを組んだレンジャーズ正捕手のマイク・ナポリは、試合後の会見に「<strong>Ｙｕ　Ｄａｒｖｉｓｈ　ｉｓ　Ｍｙ　Ｈｏｍｅｂｏｙ！</strong>」と書かれたＴシャツを着て現れたのをテレビでみました。</p>
<p>　 「ダルビッシュは仲間だ」と各紙は報道していますが、英語をよく理解している方の解説では、「仲間」以上の「ダチ！」的、大いなる親しみを込めた表現のようです、嬉しいですね。ダルビッシュが会見で、「散々ワンバウンドを投げたので、ナポリの体が心配」と気遣ったことに対して、その後に登場したナポリは、「大丈夫だよ。ちょっと張っているけど」と話して笑いを誘ったとの報も。投手は非常に繊細な仕事であり、マウンドの高さ・堅さ、ボールの滑り、そして捕手とのコミュニケーション等、ダルビッシュの本来の姿までは、少し時間がかかるのでしょうが、まずは白星スタートで何よりでした。そして球を受ける捕手・ナポリの人柄にホッとしました。メディアは本人の勝ち負け中心の報道ですが、私はチームの中のダルビッシュに興味があります、チームメイトが彼をどう受け入れているのか、地元のファンはどうなのか、球場の観客は熱いのか冷たいのか、といった感じです。</p>
<p>　日本時間１５日には、２回目の登板でした（<a href="http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120415/t10014455981000.html">http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120415/t10014455981000.html</a>）。本人は、「だいぶ慣れてきたと思う」と冷静で、投球を受けたキャッチャーのナポリは、「きょうのダルビッシュは、ツーシーム、カットボール、それにカーブがよかった。ダルビッシュは球種が多いので、ブルペンでの投球練習を見て、その日の調子のいい球種を見極めている。今回は前回の登板よりもよかったし、大リーグのボールにもだいぶ慣れてきたと思う。これからさらに対応できるようになると思う」とコメントをしています。</p>
<p>　一方日本の新聞は辛口、というよりただの「叩き」ですね、朝日新聞のW記者は現地からの報としてひどいコメントです。「もがく、あがく」、「うつろな表情」、「実質的なKO」等、これが日本メディアのスタンスと言うのでしょうか、気に入りませんね。テレビでは、ワイルドピッチ後のホームベースでタッチアウトを取ったダルビッシュのファインプレーの瞬間を報道していました、気迫のこもった素晴らしいフィールディングでした。</p>
<p>　昨年まで北海道日本ハムファイターズに所属したダルビッシュ・有、何か自分の息子を見ているような気持ですから不思議です。私は、日本人として大リーグで活躍したパイオニア、野茂英雄（<a href="http://www.nomo-radiant.jp/">http://www.nomo-radiant.jp/</a>）の時以来の気持の入り様です。彼は、大リーグで２度ノーヒットノーランを達成し、日米通算で２０１勝を挙げ、当時アメリカで仕事をしていたたくさんの日本人に勇気を与えてくれました。恐らくダルビッシュはそれ以上の成績を残すでしょう、今年は日本ハムの試合とともに目が離せない一年になりそうです。</p>
<p>　今年１月の札幌ドームでの記者会見（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11581">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11581</a>）でも感じましたが、若者が真摯に挑戦しようとする姿は実に美しいし、心から応援したいですね、ガンバレ、ダルビッシュ！！</p>
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		<title>北国の春、やっと</title>
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		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12551#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 13 Apr 2012 22:06:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12551</guid>
		<description><![CDATA[　１９０万都市の札幌も、やっと春を感じさせる気温になってきました。首都圏ではサクラが満開とか、こちらでは５月５日が開花宣言のようです。
 　昨年１１月に除幕式（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10890）が行われた、「母子像・ふるさと」です。越冬用のブルーシートも取り除かれて、いよいよ初めての春をここで迎えます。多くの皆さまの憩いの場となることを祈っています、特に小さな子供たちの歓声が聞こえてくると嬉しいですね。
 
　いよいよ北国・札幌も春を迎えます！！！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　１９０万都市の札幌も、やっと春を感じさせる気温になってきました。首都圏ではサクラが満開とか、こちらでは５月５日が開花宣言のようです。</p>
<div id="attachment_12553" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020848.jpg"><img class="size-medium wp-image-12553" title="p1020848" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020848-500x375.jpg" alt="大通公園８丁目、昼下がり" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">大通公園西８丁目、昼下がり</p></div>
<div id="attachment_12554" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020850.jpg"><img class="size-medium wp-image-12554" title="p1020850" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020850-500x375.jpg" alt="中島公園菖蒲池畔から藻岩山、夕方" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">中島公園菖蒲池畔から音楽ホール・キタラ、藻岩山、夕方</p></div>
<p> 　昨年１１月に除幕式（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10890">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10890</a>）が行われた、「母子像・ふるさと」です。越冬用のブルーシートも取り除かれて、いよいよ初めての春をここで迎えます。多くの皆さまの憩いの場となることを祈っています、特に小さな子供たちの歓声が聞こえてくると嬉しいですね。</p>
<div id="attachment_12555" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020847.jpg"><img class="size-medium wp-image-12555" title="p1020847" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020847-500x375.jpg" alt="市長公邸跡、「母子像・ふるさと」" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">市長公邸跡、「母子像・ふるさと」</p></div>
<p> </p>
<p>　いよいよ北国・札幌も春を迎えます！！！</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>「改革」は、ただの「削減」ではない</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12497</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12497#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 12 Apr 2012 00:10:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12497</guid>
		<description><![CDATA[　今の政治家は、政治家になる前までの人生で、責任ある仕事をしたことがあるのでしょうか。経営について全く無知であり、今月初旬の新聞報道を読んで、憤りを強く感じました（http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120403-00000030-mai-pol）。現職官僚の言うがままに操られる見識しか持たないとすれば、それは国家の犯罪です。
 
～～～～～～～～～～引用　毎日新聞4月3日(火)11時46分配信
＜公務員新規採用＞「５６％」削減を閣議決定
　政府は３日午前、国家公務員の１３年度新規採用を政権交代前の０９年度（８５１１人）比で５６％削減し、３７８０人とすることを閣議決定した。各省ごとの削減幅は、総務、財務、農林水産、経済産業の４省の各６１％減が最大。治安にかかわる省庁では、警察庁が５２％減、刑務官を抱える法務省が５２％減、海上保安官を抱える国土交通省が５０％減と緩和された。
　新規採用の抑制は、１１年度が０９年度比で３７％減、１２年度は２６％減。岡田克也副総理兼行政改革担当相が消費増税法案に関連して行革姿勢をアピールするため、約７割減らす案を総務省を通じて提示したが、各府省が抵抗したため、削減幅を圧縮した。・・・・・
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり
 
　新規採用の大幅抑制は、実に安直な小手先の「削減」であり、長期的に組織の年齢構成を歪（いびつ）にするだけでなく、公務員を目指して頑張ってきた若い世代の希望を奪い、優秀な人材を失うことなり、組織にとっても大きな損失です。本来、組織の「イノベーション」は日々必要なことであり、その「リストラクチャリング：再構成」としての目的は、「組織の価値観の早期移転」です。社会の激変期を迎えて、省庁に求められる業務も変わり、その担い手として期待されるのはむしろ若い世代の人材です。定年間近の職員に早期退職を促して、新しい人材を登用する理由はそこにある訳で、ただの人数削減だけではありません、公務員制度改革を手の付けやすいところから安易に行うのでは、国家としての機能も果たせず、改革とは程遠く、まさに危機的な「削減」です。
　私は、３年前の札幌学院大学（SGU：http://www.sgu.ac.jp/）の記念論文集に、「組織と経営者の責任：093sgue8a898e5bfb5e8ab96e69687efbc88final」を寄稿しました。その終りの部分に、次のように若い世代への期待を込めて書いたのを思い出しました。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～論文からの引用
６　　若い経営者への期待
　企業・組織にとって継続的な人材の新規採用は大変重要である。と同時に、社会にとって、若い世代の経営者は宝物に違いない。新しい価値の導入は新しい担い手によって成し遂げられ、経営におけるイノベーションの原動力を、これらの人材に求めるのである。
 
　新しい人材は、人的資源の補充という数の意味以上に、当該集団の「価値の革新・移転」を早期に促す意味が本来的に大きい。しかしながら、日本の伝統的経営だった「終身雇用」はごく限られた人材にだけの適用となり、昨今の見識のない経営者は、グローバル競争の中で本来の価値をかなぐり捨てて、当面の利益追求に終始し、貴重な財産を放棄して、人的資源を単なる人件費の削減の手法に落としめてしまった。
 
　日本のレベルの高い労働者に依拠して創り上げてきたこれまでの実績を、何と心得ているのだろうか。再度原点に戻って、経営者は、イノベーションの最も有効な手段として、時代のセンス、将来を読み取る新鮮な感性を期待して、定期的新規採用を行い、同時に自らのポストの明け渡しを含めて、若い世代の台頭、世代交代を積極的に促すべきである。激動の今、過去の経験・実績が必ずしも役に立たない時代は、冷静に考えるとまさに絶好の機会に違いない。
 
 
７　　結びにかえて
第二次世界大戦終了後、日本は直後の混乱を乗り越えて、30年を越える高度成長期を謳歌した。その後バブル経済が崩壊し、暫く調整期が続き、ようやく新しい方向性の兆しが見えてきた時、今度は国際金融恐慌の嵐で、今大きな試練に立っている。
確かに100年に一度の事態なのかもしれないが、私は本来の経済構造への回帰の過程と受け止めたい。この数年間、世界経済の異常な伸長を警告していた識者は何人も居たし、身近で尊敬する経営者も繰り返し指摘していた。
 
 
経営者の最も重要でかつ究極の役割は人材の育成である。長期的視点に立った教育プログラムは、理念に裏打ちされていなければならず、職域階層毎、世代毎との縦軸横軸で、同時に次世代の経営者の育成プログラムも構築する事が大切である。高度成長期には次々と育ってきた人材が、競争力に富んだ技術を継承してきた。座学としての教育プログラムばかりではなく、日本の労働力としてのレベルの高さに自信を持って、現場に思い切って権限を委譲し、機会を与えて育成していく事（OJT）が今必要なのではないのか。一般的に言って、これまでの日本企業の競争力は、経営者の優秀性というより、この現場の優れた人材に依るところが大きかったはずである。
 
 
更に自らへの戒めとして、私はこのような時代に、持ち続けている問題意識がある。それは日本の組織におけるリーダーの「責任の取り方」、「責任の取らせ方」だ。戦争責任、不祥事の責任、みな明確ではなく、当事者は言い逃れに終始し、責任を論じる「装置」が不明確、或いは不在で、そしてそれを裁く司法も明解ではない。ほとぼりがさめると何食わぬ顔でまた表舞台に登場する一方で、本来は責任を負うべき立場にない者が、その身代わりの如く責任を取らされている事例もあるのではないか。誰に責任があり、誰が一体責任を取るべきか、この曖昧さを容認してしまう日本社会を私は危惧する。次世代の育成の為にも、現役世代が理屈の通る見本を示してこそ、明るい未来を描く事ができるのだと思う。
 
 
折りしもアメリカでは現在、公的資金注入を受けた大手保険会社が、その後、多額の役員賞与を支払っている事案が議会で問題視されている。このような現実を目の当たりにすると、「アメリカ型」経営・倫理に対する違和感を強く持つ。私は、社会の価値観、企業経営の価値観等を通して、この数十年に粗末にしてきた「日本型経営モデル」の再評価を、企業のCSR、そして新しい起業の中で見出したいし、実労働人口が減少していく中で、若年層の価値増大への道も切り拓きたいと思っている。
 ～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用　おわり
 
　原発の再稼働でも、同じ過ちを犯そうとしています。今の政府が本当に懸念することは、「夏場の電力不足」ではなく、日本国民・企業の血の出るような努力によって、「原発無しで夏場を乗り切ってしまう状態」なのではありませんか、実に国民を愚弄した姿勢です。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　今の政治家は、政治家になる前までの人生で、責任ある仕事をしたことがあるのでしょうか。経営について全く無知であり、今月初旬の新聞報道を読んで、憤りを強く感じました（<a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120403-00000030-mai-pol">http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120403-00000030-mai-pol</a>）。現職官僚の言うがままに操られる見識しか持たないとすれば、それは国家の犯罪です。</p>
<p> </p>
<div class="ymuiContainerNopad">～～～～～～～～～～引用　毎日新聞4月3日(火)11時46分配信</div>
<h1 class="yjXL">＜公務員新規採用＞「５６％」削減を閣議決定</h1>
<p class="yjSt ymuiDate">　政府は３日午前、国家公務員の１３年度新規採用を政権交代前の０９年度（８５１１人）比で５６％削減し、３７８０人とすることを閣議決定した。各省ごとの削減幅は、総務、財務、農林水産、経済産業の４省の各６１％減が最大。治安にかかわる省庁では、警察庁が５２％減、刑務官を抱える法務省が５２％減、海上保安官を抱える国土交通省が５０％減と緩和された。</p>
<p>　新規採用の抑制は、１１年度が０９年度比で３７％減、１２年度は２６％減。岡田克也副総理兼行政改革担当相が消費増税法案に関連して行革姿勢をアピールするため、約７割減らす案を総務省を通じて提示したが、各府省が抵抗したため、削減幅を圧縮した。・・・・・</p>
<p class="yjSt ymuiDate">～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり</p>
<p class="yjSt ymuiDate"> </p>
<p class="yjSt ymuiDate">　新規採用の大幅抑制は、実に安直な小手先の「削減」であり、長期的に組織の年齢構成を歪（いびつ）にするだけでなく、公務員を目指して頑張ってきた若い世代の希望を奪い、優秀な人材を失うことなり、組織にとっても大きな損失です。本来、組織の「イノベーション」は日々必要なことであり、その「リストラクチャリング：再構成」としての目的は、「組織の価値観の早期移転」です。社会の激変期を迎えて、省庁に求められる業務も変わり、その担い手として期待されるのはむしろ若い世代の人材です。定年間近の職員に早期退職を促して、新しい人材を登用する理由はそこにある訳で、ただの人数削減だけではありません、公務員制度改革を手の付けやすいところから安易に行うのでは、国家としての機能も果たせず、改革とは程遠く、まさに危機的な「削減」です。</p>
<p class="yjSt ymuiDate">　私は、３年前の札幌学院大学（SGU：<a href="http://www.sgu.ac.jp/">http://www.sgu.ac.jp/</a>）の記念論文集に、「組織と経営者の責任：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/093sgue8a898e5bfb5e8ab96e69687efbc88final.doc">093sgue8a898e5bfb5e8ab96e69687efbc88final</a>」を寄稿しました。その終りの部分に、次のように若い世代への期待を込めて書いたのを思い出しました。</p>
<p class="yjSt ymuiDate">～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～論文からの引用</p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 10.5pt;">６　　</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">若い経営者への期待</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt 21pt; mso-para-margin-left: 2.0gd;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">　企業・組織にとって継続的な人材の新規採用は大変重要である。と同時に、社会にとって、若い世代の経営者は宝物に違いない。新しい価値の導入は新しい担い手によって成し遂げられ、経営におけるイノベーションの原動力を、これらの人材に求めるのである。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt 21pt; mso-para-margin-left: 2.0gd;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt 21pt; mso-para-margin-left: 2.0gd;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">　新しい人材は、人的資源の補充という数の意味以上に、当該集団の「価値の革新・移転」を早期に促す意味が本来的に大きい。しかしながら、日本の伝統的経営だった「終身雇用」はごく限られた人材にだけの適用となり、昨今の見識のない経営者は、グローバル競争の中で本来の価値をかなぐり捨てて、当面の利益追求に終始し、貴重な財産を放棄して、人的資源を単なる人件費の削減の手法に落としめてしまった。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt 21pt; mso-para-margin-left: 2.0gd;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt 21pt; mso-para-margin-left: 2.0gd;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">　日本のレベルの高い労働者に依拠して創り上げてきたこれまでの実績を、何と心得ているのだろうか。再度原点に戻って、経営者は、イノベーションの最も有効な手段として、時代のセンス、将来を読み取る新鮮な感性を期待して、定期的新規採用を行い、同時に自らのポストの明け渡しを含めて、若い世代の台頭、世代交代を積極的に促すべきである。激動の今、過去の経験・実績が必ずしも役に立たない時代は、冷静に考えるとまさに絶好の機会に違いない。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="mso-bidi-font-size: 10.5pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century; font-size: small;"> </span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">７　　結びにかえて</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt 21pt; mso-para-margin-left: 2.0gd; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">第二次世界大戦終了後、日本は直後の混乱を乗り越えて、</span><span style="mso-bidi-font-size: 10.5pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">30</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">年を越える高度成長期を謳歌した。その後バブル経済が崩壊し、暫く調整期が続き、ようやく新しい方向性の兆しが見えてきた時、今度は国際金融恐慌の嵐で、今大きな試練に立っている。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt 21pt; mso-para-margin-left: 2.0gd; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">確かに</span><span style="mso-bidi-font-size: 10.5pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">100</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">年に一度の事態なのかもしれないが、私は本来の経済構造への回帰の過程と受け止めたい。この数年間、世界経済の異常な伸長を警告していた識者は何人も居たし、身近で尊敬する経営者も繰り返し指摘していた。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt 21pt; mso-para-margin-left: 2.0gd; mso-char-indent-count: 1.0;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt 21pt; mso-para-margin-left: 2.0gd; mso-char-indent-count: 1.0;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt 21pt; mso-para-margin-left: 2.0gd; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 10.5pt;">経営者の最も重要でかつ究極の役割は人材の育成である。長期的視点に立った教育プログラムは、理念に裏打ちされていなければならず、職域階層毎、世代毎との縦軸横軸で、同時に次世代の経営者の育成プログラムも構築する事が大切である。高度成長期には次々と育ってきた人材が、競争力に富んだ技術を継承してきた。座学としての教育プログラムばかりではなく、日本の労働力としてのレベルの高さに自信を持って、現場に思い切って権限を委譲し、機会を与えて育成していく事（<span lang="EN-US">OJT</span>）が今必要なのではないのか。一般的に言って、これまでの日本企業の競争力は、経営者の優秀性というより、この現場の優れた人材に依るところが大きかったはずである。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt 21pt; mso-para-margin-left: 2.0gd; mso-char-indent-count: 1.0;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt 21pt; mso-para-margin-left: 2.0gd; mso-char-indent-count: 1.0;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt 21pt; mso-para-margin-left: 2.0gd; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">更に自らへの戒めとして、私はこのような時代に、持ち続けている問題意識がある。それは日本の組織におけるリーダーの「責任の取り方」、「責任の取らせ方」だ。戦争責任、不祥事の責任、みな明確ではなく、当事者は言い逃れに終始し、責任を論じる「装置」が不明確、或いは不在で、そしてそれを裁く司法も明解ではない。ほとぼりがさめると何食わぬ顔でまた表舞台に登場する一方で、本来は責任を負うべき立場にない者が、その身代わりの如く責任を取らされている事例もあるのではないか。誰に責任があり、誰が一体責任を取るべきか、この曖昧さを容認してしまう日本社会を私は危惧する。次世代の育成の為にも、現役世代が理屈の通る見本を示してこそ、明るい未来を描く事ができるのだと思う。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt 21pt; mso-para-margin-left: 2.0gd; mso-char-indent-count: 1.0;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt 21pt; mso-para-margin-left: 2.0gd; mso-char-indent-count: 1.0;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt 21pt; mso-para-margin-left: 2.0gd; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">折りしもアメリカでは現在、公的資金注入を受けた大手保険会社が、その後、多額の役員賞与を支払っている事案が議会で問題視されている。このような現実を目の当たりにすると、「アメリカ型」経営・倫理に対する違和感を強く持つ。私は、社会の価値観、企業経営の価値観等を通して、この数十年に粗末にしてきた「日本型経営モデル」の再評価を、企業の</span><span style="mso-bidi-font-size: 10.5pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">CSR</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">、そして新しい起業の中で見出したいし、実労働人口が減少していく中で、若年層の価値増大への道も切り拓きたいと思っている。</span></span></p>
<p class="yjSt ymuiDate"> ～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用　おわり</p>
<p class="yjSt ymuiDate"> </p>
<p class="yjSt ymuiDate">　原発の再稼働でも、同じ過ちを犯そうとしています。今の政府が本当に懸念することは、「夏場の電力不足」ではなく、日本国民・企業の血の出るような努力によって、「原発無しで夏場を乗り切ってしまう状態」なのではありませんか、実に国民を愚弄した姿勢です。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>センスないですね！</title>
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		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12504#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 10 Apr 2012 00:19:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　街を歩いていると、時々、どう理解したらよいのか分からない場に出くわすことがあります。札幌市中央区、市営地下鉄円山公園駅近く、円山クラス（http://maruyama-class.com/）の裏参道側、雪も融けて広い歩道と思いきや、建物沿いに赤い三角コーンと黄黒バーが約５０メートル並んでいました。何かの工事中かと近くに寄ると、「駐輪禁止」の白地に青の文字。さらに円山方面から駅に向かって歩いて行くと、「駐輪禁止」の表示の逆側に、自転車が整然と「駐輪」しています。何なんでしょうかね、この状態は？円山クラスの意図が分かりません。
　HP（http://maruyama-class.com/about/）には～～
ここは、地域の皆さまの「クラブハウス」。

豊かな自然と歴史ある風土に包まれた「円山地区」。
円山地区を楽しむ人々が上質で健やかな「憩い」「出会い」「価値」を求めて集う場所「レジデンツ・クラブハウス（暮らす人々のための施設）」として、皆さまに愛される施設を目指します。

名称に込めた想い。
お客様が望む「自分らしい暮らし」を実現する施設として、「maruyama（マルヤマ）」という地名と、「集合的」意味合いや「上品さ」「気品」等の意味を併せ持つ「class（クラス）」を組み合わせました。地域の皆様同様にこの街と共に暮らしていく施設として、欠くことのできないパートナーとして、いつまでも愛される施設でありたいとの想いが「maruyama class(マルヤマ クラス)」には込められています。～～～～～
 
　この工事現場風の景観が、「上品さ」「気品」なのでしょうか？いつまでも愛される施設でありたいのなら、店内ばかりではなく、周辺への優しさと配慮も必要だと思いますが・・・・・。どうして、建物側に自転車を止めるのがいけないのでしょうか？ 

]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　街を歩いていると、時々、どう理解したらよいのか分からない場に出くわすことがあります。札幌市中央区、市営地下鉄円山公園駅近く、円山クラス（<a href="http://maruyama-class.com/">http://maruyama-class.com/</a>）の裏参道側、雪も融けて広い歩道と思いきや、建物沿いに赤い三角コーンと黄黒バーが約５０メートル並んでいました。何かの工事中かと近くに寄ると、「駐輪禁止」の白地に青の文字。さらに円山方面から駅に向かって歩いて行くと、「駐輪禁止」の表示の逆側に、自転車が整然と「駐輪」しています。何なんでしょうかね、この状態は？円山クラスの意図が分かりません。</p>
<div id="attachment_12505" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020820.jpg"><img class="size-medium wp-image-12505" title="p1020820" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020820-500x375.jpg" alt="左：「駐輪禁止」の三角コーンが約５０メートル、右：自転車が整然と" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">左：「駐輪禁止」の三角コーンが約５０メートル、右：自転車が整然と</p></div>
<p>　HP（<a href="http://maruyama-class.com/about/">http://maruyama-class.com/about/</a>）には～～</p>
<p>ここは、地域の皆さまの「クラブハウス」。</p>
<div class="txtBlock">
<p>豊かな自然と歴史ある風土に包まれた「円山地区」。<br />
円山地区を楽しむ人々が上質で健やかな「憩い」「出会い」「価値」を求めて集う場所「レジデンツ・クラブハウス（暮らす人々のための施設）」として、皆さまに愛される施設を目指します。</p>
<div class="txtBlock">
<p>名称に込めた想い。</p>
<p>お客様が望む「自分らしい暮らし」を実現する施設として、「maruyama（マルヤマ）」という地名と、「集合的」意味合いや「上品さ」「気品」等の意味を併せ持つ「class（クラス）」を組み合わせました。地域の皆様同様にこの街と共に暮らしていく施設として、欠くことのできないパートナーとして、いつまでも愛される施設でありたいとの想いが「maruyama class(マルヤマ クラス)」には込められています。～～～～～</p>
<p> </p>
<p>　この工事現場風の景観が、「上品さ」「気品」なのでしょうか？いつまでも愛される施設でありたいのなら、店内ばかりではなく、周辺への優しさと配慮も必要だと思いますが・・・・・。どうして、建物側に自転車を止めるのがいけないのでしょうか？ </p></div>
</div>
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		<title>低線量被曝と向き合う</title>
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		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12476#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 08 Apr 2012 01:26:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12476</guid>
		<description><![CDATA[　北海道大学スラブ研究センター・家田研究室（http://src-h.slav.hokudai.ac.jp/coe21/people/file-ieda.html）主催の「一緒に考えましょう講座：http://src-hokudai-ac.jp/ieda/lectureslist.html」第5回として、チェルノブイリの教訓から、「低線量被曝と向き合う：http://src-hokudai-ac.jp/ieda/chernobyl.html」フォーラムが開催されました。
　海外からお二人のゲスト、ミハイル V マルコ（Mikhail V.Malko 1942年生まれ）博士、エフゲーニヤ ステバーノヴナ（Yevgeniya Stepanova 1939年生まれ）教授、それに京都大学原子炉実験所（http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/）の今中哲二（1950年生まれ）先生です。

 



エフゲーニヤ・ステパーノヴナ先生と通訳

　昨年の3・11直後に、福島原発周辺の放射線量測定にいち早く奔走された今中哲二先生は、サイエンスには分からない事も多々あることを認識すること、自分にとっては、フクシマ事故はこれまでの原子力技術の導入経過から、必然として位置付けられ、さらに、日本国民としては、地震とどう付き合って生きていくのか、3・11以降、一層問われていることを警告していました。
　ベラルーシのマリコ先生は、集団線量と一人当たり線量のリスクモデルを説明されて、チェルノブイリ事故後のデータ検証で重要なことは、1986年の「原発事故」と、1989年の「ソ連邦崩壊」の二つのファクターが、その後の環境問題にも大きな影響を及ぼしていることを考慮すべきだと指摘されました。たとえば、ソ連邦崩壊によりGDPは大幅に減り、それゆえに環境は一時的にクリーンになったとか。事故直後は、「急性期」被害が中心であり、その後は、情報が無い、正しい情報が無い等により、社会的緊張感が漂っていて、それは放射能情報だけにとどまらなかったとも。
　ステバーノヴナ先生は、ウクライナ放射線医学研究センターのお立場で、子どもたちへの25年間の放射能の影響について、貴重なデータによるご説明でした。自分たちは多くの失敗をしてきたけれど、継続した健康モニタリングを実施して、多くの教訓を学んでほしい、と。そして、原発事故は、体内被曝の問題ばかりでなく、移住による友人との別離、ライフスタイルの変更、食物の変更等、生きていくあらゆる術（すべ）を変えてしまうことも。
　最後は、「事故は起きてしまった、しかし、人々は生きている！」、そう結ばれました。
　このメンバーは、福島を含めて下記の地域を回ってフォーラムを続けて、22日に帰国されるようです。
 　9日（月）　10-12時　　　　　蘭越町山村開発センター
　10日（火）　13時30分　　　　 川俣町中央公民館３F研修室
　　　　　　 18時３０分　　　　 福島市MAX福島４F　A・O・Z
　11日（水）　13時30分　　　　 郡山市橘公民館大会議室
　13日（金）　16時半―19時半　　　大阪大学吹田キャンパス　銀杏会館3F
　　　　　　　　　　　　　　　　　　阪急電鉄・三和銀行ホール　ポスター
　14日（土）　13時―17時　　　　　京都大学文学研究科第3講義室
　15日（日）　14時-17時　　　　　松江市市民活動センター交流ホール
　17日（火）　18時30分～　　　　　名古屋市女性会館
　18日 (水)　　10時30分～　　　　　名古屋市天白文化小劇場
　19日（木）　 18時30分ー20時30分　いわき市文化センター大ホール
　21日（土）　　14時－18時　　　　東京大学弥生講堂　　　　
　22日帰国
 
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　北海道大学スラブ研究センター・家田研究室（<a href="http://src-h.slav.hokudai.ac.jp/coe21/people/file-ieda.html">http://src-h.slav.hokudai.ac.jp/coe21/people/file-ieda.html</a>）主催の「一緒に考えましょう講座：<a href="http://src-hokudai-ac.jp/ieda/lectureslist.html">http://src-hokudai-ac.jp/ieda/lectureslist.html</a>」第5回として、チェルノブイリの教訓から、「低線量被曝と向き合う：<a href="http://src-hokudai-ac.jp/ieda/chernobyl.html">http://src-hokudai-ac.jp/ieda/chernobyl.html</a>」フォーラムが開催されました。</p>
<p style="text-align: left;">　海外からお二人のゲスト、ミハイル V マルコ（Mikhail V.Malko 1942年生まれ）博士、エフゲーニヤ ステバーノヴナ（Yevgeniya Stepanova 1939年生まれ）教授、それに京都大学原子炉実験所（<a href="http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/">http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/</a>）の今中哲二（1950年生まれ）先生です。</p>
<p style="text-align: left;">
<div id="attachment_12478" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020836.jpg"><img class="size-medium wp-image-12478" title="p1020836" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020836-500x375.jpg" alt="ミハエル・マリコ教授と今中哲二助教" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">ミハエル・マリコ先生と今中哲二先生</p></div>
<p style="text-align: left;"> <a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020839.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-12479" title="p1020839" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020839-500x375.jpg" alt="" width="500" height="375" /></a></p>
<div class="mceTemp">
<dl id="attachment_12480" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px;">
<dt class="wp-caption-dt"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020840.jpg"><img class="size-medium wp-image-12480" title="p1020840" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020840-500x375.jpg" alt="エフゲーニヤ・ステパーノヴナ先生と通訳" width="500" height="375" /></a></dt>
<dd class="wp-caption-dd">エフゲーニヤ・ステパーノヴナ先生と通訳</dd>
</dl>
<p>　昨年の3・11直後に、福島原発周辺の放射線量測定にいち早く奔走された今中哲二先生は、サイエンスには分からない事も多々あることを認識すること、自分にとっては、フクシマ事故はこれまでの原子力技術の導入経過から、必然として位置付けられ、さらに、日本国民としては、地震とどう付き合って生きていくのか、3・11以降、一層問われていることを警告していました。</p></div>
<div class="mceTemp">　ベラルーシのマリコ先生は、集団線量と一人当たり線量のリスクモデルを説明されて、チェルノブイリ事故後のデータ検証で重要なことは、1986年の「原発事故」と、1989年の「ソ連邦崩壊」の二つのファクターが、その後の環境問題にも大きな影響を及ぼしていることを考慮すべきだと指摘されました。たとえば、ソ連邦崩壊によりGDPは大幅に減り、それゆえに環境は一時的にクリーンになったとか。事故直後は、「急性期」被害が中心であり、その後は、情報が無い、正しい情報が無い等により、社会的緊張感が漂っていて、それは放射能情報だけにとどまらなかったとも。</div>
<div class="mceTemp">　ステバーノヴナ先生は、ウクライナ放射線医学研究センターのお立場で、子どもたちへの25年間の放射能の影響について、貴重なデータによるご説明でした。自分たちは多くの失敗をしてきたけれど、継続した健康モニタリングを実施して、多くの教訓を学んでほしい、と。そして、原発事故は、体内被曝の問題ばかりでなく、移住による友人との別離、ライフスタイルの変更、食物の変更等、生きていくあらゆる術（すべ）を変えてしまうことも。</div>
<div class="mceTemp">　最後は、「事故は起きてしまった、しかし、人々は生きている！」、そう結ばれました。</div>
<div class="mceTemp">　このメンバーは、福島を含めて下記の地域を回ってフォーラムを続けて、22日に帰国されるようです。</div>
<div class="mceTemp"> 　9日（月）　10-12時　　　　　蘭越町山村開発センター<br />
　10日（火）　13時30分　　　　 川俣町中央公民館３F研修室<br />
　　　　　　 18時３０分　　　　 福島市MAX福島４F　A・O・Z<br />
　11日（水）　13時30分　　　　 郡山市橘公民館大会議室<br />
　13日（金）　16時半―19時半　　　大阪大学吹田キャンパス　銀杏会館3F<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　阪急電鉄・三和銀行ホール　ポスター<br />
　14日（土）　13時―17時　　　　　京都大学文学研究科第3講義室<br />
　15日（日）　14時-17時　　　　　松江市市民活動センター交流ホール<br />
　17日（火）　18時30分～　　　　　名古屋市女性会館<br />
　18日 (水)　　10時30分～　　　　　名古屋市天白文化小劇場<br />
　19日（木）　 18時30分ー20時30分　いわき市文化センター大ホール<br />
　21日（土）　　14時－18時　　　　東京大学弥生講堂<span style="font-size: xx-small;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;, &quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-fareast-language: ZH-CN; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-hansi-theme-font: minor-latin; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-bidi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-bidi-theme-font: minor-bidi; mso-ansi-language: EN-US; mso-bidi-language: AR-SA;">　　　　</span></span></strong></span><br />
　22日帰国</div>
<p style="text-align: left;"> </p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「ガレキ処理」、「再稼働」を巡って</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12455</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12455#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 04 Apr 2012 23:54:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12455</guid>
		<description><![CDATA[先月に私は書きました、
「ガレキ処理」について：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12121
「原発再稼働」について：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12331
　いずれもその後、動きが出て来ています。何が問題かを端的に言えば、「国の言うことが信頼できない」、「判断するに十分な情報が公開されていない」、いずれも先進国としてはゆゆしき問題、危機的な状況とも言えます。それ故に、国民は志のある方々の知恵・見識等、総力を挙げて、「自らの命を守らなければならない」のです。何とも情けない事態ではありますが、「生きていく」ためには代えられませんので、本当に信頼できる政治・政府を創り出すまで、妥協なき行動をする必要があります。地球上の命を守ることに妥協など許されません。
　一連の課題について、責任ある立場として、札幌市の上田文雄市長が記者会見で明言しています。
3月26日：http://www.city.sapporo.jp/city/mayor/interview/text/2011/20120326/index.html
「省エネというのは、本当に大きな、市民の皆さん方の力が結集して新しい発電をするのと同じ効果を持つものでありますので、札幌市民は、ごみの減量にあれだけしっかり頑張っていただいたように、結集軸をつくればすごいパワーが出てくるということを私は信じて疑っておりませんので、北海道民も、誠実に、状況を正確に把握をした上で、本当にエネルギーというのはどうなのかということをしっかり考えていくということと、北海道電力をはじめ、電力事業者もそのエネルギーというのはどうやってつくられてきているのか、本当の正確なデータをしっかり道民に明らかにして、やれることを、いろいろな選択を、われわれができるようにしていっていただければいいのだと思っております。」
　記者会見の質疑応答を読むと、実に下らない質問しかしていない新聞記者がいるものですね、是非、会社名だけでなく、記者の名前を記録に残して頂きたいものです。「ディテールにこだわる」、「事の軽重を理解していない」、何を市長から聞き出したいのか、記者の立ち位置を聞きたくなります、本気度をですね。
　一方、インターネットにはたくさんの興味深い情報が掲載されています、そう、追いかけきれないほどです。その中のひとつ：http://www.youtube.com/watch?v=pstK4YWgksM
http://ameblo.jp/64152966/entry-11212950081.html
　多くの方々が指摘しているように、この国の政府、今の電力会社経営者には、この「国家の危機」を越える能力・見識がない、「原子力」を扱う資質がない、そう言えば分かりやすいのでしょうね、どこの政党といった話ではない、本当に情けない事態です。今こそ、自立した市民の英知を総動員して、この難局を乗り切って参りましょう！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>先月に私は書きました、</p>
<p>「ガレキ処理」について：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12121">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12121</a></p>
<p>「原発再稼働」について：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12331">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12331</a></p>
<p>　いずれもその後、動きが出て来ています。何が問題かを端的に言えば、「国の言うことが信頼できない」、「判断するに十分な情報が公開されていない」、いずれも先進国としてはゆゆしき問題、危機的な状況とも言えます。それ故に、国民は志のある方々の知恵・見識等、総力を挙げて、「自らの命を守らなければならない」のです。何とも情けない事態ではありますが、「生きていく」ためには代えられませんので、本当に信頼できる政治・政府を創り出すまで、妥協なき行動をする必要があります。<strong>地球上の命を守ることに妥協など許されません。</strong></p>
<p>　一連の課題について、責任ある立場として、札幌市の上田文雄市長が記者会見で明言しています。</p>
<p>3月26日：<a href="http://www.city.sapporo.jp/city/mayor/interview/text/2011/20120326/index.html">http://www.city.sapporo.jp/city/mayor/interview/text/2011/20120326/index.html</a></p>
<p>「省エネというのは、本当に大きな、市民の皆さん方の力が結集して新しい発電をするのと同じ効果を持つものでありますので、札幌市民は、ごみの減量にあれだけしっかり頑張っていただいたように、結集軸をつくればすごいパワーが出てくるということを私は信じて疑っておりませんので、北海道民も、誠実に、状況を正確に把握をした上で、本当にエネルギーというのはどうなのかということをしっかり考えていくということと、北海道電力をはじめ、電力事業者もそのエネルギーというのはどうやってつくられてきているのか、本当の正確なデータをしっかり道民に明らかにして、やれることを、いろいろな選択を、われわれができるようにしていっていただければいいのだと思っております。」</p>
<p>　記者会見の質疑応答を読むと、実に下らない質問しかしていない新聞記者がいるものですね、是非、会社名だけでなく、記者の名前を記録に残して頂きたいものです。「ディテールにこだわる」、「事の軽重を理解していない」、何を市長から聞き出したいのか、記者の立ち位置を聞きたくなります、本気度をですね。</p>
<p>　一方、インターネットにはたくさんの興味深い情報が掲載されています、そう、追いかけきれないほどです。その中のひとつ：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=pstK4YWgksM">http://www.youtube.com/watch?v=pstK4YWgksM</a></p>
<p><a href="http://ameblo.jp/64152966/entry-11212950081.html">http://ameblo.jp/64152966/entry-11212950081.html</a></p>
<p>　多くの方々が指摘しているように、この国の政府、今の電力会社経営者には、この「国家の危機」を越える能力・見識がない、「原子力」を扱う資質がない、そう言えば分かりやすいのでしょうね、どこの政党といった話ではない、本当に情けない事態です。今こそ、自立した市民の英知を総動員して、この難局を乗り切って参りましょう！</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>春、まだ雪が・・・</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12436</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12436#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 02 Apr 2012 05:39:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12436</guid>
		<description><![CDATA[　今年の4月、新年度を迎えても、まだまだ雪が降り積もり、気温も氷点下が続く札幌です。
　3年前の4月、このブログで初めて写真を掲載しました、記念すべき一ページ（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=799）。ふり返ってみると、今年の冬は降雪はそれ程でもなく、雪かきでクタクタと言った時もそんなに無かったのですが、12月から気温がとにかく低かったですね。街なかの雪も融けずに積もったまま、或いは氷の表面の歩道だったり、タクシーの運転手さんは、道路には例年になく穴ぼこが多く、舌を噛んでしまったお客さんもいたとか、です。
　新しい年度、気持を更に切り替えて、新しい流れを創っていきましょう、ね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="mceTemp">　今年の4月、新年度を迎えても、まだまだ雪が降り積もり、気温も氷点下が続く札幌です。</div>
<div id="attachment_12448" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020819.jpg"><img class="size-medium wp-image-12448" title="p1020819" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/04/p1020819-500x375.jpg" alt="また、雪が積もりました" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">また、雪が積もりました</p></div>
<p>　3年前の4月、このブログで初めて写真を掲載しました、記念すべき一ページ（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=799">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=799</a>）。ふり返ってみると、今年の冬は降雪はそれ程でもなく、雪かきでクタクタと言った時もそんなに無かったのですが、12月から気温がとにかく低かったですね。街なかの雪も融けずに積もったまま、或いは氷の表面の歩道だったり、タクシーの運転手さんは、道路には例年になく穴ぼこが多く、舌を噛んでしまったお客さんもいたとか、です。</p>
<p>　新しい年度、気持を更に切り替えて、新しい流れを創っていきましょう、ね。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>薩摩は、今 （4）、鹿児島</title>
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		<pubDate>Sat, 31 Mar 2012 13:48:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12383</guid>
		<description><![CDATA[ 　鹿児島県内は、昨年の新幹線開通で大きな経済効果があり、活気を呈していましたが、それは地元経済ばかりでなく、桜島（http://kagoshima-live.com/sakurajima.html）にも活力を与えて、噴火の回数も大幅に増えているそうです。先日は風向きが逆でしたので、鹿児島市内はすっきり晴れていました。「桜島」、「錦江湾」というと、すぐに歌手の長淵剛を思い出します（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=407）。
　知覧町（http://www.k3.dion.ne.jp/~j-gunto/gunto_036.htm）は、2007年12月1日に市町村合併で「南九州市」となりました、市名の読み仮名は9文字で、日本最長とのことです。知覧茶の味わい、武家屋敷群の見事さには変わりはありません。 
　今回は訪問できませんでしたが、「知覧特攻平和会館：http://www.city.minamikyushu.lg.jp/cgi-bin/hpViewContent.cgi?pID=20070920195935」は、忘れてはいけない歴史として、しっかり語り継ぐ責任を感じます、最近は修学旅行生の訪問も多いようです。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p> 　鹿児島県内は、昨年の新幹線開通で大きな経済効果があり、活気を呈していましたが、それは地元経済ばかりでなく、桜島（<a href="http://kagoshima-live.com/sakurajima.html">http://kagoshima-live.com/sakurajima.html</a>）にも活力を与えて、噴火の回数も大幅に増えているそうです。先日は風向きが逆でしたので、鹿児島市内はすっきり晴れていました。「桜島」、「錦江湾」というと、すぐに歌手の長淵剛を思い出します（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=407">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=407</a>）。</p>
<div id="attachment_12386" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020806.jpg"><img class="size-medium wp-image-12386" title="p1020806" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020806-500x375.jpg" alt="桜島、圧倒的存在感！" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">桜島、圧倒的存在感！</p></div>
<p>　知覧町（<a href="http://www.k3.dion.ne.jp/~j-gunto/gunto_036.htm">http://www.k3.dion.ne.jp/~j-gunto/gunto_036.htm</a>）は、2007年12月1日に市町村合併で「南九州市」となりました、市名の読み仮名は9文字で、日本最長とのことです。知覧茶の味わい、武家屋敷群の見事さには変わりはありません。 </p>
<div id="attachment_12426" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020816.jpg"><img class="size-medium wp-image-12426" title="p1020816" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020816-500x375.jpg" alt="知覧の庭園" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">薩摩の小京都：知覧の庭園</p></div>
<p>　今回は訪問できませんでしたが、「<strong>知覧特攻平和会館：</strong><a href="http://www.city.minamikyushu.lg.jp/cgi-bin/hpViewContent.cgi?pID=20070920195935"><strong>http://www.city.minamikyushu.lg.jp/cgi-bin/hpViewContent.cgi?pID=20070920195935</strong></a>」は、忘れてはいけない歴史として、しっかり語り継ぐ責任を感じます、最近は修学旅行生の訪問も多いようです。</p>
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		<title>薩摩は、今 （3）、種子島</title>
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		<pubDate>Sat, 31 Mar 2012 13:24:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[ 　世界遺産・屋久島からフェリーで約1時間40分、まるで違った形状の種子島（http://www.tanegashima.co.jp/）にも上陸しました、海岸線と広く美しい砂浜が印象的でした。
 　一方、島の北、西之表港では、年度末で転勤する学校の先生ほかと見送りの人たちのお別れにも遭遇しました、まるで映画のロケみたいな場面ではありました。

　1543年の「鉄砲伝来：http://www.city.nishinoomote.lg.jp/histry/denrai.html」と簡単に記憶していましたが、そこには多くの秘話が隠されていたようです。「若狭物語：http://www.city.nishinoomote.lg.jp/histry/wakasa.html」もその一つですね。
　ところで、バスのガイドさんから気になる話を聞きました。種子島のすぐ隣の「馬毛（まげ）島：http://imagic.qee.jp/sima4/kagosima/magesima.html」、これまで何かといわく因縁の話題が出ては消えていましたが、昨今は米軍滑走路建設（http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-06-22/2011062215_03_1.html）を巡っての疑惑です。馬毛島のほとんどを所有する馬毛島開発（立石勲社長）は、同島で貨物専用飛行場を計画し、昨年２月から伐採を進めているとの噂、約4000メートルの滑走路構想も浮上しているようです。沖縄の米軍基地移転問題とも絡んで、今後、注視していかなくてはなりません。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p> 　世界遺産・屋久島からフェリーで約1時間40分、まるで違った形状の種子島（<a href="http://www.tanegashima.co.jp/">http://www.tanegashima.co.jp/</a>）にも上陸しました、海岸線と広く美しい砂浜が印象的でした。</p>
<div id="attachment_12376" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020789.jpg"><img class="size-medium wp-image-12376" title="p1020789" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020789-500x375.jpg" alt="千尋の座" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">千座（ちくら）の岩屋</p></div>
<div id="attachment_12408" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p10207962.jpg"><img class="size-medium wp-image-12408" title="p10207962" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p10207962-500x375.jpg" alt="JAXA種子島宇宙センター" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">JAXA種子島宇宙センター発射場</p></div>
<p> 　一方、島の北、西之表港では、年度末で転勤する学校の先生ほかと見送りの人たちのお別れにも遭遇しました、まるで映画のロケみたいな場面ではありました。</p>
<div class="mceTemp">
<div id="attachment_12379" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020805.jpg"><img class="size-medium wp-image-12379" title="p1020805" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020805-500x375.jpg" alt="港では転勤する人々の見送りも" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">港では転勤する人々の見送りも</p></div>
<p>　1543年の「鉄砲伝来：<a href="http://www.city.nishinoomote.lg.jp/histry/denrai.html">http://www.city.nishinoomote.lg.jp/histry/denrai.html</a>」と簡単に記憶していましたが、そこには多くの秘話が隠されていたようです。「<strong>若狭物語：</strong><a href="http://www.city.nishinoomote.lg.jp/histry/wakasa.html"><strong>http://www.city.nishinoomote.lg.jp/histry/wakasa.html</strong></a>」もその一つですね。</p>
<p>　ところで、バスのガイドさんから気になる話を聞きました。種子島のすぐ隣の<strong>「馬毛（まげ）島：</strong><a href="http://imagic.qee.jp/sima4/kagosima/magesima.html"><strong>http://imagic.qee.jp/sima4/kagosima/magesima.html</strong></a>」、これまで何かといわく因縁の話題が出ては消えていましたが、昨今は米軍滑走路建設（<a href="http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-06-22/2011062215_03_1.html">http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2011-06-22/2011062215_03_1.html</a>）を巡っての疑惑です。馬毛島のほとんどを所有する馬毛島開発（立石勲社長）は、同島で貨物専用飛行場を計画し、昨年２月から伐採を進めているとの噂、約4000メートルの滑走路構想も浮上しているようです。沖縄の米軍基地移転問題とも絡んで、今後、注視していかなくてはなりません。</div>
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		</item>
		<item>
		<title>薩摩は、今 （2）、屋久島</title>
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		<pubDate>Fri, 30 Mar 2012 21:01:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[ 　世界遺産・屋久島（http://www.tabian.com/tiikibetu/kyusyu/kagosima/yakusima/）、天忠石（http://gezanjuku.yamagomori.com/23_07_24_tacyudake.html）と紀元杉（http://ww22.tiki.ne.jp/~u-jeune/souchoujyuku/yakushima/kigen.html）ほかの樹木、千尋の滝（http://www.youtube.com/watch?v=pdXcFjrTQ_I）の圧倒的力、歴史を生き抜いた、まさに「力」を感じます、表現の仕様がありません。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p> 　世界遺産・屋久島（<a href="http://www.tabian.com/tiikibetu/kyusyu/kagosima/yakusima/">http://www.tabian.com/tiikibetu/kyusyu/kagosima/yakusima/</a>）、天忠石（<a href="http://gezanjuku.yamagomori.com/23_07_24_tacyudake.html">http://gezanjuku.yamagomori.com/23_07_24_tacyudake.html</a>）と紀元杉（<a href="http://ww22.tiki.ne.jp/~u-jeune/souchoujyuku/yakushima/kigen.html">http://ww22.tiki.ne.jp/~u-jeune/souchoujyuku/yakushima/kigen.html</a>）ほかの樹木、千尋の滝（<a href="http://www.youtube.com/watch?v=pdXcFjrTQ_I">http://www.youtube.com/watch?v=pdXcFjrTQ_I</a>）の圧倒的力、歴史を生き抜いた、まさに「力」を感じます、表現の仕様がありません。</p>
<div id="attachment_12370" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020739.jpg"><img class="size-medium wp-image-12370" title="p1020739" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020739-500x375.jpg" alt="天誅山" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">太忠岳の天忠石</p></div>
<div id="attachment_12371" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020751.jpg"><img class="size-medium wp-image-12371" title="p1020751" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020751-375x500.jpg" alt="紀元杉" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">紀元杉</p></div>
<div id="attachment_12372" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020761.jpg"><img class="size-medium wp-image-12372" title="p1020761" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020761-500x375.jpg" alt="岩を抱く杉" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">岩を抱く杉</p></div>
<div id="attachment_12373" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020778.jpg"><img class="size-medium wp-image-12373" title="p1020778" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020778-375x500.jpg" alt="滝" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">千尋の滝</p></div>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>薩摩は、今 （1）、空港＆霧島</title>
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		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12362#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 30 Mar 2012 13:18:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12362</guid>
		<description><![CDATA[　「薩摩の今」、歴史を辿る旅でした。空港向かいの西郷公園（http://www41.tok2.com/home/kanihei5/saigoukouen.html）で睨みを効かす「西郷隆盛」。上野公園の銅像とはひと味違う迫力です。
 　霧島神宮（http://www.kirishimajingu.or.jp/index.html）の御神木、奥行きのある神宮と境内でした。
 　翌日の朝、鹿児島南港からジェット船、黄砂でけむる開聞岳（http://www.mapple.net/spots/G04600047901.htm）も見ることが出来ました。
　一路、世界遺産・屋久島を目指しました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>　「薩摩の今」、歴史を辿る旅でした。</strong>空港向かいの西郷公園（<a href="http://www41.tok2.com/home/kanihei5/saigoukouen.html">http://www41.tok2.com/home/kanihei5/saigoukouen.html</a>）で睨みを効かす「西郷隆盛」。上野公園の銅像とはひと味違う迫力です。</p>
<div id="attachment_12366" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020716.jpg"><img class="size-medium wp-image-12366" title="p1020716" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020716-500x375.jpg" alt="西郷隆盛は睨みをきかす！" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">西郷隆盛は睨みをきかす！</p></div>
<p> 　霧島神宮（<a href="http://www.kirishimajingu.or.jp/index.html">http://www.kirishimajingu.or.jp/index.html</a>）の御神木、奥行きのある神宮と境内でした。</p>
<div id="attachment_12367" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020730.jpg"><img class="size-medium wp-image-12367" title="p1020730" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020730-500x375.jpg" alt="霧島神宮御神木" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">霧島神宮御神木</p></div>
<p> 　翌日の朝、鹿児島南港からジェット船、黄砂でけむる開聞岳（<a href="http://www.mapple.net/spots/G04600047901.htm">http://www.mapple.net/spots/G04600047901.htm</a>）も見ることが出来ました。</p>
<div id="attachment_12368" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020735.jpg"><img class="size-medium wp-image-12368" title="p1020735" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020735-500x375.jpg" alt="錦江湾から靄にかすむ開聞岳" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">錦江湾から靄にかすむ開聞岳</p></div>
<p>　一路、世界遺産・屋久島を目指しました。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>原発再稼働について</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12331</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12331#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 26 Mar 2012 23:49:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12331</guid>
		<description><![CDATA[　この所、原子力発電の「再稼働」を巡って、いろいろな記事が出ていますが、私はひと言、「新しい組織と人材で、国民の納得する対策を説明をすること」が、最優先の当事者の今の課題だと思いますし、それなしに「再稼働」などあってはなりません。昨年の3・11以降の一連の爆発事故の検証も終了しないうちに、そして、今も尚、継続して危険な状態の東電福島第一原発の状態で、「再稼働」を決めるのは「犯罪」以外の何ものでもありません。
　再稼働させたい電力会社や政府は、「福島第一原発事故を教訓にした安全対策を実施する」、「だから大丈夫だ」という理屈にもならないごまかしで地域住民の理解を得る目論みのようですが、国民をなめるのもいい加減にしろ、と言いたいですね。
　経団連等は、「日本の原発をすべて止めたままにすると、製造業を中心に国際競争力が低下するなど、大きな問題を抱えている。だから原発を再稼働する必要がある」と喧伝していますが、むしろ、3・11以降の国際競争力は、個別企業の問題ではなく、「日本国」それ自体の問題であり、それゆえに福島第一原発事故を幾重にも検証し、そこから得られた教訓を一刻も早く生かした方針・対策を世界に発信しなければなりません。「日本国」の信頼、浮沈が掛っているのだと思います。これまでの地域独占に胡坐をかいた情報隠ぺい、虚偽の説明で、地元住民、国民、さらには国際社会を偽ってきた東京電力は、当事者として総括をしなくてはならないでしょう、少なくとも自立した「企業」であれば当然のことです。そして政府・国会の機能として、東電福島原発事故からの教訓を明らかにして、責任者を「処罰」し、新しい担い手に代えての議論が、最低限の条件だと思います。
　経済云々よりも、生存できるかどうか、これが今の日本の課題であるはず。それを企業競争力とか経済成長とかを声高に言う今の「経済界」の浅薄さに、人材の枯渇を強く感じます。
　このブログを始めて間もなく、2008年11月10日に私は書きました、「『平和』に対して、経営者はもっと積極的に活動をすべきなのではないか：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=70」、と。経済同友会で、永らくご活躍だった品川正治さんは、私の尊敬する経済人で、2009年6月に札幌でご講演もお願いしました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1351）。3・11以降の社会的には、「経営者は、『人間が生きていけるかどうか』に、もっと真剣に向き合うべきではないか」、となっているのだと思います。
　TPPの議論も、原発再稼働も、まさに日本の政府・官僚・アカデミックセクター・経済界の立場のある方々が「メルトダウン」です、今こそ、私たちは、日本国民の「主権」を取り戻さなくては。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h4>　この所、原子力発電の「再稼働」を巡って、いろいろな記事が出ていますが、私はひと言、「新しい組織と人材で、国民の納得する対策を説明をすること」が、最優先の当事者の今の課題だと思いますし、それなしに「再稼働」などあってはなりません。昨年の3・11以降の一連の爆発事故の検証も終了しないうちに、そして、今も尚、継続して危険な状態の東電福島第一原発の状態で、「再稼働」を決めるのは「犯罪」以外の何ものでもありません。</h4>
<p>　再稼働させたい電力会社や政府は、「福島第一原発事故を教訓にした安全対策を実施する」、「だから大丈夫だ」という理屈にもならないごまかしで地域住民の理解を得る目論みのようですが、国民をなめるのもいい加減にしろ、と言いたいですね。</p>
<p>　経団連等は、「日本の原発をすべて止めたままにすると、製造業を中心に国際競争力が低下するなど、大きな問題を抱えている。だから原発を再稼働する必要がある」と喧伝していますが、むしろ、3・11以降の国際競争力は、個別企業の問題ではなく、「日本国」それ自体の問題であり、それゆえに福島第一原発事故を幾重にも検証し、そこから得られた教訓を一刻も早く生かした方針・対策を世界に発信しなければなりません。「日本国」の信頼、浮沈が掛っているのだと思います。これまでの地域独占に胡坐をかいた情報隠ぺい、虚偽の説明で、地元住民、国民、さらには国際社会を偽ってきた東京電力は、当事者として総括をしなくてはならないでしょう、少なくとも自立した「企業」であれば当然のことです。そして政府・国会の機能として、東電福島原発事故からの教訓を明らかにして、<strong>責任者を「処罰」し</strong>、新しい担い手に代えての議論が、最低限の条件だと思います。</p>
<p>　経済云々よりも、生存できるかどうか、これが今の日本の課題であるはず。それを企業競争力とか経済成長とかを声高に言う今の「経済界」の浅薄さに、人材の枯渇を強く感じます。</p>
<p>　このブログを始めて間もなく、2008年11月10日に私は書きました、「『平和』に対して、経営者はもっと積極的に活動をすべきなのではないか：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=70">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=70</a>」、と。経済同友会で、永らくご活躍だった品川正治さんは、私の尊敬する経済人で、2009年6月に札幌でご講演もお願いしました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1351">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1351</a>）。3・11以降の社会的には、「経営者は、『人間が生きていけるかどうか』に、もっと真剣に向き合うべきではないか」、となっているのだと思います。</p>
<p>　TPPの議論も、原発再稼働も、まさに日本の政府・官僚・アカデミックセクター・経済界の立場のある方々が「メルトダウン」です、今こそ、私たちは、日本国民の「主権」を取り戻さなくては。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>祝！「公益移行認定」、二財団</title>
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		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12315#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 25 Mar 2012 02:16:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12315</guid>
		<description><![CDATA[　3年前から、日本全国の財団・社団法人が、今後の法人格について、5年以内に選択を迫られています（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=174）。その中で、私が関わっているいくつかの財団法人では公益移行認定（http://www.koueki.jp/pdf/080704nintei_tebiki.pdf）を終えましたが、先日残っていた「北海道対がん協会：http://www.hokkaido-taigan.jp/」、「北海道演劇財団：http://www.h-paf.ne.jp/」が、共に公益移行認定を受けて、晴れて4月1日から「公益財団法人」として再スタートすることが決まりました。「民が担う公共」の主体が、より現実的になってくる時代の到来を実感しています。
　これまでに、私が関わっている財団法人は、以下の通りです。
＊　公益財団法人 秋山記念生命科学振興財団（http://www.akiyama-foundation.org/）
＊　公益財団法人 ワーグナー・ナンドール記念財団（http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html）
＊　一般財団法人 北海道札幌南高学校林（http://www.rikka.net/officer/）
＊　公益財団法人 杉野目記念会（http://www.mext.go.jp/b_menu/koueki/daijin/01/018.htm）
＊　一般財団法人 前田一歩園財団（http://www.ippoen.or.jp/）
　「公益財団法人」への移行が多いですが、活動の自由度に重点を置いて、敢えて「一般財団法人」を主体的に選択した財団もあります。今回の変革の目的が、民間の自主・自立的活動を目指すことにあるのですから、それぞれの活動主体が自身の理念・目的で、新しい時代の社会貢献の実を挙げることを期待します。
　私が副理事長をつとめる「北海道演劇財団：http://www.h-paf.ne.jp/」は、今回の公益財団法人への移行を機に、付属の劇団「TPS（Theater Project Sapporo）：http://www.h-paf.ne.jp/tps/tps.htmlが名称を変更し、「札幌座」となります。札幌を拠点に、プロフェッショナルな演劇創造を目指す北海道演劇財団主宰の演劇集団。これまでの15年間の数々の実績を基盤に、さらにオール札幌・北海道で演劇の「磁場」を創造していこう！、そんなメッセージを全国・世界に発信です。
　「演劇」と名のつく財団が、今回、「公益財団法人」として新しい公共の担い手に認められたこと、そのことの意味合いが、北海道で演劇に関わる方々、ファンの皆さまには、大変大きな意義があると思っています。これからの活躍が楽しみです！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　3年前から、日本全国の財団・社団法人が、今後の法人格について、5年以内に選択を迫られています（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=174">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=174</a>）。その中で、私が関わっているいくつかの財団法人では<strong>公益移行認定（</strong><a href="http://www.koueki.jp/pdf/080704nintei_tebiki.pdf"><strong>http://www.koueki.jp/pdf/080704nintei_tebiki.pdf</strong></a><strong>）</strong>を終えましたが、先日残っていた「<strong>北海道対がん協会：</strong><a href="http://www.hokkaido-taigan.jp/"><strong>http://www.hokkaido-taigan.jp/</strong></a>」、「<strong>北海道演劇財団：</strong><a href="http://www.h-paf.ne.jp/"><strong>http://www.h-paf.ne.jp/</strong></a><strong>」</strong>が、共に公益移行認定を受けて、晴れて4月1日から「公益財団法人」として再スタートすることが決まりました。「民が担う公共」の主体が、より現実的になってくる時代の到来を実感しています。</p>
<p>　これまでに、私が関わっている財団法人は、以下の通りです。</p>
<p>＊　公益財団法人 秋山記念生命科学振興財団（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/">http://www.akiyama-foundation.org/</a>）</p>
<p>＊　公益財団法人 ワーグナー・ナンドール記念財団（<a href="http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html">http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html</a>）</p>
<p>＊　一般財団法人 北海道札幌南高学校林（<a href="http://www.rikka.net/officer/">http://www.rikka.net/officer/</a>）</p>
<p>＊　公益財団法人 杉野目記念会（<a href="http://www.mext.go.jp/b_menu/koueki/daijin/01/018.htm">http://www.mext.go.jp/b_menu/koueki/daijin/01/018.htm</a>）</p>
<p>＊　一般財団法人 前田一歩園財団（<a href="http://www.ippoen.or.jp/">http://www.ippoen.or.jp/</a>）</p>
<p>　「公益財団法人」への移行が多いですが、活動の自由度に重点を置いて、敢えて「一般財団法人」を主体的に選択した財団もあります。今回の変革の目的が、民間の自主・自立的活動を目指すことにあるのですから、それぞれの活動主体が自身の理念・目的で、新しい時代の社会貢献の実を挙げることを期待します。</p>
<p>　私が副理事長をつとめる「北海道演劇財団：<a href="http://www.h-paf.ne.jp/">http://www.h-paf.ne.jp/</a>」は、今回の公益財団法人への移行を機に、付属の劇団「<strong>TPS（Theater Project Sapporo）：</strong><a href="http://www.h-paf.ne.jp/tps/tps.html"><strong>http://www.h-paf.ne.jp/tps/tps.html</strong></a>が名称を変更し、「<strong>札幌座</strong>」となります。札幌を拠点に、プロフェッショナルな演劇創造を目指す北海道演劇財団主宰の演劇集団。これまでの15年間の数々の実績を基盤に、さらにオール札幌・北海道で演劇の「磁場」を創造していこう！、そんなメッセージを全国・世界に発信です。</p>
<p>　「演劇」と名のつく財団が、今回、「公益財団法人」として新しい公共の担い手に認められたこと、そのことの意味合いが、北海道で演劇に関わる方々、ファンの皆さまには、大変大きな意義があると思っています。これからの活躍が楽しみです！</p>
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		<title>一本足の流儀 ！</title>
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		<pubDate>Fri, 23 Mar 2012 03:08:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12292</guid>
		<description><![CDATA[　昨日、3月の「シアターZOOサロン：http://www.h-paf.ne.jp/salon/index.html」は、「一本足の流儀～障がい者だからできるスポーツがある～」と題して、田中哲也（http://tetsuyatanaka.blogspot.jp/）さんの素晴らしいお話でした！
 　アルペンスキー、アイスホッケー、ゴルフ、競輪のそれぞれの公式競技に出場してきたアスリートで、長野、ソルトレークパラリンピックでは日本代表選手として活躍でした。全て一本足でこなし、今はインストラクターとして、札幌手稲ハイランド（http://www.sapporo-teine.com/snow/）で教えてもいます。日本の場合、オリンピックは文部省管轄で予算も豊富、パラリンピックは厚生労働省管轄で、「リハビリテーション」活動の位置づけで貧弱な予算だそうです、底の浅い「先進国」ですね。

いつも使っているハイテク義足
 　普段使っている義足、競技に使う器具もハイテク装備で、特に関節部分、サスペンション等は、優れモノで驚きました。ドイツ製・アメリカ製が重要部分で、日本は支柱部分が少しとか。100万円以上のまさに高価な器械です。
　「障がい者」とひと言で括るのは全く現実的ではないようです。それぞれの障がいの由来、残っている部位による機能の違い等、実に多様な「個性」です。そう言えば、先日、FBでも見ましたが、中西麻耶（http://www.m-nakanishi.com/）さんも新しいタイプの「障がい者」でしょう、魅力的な体脂肪４％の体、オリジナルフォトカレンダーでお金を稼いで、次の公式国際競技に挑戦です。
　「アダプティブスポーツ」の現状と魅力、すさまじいトレーニングについて、これまでの既成概念を突き破る大変貴重なお話を聞くことが出来ました、感動をありがとうございます！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　昨日、3月の「シアターZOOサロン：<a href="http://www.h-paf.ne.jp/salon/index.html">http://www.h-paf.ne.jp/salon/index.html</a>」は、「<strong>一本足の流儀～障がい者だからできるスポーツがある～</strong>」と題して、<strong>田中哲也</strong>（<a href="http://tetsuyatanaka.blogspot.jp/">http://tetsuyatanaka.blogspot.jp/</a>）さんの素晴らしいお話でした！</p>
<div id="attachment_12294" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020708.jpg"><img class="size-medium wp-image-12294" title="p1020708" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020708-500x375.jpg" alt="あふれ出るエネルギー" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">あふれ出るエネルギー、田中哲也さん</p></div>
<p> 　アルペンスキー、アイスホッケー、ゴルフ、競輪のそれぞれの公式競技に出場してきたアスリートで、長野、ソルトレークパラリンピックでは日本代表選手として活躍でした。全て一本足でこなし、今はインストラクターとして、札幌手稲ハイランド（<a href="http://www.sapporo-teine.com/snow/">http://www.sapporo-teine.com/snow/</a>）で教えてもいます。日本の場合、オリンピックは文部省管轄で予算も豊富、パラリンピックは厚生労働省管轄で、「リハビリテーション」活動の位置づけで貧弱な予算だそうです、底の浅い「先進国」ですね。</p>
<div id="attachment_12295" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020711.jpg"><img class="size-medium wp-image-12295" title="p1020711" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020711.jpg" alt="パラリンピックスキーで使ったもの" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">パラリンピックスキーで使ったもの</p></div>
<p class="wp-caption-dt"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020712.jpg"><img class="size-medium wp-image-12296" title="p1020712" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020712.jpg" alt="普段使用の義足" width="225" height="300" /></a></p>
<p class="wp-caption-dt">いつも使っているハイテク義足</p>
<p> 　普段使っている義足、競技に使う器具もハイテク装備で、特に関節部分、サスペンション等は、優れモノで驚きました。ドイツ製・アメリカ製が重要部分で、日本は支柱部分が少しとか。100万円以上のまさに高価な器械です。</p>
<p>　「障がい者」とひと言で括るのは全く現実的ではないようです。それぞれの障がいの由来、残っている部位による機能の違い等、実に多様な「個性」です。そう言えば、先日、FBでも見ましたが、<strong>中西麻耶（</strong><a href="http://www.m-nakanishi.com/"><strong>http://www.m-nakanishi.com/</strong></a>）さんも新しいタイプの「障がい者」でしょう、魅力的な体脂肪４％の体、オリジナルフォトカレンダーでお金を稼いで、次の公式国際競技に挑戦です。</p>
<p>　「アダプティブスポーツ」の現状と魅力、すさまじいトレーニングについて、これまでの既成概念を突き破る大変貴重なお話を聞くことが出来ました、感動をありがとうございます！</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>2012年3月、千葉県館山は</title>
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		<pubDate>Tue, 20 Mar 2012 19:54:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12243</guid>
		<description><![CDATA[　千葉県館山市は、内房の海に面した見どころの多いマチで、これまでにも何回かご紹介しています。大賀にある千葉大学教育学部の臨海実習所（http://www.edu.chiba-u.jp/home/orga_06.html）は、私にとって思い出多き場です。
http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7143
http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8651
http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9689
 
　館山市那古船形の「茂八：http://www.mohachi.com/index.html」のお寿司は、一度皆さんに味わってもらいたいもののひとつです、握りの大きさ、名物の厚焼き玉子ほか、ですね。
 　鶴谷八幡宮（http://www.genbu.net/data/awa/turugaya_title.htm）は千年の歴史を誇り、その境内には「日露戦争戦没者慰霊碑」も建立されている歴史的建造物です。
 　千葉県立安房（あわ）高（http://saas01.netcommons.net/awakou/htdocs/index.php?page_id=0）に続く生垣も見事で、気持のよい空気を創り出しています。
 　1月の「若潮マラソン」、そして4月には「トライアスロン・アジアチャンピオンシップ：http://tateyamatriathlon.jp/」も開催予定です。
 　昨年は、3・11の少し前に、外房の安房勝浦「ビッグひなまつり：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7602」にも行きました。
　1997年に東京湾アクアライン（http://www.mapbinder.com/Map/Japan/Kanagawa/KawasakiShi/KawasakiKu/Aqualine/Aqualine.html）が開通して以来、羽田空港からバスで1時間40分、東京駅から約2時間と、JR電車よりもグッと近くなりました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　千葉県館山市は、内房の海に面した見どころの多いマチで、これまでにも何回かご紹介しています。大賀にある<strong>千葉大学教育学部の臨海実習所（</strong><a href="http://www.edu.chiba-u.jp/home/orga_06.html"><strong>http://www.edu.chiba-u.jp/home/orga_06.html</strong></a><strong>）</strong>は、私にとって思い出多き場です。</p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7143">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7143</a></p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8651">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8651</a></p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9689">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9689</a></p>
<p> </p>
<p>　館山市那古船形の<strong>「茂八：</strong><a href="http://www.mohachi.com/index.html"><strong>http://www.mohachi.com/index.html</strong></a>」のお寿司は、一度皆さんに味わってもらいたいもののひとつです、握りの大きさ、名物の厚焼き玉子ほか、ですね。</p>
<div id="attachment_12248" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020696.jpg"><img class="size-medium wp-image-12248" title="p1020696" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020696.jpg" alt="館山市那古の「茂八」" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">館山市那古の「茂八」</p></div>
<div id="attachment_12251" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020691.jpg"><img class="size-medium wp-image-12251" title="p1020691" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020691.jpg" alt="この大きさが良く見えず、残念です！" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">写真ではこの大きさが良く分からず、残念！</p></div>
<div id="attachment_12252" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020692.jpg"><img class="size-medium wp-image-12252" title="p1020692" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020692.jpg" alt="この握りのサイズも、是非、現場で確かめて、そして、左上の卵焼き" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">この握りのサイズも、是非、現場で確かめて、そして、左上の厚焼きたまご</p></div>
<p> 　<strong>鶴谷八幡宮（</strong><a href="http://www.genbu.net/data/awa/turugaya_title.htm"><strong>http://www.genbu.net/data/awa/turugaya_title.htm</strong></a>）は千年の歴史を誇り、その境内には「日露戦争戦没者慰霊碑」も建立されている歴史的建造物です。</p>
<div id="attachment_12253" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020693.jpg"><img class="size-medium wp-image-12253" title="p1020693" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020693.jpg" alt="八幡神社一の鳥居" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">八幡神社一の鳥居</p></div>
<p> 　千<strong>葉県立安房（あわ）高（</strong><a href="http://saas01.netcommons.net/awakou/htdocs/index.php?page_id=0"><strong>http://saas01.netcommons.net/awakou/htdocs/index.php?page_id=0</strong></a><strong>）</strong>に続く生垣も見事で、気持のよい空気を創り出しています。</p>
<div id="attachment_12254" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020694.jpg"><img class="size-medium wp-image-12254" title="p1020694" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020694.jpg" alt="安房高へ続く生垣の通り" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">安房高へ続く生垣の通り</p></div>
<p> 　1月の「<strong>若潮マラソン</strong>」、そして4月には「<strong>トライアスロン・アジアチャンピオンシップ：</strong><a href="http://tateyamatriathlon.jp/"><strong>http://tateyamatriathlon.jp/</strong></a>」も開催予定です。</p>
<div id="attachment_12255" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020697.jpg"><img class="size-medium wp-image-12255" title="p1020697" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020697-375x500.jpg" alt="来月に開催です！" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">来月開催です！</p></div>
<p> 　昨年は、3・11の少し前に、外房の安房勝浦「ビッグひなまつり：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7602">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7602</a>」にも行きました。</p>
<p>　1997年に東京湾アクアライン（<a href="http://www.mapbinder.com/Map/Japan/Kanagawa/KawasakiShi/KawasakiKu/Aqualine/Aqualine.html">http://www.mapbinder.com/Map/Japan/Kanagawa/KawasakiShi/KawasakiKu/Aqualine/Aqualine.html</a>）が開通して以来、羽田空港からバスで1時間40分、東京駅から約2時間と、JR電車よりもグッと近くなりました。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>宇都宮餃子、No.1奪還へ</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12224</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12224#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 18 Mar 2012 23:00:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12224</guid>
		<description><![CDATA[ 　「ワグナー・ナンドール財団：http://wagnernandor.com/indexj.htm」となって早1年、先日、栃木県益子町の財団で理事会・評議員会が開催されました。昨年は公益財団法人移行前の最後の会議、3・11大震災の直前だったことを思い出しました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7747）。昨年の春の展示会は3・11被害で中止でしたが、今年は4月15日から5月15日まで、「ワグナー・ナンドール没後十五年の歩み」の併設展とともに春の展示会が開催予定、財団運営は極めて順調で、今後の夢も膨らみます。
　毎回、3月と6月の会議の前日はJR宇都宮駅前に泊まって、翌日朝の路線パスで益子に向かいます。宇都宮は長い間、「餃子全国一」ですが、昨年は、3・11の影響があり、その地位を静岡県浜松市に譲ったそうです（http://www.at-s.com/news/detail/100096269.html）。
　これまで「No.1」を誇ってきたのにお気の毒と思って、先日は少しでも「トップ奪還」に貢献しようと 、いつもより一皿（6個）余計に注文して勢いで食べてしまったのが大誤算、夜中に苦しくなり、翌朝になっても調子が悪く大変でした。さらに悲劇は続きます、「少しでも宇都宮市に貢献したかったもので」と、午後の財団の会議でつぶやいたら、元副知事だった方が、「あの家計調査には、お店で食べた売り上げは入っていないのですよ、サンプル的家庭をあらかじめ選んでの年間消費ですから、実際とはかなり違っています」とおっしゃるではありませんか！簡単に言えば、前夜の私のささやかな努力は、宇都宮のNo.1奪還には「無駄だった」ということです（?!）
　バスに乗る前にJR新幹線改札口に行ってみると、選抜高校野球大会（http://www.mbs.jp/senbatsu/）に出場の作新学院（http://www.sakushin.ac.jp/）一行の出陣式でした。周辺の話では、今年は昨年のメンバーが10人程残っていて、もしかするともしかすると、栃木県民の期待も大きいようです。
全国各地、それぞれの3月ですね。
＜参考：これまでの宇都宮餃子への私のこだわり＞
http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2491
http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3618
http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11073
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p> 　「<strong>ワグナー・ナンドール財団：</strong><a href="http://wagnernandor.com/indexj.htm"><strong>http://wagnernandor.com/indexj.htm</strong></a>」となって早1年、先日、栃木県益子町の財団で理事会・評議員会が開催されました。昨年は公益財団法人移行前の最後の会議、3・11大震災の直前だったことを思い出しました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7747">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7747</a>）。昨年の春の展示会は3・11被害で中止でしたが、今年は4月15日から5月15日まで、「ワグナー・ナンドール没後十五年の歩み」の併設展とともに春の展示会が開催予定、財団運営は極めて順調で、今後の夢も膨らみます。</p>
<p>　毎回、3月と6月の会議の前日はJR宇都宮駅前に泊まって、翌日朝の路線パスで益子に向かいます。宇都宮は長い間、「<strong>餃子全国一</strong>」ですが、昨年は、3・11の影響があり、その地位を静岡県浜松市に譲ったそうです（<a href="http://www.at-s.com/news/detail/100096269.html">http://www.at-s.com/news/detail/100096269.html</a>）。</p>
<div id="attachment_12225" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020687.jpg"><img class="size-medium wp-image-12225" title="p1020687" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020687-375x500.jpg" alt="宇都宮駅東口で" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">宇都宮駅西口で</p></div>
<p>　これまで「No.1」を誇ってきたのにお気の毒と思って、先日は少しでも「トップ奪還」に貢献しようと 、いつもより一皿（6個）余計に注文して勢いで食べてしまったのが大誤算、夜中に苦しくなり、翌朝になっても調子が悪く大変でした。さらに悲劇は続きます、「少しでも宇都宮市に貢献したかったもので」と、午後の財団の会議でつぶやいたら、元副知事だった方が、「あの家計調査には、お店で食べた売り上げは入っていないのですよ、サンプル的家庭をあらかじめ選んでの年間消費ですから、実際とはかなり違っています」とおっしゃるではありませんか！簡単に言えば、前夜の私のささやかな努力は、宇都宮のNo.1奪還には「無駄だった」ということです（?!）</p>
<p>　バスに乗る前にJR新幹線改札口に行ってみると、選抜高校野球大会（<a href="http://www.mbs.jp/senbatsu/">http://www.mbs.jp/senbatsu/</a>）に出場の作新学院（<a href="http://www.sakushin.ac.jp/">http://www.sakushin.ac.jp/</a>）一行の出陣式でした。周辺の話では、今年は昨年のメンバーが10人程残っていて、もしかするともしかすると、栃木県民の期待も大きいようです。</p>
<div id="attachment_12237" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020688.jpg"><img class="size-medium wp-image-12237" title="p1020688" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020688-500x375.jpg" alt="作新学院野球部メンバー" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">作新学院野球部メンバー</p></div>
<div id="attachment_12238" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020689.jpg"><img class="size-medium wp-image-12238" title="p1020689" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020689-500x375.jpg" alt="出番を待つチアガールと応援する人たち" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">出番を待つチアガールと応援する人たち</p></div>
<p>全国各地、それぞれの3月ですね。</p>
<p>＜参考：これまでの宇都宮餃子への私のこだわり＞</p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2491">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2491</a></p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3618">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3618</a></p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11073">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11073</a></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「じゃぱどら ! 地区大会」、後半！</title>
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		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12212#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 16 Mar 2012 19:54:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12212</guid>
		<description><![CDATA[　「じゃぱどら ! 地区大会」後半の作・泉鏡花（http://www4.city.kanazawa.lg.jp/11020/bungaku/writers/izumi/izumiJ.html）、演出・清水友陽（http://water33-39.com/top.htm）、WATER33-39（http://water33-39.com/）「天守物語」も、良かったです。清水友陽さんは、「じゃぱどら！！」プロデューサーでも活躍しています。この作品は、1995年に坂東玉三郎監督・主演、宮澤りえ共演で映画化されているそうです。


　始まってすぐから、流れるような日本語の「美しさ」を感じます。やり取りと言葉に艶があるというのか、耳に馴染むというか、そんな受け止めをしました。
　配布のしおりには、「・・・・好き勝手やるのなら、断然オリジナルの戯曲を上演するべきだと考えます。優れた日本の戯曲と向き合ったときに、ひとつひとつをどう解釈して、現代にどのように浮き立たせるか。そこに挑戦することこそ『じゃぱどら!!』のおもしろさだと思うのです。・・・・」と。その意気込みは十分観客に伝わってきました。
　終わった後、隣に座っていた若いお二人の女性が、「泣いちゃった」と言っていました。役者がそれぞれの個性をわきまえているというのか、セリフと演技が分かりやすく、特に、姫川図書之介役の赤坂嘉謙さんが良かったのでは。全員が作品と真摯に向き合っている、そんな姿勢を感じましたよ。
 
　そい言えば、先日、コンカリーニョで展開された「北海道舞台塾：シアターラボ（http://haf.jp/~butaijyuku/stage.html）」で感じたのですが、地元で活躍する脚本家・演出家のイトウワカナ、山田マサル、谷口健太郎の各氏、アフタートークでそれぞれのドラマドクターと興味深い対談でした。ただ、観客の前で、ドラマドクターとのやり取りだったので多少の遠慮もあったのか、予想以上に控え目でシャイなのには少々驚きました、限られた時間でのメッセージが少ない気がしたのです、作家は「むき出し」での方が分かりやすい、と。「装い」だったとすればかえってホッとするのですが、素顔だとすると、もっともっと自分を主張・表現しても良いのでは？と思ったのですが。これからを期待できる若手であるが故に、要望することも大きくなってしまいます。
　いずれにせよ、このところの新しい企画・試みの数々、札幌・北海道の「演劇磁場」の強まりは楽しみです！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「じゃぱどら ! 地区大会」後半の作・泉鏡花（<a href="http://www4.city.kanazawa.lg.jp/11020/bungaku/writers/izumi/izumiJ.html">http://www4.city.kanazawa.lg.jp/11020/bungaku/writers/izumi/izumiJ.html</a>）、演出・清水友陽（<a href="http://water33-39.com/top.htm">http://water33-39.com/top.htm</a>）、WATER33-39（<a href="http://water33-39.com/">http://water33-39.com/</a>）「天守物語」も、良かったです。清水友陽さんは、「じゃぱどら！！」プロデューサーでも活躍しています。この作品は、1995年に坂東玉三郎監督・主演、宮澤りえ共演で映画化されているそうです。</p>
<div class="mceTemp">
<div id="attachment_12221" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p10206861.jpg"><img class="size-medium wp-image-12221" title="p10206861" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p10206861-375x500.jpg" alt="天守物語" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">天守物語</p></div>
</div>
<p>　始まってすぐから、流れるような日本語の「美しさ」を感じます。やり取りと言葉に艶があるというのか、耳に馴染むというか、そんな受け止めをしました。</p>
<div id="attachment_12222" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020685.jpg"><img class="size-medium wp-image-12222" title="p1020685" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020685-375x500.jpg" alt="舞台の奥の存在感" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">舞台奥の存在感</p></div>
<p>　配布のしおりには、「・・・・好き勝手やるのなら、断然オリジナルの戯曲を上演するべきだと考えます。優れた日本の戯曲と向き合ったときに、ひとつひとつをどう解釈して、現代にどのように浮き立たせるか。そこに挑戦することこそ『じゃぱどら!!』のおもしろさだと思うのです。・・・・」と。その意気込みは十分観客に伝わってきました。</p>
<p>　終わった後、隣に座っていた若いお二人の女性が、「泣いちゃった」と言っていました。役者がそれぞれの個性をわきまえているというのか、セリフと演技が分かりやすく、特に、姫川図書之介役の赤坂嘉謙さんが良かったのでは。全員が作品と真摯に向き合っている、そんな姿勢を感じましたよ。</p>
<p> </p>
<p>　そい言えば、先日、コンカリーニョで展開された「北海道舞台塾：シアターラボ（<a href="http://haf.jp/~butaijyuku/stage.html">http://haf.jp/~butaijyuku/stage.html</a>）」で感じたのですが、地元で活躍する脚本家・演出家のイトウワカナ、山田マサル、谷口健太郎の各氏、アフタートークでそれぞれのドラマドクターと興味深い対談でした。ただ、観客の前で、ドラマドクターとのやり取りだったので多少の遠慮もあったのか、予想以上に控え目でシャイなのには少々驚きました、限られた時間でのメッセージが少ない気がしたのです、作家は「むき出し」での方が分かりやすい、と。「装い」だったとすればかえってホッとするのですが、素顔だとすると、もっともっと自分を主張・表現しても良いのでは？と思ったのですが。これからを期待できる若手であるが故に、要望することも大きくなってしまいます。</p>
<p>　いずれにせよ、このところの新しい企画・試みの数々、札幌・北海道の「演劇磁場」の強まりは楽しみです！</p>
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		<title>「じゃぱどら ! 地区大会」、2年目の試み</title>
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		<pubDate>Thu, 15 Mar 2012 00:59:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　昨年初めて試みた「じゃぱどら地区大会：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7214」は、札幌で活躍する演出家が、優れた日本の戯曲と向き合うために企画されましたが、今年も開催されています。
　今年、まずは岸田國士作、納谷真大演出、「命を弄ぶ男ふたり」、出演はイレブン・ナイン（http://eleven9.jp/）のナヤーン・納谷真大（http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/dbs/adviser1.htm）と、エダーン・江田由紀浩（http://eda-tora.at.webry.info/201202/article_2.html）の二人です。アフタートークも面白かったですね。
　納谷さんの富良野塾での先輩、FICTION（http://www.fiction.gr.jp/）主宰の山下澄人（http://www.actiblog.com/sumito/）さんから、ポイントでアドバイスがあったようです。舞台上に貼られたライン、身につけている草、口の中の金具への質問とその答え、本番までの過程を語る納谷さんと江田さんとのトークは、観終えた観客に更に楽しさを上乗せしてくれました、芝居と言うのは、いろんな要素が込められているのですね、お疲れの所、お二人、ありがとう。
　この作品のような、落ち着いたセリフのやり取り、合い間に入る汽笛と蒸気機関車の走り去る音等、飽きさせない2人の演技とともに、生きるか死ぬか揺れ動く命へのこだわり、「弄ぶ」と言う割には余裕も無く流れていく二人の姿が興味深かったです。
　後半の泉鏡花・作、清水友陽・演出、WATER33-39（http://water33-39.com/）「天守物語」も、20日まで公演で楽しみです。この劇団の代表が、「じゃぱどら！！」プロデューサーの清水友陽（http://water33-39.com/top.htm）さんです。
　これまで演劇は観たことが無いと言う方々にも、是非足を運んで頂きたいですね。普段使っていなかった脳の部分に、心地良い刺激を与えてくれることは間違いありませんよ！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　昨年初めて試みた「じゃぱどら地区大会：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7214">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7214</a>」は、札幌で活躍する演出家が、優れた日本の戯曲と向き合うために企画されましたが、今年も開催されています。</p>
<div id="attachment_12196" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020680.jpg"><img class="size-medium wp-image-12196" title="p1020680" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020680-375x500.jpg" alt="岸田國士と泉鏡花の作品" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">岸田國士と泉鏡花の作品</p></div>
<p>　今年、まずは岸田國士作、納谷真大演出、「命を弄ぶ男ふたり」、出演はイレブン・ナイン（<a href="http://eleven9.jp/">http://eleven9.jp/</a>）のナヤーン・納谷真大（<a href="http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/dbs/adviser1.htm">http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/dbs/adviser1.htm</a>）と、エダーン・江田由紀浩（<a href="http://eda-tora.at.webry.info/201202/article_2.html">http://eda-tora.at.webry.info/201202/article_2.html</a>）の二人です。アフタートークも面白かったですね。</p>
<div id="attachment_12197" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020681.jpg"><img class="size-medium wp-image-12197" title="p1020681" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020681-375x500.jpg" alt="未明の線路脇で出会った二人の男のやりとり・・・・" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">未明の線路脇で出会った二人の男のやりとり・・・・</p></div>
<p>　納谷さんの富良野塾での先輩、FICTION（<a href="http://www.fiction.gr.jp/">http://www.fiction.gr.jp/</a>）主宰の山下澄人（<a href="http://www.actiblog.com/sumito/">http://www.actiblog.com/sumito/</a>）さんから、ポイントでアドバイスがあったようです。舞台上に貼られたライン、身につけている草、口の中の金具への質問とその答え、本番までの過程を語る納谷さんと江田さんとのトークは、観終えた観客に更に楽しさを上乗せしてくれました、芝居と言うのは、いろんな要素が込められているのですね、お疲れの所、お二人、ありがとう。</p>
<p>　この作品のような、落ち着いたセリフのやり取り、合い間に入る汽笛と蒸気機関車の走り去る音等、飽きさせない2人の演技とともに、生きるか死ぬか揺れ動く命へのこだわり、「弄ぶ」と言う割には余裕も無く流れていく二人の姿が興味深かったです。</p>
<p>　後半の泉鏡花・作、清水友陽・演出、WATER33-39（<a href="http://water33-39.com/">http://water33-39.com/</a>）「天守物語」も、20日まで公演で楽しみです。この劇団の代表が、「じゃぱどら！！」プロデューサーの清水友陽（<a href="http://water33-39.com/top.htm">http://water33-39.com/top.htm</a>）さんです。</p>
<p>　これまで演劇は観たことが無いと言う方々にも、是非足を運んで頂きたいですね。普段使っていなかった脳の部分に、心地良い刺激を与えてくれることは間違いありませんよ！</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>震災から1年を経て</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12165</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12165#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 12 Mar 2012 00:59:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12165</guid>
		<description><![CDATA[　東日本大震災からちょうど1年を経て、昨日を含むこの1週間は、各メディアは特別番組・紙面であふれていました。昨年来、自分なりにたくさんの報道に触れてきたつもりですが、昨日を経て膨大な初めてみる映像等、あらためて、ごくごく一部しか知っていなかったことを感じましたし、よい意味でも悪い意味でも、メディアの重要性を再認識しました。
　その中から、心に残った番組をいくつか紹介します。
＊　10日（？）BS朝日夜の番組、葉千栄・東海大学教授の「NIPPN ぶった斬り：http://asahi-newstar.com/web/27_yo_senei/?cat=18」で、上杉隆（http://uesugitakashi.com/）、岩上安身（http://iwj.co.jp/）ほか、イタリアのピオ・デミリア（ジャーナリスト、イタリア・「スカイＴＧ２４」ＴＶ極東特派員）、中国の蒋豊（「日本新華僑報」編集長）のベテラン特派員とのやり取りは、インターネットメディアからみる日本のマスメディアの課題、病理、外国人ジャーナリストに映る日本のメディアの異常さ等、切れ味爽やかに、地震・津波・原発事故のこの間の報道を通じての指摘は、実に興味深いものでした。「がれき処理」にまつわる鋭い指摘、日本の制空権から見る構図等は、「磨き上げられた感性」を見た思いです。「政府が情報を隠す・コントロールしようとする体質は、どこの国でも当たり前。国民は真実を知る権利があり、それをどう指摘し、壁をこじ開けて、国民に対して真実・本質を提示できるか、そこにジャーナリストとしての誇りがあるはず」と語るビオ・デミリアの言葉は特に印象的でした。
＊　3月11日早朝5時、NHK・ETV「こころの時代～私にとっての3・11：ひとりひとり命から」は、柳田邦男さんの出演でした。「2万人が犠牲になった一つの大震災」ではなく、「一人一人が犠牲になった2万件の大震災」であることにより、ひとまとめに片づけてします姿勢への警鐘を鳴らし、犠牲になった人の「名前」の重要性を、伊勢真一監督の映画「傍：かたわらhttp://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD21111/index.html」を引用して説明しました。「日常を生きている」ことの価値をあらためて認識し、命の本質というのは、「いる」、「続く」であり、死後もなお「精神性」は生き続けることを、淡々とお話されていました。そして、今、将来を展望する時に、哲学・倫理的議論を含めた幅広い関係者の知恵と創意が必要とも。
＊　午後のNHK・ETV「シンサイミライ学校：http://www.nhk.or.jp/sonae/mirai/」では、昨年3月19日のこの欄（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7883）でもご紹介した、群馬大学の片田敏孝教授の防災教育の一コマでした。番組は和歌山県田辺市の中学校の授業でしたが、その教材に登場する釜石の小学生の言葉に感動しました。「震災後の迅速な避難を、多くの人は『釜石の奇跡』と言うけれど、僕たちはそれまでに何回も訓練してきたんだ。日頃の『実力』を発揮しただけであり、それは『奇跡』ではなく、『実績』だよ」、と。しかしながら、そんな釜石の子どもたちも、片田先生も、1000人の釜石市民を救えなかった事実に、「途半ば」を自覚し、今後の生き残った人間の防災への責任を果たしていくと、強い決意も述べていました。
＊　新刊本では、外岡秀俊著「3・11複合災害」、「震災と原発 国家の過ち」が興味深いです。彼は、私の中学・高校の3年後輩で、昨年3月末に朝日新聞を退社して、ふるさと札幌に戻るはずでした。予定通り退社はしましたが、3・11直後から取材を開始し、まさに「まえがき」にあるように、「たとえば震災から10年後の2012年に中学・高校生になるあなたが、『さて、3・11とは何だったのか』と振り返り、事実を調べようとするときに、まず手にとっていただく本のひとつにすること。それが目標です。」との思いで、この1年間を鳥瞰図的に、或いはきめ細かい取材を通して、一人一人の眼差しに寄り添った文章で記録されています。
 
　私自身、昨年3・11以降最初のブログ（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7807）、そして、昨年3月のブログ（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?m=201103）です。長淵剛の「愛おしき死者たちよ：http://www.youtube.com/watch?v=a5XSf8Sv_QA」とともに、これからもなお続く私の「2011.3.11」です。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　東日本大震災からちょうど1年を経て、昨日を含むこの1週間は、各メディアは特別番組・紙面であふれていました。昨年来、自分なりにたくさんの報道に触れてきたつもりですが、昨日を経て膨大な初めてみる映像等、あらためて、ごくごく一部しか知っていなかったことを感じましたし、よい意味でも悪い意味でも、メディアの重要性を再認識しました。</p>
<p>　その中から、心に残った番組をいくつか紹介します。</p>
<p>＊　10日（？）BS朝日夜の番組、<strong>葉千栄・東海大学教授の「NIPPN ぶった斬り：</strong><a href="http://asahi-newstar.com/web/27_yo_senei/?cat=18"><strong>http://asahi-newstar.com/web/27_yo_senei/?cat=18</strong></a>」で、上杉隆（<a href="http://uesugitakashi.com/">http://uesugitakashi.com/</a>）、岩上安身（<a href="http://iwj.co.jp/">http://iwj.co.jp/</a>）ほか、イタリアのピオ・デミリア（ジャーナリスト、イタリア・「スカイＴＧ２４」ＴＶ極東特派員）、中国の蒋豊（「日本新華僑報」編集長）のベテラン特派員とのやり取りは、インターネットメディアからみる日本のマスメディアの課題、病理、外国人ジャーナリストに映る日本のメディアの異常さ等、切れ味爽やかに、地震・津波・原発事故のこの間の報道を通じての指摘は、実に興味深いものでした。「がれき処理」にまつわる鋭い指摘、日本の制空権から見る構図等は、「磨き上げられた感性」を見た思いです。「<strong>政府が情報を隠す・コントロールしようとする体質は、どこの国でも当たり前。国民は真実を知る権利があり、それをどう指摘し、壁をこじ開けて、国民に対して真実・本質を提示できるか、そこにジャーナリストとしての誇りがあるはず</strong>」と語るビオ・デミリアの言葉は特に印象的でした。</p>
<p>＊　3月11日早朝5時、NHK・ETV「<strong>こころの時代～私にとっての3・11：ひとりひとり命から</strong>」は、柳田邦男さんの出演でした。「2万人が犠牲になった一つの大震災」ではなく、「<strong>一人一人が犠牲になった2万件の大震災</strong>」であることにより、ひとまとめに片づけてします姿勢への警鐘を鳴らし、犠牲になった人の「名前」の重要性を、伊勢真一監督の映画「傍：かたわら<a href="http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD21111/index.html">http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD21111/index.html</a>」を引用して説明しました。「日常を生きている」ことの価値をあらためて認識し、命の本質というのは、「いる」、「続く」であり、死後もなお「精神性」は生き続けることを、淡々とお話されていました。そして、今、将来を展望する時に、哲学・倫理的議論を含めた幅広い関係者の知恵と創意が必要とも。</p>
<p>＊　午後のNHK・ETV「<strong>シンサイミライ学校：</strong><a href="http://www.nhk.or.jp/sonae/mirai/"><strong>http://www.nhk.or.jp/sonae/mirai/</strong></a>」では、昨年3月19日のこの欄（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7883">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7883</a>）でもご紹介した、群馬大学の片田敏孝教授の防災教育の一コマでした。番組は和歌山県田辺市の中学校の授業でしたが、その教材に登場する釜石の小学生の言葉に感動しました。「<strong>震災後の迅速な避難を、多くの人は『釜石の奇跡』と言うけれど、僕たちはそれまでに何回も訓練してきたんだ。日頃の『実力』を発揮しただけであり、それは『奇跡』ではなく、『実績』だよ</strong>」、と。しかしながら、そんな釜石の子どもたちも、片田先生も、1000人の釜石市民を救えなかった事実に、「途半ば」を自覚し、今後の生き残った人間の防災への責任を果たしていくと、強い決意も述べていました。</p>
<p>＊　新刊本では、<strong>外岡秀俊著「3・11複合災害</strong>」、「<strong>震災と原発 国家の過ち</strong>」が興味深いです。彼は、私の中学・高校の3年後輩で、昨年3月末に朝日新聞を退社して、ふるさと札幌に戻るはずでした。予定通り退社はしましたが、3・11直後から取材を開始し、まさに「まえがき」にあるように、「たとえば震災から10年後の2012年に中学・高校生になるあなたが、『さて、3・11とは何だったのか』と振り返り、事実を調べようとするときに、まず手にとっていただく本のひとつにすること。それが目標です。」との思いで、この1年間を鳥瞰図的に、或いはきめ細かい取材を通して、一人一人の眼差しに寄り添った文章で記録されています。</p>
<p> </p>
<p>　私自身、昨年3・11以降最初のブログ（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7807">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7807</a>）、そして、昨年3月のブログ（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?m=201103">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?m=201103</a>）です。長淵剛の「愛おしき死者たちよ：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=a5XSf8Sv_QA">http://www.youtube.com/watch?v=a5XSf8Sv_QA</a>」とともに、これからもなお続く私の「2011.3.11」です。</p>
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		<title>松平康隆さん、お別れの会</title>
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		<pubDate>Fri, 09 Mar 2012 20:23:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12137</guid>
		<description><![CDATA[　2011年12月31日にご逝去された松平康隆さん（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11401）の「お別れの会」が、東京・青山葬儀所で執り行われました（http://www.jva.or.jp/news/20120309.html）。幼い時の同級生と思われる年配の男性たち、学校・企業のバレーボール仲間等、多様でたくさんの参列者であふれていました。

　2001年10月には、「20世紀世界最優秀男子監督賞」を受賞されました。
 
　献花を済ませて式場を出ると、全日本男子監督の植田辰哉さんが、記者・カメラに囲まれてインタビューに応じていました。



インタビューに答える植田辰哉全日本男子監督

　会場には、大林素子さん、身長208cmで日本人バレーボール選手およびオリンピック出場選手として歴代最長身の大竹秀之さん、往年のセンタープレーヤー・小田勝美さん他、歴代の全日本選手も多く参列されていました。
　松平さんの言葉に、「常識の延長には、常識の結果しかない。非常識の延長にしか、とてつもない結果はあり得ない」、「世界一になりたいなら、金メダルに相応しい人間になれ。バレー馬鹿になるな」等、名言がたくさんあります。誰よりもバレーボール愛し、誰よりも世界一に挑戦したリーダーシップ、間違いなくトップリーダーでした、私の70年代にも一つの区切りです。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　2011年12月31日にご逝去された松平康隆さん（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11401">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11401</a>）の「お別れの会」が、東京・青山葬儀所で執り行われました（<a href="http://www.jva.or.jp/news/20120309.html">http://www.jva.or.jp/news/20120309.html</a>）。幼い時の同級生と思われる年配の男性たち、学校・企業のバレーボール仲間等、多様でたくさんの参列者であふれていました。</p>
<div id="attachment_12141" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020670.jpg"><img class="size-medium wp-image-12141" title="p1020670" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020670.jpg" alt="春雨の中、青山葬儀所で" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">春雨の中、青山葬儀所で</p></div>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020677.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-12142" title="p1020677" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020677-500x375.jpg" alt="" width="500" height="375" /></a></p>
<div id="attachment_12144" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p10206781.jpg"><img class="size-medium wp-image-12144" title="p10206781" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p10206781-500x375.jpg" alt="座右の銘　：負けてたまるか" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">座右の銘　：負けてたまるか</p></div>
<p>　2001年10月には、「20世紀世界最優秀男子監督賞」を受賞されました。</p>
<div id="attachment_12145" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020672.jpg"><img class="size-medium wp-image-12145" title="p1020672" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020672.jpg" alt="20世紀世界最優秀男子監督賞" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">20世紀世界最優秀男子監督賞</p></div>
<p> </p>
<p>　献花を済ませて式場を出ると、全日本男子監督の植田辰哉さんが、記者・カメラに囲まれてインタビューに応じていました。</p>
<div class="mceTemp">
<dl id="attachment_12146" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px;">
<dt class="wp-caption-dt"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020675.jpg"><img class="size-medium wp-image-12146" title="p1020675" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020675-500x375.jpg" alt="インタビューに答える全日本男子監督植田" width="500" height="375" /></a></dt>
<dd class="wp-caption-dd">インタビューに答える植田辰哉全日本男子監督</dd>
</dl>
<p>　会場には、大林素子さん、身長208cmで日本人バレーボール選手およびオリンピック出場選手として歴代最長身の大竹秀之さん、往年のセンタープレーヤー・小田勝美さん他、歴代の全日本選手も多く参列されていました。</p>
<p>　松平さんの言葉に、「常識の延長には、常識の結果しかない。非常識の延長にしか、とてつもない結果はあり得ない」、「世界一になりたいなら、金メダルに相応しい人間になれ。バレー馬鹿になるな」等、名言がたくさんあります。誰よりもバレーボール愛し、誰よりも世界一に挑戦したリーダーシップ、間違いなくトップリーダーでした、私の70年代にも一つの区切りです。</p></div>
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		<title>支持！「札幌市、がれき受け入れず」</title>
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		<pubDate>Thu, 08 Mar 2012 05:42:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12121</guid>
		<description><![CDATA[　北海道新聞3月8日朝刊の記事、私は札幌市民として全面的に支持します。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～記事の引用
札幌市、がれき受け入れず　上田市長、国基準に不信感
　札幌市の上田文雄市長は７日の定例記者会見で、東日本大震災の被災地で発生したがれきの受け入れについて「（放射性物質が）国の基準を下回っていても受け入れるつもりはない」との考えをあらためて表明した。国の示す基準に対しては「放射性物質は微量でも有害で極めて長寿命。十分な知識を持ち、風評被害のことも考えた上で判断してほしい」との考えを示した。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用　おわり
 
　前日の道新朝刊第一面には、下記の記事が掲載されていましたが、190万都市の市長として、断固この姿勢を貫くべきで、アンケート等の声により方針を変えてはならないと、私は思います。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～記事の引用
泊停止６４％　「電気料上がっても安全重視」　本社世論調査


　北海道新聞は３、４の両日、原子力政策などについて昨年１０月に続き２回目の全道世論調査を行った。北海道電力泊原発（後志管内泊村）の停止が長引いた場合の対応について、「電気料金の値上げを受け入れてでも、原発は不安なので止めておく」との回答が６４％を占め、「経済の冷え込みにつながるので、値上げをせず再稼働させる」は３０％にとどまった。東日本大震災で発生した岩手、宮城両県のがれきに関しては、「放射性物質のレベルが国の基準以下なら受け入れても良い」が８４％と圧倒的だった。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用　おわり
　まず、メディアが使っている「瓦礫：がれき」という言葉自体、地元に暮らして居た方々への冒とくでしょう。「瓦礫」ではなく、「生きていた証」であり、基本的にはそれらをどう処理するかも、復興計画の中で、それぞれの地域として乗り越えて計画に織り込まれるものだと思います。「復旧」ではなく「復興」を考えるべきとおっしゃっていた方々ならなおのことです。遠距離を運び、「処分される」、「取り除く」類の議論ではないはずです。その由来からして、安全なのであればその地のどこかに埋める等の扱い以外はないでしょう。
　次に、3月11日以降の東京電力福島原子力発電所事故では、国・東京電力・メディア等、推進してきた一切に対する国民の信頼は失墜しましたし、その後の事故処理・情報開示等においても、さらに不信感を募らせてきています。原発再稼働を巡っての事の運びも、「再稼働ありき」の臭いがプンプンで、誰も「安全性」への信頼を回復していません。そんな現在、「国の基準以下」という言葉は、何の安全性担保にもなりません、「信じた地域がバカだった」となるだけでしょう。
　三つ目は、本来、「瓦礫の処分」は、国が地方に受け入れを迫る話では無いですよ。「ガンバレ！東北」の名の下に、「互助」を強いる姿勢は責任回避であり、高度に専門性を謳ってきた「原子力技術」が、結局は「井戸端会議」レベルの安易な感情に泣きつく醜い姿でしかありません。国・東京電力が、ここでも責任を持って処理すべきだと思います。「原発のゴミ」の処理と全く同じ構図が、ここにも顕われています、どこかが「引き受ける」という課題では無いのです。
　私は、地域エゴから「がれき受け入れ反対」を言っているのではありません。本来の責任を不明確にする、或いはそらす意味にしかならない「がれき受け入れ」計画は、筋違いの方針だと指摘したいのです。同時に、うず高く積み上げられた「がれき」映像を繰り返し放映するメディアも、報道として間違っているのではありませんか。
　全国の各地域が引き受けるべきことは、福島からの一時避難・移住希望者及び子どもたちに対しての受け入れなのだと思います。たとえば、震災直後から大活躍する「東日本大震災市民支援ネットワーク札幌・むすびば（http://shien-do.com/musubiba/home/）」、中心となって活動している私と同じ町内に住むみかみめぐるさん、「農的くらしのレッスン：http://homepage.mac.com/onnn/Aoitori/Lesson_Home.html」でお世話になった永田まさゆきさん達の献身的努力で、全国的にも先駆的取り組み実績を挙げられています。ただ、一番大変な局面を、結局は民間ボランティアに頼りっ放しの行政というのも、無責任ですね。福島の人々の基本的人権として、私たち地方の人間ができる「互助」、それをどう仕組みとして構築するか、行政の取り組みもスピードが必要です。
　意見を聴くべき所を押しつけ、喫緊の課題として取り組むべき所を市民ともに語って時間を使うミスマッチ、職業として働く公務員への注文は尽きません。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　北海道新聞3月8日朝刊の記事、私は札幌市民として全面的に支持します。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～記事の引用</p>
<p><strong>札幌市、がれき受け入れず　上田市長、国基準に不信感</strong></p>
<p>　札幌市の上田文雄市長は７日の定例記者会見で、東日本大震災の被災地で発生したがれきの受け入れについて「（放射性物質が）国の基準を下回っていても受け入れるつもりはない」との考えをあらためて表明した。国の示す基準に対しては「放射性物質は微量でも有害で極めて長寿命。十分な知識を持ち、風評被害のことも考えた上で判断してほしい」との考えを示した。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用　おわり</p>
<p> </p>
<p>　前日の道新朝刊第一面には、下記の記事が掲載されていましたが、190万都市の市長として、断固この姿勢を貫くべきで、アンケート等の声により方針を変えてはならないと、私は思います。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～記事の引用</p>
<p><strong>泊停止６４％　「電気料上がっても安全重視」　本社世論調査</strong></p>
<p><!-- /news_title --><!-- 記事本文 start --><!-- JCODE=22 ID=201203076959 KijiDate=201203070942 --><!-- FirstTime  = 2012/03/07 09:43 --><!-- UpdateTime = 2012/03/08 13:00 CopyRight = Doshin --><!-- None --></p>
<div class="entryBoxIn">
<p>　北海道新聞は３、４の両日、原子力政策などについて昨年１０月に続き２回目の全道世論調査を行った。北海道電力泊原発（後志管内泊村）の停止が長引いた場合の対応について、「電気料金の値上げを受け入れてでも、原発は不安なので止めておく」との回答が６４％を占め、「経済の冷え込みにつながるので、値上げをせず再稼働させる」は３０％にとどまった。<strong>東日本大震災で発生した岩手、宮城両県のがれきに関しては、「放射性物質のレベルが国の基準以下なら受け入れても良い」が８４％と圧倒的だった。</strong></p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用　おわり</p>
<p>　まず、メディアが使っている「瓦礫：がれき」という言葉自体、地元に暮らして居た方々への冒とくでしょう。「瓦礫」ではなく、「生きていた証」であり、基本的にはそれらをどう処理するかも、復興計画の中で、それぞれの地域として乗り越えて計画に織り込まれるものだと思います。「復旧」ではなく「復興」を考えるべきとおっしゃっていた方々ならなおのことです。遠距離を運び、「処分される」、「取り除く」類の議論ではないはずです。その由来からして、安全なのであればその地のどこかに埋める等の扱い以外はないでしょう。</p>
<p>　次に、3月11日以降の東京電力福島原子力発電所事故では、国・東京電力・メディア等、推進してきた一切に対する国民の信頼は失墜しましたし、その後の事故処理・情報開示等においても、さらに不信感を募らせてきています。原発再稼働を巡っての事の運びも、「再稼働ありき」の臭いがプンプンで、誰も「安全性」への信頼を回復していません。そんな現在、「国の基準以下」という言葉は、何の安全性担保にもなりません、「信じた地域がバカだった」となるだけでしょう。</p>
<p>　三つ目は、本来、「瓦礫の処分」は、国が地方に受け入れを迫る話では無いですよ。「ガンバレ！東北」の名の下に、「互助」を強いる姿勢は責任回避であり、高度に専門性を謳ってきた「原子力技術」が、結局は「井戸端会議」レベルの安易な感情に泣きつく醜い姿でしかありません。国・東京電力が、ここでも責任を持って処理すべきだと思います。「原発のゴミ」の処理と全く同じ構図が、ここにも顕われています、どこかが「引き受ける」という課題では無いのです。</p>
<p>　私は、地域エゴから「がれき受け入れ反対」を言っているのではありません。本来の責任を不明確にする、或いはそらす意味にしかならない「がれき受け入れ」計画は、筋違いの方針だと指摘したいのです。同時に、うず高く積み上げられた「がれき」映像を繰り返し放映するメディアも、報道として間違っているのではありませんか。</p>
<p>　全国の各地域が引き受けるべきことは、福島からの一時避難・移住希望者及び子どもたちに対しての受け入れなのだと思います。たとえば、震災直後から大活躍する<strong>「東日本大震災市民支援ネットワーク札幌・むすびば（</strong><a href="http://shien-do.com/musubiba/home/"><strong>http://shien-do.com/musubiba/home/</strong></a><strong>）」、</strong>中心となって活動している私と同じ町内に住むみかみめぐるさん、「農的くらしのレッスン：<a href="http://homepage.mac.com/onnn/Aoitori/Lesson_Home.html">http://homepage.mac.com/onnn/Aoitori/Lesson_Home.html</a>」でお世話になった永田まさゆきさん達の献身的努力で、全国的にも先駆的取り組み実績を挙げられています。ただ、一番大変な局面を、結局は民間ボランティアに頼りっ放しの行政というのも、無責任ですね。福島の人々の基本的人権として、私たち地方の人間ができる「互助」、それをどう仕組みとして構築するか、行政の取り組みもスピードが必要です。</p>
<p>　意見を聴くべき所を押しつけ、喫緊の課題として取り組むべき所を市民ともに語って時間を使うミスマッチ、職業として働く公務員への注文は尽きません。</p></div>
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		<title>ありがとう、Kevin ！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12069</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12069#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 06 Mar 2012 00:25:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　昨年10月1日に、49歳で亡くなった「R.Kevin Stewart：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10343、http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10482」を偲ぶ、「ありがとう、Kevin ～R.Kevin Stewart,Forever In Our Hearts」が、直接彼を知る、お世話になった皆さまの発意で開かれました。
 　当日の舞台には、こよなく彼が愛したメジャーリーグ、「ボストンレッドソックス」のユニフォーム姿の遺影が花で囲まれて、いま尚、その存在感を示していました。
　「黙とう」で始まり、冒頭のご挨拶は、北海道環境科学研究センター（http://www.ies.hro.or.jp/）企画総務部長・木元憲彦さんで、Kevinの当時の上司でした。しばしの懇談の後、11名の方々が、それぞれKevinとの思い出と感謝の気持を、心のこもったお言葉でお話されていました。
 　北海道庁の2年間の勤務、初めての国際交流員ということで、どのセクションでも親しみを持たれていた様子がうかがえました。特に、道庁野球部では、彼のチームでの2年間の記録もしっかり残っていて、2年目ではチームは21勝11敗2分け、彼の通算打率は、何と「.514　：5割1分4厘」で、ダントツ一位です。
　一方、最近のビジネスで最後まで顧客としてお仕事をされた、物産バイオテック（株）（http://bussan-bio.co.jp/）営業本部の藤森義人さんは、この数年のKevinの紹介がありました。会場で私は、彼から貴重な写真を頂きました。
　当日は、間際のご案内でしたが、40名を越える皆さまにご参加を頂き、寄せ書き、参加者全員の記念写真、この会の様子を録画したDVD作成の後、奥様のMariaさんに贈呈することにもご賛同を得ました。事前にこの会の開催をMariaさんにお知らせした所、今年夏にでも、Kevinが愛した札幌・北海道・日本を、3人のお子様を連れて訪問したい旨のメールも受け取り、お集まりの皆さまにお伝えしました。
　思い返せば今年1月でしたか、道庁出身で現在、有限会社エムズ・インテレクト代表取締役の森田浩（ http://blogs.yahoo.co.jp/emz_intellect）さんと昼食をご一緒にしながら、「偲ぶ会」をささやかでもやりたいですね、とお話をしたのが発端でした。森田さんのブログはこちら（ http://blogs.yahoo.co.jp/emz_intellect/63192809.html、http://blogs.yahoo.co.jp/emz_intellect/63084790.html）。今回、名古屋・東京からも大勢の方々にお集まり頂き、さながら同窓会的雰囲気もあり、Kevinを偲ぶ意図もちろんですが、参加された皆さまの久しぶりの再会にも貢献できた気がして、嬉しかったです。私自身、今年中にKevinのお墓参りを是非すべく、アメリカ東海岸を久しぶりに訪問しようと思っています。1993年8月16日のKevinとMariaさんの結婚式で、私は長淵剛の「乾杯：http://www.youtube.com/watch?v=GwujSSKc2cw&#38;feature=related」を唄ったのを思い出し、涙します。
　R.Kevin Stewart,　ありがとう、あなたは私の国際ビジネスでの&#8217;恩人：ONJIN&#8217;です、どうか、安らかにお眠り下さい。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　昨年10月1日に、49歳で亡くなった「R.Kevin Stewart：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10343">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10343</a>、<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10482">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10482</a>」を偲ぶ、<strong>「ありがとう、Kevin ～R.Kevin Stewart,Forever In Our Hearts」</strong>が、直接彼を知る、お世話になった皆さまの発意で開かれました。</p>
<div id="attachment_12071" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020643.jpg"><img class="size-medium wp-image-12071" title="p1020643" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020643-500x374.jpg" alt="舞台には「Red Sox」ユニフォームのケビン" width="500" height="374" /></a><p class="wp-caption-text">「Red Sox」ユニフォームのケビン</p></div>
<p> 　当日の舞台には、こよなく彼が愛したメジャーリーグ、「ボストンレッドソックス」のユニフォーム姿の遺影が花で囲まれて、いま尚、その存在感を示していました。</p>
<p>　「黙とう」で始まり、冒頭のご挨拶は、北海道環境科学研究センター（<a href="http://www.ies.hro.or.jp/">http://www.ies.hro.or.jp/</a>）企画総務部長・木元憲彦さんで、Kevinの当時の上司でした。しばしの懇談の後、11名の方々が、それぞれKevinとの思い出と感謝の気持を、心のこもったお言葉でお話されていました。</p>
<div id="attachment_12072" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020644.jpg"><img class="size-medium wp-image-12072" title="p1020644" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020644-375x500.jpg" alt="北海道庁国際課時代の上司" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">北海道庁国際課時代の上司・木元憲彦さん</p></div>
<p> 　北海道庁の2年間の勤務、初めての国際交流員ということで、どのセクションでも親しみを持たれていた様子がうかがえました。特に、道庁野球部では、彼のチームでの2年間の記録もしっかり残っていて、2年目ではチームは21勝11敗2分け、彼の通算打率は、何と<strong>「.514　：5割1分4厘」</strong>で、ダントツ一位です。</p>
<p>　一方、最近のビジネスで最後まで顧客としてお仕事をされた、物産バイオテック（株）（<a href="http://bussan-bio.co.jp/">http://bussan-bio.co.jp/</a>）営業本部の藤森義人さんは、この数年のKevinの紹介がありました。会場で私は、彼から貴重な写真を頂きました。</p>
<div id="attachment_12073" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020655.jpg"><img class="size-medium wp-image-12073" title="p1020655" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020655-375x500.jpg" alt="直近までの日本のビジネスパートナー" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">直近までの日本のビジネスパートナー：藤森義人さん</p></div>
<p>　当日は、間際のご案内でしたが、40名を越える皆さまにご参加を頂き、寄せ書き、参加者全員の記念写真、この会の様子を録画したDVD作成の後、奥様のMariaさんに贈呈することにもご賛同を得ました。事前にこの会の開催をMariaさんにお知らせした所、今年夏にでも、Kevinが愛した札幌・北海道・日本を、3人のお子様を連れて訪問したい旨のメールも受け取り、お集まりの皆さまにお伝えしました。</p>
<p>　思い返せば今年1月でしたか、道庁出身で現在、有限会社エムズ・インテレクト代表取締役の森田浩（ <a href="http://blogs.yahoo.co.jp/emz_intellect">http://blogs.yahoo.co.jp/emz_intellect</a>）さんと昼食をご一緒にしながら、「偲ぶ会」をささやかでもやりたいですね、とお話をしたのが発端でした。森田さんのブログはこちら（ <a href="http://blogs.yahoo.co.jp/emz_intellect/63192809.html">http://blogs.yahoo.co.jp/emz_intellect/63192809.html</a>、<a href="http://blogs.yahoo.co.jp/emz_intellect/63084790.html">http://blogs.yahoo.co.jp/emz_intellect/63084790.html</a>）。今回、名古屋・東京からも大勢の方々にお集まり頂き、さながら同窓会的雰囲気もあり、Kevinを偲ぶ意図もちろんですが、参加された皆さまの久しぶりの再会にも貢献できた気がして、嬉しかったです。私自身、今年中にKevinのお墓参りを是非すべく、アメリカ東海岸を久しぶりに訪問しようと思っています。1993年8月16日のKevinとMariaさんの結婚式で、私は長淵剛の「乾杯：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=GwujSSKc2cw&amp;feature=related">http://www.youtube.com/watch?v=GwujSSKc2cw&amp;feature=related</a>」を唄ったのを思い出し、涙します。</p>
<p>　R.Kevin Stewart,　ありがとう、あなたは私の国際ビジネスでの&#8217;恩人：ONJIN&#8217;です、どうか、安らかにお眠り下さい。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>北海道エネルギーチェンジP、中間報告</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12044</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12044#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 03 Mar 2012 22:47:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12044</guid>
		<description><![CDATA[　「きたネットカフェ」で、　「エネルギーチェンジプロジェクト（http://www.enechan100.com/blog/）・ロードマップ中間報告」会が、先日開催されました。 当日の様子はこちら「http://www.kitanet.org/index.html」で録画として見ることができます。
 ＜司会・進行＞　新保るみ子さん：ひまわりの種の会（http://himawari.her.jp/）代表理事
＜中間報告：パネラー＞
＊　岩井 尚人 さん ：一般社団法人 プロジェクトデザインセンター（http://prodec.jp/）専務理事
＊　ビアンカ・フェルスト さん ：環境カウンセラー（http://www.env.go.jp/policy/counsel/list/detail.php?id=2002201004&#38;p=110&#38;od=&#38;）
＊　藤井 賢彦 さん ：北海道大学大学院地球環境科学研究院准教授（http://www.ees.hokudai.ac.jp/carbon/mfujii/）
 
＜報告＞ 　RSR2011 Energy voices of youth
　＊　草野　竹史　さん：環境NGO ezorock（http://www.ezorock.org/） 代表



草野さん

　RSR2011 Energy voices of youth：2011年のライジングサン・ロックフェスティバルでは、環境NGO ezorockが会場に、「エネチェンブース」を設置して10代～20代の方を中心としたみなさんと、「私とエネルギー」について語り合い、参加者はそれぞれのエネチェン宣言を書いた紙を手にして写真を撮りました。この若者たちの笑顔と決意の表情をスライドショ―で見たのです。
 
 
　今回の中間報告会、私はこのプロジェクトの呼びかけ人なので辛口になりますが、全体を通して、私としては少々物足りない、甘ったるい内容に不満でした。中間報告にしても、もっともっと深掘りした議論であって欲しかったです。
 
　岩井さんの報告で、まずは、「エネルギー・チェンジ」にも関わらず、「電力」に最初から絞り込み過ぎている気がします。現在「電力」というエネルギーで賄っている状況を他のエネルギーに代替できないのか、その次に初めて「電力」の議論だと思うのですが・・・・。最終報告に期待しましょう。
 
　もう一つ、「原子力発電」に関しての立場が不明確です。環境系を基盤としてこの間活動してきた方々は、少なくとも「原子力発電」という技術の未熟さ、生態系における違和感等から、3・11以降の方向性はもっともっと毅然とした態度を明確にすべきだと思います。勿論、「原発推進 vs 原発反対」ありきの議論は硬直しますが、対立を避けることを気にし過ぎだと感じました。そもそも、原子力発電の可否を、この構図に仕上げていったのも、原子力推進プロパガンダの一環なのですから。このような姿勢では、今後の「提言」、「提案」も困難ではありませんか、ひと言で表現するならば、「覚悟」が足りません。
 
　私は会の冒頭で、かなりのメッセージを込めて挨拶をしたつもりです。「3・11でお亡くなりになった多くの『いのち』、そして、今もなお日々の生活で苦しまれている方々の思いをしっかりと受け止めて、今回、このプロジェクトでは議論を進めて参りました」、と。最終報告に向けて、更なる議論と英知を積み重ねて、世の中に提起していきたいと思います。
 

]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「きたネットカフェ」で、　「<strong>エネルギーチェンジプロジェクト（</strong><a href="http://www.enechan100.com/blog/"><strong>http://www.enechan100.com/blog/</strong></a><strong>）・ロードマップ中間報告</strong>」会が、先日開催されました。 当日の様子はこちら「<a href="http://www.kitanet.org/index.html">http://www.kitanet.org/index.html</a>」で録画として見ることができます。</p>
<div id="attachment_12049" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020628.jpg"><img class="size-medium wp-image-12049" title="p1020628" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020628-375x500.jpg" alt="中間報告" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">中間報告プログラム</p></div>
<p> ＜司会・進行＞　新保るみ子さん：ひまわりの種の会（<a href="http://himawari.her.jp/">http://himawari.her.jp/</a>）代表理事</p>
<p>＜中間報告：パネラー＞</p>
<p>＊　岩井 尚人 さん ：一般社団法人 プロジェクトデザインセンター（<a href="http://prodec.jp/">http://prodec.jp/</a>）専務理事</p>
<p>＊　ビアンカ・フェルスト さん ：環境カウンセラー（<a href="http://www.env.go.jp/policy/counsel/list/detail.php?id=2002201004&amp;p=110&amp;od">http://www.env.go.jp/policy/counsel/list/detail.php?id=2002201004&amp;p=110&amp;od</a>=&amp;）</p>
<p>＊　藤井 賢彦 さん ：北海道大学大学院地球環境科学研究院准教授（<a href="http://www.ees.hokudai.ac.jp/carbon/mfujii/">http://www.ees.hokudai.ac.jp/carbon/mfujii/</a>）</p>
<div id="attachment_12050" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020633.jpg"><img class="size-medium wp-image-12050" title="p1020633" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020633-500x375.jpg" alt="左：司会の新保さん、右：岩井さん" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">左：司会の新保さん、右：岩井さん</p></div>
<div id="attachment_12051" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020630.jpg"><img class="size-medium wp-image-12051" title="p1020630" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020630-500x375.jpg" alt="左：藤井先生、右：ビアンカさん" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">左：藤井先生、右：ビアンカさん</p></div>
<p> </p>
<p>＜報告＞ 　<strong>RSR2011 Energy voices of youth</strong></p>
<p>　＊　草野　竹史　さん：環境NGO ezorock（<a href="http://www.ezorock.org/">http://www.ezorock.org/</a>） 代表</p>
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<dl id="attachment_12052" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px;">
<dt class="wp-caption-dt"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020635.jpg"><img class="size-medium wp-image-12052" title="p1020635" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020635-500x375.jpg" alt="草野さん" width="500" height="375" /></a></dt>
<dd class="wp-caption-dd">草野さん</dd>
</dl>
<p class="MsoPlainText" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: ｍｓ ゴシック;"><span lang="EN-US"><strong>　RSR2011 Energy voices of youth</strong>：</span></span><span style="font-family: ｍｓ ゴシック;"><span lang="EN-US">2011</span>年のライジングサン・ロックフェスティバルでは、環境<span lang="EN-US">NGO ezorock</span>が会場に、</span><span style="font-family: ｍｓ ゴシック;">「エネチェンブース」を設置して<span lang="EN-US">10</span>代～<span lang="EN-US">20</span>代の方を中心としたみなさんと、</span><span style="font-family: ｍｓ ゴシック;">「私とエネルギー」について語り合い、参加者はそれぞれのエネチェン宣</span><span style="font-family: ｍｓ ゴシック;">言を書いた紙を手にして写真を撮りました。</span><span style="font-family: ｍｓ ゴシック;">この若者たちの笑顔と決意の表情をスライドショ―で見たのです。</span></p>
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<p class="MsoPlainText" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: ＭＳ ゴシック;">　今回の中間報告会、私はこのプロジェクトの呼びかけ人なので辛口になりますが、全体を通して、私としては少々物足りない、甘ったるい内容に不満でした。中間報告にしても、もっともっと深掘りした議論であって欲しかったです。</span></p>
<p class="MsoPlainText" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"> </p>
<p class="MsoPlainText" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: ＭＳ ゴシック;">　岩井さんの報告で、まずは、「エネルギー・チェンジ」にも関わらず、「電力」に最初から絞り込み過ぎている気がします。現在「電力」というエネルギーで賄っている状況を他のエネルギーに代替できないのか、その次に初めて「電力」の議論だと思うのですが・・・・。最終報告に期待しましょう。</span></p>
<p class="MsoPlainText" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"> </p>
<p class="MsoPlainText" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: ＭＳ ゴシック;">　もう一つ、「原子力発電」に関しての立場が不明確です。環境系を基盤としてこの間活動してきた方々は、少なくとも「原子力発電」という技術の未熟さ、生態系における違和感等から、3・11以降の方向性はもっともっと毅然とした態度を明確にすべきだと思います。勿論、「原発推進 vs 原発反対」ありきの議論は硬直しますが、対立を避けることを気にし過ぎだと感じました。そもそも、原子力発電の可否を、この構図に仕上げていったのも、原子力推進プロパガンダの一環なのですから。このような姿勢では、今後の「提言」、「提案」も困難ではありませんか、ひと言で表現するならば、「覚悟」が足りません。</span></p>
<p class="MsoPlainText" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"> </p>
<p class="MsoPlainText" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: ＭＳ ゴシック;">　私は会の冒頭で、かなりのメッセージを込めて挨拶をしたつもりです。「3・11でお亡くなりになった多くの『いのち』、そして、今もなお日々の生活で苦しまれている方々の思いをしっかりと受け止めて、今回、このプロジェクトでは議論を進めて参りました」、と。</span><span style="font-family: ＭＳ ゴシック;">最終報告に向けて、更なる議論と英知を積み重ねて、世の中に提起していきたいと思います。</span></p>
<p class="MsoPlainText" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"> </p>
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		</item>
		<item>
		<title>公立高校定時制 卒業式</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12046</link>
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		<pubDate>Fri, 02 Mar 2012 01:09:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=12046</guid>
		<description><![CDATA[　3月は人生の区切り、昨日は私が評議員をつとめる公立高校の全日制・定時制の卒業式が、それぞれ午前と夜に開催されて、今年も出席しました。卒業式は、正式には「卒業証書授与式」というそうですね。何年か前にも書きましたが、今年も生徒たちを見ていて、胸に迫るものがありました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=653）。
　午前中の全日制卒業式では、各クラスのパフォーマンス、何が飛び出すのかの期待感もあるし、今年も相変わらず保護者の方々の出席も多かったですね。仕事上でお会いしている方にも数人ご挨拶をしました。
　夜の定時制卒業式は、卒業生一人一人に卒業証書を手渡し、在校生の送辞、卒業生の答辞、式歌の「ほたるの光」で終了、自分自身の高校卒業式に出席しなかった私としては、何か大変懐かしく、こみ上げてくるものを感じました。今年は31名の卒業生で、例年よりも多かったです、気のせいか、服装もどこか地味目で、3・11以降の世相を反映しているのかなと、勝手に考えていました。定時制の授業について、前にこの欄でも書きました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2434）。
 　卒業生代表・佐倉ひろみさんの答辞は心を打ち、感動しました、3・11の惨状を目の当たりにして、今、ごく普通の暮らしをしている自分たちの幸せを感じる、そんな内容でした。3年間・4年間の多くの苦難を乗り越えて卒業に漕ぎつけたこの間の生活を淡々と振り返り、先生・保護者・周囲の方々への感謝の言葉は、実に美しく体育館に響きました。
 　今年は、同窓会オリジナルグッズの販売等、午後には同窓会の委員会の会合もあり、何と朝9時過ぎから夜8時近くまで、校舎に張り付いていました。途中、少しの時間を見つけて、校門を出て、後輩たちと「風月：http://www.fugetsu-sapporo.co.jp/」の第一号店、発祥のお店でクイックランチでした。二神敏郎社長もご挨拶にお越し頂き、しばし懇談も出来て、ちょっとしたサプライズでした。私が高校2年生の時に、このお店がオープンして、それが「風月」のはじまりとなっています。
　歴史を振り返る時、「人のつながり」と「場」のかもし出す記憶は、何回も何回も楽しめる、時にはほろ苦い思い出となって心に浮かび、消える、奥深い大切にしたいひと時です。ある意味の「非日常」、感謝の気持でいっぱいの一日でした。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　3月は人生の区切り、昨日は私が評議員をつとめる公立高校の全日制・定時制の卒業式が、それぞれ午前と夜に開催されて、今年も出席しました。卒業式は、正式には「卒業証書授与式」というそうですね。何年か前にも書きましたが、今年も生徒たちを見ていて、胸に迫るものがありました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=653">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=653</a>）。</p>
<p>　午前中の全日制卒業式では、各クラスのパフォーマンス、何が飛び出すのかの期待感もあるし、今年も相変わらず保護者の方々の出席も多かったですね。仕事上でお会いしている方にも数人ご挨拶をしました。</p>
<p>　夜の定時制卒業式は、卒業生一人一人に卒業証書を手渡し、在校生の送辞、卒業生の答辞、式歌の「ほたるの光」で終了、自分自身の高校卒業式に出席しなかった私としては、何か大変懐かしく、こみ上げてくるものを感じました。今年は31名の卒業生で、例年よりも多かったです、気のせいか、服装もどこか地味目で、3・11以降の世相を反映しているのかなと、勝手に考えていました。定時制の授業について、前にこの欄でも書きました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2434">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2434</a>）。</p>
<div id="attachment_12054" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020640.jpg"><img class="size-medium wp-image-12054" title="p1020640" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020640-500x375.jpg" alt="定時制高校の卒業式：卒業生31名" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">定時制高校の卒業式：卒業生31名</p></div>
<p> 　卒業生代表・佐倉ひろみさんの答辞は心を打ち、感動しました、3・11の惨状を目の当たりにして、今、ごく普通の暮らしをしている自分たちの幸せを感じる、そんな内容でした。3年間・4年間の多くの苦難を乗り越えて卒業に漕ぎつけたこの間の生活を淡々と振り返り、先生・保護者・周囲の方々への感謝の言葉は、実に美しく体育館に響きました。</p>
<div id="attachment_12055" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020641.jpg"><img class="size-medium wp-image-12055" title="p1020641" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020641-500x375.jpg" alt="卒業生答辞：佐倉ひろみさん" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">卒業生答辞：佐倉ひろみさん</p></div>
<p> 　今年は、同窓会オリジナルグッズの販売等、午後には同窓会の委員会の会合もあり、何と朝9時過ぎから夜8時近くまで、校舎に張り付いていました。途中、少しの時間を見つけて、校門を出て、後輩たちと「風月：<a href="http://www.fugetsu-sapporo.co.jp/">http://www.fugetsu-sapporo.co.jp/</a>」の第一号店、発祥のお店でクイックランチでした。二神敏郎社長もご挨拶にお越し頂き、しばし懇談も出来て、ちょっとしたサプライズでした。私が高校2年生の時に、このお店がオープンして、それが「風月」のはじまりとなっています。</p>
<div id="attachment_12056" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020639.jpg"><img class="size-medium wp-image-12056" title="p1020639" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/03/p1020639-375x500.jpg" alt="昼は「風月」発祥の店で、二神社長にもお会い出来ました！" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">昼は「風月」発祥の店で、二神敏郎社長にもお会い出来ました！</p></div>
<p>　歴史を振り返る時、「人のつながり」と「場」のかもし出す記憶は、何回も何回も楽しめる、時にはほろ苦い思い出となって心に浮かび、消える、奥深い大切にしたいひと時です。ある意味の「非日常」、感謝の気持でいっぱいの一日でした。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>札幌演劇シーズン、2012冬 （3）～最終</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11931</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11931#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 29 Feb 2012 00:12:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11931</guid>
		<description><![CDATA[　今年スタートした「札幌演劇シーズン、2012冬：http://s-e-season.com/about-ses/」は、
＊　劇団イナダ組（http://www.inadagumi.net/）の「このくらいのLangit：http://s-e-season.com/season/2012/winter/inadagumi/」
＊　劇団TPS（http://www.h-paf.ne.jp/）の「亀、もしくは・・・・。：http://s-e-season.com/season/2012/winter/tps/」
でした。それぞれ2週間、トータルで1カ月間のロングランで成功裡に終了しました。　
　完売が相次いできたTPSの「亀、もしくは…。」は、千秋楽日の25日（土）午前11時に追加公演を行ったほどです。通常、追加公演は最終公演の後ですよね、今回は最終公演後に、演劇関係者による「札幌演劇シーズン2012冬」のパーティー（招待制）が予定されているため、最終公演前の午前中の追加公演となりました、終盤に食事の場面もあるこの芝居、わずか3時間程の間に２回も食べきらなければならない役者も大変ですね。先日、２回目の観劇でしたが、何回観てもいいです、特に最後の「みーんなで一緒に、亀になりましょうよ！」というセリフが、ハンガリー・ブダペストでも良かったけれど、札幌でも印象的でした。
　この企画は、「演劇による創造都市札幌実現プロジェクト：http://s-e-season.com/about-project/」の一環で、今年度は「冬」のみでしたが、４月以降の新しい年度では「夏」と「冬」の年２回企画となります。
　劇作家・脚本家・演出家・役者・照明・設備・音響・デザイン・広告宣伝等、100人の演劇人が活躍する街を目指して、これからも幅広い多様な活動が続きます。演劇におけるプロフェッショナルですよ、民間劇団や民間劇場が生き生きと切磋琢磨する「札幌スタイル」です。
　今年、初めての試みに、本州からいらっしゃったお客さまもいたりで、これまで北海道の芝居には足を運んでいなかった方々も多く、演劇鑑賞の幅を拡げる効果はあったかな、と。今後継続することにより、札幌・北海道で演劇関係の方々が集う場が形成されてくると、面白い展開になってきます。いずれそんな札幌の街を見るために、「皆で一緒に、亀になりましょう」か？
　と、ここまで書いた所で、訃報が入りました。TPSチーフディレクターの斎藤歩さんのお父様がお亡くなりになったとのこと。猛烈社員で信念を貫いた営業活動を続け、51歳で脳出血の後、24年間の闘病・リハビリ生活、それを支え続けた妻の紀子さま、そしてつい先日27日未明にご逝去でした。山登りを好み、病床では油絵ほか芸術面でも多趣味で、たくさんの作品を残されていたそうです。
　昨晩のお通夜では、棺の上に、愛用のピッケルが置かれていました。歩さんの公演を見届けるように、打ち上げパーティ直後に息を引き取られました。心よりご冥福をお祈り致します。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　今年スタートした「<strong>札幌演劇シーズン、2012冬：</strong><a href="http://s-e-season.com/about-ses/"><strong>http://s-e-season.com/about-ses/</strong></a>」は、</p>
<p><strong>＊</strong>　<strong>劇団イナダ組（</strong><a href="http://www.inadagumi.net/"><span style="color: #76664b;"><strong>http://www.inadagumi.</strong>net/</span></a>）<strong>の「このくらいのLangit：</strong><a href="http://s-e-season.com/season/2012/winter/inadagumi/"><span style="color: #76664b;"><strong>http://s-e-season.com/season/2012/winter/inadagumi/</strong></span></a><strong>」</strong></p>
<p><strong>＊　劇団TPS（</strong><a href="http://www.h-paf.ne.jp/"><span style="color: #76664b;"><strong>http://www.h-paf.ne.jp/</strong></span></a><strong>）の「亀、もしくは・・・・。：</strong><a href="http://s-e-season.com/season/2012/winter/tps/"><span style="color: #76664b;"><strong>http://s-e-season.com/season/2012/winter/tps/</strong></span></a><strong>」</strong></p>
<p>でした。それぞれ2週間、トータルで1カ月間のロングランで成功裡に終了しました。　</p>
<div id="attachment_12024" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020565.jpg"><img class="size-medium wp-image-12024" title="p1020565" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020565-500x375.jpg" alt="「亀、もしくは・・・・」も満席が続きました" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">シアターZoo:TPS「亀、もしくは・・・・」も満席が続きました</p></div>
<p>　完売が相次いできたTPSの「亀、もしくは…。」は、千秋楽日の25日（土）午前11時に追加公演を行ったほどです。通常、追加公演は最終公演の後ですよね、今回は最終公演後に、演劇関係者による「札幌演劇シーズン2012冬」のパーティー（招待制）が予定されているため、最終公演前の午前中の追加公演となりました、終盤に食事の場面もあるこの芝居、わずか3時間程の間に２回も食べきらなければならない役者も大変ですね。先日、２回目の観劇でしたが、何回観てもいいです、特に最後の「みーんなで一緒に、亀になりましょうよ！」というセリフが、ハンガリー・ブダペストでも良かったけれど、札幌でも印象的でした。</p>
<p>　この企画は、「<strong>演劇による創造都市札幌実現プロジェクト：</strong><a href="http://s-e-season.com/about-project/"><strong>http://s-e-season.com/about-project/</strong></a>」の一環で、今年度は「冬」のみでしたが、４月以降の新しい年度では「夏」と「冬」の年２回企画となります。</p>
<p>　劇作家・脚本家・演出家・役者・照明・設備・音響・デザイン・広告宣伝等、100人の演劇人が活躍する街を目指して、これからも幅広い多様な活動が続きます。演劇におけるプロフェッショナルですよ、民間劇団や民間劇場が生き生きと切磋琢磨する「札幌スタイル」です。</p>
<p>　今年、初めての試みに、本州からいらっしゃったお客さまもいたりで、これまで北海道の芝居には足を運んでいなかった方々も多く、演劇鑑賞の幅を拡げる効果はあったかな、と。今後継続することにより、札幌・北海道で演劇関係の方々が集う場が形成されてくると、面白い展開になってきます。いずれそんな札幌の街を見るために、「皆で一緒に、亀になりましょう」か？</p>
<p>　と、ここまで書いた所で、訃報が入りました。TPSチーフディレクターの斎藤歩さんのお父様がお亡くなりになったとのこと。猛烈社員で信念を貫いた営業活動を続け、51歳で脳出血の後、24年間の闘病・リハビリ生活、それを支え続けた妻の紀子さま、そしてつい先日27日未明にご逝去でした。山登りを好み、病床では油絵ほか芸術面でも多趣味で、たくさんの作品を残されていたそうです。</p>
<p>　昨晩のお通夜では、棺の上に、愛用のピッケルが置かれていました。歩さんの公演を見届けるように、打ち上げパーティ直後に息を引き取られました。心よりご冥福をお祈り致します。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>全道農業関連部会交流会 in 別海　（3）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11936</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11936#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 26 Feb 2012 06:57:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　「全道農業関連部会交流会 in 別海：http://portal.doyu-kai.net/uploads/zendounougyouinbetukai.pdf」、内容の濃い講演・パネルディスカッション・意見交換会の後は、懇親会でした。とにかく盛りだくさん、次々と登場する「おもてなし精神」満載のプログラムに圧倒されっ放しでした。
　まずはオープニングの和太鼓。
 　次は、別海町役場の若手女性職員による、今、大ブレーク中！「別海ミルクガールズ（BMG）：http://www.youtube.com/watch?v=vOg600u7C3E&#38;feature=related」、ホームページはこちらです（http://betsukai.thefareast.asia/bmg/）、この日は一部ユニットの登場となりましたが、ユニークな振り付けが素朴でもあり、拍手喝さいでした。「ジャンボ・ホタテバーガー：http://jumbomilk.com/jumbo-burger.php」に続いて、全国の酪農家を応援する別海町のブランドとなりつつあるとか。
 　続いてはプロもびっくりのエンターテイナーの登場です。
　別海町尾岱沼の「酔楽 まる太：http://www.odaito.com/oss/shops-info/2011/09/post-5.php」マスター、大隅啓年さん（http://betsukai-kanko.jp/kanko-blog/2011/06/post-23.php）、前夜の夜は尾岱沼のお店のカウンターで料理人の姿、特に締めの「北海シマエビ天丼」は絶品でした。翌日の夜の舞台では、まさに「偉大なエンターテイナー」、唄・踊りを通して、ジャンボホタテ貝、替え歌、下ネタ、全てをベストミックス（？）、素晴らしいステージでした。さらに興味のある方は、こちらの動画でもどうぞ：http://www.youtube.com/watch?v=AeRINATIbPw&#38;feature=player_detailpage
　最後は、別海町・町歌の大合唱でした。
 
　いやいや、とにかくド迫力とほとばしるエネルギー、「おもてなし」の心をはるかに超えた地域のパワーを感じました。若い世代がきっちり地域で暮らしている実感、地元を支える各セクターの担い手としての存在感、地域名産屋台を含めて、別海町にどっぷり浸かった3日間に感謝です！！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「全道農業関連部会交流会 in 別海：<a href="http://portal.doyu-kai.net/uploads/zendounougyouinbetukai.pdf">http://portal.doyu-kai.net/uploads/zendounougyouinbetukai.pdf</a>」、内容の濃い講演・パネルディスカッション・意見交換会の後は、懇親会でした。とにかく盛りだくさん、次々と登場する「おもてなし精神」満載のプログラムに圧倒されっ放しでした。</p>
<p>　まずはオープニングの和太鼓。</p>
<div id="attachment_11944" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020588.jpg"><img class="size-medium wp-image-11944" title="p1020588" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020588.jpg" alt="オープニングの和太鼓" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">オープニングの和太鼓</p></div>
<p> 　次は、別海町役場の若手女性職員による、今、大ブレーク中！「<strong>別海ミルクガールズ（BMG）：</strong><a href="http://www.youtube.com/watch?v=vOg600u7C3E&amp;feature=related">http://www.youtube.com/watch?v=vOg600u7C3E&amp;feature=related</a>」、ホームページはこちらです（<a href="http://betsukai.thefareast.asia/bmg/">http://betsukai.thefareast.asia/bmg/</a>）、この日は一部ユニットの登場となりましたが、ユニークな振り付けが素朴でもあり、拍手喝さいでした。「<strong>ジャンボ・ホタテバーガー</strong>：<a href="http://jumbomilk.com/jumbo-burger.php">http://jumbomilk.com/jumbo-burger.php</a>」に続いて、全国の酪農家を応援する別海町のブランドとなりつつあるとか。</p>
<div id="attachment_11945" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020598.jpg"><img class="size-medium wp-image-11945" title="p1020598" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020598-500x375.jpg" alt="別海町のアイドル：ミルクガールズ（部分ユニット）" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">別海町のアイドル：ミルクガールズ（部分ユニット）</p></div>
<p> 　続いてはプロもびっくりのエンターテイナーの登場です。</p>
<div id="attachment_11946" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020593.jpg"><img class="size-medium wp-image-11946" title="p1020593" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020593-375x500.jpg" alt="圧巻！別海のエンターテイナー：大隅啓年さん" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">圧巻！別海のエンターテイナー：大隅啓年さん</p></div>
<p>　別海町尾岱沼の「<strong>酔楽 まる太</strong>：<a href="http://www.odaito.com/oss/shops-info/2011/09/post-5.php">http://www.odaito.com/oss/shops-info/2011/09/post-5.php</a>」マスター、大隅啓年さん（<a href="http://betsukai-kanko.jp/kanko-blog/2011/06/post-23.php">http://betsukai-kanko.jp/kanko-blog/2011/06/post-23.php</a>）、前夜の夜は尾岱沼のお店のカウンターで料理人の姿、特に締めの「北海シマエビ天丼」は絶品でした。翌日の夜の舞台では、まさに「偉大なエンターテイナー」、唄・踊りを通して、ジャンボホタテ貝、替え歌、下ネタ、全てをベストミックス（？）、素晴らしいステージでした。さらに興味のある方は、こちらの動画でもどうぞ：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=AeRINATIbPw&amp;feature=player_detailpage">http://www.youtube.com/watch?v=AeRINATIbPw&amp;feature=player_detailpage</a></p>
<p>　最後は、別海町・町歌の大合唱でした。</p>
<div id="attachment_12018" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020602.jpg"><img class="size-medium wp-image-12018" title="p1020602" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020602-500x375.jpg" alt="締めは、「町歌」の大合唱" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">締めは、「町歌」の大合唱</p></div>
<p> </p>
<p>　いやいや、とにかくド迫力とほとばしるエネルギー、「おもてなし」の心をはるかに超えた地域のパワーを感じました。若い世代がきっちり地域で暮らしている実感、地元を支える各セクターの担い手としての存在感、地域名産屋台を含めて、別海町にどっぷり浸かった3日間に感謝です！！</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>全道農業関連部会交流会 in 別海　（2）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11953</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11953#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 26 Feb 2012 06:18:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11953</guid>
		<description><![CDATA[　今回の「全道農業関連部会交流会 in 別海：http://portal.doyu-kai.net/uploads/zendounougyouinbetukai.pdf」に参加するもう一つの目的は、地元のバイオ関係企業、酪農家、乳業工場の見学でした。地元の藤本達也さんに会議の前後の時間帯にびっしり訪問・見学予定を設定して頂き、鈴木善人（http://www.leaps.jp/?page_id=3）さん、笹山喜市（http://www.deos.co.jp/itc/0019022002c.html）さんと6か所の見学が出来ました。濃厚な見学と経営者との意見交換は、貴重な情報の数々でした。
　まずは、中標津町の（株）バイオマスソリューションズ（http://biosol.jp/?page_id=565）です。猛吹雪の中、藤本達也（http://biosol.jp/?page_id=585）社長にご案内をして頂きました。彼とは2年前にアフリカに一緒に旅行して以来（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3570）、勉強させてもらっています、期待したい若き経営者です！
　翌日二日目は、朝から中標津町の「雪印メグミルク（株）なかしべつ工場：http://www.meg-snow.com/fun/factory/others.html」です。なかしべつの牛乳でゴーダチーズやさけるチーズを作っています。チーズ製造の歴史と技術の変遷も知ることができました。
　三日目の朝からは、別海町の（有）別海町酪農研修牧場（http://dairy-farm.net/#）、（株）べつかい乳業興社（http://betsukai-milk.com/）の酪農工場の見学、TMR（Total Mixed Ration）の（有）デイリーサポート別海（http://www.aurens.or.jp/TMR/betsukai/）、そして、（有）竹下牧場（http://earth-cafe.jp/?p=1169）です。
　酪農家の仕事、チーズ、ヨーグルト、バターの製造等、これまでの歴史とイノベーション、これからの課題等、これまでの断片的な知識から一歩踏み込んで、理解したような気がします。北海道の代表的産業として、担い手育成を含めた「農業・畜産業」の振興を、その構造イノベーションも含めて、「よそ者」からも考えて、これからも意見交換をしていきたいと思います。
　お忙しい中説明をしてご案内頂いた皆さまに、心から感謝申し上げます。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　今回の「全道農業関連部会交流会 in 別海：<a href="http://portal.doyu-kai.net/uploads/zendounougyouinbetukai.pdf">http://portal.doyu-kai.net/uploads/zendounougyouinbetukai.pdf</a>」に参加するもう一つの目的は、地元のバイオ関係企業、酪農家、乳業工場の見学でした。地元の藤本達也さんに会議の前後の時間帯にびっしり訪問・見学予定を設定して頂き、鈴木善人（<a href="http://www.leaps.jp/?page_id=3">http://www.leaps.jp/?page_id=3</a>）さん、笹山喜市（<a href="http://www.deos.co.jp/itc/0019022002c.html">http://www.deos.co.jp/itc/0019022002c.html</a>）さんと6か所の見学が出来ました。濃厚な見学と経営者との意見交換は、貴重な情報の数々でした。</p>
<p>　まずは、中標津町の（株）バイオマスソリューションズ（<a href="http://biosol.jp/?page_id=565">http://biosol.jp/?page_id=565</a>）です。猛吹雪の中、藤本達也（<a href="http://biosol.jp/?page_id=585">http://biosol.jp/?page_id=585</a>）社長にご案内をして頂きました。彼とは2年前にアフリカに一緒に旅行して以来（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3570">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3570</a>）、勉強させてもらっています、期待したい若き経営者です！</p>
<div id="attachment_11959" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020568.jpg"><img class="size-medium wp-image-11959" title="p1020568" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020568.jpg" alt="バイオマス・ソリューション（株）" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">（株）バイオマス・ソリューションズ</p></div>
<p>　翌日二日目は、朝から中標津町の「雪印メグミルク（株）なかしべつ工場：<a href="http://www.meg-snow.com/fun/factory/others.html">http://www.meg-snow.com/fun/factory/others.html</a>」です。なかしべつの牛乳でゴーダチーズやさけるチーズを作っています。チーズ製造の歴史と技術の変遷も知ることができました。</p>
<div id="attachment_11960" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020574.jpg"><img class="size-medium wp-image-11960" title="p1020574" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020574.jpg" alt="雪印メグミルク・なかしべつ工場" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">雪印メグミルク・なかしべつ工場</p></div>
<p>　三日目の朝からは、別海町の（有）別海町酪農研修牧場（<a href="http://dairy-farm.net/">http://dairy-farm.net/</a>#）、（株）べつかい乳業興社<a href="http://betsukai-milk.com/">（http://betsukai-milk.com/</a>）の酪農工場の見学、TMR（Total Mixed Ration）の（有）デイリーサポート別海（<a href="http://www.aurens.or.jp/TMR/betsukai/">http://www.aurens.or.jp/TMR/betsukai/</a>）、そして、（有）竹下牧場（<a href="http://earth-cafe.jp/?p=1169">http://earth-cafe.jp/?p=1169</a>）です。</p>
<div id="attachment_11961" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020616.jpg"><img class="size-medium wp-image-11961" title="p1020616" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020616.jpg" alt="別海体験工場" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">別海体験工場</p></div>
<div id="attachment_11962" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020618.jpg"><img class="size-medium wp-image-11962" title="p1020618" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020618-375x500.jpg" alt="生乳生産日本一のまち！" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">生乳生産日本一のまち！</p></div>
<div id="attachment_11963" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020623.jpg"><img class="size-medium wp-image-11963" title="p1020623" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020623-500x375.jpg" alt="竹下牧場で" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">竹下牧場で</p></div>
<p>　酪農家の仕事、チーズ、ヨーグルト、バターの製造等、これまでの歴史とイノベーション、これからの課題等、これまでの断片的な知識から一歩踏み込んで、理解したような気がします。北海道の代表的産業として、担い手育成を含めた「農業・畜産業」の振興を、その構造イノベーションも含めて、「よそ者」からも考えて、これからも意見交換をしていきたいと思います。</p>
<p>　お忙しい中説明をしてご案内頂いた皆さまに、心から感謝申し上げます。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>全道農業関連部会交流会 in 別海 （1）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11933</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11933#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 26 Feb 2012 05:23:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11933</guid>
		<description><![CDATA[　一般社団法人 北海道中小企業家同友会（http://www.hokkaido.doyu.jp/）の「全道農業関連部会交流会 in 別海：http://portal.doyu-kai.net/uploads/zendounougyouinbetukai.pdf」が、先日道東の別海町で開催されました。私は会員ではないのですが、一昨年アフリカに一緒に行った方からお誘いがあり、参加しました。南しれとこ支部 別海地区会82社のエネルギッシュな30歳代・40歳代の担当、130名の参加で大盛況でした。
　第一部の基調講演は、北海道大学観光学高等研究センター教授・敷田麻実（http://gcoe.ees.hokudai.ac.jp/mfrs/?p=1213）先生のご登壇で、「『よそ者』視点で地域資源を発見し地域づくりでイノベーションを起こそう！」、今の北海道に必要な人材を的確に言い当てていらっしゃいました。
　印象に残った幾つかのフレーズ～～～～
＊　「よそ者」をどのように使えるか――＞地域の力
＊　社会運動は既存枠組みの中での努力だが、ソーシャルイノベーションは「枠組みの転換」
＊　有限責任の市民参加、無限責任は自治体の役割
＊　地域づくりは地域資源の「還元」、「再投資」と考える
 
 第二部はパネルディスカッション、コーディネーターは、（株）リープス（http://www.leaps.jp/）代表取締役・鈴木善人さん、パネラーは、北大教授の敷田麻実さん、浜中農業協同組合（http://www.doyu.jp/topics/posts/article/20100507-093710）代表理事組合長・石橋榮紀さん、（有）十勝しんむら牧場（http://www.milkjam.com/）代表取締役・新村浩隆さん、別海町役場（http://betsukai.jp/）商工観光課主任・松本博史さんでした。
石橋さん：http://www.doyu.jp/topics/posts/article/20100507-093710）
＊　ハーゲンダッツアイスクリーム（http://www.haagen-dazs.co.jp/ilove/index.html）の原料製造：白い牛乳の品質へのオンリーワンを目指しての取り組み、そして「世界標準」へ
＊　組合員は自ら生産する牛乳が最高品質にあると自負している
＊　健全な水、空気、土地　　+　　健康な人　と　牛
＊　酪農事業における枠組みの変換は、「法人経営」
新村さん：http://www.milkjam.com/）
＊　十勝しんむら牧場の理念、「自然への畏敬と農業の素晴らしさ、そして感動を伝えたい」
＊　「価格決定権を持つ」、それには自社の商品を持つこと――＞乳製品の製造・販売へ、「クリームテラス」はコミュニケーションの場
＊　自分の道は自分で決める――＞いらないものを捨てた結果、残るものは残る
松本さん：http://betsukai.jp/）
＊　「ジャンボ・ホタテバーガー：http://jumbomilk.com/jumbo-burger.php」の誕生物語
＊　とにかく、「徹底してやる」こと
 
　パネラーが、それぞれの土俵でイノベーションを起こし、実践して、結果を出してきている方々なので、大変説得力があり、そして、今も組織内で「よそ者」として“戦っている”姿を感じ、コーディネーターの鈴木社長の進行の妙もあり、内容の濃い1時間でした、まだまだ時間があった方が、より議論も深まった気もします。いずれにせよ、「二重丸」でした！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　一般社団法人 北海道中小企業家同友会（<a href="http://www.hokkaido.doyu.jp/">http://www.hokkaido.doyu.jp/</a>）の「<strong>全道農業関連部会交流会 in 別海</strong>：<a href="http://portal.doyu-kai.net/uploads/zendounougyouinbetukai.pdf">http://portal.doyu-kai.net/uploads/zendounougyouinbetukai.pdf</a>」が、先日道東の別海町で開催されました。私は会員ではないのですが、一昨年アフリカに一緒に行った方からお誘いがあり、参加しました。南しれとこ支部 別海地区会82社のエネルギッシュな30歳代・40歳代の担当、130名の参加で大盛況でした。</p>
<div id="attachment_11940" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020578.jpg"><img class="size-medium wp-image-11940" title="p1020578" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020578.jpg" alt="実行委員長・伊藤敏彦社長" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">実行委員長・伊藤敏彦社長</p></div>
<p>　第一部の基調講演は、北海道大学観光学高等研究センター教授・敷田麻実（<a href="http://gcoe.ees.hokudai.ac.jp/mfrs/?p=1213">http://gcoe.ees.hokudai.ac.jp/mfrs/?p=1213</a>）先生のご登壇で<strong>、「『よそ者』視点で地域資源を発見し地域づくりでイノベーションを起こそう！</strong>」、今の北海道に必要な人材を的確に言い当てていらっしゃいました。</p>
<div id="attachment_11941" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020579.jpg"><img class="size-medium wp-image-11941" title="p1020579" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020579.jpg" alt="基調講演：敷田麻実 北大教授" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">基調講演：敷田麻実 北大教授</p></div>
<p>　印象に残った幾つかのフレーズ～～～～</p>
<p>＊　「よそ者」をどのように使えるか――＞地域の力</p>
<p>＊　社会運動は既存枠組みの中での努力だが、ソーシャルイノベーションは「枠組みの転換」</p>
<p>＊　有限責任の市民参加、無限責任は自治体の役割</p>
<p>＊　地域づくりは地域資源の「還元」、「再投資」と考える</p>
<p> </p>
<p> 第二部はパネルディスカッション、コーディネーターは、（株）リープス（<a href="http://www.leaps.jp/">http://www.leaps.jp/</a>）代表取締役・鈴木善人さん、パネラーは、北大教授の敷田麻実さん、浜中農業協同組合（<a href="http://www.doyu.jp/topics/posts/article/20100507-093710">http://www.doyu.jp/topics/posts/article/20100507-093710</a>）代表理事組合長・石橋榮紀さん、（有）十勝しんむら牧場（<a href="http://www.milkjam.com/">http://www.milkjam.com/</a>）代表取締役・新村浩隆さん、別海町役場（<a href="http://betsukai.jp/">http://betsukai.jp/</a>）商工観光課主任・松本博史さんでした。</p>
<div id="attachment_11942" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020587.jpg"><img class="size-medium wp-image-11942" title="p1020587" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020587-500x375.jpg" alt="第二部：パネルディスカッション" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">第二部：パネルディスカッション、左から敷田、石橋、新村、松本の各氏</p></div>
<p>石橋さん：<a href="http://www.doyu.jp/topics/posts/article/20100507-093710">http://www.doyu.jp/topics/posts/article/20100507-093710</a>）</p>
<p>＊　ハーゲンダッツアイスクリーム（<a href="http://www.haagen-dazs.co.jp/ilove/index.html">http://www.haagen-dazs.co.jp/ilove/index.html</a>）の原料製造：白い牛乳の品質へのオンリーワンを目指しての取り組み、そして「世界標準」へ</p>
<p>＊　組合員は自ら生産する牛乳が最高品質にあると自負している</p>
<p>＊　健全な水、空気、土地　　+　　健康な人　と　牛</p>
<p>＊　酪農事業における枠組みの変換は、「法人経営」</p>
<p>新村さん：<a href="http://www.milkjam.com/">http://www.milkjam.com/</a>）</p>
<p>＊　十勝しんむら牧場の理念、「自然への畏敬と農業の素晴らしさ、そして感動を伝えたい」</p>
<p>＊　「価格決定権を持つ」、それには自社の商品を持つこと――＞乳製品の製造・販売へ、「クリームテラス」はコミュニケーションの場</p>
<p>＊　自分の道は自分で決める――＞いらないものを捨てた結果、残るものは残る</p>
<p>松本さん：<a href="http://betsukai.jp/">http://betsukai.jp/</a>）</p>
<p>＊　「ジャンボ・ホタテバーガー：<a href="http://jumbomilk.com/jumbo-burger.php">http://jumbomilk.com/jumbo-burger.php</a>」の誕生物語</p>
<p>＊　とにかく、「徹底してやる」こと</p>
<p> </p>
<p>　パネラーが、それぞれの土俵でイノベーションを起こし、実践して、結果を出してきている方々なので、大変説得力があり、そして、今も組織内で「よそ者」として“戦っている”姿を感じ、コーディネーターの鈴木社長の進行の妙もあり、内容の濃い1時間でした、まだまだ時間があった方が、より議論も深まった気もします。いずれにせよ、「二重丸」でした！</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>あすの電力予想</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11892</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11892#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 22 Feb 2012 23:57:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11892</guid>
		<description><![CDATA[　関西電力（http://www.kepco.co.jp/）の原発で、一基だけ運転していた福井県・高浜3号機（87万キロワット）が、20日午後11時に、定期検査のために発電を停止しました。関西電力の原発11基が全て止まり、西日本で稼働中の原発はなくなっています。北海道電力（http://www.hepco.co.jp/）の泊原発3号機は、4月下旬に停止する予定です。
　今月、関西に出張した時、地元テレビで「あすの電力予想」が流れていました。
 
　　一方関東では、東京湾のアクアラインから見る雪を戴いた富士山が、青空の中に姿をあらわしていました。
　再稼働を巡る経済産業省の原子力安全・保安院（http://www.nisa.meti.go.jp/）の「議論」は、議論にもなっておらず、実にひどい組織と人材です、まさに「人罪」です。3月末の組織の廃止前に、最後の「悪事の企て」と言わなければなりません。引き続き、厳しい眼で私たちは監視していく必要があります、国民のいのちを何と心得ているのか、国民をなめるにも程があります。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　関西電力（<a href="http://www.kepco.co.jp/">http://www.kepco.co.jp/</a>）の原発で、一基だけ運転していた福井県・高浜3号機（87万キロワット）が、20日午後11時に、定期検査のために発電を停止しました。関西電力の原発11基が全て止まり、西日本で稼働中の原発はなくなっています。北海道電力（<a href="http://www.hepco.co.jp/">http://www.hepco.co.jp/</a>）の泊原発3号機は、4月下旬に停止する予定です。</p>
<p>　今月、関西に出張した時、地元テレビで「あすの電力予想」が流れていました。</p>
<div id="attachment_11894" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020472.jpg"><img class="size-medium wp-image-11894" title="p1020472" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020472-500x375.jpg" alt="テレビの「あすの電力予想」" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">テレビの「あすの電力予想」</p></div>
<p> </p>
<p>　　一方関東では、東京湾のアクアラインから見る雪を戴いた富士山が、青空の中に姿をあらわしていました。</p>
<div id="attachment_11897" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020541.jpg"><img class="size-medium wp-image-11897" title="p1020541" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020541-500x375.jpg" alt="早朝の富士山：東京湾アクアラインから" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">早朝の富士山：東京湾アクアラインから</p></div>
<p>　再稼働を巡る経済産業省の原子力安全・保安院（<a href="http://www.nisa.meti.go.jp/">http://www.nisa.meti.go.jp/</a>）の「議論」は、議論にもなっておらず、実にひどい組織と人材です、まさに「人罪」です。3月末の組織の廃止前に、最後の「悪事の企て」と言わなければなりません。引き続き、厳しい眼で私たちは監視していく必要があります、国民のいのちを何と心得ているのか、国民をなめるにも程があります。</p>
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		<title>札幌演劇シーズン、2012冬 （2）</title>
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		<pubDate>Mon, 20 Feb 2012 23:38:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　「札幌演劇シーズン、2012冬」は、1月28日から始まり（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11645）、後半日程（25日まで）を迎えています。思えば、昨年8月の札幌での記者会見（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9763）から7カ月、もうすぐ初年度が終了です。
　私は、劇団イナダ組（http://www.inadagumi.net/）の「このくらいのLangit：http://s-e-season.com/season/2012/winter/inadagumi/」は、2回目の観劇を14日に、劇団TPS（http://www.h-paf.ne.jp/）の「亀、もしくは・・・・：http://s-e-season.com/season/2012/winter/tps/」は、19日、今回のキャストで初めて観ました、22日には2回目の予定も。
　先日は公演後に、「演劇は仕事になるのか？～演劇の経済的側面とその未来」の著者・米屋尚子さんの講演と鼎談がありました。社団法人日本芸能実演家団体協議会（芸団協：http://www.geidankyo.or.jp/top.shtml）で仕事をされて、長年にわたり舞台芸術にかかわる調査研究、政策提言などを担当する一方で、「芸団協セミナー」の責任者として数々の制作者向け講座を企画してきた方です。
 　この日は盛りだくさん、講演の後は、毎月の「ZOOサロンの会：http://www.h-paf.ne.jp/salon/index.html」、今回は恒例の「橋本久明賞」の発表でした。「橋本久明賞」とは、TPSの発展にご尽力された故・橋本久明前TPSくらぶ会長の功績を称え、2005年に創設された賞で、年間を通じて最もTPSの活動に貢献した劇団員に贈られる賞です。今年は、全演目に出演し、存在感のある演技で好評だったニセコ町出身の高子未来さんが受賞されました。昨年の札幌劇場祭授賞式後のパーティで、私は彼女に直接、独自の目立たない演技が素晴らしかったと言っていたので、今回の受賞は大変嬉しいです、この賞の審査員の評価がです。
 　さらに昨日のNHK総合テレビ・道内版「「つながる＠きたカフェ」」の番組では、TPSチーフディレクターの斎藤歩さんが出演して、北海道におけるこれまでの演劇創造等について熱く語っていました。一昨日のサロンの会では、隣の席で日本酒を飲みながらワイワイやっていて、これまでの活動、海外公演のお話等は、大変身近に感じられました。彼は、NHK大河ドラマ「龍馬伝」、今放送中のTBS「運命の人」にも出演している「個性派（？）俳優」で、今回の演劇シーズンでは、「亀、もしくは・・・・」に出演しています。
　ハンガリー公演でも、韓国公演でも、同行ツアーで斎藤歩さんとは一緒でした。いろいろゆっくりお話をする機会もありましたが、「若い時に海外公演を経験して、外国のお客様の反応、多様な評価を体験して、世界に通用する役者に育って貰いたい」という彼のメッセージは、これまでの草分け的な地道な育成活動に裏付けされた重みのある言葉でした。
　想い出しますね、ハンガリー公演のブダペスト・メルリン劇場で、「亀、もしくは・・・・」の初日、始まってからの3分間の緊張、山野久治さん扮するハドバー先生のセリフにどっと笑いが起きた時のあの感動。そして、その後日本国内での一段とレベルの上がった公演活動は、役者陣の確かな進化を実感しました。
　人を育てる、それには芝居を創る多くの方々、足を運ぶ観客・ファン、そして、場なのでしょうね。札幌・北海道が本当に本物の場となるような活動が、今年始まったと言えるのでしょう、期待したいし、応援もします！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「<strong>札幌演劇シーズン、2012冬</strong>」は、1月28日から始まり（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11645">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11645</a>）、後半日程（25日まで）を迎えています。思えば、昨年8月の札幌での記者会見（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9763">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9763</a>）から7カ月、もうすぐ初年度が終了です。</p>
<p>　私は、<strong>劇団イナダ組（</strong><a href="http://www.inadagumi.net/"><span style="color: #76664b;"><strong>http://www.inadagumi.</strong>net/</span></a>）<strong>の「このくらいのLangit：</strong><a href="http://s-e-season.com/season/2012/winter/inadagumi/"><span style="color: #76664b;"><strong>http://s-e-season.com/season/2012/winter/inadagumi/</strong></span></a><strong>」</strong>は、2回目の観劇を14日に、<strong>劇団TPS（</strong><a href="http://www.h-paf.ne.jp/"><span style="color: #76664b;"><strong>http://www.h-paf.ne.jp/</strong></span></a><strong>）の「亀、もしくは・・・・：</strong><a href="http://s-e-season.com/season/2012/winter/tps/"><span style="color: #76664b;"><strong>http://s-e-season.com/season/2012/winter/tps/</strong></span></a><strong>」</strong>は、19日、今回のキャストで初めて観ました、22日には2回目の予定も。</p>
<div id="attachment_11888" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020548.jpg"><img class="size-medium wp-image-11888" title="p1020548" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020548-500x375.jpg" alt="ロビーでは、これまでの公演の写真も展示" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">ロビーでは、これまでの公演の写真も展示</p></div>
<p>　先日は公演後に、「<strong>演劇は仕事になるのか？～演劇の経済的側面とその未来</strong>」の著者・米屋尚子さんの講演と鼎談がありました。社団法人日本芸能実演家団体協議会（芸団協：<a href="http://www.geidankyo.or.jp/top.shtml">http://www.geidankyo.or.jp/top.shtml</a>）で仕事をされて、長年にわたり舞台芸術にかかわる調査研究、政策提言などを担当する一方で、「芸団協セミナー」の責任者として数々の制作者向け講座を企画してきた方です。</p>
<div id="attachment_11889" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020550.jpg"><img class="size-medium wp-image-11889" title="p1020550" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020550-500x375.jpg" alt="東京からのゲスト：米屋尚子さん" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">東京からのゲスト：米屋尚子さん</p></div>
<p> 　この日は盛りだくさん、講演の後は、毎月の「ZOOサロンの会：<a href="http://www.h-paf.ne.jp/salon/index.html">http://www.h-paf.ne.jp/salon/index.html</a>」、今回は恒例の「<strong>橋本久明賞</strong>」の発表でした。「橋本久明賞」とは、TPSの発展にご尽力された故・橋本久明前TPSくらぶ会長の功績を称え、2005年に創設された賞で、年間を通じて最もTPSの活動に貢献した劇団員に贈られる賞です。今年は、全演目に出演し、存在感のある演技で好評だったニセコ町出身の高子未来さんが受賞されました。昨年の札幌劇場祭授賞式後のパーティで、私は彼女に直接、独自の目立たない演技が素晴らしかったと言っていたので、今回の受賞は大変嬉しいです、この賞の審査員の評価がです。</p>
<div id="attachment_11890" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020558.jpg"><img class="size-medium wp-image-11890" title="p1020558" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020558-500x375.jpg" alt="第7回橋本久明賞受賞：高子未来さん" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">第7回橋本久明賞受賞：高子未来さん</p></div>
<p> 　さらに昨日のNHK総合テレビ・道内版「「つながる＠きたカフェ」」の番組では、TPSチーフディレクターの斎藤歩さんが出演して、北海道におけるこれまでの演劇創造等について熱く語っていました。一昨日のサロンの会では、隣の席で日本酒を飲みながらワイワイやっていて、これまでの活動、海外公演のお話等は、大変身近に感じられました。彼は、NHK大河ドラマ「龍馬伝」、今放送中のTBS「運命の人」にも出演している「個性派（？）俳優」で、今回の演劇シーズンでは、「亀、もしくは・・・・」に出演しています。</p>
<div id="attachment_11900" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020560.jpg"><img class="size-medium wp-image-11900" title="p1020560" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020560-500x375.jpg" alt="齊藤歩、NHK総合テレビに出演：北海道での演劇創造について熱く語る" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">齊藤歩、NHK総合テレビに出演：北海道での演劇創造について熱く語る</p></div>
<p>　ハンガリー公演でも、韓国公演でも、同行ツアーで斎藤歩さんとは一緒でした。いろいろゆっくりお話をする機会もありましたが、「若い時に海外公演を経験して、外国のお客様の反応、多様な評価を体験して、世界に通用する役者に育って貰いたい」という彼のメッセージは、これまでの草分け的な地道な育成活動に裏付けされた重みのある言葉でした。</p>
<p>　想い出しますね、ハンガリー公演のブダペスト・メルリン劇場で、「亀、もしくは・・・・」の初日、始まってからの3分間の緊張、山野久治さん扮するハドバー先生のセリフにどっと笑いが起きた時のあの感動。そして、その後日本国内での一段とレベルの上がった公演活動は、役者陣の確かな進化を実感しました。</p>
<p>　人を育てる、それには芝居を創る多くの方々、足を運ぶ観客・ファン、そして、場なのでしょうね。札幌・北海道が本当に本物の場となるような活動が、今年始まったと言えるのでしょう、期待したいし、応援もします！</p>
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		<title>「六華サロン」 in Tokyo</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11660</link>
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		<pubDate>Sat, 18 Feb 2012 22:57:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　東京六華（りっか）同窓会（http://www.tokyorikka.jp/）は、明治30年の札幌尋常中学校の同窓生が東京で設立して以来、その後の変遷を経て今日まで続き、今年で107年を迎える同窓会です、私も登録1600名の会員の一人です。その中で、この数年、地道に、今、各界の最前線で活躍する同窓の講師を招いて毎月例会を開催している「六華サロン：http://www.tokyorikka.jp/rikkasalon/rikkasalon.html」は、大変ユニークな活動で、内容も濃く、素晴らしい集まりです。
　先月は、私は始めて参加致しましたが、昨年3・11大震災で大きな被害のあった宮城県石巻赤十字病院（http://www.ishinomaki.jrc.or.jp/）の腎臓内科副部長・笠井 暁史（南41期）先生をゲストにお招きしての例会でした。淡々とお話される内容は、まさに感動を与える貴重な報告であり、つい先日に続いて（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11566）、私にとってまた誇り高き後輩です。
 　たくさん感じたことはあります、同窓会ブログにも写真入りで報告があります（http://www.tokyorikka.jp/rikkasalon/rikkasalon.html）。まずは、医療機関の職員も被災者であること。当たり前なのですが、遠くに居て、メディアでしか見ていない私たちは、ともすると平時の感覚で彼らの仕事ぶりに期待してしまっていたと大いに反省します。着の身着のまま、食事も、寝る場所も、取材で外からくるメディア、ボランティアとは違って、まさに「被災者」であること、その上で仕事で患者さんを変わらず治療しようとするモラルの高さに敬服します。日頃からの教育訓練のなせる技なのでしょう。
　直後からマル一日は、本当に異常なくらい静かな病院内、ある意味で当たり前ですね、病院に行くどころではない訳ですから。次に押し寄せる人の波とパニック状態、継続的治療が必要な人々が命を掛けて殺到する現実は、現場の方からお聞きして初めて知る事がらばかり。土壇場での患者に対して治療する順番づけの場面（トリアージ）、まさに有事の医療に求められる「どの命を救うのか」の厳しい判断等も、です。以前ここに書き留めた「パンデミックドリル：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3257」を思い出しました。笠井先生は、一連の体験をまさに淡々と、ほとんど形容詞はなく説明されましたが、それ故に臨場感があり、専門職としての力量がためされたのだと思います。
　もうすぐ3・11からマル一年です、私たちはこの大きな犠牲から、今後につながるきっちりした教訓を学び、次に活かしていかなくてはなりません。そして、原子力発電所爆発事故では、未だに収束していない現状、事故調査の最終結果すら発表となっていない今、しなければならないこと、やってはいけないこと、これらは明らかですね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　東京六華（りっか）同窓会（<a href="http://www.tokyorikka.jp/">http://www.tokyorikka.jp/</a>）は、明治30年の札幌尋常中学校の同窓生が東京で設立して以来、その後の変遷を経て今日まで続き、今年で107年を迎える同窓会です、私も登録1600名の会員の一人です。その中で、この数年、地道に、今、各界の最前線で活躍する同窓の講師を招いて毎月例会を開催している「六華サロン：<a href="http://www.tokyorikka.jp/rikkasalon/rikkasalon.html">http://www.tokyorikka.jp/rikkasalon/rikkasalon.html</a>」は、大変ユニークな活動で、内容も濃く、素晴らしい集まりです。</p>
<p>　先月は、私は始めて参加致しましたが、昨年3・11大震災で大きな被害のあった宮城県石巻赤十字病院（<a href="http://www.ishinomaki.jrc.or.jp/">http://www.ishinomaki.jrc.or.jp/</a>）の腎臓内科副部長・笠井 暁史（南41期）先生をゲストにお招きしての例会でした。淡々とお話される内容は、まさに感動を与える貴重な報告であり、つい先日に続いて（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11566">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11566</a>）、私にとってまた誇り高き後輩です。</p>
<div id="attachment_11661" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020435.jpg"><img class="size-medium wp-image-11661" title="p1020435" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020435-500x375.jpg" alt="石巻日赤病院・笠井医師の報告" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">石巻赤十字病院・笠井医師の報告</p></div>
<p> 　たくさん感じたことはあります、同窓会ブログにも写真入りで報告があります（<a href="http://www.tokyorikka.jp/rikkasalon/rikkasalon.html">http://www.tokyorikka.jp/rikkasalon/rikkasalon.html</a>）。まずは、医療機関の職員も被災者であること。当たり前なのですが、遠くに居て、メディアでしか見ていない私たちは、ともすると平時の感覚で彼らの仕事ぶりに期待してしまっていたと大いに反省します。着の身着のまま、食事も、寝る場所も、取材で外からくるメディア、ボランティアとは違って、まさに「被災者」であること、その上で仕事で患者さんを変わらず治療しようとするモラルの高さに敬服します。日頃からの教育訓練のなせる技なのでしょう。</p>
<p>　直後からマル一日は、本当に異常なくらい静かな病院内、ある意味で当たり前ですね、病院に行くどころではない訳ですから。次に押し寄せる人の波とパニック状態、継続的治療が必要な人々が命を掛けて殺到する現実は、現場の方からお聞きして初めて知る事がらばかり。土壇場での患者に対して治療する順番づけの場面（トリアージ）、まさに有事の医療に求められる「どの命を救うのか」の厳しい判断等も、です。以前ここに書き留めた「パンデミックドリル：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3257">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3257</a>」を思い出しました。笠井先生は、一連の体験をまさに淡々と、ほとんど形容詞はなく説明されましたが、それ故に臨場感があり、専門職としての力量がためされたのだと思います。</p>
<p>　もうすぐ3・11からマル一年です、私たちはこの大きな犠牲から、今後につながるきっちりした教訓を学び、次に活かしていかなくてはなりません。そして、原子力発電所爆発事故では、未だに収束していない現状、事故調査の最終結果すら発表となっていない今、しなければならないこと、やってはいけないこと、これらは明らかですね。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>戸髙一成館長とのお話から</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11782</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11782#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 15 Feb 2012 23:23:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　広島県呉市の「大和ミュージアム：http://www.yamato-museum.com/concept/」、正式名称は「呉市海事歴史科学館」です。
　2年前にも訪問（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4585）しましたが、今回は、館長・戸髙一成（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9991、http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11196）さんとお会いして意見交換、いくつかアドバイスを頂くのが主たる目的でした。
　これまで、一連のビハール号事件：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%83%93%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%8F%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6」で、自分なりに歴史を検証してきたつもりですが、どうしても「戦犯裁判」の記録で、壁にぶち当たっていました。今後、B・C級戦犯裁判の証言記録を、どう追いかけていくか、その辺について貴重なアドバイスをたくさん頂きました。
　戸髙一成さんは、3年前の8月に、NHKスペシャル「日本海軍 400時間の証言：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1907」3回シリーズでも、高く評価されました。この番組の原点になった「海軍反省会」のテープを保管していることでも知られています。「海戦からみた日露戦争」、「海戦からみた日清戦争」、「海戦からみた太平洋戦争」等、著書もたくさんあり、館長ノート（ブログ：http://www.yamato-museum.com/concept/note/index.html）も興味深いです。今回は、初対面でしたが、テレビ・著書で私はあらかじめよく承知していたためか、或いは戸髙さんのお人柄なのか、初めてという気が全くしない、実に自然なやり取りでした。
　以下、お話から幾つか～～～～～～ 
＊　戦争の反省： 敗因は、中枢にいた軍人たちが一番よく分かっている。「海軍反省会」等では、率直な意見が多く出されていたが、聞いた話が本になると、率直な発言が修正されるので、録音テープでの保管とした。なぜ戦争が起きたか、なぜ回避できなかったについて、現場の様子を伝えておかなければならないという認識で、この会は、1980（昭和55）年から1991（平成3）年まで131回開かれた。
＊　なぜか、海軍中枢に居た方々の会合に数多くお誘いを頂き、「反省会」の録音テープの発表に関しては、生前に発表されると本音が言えなくなる危惧もあり、20年を経て公にし、当初の参加者との約束を守った。
＊　「反省会」は記憶の確認、責任の追及等、率直な発言が多かったが、自分たちは最善を尽くしたという言い訳的な発言も背景にはあった。
＊　民間の商船撃沈、病院船攻撃、海に浮かぶ軍人・民間人の銃撃等は、戦争中にはどの海軍でも日常的に起きていた記録がある。「ビハール号事件」の場合は、救出して捕虜にした事態が、難しさを造り出したのだろう。戦争とは理不尽で、不条理。
＊　「特攻」で逝った人を「英雄」と持ち上げるのは、これを命令した人たちの責任を回避するものであり、特攻の陰の部分だ。
＊　海軍は国防の組織、国防は国民を守るための組織のはず、それを「特攻」という国民を殺す作戦を立案し実行し、本来の機能を失った。
＊　日本の国は、国家と国民との間の「権利」、「義務」のバランスが甚だ悪かった。「徴兵」の義務を課する大前提として、国家はその国民のいのちを限りなく守る責任を負わなければならないはず。それが、戦後の「戦争責任」の議論にも強く影響してくる。
＊　組織と責任の取り方については、今の原子力発電所事故のその後の過程でも全く同様に、あいまいな構図を見て取れる。体制的に責任の所在が不明確。軍令部は天皇の参謀として大枠の命令は出すが、現地での戦略は現場の連合艦隊が行う。従って失敗しても責任が不明確になる。軍令部は現場が悪いと思い、現場の連合艦隊は方針そのものが悪かったと思う。だから失敗を次の戦略に活かすことができなかった。
＊　戦後の反省会でも、「組織が悪かった」とは思っていても、その任を担っていた「個人の責任」とは最後まで考えていない所に、「責任を取る」、「責任を取らせる」発想が生まれてこないし、これは日本社会の特徴なのではないか、現代でも同様である。
＊　日露戦争の日本海軍の完全勝利により、「無敵艦隊」との認識が続き、海軍には「負ける」という言葉がなかった。本来は、戦争遂行能力が無くなった時期に、戦いの終結を検討すべきが、誰もその勇気が無かった。最後まで「帝国海軍の面子」のためにだけ戦い続ける愚、「日本国の将来」と言った理念は見い出せない。
＊　軍は、本来は戦争をしないために存在する、抑止力としてあるにもかかわらず戦争を始めた。現実問題として、軍人・司令官の立場で、「戦争開始に反対」、「戦争を終結させる」ことの不可能なことをあらためて感じる。
～～～～～～～～～～～～～～～～以上、お話から
 
　インターネットで、「太平洋戦争」を検索をすると、実にたくさんのサイトが紹介されます。その中には、極端な戦争讃美、お決まりの懐古趣味、反戦一辺倒、個人を罵倒するような乱暴なブログ等、様々です。でも、今を生きる現役の私たちがしなければならないことは、これまでの多くの犠牲を無駄にしない「学び」から、二度と戦争を始めない国を創る議論を続け、実現することなのではないでしょうか、右翼も左翼もありません、人間としての基本として、です。そして、国際社会の中で生きている現在、それは一国では成し遂げることは不可能です、まさに「外交」の出番です。
　たくさんの海軍中枢の方々とお会いして、実際の生の声を聴いてこられた戸髙一成さんは、ほぼ戦後の同時代を生きてきた私の2年歳上です。今回お会いして、「戦争を語り継ぐ」ということ、「戦後生まれの世代の戦争との向き合い方」について、大きなヒントを得ました。先日、終り頃で、「何を知っているということより、史実をもとに自分の頭で考え続けることが大事だと思います」とおっしゃった言葉が、全てなのかもしれませんね。戸髙一成さま、お忙しい中おつき合い頂き、ありがとうございました。
　近いうちに、また検証を始めます、東京で、そして、ロンドンで、ですね！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　広島県呉市の「大和ミュージアム：<a href="http://www.yamato-museum.com/concept/">http://www.yamato-museum.com/concept/</a>」、正式名称は「呉市海事歴史科学館」です。</p>
<p>　2年前にも訪問（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4585">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4585</a>）しましたが、今回は、館長・戸髙一成（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9991">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9991</a>、<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11196">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11196</a>）さんとお会いして意見交換、いくつかアドバイスを頂くのが主たる目的でした。</p>
<div id="attachment_11783" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020537.jpg"><img class="size-medium wp-image-11783" title="p1020537" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020537-500x375.jpg" alt="大和ミュージアムから造船工場を望む" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">大和ミュージアムから造船工場を望む</p></div>
<div id="attachment_11784" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020538.jpg"><img class="size-medium wp-image-11784" title="p1020538" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020538.jpg" alt="玄関前：実物大の大和主砲砲身" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">玄関前：戦艦「陸奥」実物大の主砲身とスクリュ―</p></div>
<div id="attachment_11785" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020539.jpg"><img class="size-medium wp-image-11785" title="p1020539" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020539.jpg" alt="錨と" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">錨ほか</p></div>
<p>　これまで、一連のビハール号事件：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%83%93%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%8F%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%83%93%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%8F%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6</a>」で、自分なりに歴史を検証してきたつもりですが、どうしても「戦犯裁判」の記録で、壁にぶち当たっていました。今後、B・C級戦犯裁判の証言記録を、どう追いかけていくか、その辺について貴重なアドバイスをたくさん頂きました。</p>
<p>　戸髙一成さんは、3年前の8月に、<strong>NHKスペシャル「日本海軍 400時間の証言：</strong><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1907"><strong>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1907</strong></a><strong>」3回シリーズ</strong>でも、高く評価されました。この番組の原点になった「<strong>海軍反省会</strong>」のテープを保管していることでも知られています。「海戦からみた日露戦争」、「海戦からみた日清戦争」、「海戦からみた太平洋戦争」等、著書もたくさんあり、館長ノート（ブログ：<a href="http://www.yamato-museum.com/concept/note/index.html">http://www.yamato-museum.com/concept/note/index.html</a>）も興味深いです。今回は、初対面でしたが、テレビ・著書で私はあらかじめよく承知していたためか、或いは戸髙さんのお人柄なのか、初めてという気が全くしない、実に自然なやり取りでした。</p>
<p>　以下、お話から幾つか～～～～～～ </p>
<p>＊　戦争の反省： 敗因は、中枢にいた軍人たちが一番よく分かっている。「海軍反省会」等では、率直な意見が多く出されていたが、聞いた話が本になると、率直な発言が修正されるので、録音テープでの保管とした。なぜ戦争が起きたか、なぜ回避できなかったについて、現場の様子を伝えておかなければならないという認識で、この会は、1980（昭和55）年から1991（平成3）年まで131回開かれた。</p>
<p>＊　なぜか、海軍中枢に居た方々の会合に数多くお誘いを頂き、「反省会」の録音テープの発表に関しては、生前に発表されると本音が言えなくなる危惧もあり、20年を経て公にし、当初の参加者との約束を守った。</p>
<p>＊　「反省会」は記憶の確認、責任の追及等、率直な発言が多かったが、自分たちは最善を尽くしたという言い訳的な発言も背景にはあった。</p>
<p>＊　民間の商船撃沈、病院船攻撃、海に浮かぶ軍人・民間人の銃撃等は、戦争中にはどの海軍でも日常的に起きていた記録がある。「ビハール号事件」の場合は、救出して捕虜にした事態が、難しさを造り出したのだろう。戦争とは理不尽で、不条理。</p>
<p>＊　「特攻」で逝った人を「英雄」と持ち上げるのは、これを命令した人たちの責任を回避するものであり、特攻の陰の部分だ。</p>
<p>＊　海軍は国防の組織、国防は国民を守るための組織のはず、それを「特攻」という国民を殺す作戦を立案し実行し、本来の機能を失った。</p>
<p>＊　日本の国は、国家と国民との間の「権利」、「義務」のバランスが甚だ悪かった。「徴兵」の義務を課する大前提として、国家はその国民のいのちを限りなく守る責任を負わなければならないはず。それが、戦後の「戦争責任」の議論にも強く影響してくる。</p>
<p>＊　組織と責任の取り方については、今の原子力発電所事故のその後の過程でも全く同様に、あいまいな構図を見て取れる。体制的に責任の所在が不明確。軍令部は天皇の参謀として大枠の命令は出すが、現地での戦略は現場の連合艦隊が行う。従って失敗しても責任が不明確になる。軍令部は現場が悪いと思い、現場の連合艦隊は方針そのものが悪かったと思う。だから失敗を次の戦略に活かすことができなかった。</p>
<p>＊　戦後の反省会でも、「組織が悪かった」とは思っていても、その任を担っていた「個人の責任」とは最後まで考えていない所に、「責任を取る」、「責任を取らせる」発想が生まれてこないし、これは日本社会の特徴なのではないか、現代でも同様である。</p>
<p>＊　日露戦争の日本海軍の完全勝利により、「無敵艦隊」との認識が続き、海軍には「負ける」という言葉がなかった。本来は、戦争遂行能力が無くなった時期に、戦いの終結を検討すべきが、誰もその勇気が無かった。最後まで「帝国海軍の面子」のためにだけ戦い続ける愚、「日本国の将来」と言った理念は見い出せない。</p>
<p>＊　軍は、本来は戦争をしないために存在する、抑止力としてあるにもかかわらず戦争を始めた。現実問題として、軍人・司令官の立場で、「戦争開始に反対」、「戦争を終結させる」ことの不可能なことをあらためて感じる。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～以上、お話から</p>
<p> </p>
<p>　インターネットで、「太平洋戦争」を検索をすると、実にたくさんのサイトが紹介されます。その中には、極端な戦争讃美、お決まりの懐古趣味、反戦一辺倒、個人を罵倒するような乱暴なブログ等、様々です。でも、今を生きる現役の私たちがしなければならないことは、これまでの多くの犠牲を無駄にしない「学び」から、二度と戦争を始めない国を創る議論を続け、実現することなのではないでしょうか、右翼も左翼もありません、人間としての基本として、です。そして、国際社会の中で生きている現在、それは一国では成し遂げることは不可能です、まさに「外交」の出番です。</p>
<p>　たくさんの海軍中枢の方々とお会いして、実際の生の声を聴いてこられた戸髙一成さんは、ほぼ戦後の同時代を生きてきた私の2年歳上です。今回お会いして、「戦争を語り継ぐ」ということ、「戦後生まれの世代の戦争との向き合い方」について、大きなヒントを得ました。先日、終り頃で、「何を知っているということより、史実をもとに自分の頭で考え続けることが大事だと思います」とおっしゃった言葉が、全てなのかもしれませんね。戸髙一成さま、お忙しい中おつき合い頂き、ありがとうございました。</p>
<p>　近いうちに、また検証を始めます、東京で、そして、ロンドンで、ですね！</p>
]]></content:encoded>
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		<title>江田島へ三たび、「旧海軍兵学校」</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11740</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11740#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 13 Feb 2012 23:39:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11740</guid>
		<description><![CDATA[　旧海軍兵学校は、現在は「海上自衛隊第一術科学校：http://www.mod.go.jp/msdf/onemss/」になっています。
　長崎での第一次海軍伝習（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3148）を受けて、日本海軍創設の機運が高まり、まず築地にその人材育成の拠点が設立されました。1888（明治21）年、東京築地にあった海軍兵学校が広島県江田島に移転し、この江田島の地において教育が開始されました。当初生徒は、表桟橋に係留された学習船「東京丸」で起居していましたが、1893（明治26）年に赤レンガの生徒館が完成しました。以後、海軍兵学校は逐次拡充整備され、1945（昭和20）年12月1日に閉校されるまで、57年間にわたり、海軍士官養成の場としての歴史と伝統を築き上げました。
　終戦後は、11年間にわたり、米軍及び英連邦軍等が進駐して施設を使用しましたが、1956（昭和31）年1月、海上自衛隊がこれらを引き継ぎ、横須賀から術科学校が移転、1957（昭和32）年5月には「海上自衛隊幹部候補生学校」が独立開校し、翌年4月には、「海上自衛隊第１術科学校」が発足しました。
　インターネットで検索すると、たくさんの方が動画・写真等で紹介していますので、画像はそちらに譲ります。私はこれまで、父に絡んで何回か兵学校について書きました。今回の訪問で3回目、これまでと違う立場での見学に、新たな気づきもあり、三たび、身の引き締まる思いでした。
http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1907
http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3177
http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5921
 
　今回はその後、レンタル自転車を借りて、江田島湾の向こう側の「軍艦利根資料館：http://homepage3.nifty.com/ki43/heiki9/tone/tone.html」にも足をのばしました、途中には、同じく攻撃を受けた「大淀」犠牲者の碑もありました。先日は、海岸沿いの強い寒風と峠の山坂でかなりきつい行程でしたが、昨年12月の兵学校76期の方々の「大淀」、「利根」のお話を伺い（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11026）、今回訪問できてよかったです。
　重巡「利根」は、1944（昭和19）年10月のレイテ沖作戦の後に日本へ帰艦、その後呉に回航され、1945（昭和20）年2月に海軍兵学校練習艦となりました。1945（昭和20）年3月19日の米空母艦載機による空襲により小破、その後、この能美へ移動したものの、7月24日および28日の空襲により大破し、着底しました。この攻撃により、128名の乗員と17名の島民が亡くなったそうです。その頃、「利根」通信長だった私の父・野田宏は、兵学校の分隊監事として江田島に居り、広島への原爆投下を、この江田島で体験しました。
　6年前に父が亡くなった後、書棚を整理していましたら、当時使っていた教科書が数冊見つかりました。
　
　日本は、人材育成にかける情熱を持ちながら、日清・日露戦争を経て、戦略なき戦争遂行の陰で、国を担う尊い人材を多く失いました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　<strong>旧海軍兵学校</strong>は、現在は「<strong>海上自衛隊第一術科学校：</strong><a href="http://www.mod.go.jp/msdf/onemss/"><strong>http://www.mod.go.jp/msdf/onemss/</strong></a>」になっています。</p>
<p>　長崎での第一次海軍伝習（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3148">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3148</a>）を受けて、日本海軍創設の機運が高まり、まず築地にその人材育成の拠点が設立されました。1888（明治21）年、東京築地にあった海軍兵学校が広島県江田島に移転し、この江田島の地において教育が開始されました。当初生徒は、表桟橋に係留された学習船「東京丸」で起居していましたが、1893（明治26）年に赤レンガの生徒館が完成しました。以後、海軍兵学校は逐次拡充整備され、1945（昭和20）年12月1日に閉校されるまで、57年間にわたり、海軍士官養成の場としての歴史と伝統を築き上げました。</p>
<p>　終戦後は、11年間にわたり、米軍及び英連邦軍等が進駐して施設を使用しましたが、1956（昭和31）年1月、海上自衛隊がこれらを引き継ぎ、横須賀から術科学校が移転、1957（昭和32）年5月には「海上自衛隊幹部候補生学校」が独立開校し、翌年4月には、「海上自衛隊第１術科学校」が発足しました。</p>
<div id="attachment_11748" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020518.jpg"><img class="size-medium wp-image-11748" title="p1020518" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020518-500x375.jpg" alt="旧海軍兵学校校舎" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">旧海軍兵学校・生徒館</p></div>
<div id="attachment_11749" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020523.jpg"><img class="size-medium wp-image-11749" title="p1020523" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020523-500x375.jpg" alt="教育参考館" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">教育参考館</p></div>
<p>　インターネットで検索すると、たくさんの方が動画・写真等で紹介していますので、画像はそちらに譲ります。私はこれまで、父に絡んで何回か兵学校について書きました。今回の訪問で3回目、これまでと違う立場での見学に、新たな気づきもあり、三たび、身の引き締まる思いでした。</p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1907">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1907</a></p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3177">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3177</a></p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5921">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5921</a></p>
<p> </p>
<p>　今回はその後、レンタル自転車を借りて、江田島湾の向こう側の「<strong>軍艦利根資料館：</strong><a href="http://homepage3.nifty.com/ki43/heiki9/tone/tone.html"><strong>http://homepage3.nifty.com/ki43/heiki9/tone/tone.html</strong></a>」にも足をのばしました、途中には、同じく攻撃を受けた「大淀」犠牲者の碑もありました。先日は、海岸沿いの強い寒風と峠の山坂でかなりきつい行程でしたが、昨年12月の兵学校76期の方々の「大淀」、「利根」のお話を伺い（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11026">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11026</a>）、今回訪問できてよかったです。</p>
<div id="attachment_11750" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020533.jpg"><img class="size-medium wp-image-11750" title="p1020533" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020533-500x375.jpg" alt="少し離れた「軍艦利根資料館」" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">少し離れた「軍艦利根資料館」</p></div>
<p>　重巡「利根」は、1944（昭和19）年10月のレイテ沖作戦の後に日本へ帰艦、その後呉に回航され、1945（昭和20）年2月に海軍兵学校練習艦となりました。1945（昭和20）年3月19日の米空母艦載機による空襲により小破、その後、この能美へ移動したものの、7月24日および28日の空襲により大破し、着底しました。この攻撃により、128名の乗員と17名の島民が亡くなったそうです。その頃、「利根」通信長だった私の父・野田宏は、兵学校の分隊監事として江田島に居り、広島への原爆投下を、この江田島で体験しました。</p>
<p>　6年前に父が亡くなった後、書棚を整理していましたら、当時使っていた教科書が数冊見つかりました。</p>
<div id="attachment_11813" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020540.jpg"><img class="size-medium wp-image-11813" title="p1020540" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020540-500x375.jpg" alt="左は「英語書簡文」（昭和16年8月）、右は「航海術五の巻：気象学」（昭和8年2月）の教科書" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">左は「英語書簡文」（昭和16年8月）、右は「航海術巻の五：気象学」（昭和8年2月）の教科書</p></div>
<p>　</p>
<p>　日本は、人材育成にかける情熱を持ちながら、日清・日露戦争を経て、戦略なき戦争遂行の陰で、国を担う尊い人材を多く失いました。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>岡寺、飛鳥寺＆橿原神宮</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11728</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11728#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 11 Feb 2012 22:54:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11728</guid>
		<description><![CDATA[　今年は辰年、「龍蓋寺：http://www4.kcn.ne.jp/~balance/」の名の奈良県飛鳥地方「岡寺」を訪問しました。私は今年61歳で「大厄年」、この最古の厄払いのお寺については、以前から寺島実郎さんも一押しで、いつか機会があればと思っていましたが、今回、やっと足を運ぶことができました。「岡寺」には実際、龍に蓋をしたといわれる「龍蓋池」も本堂の前にひっそりと。雪が降る寒風の中、レンタル自転車で約３時間走り回り、岡寺に向かう急な坂では自転車を押して登り、帰りは逆に急過ぎて乗るのが危険で、また自転車を支えて途中まで降りました。何のために自転車を岡寺入口まで持っていったのか、後から思えば我ながらよく分からなかってのですが、心地良い疲れではありました。
　
　「岡寺」から5分程度でしたか、「飛鳥寺：http://www.asuka-tobira.com/asukakyo/asukadera.htm」、ここは596年に蘇我馬子が発願して創建された日本最古のお寺です。「飛鳥寺」の大仏の前でしばし立つと、左右の顔の表情が違うことに気がつき、空間まるごと歴史を刻んでいて、まるで別の時間が悠々と流れていて落ち着きましたね。この飛鳥地方全体については、「飛鳥資料館：http://www.nabunken.go.jp/asuka/」で一目瞭然、大変立派な資料展示でした。
 
　実は、飛鳥地方探索の前日夕方は、ひと気のない「橿原神宮：http://www.naranet.co.jp/kashiharajingu/」を歩きました。「パワースポット」と言われて、インターネット検索すると多様な紹介がされていますが、ひとそれぞれの感じ方が大切でしょうね。


　畝傍山の南東麓、約50万平方メートルもの広大な土地に建てられた檜皮葺き（ひわだぶき：檜の樹皮の屋根）で素木（しらき）造りの本殿と神楽殿、玉砂利の参道、背景の深い森の緑と穏やかな稜線のコラボは、時の流れを包み込み、壮大な物語を感じさせます。初代天皇であると伝えられる神武（じんむ）天皇が、橿原宮で天下を治めたという「日本書紀」の記述に基づき、1890（明治23）年に建てられました。祭神は神武天皇とその皇后・媛蹈鞴五十鈴媛（ひめたたらいすずひめ）で、本殿（重要文化財）は京都御所の賢所（かしこどころ）を移築したものです。 
 
　昨年は「秋山財団創設25周年」を記念してルーツをたどる活動で忙しく、今回は日本国のルーツを確認し、貴重な時間を過ごしました。「場のもつ説得力」、ここでもまた「歴史」を感じ取りました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　今年は辰年<strong>、「龍蓋寺：</strong><a href="http://www4.kcn.ne.jp/~balance/"><strong>http://www4.kcn.ne.jp/~balance/</strong></a><strong>」</strong>の名の奈良県飛鳥地方「<strong>岡寺</strong>」を訪問しました。私は今年61歳で「大厄年」、この最古の厄払いのお寺については、以前から寺島実郎さんも一押しで、いつか機会があればと思っていましたが、今回、やっと足を運ぶことができました。「岡寺」には実際、龍に蓋をしたといわれる「龍蓋池」も本堂の前にひっそりと。雪が降る寒風の中、レンタル自転車で約３時間走り回り、岡寺に向かう急な坂では自転車を押して登り、帰りは逆に急過ぎて乗るのが危険で、また自転車を支えて途中まで降りました。何のために自転車を岡寺入口まで持っていったのか、後から思えば我ながらよく分からなかってのですが、心地良い疲れではありました。</p>
<div id="attachment_11732" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020483.jpg"><img class="size-medium wp-image-11732" title="p1020483" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020483-500x375.jpg" alt="岡寺本堂" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">岡寺本堂ほか</p></div>
<div id="attachment_11729" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020479.jpg"><img class="size-medium wp-image-11729" title="p1020479" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020479-500x375.jpg" alt="岡寺、本来は「龍蓋寺」、龍に蓋をした池" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">岡寺、本来は「龍蓋寺」、龍に蓋をした池</p></div>
<p>　</p>
<p>　「岡寺」から5分程度でしたか、「<strong>飛鳥寺：</strong><a href="http://www.asuka-tobira.com/asukakyo/asukadera.htm"><strong>http://www.asuka-tobira.com/asukakyo/asukadera.htm</strong></a>」、ここは596年に蘇我馬子が発願して創建された日本最古のお寺です。「飛鳥寺」の大仏の前でしばし立つと、左右の顔の表情が違うことに気がつき、空間まるごと歴史を刻んでいて、まるで別の時間が悠々と流れていて落ち着きましたね。この飛鳥地方全体については、「飛鳥資料館：<a href="http://www.nabunken.go.jp/asuka/">http://www.nabunken.go.jp/asuka/</a>」で一目瞭然、大変立派な資料展示でした。</p>
<div id="attachment_11731" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020488.jpg"><img class="size-medium wp-image-11731" title="p1020488" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020488-375x500.jpg" alt="日本最古の大仏" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">日本最古の大仏</p></div>
<p> </p>
<p>　実は、飛鳥地方探索の前日夕方は、ひと気のない「<strong>橿原神宮：</strong><a href="http://www.naranet.co.jp/kashiharajingu/"><strong>http://www.naranet.co.jp/kashiharajingu/</strong></a>」を歩きました。「パワースポット」と言われて、インターネット検索すると多様な紹介がされていますが、ひとそれぞれの感じ方が大切でしょうね。</p>
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<div id="attachment_11776" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p10204681.jpg"><img class="size-medium wp-image-11776" title="p10204681" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p10204681-500x375.jpg" alt="橿原神宮：本殿を望む" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">橿原神宮：本殿を望む</p></div>
</div>
<p>　畝傍山の南東麓、約50万平方メートルもの広大な土地に建てられた檜皮葺き（ひわだぶき：檜の樹皮の屋根）で素木（しらき）造りの本殿と神楽殿、玉砂利の参道、背景の深い森の緑と穏やかな稜線のコラボは、時の流れを包み込み、壮大な物語を感じさせます。初代天皇であると伝えられる神武（じんむ）天皇が、橿原宮で天下を治めたという「日本書紀」の記述に基づき、1890（明治23）年に建てられました。祭神は神武天皇とその皇后・媛蹈鞴五十鈴媛（ひめたたらいすずひめ）で、本殿（重要文化財）は京都御所の賢所（かしこどころ）を移築したものです。 </p>
<p> </p>
<p>　昨年は「秋山財団創設25周年」を記念してルーツをたどる活動で忙しく、今回は日本国のルーツを確認し、貴重な時間を過ごしました。「場のもつ説得力」、ここでもまた「歴史」を感じ取りました。</p>
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		<item>
		<title>「JT生命誌研究館」を訪れて</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11712</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11712#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 09 Feb 2012 22:01:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11712</guid>
		<description><![CDATA[　大阪・高槻市にある「JT生命誌研究館：http://www.brh.co.jp/」では、「生きること」、「ゲノムとDNAと時間軸」、「何だかへんなところ」、「いのちのつながり」等、展示の一つ一つのフレーズが、実に心地よく響きます、豊富な素晴らしいメッセージです！（以下の写真はこのブログに使用との限定で承認して頂きました）
　ここの館長・中村桂子（http://www.brh.co.jp/youkoso/aisatsu/）先生に、今年秋予定、秋山財団講演会での演者の依頼をして参りました。大変お忙しい中、北海道までお越し頂くのは大変困難なのは承知していたのですが、何とか無理をお願いして実現しそうです、本当に有り難いことです。中村桂子先生は、3年前の札医大・リレー講座（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1690）でも素晴らしいお話でしたし、つい最近のNHK教育テレビ「いのちの時間」等にも出演されています。
　この生命誌研究館では、「いのち」のつながりを「見える化」して展示し、易しい表現ながらも妥協することなく、ゲノムDNA等についてかなり高度な内容まで説明しています。「多様性」、「いのちがつなぐ歴史の創造」、「いのちを育む場としての地球」、本当に一つ一つが心に沁み入ります。
　まさにライフサイエンス研究の究極のアウトリーチ活動ですね、最初に「いのち」を学ぶ子どもたちが、こういった場と出会うとことが、最高の価値だと思います。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　大阪・高槻市にある「<strong>JT生命誌研究館：</strong><a href="http://www.brh.co.jp/"><strong>http://www.brh.co.jp/</strong></a>」では、「生きること」、「ゲノムとDNAと時間軸」、「何だかへんなところ」、「いのちのつながり」等、展示の一つ一つのフレーズが、実に心地よく響きます、豊富な素晴らしいメッセージです！（以下の写真はこのブログに使用との限定で承認して頂きました）</p>
<div id="attachment_11719" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020452.jpg"><img class="size-medium wp-image-11719" title="p1020452" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020452-500x375.jpg" alt="生命誌" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">生命誌「生きる」ということ</p></div>
<div id="attachment_11724" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p10204651.jpg"><img class="size-medium wp-image-11724" title="p10204651" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p10204651-500x375.jpg" alt="館内２階から" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">館内２階から</p></div>
<div id="attachment_11726" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p10204661.jpg"><img class="size-medium wp-image-11726" title="p10204661" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p10204661-500x375.jpg" alt="いのちの連鎖" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">いのちの連鎖</p></div>
<p>　ここの館長・中村桂子（<a href="http://www.brh.co.jp/youkoso/aisatsu/">http://www.brh.co.jp/youkoso/aisatsu/</a>）先生に、今年秋予定、秋山財団講演会での演者の依頼をして参りました。大変お忙しい中、北海道までお越し頂くのは大変困難なのは承知していたのですが、何とか無理をお願いして実現しそうです、本当に有り難いことです。中村桂子先生は、3年前の札医大・リレー講座（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1690">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1690</a>）でも素晴らしいお話でしたし、つい最近のNHK教育テレビ「いのちの時間」等にも出演されています。</p>
<p>　この生命誌研究館では、「いのち」のつながりを「見える化」して展示し、易しい表現ながらも妥協することなく、ゲノムDNA等についてかなり高度な内容まで説明しています。「多様性」、「いのちがつなぐ歴史の創造」、「いのちを育む場としての地球」、本当に一つ一つが心に沁み入ります。</p>
<p>　まさにライフサイエンス研究の究極のアウトリーチ活動ですね、最初に「いのち」を学ぶ子どもたちが、こういった場と出会うとことが、最高の価値だと思います。</p>
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		<title>日本人は何を考えてきたのか？</title>
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		<pubDate>Tue, 07 Feb 2012 21:10:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　NHK教育テレビ「日本人は何を考えてきたのか：http://www.nhk.or.jp/nihonjin/about/index.html」、NHKのHPには：～～～～～～未曾有の震災、原発事故、そして混迷する政治・経済…いま、私たちは文明史の転換に立たされています。日本はどこへゆくのか。時代の座標軸を求めて、思想や哲学を求める声が高まっています。日本が近代文明を目指して開国してから１５０年。この間、人々は時代と向き合い、何を考えてきたのでしょうか。思想の巨人たちの苦闘の中に、今を読み解く手がかりはないのか。このシリーズは国際的な新しい視点で２年がかりで日本人の近代の思索の営みを描いていきます。～～～～～とあります。
　第4回「非戦と平等を求めて～堺利彦と幸徳秋水：http://www.nhk.or.jp/nihonjin/schedule/0129.html」は、見応えがありました。歴史学者・クリスチーヌ・レヴィ（フランス・ボルドー第三大学教授：http://peces.blog27.fc2.com/blog-entry-455.html）さん、山泉進（明治大学教授：http://www.meiji.ac.jp/hogaku/teacher/yamaizumi.htm）さんのコメント、特にレヴィ教授のお話は実に興味深かったです。国家と国民、自立した存在としての国民、国家権力とその責任の取り方、取らせ方等、3・11以降の今、まさに問い直されるべき日本社会だと思います。
＜参考サイト＞
＊　「堺利彦顕彰会：http://www12.ocn.ne.jp/~sayaka/turuta_hayama_sakai/sakai.html」
＊　「幸徳秋水を顕彰する会：http://www.shuusui.com/」
　2年前に高知県四万十市を訪れた時、四万十中村で幸徳秋水のお墓をお参りしました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3916）。冤罪（えんざい）のまさに始まり、日清・日露戦争を経た当時の時代背景をあらためて認識しました、「歴史に学ぶ」とは言え、歴史の検証というのも奥深いですね。記録の壁を穿ち、厚い扉をこじ開けて真実を究明する、そんな飽くなき姿勢が必須です。
　今後、7月「大正編：http://www.nhk.or.jp/nihonjin/schedule/index.html」も楽しみです。～～～～～～～～～～～～
第５回　東と西をつなぐ　～内村鑑三・新渡戸稲造～
第６回　大正デモクラシーと中国・朝鮮　～吉野作造・石橋湛山～
第７回　貧困に取り組む　～河上肇と経済学者たち～
第８回　常民の日本を探る　～柳田民俗学とその継承者～ 
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　NHK教育テレビ「<strong>日本人は何を考えてきたのか：</strong><a href="http://www.nhk.or.jp/nihonjin/about/index.html"><strong>http://www.nhk.or.jp/nihonjin/about/index.html</strong></a>」、NHKのHPには：～～～～～～未曾有の震災、原発事故、そして混迷する政治・経済…いま、私たちは文明史の転換に立たされています。日本はどこへゆくのか。時代の座標軸を求めて、思想や哲学を求める声が高まっています。日本が近代文明を目指して開国してから１５０年。この間、人々は時代と向き合い、何を考えてきたのでしょうか。思想の巨人たちの苦闘の中に、今を読み解く手がかりはないのか。このシリーズは国際的な新しい視点で２年がかりで日本人の近代の思索の営みを描いていきます。～～～～～とあります。</p>
<p>　第4回「<strong>非戦と平等を求めて～堺利彦と幸徳秋水：</strong><a href="http://www.nhk.or.jp/nihonjin/schedule/0129.html"><strong>http://www.nhk.or.jp/nihonjin/schedule/0129.html</strong></a>」は、見応えがありました。歴史学者・クリスチーヌ・レヴィ（フランス・ボルドー第三大学教授：<a href="http://peces.blog27.fc2.com/blog-entry-455.html">http://peces.blog27.fc2.com/blog-entry-455.html</a>）さん、山泉進（明治大学教授：<a href="http://www.meiji.ac.jp/hogaku/teacher/yamaizumi.htm">http://www.meiji.ac.jp/hogaku/teacher/yamaizumi.htm</a>）さんのコメント、特にレヴィ教授のお話は実に興味深かったです。国家と国民、自立した存在としての国民、国家権力とその責任の取り方、取らせ方等、3・11以降の今、まさに問い直されるべき日本社会だと思います。</p>
<p>＜参考サイト＞</p>
<p>＊　「堺利彦顕彰会：<a href="http://www12.ocn.ne.jp/~sayaka/turuta_hayama_sakai/sakai.html">http://www12.ocn.ne.jp/~sayaka/turuta_hayama_sakai/sakai.html</a>」</p>
<p>＊　「幸徳秋水を顕彰する会：<a href="http://www.shuusui.com/">http://www.shuusui.com/</a>」</p>
<p>　2年前に高知県四万十市を訪れた時、四万十中村で幸徳秋水のお墓をお参りしました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3916">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3916</a>）。冤罪（えんざい）のまさに始まり、日清・日露戦争を経た当時の時代背景をあらためて認識しました、「歴史に学ぶ」とは言え、歴史の検証というのも奥深いですね。記録の壁を穿ち、厚い扉をこじ開けて真実を究明する、そんな飽くなき姿勢が必須です。</p>
<p>　今後、7月「大正編：<a href="http://www.nhk.or.jp/nihonjin/schedule/index.html">http://www.nhk.or.jp/nihonjin/schedule/index.html</a>」も楽しみです。～～～～～～～～～～～～</p>
<p>第５回　東と西をつなぐ　～内村鑑三・新渡戸稲造～</p>
<p>第６回　大正デモクラシーと中国・朝鮮　～吉野作造・石橋湛山～</p>
<p>第７回　貧困に取り組む　～河上肇と経済学者たち～</p>
<dt>第８回　常民の日本を探る　～柳田民俗学とその継承者～ </dt>
<dt>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</dt>
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		<title>ウルトラジャンボ！隣の若い連中</title>
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		<pubDate>Sun, 05 Feb 2012 01:21:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11671</guid>
		<description><![CDATA[　札幌市営地下鉄「大通駅」の南1条西5丁目出口に向かう途中、 「やきそば屋大通店：http://gourmet.walkerplus.com/144461030638/」のディスプレイがあります。ほぼ毎日その通路を歩いていて、これは目に入っていました。お店にはいつも混んでいる時間を外して行っていたので気がつかなかったのですが、先日は丁度昼時、店内はほぼ満席で、私の両隣りにも次々と若いビジネスマンがやってきました。
　自分の注文は「並」でしたが、お店の方は「10円増しで大盛りになりますけれども？」。私は最近とても食べられないので、「いや、並で結構です」と答えました。その後、相次いで着席した若いビジネスマン、右隣は「スーパージャンボ！」、左は「ミラクル！」と言うではありませんか。私は変わった商品があるのだなと思っていたら、何とそれがあのディスプレイにあった焼きそばの「量」だったのです。いつも「並」しか頼まない自分は、この店は大盛りの「並」だと思い込んでいたのですが、やがて両隣に運ばれたそれぞれのお皿を見てびっくり！あのディスプレイにあったそのままの量ががお皿に山盛りになっているではありませんか。若い連中はそこにお気に入りのトッピングソースを何種類かそれぞれ自分なりにかけて食べ始めました。
　この店はもう25年以上経っているとか、開店当時は250g、375g、500gの3段階だったメニューも、今では650～3000gも加わり9段階、ちなみに「スーパージャンボ」は2.5玉、「ミラクル」は3玉分だそうですよ。「ミラクル」の上にまだ2段階大盛のメニューがあります。用意する店も店でびっくりですが、それを注文して食べきる若い連中にも驚きでした、尊敬します！
　私にとって、「食べ放題」という言葉を初めて聞いたのは1960年代だったでしょうか。札幌市内南大通3丁目だったかと思いますが、「味のセンター」というビルが開店オープン、寿司・そば・和食・中華・洋食等、いろいろあっての食べ放題メニューが新鮮でした。それと今は大盛況のお好み焼き・焼きそばの「風月：http://www.fugetsu-sapporo.co.jp/」、札幌の南16条の第一号店で、焼きそばを3人前（？）を食べるとタダになるとか何とか、高校時代に教室で話題になっていたのを思い出しました。
　「焼きそば」と大盛りの想い出が、先日、急に蘇りました、フェイスブック（FB)でも食べ物の記事が多くアップされていますね。「生きる」ことは「食べる」ことなのでしょう！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　札幌市営地下鉄「大通駅」の南1条西5丁目出口に向かう途中、 「やきそば屋大通店：<a href="http://gourmet.walkerplus.com/144461030638/">http://gourmet.walkerplus.com/144461030638/</a>」のディスプレイがあります。ほぼ毎日その通路を歩いていて、これは目に入っていました。お店にはいつも混んでいる時間を外して行っていたので気がつかなかったのですが、先日は丁度昼時、店内はほぼ満席で、私の両隣りにも次々と若いビジネスマンがやってきました。</p>
<div id="attachment_11692" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020448.jpg"><img class="size-medium wp-image-11692" title="p1020448" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020448-375x500.jpg" alt="地下鉄「大通駅」通路のディスプレイ" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">地下鉄「大通駅」通路のディスプレイ</p></div>
<p>　自分の注文は「並」でしたが、お店の方は「10円増しで大盛りになりますけれども？」。私は最近とても食べられないので、「いや、並で結構です」と答えました。その後、相次いで着席した若いビジネスマン、右隣は「スーパージャンボ！」、左は「ミラクル！」と言うではありませんか。私は変わった商品があるのだなと思っていたら、何とそれがあのディスプレイにあった焼きそばの「量」だったのです。いつも「並」しか頼まない自分は、この店は大盛りの「並」だと思い込んでいたのですが、やがて両隣に運ばれたそれぞれのお皿を見てびっくり！あのディスプレイにあったそのままの量ががお皿に山盛りになっているではありませんか。若い連中はそこにお気に入りのトッピングソースを何種類かそれぞれ自分なりにかけて食べ始めました。</p>
<div id="attachment_11693" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020449.jpg"><img class="size-medium wp-image-11693" title="p1020449" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020449-375x500.jpg" alt="一番上（皿だけ）が「並」、順に「大盛」、「ジャンボ」・・・" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">一番上（皿だけ映っている）が「並」、順に「大盛」、「ジャンボ」・・・</p></div>
<div id="attachment_11694" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020451.jpg"><img class="size-medium wp-image-11694" title="p1020451" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020451-375x500.jpg" alt="更に増えていく・・・・" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">更に増えていく・・・・</p></div>
<p>　この店はもう25年以上経っているとか、開店当時は250g、375g、500gの3段階だったメニューも、今では650～3000gも加わり9段階、ちなみに「スーパージャンボ」は2.5玉、「ミラクル」は3玉分だそうですよ。「ミラクル」の上にまだ2段階大盛のメニューがあります。用意する店も店でびっくりですが、それを注文して食べきる若い連中にも驚きでした、尊敬します！</p>
<p>　私にとって、「食べ放題」という言葉を初めて聞いたのは1960年代だったでしょうか。札幌市内南大通3丁目だったかと思いますが、「味のセンター」というビルが開店オープン、寿司・そば・和食・中華・洋食等、いろいろあっての食べ放題メニューが新鮮でした。それと今は大盛況のお好み焼き・焼きそばの「風月：<a href="http://www.fugetsu-sapporo.co.jp/">http://www.fugetsu-sapporo.co.jp/</a>」、札幌の南16条の第一号店で、焼きそばを3人前（？）を食べるとタダになるとか何とか、高校時代に教室で話題になっていたのを思い出しました。</p>
<p>　「焼きそば」と大盛りの想い出が、先日、急に蘇りました、フェイスブック（FB)でも食べ物の記事が多くアップされていますね。「生きる」ことは「食べる」ことなのでしょう！</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>札幌演劇シーズン、2012冬 （1）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11645</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11645#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 03 Feb 2012 01:49:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11645</guid>
		<description><![CDATA[　「札幌演劇シーズン、2012冬：http://s-e-season.com/season/2012/winter/」が始まりました。今年の冬は以下の二つの劇団の公演でこの企画はスタートです。前半・後半、まだまだ続きます！
＊　劇団イナダ組（http://www.inadagumi.net/）の「このくらいのLangit：http://s-e-season.com/season/2012/winter/inadagumi/」
＊　劇団TPS（http://www.h-paf.ne.jp/）の「亀、もしくは・・・・：http://s-e-season.com/season/2012/winter/tps/」
　先日は劇団イナダ組を見てきました、ウイークディの夜、雪にもかかわらず、会場のコンカリーニョ（http://www.concarino.or.jp/about/）180席は満員でした。
 　HPによると、「劇団イナダ組が、10周年記念として2002年に上演したこの作品、舞台は東京の高架下、廃品回収業の亜細亜エンターテインメント。そこで生まれ育った兄妹『ビン』と『カン』を始め、その日暮らしの人々が暮らしている。ある日、ミズノと名乗る男が借金のカタに売られて来たところから物語は始まる。テレビ局の取材でミズノの提案でカンが描いた絵が紹介され、以来、カンの絵が高値で売れるようになり状況は一変。絵を描くことを強要される日々の中、フィリピン人のエミーが語る南の“楽園”に魅了されていくカン。カンが自分から離れていくことに焦るビン。それぞれの求める“楽園”とは・・・・」。
　2時間を越える大作でした、「お金」、「夢の楽園」、「愛」、「真実とは違う造られたストーリー」等、息つく暇もなくたたみ掛けるような展開に少しの疲労感、しかし、後半への移行から最終まで、熱演が続き大変面白かったです。タガログ語の「タンジット：空」に夢を抱きながら、まだまだ進化しそうな今回の芝居、再来週にまた観に行こうと思います。
　公演終了後の企画として、ステージ見学・役者との交流がアナウンスされていました（http://www.concarino.or.jp/2012/01/syuuengocafe/）。役者はどんな目線で芝居をしているか、直後の舞台に上がってのガイド、役者から視る客席はどんな具合か、そして、終演直後の役者との交流等、斬新なアイディアは大変な人気のようです。熱演直後のお疲れの所、役者の皆さまにも感謝したいです。
　舞台と客席の関係性から一歩踏み込んだ、新しい交流によって生まれる演劇の魅力を感じて頂ければ嬉しいですね、観客に若い方々が多かったのも楽しみです！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「<strong>札幌演劇シーズン、2012冬：</strong><a href="http://s-e-season.com/season/2012/winter/"><strong>http://s-e-season.com/season/2012/winter/</strong></a>」が始まりました。今年の冬は以下の二つの劇団の公演でこの企画はスタートです。前半・後半、まだまだ続きます！</p>
<p>＊　<strong>劇団イナダ組（</strong><a href="http://www.inadagumi.net/"><strong>http://www.inadagumi.</strong>net/</a>）<strong>の「このくらいのLangit：</strong><a href="http://s-e-season.com/season/2012/winter/inadagumi/"><strong>http://s-e-season.com/season/2012/winter/inadagumi/</strong></a><strong>」</strong></p>
<p>＊　<strong>劇団TPS（</strong><a href="http://www.h-paf.ne.jp/"><strong>http://www.h-paf.ne.jp/</strong></a><strong>）の「亀、もしくは・・・・：</strong><a href="http://s-e-season.com/season/2012/winter/tps/"><strong>http://s-e-season.com/season/2012/winter/tps/</strong></a><strong>」</strong></p>
<p>　先日は劇団イナダ組を見てきました、ウイークディの夜、雪にもかかわらず、会場のコンカリーニョ（<a href="http://www.concarino.or.jp/about/">http://www.concarino.or.jp/about/</a>）180席は満員でした。</p>
<div id="attachment_11654" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020442.jpg"><img class="size-medium wp-image-11654" title="p1020442" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/02/p1020442-500x375.jpg" alt="雪の中、開演前に続々と入場するお客さんたち" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">雪の中、開演前に続々と入場するお客さんたち</p></div>
<p> 　HPによると、「劇団イナダ組が、10周年記念として2002年に上演したこの作品、舞台は東京の高架下、廃品回収業の亜細亜エンターテインメント。そこで生まれ育った兄妹『ビン』と『カン』を始め、その日暮らしの人々が暮らしている。ある日、ミズノと名乗る男が借金のカタに売られて来たところから物語は始まる。テレビ局の取材でミズノの提案でカンが描いた絵が紹介され、以来、カンの絵が高値で売れるようになり状況は一変。絵を描くことを強要される日々の中、フィリピン人のエミーが語る南の“楽園”に魅了されていくカン。カンが自分から離れていくことに焦るビン。それぞれの求める“楽園”とは・・・・」。</p>
<p>　2時間を越える大作でした、「お金」、「夢の楽園」、「愛」、「真実とは違う造られたストーリー」等、息つく暇もなくたたみ掛けるような展開に少しの疲労感、しかし、後半への移行から最終まで、熱演が続き大変面白かったです。タガログ語の「タンジット：空」に夢を抱きながら、まだまだ進化しそうな今回の芝居、再来週にまた観に行こうと思います。</p>
<p>　公演終了後の企画として、ステージ見学・役者との交流がアナウンスされていました（<a href="http://www.concarino.or.jp/2012/01/syuuengocafe/">http://www.concarino.or.jp/2012/01/syuuengocafe/</a>）。役者はどんな目線で芝居をしているか、直後の舞台に上がってのガイド、役者から視る客席はどんな具合か、そして、終演直後の役者との交流等、斬新なアイディアは大変な人気のようです。熱演直後のお疲れの所、役者の皆さまにも感謝したいです。</p>
<p>　舞台と客席の関係性から一歩踏み込んだ、新しい交流によって生まれる演劇の魅力を感じて頂ければ嬉しいですね、観客に若い方々が多かったのも楽しみです！</p>
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		<item>
		<title>山本義隆、変わらぬ深い洞察！</title>
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		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11550#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 01 Feb 2012 11:54:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11550</guid>
		<description><![CDATA[　昨年の3・11以降、出会った最も印象的な書物に、山本義隆著「福島の原発事故をめぐって　いくつか学び考えたこと：http://www.msz.co.jp/news/topics/07644.html」があります。わずか100ページ程ですが、ご存知の方は忘れられない名・山本義隆（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8821）、この変革期に変わらぬ深い洞察です。
　その中から幾つかのフレーズ～～～～～～～～～
＊　20世紀に大きな問題になった公害の多くは、なんらかの有用物質の生産過程に付随して生じる有害物質を、無知からか、あるいは知っての上での怠慢からか、それとも故意の犯行として、海中や大気中に放出することで発生した。ひとたび環境に放出された有害物質を回収するのは事実上不可能であるが、技術の向上と十分な配慮により廃液や排気を濾過し、そのような有害物質を工場外に出さないようにすることは不可能ではなく、またこうして発生源で回収されたそれらの有害物質を技術的に無害化することも、あるいはそのような技術が生み出されるまで保管しておくことも、多くの場合可能である。・・・・いずれにせよ有害物質を完全に回収し無害化し得る技術が伴ってはじめて、その技術は完成されたことになる。
＊　無害化不可能な有毒物質を、稼働に伴って生み出し続ける原子力発電は、未熟な技術と言わざるを得ない。
＊　定期検査では、放射能を有する気体も大気中に放出されている。このように原発は、それ自体が放射能と熱の二大汚染源である。その影響がすぐに明らかにならないからと言って、このまま原発を稼働し続け、何世代も後にどのような影響がもたらされるかを人体実験するわけにはいかない。つまることろ原子力発電は、日常的に地球環境を汚染し、危険で扱いの厄介な廃棄物を生み出し続け、その影響を受益者の世代から見て何世代、いや何十世代も先の人類に、負の遺産として押しつけているのである。
＊　税金を用いた多額の交付金によって地方議会を切り崩し、地方自治体を財政的に原発に反対できない状態に追いやり、優遇されている電力会社は、他の企業では考えられないような潤沢な宣伝費用を投入することで大マスコミを抱き込み、頻繁に生じている小規模な事故や不具合の発覚を隠ぺいして安全宣伝を繰り返し、寄附講座という形でのボス教授の支配の続く大学研究室をまるごと買収し、こうして、地元マスコミや学界から批判者を排除し、翼賛体制を作り上げていったやり方は、「原発ファシズム」という様相を呈している。
＊　経験主義的に始まった「水力」や「風力」、あるいは「火力」といった自然動力の使用と異なり、「原子力」と通称されている核力のエネルギーの技術的使用、すなわち核爆弾と原子炉は、純粋に物理学理論のみに基づいて生み出された。
＊　今回東北地方を襲った大津波に対して、最も効果的な対抗手段が、ともかく高所に逃げろという先人の教えであったことは教訓的である。私たちは古来、人類が有していた自然に対する畏れの感覚を、もう一度取り戻すべきであろう。
＊　こうなった以上は、世界がフクシマの教訓を共有するべく、事故の経過と責任を包み隠さず明らかにし、その上で、率先して脱原発社会、脱原爆社会を宣言し、そのモデルを世界に示すべきであろう。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～以上　引用おわり
　日本を代表する卓越した物理学研究者・山本義隆の見識でした。
　実を言うと、私の家の書棚には、8年前に第30回大佛次郎賞を受賞した彼の著書「磁力と重力の発見1・2・3：http://www.msz.co.jp/book/detail/08031.html」が置いてあるのです。三冊をすぐに買ったのですが、最初の100ページを読んで挫折して、そのまま今日に至っていました。今回の彼の原発事故への深い考察を目の当たりにして、再度「磁場と重力の発見」に挑戦しようと意欲が湧いてきました。
　山本義隆氏の変わらぬ見識に感動し、力を得ました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　昨年の3・11以降、出会った最も印象的な書物に、<strong>山本義隆著「福島の原発事故をめぐって　いくつか学び考えたこと：</strong><a href="http://www.msz.co.jp/news/topics/07644.html"><strong>http://www.msz.co.jp/news/topics/07644.html</strong></a><strong>」</strong>があります。わずか100ページ程ですが、ご存知の方は忘れられない名・<strong>山本義隆</strong>（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8821">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8821</a>）、この変革期に変わらぬ深い洞察です。</p>
<p>　その中から幾つかのフレーズ～～～～～～～～～</p>
<p>＊　20世紀に大きな問題になった公害の多くは、なんらかの有用物質の生産過程に付随して生じる有害物質を、無知からか、あるいは知っての上での怠慢からか、それとも故意の犯行として、海中や大気中に放出することで発生した。ひとたび環境に放出された有害物質を回収するのは事実上不可能であるが、技術の向上と十分な配慮により廃液や排気を濾過し、そのような有害物質を工場外に出さないようにすることは不可能ではなく、またこうして発生源で回収されたそれらの有害物質を技術的に無害化することも、あるいはそのような技術が生み出されるまで保管しておくことも、多くの場合可能である。・・・・いずれにせよ有害物質を完全に回収し無害化し得る技術が伴ってはじめて、その技術は完成されたことになる。</p>
<p>＊　無害化不可能な有毒物質を、稼働に伴って生み出し続ける原子力発電は、未熟な技術と言わざるを得ない。</p>
<p>＊　定期検査では、放射能を有する気体も大気中に放出されている。このように原発は、それ自体が放射能と熱の二大汚染源である。その影響がすぐに明らかにならないからと言って、このまま原発を稼働し続け、何世代も後にどのような影響がもたらされるかを人体実験するわけにはいかない。つまることろ原子力発電は、日常的に地球環境を汚染し、危険で扱いの厄介な廃棄物を生み出し続け、その影響を受益者の世代から見て何世代、いや何十世代も先の人類に、負の遺産として押しつけているのである。</p>
<p>＊　税金を用いた多額の交付金によって地方議会を切り崩し、地方自治体を財政的に原発に反対できない状態に追いやり、優遇されている電力会社は、他の企業では考えられないような潤沢な宣伝費用を投入することで大マスコミを抱き込み、頻繁に生じている小規模な事故や不具合の発覚を隠ぺいして安全宣伝を繰り返し、寄附講座という形でのボス教授の支配の続く大学研究室をまるごと買収し、こうして、地元マスコミや学界から批判者を排除し、翼賛体制を作り上げていったやり方は、<strong>「原発ファシズム」</strong>という様相を呈している。</p>
<p>＊　経験主義的に始まった「水力」や「風力」、あるいは「火力」といった自然動力の使用と異なり、「原子力」と通称されている核力のエネルギーの技術的使用、すなわち核爆弾と原子炉は、純粋に物理学理論のみに基づいて生み出された。</p>
<p>＊　今回東北地方を襲った大津波に対して、最も効果的な対抗手段が、ともかく高所に逃げろという先人の教えであったことは教訓的である。私たちは古来、人類が有していた自然に対する畏れの感覚を、もう一度取り戻すべきであろう。</p>
<p>＊　こうなった以上は、世界がフクシマの教訓を共有するべく、事故の経過と責任を包み隠さず明らかにし、その上で、率先して脱原発社会、脱原爆社会を宣言し、そのモデルを世界に示すべきであろう。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～以上　引用おわり</p>
<p>　日本を代表する卓越した物理学研究者・山本義隆の見識でした。</p>
<p>　実を言うと、私の家の書棚には、8年前に第30回大佛次郎賞を受賞した彼の著書「磁力と重力の発見1・2・3：<a href="http://www.msz.co.jp/book/detail/08031.html">http://www.msz.co.jp/book/detail/08031.html</a>」が置いてあるのです。三冊をすぐに買ったのですが、最初の100ページを読んで挫折して、そのまま今日に至っていました。今回の彼の原発事故への深い考察を目の当たりにして、再度「磁場と重力の発見」に挑戦しようと意欲が湧いてきました。</p>
<p>　山本義隆氏の変わらぬ見識に感動し、力を得ました。</p>
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		<title>2015年・2025年の医療と介護</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11538</link>
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		<pubDate>Sun, 29 Jan 2012 06:33:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11538</guid>
		<description><![CDATA[　医療経済研究機構（https://www.ihep.jp/）が主催する今年7年目の「新春特別講座」、数年前までは毎年参加していました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=424）が、今年も興味深かったですね。
　今年のテーマは、「2015・2025年の医療と介護―在るべき姿とそこへ至るための課題―」。「高齢社会」と言われて久しい日本ですが、何だかんだと時間が過ぎていくと、2040年を境にして、突然この傾向にもブレーキがかかるそうです。制度改革論議も、時間を掛けてじっくりやればよいというものでもなく、今考えるは2015年に向けての改革、それ以降は、医療も、介護も、その連携も、かなり柔軟な変更ができる構図が重要とのこと、言い換えるならば、改革論議・実践にはスピードが必要なのでしょう。
 
　北海道の医療の先駆的実践者と言えば、北海道室蘭市にお住まいの西村昭男先生が頭に浮かびます。私も医薬品卸の経営に身を置いていた時、経営戦略、将来の医療への視座に関して多くのことを学ばせて頂きましたが、年明けに室蘭市の素晴らしい景観のご自宅を訪問して、久しぶりにゆっくりお話を伺って参りました。
　2010年7月末で社会医療法人社団カレスサッポロ（本部札幌：http://www.caress-sapporo.jp/）の理事長を退任し、大城辰美理事(スクウェア・ワン社長）にその職を譲られました。現在「アグリ工房イタンキ：http://d.hatena.ne.jp/n43dkht/20101021/1287651641」という株式会社を立ち上げ、室蘭の自宅近くで野菜生産工場を今年3月に稼動させる予定です。これまでの資料を整理しながら、20年前に自分が提起した様々な指摘・プランが、今もなおそのまま通用するように今の医療は旧態依然であることを、嘆いていました。医療とのかかわりは患者としてだけと笑われていましたが、間違いなく辛口の患者（？）でしょうね。
 　病院経営について、数十年間、数々の改革・先駆的実践をされた西村昭男先生は、「今後はアグリ事業に力を注ぎ、共に生命を扱う使命が共通しているので、経験を活かした研究開発ができれば嬉しい」と、お元気な姿でお話になっていました。農業を通じて命に寄り添い、北海道の限りない価値を高めていかれる姿勢を語っていました。昨年は日本の豪華客船「飛鳥」のクルージングで、2月のニュージーランドの地震に遭遇し、3月に帰国した直後には、羽田空港で3・11の大震災にも巻き込まれたそうです。
　ますます意欲旺盛な西村先生のご活躍を、心から祈念しております。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　医療経済研究機構（<a href="https://www.ihep.jp/">https://www.ihep.jp/</a>）が主催する今年7年目の「新春特別講座」、数年前までは毎年参加していました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=424">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=424</a>）が、今年も興味深かったですね。</p>
<p>　今年のテーマは、「<strong>2015・2025年の医療と介護―在るべき姿とそこへ至るための課題</strong>―」。「高齢社会」と言われて久しい日本ですが、何だかんだと時間が過ぎていくと、2040年を境にして、突然この傾向にもブレーキがかかるそうです。制度改革論議も、時間を掛けてじっくりやればよいというものでもなく、今考えるは2015年に向けての改革、それ以降は、医療も、介護も、その連携も、かなり柔軟な変更ができる構図が重要とのこと、言い換えるならば、改革論議・実践にはスピードが必要なのでしょう。</p>
<p> </p>
<p>　北海道の医療の先駆的実践者と言えば、北海道室蘭市にお住まいの西村昭男先生が頭に浮かびます。私も医薬品卸の経営に身を置いていた時、経営戦略、将来の医療への視座に関して多くのことを学ばせて頂きましたが、年明けに室蘭市の素晴らしい景観のご自宅を訪問して、久しぶりにゆっくりお話を伺って参りました。</p>
<p>　2010年7月末で社会医療法人社団カレスサッポロ（本部札幌：<a href="http://www.caress-sapporo.jp/">http://www.caress-sapporo.jp/</a>）の理事長を退任し、大城辰美理事(スクウェア・ワン社長）にその職を譲られました。現在「アグリ工房イタンキ：<a href="http://d.hatena.ne.jp/n43dkht/20101021/1287651641">http://d.hatena.ne.jp/n43dkht/20101021/1287651641</a>」という株式会社を立ち上げ、室蘭の自宅近くで野菜生産工場を今年3月に稼動させる予定です。これまでの資料を整理しながら、20年前に自分が提起した様々な指摘・プランが、今もなおそのまま通用するように今の医療は旧態依然であることを、嘆いていました。医療とのかかわりは患者としてだけと笑われていましたが、間違いなく辛口の患者（？）でしょうね。</p>
<div id="attachment_11543" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020403.jpg"><img class="size-medium wp-image-11543" title="p1020403" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020403-500x375.jpg" alt="遠くに冬の樽前山" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">札幌・室蘭のJR車窓から、遠くに冬の樽前山を望む</p></div>
<p> 　病院経営について、数十年間、数々の改革・先駆的実践をされた西村昭男先生は、「今後はアグリ事業に力を注ぎ、共に生命を扱う使命が共通しているので、経験を活かした研究開発ができれば嬉しい」と、お元気な姿でお話になっていました。農業を通じて命に寄り添い、北海道の限りない価値を高めていかれる姿勢を語っていました。昨年は日本の豪華客船「飛鳥」のクルージングで、2月のニュージーランドの地震に遭遇し、3月に帰国した直後には、羽田空港で3・11の大震災にも巻き込まれたそうです。</p>
<div id="attachment_11545" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020402.jpg"><img class="size-medium wp-image-11545" title="p1020402" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020402.jpg" alt="お元気な西村先生ご夫妻" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">お元気な西村先生ご夫妻</p></div>
<p>　ますます意欲旺盛な西村先生のご活躍を、心から祈念しております。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>ダルビッシュ、君ならできる！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11581</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11581#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 25 Jan 2012 18:52:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11581</guid>
		<description><![CDATA[　何とも爽やかな、誇り高き若者、ダルビッシュ・有（http://ameblo.jp/darvish-yu-blog/）！
　そして、ここまで彼をきっちり育てた北海道日本ハムファイターズ（http://www.fighters.co.jp/）の経営陣・選手たちに、心から敬意と感謝です。24日、札幌ドームで記者会見がありました（http://www.fighters.co.jp/news/detail/2501.html）、1万人を越えるファンの前で、途中、記者のつたない質問にも優しい眼差しで応える姿勢で、実に堂々と、気負いも無く自然で、立派でした！
　これまで彼については何回も書きました。
＊　WBCでの活躍（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=760）、この後決勝では締めくくりで再度投げて、優勝のマウンドに立っていました。
＊　http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1813
＊　http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2528
 
　彼のブログでは、こう語っています。～～～～～～～
　昨日会見で話したメジャーに行く理由ですが、日本のプロ野球が物足りなくなったのではなく、戦えなくなったのだと言うことです。モチベーションを保つために一試合の中で自分なりに制限をかけたりもしてましたが、やっぱり全部の力を出したいと思うのがアスリート！自分の仕事や勝負を全うしたいと思ったのでメジャーに行く事にしました。
　メジャーではどうなるかはわかりません。ただ自分の出来る事をこなしていればいい結果になると思います。これからも野球をはじめ、トレーニング、栄養の事をちゃんと勉強して、さらに上へ行きたいと思います。
　個人的に鶴さんへ：７年間首を振り続け、後輩らしからぬ態度を取ってすみません。しかしちゃんと感謝していますよ！鶴さんがいなかったら自分はいなかったと思っています。鶴さんが選手会長は不安ですが、いい方向に行くことを願ってます。
　ファンの皆様へ：７年間ありがとうございました！常に応援してもらい幸せでした。これからもファイターズをよろしくお願いします！あとレンジャーズも！(笑) それと一つだけ。あなた達が選手を愛すようにファイターズの選手もあなた達を愛しています。あなた達が想像する何十倍もです。どんなことがあっても支えてあげてください。打てなくても、抑えられなくても、いつもの温かい言葉と拍手を送ってあげてください。またオフに北海道に行きます。最高の思い出をありがとうございました！！
ダルビッシュ 有　～～～～～～～～～～～～～～～～～
 
　「求道者」と言うのでしょうか、道を究めようと理想に向けて突き進む姿は美しく、感動します。記者会見でスタンドを埋めた、或いはテレビの前の多くのファンは満足したと思いますね。とにかく、彼の言葉には力があったし、「本当に勝負したい」、まさにプロフェッショナルの真髄でした。
　ダルビッシュ・有、君なら間違いなくメジャーリーグでも勝ち続ける、これまでのたくさんの感動をありがとう、是非、頑張ってね、応援し続けます！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　何とも爽やかな、誇り高き若者、ダルビッシュ・有（<a href="http://ameblo.jp/darvish-yu-blog/">http://ameblo.jp/darvish-yu-blog/</a>）！</p>
<p>　そして、ここまで彼をきっちり育てた北海道日本ハムファイターズ（<a href="http://www.fighters.co.jp/">http://www.fighters.co.jp/</a>）の経営陣・選手たちに、心から敬意と感謝です。24日、札幌ドームで記者会見がありました（<a href="http://www.fighters.co.jp/news/detail/2501.html">http://www.fighters.co.jp/news/detail/2501.html</a>）、1万人を越えるファンの前で、途中、記者のつたない質問にも優しい眼差しで応える姿勢で、実に堂々と、気負いも無く自然で、立派でした！</p>
<div id="attachment_11590" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020431.jpg"><img class="size-medium wp-image-11590" title="p1020431" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020431-500x375.jpg" alt="堂々たる若武者、ダルビッシュ・有" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">堂々たる若武者、ダルビッシュ・有</p></div>
<p>　これまで彼については何回も書きました。</p>
<p>＊　WBCでの活躍（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=760">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=760</a>）、この後決勝では締めくくりで再度投げて、優勝のマウンドに立っていました。</p>
<p>＊　<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1813">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1813</a></p>
<p>＊　<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2528">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2528</a></p>
<p> </p>
<p>　彼のブログでは、こう語っています。～～～～～～～</p>
<p>　昨日会見で話したメジャーに行く理由ですが、日本のプロ野球が物足りなくなったのではなく、戦えなくなったのだと言うことです。モチベーションを保つために一試合の中で自分なりに制限をかけたりもしてましたが、やっぱり全部の力を出したいと思うのがアスリート！自分の仕事や勝負を全うしたいと思ったのでメジャーに行く事にしました。<br />
　メジャーではどうなるかはわかりません。ただ自分の出来る事をこなしていればいい結果になると思います。これからも野球をはじめ、トレーニング、栄養の事をちゃんと勉強して、さらに上へ行きたいと思います。</p>
<p>　個人的に鶴さんへ：７年間首を振り続け、後輩らしからぬ態度を取ってすみません。しかしちゃんと感謝していますよ！鶴さんがいなかったら自分はいなかったと思っています。鶴さんが選手会長は不安ですが、いい方向に行くことを願ってます。</p>
<p>　ファンの皆様へ：７年間ありがとうございました！常に応援してもらい幸せでした。これからもファイターズをよろしくお願いします！あとレンジャーズも！(笑) それと一つだけ。あなた達が選手を愛すようにファイターズの選手もあなた達を愛しています。あなた達が想像する何十倍もです。どんなことがあっても支えてあげてください。打てなくても、抑えられなくても、いつもの温かい言葉と拍手を送ってあげてください。またオフに北海道に行きます。最高の思い出をありがとうございました！！<br />
ダルビッシュ 有　～～～～～～～～～～～～～～～～～</p>
<p> </p>
<p>　「求道者」と言うのでしょうか、道を究めようと理想に向けて突き進む姿は美しく、感動します。記者会見でスタンドを埋めた、或いはテレビの前の多くのファンは満足したと思いますね。とにかく、彼の言葉には力があったし、「本当に勝負したい」、まさにプロフェッショナルの真髄でした。</p>
<p>　ダルビッシュ・有、君なら間違いなくメジャーリーグでも勝ち続ける、これまでのたくさんの感動をありがとう、是非、頑張ってね、応援し続けます！</p>
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		</item>
		<item>
		<title>祝・芥川賞受賞、円城塔さん！＜改訂版＞</title>
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		<pubDate>Tue, 24 Jan 2012 01:14:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11566</guid>
		<description><![CDATA[　私の高校（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10719、http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4447）の22年後輩、円城塔さんが、今年の芥川賞を受賞されました！言い換えると、私は彼の「先輩」です（？？）
　第146回芥川賞・直木賞（日本文学振興会主催）の選考会が17日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれ、芥川賞に円城塔さん（39）の「道化師の蝶（ちょう）」（群像７月号）と田中慎弥さん（39）の「共喰（ぐ）い」（すばる１０月号）、直木賞には葉室麟さん（60）の「蜩（ひぐらし）ノ記」（祥伝社）が選ばれました。副賞は各１００万円で、授賞式は２月中旬に東京都内で開かれるようです。新聞・テレビで、円城塔さんが札幌出身とは知りましたが、もう一人の田中慎弥さんのユニークさの報道が多くて、数人の方から同窓だと教えてもらい、初めて知りました。何と言っても肝心の作品「道化師の蝶」を読んでいないのですから、話になりませんね、「文学」は私にとって遠いなと、あらためて感じました。
　受賞発表後のやり取りは、こちらに：http://www9.nhk.or.jp/kabun-blog/800/106745.html
　円城さんは現在は大阪市在住で、東北大学理学部を卒業して東大大学院博士課程修了、理学部での専攻は物理学です。報道によると「受賞作は５章構成。各章ごとに違う『わたし』の視点で語られる。『着想を捕まえる虫取り網』を軸に、時も場所も登場人物も変化しズレていく小説。円城さんは『小説は色々あるので（私の作品も）広めていいと判断して頂けた。ただ、分からないという人がいるのは力不足。精進します』とあり、少々難しそうな小説ですね。
　さらに、選考委員を今回で退任する黒井千次さんが、「道化師の蝶」は「不思議でファンタスティックな面白さを追いかけることができる。今までの小説と違う新しさと面白さが注目された」と評したそうです。
　とにかく、すぐに読んでみます、そして、まずは、芥川賞受賞おめでとうございます！、ですね。
　後輩と言えばあと二人、是非紹介したい方がいます。一人は、防衛省の重責を担う立場に近く就く方で、岩崎茂航空幕僚長の統合幕僚長への就任に伴い、私の高校2年後輩の片岡晴彦・空将が後任の航空幕僚長に就任予定です、頑張ってもらいたいですね。
　もう一人は今月メディアでも話題になりました、将棋の米長邦雄・永世棋聖を破った将棋ソフト「ボンクラーズ」の開発者、伊藤英紀さんです、彼は一回り（12年）後輩です。彼の挑戦はまだ始まったばかり、竜王、名人に勝てるソフト開発が目標とのことです。
　素晴らしき後輩たちです。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　私の高校（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10719">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10719</a>、<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4447">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4447</a>）の22年後輩、円城塔さんが、今年の芥川賞を受賞されました！言い換えると、私は彼の「先輩」です（？？）</p>
<p>　第146回芥川賞・直木賞（日本文学振興会主催）の選考会が17日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれ、芥川賞に円城塔さん（39）の「道化師の蝶（ちょう）」（群像７月号）と田中慎弥さん（39）の「共喰（ぐ）い」（すばる１０月号）、直木賞には葉室麟さん（60）の「蜩（ひぐらし）ノ記」（祥伝社）が選ばれました。副賞は各１００万円で、授賞式は２月中旬に東京都内で開かれるようです。新聞・テレビで、円城塔さんが札幌出身とは知りましたが、もう一人の田中慎弥さんのユニークさの報道が多くて、数人の方から同窓だと教えてもらい、初めて知りました。何と言っても肝心の作品「道化師の蝶」を読んでいないのですから、話になりませんね、「文学」は私にとって遠いなと、あらためて感じました。</p>
<p>　受賞発表後のやり取りは、こちらに：<a href="http://www9.nhk.or.jp/kabun-blog/800/106745.html">http://www9.nhk.or.jp/kabun-blog/800/106745.html</a></p>
<p>　円城さんは現在は大阪市在住で、東北大学理学部を卒業して東大大学院博士課程修了、理学部での専攻は物理学です。報道によると「受賞作は５章構成。各章ごとに違う『わたし』の視点で語られる。『着想を捕まえる虫取り網』を軸に、時も場所も登場人物も変化しズレていく小説。円城さんは『小説は色々あるので（私の作品も）広めていいと判断して頂けた。ただ、分からないという人がいるのは力不足。精進します』とあり、少々難しそうな小説ですね。</p>
<p>　さらに、選考委員を今回で退任する黒井千次さんが、「道化師の蝶」は「不思議でファンタスティックな面白さを追いかけることができる。今までの小説と違う新しさと面白さが注目された」と評したそうです。</p>
<p>　とにかく、すぐに読んでみます、そして、まずは、芥川賞受賞おめでとうございます！、ですね。</p>
<p>　後輩と言えばあと二人、是非紹介したい方がいます。一人は、防衛省の重責を担う立場に近く就く方で、岩崎茂航空幕僚長の統合幕僚長への就任に伴い、私の高校2年後輩の片岡晴彦・空将が後任の航空幕僚長に就任予定です、頑張ってもらいたいですね。</p>
<p>　もう一人は今月メディアでも話題になりました、将棋の米長邦雄・永世棋聖を破った将棋ソフト「ボンクラーズ」の開発者、伊藤英紀さんです、彼は一回り（12年）後輩です。彼の挑戦はまだ始まったばかり、竜王、名人に勝てるソフト開発が目標とのことです。</p>
<p>　素晴らしき後輩たちです。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>「寺島文庫リレー塾2011」、終了</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11533</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11533#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 23 Jan 2012 00:32:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11533</guid>
		<description><![CDATA[　寺島文庫（http://www.terashima-bunko.jp/about.html）主催の第2回リレー塾（http://www.terashima-bunko.com/bunko-project/relay.html）計6回が、先日、終了しました、毎回200名を越える参加者で大盛況でした。
　数年前に、札幌医科大学でもリレー塾が開催されました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7141）が、今回の東京でのシリーズは、「日本創生への視座」と題して、現在の日本・世界の課題に対して思索を続ける論客ばかり、日頃テレビ等のメディアでは聞かれない突っ込んだ言及で興味深かったですね。私にとっては、寺島実郎さんは勿論ですが、西部邁（http://www.hatugenshajuku.net/）さんの「危機における『実存的保守』の構え」が印象的でした。もう20年近く前になりますか、「発言者塾」を札幌で開催して、私も続けて参加していました。昨年11月は一層分かりやすいお話でした、その一部から～～～～～～～
＊　3・11で被災した85歳のおばあさん3人の言葉：「こんなこと、あの戦争に比べれば何のことはありません」、「娘・孫、みな死んだ、こんなことならいっそ死んだ方がよかった」、「生き残った一本の梅の若木、残り5・6年、これを育てることが私の人生の役割です」
＊　生きるための「よすが」、「基準」みたいなもの、それが「実存の姿」
＊　死へ向かって人間はどう生きるか、廃墟の中から浮かび上がる「基準」は実にシンプル
＊　1930年代、ヨーロッパは危機の中で徹底的に考え抜いて、「実存哲学」は生まれた
＊　「tradition」は、「伝統」と訳されてきているが、本来は「trade：トゥレディーノ」で「運ぶ」という意味、意訳して「運ばれ来たれしもの」となる――習慣の中にある平衡感覚を保とうとする概念：「保守」～綱を渡る時の「バランシングバー（棒）」
＊　昨今の議論では、左翼はこの「伝統」を「拘束衣」と思いこみ、右翼は「岩盤」と誤解している、山の尾根を歩く、或いは綱を渡るがごとき緊張感に満ちた歴史から生まれた概念である
＊　近代主義：「自由」・「平等」の二分割
＊　18世紀・近代保守思想の祖：エドモンド・バーク
＊　「維新」の本来の意味：孔子の「天命――変わらぬもの」、「維」は、「房」の意で、糸が縦横にしっかりしている状態
＊　「revolution：革命」の「革」は、皮を剥ぐから派生して「変える」の意、「命」は「天命」で変わらぬものの意、すなわち、「革命の本来的意味は、「不変なものを守るために今のものを変える」である～～現在は、この「変わらぬもの」の議論が無いではないか！
＊　「危機管理」という言葉は、言語矛盾！
＊　IT革命は「将来を確率的に予測する」（？）：条件が変わらないことを大前提として、言い換えれば、昨日・今日の変化を将来としてしまう「近視眼的」な発想。欲望・技術・制度等、そんなことはあり得ない
＊　「モノづくり」には、必ず長期的イメージがあるはず
＊　「テクネー」は「生きる知恵」の意、そこから派生したテクノロジー（技術）の言葉、戦後日本は「テクノマニアック：技術狂」、昨今の原子力議論は、技術に話を落とし込んでおいて最後は井戸端会議かよ！
＊　人間が「生きる」ことは、「時代」を生きること、時間軸の中でイメージを組み立てることが大切である。定かでないものを、「変化」、「変化」と礼賛すべきでない、これが「実存のエッセンス」
＊　日本の伝統に立脚した「歴史的有機体――組織」が乗り越えられようとしている、すなわち、歴史の破壊である
＊　日本的集団経営方法を如何に活かすかを考えるべき時
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～講演概略　おわり
 
　最終回に寺島実郎さんがおっしゃっていましたが、この20年間、社会科学的アプローチから指摘していた二つの視点、1）マネーゲーム批判、2）イラク戦争は間違った戦争については、今も変わっていないと。そして、昨今の日本の論評について、今必要なのは、政策科学的な「あるべき姿」を語り続ける「現状の変革者」ではないのかと、淡々と締めくくられました。
　私自身、今、テレビ・書籍で巷にあふれる表層感覚の教養主義、「時代の解説をして見せる人」ではなく、時代の課題に真摯に向き合い、提言を続ける人に、たまらない魅力を感じます。同時に、自分の頭で考え続けることを続けたいです、同じ時間・空間でお話を聴く価値、あらためて意義深いですね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　寺島文庫（<a href="http://www.terashima-bunko.jp/about.html">http://www.terashima-bunko.jp/about.html</a>）主催の第2回リレー塾（<a href="http://www.terashima-bunko.com/bunko-project/relay.html">http://www.terashima-bunko.com/bunko-project/relay.html</a>）計6回が、先日、終了しました、毎回200名を越える参加者で大盛況でした。</p>
<div id="attachment_11541" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020411.jpg"><img class="size-medium wp-image-11541" title="p1020411" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020411-375x500.jpg" alt="10数人いらっしゃいました" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">1期・2期の皆勤賞は、10数人いらっしゃいました</p></div>
<p>　数年前に、札幌医科大学でもリレー塾が開催されました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7141">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7141</a>）が、今回の東京でのシリーズは、「日本創生への視座」と題して、現在の日本・世界の課題に対して思索を続ける論客ばかり、日頃テレビ等のメディアでは聞かれない突っ込んだ言及で興味深かったですね。私にとっては、寺島実郎さんは勿論ですが、<strong>西部邁（<a href="http://www.hatugenshajuku.net/">http://www.hatugenshajuku.net/</a></strong><strong>）さんの「危機における『実存的保守』の構え」</strong>が印象的でした。もう20年近く前になりますか、「発言者塾」を札幌で開催して、私も続けて参加していました。昨年11月は一層分かりやすいお話でした、その一部から～～～～～～～</p>
<p>＊　3・11で被災した85歳のおばあさん3人の言葉：「こんなこと、あの戦争に比べれば何のことはありません」、「娘・孫、みな死んだ、こんなことならいっそ死んだ方がよかった」、「生き残った一本の梅の若木、残り5・6年、これを育てることが私の人生の役割です」</p>
<p>＊　生きるための「よすが」、「基準」みたいなもの、それが「実存の姿」</p>
<p>＊　死へ向かって人間はどう生きるか、廃墟の中から浮かび上がる「基準」は実にシンプル</p>
<p>＊　1930年代、ヨーロッパは危機の中で徹底的に考え抜いて、「実存哲学」は生まれた</p>
<p>＊　「tradition」は、「伝統」と訳されてきているが、本来は「trade：トゥレディーノ」で「運ぶ」という意味、意訳して「運ばれ来たれしもの」となる――習慣の中にある平衡感覚を保とうとする概念：「保守」～綱を渡る時の「バランシングバー（棒）」</p>
<p>＊　昨今の議論では、左翼はこの「伝統」を「<strong>拘束衣</strong>」と思いこみ、右翼は「<strong>岩盤</strong>」と誤解している、山の尾根を歩く、或いは綱を渡るがごとき緊張感に満ちた歴史から生まれた概念である</p>
<p>＊　近代主義：「自由」・「平等」の二分割</p>
<p>＊　18世紀・近代保守思想の祖：エドモンド・バーク</p>
<p>＊　「維新」の本来の意味：孔子の「天命――変わらぬもの」、「維」は、「房」の意で、糸が縦横にしっかりしている状態</p>
<p>＊　「revolution：革命」の「革」は、皮を剥ぐから派生して「変える」の意、「命」は「天命」で変わらぬものの意、すなわち、「革命の本来的意味は、「不変なものを守るために今のものを変える」である～～<strong>現在は、この「変わらぬもの」の議論が無いではないか！</strong></p>
<p>＊　「危機管理」という言葉は、言語矛盾！</p>
<p>＊　IT革命は「将来を確率的に予測する」（？）：条件が変わらないことを大前提として、言い換えれば、昨日・今日の変化を将来としてしまう「近視眼的」な発想。欲望・技術・制度等、そんなことはあり得ない</p>
<p>＊　「モノづくり」には、必ず長期的イメージがあるはず</p>
<p>＊　「テクネー」は「生きる知恵」の意、そこから派生したテクノロジー（技術）の言葉、戦後日本は「テクノマニアック：技術狂」、昨今の原子力議論は、技術に話を落とし込んでおいて最後は井戸端会議かよ！</p>
<p>＊　人間が「生きる」ことは、「時代」を生きること、時間軸の中でイメージを組み立てることが大切である。定かでないものを、「変化」、「変化」と礼賛すべきでない、これが「<strong>実存のエッセンス</strong>」</p>
<p>＊　日本の伝統に立脚した「歴史的有機体――組織」が乗り越えられようとしている、すなわち、歴史の破壊である</p>
<p>＊　日本的集団経営方法を如何に活かすかを考えるべき時</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～講演概略　おわり</p>
<p> </p>
<p>　最終回に寺島実郎さんがおっしゃっていましたが、この20年間、社会科学的アプローチから指摘していた二つの視点、1）マネーゲーム批判、2）イラク戦争は間違った戦争については、今も変わっていないと。そして、昨今の日本の論評について、今必要なのは、政策科学的な「あるべき姿」を語り続ける「現状の変革者」ではないのかと、淡々と締めくくられました。</p>
<p>　私自身、今、テレビ・書籍で巷にあふれる表層感覚の教養主義、「時代の解説をして見せる人」ではなく、時代の課題に真摯に向き合い、提言を続ける人に、たまらない魅力を感じます。同時に、自分の頭で考え続けることを続けたいです、同じ時間・空間でお話を聴く価値、あらためて意義深いですね。</p>
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		<title>誇りです、澤選手、佐々木監督</title>
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		<pubDate>Fri, 20 Jan 2012 05:11:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　「FIFA女子年間世界最優秀選手賞」に澤穂希選手、「女子年間最優秀監督賞」に佐々木則夫監督、「フェアプレー賞」に日本サッカー協会（http://www.jfa.or.jp/）が、それぞれ選ばれ、スイス・チューリッヒで授賞式が華やかに行われました（http://www.jfa.or.jp/jfa/topics/2012/6.html）、アジア初の三部門、爽やかな受賞でした！
 　「世界」と名のつく褒賞で、堂々と和服姿で登場の澤選手、日の丸を付けていなくても、一目で「日本」をアピールする映像を見て、しばらく忘れていた国際社会の中の日本の存在感でした。昨年末、NHK・BSで、「なでしこジャパン」のワールドカップの試合をフルで見ていましたが、一戦一戦、成長・進化するチームの姿を再確認しましたね、特に、予選リーグのイングランド戦で敗れて、ヨーロッパ・アメリカとの戦い方を学んだ感じです。昨年夏の感動（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9370）を思い出すと共に、年明け一番の元気の出るニュースでした。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「FIFA女子年間世界最優秀選手賞」に澤穂希選手、「女子年間最優秀監督賞」に佐々木則夫監督、「フェアプレー賞」に日本サッカー協会（<a href="http://www.jfa.or.jp/">http://www.jfa.or.jp/</a>）が、それぞれ選ばれ、スイス・チューリッヒで授賞式が華やかに行われました（<a href="http://www.jfa.or.jp/jfa/topics/2012/6.html">http://www.jfa.or.jp/jfa/topics/2012/6.html</a>）、アジア初の三部門、爽やかな受賞でした！</p>
<div id="attachment_11510" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020396.jpg"><img class="size-medium wp-image-11510" title="p1020396" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020396-500x375.jpg" alt="メッシと握手する澤穂希選手" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">メッシと握手する澤穂希選手</p></div>
<p> 　「世界」と名のつく褒賞で、堂々と和服姿で登場の澤選手、日の丸を付けていなくても、一目で「日本」をアピールする映像を見て、しばらく忘れていた国際社会の中の日本の存在感でした。昨年末、NHK・BSで、「なでしこジャパン」のワールドカップの試合をフルで見ていましたが、一戦一戦、成長・進化するチームの姿を再確認しましたね、特に、予選リーグのイングランド戦で敗れて、ヨーロッパ・アメリカとの戦い方を学んだ感じです。昨年夏の感動（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9370">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9370</a>）を思い出すと共に、年明け一番の元気の出るニュースでした。</p>
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		<item>
		<title>失くした手帳、戻ってきました！</title>
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		<pubDate>Wed, 18 Jan 2012 21:20:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11502</guid>
		<description><![CDATA[　昨年師走の中頃、東京出張した際に、私は大切にしていた手帳をどこかで失くしました。それには、これまで数十年の連絡先電話番号、各種のID・パスワード、札幌市営交通の残額7000円位のウイズユーカード、東京都地下鉄路線図、アメリカ・マサチューセッツ州ボストン市の地下鉄路線図、NTTカードも一緒でした。
　これまで出張中に自分の持ち物を落としたことはありませんでしたが、失くしてみると大変な喪失感で、年末・年始、仕事の合間に出張行程を思い出しながら、問い合わせをしていきました。財布を取り出した時に一緒に落としたか置き忘れたか、ANA、新千歳空港ビル、羽田空港ビル、JR北海道、札幌市交通局、京浜急行、フォーラムのあった寺島文庫ビル、面談した品川のカフェ、etc。現実的にはカバンから他の物と一緒に出て落ちるというのはあり得なく、用事で取り出して、そのまま置き忘れた可能性が高いことに気がつき、最終的に、年明けの先日、JRバス関東館山支店から千葉県館山市警察署に保管されていることが分かりました。12月19日夜、東京駅からアクアライン経由館山行きのバス内で、座席上に置き忘れたようです。
　まあ、思い出そうとしても記憶がない、何とも情けない一ヵ月でしたが、全て手元に戻ってきて、「めでたし、めでたし」です。それにしても、日本の現場力のレベルは実に優秀ですね。どの窓口でも1分も待つことなく、「Yes」、「No」の返事があり、受け答えも実に丁寧でした。
　そう言えば昨年は、札幌ススキノでお店に名刺入れを忘れて、一緒だった方に預かって頂いたり、今回の手帳の紛失、たまたまともに手元に戻ってきたものの、集中力の欠如は如何ともし難いですね。今年は年明けから、反省しきりです、ある方は「縁起が良い！」と言ってはくれますが・・・・・。
　Facebookでは、たくさんの方々から「お祝い？」のお言葉を頂き、恥ずかしいやら何やらで、複雑な気持です。皆さま、この様なことでご心配を頂き、心から感謝致します！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　昨年師走の中頃、東京出張した際に、私は大切にしていた手帳をどこかで失くしました。それには、これまで数十年の連絡先電話番号、各種のID・パスワード、札幌市営交通の残額7000円位のウイズユーカード、東京都地下鉄路線図、アメリカ・マサチューセッツ州ボストン市の地下鉄路線図、NTTカードも一緒でした。</p>
<div id="attachment_11507" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020397.jpg"><img class="size-medium wp-image-11507" title="p1020397" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020397-500x375.jpg" alt="そのまま全部、戻りました" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">そのまま全部、戻りました</p></div>
<p>　これまで出張中に自分の持ち物を落としたことはありませんでしたが、失くしてみると大変な喪失感で、年末・年始、仕事の合間に出張行程を思い出しながら、問い合わせをしていきました。財布を取り出した時に一緒に落としたか置き忘れたか、ANA、新千歳空港ビル、羽田空港ビル、JR北海道、札幌市交通局、京浜急行、フォーラムのあった寺島文庫ビル、面談した品川のカフェ、etc。現実的にはカバンから他の物と一緒に出て落ちるというのはあり得なく、用事で取り出して、そのまま置き忘れた可能性が高いことに気がつき、最終的に、年明けの先日、JRバス関東館山支店から千葉県館山市警察署に保管されていることが分かりました。12月19日夜、東京駅からアクアライン経由館山行きのバス内で、座席上に置き忘れたようです。</p>
<p>　まあ、思い出そうとしても記憶がない、何とも情けない一ヵ月でしたが、全て手元に戻ってきて、「めでたし、めでたし」です。それにしても、日本の現場力のレベルは実に優秀ですね。どの窓口でも1分も待つことなく、「Yes」、「No」の返事があり、受け答えも実に丁寧でした。</p>
<p>　そう言えば昨年は、札幌ススキノでお店に名刺入れを忘れて、一緒だった方に預かって頂いたり、今回の手帳の紛失、たまたまともに手元に戻ってきたものの、集中力の欠如は如何ともし難いですね。今年は年明けから、反省しきりです、ある方は「縁起が良い！」と言ってはくれますが・・・・・。</p>
<p>　Facebookでは、たくさんの方々から「お祝い？」のお言葉を頂き、恥ずかしいやら何やらで、複雑な気持です。皆さま、この様なことでご心配を頂き、心から感謝致します！</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>屋根は、日本の資源です！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11458</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11458#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 16 Jan 2012 23:41:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11458</guid>
		<description><![CDATA[　阪神大震災から17年目の今日です、私たちはあの地震から何を学んだのでしょうか？
　新しい時代ですね！！！年明けから、こんな広告がいっぱいです。
　家の屋根で「発電」ですよ、「電気を創り出す家」といったハウスメーカーのテレビCMも目にしました。
　このような企業の動きを裏付けるように、昨年、国に大きな動きがありました、2011年6月7日、新成長戦略実現会議（http://www.npu.go.jp/policy/policy04/archive02.html）の分科会として「エネルギー・環境会議：http://www.npu.go.jp/policy/policy09/archive01.html」が設置されました。10月3日には、その「エネルギー・環境会議」に「コスト等検証委員会：ww.npu.go.jp/policy/policy09/archive02.html」が発足しました。
　12月19日にこの委員会が報告書をまとめました。その中で、太陽光についての報告は以下のようになっています。～～～～～
（６）太陽光 （住宅用・ メガソーラ）
○太陽光については、2010年モデルシステムの発電コストは、30円/kWh以上（割引率３％、設備利用率12％、稼働年数20年）と、他の電源と比べても、高い水準であるものの、足元でも、システム価格が低下しつつあり、また、2030年には量産効果などにより、大幅な価格低下が期待され、現在の２分の１から３分の１にまでコストが下がる可能性がある。これが実現されれば、石油火力（割引率３％、設備利用率10％、稼働年数40年）よりも安い水準が達成される。次世代太陽電池など革新的な技術が実現すれば、さらに下がる可能性もある。
○ただし、太陽光の導入が拡大してきた場合、将来、配電系統における電圧変動抑制対策を含め、何らかの系統安定化のための追加的な投資が必要である｡その中には、系統安定化のための調整電源の確保、系統連系強化、需要動向に基づく需給調整や、蓄電池の役割の整理・普及をどのように進めていくかという論点がある。
○住宅用でも、メガソーラーでも、既存の揚水発電所の活用や蓄電設備併設を含め電力システムの需給調整力の向上により、昼間しか出力しない、出力調整ができないなどの太陽光発電の課題を解決する可能性も出てくる。住宅のヒートポンプ給湯、電気自動車の充電などによる調整を利用すれば、蓄電機を別途付ける量も低減できる。現時点では、蓄電コストは高く、今後、どの程度低下するかが導入拡大の鍵を握る。～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～
　経済同友会（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8221）の昨年の会議資料にも、「太陽光発電の普及には、低コスト化に向けて、さらなる技術開発を進めていくとともに、耕作放棄地、マンション・工場の壁面、など、制度制約や転換効率等の課題が存在する場所での設置を進めていくための制度改革、及び、それに採算性を持たせる技術・ノウハウの開発が不可欠である。」とありました。
　恐らく、これまでの日本企業の技術開発レベルから想像すると、これを遥かに上回るスピードで課題が解決されると思います。「メガ○○」とかの巨大設備投資よりも、小規模分散エネルギーの製造であり供給が、安全・安心・省エネ・少エネのキーワードだと私は思います。今年は、自分でも真剣にエネルギーについて考えて行動しようと思います！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　阪神大震災から17年目の今日です、私たちはあの地震から何を学んだのでしょうか？</p>
<p>　新しい時代ですね！！！年明けから、こんな広告がいっぱいです。</p>
<div id="attachment_11459" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020382.jpg"><img class="size-medium wp-image-11459" title="p1020382" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020382-500x375.jpg" alt="PANASONICの新聞広告から" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">PANASONICの新聞広告から</p></div>
<div id="attachment_11460" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020381.jpg"><img class="size-medium wp-image-11460" title="p1020381" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020381-500x375.jpg" alt="新しい時代に突入！" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">新しい時代に突入！</p></div>
<p>　家の屋根で「発電」ですよ、「電気を創り出す家」といったハウスメーカーのテレビCMも目にしました。</p>
<p>　このような企業の動きを裏付けるように、昨年、国に大きな動きがありました、2011年6月7日、新成長戦略実現会議（<a href="http://www.npu.go.jp/policy/policy04/archive02.html">http://www.npu.go.jp/policy/policy04/archive02.html</a>）の分科会として「エネルギー・環境会議：<a href="http://www.npu.go.jp/policy/policy09/archive01.html">http://www.npu.go.jp/policy/policy09/archive01.html</a>」が設置されました。10月3日には、その「エネルギー・環境会議」に「コスト等検証委員会：ww.npu.go.jp/policy/policy09/archive02.html」が発足しました。</p>
<p>　12月19日にこの委員会が報告書をまとめました。その中で、太陽光についての報告は以下のようになっています。～～～～～</p>
<p>（６）太陽光 （住宅用・ メガソーラ）<br />
○太陽光については、2010年モデルシステムの発電コストは、30円/kWh以上（割引率３％、設備利用率12％、稼働年数20年）と、他の電源と比べても、高い水準であるものの、足元でも、システム価格が低下しつつあり、また、2030年には量産効果などにより、大幅な価格低下が期待され、現在の２分の１から３分の１にまでコストが下がる可能性がある。これが実現されれば、石油火力（割引率３％、設備利用率10％、稼働年数40年）よりも安い水準が達成される。次世代太陽電池など革新的な技術が実現すれば、さらに下がる可能性もある。<br />
○ただし、太陽光の導入が拡大してきた場合、将来、配電系統における電圧変動抑制対策を含め、何らかの系統安定化のための追加的な投資が必要である｡その中には、系統安定化のための調整電源の確保、系統連系強化、需要動向に基づく需給調整や、蓄電池の役割の整理・普及をどのように進めていくかという論点がある。<br />
○住宅用でも、メガソーラーでも、既存の揚水発電所の活用や蓄電設備併設を含め電力システムの需給調整力の向上により、昼間しか出力しない、出力調整ができないなどの太陽光発電の課題を解決する可能性も出てくる。住宅のヒートポンプ給湯、電気自動車の充電などによる調整を利用すれば、蓄電機を別途付ける量も低減できる。現時点では、蓄電コストは高く、今後、どの程度低下するかが導入拡大の鍵を握る。～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</p>
<p>　経済同友会（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8221">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8221</a>）の昨年の会議資料にも、「太陽光発電の普及には、低コスト化に向けて、さらなる技術開発を進めていくとともに、耕作放棄地、マンション・工場の壁面、など、制度制約や転換効率等の課題が存在する場所での設置を進めていくための制度改革、及び、それに採算性を持たせる技術・ノウハウの開発が不可欠である。」とありました。</p>
<p>　恐らく、これまでの日本企業の技術開発レベルから想像すると、これを遥かに上回るスピードで課題が解決されると思います。「メガ○○」とかの巨大設備投資よりも、小規模分散エネルギーの製造であり供給が、安全・安心・省エネ・少エネのキーワードだと私は思います。今年は、自分でも真剣にエネルギーについて考えて行動しようと思います！</p>
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		<title>鴨下重彦先生の遺志を継いで</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11332</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11332#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 13 Jan 2012 22:44:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11332</guid>
		<description><![CDATA[　東京大学名誉教授・小児医学研究振興財団（http://www.jpeds.or.jp/zaidan.html）理事長・鴨下重彦先生が、2011年11月10日に前立腺がんでお亡くなりになりました。
　今から4年ほど前に、褒賞事業「新渡戸・南原賞」を秋山財団で引き受けました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=35）が、それから、ご一緒に多磨霊園へ新渡戸稲造・内村鑑三・南原繁・矢内原忠雄のお墓参り、南原繁の母校の四国・三本松高校の訪問等、鴨下先生には運営委員長として、この間大変お世話になり、昨年9月の秋山財団「新渡戸・南原賞」授賞式には、お元気な姿でご出席・ご挨拶をされていました（http://www.akiyama-foundation.org/nitobe/）。
　その後、11月3日、東京神田・学士会館で、「南原繁研究会：http://nanbara.sakura.ne.jp/」シンポジウムが開催されて、そこでの基調講演が最期の講演となりました。私はこのシンポジウムに3年前に出席（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=215）しましたが、昨年は出席できず、後日、山口周三事務局長から送って頂いたDVDで拝見しました。概略は下記の通りです。
＊　南原繁「人間の使命」：昭和23年9月30日、東京大学卒業式での演述（http://www.utp.or.jp/bd/978-4-13-001004-7.html）
＊　矢内原忠雄：昭和36年7月8日、北海道大学で最期の講演：内村鑑三とシュバイツァー「畑は広い、働き人は少ない」
＊　内村鑑三：明治27年7月（日清戦争2週間前）：「後世への最大遺物・デンマルク国の話：http://www.aozora.gr.jp/cards/000034/card519.html」
＊　大災害をどう受け止めるか、「災害社会学」～～「非常時の礼節」－大混乱の中で日本人が世界に示した勇気と美徳
＊　渡辺和子（ノートルダム清心女子大学学長：http://www.ndsu.ac.jp/）：2・26事件で射殺された渡辺丈太郎教育相の娘さん、目の前で射殺され、その後の人生に強い影響を与えた。第7師団長の時に、北海道・旭川市で誕生
 
　「鴨下重彦先生を偲ぶ会」は12月4日に国際基督教大学で開催されましたが、私はどうしても都合がつかず欠席でした。その数日前にご自宅に弔問に参りました時、奥様がご在宅でしばしお話ができて、先生の書斎にもご案内して頂きました。あふれるほどの書物に机、ここで鴨下先生が深く思索されていたのかと思うと胸が詰まってきました。
　2月には「新渡戸・南原賞」運営委員会を開催して、新しい代表を決める予定です。鴨下重彦先生、これまでのご指導に心から感謝申し上げます、先生のこの「新渡戸・南原賞」に込めたご遺志をしっかり受け継ぎます、どうか安らかにお眠り下さい。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　東京大学名誉教授・小児医学研究振興財団（<a href="http://www.jpeds.or.jp/zaidan.html">http://www.jpeds.or.jp/zaidan.html</a>）理事長・鴨下重彦先生が、2011年11月10日に前立腺がんでお亡くなりになりました。</p>
<p>　今から4年ほど前に、褒賞事業「<strong>新渡戸・南原賞</strong>」を秋山財団で引き受けました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=35">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=35</a>）が、それから、ご一緒に多磨霊園へ新渡戸稲造・内村鑑三・南原繁・矢内原忠雄のお墓参り、南原繁の母校の四国・三本松高校の訪問等、鴨下先生には運営委員長として、この間大変お世話になり、昨年9月の秋山財団「新渡戸・南原賞」授賞式には、お元気な姿でご出席・ご挨拶をされていました（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/nitobe/">http://www.akiyama-foundation.org/nitobe/</a>）。</p>
<p>　その後、11月3日、東京神田・学士会館で、「南原繁研究会：<a href="http://nanbara.sakura.ne.jp/">http://nanbara.sakura.ne.jp/</a>」シンポジウムが開催されて、そこでの基調講演が最期の講演となりました。私はこのシンポジウムに3年前に出席（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=215">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=215</a>）しましたが、昨年は出席できず、後日、山口周三事務局長から送って頂いたDVDで拝見しました。概略は下記の通りです。</p>
<p>＊　南原繁「人間の使命」：昭和23年9月30日、東京大学卒業式での演述（<a href="http://www.utp.or.jp/bd/978-4-13-001004-7.html">http://www.utp.or.jp/bd/978-4-13-001004-7.html</a>）</p>
<p>＊　矢内原忠雄：昭和36年7月8日、北海道大学で最期の講演：内村鑑三とシュバイツァー「畑は広い、働き人は少ない」</p>
<p>＊　内村鑑三：明治27年7月（日清戦争2週間前）：「後世への最大遺物・デンマルク国の話：<a href="http://www.aozora.gr.jp/cards/000034/card519.html">http://www.aozora.gr.jp/cards/000034/card519.html</a>」</p>
<p>＊　大災害をどう受け止めるか、「災害社会学」～～「非常時の礼節」－大混乱の中で日本人が世界に示した勇気と美徳</p>
<p>＊　渡辺和子（ノートルダム清心女子大学学長：<a href="http://www.ndsu.ac.jp/">http://www.ndsu.ac.jp/</a>）：2・26事件で射殺された渡辺丈太郎教育相の娘さん、目の前で射殺され、その後の人生に強い影響を与えた。第7師団長の時に、北海道・旭川市で誕生</p>
<p> </p>
<p>　「鴨下重彦先生を偲ぶ会」は12月4日に国際基督教大学で開催されましたが、私はどうしても都合がつかず欠席でした。その数日前にご自宅に弔問に参りました時、奥様がご在宅でしばしお話ができて、先生の書斎にもご案内して頂きました。あふれるほどの書物に机、ここで鴨下先生が深く思索されていたのかと思うと胸が詰まってきました。</p>
<p>　2月には「新渡戸・南原賞」運営委員会を開催して、新しい代表を決める予定です。鴨下重彦先生、これまでのご指導に心から感謝申し上げます、先生のこの「新渡戸・南原賞」に込めたご遺志をしっかり受け継ぎます、どうか安らかにお眠り下さい。</p>
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		<title>温暖化を肌で知る？</title>
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		<pubDate>Wed, 11 Jan 2012 23:33:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　「温暖化」により北極の氷が溶け出しているとよく聞き、映像でも見たりしますが、遠い場所のことで今一リアリティがありません。
　札幌に住む私の身の回りで感じることは、特に冬の積雪の形状ですね。昔は、北海道は粉雪で、屋根の雪はしばし積もっていても、やがて傾斜でサーッと落ちていったような気がします。この数年は、粘り気（水分？）が強く、なかなか地表に落ちてきません。カーテン状につながって湾曲し、最終的には雪が落ちる場所も家に近い所になり、家の壁の傷み方も大きいような気がします。
 　本州の人々は、「温暖化で雪が減ったのでは？」と言いますが、必ずしも雪の降る量と「温暖化」は、札幌の緯度では相関関係があるとは思えません。雪の「質」が変わるというのでしょうか、今年の冬、円山公園の雪も例年通りです。
　そう言えば、昨年秋にほとんど成らなかった柿の実（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10619）でしたが、前の冬にやってきていた鳥たち（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7104）は今年はどうやって冬を過ごしているのか、気がかりですね。さらに、昨年秋に札幌に出没していた熊も、無事冬眠に入ったのでしょうか？
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「温暖化」により北極の氷が溶け出しているとよく聞き、映像でも見たりしますが、遠い場所のことで今一リアリティがありません。</p>
<p>　札幌に住む私の身の回りで感じることは、特に冬の積雪の形状ですね。昔は、北海道は粉雪で、屋根の雪はしばし積もっていても、やがて傾斜でサーッと落ちていったような気がします。この数年は、粘り気（水分？）が強く、なかなか地表に落ちてきません。カーテン状につながって湾曲し、最終的には雪が落ちる場所も家に近い所になり、家の壁の傷み方も大きいような気がします。</p>
<div id="attachment_11403" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020371.jpg"><img class="size-medium wp-image-11403" title="p1020371" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020371-375x500.jpg" alt="家の屋根の雪" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">家の屋根の雪</p></div>
<p> 　本州の人々は、「温暖化で雪が減ったのでは？」と言いますが、必ずしも雪の降る量と「温暖化」は、札幌の緯度では相関関係があるとは思えません。雪の「質」が変わるというのでしょうか、今年の冬、円山公園の雪も例年通りです。</p>
<div id="attachment_11452" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020394.jpg"><img class="size-medium wp-image-11452" title="p1020394" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020394-500x375.jpg" alt="円山公園入り口20mから北方面を望む" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">円山公園入り口20mから北方面を望む</p></div>
<p>　そう言えば、昨年秋にほとんど成らなかった柿の実（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10619">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10619</a>）でしたが、前の冬にやってきていた鳥たち（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7104">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7104</a>）は今年はどうやって冬を過ごしているのか、気がかりですね。さらに、昨年秋に札幌に出没していた熊も、無事冬眠に入ったのでしょうか？</p>
]]></content:encoded>
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		<title>松平康隆さん、逝く</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11401</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11401#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 08 Jan 2012 22:52:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11401</guid>
		<description><![CDATA[　公益財団法人 日本バレーボール協会名誉顧問の松平康隆さんが、昨年12月31日にご逝去されました（http://www.jva.or.jp/news/20120105.html）。バレーボール男子全日本コーチとして1964年東京で銅メダル、監督として1968年メキシコで銀メダル、そして1972年ミュンヘンで金メダル獲得の偉業を成し遂げました。
 　私は1974年から79年まで東京都江戸川区で、中学校教員時代に、男子・女子バレーボール部を指導していました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=27）。その時のバックボーンとして、男子では松平康隆さん、女子では14年前にお亡くなりになった山田重雄さんの哲学を忘れることができません。先日のBSフジの再放送で、早くに亡くなられた松平さんの御子息の筆箱に書かれた中央に立つ日の丸の絵を初めて見ました、覚悟を決めて目標達成に向けて努力する姿は、今も強烈に心に残っています。
 　松平康隆さんと言えば、もう一人、12年前に58歳の若さでお亡くなりなった南将之さんも忘れられません、伝説の主将でしたね。ミュンヘン大会では、補欠に徹して、土壇場で一昨年に亡くなられた中村祐造さんとともに大仕事をしました、ミュンヘンの数年前までエースだった彼が、チームの裏方としてメダル獲得を支えた大ベテランでした。
 
　思い起こせば1970年代は、私にとっては激動の時期でした。71年に大学の教養課程を終えて休学し、秋にアメリカに船で行き（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%2771%E3%80%80%E5%8C%97%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%81%B8%E3%81%AE%E4%B8%80%E4%BA%BA%E6%97%85）、72年の冬季オリンピックを札幌で迎えて（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4981）、あの70ｍ級ジャンプの「日の丸飛行隊（金・銀・銅メダル獲得）」を現場で応援しました。そして秋のミュンヘンオリンピックでバレーボール男子の劇的優勝。私は復学して大学卒業後に、教員として子どもたちとの日々。79年に、家族とともに札幌に移り、医薬品卸業の経営の道へ転身しました。
　この想い出多い10年間、山田重雄さんには、当時小平市にあった日立武蔵の練習場へ部活の生徒たちと一緒に行き、ワールドカップ前にも関わらず教えを請いました。松平さんには直接お目には掛っていませんが、「負けてたまるか」とか、「一流選手は人間的にも一流でなければならない」と言った彼の言葉は、深く心に刻まれました。今から5年前でしたか、韓国・光州市へ海外公演に札幌のTPS劇団員（http://www.h-paf.ne.jp/tps/tps.html）と同行した時、私は稽古の合い間に、民主化の聖地、「5・18光州事件：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=121」のモニュメント等に関係者全員を誘い見学しました。その時に、松平さんの「海外遠征に行って、試合場と宿舎だけを往復するような選手ではトップにはなれない」の言葉を思い出していました。
　70年代は、オイルショック等の苦難を次々と乗り越える勢いが日本社会にはありました。今、ふり返るとそんな時代、バレーボール界には優れた指導者・選手が活躍して、多くの感動を与えてくれましたね。松平さんのご逝去で、私の70年代にも一つの区切りです。
　スポーツの世界では、その後、高校野球の香田誉士史監督（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1904）、女子サッカーの佐々木則夫監督（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9370）など、優れた指導者も続々誕生しています、素晴らしいことです。
　後日、「松平康隆さんを偲ぶ会」も開催されるとか、都合をつけて最後のお別れをしたいと思っています、松平康隆さん、たくさんの教えを頂きありがとうございます、どうか安らかにお眠り下さい。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　公益財団法人 日本バレーボール協会名誉顧問の松平康隆さんが、昨年12月31日にご逝去されました（<a href="http://www.jva.or.jp/news/20120105.html">http://www.jva.or.jp/news/20120105.html</a>）。バレーボール男子全日本コーチとして1964年東京で銅メダル、監督として1968年メキシコで銀メダル、そして1972年ミュンヘンで金メダル獲得の偉業を成し遂げました。</p>
<div id="attachment_11406" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020386.jpg"><img class="size-medium wp-image-11406" title="p1020386" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020386-500x375.jpg" alt="BSフジ番組から、在りし日の松平康隆さん" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">BSフジ番組（再放送）「堂々現役」から、在りし日の松平康隆さん</p></div>
<div id="attachment_11408" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p10203851.jpg"><img class="size-medium wp-image-11408" title="p10203851" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p10203851-500x375.jpg" alt="1972年ミュンヘンオリンピックで優勝！" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">1972年ミュンヘンオリンピックで優勝！</p></div>
<p> 　私は1974年から79年まで東京都江戸川区で、中学校教員時代に、男子・女子バレーボール部を指導していました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=27">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=27</a>）。その時のバックボーンとして、男子では松平康隆さん、女子では14年前にお亡くなりになった山田重雄さんの哲学を忘れることができません。先日のBSフジの再放送で、早くに亡くなられた松平さんの御子息の筆箱に書かれた中央に立つ日の丸の絵を初めて見ました、覚悟を決めて目標達成に向けて努力する姿は、今も強烈に心に残っています。</p>
<div id="attachment_11409" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020387.jpg"><img class="size-medium wp-image-11409" title="p1020387" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020387-500x375.jpg" alt="亡き息子さんの筆箱に込められたメッセージ" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">亡き息子さんの筆箱に込められたメッセージ</p></div>
<p> 　松平康隆さんと言えば、もう一人、12年前に58歳の若さでお亡くなりなった南将之さんも忘れられません、伝説の主将でしたね。ミュンヘン大会では、補欠に徹して、土壇場で一昨年に亡くなられた中村祐造さんとともに大仕事をしました、ミュンヘンの数年前までエースだった彼が、チームの裏方としてメダル獲得を支えた大ベテランでした。</p>
<div id="attachment_11410" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020390.jpg"><img class="size-medium wp-image-11410" title="p1020390" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020390.jpg" alt="伝説のキャプテン・南" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">伝説のキャプテン・南将之さん</p></div>
<p> </p>
<p>　思い起こせば1970年代は、私にとっては激動の時期でした。71年に大学の教養課程を終えて休学し、秋にアメリカに船で行き（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%2771%E3%80%80%E5%8C%97%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%81%B8%E3%81%AE%E4%B8%80%E4%BA%BA%E6%97%85">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%2771%E3%80%80%E5%8C%97%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%81%B8%E3%81%AE%E4%B8%80%E4%BA%BA%E6%97%85</a>）、72年の冬季オリンピックを札幌で迎えて（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4981">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4981</a>）、あの70ｍ級ジャンプの「日の丸飛行隊（金・銀・銅メダル獲得）」を現場で応援しました。そして秋のミュンヘンオリンピックでバレーボール男子の劇的優勝。私は復学して大学卒業後に、教員として子どもたちとの日々。79年に、家族とともに札幌に移り、医薬品卸業の経営の道へ転身しました。</p>
<p>　この想い出多い10年間、山田重雄さんには、当時小平市にあった日立武蔵の練習場へ部活の生徒たちと一緒に行き、ワールドカップ前にも関わらず教えを請いました。松平さんには直接お目には掛っていませんが、「負けてたまるか」とか、「一流選手は人間的にも一流でなければならない」と言った彼の言葉は、深く心に刻まれました。今から5年前でしたか、韓国・光州市へ海外公演に札幌のTPS劇団員（<a href="http://www.h-paf.ne.jp/tps/tps.html">http://www.h-paf.ne.jp/tps/tps.html</a>）と同行した時、私は稽古の合い間に、民主化の聖地、「5・18光州事件：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=121">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=121</a>」のモニュメント等に関係者全員を誘い見学しました。その時に、松平さんの「海外遠征に行って、試合場と宿舎だけを往復するような選手ではトップにはなれない」の言葉を思い出していました。</p>
<p>　70年代は、オイルショック等の苦難を次々と乗り越える勢いが日本社会にはありました。今、ふり返るとそんな時代、バレーボール界には優れた指導者・選手が活躍して、多くの感動を与えてくれましたね。松平さんのご逝去で、私の70年代にも一つの区切りです。</p>
<p>　スポーツの世界では、その後、高校野球の香田誉士史監督（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1904">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1904</a>）、女子サッカーの佐々木則夫監督（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9370">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9370</a>）など、優れた指導者も続々誕生しています、素晴らしいことです。</p>
<p>　後日、「松平康隆さんを偲ぶ会」も開催されるとか、都合をつけて最後のお別れをしたいと思っています、松平康隆さん、たくさんの教えを頂きありがとうございます、どうか安らかにお眠り下さい。</p>
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		<title>「Rio + 20」、あれから20年！</title>
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		<pubDate>Fri, 06 Jan 2012 22:24:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11310</guid>
		<description><![CDATA[　「Rio+20：http://www.uncsd2012.org/rio20/」、今年は、1992年6月、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロでの「環境と開発に関する国連会議」開催から20年の節目です。一般的には、「地球サミット（the Earth Summit：国連地球サミット）」と呼ばれています。この会議で採択された27の原則から成る「リオ宣言：http://www.env.go.jp/council/21kankyo-k/y210-02/ref_05_1.pdf」が、国際社会の共通認識であり、原点です。
　特に、この会議に集まった世界の指導者たちを前に、12歳のカナダ生まれの日系四世少女、セヴァン・­スズキの伝説の6分間スピーチ（http://www.youtube.com/watch?v=C2g473JWAEg）は、今日まで語り継がれています。彼女は5年前、北海道二風谷から日本人へのメッセージも発信しています（その1http://www.youtube.com/watch?v=rZcQ_4vYq90&#38;feature=related、その2http://www.youtube.com/watch?v=6-qAlS3IvIM&#38;feature=relmfu）。
　「Rio+20」の北海道での取り組みは、先日1月3日北海道新聞朝刊に「北大・NPOが『環境白書』6月までに中間報告 北海道の未来像提言」と4段見出しで掲載されていました。これは、昨年末の提携に基づく最初の活動成果になるでしょう（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11135）。日本の市民セクターの取り組みは、「一般社団法人 環境パートナーシップ会議：http://www.epc.or.jp/summit/」に掲載されています。
　20年前の自分を思い起こすと、（株）秋山愛生舘の五代目社長就任目前で、延び延びになっていた札幌証券取引所への上場で頭がいっぱい、とても「環境」について思いを巡らすことはできませんでした。ただ、当時の宮澤喜一首相が、国会の日程でビデオ演説となり、メディアの批判を浴びていたのを覚えています。この節目の会議に日本の首相が参加していなかったこと自体、グローバルな環境問題解決への存在感の無さを印象づけたような気がします。
　今、ふり返ってみると、国際連合の招集を受けた世界各国の産業団体、市民団体などのNGO 、国連加盟国ほぼ全ての世界172か国の代表が参加し、のべ4万人を越える人々が集う国連の史上最大規模の会議となり、世界的に大きな影響を与えました。
　そして会議の成果として、リオ宣言の他に、この宣言の諸原則を実施するための行動計画である「アジェンダ21：http://www.env.go.jp/council/21kankyo-k/y210-02/ref_05_2.pdf、http://www.erc.pref.fukui.jp/info/a21.html」、「森林原則声明：http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&#38;serial=1353」が合意されましたし、別途協議が続けられていた「気候変動枠組条約：http://www.env.go.jp/earth/cop3/kaigi/kikou.html」と「生物多様性条約：http://www.biodic.go.jp/cbd.html」が提起され、この会議の場で署名が始まりました。さらに、国際連合の経済社会理事会の下に、「持続可能な開発委員会（CSD） ：http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/kikan/csd.html」が設置されました。
　この会議後、「生物多様性」「生物圏」といった用語が、各国の主要機関に認知され、一般にも知られるようになり、さまざまな地球環境問題や生態系、絶滅危惧種に対する関心が高まるきっかけともなったようです。
　あれから20年、昨年の3・11を契機に、北海道から、日本から、私たちが世界に発信しなければならない責任は、一層大きくなりました。今年は「民の力」で、一歩前に出て提言していきましょうよ！！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「<strong>Rio+20</strong>：<a href="http://www.uncsd2012.org/rio20/">http://www.uncsd2012.org/rio20/</a>」、今年は、1992年6月、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロでの「<strong>環境と開発に関する国連会議</strong>」開催から20年の節目です。一般的には、「地球サミット（the Earth Summit：国連地球サミット）」と呼ばれています。この会議で採択された27の原則から成る「<strong>リオ宣言</strong>：<a href="http://www.env.go.jp/council/21kankyo-k/y210-02/ref_05_1.pdf">http://www.env.go.jp/council/21kankyo-k/y210-02/ref_05_1.pdf</a>」が、国際社会の共通認識であり、原点です。</p>
<p>　特に、この会議に集まった世界の指導者たちを前に、12歳のカナダ生まれの日系四世少女、セヴァン・­スズキの伝説の6分間スピーチ（<a href="http://www.youtube.com/watch?v=C2g473JWAEg">http://www.youtube.com/watch?v=C2g473JWAEg</a>）は、今日まで語り継がれています。彼女は5年前、北海道二風谷から日本人へのメッセージも発信しています（その1<a href="http://www.youtube.com/watch?v=rZcQ_4vYq90&amp;feature=related">http://www.youtube.com/watch?v=rZcQ_4vYq90&amp;feature=related</a>、その2<a href="http://www.youtube.com/watch?v=6-qAlS3IvIM&amp;feature=relmfu">http://www.youtube.com/watch?v=6-qAlS3IvIM&amp;feature=relmfu</a>）。</p>
<p>　「Rio+20」の北海道での取り組みは、先日1月3日北海道新聞朝刊に「<strong>北大・NPOが『環境白書』6月までに中間報告 北海道の未来像提言</strong>」と4段見出しで掲載されていました。これは、昨年末の提携に基づく最初の活動成果になるでしょう（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11135">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11135</a>）。日本の市民セクターの取り組みは、「一般社団法人 環境パートナーシップ会議：<a href="http://www.epc.or.jp/summit/">http://www.epc.or.jp/summit/</a>」に掲載されています。</p>
<p>　20年前の自分を思い起こすと、（株）秋山愛生舘の五代目社長就任目前で、延び延びになっていた札幌証券取引所への上場で頭がいっぱい、とても「環境」について思いを巡らすことはできませんでした。ただ、当時の宮澤喜一首相が、国会の日程でビデオ演説となり、メディアの批判を浴びていたのを覚えています。この節目の会議に日本の首相が参加していなかったこと自体、グローバルな環境問題解決への存在感の無さを印象づけたような気がします。</p>
<p>　今、ふり返ってみると、国際連合の招集を受けた世界各国の産業団体、市民団体などのNGO 、国連加盟国ほぼ全ての世界172か国の代表が参加し、のべ4万人を越える人々が集う国連の史上最大規模の会議となり、世界的に大きな影響を与えました。</p>
<p>　そして会議の成果として、リオ宣言の他に、この宣言の諸原則を実施するための行動計画である「<strong>アジェンダ21</strong>：<a href="http://www.env.go.jp/council/21kankyo-k/y210-02/ref_05_2.pdf">http://www.env.go.jp/council/21kankyo-k/y210-02/ref_05_2.pdf</a>、<a href="http://www.erc.pref.fukui.jp/info/a21.html">http://www.erc.pref.fukui.jp/info/a21.html</a>」、「<strong>森林原則声明</strong>：<a href="http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&amp;serial=1353">http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&amp;serial=1353</a>」が合意されましたし、別途協議が続けられていた「<strong>気候変動枠組条約</strong>：<a href="http://www.env.go.jp/earth/cop3/kaigi/kikou.html">http://www.env.go.jp/earth/cop3/kaigi/kikou.html</a>」と「<strong>生物多様性条約</strong>：<a href="http://www.biodic.go.jp/cbd.html">http://www.biodic.go.jp/cbd.html</a>」が提起され、この会議の場で署名が始まりました。さらに、国際連合の経済社会理事会の下に、「<strong>持続可能な開発委員会（CSD）</strong> ：<a href="http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/kikan/csd.html">http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/kikan/csd.html</a>」が設置されました。</p>
<p>　この会議後、「生物多様性」「生物圏」といった用語が、各国の主要機関に認知され、一般にも知られるようになり、さまざまな地球環境問題や生態系、絶滅危惧種に対する関心が高まるきっかけともなったようです。</p>
<p>　あれから20年、昨年の3・11を契機に、北海道から、日本から、私たちが世界に発信しなければならない責任は、一層大きくなりました。今年は「民の力」で、一歩前に出て提言していきましょうよ！！</p>
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		<title>エネルギーチェンジ、チャレンジ始まる</title>
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		<pubDate>Thu, 05 Jan 2012 06:54:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11318</guid>
		<description><![CDATA[　年明けから「エネルギー」に関する記事が続々と掲載されています。昨年の東京電力福島原発爆発事故後、多くの方々が、今、エネルギーに関して真摯に向き合い始めている証拠かと思います。
 
１）　2011年7月27日衆議院厚生労働委員会で線量測定・内部被曝に関して怒りの論述をされた児玉龍彦教授（http://www.youtube.com/watch?v=O9sTLQSZfwo）の試みです。現在しかるべき立場にいる方の説得力・影響力の大きさを痛感します。
＜北海道新聞1月1日朝刊＞
福島汚染米でバイオ燃料 児玉・東大教授、県内で実験へ：道内製造企業も協力～～～～～～

　放射性セシウムが検出され廃棄見込みの福島県産のコメを、道内企業の技術を使って、ガソリン代替燃料のバイオエタノールとして利用する計画が動きだした。政府の除染施策を批判して自ら福島で除染に携わる児玉龍彦・東京大教授らが、「福島再生のモデルに」と取り組み、２０１２年内に具体化に向けた実験に着手する。バイオエタノール生産工場は福島県内に造り、廃棄用や風評被害で売れにくいコメを有効活用しながら、雇用創出や耕作放棄による農地荒廃を防ぐ狙いだ。～～～～～～～
 
２）　＜1月5日北海道新聞社説＞
ニッポンつくり直し（４）　原発頼らぬ生活目指そう　２０年で５割も増えた電力消費／自然エネルギー普及の道筋を
　福島第１原発の事故は、私たちに放射能汚染の恐怖を見せつけると同時に、電気を気ままに浪費してきた生活の反省を迫った。 原発は大量の電気を生み出すが、柔軟な出力調整はできない。フル出力かゼロという小回りのきかない電源だから、つくった電気が消費されないと電力会社は困る。 こうして与えられた電気をどういうふうに使ってきたのか、検証しなければならない。

　原発が担う３割分を差し引いた発電量は、およそ２０年前の１９９０年前後の水準だ。日本経済にとって長期低迷の「失われた２０年」が始まるころである。 北海道は一層厳しく、経済規模を示す域内総生産は当時と変わらない。この間、人口は減少に転じた。
　ところが、北海道電力の販売電力量は、泊原発２号機が運転開始した９１年から現在までに５１％増えた。成長ゼロで人も減ったのに、１・５倍の電力を消費している。電気を便利に使いこなしているつもりが、実は、原発を基本に据えた電力供給システムに、知らず知らず生活様式を合わせてしまったのではないだろうか。
　原発に頼らない未来を選ぶには、一人一人が暮らしを見つめ直し、エネルギーについて真剣に考えることが出発点となる。
　将来のエネルギーのあり方を検討する上で、北海道には指針がある。２０００年に制定された道の省エネルギー・新エネルギー促進条例だ。放射性廃棄物の処理・処分技術が確立されていないことから、原子力を過渡的エネルギーと位置づけ、「脱原発」の視点で省エネ促進と再生可能エネルギーの導入に取り組むとしている。ただ、道の取り組みは不十分で、これまでは見るべき成果がない。福島の事故を経験した今こそ、その理念を生かすときだ。
　条例に共感した道内のＮＰＯ関係者や研究者らが昨年、「北海道エネルギーチェンジ１００プロジェクト」を発足させた。条例の周知を図るとともに、再生可能エネルギー普及の独自の工程表づくりに取り組んでいる。メンバーの北海道市民環境ネットワーク理事の宮本尚さん（５２）は、「何かしたいのに、どうしていいか分からない人も多いはず。そんな市民の思いを形にして、条例に命を吹き込みたい」と話す。
　北海道新聞が昨年１０月に実施した全道世論調査では、７９％が原発の廃止を求め、今後の電力確保で再生可能エネルギーを重視する意見が６割を占めた。高橋はるみ知事はこうした声をくみ取り、原発に依存しない北海道を目指す姿勢を明確にして、再生可能エネルギーによる地域活性化を主導すべきだ。
　風力、地熱、太陽光、家畜のふん尿や間伐材を使ったバイオマスなど、北海道の潜在力は高い。道内各地の取り組みを束ね、運営の課題、送電網の強化にかかるコストなどを検証し、短期と中長期に分けた普及計画を練る必要がある。熱電併給などでエネルギー利用効率を高める工夫も欠かせない。
　北大大学院の吉田文和教授は、道、関係自治体、北電、専門家、市民団体などで構成されるエネルギー環境会議の設置を提案している。道はこうした意見を取り入れ、公開の議論を通じた合意形成を急がねばならない。道内の電力の４割は札幌市とその近郊で消費される。都市住民への省エネ意識の浸透が不可欠だ。脱原発を掲げ節電に取り組む札幌市は、道内の他の中核都市にも省エネを働きかけてもらいたい。
　再生可能エネルギーは、地域分散、地産地消が特徴だ。国の方針を待つことなく、地方からの積極的な提言が求められる。道は、東日本大震災後の新たなモデルを提示するぐらいの意気込みで、省エネと一体となったエネルギー計画を策定すべきだ。東北以外で無駄な電気、石油、ガスを節約すれば、その分を被災地に回せる。
　エネルギーを大切に使うのは環境にも家計にも優しい。自分にも他人にも得になる。そんなふうに考えられないか。オール電化住宅や２４時間営業といった身の回りにあふれる便利さは、私たちが本当に求め、必要としたものだろうか。家庭で、職場で話し合うことから始めたい。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり
「エネルギーチェンジ100」プロジェクト（http://www.enechan100.com/）、私も世話人の一人です。
 
３）　「ネットワーク農縁：http://www004.upp.so-net.ne.jp/net-nouen/」HPからエネルギーシフトに関してです。
http://suiden-trust.blogspot.com/2012/01/blog-post.html
 
　新しい取り組みが確かに始まっています！！！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　年明けから「エネルギー」に関する記事が続々と掲載されています。昨年の東京電力福島原発爆発事故後、多くの方々が、今、エネルギーに関して真摯に向き合い始めている証拠かと思います。</p>
<p> </p>
<p>１）　2011年7月27日衆議院厚生労働委員会で線量測定・内部被曝に関して怒りの論述をされた児玉龍彦教授（<a href="http://www.youtube.com/watch?v=O9sTLQSZfwo">http://www.youtube.com/watch?v=O9sTLQSZfwo</a>）の試みです。現在しかるべき立場にいる方の説得力・影響力の大きさを痛感します。</p>
<p>＜北海道新聞1月1日朝刊＞</p>
<p><strong>福島汚染米でバイオ燃料 児玉・東大教授、県内で実験へ：道内製造企業も協力</strong>～～～～～～</p>
<p><!-- /news_title --><!-- 記事本文 start --><!-- JCODE=44 ID=201201027867 KijiDate=201201020915 --><!-- FirstTime  = 2012/01/02 09:21 --><!-- UpdateTime = 2012/01/02 14:01 CopyRight = Doshin --><!-- None --></p>
<p class="entryBoxIn">　放射性セシウムが検出され廃棄見込みの福島県産のコメを、道内企業の技術を使って、ガソリン代替燃料のバイオエタノールとして利用する計画が動きだした。政府の除染施策を批判して自ら福島で除染に携わる児玉龍彦・東京大教授らが、「福島再生のモデルに」と取り組み、２０１２年内に具体化に向けた実験に着手する。バイオエタノール生産工場は福島県内に造り、廃棄用や風評被害で売れにくいコメを有効活用しながら、雇用創出や耕作放棄による農地荒廃を防ぐ狙いだ。～～～～～～～</p>
<p class="entryBoxIn"> </p>
<p class="entryBoxIn">２）　＜1月5日北海道新聞社説＞</p>
<p class="entryBoxIn"><strong>ニッポンつくり直し（４）　原発頼らぬ生活目指そう　２０年で５割も増えた電力消費／自然エネルギー普及の道筋を</strong></p>
<p class="facebook">　福島第１原発の事故は、私たちに放射能汚染の恐怖を見せつけると同時に、電気を気ままに浪費してきた生活の反省を迫った。 原発は大量の電気を生み出すが、柔軟な出力調整はできない。フル出力かゼロという小回りのきかない電源だから、つくった電気が消費されないと電力会社は困る。 こうして与えられた電気をどういうふうに使ってきたのか、検証しなければならない。</p>
<div class="entryBoxIn">
<p>　原発が担う３割分を差し引いた発電量は、およそ２０年前の１９９０年前後の水準だ。日本経済にとって長期低迷の「失われた２０年」が始まるころである。 北海道は一層厳しく、経済規模を示す域内総生産は当時と変わらない。この間、人口は減少に転じた。</p>
<p>　ところが、北海道電力の販売電力量は、泊原発２号機が運転開始した９１年から現在までに５１％増えた。成長ゼロで人も減ったのに、１・５倍の電力を消費している。電気を便利に使いこなしているつもりが、実は、原発を基本に据えた電力供給システムに、知らず知らず生活様式を合わせてしまったのではないだろうか。</p>
<p>　原発に頼らない未来を選ぶには、一人一人が暮らしを見つめ直し、エネルギーについて真剣に考えることが出発点となる。</p>
<p>　将来のエネルギーのあり方を検討する上で、北海道には指針がある。２０００年に制定された道の省エネルギー・新エネルギー促進条例だ。放射性廃棄物の処理・処分技術が確立されていないことから、原子力を過渡的エネルギーと位置づけ、「脱原発」の視点で省エネ促進と再生可能エネルギーの導入に取り組むとしている。ただ、道の取り組みは不十分で、これまでは見るべき成果がない。福島の事故を経験した今こそ、その理念を生かすときだ。</p>
<p>　条例に共感した道内のＮＰＯ関係者や研究者らが昨年、「北海道エネルギーチェンジ１００プロジェクト」を発足させた。条例の周知を図るとともに、再生可能エネルギー普及の独自の工程表づくりに取り組んでいる。メンバーの北海道市民環境ネットワーク理事の宮本尚さん（５２）は、「何かしたいのに、どうしていいか分からない人も多いはず。そんな市民の思いを形にして、条例に命を吹き込みたい」と話す。</p>
<p>　北海道新聞が昨年１０月に実施した全道世論調査では、７９％が原発の廃止を求め、今後の電力確保で再生可能エネルギーを重視する意見が６割を占めた。高橋はるみ知事はこうした声をくみ取り、原発に依存しない北海道を目指す姿勢を明確にして、再生可能エネルギーによる地域活性化を主導すべきだ。</p>
<p>　風力、地熱、太陽光、家畜のふん尿や間伐材を使ったバイオマスなど、北海道の潜在力は高い。道内各地の取り組みを束ね、運営の課題、送電網の強化にかかるコストなどを検証し、短期と中長期に分けた普及計画を練る必要がある。熱電併給などでエネルギー利用効率を高める工夫も欠かせない。</p>
<p>　北大大学院の吉田文和教授は、道、関係自治体、北電、専門家、市民団体などで構成されるエネルギー環境会議の設置を提案している。道はこうした意見を取り入れ、公開の議論を通じた合意形成を急がねばならない。道内の電力の４割は札幌市とその近郊で消費される。都市住民への省エネ意識の浸透が不可欠だ。脱原発を掲げ節電に取り組む札幌市は、道内の他の中核都市にも省エネを働きかけてもらいたい。</p>
<p>　再生可能エネルギーは、地域分散、地産地消が特徴だ。国の方針を待つことなく、地方からの積極的な提言が求められる。道は、東日本大震災後の新たなモデルを提示するぐらいの意気込みで、省エネと一体となったエネルギー計画を策定すべきだ。東北以外で無駄な電気、石油、ガスを節約すれば、その分を被災地に回せる。</p>
<p>　エネルギーを大切に使うのは環境にも家計にも優しい。自分にも他人にも得になる。そんなふうに考えられないか。オール電化住宅や２４時間営業といった身の回りにあふれる便利さは、私たちが本当に求め、必要としたものだろうか。家庭で、職場で話し合うことから始めたい。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり</p>
<p>「エネルギーチェンジ100」プロジェクト（<a href="http://www.enechan100.com/">http://www.enechan100.com/</a>）、私も世話人の一人です。</p>
<p> </p>
<p>３）　「ネットワーク農縁：<a href="http://www004.upp.so-net.ne.jp/net-nouen/">http://www004.upp.so-net.ne.jp/net-nouen/</a>」HPからエネルギーシフトに関してです。</p>
<p><a href="http://suiden-trust.blogspot.com/2012/01/blog-post.html">http://suiden-trust.blogspot.com/2012/01/blog-post.html</a></p>
<p> </p>
<p>　新しい取り組みが確かに始まっています！！！</p></div>
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		</item>
		<item>
		<title>2012年、企業の底力に期待！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11284</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11284#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 03 Jan 2012 01:53:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　この数年、市民活動を支える方々から、「企業って利益追求でしょっ！」とか、「経済界って儲けることばかり考えてる！」みたいな話をよく耳にしていましたが、私には実に不本意なのですよ。「それは間違いだ！！」と大きな声で言いたいですね、よく観察すると、素晴らしい企業があちこちに出現している昨今です。
　私は商売をする家に生まれ育ち、24時間・365日、自分たちの暮らしよりも会社とか仕事のことばかり考えている経営者しか知りませんでしたし、自分が経営の一翼を担うようになっても、ひと時もお得意先・社員のことが頭を離れたことがありませんでした。「儲け」は、設備投資原資とか、従業員給与とか、メインテナンスとか、自らのリスクで生き残るため、持続可能な企業活動を担保するために必要だと思っていました。そして更に、民間企業経営者が、納税はじめ社会のためとか、人々のために日々活動しているエピソード・経験談を、幼い頃から繰り返し繰り返し耳にしていたからだとも思います。
　たとえば、秋山愛生舘の「奉仕の精神」、「民の担う公共・志」、「社会への貢献」といった精神は、私は企業理念だと信じています。ワグナー・ナンドール財団（http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html）理事長で叔母の和久奈ちよは話していました、「関東大震災時、父母と従業員の献身的大活躍で倉庫の薬を殆ど全部東京に配送したこと、母は必死に薬品の木箱に縄をかけまくったこと。第二次世界大戦中も、母が社員とリュックを背負って立ちどうしの汽車で東京に薬の買い付けに行き、それを売るときに多少の運搬費をいただいた程度だった」と。戦後、叔母の知人の隣人が札幌出身の人で、戦時中家族が病気の際、 適正な価格で分けてもらって命拾いをしたと、涙ながらに知人の手を取って感謝を述べたとも聞きました。
　さらに叔母は、「自家製剤の『ネオ肝精』、『デルモライツ』の大成功も、北海道人の健康に役に立つと、父が即座に製造組織を構築し たこと、琴似の工場が火事になって軍部から来ていた材料の水飴が流れ出し、近所の人々が群がってスプーンですくっていたのを見た父が、そんなに物資が窮乏していたのかとびっくりして、『一地方商人がするビジネスでない』と、大手製造業に譲ったことなど、子供心に身内を誇らしく思ったことがいっぱいある」とも、鮮明な記憶として語ってくれます。 
 
　昨年末に、（株）スズケン（http://www.suzuken.co.jp/）の社内報が届き、そこには昨年の東日本大震災後に、懸命に医薬品を届けようと尽力する社員の多くの活動が語られていました。「生命関連商品を扱う社会的責任を痛感」、「『何としても薬を届けなければ』という社員のがんばりに驚かされる」、「震災を通して社員の成長を実感」、「みんなの力でセンター機能破たんを回避」、「物流で失った信頼は物流で取り戻す」、「日ごろから本物のお付き合いこそが信頼の礎」、「がんばりの源は『医療を支える一員』という意識」等、「今、伝えたいこと」の特集で、あらためて自らの社会的役割を、お得意先、社員の「絆」を通じて確認したようです。
　昨年5月のスズケン出身者の会「ケンユー会・愛生舘支部総会：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8734」の様子をこの欄に書きました。「～～～～～～～～～～来賓で名古屋からお越しいただいた（株）スズケンの伊藤副社長のお話によると、3月の東日本大震災では、お得意先の医療機関に必死で医薬品をお届けし続ける一方、スズケンの東北エリアの物流センター、支店等でもかなりの被害が有ったようです。支店屋上に数日間避難したり、犠牲になった方もいらっしゃったと報告もありました。全国で営業展開し、医薬品の流通を通じて日々社会への責任を果たそうとするモラルの高さに感動しながらも、被災とは無縁ではいられない難しさもあるのですね。先日のお話では、被災復旧への投資等も多額に上り、来年の年間配当は、これまでの一株62円から50円へと減配の予定とか。秋山財団運営には大きな打撃であり、来年度事業計画に織り込んで対応を考えなければなりません。～～～～～～～～～」
　自らのリスクテイクと顧客への責任を全うせんがための全社一丸の努力を、伊藤副社長の言葉、社内報から読み取り、私は強い感動を覚えました。まさに、民の志の高さ、モチベーションに支えられた個々の判断の迅速性と適格性と言えましょうか。先見性のある優れた企業は、当事者能力も高く、新しい時代の変化に対していち早く対応しています。環境系等の社会貢献を標榜するNGO・NPOも、いつ実行されるか分からない政策に期待するよりも、これらの優良企業とコラボレーションする方が決断スピードも速く、規模も大きく、結果を出すことができると考え始めています。
 
　一方、下記のように、昨年お会いしたスイスの投資家から見る企業と国家の当事者能力の違いに対して、厳しい評価があります。
～～～～～ギリシア問題から始まり、EUについてはかなり悲観的な展望だ。スイスはEUに加盟していないので、スイスの政治指導者に感謝する。それでも日本同様、現在スイスフラン高で、輸出企業の多いスイスもチャレンジだ。ただ、今のところは企業業績は悪くは無い。アメリカも確かに難しい局面だが、それでも一国であり、まだ大統領・政府の統制下で政策変更等、方向性を見い出せるが、EUはその下に各国の政府・議会・国民がいて、あまりに関わる利害関係者が多すぎて、スピードのある決断による転換が難しく危機的である。そんな理由で、「社債」はまだしも、「国債」はリスクが高すぎる。～～～～～～
 
　なぜこんな話を念頭に書き留めるか、それは原発事故における政治、監督官庁幹部、東京電力の経営幹部に対する憤りがあるからです。「民主主義」は本当に優れたシステムなのでしょうか？もちろん独裁が良いとは全然思いませんが、「選挙」とか「国会審議」とか、手段が目的化してやたら時間を浪費する愚、部分最適ばかりで無駄が多く、構想力も欠如している中央官庁の政策、地域独占の電力会社は民間企業としての当事者責任を問いただすと、「国の政策だから」と逃げ込み、ある時は「電力の安定供給の使命」みたいなことを持ち出して電力不足と顧客を恫喝し原発推進を言いだす、私は彼らの無責任さとそれれに無批判なメディアが許せません。
　志ある市民の自立した活動と、優れた先見性と顧客志向の企業とがコラボレイトすることが、今、課題解決の最も実現可能な道なのではないかと、確信を得るに至りました。今年一年、「エネルギーシフト」も「環境」も、「企業とのコラボ」をキーワードにして結果を出したいですね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　この数年、市民活動を支える方々から、「企業って利益追求でしょっ！」とか、「経済界って儲けることばかり考えてる！」みたいな話をよく耳にしていましたが、私には実に不本意なのですよ。「それは間違いだ！！」と大きな声で言いたいですね、よく観察すると、素晴らしい企業があちこちに出現している昨今です。</p>
<p>　私は商売をする家に生まれ育ち、24時間・365日、自分たちの暮らしよりも会社とか仕事のことばかり考えている経営者しか知りませんでしたし、自分が経営の一翼を担うようになっても、ひと時もお得意先・社員のことが頭を離れたことがありませんでした。「儲け」は、設備投資原資とか、従業員給与とか、メインテナンスとか、自らのリスクで生き残るため、持続可能な企業活動を担保するために必要だと思っていました。そして更に、民間企業経営者が、納税はじめ社会のためとか、人々のために日々活動しているエピソード・経験談を、幼い頃から繰り返し繰り返し耳にしていたからだとも思います。</p>
<p>　たとえば、秋山愛生舘の「奉仕の精神」、「民の担う公共・志」、「社会への貢献」といった精神は、私は企業理念だと信じています。ワグナー・ナンドール財団（<a href="http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html">http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html</a>）理事長で叔母の和久奈ちよは話していました、「関東大震災時、父母と従業員の献身的大活躍で倉庫の薬を殆ど全部東京に配送したこと、母は必死に薬品の木箱に縄をかけまくったこと。第二次世界大戦中も、母が社員とリュックを背負って立ちどうしの汽車で東京に薬の買い付けに行き、それを売るときに多少の運搬費をいただいた程度だった」と。戦後、叔母の知人の隣人が札幌出身の人で、戦時中家族が病気の際、 適正な価格で分けてもらって命拾いをしたと、涙ながらに知人の手を取って感謝を述べたとも聞きました。</p>
<p>　さらに叔母は、「自家製剤の『ネオ肝精』、『デルモライツ』の大成功も、北海道人の健康に役に立つと、父が即座に製造組織を構築し たこと、琴似の工場が火事になって軍部から来ていた材料の水飴が流れ出し、近所の人々が群がってスプーンですくっていたのを見た父が、そんなに物資が窮乏していたのかとびっくりして、『一地方商人がするビジネスでない』と、大手製造業に譲ったことなど、子供心に身内を誇らしく思ったことがいっぱいある」とも、鮮明な記憶として語ってくれます。 </p>
<p> </p>
<p>　昨年末に、（株）スズケン（<a href="http://www.suzuken.co.jp/">http://www.suzuken.co.jp/</a>）の社内報が届き、そこには昨年の東日本大震災後に、懸命に医薬品を届けようと尽力する社員の多くの活動が語られていました。「生命関連商品を扱う社会的責任を痛感」、「『何としても薬を届けなければ』という社員のがんばりに驚かされる」、「震災を通して社員の成長を実感」、「みんなの力でセンター機能破たんを回避」、「物流で失った信頼は物流で取り戻す」、「日ごろから本物のお付き合いこそが信頼の礎」、「がんばりの源は『医療を支える一員』という意識」等、「今、伝えたいこと」の特集で、あらためて自らの社会的役割を、お得意先、社員の「絆」を通じて確認したようです。</p>
<p>　昨年5月のスズケン出身者の会「ケンユー会・愛生舘支部総会：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8734">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8734</a>」の様子をこの欄に書きました。「～～～～～～～～～～来賓で名古屋からお越しいただいた（株）スズケンの伊藤副社長のお話によると、3月の東日本大震災では、お得意先の医療機関に必死で医薬品をお届けし続ける一方、スズケンの東北エリアの物流センター、支店等でもかなりの被害が有ったようです。支店屋上に数日間避難したり、犠牲になった方もいらっしゃったと報告もありました。全国で営業展開し、医薬品の流通を通じて日々社会への責任を果たそうとするモラルの高さに感動しながらも、被災とは無縁ではいられない難しさもあるのですね。先日のお話では、被災復旧への投資等も多額に上り、来年の年間配当は、これまでの一株62円から50円へと減配の予定とか。秋山財団運営には大きな打撃であり、来年度事業計画に織り込んで対応を考えなければなりません。～～～～～～～～～」</p>
<p>　自らのリスクテイクと顧客への責任を全うせんがための全社一丸の努力を、伊藤副社長の言葉、社内報から読み取り、私は強い感動を覚えました。まさに、民の志の高さ、モチベーションに支えられた個々の判断の迅速性と適格性と言えましょうか。先見性のある優れた企業は、当事者能力も高く、新しい時代の変化に対していち早く対応しています。環境系等の社会貢献を標榜するNGO・NPOも、いつ実行されるか分からない政策に期待するよりも、これらの優良企業とコラボレーションする方が決断スピードも速く、規模も大きく、結果を出すことができると考え始めています。</p>
<p> </p>
<p>　一方、下記のように、昨年お会いしたスイスの投資家から見る企業と国家の当事者能力の違いに対して、厳しい評価があります。</p>
<p>～～～～～ギリシア問題から始まり、EUについてはかなり悲観的な展望だ。スイスはEUに加盟していないので、スイスの政治指導者に感謝する。それでも日本同様、現在スイスフラン高で、輸出企業の多いスイスもチャレンジだ。ただ、今のところは企業業績は悪くは無い。アメリカも確かに難しい局面だが、それでも一国であり、まだ大統領・政府の統制下で政策変更等、方向性を見い出せるが、EUはその下に各国の政府・議会・国民がいて、あまりに関わる利害関係者が多すぎて、スピードのある決断による転換が難しく危機的である。そんな理由で、「社債」はまだしも、「国債」はリスクが高すぎる。～～～～～～</p>
<p> </p>
<p>　なぜこんな話を念頭に書き留めるか、それは原発事故における政治、監督官庁幹部、東京電力の経営幹部に対する憤りがあるからです。「民主主義」は本当に優れたシステムなのでしょうか？もちろん独裁が良いとは全然思いませんが、「選挙」とか「国会審議」とか、手段が目的化してやたら時間を浪費する愚、部分最適ばかりで無駄が多く、構想力も欠如している中央官庁の政策、地域独占の電力会社は民間企業としての当事者責任を問いただすと、「国の政策だから」と逃げ込み、ある時は「電力の安定供給の使命」みたいなことを持ち出して電力不足と顧客を恫喝し原発推進を言いだす、私は彼らの無責任さとそれれに無批判なメディアが許せません。</p>
<p>　志ある市民の自立した活動と、優れた先見性と顧客志向の企業とがコラボレイトすることが、今、課題解決の最も実現可能な道なのではないかと、確信を得るに至りました。今年一年、「エネルギーシフト」も「環境」も、「企業とのコラボ」をキーワードにして結果を出したいですね。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>2012年、次代につなぐ</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11292</link>
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		<pubDate>Sun, 01 Jan 2012 04:00:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11292</guid>
		<description><![CDATA[　新年明けましておめでとうございます。
　毎年元旦は、「新しい気持」で迎えてきていますが、私にとっては、今年は、やはり昨年の3・11の衝撃はその後も止むことなく続き、忘れてはいけない年と思うと同時に、「2011年がやっと終わった」みたいな、散らかった仕事場の片づけをしながら区切りをつけようとする自分を感じました。今年を展望する前に、時間を区切りたいと思ったのは初めてですね。
　仕事・活動を続けていると、「仕込み時期」、「刈り取り時期」みたいな、ステージの起承転結があるような気がします、だから人生それ自体がストーリーを持つのかも知れません。その意味では私にとって昨年は、「刈り取り時期」でしたね。今年は、幾つかのこれまでやってきた活動で、「次代につなぐ時期」の予感がします。
　よく「人材育成」と言いますが、少しでも人を育てる経験をされた方は感じられると思います、この「人を育てる」というのは、実に難しく、託すこと・期待することの苦しみとでもいうのか、裏切りにもめげず、繰り返し飽きることなく自分の経験とメッセージを伝え続ける、そんな地道な活動の繰り返しです。「這えば立て、立てば歩めの親心」の如く、期待はどんどん膨らみ、それも先回りをします。自分が充実して前へ前へと進撃すればするほど、育てる対象の歩みの遅さにいら立ちを覚えて不機嫌になってくる、思えば私は教員時代も、経営者時代も、その情況との葛藤でした。結局、「育てる」などということなどおこがましいことであり、せめて自分の思い・体験を「伝える」、「つなげる」、「託す」と考えるべきなのでしょう、いずれ否応なく、次代が世界を担うのですから。
　4年前のこの欄に書きました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=307）。先日、「人間の覚悟」に続いて、五木寛之著「下山の思想：幻冬舎新書」も出版されたようです。
　「林住期を生きる」、今再び肝に銘じつつ、今年も宜しくお願い致します！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　新年明けましておめでとうございます。</p>
<div id="attachment_11305" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020367.jpg"><img class="size-medium wp-image-11305" title="p1020367" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2012/01/p1020367-500x375.jpg" alt="今年も北海道神宮への初詣" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">今年も北海道神宮への初詣</p></div>
<p>　毎年元旦は、「新しい気持」で迎えてきていますが、私にとっては、今年は、やはり昨年の3・11の衝撃はその後も止むことなく続き、忘れてはいけない年と思うと同時に、「2011年がやっと終わった」みたいな、散らかった仕事場の片づけをしながら区切りをつけようとする自分を感じました。今年を展望する前に、時間を区切りたいと思ったのは初めてですね。</p>
<p>　仕事・活動を続けていると、「仕込み時期」、「刈り取り時期」みたいな、ステージの起承転結があるような気がします、だから人生それ自体がストーリーを持つのかも知れません。その意味では私にとって昨年は、「刈り取り時期」でしたね。今年は、幾つかのこれまでやってきた活動で、「次代につなぐ時期」の予感がします。</p>
<p>　よく「人材育成」と言いますが、少しでも人を育てる経験をされた方は感じられると思います、この「人を育てる」というのは、実に難しく、託すこと・期待することの苦しみとでもいうのか、裏切りにもめげず、繰り返し飽きることなく自分の経験とメッセージを伝え続ける、そんな地道な活動の繰り返しです。「這えば立て、立てば歩めの親心」の如く、期待はどんどん膨らみ、それも先回りをします。自分が充実して前へ前へと進撃すればするほど、育てる対象の歩みの遅さにいら立ちを覚えて不機嫌になってくる、思えば私は教員時代も、経営者時代も、その情況との葛藤でした。結局、「育てる」などということなどおこがましいことであり、せめて自分の思い・体験を「伝える」、「つなげる」、「託す」と考えるべきなのでしょう、いずれ否応なく、次代が世界を担うのですから。</p>
<p>　4年前のこの欄に書きました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=307">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=307</a>）。先日、「人間の覚悟」に続いて、五木寛之著「下山の思想：幻冬舎新書」も出版されたようです。</p>
<p>　「林住期を生きる」、今再び肝に銘じつつ、今年も宜しくお願い致します！</p>
]]></content:encoded>
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		<title>秋山財団の「未来像・2011から」</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11225</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11225#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 30 Dec 2011 00:06:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11225</guid>
		<description><![CDATA[　「2011年」、決して忘れてはいけない年となりましたが、皆さまには大変お世話になりました、この場を借りて御礼申し上げます。
　公益財団法人 秋山記念生命科学振興財団（http://www.akiyama-foundation.org/）は、今年で設立25周年を迎えました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10144）。来年度以降の向こう25年を見据えて、「未来像・2011から」を策定して、新しい歩みを進めて参ります。
　その中から、以下抜粋し、皆さまの引き続きのご支援を期待したいと思います！
～～～～～～～～～～～～～～～～以下、抜粋です
＜現状認識＞
現在、避けることのできない大きな課題としてわれわれが直面するものに、地球規模の環境問題、経済・金融危機の頻発、安全・安心な地域社会の崩壊などがありますが、これらの課題は設立当時の財団を取り巻く社会に、既に萌芽的に現れていました。
しかしながら、グローバル化の急激で大規模な進展により、これら社会状況が、これまでになく急速に変化する新たな局面に入りつつあります。また、冷戦終結後の国際秩序の不安定化や、ＥＵに見られる新たな地域統合もまた諸問題を抱えて流動的であり、アジアの一員として、われわれの生き方、考え方に変更を迫る要因となっています。さらに今年の「3・11東日本大震災」は、これまで創り上げた社会に、地震、津波、原子力発電所爆発事故の甚大な被害を及ぼし、現在の科学と社会との関わりに、重大な問題を提起しています。
課題解決の担い手に目を転じますと、これまで「官」が担ってきた公的サービスを、ボランティアやNPOなどが果たす役割が大きくなってきており、企業もCSR活動に一層力を注いだり、「新たな公共」の担い手が成長しています。このような「新たな公共」のうねりは、秋山財団の設立当時には見られなかった動きです。
時代の大きな変化は、われわれの社会のしくみや日々の生活を根本から変質させると同時に、また新たに創り出すチャンスでもあり得ます。当財団は、時代の変化のとば口に立っていると認識しています。
 
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～途中を省略


＜向こう25年の方向性＞
　以上のような認識を踏まえて、今後を展望したいと思います。
まず財政的には、今現在、基本財産の飛躍的拡充はこれまでのようには見込めません。経常的に外部からの寄付等、ソーシャルメディアを活用したファンドレイジングをきめ細かく行っていく必要性があります。インターネットのホームページをフルに活用して情報発信機能を高め、それを収入に結び付けて、財政的基盤の拡充を図っていきます。
　事業的には、次のような視座に留意します。
1）「生命科学」を人間のみならず、地域を対象とした科学として視野に入れる。地域を生命体として捉え、経済的な循環（エコノミー）、環境生態系（エコロジー）、さらに伝統文化の継承・発展等、地域科学分野を含めた活動支援。そして、成果の検証も行う
2）財団としてのアウトリーチ活動を行う、例えば、一般市民向けの「生命科学」講演、出前講座の開催、ライフサイエンス・カフェ等
3）硬直した国・自治体の政策・制度に代わり、社会的課題に速やかに、柔軟に解決していく活動
4）「人材育成」活動は、
a）次の時代を担う世代を、もっと早い時期から視野に入れるべき。活動助成については、対象として中学生・高校生・20歳前世代へのアプローチを、テーマ的には若年労働者の雇用促進につながることも検討する
ｂ）「科学リテラシー」を高める「教育」への貢献
5）活動助成について、
a）「地域の創造的社会システムの構築」として、経済効果、環境負荷の軽減効果等、科学的な地域分析の手法を取り入れたアプローチの組み入れ
b）「北海道に根差した地域研究」として、独自の伝統・文化を北海道の発展に結びつける取り組み支援、例えば、アイヌ文化の振興と価値創出、地域主権下での北海道開拓・開発政策の進化等
 
 
＜おわりに＞
 
年報創刊号の巻頭言に、当財団の名付け親である伴義雄理事が書かれています。
「・・・・このように、自然科学を専攻する者にとって感動的な生命現象の解明へのステップも、他の分野、特に人文・社会科学系の方々には、生命の尊厳があたかも単なる原子・分子の集合体であるロボットのように扱われていると、拒否的に受け取られたとしても無理からぬことである。私自身、その成果を感銘深く知ったのであるが、そこに自己の生命観を持ち込んで理解するようなことは、いささかも考えなかった。しかし、その後、存在としての生体そのものの在り方が鮮明になることによって、かえって生命への認識を新たにしたように思う。私は、自然科学的生命観の樹立に、宗教や哲学が介入する余地が十分あるように思われてならない。
　確かにライフサイエンスの著しい進歩は、人間の福祉に大きく貢献する一方で、人間の存在と尊厳に深く関わるような問題が提起されていることも周知のことである。たとえば遺伝子操作、人工授精、臓器移植等は、社会倫理の立場から慎重な対応が求められている。私どもとしても、この点には十分配慮しつつ、21世紀へ向けての重要課題に取り組むべきであろう。・・・・」
 
「生命科学（ライフサイエンス）」をテーマに、北海道から発信する「民間・自立」という秋山財団の設立の初心を踏まえて、内外ともに節目の2011年に、もう一度原点に立ち返えり、次の四半世紀に向けた「覚悟」を明確にしたいとの思いです。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり
 
 

]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「<strong>2011年</strong>」、決して忘れてはいけない年となりましたが、皆さまには大変お世話になりました、この場を借りて御礼申し上げます。</p>
<p>　公益財団法人 秋山記念生命科学振興財団（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/">http://www.akiyama-foundation.org/</a>）は、今年で設立25周年を迎えました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10144">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10144</a>）。来年度以降の向こう25年を見据えて、「<strong>未来像・2011から</strong>」を策定して、新しい歩みを進めて参ります。</p>
<p>　その中から、以下抜粋し、皆さまの引き続きのご支援を期待したいと思います！</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～以下、抜粋です</p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; color: black; font-size: 11pt; mso-bidi-font-family: ZYVXHV+TsukuMinPro-L; mso-font-kerning: 0pt;">＜現状認識＞</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 11pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; color: black; font-size: 11pt; mso-bidi-font-family: ZYVXHV+TsukuMinPro-L; mso-font-kerning: 0pt;">現在、避けることのできない大きな課題としてわれわれが直面するものに、</span><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">地球規模の環境問題、経済・金融危機の頻発、安全・安心な地域社会の崩壊などがありますが、これらの課題は設立当時の財団を取り巻く社会に、既に萌芽的に現れていました。</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 11pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">しかしながら、グローバル化の急激で大規模な進展により、これら社会状況が、これまでになく急速に変化する新たな局面に入りつつあります。また、冷戦終結後の国際秩序の不安定化や、ＥＵに見られる新たな地域統合もまた諸問題を抱えて流動的であり、アジアの一員として、われわれの生き方、考え方に変更を迫る要因となっています。さらに今年の「<span lang="EN-US">3</span>・<span lang="EN-US">11</span>東日本大震災」は、これまで創り上げた社会に、地震、津波、原子力発電所爆発事故の甚大な被害を及ぼし、現在の科学と社会との関わりに、重大な問題を提起しています。</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 11pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">課題解決の担い手に目を転じますと、これまで「官」が担ってきた公的サービスを、ボランティアや<span lang="EN-US">NPO</span>などが果たす役割が大きくなってきており、企業も<span lang="EN-US">CSR</span>活動に一層力を注いだり、「新たな公共」の担い手が成長しています。このような「新たな公共」のうねりは、秋山財団の設立当時には見られなかった動きです。</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 11pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">時代の大きな変化は、われわれの社会のしくみや日々の生活を根本から変質させると同時に、また新たに創り出すチャンスでもあり得ます。当財団は、時代の変化のとば口に立っていると認識しています。</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 11pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 11pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～途中を省略</span></p>
<div></div>
<p><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;"></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">＜向こう<span lang="EN-US">25</span>年の方向性＞</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">　以上のような認識を踏まえて、今後を展望したいと思います。</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">まず財政的には、今現在、基本財産の飛躍的拡充はこれまでのようには見込めません。経常的に外部からの寄付等、ソーシャルメディアを活用したファンドレイジングをきめ細かく行っていく必要性があります。インターネットのホームページをフルに活用して情報発信機能を高め、それを収入に結び付けて、財政的基盤の拡充を図っていきます。</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">　事業的には、次のような視座に留意します。</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">1</span><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">）「生命科学」を人間のみならず、地域を対象とした科学として視野に入れる。地域を生命体として捉え、経済的な循環（エコノミー）、環境生態系（エコロジー）、さらに伝統文化の継承・発展等、地域科学分野を含めた活動支援。そして、成果の検証も行う</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">2</span><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">）財団としてのアウトリーチ活動を行う、例えば、一般市民向けの「生命科学」講演、出前講座の開催、ライフサイエンス・カフェ等</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">3</span><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">）硬直した国・自治体の政策・制度に代わり、社会的課題に速やかに、柔軟に解決していく活動</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">4</span><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">）「人材育成」活動は、</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 11pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">a</span><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">）次の時代を担う世代を、もっと早い時期から視野に入れるべき。活動助成については、対象として中学生・高校生・<span lang="EN-US">20</span>歳前世代へのアプローチを、テーマ的には若年労働者の雇用促進につながることも検討する</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 11pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">ｂ）「科学リテラシー」を高める「教育」への貢献</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">5</span><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">）活動助成について、</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 11pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">a</span><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">）「地域の創造的社会システムの構築」として、経済効果、環境負荷の軽減効果等、科学的な地域分析の手法を取り入れたアプローチの組み入れ</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 11pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">b</span><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">）「北海道に根差した地域研究」として、独自の伝統・文化を北海道の発展に結びつける取り組み支援、例えば、アイヌ文化の振興と価値創出、地域主権下での北海道開拓・開発政策の進化等</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 11pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;"> </span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;"> </span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">＜おわりに＞</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;"> </span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 11pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">年報創刊号の巻頭言に、当財団の名付け親である伴義雄理事が書かれています。</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">「・・・・このように、自然科学を専攻する者にとって感動的な生命現象の解明へのステップも、他の分野、特に人文・社会科学系の方々には、生命の尊厳があたかも単なる原子・分子の集合体であるロボットのように扱われていると、拒否的に受け取られたとしても無理からぬことである。私自身、その成果を感銘深く知ったのであるが、そこに自己の生命観を持ち込んで理解するようなことは、いささかも考えなかった。しかし、その後、存在としての生体そのものの在り方が鮮明になることによって、かえって生命への認識を新たにしたように思う。私は、自然科学的生命観の樹立に、宗教や哲学が介入する余地が十分あるように思われてならない。</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">　確かにライフサイエンスの著しい進歩は、人間の福祉に大きく貢献する一方で、人間の存在と尊厳に深く関わるような問題が提起されていることも周知のことである。たとえば遺伝子操作、人工授精、臓器移植等は、社会倫理の立場から慎重な対応が求められている。私どもとしても、この点には十分配慮しつつ、<span lang="EN-US">21</span>世紀へ向けての重要課題に取り組むべきであろう。・・・・」</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;"> </span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 11pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; font-size: 11pt;">「生命科学（ライフサイエンス）」をテーマに、北海道から発信する「民間・自立」という秋山財団の設立の初心を踏まえて、内外ともに節目の<span lang="EN-US">2011</span>年に、もう一度原点に立ち返えり、次の四半世紀に向けた「覚悟」を明確にしたいとの思いです。</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 11pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;">～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p></span></p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>演劇創造の担い手たち</title>
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		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11192#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 27 Dec 2011 23:52:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11192</guid>
		<description><![CDATA[　演劇を愛する人たちの「サロンの会・例会」が、劇団千年王國（http://sen-nen.org/index.htm）の稽古場でありました。今年の札幌劇場祭（TGR2011：http://www.s-artstage.com/2011/about/）で大賞・特別賞を受賞された劇団・脚本・演出の方々をゲストでお招きし、製作の苦労話ほか、公演にまつわるこぼれ話を聴くことができました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11060）。
・札幌劇場祭　大賞　劇団千年王國　「狼王ロボ」
・札幌劇場祭　特別賞 ［演出賞］　intro　「蒸発」
・札幌劇場祭　特別賞 ［作品賞］　弘前劇場　「海辺の日々」
・札幌劇場祭　新人賞　劇団アトリエ　「もういちど」
・札幌劇場祭　オーディエンス賞　　※星5つ満点の観客アンケートによる賞
　　リーディングヒッター賞（☆の平均）　劇団千年王國　「狼王ロボ」
　　ホームラン王賞（獲得した☆の総数）　劇団千年王國　「狼王ロボ」


　今年の作品を振り返り、舞台とは違った魅力も感じて楽しいひと時でした。役者の皆さんの表情が実に綺麗ですね、目が輝いているというか、普段仕事でお会いする方々が曇っているという訳ではないのですが、発散するエネルギーみたいなものをそばにいて感じます。特に、今年は製作に関わった全ての皆さんが、3・11をどう受け止めるか、その後どう表現活動を行うべきか等、災害と真正面に向き合おうとする姿勢が印象的でした。
　先日の会では、目の肥えた参加者の方々から次々と質問もあり、内容の濃いサロンの会でした。写真の背景の壁に貼られている年表とオオカミのスケッチは、「狼王ロボ」の稽古にあたって、オオカミの歴史等についての調査研究の跡でしょうね、観終わった後に稽古場を訪れると、また作品の完成までのプロセスも思い起こされて感動もひと際です。
　来年1月から2月に、「札幌演劇シーズン～100人の演劇人が活躍する街をめざして：http://s-e-season.com/about-project/」もいよいよ開催されますし、演劇創造の新しい担い手たちを応援する意味でも、出来るだけ多く劇場に足を運びたいものです。今年、演劇にかかわった全ての方々に感謝です、ありがとう！！！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　演劇を愛する人たちの「サロンの会・例会」が、劇団千年王國（<a href="http://sen-nen.org/index.htm">http://sen-nen.org/index.htm</a>）の稽古場でありました。今年の札幌劇場祭（TGR2011：<a href="http://www.s-artstage.com/2011/about/">http://www.s-artstage.com/2011/about/</a>）で大賞・特別賞を受賞された劇団・脚本・演出の方々をゲストでお招きし、製作の苦労話ほか、公演にまつわるこぼれ話を聴くことができました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11060">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11060</a>）。</p>
<p>・札幌劇場祭　大賞　<a href="http://sen-nen.org/"><span style="color: #76664b;">劇団千年王國</span></a>　「狼王ロボ」<br />
・札幌劇場祭　特別賞 ［演出賞］　<a href="http://intro.gjpw.net/"><span style="color: #76664b;">intro</span></a>　「蒸発」<br />
・札幌劇場祭　特別賞 ［作品賞］　<a href="http://www.hirogeki.co.jp/"><span style="color: #76664b;">弘前劇場</span></a>　「海辺の日々」</p>
<p>・札幌劇場祭　新人賞　<a href="http://gekidanatelier.web.fc2.com/"><span style="color: #76664b;">劇団アトリエ</span></a>　「もういちど」</p>
<p>・札幌劇場祭　オーディエンス賞　　※星5つ満点の観客アンケートによる賞<br />
　　リーディングヒッター賞（☆の平均）　<a href="http://sen-nen.org/"><span style="color: #76664b;">劇団千年王國</span></a>　「狼王ロボ」<br />
　　ホームラン王賞（獲得した☆の総数）　<a href="http://sen-nen.org/"><span style="color: #76664b;">劇団千年王國</span></a>　「狼王ロボ」</p>
<div id="attachment_11251" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020310.jpg"><img class="size-medium wp-image-11251" title="p1020310" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020310-500x375.jpg" alt="劇団千年王国の橋口幸絵さん（右）と民俗楽器奏者の福井岳郎さん（左）" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">劇団千年王國の脚本・演出・橋口幸絵さん（右）と民俗楽器奏者の福井岳郎さん（左）</p></div>
<div id="attachment_11253" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020315.jpg"><img class="size-medium wp-image-11253" title="p1020315" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020315-500x375.jpg" alt="introの脚本・イトウワカナさんほか" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">introの脚本・イトウワカナさん（右）、役者・菜摘あかねさん（左）</p></div>
<div id="attachment_11252" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020312.jpg"><img class="size-medium wp-image-11252" title="p1020312" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020312-500x375.jpg" alt="劇団弘前劇場" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">劇団弘前劇場の照明・中村昭一郎さん</p></div>
<div class="mceTemp">
<div id="attachment_11269" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p10203092.jpg"><img class="size-medium wp-image-11269" title="p10203092" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p10203092-500x375.jpg" alt="新人賞：劇団アトリエの役者・小山佳祐さん（右）と役者・柴田知佳さん" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">劇団アトリエの役者・小山佳祐さん（右）と役者・柴田知佳さん（左）</p></div>
</div>
<p>　今年の作品を振り返り、舞台とは違った魅力も感じて楽しいひと時でした。役者の皆さんの表情が実に綺麗ですね、目が輝いているというか、普段仕事でお会いする方々が曇っているという訳ではないのですが、発散するエネルギーみたいなものをそばにいて感じます。特に、今年は製作に関わった全ての皆さんが、3・11をどう受け止めるか、その後どう表現活動を行うべきか等、災害と真正面に向き合おうとする姿勢が印象的でした。</p>
<p>　先日の会では、目の肥えた参加者の方々から次々と質問もあり、内容の濃いサロンの会でした。写真の背景の壁に貼られている年表とオオカミのスケッチは、「狼王ロボ」の稽古にあたって、オオカミの歴史等についての調査研究の跡でしょうね、観終わった後に稽古場を訪れると、また作品の完成までのプロセスも思い起こされて感動もひと際です。</p>
<p>　来年1月から2月に、「札幌演劇シーズン～100人の演劇人が活躍する街をめざして：<a href="http://s-e-season.com/about-project/">http://s-e-season.com/about-project/</a>」もいよいよ開催されますし、演劇創造の新しい担い手たちを応援する意味でも、出来るだけ多く劇場に足を運びたいものです。今年、演劇にかかわった全ての方々に感謝です、ありがとう！！！</p>
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		<title>ペリー＆マッカーサー</title>
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		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11188#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 26 Dec 2011 00:37:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　寺島文庫（http://www.terashima-bunko.jp/about.html）の今年最後の会が、「みねるばの森：http://terashima-bunko.com/」で開催されました。
　寺島実郎さんから、「2人のアメリカ人」の残した記念すべき品物の紹介があり、寺島文庫の一角に、「ミニ博物館コーナー」としてそれらが展示されていました。
　一つは、1853年に浦賀にやってきたマシュー・ペリーが、後年執筆した「日本遠征記：http://www.nansei-m.co.jp/web/32perry/sample/kaisetsu.html」特別版の実サイン入り原本です。当日、寺島さんは、学長をつとめる多摩大学（http://www.tama.ac.jp/guide/index.html）の本拠地の「多摩学：http://www.tama.ac.jp/guide/tamagaku.html」の由来から説明されました。 ペリーが当時のフィルモア大統領の親書を携えてというのは事実ではなく、「国書」とは実質的には「紹介状」とか「添え書き」程度のものだったようです。
　一方、マッカーサー元帥の記念は、オレンジ色のパーカー万年筆限定レプリカ（サイン入り）です。1945年9月2日、ミズーリ号艦上で降伏文書に調印した時に使った万年筆で、この時、ペリーが浦賀来航時に旗艦「サスケハナ号」に掲げていた星条旗も持参してきたそうです。なぜ万年筆がオレンジ色か、それは彼の母親のものでした。バージニア州ノーフォークにある「マッカーサー記念館：http://www.macarthurmemorial.org/」、彼の生誕地はアーカンソー州リトルロックですが、米国海軍の本拠地であると同時に、母親の生まれ故郷ということが大きな理由のようです。
　寺島さんは、三井物産のワシントン駐在時代に、ニューヨークのアストリアホテル（http://www.waldorfnewyork.com/index.cfm）の一室に居を構えていたマッカーサー夫人にお会いしていたそうです、歴史のつながりというか接点というか、面白いですね。
 
　この二人のアメリカ人、そしてアメリカという国の共通項は、1）「抑圧的寛容」、すなわち、圧倒的有利な状況では「優しく」「思いやりに満ちあふれ」、不利な状況では「猜疑心、嫉妬心」が異常に強くなること、2）「分断統治」を志向すること、のようです。2011年、沖縄基地問題でも、3・11東日本大震災の支援でも、それを裏付けるような姿勢が思い浮かびます。
　寺島実郎さんは、秋山財団の今年25周年記念講演会（http://www.akiyama-foundation.org/zoutei/）でお話をして頂きました。年明け早々に、「ブックレット」として発刊する予定です。また、リレー塾（http://www.terashima-bunko.com/bunko-project/relay.html）、FM放送（http://www2.jfn.co.jp/owj/tera/index.php）他、多くの政策の審議会等でもご活躍です。今年は特にお世話になりました、心から感謝申し上げます。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　寺島文庫（<a href="http://www.terashima-bunko.jp/about.html">http://www.terashima-bunko.jp/about.html</a>）の今年最後の会が、「みねるばの森：<a href="http://terashima-bunko.com/">http://terashima-bunko.com/</a>」で開催されました。</p>
<p>　寺島実郎さんから、「2人のアメリカ人」の残した記念すべき品物の紹介があり、寺島文庫の一角に、「ミニ博物館コーナー」としてそれらが展示されていました。</p>
<p>　一つは、1853年に浦賀にやってきたマシュー・ペリーが、後年執筆した「日本遠征記：<a href="http://www.nansei-m.co.jp/web/32perry/sample/kaisetsu.html">http://www.nansei-m.co.jp/web/32perry/sample/kaisetsu.html</a>」特別版の<strong>実サイン入り原本</strong>です。当日、寺島さんは、学長をつとめる多摩大学（<a href="http://www.tama.ac.jp/guide/index.html">http://www.tama.ac.jp/guide/index.html</a>）の本拠地の「多摩学：<a href="http://www.tama.ac.jp/guide/tamagaku.html">http://www.tama.ac.jp/guide/tamagaku.html</a>」の由来から説明されました。 ペリーが当時のフィルモア大統領の親書を携えてというのは事実ではなく、「国書」とは実質的には「紹介状」とか「添え書き」程度のものだったようです。</p>
<div id="attachment_11211" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020319.jpg"><img class="size-medium wp-image-11211" title="p1020319" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020319-500x375.jpg" alt="ペリーの自筆サイン（左中央部）入り旅行記" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">ペリーの自筆サイン（左中央部）入り遠征記</p></div>
<div id="attachment_11212" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020322.jpg"><img class="size-medium wp-image-11212" title="p1020322" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020322-500x375.jpg" alt="拡大すると" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">拡大すると</p></div>
<p>　一方、マッカーサー元帥の記念は、オレンジ色のパーカー万年筆限定レプリカ（サイン入り）です。1945年9月2日、ミズーリ号艦上で降伏文書に調印した時に使った万年筆で、この時、ペリーが浦賀来航時に旗艦「サスケハナ号」に掲げていた星条旗も持参してきたそうです。なぜ万年筆がオレンジ色か、それは彼の母親のものでした。バージニア州ノーフォークにある「マッカーサー記念館：<a href="http://www.macarthurmemorial.org/">http://www.macarthurmemorial.org/</a>」、彼の生誕地はアーカンソー州リトルロックですが、米国海軍の本拠地であると同時に、母親の生まれ故郷ということが大きな理由のようです。</p>
<p>　寺島さんは、三井物産のワシントン駐在時代に、ニューヨークのアストリアホテル（<a href="http://www.waldorfnewyork.com/index.cfm">http://www.waldorfnewyork.com/index.cfm</a>）の一室に居を構えていたマッカーサー夫人にお会いしていたそうです、歴史のつながりというか接点というか、面白いですね。</p>
<div id="attachment_11213" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020323.jpg"><img class="size-medium wp-image-11213" title="p1020323" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020323-500x375.jpg" alt="ミズーリ号で署名するマッカーサー" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">ミズーリ号で署名するマッカーサー</p></div>
<div id="attachment_11214" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020318.jpg"><img class="size-medium wp-image-11214" title="p1020318" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020318-375x500.jpg" alt="使用したサイン入りパーカー万年筆のレプリカ" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">使用したサイン入りパーカー万年筆のレプリカ</p></div>
<p> </p>
<p>　この二人のアメリカ人、そしてアメリカという国の共通項は、1）「抑圧的寛容」、すなわち、圧倒的有利な状況では「優しく」「思いやりに満ちあふれ」、不利な状況では「猜疑心、嫉妬心」が異常に強くなること、2）「分断統治」を志向すること、のようです。2011年、沖縄基地問題でも、3・11東日本大震災の支援でも、それを裏付けるような姿勢が思い浮かびます。</p>
<p>　寺島実郎さんは、秋山財団の今年25周年記念講演会（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/zoutei/">http://www.akiyama-foundation.org/zoutei/</a>）でお話をして頂きました。年明け早々に、「ブックレット」として発刊する予定です。また、リレー塾（<a href="http://www.terashima-bunko.com/bunko-project/relay.html">http://www.terashima-bunko.com/bunko-project/relay.html</a>）、FM放送（<a href="http://www2.jfn.co.jp/owj/tera/index.php">http://www2.jfn.co.jp/owj/tera/index.php</a>）他、多くの政策の審議会等でもご活躍です。今年は特にお世話になりました、心から感謝申し上げます。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「錯誤・失敗」の責任</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11196</link>
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		<pubDate>Fri, 23 Dec 2011 02:52:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　昨日、私は書きました、・・・・・・・・・・軍事力ばかりでなく、原子力政策においてもこの海軍の変質の歴史から学ぶことが多いと思います。そしてその「学び」は、これからの日本創造で生きて初めて「価値」となるのですよね、と。この部分について、戸髙さんは具体的事例で言及していますので、それを引用します。
 
＊　巡洋艦「インディアナポリス」は、1945年7月26日に米本土から運んできた原爆をテニアン島に降ろして任務を終え、グアム島を経由してフィリピンのレイテに向かった。出港前の情報では、付近に日本の潜水艦が行動している恐れがあったので、日中はジグザグ航行を行っていたが、日没後は直進で進んでいた。深夜、日本の伊五十八潜水艦の魚雷攻撃で、「インディアナポリス」は十数分であっけなく姿を消し、SOSの発信さえも間に合わなかった。
＊　乗員約1,200名のうち約300名が沈没時に戦死し、その後8月7日の救助完了までの間に多くが遭難し、結局300名程度が救助されたにすぎなかった。日本国内では、この撃沈は日本海軍潜水艦のあげた最後の金星としてのみ有名である。しかし、米国では、「インディアナポリス」の遭難は、海軍最大の悲劇として戦後に大きな問題となった。一隻の巡洋艦が、ほとんど敵の存在しないと思われていた海面で撃沈され、数々の不運が重ねって多くの生命が失われた。この事件の責任はいったい誰にあるのか？
＊　この「インディアナポリス」の事件は、終戦直後のアメリカ海軍と国民の間に重大な関心を呼び起こし、そのニュースは争って読まれた。多くのアメリカ人がこの事件について海軍内部に責任者が存在し、処罰されなければならないと考え、生き残った艦長は軍法会議にかけられ有罪とされた。大戦中にアメリカ海軍が喪失した軍艦の艦長が軍法会議にかけられたケースは他にない。
＊　この異例の裁判が引き起こされた最大の理由は、「将兵が死ななくてもよい場所で無駄に命を落としたのではないか？」ということにあった。この問題意識こそ、日米海軍、いや、日米両国の国家と軍隊と兵士の関係における最大の相違点だったのである。
＊　アメリカ国民は、義務として兵役につき、戦争に参加している。同時にすべての兵士は国家に対して、生命の安全に関して最善の努力を払うことを要求する権利を持っている。もし一人の兵士が戦死すれば、その遺族はその兵士の死が「意義ある死」であったかどうか（すなわち、無意味な作戦や無能な指揮による死ではなかったか、また十分な生活と最善の兵器が与えられていたか）を知る権利を持っていた。それがアメリカという国家と国民の契約だったのである。
＊　「インディアナポリス」の場合を例にとると、死亡した乗員の遺族が太平洋艦隊司令長官のニミッツ提督に対して、責任者の早急な追及を行うように要求する手紙を送っている。これに対してニミッツは、ていねいな返事を書いている。さらに事件調査についても、「われわれは、自分たちの間違いを隠そうとは考えていない」と言明している。これは何ら特別の例ではなく、このような手紙は戦時中に軍の指揮者や、大統領がたびたび受け取ったものだった。また、海軍の内部でも同じように契約があった。「義務を果たした者には名誉を、果たさなかった者には罰を」である。すべての失敗について責任者が厳しく失態や怠慢を追及され、それぞれ処分を受けたものである。
＊　戦いの中で得られた教訓、戦訓には兵士の血の代償が支払われている。そして、その教訓の活用は、次の戦いにおける血の代償の量を左右する。もし真剣に戦訓を得ようとすれば、それは冷厳な責任の追及となるのはやむを得ない。法廷で戦友のミスを追及することはアメリカ人にとっても、もちろん愉快なことではない。しかし今後、同じ過誤が繰り返されないために必要不可欠なこととされたのだ。
＊　ひるがえって、日本海軍のケースはどうであったろうか？1942年6月のミッドウェー海戦に敗れた第一航空艦隊の参謀長草鹿龍之介は、山本五十六司令長官に対して、ほとんど個人の感情レベルの懇願を行っている。そして山本長官も敗北の責任など全く念頭になく、「承知した」と答えている。さらに海戦の敗因については後に、形ばかりの戦訓委員会が設置されたが、その結果は極秘とされて一切公開されなかった。利用されることのない戦訓などに、一体何の意義があるだろうか。
＊　日本海軍の指揮官や高級幕僚が、戦闘の重要な局面で重大な錯誤や失敗をおかし、以後の戦局を極めて不利なものとしたケースはミッドウェー作戦にとどまらず、海軍甲事件・海軍乙事件・台湾沖航空戦・レイテ沖海戦での栗田艦隊の反転など、枚挙にいとまがない。にもかかわらず、それらのケースの責任者で直接処分されたものがいないということは、一体何を意味するのだろうか。
＊　太平洋戦争における日本軍の反省を記した書籍や雑誌を見ると、個々の戦闘の戦術的巧拙についての評価、あるいは戦略的な総論に偏したもの、または日本人の国民性、というような茫漠としたものなどが多く、将兵の義務、責任、そして権利といったものについての考察は、ほとんどない。
＊　しかし、軍隊の本体が人間の集団である以上、将兵の一人の人間としての権利と義務に基づく立場の確立こそ、精強な軍隊の第一歩であると考えるべきであり、日本軍についてもこの観点からの研究がさらに必要と思われる。
～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり
 
　大変長い引用で申し訳ありません。ただ、この数年、日本の戦争と向き合っていて、私がずっと心に引っかかっていた「責任の取り方、取らせ方」について、まさに上記の指摘に120％賛同致します。戦後の東京裁判に代表されるABC級裁判を批判する前に、日本国自体の命の価値に対して自ら指導者・幹部の責任を裁く当事者能力の欠如を指摘すべきだと思います。
　今月2日、この欄に私は書きました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11026）・・・・・・
・・・・・・・・私に15分程度のご挨拶の時間があったので、この場にお招き頂いた御礼と、連載記事の概略、及び今の気持を話しました。当初は、全く個人的興味だった「ビハール号事件」、戦闘日誌等の記録を調査した際、重要部分が切り取られていたこと、香港のB級戦犯法廷での日本海軍幹部の不誠実な証言、父の役割、一人責任を負って絞首台に立った第十六戦隊司令官・左近允尚正中将、そのご子息・左近允尚敏さまとの意見交換等、溢れ出る言葉を抑制しながらではありましたが、お話したつもりです。戦犯裁判とは言え、このままでは現場に責任が全て押しつけられて、本来の作戦立案等、責任ある幹部が誰一人として処罰されないという実に理不尽な経過に私が憤りを感じたこと、歴史の中に確かに記録・記憶されてしかるべき事実であること、戦争は未体験ながら、今を生きる世代として明らかにしておく責務等です。・・・・・・・
　今、原子力発電所の事故ほか国策に対して、全国で巻き起こるデモ・集会等の直接行動は、まさに体験した日本国民の、今と将来に向けた基本的人権の獲得行動であると思います。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　昨日、私は書きました、・・・・・・・・・・軍事力ばかりでなく、原子力政策においてもこの海軍の変質の歴史から学ぶことが多いと思います。そしてその「学び」は、これからの日本創造で生きて初めて「価値」となるのですよね、と。この部分について、戸髙さんは具体的事例で言及していますので、それを引用します。</p>
<p> </p>
<p>＊　巡洋艦「インディアナポリス」は、1945年7月26日に米本土から運んできた原爆をテニアン島に降ろして任務を終え、グアム島を経由してフィリピンのレイテに向かった。出港前の情報では、付近に日本の潜水艦が行動している恐れがあったので、日中はジグザグ航行を行っていたが、日没後は直進で進んでいた。深夜、日本の伊五十八潜水艦の魚雷攻撃で、「インディアナポリス」は十数分であっけなく姿を消し、SOSの発信さえも間に合わなかった。</p>
<p>＊　乗員約1,200名のうち約300名が沈没時に戦死し、その後8月7日の救助完了までの間に多くが遭難し、結局300名程度が救助されたにすぎなかった。日本国内では、この撃沈は日本海軍潜水艦のあげた最後の金星としてのみ有名である。しかし、米国では、「インディアナポリス」の遭難は、海軍最大の悲劇として戦後に大きな問題となった。一隻の巡洋艦が、ほとんど敵の存在しないと思われていた海面で撃沈され、数々の不運が重ねって多くの生命が失われた。この事件の責任はいったい誰にあるのか？</p>
<p>＊　この「インディアナポリス」の事件は、終戦直後のアメリカ海軍と国民の間に重大な関心を呼び起こし、そのニュースは争って読まれた。多くのアメリカ人がこの事件について海軍内部に責任者が存在し、処罰されなければならないと考え、生き残った艦長は軍法会議にかけられ有罪とされた。大戦中にアメリカ海軍が喪失した軍艦の艦長が軍法会議にかけられたケースは他にない。</p>
<p>＊　この異例の裁判が引き起こされた最大の理由は<strong>、「将兵が死ななくてもよい場所で無駄に命を落としたのではないか？」ということにあった。この問題意識こそ、日米海軍、いや、日米両国の国家と軍隊と兵士の関係における最大の相違点だったのである。</strong></p>
<p>＊　アメリカ国民は、義務として兵役につき、戦争に参加している。同時にすべての兵士は国家に対して、生命の安全に関して最善の努力を払うことを要求する権利を持っている。もし一人の兵士が戦死すれば、その遺族はその兵士の死が「意義ある死」であったかどうか（すなわち、無意味な作戦や無能な指揮による死ではなかったか、また十分な生活と最善の兵器が与えられていたか）を知る権利を持っていた。それがアメリカという国家と国民の契約だったのである。</p>
<p>＊　「インディアナポリス」の場合を例にとると、死亡した乗員の遺族が太平洋艦隊司令長官のニミッツ提督に対して、責任者の早急な追及を行うように要求する手紙を送っている。これに対してニミッツは、ていねいな返事を書いている。さらに事件調査についても、「われわれは、自分たちの間違いを隠そうとは考えていない」と言明している。これは何ら特別の例ではなく、このような手紙は戦時中に軍の指揮者や、大統領がたびたび受け取ったものだった。また、海軍の内部でも同じように契約があった。「義務を果たした者には名誉を、果たさなかった者には罰を」である。すべての失敗について責任者が厳しく失態や怠慢を追及され、それぞれ処分を受けたものである。</p>
<p><strong>＊　戦いの中で得られた教訓、戦訓には兵士の血の代償が支払われている。そして、その教訓の活用は、次の戦いにおける血の代償の量を左右する。もし真剣に戦訓を得ようとすれば、それは冷厳な責任の追及となるのはやむを得ない。法廷で戦友のミスを追及することはアメリカ人にとっても、もちろん愉快なことではない。しかし今後、同じ過誤が繰り返されないために必要不可欠なこととされたのだ。</strong></p>
<p>＊　ひるがえって、日本海軍のケースはどうであったろうか？1942年6月のミッドウェー海戦に敗れた第一航空艦隊の参謀長草鹿龍之介は、山本五十六司令長官に対して、ほとんど個人の感情レベルの懇願を行っている。そして山本長官も敗北の責任など全く念頭になく、「承知した」と答えている。<strong>さらに海戦の敗因については後に、形ばかりの戦訓委員会が設置されたが、その結果は極秘とされて一切公開されなかった。利用されることのない戦訓などに、一体何の意義があるだろうか。</strong></p>
<p>＊　日本海軍の指揮官や高級幕僚が、戦闘の重要な局面で重大な錯誤や失敗をおかし、以後の戦局を極めて不利なものとしたケースはミッドウェー作戦にとどまらず、海軍甲事件・海軍乙事件・台湾沖航空戦・レイテ沖海戦での栗田艦隊の反転など、枚挙にいとまがない。にもかかわらず、それらのケースの責任者で直接処分されたものがいないということは、一体何を意味するのだろうか。</p>
<p>＊　太平洋戦争における日本軍の反省を記した書籍や雑誌を見ると、個々の戦闘の戦術的巧拙についての評価、あるいは戦略的な総論に偏したもの、または日本人の国民性、というような茫漠としたものなどが多く、将兵の義務、責任、そして権利といったものについての考察は、ほとんどない。</p>
<p>＊　しかし、軍隊の本体が人間の集団である以上、将兵の一人の人間としての権利と義務に基づく立場の確立こそ、精強な軍隊の第一歩であると考えるべきであり、日本軍についてもこの観点からの研究がさらに必要と思われる。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり</p>
<p> </p>
<p>　大変長い引用で申し訳ありません。ただ、この数年、日本の戦争と向き合っていて、私がずっと心に引っかかっていた「責任の取り方、取らせ方」について、まさに上記の指摘に120％賛同致します。戦後の東京裁判に代表されるABC級裁判を批判する前に、日本国自体の命の価値に対して自ら指導者・幹部の責任を裁く当事者能力の欠如を指摘すべきだと思います。</p>
<p>　今月2日、この欄に私は書きました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11026">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11026</a>）・・・・・・</p>
<p>・・・・・・・・私に15分程度のご挨拶の時間があったので、この場にお招き頂いた御礼と、連載記事の概略、及び今の気持を話しました。当初は、全く個人的興味だった「ビハール号事件」、<strong>戦闘日誌等の記録を調査した際、重要部分が切り取られていたこと、香港のB級戦犯法廷での日本海軍幹部の不誠実な証言、</strong>父の役割、一人責任を負って絞首台に立った第十六戦隊司令官・左近允尚正中将、そのご子息・左近允尚敏さまとの意見交換等、溢れ出る言葉を抑制しながらではありましたが、お話したつもりです。<strong>戦犯裁判とは言え、このままでは現場に責任が全て押しつけられて、本来の作戦立案等、責任ある幹部が誰一人として処罰されないという実に理不尽な経過に私が憤りを感じたこと、歴史の中に確かに記録・記憶されてしかるべき事実であること、戦争は未体験ながら、今を生きる世代として明らかにしておく責務等です。</strong>・・・・・・・</p>
<p>　今、原子力発電所の事故ほか国策に対して、全国で巻き起こるデモ・集会等の直接行動は、まさに体験した日本国民の、今と将来に向けた基本的人権の獲得行動であると思います。</p>
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		<title>「海戦」からみた日本の戦争</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9991</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9991#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 22 Dec 2011 02:55:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9991</guid>
		<description><![CDATA[　今年は、私にとって「戦争」と向き合った記憶に残る年となりました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11094）。今月11日にも書きましたが、「日本海軍の変遷」から検証して、新しい気づきがありました。
　数年前から、歴史認識として「戦争責任」検証の旅で、アウシュヴィッツ等のヨーロッパ・中国東北部を訪問し、今年8月は北海道新聞に、旧海軍の私の父に絡む「ビハール号事件：5回連載」の記事も掲載されました。この間、旧海軍の多くの方々と出会い、貴重なお話、或いは著書を読むことが出来ました。その中から海軍に関係する二つを紹介致します。
　一つは、今年夏に知人の大沼芳徳さんから送って頂いた伊藤和雄著「まさにNCWであった日本海海戦：http://janafa.com/book-35/page-13.pdf」です、「NCW：Network Centric Warfare（http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E4%B8%AD%E5%BF%83%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84）」は、簡単に言うと「ネットワーク中心の戦い」で、近年、米海軍大学校長のアーサー・セブロフスキー中将の講演ほか、アメリカ軍オリジナルの構想と理解されているようですが、実は、日露戦争の日本海海戦が「NCW」だったという視座の興味深い本でした。
　ペリーから送られた電信機に始まり、明治維新以降、海底電信ケーブル、軍用水底線、海軍望楼、三六式無線電信機等、新しく創設された日本海軍のインフラ整備・開発が、実は今日言う「NCW」そのものだったのです。日本海海戦の勝利の分析も、「情報優位」の下で、連合艦隊が主導的に戦ったからこそ、機力（ハードウエア）と術力（ソフトウエア）の僅かな差が大きな結果となってあらわれた、著者はそう断言しています。さらに、戦勝の要因として言われている、敵前大回頭（T字ターン）、砲の門数・口径、装甲の暑さ、下瀬火薬の優越度は、勝敗を左右した決定的要因ではなく、「情報優位」の傘の下に存在した数ある要因のひとつに過ぎない、とも。この勝因総括・分析の誤りが、実はそれから37年後の太平洋戦争での大敗北へとつながります、ある意味で歴史の必然として、です。
　幕末から明治にかけて、本来の「近代国家の建設」への熱き思いと、情報・通信ネットワークの重要性を本能的に理解した優れたリーダー達の見識を、私たちはしっかり史実として記憶しておかなければならないのでしょう、その後の時代を検証すればする程ですね。
 
　もう一つは、戸髙一成著「海戦からみた太平洋戦争」です。戸髙さんはご存知のように、「呉市海事歴史科学館館長（通称大和ミュージアム：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4585」で、同時に海軍史研究家でも著名な方です。私は全く同感する部分が多かったので、少し長くなりますが引用させて下さい。
＊　太平洋戦争では、連合艦隊は早期の艦隊決戦を追求し続け、その作戦が破綻して戦力を使い果たした後は、いたずらに特攻作戦のみによって戦死者を増やすだけに終始した。あえて日本海軍の失敗や欠陥に目を向けることが、現在の日本人にとって有益と考えるのである。
＊　マリアナの攻防で艦隊を失った日本海軍は、ことの重大さに苦悩していた。もはや日米の戦力差は決定的なものであり、通常の攻撃では、日本側に勝ち目はなくなっていたのである。米軍のレーダーは安定した性能で日本機の接近を探知し、十分な余裕を持って邀撃（ようげき）戦闘機を差し向けている。また、幸運にも邀撃戦闘機群の網を逃れ、米艦隊に突入できた飛行機も、小型レーダーを内蔵し、飛行機に接近しただけで炸裂するVT信管を装備した高角砲弾の弾幕に包まれて撃墜されてしまう。
＊　当時、日本海軍では、この米艦隊の対空砲火の命中率が異常に高いことに気づかず、単に対空機銃と高角砲が多い、つまり物量の差があるといった程度の認識しかなかった。この、「米軍イコール物量」という図式は、日本の軍人の頭の中に深く染み込んだ観念で、これはワシントン条約で日本の海軍が対米6割に抑えられた時からの長い歴史を持った観念であった。これらの物量に対抗するには、米艦隊を上回る戦力を集中して対抗すべきであったが、日本海軍にはすでにその力はなく、力を蓄積するだけの資源も時間もなかったのである。
＊　では、何もない日本海軍に残された道は何であったか。それは「天佑神助」を当てにすることと、「大和魂」を持ち出すことだけだったのである。合理的な作戦がすべて破綻した時、残っていた作戦が非合理であったことは、或いは自然なことだったのかもしれない。
＊　1945年の戦艦大和の最期となった「沖縄特攻」のとき、出撃にあたって連合艦隊司令部から与えられた命令がある。この命令を起案したのが誰なのかはっきりしないが、命令文が示すものは、この特攻艦隊の出撃が、「海軍の伝統を発揚」するために命じられたものである、ということであった。付帯的に付けられた「皇国無窮の礎を確立」することとともに、そこには何ら遂行中の戦争に対する戦術展望もなければ、全てを失った後に対する考慮も読み取ることはできない。この作戦目標は「戦果」ではなく、「日本海軍の栄光」の伝統発揚のためだったのである。日本海軍にとっては、「海軍あって国家なし」と言われても仕方のない命令文である。海軍は、ただ「輝ける伝統」という幻を守るために多くの艦艇と人命を米軍の攻撃の前に差し出したのであろうか。
＊　いかに軍事技術が発達しようとも、戦争に至る原因の多くは、古来変わるものではなく、基本的には、国家間の政策・利害の衝突に過ぎない。これは、本質的には、外交交渉で解決されるべきものであり、戦争は、いわば交渉失敗の結果なのである。
＊　このような、外交的敗北によって始まった太平洋戦争は壊滅的な敗北で終り、日清戦争に始まった「日本の五十年戦争」も幕を閉じた。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり
　「外交」と「戦争」と言えば、クラウゼヴィッツ（http://kotobank.jp/word/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%82%BC%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%84）の「戦争論」を思い出します。日本海海戦を担った指導者たちと、太平洋戦争時の海軍指導部の質・見識の差とでも言うのでしょうか、この80年近くで変遷していった日本海軍から考察する歴史は、しかし、今も進行形であると思いますね、指導者の劣化、それを見過ごす国民の民度の低さとお任せ民主主義の跋扈です、教育の敗北と言っても良いかもしれません。
　今の日本は2008年統計で、「53隻の駆逐艦保有」、これは米軍第7艦隊の2倍であり、「護衛艦52隻、哨戒艦9隻、機雷艦31隻、潜水艦16隻など152隻、43．7万トン保有」、世界第2位の海軍です。それをコントロールする指導者は育っているのでしょうか。軍事力ばかりでなく、原子力政策においてもこの海軍の変質の歴史から学ぶことが多いと思います。そしてその「学び」は、これからの日本創造で生きて初めて「価値」となるのですよね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　今年は、私にとって「戦争」と向き合った記憶に残る年となりました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11094">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11094</a>）。今月11日にも書きましたが、「日本海軍の変遷」から検証して、新しい気づきがありました。</p>
<p>　数年前から、歴史認識として「戦争責任」検証の旅で、アウシュヴィッツ等のヨーロッパ・中国東北部を訪問し、今年8月は北海道新聞に、旧海軍の私の父に絡む「ビハール号事件：5回連載」の記事も掲載されました。この間、旧海軍の多くの方々と出会い、貴重なお話、或いは著書を読むことが出来ました。その中から海軍に関係する二つを紹介致します。</p>
<p>　一つは、今年夏に知人の大沼芳徳さんから送って頂いた伊藤和雄著「まさにNCWであった日本海海戦：<a href="http://janafa.com/book-35/page-13.pdf">http://janafa.com/book-35/page-13.pdf</a>」です、「NCW：Network Centric Warfare（<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E4%B8%AD%E5%BF%83%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84">http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E4%B8%AD%E5%BF%83%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84</a>）」は、簡単に言うと「ネットワーク中心の戦い」で、近年、米海軍大学校長のアーサー・セブロフスキー中将の講演ほか、アメリカ軍オリジナルの構想と理解されているようですが、実は、日露戦争の日本海海戦が「NCW」だったという視座の興味深い本でした。</p>
<p>　ペリーから送られた電信機に始まり、明治維新以降、海底電信ケーブル、軍用水底線、海軍望楼、三六式無線電信機等、新しく創設された日本海軍のインフラ整備・開発が、実は今日言う「NCW」そのものだったのです。日本海海戦の勝利の分析も、「情報優位」の下で、連合艦隊が主導的に戦ったからこそ、機力（ハードウエア）と術力（ソフトウエア）の僅かな差が大きな結果となってあらわれた、著者はそう断言しています。さらに、戦勝の要因として言われている、敵前大回頭（T字ターン）、砲の門数・口径、装甲の暑さ、下瀬火薬の優越度は、勝敗を左右した決定的要因ではなく、「情報優位」の傘の下に存在した数ある要因のひとつに過ぎない、とも。この勝因総括・分析の誤りが、実はそれから37年後の太平洋戦争での大敗北へとつながります、ある意味で歴史の必然として、です。</p>
<p>　幕末から明治にかけて、本来の「近代国家の建設」への熱き思いと、情報・通信ネットワークの重要性を本能的に理解した優れたリーダー達の見識を、私たちはしっかり史実として記憶しておかなければならないのでしょう、その後の時代を検証すればする程ですね。</p>
<p> </p>
<p>　もう一つは、戸髙一成著「海戦からみた太平洋戦争」です。戸髙さんはご存知のように、「呉市海事歴史科学館館長（通称大和ミュージアム：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4585">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4585</a>」で、同時に海軍史研究家でも著名な方です。私は全く同感する部分が多かったので、少し長くなりますが引用させて下さい。</p>
<p>＊　太平洋戦争では、連合艦隊は早期の艦隊決戦を追求し続け、その作戦が破綻して戦力を使い果たした後は、いたずらに特攻作戦のみによって戦死者を増やすだけに終始した。あえて日本海軍の失敗や欠陥に目を向けることが、現在の日本人にとって有益と考えるのである。</p>
<p>＊　マリアナの攻防で艦隊を失った日本海軍は、ことの重大さに苦悩していた。もはや日米の戦力差は決定的なものであり、通常の攻撃では、日本側に勝ち目はなくなっていたのである。米軍のレーダーは安定した性能で日本機の接近を探知し、十分な余裕を持って邀撃（ようげき）戦闘機を差し向けている。また、幸運にも邀撃戦闘機群の網を逃れ、米艦隊に突入できた飛行機も、小型レーダーを内蔵し、飛行機に接近しただけで炸裂するVT信管を装備した高角砲弾の弾幕に包まれて撃墜されてしまう。</p>
<p>＊　当時、日本海軍では、この米艦隊の対空砲火の命中率が異常に高いことに気づかず、単に対空機銃と高角砲が多い、つまり物量の差があるといった程度の認識しかなかった。この、「<strong>米軍イコール物量</strong>」という図式は、日本の軍人の頭の中に深く染み込んだ観念で、これはワシントン条約で日本の海軍が対米6割に抑えられた時からの長い歴史を持った観念であった。これらの物量に対抗するには、米艦隊を上回る戦力を集中して対抗すべきであったが、日本海軍にはすでにその力はなく、力を蓄積するだけの資源も時間もなかったのである。</p>
<p>＊　では、何もない日本海軍に残された道は何であったか。それは「天佑神助」を当てにすることと、「大和魂」を持ち出すことだけだったのである。合理的な作戦がすべて破綻した時、残っていた作戦が非合理であったことは、或いは自然なことだったのかもしれない。</p>
<p>＊　1945年の戦艦大和の最期となった「沖縄特攻」のとき、出撃にあたって連合艦隊司令部から与えられた命令がある。この命令を起案したのが誰なのかはっきりしないが、命令文が示すものは、この特攻艦隊の出撃が、「海軍の伝統を発揚」するために命じられたものである、ということであった。付帯的に付けられた「皇国無窮の礎を確立」することとともに、そこには何ら遂行中の戦争に対する戦術展望もなければ、全てを失った後に対する考慮も読み取ることはできない。この作戦目標は「戦果」ではなく、「日本海軍の栄光」の伝統発揚のためだったのである。日本海軍にとっては、「海軍あって国家なし」と言われても仕方のない命令文である。海軍は、ただ「輝ける伝統」という幻を守るために多くの艦艇と人命を米軍の攻撃の前に差し出したのであろうか。</p>
<p>＊　いかに軍事技術が発達しようとも、戦争に至る原因の多くは、古来変わるものではなく、基本的には、国家間の政策・利害の衝突に過ぎない。これは、本質的には、外交交渉で解決されるべきものであり、戦争は、いわば交渉失敗の結果なのである。</p>
<p>＊　このような、外交的敗北によって始まった太平洋戦争は壊滅的な敗北で終り、日清戦争に始まった「日本の五十年戦争」も幕を閉じた。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり</p>
<p>　「外交」と「戦争」と言えば、クラウゼヴィッツ（<a href="http://kotobank.jp/word/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%82%BC%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%84">http://kotobank.jp/word/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%82%BC%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%84</a>）の「戦争論」を思い出します。日本海海戦を担った指導者たちと、太平洋戦争時の海軍指導部の質・見識の差とでも言うのでしょうか、この80年近くで変遷していった日本海軍から考察する歴史は、しかし、今も進行形であると思いますね、指導者の劣化、それを見過ごす国民の民度の低さとお任せ民主主義の跋扈です、教育の敗北と言っても良いかもしれません。</p>
<p>　今の日本は2008年統計で、「53隻の駆逐艦保有」、これは米軍第7艦隊の2倍であり、「護衛艦52隻、哨戒艦9隻、機雷艦31隻、潜水艦16隻など152隻、43．7万トン保有」、世界第2位の海軍です。それをコントロールする指導者は育っているのでしょうか。軍事力ばかりでなく、原子力政策においてもこの海軍の変質の歴史から学ぶことが多いと思います。そしてその「学び」は、これからの日本創造で生きて初めて「価値」となるのですよね。</p>
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		<title>環境4団体、北大と連携協定</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11135</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11135#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 17 Dec 2011 01:34:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[

　先日、北海道大学大学院「環境科学院：http://www.ees.hokudai.ac.jp/」、道が出資する「北海道環境財団：http://www.heco-spc.or.jp/」、民間のNPO法人「北海道市民環境ネットワーク（きたネット）：http://www.kitanet.org/」、札幌市の「市環境プラザ：http://www.kankyo.sl-plaza.jp/」、国の「環境省北海道環境パートナーシップオフィス（EPO北海道）：http://www.epohok.jp/」との間で、「連携・協力に関する基本合意書調印式」が行われました。

　4年前から、環境4団体で、「環境中間支援会議・北海道（環境☆ナビ北海道）：http://enavi-hokkaido.net/」というプラットホームを構築してきました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3137）。この設立は、実は簡単なように見えて全国的には極めて稀な試みであり、大変高く評価されています。
　環境をテーマに活動する方々にとって、行政の縦割り組織の窓口は使い勝手が悪く、それぞれの強みが十分生かされないままこれまで来ていましたが、各団体の皆さんの努力により、また、民間の中間支援NPOが介在することにより、「環境中間支援」機能として活動を始めました。そこに、今回のアカデミックセクター・北海道大学との連携・協力が付加されました。勿論、今後他の大学との連携にも期待したいですし、そうなれば北海道での環境活動に一層弾みがつくと思いますね。
　ところで、先日の調印式ですが、各団体の長が勢ぞろいで少々緊張感の漂う会場の雰囲気でした。5人のサインも滞りなく終了して、いよいよ写真撮影へと展開しようとしたその時、後ろの横断幕が何と「落下」したのです。一瞬会場の皆さんが驚いたのですが、北大のお二人の先生は落ち着いた様子でテープで貼り直し、私も真ん中に居たので靴を脱いで椅子の上でお手伝い、無事修復を終えると、「提携調印後、最初の協働作業でした！」と、どなたかの宣言です！、よく結婚式での「ウエディングケーキ入刀」で言うではないですか、まさにそのノリでしたから場内爆笑でした。


　北大・環境科学院の皆さまの心にくい「演出」でしたね（？！）
　それにしても、あの絶妙のタイミングで横断幕を敢えて落とす（？）サプライズを盛り込んだ手の込んだシナリオ、来年の「さっぽろ劇場祭：TGR」に是非参加して頂きたいですよね、恐れ入りました！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a class="uiPhotoThumb largePhoto" title="調印式でハプニング発生！大事な垂れ幕が・・・。 初めての協働作業です！" rel="theater" href="http://www.facebook.com/photo.php?fbid=2851854613349&amp;set=a.2353938405755.2138042.1169034787&amp;type=1&amp;ref=nf"></a></p>
<div class="mvm uiStreamAttachments clearfix">
<div>　先日、北海道大学大学院「環境科学院：<a href="http://www.ees.hokudai.ac.jp/">http://www.ees.hokudai.ac.jp/</a>」、道が出資する「北海道環境財団：<a href="http://www.heco-spc.or.jp/">http://www.heco-spc.or.jp/</a>」、民間のNPO法人「北海道市民環境ネットワーク（きたネット）：<a href="http://www.kitanet.org/">http://www.kitanet.org/</a>」、札幌市の「市環境プラザ：<a href="http://www.kankyo.sl-plaza.jp/">http://www.kankyo.sl-plaza.jp/</a>」、国の「環境省北海道環境パートナーシップオフィス（EPO北海道）：<a href="http://www.epohok.jp/">http://www.epohok.jp/</a>」との間で、「連携・協力に関する基本合意書調印式」が行われました。</div>
<div><a class="uiPhotoThumb largePhoto" rel="theater" href="http://www.facebook.com/photo.php?fbid=327241167305197&amp;set=a.241918499170798.81762.100000579496141&amp;type=1&amp;ref=nf"><img class="img" src="http://a7.sphotos.ak.fbcdn.net/hphotos-ak-ash4/s320x320/386501_327241167305197_100000579496141_1210524_2099453503_n.jpg" alt="" width="225" height="207" /></a></div>
<div>　4年前から、環境4団体で、「環境中間支援会議・北海道（環境☆ナビ北海道）：<a href="http://enavi-hokkaido.net/">http://enavi-hokkaido.net/</a>」というプラットホームを構築してきました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3137">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3137</a>）。この設立は、実は簡単なように見えて全国的には極めて稀な試みであり、大変高く評価されています。</div>
<div>　環境をテーマに活動する方々にとって、行政の縦割り組織の窓口は使い勝手が悪く、それぞれの強みが十分生かされないままこれまで来ていましたが、各団体の皆さんの努力により、また、民間の中間支援NPOが介在することにより、「環境中間支援」機能として活動を始めました。そこに、今回のアカデミックセクター・北海道大学との連携・協力が付加されました。勿論、今後他の大学との連携にも期待したいですし、そうなれば北海道での環境活動に一層弾みがつくと思いますね。</div>
<div>　ところで、先日の調印式ですが、各団体の長が勢ぞろいで少々緊張感の漂う会場の雰囲気でした。5人のサインも滞りなく終了して、いよいよ写真撮影へと展開しようとしたその時、後ろの横断幕が何と「落下」したのです。一瞬会場の皆さんが驚いたのですが、北大のお二人の先生は落ち着いた様子でテープで貼り直し、私も真ん中に居たので靴を脱いで椅子の上でお手伝い、無事修復を終えると、「提携調印後、最初の協働作業でした！」と、どなたかの宣言です！、よく結婚式での「ウエディングケーキ入刀」で言うではないですか、まさにそのノリでしたから場内爆笑でした。</div>
</div>
<div><img class="img" src="http://a7.sphotos.ak.fbcdn.net/hphotos-ak-ash4/s320x320/375560_2851854613349_1169034787_33255097_486910214_n.jpg" alt="" width="300" height="225" /></div>
<div>　北大・環境科学院の皆さまの心にくい「演出」でしたね（？！）</div>
<div>　それにしても、あの絶妙のタイミングで横断幕を敢えて落とす（？）サプライズを盛り込んだ手の込んだシナリオ、来年の「さっぽろ劇場祭：TGR」に是非参加して頂きたいですよね、恐れ入りました！</div>
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		<title>映画「無言館」、上映！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11119</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11119#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 14 Dec 2011 00:24:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11119</guid>
		<description><![CDATA[　長編ドキュメンタリー映画「無言館：http://xin-ei.co.jp/other/seisaku.html」が上映され、たくさんのお客さんでした。私もよびかけ人の一人でしたが殆ど仕事は出来ませんでした、申し訳ありません。
　これまで、窪島誠一郎さんの講演はご紹介してきました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E7%84%A1%E8%A8%80%E9%A4%A8）が、彼自身の話では表現しきれなかった訪問者の感想、座談等、あらたな「無言館：http://www.city.ueda.nagano.jp/hp/kanko/museum/mugonkan.html」の魅力を発見しました。来年春には、是非時間を作って訪れてみようと思います。以下、印象に残った言葉を。
＊　「無言館」の「無言」は、多くの方は言葉を発しない「絵画」を展示してあるから、とおっしゃるのですが、館主の私（窪島さん）は、実は見学に来た方がその絵の前で言葉を失う、無言で誠実に向き合う、そんな意味と理解しています。
＊　遺作を供出して頂きたいとお願いに行った時、なかなか同意をして貰えなかったお身内の方がその後お亡くなりになり、息子さんが全ての作品を無言館に寄付する意向を伝えてきました。「作者の思いをを伝える」、その重みを感じましたね。
＊　年月でカビとか埃で多少傷んだ遺作を修復する専門家の方、完全に修復することが目的ではなく、窪島さんはキャンバスのキズとかはむしろそのままにして頂きたいとおっしゃるそうです、時間の経過を含めた「作品」の価値であり、メッセージなのでしょうね。
＊　小学生の時に訪問して、数年後、中学生として再度訪問した子どもたちと窪島さんを囲んでの語らいで：窪島さんは若い子たちに、「絵の奥にいる作者は、限られた自分の人生を生きた人。ある時は明日・明後日がある自分の幸せを感じるが、ある時は限られた時間を精一杯生きた彼らをうらやましく思う時もあるから不思議です」、とおっしゃっていました。
＊　終りで窪島さん、「この無言館のメッセージを、『反戦・平和』とおっしゃる方がいますが、実は自分はそう言ったカテゴリーで括られるのをあまり良しとしません。遺作が語りかけるのは、少々気取ったいい方になりますが、『愛』だと思うのです」と、少し照れた様子でお話されました。
 
　長野県上田市、周りを山に囲まれた田園地帯の丘の上に、数棟ひっそりとたたずむ美術館です。館内では、作品が放つメッセージ、余計な意味付与を排除したありのままの展示、遺志を受け止めようと訪れる見学者、すべてが真摯ですね。講演とは一味違った「無言館」の魅力でした、企画された國田裕子実行委員長さまはじめ、ここまでのご尽力に心から感謝申し上げます。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　長編ドキュメンタリー映画「無言館：<a href="http://xin-ei.co.jp/other/seisaku.html">http://xin-ei.co.jp/other/seisaku.html</a>」が上映され、たくさんのお客さんでした。私もよびかけ人の一人でしたが殆ど仕事は出来ませんでした、申し訳ありません。</p>
<p>　これまで、窪島誠一郎さんの講演はご紹介してきました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E7%84%A1%E8%A8%80%E9%A4%A8">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E7%84%A1%E8%A8%80%E9%A4%A8</a>）が、彼自身の話では表現しきれなかった訪問者の感想、座談等、あらたな「無言館：<a href="http://www.city.ueda.nagano.jp/hp/kanko/museum/mugonkan.html">http://www.city.ueda.nagano.jp/hp/kanko/museum/mugonkan.html</a>」の魅力を発見しました。来年春には、是非時間を作って訪れてみようと思います。以下、印象に残った言葉を。</p>
<p>＊　「無言館」の「無言」は、多くの方は言葉を発しない「絵画」を展示してあるから、とおっしゃるのですが、館主の私（窪島さん）は、実は見学に来た方がその絵の前で言葉を失う、無言で誠実に向き合う、そんな意味と理解しています。</p>
<p>＊　遺作を供出して頂きたいとお願いに行った時、なかなか同意をして貰えなかったお身内の方がその後お亡くなりになり、息子さんが全ての作品を無言館に寄付する意向を伝えてきました。「作者の思いをを伝える」、その重みを感じましたね。</p>
<p>＊　年月でカビとか埃で多少傷んだ遺作を修復する専門家の方、完全に修復することが目的ではなく、窪島さんはキャンバスのキズとかはむしろそのままにして頂きたいとおっしゃるそうです、時間の経過を含めた「作品」の価値であり、メッセージなのでしょうね。</p>
<p>＊　小学生の時に訪問して、数年後、中学生として再度訪問した子どもたちと窪島さんを囲んでの語らいで：窪島さんは若い子たちに、「絵の奥にいる作者は、限られた自分の人生を生きた人。ある時は明日・明後日がある自分の幸せを感じるが、ある時は限られた時間を精一杯生きた彼らをうらやましく思う時もあるから不思議です」、とおっしゃっていました。</p>
<p>＊　終りで窪島さん、「この無言館のメッセージを、『反戦・平和』とおっしゃる方がいますが、実は自分はそう言ったカテゴリーで括られるのをあまり良しとしません。遺作が語りかけるのは、少々気取ったいい方になりますが、『愛』だと思うのです」と、少し照れた様子でお話されました。</p>
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<p>　長野県上田市、周りを山に囲まれた田園地帯の丘の上に、数棟ひっそりとたたずむ美術館です。館内では、作品が放つメッセージ、余計な意味付与を排除したありのままの展示、遺志を受け止めようと訪れる見学者、すべてが真摯ですね。講演とは一味違った「無言館」の魅力でした、企画された國田裕子実行委員長さまはじめ、ここまでのご尽力に心から感謝申し上げます。</p>
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		<title>真珠湾が教えるもの</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11094</link>
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		<pubDate>Sun, 11 Dec 2011 07:15:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　今年の12月は真珠湾攻撃から70年、11日は東日本大震災から9カ月の節目です。師走を迎えると、この一年を振り返りたくなりますね。
　私にとって「2011」という年は、「戦争」に向き合った一年として強く記憶に残ると同時に、大きく前へ踏み出しました。この数年のポーランド・中国北東部訪問で体験した戦争責任の検証（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%84）、「ビハール号事件」の調査（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%83%93%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%8F%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6）、そして今年8月の北海道新聞の5回に渡る終戦特集連載記事（201188-12e98193e696b0e38393e3838fe383bce383abe789b9e99b86efbc88e7b78fefbc89）等です。更に、3・11の大震災後の対応を目の当たりにして、国難に対する「責任の所在の不明確さ」も、戦争責任と酷似すると感じていました。
　8日朝日新聞朝刊「オピニオン」欄で、東京大学教授・加藤陽子（http://www4.ocn.ne.jp/~aninoji/）さんのインタビュー記事「真珠湾が教えるもの」が大きく掲載されて、中見出しには、「思惑ずれた日米、対立を解くには豊かな歴史観必要」とも。少々長くなりますが、引用します。
～～～～～～――最終的に開戦の決定を主導したのは誰だったのでしょう
「形としては大本営政府連絡会議と閣議決定によって開戦が決定されたので、軍と内閣双方の一致がありました。しかし、意志決定に至る状況判断において、軍と文官では情報に大きな非対称性があったと思います。東郷外相でさえ、開戦が12月8日で攻撃地点は真珠湾とマレー半島だ、と12月1日まで知らされていませんでした。陸海軍はグル―米国大使がワシントンへ送った電報をはじめ、あらゆる暗号を解読していましたが、軍に不利になる情報は統帥事項として内閣に上げなかった。この点、日清、日露といった過去の戦争が伊藤博文など元老の指導下になされたのとは対照的です」
――専門家が知識を独占していた点では、原発推進の過程と似ているような気がします
「どちらも専門家が無謬性の神話にとらわれ、外部の批判を許さない点で共通しています。軍部は、日露戦争の戦勝を神話化し、自国軍の能力を客観視する目や、欠陥を指摘する人々を排除していきました。原発も安全神話ゆえに、最悪の場合の想定を行わなかったのでしょう」
――戦争回避の失敗から、現在の日本は何を学ぶべきでしょうか
「日本は、背負ってきた近代そのもの、明治以来の歴史全体を否定されたと考えて対米戦争に踏み切りました。原理的な対立が起きた時、どこまで退却しうるか、大正デモクラシー期に戻るか等、具体的な歴史イメージを豊かに持っておくことが大切でした。そうしたイメージを持てない今の日本社会の状況が、昔のこの時代に似ていて心配です」
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用　おわり
 
　もう一つ、ちょうど読み終えた本、広島県呉市海時歴史科学館（大和ミュージアム：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4585）館長・戸高一成著「海戦からみた太平洋戦争」のまえがきに書かれていました、引用します。
～～～～～～～～～～～～～
・・・・・・、米英海軍、とくに英海軍の根本政策には、「海上交通線の維持」ということが「国土の防衛」ということと並んで、海軍の最大任務とされていることをみたからであった。しかるに、日本海軍は、何かしら海軍自体の純作戦的立場にばかりとらわれていると思われたからであった。・・・・・・・・連合艦隊第一主義と艦隊決戦主義への偏重は、太平洋戦争の展開において、きわめて大きな弊害をもたらした。連合艦隊は早期の艦隊決戦を追求し続け、その作戦が破綻して戦力を使い果たした後は、いたずらに特攻作戦のみによって戦死者を増やすだけに終始した。これは、不十分な想定のもとに原子力発電所の設置を行い、想定外の事象が発生した時の適切な対処を欠いたまま月日を消費している、2011年の状況を思わせるものがある。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用　おわり
 
　歴史の考察、失敗から学ぶ姿勢、敗戦までの道すじと3・11以降の原子力発電所爆発事故の経過を検証するお二人のご意見に、私は「我が意を得たり」でした。ここまでの責任者のありさま、情報隠ぺいの常態化、マスメディアの不甲斐なさ、いよいよ国民の怒りは頂点に達しつつあります、そして更に昨日の国会の閉会、何をかいわんや、ですね。議員定数の削減、国家公務員給与の削減等、法律を成立させる立法府の責任を何も果たしていないで2011越年はあり得ないでしょう！
　こんな体たらくの今の日本国、それでも私たちは「日本国民」として、「今」、そして「これから」を生きなければなりません。どう凌ぐか、どう新しい時代を創るのか、残っている時間はそれ程ないように思います。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　今年の12月は真珠湾攻撃から70年、11日は東日本大震災から9カ月の節目です。師走を迎えると、この一年を振り返りたくなりますね。</p>
<p>　私にとって「2011」という年は、「戦争」に向き合った一年として強く記憶に残ると同時に、大きく前へ踏み出しました。この数年のポーランド・中国北東部訪問で体験した戦争責任の検証（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%84">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%84</a>）、「ビハール号事件」の調査（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%83%93%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%8F%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%83%93%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%8F%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6</a>）、そして今年8月の北海道新聞の5回に渡る終戦特集連載記事（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/201188-12e98193e696b0e38393e3838fe383bce383abe789b9e99b86efbc88e7b78fefbc89.pdf"><span style="color: #76664b;">201188-12e98193e696b0e38393e3838fe383bce383abe789b9e99b86efbc88e7b78fefbc89</span></a>）等です。更に、3・11の大震災後の対応を目の当たりにして、国難に対する「責任の所在の不明確さ」も、戦争責任と酷似すると感じていました。</p>
<p>　8日朝日新聞朝刊「オピニオン」欄で、東京大学教授・加藤陽子（<a href="http://www4.ocn.ne.jp/~aninoji/">http://www4.ocn.ne.jp/~aninoji/</a>）さんのインタビュー記事「真珠湾が教えるもの」が大きく掲載されて、中見出しには、「思惑ずれた日米、対立を解くには豊かな歴史観必要」とも。少々長くなりますが、引用します。</p>
<p>～～～～～～――最終的に開戦の決定を主導したのは誰だったのでしょう</p>
<p>「形としては大本営政府連絡会議と閣議決定によって開戦が決定されたので、軍と内閣双方の一致がありました。しかし、意志決定に至る状況判断において、軍と文官では情報に大きな非対称性があったと思います。東郷外相でさえ、開戦が12月8日で攻撃地点は真珠湾とマレー半島だ、と12月1日まで知らされていませんでした。陸海軍はグル―米国大使がワシントンへ送った電報をはじめ、あらゆる暗号を解読していましたが、軍に不利になる情報は統帥事項として内閣に上げなかった。この点、日清、日露といった過去の戦争が伊藤博文など元老の指導下になされたのとは対照的です」</p>
<p>――専門家が知識を独占していた点では、原発推進の過程と似ているような気がします</p>
<p>「どちらも専門家が無謬性の神話にとらわれ、外部の批判を許さない点で共通しています。軍部は、日露戦争の戦勝を神話化し、自国軍の能力を客観視する目や、欠陥を指摘する人々を排除していきました。原発も安全神話ゆえに、最悪の場合の想定を行わなかったのでしょう」</p>
<p>――戦争回避の失敗から、現在の日本は何を学ぶべきでしょうか</p>
<p>「日本は、背負ってきた近代そのもの、明治以来の歴史全体を否定されたと考えて対米戦争に踏み切りました。原理的な対立が起きた時、どこまで退却しうるか、大正デモクラシー期に戻るか等、具体的な歴史イメージを豊かに持っておくことが大切でした。そうしたイメージを持てない今の日本社会の状況が、昔のこの時代に似ていて心配です」</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用　おわり</p>
<p> </p>
<p>　もう一つ、ちょうど読み終えた本、広島県呉市海時歴史科学館（大和ミュージアム：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4585">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4585</a>）館長・戸高一成著「海戦からみた太平洋戦争」のまえがきに書かれていました、引用します。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～</p>
<p>・・・・・・、米英海軍、とくに英海軍の根本政策には、「海上交通線の維持」ということが「国土の防衛」ということと並んで、海軍の最大任務とされていることをみたからであった。しかるに、日本海軍は、何かしら海軍自体の純作戦的立場にばかりとらわれていると思われたからであった。・・・・・・・・連合艦隊第一主義と艦隊決戦主義への偏重は、太平洋戦争の展開において、きわめて大きな弊害をもたらした。連合艦隊は早期の艦隊決戦を追求し続け、その作戦が破綻して戦力を使い果たした後は、いたずらに特攻作戦のみによって戦死者を増やすだけに終始した。これは、不十分な想定のもとに原子力発電所の設置を行い、想定外の事象が発生した時の適切な対処を欠いたまま月日を消費している、2011年の状況を思わせるものがある。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用　おわり</p>
<p> </p>
<p>　歴史の考察、失敗から学ぶ姿勢、敗戦までの道すじと3・11以降の原子力発電所爆発事故の経過を検証するお二人のご意見に、私は「我が意を得たり」でした。ここまでの責任者のありさま、情報隠ぺいの常態化、マスメディアの不甲斐なさ、いよいよ国民の怒りは頂点に達しつつあります、そして更に昨日の国会の閉会、何をかいわんや、ですね。議員定数の削減、国家公務員給与の削減等、法律を成立させる立法府の責任を何も果たしていないで2011越年はあり得ないでしょう！</p>
<p>　こんな体たらくの今の日本国、それでも私たちは「日本国民」として、「今」、そして「これから」を生きなければなりません。どう凌ぐか、どう新しい時代を創るのか、残っている時間はそれ程ないように思います。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「マルニ」復活、足利銀行</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11073</link>
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		<pubDate>Thu, 08 Dec 2011 01:33:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　「足利銀行（http://www.ashikagabank.co.jp/）のスピリッツ」として、25年ぶりに「マルニ」バッジが復活しました。
　これと相呼応して、ワグナー・ナンドール記念財団（http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html）理事長・和久奈ちよさんが、この度、足利銀行に「故藤松正憲」ブロンズ像を寄付しました（http://www.shimotsuke.co.jp/town/region/central/mashiko/news/20111025/643499）。故藤松頭取が、財団の和久奈ちよ理事長の実父・二代目秋山康之進（私の祖父）と日本銀行札幌支店長時代から交友があり、ワグナー夫妻が益子町にアトリエを建設（昭和45年）、創作活動に際して親交がありました。ワグナー・ナンドールが、その際の感謝の気持を表現したく足利銀行に寄贈する目的でこのブロンズ像が製作されましたが、在任中は設置がかなわず、数十年を経て本店ロビーでのお披露目となりました。
　宇都宮市内にある本店ロビー、玄関を入ってすぐの場所に、控えめに展示されていました。渋沢栄一の孫（娘の子）である明石正三は、足利銀行の役員で、胸像は渋沢青淵記念財団龍門社（現在の公益財団法人渋沢栄一記念財団：http://www.shibusawa.or.jp/）から寄贈されたそうです。
　日本の銀行の創始者であり、「論語と算盤」でも有名、経済道徳合一主義の提唱者でもある渋沢栄一の「信為萬事本」の書は、「信を万事の本となす」と読み、山岡鉄舟が西郷隆盛とのやり取りの中で書したものとして知られています。原典は、1060年成立の中国史書「新唐書：http://kodaishi-21.web.infoseek.co.jp/p3-6.html」に由来して、「信とはお互いに信じ合うことであり、すべての物事の根本である」という意味です。
　日本の銀行はバブル期から今日まで、本来の信用創造としての間接金融の機能を忘れて、大変な危機を経てきたはずです。破たん、国有化等、いろいろな経緯はありましたが、現在そこからどれ程の教訓を学んだのか、私は「？」と思うばかりです。何が変わったのか、相変わらずの手数料商売のビジネスモデルでは、日本経済の復興、地域経済の活性化は見込めません。元に戻ることだけでは「進化」とは言えませんね、猛省を望みます！！
　ところで、宇都宮と言えば「餃子」です。地元の方に伺うと、「みんみん派」と「正嗣派」で人気を二分しているとのこと。これまで「みんみん：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2491」は何回か試していましたので、今回は探し歩いて初めて「正嗣」に、「焼き」と「水」を一つずつでした。
　小さなお店（カウンター席10人程度）で、大変安く美味しかったですね。これでやっていけるのかと思いましたが、店に居たわずか20分程度の間に、お客さんがそこで食べる餃子、持ち帰り冷凍餃子、出前の注文等で売れること売れること、100個以上の売り上げはあったのではないかと思われます。店の入口には、「この店には餃子しかありません」の張り紙がありました。
　驚くべき「餃子人気」です！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「足利銀行（<a href="http://www.ashikagabank.co.jp/">http://www.ashikagabank.co.jp/</a>）のスピリッツ」として、25年ぶりに「マルニ」バッジが復活しました。</p>
<p>　これと相呼応して、ワグナー・ナンドール記念財団（<a href="http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html">http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html</a>）理事長・和久奈ちよさんが、この度、足利銀行に「故藤松正憲」ブロンズ像を寄付しました（<a href="http://www.shimotsuke.co.jp/town/region/central/mashiko/news/20111025/643499">http://www.shimotsuke.co.jp/town/region/central/mashiko/news/20111025/643499</a>）。故藤松頭取が、財団の和久奈ちよ理事長の実父・二代目秋山康之進（私の祖父）と日本銀行札幌支店長時代から交友があり、ワグナー夫妻が益子町にアトリエを建設（昭和45年）、創作活動に際して親交がありました。ワグナー・ナンドールが、その際の感謝の気持を表現したく足利銀行に寄贈する目的でこのブロンズ像が製作されましたが、在任中は設置がかなわず、数十年を経て本店ロビーでのお披露目となりました。</p>
<div id="attachment_11074" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020295.jpg"><img class="size-medium wp-image-11074" title="p1020295" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020295.jpg" alt="足利家家系図と紋章" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">足利家家系図と紋章</p></div>
<div id="attachment_11075" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020293.jpg"><img class="size-medium wp-image-11075" title="p1020293" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020293.jpg" alt="左・渋沢栄一胸像と復活した「マルニ」ロゴ" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">左・渋沢栄一胸像と復活した「マルニ」ロゴ</p></div>
<div id="attachment_11076" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020294.jpg"><img class="size-medium wp-image-11076" title="p1020294" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020294.jpg" alt="「信為萬事本」の書と故藤松正憲頭取のブロンズ像" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">「信為萬事本」の書と故藤松正憲頭取のブロンズ像</p></div>
<p>　宇都宮市内にある本店ロビー、玄関を入ってすぐの場所に、控えめに展示されていました。渋沢栄一の孫（娘の子）である明石正三は、足利銀行の役員で、胸像は渋沢青淵記念財団龍門社（現在の公益財団法人渋沢栄一記念財団：<a href="http://www.shibusawa.or.jp/">http://www.shibusawa.or.jp/</a>）から寄贈されたそうです。</p>
<p>　日本の銀行の創始者であり、「論語と算盤」でも有名、経済道徳合一主義の提唱者でもある渋沢栄一の「信為萬事本」の書は、「信を万事の本となす」と読み、山岡鉄舟が西郷隆盛とのやり取りの中で書したものとして知られています。原典は、1060年成立の中国史書「新唐書：<a href="http://kodaishi-21.web.infoseek.co.jp/p3-6.html">http://kodaishi-21.web.infoseek.co.jp/p3-6.html</a>」に由来して、「信とはお互いに信じ合うことであり、すべての物事の根本である」という意味です。</p>
<p>　日本の銀行はバブル期から今日まで、本来の信用創造としての間接金融の機能を忘れて、大変な危機を経てきたはずです。破たん、国有化等、いろいろな経緯はありましたが、現在そこからどれ程の教訓を学んだのか、私は「？」と思うばかりです。何が変わったのか、相変わらずの手数料商売のビジネスモデルでは、日本経済の復興、地域経済の活性化は見込めません。元に戻ることだけでは「進化」とは言えませんね、猛省を望みます！！</p>
<p>　ところで、宇都宮と言えば「餃子」です。地元の方に伺うと、「みんみん派」と「正嗣派」で人気を二分しているとのこと。これまで「みんみん：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2491">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2491</a>」は何回か試していましたので、今回は探し歩いて初めて「正嗣」に、「焼き」と「水」を一つずつでした。</p>
<div id="attachment_11086" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020296.jpg"><img class="size-medium wp-image-11086" title="p1020296" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020296.jpg" alt="「正嗣（まさし）」宮島店" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">「正嗣（まさし）」宮島店</p></div>
<p>　小さなお店（カウンター席10人程度）で、大変安く美味しかったですね。これでやっていけるのかと思いましたが、店に居たわずか20分程度の間に、お客さんがそこで食べる餃子、持ち帰り冷凍餃子、出前の注文等で売れること売れること、100個以上の売り上げはあったのではないかと思われます。店の入口には、「この店には餃子しかありません」の張り紙がありました。</p>
<p>　驚くべき「餃子人気」です！</p>
]]></content:encoded>
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		<title>さっぽろ劇場祭（TGR）2011、終了！</title>
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		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11060#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 05 Dec 2011 01:21:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11060</guid>
		<description><![CDATA[　さっぽろ劇場祭（TGR）2011（http://www.s-artstage.com/2011/tgr2011/）が、4日の公開審査会で終了しました、詳細はこちら（http://www.s-artstage.com/2011/news/2011/12/606/、http://hakouma.eux.jp/2011/12/tgr2011_taisho/）。U-streamでライブ映像もアップされていたようですし、twitterでもたくさんつぶやかれていました。
　私は昨年（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6621）に引き続きの審査員として、一ヵ月間に32本の参加作品の観劇、昨日の公開審査会では7人の審査員が分担し、32本全作品の講評を行いました。今年こそは一作品1分間の持ち時間でと意気込んで臨みましたが、私は最初の4分間の持ち時間で6分32秒もしゃべってしまいました、作品の評価を端的に表現するのは本当に難しいものですね。
【2011年度　札幌劇場祭 受賞作品】～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～
・札幌劇場祭　大賞　劇団千年王國　「狼王ロボ」
・札幌劇場祭　特別賞 ［演出賞］　intro　「蒸発」
・札幌劇場祭　特別賞 ［作品賞］　弘前劇場　「海辺の日々」
・札幌劇場祭　新人賞　劇団アトリエ　「もういちど」
・札幌劇場祭　オーディエンス賞　　※星5つ満点の観客アンケートによる賞
　　リーディングヒッター賞（☆の平均）　劇団千年王國　「狼王ロボ」
　　ホームラン王賞（獲得した☆の総数）　劇団千年王國　「狼王ロボ」
・札幌劇場祭　審査員奨励賞　yhs　「忘れたいのに思い出せない」
・札幌劇場祭　審査員奨励賞　AND　「ばらひまわり」
・札幌劇場祭　審査員奨励賞　座・れら　「トランス」
・フライヤーコンテスト　優勝
　　ミュージカルユニット もえぎ色　「Teardrop」　（同数 1位）
　　きりがたりシアター　「ジャックと豆の木」　（同数 1位）
［各賞についてのメモ］
大賞・特別賞は、TPS / 人形劇団ぽっけ＆ばおばぶ＆ボクラ を加えた最終候補 5作品からの公開審査。新人賞は結成3年以内の団体が対象です。オーディエンス賞は今年度はじめて実施されたもの。フライヤーコンテストはTGRのキックオフイベント（11/5,6）にて実施されたものです。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～
　個々の講評は、後日こちらにアップされると思います（http://www.s-artstage.com/2011/news/2011/12/606/）。3・11の大震災を経て、芸術・文化のエネルギーを一層感じた今年の劇場祭でした。演劇関係に携わっている全ての方々に感謝するとともに、これからの活躍を大いに期待しています！そして、プロとして生活出来るためにも、多くの市民に劇場に足を運んで頂くことをお願いしたいです！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　さっぽろ劇場祭（TGR）2011（<a href="http://www.s-artstage.com/2011/tgr2011/">http://www.s-artstage.com/2011/tgr2011/</a>）が、4日の公開審査会で終了しました、詳細はこちら（<a href="http://www.s-artstage.com/2011/news/2011/12/606/">http://www.s-artstage.com/2011/news/2011/12/606/</a>、<a href="http://hakouma.eux.jp/2011/12/tgr2011_taisho/">http://hakouma.eux.jp/2011/12/tgr2011_taisho/</a>）。U-streamでライブ映像もアップされていたようですし、twitterでもたくさんつぶやかれていました。</p>
<p>　私は昨年（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6621">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6621</a>）に引き続きの審査員として、一ヵ月間に32本の参加作品の観劇、昨日の公開審査会では7人の審査員が分担し、32本全作品の講評を行いました。今年こそは一作品1分間の持ち時間でと意気込んで臨みましたが、私は最初の4分間の持ち時間で6分32秒もしゃべってしまいました、作品の評価を端的に表現するのは本当に難しいものですね。</p>
<p>【2011年度　札幌劇場祭 受賞作品】～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</p>
<p>・札幌劇場祭　大賞　<a href="http://sen-nen.org/">劇団千年王國</a>　「狼王ロボ」<br />
・札幌劇場祭　特別賞 ［演出賞］　<a href="http://intro.gjpw.net/">intro</a>　「蒸発」<br />
・札幌劇場祭　特別賞 ［作品賞］　<a href="http://www.hirogeki.co.jp/">弘前劇場</a>　「海辺の日々」</p>
<p>・札幌劇場祭　新人賞　<a href="http://gekidanatelier.web.fc2.com/">劇団アトリエ</a>　「もういちど」</p>
<p>・札幌劇場祭　オーディエンス賞　　※星5つ満点の観客アンケートによる賞<br />
　　リーディングヒッター賞（☆の平均）　<a href="http://sen-nen.org/">劇団千年王國</a>　「狼王ロボ」<br />
　　ホームラン王賞（獲得した☆の総数）　<a href="http://sen-nen.org/">劇団千年王國</a>　「狼王ロボ」</p>
<p>・札幌劇場祭　審査員奨励賞　<a href="http://yhsweb.jp/">yhs</a>　「忘れたいのに思い出せない」<br />
・札幌劇場祭　審査員奨励賞　<a href="http://www.vas.co.jp/and/">AND</a>　「ばらひまわり」<br />
・札幌劇場祭　審査員奨励賞　座・れら　「トランス」</p>
<p>・フライヤーコンテスト　優勝<br />
　　<a href="http://colore.tv/">ミュージカルユニット もえぎ色</a>　「Teardrop」　（同数 1位）<br />
　　<a href="http://yomigatari.daa.jp/">きりがたりシアター</a>　「ジャックと豆の木」　（同数 1位）</p>
<p>［各賞についてのメモ］<br />
大賞・特別賞は、<a href="http://www.h-paf.ne.jp/tps/schedule.html">TPS</a> / 人形劇団ぽっけ＆ばおばぶ＆ボクラ を加えた最終候補 5作品からの公開審査。新人賞は結成3年以内の団体が対象です。オーディエンス賞は今年度はじめて実施されたもの。フライヤーコンテストはTGRのキックオフイベント（11/5,6）にて実施されたものです。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</p>
<p>　個々の講評は、後日こちらにアップされると思います（<a href="http://www.s-artstage.com/2011/news/2011/12/606/">http://www.s-artstage.com/2011/news/2011/12/606/</a>）。3・11の大震災を経て、芸術・文化のエネルギーを一層感じた今年の劇場祭でした。演劇関係に携わっている全ての方々に感謝するとともに、これからの活躍を大いに期待しています！そして、プロとして生活出来るためにも、多くの市民に劇場に足を運んで頂くことをお願いしたいです！</p>
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		<item>
		<title>海軍兵学校76期の皆さまと</title>
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		<pubDate>Fri, 02 Dec 2011 01:16:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=11026</guid>
		<description><![CDATA[　海軍兵学校76期（http://homepage2.nifty.com/navy76/）の「第23回ブリッジ会」が都内で開催され、初めて出席しました。当日は寒風にもかかわらず、50名程の方々がお集まりになり、皆さま83歳の実に凛々しいお姿で懇談されていました。ある意味で、日本最後のエリート教育を受け、戦後、各界で日本の復興・高度成長期をリーダーとして担ってこられた方々のお姿を目の当たりにした場でした。
 　なぜ、この会に私が参加することになったのか、それはこの「秋山孝二の部屋」と大いに関係があります。2年ほど前でしょうか、このブログを重巡「利根」の検索から偶然お読みになった横浜在住の井上正美さんからご連絡があり、東京で何回もお会いしました。井上さんは、私の父・秋山（旧姓野田）宏が海軍兵学校分隊監事だった時の生徒（76期）だった方です。
　今年8月に、終戦企画として、北海道新聞に5回連載となった「ビハール号：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%83%93%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%8F%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6」記事をこの会で紹介して頂き、先日の私の出席となりました。
　私に15分程度のご挨拶の時間があったので、この場にお招き頂いた御礼と、連載記事の概略、及び今の気持を話しました。当初は、全く個人的興味だった「ビハール号事件」、戦闘日誌等の記録を調査した際、重要部分が切り取られていたこと、香港のB級戦犯法廷での日本海軍幹部の不誠実な証言、父の役割、一人責任を負って絞首台に立った第十六戦隊司令官・左近允尚正中将、そのご子息・左近允尚敏さまとの意見交換等、溢れ出る言葉を抑制しながらではありましたが、お話したつもりです。戦犯裁判とは言え、このままでは現場に責任が全て押しつけられて、本来の作戦立案等、責任ある幹部が誰一人として処罰されないという実に理不尽な経過に私が憤りを感じたこと、歴史の中に確かに記録・記憶されてしかるべき事実であること、戦争は未体験ながら、今を生きる世代として明らかにしておく責務等です。
　その後、懇談の場で、多くの貴重なお話を聴くことが出来ました、幾つかを書き留めます。
＊　7月24・25日、比島沖海戦の残存艦が呉周辺に回避していたので、江田島は米軍艦載機の空襲があり、江田島内に仮泊の「利根」、「大淀」も急降下爆撃を受けた。7月28日早朝より、艦載機・B29爆撃機が攻撃してきたが、この際の米軍パイロットの白いマフラーも忘れられない。応戦したが、「利根」は着底、「大淀」は爆発したようで急激に横転した。これらの戦闘で300名が戦死し、兵学校から目と鼻の先でのことであり、戦局の急迫を実感した。＜後で私が調べたところ、これを以て米軍の攻撃は一段落し、豊田軍令部総長は、「連合艦隊の水上部隊全滅」と奏上したそうです＞
＊　現在は、「戦略」「戦術」という言葉で語られるが、これは英米から入ってきた概念。旧日本海軍では、伝統的に「戦策」「戦則」という言葉だった。「戦略」の「略」は、自分のものにする、「術」は手練手管的ネガティブな意味が付きまとうのに比べて、「策」「則」は如何にもルールに則って事を進める姿勢がにじみ出ている。
＊　兵学校の生徒時代、教官は10期上くらいの先輩で歴戦の勇士にも関わらず、自慢話は全くなく、戦闘の話は殆ど聞くことはなかった。機密事項とは言え、語りたいとは思わない心情も強かったのではないか。
＊　兄が零戦パイロットで終戦直前に戦死し、戦後十数年は戦争・兵学校の話は口には出さなかったが、時の経過とともに集まりにも参加するようになり、気持の整理が出来てきた。
 
まだまだたくさんあるのですが・・・・。とにかく、今年8月に左近允尚敏さんとお会いした時と同じく、50名の皆さまの話を聴く時の姿勢は、並はずれた集中力と緊張を感じ、私自身、身の引き締まる思いでした。次回は来年3月開催予定です。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　海軍兵学校76期（<a href="http://homepage2.nifty.com/navy76/">http://homepage2.nifty.com/navy76/</a>）の「第23回ブリッジ会」が都内で開催され、初めて出席しました。当日は寒風にもかかわらず、50名程の方々がお集まりになり、皆さま83歳の実に凛々しいお姿で懇談されていました。ある意味で、日本最後のエリート教育を受け、戦後、各界で日本の復興・高度成長期をリーダーとして担ってこられた方々のお姿を目の当たりにした場でした。</p>
<div id="attachment_11034" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020285.jpg"><img class="size-medium wp-image-11034" title="p1020285" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/12/p1020285-500x375.jpg" alt="「ブリッジ会」：海軍兵学校76期の皆さま（83歳）50名" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">「ブリッジ会」：海軍兵学校76期の皆さま（83歳）50名</p></div>
<p> 　なぜ、この会に私が参加することになったのか、それはこの「秋山孝二の部屋」と大いに関係があります。2年ほど前でしょうか、このブログを重巡「利根」の検索から偶然お読みになった横浜在住の井上正美さんからご連絡があり、東京で何回もお会いしました。井上さんは、私の父・秋山（旧姓野田）宏が海軍兵学校分隊監事だった時の生徒（76期）だった方です。</p>
<p>　今年8月に、終戦企画として、北海道新聞に5回連載となった「ビハール号：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%83%93%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%8F%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%83%93%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%8F%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6</a>」記事をこの会で紹介して頂き、先日の私の出席となりました。</p>
<p>　私に15分程度のご挨拶の時間があったので、この場にお招き頂いた御礼と、連載記事の概略、及び今の気持を話しました。当初は、全く個人的興味だった「ビハール号事件」、戦闘日誌等の記録を調査した際、重要部分が切り取られていたこと、香港のB級戦犯法廷での日本海軍幹部の不誠実な証言、父の役割、一人責任を負って絞首台に立った第十六戦隊司令官・左近允尚正中将、そのご子息・左近允尚敏さまとの意見交換等、溢れ出る言葉を抑制しながらではありましたが、お話したつもりです。戦犯裁判とは言え、このままでは現場に責任が全て押しつけられて、本来の作戦立案等、責任ある幹部が誰一人として処罰されないという実に理不尽な経過に私が憤りを感じたこと、歴史の中に確かに記録・記憶されてしかるべき事実であること、戦争は未体験ながら、今を生きる世代として明らかにしておく責務等です。</p>
<p>　その後、懇談の場で、多くの貴重なお話を聴くことが出来ました、幾つかを書き留めます。</p>
<p>＊　7月24・25日、比島沖海戦の残存艦が呉周辺に回避していたので、江田島は米軍艦載機の空襲があり、江田島内に仮泊の「利根」、「大淀」も急降下爆撃を受けた。7月28日早朝より、艦載機・B29爆撃機が攻撃してきたが、この際の米軍パイロットの白いマフラーも忘れられない。応戦したが、「利根」は着底、「大淀」は爆発したようで急激に横転した。これらの戦闘で300名が戦死し、兵学校から目と鼻の先でのことであり、戦局の急迫を実感した。＜後で私が調べたところ、これを以て米軍の攻撃は一段落し、豊田軍令部総長は、「連合艦隊の水上部隊全滅」と奏上したそうです＞</p>
<p>＊　現在は、「戦略」「戦術」という言葉で語られるが、これは英米から入ってきた概念。旧日本海軍では、伝統的に「戦策」「戦則」という言葉だった。「戦略」の「略」は、自分のものにする、「術」は手練手管的ネガティブな意味が付きまとうのに比べて、「策」「則」は如何にもルールに則って事を進める姿勢がにじみ出ている。</p>
<p>＊　兵学校の生徒時代、教官は10期上くらいの先輩で歴戦の勇士にも関わらず、自慢話は全くなく、戦闘の話は殆ど聞くことはなかった。機密事項とは言え、語りたいとは思わない心情も強かったのではないか。</p>
<p>＊　兄が零戦パイロットで終戦直前に戦死し、戦後十数年は戦争・兵学校の話は口には出さなかったが、時の経過とともに集まりにも参加するようになり、気持の整理が出来てきた。</p>
<p> </p>
<p>まだまだたくさんあるのですが・・・・。とにかく、今年8月に左近允尚敏さんとお会いした時と同じく、50名の皆さまの話を聴く時の姿勢は、並はずれた集中力と緊張を感じ、私自身、身の引き締まる思いでした。次回は来年3月開催予定です。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>さっぽろ劇場祭（TGR）、終盤へ</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10985</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10985#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 29 Nov 2011 23:53:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10985</guid>
		<description><![CDATA[　10月下旬から始まった2011年の「さっぽろ劇場祭：TGR（http://www.s-artstage.com/2011/about/）」は、いよいよ終盤を迎えています（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=TGR）。
　「劇場祭」は、実に幅広いジャンルがあります。人形劇、オペラ、読み語り、ミュージカル風（？）劇、一人芝居、現代劇・・・・・。そして、劇場内は殆どの場合、携帯電話電源切り、飲食禁止、写真・ビデオ撮影禁止ですね。先日の西区琴似・コンカリーニョ（http://www.concarino.or.jp/）では、それら全てがOKという、芝居というよりも「ショータイム」がありましたよ。私は開始前から缶ビール片手にカメラを構えて、忙しく観劇でした。
宣伝チラシより～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～
子ども向け、アングラ、ショーミュージカル、学園、サーカス、海賊…と様々なテーマで作品を作ってきた「もえぎ色」が、第3回公演を新たにリメイク！舞台は劇場を大きく作り変えたショーパブ「Teardrop」。ダンサーとして働く女の子達が夢を掴んで行く物語を描くオリジナルミュージカル！
伝説のショーパブ Teardrop が、3年の時を超え甦る―
ミュージカルユニット もえぎ色　第7回公演　「Teardrop」
脚本・振付： 喜井萌希　脚色・演出： 太田真介
出演： 坂本祐以、国門綾花、懸梨恵、森高麻由、岡田怜奈、堤亜美、寺崎智美、チヤゲンタ、山腰真央、木内彩花（劇団ルート1）、たかはしはるな、佐藤紫穂（Bee-Hive）、庄本緑子、寺地ユイ（星くずロンリネス）、NEGI（劇団平成商品）、池下陽奈・星奈・夢奈、大隅夢果、小松美穂、TERA、TOUKA、寺田英夫
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり





 　演劇の劇評と言えば、加藤浩嗣さんの「シアターホリック：http://theater-holic.seesaa.net/」が興味深いですね。どこの劇場に行っても必ず前方にお座りになっています。
　多様な劇場での多様な演劇、それを支えていくプロの担い手、幅広い観客、そんな芸術・文化の香りが満ちた「サッポロ」の街にしたいですね、劇場に足を運ぶことによって。12月4日の「公開審査」が楽しみです！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　10月下旬から始まった2011年の「<strong>さっぽろ劇場祭：TGR（</strong><a href="http://www.s-artstage.com/2011/about/"><strong>http://www.s-artstage.com/2011/about/</strong></a><strong>）</strong>」は、いよいよ終盤を迎えています（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=TGR">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=TGR</a>）。</p>
<p>　「劇場祭」は、実に幅広いジャンルがあります。人形劇、オペラ、読み語り、ミュージカル風（？）劇、一人芝居、現代劇・・・・・。そして、劇場内は殆どの場合、携帯電話電源切り、飲食禁止、写真・ビデオ撮影禁止ですね。先日の西区琴似・コンカリーニョ（<a href="http://www.concarino.or.jp/">http://www.concarino.or.jp/</a>）では、それら全てがOKという、芝居というよりも「ショータイム」がありましたよ。私は開始前から缶ビール片手にカメラを構えて、忙しく観劇でした。</p>
<p>宣伝チラシより～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</p>
<p>子ども向け、アングラ、ショーミュージカル、学園、サーカス、海賊…と様々なテーマで作品を作ってきた「もえぎ色」が、第3回公演を新たにリメイク！舞台は劇場を大きく作り変えたショーパブ「Teardrop」。ダンサーとして働く女の子達が夢を掴んで行く物語を描くオリジナルミュージカル！<a id="more-7388"></a></p>
<p>伝説のショーパブ Teardrop が、3年の時を超え甦る―<br />
<strong>ミュージカルユニット もえぎ色　第7回公演　「Teardrop」</strong></p>
<p>脚本・振付： 喜井萌希　脚色・演出： 太田真介<br />
出演： 坂本祐以、国門綾花、懸梨恵、森高麻由、岡田怜奈、堤亜美、寺崎智美、チヤゲンタ、山腰真央、木内彩花（<a href="http://gekidanroot1.mh7.mp7.jp/"><span style="color: #006400;">劇団ルート1</span></a>）、たかはしはるな、佐藤紫穂（Bee-Hive）、庄本緑子、寺地ユイ（<a href="http://wavision.xxxxxxxx.jp/hoshikuzu/"><span style="color: #006400;">星くずロンリネス</span></a>）、NEGI（<a href="http://www.heisei-syohin.com/"><span style="color: #006400;">劇団平成商品</span></a>）、池下陽奈・星奈・夢奈、大隅夢果、小松美穂、TERA、TOUKA、寺田英夫</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり</p>
<div id="attachment_10986" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020271.jpg"><img class="size-medium wp-image-10986" title="p1020271" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020271.jpg" alt="「TEARDROP」を舞台に" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">「Teardrop」を舞台に</p></div>
<div id="attachment_10992" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p10202731.jpg"><img class="size-medium wp-image-10992" title="p10202731" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p10202731.jpg" alt="演舞" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">踊り、踊り、踊り・・・</p></div>
<div>
<div id="attachment_10993" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p10202601.jpg"><img class="size-medium wp-image-10993" title="p10202601" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p10202601.jpg" alt="「マドンナ」の歌" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">「マドンナ！」の歌！</p></div>
</div>
<div>
<div id="attachment_10994" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p10202721.jpg"><img class="size-medium wp-image-10994" title="p10202721" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p10202721.jpg" alt="エネルギッシュな踊りが続く！" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">エネルギッシュな踊りが続く！</p></div>
</div>
<div>
<div id="attachment_10995" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p10202681.jpg"><img class="size-medium wp-image-10995" title="p10202681" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p10202681.jpg" alt="ユニークな存在感？" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">ユニークな存在感？</p></div>
<p> 　演劇の劇評と言えば、加藤浩嗣さんの「シアターホリック：<a href="http://theater-holic.seesaa.net/">http://theater-holic.seesaa.net/</a>」が興味深いですね。どこの劇場に行っても必ず前方にお座りになっています。</p>
<p>　多様な劇場での多様な演劇、それを支えていくプロの担い手、幅広い観客、そんな芸術・文化の香りが満ちた「サッポロ」の街にしたいですね、劇場に足を運ぶことによって。12月4日の「公開審査」が楽しみです！</p></div>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「希望の『君の椅子』」プロジェクト</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10862</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10862#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 28 Nov 2011 04:43:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10862</guid>
		<description><![CDATA[　「君の椅子」プロジェクト（http://www.asahikawa-u.ac.jp/page/kiminoisu_project.html）は、2006年に始まって、毎年新しいデザインによる椅子は、新たな命を祝福してきています。
　「君の椅子」プロジェクトの代表である磯田憲一さんは、その理念を下記のように語っています。
・・・・・、経済性や利便性だけでなく、地域社会の優しく、柔らかなネットワークを少しでも取り戻していきたい、そのためにひとりひとりがそれぞれに小さな取組みを重ねていく、そんな思いを込めて私達は「君の椅子」プロジェクトを立ち上げ、その一歩を踏み出しました。北海道という地域の持つ財産とその潜在力を活かして、「新しい生命」、「新しい市民」の誕生を暖かく見つめ支え合う地域コミュニティ、その再生の火を灯す役割を担いたい、それが私達” 君の椅子プロジェクト”の願いです。「君の椅子」は思い出の記憶装置。それは子どもたちの未来への贈り物です。新しい生命が人々のあたたかな眼差しに見守られて、健やかに成長することを願いながら私たちはこの北海道の大地から「君の椅子」を贈り届けていきます。・・・・・・・
　「君の椅子」は、名前やロゴ、一連番号が刻印された世界でひとつだけの椅子で、無垢(むく)の木材で確かな技を持つ旭川家具の職人が作ります。暦年ごとにデザインが変わるオリジナルの手づくり椅子です。
　今月初旬に、磯田さんから、3・11の震災を経て、「希望の『君の椅子』」を立ち上げる旨をお聴きして、私もすぐに賛同致しました。3月11日の大震災で、亡くなられた方々の数は毎日のように報道されていますが、その日生まれてきた「新しい命」は、まさに3・11以降の復興の「希望」です。被災した東北3県下の市町村に問い合わせをして、その日誕生した子を把握し、そのお名前を座面裏に記して贈呈する試みです。
　個人情報保護法との関わりで困難をともなった作業だったようですが、104の新しい命を私たち北海道民が祝福する試みは、世界に発信して希望の糸口としたいものです。私たちの気持を「見える化」して応援する、木目とともに、「3・11以降のいのち」の成長を記録する、そんな椅子になってもらいたいですね！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>　「君の椅子」プロジェクト（</strong><a href="http://www.asahikawa-u.ac.jp/page/kiminoisu_project.html"><strong>http://www.asahikawa-u.ac.jp/page/kiminoisu_project.html</strong></a><strong>）</strong>は、2006年に始まって、毎年新しいデザインによる椅子は、新たな命を祝福してきています。</p>
<div id="attachment_11001" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020278.jpg"><img class="size-medium wp-image-11001" title="p1020278" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020278-500x375.jpg" alt="毎年のデザインはその年に生まれた命を祝福します" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">毎年のデザインはその年に生まれた命を祝福します</p></div>
<p>　「君の椅子」プロジェクトの代表である磯田憲一さんは、その理念を下記のように語っています。</p>
<p>・・・・・、経済性や利便性だけでなく、地域社会の優しく、柔らかなネットワークを少しでも取り戻していきたい、そのためにひとりひとりがそれぞれに小さな取組みを重ねていく、そんな思いを込めて私達は「君の椅子」プロジェクトを立ち上げ、その一歩を踏み出しました。北海道という地域の持つ財産とその潜在力を活かして、「新しい生命」、「新しい市民」の誕生を暖かく見つめ支え合う地域コミュニティ、その再生の火を灯す役割を担いたい、それが私達” 君の椅子プロジェクト”の願いです。「君の椅子」は思い出の記憶装置。それは子どもたちの未来への贈り物です。新しい生命が人々のあたたかな眼差しに見守られて、健やかに成長することを願いながら私たちはこの北海道の大地から「君の椅子」を贈り届けていきます。・・・・・・・</p>
<p>　「君の椅子」は、名前やロゴ、一連番号が刻印された世界でひとつだけの椅子で、無垢(むく)の木材で確かな技を持つ旭川家具の職人が作ります。暦年ごとにデザインが変わるオリジナルの手づくり椅子です。</p>
<p>　今月初旬に、磯田さんから、3・11の震災を経て、「希望の『君の椅子』」を立ち上げる旨をお聴きして、私もすぐに賛同致しました。3月11日の大震災で、亡くなられた方々の数は毎日のように報道されていますが、その日生まれてきた「新しい命」は、まさに3・11以降の復興の「希望」です。被災した東北3県下の市町村に問い合わせをして、その日誕生した子を把握し、そのお名前を座面裏に記して贈呈する試みです。</p>
<div id="attachment_11002" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020280.jpg"><img class="size-medium wp-image-11002" title="p1020280" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020280-500x375.jpg" alt="「希望の『君の椅子』」です" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">「希望の『君の椅子』」です</p></div>
<div id="attachment_11004" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p10202811.jpg"><img class="size-medium wp-image-11004" title="p10202811" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p10202811-500x375.jpg" alt="座面裏の名前を記した刻印です" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">座面裏の名前を記した刻印です</p></div>
<p>　個人情報保護法との関わりで困難をともなった作業だったようですが、104の新しい命を私たち北海道民が祝福する試みは、世界に発信して希望の糸口としたいものです。私たちの気持を「見える化」して応援する、木目とともに、「3・11以降のいのち」の成長を記録する、そんな椅子になってもらいたいですね！</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「きたネット」、今年のふり返り（後）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10940</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10940#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 24 Nov 2011 04:54:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10940</guid>
		<description><![CDATA[　今年の「札幌KITA-NET北海道環境活動交流フォーラム2011：http://www.kitanet.org/event/index.html#works2011」は、国際森林年に因んで、「「北海道スタイルの森づくり、市民力で森と人をつなぐ」と題して、盛だくさんな内容で開催されました。全道各地から170名を越える大勢の参加者が、最初から最後まで大変熱心に聴き、分科会・ワークショップでは活発な意見交換がなされました、一つの場に集う価値を、あらためて確認した一日でした。基調講演二題は「きたネットWeb：http://www.kitanet.org/index.html」の録画でも見ることができます。
基調講演1　「協働の力でつくる北海道の森林の未来」では、北海道大学農学部教授・柿澤宏昭（http://gcoe.ees.hokudai.ac.jp/mfrs/?p=854）先生が、「持続的な森林の管理と循環型社会の構築を進めるために、森林資源の利用まで含めたより多面的で深い市民と森林との関係のもち方について」、お話をされました。　　

基調講演2　「もっと森を、モア・トゥリーズの活動」では、一般社団法人「モア・トゥリーズ：http://www.more-trees.org/」事務局長の水谷伸吉先生が、「より多くの人に森と関わりを持ってもらえるよう、普遍性をもった都市と森をつなぐプラットホームで ありつづけたいと願う、モア・トゥリーズの活動」を語りました。　

　代表の坂本龍一さんをシンボルに、フィールドをショウアップする多彩な活動は素晴らしいですね。カーボンオフセットの取り組みとして、「ANA・B787カーボンオフセットキャンペーン：https://www.ana.co.jp/amc/cpn/offset/」は、ちょうど今、実施期間中です。
 
　午後からは3つの分科会に分かれての意見交換、更に続く全員によるワークショップでした。
●分科会Ａ　市民団体は森づくりをどう変える？～森づくりのモデルを考える」　
　北海道の2地域で、まったく違うアプローチから民有林保全に切り込んでいる２つのNPOが、共通する課題を考え、将来を展望しました。NPO法人ウヨロ環境トラスト（白老町：http://www.shiraoi.org/trust/）、もりねっと北海道（NPO法人森林再生ネットワーク北海道 /旭川市：http://morinet-h.org/）
【コメンテーター】
荻原 裕 氏（北海道森林管理局 保全調整課 課長

●分科会Ｂ　「事業体と市民をつなぐ森づくり」
　企業・事業体と市民活動団体の連携、森林資源活用事業に取り組むNPOの事例から、森づくりの新しい道筋を考えました。　
【コーディネーター】柿澤 宏昭 氏（北海道大学農学部 教授） 　
事例1　コープ未来の森づくり基金（http://www.coop-sapporo.or.jp/contents/view/id/82）　＆　きたネット（http://www.kitanet.org/index.html）
事例2　一般財団法人セブン-イレブン記念財団（http://www.7midori.org/）　&#38;　NPO法人支笏湖復興森づくりの会（http://www.shikotsuko-moridukuri.org/index.html）
事例3　NPO法人森の生活（下川町：http://www.forest-life.org/）が事業者としてめざすもの
【コメンテーター】 　
　　　　 水谷 伸吉 氏（一般社団法人more trees） 　
　　　　 西川 瀞二 氏（北海道林業技士会） 　
　　　　遠藤 俊次 氏（ホーマック株式会社）
●分科会Ｃ　「森からはじめるエネルギーシフト」　＊この分科会は公益財団法人 秋山記念生命科学振興財団「ネットワーク形成事業」助成により開催
　 林業の持続可能性と木質バイオマスの有効利用の可能性について各地の事例から学び、「北海道における木質エネルギーへの転換をどう進めるか」をディスカッションしました。


 【コーディネーター】大友 詔雄 氏（NPO法人北海道新エネルギー普及促進協会：http://www.hkd-enekyo.npo-jp.net/ 理事長）
事例1　木質バイオマス利活用の可能性と地域内経済効果―森からみたエネルギーの地産地消　大友 詔雄 氏
事例2　薪プロジェクト（どさんこ薪ネットコンソーシアム）について　岡田 基 氏（一般社団法人ProDeC：http://prodec.jp/）
事例3　木質資源作物の可能性と下川町における公共施設のエネルギー転換　高橋 祐二 氏（下川町地域振興課 主幹：http://www.town.shimokawa.hokkaido.jp/Cgi-bin/odb-get.exe?WIT_template=AM04000）
 ＜11月28日追記＞分科会Cの様子：http://enavi-hokkaido.net/forest/?p=315
～～～印象に残った言葉の数々～～～
＊　「植林」から「森」づくりへ、「循環」の中で私たちは関わるべきである
＊　地域と森林の関わりは「多様」で、「全体的」である
＊　地域特性、特有資源を生かしての取り組みを、「まちづくり」として
＊　都市と森とのつながり・橋渡し、3・11以降の取り組みとしての「LIFE 311：http://life311.more-trees.org/」
＊　カーボン・オフセット（相殺）の取り組み：ANA、NTTドコモ等の取り組み
＊　オーストリア・ギュッシング市の取り組み（http://www.nerc-hokkaido.co.jp/wp/chiki）、http://www.eonet.ne.jp/~forest-energy/GREEN%20ENERGY%20FILE/Guessingstory.pdf
　下川町の数々の実践は、感動する程素晴らしいものでした。行政に優れた人材を得ると、市民とともに先駆的試みが可能ですし、持続可能な新しいシステムもダイナミックに動いていくことを立証していますね。素晴らしいモデルが北海道にはあり、心強く感じました。とにかく、この一日は大変内容が濃く、とても全ては書ききれません。ただの知識・知恵ではなく、これからの私の実践に大きく役立てたいものと決意をしています。皆さま、本当にありがとうございました！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　今年の「<strong>札幌KITA-NET北海道環境活動交流フォーラム2011：</strong><a href="http://www.kitanet.org/event/index.html#works2011"><strong>http://www.kitanet.org/event/index.html#works2011</strong></a>」は、国際森林年に因んで、「<span>「<strong>北海道スタイルの森づくり、市民力で森と人をつなぐ</strong>」と題して</span>、盛だくさんな内容で開催されました。全道各地から170名を越える大勢の参加者が、最初から最後まで大変熱心に聴き、分科会・ワークショップでは活発な意見交換がなされました、一つの場に集う価値を、あらためて確認した一日でした。基調講演二題は「きたネットWeb：<a href="http://www.kitanet.org/index.html">http://www.kitanet.org/index.html</a>」の録画でも見ることができます。</p>
<div id="attachment_10941" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020250.jpg"><img class="size-medium wp-image-10941" title="p1020250" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020250-375x500.jpg" alt="フォーラムのプログラム" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">フォーラムのプログラム</p></div>
<p><strong>基調講演1　「協働の力でつくる北海道の森林の未来」</strong><span style="font-size: xx-small;">では、</span>北海道大学農学部教授・柿澤宏昭（<a href="http://gcoe.ees.hokudai.ac.jp/mfrs/?p=854">http://gcoe.ees.hokudai.ac.jp/mfrs/?p=854</a>）先生が、「持続的な森林の管理と循環型社会の構築を進めるために、森林資源の利用まで含めたより多面的で深い市民と森林との関係のもち方について」、お話をされました。　　</p>
<p align="left">
<div id="attachment_10942" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020243.jpg"><img class="size-medium wp-image-10942" title="p1020243" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020243-500x375.jpg" alt="北海道大学農学部・柿澤宏昭教授" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">北海道大学農学部教授・柿澤宏昭さん</p></div>
<p><strong>基調講演2　「もっと森を、モア・トゥリーズの活動」</strong>では、一般社団法人「<strong>モア・トゥリーズ：</strong><a href="http://www.more-trees.org/"><strong>http://www.more-trees.org/</strong></a>」事務局長の水谷伸吉先生が、「より多くの人に森と関わりを持ってもらえるよう、普遍性をもった都市と森をつなぐプラットホームで ありつづけたいと願う、モア・トゥリーズの活動」を語りました。　</p>
<p align="left">
<div id="attachment_10943" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020248.jpg"><img class="size-medium wp-image-10943" title="p1020248" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020248-500x375.jpg" alt="坂本龍一代表の「モア・トゥリーズ」" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">坂本龍一代表の「モア・トゥリーズ」</p></div>
<div id="attachment_10944" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020247.jpg"><img class="size-medium wp-image-10944" title="p1020247" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020247.jpg" alt="事務局長・水谷伸吉さん" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">事務局長・水谷伸吉さん</p></div>
<p>　代表の坂本龍一さんをシンボルに、フィールドをショウアップする多彩な活動は素晴らしいですね<strong>。</strong>カーボンオフセットの取り組みとして、<strong>「ANA・B787カーボンオフセットキャンペーン：</strong><a href="https://www.ana.co.jp/amc/cpn/offset/"><strong>https://www.ana.co.jp/amc/cpn/offset/</strong></a><strong>」</strong>は、ちょうど今、実施期間中です。</p>
<p> </p>
<p>　午後からは3つの分科会に分かれての意見交換、更に続く全員によるワークショップでした。</p>
<p><strong>●分科会Ａ　市民団体は森づくりをどう変える？～森づくりのモデルを考える」　</strong></p>
<p>　北海道の2地域で、まったく違うアプローチから民有林保全に切り込んでいる２つのNPOが、共通する課題を考え、将来を展望しました。<strong>NPO法人ウヨロ環境トラスト（白老町：<a href="http://www.shiraoi.org/trust/">http://www.shiraoi.org/trust/</a>）、もりねっと北海道（NPO法人森林再生ネットワーク北海道 /旭川市：<a href="http://morinet-h.org/">http://morinet-h.org/</a>）</strong></p>
<p>【コメンテーター】<br />
荻原 裕 氏（北海道森林管理局 保全調整課 課長</p>
<p align="left"><strong></strong></p>
<p align="left"><strong>●分科会Ｂ　「事業体と市民をつなぐ森づくり」</strong></p>
<p>　企業・事業体と市民活動団体の連携、森林資源活用事業に取り組むNPOの事例から、森づくりの新しい道筋を考えました。　</p>
<p>【コーディネーター】柿澤 宏昭 氏（北海道大学農学部 教授） 　</p>
<p>事例1　<strong>コープ未来の森づくり基金（<a href="http://www.coop-sapporo.or.jp/contents/view/id/82">http://www.coop-sapporo.or.jp/contents/view/id/82</a>）</strong><strong>　＆　きたネット（<a href="http://www.kitanet.org/index.html">http://www.kitanet.org/index.html</a>）</strong><strong><br />
</strong>事例2　<strong>一般財団法人セブン-イレブン記念財団（<a href="http://www.7midori.org/">http://www.7midori.org/</a>）　&amp;　NPO法人支笏湖復興森づくりの会（<a href="http://www.shikotsuko-moridukuri.org/index.html">http://www.shikotsuko-moridukuri.org/index.html</a>）<br />
</strong>事例3　<strong>NPO法人森の生活（下川町：</strong><a href="http://www.forest-life.org/">http://www.forest-life.org/</a>）が事業者としてめざすもの</p>
<p>【コメンテーター】 　<br />
　　　　 水谷 伸吉 氏（一般社団法人more trees） 　<br />
　　　　 西川 瀞二 氏（北海道林業技士会） 　<br />
　　　　遠藤 俊次 氏（ホーマック株式会社）</p>
<p><strong>●分科会Ｃ　「森からはじめるエネルギーシフト」</strong>　＊この分科会は公益財団法人 秋山記念生命科学振興財団「ネットワーク形成事業」助成により開催</p>
<p>　 林業の持続可能性と木質バイオマスの有効利用の可能性について各地の事例から学び、「北海道における木質エネルギーへの転換をどう進めるか」をディスカッションしました。</p>
<p align="left">
<p align="left">
<p align="left"> 【コーディネーター】大友 詔雄 氏（NPO法人北海道新エネルギー普及促進協会：<a href="http://www.hkd-enekyo.npo-jp.net/">http://www.hkd-enekyo.npo-jp.net/</a> 理事長）</p>
<p align="left">事例1　木質バイオマス利活用の可能性と地域内経済効果―森からみたエネルギーの地産地消　大友 詔雄 氏</p>
<p align="left">事例2　薪プロジェクト（どさんこ薪ネットコンソーシアム）について　岡田 基 氏（一般社団法人ProDeC：<a href="http://prodec.jp/">http://prodec.jp/</a>）</p>
<p align="left">事例3　木質資源作物の可能性と下川町における公共施設のエネルギー転換　高橋 祐二 氏（下川町地域振興課 主幹：<a href="http://www.town.shimokawa.hokkaido.jp/Cgi-bin/odb-get.exe?WIT_template=AM04000">http://www.town.shimokawa.hokkaido.jp/Cgi-bin/odb-get.exe?WIT_template=AM04000</a>）</p>
<p align="left"> <strong>＜11月28日追記＞分科会Cの様子：</strong><a href="http://enavi-hokkaido.net/forest/?p=315"><strong>http://enavi-hokkaido.net/forest/?p=315</strong></a></p>
<p align="left">～～～印象に残った言葉の数々～～～</p>
<p align="left">＊　「植林」から「森」づくりへ、「循環」の中で私たちは関わるべきである</p>
<p align="left">＊　地域と森林の関わりは「多様」で、「全体的」である</p>
<p align="left">＊　地域特性、特有資源を生かしての取り組みを、「まちづくり」として</p>
<p align="left">＊　都市と森とのつながり・橋渡し、3・11以降の取り組みとしての「LIFE 311：<a href="http://life311.more-trees.org/">http://life311.more-trees.org/</a>」</p>
<p align="left">＊　カーボン・オフセット（相殺）の取り組み：ANA、NTTドコモ等の取り組み</p>
<p align="left">＊　オーストリア・ギュッシング市の取り組み（<a href="http://www.nerc-hokkaido.co.jp/wp/chiki">http://www.nerc-hokkaido.co.jp/wp/chiki</a>）、<a href="http://www.eonet.ne.jp/~forest-energy/GREEN%20ENERGY%20FILE/Guessingstory.pdf">http://www.eonet.ne.jp/~forest-energy/GREEN%20ENERGY%20FILE/Guessingstory.pdf</a></p>
<p align="left">　下川町の数々の実践は、感動する程素晴らしいものでした。行政に優れた人材を得ると、市民とともに先駆的試みが可能ですし、持続可能な新しいシステムもダイナミックに動いていくことを立証していますね。素晴らしいモデルが北海道にはあり、心強く感じました。とにかく、この一日は大変内容が濃く、とても全ては書ききれません。ただの知識・知恵ではなく、これからの私の実践に大きく役立てたいものと決意をしています。皆さま、本当にありがとうございました！</p>
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		<title>「きたネット」、今年のふり返り（前）</title>
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		<pubDate>Thu, 24 Nov 2011 01:53:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8625</guid>
		<description><![CDATA[　環境系中間支援団体、「NPO法人 北海道市民環境ネットワーク：愛称きたネット（http://www.kitanet.org/index.html）」の今年の活動テーマは、「森づくり」です（http://www.kitanet.org/event/index.htm#2011s）。
　今年の5月、通常総会当日に今年度最初のイベントとして、「国際森林年 特別企画＜北海道の森をどうする？座談会＞」でした。
　次は7月の交流行事で、前田一歩園財団の訪問（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9393、http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9405）。
　そして9月には、「森づくりと人づくり」と題しての講演と説明会が開催されました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　環境系中間支援団体、「NPO法人 北海道市民環境ネットワーク：愛称きたネット（<a href="http://www.kitanet.org/index.html">http://www.kitanet.org/index.html</a>）」の今年の活動テーマは、「森づくり」です（<a href="http://www.kitanet.org/event/index.htm#2011s">http://www.kitanet.org/event/index.htm#2011s</a>）。</p>
<p>　今年の5月、通常総会当日に今年度最初のイベントとして、「国際森林年 特別企画＜北海道の森をどうする？座談会＞」でした。</p>
<div id="attachment_8626" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010424.jpg"><img class="size-medium wp-image-8626" title="p1010424" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010424-500x375.jpg" alt="多彩なリーダーをお迎えして" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">多彩なリーダーをお迎えして</p></div>
<p>　次は7月の交流行事で、前田一歩園財団の訪問（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9393">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9393</a>、<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9405">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9405</a>）。</p>
<p>　そして9月には、「森づくりと人づくり」と題しての講演と説明会が開催されました。</p>
<div id="attachment_9994" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010707.jpg"><img class="size-medium wp-image-9994" title="p1010707" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010707-375x500.jpg" alt="きたネットカフェSPECIAL 2011" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">きたネットカフェ SPECIAL 2011</p></div>
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		<title>東京 &#038; 札幌、今年の11月</title>
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		<pubDate>Mon, 21 Nov 2011 04:41:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10907</guid>
		<description><![CDATA[　東京都台東区上野公園にある、旧東京音楽学校奏楽堂（http://www.taitocity.net/taito/sougakudou/）です。
　先日、久しぶりに上野公園界隈を歩いていると、ここでピアニスト・小倉末子の展示、「凛と弾く：http://www.taitocity.net/taito/sougakudou/sougakudou_news/news-ogura.html」を公開していました。彼女の業績は後進の指導でも発揮されて、数々の足跡を残し、終戦の1年前に54歳でお亡くなりになりました。
 　このすぐ近く、東京国立博物館（http://www.tnm.jp/）では、特別展「法然と親鸞：http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1404」が開催中です。今年は、法然上人800回忌・親鸞聖人750回忌で、特別展「法然と親鸞　ゆかりの名宝」と銘打って、平成館特別展示室で、10月25日（火）～12月4日（日）までの開催です。先日も多くの方々が玄関前に列を作っていました、私はその横を通り抜けるだけでしたが・・・・。
　一方、札幌ではつい先日、中央区のサッポロファクトリー（http://sapporofactory.jp/）のアトリウムで、巨大クリスマスツリーにイルミネーションが点灯しました。イベント広場では子連れの家族も楽しそう、北海道の冬をここで過ごす人々も多いのでしょうね。
　今年2011年も残り1ヶ月半、ごく普通の暮らしが有り難く感じる今日この頃です。今年は、「年忘れ○○」等の言葉は禁句でしょうね、忘れられない・忘れてはいけない年のはずですから・・・・・。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　東京都台東区上野公園にある、旧東京音楽学校奏楽堂（<a href="http://www.taitocity.net/taito/sougakudou/">http://www.taitocity.net/taito/sougakudou/</a>）です。</p>
<div id="attachment_10908" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020184.jpg"><img class="size-medium wp-image-10908" title="p1020184" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020184-500x375.jpg" alt="東京藝大・奏楽堂" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">旧東京音楽学校・奏楽堂</p></div>
<p>　先日、久しぶりに上野公園界隈を歩いていると、ここでピアニスト・小倉末子の展示、「凛と弾く：<a href="http://www.taitocity.net/taito/sougakudou/sougakudou_news/news-ogura.html">http://www.taitocity.net/taito/sougakudou/sougakudou_news/news-ogura.html</a>」を公開していました。彼女の業績は後進の指導でも発揮されて、数々の足跡を残し、終戦の1年前に54歳でお亡くなりになりました。</p>
<div id="attachment_10909" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020182.jpg"><img class="size-medium wp-image-10909" title="p1020182" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020182-375x500.jpg" alt="小倉末子「凛と弾く」の展示" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">小倉末子「凛と弾く」の展示</p></div>
<p> 　このすぐ近く、東京国立博物館（<a href="http://www.tnm.jp/">http://www.tnm.jp/</a>）では、特別展「法然と親鸞：<a href="http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1404">http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1404</a>」が開催中です。今年は、法然上人800回忌・親鸞聖人750回忌で、特別展「法然と親鸞　ゆかりの名宝」と銘打って、平成館特別展示室で、10月25日（火）～12月4日（日）までの開催です。先日も多くの方々が玄関前に列を作っていました、私はその横を通り抜けるだけでしたが・・・・。</p>
<p>　一方、札幌ではつい先日、中央区のサッポロファクトリー（<a href="http://sapporofactory.jp/">http://sapporofactory.jp/</a>）のアトリウムで、巨大クリスマスツリーにイルミネーションが点灯しました。イベント広場では子連れの家族も楽しそう、北海道の冬をここで過ごす人々も多いのでしょうね。</p>
<div id="attachment_10905" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020239.jpg"><img class="size-medium wp-image-10905" title="p1020239" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020239-375x500.jpg" alt="サッポロファクトリーのアトリウム" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">サッポロファクトリーのアトリウム</p></div>
<p>　今年2011年も残り1ヶ月半、ごく普通の暮らしが有り難く感じる今日この頃です。今年は、「年忘れ○○」等の言葉は禁句でしょうね、忘れられない・忘れてはいけない年のはずですから・・・・・。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>「母子像・ふるさと」、除幕式！</title>
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		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10890#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 18 Nov 2011 06:51:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10890</guid>
		<description><![CDATA[　先月31日に設置された「母子像・ふるさと」（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10725）、周辺の工事もほぼ終了し、18日午後2時から「除幕式」が開催され、80人以上の参加者で大いに盛り上がりました。前日の積雪で新しく造られた公園はすっかり冬化粧、背景は雪のベールで覆われて来年までお預けです。
 　地元の幼稚園に通う子供たちと保護者の方々もご参加下さり、除幕式にも一役買ってくれました。この「母子像・ふるさと」には子供たちが実に似合いますね、歓声も空いっぱいに広がって、ひと時温かい空気に包まれます。
　ワグナー・ナンドールのメッセージが市民の皆さんに届いて、新しい札幌の名所になってくれると嬉しいですね。
＜補足＞　円山公園となりの町内会ブログにも掲載されています（http://miyanomorimachisen.blog111.fc2.com/blog-entry-633.html）。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　先月31日に設置された「母子像・ふるさと」（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10725">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10725</a>）、周辺の工事もほぼ終了し、18日午後2時から「除幕式」が開催され、80人以上の参加者で大いに盛り上がりました。前日の積雪で新しく造られた公園はすっかり冬化粧、背景は雪のベールで覆われて来年までお預けです。</p>
<div id="attachment_10891" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020207.jpg"><img class="size-medium wp-image-10891" title="p1020207" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020207-500x375.jpg" alt="ワグナー・ちよ理事長のご挨拶" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">ワグナー・ちよ理事長のご挨拶</p></div>
<div id="attachment_10892" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020215.jpg"><img class="size-medium wp-image-10892" title="p1020215" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020215-500x375.jpg" alt="除幕式：地元の幼稚園児と保護者も参加" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">除幕式：地元の幼稚園児と保護者も参加</p></div>
<p> 　地元の幼稚園に通う子供たちと保護者の方々もご参加下さり、除幕式にも一役買ってくれました。この「母子像・ふるさと」には子供たちが実に似合いますね、歓声も空いっぱいに広がって、ひと時温かい空気に包まれます。</p>
<div id="attachment_10893" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020223.jpg"><img class="size-medium wp-image-10893" title="p1020223" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020223-500x375.jpg" alt="「母子像・ふるさと」には子供たちが似合います！" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">「母子像・ふるさと」像と地元の幼稚園児たち</p></div>
<p>　ワグナー・ナンドールのメッセージが市民の皆さんに届いて、新しい札幌の名所になってくれると嬉しいですね。</p>
<p>＜補足＞　円山公園となりの町内会ブログにも掲載されています（<a href="http://miyanomorimachisen.blog111.fc2.com/blog-entry-633.html">http://miyanomorimachisen.blog111.fc2.com/blog-entry-633.html</a>）。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「フクシマ論」、開沼博さん</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10865</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10865#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 15 Nov 2011 23:49:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10865</guid>
		<description><![CDATA[　「さっぽろ自由学校・遊：http://www.sapporoyu.org/index.php」の連続講座「奪われた“郷土”～フクシマからのメッセージ～：http://www.sapporoyu.org/modules/sy_course/index.php?id_course=279」の第2回は、東京大学・大学院博士課程の開沼博さんのお話でした。開沼さんの著書「フクシマ論：http://ceron.jp/url/www.seidosha.co.jp/index.php?%A1%D6%A5%D5%A5%AF%A5%B7%A5%DE%A1%D7%CF%C0」は、第65回毎日出版文化賞を受賞し（http://mainichi.jp/corporate/info/news/20111103ddm001040037000c.html）、ベストセラーに。
　第１回の安倍（あんばい）隆さんは、このシリーズのコーディネーターも兼ねていますが、その話はアーカイブでこちら（http://www.sapporoyu.org/modules/sy_myevent/index.php?id_event=282）です。
　先日の講座会場、愛生舘ビル２階は、まさにあふれる人で超満員、驚きましたね。彼は、3・11以前から福島の「原子力ムラ」について研究を進めていて、今年1月14日に修士論文を書き終えたところだったそうです。
　戦後復帰から「田舎と都会」という枠組みで成長を続けた日本社会、それは「成長」という名の「地方の植民地化」だったと断言しました。「55年体制」とこれまで語られている1955年は、原子力基本法（http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S30/S30HO186.html）制定の年でもあります。「成長とはエネルギーだ！」、日本の戦後のエネルギーの中心に原子力があり、反対派は「変わり者」扱いになり、議論する余地はないとされてきた社会、経済的にも、文化的にも、政治的にも、いわゆる「信心（しんじん）：addictional」として。
　「原子力ムラ前史」として、福島と電力・エネルギーとの関わりに言及しました。1914年の猪苗代第一水力発電所建設に始まる歴史から、1960年代の原子力発電所計画が今に至っている歴史的経過。そして、１）「中央の原子力ムラ：行政、メディア、研究者」は理想への邁進の果てに、合理性がゆがめられ、２）「地方の原子力ムラ」は原子力を媒介として豊かさを求め、原子力依存状態となっていった、それらの歴史的経過を分かりやすく解説されました。
　原発一基による1000人の雇用、定期検査で2000人の雇用、それで原発は地元経済に貢献したのか？「危ないこと」を「危ない」と言わない、言えない状況ができていたのです。
　福島県いわき市生まれの若干27歳、上野千鶴子さん、吉見俊哉さんに師事したそうですが、とにかく冷静沈着で、恐るべき若手研究者です。質問に対しても温かい眼差しと丁寧な答え、地元福島の住民に寄り添う調査・研究の証しを見せて頂いた気がします。最後に、「今、変わらないものが、いつ変わるというのだろうか・・・・」、地方が見過ごされているのではないか、東京発マスメディアは、ただ情報を消費しているだけ」と結ばれました。
　本当に、「今、変えないで、いつ変えると言うのか！」、後の世代、或いは歴史から、3・11以降の我々が試されています。
　
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「さっぽろ自由学校・遊：<a href="http://www.sapporoyu.org/index.php">http://www.sapporoyu.org/index.php</a>」の連続講座「奪われた“郷土”～フクシマからのメッセージ～：<a href="http://www.sapporoyu.org/modules/sy_course/index.php?id_course=279">http://www.sapporoyu.org/modules/sy_course/index.php?id_course=279</a>」の第2回は、東京大学・大学院博士課程の開沼博さんのお話でした。開沼さんの著書「フクシマ論：<a href="http://ceron.jp/url/www.seidosha.co.jp/index.php?%A1%D6%A5%D5%A5%AF%A5%B7%A5%DE%A1%D7%CF%C0">http://ceron.jp/url/www.seidosha.co.jp/index.php?%A1%D6%A5%D5%A5%AF%A5%B7%A5%DE%A1%D7%CF%C0</a>」は、第65回毎日出版文化賞を受賞し（<a href="http://mainichi.jp/corporate/info/news/20111103ddm001040037000c.html">http://mainichi.jp/corporate/info/news/20111103ddm001040037000c.html</a>）、ベストセラーに。</p>
<p>　第１回の安倍（あんばい）隆さんは、このシリーズのコーディネーターも兼ねていますが、その話はアーカイブでこちら（<a href="http://www.sapporoyu.org/modules/sy_myevent/index.php?id_event=282">http://www.sapporoyu.org/modules/sy_myevent/index.php?id_event=282</a>）です。</p>
<p>　先日の講座会場、愛生舘ビル２階は、まさにあふれる人で超満員、驚きましたね。彼は、3・11以前から福島の「原子力ムラ」について研究を進めていて、今年1月14日に修士論文を書き終えたところだったそうです。</p>
<p>　戦後復帰から「田舎と都会」という枠組みで成長を続けた日本社会、それは「成長」という名の「地方の植民地化」だったと断言しました。「55年体制」とこれまで語られている1955年は、原子力基本法（<a href="http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S30/S30HO186.html">http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S30/S30HO186.html</a>）制定の年でもあります。「成長とはエネルギーだ！」、日本の戦後のエネルギーの中心に原子力があり、反対派は「変わり者」扱いになり、議論する余地はないとされてきた社会、経済的にも、文化的にも、政治的にも、いわゆる「信心（しんじん）：addictional」として。</p>
<p>　「原子力ムラ前史」として、福島と電力・エネルギーとの関わりに言及しました。1914年の猪苗代第一水力発電所建設に始まる歴史から、1960年代の原子力発電所計画が今に至っている歴史的経過。そして、１）「中央の原子力ムラ：行政、メディア、研究者」は理想への邁進の果てに、合理性がゆがめられ、２）「地方の原子力ムラ」は原子力を媒介として豊かさを求め、原子力依存状態となっていった、それらの歴史的経過を分かりやすく解説されました。</p>
<p>　原発一基による1000人の雇用、定期検査で2000人の雇用、それで原発は地元経済に貢献したのか？「危ないこと」を「危ない」と言わない、言えない状況ができていたのです。</p>
<p>　福島県いわき市生まれの若干27歳、上野千鶴子さん、吉見俊哉さんに師事したそうですが、とにかく冷静沈着で、恐るべき若手研究者です。質問に対しても温かい眼差しと丁寧な答え、地元福島の住民に寄り添う調査・研究の証しを見せて頂いた気がします。最後に、「今、変わらないものが、いつ変わるというのだろうか・・・・」、地方が見過ごされているのではないか、東京発マスメディアは、ただ情報を消費しているだけ」と結ばれました。</p>
<p>　本当に、「今、変えないで、いつ変えると言うのか！」、後の世代、或いは歴史から、3・11以降の我々が試されています。</p>
<p>　</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>三国清三が語る、「北海道から世界へ」</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10841</link>
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		<pubDate>Sun, 13 Nov 2011 01:12:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10841</guid>
		<description><![CDATA[　この1カ月くらい、私が関係する諸団体で、講演等イベントが目白押しです。先日は、北海道経済同友会の例会で、「オテル・ド・ミクニ（http://www.oui-mikuni.co.jp/cgi-local/top/index.cgi）」のオーナーシェフ・三国清三（きよみ）さんをお招きして講演がありました。北海道増毛町（http://www.town.mashike.hokkaido.jp/menu/kanko/kankou-top/mashike-kankou1.html）出身、私より3歳若い彼の話は、ほぼ同時代を生きていながら、アメリカ・ヨーロッパでの活躍の映像からも推し量れ興味深く、彼自身の人生から紡ぎ出される言葉に力がありました。
　増毛の浜で採れる「ホヤ」の味で育った三国さんは、「五味：甘い、すっぱい、しょっぱい、にがい、うま味」の大切さを感じ、その後のシェフ人生の基盤となりました。
　2003年に札幌駅南口に「ミクニ サッポロ：http://www.stellarplace.net/floor_guide/142/」開業、このところは子供たちの食育活動（http://mikuni555.com/conts/）、スローフード運動にご尽力されています。
　最後は、「結局は、最も価値のあることは『オリジナリティ』であり、それがグローバル社会での日本人としての『アイデンティティ』、『誇り』だと思います」と結ばれました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　この1カ月くらい、私が関係する諸団体で、講演等イベントが目白押しです。先日は、北海道経済同友会の例会で、「オテル・ド・ミクニ（<a href="http://www.oui-mikuni.co.jp/cgi-local/top/index.cgi">http://www.oui-mikuni.co.jp/cgi-local/top/index.cgi</a>）」のオーナーシェフ・三国清三（きよみ）さんをお招きして講演がありました。北海道増毛町（<a href="http://www.town.mashike.hokkaido.jp/menu/kanko/kankou-top/mashike-kankou1.html">http://www.town.mashike.hokkaido.jp/menu/kanko/kankou-top/mashike-kankou1.html</a>）出身、私より3歳若い彼の話は、ほぼ同時代を生きていながら、アメリカ・ヨーロッパでの活躍の映像からも推し量れ興味深く、彼自身の人生から紡ぎ出される言葉に力がありました。</p>
<div id="attachment_10852" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020169.jpg"><img class="size-medium wp-image-10852" title="p1020169" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020169-500x375.jpg" alt="最初に修行した札幌グランドホテルで講演" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">最初に修行した札幌グランドホテルで講演</p></div>
<p>　増毛の浜で採れる「ホヤ」の味で育った三国さんは、「五味：甘い、すっぱい、しょっぱい、にがい、うま味」の大切さを感じ、その後のシェフ人生の基盤となりました。</p>
<p>　2003年に札幌駅南口に「ミクニ サッポロ：<a href="http://www.stellarplace.net/floor_guide/142/">http://www.stellarplace.net/floor_guide/142/</a>」開業、このところは子供たちの食育活動（<a href="http://mikuni555.com/conts/">http://mikuni555.com/conts/</a>）、スローフード運動にご尽力されています。</p>
<p>　最後は、「結局は、最も価値のあることは『オリジナリティ』であり、それがグローバル社会での日本人としての『アイデンティティ』、『誇り』だと思います」と結ばれました。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「近自然」によるまちづくり</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10763</link>
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		<pubDate>Thu, 10 Nov 2011 11:29:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10763</guid>
		<description><![CDATA[　スイス近自然学研究所代表の山脇正俊（http://web.me.com/masatoshiyamawaki/homepage/profile-jp.html）さんをお迎えしての講演、1年に一回は日本に来て、札幌でも毎年講演をされています。
 主催は、「スローフード・フレンズ北海道（http://www.slowfood-friends.org/）」で、今年で9年目の近自然セミナーです。フレンズＨＰの活動記録に、2003年からの様子が掲載されており、代表の湯浅優子（http://www.netbeet.ne.jp/~tabitoka/heart/05tuttyan.html）さんは「ファームイン」の草分けです。共催は「北海道エネルギーチェンジ100プロジェクト（http://www.enechan100.com/、http://ja-jp.facebook.com/enechan100）」、「北海道エコビレッジ推進プロジェクト（http://ecovillage.greenwebs.net/about.html）」でした。
 当日の逐一の報告は書き留めませんが、先日、同じく参加した鈴木善人さんは自身のブログ（http://www.leaps.jp/?p=2940）で内容をコンパクトにまとめています。経営者から見ると、「リスクマネジメント」という言葉で「近自然」を語って頂けたことが、最も腑に落ちるポイントかなと、やはり経営者の鈴木善人さんのブログを読んで感じました。
　特に印象に残ったフレーズは、～～～環境配慮は「危機管理：リスクマネジメント」であり、4つの原則がある：１）事前の周到な準備、２）危機の認識、３）迅速で適切な回避行動、４）対処より予防～～～～まさに「経営」そのものですよね。
　もう一つ、「スペシャリスト」に対する言葉で、従来の「ジェネラリスト」は英語の語感が良くなく、「ユニバーサリスト」が使われる場合が多いとか、日本語では「万能家」と訳しているようです。
　基本的概念で、食、農、エネルギー、景観、近自然等、皆共通するものがあります。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　スイス近自然学研究所代表の山脇正俊（<a href="http://web.me.com/masatoshiyamawaki/homepage/profile-jp.html">http://web.me.com/masatoshiyamawaki/homepage/profile-jp.html</a>）さんをお迎えしての講演、1年に一回は日本に来て、札幌でも毎年講演をされています。</p>
<p> 主催は、「スローフード・フレンズ北海道（<a href="http://www.slowfood-friends.org/">http://www.slowfood-friends.org/</a>）」で、今年で9年目の近自然セミナーです。フレンズＨＰの活動記録に、2003年からの様子が掲載されており、代表の湯浅優子（<a href="http://www.netbeet.ne.jp/~tabitoka/heart/05tuttyan.html">http://www.netbeet.ne.jp/~tabitoka/heart/05tuttyan.html</a>）さんは「ファームイン」の草分けです。共催は「北海道エネルギーチェンジ100プロジェクト（<a href="http://www.enechan100.com/">http://www.enechan100.com/</a>、<a href="http://ja-jp.facebook.com/enechan100">http://ja-jp.facebook.com/enechan100</a>）」、「北海道エコビレッジ推進プロジェクト（<a href="http://ecovillage.greenwebs.net/about.html">http://ecovillage.greenwebs.net/about.html</a>）」でした。</p>
<div id="attachment_10766" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020152.jpg"><img class="size-medium wp-image-10766" title="p1020152" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020152-500x375.jpg" alt="山脇さん：中代達矢に似た風貌" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">山脇正俊さん：中代達矢に似た風貌？</p></div>
<p> 当日の逐一の報告は書き留めませんが、先日、同じく参加した鈴木善人さんは自身のブログ（<a href="http://www.leaps.jp/?p=2940">http://www.leaps.jp/?p=2940</a>）で内容をコンパクトにまとめています。経営者から見ると、「リスクマネジメント」という言葉で「近自然」を語って頂けたことが、最も腑に落ちるポイントかなと、やはり経営者の鈴木善人さんのブログを読んで感じました。</p>
<p>　特に印象に残ったフレーズは、～～～環境配慮は「危機管理：リスクマネジメント」であり、4つの原則がある：１）事前の周到な準備、２）危機の認識、３）迅速で適切な回避行動、４）対処より予防～～～～まさに「経営」そのものですよね。</p>
<p>　もう一つ、「スペシャリスト」に対する言葉で、従来の「ジェネラリスト」は英語の語感が良くなく、「ユニバーサリスト」が使われる場合が多いとか、日本語では「万能家」と訳しているようです。</p>
<p>　基本的概念で、食、農、エネルギー、景観、近自然等、皆共通するものがあります。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>さっぽろアートステージ2011</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10768</link>
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		<pubDate>Mon, 07 Nov 2011 23:41:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10768</guid>
		<description><![CDATA[　今年で7回目、「さっぽろアートステージ2011：http://www.s-artstage.com/2011/」が始まりました。
　「さっぽろアートステージ」とは、札幌で活躍するアーティストに発表の場をつくり、その作品を市民と一緒に観て、ふれて、感じるアートイベントです、市内各所で関連イベントも盛んです。
　「アート」は、ふれて、感じて、はじめて楽しめるものだと思いますね、HPには次のように書かれています。
～～～～～その「アート」を街に開放し、気軽に楽しめるように、わたしたち「さっぽろアートステージ」はアーティストと市民がつながる「アートの入口」をつくり出しています。その入口は、舞台へ、現代アートへ、音楽へつながる入口です。そんな入口を街の至る所に出現させ、みなさんと「アート」の距離を縮めたい、「アート」を身近に感じてもらいたいと思っています。
　2011年もアートステージは「舞台芸術部門」「学生音楽部門」「音楽部門」「美術部門」の4部門で構成。「特別企画」として今年限定で、3月に開通した「札幌駅前地下通歩行空間」を舞台に「キックオフイベント」を開催いたします。アートステージのスタートとなる「キックオフイベント」ぜひ、ご期待ください！～～～～～～～～
　キックオフイベントは、今月5・6日に地下通路で開催されました。
　一方、 「札幌劇場祭：ＴＧＲ（http://www.s-artstage.com/2011/tgr2011/）」も、先月下旬から、先立って市内9つの劇場で一層レベルアップし始まっています。
　今年も私は審査員として、1カ月に32本のエントリー演劇を観ることになり、すでに8本は終わりました。昨年は初めての審査で要領も良く分かりませんでしたが、その後1年経ち、今年はかなり周辺情報も増えていますし、しっかりした審査で臨みます。今年の私の視点を、劇場祭のHPに掲載しています。
～～～～～＜コメント＞　3・11以降、芸術・文化の価値が人々に生きる力を与えるとして、高く評価されています。まだ一度も演劇を観たことの無い、或いは「敷居が高い」と敬遠している多くのごく普通の市民に対して、劇場に足を運んで貰う努力・意欲が感じられること、芝居を通して伝えたいメッセージ、問題提起が明確であること、そして何か新しいものを追いかけている姿、等が私の視点です。演劇に興味はありますが、基本的に「素人」の立ち位置にこだわりたい、北海道の演劇人に期待しています！～～～～～～
●今年のTGR札幌劇場祭大賞の審査員は以下の7人です。
・飯塚　優子　（レッドベリースタジオ主宰）　※審査委員長
・早川　渉　（映画監督）
・秋山　孝二　（NPO法人北海道市民環境ネットワーク理事長）
・松井　哲朗　（劇評誌「続・観劇片々」主宰）
・桑田　信治（株式会社インテリジェンス　anウィークリー北海道版編集担当）
・北田　静美　（株式会社ウエス　CREATIVE5 営業企画　プロデューサー）
・森　　彩夏　（北海道教育大学岩見沢校　芸術文化コース　　アートマネージメント音楽研究室所属４年生）
　12月4日は、午後から公開審査会があり、そこで大賞他が決まります。実は、私の所属、この「秋山財団」から「NPO理事長」に変更しました。肩書を入れると漢字が20文字以上も続くことになり、芸術・文化には馴染まない（？）と勝手に自分で判断して代えました！
 
 　更に、今年から「常設」となった「500ｍ美術館：http://www.s-artstage.com/2011/artstreet_about/」も一段とレベルアップです。
 　芸術の秋、札幌は今、盛りなり、ですね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　今年で7回目、「さっぽろアートステージ2011：<a href="http://www.s-artstage.com/2011/">http://www.s-artstage.com/2011/</a>」が始まりました。</p>
<p>　「さっぽろアートステージ」とは、札幌で活躍するアーティストに発表の場をつくり、その作品を市民と一緒に観て、ふれて、感じるアートイベントです、市内各所で関連イベントも盛んです。</p>
<div id="attachment_10800" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020161.jpg"><img class="size-medium wp-image-10800" title="p1020161" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020161.jpg" alt="駅前地下通路で" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">駅前通り地下通路で</p></div>
<p>　「アート」は、ふれて、感じて、はじめて楽しめるものだと思いますね、HPには次のように書かれています。</p>
<p>～～～～～その「アート」を街に開放し、気軽に楽しめるように、わたしたち「さっぽろアートステージ」はアーティストと市民がつながる「アートの入口」をつくり出しています。その入口は、舞台へ、現代アートへ、音楽へつながる入口です。そんな入口を街の至る所に出現させ、みなさんと「アート」の距離を縮めたい、「アート」を身近に感じてもらいたいと思っています。</p>
<p>　2011年もアートステージは「舞台芸術部門」「学生音楽部門」「音楽部門」「美術部門」の4部門で構成。「特別企画」として今年限定で、3月に開通した「札幌駅前地下通歩行空間」を舞台に「キックオフイベント」を開催いたします。アートステージのスタートとなる「キックオフイベント」ぜひ、ご期待ください！～～～～～～～～</p>
<p>　キックオフイベントは、今月5・6日に地下通路で開催されました。</p>
<div id="attachment_10801" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020164.jpg"><img class="size-medium wp-image-10801" title="p1020164" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020164.jpg" alt="地下通路での展示" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">地下通路での展示</p></div>
<p>　一方、 「札幌劇場祭：ＴＧＲ（<a href="http://www.s-artstage.com/2011/tgr2011/">http://www.s-artstage.com/2011/tgr2011/</a>）」も、先月下旬から、先立って市内9つの劇場で一層レベルアップし始まっています。</p>
<div id="attachment_10802" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020166.jpg"><img class="size-medium wp-image-10802" title="p1020166" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020166.jpg" alt="琴似・パトスロビーで、多様なチラシ" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">琴似・パトスのロビーに揃う多様なチラシ</p></div>
<p>　今年も私は審査員として、1カ月に32本のエントリー演劇を観ることになり、すでに8本は終わりました。昨年は初めての審査で要領も良く分かりませんでしたが、その後1年経ち、今年はかなり周辺情報も増えていますし、しっかりした審査で臨みます。今年の私の視点を、劇場祭のHPに掲載しています。</p>
<p>～～～～～＜コメント＞　3・11以降、芸術・文化の価値が人々に生きる力を与えるとして、高く評価されています。まだ一度も演劇を観たことの無い、或いは「敷居が高い」と敬遠している多くのごく普通の市民に対して、劇場に足を運んで貰う努力・意欲が感じられること、芝居を通して伝えたいメッセージ、問題提起が明確であること、そして何か新しいものを追いかけている姿、等が私の視点です。演劇に興味はありますが、基本的に「素人」の立ち位置にこだわりたい、北海道の演劇人に期待しています！～～～～～～</p>
<p>●今年のTGR札幌劇場祭大賞の審査員は以下の7人です。<br />
・飯塚　優子　（レッドベリースタジオ主宰）　※審査委員長<br />
・早川　渉　（映画監督）<br />
・秋山　孝二　（NPO法人北海道市民環境ネットワーク理事長）<br />
・松井　哲朗　（劇評誌「続・観劇片々」主宰）<br />
・桑田　信治（株式会社インテリジェンス　anウィークリー北海道版編集担当）<br />
・北田　静美　（株式会社ウエス　CREATIVE5 営業企画　プロデューサー）<br />
・森　　彩夏　（北海道教育大学岩見沢校　芸術文化コース　　アートマネージメント音楽研究室所属４年生）</p>
<p>　12月4日は、午後から公開審査会があり、そこで大賞他が決まります。実は、私の所属、この「秋山財団」から「NPO理事長」に変更しました。肩書を入れると漢字が20文字以上も続くことになり、芸術・文化には馴染まない（？）と勝手に自分で判断して代えました！</p>
<p> </p>
<p> 　更に、今年から「常設」となった「500ｍ美術館：<a href="http://www.s-artstage.com/2011/artstreet_about/">http://www.s-artstage.com/2011/artstreet_about/</a>」も一段とレベルアップです。</p>
<div id="attachment_10803" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p10201591.jpg"><img class="size-medium wp-image-10803" title="p10201591" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p10201591.jpg" alt="今年から「常設」へ：500ｍ美術館" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">今年から「常設」へ：500ｍ美術館</p></div>
<p class="mceTemp"> 　芸術の秋、札幌は今、盛りなり、ですね。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>中川ヒデアキ：追悼ライブ</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10739</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10739#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 06 Nov 2011 23:26:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10739</guid>
		<description><![CDATA[ 　「中川ヒデアキ：追悼ライブ」が、札幌市西区八軒のレッドベリースタジオ（http://www.akai-mi.com/）で開催されました。ここで昨年は10周年記念企画で、こんなコンサート（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5248）も。
　数少ないインド古典音楽の演奏家として知られた札幌在住の中川ヒデアキさんが、がんにより9月15日に57歳で亡くなりました。演奏仲間には「デンさん」の愛称で慕われ、インド音楽と釣りが好きだった中川さんを悼み、友人らが札幌市内のライブ喫茶などで追悼ライブの企画、初日でした。
 この回は、シタール・井上憲司（http://www.kenjiinoue.com/）さん、タブラ・逆瀬川健治（http://homepage2.nifty.com/souhadou/index/Home.html）さんの演奏でした。
 とにかく、一つの曲が長いです。初めてだったので、最初は旋律を追いかけて追いかけて、そのうちに催眠術に掛ったみたいに眠くなります、退屈で眠気がくるのとは違います。それからなおも淡々とシタールの響きとタブラのリズムが織りなす不思議な音楽、結局曲の終りが第一部の終了でした。
　私は中川さんには生前お会いしたことはないのですが、こうやって追悼ライブが、以前の仲間たちによって開催されて多くのファンが集まる、死してなおの存在感、素晴らしいですね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p> 　「中川ヒデアキ：追悼ライブ」が、札幌市西区八軒のレッドベリースタジオ（<a href="http://www.akai-mi.com/">http://www.akai-mi.com/</a>）で開催されました。ここで昨年は10周年記念企画で、こんなコンサート（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5248">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5248</a>）も。</p>
<p class="i-p-ky">　数少ないインド古典音楽の演奏家として知られた札幌在住の中川ヒデアキさんが、がんにより9月15日に57歳で亡くなりました。演奏仲間には「デンさん」の愛称で慕われ、インド音楽と釣りが好きだった中川さんを悼み、友人らが札幌市内のライブ喫茶などで追悼ライブの企画、初日でした。</p>
<div id="attachment_10740" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020148.jpg"><img class="size-medium wp-image-10740" title="p1020148" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020148-500x375.jpg" alt="右：シタール、左：タブラ" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">左：タブラ、右：シタール</p></div>
<p> この回は、シタール・井上憲司（<a href="http://www.kenjiinoue.com/">http://www.kenjiinoue.com/</a>）さん、タブラ・逆瀬川健治（<a href="http://homepage2.nifty.com/souhadou/index/Home.html">http://homepage2.nifty.com/souhadou/index/Home.html</a>）さんの演奏でした。</p>
<div id="attachment_10741" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020149.jpg"><img class="size-medium wp-image-10741" title="p1020149" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020149-375x500.jpg" alt="タブラ演奏：逆瀬川 健治、シタール演奏：井上憲司" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">タブラ演奏：逆瀬川 健治、シタール演奏：井上憲司</p></div>
<p> とにかく、一つの曲が長いです。初めてだったので、最初は旋律を追いかけて追いかけて、そのうちに催眠術に掛ったみたいに眠くなります、退屈で眠気がくるのとは違います。それからなおも淡々とシタールの響きとタブラのリズムが織りなす不思議な音楽、結局曲の終りが第一部の終了でした。</p>
<p>　私は中川さんには生前お会いしたことはないのですが、こうやって追悼ライブが、以前の仲間たちによって開催されて多くのファンが集まる、死してなおの存在感、素晴らしいですね。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?feed=rss2&amp;p=10739</wfw:commentRss>
		</item>
		<item>
		<title>六華同窓会2011</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10719</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10719#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 04 Nov 2011 23:07:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10719</guid>
		<description><![CDATA[　高校の「六華（りっか）同窓会：http://www.rikka.net/」の総会・懇親会が、今年も盛大に開催されました。東京には「東京六華同窓会：http://www.tokyorikka.jp/」もあり、こちらは6月に行われました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9007）。
 　オープニングは吹奏楽部の演奏、続いてダンス部のはち切れそうなパフォーマンス。今年も600名を越える同窓生の登録があり、「絆」を確かめ合ったひと時です。毎年、年長者順に着席テーブル、私たちの期は、この数年、「もうすぐ我々も着席組だよね」と、同期の連中と話をしていましたが、何と今年がその「着席組」だったではありませんか！座って歓談していると、何だかすっかり落ち着いてしまって、立っている若い世代との交流もそっちのけで、立派な「長老組」でした。こうして歳を取っていくのかと、少々の寂しさも感じながら・・・・。
 　懇親会途中で、アコースティックギタープレーヤー、現役大学生・南58期の山木将平（http://yamakishohei.web.fc2.com/top.html）くんの演奏もありました（http://www.youtube.com/user/shoheiyamaki）。素晴らしいテクニックに加えて、特殊奏法等の作曲・演奏活動にもチャレンジし、チラシにあるように、まさに北海道の大地と空の広大さを感じさせました。会場では１ｓｔアルバムの「NORTH WIND：http://www.amazon.co.jp/NORTH-WIND/dp/B004OVSP6M」も販売されて、飛ぶように売れていましたね、楽しみです！
 　昨年少し納得のいかなかった一中の大先輩達、今年は気合十分で、一中校歌、応援歌を堂々と歌い上げました！中53期の山本晋也さんは、歌詞を大きめに印刷して皆さんに配り、この日に備えたとおっしゃっていました。
　「六華同窓会」の幹事長をつとめている私は、今年の会誌に、「『自立した個』として生きる時代」と題して書きました。～～～～～～～～
　2011年六華同窓会総会・懇親会、とりわけ今年は、例年以上に開催できること自体を心からお喜び申し上げます。今年のテーマ、「『六華全書』～今、ひもとくとき」からは、多彩な同窓生の「今」と「人生」を紡ぎ、独自の「六華全書」をひも解いていきたいとの意欲を感じ取ります。これまで幹事当番期としてご準備にあたられた南36期の福沢康弘実行委員長はじめ、同期の皆様に心から感謝申し上げます。
本年3月11日14時46分に発生した巨大地震、それに連なる大津波、驚愕の東京電力福島原子力発電所事故は、多くの喪失感を生みながらも、今生きている我々に大きな課題を提起しています。そんな中で今年の当番期は、「『六華全書』に集約された『知』の力は、私たちの想いを必ずやかたちにしてくれると信じて」と、大変前向きに語っています、今ここ、まさに六華に集う人々の出番だというように。
 
7月の「FIFA女子ワールドカップ2011」で、「なでしこジャパン」の優勝は、私たちにたくさんの勇気を与えてくれました。選手たちは日々苦労の連続でここまでの道のりを勝ち取り、結果を出し、試合後のコメントも笑顔も実に爽やかでした。さらに今回の佐々木則夫監督は、男子の岡田前監督、ザッケローニ監督にも共通していますが、事前情報を基に戦略・戦術を駆使して「日本らしさ」を創り出し、試合が始まってからは選手に全幅の信頼を寄せて、試合後は選手を称賛してやまない、本当に素晴らしい采配でした。「駒として使う」というより、一人ひとりの考える力を信頼して、情況に応じた瞬時の判断を任せる、組織における「自立した個」の育成、まさに新しい時代の監督像です。3・11以降の日本に必要な人材は、自分の頭で考え続ける、こうした「自立した個」であり、取りも直さず、六華に集う人々そのものではありませんか。～～～～～～～～
 
3・11以降の同窓会、また「つながり」の新鮮さを感じて良かったな、と。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="mceTemp">　高校の「六華（りっか）同窓会：<a href="http://www.rikka.net/">http://www.rikka.net/</a>」の総会・懇親会が、今年も盛大に開催されました。東京には「東京六華同窓会：<a href="http://www.tokyorikka.jp/">http://www.tokyorikka.jp/</a>」もあり、こちらは6月に行われました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9007">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9007</a>）。</div>
<div id="attachment_10720" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020125.jpg"><img class="size-medium wp-image-10720" title="p1020125" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020125.jpg" alt="オープニング：吹奏楽部" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">オープニング：吹奏楽部</p></div>
<p> 　オープニングは吹奏楽部の演奏、続いてダンス部のはち切れそうなパフォーマンス。今年も600名を越える同窓生の登録があり、「絆」を確かめ合ったひと時です。毎年、年長者順に着席テーブル、私たちの期は、この数年、「もうすぐ我々も着席組だよね」と、同期の連中と話をしていましたが、何と今年がその「着席組」だったではありませんか！座って歓談していると、何だかすっかり落ち着いてしまって、立っている若い世代との交流もそっちのけで、立派な「長老組」でした。こうして歳を取っていくのかと、少々の寂しさも感じながら・・・・。</p>
<div id="attachment_10721" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020129.jpg"><img class="size-medium wp-image-10721" title="p1020129" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020129.jpg" alt="ダンス部：素晴らしい笑顔" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">ダンス部：素晴らしい笑顔</p></div>
<p> 　懇親会途中で、アコースティックギタープレーヤー、現役大学生・南58期の山木将平（<a href="http://yamakishohei.web.fc2.com/top.html">http://yamakishohei.web.fc2.com/top.html</a>）くんの演奏もありました（<a href="http://www.youtube.com/user/shoheiyamaki">http://www.youtube.com/user/shoheiyamaki</a>）。素晴らしいテクニックに加えて、特殊奏法等の作曲・演奏活動にもチャレンジし、チラシにあるように、まさに北海道の大地と空の広大さを感じさせました。会場では１ｓｔアルバムの「NORTH WIND：<a href="http://www.amazon.co.jp/NORTH-WIND/dp/B004OVSP6M">http://www.amazon.co.jp/NORTH-WIND/dp/B004OVSP6M</a>」も販売されて、飛ぶように売れていましたね、楽しみです！</p>
<div id="attachment_10722" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020130.jpg"><img class="size-medium wp-image-10722" title="p1020130" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020130.jpg" alt="山木将人さんの演奏" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">山木将平くんの演奏</p></div>
<p> 　昨年少し納得のいかなかった一中の大先輩達、今年は気合十分で、一中校歌、応援歌を堂々と歌い上げました！中53期の山本晋也さんは、歌詞を大きめに印刷して皆さんに配り、この日に備えたとおっしゃっていました。</p>
<div id="attachment_10723" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020133.jpg"><img class="size-medium wp-image-10723" title="p1020133" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020133.jpg" alt="一中同窓生の雄姿" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">一中同窓生の雄姿</p></div>
<p>　「六華同窓会」の幹事長をつとめている私は、今年の会誌に、「<span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">『自立した個』として生きる時代」と題して書きました。～～～～～～～～</span></p>
<p><span style="font-size: 9pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">　2011</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">年六華同窓会総会・懇親会、とりわけ今年は、例年以上に開催できること自体を心からお喜び申し上げます。今年のテーマ、「『六華全書』～今、ひもとくとき」からは、多彩な同窓生の「今」と「人生」を紡ぎ、独自の「六華全書」をひも解いていきたいとの意欲を感じ取ります。これまで幹事当番期としてご準備にあたられた南</span><span style="font-size: 9pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">36</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">期の福沢康弘実行委員長はじめ、同期の皆様に心から感謝申し上げます。</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 9pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">本年</span><span style="font-size: 9pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">3</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">月</span><span style="font-size: 9pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">11</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">日</span><span style="font-size: 9pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">14</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">時</span><span style="font-size: 9pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">46</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">分に発生した巨大地震、それに連なる大津波、驚愕の東京電力福島原子力発電所事故は、多くの喪失感を生みながらも、今生きている我々に大きな課題を提起しています。そんな中で今年の当番期は、「『六華全書』に集約された『知』の力は、私たちの想いを必ずやかたちにしてくれると信じて」と、大変前向きに語っています、今ここ、まさに六華に集う人々の出番だというように。</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 9pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 9pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: &quot;Arial&quot;,&quot;sans-serif&quot;; color: #41270e; font-size: 9pt;">7</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; color: #41270e; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Arial; mso-hansi-font-family: Arial; mso-bidi-font-family: Arial;">月の「</span><span style="font-family: &quot;Arial&quot;,&quot;sans-serif&quot;; color: #41270e; font-size: 9pt;">FIFA</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; color: #41270e; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Arial; mso-hansi-font-family: Arial; mso-bidi-font-family: Arial;">女子ワールドカップ</span><span style="font-family: &quot;Arial&quot;,&quot;sans-serif&quot;; color: #41270e; font-size: 9pt;">2011</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; color: #41270e; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Arial; mso-hansi-font-family: Arial; mso-bidi-font-family: Arial;">」で、</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">「なでしこジャパン」の優勝は、私たちにたくさんの勇気を与えてくれました。選手たちは日々苦労の連続でここまでの道のりを勝ち取り、結果を出し、試合後のコメントも笑顔も実に爽やかでした。さらに</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; color: #41270e; font-size: 9pt; mso-bidi-font-family: Arial;">今回の佐々木則夫監督は、男子の岡田前監督、ザッケローニ監督にも共通していますが、事前情報を基に戦略・戦術を駆使して「日本らしさ」を創り出し、試合が始まってからは選手に全幅の信頼を寄せて、試合後は選手を称賛してやまない、本当に素晴らしい采配でした。「駒として使う」というより、一人ひとりの考える力を信頼して、情況に応じた瞬時の判断を任せる、組織における「自立した個」の育成、まさに新しい時代の監督像です。<span lang="EN-US">3</span>・<span lang="EN-US">11</span>以降の日本に必要な人材は、自分の頭で考え続ける、こうした「自立した個」であり、取りも直さず、六華に集う人々そのものではありませんか。～～～～～～～～</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 9pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 9pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; color: #41270e; font-size: 9pt; mso-bidi-font-family: Arial;">3・11以降の同窓会、また「つながり」の新鮮さを感じて良かったな、と。</span></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「母子像・ふるさと」札幌に到着！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10725</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10725#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 01 Nov 2011 22:53:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10725</guid>
		<description><![CDATA[ 　昨年のフォーラム（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6371）から1年を経て、ワグナー・ナンドール記念財団（http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html）が札幌市へ寄付した「母子像・ふるさと」が、旧札幌市長公館跡（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4981）に10月31日に到着しました。
　栃木県益子町から大洗のフェリーに乗って、地元益子町の田中さんご夫妻がトラックで搬送して設置も完了しました。今後は周辺の整備・養生を終えて、今月18日午後2時の除幕式を迎えます。
　田中さんは、一昨年の中野区哲学堂公園に建立された「哲学の庭・群像：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2792」も、一週間泊まり込みで11体の像を設置しました。今回は数時間でしたが、大きな木箱に梱包して、陸路・水路を経ての搬送、終了後もとんぼ返りでまた深夜のフェリーに乗って、益子に戻りました。3・11以降の震災復旧のお仕事が地元で目白押し、とても札幌でゆっくりしている時間は無い様子でした。
　「母子像・ふるさと」は、台座に23度横向きにボルトでしっかり固定され、18日の除幕式までカバーが丁寧に掛けられました。周辺が整備されるとまた一段と雰囲気も出るのでしょうが、思えばワグナー・ナンドールと出会った私の叔母・ちよさんのふるさとに、しっかり固定された、まさに劇的瞬間なのですよね。
　3・11以降、「絆」の大切さが再認識される昨今、この像が放つ「いつの世でも、どんな国でも確かな絆としての母と子」、それが「札幌市長公館跡地」に建立される大きな意義を感じます。
　遠くからありがとうございます、この仕事を成し遂げた田中さんご夫妻に、表彰台で「金メダル」です！！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p> 　昨年のフォーラム（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6371">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6371</a>）から1年を経て、ワグナー・ナンドール記念財団（<a href="http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html">http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html</a>）が札幌市へ寄付した「母子像・ふるさと」が、旧札幌市長公館跡（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4981">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4981</a>）に10月31日に到着しました。</p>
<p>　栃木県益子町から大洗のフェリーに乗って、地元益子町の田中さんご夫妻がトラックで搬送して設置も完了しました。今後は周辺の整備・養生を終えて、今月18日午後2時の除幕式を迎えます。</p>
<div id="attachment_10726" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020136.jpg"><img class="size-medium wp-image-10726" title="p1020136" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020136-500x375.jpg" alt="益子からはるばるやって来た「母子像・ふるさと」" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">益子からはるばるやって来た「母子像・ふるさと」</p></div>
<div id="attachment_10727" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020140.jpg"><img class="size-medium wp-image-10727" title="p1020140" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020140-500x375.jpg" alt="18日午後2時からの除幕式まではひっそりと" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">18日午後2時からの除幕式まではひっそりと</p></div>
<p>　田中さんは、一昨年の中野区哲学堂公園に建立された「哲学の庭・群像：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2792">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2792</a>」も、一週間泊まり込みで11体の像を設置しました。今回は数時間でしたが、大きな木箱に梱包して、陸路・水路を経ての搬送、終了後もとんぼ返りでまた深夜のフェリーに乗って、益子に戻りました。3・11以降の震災復旧のお仕事が地元で目白押し、とても札幌でゆっくりしている時間は無い様子でした。</p>
<p>　「母子像・ふるさと」は、台座に23度横向きにボルトでしっかり固定され、18日の除幕式までカバーが丁寧に掛けられました。周辺が整備されるとまた一段と雰囲気も出るのでしょうが、思えばワグナー・ナンドールと出会った私の叔母・ちよさんのふるさとに、しっかり固定された、まさに劇的瞬間なのですよね。</p>
<p>　3・11以降、「絆」の大切さが再認識される昨今、この像が放つ「いつの世でも、どんな国でも確かな絆としての母と子」、それが「札幌市長公館跡地」に建立される大きな意義を感じます。</p>
<div id="attachment_10752" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020146.jpg"><img class="size-medium wp-image-10752" title="p1020146" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/11/p1020146-500x375.jpg" alt="田中さんご夫妻に金メダル！" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">田中さんご夫妻に金メダル！</p></div>
<p>　遠くからありがとうございます、この仕事を成し遂げた田中さんご夫妻に、表彰台で「金メダル」です！！</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「みんなのエネルギー・環境会議 札幌」</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10663</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10663#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 31 Oct 2011 22:46:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10663</guid>
		<description><![CDATA[　 「みんなのエネルギー・環境会議：http://www.meec.jp/」、第3回目が札幌で開催されました。 当日は300人を越える聴衆で満席、セッションも内容が濃く、「エネルギー」、「原子力発電」についても、賛否はともかく、まずは議論の新しいフィールドが生まれている、そんな感じでした。
　コーディネーターをつとめた枝廣淳子さん（幸せ経済社会研究所所長：http://ishes.org/）の能力・センスが、ひと際輝いていたと思います。ある時はさりげなく補足し、ある時は大胆に方向性を変える、以前枝廣さんのワークショップ（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=508）で学んだ「Resilience」な姿勢そのものでした。そう言えばこの研究所のキックオフ・ミーティングは、今年の大震災の直前に東京で開催されました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7722）、何かの因縁ですね。
枝廣淳子さんに関するこの欄での掲載一覧――＞http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%9E%9D%E5%BB%A3
 セッション1「エネルギー政策と原子力」
「新しい」エネルギー基本計画はどうあるべきか？
コーディネーター：枝廣淳子氏（幸せ経済社会研究所所長）
登壇者：飯田哲也氏（環境エネルギー政策研究所）
　　　　上田文雄氏（札幌市長）
　　　　澤昭裕氏（国際環境経済研究所）
　　　　澤田哲生氏（東京工業大学原子炉工学研究所）
　　　　鈴木達治郎氏（原子力委員会委員長代理）
　　　　吉岡斉氏（九州大学）
　　　　吉田文和氏（北海道大学大学院） 
 セッション2「再生可能エネルギー」
日本と北海道の自然エネルギーは増えるのか？何が必要か？
コーディネーター：枝廣淳子氏（幸せ経済社会研究所所長）
　　　　　　　　　鈴木亨氏(NPO法人北海道グリーンファンド理事長)
登壇者：飯田哲也氏（環境エネルギー政策研究所）
　　　　上田文雄氏（札幌市長）
　　　　小林基秀氏（北海道新聞社編集局報道本部編集委員）
　　　　吉田文和氏（北海道大学大学院）
　　このフォーラムの内容は新聞等でも報道されましたし、近いうちに録画で掲載されるでしょうから、ここでは逐一の報告は致しません。ただ、 会の趣旨は次のようなものです～～～～～～～～～～～～～～～～～～～HPより～～～～～～～～～
　「みんなのエネルギー・環境会議」は、原発推進／反原発・脱原発、自然エネルギーの今後等について、「こうあるべき」という特定のスタンスを打ち出すためのものではありません。それぞれの観点についての賛成・反対を含め、さまざまな立場や考え方の人々がオープンに日本の産業や暮らしを支えるエネルギーの今後について、考え、語り、議論し、対話する場を作っていくことをめざします。
　エネルギーについて考えることは、私たちがどのような豊かさを望むのか、未来の暮らし方をイメージするのか、を考えることでもあります。国民の参加と合意に基づく民主的なエネルギー政策をつくっていくとともに、エネルギーに関する議論それ自体が日本を真に幸せな民主主義国家にしていく一助になると信じています。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり～～～～～
　長時間でしたが、集中力の欠けることなく壇上と聴衆が真剣でした。私は、同じ空間・時間を共有すると、人柄が浮き彫りになってくる、或いは、やり取りの中でその人の人間性がにじみ出ると思うのです。普段活字で読んでいて共感しているつもりでも、本人を目の前にして発言を聞いて落胆する場合もありますし、また、その逆もあったりして。
　さらに今回感じたことは、「今、その重要な立場にいる方が意識を変えることの重み」ですね。ある意味で権力を保持している方、影響力のある方が、「人間として時代と真摯に向き合う」姿勢があるとすれば、それが最も「力」を発揮する、今回、原子力委員会委員長代理の鈴木達治郎さんのお話しぶりをお聴きしていて、そう感じました。
　3・11以降の新しい時代、エネルギーについて、皆で議論していきたいですね！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　 「みんなのエネルギー・環境会議：<a href="http://www.meec.jp/">http://www.meec.jp/</a>」、第3回目が札幌で開催されました。 当日は300人を越える聴衆で満席、セッションも内容が濃く、「エネルギー」、「原子力発電」についても、賛否はともかく、まずは議論の新しいフィールドが生まれている、そんな感じでした。</p>
<p>　コーディネーターをつとめた枝廣淳子さん（幸せ経済社会研究所所長：<a href="http://ishes.org/">http://ishes.org/</a>）の能力・センスが、ひと際輝いていたと思います。ある時はさりげなく補足し、ある時は大胆に方向性を変える、以前枝廣さんのワークショップ（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=508">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=508</a>）で学んだ「Resilience」な姿勢そのものでした。そう言えばこの研究所のキックオフ・ミーティングは、今年の大震災の直前に東京で開催されました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7722">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7722</a>）、何かの因縁ですね。</p>
<p>枝廣淳子さんに関するこの欄での掲載一覧――＞<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%9E%9D%E5%BB%A3">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%9E%9D%E5%BB%A3</a></p>
<div id="attachment_10664" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020105.jpg"><img class="size-medium wp-image-10664" title="p1020105" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020105-500x375.jpg" alt="豪華メンバーが勢ぞろい！" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">豪華メンバーが勢ぞろい！セッション1で</p></div>
<p> セッション1「エネルギー政策と原子力」<br />
「新しい」エネルギー基本計画はどうあるべきか？<br />
コーディネーター：枝廣淳子氏（幸せ経済社会研究所所長）<br />
登壇者：飯田哲也氏（環境エネルギー政策研究所）<br />
　　　　上田文雄氏（札幌市長）<br />
　　　　澤昭裕氏（国際環境経済研究所）<br />
　　　　澤田哲生氏（東京工業大学原子炉工学研究所）<br />
　　　　鈴木達治郎氏（原子力委員会委員長代理）<br />
　　　　吉岡斉氏（九州大学）<br />
　　　　吉田文和氏（北海道大学大学院） </p>
<p> セッション2「再生可能エネルギー」<br />
日本と北海道の自然エネルギーは増えるのか？何が必要か？<br />
コーディネーター：枝廣淳子氏（幸せ経済社会研究所所長）<br />
　　　　　　　　　鈴木亨氏(NPO法人北海道グリーンファンド理事長)<br />
登壇者：飯田哲也氏（環境エネルギー政策研究所）<br />
　　　　上田文雄氏（札幌市長）<br />
　　　　小林基秀氏（北海道新聞社編集局報道本部編集委員）<br />
　　　　吉田文和氏（北海道大学大学院）</p>
<p>　　このフォーラムの内容は新聞等でも報道されましたし、近いうちに録画で掲載されるでしょうから、ここでは逐一の報告は致しません。ただ、 会の趣旨は次のようなものです～～～～～～～～～～～～～～～～～～～HPより～～～～～～～～～</p>
<p>　「みんなのエネルギー・環境会議」は、原発推進／反原発・脱原発、自然エネルギーの今後等について、「こうあるべき」という特定のスタンスを打ち出すためのものではありません。それぞれの観点についての賛成・反対を含め、さまざまな立場や考え方の人々がオープンに日本の産業や暮らしを支えるエネルギーの今後について、考え、語り、議論し、対話する場を作っていくことをめざします。</p>
<p>　エネルギーについて考えることは、私たちがどのような豊かさを望むのか、未来の暮らし方をイメージするのか、を考えることでもあります。国民の参加と合意に基づく民主的なエネルギー政策をつくっていくとともに、エネルギーに関する議論それ自体が日本を真に幸せな民主主義国家にしていく一助になると信じています。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり～～～～～</p>
<p>　長時間でしたが、集中力の欠けることなく壇上と聴衆が真剣でした。私は、同じ空間・時間を共有すると、人柄が浮き彫りになってくる、或いは、やり取りの中でその人の人間性がにじみ出ると思うのです。普段活字で読んでいて共感しているつもりでも、本人を目の前にして発言を聞いて落胆する場合もありますし、また、その逆もあったりして。</p>
<p>　さらに今回感じたことは、「今、その重要な立場にいる方が意識を変えることの重み」ですね。ある意味で権力を保持している方、影響力のある方が、「人間として時代と真摯に向き合う」姿勢があるとすれば、それが最も「力」を発揮する、今回、原子力委員会委員長代理の鈴木達治郎さんのお話しぶりをお聴きしていて、そう感じました。</p>
<p>　3・11以降の新しい時代、エネルギーについて、皆で議論していきたいですね！</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>前田一歩園財団 贈呈式 2011</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10666</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10666#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 29 Oct 2011 00:02:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10666</guid>
		<description><![CDATA[ 　阿寒湖畔で広大な敷地を管理する前田一歩園財団（http://www.ippoen.or.jp/）の今年度の表彰式が開催されました。恒例の「前田一歩園賞」に加えて、昨年から始まった「一歩園ジュニア自然環境賞」の表彰でした。
　少し早めに会場に着くと、小さな子供たちが歓声をあげているではありませんか、すごく良かったです！今年度の受賞は以下の通りです。
「前田一歩園賞」は、旭川市の「突哨山と身近な自然を考える会：http://genki365.net/gnka07/mypage/mypage_group_info.php?gid=G0000023」（出羽寛代表）、帯広市の「エゾリスの会：http://d.hatena.ne.jp/noken/」（堀之内清志代表）。「考える会」はカタクリの群生地として知られる旭川の突哨山の保全活動が評価され、「エゾリスの会」は自然観察会や動植物の調査に取り組んできた業績が認められました。
　小中学生を中心とした団体を対象とした「一歩園ジュニア自然環境賞」には、札幌市の「西岡ヤンマ団：http://www.sapporo-park.or.jp/blog_nishioka/?cat=9」（浅川昭一郎代表）と留萌管内羽幌町の「北海道海鳥センタージュニアレンジャー：http://seabirds.exblog.jp/i5」（石郷岡卓哉代表）。
　受賞後のご挨拶、それぞれの方々、永年の活動のご苦労が読み取れて感動しました。特に、「ジュニア賞」の創設はいいですね、究極の「若手」ですから。
　秋山財団と前田一歩園財団さんとは、これまで様々な交流があり、この欄にも何回か掲載しました。
http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1580
http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9140
http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9393
http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9405
　北海道における財団法人の草分けのような前田一歩園財団さん、これまでのご活躍に、心から敬意を表します。前田三郎理事長はじめ、関係の皆さまの引き続きのごご活躍を祈念しています！山本さん、来年もご一緒に報告会をやりましょうね、今年やった会場が狭くて申し訳ありません、私の判断間違いでした、来年はもっと広い場所でね！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p> 　阿寒湖畔で広大な敷地を管理する前田一歩園財団（<a href="http://www.ippoen.or.jp/">http://www.ippoen.or.jp/</a>）の今年度の表彰式が開催されました。恒例の「前田一歩園賞」に加えて、昨年から始まった「一歩園ジュニア自然環境賞」の表彰でした。</p>
<p>　少し早めに会場に着くと、小さな子供たちが歓声をあげているではありませんか、すごく良かったです！今年度の受賞は以下の通りです。</p>
<p>「前田一歩園賞」は、旭川市の「突哨山と身近な自然を考える会：<a href="http://genki365.net/gnka07/mypage/mypage_group_info.php?gid=G0000023">http://genki365.net/gnka07/mypage/mypage_group_info.php?gid=G0000023</a>」（出羽寛代表）、帯広市の「エゾリスの会：<a href="http://d.hatena.ne.jp/noken/">http://d.hatena.ne.jp/noken/</a>」（堀之内清志代表）。「考える会」はカタクリの群生地として知られる旭川の突哨山の保全活動が評価され、「エゾリスの会」は自然観察会や動植物の調査に取り組んできた業績が認められました。</p>
<p>　小中学生を中心とした団体を対象とした「一歩園ジュニア自然環境賞」には、札幌市の「西岡ヤンマ団：<a href="http://www.sapporo-park.or.jp/blog_nishioka/?cat=9">http://www.sapporo-park.or.jp/blog_nishioka/?cat=9</a>」（浅川昭一郎代表）と留萌管内羽幌町の「北海道海鳥センタージュニアレンジャー：<a href="http://seabirds.exblog.jp/i5">http://seabirds.exblog.jp/i5</a>」（石郷岡卓哉代表）。</p>
<div id="attachment_10667" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020115.jpg"><img class="size-medium wp-image-10667" title="p1020115" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020115-500x375.jpg" alt="前田三郎理事長が贈呈" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">前田三郎理事長が贈呈</p></div>
<div id="attachment_10668" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020116.jpg"><img class="size-medium wp-image-10668" title="p1020116" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020116-500x375.jpg" alt="ジュニア賞・受賞の子供たち" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">ジュニア賞・受賞の子供たち</p></div>
<p>　受賞後のご挨拶、それぞれの方々、永年の活動のご苦労が読み取れて感動しました。特に、「ジュニア賞」の創設はいいですね、究極の「若手」ですから。</p>
<p>　秋山財団と前田一歩園財団さんとは、これまで様々な交流があり、この欄にも何回か掲載しました。</p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1580">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1580</a></p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9140">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9140</a></p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9393">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9393</a></p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9405">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9405</a></p>
<p>　北海道における財団法人の草分けのような前田一歩園財団さん、これまでのご活躍に、心から敬意を表します。前田三郎理事長はじめ、関係の皆さまの引き続きのごご活躍を祈念しています！山本さん、来年もご一緒に報告会をやりましょうね、今年やった会場が狭くて申し訳ありません、私の判断間違いでした、来年はもっと広い場所でね！</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>今年の秋、どこか変？</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10619</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10619#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 25 Oct 2011 22:37:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10619</guid>
		<description><![CDATA[　我が家のささやかな庭、今年の秋は少々寂しい感じです。
　まずは柿の木、昨年の１１月には柿の木に200個以上の実（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6454）がなりました。今年はどう見ても数個ですね。
　桃の木にも異変です、今年の５月、例年より少し遅めの桃の花（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8727）が咲き、虫用とは言え、秋の実と香りを楽しみにしていたのですが・・・。ちょっと遅れた受粉時期に虫が居なかったのでしょうか、ゼロというのも初めてです。
　一方、今年初めて植えた一本の「ひょうたん」は、何とも自由奔放に勝手に育って、その一つは隣との境を越えていく勢い、大きな実をつけました。ものすごい繁殖力・生命力！です、このバイタリティに少し元気を貰います。
　「変」と言えば、財団事務所からすぐ近くに、今年は熊が出没して話題になっていて、近くの円山公園（http://www.sapporo-park.or.jp/maruyama/）にも警告看板がでています。最初にこのニュースを聞いた時、直感的に家の庭の異変を思い出し、どこか関連しているような気がします。
　「秋が変」ではなく、「春から変」なのでしょう、自然界の微妙・絶妙なバランス・タイミングを新ためて感じます。「平均気温」、「最低・最高気温」、「雨量」とかだけでは把握できない、「生態系」の奥行きと幅なのでしょうね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　我が家のささやかな庭、今年の秋は少々寂しい感じです。</p>
<p>　まずは柿の木、昨年の１１月には柿の木に200個以上の実（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6454">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6454</a>）がなりました。今年はどう見ても数個ですね。</p>
<div id="attachment_10655" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020117.jpg"><img class="size-medium wp-image-10655" title="p1020117" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020117-500x375.jpg" alt="柿の木：去年は200個以上の実でしたが、今年は数個かも？" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">柿の木：去年は200個以上の実でしたが、今年は左側の数個かも？</p></div>
<p>　桃の木にも異変です、今年の５月、例年より少し遅めの桃の花（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8727">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8727</a>）が咲き、虫用とは言え、秋の実と香りを楽しみにしていたのですが・・・。ちょっと遅れた受粉時期に虫が居なかったのでしょうか、ゼロというのも初めてです。</p>
<div id="attachment_10656" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020119.jpg"><img class="size-medium wp-image-10656" title="p1020119" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020119-500x375.jpg" alt="桃の木：今年は実がゼロ？" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">桃の木：今年は実がゼロ？</p></div>
<p>　一方、今年初めて植えた一本の「ひょうたん」は、何とも自由奔放に勝手に育って、その一つは隣との境を越えていく勢い、大きな実をつけました。ものすごい繁殖力・生命力！です、このバイタリティに少し元気を貰います。</p>
<div id="attachment_10657" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020122.jpg"><img class="size-medium wp-image-10657" title="p1020122" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020122.jpg" alt="ひょうたんの実：大小さまざま" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">ひょうたんの実：大小さまざま</p></div>
<div id="attachment_10658" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020123.jpg"><img class="size-medium wp-image-10658" title="p1020123" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020123.jpg" alt="ヒョウタン：隣との境の生け垣まで延びました" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">ひょうたん：隣との生垣まで延びました</p></div>
<p>　「変」と言えば、財団事務所からすぐ近くに、今年は熊が出没して話題になっていて、近くの円山公園（<a href="http://www.sapporo-park.or.jp/maruyama/">http://www.sapporo-park.or.jp/maruyama/</a>）にも警告看板がでています。最初にこのニュースを聞いた時、直感的に家の庭の異変を思い出し、どこか関連しているような気がします。</p>
<p>　「秋が変」ではなく、「春から変」なのでしょう、自然界の微妙・絶妙なバランス・タイミングを新ためて感じます。「平均気温」、「最低・最高気温」、「雨量」とかだけでは把握できない、「生態系」の奥行きと幅なのでしょうね。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>ワグナー・ナンドール秋季展 2011</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10615</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10615#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 24 Oct 2011 00:23:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　栃木県益子町にある、「公益財団法人 ワグナー・ナンドール記念財団：http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html」の秋季展示会が、11月15日まで開催中です。今年の春は、震災の影響で彫刻が一部破損等もあり中止されていましたので、今月15日のオープン以来、大勢のお客さまで賑わっています。先日、開場前に一回りしました。
　先日、訪問した時にも、入れ替わり立ち替わり見学者の方々がいらっしゃいました。早い方は、開場30分以上前にお越しになり、11月にツアーを組んでグループをお連れする「下見」とおっしゃって、熱心に見学されていました。
　また、ご夫婦で到着するなり、「全て踏破した！」と。何のことかと思ったら、中野区にお住まいだそうで、「哲学の庭」像群について、地元の「哲学堂公園：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2792」、ハンガリー・ブダペストの「ゲレルトの丘」手前、そして元祖・益子のワグナー・ナンドール・アートギャラリーの3地点を全て訪問したとの意味でした。大変に熱心なファンもいらっしゃるのだなぁと、スタッフともども胸が熱くなりました。
　しばらくすると女性がお一人、受付でお話すると、これが何と北海道・知床から車でいらっしゃったとか。岐阜でしたか、目的地に車で移動中に、独自で調べられて栃木県益子町のここのお寄り頂いたそうです、嬉しいですね。
　僅か1時間程の間に、様々なストーリーで訪問されたお客さまを見ていて、実に興味深く、数年前から明らかにすそ野が広がったこの場を実感しました。翌日、またその翌日も予約が続き、今もちよ理事長はじめスタッフも忙しくしていることと思います。
　この美術館は、展示物を見るだけでなく、DVD3本の上映、棟の間に椅子・テーブルもあり、お弁当を食べたり飲物・お菓子でくつろいだり、「滞在型？」美術館でリピーターも多く、面白いです。出版された「ドナウの叫び：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=459」の影響でしょうか、ワグナー・ちよさん、最近は「生ちよ」さんと呼ばれて大人気で、先日のハンガリーから帰国してすぐにこちらに張り付きで、元気いっぱいです。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　栃木県益子町にある、「公益財団法人 ワグナー・ナンドール記念財団：<a href="http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html">http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html</a>」の秋季展示会が、11月15日まで開催中です。今年の春は、震災の影響で彫刻が一部破損等もあり中止されていましたので、今月15日のオープン以来、大勢のお客さまで賑わっています。先日、開場前に一回りしました。</p>
<div id="attachment_10636" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020086.jpg"><img class="size-medium wp-image-10636" title="p1020086" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020086-500x375.jpg" alt="ワグナー・ナンドールのアトリエ" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">ワグナー・ナンドールのアトリエ</p></div>
<div id="attachment_10637" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020087.jpg"><img class="size-medium wp-image-10637" title="p1020087" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020087-500x375.jpg" alt="益子の財団、中庭で：右にヨーゼフ・アティラ像も" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">益子の財団、中庭で：右にヨーゼフ・アティラ像も</p></div>
<div id="attachment_10638" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020088.jpg"><img class="size-medium wp-image-10638" title="p1020088" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020088-500x375.jpg" alt="元祖：益子の「哲学に庭」" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">元祖：益子の「哲学に庭」</p></div>
<p>　先日、訪問した時にも、入れ替わり立ち替わり見学者の方々がいらっしゃいました。早い方は、開場30分以上前にお越しになり、11月にツアーを組んでグループをお連れする「下見」とおっしゃって、熱心に見学されていました。</p>
<p>　また、ご夫婦で到着するなり、「全て踏破した！」と。何のことかと思ったら、中野区にお住まいだそうで、「哲学の庭」像群について、地元の「哲学堂公園：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2792">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2792</a>」、ハンガリー・ブダペストの「ゲレルトの丘」手前、そして元祖・益子のワグナー・ナンドール・アートギャラリーの3地点を全て訪問したとの意味でした。大変に熱心なファンもいらっしゃるのだなぁと、スタッフともども胸が熱くなりました。</p>
<p>　しばらくすると女性がお一人、受付でお話すると、これが何と北海道・知床から車でいらっしゃったとか。岐阜でしたか、目的地に車で移動中に、独自で調べられて栃木県益子町のここのお寄り頂いたそうです、嬉しいですね。</p>
<p>　僅か1時間程の間に、様々なストーリーで訪問されたお客さまを見ていて、実に興味深く、数年前から明らかにすそ野が広がったこの場を実感しました。翌日、またその翌日も予約が続き、今もちよ理事長はじめスタッフも忙しくしていることと思います。</p>
<p>　この美術館は、展示物を見るだけでなく、DVD3本の上映、棟の間に椅子・テーブルもあり、お弁当を食べたり飲物・お菓子でくつろいだり、「滞在型？」美術館でリピーターも多く、面白いです。出版された「ドナウの叫び：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=459">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=459</a>」の影響でしょうか、ワグナー・ちよさん、最近は「生ちよ」さんと呼ばれて大人気で、先日のハンガリーから帰国してすぐにこちらに張り付きで、元気いっぱいです。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>HOKKAIDO PUMPKIN</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10624</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10624#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 22 Oct 2011 01:42:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　持つべきは友・ネットワーク、実に有り難いです！
　10月13日のこの欄（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10448）に書いた「HOKKAIDO PUMPKIN」について、札幌に戻って（株）リープス（http://www.leaps.jp/）の鈴木善人社長に聞いてみようと思っていた矢先、札幌市営地下鉄・大通駅でばったりお会いしました。早速動いてくれて、以下がその返事です。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用　はじまり
「Hokkaido Pumpkin」 について気になってすぐに調べました。
　もともとヨーロッパではカボチャをあまり食べないらしく、カボチャといえば、ハロウィーンでよく見かけるデカいカボチャ（飼料用）だったそうです。７～８年前から、甘い食用のカボチャが出まわるようになり、それが「Hokkaido Pumpkin」 と言われているのではないかということです。これらは北海道から輸出されているという実績は聞いたことがありません。重量野菜で欧州まで持って行って価格的に合うようなものではないとの専門筋の見解です。
　帯広の中藪さん（http://nakayabu.com/?page_id=8）がカボチャを作っています。この話をしたら、以前、ヨーロッパにカボチャをお土産に持って行って、食べさせたらすごく喜んでいたといいます。中藪さんは来週から東欧とドイツに行くのでリサーチしてくると言ってました。
　考えてみたら、今は当たり前でも少し前には一般的じゃなかった野菜は結構あります。ブロッコリーやズッキーニ、パプリカなどは、僕が子供の頃はありませんでした。ドイツでの「Hokkaido Pumpkin」 もそんな感じで普及したのではないでしょうか？なぜ「Hokkaido」なのかについては、たいへん興味深いです。北海道が日本の生産量のおよそ45％を占めて、ダントツ一位だからでしょうか。（日本の総生産量は21.5万トン）
　Google で「Hokkaido Pumpkin」 を画像検索するとたくさん出てきます。でも、我々が普段、見慣れているカボチャとはちょっと違います。
http://www.google.co.jp/search?q=Hokkaido+Pumpkin&#38;hl=ja&#38;prmd=imvnse&#38;tbm=isch&#38;tbo=u&#38;source=univ&#38;sa=X&#38;ei=84WhTtj8C8n4mAXEm-SfCQ&#38;ved=0CCMQsAQ&#38;biw=1030&#38;bih=584
　カボチャには健康機能性が豊富です。冬至カボチャは風邪防止といいますが、カボチャの種にも機能性があるようです。煮てもおいしいし、スィーツにしてもおいしい。そして北海道が大産地。何かできないか考えてみたいと思います。
鈴木 善人　Yoshihito SUZUKI 
-  技術士（農業部門）
株式会社リープス   http://leaps.jp/
株式会社スマートサポート　http://la-classy.net/
The Earth Cafe Project    http://earth-cafe.jp/
【Office】
　〒060-0061札幌市中央区南１条西５丁目７番地
　愛生舘ビル ６F　スマートサポート内
　電話:  011-206-1462　／　FAX:  011-206-1463
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用　おわり


初日終了後の1300人のパーティ：何とこんなメニューもありましたよ！

　先日のハノーバーでのパーティ、パンプキンスープを巡って一気に北海道との距離が縮まりました！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　持つべきは友・ネットワーク、実に有り難いです！</p>
<p>　10月13日のこの欄（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10448">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10448</a>）に書いた「HOKKAIDO PUMPKIN」について、札幌に戻って（株）リープス（<a href="http://www.leaps.jp/">http://www.leaps.jp/</a>）の鈴木善人社長に聞いてみようと思っていた矢先、札幌市営地下鉄・大通駅でばったりお会いしました。早速動いてくれて、以下がその返事です。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用　はじまり</p>
<p>「Hokkaido Pumpkin」 について気になってすぐに調べました。</p>
<p>　もともとヨーロッパではカボチャをあまり食べないらしく、カボチャといえば、ハロウィーンでよく見かけるデカいカボチャ（飼料用）だったそうです。７～８年前から、甘い食用のカボチャが出まわるようになり、それが「Hokkaido Pumpkin」 と言われているのではないかということです。これらは北海道から輸出されているという実績は聞いたことがありません。重量野菜で欧州まで持って行って価格的に合うようなものではないとの専門筋の見解です。</p>
<p>　帯広の中藪さん（<a href="http://nakayabu.com/?page_id=8"><strong><span style="color: #76664b;">http://nakayabu.com/?page_id=8</span></strong></a>）がカボチャを作っています。この話をしたら、以前、ヨーロッパにカボチャをお土産に持って行って、食べさせたらすごく喜んでいたといいます。中藪さんは来週から東欧とドイツに行くのでリサーチしてくると言ってました。</p>
<p>　考えてみたら、今は当たり前でも少し前には一般的じゃなかった野菜は結構あります。ブロッコリーやズッキーニ、パプリカなどは、僕が子供の頃はありませんでした。ドイツでの「Hokkaido Pumpkin」 もそんな感じで普及したのではないでしょうか？なぜ「Hokkaido」なのかについては、たいへん興味深いです。北海道が日本の生産量のおよそ45％を占めて、ダントツ一位だからでしょうか。（日本の総生産量は21.5万トン）</p>
<p>　Google で「Hokkaido Pumpkin」 を画像検索するとたくさん出てきます。でも、我々が普段、見慣れているカボチャとはちょっと違います。</p>
<p><a href="http://www.google.co.jp/search?q=Hokkaido+Pumpkin&amp;hl=ja&amp;prmd=imvnse&amp;tbm=isch&amp;tbo=u&amp;source=univ&amp;sa=X&amp;ei=84WhTtj8C8n4mAXEm-SfCQ&amp;ved=0CCMQsAQ&amp;biw=1030&amp;bih=584">http://www.google.co.jp/search?q=Hokkaido+Pumpkin&amp;hl=ja&amp;prmd=imvnse&amp;tbm=isch&amp;tbo=u&amp;source=univ&amp;sa=X&amp;ei=84WhTtj8C8n4mAXEm-SfCQ&amp;ved=0CCMQsAQ&amp;biw=1030&amp;bih=584</a></p>
<p>　カボチャには健康機能性が豊富です。冬至カボチャは風邪防止といいますが、カボチャの種にも機能性があるようです。煮てもおいしいし、スィーツにしてもおいしい。そして北海道が大産地。何かできないか考えてみたいと思います。</p>
<p>鈴木 善人　Yoshihito SUZUKI <br />
-  技術士（農業部門）<br />
株式会社リープス   <a href="http://leaps.jp/">http://leaps.jp/</a><br />
株式会社スマートサポート　<a href="http://la-classy.net/">http://la-classy.net/</a><br />
The Earth Cafe Project    <a href="http://earth-cafe.jp/">http://earth-cafe.jp/</a></p>
<p>【Office】<br />
　〒060-0061札幌市中央区南１条西５丁目７番地<br />
　愛生舘ビル ６F　スマートサポート内<br />
　電話:  011-206-1462　／　FAX:  011-206-1463</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用　おわり</p>
<dl id="attachment_10488" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px;">
<dt class="wp-caption-dt"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020052.jpg"><img class="size-medium wp-image-10488" title="p1020052" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020052-375x500.jpg" alt="初日終了後の1300人のパーティ：何とこんなメニューもありましたよ！" width="375" height="500" /></a></dt>
<dd class="wp-caption-dd">初日終了後の1300人のパーティ：何とこんなメニューもありましたよ！</dd>
</dl>
<p>　先日のハノーバーでのパーティ、パンプキンスープを巡って一気に北海道との距離が縮まりました！</p>
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		<item>
		<title>外国人の辛口コメント、「日本人って」</title>
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		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10589#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 20 Oct 2011 13:35:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10589</guid>
		<description><![CDATA[　この3週間くらい、海外で、国内で、外国人と随分話す機会がありました。3・11以降の日本社会の様子をそれぞれ情報収集しながら、かなり「辛口」の日本人評を耳にしました。でも、不思議と意外性はなく、「あなたもそう思うか」というお話が多かったですね。
　70歳代のハンガリー人、これまで彼の人生で、自国の国境が４回変わり、ひどい時は1,000 ㎞も国境が奪われ移動した時代もあるとか。領土は伸びたり縮んだりするもの、とわきまえるべきではないか、尖閣諸島、北方領土等、日本人は領土問題に関心がなさすぎ！、ロシアという国は領土拡大だけを考えてきた国、とのご指摘。
 ハンガリー人は、「トランシルバニア」で絆が結ばれているのでしょうね。たとえばルーマニア国境で理不尽に入出国で待たされても、「従順」というのとは違って、「耐えながら機会をうかがっている」という感じです。「インビクタス：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3298」ですね。そして、国に何を期待できるのか（何もできない）と、基本的な部分で腹くくりができているみたいな。
　ドイツ・ハノーバーの見本市でブースに立ち寄ったドイツ人が、「フクシマ原発報道」について、東京電力はどうして起きている事実を隠すのか、マスメディアはなぜそれを追及しないのか、或いは一緒になって隠しているのか、そして日本人はどうしてその状況を許して問いただそうとしないか、と。そんな国民性がマスメディアを甘やかせているのではないか、と。確かにこの間、「原発事故」に関して、インターネットの多くのサイトで、ドイツメディアの果敢な報道を眼にします。
　金融機関に勤めるスイス人が、あまりに従順で大人しい日本人の行動について、考えられない！と驚きを隠しません。これだけ広範囲に放射能汚染が明らかになりながら、街頭デモも殆ど無しとは信じられない、と。「基本的人権・生存権の侵害」以外の何ものでもないだろう、そう言った静かな国民性に政治家たちが甘えている状況は、とても先進国とは思えない。もっともっと政治が緊張感を持たなければ優れた人材も育たないし、人材もこの世界に入ってこないだろうと。今回の大事故で何も変わらなければ、更に日本の政治家は国民をなめてかかるだろうね、と。
　ふだん静かで政治的な話題は殆どしない彼は、尚も続けます。日本の経営者数人に今回会って話をしたが、皆、実にネガティブに今の日本の経済状況を語っていた。でも、グローバルな視点からみて、今の日本のポジショニングは依然高いレベルにあり、そこから前に進む意欲をこのところの経営者に感じられない、飢えで苦しんでいるわけで無し、失業率だって他国と比べて決して高くはないではないか、まさに「ゆでカエル」状態であり、そのことが危機的である、と。過去の財産に寄り掛かって緊張感を失くしていると多くの国は見るだろう、とも。
　ギリシア問題から始まり、EUについてはかなり悲観的な展望でした。スイスはEUに加盟していないので、スイスの政治指導者に感謝するとも。それでも日本同様、現在スイスフラン高で、輸出企業の多いスイスもチャレンジだと。ただ、今のところは企業業績は悪くは無い。アメリカも確かに難しい局面だが、それでも一国であり、まだ大統領・政府の統制下で政策変更等、方向性を見い出せるが、EUはその下に各国の政府・議会・国民がいて、あまりに関わる利害関係者が多すぎて、スピードのある決断による転換が難しく危機的であると。そんな理由で、「社債」はまだしも、「国債」はリスクが高すぎる。
　見本市でプースに来たイラン人が、日本はどうして外国とのコラボレーションに高いハードルを設定するのか、と。優れた技術に憧れて学びたい発展途上国の人々に、もっとオープンでいいのではないか、それが優れている日本の使命だろう、と。
　同じくブースに来たチリ人が、地震についてチリも多発する国だと話し始めました。日本は地震の研究では大変優れているにも関わらず大きな被害だった、チリも昨年２回大地震に見舞われたと。
　まだまだたくさん紹介したい話はありますが、切りがありません。総じて「日本」という国に対しては、幻想と思われるほど評価が高く、逆に私が困惑する感じです。でも、ダイナミックに変動するグローバルな課題に比べれば、今の日本国内で日々問題とされている多くのことは、内向きの些細なことなのかもしれませんね、それに気がついていない現状こそが、「危機」であると、そう強く思っている昨今です。「世界に果たす日本の役割」、そんな自らへの問いが、今の日本を打開するきっかけのような気がします。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　この3週間くらい、海外で、国内で、外国人と随分話す機会がありました。3・11以降の日本社会の様子をそれぞれ情報収集しながら、かなり「辛口」の日本人評を耳にしました。でも、不思議と意外性はなく、「あなたもそう思うか」というお話が多かったですね。</p>
<p>　70歳代のハンガリー人、これまで彼の人生で、自国の国境が４回変わり、ひどい時は1,000 ㎞も国境が奪われ移動した時代もあるとか。領土は伸びたり縮んだりするもの、とわきまえるべきではないか、尖閣諸島、北方領土等、日本人は領土問題に関心がなさすぎ！、ロシアという国は領土拡大だけを考えてきた国、とのご指摘。</p>
<p> ハンガリー人は、「トランシルバニア」で絆が結ばれているのでしょうね。たとえばルーマニア国境で理不尽に入出国で待たされても、「従順」というのとは違って、「耐えながら機会をうかがっている」という感じです。「インビクタス：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3298">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3298</a>」ですね。そして、国に何を期待できるのか（何もできない）と、基本的な部分で腹くくりができているみたいな。</p>
<p>　ドイツ・ハノーバーの見本市でブースに立ち寄ったドイツ人が、「フクシマ原発報道」について、東京電力はどうして起きている事実を隠すのか、マスメディアはなぜそれを追及しないのか、或いは一緒になって隠しているのか、そして日本人はどうしてその状況を許して問いただそうとしないか、と。そんな国民性がマスメディアを甘やかせているのではないか、と。確かにこの間、「原発事故」に関して、インターネットの多くのサイトで、ドイツメディアの果敢な報道を眼にします。</p>
<p>　金融機関に勤めるスイス人が、あまりに従順で大人しい日本人の行動について、考えられない！と驚きを隠しません。これだけ広範囲に放射能汚染が明らかになりながら、街頭デモも殆ど無しとは信じられない、と。「基本的人権・生存権の侵害」以外の何ものでもないだろう、そう言った静かな国民性に政治家たちが甘えている状況は、とても先進国とは思えない。もっともっと政治が緊張感を持たなければ優れた人材も育たないし、人材もこの世界に入ってこないだろうと。今回の大事故で何も変わらなければ、更に日本の政治家は国民をなめてかかるだろうね、と。</p>
<p>　ふだん静かで政治的な話題は殆どしない彼は、尚も続けます。日本の経営者数人に今回会って話をしたが、皆、実にネガティブに今の日本の経済状況を語っていた。でも、グローバルな視点からみて、今の日本のポジショニングは依然高いレベルにあり、そこから前に進む意欲をこのところの経営者に感じられない、飢えで苦しんでいるわけで無し、失業率だって他国と比べて決して高くはないではないか、まさに「ゆでカエル」状態であり、そのことが危機的である、と。過去の財産に寄り掛かって緊張感を失くしていると多くの国は見るだろう、とも。</p>
<p>　ギリシア問題から始まり、EUについてはかなり悲観的な展望でした。スイスはEUに加盟していないので、スイスの政治指導者に感謝するとも。それでも日本同様、現在スイスフラン高で、輸出企業の多いスイスもチャレンジだと。ただ、今のところは企業業績は悪くは無い。アメリカも確かに難しい局面だが、それでも一国であり、まだ大統領・政府の統制下で政策変更等、方向性を見い出せるが、EUはその下に各国の政府・議会・国民がいて、あまりに関わる利害関係者が多すぎて、スピードのある決断による転換が難しく危機的であると。そんな理由で、「社債」はまだしも、「国債」はリスクが高すぎる。</p>
<p>　見本市でプースに来たイラン人が、日本はどうして外国とのコラボレーションに高いハードルを設定するのか、と。優れた技術に憧れて学びたい発展途上国の人々に、もっとオープンでいいのではないか、それが優れている日本の使命だろう、と。</p>
<p>　同じくブースに来たチリ人が、地震についてチリも多発する国だと話し始めました。日本は地震の研究では大変優れているにも関わらず大きな被害だった、チリも昨年２回大地震に見舞われたと。</p>
<p>　まだまだたくさん紹介したい話はありますが、切りがありません。総じて「日本」という国に対しては、幻想と思われるほど評価が高く、逆に私が困惑する感じです。でも、ダイナミックに変動するグローバルな課題に比べれば、今の日本国内で日々問題とされている多くのことは、内向きの些細なことなのかもしれませんね、それに気がついていない現状こそが、「危機」であると、そう強く思っている昨今です。「世界に果たす日本の役割」、そんな自らへの問いが、今の日本を打開するきっかけのような気がします。</p>
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		<title>IBM 北海道会議、ニセコで再び！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10557</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10557#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 17 Oct 2011 11:06:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　ここへの掲載は後先になりましたが、海外出張の直前に、日本アイ・ビー・エム社のCSR活動（http://www-06.ibm.com/ibm/jp/company/environment/symposium/2006/pdf/06prog06.pdf）の一環として、26回目を迎えた「IBM 北海道会議」が、今年はニセコ町（http://www.town.niseko.lg.jp/goannai/gaiyou.html）で再び開催され、私にとっては実に懐かしい「復活参加」でした。第一回から第三回まで、今から20数年前に、まだ私が30歳代の時にお誘いを頂いて参加し、確か当時最年少だったような気がします。
　今回はあいにく雲が多い天気で、羊蹄山は全景を見ることは出来ませんでした。昔、私の子供たちがまだ小さかった頃、毎年年末に数泊、家族でスキーに来ていた頃を思い出しました。札幌からの猛吹雪の中のドライブは、フロントガラスに額を付けるようにして運転したことも懐かしい想い出です。４０年以上前の山田温泉、アルペン山荘等の当時、家族で毎年行っていた２０数年前と、同じニセコでも随分雰囲気は変わってはいましたが、羊蹄山・ニセコアンヌプリの雄姿は相変わらずでした。
　今回の会議は本当に久しぶりの参加で、変わらぬ行き届いた運営に、私は「懐かしさ」は噛みしめながら基調講演・分科会と席に着いていました。ただ分科会「エネルギー」で議論が始まるにつれて、若い世代の数々の発言に、私は確かな時の経過を感じましたね、昔とこの場での自分のポジショニングの違いを。　
　議論の詳細は省略しますが、特に印象深かったのは、ニセコ町・片山健也（http://www.katayamakenya.com/）町長、秋山財団の評議員でもある釧路公立大学・小磯修二（http://www.kushiro-pu.ac.jp/faculty/edu_staff/koisosyuji.html）学長のお話でした。小磯先生は、「国土の復興、創生と北海道」と題して、ベルリンの都市開発をプロローグに、「平時の論理と非常時の論理の違い」、「地域主体の政策構築を」等、新しい視座から意識改革を促しました。片山町長の「環境への厳しい基準が、町の魅力になる新たな時代の到来」、実に説得力のある貴重なメッセージです。
　丁度、2日間の会議終了直後に海外出張でベルリンにも行く予定があり、小磯先生からベルリンの都市開発のキー・スポットも個人的にメールで教えて頂き、何か不思議な「縁」を感じました。
 　2日間の日程終了後、オプショナルツアーにも参加し、１） 「有島武郎記念館：http://www.town.niseko.lg.jp/arishima/index.htm」を久しぶりに訪れました。以前よりも随分増築されて、一段と整備されていました。
 　２） 「SLニセコ号：http://www.jrhokkaido.co.jp/travel/slniseko2011/index.html」、懐かしいですね、あの蒸気機関車の煙のにおい、高い天井の客車、「ピューュ！」という空に向かう汽笛の音！
　思わず「懐かしい！」を連発してしまいました、北海道は、本当に奥深い自然を有しています。190万都市札幌からわずか2時間の所に、こんなダイナミックな場です、この代えられぬ資源を大切に持続可能なこれからの地域の価値を高めたいですね！何か言い知れない「エネルギー」を頂きました、ありがとうございます。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ここへの掲載は後先になりましたが、海外出張の直前に、日本アイ・ビー・エム社のCSR活動（<a href="http://www-06.ibm.com/ibm/jp/company/environment/symposium/2006/pdf/06prog06.pdf">http://www-06.ibm.com/ibm/jp/company/environment/symposium/2006/pdf/06prog06.pdf</a>）の一環として、26回目を迎えた「IBM 北海道会議」が、今年はニセコ町（<a href="http://www.town.niseko.lg.jp/goannai/gaiyou.html">http://www.town.niseko.lg.jp/goannai/gaiyou.html</a>）で再び開催され、私にとっては実に懐かしい「復活参加」でした。第一回から第三回まで、今から20数年前に、まだ私が30歳代の時にお誘いを頂いて参加し、確か当時最年少だったような気がします。</p>
<p>　今回はあいにく雲が多い天気で、羊蹄山は全景を見ることは出来ませんでした。昔、私の子供たちがまだ小さかった頃、毎年年末に数泊、家族でスキーに来ていた頃を思い出しました。札幌からの猛吹雪の中のドライブは、フロントガラスに額を付けるようにして運転したことも懐かしい想い出です。４０年以上前の山田温泉、アルペン山荘等の当時、家族で毎年行っていた２０数年前と、同じニセコでも随分雰囲気は変わってはいましたが、羊蹄山・ニセコアンヌプリの雄姿は相変わらずでした。</p>
<div id="attachment_10560" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010791.jpg"><img class="size-medium wp-image-10560" title="p1010791" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010791.jpg" alt="羊蹄山はあいにく曇り空" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">羊蹄山はあいにくの曇り空</p></div>
<p>　今回の会議は本当に久しぶりの参加で、変わらぬ行き届いた運営に、私は「懐かしさ」は噛みしめながら基調講演・分科会と席に着いていました。ただ分科会「エネルギー」で議論が始まるにつれて、若い世代の数々の発言に、私は確かな時の経過を感じましたね、昔とこの場での自分のポジショニングの違いを。　</p>
<p>　議論の詳細は省略しますが、特に印象深かったのは、ニセコ町・片山健也（<a href="http://www.katayamakenya.com/">http://www.katayamakenya.com/</a>）町長、秋山財団の評議員でもある釧路公立大学・小磯修二（<a href="http://www.kushiro-pu.ac.jp/faculty/edu_staff/koisosyuji.html">http://www.kushiro-pu.ac.jp/faculty/edu_staff/koisosyuji.html</a>）学長のお話でした。小磯先生は、「国土の復興、創生と北海道」と題して、ベルリンの都市開発をプロローグに、「平時の論理と非常時の論理の違い」、「地域主体の政策構築を」等、新しい視座から意識改革を促しました。片山町長の「環境への厳しい基準が、町の魅力になる新たな時代の到来」、実に説得力のある貴重なメッセージです。</p>
<p>　丁度、2日間の会議終了直後に海外出張でベルリンにも行く予定があり、小磯先生からベルリンの都市開発のキー・スポットも個人的にメールで教えて頂き、何か不思議な「縁」を感じました。</p>
<div id="attachment_10559" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010792.jpg"><img class="size-medium wp-image-10559" title="p1010792" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010792-500x375.jpg" alt="２日目の分科会発表" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">２日目の分科会発表</p></div>
<p> 　2日間の日程終了後、オプショナルツアーにも参加し、１） 「有島武郎記念館：<a href="http://www.town.niseko.lg.jp/arishima/index.htm">http://www.town.niseko.lg.jp/arishima/index.htm</a>」を久しぶりに訪れました。以前よりも随分増築されて、一段と整備されていました。</p>
<div id="attachment_10561" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010796.jpg"><img class="size-medium wp-image-10561" title="p1010796" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010796.jpg" alt="有島武郎記念館" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">有島武郎記念館：２階から</p></div>
<p> 　２） 「SLニセコ号：<a href="http://www.jrhokkaido.co.jp/travel/slniseko2011/index.html">http://www.jrhokkaido.co.jp/travel/slniseko2011/index.html</a>」、懐かしいですね、あの蒸気機関車の煙のにおい、高い天井の客車、「ピューュ！」という空に向かう汽笛の音！</p>
<div id="attachment_10562" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010803.jpg"><img class="size-medium wp-image-10562" title="p1010803" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010803.jpg" alt="SLニセコ号" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">SLニセコ号</p></div>
<div id="attachment_10563" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010809.jpg"><img class="size-medium wp-image-10563" title="p1010809" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010809.jpg" alt="何とも懐かしい車内で" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">何とも懐かしい車内で</p></div>
<p>　思わず「懐かしい！」を連発してしまいました、北海道は、本当に奥深い自然を有しています。190万都市札幌からわずか2時間の所に、こんなダイナミックな場です、この代えられぬ資源を大切に持続可能なこれからの地域の価値を高めたいですね！何か言い知れない「エネルギー」を頂きました、ありがとうございます。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>追悼、R.Kevin Stewart</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10482</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10482#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 15 Oct 2011 03:31:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　R.Kevin Stewart の葬儀は終了したようです。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～以下、メールの引用
　ケビンさんの葬儀及び埋葬は、季節外れに暖かく良いお天気の日に、悲しいながらも大勢の弔問客に見守られながら厳かに行われました。日本関係者は、現在MPアグロの輸入業務を行っている三洋貿易のNY社長及び業務担当の方が来られました。
　私と夫が最期に会わせていただいたのは、彼が亡くなる前の週末でしたが、彼はお寿司が大好物だったので、カリフォルニアロールを持って行きました。マリアさんが「お寿司食べる？」と聞くとうなずき、少しずつ食べさせようとする彼女に自分に握らせてと言うように右手を上げて、６ピースをほぼ間食し、居合わせたご家族、マリアさんのご両親と弟さんのご家族を驚かせました。お通夜の際に、マリアさんからあれが最期の食事だったとお聞きし、二人で涙しました。
　秋山様及びその他の方から送られたお花とメッセージは確かにお供えされていました。埋葬の後、ご自宅でランチをとりながら生前のスライドショーを見たりする故人を偲ぶ集まりがあり、大きなご自宅ですが入りきれないほどの人で埋まっておりました。たくさんの方々に惜しまれ、たくさんの涙とともに送られながら永眠されました。
以上、ご報告まで。
エルドス喜代美　　　　　　　　　　Date: Thu, 13 Oct 2011
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり
　それにしても未だに彼の死は信じられません。彼との最初の出会いは、20年以上前、日本の「JETプログラム：http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/culture/hito/sei/jet/index.html」で北海道庁で2年間の勤務を終えて、当時の秋山愛生舘の５階に帰国の挨拶に来た時でした。「オレゴンに戻るけれど、もし何かアメリカでの仕事があれば遠慮なく連絡をして欲しい」旨の話だったと思います。翌年オレゴン・ポートランド市を訪問した時、日本食レストラン「禅」で昼食をしながら、再会を喜び、楽しく話をしたのを覚えています。
　そして、翌年でしたか、オレゴンとは全く逆の東海岸ボストンに現地法人を設立するに当たって、最初のつまずきがいろいろあり窮地に陥っていて、私はボストンのホテルからオレゴン・セーラムに居るkevinに電話をしました、「kevin、急で申し訳ないけれど、今すぐにボストンに来てくれないか」と。
　翌日の夕方、ボストンのホテルフロントで彼の後姿を見つけた時、恥ずかしながら涙が止まりませんでした、すぐに駆けつけてくれた彼の「気持」に感激して。秋山愛生舘の海外展開の礎であり、特にAHIC（Autumn Hills International Corporation ）設立に当たっては、Kevinはまさに最大の恩人でした。その後私の後任として社長に就任し、スズケンと合併後に、自分で全ての株を買い取り、以来一貫してヘルスケアビジネスの世界で頑張ってきたKevin。自宅地下を「ホームオフィス」としたとの連絡を受けて訪問したことがありました。行ってびっくり、ボストンマラソンのスタート地点、大変大きな家で、地下と言っても立派な広いオフィスでした。私はこの恩人を今までも、これからも生涯忘れることはありません。
　仕事は勿論、アメリカでゴルフを何回も一緒にしたこと、フェンウェイパークでレッドソックスを何回も見に行って、始まる前に必ず球場外のイタリアンホットドッグを食べたこと、ビジネスでもとにかく彼の堂々たる対応に勇気づけられることが何回もありました。結婚式にも招待して貰いました、私はカラオケテープ持参で、「乾杯」を唄いました、忘れられませんね。
　日本人のビジネスパートナーとフロリダでゴルフもしました。ワニが居たり、カメが居たりで大騒ぎでした。アラスカにも一緒に行きました、彼が全行程バンを運転して、叔母さんが経営するキーナイ川の立派な釣り宿に泊めてもらい、キングサーモン他、エキサイティングな釣りの想い出は一生忘れられません。
　チャレンジツアー、フォーサイトツアー、その他の研修旅行でお世話になった数多くの人たちが、Kevinに感謝しています。海外旅行をするたびに感じます、私にとってAHIC設立時・採用面接、その後の社長としての体験は、今も貴重な財産となっていることを。飛びきり優秀だったキャレン・ローゼンバーガーが逝き、今回Kevinも亡くなり、設立当時のメンバーが若くしてこの世を去り、何とも寂しい限りです。
　どうか、残されたMariaさんと3人のお子様たち、お力を落とすことなく、これからも元気に生きて頂きたいと願いつつ、遠い札幌の地からご冥福を心からお祈り申し上げます。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　R.Kevin Stewart の葬儀は終了したようです。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～以下、メールの引用</p>
<p>　ケビンさんの葬儀及び埋葬は、季節外れに暖かく良いお天気の日に、悲しいながらも大勢の弔問客に見守られながら厳かに行われました。日本関係者は、現在MPアグロの輸入業務を行っている三洋貿易のNY社長及び業務担当の方が来られました。</p>
<p>　私と夫が最期に会わせていただいたのは、彼が亡くなる前の週末でしたが、彼はお寿司が大好物だったので、カリフォルニアロールを持って行きました。マリアさんが「お寿司食べる？」と聞くとうなずき、少しずつ食べさせようとする彼女に自分に握らせてと言うように右手を上げて、６ピースをほぼ間食し、居合わせたご家族、マリアさんのご両親と弟さんのご家族を驚かせました。お通夜の際に、マリアさんからあれが最期の食事だったとお聞きし、二人で涙しました。</p>
<p>　秋山様及びその他の方から送られたお花とメッセージは確かにお供えされていました。埋葬の後、ご自宅でランチをとりながら生前のスライドショーを見たりする故人を偲ぶ集まりがあり、大きなご自宅ですが入りきれないほどの人で埋まっておりました。たくさんの方々に惜しまれ、たくさんの涙とともに送られながら永眠されました。</p>
<p>以上、ご報告まで。</p>
<p>エルドス喜代美　　　　　　　　　　Date: Thu, 13 Oct 2011</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり</p>
<div id="attachment_10550" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020078.jpg"><img class="size-medium wp-image-10550" title="p1020078" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020078-500x375.jpg" alt="アラスカの海で、氷河を背景にkevinとともに" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">アラスカの海で、氷河を背景にkevinとともに：1995年7月</p></div>
<p>　それにしても未だに彼の死は信じられません。彼との最初の出会いは、20年以上前、日本の「JETプログラム<a href="http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/culture/hito/sei/jet/index.html">：http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/culture/hito/sei/jet/index.html</a>」で北海道庁で2年間の勤務を終えて、当時の秋山愛生舘の５階に帰国の挨拶に来た時でした。「オレゴンに戻るけれど、もし何かアメリカでの仕事があれば遠慮なく連絡をして欲しい」旨の話だったと思います。翌年オレゴン・ポートランド市を訪問した時、日本食レストラン「禅」で昼食をしながら、再会を喜び、楽しく話をしたのを覚えています。</p>
<p>　そして、翌年でしたか、オレゴンとは全く逆の東海岸ボストンに現地法人を設立するに当たって、最初のつまずきがいろいろあり窮地に陥っていて、私はボストンのホテルからオレゴン・セーラムに居るkevinに電話をしました、「kevin、急で申し訳ないけれど、今すぐにボストンに来てくれないか」と。</p>
<p>　翌日の夕方、ボストンのホテルフロントで彼の後姿を見つけた時、恥ずかしながら涙が止まりませんでした、すぐに駆けつけてくれた彼の「気持」に感激して。秋山愛生舘の海外展開の礎であり、特にAHIC（Autumn Hills International Corporation ）設立に当たっては、Kevinはまさに最大の恩人でした。その後私の後任として社長に就任し、スズケンと合併後に、自分で全ての株を買い取り、以来一貫してヘルスケアビジネスの世界で頑張ってきたKevin。自宅地下を「ホームオフィス」としたとの連絡を受けて訪問したことがありました。行ってびっくり、ボストンマラソンのスタート地点、大変大きな家で、地下と言っても立派な広いオフィスでした。私はこの恩人を今までも、これからも生涯忘れることはありません。</p>
<p>　仕事は勿論、アメリカでゴルフを何回も一緒にしたこと、フェンウェイパークでレッドソックスを何回も見に行って、始まる前に必ず球場外のイタリアンホットドッグを食べたこと、ビジネスでもとにかく彼の堂々たる対応に勇気づけられることが何回もありました。結婚式にも招待して貰いました、私はカラオケテープ持参で、「乾杯」を唄いました、忘れられませんね。</p>
<p>　日本人のビジネスパートナーとフロリダでゴルフもしました。ワニが居たり、カメが居たりで大騒ぎでした。アラスカにも一緒に行きました、彼が全行程バンを運転して、叔母さんが経営するキーナイ川の立派な釣り宿に泊めてもらい、キングサーモン他、エキサイティングな釣りの想い出は一生忘れられません。</p>
<p>　チャレンジツアー、フォーサイトツアー、その他の研修旅行でお世話になった数多くの人たちが、Kevinに感謝しています。海外旅行をするたびに感じます、私にとってAHIC設立時・採用面接、その後の社長としての体験は、今も貴重な財産となっていることを。飛びきり優秀だったキャレン・ローゼンバーガーが逝き、今回Kevinも亡くなり、設立当時のメンバーが若くしてこの世を去り、何とも寂しい限りです。</p>
<p>　どうか、残されたMariaさんと3人のお子様たち、お力を落とすことなく、これからも元気に生きて頂きたいと願いつつ、遠い札幌の地からご冥福を心からお祈り申し上げます。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「バイオテクニカ 2011」、開幕！（後）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10515</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10515#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 13 Oct 2011 15:13:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10515</guid>
		<description><![CDATA[　この見本市の趣旨は、「生命工学のあらゆる分野の展示と国際会議及びセミナーを同時開催することにより、最新の市場情勢と将来の可能性の豊富な実例と情報を提供する」です。これまで2年に一回の開催でしたが、今年は昨年に続いてで、企業・関係団体・大学を含めた研究機関等、世界28カ国から620団体が出展、海外はヨーロッパを中心に198団体です。2007年より、「バイオテクニカ」を総合的・国際的なイベントとするべく、「展示」、「コンファレンス」、「パートナリング・マッチング」、「バイオテクニカ アワード」の４つの柱を中心に展開されています。次回は2013年だそうです。
 　「ハノーバー国際見本市会場：http://www.messe.de/homepage_d」は、メッサーシュミット社の工場跡地、広大な敷地に建設されて、今回はその20数施設のごく一部の使用です。市内中心部からは地下鉄（郊外では路面電車）で20分程度、入口までは大変便利ですが、中はバスでないとかなり歩きます。初日は強風に雨、ただ二・三日目は気持のいい天気だったので、朝、正面玄関から歩いて会場まで行きました。
　秋山財団の出展の目的は、生命科学分野での「ネットワーキング」支援、情報収集、バイオ分野の方向性等、今後の事業展開の模索です。今年25周年を迎えて、今年度は新たな5ヶ年計画の策定時となっています。これまでの経済的支援事業プラス、研究者のネットワーク・視野拡大へのサポートとして、向こう25年を見据えて何かプログラムが用意できないかと、そんな視点から参加していました。
　お陰さまでブースでお会いした方々、あらかじめアポを取って「パートナリング・マッチング」で意見交換した団体、会場で訪問してお話をじっくり聴いた団体等50を越え、「Face to Face」の話しあいで濃密な3日間でした。札幌に戻った後、これらをどうフォローアップするか、今から大仕事の予感がします。スイス、オランダ、ドイツの各州、韓国等では、国・州の旗を掲げてプラットホームをアピールしていましたね。
　一日目の夜、「バイオテクニカ アワード」の表彰式と大パーティに招待されましたので、今後の参考になるかとの思いで出席しました。
 事前に45分くらいの授賞式だと聞いていましたが、開会自体が10分遅れ、それぞれのご挨拶、特に写真の元産業技術大臣のスピーチが延々30分越える「講義？」となり、全てが終了して時計を見ると1時間半を回っていました、空腹を前にです。「几帳面なドイツ人」のイメージは、二日前のベルリンからハノーバーまでの電車の大幅な遅れと相まって、私としては大きく崩れ始めています。「権威主義的」とでもいうのか、もっと新しい演出のある授賞式でいいと思うのです、「もう少し聴きたい」、「もう少し見たい」、全てを3割くらいカットすると、実に素敵なイベントになるのでしょうが、従来型の権威に対して運営側が誰も言い出す勇気がない、少々辛辣過ぎますでしょうかね、来賓席に席を確保して頂き、ただで飲み食いの厚遇もして頂きながら・・・。
　それとは対照的に、見本市会場の幾つかのブースでは、午後4時半頃を回ると、オシャレなイベントが繰り広げられていました。2日目終了間際のスイスブース、グラスワインが赤白テーブルにいっぱい、伝統楽器の音色が会場中に響きます、このために地元から演奏者をご招待したとか、いろいろですね。
　今回久しぶりに外国の方々とじっくりお話を致しました。スペインの若者は素晴らしいテンポと躍動感あふれる眼差しで、彼のミッションを説明してくれました。イランの医薬品関係の方は、「日本はどうして海外とのコラボに対して敷居を高くしているのか」と率直な苦言、東ドイツ出身の私と同年輩の大学関係者の方からは、「ベルリンの壁崩壊」後について、生活者の視点からもろ手を挙げての喜びでは無い現実を伺うことが出来ました、貴重なお話でしたね。ベルリンのブランデンブルグ門でも感じたのですが、私は「東西冷戦」、「ベルリンの壁」にこだわり過ぎているのかも、との反省もしています、すでにそれは多くの人にとって「過去の歴史」であり、若者中心に確実に新しい時代が走り出している、そんな実感を今回強く持ちました。
　今回いろいろ準備、当日ブースでのご支援等して頂いた「ハノーバーフェアーズジャパン（株）：http://www.hannovermesse.co.jp/repraesentauten/biotechnica.html」の盛健一社長、ドイツ語通訳の田口理穂さん、本当にお世話になりました。盛社長からは豊富な海外駐在経験、とりわけ南アフリカ、マラウィ等のお話は大変興味深く勉強になりました。また、今回の参加に背中を押してくれました同社の樋渡さん、青木さんにも、心から感謝申し上げます。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="mceTemp">　この見本市の趣旨は、「生命工学のあらゆる分野の展示と国際会議及びセミナーを同時開催することにより、最新の市場情勢と将来の可能性の豊富な実例と情報を提供する」です。これまで2年に一回の開催でしたが、今年は昨年に続いてで、企業・関係団体・大学を含めた研究機関等、世界28カ国から620団体が出展、海外はヨーロッパを中心に198団体です。2007年より、「バイオテクニカ」を総合的・国際的なイベントとするべく、「展示」、「コンファレンス」、「パートナリング・マッチング」、「バイオテクニカ アワード」の４つの柱を中心に展開されています。次回は2013年だそうです。</div>
<div id="attachment_10507" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p10200552.jpg"><img class="size-medium wp-image-10507" title="p10200552" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p10200552.jpg" alt="「Messe」正面玄関前" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">「Messe」正面玄関前　</p></div>
<p> 　「ハノーバー国際見本市会場：<a href="http://www.messe.de/homepage_d">http://www.messe.de/homepage_d</a>」は、メッサーシュミット社の工場跡地、広大な敷地に建設されて、今回はその20数施設のごく一部の使用です。市内中心部からは地下鉄（郊外では路面電車）で20分程度、入口までは大変便利ですが、中はバスでないとかなり歩きます。初日は強風に雨、ただ二・三日目は気持のいい天気だったので、朝、正面玄関から歩いて会場まで行きました。</p>
<p>　秋山財団の出展の目的は、生命科学分野での「ネットワーキング」支援、情報収集、バイオ分野の方向性等、今後の事業展開の模索です。今年25周年を迎えて、今年度は新たな5ヶ年計画の策定時となっています。これまでの経済的支援事業プラス、研究者のネットワーク・視野拡大へのサポートとして、向こう25年を見据えて何かプログラムが用意できないかと、そんな視点から参加していました。</p>
<p>　お陰さまでブースでお会いした方々、あらかじめアポを取って「パートナリング・マッチング」で意見交換した団体、会場で訪問してお話をじっくり聴いた団体等50を越え、「Face to Face」の話しあいで濃密な3日間でした。札幌に戻った後、これらをどうフォローアップするか、今から大仕事の予感がします。スイス、オランダ、ドイツの各州、韓国等では、国・州の旗を掲げてプラットホームをアピールしていましたね。</p>
<p>　一日目の夜、「バイオテクニカ アワード」の表彰式と大パーティに招待されましたので、今後の参考になるかとの思いで出席しました。</p>
<div id="attachment_10520" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p10200401.jpg"><img class="size-medium wp-image-10520" title="p10200401" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p10200401.jpg" alt="元産業技術大臣は延々30分以上のオープニング・スピーチ" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">元産業技術大臣は30分以上のオープニング・スピーチ　</p></div>
<p> 事前に45分くらいの授賞式だと聞いていましたが、開会自体が10分遅れ、それぞれのご挨拶、特に写真の元産業技術大臣のスピーチが延々30分越える「講義？」となり、全てが終了して時計を見ると1時間半を回っていました、空腹を前にです。「几帳面なドイツ人」のイメージは、二日前のベルリンからハノーバーまでの電車の大幅な遅れと相まって、私としては大きく崩れ始めています。「権威主義的」とでもいうのか、もっと新しい演出のある授賞式でいいと思うのです、「もう少し聴きたい」、「もう少し見たい」、全てを3割くらいカットすると、実に素敵なイベントになるのでしょうが、従来型の権威に対して運営側が誰も言い出す勇気がない、少々辛辣過ぎますでしょうかね、来賓席に席を確保して頂き、ただで飲み食いの厚遇もして頂きながら・・・。</p>
<p>　それとは対照的に、見本市会場の幾つかのブースでは、午後4時半頃を回ると、オシャレなイベントが繰り広げられていました。2日目終了間際のスイスブース、グラスワインが赤白テーブルにいっぱい、伝統楽器の音色が会場中に響きます、このために地元から演奏者をご招待したとか、いろいろですね。</p>
<p>　今回久しぶりに外国の方々とじっくりお話を致しました。スペインの若者は素晴らしいテンポと躍動感あふれる眼差しで、彼のミッションを説明してくれました。イランの医薬品関係の方は、「日本はどうして海外とのコラボに対して敷居を高くしているのか」と率直な苦言、東ドイツ出身の私と同年輩の大学関係者の方からは、「ベルリンの壁崩壊」後について、生活者の視点からもろ手を挙げての喜びでは無い現実を伺うことが出来ました、貴重なお話でしたね。ベルリンのブランデンブルグ門でも感じたのですが、私は「東西冷戦」、「ベルリンの壁」にこだわり過ぎているのかも、との反省もしています、すでにそれは多くの人にとって「過去の歴史」であり、若者中心に確実に新しい時代が走り出している、そんな実感を今回強く持ちました。</p>
<p>　今回いろいろ準備、当日ブースでのご支援等して頂いた「ハノーバーフェアーズジャパン（株）：<a href="http://www.hannovermesse.co.jp/repraesentauten/biotechnica.html">http://www.hannovermesse.co.jp/repraesentauten/biotechnica.html</a>」の盛健一社長、ドイツ語通訳の田口理穂さん、本当にお世話になりました。盛社長からは豊富な海外駐在経験、とりわけ南アフリカ、マラウィ等のお話は大変興味深く勉強になりました。また、今回の参加に背中を押してくれました同社の樋渡さん、青木さんにも、心から感謝申し上げます。</p>
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		<title>「バイオテクニカ 2011」、開幕！（前）</title>
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		<pubDate>Wed, 12 Oct 2011 20:03:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　ドイツ・ハノーバーで、今年も「BIO TECHNICA（バイオテクニカ） 2011」が開催されました。今回、秋山財団は初めてブースを開設して参加しています：http://www.hannovermesse.co.jp/repraesentauten/biotechnica.html。
 　秋山財団ブースはコンパクトですが、初日から予想以上の方々の訪問がありました。ブースでは、一人、開始前に50年ぶりくらいでクレパスを握って、日の丸と「JAPAN」の文字を書く男性がいました。
 
　「HOKKAIDO」はすごいブランド力です！「SAPPORO」もかなりの知名度ですね、特に「1972札幌オリンピック冬季大会」については、訪問してきたヨーロッパ各国の方々が懐かしそうにお話をされていました。
　一日目の夜は授賞式と、続いて1300人参加の懇親会でした。ビュッフェスタイルの食事コーナー、最初のスープの表示に驚きました、「Cream of Hokkaido pumpkin soup」です。地元ハノーバーで、「Hokkaido Panpkin」は高級かぼちゃとして人気が高いと聞きました。これが確かに北海道からの輸入品かどうか、日本に帰ってから検証します。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="mceTemp">　ドイツ・ハノーバーで、今年も「<strong>BIO TECHNICA（バイオテクニカ） 2011</strong>」が開催されました。今回、秋山財団は初めてブースを開設して参加しています<strong>：</strong><a href="http://www.hannovermesse.co.jp/repraesentauten/biotechnica.html"><strong>http://www.hannovermesse.co.jp/repraesentauten/biotechnica.html</strong></a>。</div>
<div id="attachment_10484" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020026.jpg"><img class="size-medium wp-image-10484" title="p1020026" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020026-500x375.jpg" alt="見本市全体" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">ハノーバーの「MESSE」で見本市全体</p></div>
<div id="attachment_10487" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020030.jpg"><img class="size-medium wp-image-10487" title="p1020030" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020030-500x375.jpg" alt="メッセ会場では、外の風で「クジラの鳴き声」も聴けました！" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">クジラがモチーフのメッセ会場では、外の風により中のパイプが「クジラの鳴き声！」を出す</p></div>
<p> 　秋山財団ブースはコンパクトですが、初日から予想以上の方々の訪問がありました。ブースでは、一人、開始前に50年ぶりくらいでクレパスを握って、日の丸と「JAPAN」の文字を書く男性がいました。</p>
<div id="attachment_10498" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020062.jpg"><img class="size-medium wp-image-10498" title="p1020062" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020062-500x375.jpg" alt="秋山財団のブースです" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">秋山財団のブースです</p></div>
<p> <a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020060.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-10499" title="p1020060" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020060-500x375.jpg" alt="" width="500" height="375" /></a></p>
<p><strong>　「HOKKAIDO」</strong>はすごいブランド力です！「SAPPORO」もかなりの知名度ですね、特に「1972札幌オリンピック冬季大会」については、訪問してきたヨーロッパ各国の方々が懐かしそうにお話をされていました。</p>
<div id="attachment_10488" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020052.jpg"><img class="size-medium wp-image-10488" title="p1020052" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1020052-375x500.jpg" alt="初日終了後の1300人のパーティ：何とこんなメニューもありましたよ！" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">初日終了後の1300人のパーティ：何とこんなメニューもありましたよ！</p></div>
<p>　一日目の夜は授賞式と、続いて1300人参加の懇親会でした。ビュッフェスタイルの食事コーナー、最初のスープの表示に驚きました、「<strong>Cream of Hokkaido pumpkin soup</strong>」です。地元ハノーバーで、「<strong>Hokkaido Panpkin</strong>」は高級かぼちゃとして人気が高いと聞きました。これが確かに北海道からの輸入品かどうか、日本に帰ってから検証します。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>週末、ベルリンの空は青</title>
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		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10458#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 11 Oct 2011 03:36:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10458</guid>
		<description><![CDATA[　ベルリンはこれまで一度も行ったことがなかったので、というより1989年前には生きている内には到底無理だと思っていましたので、今回、またとない機会であり、週末に少しだけ寄ることにしました。
　一番の興味は、冷戦構造のシンボル「ベルリンの壁」で、今それがどうなっているのか、市民はどう受け止めているのか、です。空港からのタクシー運転手は、彼が10歳の時に壁が崩壊し、あっという間に無くなって驚いたと笑いながら語っていました。現在、市内三か所にモニュメントとしてしっかり残し、歴史資料も写真入りで豊富に展示されていました。特にナチスが政党として熱狂的に迎えられていた時期からの解説、戦後の裁判の記録は、その意味する所が理解できます。2年前のアウシュヴィッツ訪問時（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1485）も説明がありました、それが仕組みとして、政策として実行されていたことに我々は目を向けなければ再発は防げない、と。





 　ブランデンブルグ門は、東西冷戦の象徴のような場として記憶にありましたが、今はその面影は無く、多くの観光客で賑わっていました。広場ではあちこちでパフォーマンス、もっと厳粛な場と勝手に想像していましたので拍子抜けでした。私が考えている以上に、時代は先を行っているのでしょうね。
 　街全体は、トラディショナルとモダンが調和した街づくりで、ゾーンの位置づけ等、ち密な議論と計画の奥深さと感じました。鬱陶しい壁を壊して、主要駅の開放系の設計は、明るさと機能性に優れていて、これまでの歴史的建造物と対抗するのではないというメッセージも感じて取れます。
　今回の短い滞在、美術館・博物館系の見学を全くスキップして、タイトルをつけると「歴史とまちづくり」系とでも名付けましょうか、ディテールはまたの機会に訪問できればと多少残念な気もしながら、ハノーバーに来ました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ベルリンはこれまで一度も行ったことがなかったので、というより1989年前には生きている内には到底無理だと思っていましたので、今回、またとない機会であり、週末に少しだけ寄ることにしました。</p>
<p>　一番の興味は、冷戦構造のシンボル「ベルリンの壁」で、今それがどうなっているのか、市民はどう受け止めているのか、です。空港からのタクシー運転手は、彼が10歳の時に壁が崩壊し、あっという間に無くなって驚いたと笑いながら語っていました。現在、市内三か所にモニュメントとしてしっかり残し、歴史資料も写真入りで豊富に展示されていました。特にナチスが政党として熱狂的に迎えられていた時期からの解説、戦後の裁判の記録は、その意味する所が理解できます。2年前のアウシュヴィッツ訪問時（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1485">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1485</a>）も説明がありました、それが仕組みとして、政策として実行されていたことに我々は目を向けなければ再発は防げない、と。</p>
<div id="attachment_10459" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010984.jpg"><img class="size-medium wp-image-10459" title="p1010984" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010984-500x375.jpg" alt="ナチス秘密警察本部前の壁" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">ゲシュタポ本部前の壁</p></div>
<div class="mceTemp">
<dt class="wp-caption-dt"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010989.jpg"></a></dt>
<dd class="wp-caption-dd">
<div id="attachment_10470" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010983.jpg"><img class="size-medium wp-image-10470" title="p1010983" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010983.jpg" alt="レンガの壁の跡に歴史の展示が約200メートル、更に右側に立派な資料館" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">レンガの壁の跡に歴史の展示が約200メートル、更に右側に立派な資料館</p></div>
</dd>
</div>
<div id="attachment_10461" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010963.jpg"><img class="size-medium wp-image-10461" title="p1010963" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010963.jpg" alt="East Side Gallery（１㎞以上続く）" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">壁を使った「East Side Gallery」、１㎞以上手前側に続く</p></div>
<p> 　ブランデンブルグ門は、東西冷戦の象徴のような場として記憶にありましたが、今はその面影は無く、多くの観光客で賑わっていました。広場ではあちこちでパフォーマンス、もっと厳粛な場と勝手に想像していましたので拍子抜けでした。私が考えている以上に、時代は先を行っているのでしょうね。</p>
<div id="attachment_10465" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010980.jpg"><img class="size-medium wp-image-10465" title="p1010980" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010980.jpg" alt="ブランデンブルグ門：旧東ドイツ側から" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">ブランデンブルグ門：旧東ドイツ側から</p></div>
<div id="attachment_10462" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010982.jpg"><img class="size-medium wp-image-10462" title="p1010982" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010982.jpg" alt="写真スポット？左後ろでは冷戦時代の象徴する国旗も登場" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">写真スポット？左後ろでは冷戦時代の両国旗も登場</p></div>
<div id="attachment_10463" class="wp-caption aligncenter" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010991.jpg"><img class="size-medium wp-image-10463" title="p1010991" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010991.jpg" alt="お金を受け取るたびに少しの動きです！" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">お金を受け取るたびに少しの動きです！</p></div>
<p> 　街全体は、トラディショナルとモダンが調和した街づくりで、ゾーンの位置づけ等、ち密な議論と計画の奥深さと感じました。鬱陶しい壁を壊して、主要駅の開放系の設計は、明るさと機能性に優れていて、これまでの歴史的建造物と対抗するのではないというメッセージも感じて取れます。</p>
<div id="attachment_10464" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010993.jpg"><img class="size-medium wp-image-10464" title="p1010993" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010993.jpg" alt="ベルリン中央駅：開放系５段構造" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">ベルリン中央駅：開放系５段構造</p></div>
<p>　今回の短い滞在、美術館・博物館系の見学を全くスキップして、タイトルをつけると「歴史とまちづくり」系とでも名付けましょうか、ディテールはまたの機会に訪問できればと多少残念な気もしながら、ハノーバーに来ました。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>ワグナー・ナンドールの足跡を訪ねて（4：終）</title>
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		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10423#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 09 Oct 2011 15:05:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10423</guid>
		<description><![CDATA[　私はこれまで7年間に、ワグナー・ナンドール関係、演劇関係で5回、ルーマニアとハンガリーの国境を陸で越えました。同行メンバーも全く違うのですが、いつも印象的なのは「ハンガリーの大平原」ですね、とにかく「大」です。
 　高速道路はどの国でも同じ景色（？）で退屈ですが、一歩降りて地方の集落をゆっくり抜けていくと、歴史と人々の暮らしの「におい」が感じられて興味深いです、韓国もそうでしたね。確かにこの地に来ている、外国なんだという現実感とでも言うのでしょうか。
　ハンガリーの場合は長い歴史の中で、何回もの不条理な社会状況がありましたから、自立した市民は、一層「モニュメントとして残す」、「記念碑のような形として意志を示す重要性」を、知恵として持ち続けている気がします。「国に何かをお願いする」とか、「国に何かを期待する」みたいな話が出てこないですね、地方自治体はエネルギーがあり、これまでの多くの犠牲の中から自分たちの暮らしをしっかり「守る」術（すべ）を持っているのでしょう。毎回ここに来ると感じる「におい」です。
　セーケシュフェヘールバールでの発掘作業と復元プロジェクトは実に面白かったですね、そしてそこに世界からの考古学者が参画している事実も。古い歴史を検証することとこれからの新しい時代を創る仕事が、「今、この場」の活動で結合している、腑に落ちるお話でした。
　今回3か所で、ワグナー・ナンドールの作品とそれに共感する多くの皆さまと私はお会い出来ました。ここまで作品の建立に至る道には、それぞれ苦難の物語があり、ハンガリーの「Academia Fumana」理事長のキッシュ・シャンドールさんを筆頭に、ワグナー・ナンドール没後にハンガリーで建立推進を担われた方々、日本でワグナー・ちよ理事長の「ワグナー・ナンドール記念財団」と支援されてきた方々のご尽力に心から感謝申し上げます。
　「戦う」という言葉に何か抵抗感を持つ昨今の日本社会、「精神の戦い」は個人レベルでも社会レベルでも、戦後日本が失くした、或いは忘れた価値ではありませんか。歴史に誠実に向き合う、そこに今の難しい時代を生きて、将来に向けた価値創造のヒントがあるような気がします、ヨーロッパのせめぎ合いを生き抜いている、「アジアの同胞」からの学びです。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　私はこれまで7年間に、ワグナー・ナンドール関係、演劇関係で5回、ルーマニアとハンガリーの国境を陸で越えました。同行メンバーも全く違うのですが、いつも印象的なのは「ハンガリーの大平原」ですね、とにかく「大」です。</p>
<div id="attachment_10432" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p10108233.jpg"><img class="size-medium wp-image-10432" title="p10108233" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p10108233-500x375.jpg" alt="ハンガリーの大平原：どこまでも平らです！" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">ハンガリーの大平原：どこまでも平らです！</p></div>
<p> 　高速道路はどの国でも同じ景色（？）で退屈ですが、一歩降りて地方の集落をゆっくり抜けていくと、歴史と人々の暮らしの「におい」が感じられて興味深いです、韓国もそうでしたね。確かにこの地に来ている、外国なんだという現実感とでも言うのでしょうか。</p>
<div id="attachment_10434" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010871.jpg"><img class="size-medium wp-image-10434" title="p1010871" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010871-500x375.jpg" alt="デブレツェンからの古代の国道" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">東部の街・デブレツェンから続く古代の国道</p></div>
<div id="attachment_10435" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010919.jpg"><img class="size-medium wp-image-10435" title="p1010919" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010919-500x375.jpg" alt="爆撃で落ちた教会の鐘：モニュメントに" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">セーケシュフェヘールバール：爆撃で破壊されて落ちた教会の鐘：モニュメントに</p></div>
<p>　ハンガリーの場合は長い歴史の中で、何回もの不条理な社会状況がありましたから、自立した市民は、一層「モニュメントとして残す」、「記念碑のような形として意志を示す重要性」を、知恵として持ち続けている気がします。「国に何かをお願いする」とか、「国に何かを期待する」みたいな話が出てこないですね、地方自治体はエネルギーがあり、これまでの多くの犠牲の中から自分たちの暮らしをしっかり「守る」術（すべ）を持っているのでしょう。毎回ここに来ると感じる「におい」です。</p>
<p>　セーケシュフェヘールバールでの発掘作業と復元プロジェクトは実に面白かったですね、そしてそこに世界からの考古学者が参画している事実も。古い歴史を検証することとこれからの新しい時代を創る仕事が、「今、この場」の活動で結合している、腑に落ちるお話でした。</p>
<p>　今回3か所で、ワグナー・ナンドールの作品とそれに共感する多くの皆さまと私はお会い出来ました。ここまで作品の建立に至る道には、それぞれ苦難の物語があり、ハンガリーの「Academia Fumana」理事長のキッシュ・シャンドールさんを筆頭に、ワグナー・ナンドール没後にハンガリーで建立推進を担われた方々、日本でワグナー・ちよ理事長の「ワグナー・ナンドール記念財団」と支援されてきた方々のご尽力に心から感謝申し上げます。</p>
<p>　「戦う」という言葉に何か抵抗感を持つ昨今の日本社会、「精神の戦い」は個人レベルでも社会レベルでも、戦後日本が失くした、或いは忘れた価値ではありませんか。歴史に誠実に向き合う、そこに今の難しい時代を生きて、将来に向けた価値創造のヒントがあるような気がします、ヨーロッパのせめぎ合いを生き抜いている、「アジアの同胞」からの学びです。</p>
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		<title>ワグナー・ナンドールの足跡を訪ねて（3）</title>
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		<pubDate>Sat, 08 Oct 2011 17:53:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　このシリーズ最終日は、ブダペストから約1時間西、バラトン湖手前の古都・セーケシュフェヘールバール（http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/246751/m0u/）、ワグナー・ナンドール作「ハンガリアン・コープス像」のある広場で、市民挙げての式典でした。広場の中心にある像、空高く突きあげる指の表現に、作者の強いメッセージ「希望」を感じます。
 　式典では、市の代表、「Academia Fumana」を代表して日本大使夫人とワグナーちよさん、そして日本の「ワグナー・ナンドール財団：http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html」を代表して評議員の堅田さんと私が、それぞれ兵士二人が運ぶ後をついて献花しました。あらかじめの連絡はなく、直前の指示に戸惑いながらも、我々の名前が大きく呼ばれて身の引き締まる思いでした。ただ、ここでも決定的証拠写真が撮れず、日本に帰ってから誰か撮影している方を探し出す必要があります。兵士、子供たち、楽隊、政治・行政の幹部、ピーンと張り詰めたあの緊張感が、たまらなく感激でした、絵になるというか、毎年こうやってメッセージを伝え続けて、自分たちの歴史に対して真摯に向き合っている姿への感動かもしれません。
　式典の後、副市長のご案内で街の中心部を歩きましたが、まるでテーマパークのように見事な景観を形成しています。市議会議場でも説明を受け、歴史の一コマに居る雰囲気をかもしだす、重厚で厳かな議場でした。その後、リニューアルした歴史的建造物について考古学者の方によるご案内・説明も興味深く、歴史の節目・節目に壁の増改築もあった様子が石の積み上げの違いで検証されたり、またそれらを透明の壁で「見える化」しながら、結婚披露宴会場として今も活用する、保存・展示の技術にも驚きました。今もなお遺跡の発掘作業が続いていました。
　前日のナジュバラドでは、朝の6時に教会の透き通る鐘の音で目を覚まし、ここでは正午に、市内十数か所の教会が次々と鐘を鳴らし、時を告げていました。その鐘の音を聴き終えて、空間を復元したレストランで副市長主催の昼食会が和気あいあいで開催。
　この街は人口10万人少し、数100年間、歴代の国王の戴冠式が行われていた誇りが、圧倒的な存在感と自信をを示しています。市庁舎・議場の壁には大きな絵画が掛けられて、どうみても美術館といった建た住まいです。「自治」の伝統、歴史への誇り、今の殆どの日本の地方自治体が持ち合わせていない「エネルギー」のようなものなのでしょうね、とにかく感動しました。
＜12日に追加分：公式写真集と地元テレビの報道＞
http://www.szekesfehervar.hu/viewer.php?image=0&#38;group=90042
 
http://www.fehervar.tv/index.php?pg=video&#38;cid=16&#38;vid=4572&#38;autoplay=true
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　このシリーズ最終日は、ブダペストから約1時間西、バラトン湖手前の古都・セーケシュフェヘールバール（<a href="http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/246751/m0u/">http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/246751/m0u/</a>）、ワグナー・ナンドール作「ハンガリアン・コープス像」のある広場で、市民挙げての式典でした。広場の中心にある像、空高く突きあげる指の表現に、作者の強いメッセージ「希望」を感じます。</p>
<div id="attachment_10412" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010889.jpg"><img class="size-medium wp-image-10412" title="p1010889" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010889-375x500.jpg" alt="右が「ハンガリアン・コープス像」" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">右が「ハンガリアン・コープス像」</p></div>
<p> 　式典では、市の代表、「Academia Fumana」を代表して日本大使夫人とワグナーちよさん、そして日本の「ワグナー・ナンドール財団：<a href="http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html">http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html</a>」を代表して評議員の堅田さんと私が、それぞれ兵士二人が運ぶ後をついて献花しました。あらかじめの連絡はなく、直前の指示に戸惑いながらも、我々の名前が大きく呼ばれて身の引き締まる思いでした。ただ、ここでも決定的証拠写真が撮れず、日本に帰ってから誰か撮影している方を探し出す必要があります。兵士、子供たち、楽隊、政治・行政の幹部、ピーンと張り詰めたあの緊張感が、たまらなく感激でした、絵になるというか、毎年こうやってメッセージを伝え続けて、自分たちの歴史に対して真摯に向き合っている姿への感動かもしれません。</p>
<div id="attachment_10415" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p10108851.jpg"><img class="size-medium wp-image-10415" title="p10108851" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p10108851-500x375.jpg" alt="式典前、少し緊張気味の旗手・高校生たち" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">式典前に彫刻を囲み、少し緊張気味の旗手・高校生たち</p></div>
<div id="attachment_10371" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010887.jpg"><img class="size-medium wp-image-10371" title="p1010887" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010887-500x375.jpg" alt="式典に参加の右・副市長（文化・芸術担当）、左・県議会議長" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">式典に参加の右・副市長（文化・芸術担当）、左・県議会議長</p></div>
<p>　式典の後、副市長のご案内で街の中心部を歩きましたが、まるでテーマパークのように見事な景観を形成しています。市議会議場でも説明を受け、歴史の一コマに居る雰囲気をかもしだす、重厚で厳かな議場でした。その後、リニューアルした歴史的建造物について考古学者の方によるご案内・説明も興味深く、歴史の節目・節目に壁の増改築もあった様子が石の積み上げの違いで検証されたり、またそれらを透明の壁で「見える化」しながら、結婚披露宴会場として今も活用する、保存・展示の技術にも驚きました。今もなお遺跡の発掘作業が続いていました。</p>
<p>　前日のナジュバラドでは、朝の6時に教会の透き通る鐘の音で目を覚まし、ここでは正午に、市内十数か所の教会が次々と鐘を鳴らし、時を告げていました。その鐘の音を聴き終えて、空間を復元したレストランで副市長主催の昼食会が和気あいあいで開催。</p>
<div id="attachment_10372" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010913.jpg"><img class="size-medium wp-image-10372" title="p1010913" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010913-500x375.jpg" alt="市議会議場" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">市議会議場</p></div>
<p>　この街は人口10万人少し、数100年間、歴代の国王の戴冠式が行われていた誇りが、圧倒的な存在感と自信をを示しています。市庁舎・議場の壁には大きな絵画が掛けられて、どうみても美術館といった建た住まいです。「自治」の伝統、歴史への誇り、今の殆どの日本の地方自治体が持ち合わせていない「エネルギー」のようなものなのでしょうね、とにかく感動しました。</p>
<p><strong>＜12日に追加分：公式写真集と地元テレビの報道＞</strong></p>
<p><a href="http://www.szekesfehervar.hu/viewer.php?image=0&amp;group=90042">http://www.szekesfehervar.hu/viewer.php?image=0&amp;group=90042</a><br />
 <br />
<a href="http://www.fehervar.tv/index.php?pg=video&amp;cid=16&amp;vid=4572&amp;autoplay=true">http://www.fehervar.tv/index.php?pg=video&amp;cid=16&amp;vid=4572&amp;autoplay=true</a></p>
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		<title>ワグナー・ナンドールの足跡を訪ねて（2）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10355</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10355#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 07 Oct 2011 15:34:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　翌日、ルーマニアからハンガリー・ブダペストにマイクロバスで移動中、大平原のフン族の末裔が多く住む農村での一コマです。
　ブダペストに到着して午後5時からは、ペトフィ文学博物館（http://www.pim.hu/object.1160b1a4-08c9-4ea9-bb65-1d30e97d1eb0.ivy）で、「『哲学の庭』建立10周年記念シンポジウム」が開催されました。在ブダペストの伊藤大使ご夫妻他200名の参加者があり、大変盛大な会となりました。ナジュバラドとこのフォーラムは、いずれもハンガリー・ブダペストを本拠に活動する「Academia Fumana Foundation」が主催しています。
　この様子は「在ハンガリー日本大使館・館員日誌：10月5日」に掲載されています（http://www.hu.emb-japan.go.jp/jpn/annai/diary1110.htm#1）。また、1年前のサイト（6月17日：http://www.hu.emb-japan.go.jp/jpn/annai/diary1006.htm）にも「哲学の庭」について掲載されています。
　私は最前列に着席していて会場全体を撮影できず、雰囲気を伝えられないのが残念です。終了直後にやっと撮った一枚です。
　「哲学の庭」の彫像群は現在、ハンガリー・ブダペストのゲレルトの丘近く、東京都中野区の哲学堂公園、そしてワグナー・ナンドール記念財団の本拠地である栃木県益子町の3か所に置かれています。ナンドールは、「私は文化、宗教などの相違点よりも、各々の共通点を探しているのです。共通点を通してしかお互いに近づくことは出来ないのです」と、この彫像群のメッセージを語っていました。
　ブダペストにある彫像群は、数年前に3体が盗難に遭い、円形台座の一部も切断・持ち去られました。世界的な金属需要による盗難事件の一環と思われますが、地元・関係者のご尽力でその後修復・設置されました。ワグナー・ナンドールの人生同様、幾多の困難をも乗り越えて今日を迎えている、そんなお話も興味深かったです。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　翌日、ルーマニアからハンガリー・ブダペストにマイクロバスで移動中、大平原のフン族の末裔が多く住む農村での一コマです。</p>
<div id="attachment_10366" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010867.jpg"><img class="size-medium wp-image-10366" title="p1010867" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010867-375x500.jpg" alt="大きな風車：ハンガリー西部の農村" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">大きな風車：ハンガリー東部の農村で</p></div>
<p>　ブダペストに到着して午後5時からは、ペトフィ文学博物館（<a href="http://www.pim.hu/object.1160b1a4-08c9-4ea9-bb65-1d30e97d1eb0.ivy">http://www.pim.hu/object.1160b1a4-08c9-4ea9-bb65-1d30e97d1eb0.ivy</a>）で<strong>、「『哲学の庭』建立10周年記念シンポジウム」</strong>が開催されました。在ブダペストの伊藤大使ご夫妻他200名の参加者があり、大変盛大な会となりました。ナジュバラドとこのフォーラムは、いずれもハンガリー・ブダペストを本拠に活動する「Academia Fumana Foundation」が主催しています。</p>
<p>　この様子は「在ハンガリー日本大使館・館員日誌：10月5日」に掲載されています（<a href="http://www.hu.emb-japan.go.jp/jpn/annai/diary1110.htm#1">http://www.hu.emb-japan.go.jp/jpn/annai/diary1110.htm#1</a>）。また、1年前のサイト（6月17日：<a href="http://www.hu.emb-japan.go.jp/jpn/annai/diary1006.htm">http://www.hu.emb-japan.go.jp/jpn/annai/diary1006.htm</a>）にも「哲学の庭」について掲載されています。</p>
<div id="attachment_10367" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010876.jpg"><img class="size-medium wp-image-10367" title="p1010876" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010876-375x500.jpg" alt="「哲学の庭」建立10周年記念フォーラムで" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">記念フォーラム壇上でご挨拶をされる伊藤哲雄・日本大使</p></div>
<p>　私は最前列に着席していて会場全体を撮影できず、雰囲気を伝えられないのが残念です。終了直後にやっと撮った一枚です。</p>
<div id="attachment_10368" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010881.jpg"><img class="size-medium wp-image-10368" title="p1010881" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010881-500x375.jpg" alt="満席の聴衆：終了直後の様子" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">満席の聴衆：終了直後の様子</p></div>
<p>　「哲学の庭」の彫像群は現在、ハンガリー・ブダペストのゲレルトの丘近く、東京都中野区の哲学堂公園、そしてワグナー・ナンドール記念財団の本拠地である栃木県益子町の3か所に置かれています。ナンドールは、「私は文化、宗教などの相違点よりも、各々の共通点を探しているのです。共通点を通してしかお互いに近づくことは出来ないのです」と、この彫像群のメッセージを語っていました。</p>
<p>　ブダペストにある彫像群は、数年前に3体が盗難に遭い、円形台座の一部も切断・持ち去られました。世界的な金属需要による盗難事件の一環と思われますが、地元・関係者のご尽力でその後修復・設置されました。ワグナー・ナンドールの人生同様、幾多の困難をも乗り越えて今日を迎えている、そんなお話も興味深かったです。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>ワグナー・ナンドールの足跡を訪ねて（1）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10353</link>
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		<pubDate>Fri, 07 Oct 2011 05:26:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10353</guid>
		<description><![CDATA[　ワグナー・ナンドールについては、この欄で何回もご紹介しています（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%83%AF%E3%82%B0%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%AB）。
　日本の「公益財団法人 ワグナー・ナンドール記念財団：http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html」は、今年4月から新たなスタートで、これまでの活動・作品については、「アートギャラリー：http://www.wagnernandor.com/artgalery.htm」でご覧頂けます。今年の春の展示会は、東日本大震災の被害で中止されましたが、秋は今月15日から一ヵ月、リニューアル・オープンです。
　今年は現地で一つの区切りとして、生まれ故郷から始まり、一連のさかのぼりイベント・式典等、濃密な日々でした。
　まずは、彼の生まれ故郷、現在はルーマニア領内、ハンガリー・ルーマニア国境を越えて数キロ西、「ナジュバラド：ルーマニア名・オラディア」詩人ヨーゼフ・アティラ銅像の前で、副市長ほか関係者の皆さまとの献花でした。製作後50年間、共産党政権下で同志たちによって地下に大切に保管されていた像です、ここに建立となるまで波乱万丈の歴史でした。
 　続いて公園から程近い、ワグナー・ナンドールの生まれた家を訪問しました。今は身内は誰も住んではいませんが、以前から玄関前には銘版とレリーフが据え付けられてあり、今回はその下に訪問団でリースを掲げてきました。
 　夕方は、「ワグナー・ナンドールの芸術」、「東日本大震災」について報告があり、副市長もご出席頂き、興味深い内容に集まった50名の皆さまは聴き入っていました。開催したこの場が、ワグナー・ナンドールの熱烈な支援者、あのテーケシュ・ラズロー大司教の教会です。「ティミショアラの集会」で、当時のルーマニア・チャウシェスク政権崩壊の糸口となったことで有名です。
　故郷の心を歴史の中で持ち続けるマジャール人として、会場の雰囲気から強靭な「絆」の熱い思いを感じました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ワグナー・ナンドールについては、この欄で何回もご紹介しています（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%83%AF%E3%82%B0%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%AB">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%83%AF%E3%82%B0%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%AB</a>）。</p>
<p>　日本の「<strong>公益財団法人 ワグナー・ナンドール記念財団：</strong><a href="http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html"><strong>http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html</strong></a>」は、今年4月から新たなスタートで、これまでの活動・作品については、「アートギャラリー：<a href="http://www.wagnernandor.com/artgalery.htm">http://www.wagnernandor.com/artgalery.htm</a>」でご覧頂けます。今年の春の展示会は、東日本大震災の被害で中止されましたが、秋は今月15日から一ヵ月、リニューアル・オープンです。</p>
<p>　今年は現地で一つの区切りとして、生まれ故郷から始まり、一連のさかのぼりイベント・式典等、濃密な日々でした。</p>
<p>　まずは、彼の生まれ故郷、現在はルーマニア領内、ハンガリー・ルーマニア国境を越えて数キロ西、「ナジュバラド：ルーマニア名・オラディア」詩人ヨーゼフ・アティラ銅像の前で、副市長ほか関係者の皆さまとの献花でした。製作後50年間、共産党政権下で同志たちによって地下に大切に保管されていた像です、ここに建立となるまで波乱万丈の歴史でした。</p>
<div id="attachment_10362" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010838.jpg"><img class="size-medium wp-image-10362" title="p1010838" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010838-500x375.jpg" alt="ちよ理事長と市長、アティラ像の前で" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">ちよ理事長と副市長、アティラ像の前で</p></div>
<p> 　続いて公園から程近い、ワグナー・ナンドールの生まれた家を訪問しました。今は身内は誰も住んではいませんが、以前から玄関前には銘版とレリーフが据え付けられてあり、今回はその下に訪問団でリースを掲げてきました。</p>
<div id="attachment_10363" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010846.jpg"><img class="size-medium wp-image-10363" title="p1010846" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010846-375x500.jpg" alt="ワグナー・ナンドールの銘版：誕生した家の玄関で" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">ワグナー・ナンドールの銘版：誕生した家の玄関で</p></div>
<p> 　夕方は、「ワグナー・ナンドールの芸術」、「東日本大震災」について報告があり、副市長もご出席頂き、興味深い内容に集まった50名の皆さまは聴き入っていました。開催したこの場が、ワグナー・ナンドールの熱烈な支援者、あのテーケシュ・ラズロー大司教の教会です。「ティミショアラの集会」で、当時のルーマニア・チャウシェスク政権崩壊の糸口となったことで有名です。</p>
<div id="attachment_10364" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010853.jpg"><img class="size-medium wp-image-10364" title="p1010853" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/10/p1010853-500x375.jpg" alt="ちよ理事長：テーケシュ・ラズロー大司教の教会講堂でのフォーラム" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">ちよ理事長のご挨拶：教会講堂でのフォーラム</p></div>
<p>　故郷の心を歴史の中で持ち続けるマジャール人として、会場の雰囲気から強靭な「絆」の熱い思いを感じました。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>R.Kevin Stewart 氏、逝く</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10343</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10343#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 06 Oct 2011 00:31:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10343</guid>
		<description><![CDATA[　突然の訃報に呆然としています。
ボストングローブ社、死亡広告より～～～～
 STEWART, Richard K. &#8220;Kevin&#8221; 49, of Hopkinton, formerly of Salem, OR, passed away on Saturday, October 1, 2011, at the Rose Monahan Hospice House in Worcester, after a brave battle with brain cancer.
 An avid fisherman and Red Sox fan, Kevin lived in Japan for two years and maintained friendships around the world. After working for [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　突然の訃報に呆然としています。</p>
<p>ボストングローブ社、死亡広告より～～～～</p>
<p> STEWART, Richard K. &#8220;Kevin&#8221; 49, of Hopkinton, formerly of Salem, OR, passed away on Saturday, October 1, 2011, at the Rose Monahan Hospice House in Worcester, after a brave battle with brain cancer.</p>
<p> An avid fisherman and Red Sox fan, Kevin lived in Japan for two years and maintained friendships around the world. After working for many years in the import/export field, Kevin founded Health Tech Export Associates in 2004. He grew his business into a successful enterprise, connecting US and European human and veterinary health product companies with interested customers in Japan. Most importantly, Kevin was a beloved and devoted father, husband, son, brother, neighbor, and friend who touched many lives. Kevin is survived by his children, Isla, Aidan, and Carlin Stewart, and his wife, Maria (Baute) Stewart, of Hopkinton, MA, his parents, Richard and Dorothy Stewart of Escondido, CA, his sister, Paula (Stewart) Brust and her husband Kirk of Escondido, CA, and six nieces and nephews.</p>
<p> Visitation will be held on Wednesday, October 5, 2011, from 4-8 p.m. at the Chesmore Funeral Home(<a href="http://www.chesmorefuneralhome.com/">www.ChesmoreFuneralHome.com</a>) of Holliston, 854 Washington Street.</p>
<p>  A funeral service will take place on Thursday, October 6, 2011, at 10 a.m., at the First Congregational Church of Holliston, 725 Washington St. Burial will follow in Lake Grove Cemetery in Holliston. In lieu of flowers, donations may be made in memory of R. Kevin Stewart to either Caring Bridge at: www.caringbridge.org or to the National Brain Tumor Society at: <a href="http://www.braintumor.org">www.braintumor.org</a></p>
<p>Published in The Boston Globe on October&amp;nbsp;3,&amp;nbsp;2011～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</p>
<p> </p>
<p>　Kevin は、私の海外ネットワーク構築の大恩人であり、未だにこの事実を受け入れることが出来ません。</p>
<p>　10/1（土）の夜１１時頃、ケビンは最期を妻・Maria（マリア）さんに看取られながらホスピスで永眠されました。まだあまりにも若く、また奥様と12歳、10歳の双子のお子様たちを遺して逝かなければならないのは断腸の思いであったのではと、心が痛みます。マリアさんは、最期は&#8221;peaceful&#8221;であったとおっしゃっているそうです。最期の２ヶ月間ほどは、マリアさんは自宅から仕事をし、彼の看病、子供たちのことと、休む時間もなく献身的にされていて、木曜日の葬儀と弔問客への対応が終わる頃には、身も心も疲れ果てられるのではと心配しています。</p>
<p>　10日程まえに、ホスピス「Rose Monahan Hospice Home」に移られて、Kevinのホスピスのサイト（<a href="http://www.vnacarenetwork.org/services/hospice/rose">http://www.vnacarenetwork.org/services/hospice/rose</a>）から、私のアメリカの友人が下記の妻・Mariaさんの記事を見つけてくれていました。末期を迎えている彼の状況と家族の優しさが伝わってきます。つらい記事ですが、彼の回復を祈っていた矢先でした。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用　はじまり</p>
<p> Kevin apdate Hi, all:</p>
<p>Just a quick note to, once again, THANK YOU for all of the love and support<br />
you channel to us through this website.  Although Kevin was on hospice at<br />
home, the move to the hospice house was really better for him and for our<br />
family.  I think, in my head, I know this, but in my heart, the idea of him<br />
leaving our home and not coming back has been very difficult and I&#8217;ve<br />
questioned the decision so much.</p>
<p>Today, after a Kevin had a very restless night, we made the journey to the<br />
Rose Monahan hospice home in Worcester, MA.  He tolerated the ambulance ride<br />
well, and in fact, although he slept through it, he held my hand the entire<br />
trip.  I was his wife again!</p>
<p>When we got here, the people who work in this place made him comfortable and<br />
got him (and me) settled in a room with a gorgeous view of Coe&#8217;s Pond with<br />
authority, kindness, and compassion.  I have had a more peaceful day with<br />
him here than we&#8217;ve had in several weeks.  I know now that I made the right<br />
decision, and that when the kids see him here, they, too, will be at peace.</p>
<p>He is able to have visitors from 9 am - 8 pm and to receive mail, so the<br />
address is:</p>
<p>Kevin Stewart<br />
c/o Rose Monahan Hospice Home<br />
10 Judith Road<br />
Worcester, MA 01602-3213</p>
<p>If you would like to visit with Kevin, I would welcome it, as I know he<br />
would. It would probably be best to let us get through the weekend first, so<br />
that he can really get acclimated.  I would just ask that you call me first<br />
so that I can give you a sense of how he&#8217;s doing.  My cell is 0000,<br />
and I promise to try to be good about checking messages / returning calls.<br />
 He may sleep through your visit, but I know he can hear you.  If you prefer<br />
to send messages to him, know that I am reading him your CaringBridge posts.</p>
<p>I don&#8217;t typically get religious in these posts, but the love and support you<br />
have given us has been God&#8217;s grace in practice, and our family will never,<br />
ever forget it.</p>
<p>With love and thanks,</p>
<p>Maria<br />
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用　おわり</p>
<p>　葬儀には参列できませんが、少しでも私自身の気持を伝えたいと思っています。</p>
<p>　Kevin、あなたの温かい気持と優しい笑顔は一生忘れません、どうか安らかにお眠り下さい。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「無言館」、ふたたび！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10070</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10070#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 02 Oct 2011 00:49:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10070</guid>
		<description><![CDATA[　昨日・一昨日と一泊二日、ニセコ町で濃密な会議がありました。その議論はまた後日に概略掲載しようと思っていますが、そうこうしているうちに、気がつくともう10月に入っています。　
　先月は実にたくさんの催しがあり、それぞれその場では大変充実した、納得するお話の数々でした。ただ、後でゆっくり振り返る時間が足りなく、消化不良気味、少々バランスを欠いた月だったような気もします。少し遅れました、「無言館」館主の窪島誠一郎さんのご講演を紹介致します。昨年7月に札幌で講演会（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4814）があり、引き続き今年もまた聴く機会を得ました。
　今回は「『無言館』と、生命のこと～戦没画学生が伝えるもの～」と題してで、村山槐多（かいた）についてのお話も興味深かったです（http://members3.jcom.home.ne.jp/garance-club/）。戦時中の絵かきたちは、「非国民」と言われました。その絵が戦後、如何に勇気と希望を与えたか、3・11震災後数日は全く訪問者はなかったのが、4日後からは来訪者が戻り、書き残したノートに「励まされた」とひと言。何か不思議な印象を受けました、とのお話でした。
 　混乱の時期にこそ、芸術・文化の力が発揮されるとも言えるのでしょう。11月・12月には、私も呼びかけ人の一人で上映委員会（代表・國田裕子さん：eiga.mugonkan@gmail.com）主催で、下記の長編ドキュメンタリー映画「無言館：http://xin-ei.co.jp/other/seisaku.html」も上映されます。
＜上映会のご案内＞～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～
■と　き　　2011 年11 月15 日（火）　約90 分3 回上映
　　　　　　● 13：30 ～ 15：00 ● 16：00 ～ 17：30 ● 19：00 ～ 20：30
■ところ　　札幌市男女共同参画センター　ホール（札幌エルプラザ3F：http://www.danjyo.sl-plaza.jp/）
　　　　　　札幌市北区北8 条西3 丁目　電話011-728-1222( 代)
　　　　　　JR 札幌駅北口より徒歩3 分（地下歩道12 番出口より直通）
■と　き　　2011 年12 月11 日（日）・12 日（月）約90 分3 回上映
　　　　　　● 10：30 ～ 12：00 ● 13：30 ～ 15：00 ● 18：00 ～ 19：30
■ところ　　新さっぽろサンピアザ劇場：http://www.arc-city.com/sunpi-theater/
　　　　　　札幌市厚別区厚別中央2 条5 丁目7-2　電話011-890-2458
　　　　　　ＪＲ新札幌駅より徒歩約５分・地下鉄東西線新さっぽろ駅２番出口より徒歩約２分
■共通前売り券　1,000 円　■当日券　1,500 円
チケット取扱い：各関係団体・プレイガイド　大丸藤井、道新、教育文化会館、サンピアザ、デュオ
新さっぽろサンピアザ劇場
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　昨日・一昨日と一泊二日、ニセコ町で濃密な会議がありました。その議論はまた後日に概略掲載しようと思っていますが、そうこうしているうちに、気がつくともう10月に入っています。　</p>
<p>　先月は実にたくさんの催しがあり、それぞれその場では大変充実した、納得するお話の数々でした。ただ、後でゆっくり振り返る時間が足りなく、消化不良気味、少々バランスを欠いた月だったような気もします。少し遅れました、「無言館」館主の窪島誠一郎さんのご講演を紹介致します。昨年7月に札幌で講演会（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4814">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4814</a>）があり、引き続き今年もまた聴く機会を得ました。</p>
<p>　今回は<strong>「『無言館』と、生命のこと～戦没画学生が伝えるもの～</strong>」と題してで、村山槐多（かいた）についてのお話も興味深かったです（<a href="http://members3.jcom.home.ne.jp/garance-club/">http://members3.jcom.home.ne.jp/garance-club/</a>）。戦時中の絵かきたちは、「非国民」と言われました。その絵が戦後、如何に勇気と希望を与えたか、3・11震災後数日は全く訪問者はなかったのが、4日後からは来訪者が戻り、書き残したノートに「励まされた」とひと言。何か不思議な印象を受けました、とのお話でした。</p>
<div id="attachment_10071" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010742.jpg"><img class="size-medium wp-image-10071" title="p1010742" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010742-500x375.jpg" alt="窪島誠一郎さんの講演" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">窪島誠一郎さんの講演</p></div>
<p> 　混乱の時期にこそ、芸術・文化の力が発揮されるとも言えるのでしょう。11月・12月には、私も呼びかけ人の一人で上映委員会（代表・國田裕子さん：<a href="mailto:eiga.mugonkan@gmail.com">eiga.mugonkan@gmail.com</a>）主催で、下記の長編ドキュメンタリー映画「無言館：<a href="http://xin-ei.co.jp/other/seisaku.html" target="blank"><span style="color: #ff8429;">http://xin-ei.co.jp/other/seisaku.html</span></a>」も上映されます。</p>
<p>＜上映会のご案内＞～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～<br />
<strong>■と　き　　2011 年11 月15 日（火）　約90 分3 回上映<br />
</strong>　　　　　　● 13：30 ～ 15：00 ● 16：00 ～ 17：30 ● 19：00 ～ 20：30<br />
■ところ　　札幌市男女共同参画センター　ホール（札幌エルプラザ3F：<a href="http://www.danjyo.sl-plaza.jp/">http://www.danjyo.sl-plaza.jp/</a>）<br />
　　　　　　札幌市北区北8 条西3 丁目　電話011-728-1222( 代)<br />
　　　　　　JR 札幌駅北口より徒歩3 分（地下歩道12 番出口より直通）<br />
<strong>■と　き　　2011 年12 月11 日（日）・12 日（月）約90 分3 回上映<br />
</strong>　　　　　　● 10：30 ～ 12：00 ● 13：30 ～ 15：00 ● 18：00 ～ 19：30<br />
■ところ　　新さっぽろサンピアザ劇場：<a href="http://www.arc-city.com/sunpi-theater/">http://www.arc-city.com/sunpi-theater/</a><br />
　　　　　　札幌市厚別区厚別中央2 条5 丁目7-2　電話011-890-2458<br />
　　　　　　ＪＲ新札幌駅より徒歩約５分・地下鉄東西線新さっぽろ駅２番出口より徒歩約２分</p>
<p>■共通前売り券　1,000 円　■当日券　1,500 円<br />
チケット取扱い：各関係団体・プレイガイド　大丸藤井、道新、教育文化会館、サンピアザ、デュオ<br />
新さっぽろサンピアザ劇場<br />
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>映画二作品 ＆ 演劇二作品　+1</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10242</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10242#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 28 Sep 2011 23:45:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10242</guid>
		<description><![CDATA[　芸術の秋、活動の秋でしょうか、多くのイベントが屋外・室内で目白押しの9月、自分なりに忙しいのですが、映画・演劇には時間を見ては足を運ぶ日々でした。
　「黄色い星の子供たち：http://kiiroihoshi-movie.com/pc/」、「一枚のハガキ：http://www.ichimai-no-hagaki.jp/」、ともに話題作でした。「黄色い・・」は、ナチス占領下フランスの隠された事実の映画化、「フランス国民は多くのユダヤ人を匿った」とギリギリの表現でのフランスの誇り（？）、「隠された事実」の公開に、70年の歳月を必要としたということでしょうか。「一枚のハガキ」は、「新藤兼人監督の映画人生最後にして最高の傑作」と宣伝されていましたが少々がっかり（？）、何となく場面・場面が唐突な感じでした。
 
　一方、演劇でも熱演が続いています。劇団「フライングステージ：http://www.flyingstage.com/top.html」の「ハッピー・ジャーニー：http://www.flyingstage.com/happyjourney.html」、「弦巻楽団：http://tsurumaki-gakudan.com/」の「♯15ラブレス：http://tgakudan.blog98.fc2.com/blog-entry-638.html」は、面白かったです。「ハッピー・・・」は、札幌で開催された「第15回レインボーマーチさっぽろ：http://www.rainbowmarch.org/」と期を同じくしての上演でした。丁寧な作品への仕上げに好感が持てましたし、母親の青函連絡船あたりのセリフは、私も一挙に40年前に時代をさかのぼりました。
 
　もう一つ映画一本、「未来を生きる君たちへ：http://www.mirai-ikiru.jp/」は、感動しました。子供二人の表情・演技が実に素晴らしく、ストーリーが進展していくにつれての心境の変化を見事に表現していましたし、「暴力と非暴力」、「夫婦間の感情」等、様々なテーマが織りなす微妙な感情の揺れが理解出来ました。
　朝晩、すっかり気温が下がっている札幌です。真っ青な空を見ながら、今年も秋の到来を感じる昨今です。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　芸術の秋、活動の秋でしょうか、多くのイベントが屋外・室内で目白押しの9月、自分なりに忙しいのですが、映画・演劇には時間を見ては足を運ぶ日々でした。</p>
<p>　「黄色い星の子供たち：<a href="http://kiiroihoshi-movie.com/pc/">http://kiiroihoshi-movie.com/pc/</a>」、「一枚のハガキ：<a href="http://www.ichimai-no-hagaki.jp/">http://www.ichimai-no-hagaki.jp/</a>」、ともに話題作でした。「黄色い・・」は、ナチス占領下フランスの隠された事実の映画化、「フランス国民は多くのユダヤ人を匿った」とギリギリの表現でのフランスの誇り（？）、「隠された事実」の公開に、70年の歳月を必要としたということでしょうか。「一枚のハガキ」は、「新藤兼人監督の映画人生最後にして最高の傑作」と宣伝されていましたが少々がっかり（？）、何となく場面・場面が唐突な感じでした。</p>
<div id="attachment_10241" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010763.jpg"><img class="size-medium wp-image-10241" title="p1010763" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010763-500x375.jpg" alt="「黄色い星の子供たち」＆「一枚のハガキ」" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">「黄色い星の子供たち」＆「一枚のハガキ」</p></div>
<p> </p>
<p>　一方、演劇でも熱演が続いています。劇団「フライングステージ：<a href="http://www.flyingstage.com/top.html">http://www.flyingstage.com/top.html</a>」の「ハッピー・ジャーニー：<a href="http://www.flyingstage.com/happyjourney.html">http://www.flyingstage.com/happyjourney.html</a>」、「弦巻楽団：<a href="http://tsurumaki-gakudan.com/">http://tsurumaki-gakudan.com/</a>」の「♯15ラブレス：<a href="http://tgakudan.blog98.fc2.com/blog-entry-638.html">http://tgakudan.blog98.fc2.com/blog-entry-638.html</a>」は、面白かったです。「ハッピー・・・」は、札幌で開催された「第15回レインボーマーチさっぽろ：<a href="http://www.rainbowmarch.org/">http://www.rainbowmarch.org/</a>」と期を同じくしての上演でした。丁寧な作品への仕上げに好感が持てましたし、母親の青函連絡船あたりのセリフは、私も一挙に40年前に時代をさかのぼりました。</p>
<div id="attachment_10244" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010760.jpg"><img class="size-medium wp-image-10244" title="p1010760" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010760-500x375.jpg" alt="「ハッピー・ジャーニー」＆「弦巻楽団」" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">「ハッピー・ジャーニー」＆「ラブレス」</p></div>
<p> </p>
<p>　もう一つ映画一本、「未来を生きる君たちへ：<a href="http://www.mirai-ikiru.jp/">http://www.mirai-ikiru.jp/</a>」は、感動しました。子供二人の表情・演技が実に素晴らしく、ストーリーが進展していくにつれての心境の変化を見事に表現していましたし、「暴力と非暴力」、「夫婦間の感情」等、様々なテーマが織りなす微妙な感情の揺れが理解出来ました。</p>
<p>　朝晩、すっかり気温が下がっている札幌です。真っ青な空を見ながら、今年も秋の到来を感じる昨今です。</p>
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		<title>新渡戸・南原賞授賞式2011</title>
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		<pubDate>Tue, 27 Sep 2011 19:05:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　秋山財団の褒賞事業「新渡戸・南原賞：http://www.akiyama-foundation.org/nitobe/」授賞式が、今年も東京神田・学士会館（http://www.gakushikaikan.co.jp/）で開催されました。これまでこの欄に、何回かご紹介しています。
＊　http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=35
＊　http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2150
＊　http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6170
　
　今年の受賞者は、
北城恪太郎（http://www-06.ibm.com/jp/press/pressroom/ryaku_kitashiro.html）さん
三谷太一郎（http://www.japan-acad.go.jp/japanese/members/2/mitani_taichiro.html）さん、です。
　授賞式の冒頭で、新渡戸・南原基金の鴨下重彦（http://jura.jp/leuko1/disease/leuko/ldfj/article/kamosita.htm）代表がご挨拶を致しました。 
　式典後の祝賀懇親会は、100名を越す参加者で盛況でした。ご来賓のトップバッター、内閣府・公益認定等委員会（https://www.koeki-info.go.jp/pictis_portal/koeki/pictis_portal/common/portal.html）の委員長としてご活躍の池田守男（http://www.youtube.com/watch?v=CiamAus_ftQ）さんがご挨拶をされました。「民が担う新しい公共」として、秋山財団の事業を高く評価して頂きました。 
 　続いて、日本学術会議（http://www.scj.go.jp/）会長の廣渡（ひろわたり）清吾さんのご挨拶は特に印象的で、「3・11以降、科学者はこれまで市民・社会にどんな貢献をしてきたのかを、厳しく問い直す日々である」とのお言葉でした。文科系として初めての会長就任と、会場でどなたかから伺いました。
 　テレビでもお馴染みの御厨（みくりや）貴（http://www.mikuriya.rcast.u-tokyo.ac.jp/int/index.html）さんは、今回受賞された三谷太一郎先生の門下生で、学生時代に緊張して先生と向き合っていた様子をご披露されていました。
　授賞式のご来賓挨拶の中で、「新渡戸稲造先生、南原繁先生は、『教養』というのは『共感力』と理解していたのではないか」とのフレーズがありました、3・11以降に益々心に残ります。
　秋山財団として、9月14日開催の講演会・贈呈式、先日の授賞式と、二つの大きな行事が終了した今、私は少しホッとしています。特に今年は設立25年目の節目であり、これまでにこの財団活動に絶大なご支援を頂いた全ての方々に、心から御礼を申し上げたい気持でいっぱいです、ありがとうございました。
　25年間を振り返ると、年を経るごとにその価値の蓄積を実感します。「地道な継続の力」、世の中が激変しても変わらない「理念」とか「哲学」、当初から関わった者として、あらためて「高い志」を大切にしたい、そう思います。皆さま、今後とも宜しくお願い致します！！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="mceTemp">　秋山財団の褒賞事業<strong>「新渡戸・南原賞：</strong><a href="http://www.akiyama-foundation.org/nitobe/"><strong>http://www.akiyama-foundation.org/nitobe/</strong></a><strong>」授賞式</strong>が、今年も東京神田・学士会館（<a href="http://www.gakushikaikan.co.jp/">http://www.gakushikaikan.co.jp/</a>）で開催されました。これまでこの欄に、何回かご紹介しています。</div>
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<div class="mceTemp">＊　<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6170">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6170</a></div>
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<div class="mceTemp">　今年の受賞者は、</div>
<div class="mceTemp">北城恪太郎（<a href="http://www-06.ibm.com/jp/press/pressroom/ryaku_kitashiro.html">http://www-06.ibm.com/jp/press/pressroom/ryaku_kitashiro.html</a>）さん</div>
<div class="mceTemp">三谷太一郎（<a href="http://www.japan-acad.go.jp/japanese/members/2/mitani_taichiro.html">http://www.japan-acad.go.jp/japanese/members/2/mitani_taichiro.html</a>）さん、です。</div>
<div id="attachment_10293" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010789.jpg"><img class="size-medium wp-image-10293" title="p1010789" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010789-500x375.jpg" alt="三谷太一郎さん（左）と北城恪太郎さん（右）へ花束贈呈" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">三谷太一郎さん（左）と北城恪太郎さん（右）へ花束贈呈</p></div>
<p>　授賞式の冒頭で、新渡戸・南原基金の鴨下重彦（<a href="http://jura.jp/leuko1/disease/leuko/ldfj/article/kamosita.htm">http://jura.jp/leuko1/disease/leuko/ldfj/article/kamosita.htm</a>）代表がご挨拶を致しました。 </p>
<div id="attachment_10294" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010775.jpg"><img class="size-medium wp-image-10294" title="p1010775" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010775.jpg" alt="新渡戸・南原基金代表の鴨下重彦先生" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">新渡戸・南原基金代表の鴨下重彦先生</p></div>
<p>　式典後の祝賀懇親会は、100名を越す参加者で盛況でした。ご来賓のトップバッター、内閣府・公益認定等委員会（<a href="https://www.koeki-info.go.jp/pictis_portal/koeki/pictis_portal/common/portal.html">https://www.koeki-info.go.jp/pictis_portal/koeki/pictis_portal/common/portal.html</a>）の委員長としてご活躍の池田守男（<a href="http://www.youtube.com/watch?v=CiamAus_ftQ">http://www.youtube.com/watch?v=CiamAus_ftQ</a>）さんがご挨拶をされました。「民が担う新しい公共」として、秋山財団の事業を高く評価して頂きました。 </p>
<div id="attachment_10295" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010779.jpg"><img class="size-medium wp-image-10295" title="p1010779" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010779.jpg" alt="来賓祝辞：池田守男さん（資生堂相談役）" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">来賓祝辞：池田守男さん（資生堂相談役）</p></div>
<p> 　続いて、日本学術会議（<a href="http://www.scj.go.jp/">http://www.scj.go.jp/</a>）会長の廣渡（ひろわたり）清吾さんのご挨拶は特に印象的で、「3・11以降、科学者はこれまで市民・社会にどんな貢献をしてきたのかを、厳しく問い直す日々である」とのお言葉でした。文科系として初めての会長就任と、会場でどなたかから伺いました。</p>
<div id="attachment_10296" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010781.jpg"><img class="size-medium wp-image-10296" title="p1010781" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010781.jpg" alt="乾杯：広渡清吾さん（日本学術会議会長）" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">乾杯：廣渡清吾さん（日本学術会議会長）</p></div>
<p> 　テレビでもお馴染みの御厨（みくりや）貴（<a href="http://www.mikuriya.rcast.u-tokyo.ac.jp/int/index.html">http://www.mikuriya.rcast.u-tokyo.ac.jp/int/index.html</a>）さんは、今回受賞された三谷太一郎先生の門下生で、学生時代に緊張して先生と向き合っていた様子をご披露されていました。</p>
<div id="attachment_10297" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010783.jpg"><img class="size-medium wp-image-10297" title="p1010783" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010783.jpg" alt="来賓祝辞：御厨（みくりや）貴さん（東京大学教授）" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">来賓祝辞：御厨貴さん（東京大学教授）</p></div>
<p>　授賞式のご来賓挨拶の中で、「新渡戸稲造先生、南原繁先生は、『教養』というのは『共感<span>力』と理解していたのではないか」とのフレーズがありました、3・11以降に益々心に残ります。</span></p>
<p><span>　秋山財団として、9月14日開催の講演会・贈呈式、先日の授賞式と、二つの大きな行事が終了した今、私は少しホッとしています。特に今年は設立25年目の節目であり、これまでにこの財団活動に絶大なご支援を頂いた全ての方々に、心から御礼を申し上げたい気持でいっぱいです、ありがとうございました。</span></p>
<p><span>　25年間を振り返ると、年を経るごとにその価値の蓄積を実感します。「地道な継続の力」、世の中が激変しても変わらない「理念」とか「哲学」、当初から関わった者として、あらためて「高い志」を大切にしたい、そう思います。皆さま、今後とも宜しくお願い致します！！</span></p>
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		<title>“脱原発社会は可能だ”</title>
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		<pubDate>Sun, 25 Sep 2011 23:01:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[PARC（http://www.parc-jp.org/）主催のフォーラム「脱原発社会は可能だ：http://www.parc-jp.org/freeschool/event/110923.html」が開催されました。
　第一部：小出裕章さんの基調講演（http://www.ustream.tv/recorded/17446156）
　第二部：パネルディスカッション（http://www.ustream.tv/recorded/17448379）
　400名近い方々で満席の法政大学会場でした。パネラーは4名。城南信用金庫（http://www.jsbank.co.jp/profile/houshin.html）理事長の吉原毅さんは、「お金は麻薬！」とおっしゃっていました、企業経営者として勇気ある発言の数々です。纐纈（はなぶさ）あや（http://amanakuni.net/Namaenonai-shinbun/Namae158hanabusa.html）さんは、映画「祝（ほうり）の島：http://www.cinemajournal.net/special/2010/hourinoshima/」の監督です。明峯哲夫さんはもう何回もこの欄でもご紹介しています（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%98%8E%E5%B3%AF%E5%93%B2%E5%A4%AB）。小出裕章さんも3・11以降、一層有名になりました。
　原発事故後の社会は、エネルギー分野だけではなく、20世紀後半の都市と農村との関係、食の自給問題等、現代の日本社会の多くの課題を浮き彫りにしました。そして、個々人の頭をフル回転させて、時代を構想する力で切り拓いていくたくましさが必要とされています、一時の熱狂だけではなくですね。
　北海道ではこんな具体的取り組み「エネルギー・チェンジ100：HP（http://www.enechan100.com/blog/）」がスタート、多くの方の宣言も掲載されました、私の宣言はこちら（http://www.enechan100.com/blog/?p=382）。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>PARC（<a href="http://www.parc-jp.org/">http://www.parc-jp.org/</a>）主催のフォーラム「脱原発社会は可能だ：<a href="http://www.parc-jp.org/freeschool/event/110923.html">http://www.parc-jp.org/freeschool/event/110923.html</a>」が開催されました。</p>
<p>　第一部：小出裕章さんの基調講演（<a href="http://www.ustream.tv/recorded/17446156">http://www.ustream.tv/recorded/17446156</a>）</p>
<p>　第二部：パネルディスカッション（<a href="http://www.ustream.tv/recorded/17448379">http://www.ustream.tv/recorded/17448379</a>）</p>
<div id="attachment_10237" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010767.jpg"><img class="size-medium wp-image-10237" title="p1010767" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010767-375x500.jpg" alt="小出裕章先生の講演" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">第一部；小出裕章先生の講演</p></div>
<div id="attachment_10238" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010768.jpg"><img class="size-medium wp-image-10238" title="p1010768" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010768-500x375.jpg" alt="4名のパネルディスカッション" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">第二部：4名のパネルディスカッション</p></div>
<div id="attachment_10239" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010772.jpg"><img class="size-medium wp-image-10239" title="p1010772" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010772-500x375.jpg" alt="明峯哲夫さんと小出裕章さん" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">明峯哲夫さんと小出裕章さん</p></div>
<p>　400名近い方々で満席の法政大学会場でした。パネラーは4名。城南信用金庫（<a href="http://www.jsbank.co.jp/profile/houshin.html">http://www.jsbank.co.jp/profile/houshin.html</a>）理事長の吉原毅さんは、「お金は麻薬！」とおっしゃっていました、企業経営者として勇気ある発言の数々です。纐纈（はなぶさ）あや（<a href="http://amanakuni.net/Namaenonai-shinbun/Namae158hanabusa.html">http://amanakuni.net/Namaenonai-shinbun/Namae158hanabusa.html</a>）さんは、映画「祝（ほうり）の島：<a href="http://www.cinemajournal.net/special/2010/hourinoshima/">http://www.cinemajournal.net/special/2010/hourinoshima/</a>」の監督です。明峯哲夫さんはもう何回もこの欄でもご紹介しています（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%98%8E%E5%B3%AF%E5%93%B2%E5%A4%AB">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%98%8E%E5%B3%AF%E5%93%B2%E5%A4%AB</a>）。小出裕章さんも3・11以降、一層有名になりました。</p>
<p>　原発事故後の社会は、エネルギー分野だけではなく、20世紀後半の都市と農村との関係、食の自給問題等、現代の日本社会の多くの課題を浮き彫りにしました。そして、個々人の頭をフル回転させて、時代を構想する力で切り拓いていくたくましさが必要とされています、一時の熱狂だけではなくですね。</p>
<p>　北海道ではこんな具体的取り組み「エネルギー・チェンジ100：HP（<a href="http://www.enechan100.com/blog/">http://www.enechan100.com/blog/</a>）」がスタート、多くの方の宣言も掲載されました、私の宣言はこちら（<a href="http://www.enechan100.com/blog/?p=382">http://www.enechan100.com/blog/?p=382</a>）。</p>
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		<title>明峯哲夫さんの「東京日記」より</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10250</link>
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		<pubDate>Sun, 25 Sep 2011 10:47:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　明峯哲夫（http://www.yuki-hajimeru.or.jp/column_5_01.html）さんは、秋山財団の評議員としてご指導を頂いています。震災直後から、ドイツ語サイトで、貴重な日記を送信し続けました。以下、ご本人の承諾を得て、その抜粋を書き留めます。
 
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～
「東京日記」2011年3月16日 ―4月11日　　　　明峯哲夫　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
 
以下の文章は、3・11震災直後ドイツの友人から依頼され、毎日彼の下に書き送ったものである。友人は私と同世代の反原発・自給自足運動家で、小さな村の村長を務めている。私の文章は彼の翻訳により、「Das Tokio-Tagebuch (東京日記)」として彼のサイト(http://www.tacheles-regional.de/)に掲載されている。東日本大震災の一つの「記録」としてお読みいただければ幸いである。
 
3月26日号 「暗闇」
　
太陽が没する。あたりに暗闇が広がる。太古の人々にとって暗闇は当たり前だった。彼らには物が見えなくなる恐怖はなかったろう。彼らが暗闇を恐れたとしたら、それは夜行性の動物から襲われることだったろうか。人が火を発見したのは、暗闇でも物を見たいからではなく、火の力で野獣を遠ざけるためだったかもしれない。
　しかし現代人が暗闇を恐れるのは、野獣に襲われるためではむろんない。物が見えないことそのものを恐れているからだ。こうして現代人は明るさを求めて「火」を次々と進化させ、ついには「原子の火」を弄ぶまでになった。
　なんでも明瞭に見えなければ気が済まぬ現代人は、すべてのことを明晰に理解しなければ気が済まない。現代人が恐れるのは野獣ではなく、「暗愚=無知」である。こうして徹底した明晰さを求める人間は「科学」をひたすら発展させ、その科学が「原子の火」を生んだ。
　今は夜。我が町は「計画停電」のさなかにある。私は小さなろうそくの灯をたよりに、こうして文を紡いでいる。「原子の火」に依存しないくらしは「暗闇」を恐れないことを意味するはず。つまり「無知」であることを恐れないことだ。人間の眼は「暗闇」に慣れる。暗闇の中でこそ人の直感は研ぎ澄まされ、物の気配を正しく見分けることができる。とすれば人は「無知」であればこそ、実は事の真実を見抜くことができるはずではないか、などと・・・。
　おっと、電灯が点いた。思わずほっとする。私も紛れもない現代人である。
 
 
4月2日号「消えない火」
 
　用事があり、東京湾岸を電車で千葉まで行ってきた。湾岸は高い煙突が林立する石油化学コンビナートが何十キロと続いている。東電の火力発電所も5基ここにある。幸い東京湾岸は津波の被害はなかった。しかし地震直後この一角にある石油製油所で配管から漏れ出した天然ガス(ブタン)が引火、ガスタンクが次々と爆発炎上した。一時は上空８００メートルまで炎が上がり、一帯は真黒な煙に包まれたという。火災は延々と続き、ガスが燃え尽きた１０日後にようやく鎮火した。電車の車窓から遠くに見たコンビナートは、今は平静を保っているようだ。
　3月３０日、東電会長は地震後初めての記者会見で、福島第一原発1~４号基は廃炉にすると述べた。冷却機能が回復した5、6号基については言明しなかったが、政府のスポークスマンはこれらも廃炉にすべきとの見解を示している。
　廃炉にするには、まず稼働中の原子炉を冷温停止状態にしなければならない。冷却装置が動けばこれは1、2日で完了するというが、現在もなお冷却装置は動いていない。冷温停止した核燃料を安定させるには、さらに3、4年冷却プールで冷やし続けなければならない。さらに施設や原子炉を解体しそこを完全な更地にするには20年、30年の歳月が必要という。しかしそれでもどこかに移され保管される使用済み核燃料は、さらに長期間放射線を放出し続ける。プルトニウムの半減期は2万4000年、ウランは16万2000年。
　化石燃料の火は燃え尽きれば、鎮火する。しかし原子の火は半永久的に消えることがないのである。
 
 
4月10日号「希望」
 
　あの日。
火の見櫓(やぐら)で半鐘(はんしょう)を鳴らし続けながら、津波に呑みこまれた消防団の男性。「逃げて!」と防災無線放送で住民たちに叫びながら、濁流に姿を消した町役場の若い女性職員・・・。
そしてそれから続く日々の中。
町の再生は原発の復旧からと、避難先から危険な現場に戻ってきた若い原発労働者。人々から日用品を途切れさせまいと、店を守り続ける自主避難地区の店主。従業員たちの給料を支払おうと、金策に走り回る被災した小さな工場の経営者。原発から近い町で、診療を続ける医師と看護師。避難場所でゴミの分別を呼び掛ける男性。村に留まり、牛の世話に余念のない避難区域の農民。自らも被災し、家族を失いながらも不眠不休で奔走する役場の職員。救援にやってきた若いアメリカの兵士に、何度も頭を下げながら手にした一枚の米菓を差し出す老婆。そしていつ終わるとも分からぬ仮の生活に、取り乱すことなく耐える無数の被災者たち・・・。　
被害の全容が未だ杳(よう)として不明のこの大災害。しかし勤勉で、責任感が強く、礼儀正しく、律義(りちぎ)、こうした人々が健在である限り、この国には確かな希望がある。
明日で被災1か月。
それでもまた明日、種をまこう。
 
 
4月11日号　「天国はいらない、故郷を与えよ」
 
　「種(たね)を蒔くな、収穫するな、食べるな、出荷するな、・・・そこに住むな」。これらは「故郷」に生きる人々への「国家」による迫害である。「国家」の武器は「数値」だ。大気、土、水、海、農産物、魚介類、飲用水などなどの汚染・・・。○○シーベルト、××ベクレムという数値が踊る度に、「故郷」に生きる人々は惑い、追いつめられていく。「原発」はこうして「故郷」を破壊した。科学の粋を集め、権力の限りを尽くしその「原発」を作ったのは、他ならぬ「国家」だ。
　首都・東京。光溢れるこの都は人々を魅了する「天国」か。「天国」は「原発」により支えられている。「原発」の喪失は「天国」から光を奪った。今「天国」は深い闇の中に沈む。
「故郷」を追われた人々はどこへ向かうのか。「天国」を失った人々はどこへ彷徨(さまよ)い出るのか。人々の安住の地はいずこか。
 
「天国はいらない、故郷を与えよ」(セルゲイ・エセーニン)
 
(「東京日記」はひとまず本号をもって、ページを閉じます。お読みいただいた方々、そして私に執筆の機会を与え、翻訳の労を惜しまなかったRichard　Pestemer君に、あらためて感謝を捧げます。またの機会に。)
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]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">　明峯哲夫（<a href="http://www.yuki-hajimeru.or.jp/column_5_01.html">http://www.yuki-hajimeru.or.jp/column_5_01.html</a>）さんは、秋山財団の評議員としてご指導を頂いています。震災直後から、ドイツ語サイトで、貴重な日記を送信し続けました。以下、ご本人の承諾を得て、その抜粋を書き留めます。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">「東京日記」</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">2011</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">年</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">3</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">月</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">16</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">日</span><span style="font-family: Century;"> </span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">―</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">4</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">月</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">11</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">日　　　　明峯哲夫　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century; font-size: small;"> </span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">以下の文章は、</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">3</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">・</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">11</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">震災直後ドイツの友人から依頼され、毎日彼の下に書き送ったものである。友人は私と同世代の反原発・自給自足運動家で、小さな村の村長を務めている。私の文章は彼の翻訳により、「</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">Das Tokio-Tagebuch (</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">東京日記</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">)</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">」として彼のサイト</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">(</span><a href="http://www.tacheles-regional.de/"><span style="font-family: Century;">http://www.tacheles-regional.de/</span></a><span style="font-family: Century;">)</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">に掲載されている。東日本大震災の一つの「記録」としてお読みいただければ幸いである。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-size: small;"><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">3</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">月</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">26</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">日号</span><span style="font-family: Century;"> </span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">「暗闇」</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;"><span style="font-size: small;">　</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;"><span style="font-size: small;">太陽が没する。あたりに暗闇が広がる。太古の人々にとって暗闇は当たり前だった。彼らには物が見えなくなる恐怖はなかったろう。彼らが暗闇を恐れたとしたら、それは夜行性の動物から襲われることだったろうか。人が火を発見したのは、暗闇でも物を見たいからではなく、火の力で野獣を遠ざけるためだったかもしれない。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;"><span style="font-size: small;">　しかし現代人が暗闇を恐れるのは、野獣に襲われるためではむろんない。物が見えないことそのものを恐れているからだ。こうして現代人は明るさを求めて「火」を次々と進化させ、ついには「原子の火」を弄ぶまでになった。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">　なんでも明瞭に見えなければ気が済まぬ現代人は、すべてのことを明晰に理解しなければ気が済まない。現代人が恐れるのは野獣ではなく、「暗愚</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">=</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">無知」である。こうして徹底した明晰さを求める人間は「科学」をひたすら発展させ、その科学が「原子の火」を生んだ。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;"><span style="font-size: small;">　今は夜。我が町は「計画停電」のさなかにある。私は小さなろうそくの灯をたよりに、こうして文を紡いでいる。「原子の火」に依存しないくらしは「暗闇」を恐れないことを意味するはず。つまり「無知」であることを恐れないことだ。人間の眼は「暗闇」に慣れる。暗闇の中でこそ人の直感は研ぎ澄まされ、物の気配を正しく見分けることができる。とすれば人は「無知」であればこそ、実は事の真実を見抜くことができるはずではないか、などと・・・。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;"><span style="font-size: small;">　おっと、電灯が点いた。思わずほっとする。私も紛れもない現代人である。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-size: small;"><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">4</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">月</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">2</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">日号「消えない火」</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century; font-size: small;"> </span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">　用事があり、東京湾岸を電車で千葉まで行ってきた。湾岸は高い煙突が林立する石油化学コンビナートが何十キロと続いている。東電の火力発電所も</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">5</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">基ここにある。幸い東京湾岸は津波の被害はなかった。しかし地震直後この一角にある石油製油所で配管から漏れ出した天然ガス</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">(</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">ブタン</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">)</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">が引火、ガスタンクが次々と爆発炎上した。一時は上空８００メートルまで炎が上がり、一帯は真黒な煙に包まれたという。火災は延々と続き、ガスが燃え尽きた１０日後にようやく鎮火した。電車の車窓から遠くに見たコンビナートは、今は平静を保っているようだ。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">　</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">3</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">月３０日、東電会長は地震後初めての記者会見で、福島第一原発</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">1~</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">４号基は廃炉にすると述べた。冷却機能が回復した</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">5</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">、</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">6</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">号基については言明しなかったが、政府のスポークスマンはこれらも廃炉にすべきとの見解を示している。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">　廃炉にするには、まず稼働中の原子炉を冷温停止状態にしなければならない。冷却装置が動けばこれは</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">1</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">、</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">2</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">日で完了するというが、現在もなお冷却装置は動いていない。冷温停止した核燃料を安定させるには、さらに</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">3</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">、</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">4</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">年冷却プールで冷やし続けなければならない。さらに施設や原子炉を解体しそこを完全な更地にするには</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">20</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">年、</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">30</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">年の歳月が必要という。しかしそれでもどこかに移され保管される使用済み核燃料は、さらに長期間放射線を放出し続ける。プルトニウムの半減期は</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">2</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">万</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">4000</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">年、ウランは</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">16</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">万</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">2000</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">年。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;"><span style="font-size: small;">　化石燃料の火は燃え尽きれば、鎮火する。しかし原子の火は半永久的に消えることがないのである。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-size: small;"><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">4</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">月</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">10</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">日号「希望」</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century; font-size: small;"> </span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;"><span style="font-size: small;">　あの日。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">火の見櫓</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">(</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">やぐら</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">)</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">で半鐘</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">(</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">はんしょう</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">)</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">を鳴らし続けながら、津波に呑みこまれた消防団の男性。「逃げて</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">!</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">」と防災無線放送で住民たちに叫びながら、濁流に姿を消した町役場の若い女性職員・・・。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;"><span style="font-size: small;">そしてそれから続く日々の中。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;"><span style="font-size: small;">町の再生は原発の復旧からと、避難先から危険な現場に戻ってきた若い原発労働者。人々から日用品を途切れさせまいと、店を守り続ける自主避難地区の店主。従業員たちの給料を支払おうと、金策に走り回る被災した小さな工場の経営者。原発から近い町で、診療を続ける医師と看護師。避難場所でゴミの分別を呼び掛ける男性。村に留まり、牛の世話に余念のない避難区域の農民。自らも被災し、家族を失いながらも不眠不休で奔走する役場の職員。救援にやってきた若いアメリカの兵士に、何度も頭を下げながら手にした一枚の米菓を差し出す老婆。そしていつ終わるとも分からぬ仮の生活に、取り乱すことなく耐える無数の被災者たち・・・。　</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">被害の全容が未だ杳</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">(</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">よう</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">)</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">として不明のこの大災害。しかし勤勉で、責任感が強く、礼儀正しく、律義</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">(</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">りちぎ</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">)</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">、こうした人々が健在である限り、この国には確かな希望がある。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">明日で被災</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">1</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">か月。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;"><span style="font-size: small;">それでもまた明日、種をまこう。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century; font-size: small;"> </span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-size: small;"><span style="mso-bidi-font-size: 10.5pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">4</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin; mso-bidi-font-size: 10.5pt;">月</span><span style="mso-bidi-font-size: 10.5pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">11</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin; mso-bidi-font-size: 10.5pt;">日号　「天国はいらない、故郷を与えよ」</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century; font-size: small;"> </span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">　「種</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">(</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">たね</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">)</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">を蒔くな、収穫するな、食べるな、出荷するな、・・・そこに住むな」。これらは「故郷」に生きる人々への「国家」による迫害である。「国家」の武器は「数値」だ。大気、土、水、海、農産物、魚介類、飲用水などなどの汚染・・・。○○シーベルト、××ベクレムという数値が踊る度に、「故郷」に生きる人々は惑い、追いつめられていく。「原発」はこうして「故郷」を破壊した。科学の粋を集め、権力の限りを尽くしその「原発」を作ったのは、他ならぬ「国家」だ。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;"><span style="font-size: small;">　首都・東京。光溢れるこの都は人々を魅了する「天国」か。「天国」は「原発」により支えられている。「原発」の喪失は「天国」から光を奪った。今「天国」は深い闇の中に沈む。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">「故郷」を追われた人々はどこへ向かうのか。「天国」を失った人々はどこへ彷徨</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">(</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">さまよ</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">)</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">い出るのか。人々の安住の地はいずこか。</span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century; font-size: small;"> </span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-size: small;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">「天国はいらない、故郷を与えよ」</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">(</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">セルゲイ・エセーニン</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">)</span></span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century; font-size: small;"> </span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-size: small;"><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">(</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">「東京日記」はひとまず本号をもって、ページを閉じます。お読みいただいた方々、そして私に執筆の機会を与え、翻訳の労を惜しまなかった</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">Richard</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">　</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">Pestemer</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin;">君に、あらためて感謝を捧げます。またの機会に。</span><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">)</span></span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"> ～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</p>
]]></content:encoded>
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		<title>福祉フォーラム、「共に生きる」</title>
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		<pubDate>Sat, 24 Sep 2011 07:13:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　社会福祉法人ノマド福祉会（http://www.nomad-haru.com/）、社会福祉法人はるにれの里（http://www.harunire.or.jp/）が中心となっての実行委員会主催、福祉フォーラム「共に生きる～地域と共にある福祉をめざして～：http://www.haot.jp/wp/wp-content/uploads/2011/08/f92b1250a4748357d0b8b612713d4ff01.pdf」が、満席の聴衆で大盛況でした。
　第一部の基調講演は、内閣官房社会福祉改革担当室長の中村秀一さんが、「社会保障制度の将来ビジョンを考える～介護・医療・年金・障害者福祉は～」と題してお話をされました。
　第二部のシンポジウムは、「地域と共にある福祉とは　～福祉の実践を通してめざすもの～」のテーマで、素晴らしい実践報告が3名のパネラーからなされました。
1．精神保健福祉分野：向谷地　生良　さん（北海道医療大学教授　社会福祉法人べてるの家：http://urakawa-bethel.or.jp/　理事）
2．自閉症＆知的障がい者福祉分野：木村　昭一　さん（社会福祉法人はるにれの里　統括施設長）
3．高齢者福祉分野：油谷　香織　さん（社会福祉法人　ノマド福祉会　統括施設長）


　縦割り行政からの視座ではなく、地域から「共に生きる」福祉を考えると、三つのの概念はほぼ同じであることに気づきます。すなわち、「当事者」が主役であり、福祉研究も「当事者研究」をベースにまちづくりを推進すること、今、「きずな社会」があらためて求められていること、3・11以降の被災者支援「絆社会」の再評価こそ、長い間障がい者が求め続けてきたものであること等です。
　「やり過ぎない支援」、「世代間交流の意義」、「世界的流れ、心の病は薬物依存から自己治療へ」、「生きづらさの共有」等、「当事者研究」のキーワードが満載でした。
　「総合的な福祉」、「地域と共に生きる福祉」をテーマに、定期的な全国大会開催に向けて、また一歩進んでいくエネルギーも披露されました、新しい時代が確かに始まっています。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　社会福祉法人ノマド福祉会（<a href="http://www.nomad-haru.com/">http://www.nomad-haru.com/</a>）、社会福祉法人はるにれの里（<a href="http://www.harunire.or.jp/">http://www.harunire.or.jp/</a>）が中心となっての実行委員会主催、<strong>福祉フォーラム「共に生きる～地域と共にある福祉をめざして～：<a href="http://www.haot.jp/wp/wp-content/uploads/2011/08/f92b1250a4748357d0b8b612713d4ff01.pdf">http://www.haot.jp/wp/wp-content/uploads/2011/08/f92b1250a4748357d0b8b612713d4ff01.pdf</a>」</strong>が、満席の聴衆で大盛況でした。</p>
<div id="attachment_10061" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010723.jpg"><img class="size-medium wp-image-10061" title="p1010723" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010723.jpg" alt="福祉フォーラム" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">福祉フォーラム「共に生きる」</p></div>
<p>　第一部の基調講演は、内閣官房社会福祉改革担当室長の中村秀一さんが、「<strong>社会保障制度の将来ビジョンを考える～介護・医療・年金・障害者福祉は～</strong>」と題してお話をされました。</p>
<p>　第二部のシンポジウムは、「<strong>地域と共にある福祉とは　～福祉の実践を通してめざすもの～</strong>」のテーマで、素晴らしい実践報告が3名のパネラーからなされました。</p>
<p>1．<strong>精神保健福祉分野：</strong>向谷地　生良　さん（北海道医療大学教授　社会福祉法人べてるの家：<a href="http://urakawa-bethel.or.jp/">http://urakawa-bethel.or.jp/</a>　理事）</p>
<p>2．<strong>自閉症＆知的障がい者福祉分野：</strong>木村　昭一　さん（社会福祉法人はるにれの里　統括施設長）</p>
<p>3．<strong>高齢者福祉分野：</strong>油谷　香織　さん（社会福祉法人　ノマド福祉会　統括施設長）</p>
<div class="mceTemp">
<div id="attachment_10063" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010736.jpg"><img class="size-medium wp-image-10063" title="p1010736" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010736-500x375.jpg" alt="現場からの報告＆意見交換会" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">現場からの報告＆意見交換会</p></div>
</div>
<p>　縦割り行政からの視座ではなく、地域から「共に生きる」福祉を考えると、三つのの概念はほぼ同じであることに気づきます。すなわち、「当事者」が主役であり、福祉研究も「当事者研究」をベースにまちづくりを推進すること、今、「きずな社会」があらためて求められていること、3・11以降の被災者支援「絆社会」の再評価こそ、長い間障がい者が求め続けてきたものであること等です。</p>
<p>　「やり過ぎない支援」、「世代間交流の意義」、「世界的流れ、心の病は薬物依存から自己治療へ」、「生きづらさの共有」等、「当事者研究」のキーワードが満載でした。</p>
<p>　「総合的な福祉」、「地域と共に生きる福祉」をテーマに、定期的な全国大会開催に向けて、また一歩進んでいくエネルギーも披露されました、新しい時代が確かに始まっています。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>北の映像ミュージアム、ほか</title>
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		<pubDate>Wed, 21 Sep 2011 00:26:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　「多彩なイベント」とつい先日書きましたが（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9906）、今年100周年を迎える大通公園（http://www.city.sapporo.jp/ryokuka/top/odori100/index.html）及び周辺では、まだまだ続いています。
　私も一会員のNPO法人「北の映像ミュージアム：http://kitanoeizou.net/modules/official/index.php/main/top.html」の常設展示場が先日オープンしました。（株）セイコーマート（http://www.seicomart.co.jp/company/index.html）は、道内1000店舗開店の記念事業として、このプロジェクトに2000万円の協賛とのことでした、グッド・センスですね。
　テープカットされたお一人に、社長の丸谷智保さんもご出席でした。彼は、30年程前、北海道拓殖銀行光星支店にいらっしゃって、当時私が（株）秋山愛生舘の経理部長だった時の担当者でした、素晴らしく優秀でしたね。何回か一緒に食事をしたりして、十勝の池田町町長だったお父様が、「十勝ワイン：http://www.tokachi-wine.com/」を育てあげた過程をお伺いしたりしました。その後、ニューヨーク支店勤務の時は、9・11で崩壊したあの「ワールドトレードセンター」の高層レストランで、当時の確か後藤支店長と3人でお食事をご馳走になったのを覚えています。その他、たくさんの想い出も尽きません。彼の誠実な人柄、堂々たるビジネススタイル、久しぶりにお会いしても全く変わっていなくて、嬉しかったです。頑張って下さい、丸谷社長！
　「さっぽろ芸文館」一階でのテープカットに続き、中央区南2条西5丁目で、映画「大地の侍：http://www.touhoku.com/0a-02-iwadeyama.htm」、「喜びも悲しみも幾歳月：http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD8380/」が上映されました。満席の映画館、前から5番目席で観るのも久しぶりでしたね。 「大地の侍」では、大友柳太朗、高千穂ひづる、杉村春子、宮口精二ほか、「喜びも悲しみも幾歳月」では、佐田啓二、高峰秀子、懐かしくもあり風格に感動したり、思いは様々でした。
　一方大通公園では、「さっぽろオータムフェスト2011：http://www.sapporo-autumnfest.jp/」は、10月2日まで開催中。朝早くからたくさんのお客さんで賑わっていました！
　映画「大地の侍」を観ていて、何か3・11以降の福島県の皆さんと重なって、大地の意味する「重さ」を痛感しました。「面積」としてだけの土地ではなく、「文化」、「誇り」として、生きる「拠りどころ」としての心の支えが、「大地」なのでしょうね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「多彩なイベント」とつい先日書きましたが（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9906">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9906</a>）、今年100周年を迎える大通公園（<a href="http://www.city.sapporo.jp/ryokuka/top/odori100/index.html">http://www.city.sapporo.jp/ryokuka/top/odori100/index.html</a>）及び周辺では、まだまだ続いています。</p>
<p>　私も一会員の<strong>NPO法人「北の映像ミュージアム：</strong><a href="http://kitanoeizou.net/modules/official/index.php/main/top.html"><strong>http://kitanoeizou.net/modules/official/index.php/main/top.html</strong></a>」の常設展示場が先日オープンしました。（株）セイコーマート（<a href="http://www.seicomart.co.jp/company/index.html">http://www.seicomart.co.jp/company/index.html</a>）は、道内1000店舗開店の記念事業として、このプロジェクトに2000万円の協賛とのことでした、グッド・センスですね。</p>
<div id="attachment_10148" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010749.jpg"><img class="size-medium wp-image-10148" title="p1010749" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010749.jpg" alt="「北の映像ミュージアム」、テープカット" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">「北の映像ミュージアム」、テープカット</p></div>
<p>　テープカットされたお一人に、社長の丸谷智保さんもご出席でした。彼は、30年程前、北海道拓殖銀行光星支店にいらっしゃって、当時私が（株）秋山愛生舘の経理部長だった時の担当者でした、素晴らしく優秀でしたね。何回か一緒に食事をしたりして、十勝の池田町町長だったお父様が、「十勝ワイン：<a href="http://www.tokachi-wine.com/">http://www.tokachi-wine.com/</a>」を育てあげた過程をお伺いしたりしました。その後、ニューヨーク支店勤務の時は、9・11で崩壊したあの「ワールドトレードセンター」の高層レストランで、当時の確か後藤支店長と3人でお食事をご馳走になったのを覚えています。その他、たくさんの想い出も尽きません。彼の誠実な人柄、堂々たるビジネススタイル、久しぶりにお会いしても全く変わっていなくて、嬉しかったです。頑張って下さい、丸谷社長！</p>
<p>　「さっぽろ芸文館」一階でのテープカットに続き、中央区南2条西5丁目で、映画「大地の侍：<a href="http://www.touhoku.com/0a-02-iwadeyama.htm">http://www.touhoku.com/0a-02-iwadeyama.htm</a>」、「喜びも悲しみも幾歳月：<a href="http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD8380/">http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD8380/</a>」が上映されました。満席の映画館、前から5番目席で観るのも久しぶりでしたね。 「大地の侍」では、大友柳太朗、高千穂ひづる、杉村春子、宮口精二ほか、「喜びも悲しみも幾歳月」では、佐田啓二、高峰秀子、懐かしくもあり風格に感動したり、思いは様々でした。</p>
<p>　一方大通公園では、「さっぽろオータムフェスト2011：<a href="http://www.sapporo-autumnfest.jp/">http://www.sapporo-autumnfest.jp/</a>」は、10月2日まで開催中。朝早くからたくさんのお客さんで賑わっていました！</p>
<div id="attachment_10149" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010752.jpg"><img class="size-medium wp-image-10149" title="p1010752" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010752.jpg" alt="さっぽろオータムフェスト2011" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">さっぽろオータムフェスト2011</p></div>
<div id="attachment_10150" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010751.jpg"><img class="size-medium wp-image-10150" title="p1010751" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010751.jpg" alt="朝から大変な賑わいです！" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">朝から大変な賑わいです！</p></div>
<p>　映画「大地の侍」を観ていて、何か3・11以降の福島県の皆さんと重なって、大地の意味する「重さ」を痛感しました。「面積」としてだけの土地ではなく、「文化」、「誇り」として、生きる「拠りどころ」としての心の支えが、「大地」なのでしょうね。</p>
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		<title>「さよなら原発集会」、過去最大規模</title>
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		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10194#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 20 Sep 2011 23:37:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　「http://www.youtube.com/watch?v=k5Q5cRWpQaU」
　「民の力」を、なめちゃいけませんよ！
　何もコメントする必要はありません、これだけの人が集まった事実、それを報道しない全国紙・マスメディア、その事実、しっかり両目を大きく開けて見つめなければなりません。海外の報道はこちらに一覧です（http://togetter.com/li/190288）。
　動画の36分30秒過ぎからの「福島ハイロアクション」武藤類子さんのアピールは心に沁み入ります。
　「明治公園に6万人」、反射的に思い出しました、1969年6月15日の集会を。
 札幌の会社では、こんな垂れ幕も現れました、3・11以降、確かに時代は変わってきています。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><em>　「</em><a href="http://www.youtube.com/watch?v=k5Q5cRWpQaU"><strong><em>http://www.youtube.com/watch?v=k5Q5cRWpQaU</em></strong></a><em>」</em></p>
<p>　<strong>「民の力」を、なめちゃいけませんよ！</strong></p>
<p><strong>　</strong>何もコメントする必要はありません、これだけの人が集まった事実、それを報道しない全国紙・マスメディア、その事実、しっかり両目を大きく開けて見つめなければなりません。海外の報道はこちらに一覧です（<a href="http://togetter.com/li/190288">http://togetter.com/li/190288</a>）。</p>
<p>　<strong>動画の36分30秒過ぎからの「福島ハイロアクション」武藤類子さんのアピールは心に沁み入ります</strong>。</p>
<p>　「明治公園に6万人」、反射的に思い出しました、1969年6月15日の集会を。</p>
<p> 札幌の会社では、こんな垂れ幕も現れました、3・11以降、確かに時代は変わってきています。</p>
<div id="attachment_10214" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/dscn6279.jpg"><img class="size-medium wp-image-10214" title="dscn6279" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/dscn6279-375x500.jpg" alt="企業も意志を明確にし始めました" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">企業も意志を明確にし始めました</p></div>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>秋山財団、＜25周年記念＞</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10144</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10144#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 18 Sep 2011 23:33:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10144</guid>
		<description><![CDATA[　「公益財団法人 秋山記念生命科学振興財団（http://www.akiyama-foundation.org/）＜25周年記念＞講演会・贈呈式」が先日開催されました。毎年9月に行われていますが、今年は設立25周年記念の節目となりました。当日、私自身は写真をとる暇がなく、リアルな現場の模様をお伝えできないのが残念ですが、後日HPにアップ出来ると思いますので、そちらでご覧いただけると嬉しいです。
　テレビ・ラジオ・新聞でもお馴染みの北海道出身・寺島実郎（http://terashima-bunko.com/）さんの講演会には、約300人の聴衆が参加し、熱心に聞き入っていました。
　最近の寺島実郎さんは、2011年5月10日に親鸞聖人750回忌講演会で「今を生きる親鸞」の題でご講演、ご存知のように、親鸞は浄土真宗の開祖であり、50年前の700回忌の講演会演者が鈴木大拙（禅文化・仏教学者：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E9%88%B4%E6%9C%A8%E5%A4%A7%E6%8B%99）で、寺島氏は現在、鈴木大拙の鎌倉・松ヶ岡文庫（http://matsugaoka-bunko.com/ja/index.html）の理事も務めていて、不思議なご縁を感じます。
　またそれに先立つ2007年8月4日には、90年の節目の高野山大学（http://www.koyasan-u.ac.jp/）夏季講座、で、「現代に生きる空海――経済人の視点から学ぶべきこと」と題してご講演、これまでにこの場では、新渡戸稲造、司馬遼太郎等の方々もお話をされています。
　さらに、直近で発売された月刊誌「世界：http://www.iwanami.co.jp/sekai/」10月号では、連載「脳力のレッスン」で、自らこの10年のご自分の発言を検証・総括されています。 
　その後に、受賞者、来賓、財団関係者が出席して、贈呈式が行われました（http://www.akiyama-foundation.org/what/index.php?year=2011&#38;mon=06&#38;day=30#36）。
　冒頭の私の挨拶で、財団の現況をお越し頂いたみなさんにご報告しました～～～～～以下、引用です。

1つ目は、一昨年12月から、「公益財団法人」という法人格として、順調に活動を始めており、つい先日は北海道庁担当者による最初の監査も終了しました。「民が担う新しい公共」として、確実に財政基盤を固めつつ、なお一層3・11以降の北海道の将来に向けて貢献する決意を新たにしています。
 
2つ目は冒頭にも申し上げましたが、今年、秋山財団設立25周年を迎えるにあたり、昨年度から「記念事業」を推進しています。昨年の片桐一男先生の記念講演会はその第一弾であり、この財団の原点であります「『愛生舘事業』の志」を再度確認する意図で開催致しました。今年は、それをまとめた「ブックレット」の発刊、資料・書籍の収集・調査研究の継続、そして今年7月には片桐先生による5日間連続の「古文書講座」を開催して、広く本州からも含めて多くの市民のご参加を頂きました。
 
3つ目は「コラボレーション」、「ネットワーク」の視座、拡がりへの期待です。いわゆる研究分野での「アウトリーチ活動」であり、市民活動分野での「コラボレーション」です。たとえば、昨年財団賞を受賞された上田宏先生は、今年の札幌でご自身が主宰する国際学会で「市民講座」を開催されました。市民活動助成では、当財団と前田一歩園財団さんとの共同で報告会を開催し、その模様をustreamでライブ・録画配信して多くの方々と共有しました。また、研究助成の募集要項には、「アウトリーチ活動」の要望を書き込みました。これから益々、ソーシャルメディア等も駆使した研究者と一般市民とのコラボレーションが、成熟した市民社会の醸成に寄与すると信じています。http://www.akiyama-foundation.org/what/index.php?year=2011&#38;mon=07&#38;day=01#37
 
4つ目は、今検討中のものですが、財団と助成受領者・団体との「パートナーシップの形成」です。今年度中に、「秋山財団の未来像2011」を策定し、助成受領者には論文掲載等の機会提供支援、受領団体とは密接な活動報告とアドバイス等、インターネットのホームページも駆使して、共に進化していく財団でありたいと思っています。
 
以上ご報告しました様に、当財団は一歩一歩ではありますが、皆さま方の率直なご意見・ご提言に耳を傾け、25周年を節目として、財団の初心である「生命科学（いのち）の視座」を忘れることなく、着実に前進して参りたいと思っています。

　贈呈式後の懇親会にも多数ご参加を頂き、多くの交流が図られたようで良かったです。年に一度の財団としてのメインイベントが大盛況で終了し、また来年からワンランク上のステージで少しでもお役に立ちたいと気持を新たに致しました。
　なお、「新渡戸・南原賞：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=35」の受賞式は、9月26日に東京神田・学士会館で開催予定です。昨年の様子はこの欄にも書き留めました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6170）。東京でも新たな出会いがあることを楽しみにしています。
　これまで秋山財団を応援して頂いた皆さまに、心から御礼申し上げます。今後とも宜しくご指導をお願い致します。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「<strong>公益財団法人 秋山記念生命科学振興財団（</strong><a href="http://www.akiyama-foundation.org/"><strong>http://www.akiyama-foundation.org/</strong></a><strong>）＜25周年記念＞講演会・贈呈式</strong>」が先日開催されました。毎年9月に行われていますが、今年は設立25周年記念の節目となりました。当日、私自身は写真をとる暇がなく、リアルな現場の模様をお伝えできないのが残念ですが、後日HPにアップ出来ると思いますので、そちらでご覧いただけると嬉しいです。</p>
<p>　テレビ・ラジオ・新聞でもお馴染みの北海道出身・寺島実郎（<a href="http://terashima-bunko.com/">http://terashima-bunko.com/</a>）さんの講演会には、約300人の聴衆が参加し、熱心に聞き入っていました。</p>
<p>　最近の寺島実郎さんは、2011年5月10日に親鸞聖人750回忌講演会で「今を生きる親鸞」の題でご講演、ご存知のように、親鸞は浄土真宗の開祖であり、50年前の700回忌の講演会演者が鈴木大拙（禅文化・仏教学者：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E9%88%B4%E6%9C%A8%E5%A4%A7%E6%8B%99">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E9%88%B4%E6%9C%A8%E5%A4%A7%E6%8B%99</a>）で、寺島氏は現在、鈴木大拙の鎌倉・松ヶ岡文庫（<a href="http://matsugaoka-bunko.com/ja/index.html">http://matsugaoka-bunko.com/ja/index.html</a>）の理事も務めていて、不思議なご縁を感じます。</p>
<p>　またそれに先立つ2007年8月4日には、90年の節目の高野山大学（<a href="http://www.koyasan-u.ac.jp/">http://www.koyasan-u.ac.jp/</a>）夏季講座、で、「現代に生きる空海――経済人の視点から学ぶべきこと」と題してご講演、これまでにこの場では、新渡戸稲造、司馬遼太郎等の方々もお話をされています。</p>
<p>　さらに、直近で発売された月刊誌「世界：<a href="http://www.iwanami.co.jp/sekai/">http://www.iwanami.co.jp/sekai/</a>」10月号では、連載「脳力のレッスン」で、自らこの10年のご自分の発言を検証・総括されています。<span style="font-size: 12pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;"> </span></span></p>
<div id="attachment_10157" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010757.jpg"><img class="size-medium wp-image-10157" title="p1010757" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010757-375x500.jpg" alt="講演会パンフ：今年は25周年記念として演者に寺島実郎氏" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">講演会パンフ：今年は25周年記念として演者に寺島実郎氏</p></div>
<p>　その後に、受賞者、来賓、財団関係者が出席して、贈呈式が行われました（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/what/index.php?year=2011&amp;mon=06&amp;day=30#36">http://www.akiyama-foundation.org/what/index.php?year=2011&amp;mon=06&amp;day=30#36</a>）。</p>
<div id="attachment_10158" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010758.jpg"><img class="size-medium wp-image-10158" title="p1010758" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010758-375x500.jpg" alt="来賓として北大・佐伯総長、財団賞受賞者・浅香正博先生" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">来賓として北大・佐伯浩総長、財団賞受賞者・浅香正博先生</p></div>
<p>　冒頭の私の挨拶で、財団の現況をお越し頂いたみなさんにご報告しました～～～～～以下、引用です。</p>
<div style="border-bottom: windowtext 1pt solid; border-left: medium none; padding-bottom: 1pt; padding-left: 0mm; padding-right: 0mm; border-top: medium none; border-right: medium none; padding-top: 0mm; mso-element: para-border-div; mso-border-bottom-alt: solid windowtext .75pt;">
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.8pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-border-bottom-alt: solid windowtext .75pt; mso-padding-alt: 0mm 0mm 1.0pt 0mm; padding: 0mm;"><span style="font-size: 9pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">1</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">つ目は、一昨年</span><span style="font-size: 9pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">12</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">月から、「<strong style="mso-bidi-font-weight: normal;">公益財団法人</strong>」という法人格として、順調に活動を始めており、つい先日は北海道庁担当者による最初の監査も終了しました。「民が担う新しい公共」として、確実に財政基盤を固めつつ、なお一層</span><span style="font-size: 9pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">3</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">・</span><span style="font-size: 9pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">11</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">以降の北海道の将来に向けて貢献する決意を新たにしています。</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.8pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-border-bottom-alt: solid windowtext .75pt; mso-padding-alt: 0mm 0mm 1.0pt 0mm; padding: 0mm;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.8pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-border-bottom-alt: solid windowtext .75pt; mso-padding-alt: 0mm 0mm 1.0pt 0mm; padding: 0mm;"><span style="font-size: 9pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">2</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">つ目は冒頭にも申し上げましたが、今年、秋山財団設立</span><span style="font-size: 9pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">25</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">周年を迎えるにあたり、昨年度から「記念事業」を推進しています。昨年の片桐一男先生の記念講演会はその第一弾であり、この財団の原点であります「『愛生舘事業』の志」を再度確認する意図で開催致しました。今年は、それをまとめた「ブックレット」の発刊、資料・書籍の収集・調査研究の継続、そして今年</span><span style="font-size: 9pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">7</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">月には片桐先生による</span><span style="font-size: 9pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">5</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">日間連続の「古文書講座」を開催して、広く本州からも含めて多くの市民のご参加を頂きました。</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.8pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-border-bottom-alt: solid windowtext .75pt; mso-padding-alt: 0mm 0mm 1.0pt 0mm; padding: 0mm;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.8pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-border-bottom-alt: solid windowtext .75pt; mso-padding-alt: 0mm 0mm 1.0pt 0mm; padding: 0mm;"><span style="font-size: 9pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">3</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">つ目は「コラボレーション」、「ネットワーク」の視座、拡がりへの期待です。いわゆる研究分野での「アウトリーチ活動」であり、市民活動分野での「コラボレーション」です。たとえば、昨年財団賞を受賞された上田宏先生は、今年の札幌でご自身が主宰する国際学会で「市民講座」を開催されました。市民活動助成では、当財団と前田一歩園財団さんとの共同で報告会を開催し、その模様を</span><span style="font-size: 9pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">ustream</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">でライブ・録画配信して多くの方々と共有しました。また、研究助成の募集要項には、「アウトリーチ活動」の要望を書き込みました。これから益々、ソーシャルメディア等も駆使した研究者と一般市民とのコラボレーションが、成熟した市民社会の醸成に寄与すると信じています。<a href="http://www.akiyama-foundation.org/what/index.php?year=2011&amp;mon=07&amp;day=01#37">http://www.akiyama-foundation.org/what/index.php?year=2011&amp;mon=07&amp;day=01#37</a></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.8pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-border-bottom-alt: solid windowtext .75pt; mso-padding-alt: 0mm 0mm 1.0pt 0mm; padding: 0mm;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.8pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-border-bottom-alt: solid windowtext .75pt; mso-padding-alt: 0mm 0mm 1.0pt 0mm; padding: 0mm;"><span style="font-size: 9pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">4</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">つ目は、今検討中のものですが、財団と助成受領者・団体との「パートナーシップの形成」です。今年度中に、「<strong style="mso-bidi-font-weight: normal;">秋山財団の未来像</strong></span><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-size: 9pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">2011</span></span></strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">」を策定し、助成受領者には論文掲載等の機会提供支援、受領団体とは密接な活動報告とアドバイス等、インターネットのホームページも駆使して、共に進化していく財団でありたいと思っています。</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.8pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-border-bottom-alt: solid windowtext .75pt; mso-padding-alt: 0mm 0mm 1.0pt 0mm; padding: 0mm;"><span style="font-size: 9pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;"> </span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.8pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-border-bottom-alt: solid windowtext .75pt; mso-padding-alt: 0mm 0mm 1.0pt 0mm; padding: 0mm;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">以上ご報告しました様に、当財団は一歩一歩ではありますが、皆さま方の率直なご意見・ご提言に耳を傾け、</span><span style="font-size: 9pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">25</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 9pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century;">周年を節目として、財団の初心である「生命科学（いのち）の視座」を忘れることなく、着実に前進して参りたいと思っています。</span></p>
</div>
<p>　贈呈式後の懇親会にも多数ご参加を頂き、多くの交流が図られたようで良かったです。年に一度の財団としてのメインイベントが大盛況で終了し、また来年からワンランク上のステージで少しでもお役に立ちたいと気持を新たに致しました。</p>
<p>　なお、「新渡戸・南原賞：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=35">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=35</a>」の受賞式は、9月26日に東京神田・学士会館で開催予定です。昨年の様子はこの欄にも書き留めました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6170">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6170</a>）。東京でも新たな出会いがあることを楽しみにしています。</p>
<p>　これまで秋山財団を応援して頂いた皆さまに、心から御礼申し上げます。今後とも宜しくご指導をお願い致します。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>未来を壊さないエネルギーのはなし</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10052</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10052#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 16 Sep 2011 22:51:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10052</guid>
		<description><![CDATA[ 　田中優さんの講演会「未来を壊さないエネルギーのはなし」が、200名の参加で大盛況でした。副題は、「～考えてみませんか？未来を照らす「あたらしいエネルギー」のつくり方、つかい方～」です。
■□■□◆◇◆◇■□■□◆◇◆◇■□■□◆◇◆◇
　　　“持　続　す　る　志”　　　　＜優さんメルマガ：http://tanakayu.blogspot.com/＞

　講演の様子はこちらから：
　＊　第1部（講演・約時間）⇒http://ow.ly/6sA3N
　＊　第2部（質疑応答）⇒http://ow.ly/6sA4X
或いは
　＊　第1部（講演）⇒
http://www.facebook.com/l/nAQDdlSNLAQA_PdQt4qSfbGvN4asU9Udfvsi8r5smADG4zQ/ow.ly/6sA3N　
　＊　第2部（質疑応答）⇒
http://www.facebook.com/l/1AQCJou9kAQB7d57NI8rW2CPO3e-Pm8Ev2I3k3j5HceUUkQ/ow.ly/6sA4X
 
　講演内容は是非録画をご覧ください、あっという間の2時間で、たくさんの今後へのヒントを頂きました。たとえば、これまでの原子力政策に関して、どうして巨大施設が建設され続けるか、どうしてプロパガンダが継続できるか、推進する構図を端的に指摘されていました。１）メディア、２）金融機関、３）大手建設会社（ゼネコン）、４）政治家、５）地元知事（「政策協定」締結当事者）の各権益として、です。
　誰が電気を消費しているのか？なぜ事業者はピーク時をつくるのか？市民の希望はなぜ通じないか？等について、次々と明解なお答えでした！！
　「スマートグリッド」のキーワードは：　省エネ製品、バッテリー、電気自動車、自然エネルギー、IT
　北海道の＜コ・ジェネ＞における比較優位性が多いにある、運動の広がりを創り出していく視点から、たくさんのメッセージでした。それも、彼のこの間の地道な活動を総括しての絞り出すようなお話で、かつ分かりやすくて素晴らしかったです。「エネルギー」に集中してのお話、昨今ともすると放射能汚染関連で満載となる講演を、今の北海道的課題に置き換えての2時間のお話と質疑応答、大変中身の濃い時間でした。
　3・11以降の「エネルギー」チェンジは、「食の安心・安全」と同じように、私たち一人一人の問題であり、国とか専門家とか電力会社にお任せでは危ういですね、顧客として、今を生きる日本国民として、放射能汚染ではそれこそ世界に対しての責任も持たなければなりません。今、議論を深めて、声を挙げずにいつやるのでしょうか！！！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p> 　<strong>田中優さんの講演会「未来を壊さないエネルギーのはなし</strong>」が、200名の参加で大盛況でした。副題は、「<strong>～考えてみませんか？未来を照らす「あたらしいエネルギー」のつくり方、つかい方～</strong>」です。</p>
<p>■□■□◆◇◆◇■□■□◆◇◆◇■□■□◆◇◆◇<br />
　　　“持　続　す　る　志”　　　　＜優さんメルマガ：<a href="http://tanakayu.blogspot.com/">http://tanakayu.blogspot.com/</a>＞</p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010740.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-10056" title="p1010740" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010740-500x375.jpg" alt="" width="500" height="375" /></a></p>
<div id="attachment_10057" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010739.jpg"><img class="size-medium wp-image-10057" title="p1010739" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010739-500x375.jpg" alt="全国を飛び回る田中優さん" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">全国を飛び回る田中優さん</p></div>
<p>　講演の様子はこちらから：</p>
<p>　＊　第1部（講演・約時間）⇒<a rel="nofollow nofollow" href="http://ow.ly/6sA3N" target="_blank"><span style="color: #3b5998;">http://ow.ly/6sA3N</span></a></p>
<p>　＊　第2部（質疑応答）⇒<a rel="nofollow nofollow" href="http://ow.ly/6sA4X" target="_blank"><span style="color: #3b5998;">http://ow.ly/6sA4X</span></a></p>
<p>或いは</p>
<p>　＊　第1部（講演）⇒<br />
<a href="http://www.facebook.com/l/nAQDdlSNLAQA_PdQt4qSfbGvN4asU9Udfvsi8r5smADG4zQ/ow.ly/6sA3N">http://www.facebook.com/l/nAQDdlSNLAQA_PdQt4qSfbGvN4asU9Udfvsi8r5smADG4zQ/ow.ly/6sA3N</a>　</p>
<p>　＊　第2部（質疑応答）⇒<br />
<a href="http://www.facebook.com/l/1AQCJou9kAQB7d57NI8rW2CPO3e-Pm8Ev2I3k3j5HceUUkQ/ow.ly/6sA4X">http://www.facebook.com/l/1AQCJou9kAQB7d57NI8rW2CPO3e-Pm8Ev2I3k3j5HceUUkQ/ow.ly/6sA4X</a></p>
<p> </p>
<p>　講演内容は是非録画をご覧ください、あっという間の2時間で、たくさんの今後へのヒントを頂きました。たとえば、これまでの原子力政策に関して、どうして巨大施設が建設され続けるか、どうしてプロパガンダが継続できるか、推進する構図を端的に指摘されていました。１）メディア、２）金融機関、３）大手建設会社（ゼネコン）、４）政治家、５）地元知事（「政策協定」締結当事者）の各権益として、です。</p>
<p>　誰が電気を消費しているのか？なぜ事業者はピーク時をつくるのか？市民の希望はなぜ通じないか？等について、次々と明解なお答えでした！！</p>
<p>　「スマートグリッド」のキーワードは：　省エネ製品、バッテリー、電気自動車、自然エネルギー、IT</p>
<p>　北海道の＜コ・ジェネ＞における比較優位性が多いにある、運動の広がりを創り出していく視点から、たくさんのメッセージでした。それも、彼のこの間の地道な活動を総括しての絞り出すようなお話で、かつ分かりやすくて素晴らしかったです。「エネルギー」に集中してのお話、昨今ともすると放射能汚染関連で満載となる講演を、今の北海道的課題に置き換えての2時間のお話と質疑応答、大変中身の濃い時間でした。</p>
<p>　3・11以降の「エネルギー」チェンジは、「食の安心・安全」と同じように、私たち一人一人の問題であり、国とか専門家とか電力会社にお任せでは危ういですね、顧客として、今を生きる日本国民として、放射能汚染ではそれこそ世界に対しての責任も持たなければなりません。今、議論を深めて、声を挙げずにいつやるのでしょうか！！！</p>
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		</item>
		<item>
		<title>国際微生物学連合（IUMS）2011会議</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10065</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10065#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 15 Sep 2011 01:49:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=10065</guid>
		<description><![CDATA[　９月の札幌は、多くのイベント・会議が目白押しです。「国際微生物学協会連合（http://www.congre.co.jp/iums2011sapporo/index.html）2011大会」が、先日札幌で開催され、海外からも含めて4000人の参加者で盛況でした。日本では大阪での後、21年ぶりに札幌で開かれました。今回の札幌大会の大会長・冨田房男先生は、平成14年度の秋山財団・財団賞（http://www.akiyama-foundation.org/history1/）を受賞されています。
　私は、二つの公開プログラム（http://www.conventionsapporo.jp/j/meeting/outreach/images/iums.pdf」）に参加しました。
　一つは公開講座：「高峰譲吉――北里柴三郎」で、 高峰譲吉（http://www.npo-takamine.org/）と北里柴三郎（http://www.kitasato.ac.jp/kinen-shitsu/）について、海外の研究者を含めて、多角的な人物像を紹介していました。
 　高峰譲吉は、タカジアスターゼ、アドレナリン、ワシントンの桜、日米協会、三共（株）の初代社長等、大変幅広い分野での活躍で大きな足跡を残しました。
　もう一つは、市民公開講座：「限りなく広がる微生物の世界：後援（NBRC：http://www.nbrc.nite.go.jp/）」で、別府輝彦（http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/hakko/history.html）先生、喜田宏（http://www.hokudai.ac.jp/bureau/news/jihou/jihou0506/615_02.htm）先生のお話は興味深かったですね。
 喜田宏先生は、秋山財団の平成14年度講演等助成を受賞（http://www.akiyama-foundation.org/history6/index14.php）されています。別府輝彦先生は、「未知の大陸―新しい微生物世界を探る」と題して、「微生物種の多様性は、コロンブスの大陸発見にも匹敵する新しい世界の発見」であり、「『微生物共生系』は、ガイアとしての地球それ自体を意味する壮大な共生体である」こと。喜田宏先生は、「鳥インフルエンザとパンデミック対策」、「季節性インフルエンザの克服こそが、パンデミックインフルエンザ対策の基本である」と、今の対策の問題点を指摘していました。
　限りなく拡がる微生物の世界、ミクロな話は実に壮大（マクロ）でした。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　９月の札幌は、多くのイベント・会議が目白押しです。「国際微生物学協会連合（<a href="http://www.congre.co.jp/iums2011sapporo/index.html">http://www.congre.co.jp/iums2011sapporo/index.html</a>）2011大会」が、先日札幌で開催され、海外からも含めて4000人の参加者で盛況でした。日本では大阪での後、21年ぶりに札幌で開かれました。今回の札幌大会の大会長・冨田房男先生は、平成14年度の秋山財団・財団賞（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/history1/">http://www.akiyama-foundation.org/history1/</a>）を受賞されています。</p>
<div id="attachment_10066" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010708.jpg"><img class="size-medium wp-image-10066" title="p1010708" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010708-375x500.jpg" alt="札幌コンベンションホール入口で：日本で21年ぶり、札幌では初めての開催" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">札幌コンベンションセンター入口で：札幌では初めての開催</p></div>
<p>　私は、二つの公開プログラム（<a href="http://www.conventionsapporo.jp/j/meeting/outreach/images/iums.pdf">http://www.conventionsapporo.jp/j/meeting/outreach/images/iums.pdf</a>」）に参加しました。</p>
<p>　一つは公開講座：「高峰譲吉――北里柴三郎」で、 高峰譲吉（<a href="http://www.npo-takamine.org/">http://www.npo-takamine.org/</a>）と北里柴三郎（<a href="http://www.kitasato.ac.jp/kinen-shitsu/">http://www.kitasato.ac.jp/kinen-shitsu/</a>）について、海外の研究者を含めて、多角的な人物像を紹介していました。</p>
<div id="attachment_10067" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010710.jpg"><img class="size-medium wp-image-10067" title="p1010710" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010710-500x375.jpg" alt="市民公開講座（１）" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">市民公開講座（１）</p></div>
<div id="attachment_10068" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010711.jpg"><img class="size-medium wp-image-10068" title="p1010711" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010711-500x375.jpg" alt="ワシントンのさくら、日米協会設立の経緯など" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">ワシントンのさくら、日米協会設立の経緯など</p></div>
<p> 　高峰譲吉は、タカジアスターゼ、アドレナリン、ワシントンの桜、日米協会、三共（株）の初代社長等、大変幅広い分野での活躍で大きな足跡を残しました。</p>
<p>　もう一つは、市民公開講座：「限りなく広がる微生物の世界：後援（NBRC：<a href="http://www.nbrc.nite.go.jp/">http://www.nbrc.nite.go.jp/</a>）」で、別府輝彦（<a href="http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/hakko/history.html">http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/hakko/history.html</a>）先生、喜田宏（<a href="http://www.hokudai.ac.jp/bureau/news/jihou/jihou0506/615_02.htm">http://www.hokudai.ac.jp/bureau/news/jihou/jihou0506/615_02.htm</a>）先生のお話は興味深かったですね。</p>
<p> 喜田宏先生は、秋山財団の平成14年度講演等助成を受賞（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/history6/index14.php">http://www.akiyama-foundation.org/history6/index14.php</a>）されています。別府輝彦先生は、「未知の大陸―新しい微生物世界を探る」と題して、「微生物種の多様性は、コロンブスの大陸発見にも匹敵する新しい世界の発見」であり、「『微生物共生系』は、ガイアとしての地球それ自体を意味する壮大な共生体である」こと。喜田宏先生は、「鳥インフルエンザとパンデミック対策」、「季節性インフルエンザの克服こそが、パンデミックインフルエンザ対策の基本である」と、今の対策の問題点を指摘していました。</p>
<p>　限りなく拡がる微生物の世界、ミクロな話は実に壮大（マクロ）でした。</p>
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		<title>重たい、原発関連二つの映画</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9966</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9966#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 13 Sep 2011 00:00:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9966</guid>
		<description><![CDATA[　3・11の東京電力福島原発事故は、今なお緊迫した状態で推移していますが、6ヵ月を過ぎてこの所、テレビでも映画でも、検証・調査的な番組・作品が上映されています。
　映画では、「チェルノブイリ・ハート：http://www.gocinema.jp/c-heart/」ですね、「事故から25年・・・・、まだ終わっていない」で始まりますが、子供たちへの影響はまだまだ未知のことも多く、映っている人物もその後亡くなっていたり、それゆえの悲惨さを感じます。子供たちの表情が何とも切なく、胸に刺さります。
　もう一つは、「あしたが消えるーどうして原発？http://www.cinematoday.jp/movie/T0010562」です。1時間弱のドキュメンタリー映画で、原発設計者の証言がリアルです、抜粋の動画（http://www.youtube.com/watch?v=4lvvCEVF7vg）でも見られます、実に怖い話であり、22年前の映画とは思えません、まさに「想定内」の出来ごとでした。





　　私の場合、しかしながらただ怖がってばかりではいられません。エネルギー政策とか言う前に、子供たちの人権を今を生きる世代としてどう守っていくのか、基本的生存の問題です。
　それ故に、今福島にいる子供たちへの放射能汚染は、限りなく少なく防御しなければならないでしょう。基準がどうこう言う前に、命を守るためには時間がそうたくさんはありません。
　一つ前に掲載した足立直樹さんの新しいメーリングがきました。今、実際に活動している方々の思いを読みとれますので、引用します。
～～～～～～～～～～～～～～～～引用はじまり
　既にいろいろなことをこの半年の間に変えた人たちは、空気を読むことの危険性に気付き、あえて空気を読まずに、自分の頭で考え、行動を起こした人たちです。周りが変化するのをじっと待つのではなく、自分で新しいものを作ったり、新しい世界に身を投じたのです。
　たとえば今週は、孫正義氏が呼びかけた自然エネルギー財団がいよいよ始動し、明日、明後日は世界中から駆けつけた専門家が、自然エネルギーによる持続可能な社会作りを目指すための戦略を練り、提言を行います。私もその専門家会議に参加することになっており、この新しい仕組み作りに加われることをとても嬉しく思っています。
　景色はまだ変化していないけれども、風向きは既に変わっているのです。自分の周りの空気を読んでいるだけでは、この大きな流れには案外気付きにくいのかもしれません。なにしろ、周りの空気はすっかり淀んでしまっているかもしれないのです。
　大きな時代の流れに取り残されないためには、横並びはむしろ危険と思った方がいい状況になってきたのかもしれません。空気を読むのではなく、時代の風を読む、そんな意識を大切にしたいと思います。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　サステナビリティ・プランナー　足立直樹
▼新著『もう空気は読まなくていい　～ポスト3.11を生き抜くために～』
■足立直樹　新著　ワニブックス【PLUS】出版 　価格798円（税込）
→Amazonからも注文できます。
http://www.responseability.jp/mm/97he/a07mx5&#215;0ci4hukcagfBCX
→Twitterでも本の宣伝、ならびに読者から寄せられた感想が紹介されています。『もう空気はよまなくていい』公式@mky311
http://www.responseability.jp/mm/97he/a07my5&#215;0ci4hukcagfWYo

～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり
　3・11以降、すでに行動を起こし始めている方々が大勢います。福島原発行動隊（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9664）も同様です。出来ない、やらない理由を100語るよりも、今、それぞれの「個」が出来る場から小さな一歩を踏み出しましょう、次の世代の生存のためにですね！


]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　3・11の東京電力福島原発事故は、今なお緊迫した状態で推移していますが、6ヵ月を過ぎてこの所、テレビでも映画でも、検証・調査的な番組・作品が上映されています。</p>
<p>　映画では、「<strong>チェルノブイリ・ハート：</strong><a href="http://www.gocinema.jp/c-heart/"><strong>http://www.gocinema.jp/c-heart/</strong></a>」ですね、「事故から25年・・・・、まだ終わっていない」で始まりますが、子供たちへの影響はまだまだ未知のことも多く、映っている人物もその後亡くなっていたり、それゆえの悲惨さを感じます。子供たちの表情が何とも切なく、胸に刺さります。</p>
<div id="attachment_10078" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010745.jpg"><img class="size-medium wp-image-10078" title="p1010745" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010745-375x500.jpg" alt="今なお続く被曝被害、恐ろしいことです" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">今なお続く被曝被害、恐ろしいことです</p></div>
<p>　もう一つは、「<strong>あしたが消えるーどうして原発？</strong><a href="http://www.cinematoday.jp/movie/T0010562"><strong>http://www.cinematoday.jp/movie/T0010562</strong></a>」です。1時間弱のドキュメンタリー映画で、原発設計者の証言がリアルです、<a href="http://www.youtube.com/watch?v=4lvvCEVF7vg">抜粋の動画（http://www.youtube.com/watch?v=4lvvCEVF7vg</a>）でも見られます、実に怖い話であり、22年前の映画とは思えません、まさに「想定内」の出来ごとでした。</p>
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<div id="cboxLoadedContent" style="width: 400px; display: block; height: 560px; overflow: auto;"><img id="cboxPhoto" style="margin: auto; display: block; float: none; -ms-interpolation-mode: bicubic; cursor: pointer;" src="http://s.cinematoday.jp/res/T0/01/05/T0010562q.jpg" alt="" width="400" height="560" /></div>
</div>
<p>　　私の場合、しかしながらただ怖がってばかりではいられません。エネルギー政策とか言う前に、子供たちの人権を今を生きる世代としてどう守っていくのか、基本的生存の問題です。</p></div>
<div>　それ故に、今福島にいる子供たちへの放射能汚染は、限りなく少なく防御しなければならないでしょう。基準がどうこう言う前に、命を守るためには時間がそうたくさんはありません。</div>
<div>　一つ前に掲載した足立直樹さんの新しいメーリングがきました。今、実際に活動している方々の思いを読みとれますので、引用します。</div>
<div>～～～～～～～～～～～～～～～～引用はじまり</div>
<div>　既にいろいろなことをこの半年の間に変えた人たちは、空気を読むことの危険性に気付き、あえて空気を読まずに、自分の頭で考え、行動を起こした人たちです。周りが変化するのをじっと待つのではなく、自分で新しいものを作ったり、新しい世界に身を投じたのです。</div>
<div>　たとえば今週は、孫正義氏が呼びかけた自然エネルギー財団がいよいよ始動し、明日、明後日は世界中から駆けつけた専門家が、自然エネルギーによる持続可能な社会作りを目指すための戦略を練り、提言を行います。私もその専門家会議に参加することになっており、この新しい仕組み作りに加われることをとても嬉しく思っています。</div>
<div>　景色はまだ変化していないけれども、風向きは既に変わっているのです。自分の周りの空気を読んでいるだけでは、この大きな流れには案外気付きにくいのかもしれません。なにしろ、周りの空気はすっかり淀んでしまっているかもしれないのです。</div>
<div>　大きな時代の流れに取り残されないためには、横並びはむしろ危険と思った方がいい状況になってきたのかもしれません。<strong>空気を読むのではなく、時代の風を読む、</strong>そんな意識を大切にしたいと思います。</div>
<div>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　サステナビリティ・プランナー　足立直樹</div>
<div>▼新著『もう空気は読まなくていい　～ポスト3.11を生き抜くために～』<br />
■足立直樹　新著　ワニブックス【PLUS】出版 　価格798円（税込）</div>
<div>→Amazonからも注文できます。<br />
<a href="http://www.responseability.jp/mm/97he/a07mx5x0ci4hukcagfBCX">http://www.responseability.jp/mm/97he/a07mx5&#215;0ci4hukcagfBCX</a></div>
<div>→Twitterでも本の宣伝、ならびに読者から寄せられた感想が紹介されています。『もう空気はよまなくていい』公式@mky311<br />
<a href="http://www.responseability.jp/mm/97he/a07my5x0ci4hukcagfWYo">http://www.responseability.jp/mm/97he/a07my5&#215;0ci4hukcagfWYo</a></div>
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<div>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり</div>
<div>　3・11以降、すでに行動を起こし始めている方々が大勢います。福島原発行動隊（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9664">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9664</a>）も同様です。出来ない、やらない理由を100語るよりも、今、それぞれの「個」が出来る場から小さな一歩を踏み出しましょう、次の世代の生存のためにですね！</div>
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		<title>「命の世話」と向き合う</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9909</link>
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		<pubDate>Sat, 10 Sep 2011 22:15:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9909</guid>
		<description><![CDATA[　先月までの4年間、第16代大阪大学総長だった臨床哲学者の鷲田清一（http://www.isc.meiji.ac.jp/~nomad/washida/menu.htm）さんが、日曜日朝のテレビで静かに語っていました、「『命の世話』と向き合う」です。
　NHK教育テレビでは、心に沁みる番組がありますね（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=NHK%E6%95%99%E8%82%B2%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93）。3・11の大震災後、何か生きていることの意味合いが変わってきているような気がします。以下、幾つか印象的だったフレーズを。
＊　「命の世話」を引き受ける
＊　「Responsibility」の意味は、「Response：応答・反応」+「Ability：能力」であり、日本語訳の「責任」とは意を異にする。「Community」の「パブリックな事がら」をもう一度引き受け直す、それが「Responsibility」の本来の意味
＊　大切なものを失った時、「自分の人生を語り直す」プロセスが大切、そして最後まで自分で語り終えることも＜R.D.レイン（Ronald David Laing）：http://d.hatena.ne.jp/keyword/R%A1%A6D%A1%A6%A5%EC%A5%A4%A5%F3＞
＊　「聴き役」の心得は、１）相手が語り切るまでひたすら「待つ」こと、言葉が出て来るまで「待つ」こと。＜感心する才能＞、２）他人との関係の中で考える、自分の時間を相手にあげること、３）自分の中で完結させない、すなわち「命の世話」と向き合うこと
＊　自分の名前は、人から頂いたもの、それは「相対化した自分」と向き合うことを意味づけられている
 
　休日の朝、頭が一番すっきりしている時間帯に、根源的・哲学的なお話が入ってくるのは心地良いです。この番組を見ていて、思い出した方がいます、「株式会社レスポンスアビリティhttp://www.responseability.jp」代表取締役の足立直樹さんです、これまで企業と生物多様性の保全に対してメッセージを発信し続けています（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2990）。　秋山財団の「ネットワーク形成事業」の一つ、「社会企業研究会」で第一回のゲストとして興味深い講演をして頂きました（http://www.akiyama-foundation.org/network/tema02.html）。先日届いたメーリングの最後に、「・・・・・、　何かおかしくなりつつあることに、みなさんはもう気がついているはずです。問題は、いつ行動を起こすかです。それが、持続可能になれるかどうかの分かれ道なのだと思います。――サステナビリティ・プランナー 足立直樹――」と書かれていました。
　　「2001.9.11」からちょうど10年、「2011.3.11」から６ヵ月、犠牲になった皆さまのご冥福をお祈りしながら、身の引き締まる思いの今朝の私です。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　先月までの4年間、第16代大阪大学総長だった臨床哲学者の鷲田清一（<a href="http://www.isc.meiji.ac.jp/~nomad/washida/menu.htm">http://www.isc.meiji.ac.jp/~nomad/washida/menu.htm</a>）さんが、日曜日朝のテレビで静かに語っていました、「『命の世話』と向き合う」です。</p>
<p>　NHK教育テレビでは、心に沁みる番組がありますね（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=NHK%E6%95%99%E8%82%B2%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=NHK%E6%95%99%E8%82%B2%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93</a>）。3・11の大震災後、何か生きていることの意味合いが変わってきているような気がします。以下、幾つか印象的だったフレーズを。</p>
<p>＊　「命の世話」を引き受ける</p>
<p>＊　「Responsibility」の意味は、「Response：応答・反応」+「Ability：能力」であり、日本語訳の「責任」とは意を異にする。「Community」の「パブリックな事がら」をもう一度引き受け直す、それが「Responsibility」の本来の意味</p>
<p>＊　大切なものを失った時、「自分の人生を語り直す」プロセスが大切、そして最後まで自分で語り終えることも＜R.D.レイン（Ronald David Laing）：<a href="http://d.hatena.ne.jp/keyword/R%A1%A6D%A1%A6%A5%EC%A5%A4%A5%F3">http://d.hatena.ne.jp/keyword/R%A1%A6D%A1%A6%A5%EC%A5%A4%A5%F3</a>＞</p>
<p>＊　「聴き役」の心得は、１）相手が語り切るまでひたすら「待つ」こと、言葉が出て来るまで「待つ」こと。＜感心する才能＞、２）他人との関係の中で考える、自分の時間を相手にあげること、３）自分の中で完結させない、すなわち<strong>「命の世話」と向き合うこと</strong></p>
<p>＊　自分の名前は、人から頂いたもの、それは「相対化した自分」と向き合うことを意味づけられている</p>
<p> </p>
<p>　休日の朝、頭が一番すっきりしている時間帯に、根源的・哲学的なお話が入ってくるのは心地良いです。この番組を見ていて、思い出した方がいます、「株式会社レスポンスアビリティ<a href="http://www.responseability.jp/"><span style="color: #76664b;">http://www.responseability.jp</span></a>」代表取締役の足立直樹さんです、これまで企業と生物多様性の保全に対してメッセージを発信し続けています（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2990">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2990</a>）。　秋山財団の「ネットワーク形成事業」の一つ、「社会企業研究会」で第一回のゲストとして興味深い講演をして頂きました（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/network/tema02.html"><span style="color: #76664b;">http://www.akiyama-foundation.org/network/tema02.html</span></a>）。先日届いたメーリングの最後に、「・・・・・、　何かおかしくなりつつあることに、みなさんはもう気がついているはずです。問題は、いつ行動を起こすかです。それが、持続可能になれるかどうかの分かれ道なのだと思います。――サステナビリティ・プランナー 足立直樹――」と書かれていました。</p>
<p>　　「<strong>2001.9.11</strong>」からちょうど10年、「<strong>2011.3.11</strong>」から６ヵ月、犠牲になった皆さまのご冥福をお祈りしながら、身の引き締まる思いの今朝の私です。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>「Socimo」論の説得力！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9948</link>
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		<pubDate>Thu, 08 Sep 2011 22:38:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9948</guid>
		<description><![CDATA[　私も会員の日本ファンドレイジング協会（Jfra：http://jfra.jp/）主催のセミナーは、今年2月に多数の参加者で開催され、新時代の到来を感じましたが（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7411）、先日は、「つながりを楽しみながら社会を変えていく～創造的なコミュニティの作り方」と題して、ソーシャルコンテンツプロデューサー・（株）SCOP（http://s-cop.jp/）代表の山名清隆（http://whosereal.causepark.jp/social_marketer/post_56.html）さんの講演がありました。「Socimo:Social Motivation」論、面白かったですね、HPに記載されているプロジェクト、どれも皆大変ユニークです、特に「日本愛妻家協会」の「キャベツ畑の中心で妻に愛を叫ぶ：http://www.aisaika.org/index2.html」なんて、何ともユニーク中のユニークですね！
 
　「Socimo:Social Motivation」論、印象に残るフレーズの連発でした！
＊　ソーシャル・モチベーション（略して「ソシモ・SOCIMO」）とは、ひとりの人が社会にポジティブにアプローチしていく動機、それによって「ムーブメント」を創り出す
＊　「叫ばれキャベツ」は、「なまもの」であり、男の「勇気野菜」：来年開催予定の第１回「嬬恋（つまごい）キャボス会議：http://www.kyabosforum.com/report.html
＊　「自分超え現象」：自分との関係性発見（カッコいいおもしろそう）→＞モチベーションの触発（オレにもできるかも）ー＞参加＆行動（ひとまずやろう）＝＝＝＞自分超え現象（世の中と関係している実感・誰かとつながっている感じ：新しい自分）
＊　「Soccimo：ソシモ」、「Famemo：フェイモ、有名になりたい」、「Manemo：マネモ、お金を得たい」の関係性
＊　「THEORY U」、Dｒ.C.Otto Scharmer
＊　「私」という制限を越えていくと、「覚悟」が生まれる
＊　「働き方を変える」ということ：　「依頼に応えるくん」　から　「期待を高めるくん」　へ
＊　新しいプロジェクトは、モチベーションが「動き出し」、「集まりはじめ」、「まわり出す」
＊　3次元ワークスタイル：　自分がするという主体的「意志」を立てると、視点が多観点化され創造性が再生し、広大な構想空間が出現する。依頼が期待へ、、指示が共感へ、要望が希望へ、予想が可能性へ変わっていく　：　サッカーでいう「スペースを作る」と同じ発想
＊　4次元ワークスタイル：　思考の制限から離れてアイディアを「放牧する」感覚！
＊　正直さと大胆さと勇気の表明をすると、創造的な対話空間が生まれる～共感の波が広がり出す
　
　そして、最後に山名さんは言いました、
「ファンドレイジング」は「アート」である、人を巻き込み、温度を上げる！！！　　　　その通りですね！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　私も会員の日本ファンドレイジング協会（Jfra：<a href="http://jfra.jp/">http://jfra.jp/</a>）主催のセミナーは、今年2月に多数の参加者で開催され、新時代の到来を感じましたが（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7411">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7411</a>）、先日は、「<strong>つながりを楽しみながら社会を変えていく～創造的なコミュニティの作り方」</strong>と題して、ソーシャルコンテンツプロデューサー・（株）SCOP（<a href="http://s-cop.jp/">http://s-cop.jp/</a>）代表の<strong>山名清隆（</strong><a href="http://whosereal.causepark.jp/social_marketer/post_56.html"><strong>http://whosereal.causepark.jp/social_marketer/post_56.html</strong></a><strong>）</strong>さんの講演がありました。「<strong>Socimo:Social Motivation</strong>」論、面白かったですね、HPに記載されているプロジェクト、どれも皆大変ユニークです、特に「日本愛妻家協会」の「キャベツ畑の中心で妻に愛を叫ぶ：<a href="http://www.aisaika.org/index2.html">http://www.aisaika.org/index2.html</a>」なんて、何ともユニーク中のユニークですね！</p>
<div id="attachment_9953" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p10106981.jpg"><img class="size-medium wp-image-9953" title="p10106981" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p10106981-500x375.jpg" alt="山名清隆さんの熱弁！" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">山名清隆さんの熱弁！</p></div>
<p> </p>
<p>　「<strong>Socimo:Social Motivation</strong>」論、印象に残るフレーズの連発でした！</p>
<p>＊　ソーシャル・モチベーション（略して「ソシモ・SOCIMO」）とは、ひとりの人が社会にポジティブにアプローチしていく動機、それによって「ムーブメント」を創り出す</p>
<p>＊　「叫ばれキャベツ」は、「なまもの」であり、男の「勇気野菜」：来年開催予定の第１回「嬬恋（つまごい）キャボス会議：<a href="http://www.kyabosforum.com/report.html">http://www.kyabosforum.com/report.html</a></p>
<p>＊　「<strong>自分超え現象</strong>」：自分との関係性発見（カッコいいおもしろそう）→＞モチベーションの触発（オレにもできるかも）ー＞参加＆行動（ひとまずやろう）＝＝＝＞<strong>自分超え現象（世の中と関係している実感・誰かとつながっている感じ：新しい自分）</strong></p>
<p>＊　「<strong>Soccimo</strong>：ソシモ」、「<strong>Famemo</strong>：フェイモ、有名になりたい」、「<strong>Manemo</strong>：マネモ、お金を得たい」の関係性</p>
<p>＊　「<strong>THEORY U</strong>」、Dｒ.C.Otto Scharmer</p>
<p>＊　「私」という制限を越えていくと、「覚悟」が生まれる</p>
<p>＊　「働き方を変える」ということ：　「依頼に応えるくん」　から　「期待を高めるくん」　へ</p>
<p>＊　新しいプロジェクトは、モチベーションが「動き出し」、「集まりはじめ」、「まわり出す」</p>
<p>＊　3次元ワークスタイル：　<strong>自分がするという主体的「意志」を立てると</strong>、視点が多観点化され創造性が再生し、広大な構想空間が出現する。依頼が期待へ、、指示が共感へ、要望が希望へ、予想が可能性へ変わっていく　：　サッカーでいう「スペースを作る」と同じ発想</p>
<p>＊　4次元ワークスタイル：　思考の制限から離れてアイディアを「放牧する」感覚！</p>
<p>＊　正直さと大胆さと勇気の表明をすると、創造的な対話空間が生まれる～共感の波が広がり出す</p>
<p>　</p>
<p>　そして、最後に山名さんは言いました、</p>
<p><strong><em>「ファンドレイジング」は「アート」である、人を巻き込み、温度を上げる！！！　　　　</em></strong>その通りですね！</p>
]]></content:encoded>
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		<title>抵抗あるなぁ～、このフレーズ！</title>
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		<pubDate>Tue, 06 Sep 2011 23:09:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　どうもストンと腑に落ちない、センスの無いフレーズですね、せっかくの朝なのに胸のつかえを感じました。
 
　「ひとつ」、「日本」、「ひとつ」、「美しい」、「誇る」、「心」、「ひとつ」、「飛び立つ」、誰が？誰へのメッセージ？、どこに飛び立つの？昔の「統一と団結？」を思い出しましたよ。何のメッセージなのか、さっぱり理解できません。生きた化石ににもなりませんね。
 　空もひとつ？？　――&#62;　窮屈な表現ですよ、「空は宇宙の果てまで無限に広がる」、でしょ！
　日本もひとつ？？　――&#62;　生きている一人一人が見えてこない、「日本に生きる人たちは昔もこれからも多様」、でしょ！
　美しい国？？　――&#62;　そう思ってこれまで生きてきたけれど、ただ消費するだけで、今を生きる人間達が汚してきたのでは？
　誇るべき絆？？　――　誰に誇るんだろうか、「支えあう、信じあう絆」、でしょ！
　心もひとつに飛び立とう！？？　――&#62;　今大切なのは、それぞれの「いのち」が元気を取り戻すこと、「心も多彩に生き直そう」、でしょ！
　空もひとつ 日本もひとつ 心もひとつに AIRPORT ACTION !　？？――&#62;　依頼する方も依頼する方、広告代理店も安易です。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　どうもストンと腑に落ちない、センスの無いフレーズですね、せっかくの朝なのに胸のつかえを感じました。</p>
<div id="attachment_9957" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010700.jpg"><img class="size-medium wp-image-9957" title="p1010700" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010700-500x375.jpg" alt="羽田空港出発ロビーから階下のポスター" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">羽田空港出発ロビーから階下のポスター</p></div>
<p> </p>
<p>　「ひとつ」、「日本」、「ひとつ」、「美しい」、「誇る」、「心」、「ひとつ」、「飛び立つ」、誰が？誰へのメッセージ？、どこに飛び立つの？昔の「統一と団結？」を思い出しましたよ。何のメッセージなのか、さっぱり理解できません。生きた化石ににもなりませんね。</p>
<p> 　空もひとつ？？　――&gt;　窮屈な表現ですよ、「空は宇宙の果てまで無限に広がる」、でしょ！</p>
<p>　日本もひとつ？？　――&gt;　生きている一人一人が見えてこない、「日本に生きる人たちは昔もこれからも多様」、でしょ！</p>
<p>　美しい国？？　――&gt;　そう思ってこれまで生きてきたけれど、ただ消費するだけで、今を生きる人間達が汚してきたのでは？</p>
<p>　誇るべき絆？？　――　誰に誇るんだろうか、「支えあう、信じあう絆」、でしょ！</p>
<p>　心もひとつに飛び立とう！？？　――&gt;　今大切なのは、それぞれの「いのち」が元気を取り戻すこと、「心も多彩に生き直そう」、でしょ！</p>
<p>　空もひとつ 日本もひとつ 心もひとつに AIRPORT ACTION !　？？――&gt;　依頼する方も依頼する方、広告代理店も安易です。</p>
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		<title>豊平川、増水！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9940</link>
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		<pubDate>Tue, 06 Sep 2011 04:08:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　今日、早朝の便で東京から札幌に戻りました。途中、恵庭の漁川、札幌市内の望月寒川も、豊平川と同様に増水していました。千歳川はそれほどでもなかったですね、水源が支笏湖に限られているからでしょうか。
　台風１２号から変わった温帯低気圧と、太平洋を北上中の台風１３号の影響で、道内は６日も胆振、石狩地方などで２４時間降水量が９月の観測史上最大を観測するなど、局地的な大雨が続いています。雨のピークは過ぎたようですが、雨雲が東へ移動しながら７日未明まで降り続く見通しで、札幌管区気象台は引き続き土砂災害などに警戒を呼びかけている、との報道です。　気象台によると、６日午前１０時までの２４時間降水量が９月の観測史上最大を観測したのは、札幌市内では小金湯で１８５・０ミリなどのようです。 豊平川源流の豊平峡、定山渓方面も同様にすごい雨だったのでしょうね。
　普段は静かな豊平川、やはり自然の力は測り知れませんね、事故等で犠牲者が出ないことを祈っています。
＜7日に追加添付：吉島久晴さんのフェイスブックから：http://www.facebook.com/profile.php?id=100001988156719#!/photo.php?fbid=172494659492879&#38;set=a.120947061314306.23889.100001970396622&#38;type=1&#38;theater＞
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="mceTemp">　今日、早朝の便で東京から札幌に戻りました。途中、恵庭の漁川、札幌市内の望月寒川も、豊平川と同様に増水していました。千歳川はそれほどでもなかったですね、水源が支笏湖に限られているからでしょうか。</div>
<div id="attachment_9942" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p10107021.jpg"><img class="size-medium wp-image-9942" title="p10107021" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p10107021-500x375.jpg" alt="JR千歳線・鉄橋から増水した豊平川" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">JR千歳線・鉄橋から増水した豊平川です（6日午前9時20分頃）</p></div>
<div class="mceTemp">　台風１２号から変わった温帯低気圧と、太平洋を北上中の台風１３号の影響で、道内は６日も胆振、石狩地方などで２４時間降水量が９月の観測史上最大を観測するなど、局地的な大雨が続いています。雨のピークは過ぎたようですが、雨雲が東へ移動しながら７日未明まで降り続く見通しで、札幌管区気象台は引き続き土砂災害などに警戒を呼びかけている、との報道です。　気象台によると、６日午前１０時までの２４時間降水量が９月の観測史上最大を観測したのは、札幌市内では小金湯で１８５・０ミリなどのようです。 豊平川源流の豊平峡、定山渓方面も同様にすごい雨だったのでしょうね。</div>
<p>　普段は静かな豊平川、やはり自然の力は測り知れませんね、事故等で犠牲者が出ないことを祈っています。</p>
<p>＜7日に追加添付：吉島久晴さんのフェイスブックから：<a href="http://www.facebook.com/profile.php?id=100001988156719#!/photo.php?fbid=172494659492879&amp;set=a.120947061314306.23889.100001970396622&amp;type=1&amp;theater">http://www.facebook.com/profile.php?id=100001988156719#!/photo.php?fbid=172494659492879&amp;set=a.120947061314306.23889.100001970396622&amp;type=1&amp;theater</a>＞</p>
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		<item>
		<title>今年の秋、多彩なイベントの札幌</title>
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		<pubDate>Sun, 04 Sep 2011 23:05:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9906</guid>
		<description><![CDATA[　9月の札幌、最初の日曜日は、台風接近中でしたが、イベントが盛りだくさん！
　大通公園5丁目では、「北海道有機農業フェスティバル：http://yuki-hirogaru.net/assets/files/Hokkaido_Organic_festa2010.pdf」、全国有機農業推進協議会（http://zenyukyo.or.jp/news_list/34.html）が主催し、全道の有機農家40店が直接販売、今年で第2回目です。
 　次は4丁目十字街を中心に、第11回さっぽろパフォーマンスカーニバル「だい・どん・でん：http://www.daidonden.com/」が、今年は台風接近中で雨・風・青空とめまぐるしく変わる天気の中、地下通路・広場・地上でたくさんの観客で溢れていました。地下鉄大通駅コンコースでは、ゲストパフォーマー・肉体派津軽三味線「セ三味ストリート」のライブ。
 　今年3月に完成した札幌駅から大通までの地下通路の一角でも、たくさんの人だかりでした。
 　地上の4丁目十字街・三越前では、晴れ間をぬって、地元保存会のみなさんによる「ひょっとこ踊り」です。この他、「だい・どん・でん」はたくさんの会場で、「同時多発ライブ・パフォーマンス」。贅沢を言えば、やっぱり例年のように、地上4丁目十字街で青空の下、大歓声が天高く飛んでいく感じが最高ですね！
　さらに、狸小路2丁目・1丁目には、「安田侃野外彫刻展―街に触れる―：http://www.city.sapporo.jp/shimin/bunka/kav.html」の幾つかの作品です。すでに、創成川、駅前通り地下通路、大通には置かれていましたが、9月3日からはいよいよ秋の屋外展示会としてスタートです、マチ中に何気なくアートの香り、オシャレですね。
　札幌駅前からの地下歩行空間、以前から芸術空間としての企画が検討されてきていますが、地上の光線他、せっかくの「空間」です、照明をふんだんに活用する非日常の演出が面白いと思います。パフォーマンスの場（平面）の提供ではもったいない、ふとそんな気がしました。地下鉄バスセンター前までの「500M美術館：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6621」のような雰囲気がいいのでは？
　初秋の札幌、晩秋の「さっぽろアートステージ：http://www.s-artstage.com/2011/」と相まって、芸術・文化の香りが満載です！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　9月の札幌、最初の日曜日は、台風接近中でしたが、イベントが盛りだくさん！</p>
<p>　大通公園5丁目では、「<strong>北海道有機農業フェスティバル：</strong><a href="http://yuki-hirogaru.net/assets/files/Hokkaido_Organic_festa2010.pdf"><strong>http://yuki-hirogaru.net/assets/files/Hokkaido_Organic_festa2010.pdf</strong></a>」、全国有機農業推進協議会（<a href="http://zenyukyo.or.jp/news_list/34.html">http://zenyukyo.or.jp/news_list/34.html</a>）が主催し、全道の有機農家40店が直接販売、今年で第2回目です。</p>
<div id="attachment_9913" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010682.jpg"><img class="size-medium wp-image-9913" title="p1010682" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010682.jpg" alt="大通公園5丁目で、有機農産物の産地直売会" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">有機農産物イベント：大通公園5丁目</p></div>
<p> 　次は4丁目十字街を中心に、<strong>第11回さっぽろパフォーマンスカーニバル「だい・どん・でん：<a href="http://www.daidonden.com/">http://www.daidonden.com/</a>」</strong>が、今年は台風接近中で雨・風・青空とめまぐるしく変わる天気の中、地下通路・広場・地上でたくさんの観客で溢れていました。地下鉄大通駅コンコースでは、ゲストパフォーマー・肉体派津軽三味線「セ三味ストリート」のライブ。</p>
<div id="attachment_9914" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010683.jpg"><img class="size-medium wp-image-9914" title="p1010683" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010683.jpg" alt="三味線パフォーマンス：地下鉄大通駅" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">三味線パフォーマンス：地下鉄大通駅</p></div>
<p> 　今年3月に完成した札幌駅から大通までの地下通路の一角でも、たくさんの人だかりでした。</p>
<div id="attachment_9915" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010687.jpg"><img class="size-medium wp-image-9915" title="p1010687" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010687.jpg" alt="パフォーマンス：駅前地下通路" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">パフォーマンス：駅前地下通路</p></div>
<p> 　地上の4丁目十字街・三越前では、晴れ間をぬって、地元保存会のみなさんによる「ひょっとこ踊り」です。この他、「だい・どん・でん」はたくさんの会場で、「同時多発ライブ・パフォーマンス」。贅沢を言えば、やっぱり例年のように、地上4丁目十字街で青空の下、大歓声が天高く飛んでいく感じが最高ですね！</p>
<div id="attachment_9916" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010688.jpg"><img class="size-medium wp-image-9916" title="p1010688" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010688.jpg" alt="地上では、ひょっとこ踊り？：4丁目三越前" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">地上では、ひょっとこ踊り？：4丁目三越前</p></div>
<p>　さらに、狸小路2丁目・1丁目には<strong>、「安田侃野外彫刻展―街に触れる―：</strong><a href="http://www.city.sapporo.jp/shimin/bunka/kav.html"><strong>http://www.city.sapporo.jp/shimin/bunka/kav.html</strong></a><strong>」</strong>の幾つかの作品です。すでに、創成川、駅前通り地下通路、大通には置かれていましたが、9月3日からはいよいよ秋の屋外展示会としてスタートです、マチ中に何気なくアートの香り、オシャレですね。</p>
<div id="attachment_9917" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010694.jpg"><img class="size-medium wp-image-9917" title="p1010694" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/09/p1010694.jpg" alt="安田侃さんの作品：狸小路2丁目から1丁目" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">安田侃さん作品：狸小路2丁目から1丁目</p></div>
<p>　札幌駅前からの地下歩行空間、以前から芸術空間としての企画が検討されてきていますが、地上の光線他、せっかくの「空間」です、照明をふんだんに活用する非日常の演出が面白いと思います。パフォーマンスの場（平面）の提供ではもったいない、ふとそんな気がしました。地下鉄バスセンター前までの「500M美術館：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6621">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6621</a>」のような雰囲気がいいのでは？</p>
<p>　初秋の札幌、晩秋の「さっぽろアートステージ：<a href="http://www.s-artstage.com/2011/">http://www.s-artstage.com/2011/</a>」と相まって、芸術・文化の香りが満載です！</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>原発被災地の農業は？</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9740</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9740#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 02 Sep 2011 22:20:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　先日、定例の異業種交流勉強会があり、食―農関係の方々と「原発被災地の今後の農業」にいての意見交換ができました。（株）横市フロマージュ舎（http://www.milkland-hokkaido.com/koubou/35-yokoichi/index.html）・横市英夫社長、（株）リープス・鈴木善人社長（http://www.leaps.jp/）、http://www.leaps.jp/?p=2784、千野米穀店・徳永善也社長（http://ja-jp.facebook.com/ChinoGrain）は、それぞれご自分のフィールドから、福島県の今後の農業について率直なお話でした。
　ひと言でいうと、放射能による土壌汚染の実態、汚染の作物への影響等、あまりにも未知のことが多すぎて、検証するデータに乏しく研究も不十分、従って今後の対策についても、「本当のことを公に語るのは難しい状況」でしょうか、かなりの人たちがそう思っていても、口に出した途端に世間から嵐のようなバッシングに会うことは明らか、とか。客観的な展望とこれまで地元で農業一筋でやって来られた方とのギャップは、どうしようもなく大きいです。
　議論の一例として、「土壌汚染」というけれど、土壌の汚染度イコール農作物の汚染度ではないはずですよね、その土壌から農作物が取り込む放射性物質の「吸収量」というのはどの程度なのかは、私にとって疑問でした。以下、それへの返答です。湧き出る疑問は尽きません。
鈴木社長のHPより～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～
　農産物には、それぞれ放射性物質を土壌から吸収して作物体内に取り込む量がある。これを「移行係数」という（ホウレンソウなら 0.00054、キャベツなら 0.00092、サツマイモなら 0.033  というように。（セシウム137）。移行係数は一般的に低い。ということは、検出された作物が収穫された土壌には、高い放射性物質が存在するということでもある。
　そこでとれた農産物の安全性が担保されていても、そこで農作業する人の安全性は担保されているのだろうか？先祖代々、受け継がれたきた豊穣の土地を理不尽に汚され、そこで本当に農業を続けていくことができるのだろうか？農地の放射性物質の検査、公開はどの程度進んでいるのだろうか？
　屋外に放置された稲わらからは数万ベクレルの放射性物質が検出されている。周辺の土壌にもおそらくは同じぐらいの放射性物質が降下しているだろう。もし、農地から放射性物質が検出されれば、その農地で生産される農産物の価値は暴落するだろう。長い年月をかけて築き上げた産地やブランドのの価値は一瞬にして地に落ちる。市場で値段がつかず、生産コストが販売コストを上回っても農業という産業は成立するのだろうか？
　政府や東電はきっと「補償する」という言うだろう。でも、いつまで補償するのだろう。放射性物質はそこにずっと残る。たとえ除染したとしても産地の信用を回復するには長い時間がかかるだろう。政府が市場で値段もつかない農産物を買い上げるにしても、その財源は？そして買い取った農産物はどこへいくのだろうか？
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用　おわり
 
　一方、先月、福島県内経済界で活躍するメディア関係の社長ともお会いする機会があり、地元経済人の大変現実的で、前向きな復興プランを伺いました。彼がおっしゃるには、「今は、県民も企業も、ただただ補償についてが最大の関心事になっていて、復興プランの自主的策定に意識が及んでいないのが残念だ。それどころか、先駆的に取り組むことが、逆に補償対象から外れると思いこんでいて、全く受け身な状態が一層情けない」と。
　しかしながら、経済界の有力な経営者たちは、今、覚悟を決めて、放射能で汚染された福島の土は、今後何十年掛っても福島県の中で、放射能汚染のモニュメントとして向き合っていくと。ヒロシマ・ナガサキの被爆の犠牲のもとに「内部被曝の研究」が蓄積・進化したように、放射能汚染の犠牲と向き合って、フクシマから土地の浄化技術・代替エネルギー技術の発信をしていく姿勢が希望となると、そう確信しているようです。それが自立した福島県人の矜持なのでしょう。国頼みではなく、自力で展望は拓く心意気です。
　海外メディアもいろいろですが、こんな記事もあります、「福島原発事故による死者は今後100万人以上、と英紙インディペンデント電子版29日（現地時間）報道」、と韓国メディアが伝えました。根拠の薄い記事も記事ですが、それをまた記事にするスタンスも底が浅いですね（http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&#38;d=0901&#38;f=national_0901_034.shtml）。外国のメディアも玉石混交です、しっかり見極めなければなりません。　　　
　もう一つ、私へのメーリングの中、地元福島で取材する農業系記者の方から、7月に日本各地で講演や記者会見を行ったECRR（欧州放射線リスク委員会）議長のクリス・バズビー氏の論文の邦訳です。前述の英紙インディペンデントが言う100万人というのは、この論文の5倍の数字です。講演の動画はこちらです（http://iwakamiyasumi.com/archives/11569）。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～以下　引用 
『福島の破局的事故の健康影響 欧州放射線リスク委員会（ERCC）のリスクモデルに基づいた解析第一報 』
 以下、この論文の「結論と勧告」を抜粋します。
　ECRRリスクモデルにより福島事故の100キロ圏の住民300万人に対する健康影響を検討した。100キロ圏内に1年居住を続けることにより、今後10年間で10万人、50年間でおよそ20万人がガンを超過発病すると予測された。直ちに避難を行うことでこの数字は大きく減少するだろう。100キロ圏と200キロ圏の間に居住する700万人から、今後10年間で10万人、50年間で22万人が超過発ガンすると予測された。これらの予測値は、ECRRリスクモデルおよびチェルノブイリ事故後のスウェーデンでの発ガンリスクに関する疫学調査に基づいて算定されたものである。
　余談ですが、いまドイツのテレビ局が福島の農家を取材した映像がネットを飛び交っています。福島で有機農業で頑張っている人たちが、この映像のおかげで断りが増えていると嘆いています。30日に三里塚百姓を軸に北総台地の有機農業の百姓衆が数十人集まり、東電成田支社に出向いて交渉し、ぼくも参加しました。
　千葉でも有機農業の産直は3割から4割売り上げが落ちています。三里塚有機農業は国家権力との激しい闘いの中で生まれ、もう40年近い歴史があります。ある古い有機農業の生産者が、会員の消費者（もう10年以上）から「表土を30センチは剥げばいい。剥いでいるのか」と詰問されたと言っていました。30センチの表土作ってきた代々農民の汗と苦労への思いはどこにもないようです。三里塚には、新規就農の若い世代も多くいます。夫婦で頑張っているある人は、消費者からまるで自分たちに責任があるように言われる、と嘆いていました。
　ぼくはいま仲間と福島の高齢農村女性グループと組んで、崩壊した小さな生産・直売・加工を取り戻す取り組みをやっています。こう書くと必ず、都会の運動家から「そんなことをして避難しなければならない人をモルモットにするのか、政府の手先か」という声が来るのは承知しています。しかし、福島で暮らし、耕し続けようとしている人に寄り添わない運動はぼくにはあり得ない。
　 このドイツの映像では「これでは食べのものではない、まるで放射性廃棄物だ」という字幕が入っていました。ぼくは百姓ではないですが、自分で作ったものをこう言われた百姓の気持ちはどうなんでしょう。
　生きかわり死にかわりして打つ田かな：http://www.sunfield.ne.jp/~shihou/kijyo/kijo1.htm
ぼくの好きな村上鬼城の句です。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～K.O.  引用　おわり
 
　日本人同士での不信感、自分本位な都会の消費者の意識、あの福島の原発は誰のための電気を作っていたのでしょうか、今を生きる日本人が試されている、そんな気がします。リスクを定量化して継続的に公開していく努力等、原発事故被災地の農地で、今後、農業をするべきかどうか、どうすることが本当に現地の方々の将来を拓くことになるのか、メディアも含めて、そろそろ真剣に議論する時期ではないでしょうか。
　エネルギー分野では、こんな新しい取り組み、「みんなのエネルギー・環境会議：http://www.meec.jp/」がスタートしています。ただ、ワイワイの「大騒ぎ」ではなく、これだけの犠牲に報いる将来につながる「プラン」を提起したいものです。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　先日、定例の異業種交流勉強会があり、食―農関係の方々と「原発被災地の今後の農業」にいての意見交換ができました<strong>。（株）横市フロマージュ舎（</strong><a href="http://www.milkland-hokkaido.com/koubou/35-yokoichi/index.html"><strong>http://www.milkland-hokkaido.com/koubou/35-yokoichi/index.html</strong></a><strong>）・横市英夫社長、（株）リープス・鈴木善人社長（</strong><a href="http://www.leaps.jp/"><strong>http://www.leaps.jp/</strong></a><strong>）、</strong><a href="http://www.leaps.jp/?p=2784"><strong>http://www.leaps.jp/?p=2784</strong></a><strong>、千野米穀店・徳永善也社長（</strong><a href="http://ja-jp.facebook.com/ChinoGrain"><strong>http://ja-jp.facebook.com/ChinoGrain</strong></a><strong>）</strong>は、それぞれご自分のフィールドから、福島県の今後の農業について率直なお話でした。</p>
<p>　ひと言でいうと、放射能による土壌汚染の実態、汚染の作物への影響等、あまりにも未知のことが多すぎて、検証するデータに乏しく研究も不十分、従って今後の対策についても、「本当のことを公に語るのは難しい状況」でしょうか、かなりの人たちがそう思っていても、口に出した途端に世間から嵐のようなバッシングに会うことは明らか、とか。客観的な展望とこれまで地元で農業一筋でやって来られた方とのギャップは、どうしようもなく大きいです。</p>
<p>　議論の一例として、「土壌汚染」というけれど、土壌の汚染度イコール農作物の汚染度ではないはずですよね、その土壌から農作物が取り込む放射性物質の「吸収量」というのはどの程度なのかは、私にとって疑問でした。以下、それへの返答です。湧き出る疑問は尽きません。</p>
<p>鈴木社長のHPより～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</p>
<p>　農産物には、それぞれ放射性物質を土壌から吸収して作物体内に取り込む量がある。これを「移行係数」という（<a href="http://www.maff.go.jp/j/press/syouan/nouan/pdf/110527-01.pdf">ホウレンソウなら 0.00054、キャベツなら 0.00092、サツマイモなら 0.033  というように。（セシウム137）</a>。移行係数は一般的に低い。ということは、検出された作物が収穫された土壌には、高い放射性物質が存在するということでもある。</p>
<p>　そこでとれた農産物の安全性が担保されていても、そこで農作業する人の安全性は担保されているのだろうか？先祖代々、受け継がれたきた豊穣の土地を理不尽に汚され、そこで本当に農業を続けていくことができるのだろうか？農地の放射性物質の検査、公開はどの程度進んでいるのだろうか？</p>
<p>　屋外に放置された稲わらからは数万ベクレルの放射性物質が検出されている。周辺の土壌にもおそらくは同じぐらいの放射性物質が降下しているだろう。もし、農地から放射性物質が検出されれば、その農地で生産される農産物の価値は暴落するだろう。長い年月をかけて築き上げた産地やブランドのの価値は一瞬にして地に落ちる。市場で値段がつかず、生産コストが販売コストを上回っても農業という産業は成立するのだろうか？</p>
<p>　政府や東電はきっと「補償する」という言うだろう。でも、いつまで補償するのだろう。放射性物質はそこにずっと残る。たとえ除染したとしても産地の信用を回復するには長い時間がかかるだろう。政府が市場で値段もつかない農産物を買い上げるにしても、その財源は？そして買い取った農産物はどこへいくのだろうか？</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用　おわり</p>
<p> </p>
<p>　一方、先月、福島県内経済界で活躍するメディア関係の社長ともお会いする機会があり、地元経済人の大変現実的で、前向きな復興プランを伺いました。彼がおっしゃるには、「今は、県民も企業も、ただただ補償についてが最大の関心事になっていて、復興プランの自主的策定に意識が及んでいないのが残念だ。それどころか、先駆的に取り組むことが、逆に補償対象から外れると思いこんでいて、全く受け身な状態が一層情けない」と。</p>
<p>　しかしながら、経済界の有力な経営者たちは、今、覚悟を決めて、放射能で汚染された福島の土は、今後何十年掛っても福島県の中で、放射能汚染のモニュメントとして向き合っていくと。ヒロシマ・ナガサキの被爆の犠牲のもとに「内部被曝の研究」が蓄積・進化したように、放射能汚染の犠牲と向き合って、フクシマから土地の浄化技術・代替エネルギー技術の発信をしていく姿勢が希望となると、そう確信しているようです。それが自立した福島県人の矜持なのでしょう。国頼みではなく、自力で展望は拓く心意気です。</p>
<p>　海外メディアもいろいろですが、こんな記事もあります、「福島原発事故による死者は今後100万人以上、と英紙インディペンデント電子版29日（現地時間）報道」、と韓国メディアが伝えました。根拠の薄い記事も記事ですが、それをまた記事にするスタンスも底が浅いですね（<a href="http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&amp;d=0901&amp;f=national_0901_034.shtml">http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&amp;d=0901&amp;f=national_0901_034.shtml</a>）。外国のメディアも玉石混交です、しっかり見極めなければなりません。　　　</p>
<p>　もう一つ、私へのメーリングの中、地元福島で取材する農業系記者の方から、7月に日本各地で講演や記者会見を行ったECRR（欧州放射線リスク委員会）議長のクリス・バズビー氏の論文の邦訳です。前述の英紙インディペンデントが言う100万人というのは、この論文の5倍の数字です。講演の動画はこちらです（<a href="http://iwakamiyasumi.com/archives/11569">http://iwakamiyasumi.com/archives/11569</a>）。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～以下　引用 </p>
<p>『福島の破局的事故の健康影響 欧州放射線リスク委員会（ERCC）のリスクモデルに基づいた解析第一報 』</p>
<p> 以下、この論文の「結論と勧告」を抜粋します。</p>
<p>　ECRRリスクモデルにより福島事故の100キロ圏の住民300万人に対する健康影響を検討した。100キロ圏内に1年居住を続けることにより、今後10年間で10万人、50年間でおよそ20万人がガンを超過発病すると予測された。直ちに避難を行うことでこの数字は大きく減少するだろう。100キロ圏と200キロ圏の間に居住する700万人から、今後10年間で10万人、50年間で22万人が超過発ガンすると予測された。これらの予測値は、ECRRリスクモデルおよびチェルノブイリ事故後のスウェーデンでの発ガンリスクに関する疫学調査に基づいて算定されたものである。</p>
<p>　余談ですが、いまドイツのテレビ局が福島の農家を取材した映像がネットを飛び交っています。福島で有機農業で頑張っている人たちが、この映像のおかげで断りが増えていると嘆いています。30日に三里塚百姓を軸に北総台地の有機農業の百姓衆が数十人集まり、東電成田支社に出向いて交渉し、ぼくも参加しました。</p>
<p>　千葉でも有機農業の産直は3割から4割売り上げが落ちています。三里塚有機農業は国家権力との激しい闘いの中で生まれ、もう40年近い歴史があります。ある古い有機農業の生産者が、会員の消費者（もう10年以上）から「表土を30センチは剥げばいい。剥いでいるのか」と詰問されたと言っていました。30センチの表土作ってきた代々農民の汗と苦労への思いはどこにもないようです。三里塚には、新規就農の若い世代も多くいます。夫婦で頑張っているある人は、消費者からまるで自分たちに責任があるように言われる、と嘆いていました。</p>
<p>　ぼくはいま仲間と福島の高齢農村女性グループと組んで、崩壊した小さな生産・直売・加工を取り戻す取り組みをやっています。こう書くと必ず、都会の運動家から「そんなことをして避難しなければならない人をモルモットにするのか、政府の手先か」という声が来るのは承知しています。しかし、福島で暮らし、耕し続けようとしている人に寄り添わない運動はぼくにはあり得ない。</p>
<p>　 このドイツの映像では「これでは食べのものではない、まるで放射性廃棄物だ」という字幕が入っていました。ぼくは百姓ではないですが、自分で作ったものをこう言われた百姓の気持ちはどうなんでしょう。</p>
<p>　生きかわり死にかわりして打つ田かな：<a href="http://www.sunfield.ne.jp/~shihou/kijyo/kijo1.htm">http://www.sunfield.ne.jp/~shihou/kijyo/kijo1.htm</a></p>
<p>ぼくの好きな村上鬼城の句です。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～K.O.  引用　おわり</p>
<p> </p>
<p>　日本人同士での不信感、自分本位な都会の消費者の意識、あの福島の原発は誰のための電気を作っていたのでしょうか、今を生きる日本人が試されている、そんな気がします。リスクを定量化して継続的に公開していく努力等、原発事故被災地の農地で、今後、農業をするべきかどうか、どうすることが本当に現地の方々の将来を拓くことになるのか、メディアも含めて、そろそろ真剣に議論する時期ではないでしょうか。</p>
<p>　エネルギー分野では、こんな新しい取り組み、「<strong>みんなのエネルギー・環境会議：</strong><a href="http://www.meec.jp/"><strong>http://www.meec.jp/</strong></a>」がスタートしています。ただ、ワイワイの「大騒ぎ」ではなく、これだけの犠牲に報いる将来につながる「プラン」を提起したいものです。</p>
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		<title>十勝・個性派のチャレンジ！！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9773</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9773#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 31 Aug 2011 22:26:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9773</guid>
		<description><![CDATA[ 　「アースカフェ・プロジェクト：http://earth-cafe.jp/」を主宰する、（株）リープス（http://www.facebook.com/Leaps.inc）・鈴木善人社長のお誘いがあって、帯広一泊の「アースカフェ・スペシャル（？）」に参加しました。
　まずは、十勝清水の高台から豪快に十勝平野を一望、感動のパノラマでした。遥か地平線に目をやり、それから近くを見るとたくさんの乳牛が豆粒のようですが放牧されています。こんな広い空は、昨年3月の南アフリカ・ケープタウン以来でしょうか（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3570）。
　そこから東京の「北城塾」ご一行様と待ち合わせ予定場所、清水町の「十勝千年の森（Millennium Forest）：http://www.tmf.jp/about.php」に移動しました。北城塾については、塾のキーマン・Maxさんのブログから拝借します（http://ameblo.jp/max24da/entry-10806568893.html）。
　この「北城塾」塾長の北城恪太郎さんは、現在、日本アイ・ビー・エム（株）最高顧問で、経済同友会・前代表幹事、私はIBM常務時代からご指導を頂いていて、経済同友会のフォーラム等でもお世話になっていました。「イノベーション」に関する企業経営者としての見識で、北城さん以上の方にお会いしたことがありません。
　今回、帯広ご出身の柏尾哲哉（http://www.tokachi.co.jp/feature/200910/20091027-0003148.php、http://ja-jp.facebook.com/people/Tetsuya-Kashio/100002375492392）さんから鈴木社長に連絡があり、私も一部このプログラムに参加することになりました。メンバーの方々とご挨拶しましたが、皆さんお若く、第一線のビジネスパーソン、吸収力豊かで前向きな雰囲気が素晴らしかったですね。
　訪問先も実に個性的で「濃厚！」な方々ばかり、自らリスクを取って果敢に挑んでいる、そんな姿に感動しました。まずは、「中藪農園：http://nakayabu.com/?page_id=8」の中藪（なかやぶ）俊秀社長です。ジャガイモの品種へのこだわりと挑戦に気迫を感じました。
 　次は、「北海道ホープランド：http://www.hopeland.jp/」の妹尾（せのお）英美社長、河川敷を活用しての「放牧豚」、「えぞ豚」の商標も登録に挑戦中とのこと。あの年齢（失礼！）で、湧き出るようなアイディアとヴェトナム・モルドバの海外展開等の実践力、源泉は何なんでしょうか、ただただ圧倒されるバイタリティです。
　北城塾長から国の農業政策に対しても意見を求められていましたが、お二人とも明解なコメントで、これまでのご自分の実践に基づき、国際社会の中での自らの農業の立ち位置をしっかり認識されていました。土地の特性によって多様な日本の農業の現実に対して、一律な国レベルの政策ということ自体にすでに無理がある、そんな感じもしました。「十勝農業」と言っても多様であることに留意しなければなりません。これが「農業支援」とか「あるべき日本の農業」とか、軽率な現状認識に基づいて政策を決めては間違えますね。エネルギーも全く同じですが、食、それを支える農業のあり方について、もっともっと幅広い「生活者」の議論が必要なのだと思います、消費者とか素人とか言わないでですね、自分たちの問題ですから。
　その他に、たくさんの気づき、話題がありましたが、映像の説得力にはかないません、鈴木善人社長撮影のフォトアルバムに代えさせてもらいます。https://picasaweb.google.com/leaps.inc/WlIfgF?authuser=0&#38;authkey=Gv1sRgCJ2q2cqP5Ov3ZA&#38;feat=directlink
　突き抜けるような、いっぱいの青空と地平線を目の当たりにして、体の中を清流が通り抜けていく、久しぶりの透明感です！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p> 　「アースカフェ・プロジェクト：<a href="http://earth-cafe.jp/">http://earth-cafe.jp/</a>」を主宰する、（株）リープス（<a href="http://www.facebook.com/Leaps.inc">http://www.facebook.com/Leaps.inc</a>）・鈴木善人社長のお誘いがあって、帯広一泊の「アースカフェ・スペシャル（？）」に参加しました。</p>
<p>　まずは、十勝清水の高台から豪快に十勝平野を一望、感動のパノラマでした。遥か地平線に目をやり、それから近くを見るとたくさんの乳牛が豆粒のようですが放牧されています。こんな広い空は、昨年3月の南アフリカ・ケープタウン以来でしょうか（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3570">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3570</a>）。</p>
<div id="attachment_9774" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010669.jpg"><img class="size-medium wp-image-9774" title="p1010669" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010669-500x375.jpg" alt="十勝清水の展望台から帯広方面を望む" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">十勝清水の展望台から帯広方面・地平線を望む</p></div>
<div id="attachment_9775" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010672.jpg"><img class="size-medium wp-image-9775" title="p1010672" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010672-500x375.jpg" alt="酪農王国：牧草を食む乳牛" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">酪農王国：牧草を食む乳牛</p></div>
<p>　そこから東京の「<strong>北城塾</strong>」ご一行様と待ち合わせ予定場所、清水町の「<strong>十勝千年の森（Millennium Forest）：</strong><a href="http://www.tmf.jp/about.php"><strong>http://www.tmf.jp/about.php</strong></a><strong>」</strong>に移動しました。北城塾については、塾のキーマン・Maxさんのブログから拝借します（<a href="http://ameblo.jp/max24da/entry-10806568893.html">http://ameblo.jp/max24da/entry-10806568893.html</a>）。</p>
<p>　この「北城塾」塾長の北城恪太郎さんは、現在、日本アイ・ビー・エム（株）最高顧問で、経済同友会・前代表幹事、私はIBM常務時代からご指導を頂いていて、経済同友会のフォーラム等でもお世話になっていました。「イノベーション」に関する企業経営者としての見識で、北城さん以上の方にお会いしたことがありません。</p>
<p>　今回、帯広ご出身の柏尾哲哉（<a href="http://www.tokachi.co.jp/feature/200910/20091027-0003148.php">http://www.tokachi.co.jp/feature/200910/20091027-0003148.php</a>、<a href="http://ja-jp.facebook.com/people/Tetsuya-Kashio/100002375492392">http://ja-jp.facebook.com/people/Tetsuya-Kashio/100002375492392</a>）さんから鈴木社長に連絡があり、私も一部このプログラムに参加することになりました。メンバーの方々とご挨拶しましたが、皆さんお若く、第一線のビジネスパーソン、吸収力豊かで前向きな雰囲気が素晴らしかったですね。</p>
<p>　訪問先も実に個性的で「濃厚！」な方々ばかり、自らリスクを取って果敢に挑んでいる、そんな姿に感動しました。まずは、「<strong>中藪農園：</strong><a href="http://nakayabu.com/?page_id=8"><strong>http://nakayabu.com/?page_id=8</strong></a>」の中藪（なかやぶ）俊秀社長です。ジャガイモの品種へのこだわりと挑戦に気迫を感じました。</p>
<div id="attachment_9821" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1060022.jpg"><img class="size-medium wp-image-9821" title="p1060022" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1060022-500x333.jpg" alt="「中藪農園」のカボチャ畑で" width="500" height="333" /></a><p class="wp-caption-text">「中藪農園」のカボチャ畑で</p></div>
<p> 　次は、「<strong>北海道ホープランド：</strong><a href="http://www.hopeland.jp/"><strong>http://www.hopeland.jp/</strong></a>」の妹尾（せのお）英美社長、河川敷を活用しての「放牧豚」、「えぞ豚」の商標も登録に挑戦中とのこと。あの年齢（失礼！）で、湧き出るようなアイディアとヴェトナム・モルドバの海外展開等の実践力、源泉は何なんでしょうか、ただただ圧倒されるバイタリティです。</p>
<div id="attachment_9822" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p10106751.jpg"><img class="size-medium wp-image-9822" title="p10106751" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p10106751-500x375.jpg" alt="ホープランド・放牧豚" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">北海道ホープランド・えぞ豚（放牧豚）</p></div>
<p>　北城塾長から国の農業政策に対しても意見を求められていましたが、お二人とも明解なコメントで、これまでのご自分の実践に基づき、国際社会の中での自らの農業の立ち位置をしっかり認識されていました。土地の特性によって多様な日本の農業の現実に対して、一律な国レベルの政策ということ自体にすでに無理がある、そんな感じもしました。「十勝農業」と言っても多様であることに留意しなければなりません。これが「農業支援」とか「あるべき日本の農業」とか、軽率な現状認識に基づいて政策を決めては間違えますね。エネルギーも全く同じですが、食、それを支える農業のあり方について、もっともっと幅広い「生活者」の議論が必要なのだと思います、消費者とか素人とか言わないでですね、自分たちの問題ですから。</p>
<p>　その他に、たくさんの気づき、話題がありましたが、映像の説得力にはかないません、鈴木善人社長撮影のフォトアルバムに代えさせてもらいます。<a href="https://picasaweb.google.com/leaps.inc/WlIfgF?authuser=0&amp;authkey=Gv1sRgCJ2q2cqP5Ov3ZA&amp;feat=directlink">https://picasaweb.google.com/leaps.inc/WlIfgF?authuser=0&amp;authkey=Gv1sRgCJ2q2cqP5Ov3ZA&amp;feat=directlink</a></p>
<p>　突き抜けるような、いっぱいの青空と地平線を目の当たりにして、体の中を清流が通り抜けていく、久しぶりの透明感です！</p>
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		</item>
		<item>
		<title>札幌演劇シーズン2012－冬</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9763</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9763#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 29 Aug 2011 23:22:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　「札幌演劇シーズン2012―冬：http://s-e-season.com/」と銘打って、まずは来年1月28日（土）から2月25日（土）までの1カ月間、札幌に演劇シーズンを創ろうと、、二つの専属プロ劇団がレパートリー作品を再演します。先日、その記者会見が和やかに開催されました、いずれ欧米のように、冬3カ月、夏3カ月の半年間にしていきたいという意欲も感じましたね。この辺の経過は、北海道演劇財団（http://www.h-paf.ne.jp/）・平田修二専務理事が、こちらで詳細を語っています（http://theaterkino.net/wp/?p=1726）。
　劇団イナダ組（http://www.inadagumi.net/）・イナダさん、劇団TPS（http://www.h-paf.ne.jp/tps/tps.html）・齊藤歩さん、そして、今立ち上がっていて私も呼びかけ人の「演劇による創造都市札幌実現プロジェクト：http://s-e-season.com/about-project/」の代表幹事・蔵隆司さんが壇上に並んでの会見でした。まずは来年の冬・夏の１ヵ月間、毎日レパートリー作品の上演をしていく所から始まります。
 　今年３月、劇団TPSが「レパートリーシアター：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7983」を行いました。途中、大震災が起こりましたが、こんな時期であるがゆえに舞台の力で皆さんを力づけようと、公演を続けました、素晴らしい判断だったと思います。今回、この大成功も踏まえて、札幌のマチづくりの軸としての多彩な「芸術・文化」を皆で育て・楽しもう、そんな進化を感じます。
　すでに名のある役者・芝居をただ観るのも結構でしょうが、手身近な惣菜を買ってくるように芝居を観て終りで「消費する」のではなく、役者を目指す若い連中、或いは芝居で生きていこうと決めている人たちが、この札幌のマチから続々と輩出される、そのような人たちを劇場に足を運ぶことで育て、勇気づけるみたいな、少々おこがましいですが、こんな風土が北海道にはあると思うし、期待したいですね。
　テレビ・映画・舞台を観ながら、「あの役者、若い頃はこの劇場で一生懸命だったね」とか、辛口の批評も大歓迎、役者・演出家とともに育つファンは魅力的だとは思いませんか！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「<strong>札幌演劇シーズン2012―冬：</strong><a href="http://s-e-season.com/">http://s-e-season.com/</a>」と銘打って、まずは来年1月28日（土）から2月25日（土）までの1カ月間、札幌に演劇シーズンを創ろうと、、二つの専属プロ劇団がレパートリー作品を再演します。先日、その記者会見が和やかに開催されました、いずれ欧米のように、冬3カ月、夏3カ月の半年間にしていきたいという意欲も感じましたね。この辺の経過は、北海道演劇財団（<a href="http://www.h-paf.ne.jp/">http://www.h-paf.ne.jp/</a>）・平田修二専務理事が、こちらで詳細を語っています（<a href="http://theaterkino.net/wp/?p=1726">http://theaterkino.net/wp/?p=1726</a>）。</p>
<p>　劇団イナダ組（<a href="http://www.inadagumi.net/">http://www.inadagumi.net/</a>）・イナダさん、劇団TPS（<a href="http://www.h-paf.ne.jp/tps/tps.html">http://www.h-paf.ne.jp/tps/tps.html</a>）・齊藤歩さん、そして、今立ち上がっていて私も呼びかけ人の「演劇による創造都市札幌実現プロジェクト：<a href="http://s-e-season.com/about-project/">http://s-e-season.com/about-project/</a>」の代表幹事・蔵隆司さんが壇上に並んでの会見でした。まずは来年の冬・夏の１ヵ月間、毎日レパートリー作品の上演をしていく所から始まります。</p>
<div id="attachment_9771" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010664.jpg"><img class="size-medium wp-image-9771" title="p1010664" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010664-500x375.jpg" alt="記者会見で抱負を語る演出・役者の皆さん" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">記者会見で抱負を語る演出・役者の皆さん</p></div>
<p> 　今年３月、劇団TPSが「レパートリーシアター：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7983">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7983</a>」を行いました。途中、大震災が起こりましたが、こんな時期であるがゆえに舞台の力で皆さんを力づけようと、公演を続けました、素晴らしい判断だったと思います。今回、この大成功も踏まえて、札幌のマチづくりの軸としての多彩な「芸術・文化」を皆で育て・楽しもう、そんな進化を感じます。</p>
<p>　すでに名のある役者・芝居をただ観るのも結構でしょうが、手身近な惣菜を買ってくるように芝居を観て終りで「消費する」のではなく、役者を目指す若い連中、或いは芝居で生きていこうと決めている人たちが、この札幌のマチから続々と輩出される、そのような人たちを劇場に足を運ぶことで育て、勇気づけるみたいな、少々おこがましいですが、こんな風土が北海道にはあると思うし、期待したいですね。</p>
<p>　テレビ・映画・舞台を観ながら、「あの役者、若い頃はこの劇場で一生懸命だったね」とか、辛口の批評も大歓迎、役者・演出家とともに育つファンは魅力的だとは思いませんか！</p>
]]></content:encoded>
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		<title>いいね！さっぽろ給食リサイクル</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9765</link>
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		<pubDate>Sun, 28 Aug 2011 06:04:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　第19回「生ごみリサイクル交流会2011：http://www.taihika-kyokai.or.jp/kouryu/19th/19th.htm」が、東京の早稲田大学で開催されました。昨年、一昨年も参加しました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%81%9F%E3%81%84%E8%82%A5%E5%8C%96%E5%8D%94%E4%BC%9A）。
　今年の全体会・事例報告では、集まった500名を前に、「さっぽろ学校給食フードリサイクル･･･学校、行政、地域、農家の輪をつくる：http://www.city.sapporo.jp/kyoiku/top/kyushoku/recycle/recycle.html」として、札幌市教育委員会栄養担当 係長 田村 理都子 さん、元札幌大学 教授 綱島 不二雄 さんのお二人から実践発表がありました。札幌市民の一人として、当日会場で大変誇りに感じました！
 　当日配布のパンフには、～～～～～～～
　「○○ちゃん、作り方よく知ってるね」「給食おいしいね」。こどもたちだけでなく、先生方の職員室での会話もはずむ。フードリサイクルは、2006年4月、モデル校2校でのスタート。2011年は95校が参加。きっかけは、2005年8月の調理員講習会「地産地消にもう一品加える学校給食」である。フードリサイクルの大切さを教育委員会が重視。関係する環境局、農政局との合議をすすめ、4ヵ月で次年度開始にこぎつけた。実践校では、保護者も大ハッスル。年2回の「連絡会議」は、企業、農協、給食会、学校長、栄養教諭、調理員、市役所（環境・農政・教育）がメンバーである。さらに大きな輪をめざす。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～とあります。
　なかなか縦割り組織の中で難しい取り組みだったとは思うのですが、綱島不二雄先生のリーダーシップと田村 理都子さんの実践力・説得力で、素晴らしい実践の成果を挙げられました。以下、お二人の報告からいくつかキーワードを。
＊　美味しく、楽しく、「リサイクル」
＊　生ゴミ燃やすな！行政は情熱燃やせ！！
＊　「リサイクル」は、「人の輪」であり、それは子どもたちに「社会を見せる」効果となる
＊　「リサイクル」に学校教育が入ってくると新たな質的レベルアップとなる：授業科目に展開、すなわちカリキュラムに組み入れること、体験活動から考える場面を創り出し、それが次の体験活動のレベルを上げる好循環
＊　「もったいない」、「ありがとう」の言葉の持つ意味を実感として理解出来る
＊　学校・家庭・地域の協力体制が生まれる
　以前、綱島先生が札幌にいらっしゃった時に、私はこの取り組みを伺っていました。昔、山形県鶴岡市で綱島先生が取り組んだ学校給食での実践に裏付けられた、本当に素晴らしい活動です。当日、大変控えめに語られていましたが、開会前、会場入口で先生と個別にお会いしてのお話では、現在、仙台で宮城県復興会議の市民代表として率先して行動されているとのことでした。いつも変わらずに、優しく市民・子どもたちを見つめる姿に感動します。
　一つだけ残念だったのは、札幌市内には、民間企業、市民活動として幾つかの「生ゴミリサイクル」を実践している方々がいるのを承知していますが、この事例は「札幌市関係団体」で完結していて、今後はもっと多様な活動者の参画も取り込めば、さらに進化したリサイクルに発展すると思います。
　しかし、190万都市の札幌で、短期間にこのような実践を行うことが出来たのは、今後ほかの新しい取り組み、たとえば「代替エネルギーの検討・導入」、「冬の除雪体制」等にも、きっと良い波及効果を生み出すと思います。今、任にある方が出来ない理由を挙げつらうのではなく、まず意識を変えてやる気になる、そしてネットワーク形成をしてやって見る、そして結果を検証する、「やれば出来る！」、そんな市民力に期待したいですね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　第19回「<strong>生ごみリサイクル交流会2011：</strong><a href="http://www.taihika-kyokai.or.jp/kouryu/19th/19th.htm"><strong>http://www.taihika-kyokai.or.jp/kouryu/19th/19th.htm</strong></a>」が、東京の早稲田大学で開催されました。昨年、一昨年も参加しました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%81%9F%E3%81%84%E8%82%A5%E5%8C%96%E5%8D%94%E4%BC%9A">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%81%9F%E3%81%84%E8%82%A5%E5%8C%96%E5%8D%94%E4%BC%9A</a>）。</p>
<p>　今年の全体会・事例報告では、集まった500名を前に、「<strong>さっぽろ学校給食フードリサイクル･･･学校、行政、地域、農家の輪をつくる：</strong><a href="http://www.city.sapporo.jp/kyoiku/top/kyushoku/recycle/recycle.html">http://www.city.sapporo.jp/kyoiku/top/kyushoku/recycle/recycle.html</a>」として、札幌市教育委員会栄養担当 係長 田村 理都子 さん、元札幌大学 教授 綱島 不二雄 さんのお二人から実践発表がありました。札幌市民の一人として、当日会場で大変誇りに感じました！</p>
<div id="attachment_9769" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010665.jpg"><img class="size-medium wp-image-9769" title="p1010665" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010665-500x375.jpg" alt="早稲田大学国際会議場で発表する田村さんと綱島先生" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">早稲田大学国際会議場で発表する田村さんと綱島先生</p></div>
<p> 　当日配布のパンフには、～～～～～～～</p>
<p>　「○○ちゃん、作り方よく知ってるね」「給食おいしいね」。こどもたちだけでなく、先生方の職員室での会話もはずむ。フードリサイクルは、2006年4月、モデル校2校でのスタート。2011年は95校が参加。きっかけは、2005年8月の調理員講習会「地産地消にもう一品加える学校給食」である。フードリサイクルの大切さを教育委員会が重視。関係する環境局、農政局との合議をすすめ、4ヵ月で次年度開始にこぎつけた。実践校では、保護者も大ハッスル。年2回の「連絡会議」は、企業、農協、給食会、学校長、栄養教諭、調理員、市役所（環境・農政・教育）がメンバーである。さらに大きな輪をめざす。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～とあります。</p>
<p>　なかなか縦割り組織の中で難しい取り組みだったとは思うのですが、綱島不二雄先生のリーダーシップと田村 理都子さんの実践力・説得力で、素晴らしい実践の成果を挙げられました。以下、お二人の報告からいくつかキーワードを。</p>
<p>＊　美味しく、楽しく、「リサイクル」</p>
<p>＊　生ゴミ燃やすな！行政は情熱燃やせ！！</p>
<p>＊　「リサイクル」は、「人の輪」であり、それは子どもたちに「社会を見せる」効果となる</p>
<p>＊　「リサイクル」に学校教育が入ってくると新たな質的レベルアップとなる：授業科目に展開、すなわちカリキュラムに組み入れること、体験活動から考える場面を創り出し、それが次の体験活動のレベルを上げる好循環</p>
<p>＊　「もったいない」、「ありがとう」の言葉の持つ意味を実感として理解出来る</p>
<p>＊　学校・家庭・地域の協力体制が生まれる</p>
<p>　以前、綱島先生が札幌にいらっしゃった時に、私はこの取り組みを伺っていました。昔、山形県鶴岡市で綱島先生が取り組んだ学校給食での実践に裏付けられた、本当に素晴らしい活動です。当日、大変控えめに語られていましたが、開会前、会場入口で先生と個別にお会いしてのお話では、現在、仙台で宮城県復興会議の市民代表として率先して行動されているとのことでした。いつも変わらずに、優しく市民・子どもたちを見つめる姿に感動します。</p>
<p>　一つだけ残念だったのは、札幌市内には、民間企業、市民活動として幾つかの「生ゴミリサイクル」を実践している方々がいるのを承知していますが、この事例は「札幌市関係団体」で完結していて、今後はもっと多様な活動者の参画も取り込めば、さらに進化したリサイクルに発展すると思います。</p>
<p>　しかし、190万都市の札幌で、短期間にこのような実践を行うことが出来たのは、今後ほかの新しい取り組み、たとえば「代替エネルギーの検討・導入」、「冬の除雪体制」等にも、きっと良い波及効果を生み出すと思います。今、任にある方が出来ない理由を挙げつらうのではなく、まず意識を変えてやる気になる、そしてネットワーク形成をしてやって見る、そして結果を検証する、「やれば出来る！」、そんな市民力に期待したいですね。</p>
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		<title>「2025年の病院のあり方」提言！</title>
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		<pubDate>Thu, 25 Aug 2011 04:59:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9730</guid>
		<description><![CDATA[　毎月、第三木曜日の早朝に、民間病院の理事長・院長が集まる勉強会「木朝会：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%9C%A8%E6%9C%9D%E4%BC%9A」、今月は特別夜間例会として先日開催されました。テーマは、「2025年の日本を想定した病院のあり方に関する報告書：http://www.ajha.or.jp/voice/pdf/arikata/2011_arikata.pdf」について、全日本病院協会（全日病：http://www.ajha.or.jp/）常任理事で、禎心会（http://www.teishinkai.jp/）理事長・徳田禎久先生のご報告でした。
 　この札幌の勉強会から、現在の全日病会長・西澤寛俊先生、常任理事・徳田禎久先生が大活躍されています。更にさかのぼると、診療報酬を議論する最も重要な機関、中央社会保険医療協議会（中医協：http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000008ffd.html）の委員として、竹内實先生が7年半も奮闘されて、現在は西澤先生が委員として活動されています。この木朝会は20数年前の設立時、竹内先生と私でアイディアを出し合い、札幌パークホテルを会場として始まり、メンバーはかなり変わりましたが今も続いています。先日の夜間例会には、竹内・西澤先生も講師の徳田先生とともにご出席でした。今、思い出してみても、日本の医療制度への積極的提言活動に燃えた素晴らしい日々でした。間違いなく、北海道の医療経営者が政策をリードしてきました、「地域一般病床」はじめ、政策に盛り込まれた項目もこの間かなりに及んでいます。
　詳細は省きますが、今回の報告書は、昨年4月に西澤会長から次のような指示があったそうです、「高齢社会がピークに達する2025年の日本における医療介護提供のあり方を検討し報告すること」と。そして、既刊の報告者や直近の医療情勢にとらわれず、１）社会構造の変化や経済の将来見通し等も踏まえた現実的な対応＜現実的シナリオ＞、２）これまで追求してきた理想的な医療介護提供のあり方を再検討＜理想的シナリオ＞です。
　先日、徳田先生もお話されていました、政治の混迷、暗い経済見通し等の中で、将来予測することは大変難しい時期ではありましたが、「医療基本法」制定に向けた整備作業、「産業としての医療」等に対して、果敢に提言しようとする姿勢は、ささやかながら共に議論してきた者として「誇り」に感じています。
　思い起こせば、今でこそ定着した「介護保険」も、導入に向けた事前議論・実験的試み等、かなりの活動がこの北海道をフィールドに、医療関係者の献身的な努力でなされたことも、私たちはしっかり記憶に留めて置くことが大切です。これまで培った医療提供体制基盤を、過疎化とか少子高齢化と言って、簡単に統合したり廃止したりするのは、あまりに知恵がないですね。
　今、北海道の将来を担う人々を支える「健康・医療」を、しっかり議論し実践していきたいものです、せっかく素晴らしい先生方がいらっしゃるのですから。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　毎月、第三木曜日の早朝に、民間病院の理事長・院長が集まる勉強会「<strong>木朝会</strong>：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%9C%A8%E6%9C%9D%E4%BC%9A">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%9C%A8%E6%9C%9D%E4%BC%9A</a>」、今月は特別夜間例会として先日開催されました。テーマは、「2025年の日本を想定した病院のあり方に関する報告書：<a href="http://www.ajha.or.jp/voice/pdf/arikata/2011_arikata.pdf">http://www.ajha.or.jp/voice/pdf/arikata/2011_arikata.pdf</a>」について、全日本病院協会（全日病：<a href="http://www.ajha.or.jp/">http://www.ajha.or.jp/</a>）常任理事で、禎心会（<a href="http://www.teishinkai.jp/">http://www.teishinkai.jp/</a>）理事長・徳田禎久先生のご報告でした。</p>
<div id="attachment_9731" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010652.jpg"><img class="size-medium wp-image-9731" title="p1010652" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010652-500x375.jpg" alt="全日病常務理事・徳田禎久先生" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">全日病常務理事・徳田禎久先生</p></div>
<p> 　この札幌の勉強会から、現在の全日病会長・西澤寛俊先生、常任理事・徳田禎久先生が大活躍されています。更にさかのぼると、診療報酬を議論する最も重要な機関、中央社会保険医療協議会（中医協：<a href="http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000008ffd.html">http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000008ffd.html</a>）の委員として、竹内實先生が7年半も奮闘されて、現在は西澤先生が委員として活動されています。この木朝会は20数年前の設立時、竹内先生と私でアイディアを出し合い、札幌パークホテルを会場として始まり、メンバーはかなり変わりましたが今も続いています。先日の夜間例会には、竹内・西澤先生も講師の徳田先生とともにご出席でした。今、思い出してみても、日本の医療制度への積極的提言活動に燃えた素晴らしい日々でした。間違いなく、北海道の医療経営者が政策をリードしてきました、「地域一般病床」はじめ、政策に盛り込まれた項目もこの間かなりに及んでいます。</p>
<p>　詳細は省きますが、今回の報告書は、昨年4月に西澤会長から次のような指示があったそうです、「<strong>高齢社会がピークに達する2025年の日本における医療介護提供のあり方を検討し報告すること</strong>」と。そして、既刊の報告者や直近の医療情勢にとらわれず、１）社会構造の変化や経済の将来見通し等も踏まえた現実的な対応<strong>＜現実的シナリオ＞</strong>、２）これまで追求してきた理想的な医療介護提供のあり方を再検討<strong>＜理想的シナリオ＞</strong>です。</p>
<p>　先日、徳田先生もお話されていました、政治の混迷、暗い経済見通し等の中で、将来予測することは大変難しい時期ではありましたが、「医療基本法」制定に向けた整備作業、「産業としての医療」等に対して、果敢に提言しようとする姿勢は、ささやかながら共に議論してきた者として「誇り」に感じています。</p>
<p>　思い起こせば、今でこそ定着した「介護保険」も、導入に向けた事前議論・実験的試み等、かなりの活動がこの北海道をフィールドに、医療関係者の献身的な努力でなされたことも、私たちはしっかり記憶に留めて置くことが大切です。これまで培った医療提供体制基盤を、過疎化とか少子高齢化と言って、簡単に統合したり廃止したりするのは、あまりに知恵がないですね。</p>
<p>　今、北海道の将来を担う人々を支える「健康・医療」を、しっかり議論し実践していきたいものです、せっかく素晴らしい先生方がいらっしゃるのですから。</p>
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		<title>「当たり前」の光景が素晴らしい・・・</title>
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		<pubDate>Mon, 22 Aug 2011 23:30:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9724</guid>
		<description><![CDATA[　月１回の異業種交流会が終わっての帰り路、道庁前庭沿いをゆっくり歩いていると、池のほとりで数組の家族がのんびりと過ごしていました。お父さんに手をひかれて歩く男の子、おばあちゃんとお母さんと一緒の女の子、私は勝手にそう決めつけてカメラを向けました。
 　今から７年前でしたね、札幌を猛烈な台風が襲い、市内でも風速５０メートルを越えた時（http://www.rinya.maff.go.jp/hokkaido/news/taihu18_2004.html）、この道庁の大木も倒れ、道を一時塞ぎました。ある意味ではどこにでもある、ただの昼下がりの光景ですが、それがたまらなく幸せに見えるから不思議です。
　一方、家の庭には、今年も花が咲きました。窮屈な地面から、精一杯花弁を拡げて咲いている、何とも愛おしい姿です。
　冷やしたスイカと贈って頂いたナシ（幸水）を食べながら、今年の濃密な夏を振り返るひと時、そんな「当たり前」の時に感謝です。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　月１回の異業種交流会が終わっての帰り路、道庁前庭沿いをゆっくり歩いていると、池のほとりで数組の家族がのんびりと過ごしていました。お父さんに手をひかれて歩く男の子、おばあちゃんとお母さんと一緒の女の子、私は勝手にそう決めつけてカメラを向けました。</p>
<div id="attachment_9725" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010649.jpg"><img class="size-medium wp-image-9725" title="p1010649" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010649-500x375.jpg" alt="道庁中庭では、小さな子供たちが" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">道庁中庭では、小さな子供たちが</p></div>
<p> 　今から７年前でしたね、札幌を猛烈な台風が襲い、市内でも風速５０メートルを越えた時（<a href="http://www.rinya.maff.go.jp/hokkaido/news/taihu18_2004.html">http://www.rinya.maff.go.jp/hokkaido/news/taihu18_2004.html</a>）、この道庁の大木も倒れ、道を一時塞ぎました。ある意味ではどこにでもある、ただの昼下がりの光景ですが、それがたまらなく幸せに見えるから不思議です。</p>
<p>　一方、家の庭には、今年も花が咲きました。窮屈な地面から、精一杯花弁を拡げて咲いている、何とも愛おしい姿です。</p>
<div id="attachment_9726" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010648.jpg"><img class="size-medium wp-image-9726" title="p1010648" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010648.jpg" alt="今年もまた咲きました" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">今年もまた咲きました</p></div>
<p>　冷やしたスイカと贈って頂いたナシ（幸水）を食べながら、今年の濃密な夏を振り返るひと時、そんな「当たり前」の時に感謝です。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>ビハール号事件（4）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9708</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9708#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 20 Aug 2011 04:25:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9708</guid>
		<description><![CDATA[　昨日の東京は、昼前に猛烈な豪雨と雷、東京駅丸の内地下街への入り口の階段は、まるで滝のように水が勢いよく流れ落ちていました。そして、今日の午前中の札幌、突然空が暗くなり、同じように雷鳴とどしゃ降りの雨です、今はもうすっかりあがって日差しも出ています。気温も空の様子も、急に、秋の気配です。
　「鎮魂」という言葉が、今年のお盆は特に重たいですね、3月の震災の影響か、先日の北海道新聞5回連載記事の余韻かは判りませんが・・・・。この1週間、たくさんの方々とメールのやり取り他、ご意見・ご感想をお寄せ頂き、いつもとはひと味もふた味も違った終戦記念日前後でした、幾つかご紹介致します。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～
＜私の叔母から＞
記事を繰り返し重い心で読みました。表現できないことが多いですが私だけの感想を簡単にのべてみます。
＊　ハンガリーとの違い：ハンガリーは戦時中、自国をロシアに蹂躙され、それに応戦するドイツにも国をことごとく破壊されました。したがって国民は国を守る為に戦ったので、敗れても、ひどい目にあったがベストを尽くしたと思っています。ナンドールも故郷が戦場で戦いました。
＊　最近テレビドラマで時々戦中、戦後の物語が放映されますが、私（80歳）共の世代から見ると 悲惨な、苦しいことばかり強調されて、クラスメート皆で「楽しいこと、美しいこともいっぱいあったのにねー」と、何か別の世界が映されている感じです。人間として偉い、尊敬する軍人も民間人も多かったです。宏お義兄さんの白い制服に短剣を帯びて、もの静かに歩く姿も神々しい感じでした。今そんな大人が何人いるでしょうか。この頃、民主主義に疑問を持つことが多いです。独裁者は嫌ですが、選挙のシステムなど根本的に考える必要があるように思います。
＜永年の友人宛のメールから＞
うちのオヤジも満州に行った陸軍二等兵ですが、通信部隊だったそうですが、やはり詳しいことは口をつぐんでいましたが、戦友とは最後まで仲が良かったのと、国（政府）というか権威というものを全く信じなかったことがとても印象に残っています。私の喉に刺さるが如くの小骨だらけの反骨精神もこのへんのオヤジの影響かも知れません。
ビハール号事件は明治の軍隊ではあり得ない事件だと思います。組織も人間も簡単に劣化していくことを無残でかつみじめな形で表した事件だと思いますが、劣化は当然他人事でも昔の話でもありませんので、まさに教訓の宝庫なのでしょう。
事件の主役となった重巡「利根」は、砲弾が散らばらないように艦首部に主砲4基を集中した珍しい艦ですが、被告の黛治夫艦長は、砲撃の理論家でも有名でもあったのでこの記事を読んで驚きました。そんなことがあったのか、です。
海軍はその性格上技術屋の集団（艦という機械と電気で出来た動く設備・装置に乗っかった軍隊）ですので、観念的なことは嫌ったはずですが、理論・理屈でははったりには対抗できず、あちこちに青年将校という名の無責任なはったり屋がはこびりだしてこういうことになっていったのだと思います。本来の責任は戦隊以下の現場（現地部隊）ではなく、艦隊司令部とか連合艦隊司令部などの上級司令部でしょうね。記事では軍令部とありますが、キーマンは艦隊司令長官でしょう、南西方面艦隊の高須中将ですね。
陸軍では有名なビルマの山岳地帯を舞台にしたインパール作戦があります。この作戦は軍事理論無視の無茶苦茶で有名ですが、この話も知れば知るほど怒りがこみ上げてきます。担当した軍司令部とその上の方面軍や南方総軍司令部の現地部隊への無理難題が、多くの将兵を死に追いやった他、作戦を担当した4師団の師団長が命令違反で全員解任されるという、陸軍史上始まって以来の事態を引き起こしました。
こういう陸海軍共通した話は、現代の企業戦士の自殺や過労死に通じる話ではないか、と思っています。その意味ではその昔あった話ではないのですね。われわれには被害、加害を問わず、これらの事件と同じ体質を持っているということだと思います。
＜私から知人Aへ＞
記事の余韻はまだ続きます。昨日は財団事務所に市内の方から電話を頂き、お父様の介護の時に、秋山愛生舘の関係する方にお世話になり、そのお礼を言いたかったと。また、数日前にはやはりお電話で、お父様が「利根」の乗組員だったそうで、ビハール号事件の時に乗っていたかどうかを確認出来ないかというお問い合わせでした。東京・目黒の防衛研究所・図書館閲覧室をご紹介しました。
＜私から知人Bへ＞
先日、実は戦史に詳しい方とお話をしました。彼の言では、イギリスの戦犯裁判とアメリカの戦犯裁判とでは、随分その処分が違っていると。アメリカの場合は、「怨念」がかなり強く、捕虜3人の殺害事件に対して、戦犯7人の絞首刑とかもかなりあったそうです。ビハール号事件では、65名の捕虜殺害に対して、幹部とは言え1名の絞首刑、1名の実刑7年判決というのは異例の「軽さ」であり、これは英国の日本海軍への敬いとか歴史の尊重とかと考えることが出来るのでは、という見解でした。手を下した人々が一人も裁かれていないというのも、犠牲になったお二人の「武士道精神」を英国が根底では受けとめたのでは、と。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり
　一昨日でしたか、NHK・BSプレミアム（http://www.nhk.or.jp/shogen/）で「シベリア抑留」についての番組がありました。内容は、「戦後、５７万を超える日本人が強制労働を強いられた『シベリア抑留』。過酷な収容所の日々、そして戦後日本での苦難。激動の歳月を、人々はどのように生き抜いたのか？」です。
　番組HPには、「過酷な労働を強いられ、少なくとも５万５０００人以上が命を落としたとされる『シベリア抑留』。苛（か）烈な生存状況を激化させた日本軍組織の矛盾。スターリン体制のもとで行われた旧ソ連の徹底した思想教育。新たな苦難を余儀なくされた冷戦下の戦後日本。６０年を超える激動の日々を、人々はどのように生き抜いたのか？　今も、深いかっとうを抱え続ける元抑留者たち。肉声で語るシベリア抑留の記録。」とありました。日本軍の中での葛藤、帰国後の苦難等、見応えがありました。
　それぞれの戦争体験、それぞれの想い、いずれも実に重たい話です、特にこの2011年は。鎮魂の8月は続きます。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　昨日の東京は、昼前に猛烈な豪雨と雷、東京駅丸の内地下街への入り口の階段は、まるで滝のように水が勢いよく流れ落ちていました。そして、今日の午前中の札幌、突然空が暗くなり、同じように雷鳴とどしゃ降りの雨です、今はもうすっかりあがって日差しも出ています。気温も空の様子も、急に、秋の気配です。</p>
<p>　「鎮魂」という言葉が、今年のお盆は特に重たいですね、3月の震災の影響か、先日の北海道新聞5回連載記事の余韻かは判りませんが・・・・。この1週間、たくさんの方々とメールのやり取り他、ご意見・ご感想をお寄せ頂き、いつもとはひと味もふた味も違った終戦記念日前後でした、幾つかご紹介致します。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</p>
<p>＜私の叔母から＞</p>
<p>記事を繰り返し重い心で読みました。表現できないことが多いですが私だけの感想を簡単にのべてみます。</p>
<p>＊　ハンガリーとの違い：ハンガリーは戦時中、自国をロシアに蹂躙され、それに応戦するドイツにも国をことごとく破壊されました。したがって国民は国を守る為に戦ったので、敗れても、ひどい目にあったがベストを尽くしたと思っています。ナンドールも故郷が戦場で戦いました。<br />
＊　最近テレビドラマで時々戦中、戦後の物語が放映されますが、私（80歳）共の世代から見ると 悲惨な、苦しいことばかり強調されて、クラスメート皆で「楽しいこと、美しいこともいっぱいあったのにねー」と、何か別の世界が映されている感じです。人間として偉い、尊敬する軍人も民間人も多かったです。宏お義兄さんの白い制服に短剣を帯びて、もの静かに歩く姿も神々しい感じでした。今そんな大人が何人いるでしょうか。この頃、民主主義に疑問を持つことが多いです。独裁者は嫌ですが、選挙のシステムなど根本的に考える必要があるように思います。</p>
<p>＜永年の友人宛のメールから＞</p>
<p>うちのオヤジも満州に行った陸軍二等兵ですが、通信部隊だったそうですが、やはり詳しいことは口をつぐんでいましたが、戦友とは最後まで仲が良かったのと、国（政府）というか権威というものを全く信じなかったことがとても印象に残っています。私の喉に刺さるが如くの小骨だらけの反骨精神もこのへんのオヤジの影響かも知れません。</p>
<p>ビハール号事件は明治の軍隊ではあり得ない事件だと思います。組織も人間も簡単に劣化していくことを無残でかつみじめな形で表した事件だと思いますが、劣化は当然他人事でも昔の話でもありませんので、まさに教訓の宝庫なのでしょう。</p>
<p>事件の主役となった重巡「利根」は、砲弾が散らばらないように艦首部に主砲4基を集中した珍しい艦ですが、被告の黛治夫艦長は、砲撃の理論家でも有名でもあったのでこの記事を読んで驚きました。そんなことがあったのか、です。</p>
<p>海軍はその性格上技術屋の集団（艦という機械と電気で出来た動く設備・装置に乗っかった軍隊）ですので、観念的なことは嫌ったはずですが、理論・理屈でははったりには対抗できず、あちこちに青年将校という名の無責任なはったり屋がはこびりだしてこういうことになっていったのだと思います。本来の責任は戦隊以下の現場（現地部隊）ではなく、艦隊司令部とか連合艦隊司令部などの上級司令部でしょうね。記事では軍令部とありますが、キーマンは艦隊司令長官でしょう、南西方面艦隊の高須中将ですね。</p>
<p>陸軍では有名なビルマの山岳地帯を舞台にしたインパール作戦があります。この作戦は軍事理論無視の無茶苦茶で有名ですが、この話も知れば知るほど怒りがこみ上げてきます。担当した軍司令部とその上の方面軍や南方総軍司令部の現地部隊への無理難題が、多くの将兵を死に追いやった他、作戦を担当した4師団の師団長が命令違反で全員解任されるという、陸軍史上始まって以来の事態を引き起こしました。</p>
<p>こういう陸海軍共通した話は、現代の企業戦士の自殺や過労死に通じる話ではないか、と思っています。その意味ではその昔あった話ではないのですね。われわれには被害、加害を問わず、これらの事件と同じ体質を持っているということだと思います。</p>
<p>＜私から知人Aへ＞</p>
<p>記事の余韻はまだ続きます。昨日は財団事務所に市内の方から電話を頂き、お父様の介護の時に、秋山愛生舘の関係する方にお世話になり、そのお礼を言いたかったと。また、数日前にはやはりお電話で、お父様が「利根」の乗組員だったそうで、ビハール号事件の時に乗っていたかどうかを確認出来ないかというお問い合わせでした。東京・目黒の防衛研究所・図書館閲覧室をご紹介しました。</p>
<p>＜私から知人Bへ＞</p>
<p>先日、実は戦史に詳しい方とお話をしました。彼の言では、イギリスの戦犯裁判とアメリカの戦犯裁判とでは、随分その処分が違っていると。アメリカの場合は、「怨念」がかなり強く、捕虜3人の殺害事件に対して、戦犯7人の絞首刑とかもかなりあったそうです。ビハール号事件では、65名の捕虜殺害に対して、幹部とは言え1名の絞首刑、1名の実刑7年判決というのは異例の「軽さ」であり、これは英国の日本海軍への敬いとか歴史の尊重とかと考えることが出来るのでは、という見解でした。手を下した人々が一人も裁かれていないというのも、犠牲になったお二人の「武士道精神」を英国が根底では受けとめたのでは、と。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり</p>
<p>　一昨日でしたか、NHK・BSプレミアム（<a href="http://www.nhk.or.jp/shogen/">http://www.nhk.or.jp/shogen/</a>）で「シベリア抑留」についての番組がありました。内容は、「戦後、５７万を超える日本人が強制労働を強いられた『シベリア抑留』。過酷な収容所の日々、そして戦後日本での苦難。激動の歳月を、人々はどのように生き抜いたのか？」です。</p>
<p>　番組HPには、「過酷な労働を強いられ、少なくとも５万５０００人以上が命を落としたとされる『シベリア抑留』。苛（か）烈な生存状況を激化させた日本軍組織の矛盾。スターリン体制のもとで行われた旧ソ連の徹底した思想教育。新たな苦難を余儀なくされた冷戦下の戦後日本。６０年を超える激動の日々を、人々はどのように生き抜いたのか？　今も、深いかっとうを抱え続ける元抑留者たち。肉声で語るシベリア抑留の記録。」とありました。日本軍の中での葛藤、帰国後の苦難等、見応えがありました。</p>
<p>　それぞれの戦争体験、それぞれの想い、いずれも実に重たい話です、特にこの2011年は。鎮魂の8月は続きます。</p>
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		<title>お盆、千葉県館山市では</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9689</link>
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		<pubDate>Wed, 17 Aug 2011 02:44:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　千葉県館山市（http://www2.city.tateyama.chiba.jp/Guide/?tpcid=44&#38;stoid=19961）は、夏は海水浴客で賑わいますが、お盆を過ぎて、夏休みの皆さんも峠を越した感じです。
　国の律令体制の下、安房（あわの）国は国分寺も置かれ、館山が政治・経済・文化の中心となりました。源頼朝が鎌倉幕府を開き、諸豪族が鎌倉の影響を強く受けて支配していたとされています。戦国時代に入り、里見氏が豪族を支配し始め、戦国大名として成長を遂げ、江戸に幕府が置かれた後も、外様大名として安房を中心に勢力を維持します。やがて幕府によって山陰地方に移されるまで、10代170年にわたって房総を統治しました。
　私にとって、館山の海と言うとヘリコプターが必ず思い出されます。今日も、館山市内鏡ヶ浦沖の海ではどこの部隊か、ヘリコプターの着艦訓練が繰り返し行われていました。
　そして、いつものことながら、海上自衛隊館山航空基地では、ヘリコプター訓練が朝から夕方まで行われています。平成20年3月から改編されて、正式には、海上自衛隊第21航空群（http://www.mod.go.jp/msdf/tateyama/）というようです。
＜第21航空群部隊改編：HPより＞
第101航空隊、第121航空隊、第123航空隊廃止
第21航空隊(館山)新編
第73航空隊（硫黄島航空分遣隊、大湊航空分遣隊）新編
隷下に編入（ UH-60J型 ヘリコプター配属）
舞鶴航空基地隊、第123航空分遣隊、第2整備補給分遣隊廃止
第23航空隊(舞鶴)新編
大湊航空隊廃止、第25航空隊(大湊)新編
　時の経過とともに、マチの様子も変わっていくのでしょうね、暑い日が続く館山です。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　千葉県館山市（<a href="http://www2.city.tateyama.chiba.jp/Guide/?tpcid=44&amp;stoid=19961">http://www2.city.tateyama.chiba.jp/Guide/?tpcid=44&amp;stoid=19961</a>）は、夏は海水浴客で賑わいますが、お盆を過ぎて、夏休みの皆さんも峠を越した感じです。</p>
<div id="attachment_9690" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010639.jpg"><img class="size-medium wp-image-9690" title="p1010639" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010639.jpg" alt="海岸も海水浴の峠は越えて" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">静かな館山市鏡ヶ浦方面を望む</p></div>
<p>　国の律令体制の下、安房（あわの）国は国分寺も置かれ、館山が政治・経済・文化の中心となりました。源頼朝が鎌倉幕府を開き、諸豪族が鎌倉の影響を強く受けて支配していたとされています。戦国時代に入り、里見氏が豪族を支配し始め、戦国大名として成長を遂げ、江戸に幕府が置かれた後も、外様大名として安房を中心に勢力を維持します。やがて幕府によって山陰地方に移されるまで、10代170年にわたって房総を統治しました。</p>
<div id="attachment_9691" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010633.jpg"><img class="size-medium wp-image-9691" title="p1010633" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010633.jpg" alt="城山公園の館山城（復元）" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">城山公園の館山城（復元）</p></div>
<p>　私にとって、館山の海と言うとヘリコプターが必ず思い出されます。今日も、館山市内鏡ヶ浦沖の海ではどこの部隊か、ヘリコプターの着艦訓練が繰り返し行われていました。</p>
<div id="attachment_9692" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010641.jpg"><img class="size-medium wp-image-9692" title="p1010641" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010641.jpg" alt="沖ではヘリコプターの着艦訓練" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">沖ではヘリコプターの着艦訓練</p></div>
<p>　そして、いつものことながら、海上自衛隊館山航空基地では、ヘリコプター訓練が朝から夕方まで行われています。平成20年3月から改編されて、正式には、海上自衛隊第21航空群（<a href="http://www.mod.go.jp/msdf/tateyama/">http://www.mod.go.jp/msdf/tateyama/</a>）というようです。</p>
<p>＜第21航空群部隊改編：HPより＞<br />
第101航空隊、第121航空隊、第123航空隊廃止<br />
第21航空隊(館山)新編<br />
第73航空隊（硫黄島航空分遣隊、大湊航空分遣隊）新編<br />
隷下に編入（ UH-60J型 ヘリコプター配属）<br />
舞鶴航空基地隊、第123航空分遣隊、第2整備補給分遣隊廃止<br />
第23航空隊(舞鶴)新編<br />
大湊航空隊廃止、第25航空隊(大湊)新編</p>
<div id="attachment_9693" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010644.jpg"><img class="size-medium wp-image-9693" title="p1010644" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010644.jpg" alt="海上自衛隊館山航空隊で、ヘリコプター訓練" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">館山市宮城の基地でヘリコプター訓練</p></div>
<p>　時の経過とともに、マチの様子も変わっていくのでしょうね、暑い日が続く館山です。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>始動する「福島原発行動隊：SVCF」</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9664</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9664#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 14 Aug 2011 23:51:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9664</guid>
		<description><![CDATA[　4月に、福島での原発事故に対して60歳以上の技術者たちがいち早く立ち上がった「福島原発 暴発阻止行動 プロジェクト」が話題になりました。後に「福島原発行動隊：http://bouhatsusoshi.jp/、http://www.facebook.com/bouhatsusoshi」との正式名称で、一般社団法人格も取得し、現在行動隊メンバーは500名を越え、賛同人も1500名くらいになっています。私は専門技術は何もないのですが、その志に感じるところがあり、設立直後に早速志願・登録し、先日、第8回目の参議院・院内集会に初めて参加しました。
＊　SVCF：Skilled Veterans Corps for Fukushima　（三つ目の単語、「コープス」ではなく「コー」と発音）

　この活動趣旨等は、代表の山田恭暉さんの記者会見で詳細説明されています（http://www.ustream.tv/recorded/16534418）。設立当初から海外メディアの取材も多く、（http://www.csmonitor.com/World/Asia-Pacific/2011/0803/Fukushima-s-nuclear-cauldron-Retirees-who-want-to-go-in）、死を覚悟した「カミカゼ」行動隊かといったセンセーショナルな質問もあったとか。
　先日の集会でも、応援メッセージとして、「必ず無事帰ってきて下さい！」みたいな言葉も多く、何か鉢巻を締めた隊員のイメージで違和感が私にはありましたが・・・・。今は、一時の感情でも、思いつめた危機感でもなく、冷静に落ち着いた対処が大切だと思うのです。
　このプロジェクトの一番のポイントは、参加呼びかけの終り部分、「・・・・身体面でも生活の面でも最も放射能被曝の害が少なくて済み、しかもこれまで能力を蓄積してきた退役者たちが力を振り絞って、若い世代の被曝を少しでも減少するよう力を出しましょう。まず、私たち自身が、この仕事を担う意思のあることを表明します。・・・・」でしょうね。現在、長期の活動を視野に入れたち密な作業体制構築に向けた基盤づくりの最中です。しかしながら東京電力は、そんな私たちの思いを歓迎はしないのかもしれません。
　山田さんの記者会見でもメディアの方から報告がありましたが、地元の大学が、線量測定・ガレキ撤去等の作業に学生を担わせる計画をしているとか、とんでもありませんね、今の福島原発は教育の場以前の話だと思います。これから数十年、放射能事故の後始末を通して、技術の蓄積と、ヒロシマ・ナガサキに次いで、「フクシマ」を放射能の危険性を後世に伝えるモニュメントとしなければなりません。さらに、この危機を乗り越えた地元福島県民、日本国民の姿を世界に示したいものです。福島・日本だけの問題ではなく、国際社会、そして未来のいのちへの責任だと思います。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　4月に、福島での原発事故に対して60歳以上の技術者たちがいち早く立ち上がった「<strong>福島原発 暴発阻止行動 プロジェクト</strong>」が話題になりました。後に「<strong>福島原発行動隊：</strong><a href="http://bouhatsusoshi.jp/"><strong>http://bouhatsusoshi.jp/</strong></a>、<a href="http://www.facebook.com/bouhatsusoshi"><strong>http://www.facebook.com/bouhatsusoshi</strong></a>」との正式名称で、一般社団法人格も取得し、現在行動隊メンバーは500名を越え、賛同人も1500名くらいになっています。私は専門技術は何もないのですが、その志に感じるところがあり、設立直後に早速志願・登録し、先日、第8回目の参議院・院内集会に初めて参加しました。</p>
<p><strong>＊　SVCF：Skilled Veterans Corps for Fukushima</strong>　（三つ目の単語、「コープス」ではなく「コー」と発音）</p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010627.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-9668" title="p1010627" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010627-500x375.jpg" alt="" width="500" height="375" /></a></p>
<div id="attachment_9669" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010629.jpg"><img class="size-medium wp-image-9669" title="p1010629" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010629.jpg" alt="ロゴも決定" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">ロゴも決定</p></div>
<p>　この活動趣旨等は、代表の山田恭暉さんの記者会見で詳細説明されています（<a href="http://www.ustream.tv/recorded/16534418">http://www.ustream.tv/recorded/16534418</a>）。設立当初から海外メディアの取材も多く、（<a href="http://www.csmonitor.com/World/Asia-Pacific/2011/0803/Fukushima-s-nuclear-cauldron-Retirees-who-want-to-go-in">http://www.csmonitor.com/World/Asia-Pacific/2011/0803/Fukushima-s-nuclear-cauldron-Retirees-who-want-to-go-in</a>）、死を覚悟した「カミカゼ」行動隊かといったセンセーショナルな質問もあったとか。</p>
<p>　先日の集会でも、応援メッセージとして、「必ず無事帰ってきて下さい！」みたいな言葉も多く、何か鉢巻を締めた隊員のイメージで違和感が私にはありましたが・・・・。今は、一時の感情でも、思いつめた危機感でもなく、冷静に落ち着いた対処が大切だと思うのです。</p>
<p>　このプロジェクトの一番のポイントは、参加呼びかけの終り部分、「・・・・身体面でも生活の面でも最も放射能被曝の害が少なくて済み、しかもこれまで能力を蓄積してきた退役者たちが力を振り絞って、若い世代の被曝を少しでも減少するよう力を出しましょう。まず、私たち自身が、この仕事を担う意思のあることを表明します。・・・・」でしょうね。現在、長期の活動を視野に入れたち密な作業体制構築に向けた基盤づくりの最中です。しかしながら東京電力は、そんな私たちの思いを歓迎はしないのかもしれません。</p>
<p>　山田さんの記者会見でもメディアの方から報告がありましたが、地元の大学が、線量測定・ガレキ撤去等の作業に学生を担わせる計画をしているとか、とんでもありませんね、今の福島原発は教育の場以前の話だと思います。これから数十年、放射能事故の後始末を通して、技術の蓄積と、ヒロシマ・ナガサキに次いで、「フクシマ」を放射能の危険性を後世に伝えるモニュメントとしなければなりません。さらに、この危機を乗り越えた地元福島県民、日本国民の姿を世界に示したいものです。福島・日本だけの問題ではなく、国際社会、そして未来のいのちへの責任だと思います。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>ビハール号事件（3）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9642</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9642#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 12 Aug 2011 07:12:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9642</guid>
		<description><![CDATA[　今朝で、北海道新聞朝刊・5回連載「父が見た海～戦後66年 ビハール号事件を追う」が終わりました。
（201188-12e98193e696b0e38393e3838fe383bce383abe789b9e99b86efbc88e7b78fefbc89）
　連載前は、取材によって新たな事実をたくさん知り、「これで一件落着」みたいな気になるかと思いましたが、今、正直言って、まだまだ検証途中という感じですね。「捕虜殺害」には、必ずその遺族が居るはずで、何人かは今回の場合、イギリスで今も暮らしているはずです。それと、香港での戦犯裁判の記録は、切り取られることなく、イギリス本国にアーカイブスとしてしっかり保存されているのは間違いないでしょう。この事件をさらに追い掛ける道筋は見えていますので、今後時間をつくって実現できればと思います。裁判記録の検索は、裁判上の専門用語が必要なのかも知れません。確かにあることは分かっていても、検索する用語が少し違っているとヒットして来ない場合もあるのでしょう、研究の余地ありです。
　限られたスペースでメッセージを伝えるために、無駄な修飾をそぎ落とし、コンパクトな言葉に思いを込める、そんな記者の努力を垣間見た気もします。たとえば記事の中、初日の中盤、「むさぼるように読んだ」には、私自身の本に対する思いが込められていましたし、2日目の後半部、「現場は口達指令の呪縛に追い詰められていく」のフレーズは、現場で増大する緊迫感が伝わってきます。さらに4日目の中盤、「法廷の論点は、被告人２人のどちらに責任があるかに矮小化された」は、経過を説明するとかなりの字数を必要とする事実を、実に端的に状況を言い当ててると思いました。
　今朝の記事は、最も緊張しましたね、試験の発表を待っている心境とでも言いましょうか。記者が一連の私との話でどう受けとめたのか、その結果が明らかになる感じでした。最後の表現は、まだまだこれからも検証は続く、「旅の途中」と言い渡された気がします。
　3・11以降に、特に原発事故に関わりのある組織で、今、「無責任の体系」が蔓延っています。結局、現場に全てを任せて（押しつけて）、第一義的責任を負う立場の人間達が逃げようとしている、今朝の報道で3つの中央官庁のトップが、「更迭」と報道されながら割増退職金を得る処遇となっているというのも、納税者としては許し難い話です。責任の取り方・取らせ方、戦前と何も変わっていません、出す方も出す方、貰う方も貰う方です、そしてそれを許してしまうメディアと国民も。これからも私たちは自立する市民として、油断せずに国政に携わる人々を「監視して」いかなければなりません、犠牲になったこれまでの命に申し開きができません。
　繰り返しになりますが、今回の連載、初日から私へのメール・電話・直接のお話等、大変な反響でした。一般的な読者のご感想は今後分かるのでしょうが、メディアの威力というか影響力というか、まざまざと実感しました。北海道新聞デスク・お二人の記者のご尽力に、心から感謝申し上げます、そして昨年、最初にこの事件を伝えてくれた小樽在住の渡辺大助さん（http://www.amazon.co.jp/%E6%B8%A1%E8%BE%BA-%E5%A4%A7%E5%8A%A9/e/B004LUT7F4）、読んで頂いた読者の皆さまに御礼申し上げます。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　今朝で、北海道新聞朝刊・5回連載「<strong>父が見た海～戦後66年 ビハール号事件を追う</strong>」が終わりました。</p>
<p>（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/201188-12e98193e696b0e38393e3838fe383bce383abe789b9e99b86efbc88e7b78fefbc89.pdf">201188-12e98193e696b0e38393e3838fe383bce383abe789b9e99b86efbc88e7b78fefbc89</a>）</p>
<p>　連載前は、取材によって新たな事実をたくさん知り、「これで一件落着」みたいな気になるかと思いましたが、今、正直言って、まだまだ検証途中という感じですね。「捕虜殺害」には、必ずその遺族が居るはずで、何人かは今回の場合、イギリスで今も暮らしているはずです。それと、香港での戦犯裁判の記録は、切り取られることなく、イギリス本国にアーカイブスとしてしっかり保存されているのは間違いないでしょう。この事件をさらに追い掛ける道筋は見えていますので、今後時間をつくって実現できればと思います。裁判記録の検索は、裁判上の専門用語が必要なのかも知れません。確かにあることは分かっていても、検索する用語が少し違っているとヒットして来ない場合もあるのでしょう、研究の余地ありです。</p>
<p>　限られたスペースでメッセージを伝えるために、無駄な修飾をそぎ落とし、コンパクトな言葉に思いを込める、そんな記者の努力を垣間見た気もします。たとえば記事の中、初日の中盤、「むさぼるように読んだ」には、私自身の本に対する思いが込められていましたし、2日目の後半部、「現場は口達指令の呪縛に追い詰められていく」のフレーズは、現場で増大する緊迫感が伝わってきます。さらに4日目の中盤、「法廷の論点は、被告人２人のどちらに責任があるかに矮小化された」は、経過を説明するとかなりの字数を必要とする事実を、実に端的に状況を言い当ててると思いました。</p>
<p>　今朝の記事は、最も緊張しましたね、試験の発表を待っている心境とでも言いましょうか。記者が一連の私との話でどう受けとめたのか、その結果が明らかになる感じでした。最後の表現は、まだまだこれからも検証は続く、「旅の途中」と言い渡された気がします。</p>
<p>　3・11以降に、特に原発事故に関わりのある組織で、今、「無責任の体系」が蔓延っています。結局、現場に全てを任せて（押しつけて）、第一義的責任を負う立場の人間達が逃げようとしている、今朝の報道で3つの中央官庁のトップが、「更迭」と報道されながら割増退職金を得る処遇となっているというのも、納税者としては許し難い話です。責任の取り方・取らせ方、戦前と何も変わっていません、出す方も出す方、貰う方も貰う方です、そしてそれを許してしまうメディアと国民も。これからも私たちは自立する市民として、油断せずに国政に携わる人々を「監視して」いかなければなりません、犠牲になったこれまでの命に申し開きができません。</p>
<p>　繰り返しになりますが、今回の連載、初日から私へのメール・電話・直接のお話等、大変な反響でした。一般的な読者のご感想は今後分かるのでしょうが、メディアの威力というか影響力というか、まざまざと実感しました。北海道新聞デスク・お二人の記者のご尽力に、心から感謝申し上げます、そして昨年、最初にこの事件を伝えてくれた小樽在住の渡辺大助さん（<a href="http://www.amazon.co.jp/%E6%B8%A1%E8%BE%BA-%E5%A4%A7%E5%8A%A9/e/B004LUT7F4">http://www.amazon.co.jp/%E6%B8%A1%E8%BE%BA-%E5%A4%A7%E5%8A%A9/e/B004LUT7F4</a>）、読んで頂いた読者の皆さまに御礼申し上げます。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>ビハール号事件（2）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9633</link>
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		<pubDate>Wed, 10 Aug 2011 06:00:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　昨年10月9日にこの欄で、「ビハール号事件：Behar case」について書いて以来（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5921）、しばらくの間沈黙の日々が続いていましたが、2011年8月8日から、終戦特集の一つとして、北海道新聞・第一社会面に5日続けて詳細載っています。「父が見た海～戦後66年 ビハール号事件を追う～」です。海軍兵学校66期卒の父、戦後66年を経て、60歳の還暦を迎えた私が、3・11以降、覚悟を決めました。
　初日以来、想像を上回る反応に、ただただ驚いています。会う人会う人、秋山財団事務所の近くを通る方も、職員に向かって、「ここの財団の理事長でしょ」とか、声を掛けて頂いているようです。約1ヶ月半の取材、北海道新聞の二人の記者の方々には、本当に寄り添っての取材活動、的確な質問、取材相手への敬意、何とも感謝の言葉も無い程の感動です。扱っている話題はとても重たいものにも関わらず、「今・ここ」で世に問いかけなければというジャーナリスト魂を感じました。同時に、「メディアの力」を目の当たりにした数日間です。
　一昨年来、私はメディアに対して、場当たり的な垂れ流し報道ではなく、時間軸のしっかりした調査・検証報道の必要性を指摘していたつもりです。昨年仰せつかった1年間の北海道新聞・新聞評でも、一貫してそれに言及しました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%96%B0%E8%81%9E%E8%A9%95）。今回、まさにそれを実践する機会を与えて頂いた、そんな気がここまでの中でしています。キーマンお二人と直接面談でき、長時間のお話を伺いましたし、保阪正康さんとの意見交換では、トータルの戦争における「軍隊」の行動パターン、1000人以上の戦場体験者との面談に裏付けられた心理等、短期間で一気に情報の質も量も深化致しました。とても私一人では出来なかったことばかりです。このテーマに向き合う記者・報道部次長の誠意あふれる姿勢に、心から感謝申し上げます。
　明後日の最終回を終えて、再度この欄で書き留めたいと思います。今月から、この「秋山孝二の部屋」へのご意見を受け付けることにしました、ブログ開始3年弱を経て、初めて解禁致しました。スパムほかイレギュラーなメール以外は、基本的に掲載したいと思っています。一覧の画面から、「該当日のタイトル」をクリックするとコメントの受・送信画面が出て、ご覧頂けます。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　昨年10月9日にこの欄で、「<strong>ビハール号事件：Behar case</strong>」について書いて以来（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5921">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5921</a>）、しばらくの間沈黙の日々が続いていましたが、2011年8月8日から、終戦特集の一つとして、北海道新聞・第一社会面に5日続けて詳細載っています。「<strong>父が見た海～戦後66年 ビハール号事件を追う～</strong>」です。海軍兵学校66期卒の父、戦後66年を経て、60歳の還暦を迎えた私が、3・11以降、覚悟を決めました。</p>
<p>　初日以来、想像を上回る反応に、ただただ驚いています。会う人会う人、秋山財団事務所の近くを通る方も、職員に向かって、「ここの財団の理事長でしょ」とか、声を掛けて頂いているようです。約1ヶ月半の取材、北海道新聞の二人の記者の方々には、本当に寄り添っての取材活動、的確な質問、取材相手への敬意、何とも感謝の言葉も無い程の感動です。扱っている話題はとても重たいものにも関わらず、「今・ここ」で世に問いかけなければというジャーナリスト魂を感じました。同時に、「メディアの力」を目の当たりにした数日間です。</p>
<p>　一昨年来、私はメディアに対して、場当たり的な垂れ流し報道ではなく、時間軸のしっかりした調査・検証報道の必要性を指摘していたつもりです。昨年仰せつかった1年間の北海道新聞・新聞評でも、一貫してそれに言及しました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%96%B0%E8%81%9E%E8%A9%95">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%96%B0%E8%81%9E%E8%A9%95</a>）。今回、まさにそれを実践する機会を与えて頂いた、そんな気がここまでの中でしています。キーマンお二人と直接面談でき、長時間のお話を伺いましたし、保阪正康さんとの意見交換では、トータルの戦争における「軍隊」の行動パターン、1000人以上の戦場体験者との面談に裏付けられた心理等、短期間で一気に情報の質も量も深化致しました。とても私一人では出来なかったことばかりです。このテーマに向き合う記者・報道部次長の誠意あふれる姿勢に、心から感謝申し上げます。</p>
<p>　明後日の最終回を終えて、再度この欄で書き留めたいと思います。今月から、この「秋山孝二の部屋」へのご意見を受け付けることにしました、ブログ開始3年弱を経て、初めて解禁致しました。スパムほかイレギュラーなメール以外は、基本的に掲載したいと思っています。一覧の画面から、「該当日のタイトル」をクリックするとコメントの受・送信画面が出て、ご覧頂けます。</p>
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		<title>初めてでした、「アンドロイド演劇」</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9609</link>
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		<pubDate>Sun, 07 Aug 2011 21:46:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9609</guid>
		<description><![CDATA[　財団法人・北海道文化財団（http://haf.jp/）のアートゼミ事業として、「アンドロイド演劇『さようなら』＆『トークセッション』」が札幌で開催されました。プログラム最初はアンドロイド演劇「さようなら」の上演、次にトークセッションで、青年団主宰・平田オリザさん（http://www.seinendan.org/jpn/seinendan/about/index.html）、大阪大学教授・石黒浩さん（http://top.irl.sys.es.osaka-u.ac.jp/）、そして北海道大学教授・小野哲雄さん（http://chaosweb.complex.eng.hokudai.ac.jp/~tono/）でした。
　開演前、暗い舞台に座る女性、時々微妙に動きはするものの、「アレがロボット：http://www.youtube.com/watch?v=bwOAnc1SANcかな？」とささやく声も聞こえていました。この所、話題の演劇で、「平田オリザ+石黒浩研究室のロボット演劇・最新作！」、 「死を目前にした人間に、ただ詩を読み続けるアンドロイドと、一人の少女の物語」ほか、いろいろ紹介されています。
http://stage.corich.jp/stage_detail.php?stage_id=24153
http://www.seinendan.org/jpn/info/2011/06/iworker_geminoidF/
http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20101004/E1286123616031.html
　～～～～「現代口語演劇理論」に基づき、ち密な劇世界を織り上げる演劇界の旗手・平田オリザと、自分そっくりに、精密にコピーしたロボット「ジェミノイド：http://robot.watch.impress.co.jp/cda/news/2006/07/21/93.html」で知られるロボット研究の第一人者・石黒浩。世界的に活躍する二人の才能がタッグを組み、大阪大学で進めている「ロボット演劇プロジェクト：http://www.robo-labo.jp/modules/d3blog3/details.php?bid=19」が、北海道・札幌で初上演となります。～～～～～チラシも話題豊富です。
 
　トークセッションでは、小野先生の進行で、大変面白いやり取りが続きました。
＊　演劇との出会いと新しい研究：状況を踏まえたロボットの存在
＊　サッカーボールを蹴るロボット、それが何なの？という素朴な疑問、感動がなかったこれまでのロボット
＊　演劇製作において、ロボットと俳優の差は基本的にはなし！
＊　「アンドロイド・サイエンス：http://www.is.sys.es.osaka-u.ac.jp/research/0007/index.ja.html」は人間を理解すること、「人間とは何か」がテーマである
 
　正直、事前にチラシを読んでみてもどんな演劇か良く理解していなかったのです。ただ、20分と短い芝居という程度で。会場は若い方々も大変多く、満席でした。これまでの「ロボット開発」は、確かに状況とは隔絶したオタク的存在という感じ。平田オリザさんがおっしゃるように、「歩くロボット、ボールを蹴るロボット、それで何なのさ」、という素朴な疑問でしたね。
　演劇分野で、今後役者の半分くらいはロボットで十分なのではないか、と不気味な予測をされていた平田オリザさん。演劇における「人間の存在」が、あらためて問われる今後なのでしょうかね。大学の授業をロボットが行って、報酬を得ることが出来るかという提起も面白かったです。自宅からライブ遠隔操作での授業、巨大な人間の形をした携帯電話が教壇に立っていると考えれば、何の違和感もないではないかという石黒先生のお話は、妙に説得力がありました。
　大変新鮮なお話の数々、足を運んだ甲斐がありました、ありがとうございます。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　財団法人・北海道文化財団（<a href="http://haf.jp/">http://haf.jp/</a>）のアートゼミ事業として、「<strong>アンドロイド演劇『さようなら』＆『トークセッション』」</strong>が札幌で開催されました。プログラム最初はアンドロイド演劇「さようなら」の上演、次にトークセッションで、青年団主宰・平田オリザさん（<a href="http://www.seinendan.org/jpn/seinendan/about/index.html">http://www.seinendan.org/jpn/seinendan/about/index.html</a>）、大阪大学教授・石黒浩さん（<a href="http://top.irl.sys.es.osaka-u.ac.jp/">http://top.irl.sys.es.osaka-u.ac.jp/</a>）、そして北海道大学教授・小野哲雄さん（<a href="http://chaosweb.complex.eng.hokudai.ac.jp/~tono/">http://chaosweb.complex.eng.hokudai.ac.jp/~tono/</a>）でした。</p>
<div id="attachment_9610" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010624.jpg"><img class="size-medium wp-image-9610" title="p1010624" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010624-375x500.jpg" alt="舞台上の瞬きするロボット＆トークセッション" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">舞台上の瞬きするロボット、どちらがアンドロイド？</p></div>
<p>　開演前、暗い舞台に座る女性、時々微妙に動きはするものの、「アレがロボット：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=bwOAnc1SANc">http://www.youtube.com/watch?v=bwOAnc1SANc</a>かな？」とささやく声も聞こえていました。この所、話題の演劇で、「平田オリザ+石黒浩研究室のロボット演劇・最新作！」、 「死を目前にした人間に、ただ詩を読み続けるアンドロイドと、一人の少女の物語」ほか、いろいろ紹介されています。</p>
<p><a href="http://stage.corich.jp/stage_detail.php?stage_id=24153">http://stage.corich.jp/stage_detail.php?stage_id=24153</a></p>
<p><a href="http://www.seinendan.org/jpn/info/2011/06/iworker_geminoidF/">http://www.seinendan.org/jpn/info/2011/06/iworker_geminoidF/</a></p>
<p><a href="http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20101004/E1286123616031.html">http://www.excite.co.jp/News/reviewmov/20101004/E1286123616031.html</a></p>
<p>　～～～～「現代口語演劇理論」に基づき、ち密な劇世界を織り上げる演劇界の旗手・平田オリザと、自分そっくりに、精密にコピーしたロボット「ジェミノイド：<a href="http://robot.watch.impress.co.jp/cda/news/2006/07/21/93.html">http://robot.watch.impress.co.jp/cda/news/2006/07/21/93.html</a>」で知られるロボット研究の第一人者・石黒浩。世界的に活躍する二人の才能がタッグを組み、大阪大学で進めている「ロボット演劇プロジェクト：<a href="http://www.robo-labo.jp/modules/d3blog3/details.php?bid=19">http://www.robo-labo.jp/modules/d3blog3/details.php?bid=19</a>」が、北海道・札幌で初上演となります。～～～～～チラシも話題豊富です。</p>
<p> </p>
<p>　トークセッションでは、小野先生の進行で、大変面白いやり取りが続きました。</p>
<p>＊　演劇との出会いと新しい研究：状況を踏まえたロボットの存在</p>
<p>＊　サッカーボールを蹴るロボット、それが何なの？という素朴な疑問、感動がなかったこれまでのロボット</p>
<p>＊　演劇製作において、ロボットと俳優の差は基本的にはなし！</p>
<p>＊　「アンドロイド・サイエンス：<a href="http://www.is.sys.es.osaka-u.ac.jp/research/0007/index.ja.html">http://www.is.sys.es.osaka-u.ac.jp/research/0007/index.ja.html</a>」は人間を理解すること、「人間とは何か」がテーマである</p>
<p> </p>
<p>　正直、事前にチラシを読んでみてもどんな演劇か良く理解していなかったのです。ただ、20分と短い芝居という程度で。会場は若い方々も大変多く、満席でした。これまでの「ロボット開発」は、確かに状況とは隔絶したオタク的存在という感じ。平田オリザさんがおっしゃるように、「歩くロボット、ボールを蹴るロボット、それで何なのさ」、という素朴な疑問でしたね。</p>
<p>　演劇分野で、今後役者の半分くらいはロボットで十分なのではないか、と不気味な予測をされていた平田オリザさん。演劇における「人間の存在」が、あらためて問われる今後なのでしょうかね。大学の授業をロボットが行って、報酬を得ることが出来るかという提起も面白かったです。自宅からライブ遠隔操作での授業、巨大な人間の形をした携帯電話が教壇に立っていると考えれば、何の違和感もないではないかという石黒先生のお話は、妙に説得力がありました。</p>
<p>　大変新鮮なお話の数々、足を運んだ甲斐がありました、ありがとうございます。</p>
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		<title>私の札幌の原風景、藻岩山</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9598</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9598#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 05 Aug 2011 05:37:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　人には、他の人には何の変哲もない景色に、たくさんの想い出と物語が詰まっている場合があります。この角度からの札幌「藻岩山：http://www.welcome.city.sapporo.jp/sites/moiwa」は、私にとっての札幌の原風景です。3年前のこの欄に、こんな書き込みもしました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=35）。
　私の母校の小学校校歌「明星輝く藻岩の山の、気高き姿を日ごとに仰ぎ・・・」、中学校校歌「藻岩嶺を仰ぐ学び舎、我ら今、ここに集いて・・・」（http://www.youtube.com/watch?v=tczsnF-FqsI）、高校校歌「明日に望む藻岩嶺に、夕べ河畔の豊平に・・・：http://www.tokyorikka.jp/~minami21/kohka/index.html」、全てに登場する「藻岩山」は、私の心のふるさとです。
　札幌の街は、西側に山並みが連なり、南西に藻岩山、南9条通りから西を望むと円山が、南大通から西を望むと大倉山が、北5条通りから西を望むと三角山が、そして遥か北西には手稲山を仰ぎみることができ、景観的にも明治時代の開拓設計者の素晴らしいセンスに感謝したいですね。
　先日、東京からのお客様を、久しぶりに藻岩山観光道路を走って藻岩山頂にご案内しようと思って近くまで言った所、「現在休止中」との看板が掛っていました。山頂の建物のリニューアルで今年12月まで休業とのことでした（http://moiwa.sapporo-dc.co.jp/）。藻岩山頂からの夜景は素晴らしいですね、函館山と世界に誇れる夜景だと思います、香港、長崎なども行きましたが、比較になりません。
　遠くから眺めてもよし、登ってもよし、夜の夜景もよし、こんな素晴らしい山は私のこれまでの人生にはありませんですよ！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　人には、他の人には何の変哲もない景色に、たくさんの想い出と物語が詰まっている場合があります。この角度からの札幌「藻岩山：<a href="http://www.welcome.city.sapporo.jp/sites/moiwa">http://www.welcome.city.sapporo.jp/sites/moiwa</a>」は、私にとっての札幌の原風景です。3年前のこの欄に、こんな書き込みもしました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=35">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=35</a>）。</p>
<div id="attachment_9599" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010474.jpg"><img class="size-medium wp-image-9599" title="p1010474" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010474-500x375.jpg" alt="札幌市中央図書館横から藻岩山を望む" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">札幌市中央図書館横から藻岩山を望む</p></div>
<p>　私の母校の小学校校歌「明星輝く藻岩の山の、気高き姿を日ごとに仰ぎ・・・」、中学校校歌「藻岩嶺を仰ぐ学び舎、我ら今、ここに集いて・・・」（<a href="http://www.youtube.com/watch?v=tczsnF-FqsI">http://www.youtube.com/watch?v=tczsnF-FqsI</a>）、高校校歌「明日に望む藻岩嶺に、夕べ河畔の豊平に・・・：<a href="http://www.tokyorikka.jp/~minami21/kohka/index.html">http://www.tokyorikka.jp/~minami21/kohka/index.html</a>」、全てに登場する「藻岩山」は、私の心のふるさとです。</p>
<p>　札幌の街は、西側に山並みが連なり、南西に藻岩山、南9条通りから西を望むと円山が、南大通から西を望むと大倉山が、北5条通りから西を望むと三角山が、そして遥か北西には手稲山を仰ぎみることができ、景観的にも明治時代の開拓設計者の素晴らしいセンスに感謝したいですね。</p>
<p>　先日、東京からのお客様を、久しぶりに藻岩山観光道路を走って藻岩山頂にご案内しようと思って近くまで言った所、「現在休止中」との看板が掛っていました。山頂の建物のリニューアルで今年12月まで休業とのことでした（<a href="http://moiwa.sapporo-dc.co.jp/">http://moiwa.sapporo-dc.co.jp/</a>）。藻岩山頂からの夜景は素晴らしいですね、函館山と世界に誇れる夜景だと思います、香港、長崎なども行きましたが、比較になりません。</p>
<p>　遠くから眺めてもよし、登ってもよし、夜の夜景もよし、こんな素晴らしい山は私のこれまでの人生にはありませんですよ！</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>キタラに響く吹奏楽の音！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8800</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8800#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 02 Aug 2011 22:37:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8800</guid>
		<description><![CDATA[今年も、社団法人全日本吹奏楽連盟（http://www.ajba.or.jp/）と朝日新聞社（http://www.asahi.com/shimbun/）が主催する「全国吹奏楽コンクール」の札幌地区予選があり、高校の部で、我が母校が今年も金賞を受賞し、全道大会出場となりました。今年は是非、全国大会へ進んでもらいたいものです、金賞を受賞しても、必ずしも全国大会に行ける訳ではないようですね。



2011年度（平成23年）吹奏楽コンクール情報（中学校・高等学校）






2011年度　吹奏楽コンクール課題曲


I
マーチ「ライヴリー アヴェニュー」
堀田庸元
約３分半


II
天国の島
佐藤博昭
約４分半


III
シャコンヌ S
新実徳英
約４分


IV
南風のマーチ
渡口公康
約３分


V
「薔薇戦争」より　戦場にて
山口哲人
約４分半



＜今年の課題曲＞
＊　マーチ「ライヴリーアヴェニュー：http://www.youtube.com/watch?v=cx74-LE4zNo」
＊　「天国の島：http://www.youtube.com/watch?v=KNgQZJT7DjI&#38;feature=related」
＊　「シャコンヌ S：http://www.youtube.com/watch?v=Goje9Tj8PQ4&#38;feature=related」
＊　「南風のマーチ：http://www.youtube.com/watch?v=5xFqC4LfPz0&#38;feature=related」
＊　「薔薇戦争」より戦場にて：http://www.youtube.com/watch?v=gLX3OJEfEw0&#38;feature=related」
もう3カ月程前になりますが、5月下旬に、この高校の吹奏楽部が、「東日本大震災復興支援チャリティーコンサート」というサブタイトルで、第29回定期演奏会を開催しました。プログラム前半はオーソドックススタイルでの演奏、後半は「ハリウッド万歳」、「イエスタディ」、「アフリカンシンフォニー」等のジャンルで、そして最後は「坂本九メモリアル」でした。自由闊達な姿、こちらが元気をもらいました、素晴らしいですね、生徒たちの笑顔！
プログラム前に、「オープニングコンサート」として、打楽器、フルート、クラリネット、サックス、金管、木管、それぞれの四重奏、五重奏、八重奏の演奏があり、開演前に来たお客さんを楽しませてくれました。
上の写真、開演50分前なので、客席もまだ閑散としていますが、開演直前は満席。これを撮影直後、「撮影は禁止です！」と注意を係員から受けました、何と言うセンスの無さ！
このコンクールは、個人の部もたくさんあって、高校生には大変良いチャレンジの場となっています。いわゆるクラシック的緊張感と、マーチングとしてのウキウキ感、先日の高校野球全道大会でも応援席で活躍したようです。毎年感じますが、部長の生徒の挨拶も、実にしっかりしていて感動します。今年はフィナーレは、「見上げてごらん夜の星を：http://www.youtube.com/watch?v=-VUeSVjN1cM」の全員の大合唱でした。3・11の震災後、特に心に染み入ります。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今年も、社団法人全日本吹奏楽連盟（<a href="http://www.ajba.or.jp/">http://www.ajba.or.jp/</a>）と朝日新聞社（<a href="http://www.asahi.com/shimbun/">http://www.asahi.com/shimbun/</a>）が主催する「全国吹奏楽コンクール」の札幌地区予選があり、高校の部で、我が母校が今年も金賞を受賞し、全道大会出場となりました。今年は是非、全国大会へ進んでもらいたいものです、金賞を受賞しても、必ずしも全国大会に行ける訳ではないようですね。</p>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="5" width="90%" align="center">
<tbody>
<tr class="title14" align="center">
<td>2011年度（平成23年）吹奏楽コンクール情報（中学校・高等学校）</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<table class="txt12" style="width: 542px; height: 153px;" border="1" cellspacing="1" cellpadding="5" width="542" align="center" bgcolor="#cccccc">
<tbody>
<tr bgcolor="#ffccff">
<td colspan="4" align="center" bgcolor="#ffccff"><strong>2011年度　吹奏楽コンクール課題曲</strong></td>
</tr>
<tr bgcolor="#ffffff">
<td width="7%" align="center">I</td>
<td width="61%">マーチ「ライヴリー アヴェニュー」</td>
<td width="17%">堀田庸元</td>
<td width="15%">約３分半</td>
</tr>
<tr bgcolor="#ffffff">
<td width="7%" align="center">II</td>
<td width="61%">天国の島</td>
<td width="17%">佐藤博昭</td>
<td width="15%">約４分半</td>
</tr>
<tr bgcolor="#ffffff">
<td width="7%" align="center">III</td>
<td width="61%">シャコンヌ S</td>
<td width="17%">新実徳英</td>
<td width="15%">約４分</td>
</tr>
<tr bgcolor="#ffffff">
<td width="7%" align="center">IV</td>
<td width="61%">南風のマーチ</td>
<td width="17%">渡口公康</td>
<td width="15%">約３分</td>
</tr>
<tr bgcolor="#ffffff">
<td width="7%" align="center">V</td>
<td width="61%">「薔薇戦争」より　戦場にて</td>
<td width="17%">山口哲人</td>
<td width="15%">約４分半</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>＜今年の課題曲＞</p>
<p>＊　マーチ「ライヴリーアヴェニュー：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=cx74-LE4zNo">http://www.youtube.com/watch?v=cx74-LE4zNo</a>」</p>
<p>＊　「天国の島：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=KNgQZJT7DjI&amp;feature=related">http://www.youtube.com/watch?v=KNgQZJT7DjI&amp;feature=related</a>」</p>
<p>＊　「シャコンヌ S：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=Goje9Tj8PQ4&amp;feature=related">http://www.youtube.com/watch?v=Goje9Tj8PQ4&amp;feature=related</a>」</p>
<p>＊　「南風のマーチ：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=5xFqC4LfPz0&amp;feature=related">http://www.youtube.com/watch?v=5xFqC4LfPz0&amp;feature=related</a>」</p>
<p>＊　「薔薇戦争」より戦場にて：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=gLX3OJEfEw0&amp;feature=related">http://www.youtube.com/watch?v=gLX3OJEfEw0&amp;feature=related</a>」</p>
<p>もう3カ月程前になりますが、5月下旬に、この高校の吹奏楽部が、「東日本大震災復興支援チャリティーコンサート」というサブタイトルで、第29回定期演奏会を開催しました。プログラム前半はオーソドックススタイルでの演奏、後半は「ハリウッド万歳」、「イエスタディ」、「アフリカンシンフォニー」等のジャンルで、そして最後は「坂本九メモリアル」でした。自由闊達な姿、こちらが元気をもらいました、素晴らしいですね、生徒たちの笑顔！</p>
<p>プログラム前に、「オープニングコンサート」として、打楽器、フルート、クラリネット、サックス、金管、木管、それぞれの四重奏、五重奏、八重奏の演奏があり、開演前に来たお客さんを楽しませてくれました。</p>
<div id="attachment_8801" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010456.jpg"><img class="size-medium wp-image-8801" title="p1010456" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010456-500x375.jpg" alt="プレ・オープニングセッションで" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">プレ・オープニングセッションで</p></div>
<p>上の写真、開演50分前なので、客席もまだ閑散としていますが、開演直前は満席。これを撮影直後、「撮影は禁止です！」と注意を係員から受けました、何と言うセンスの無さ！</p>
<p>このコンクールは、個人の部もたくさんあって、高校生には大変良いチャレンジの場となっています。いわゆるクラシック的緊張感と、マーチングとしてのウキウキ感、先日の高校野球全道大会でも応援席で活躍したようです。毎年感じますが、部長の生徒の挨拶も、実にしっかりしていて感動します。今年はフィナーレは、「見上げてごらん夜の星を：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=-VUeSVjN1cM">http://www.youtube.com/watch?v=-VUeSVjN1cM</a>」の全員の大合唱でした。3・11の震災後、特に心に染み入ります。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>陸別で、関 寛斎の足跡（2）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9531</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9531#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 01 Aug 2011 01:52:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9531</guid>
		<description><![CDATA[　町の郊外のゆかりの地を巡り、一方、旧陸別駅付近には、関寛斎翁像等、その中で「関寛斎資料館：http://www13.plala.or.jp/doutounavi/sekikannsaisaito.html」は豊富な資料展示でした。
 　波乱万丈な関寛斎の一生は、その才能を評価して登用した人々、多くの人との出会い、北海道に新天地開拓の意欲に燃えて渡って来た意欲等、数々の感動物語です。長崎医学伝習から松本良順を慕い、人生の歩み方にもそれを検証することが出来ます。
　駅前の大きなおそば屋「秦食堂」、息子さんの秦秀二くんは、（株）秋山愛生舘に新卒で入社し営業で活躍、私が社長時代に退社し、実家のそば屋を継ぐために陸別に行きました。当時、陸別に向かう直前に挨拶に来た時のことをはっきり覚えています。先日お世話になった時にも、地元青年会主催のお祭りの合い間に駆けつけてくれて、久しぶりに会うことが出来ました。松本良順、関寛斎、陸別、愛生舘、秋山愛生舘、秦くん、秋山財団、何か時間・空間を越える不思議な関係性を感じます。
　それにしても、内容の濃い、素晴らしい訪問となりました、陸別の皆さま、ご説明、ご案内等お時間を取って頂き、心から感謝申し上げます。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　町の郊外のゆかりの地を巡り、一方、旧陸別駅付近には、関寛斎翁像等、その中で「関寛斎資料館：<a href="http://www13.plala.or.jp/doutounavi/sekikannsaisaito.html">http://www13.plala.or.jp/doutounavi/sekikannsaisaito.html</a>」は豊富な資料展示でした。</p>
<div id="attachment_9543" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010604.jpg"><img class="size-medium wp-image-9543" title="p1010604" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010604-375x500.jpg" alt="旧陸別町駅前に建つ「関寛翁之像」" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">旧陸別町駅前に建つ「関寛翁之像」</p></div>
<div id="attachment_9544" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010617.jpg"><img class="size-medium wp-image-9544" title="p1010617" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010617.jpg" alt="町の中心部・関寛斎資料館入口" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">町の中心部・関寛斎資料館入口</p></div>
<div id="attachment_9545" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010613.jpg"><img class="size-medium wp-image-9545" title="p1010613" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010613.jpg" alt="内部の豊富な展示物群" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">内部の豊富な展示物群</p></div>
<p> 　波乱万丈な関寛斎の一生は、その才能を評価して登用した人々、多くの人との出会い、北海道に新天地開拓の意欲に燃えて渡って来た意欲等、数々の感動物語です。長崎医学伝習から松本良順を慕い、人生の歩み方にもそれを検証することが出来ます。</p>
<div id="attachment_9546" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010614.jpg"><img class="size-medium wp-image-9546" title="p1010614" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010614.jpg" alt="旧陸別駅前のそば屋さん「秦（はた）食堂」" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">旧陸別駅前のそば屋さん「秦（はた）食堂」</p></div>
<p>　駅前の大きなおそば屋「秦食堂」、息子さんの秦秀二くんは、（株）秋山愛生舘に新卒で入社し営業で活躍、私が社長時代に退社し、実家のそば屋を継ぐために陸別に行きました。当時、陸別に向かう直前に挨拶に来た時のことをはっきり覚えています。先日お世話になった時にも、地元青年会主催のお祭りの合い間に駆けつけてくれて、久しぶりに会うことが出来ました。松本良順、関寛斎、陸別、愛生舘、秋山愛生舘、秦くん、秋山財団、何か時間・空間を越える不思議な関係性を感じます。</p>
<p>　それにしても、内容の濃い、素晴らしい訪問となりました、陸別の皆さま、ご説明、ご案内等お時間を取って頂き、心から感謝申し上げます。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>陸別で、関 寛斎の足跡（1）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9524</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9524#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 31 Jul 2011 22:14:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9524</guid>
		<description><![CDATA[　片桐一男先生のお供で、道東の陸別町（http://www.town.rikubetsu.hokkaido.jp/）を訪問し、関寛斎の足跡を辿りました（http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/23692625.html）。陸別町は「全国最低気温」の地として、天気予報等でもよく名前が出て来ます。今回、松本順と長崎海軍伝習・医学伝習（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E5%8C%BB%E5%AD%A6%E4%BC%9D%E7%BF%92）の延長上で、関寛斎の更なる功績を実感すべく足をのばし、予想通り、関寛斎の「北の大地」で果てしない夢の実現に向けた奮闘を体感しました。地元の斎藤省三さん、向井啓さん、大鳥居仁さんには、お休みの所ご案内頂き、心から感謝申し上げます。
　上総国山辺郡中村（現在の千葉県東金市）に生まれ、儒者・関俊輔の養子となり、佐倉順天堂（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4429）で医学を学びました。その後、長崎の第二次海軍伝習（医学伝習）に参画し、松本順と出会います。1年数カ月の勉学の後、奥羽、山梨、徳島と各地で地域医療の基礎を築き、明治35年に72歳で北海道・十勝国斗満（トマム）に入植して、自作農育成に力を注ぎました。開拓方針を、二宮尊親の二宮農場に求め、徳富蘆花との手紙のやり取り等多彩な活動でしたが、82歳の秋に、自らの命を絶った波乱万丈の人生でした。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　片桐一男先生のお供で、道東の陸別町（<a href="http://www.town.rikubetsu.hokkaido.jp/">http://www.town.rikubetsu.hokkaido.jp/</a>）を訪問し、関寛斎の足跡を辿りました（<a href="http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/23692625.html">http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/23692625.html</a>）。陸別町は「全国最低気温」の地として、天気予報等でもよく名前が出て来ます。今回、松本順と長崎海軍伝習・医学伝習（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E5%8C%BB%E5%AD%A6%E4%BC%9D%E7%BF%92">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E5%8C%BB%E5%AD%A6%E4%BC%9D%E7%BF%92</a>）の延長上で、関寛斎の更なる功績を実感すべく足をのばし、予想通り、関寛斎の「北の大地」で果てしない夢の実現に向けた奮闘を体感しました。地元の斎藤省三さん、向井啓さん、大鳥居仁さんには、お休みの所ご案内頂き、心から感謝申し上げます。</p>
<div id="attachment_9536" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010612.jpg"><img class="size-medium wp-image-9536" title="p1010612" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010612-500x375.jpg" alt="関寛斎・埋葬の丘から陸別町方面を望む" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">郊外にある関寛斎・埋葬の丘から陸別町方面を望む</p></div>
<div id="attachment_9537" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010610.jpg"><img class="size-medium wp-image-9537" title="p1010610" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010610-500x375.jpg" alt="丘の頂上に置かれた墓碑" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">丘の頂上に置かれた墓碑</p></div>
<div id="attachment_9538" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010609.jpg"><img class="size-medium wp-image-9538" title="p1010609" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/08/p1010609-375x500.jpg" alt="青龍山・史跡ユクエピラチャシ跡に建つ関寛翁碑" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">青龍山・史跡ユクエピラチャシ跡に建つ関寛翁碑</p></div>
<p>　上総国山辺郡中村（現在の千葉県東金市）に生まれ、儒者・関俊輔の養子となり、佐倉順天堂（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4429">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4429</a>）で医学を学びました。その後、長崎の第二次海軍伝習（医学伝習）に参画し、松本順と出会います。1年数カ月の勉学の後、奥羽、山梨、徳島と各地で地域医療の基礎を築き、明治35年に72歳で北海道・十勝国斗満（トマム）に入植して、自作農育成に力を注ぎました。開拓方針を、二宮尊親の二宮農場に求め、徳富蘆花との手紙のやり取り等多彩な活動でしたが、82歳の秋に、自らの命を絶った波乱万丈の人生でした。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>大盛況！「夏季古文書講座」</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9504</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9504#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 29 Jul 2011 01:14:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9504</guid>
		<description><![CDATA[　公益財団法人 秋山記念生命科学振興財団（http://www.akiyama-foundation.org/）の25周年記念事業の一つ、「夏季古文書講座」が今週月曜日から5回開催されて、今晩で最終回を迎えます。連日熱心な受講者と相まって大盛況です。講師の片桐一男先生は、蘭学史・洋学史・日蘭文化交渉史の第一人者で、幕末・維新ほか、オランダ（阿蘭陀）との関係からみる日本のこの500年の歴史は興味深いです、以下、チラシからの転載です。
～～～～～～ 講師   青山学院大学名誉教授  片桐  一男　先生（洋学史研究会会長）
 
「『くずし字』の古文書（こもんじょ）が読めたらいいのになぁ」と思ったことはありませんか。取り上げます古文書教材は、「水書板」に「ふで」を使って『くずし字』の古文書の全文を書き写し、そのうえで、読解文を全文書き示しますので、初心者の老若男女、みんな楽しんで読めるようになります。
鎖国から開国への急激なショックで始まった長崎の海軍伝習と医学伝習は、日本の近代国家建設にどのように役立ったのか。
勝海舟と松本順の狙いと行動を示す古文書の読解を通じて、歴史の現場が鮮明に浮かび上がります。未公開古文書の読解を楽しんでください。
 
◎ プログラム（どの回からでも受講できます）




回


日    程


テ    ー    マ




１


７月２５日（月）


勝海舟の狙い ― 「愚存申上候書付」 ―




２


７月２６日（火）


長崎の海軍伝習 ― 時間表・オランダ通詞・咸臨丸 ―




３


７月２７日（水）


勝海舟の「蚊鳴餘言」 ― 世界のなかのトクガワ・ニッポン ―




４


７月２８日（木）


長崎の医学伝習 ― ポンペ・松本順・養生所 ―




５


７月２９日（金）


「愛生館」事業 ― 松本順と髙松保郎 ―





　これまで私にとっては少々敷居が高かった「古文書」ですが、片桐先生の分かりやすい解説により、「解読する楽しさ」を体験しています。日記というものから、本人の心証だけではなく、時代の様子、伝習の雰囲気等を読み解き、想像していくわくわく感とでも言うのでしょうか、新しい発見でした。個別の古文書を重ね合わせる、誤字を発見する、省略の記号を解釈する、そのプロセスの面白さは、かなりの根気も必要ですが、扉を一つづつ開けて新しい世界を知っていくような、素晴らしいひと時でした。
　鎖国から開国への急激な時代の変化の中で始まった長崎の「海軍伝習：http://www.mirai.ne.jp/~jkj8/nagasaki.htm」と第二次海軍伝習としての「医学伝習：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5595」は、日本の近代国家建設にどのように役に立ったのか、その一端を理解できたような気がします。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　公益財団法人 秋山記念生命科学振興財団（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/">http://www.akiyama-foundation.org/</a>）の25周年記念事業の一つ、「夏季古文書講座」が今週月曜日から5回開催されて、今晩で最終回を迎えます。連日熱心な受講者と相まって大盛況です。講師の片桐一男先生は、蘭学史・洋学史・日蘭文化交渉史の第一人者で、幕末・維新ほか、オランダ（阿蘭陀）との関係からみる日本のこの500年の歴史は興味深いです、以下、チラシからの転載です。</p>
<p class="MsoNormal" style="line-height: 20pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-line-height-rule: exactly;"><span>～～～～～～<strong> 講師<span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes;">  </span><span style="mso-spacerun: yes;"> </span></span>青山学院大学名誉教授<span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes;">  </span></span>片桐<span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes;">  </span></span>一男　先生（洋学史研究会会長）</strong></span></p>
<p class="MsoNormal" style="line-height: 12pt; text-indent: 10.55pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0; mso-line-height-rule: exactly;"><span style="font-family: HG正楷書体-PRO; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;"><span style="font-size: small;"> </span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="line-height: 12pt; text-indent: 12.05pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0; mso-line-height-rule: exactly;"><span style="font-family: HG正楷書体-PRO; font-size: 12pt; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;">「『くずし字』の古文書（こもんじょ）が読めたらいいのになぁ」と思ったことはありませんか。取り上げます古文書教材は、「水書板」に「ふで」を使って『くずし字』の古文書の全文を書き写し、そのうえで、読解文を全文書き示しますので、初心者の老若男女、みんな楽しんで読めるようになります。</span></p>
<p class="MsoNormal" style="line-height: 12pt; text-indent: 12.05pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0; mso-line-height-rule: exactly;"><span style="font-family: HG正楷書体-PRO; font-size: 12pt; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;">鎖国から開国への急激なショックで始まった長崎の海軍伝習と医学伝習は、日本の近代国家建設にどのように役立ったのか。</span></p>
<p class="MsoNormal" style="line-height: 12pt; text-indent: 12.05pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0; mso-line-height-rule: exactly;"><span style="font-family: HG正楷書体-PRO; font-size: 12pt; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;">勝海舟と松本順の狙いと行動を示す古文書の読解を通じて、歴史の現場が鮮明に浮かび上がります。未公開古文書の読解を楽しんでください。</span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: 'ＭＳ Ｐ明朝','serif';"><span style="font-size: small;"> </span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;"><span style="font-size: small;">◎ プログラム（どの回からでも受講できます）</span></span></p>
<table class="MsoTableGrid" style="margin: auto auto auto 6.8pt; border-collapse: collapse; mso-border-alt: solid windowtext .5pt; mso-yfti-tbllook: 480; mso-padding-alt: 0mm 5.4pt 0mm 5.4pt;" border="1" cellspacing="0" cellpadding="0">
<tbody>
<tr style="mso-yfti-irow: 0; mso-yfti-firstrow: yes;">
<td style="border-bottom: windowtext 1pt solid; border-left: #e0dfe3; padding-bottom: 0mm; background-color: transparent; padding-left: 5.4pt; width: 42.7pt; padding-right: 5.4pt; border-top: windowtext 2.25pt solid; border-right: windowtext 1pt solid; padding-top: 0mm; mso-border-top-alt: solid windowtext 2.25pt; mso-border-bottom-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-right-alt: solid windowtext .5pt;" width="57" valign="top">
<p class="MsoNormal" style="text-align: center; margin: 0mm 0mm 0pt;" align="center"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;"><span style="font-size: small;">回</span></span></p>
</td>
<td style="border-bottom: windowtext 1pt solid; border-left: #e0dfe3; padding-bottom: 0mm; background-color: transparent; padding-left: 5.4pt; width: 100.8pt; padding-right: 5.4pt; border-top: windowtext 2.25pt solid; border-right: windowtext 1pt solid; padding-top: 0mm; mso-border-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-top-alt: solid windowtext 2.25pt; mso-border-left-alt: solid windowtext .5pt;" width="134" valign="top">
<p class="MsoNormal" style="text-align: center; margin: 0mm 0mm 0pt;" align="center"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;"><span style="font-size: small;">日<span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes;">    </span></span>程</span></span></p>
</td>
<td style="border-bottom: windowtext 1pt solid; border-left: #e0dfe3; padding-bottom: 0mm; background-color: transparent; padding-left: 5.4pt; width: 338.05pt; padding-right: 5.4pt; border-top: windowtext 2.25pt solid; border-right: #e0dfe3; padding-top: 0mm; mso-border-top-alt: solid windowtext 2.25pt; mso-border-bottom-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-left-alt: solid windowtext .5pt;" width="451" valign="top">
<p class="MsoNormal" style="text-align: center; margin: 0mm 0mm 0pt;" align="center"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;"><span style="font-size: small;">テ<span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes;">    </span></span>ー<span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes;">    </span></span>マ</span></span></p>
</td>
</tr>
<tr style="mso-yfti-irow: 1;">
<td style="border-bottom: windowtext 1pt solid; border-left: #e0dfe3; padding-bottom: 0mm; background-color: transparent; padding-left: 5.4pt; width: 42.7pt; padding-right: 5.4pt; border-top: #e0dfe3; border-right: windowtext 1pt solid; padding-top: 0mm; mso-border-top-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-bottom-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-right-alt: solid windowtext .5pt;" width="57" valign="top">
<p class="MsoNormal" style="text-align: center; margin: 0mm 0mm 0pt;" align="center"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;"><span style="font-size: small;">１</span></span></p>
</td>
<td style="border-bottom: windowtext 1pt solid; border-left: #e0dfe3; padding-bottom: 0mm; background-color: transparent; padding-left: 5.4pt; width: 100.8pt; padding-right: 5.4pt; border-top: #e0dfe3; border-right: windowtext 1pt solid; padding-top: 0mm; mso-border-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-top-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-left-alt: solid windowtext .5pt;" width="134" valign="top">
<p class="MsoNormal" style="text-align: center; margin: 0mm 0mm 0pt;" align="center"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;"><span style="font-size: small;">７月２５日（月）</span></span></p>
</td>
<td style="border-bottom: windowtext 1pt solid; border-left: #e0dfe3; padding-bottom: 0mm; background-color: transparent; padding-left: 5.4pt; width: 338.05pt; padding-right: 5.4pt; border-top: #e0dfe3; border-right: #e0dfe3; padding-top: 0mm; mso-border-top-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-bottom-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-left-alt: solid windowtext .5pt;" width="451" valign="top">
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;"><span style="font-size: small;">勝海舟の狙い ― 「愚存申上候書付」 ―</span></span></p>
</td>
</tr>
<tr style="mso-yfti-irow: 2;">
<td style="border-bottom: windowtext 1pt solid; border-left: #e0dfe3; padding-bottom: 0mm; background-color: transparent; padding-left: 5.4pt; width: 42.7pt; padding-right: 5.4pt; border-top: #e0dfe3; border-right: windowtext 1pt solid; padding-top: 0mm; mso-border-top-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-bottom-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-right-alt: solid windowtext .5pt;" width="57" valign="top">
<p class="MsoNormal" style="text-align: center; margin: 0mm 0mm 0pt;" align="center"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;"><span style="font-size: small;">２</span></span></p>
</td>
<td style="border-bottom: windowtext 1pt solid; border-left: #e0dfe3; padding-bottom: 0mm; background-color: transparent; padding-left: 5.4pt; width: 100.8pt; padding-right: 5.4pt; border-top: #e0dfe3; border-right: windowtext 1pt solid; padding-top: 0mm; mso-border-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-top-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-left-alt: solid windowtext .5pt;" width="134" valign="top">
<p class="MsoNormal" style="text-align: center; margin: 0mm 0mm 0pt;" align="center"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;"><span style="font-size: small;">７月２６日（火）</span></span></p>
</td>
<td style="border-bottom: windowtext 1pt solid; border-left: #e0dfe3; padding-bottom: 0mm; background-color: transparent; padding-left: 5.4pt; width: 338.05pt; padding-right: 5.4pt; border-top: #e0dfe3; border-right: #e0dfe3; padding-top: 0mm; mso-border-top-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-bottom-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-left-alt: solid windowtext .5pt;" width="451" valign="top">
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;"><span style="font-size: small;">長崎の海軍伝習 ― 時間表・オランダ通詞・咸臨丸 ―</span></span></p>
</td>
</tr>
<tr style="mso-yfti-irow: 3;">
<td style="border-bottom: windowtext 1pt solid; border-left: #e0dfe3; padding-bottom: 0mm; background-color: transparent; padding-left: 5.4pt; width: 42.7pt; padding-right: 5.4pt; border-top: #e0dfe3; border-right: windowtext 1pt solid; padding-top: 0mm; mso-border-top-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-bottom-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-right-alt: solid windowtext .5pt;" width="57" valign="top">
<p class="MsoNormal" style="text-align: center; margin: 0mm 0mm 0pt;" align="center"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;"><span style="font-size: small;">３</span></span></p>
</td>
<td style="border-bottom: windowtext 1pt solid; border-left: #e0dfe3; padding-bottom: 0mm; background-color: transparent; padding-left: 5.4pt; width: 100.8pt; padding-right: 5.4pt; border-top: #e0dfe3; border-right: windowtext 1pt solid; padding-top: 0mm; mso-border-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-top-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-left-alt: solid windowtext .5pt;" width="134" valign="top">
<p class="MsoNormal" style="text-align: center; margin: 0mm 0mm 0pt;" align="center"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;"><span style="font-size: small;">７月２７日（水）</span></span></p>
</td>
<td style="border-bottom: windowtext 1pt solid; border-left: #e0dfe3; padding-bottom: 0mm; background-color: transparent; padding-left: 5.4pt; width: 338.05pt; padding-right: 5.4pt; border-top: #e0dfe3; border-right: #e0dfe3; padding-top: 0mm; mso-border-top-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-bottom-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-left-alt: solid windowtext .5pt;" width="451" valign="top">
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;"><span style="font-size: small;">勝海舟の「蚊鳴餘言」 ― 世界のなかのトクガワ・ニッポン ―</span></span></p>
</td>
</tr>
<tr style="mso-yfti-irow: 4;">
<td style="border-bottom: windowtext 1pt solid; border-left: #e0dfe3; padding-bottom: 0mm; background-color: transparent; padding-left: 5.4pt; width: 42.7pt; padding-right: 5.4pt; border-top: #e0dfe3; border-right: windowtext 1pt solid; padding-top: 0mm; mso-border-top-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-bottom-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-right-alt: solid windowtext .5pt;" width="57" valign="top">
<p class="MsoNormal" style="text-align: center; margin: 0mm 0mm 0pt;" align="center"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;"><span style="font-size: small;">４</span></span></p>
</td>
<td style="border-bottom: windowtext 1pt solid; border-left: #e0dfe3; padding-bottom: 0mm; background-color: transparent; padding-left: 5.4pt; width: 100.8pt; padding-right: 5.4pt; border-top: #e0dfe3; border-right: windowtext 1pt solid; padding-top: 0mm; mso-border-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-top-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-left-alt: solid windowtext .5pt;" width="134" valign="top">
<p class="MsoNormal" style="text-align: center; margin: 0mm 0mm 0pt;" align="center"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;"><span style="font-size: small;">７月２８日（木）</span></span></p>
</td>
<td style="border-bottom: windowtext 1pt solid; border-left: #e0dfe3; padding-bottom: 0mm; background-color: transparent; padding-left: 5.4pt; width: 338.05pt; padding-right: 5.4pt; border-top: #e0dfe3; border-right: #e0dfe3; padding-top: 0mm; mso-border-top-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-bottom-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-left-alt: solid windowtext .5pt;" width="451" valign="top">
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;"><span style="font-size: small;">長崎の医学伝習 ― ポンペ・松本順・養生所 ―</span></span></p>
</td>
</tr>
<tr style="mso-yfti-irow: 5; mso-yfti-lastrow: yes;">
<td style="border-bottom: windowtext 2.25pt solid; border-left: #e0dfe3; padding-bottom: 0mm; background-color: transparent; padding-left: 5.4pt; width: 42.7pt; padding-right: 5.4pt; border-top: #e0dfe3; border-right: windowtext 1pt solid; padding-top: 0mm; mso-border-top-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-bottom-alt: solid windowtext 2.25pt; mso-border-right-alt: solid windowtext .5pt;" width="57" valign="top">
<p class="MsoNormal" style="text-align: center; margin: 0mm 0mm 0pt;" align="center"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;"><span style="font-size: small;">５</span></span></p>
</td>
<td style="border-bottom: windowtext 2.25pt solid; border-left: #e0dfe3; padding-bottom: 0mm; background-color: transparent; padding-left: 5.4pt; width: 100.8pt; padding-right: 5.4pt; border-top: #e0dfe3; border-right: windowtext 1pt solid; padding-top: 0mm; mso-border-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-top-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-bottom-alt: solid windowtext 2.25pt; mso-border-left-alt: solid windowtext .5pt;" width="134" valign="top">
<p class="MsoNormal" style="text-align: center; margin: 0mm 0mm 0pt;" align="center"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;"><span style="font-size: small;">７月２９日（金）</span></span></p>
</td>
<td style="border-bottom: windowtext 2.25pt solid; border-left: #e0dfe3; padding-bottom: 0mm; background-color: transparent; padding-left: 5.4pt; width: 338.05pt; padding-right: 5.4pt; border-top: #e0dfe3; border-right: #e0dfe3; padding-top: 0mm; mso-border-top-alt: solid windowtext .5pt; mso-border-left-alt: solid windowtext .5pt;" width="451" valign="top">
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: HG丸ｺﾞｼｯｸM-PRO; mso-hansi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐ明朝&quot;;"><span style="font-size: small;">「愛生館」事業 ― 松本順と髙松保郎 ―</span></span></p>
</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<div id="attachment_9509" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010578.jpg"><img class="size-medium wp-image-9509" title="p1010578" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010578-500x375.jpg" alt="夜間講座にたくさんの受講者" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">夜間講座にたくさんの受講者</p></div>
<div id="attachment_9512" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010590.jpg"><img class="size-medium wp-image-9512" title="p1010590" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010590-500x375.jpg" alt="テキストとして：「咸臨丸」、「松本良順」" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">テキストとして：「咸臨丸」、「松本良順」</p></div>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010580.jpg"><img class="alignnone size-medium wp-image-9510" title="p1010580" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010580.jpg" alt="" width="300" height="225" /></a></p>
<p>　これまで私にとっては少々敷居が高かった「古文書」ですが、片桐先生の分かりやすい解説により、「解読する楽しさ」を体験しています。日記というものから、本人の心証だけではなく、時代の様子、伝習の雰囲気等を読み解き、想像していくわくわく感とでも言うのでしょうか、新しい発見でした。個別の古文書を重ね合わせる、誤字を発見する、省略の記号を解釈する、そのプロセスの面白さは、かなりの根気も必要ですが、扉を一つづつ開けて新しい世界を知っていくような、素晴らしいひと時でした。</p>
<p>　鎖国から開国への急激な時代の変化の中で始まった長崎の「<strong>海軍伝習：</strong><a href="http://www.mirai.ne.jp/~jkj8/nagasaki.htm">http://www.mirai.ne.jp/~jkj8/nagasaki.htm</a>」と第二次海軍伝習としての「<strong>医学伝習：</strong><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5595">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5595</a>」は、日本の近代国家建設にどのように役に立ったのか、その一端を理解できたような気がします。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>楽しみな若手和楽器奏者たち</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9481</link>
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		<pubDate>Wed, 27 Jul 2011 00:33:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　「夏夜会」と題して、若手の和楽器演奏家が３人集い、熱い演奏でした。以前から応援している津軽三味線・白田路明（http://con-sent.net/peace/shirata_michiaki/）、和太鼓・橋口隆之（http://edktbk.exblog.jp/）、尺八・中村仁樹（http://www.masaki-nakamura.com/）のコラボレーションは、伝統的であり、イノベイティブであり、それぞれの個性が魅力的でした。疲労感が全くない、心地良さは最高です。
　今、若い和楽器演奏者が活躍していますね、素晴らしいことです！「伝統を守る」という観念的な話では無く、「独創的」とか「挑戦的」という言葉がぴったりなパフォーマンスです。それぞれが楽器を通して個性を表現し、多様な他者も受け入れている状態のコラボレーション、実にイイです。
　橋口くん、ブログにありましたが北海道でも「打ち上げ」とも言いますよ、「なおらい」は「直来」で神道の言葉かと、参考になるのであれば以前私が書いたこの欄（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8359）の後半部もご覧頂ければ嬉しいです、先日のパフォーマンス、「見せる」演奏は「魅せ」ました、素晴らしかった！！
　中村くん、いつもいつもオシャレな演奏は感動を与えてくれます。立っているだけの姿も決まっているし、尺八の高音があんなに魅力的だとは思いませんでした。これからもチャレンジし続けて下さい！！
　白田くん、同じテーブルでお父さまと久しぶりにゆっくりお話が出来ました。ご両親の絶妙なコンビはうらやましい環境です。でも、これからはこれまでの実績から更に脱皮して、一層世界に羽ばたいて欲しいですね、親元を離れて東京生活、しっかりした自分のポリシーを持っているあなたなら、素晴らしい仲間たち、演奏の場との出会いもたくさんあるでしょう、そして、ふるさと北海道も忘れずに、どうかいつまでもチャレンジャーであって下さいね！！
　自分を一層磨き続けて下さい、今後を託せる若手３人に、心からの拍手です！！！！！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「夏夜会」と題して、若手の和楽器演奏家が３人集い、熱い演奏でした。以前から応援している津軽三味線・白田路明（<a href="http://con-sent.net/peace/shirata_michiaki/">http://con-sent.net/peace/shirata_michiaki/</a>）、和太鼓・橋口隆之（<a href="http://edktbk.exblog.jp/">http://edktbk.exblog.jp/</a>）、尺八・中村仁樹（<a href="http://www.masaki-nakamura.com/">http://www.masaki-nakamura.com/</a>）のコラボレーションは、伝統的であり、イノベイティブであり、それぞれの個性が魅力的でした。疲労感が全くない、心地良さは最高です。</p>
<div id="attachment_9482" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010573.jpg"><img class="size-medium wp-image-9482" title="p1010573" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010573-375x500.jpg" alt="津軽三味線：白田路明" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">津軽三味線：白田路明</p></div>
<div id="attachment_9483" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010574.jpg"><img class="size-medium wp-image-9483" title="p1010574" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010574-375x500.jpg" alt="和太鼓：橋口隆之、尺八：中村仁樹" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">和太鼓：橋口隆之、尺八：中村仁樹</p></div>
<p>　今、若い和楽器演奏者が活躍していますね、素晴らしいことです！「伝統を守る」という観念的な話では無く、「独創的」とか「挑戦的」という言葉がぴったりなパフォーマンスです。それぞれが楽器を通して個性を表現し、多様な他者も受け入れている状態のコラボレーション、実にイイです。</p>
<p>　橋口くん、ブログにありましたが北海道でも「打ち上げ」とも言いますよ、「なおらい」は「直来」で神道の言葉かと、参考になるのであれば以前私が書いたこの欄（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8359">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8359</a>）の後半部もご覧頂ければ嬉しいです、先日のパフォーマンス、「見せる」演奏は「魅せ」ました、素晴らしかった！！</p>
<p>　中村くん、いつもいつもオシャレな演奏は感動を与えてくれます。立っているだけの姿も決まっているし、尺八の高音があんなに魅力的だとは思いませんでした。これからもチャレンジし続けて下さい！！</p>
<p>　白田くん、同じテーブルでお父さまと久しぶりにゆっくりお話が出来ました。ご両親の絶妙なコンビはうらやましい環境です。でも、これからはこれまでの実績から更に脱皮して、一層世界に羽ばたいて欲しいですね、親元を離れて東京生活、しっかりした自分のポリシーを持っているあなたなら、素晴らしい仲間たち、演奏の場との出会いもたくさんあるでしょう、そして、ふるさと北海道も忘れずに、どうかいつまでもチャレンジャーであって下さいね！！</p>
<p>　自分を一層磨き続けて下さい、今後を託せる若手３人に、心からの拍手です！！！！！</p>
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		<title>松山城は坂の上の「城」！</title>
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		<pubDate>Sun, 24 Jul 2011 23:20:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[ 　先日、この数年話題の松山に行く機会がありました、出張の目的は来月にでも書きます。窮屈な日程の合間をぬって、早朝5時半過ぎに松山城（http://www.matsuyamajo.jp/information/）を、黒門道から登りました。「丘の上のお城」くらいに思っていましたが、かなり急な坂と石段、久しぶりに汗びっしょりとなりました。上の本丸では地元の方々が早めのラジオ体操、毎朝恒例となっているようでした。私自身は早朝1時間半くらいで、一日のエネルギーを使い果たした感じです。
　多様な石垣が印象的でした、天守に向かう道筋も複雑に折れ曲がり、要所要所に門も配置されて、当時の戦略性を感じます。松山市内はもちろん、遠く瀬戸内海も見通せる眺望は素晴らしいですね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="mceTemp"> 　先日、この数年話題の松山に行く機会がありました、出張の目的は来月にでも書きます。窮屈な日程の合間をぬって、早朝5時半過ぎに松山城（<a href="http://www.matsuyamajo.jp/information/">http://www.matsuyamajo.jp/information/</a>）を、黒門道から登りました。「丘の上のお城」くらいに思っていましたが、かなり急な坂と石段、久しぶりに汗びっしょりとなりました。上の本丸では地元の方々が早めのラジオ体操、毎朝恒例となっているようでした。私自身は早朝1時間半くらいで、一日のエネルギーを使い果たした感じです。</div>
<div id="attachment_9472" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010561.jpg"><img class="size-medium wp-image-9472" title="p1010561" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010561.jpg" alt="130メートルの山の上" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">130メートルの山の上</p></div>
<div id="attachment_9473" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010562.jpg"><img class="size-medium wp-image-9473" title="p1010562" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010562-500x375.jpg" alt="登って見ると" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">登って、本丸から天守を臨む</p></div>
<div id="attachment_9471" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010564.jpg"><img class="size-medium wp-image-9471" title="p1010564" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010564.jpg" alt="天守閣を臨む" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">NHKテレビ「坂の上の雲」の冒頭場面の背景</p></div>
<div id="attachment_9474" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010568.jpg"><img class="size-medium wp-image-9474" title="p1010568" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010568.jpg" alt="石垣が織りなす景観" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">石垣が織りなす景観</p></div>
<p>　多様な石垣が印象的でした、天守に向かう道筋も複雑に折れ曲がり、要所要所に門も配置されて、当時の戦略性を感じます。松山市内はもちろん、遠く瀬戸内海も見通せる眺望は素晴らしいですね。</p>
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		<title>「震災後」から「戦後」を検証する</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9308</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9308#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 23 Jul 2011 02:25:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9308</guid>
		<description><![CDATA[　「九条の会：http://www.9-jo.jp/」の事務局長・小森陽一さんをお招きして、「エンレイソウ9条の会」主催の「原発震災と憲法」と題した講演会がありました。3・11以降の日本の現状を、あらためて憲法に立ち戻って議論を組み立て、貴重なお話でした。
　「日本国憲法（http://www.houko.com/00/01/S21/000.HTM）」の前文
「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。（後略）
 
＊　前文の諸前提が崩れている現状、　「3・11」から問い直す憲法の「主権」者性は、前文と第13条における「生命、自由、幸福追求の権利」の思想に拠り所がある、今、「主権者としての自覚」が重要である（第13条　すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする）
＊　第25条の「健康で文化的な最低限度の生活」の思想と「復興計画」の矛盾、生存権に基づく項目として思想の基軸にすべきである（第25条　すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。２　国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない）
＊　被災地で問い直される福島の子供たちを取り巻く現実、第22条、27条、そして26条の相互関係（第22条　何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。２　何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない：第27条　すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ：第26条　すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する）
＊　ヒロシマ・ナガサキの被爆者たちへの裏切りとしての「フクシマ」
＊　「軍国主義の時代」から「原発主義の時代」への同質的な社会構造の移行、「震災後」から「戦後」を検証すべきである
＊　3・11以降の日本では、「立憲政治」が行われていると言えるのだろうか、今、私たちが主権者としての自覚を持って事に当たらなければ誰が国を縛ることが出来るのか
＊　現在の放射能汚染の諸基準は、ヒロシマ・ナガサキ、そして100キロ圏外にも関わらず被曝した1954年の第五福竜丸の犠牲に基づいて、医師・研究者により設定されたものである
＊　メディアに踊る言葉：「原子力神話」は、本当の「神話」に失礼である。「原発アレルギー」、そんなアレルギーなど存在しない
＊　丸山真男が「現代政治の思想と行動：http://www.geocities.co.jp/fwtetsu/maruyama.html」で語るように、「無責任の体系」と「犠牲」が一対となって進行してきた、典型的な「フクシマ原発」である
＊　復興議論中で、町の歴史の尊重か、新自由主義の復活か、引き続きの見極めが重要
＊　今こそ、「原子力発電」は何をもたらすか、これまで何をもって「安全」と言ってきたかを検証すべきである。安全性の実証などどこにもなく、最終処分も全くの未知である
＊　「脱原発」への政策転換とエネルギー政策の転換
＊　「3・11」の経験と憲法九条の思想の統一
　　　1）　オキナワとフクシマを同時に捉える視点に基づく東アジアの平和構想
　　　2　）放射能被害の拡大を食い止め、生命・健康・地域社会の健全を最優先させる政策へ
　　　3）　「大連立政権」と憲法改悪と原発推進勢力の一体化に対して、草の根で対抗する重要性
　　　4）　「核抑止力」と「安全な原発」の考え方が、同じ根を持っていることを明らかにする対話運動を！
 
　そして最後に、これまで「唯一の被爆国」であり、国際社会の中で「核廃絶」を主張する立場だった日本国が、3・11以降、「原発テロ国家」になってしまった、と。これからは、たとえば漁業関係者がアジアと草の根で連帯する方策、本当の復興とはどういう形かを議論する文化を醸成していこう、と結ばれました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「九条の会：<a href="http://www.9-jo.jp/">http://www.9-jo.jp/</a>」の事務局長・小森陽一さんをお招きして、「エンレイソウ9条の会」主催の「原発震災と憲法」と題した講演会がありました。3・11以降の日本の現状を、あらためて憲法に立ち戻って議論を組み立て、貴重なお話でした。</p>
<p>　「日本国憲法（<a href="http://www.houko.com/00/01/S21/000.HTM">http://www.houko.com/00/01/S21/000.HTM</a>）」の前文</p>
<p class="hon0">「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、<strong>ここに主権が国民に存することを宣言し</strong>、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。（後略）</p>
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<p class="hon0">＊　前文の諸前提が崩れている現状、　「3・11」から問い直す憲法の「主権」者性は、前文と第13条における「生命、自由、幸福追求の権利」の思想に拠り所がある、今、「主権者としての自覚」が重要である（<strong class="jy">第13条</strong>　すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする）</p>
<p class="hon0">＊　第25条の「健康で文化的な最低限度の生活」の思想と「復興計画」の矛盾、生存権に基づく項目として思想の基軸にすべきである（<strong class="jy">第25条</strong>　すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。<strong class="ko">２</strong>　国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない）</p>
<p class="hon0">＊　被災地で問い直される福島の子供たちを取り巻く現実、第22条、27条、そして26条の相互関係（<strong class="jy">第22条</strong>　何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。<strong class="ko">２</strong>　何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない：<strong class="jy">第27条</strong>　すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ：<strong class="jy">第26条</strong>　すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する）</p>
<p class="hon0">＊　ヒロシマ・ナガサキの被爆者たちへの裏切りとしての「フクシマ」</p>
<p class="hon0">＊　「軍国主義の時代」から「原発主義の時代」への同質的な社会構造の移行<strong>、「震災後」から「戦後」を検証すべきである</strong></p>
<p class="hon0">＊　3・11以降の日本では、「立憲政治」が行われていると言えるのだろうか、今、私たちが主権者としての自覚を持って事に当たらなければ誰が国を縛ることが出来るのか</p>
<p class="hon0">＊　現在の放射能汚染の諸基準は、ヒロシマ・ナガサキ、そして100キロ圏外にも関わらず被曝した1954年の第五福竜丸の犠牲に基づいて、医師・研究者により設定されたものである</p>
<p class="hon0">＊　メディアに踊る言葉：「原子力神話」は、本当の「神話」に失礼である。「原発アレルギー」、そんなアレルギーなど存在しない</p>
<p class="hon0">＊　丸山真男が「現代政治の思想と行動：<a href="http://www.geocities.co.jp/fwtetsu/maruyama.html">http://www.geocities.co.jp/fwtetsu/maruyama.html</a>」で語るように、「<strong>無責任の体系</strong>」と「<strong>犠牲</strong>」が一対となって進行してきた、典型的な「フクシマ原発」である</p>
<p class="hon0">＊　復興議論中で、町の歴史の尊重か、新自由主義の復活か、引き続きの見極めが重要</p>
<p class="hon0">＊　今こそ、「原子力発電」は何をもたらすか、これまで何をもって「安全」と言ってきたかを検証すべきである。安全性の実証などどこにもなく、最終処分も全くの未知である</p>
<p class="hon0">＊　「脱原発」への政策転換とエネルギー政策の転換</p>
<p class="hon0">＊　「3・11」の経験と憲法九条の思想の統一</p>
<p class="hon0">　　　1）　オキナワとフクシマを同時に捉える視点に基づく東アジアの平和構想</p>
<p class="hon0">　　　2　）放射能被害の拡大を食い止め、生命・健康・地域社会の健全を最優先させる政策へ</p>
<p class="hon0">　　　3）　「大連立政権」と憲法改悪と原発推進勢力の一体化に対して、草の根で対抗する重要性</p>
<p class="hon0">　　　4）　「核抑止力」と「安全な原発」の考え方が、同じ根を持っていることを明らかにする対話運動を！</p>
<p class="hon0"> </p>
<p class="hon0">　そして最後に、これまで「唯一の被爆国」であり、国際社会の中で「核廃絶」を主張する立場だった日本国が、3・11以降、「原発テロ国家」になってしまった、と。これからは、たとえば漁業関係者がアジアと草の根で連帯する方策、本当の復興とはどういう形かを議論する文化を醸成していこう、と結ばれました。</p>
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		<title>前田一歩園財団の理念と実践（2）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9405</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9405#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 19 Jul 2011 22:08:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　二日目は、財団の新井田利光常務理事、西田力博部長、酒井賢一係長のご説明で、阿寒湖北「一歩園・湖北の森」でのワークショップでした。パンケトーから阿寒湖に流れるイベシベツ川を上ってパンケトー畔まで、ポイントポイントで解説を聴き、針広混交林・倒木更新・萌芽更新等の森林樹木編、湿地、キノコ類、川の生態等、あらためて森の多様性と奥深さに圧倒されました。










　管理山林は、全域が阿寒国立公園に包含されていて、水源かん養保安林、風致保安林など保安林指定にもなっています。さらに、鳥獣保護区の指定を受けているので、自然環境の保全には特段の配慮が欠かせないとのこと。財団では前田一歩園財団 “森づくり 6カ条”を打ち立てて、森づくり活動を行っています。
第一条　一度に大面積にわたり一斉に木を切らない――＞皆伐を行わない
第二条　300年前の姿に戻す――＞山全体で針葉樹と広葉樹の割合を70：30とする
第三条　鳥や動物の巣になる木は切らない――＞大径木、景観木、鳥獣類の営巣木、貴重木などは努めて保残する
第四条　川のそばの木は切らない――＞河川の流域は原則禁伐とする
第五条　大人の木も、子供の木もある山にする――＞人工林の上木と天然性幼稚樹を保残育成する
第六条　木の無いところには木を植える――＞更新不良地には植え込みを行う
 
　私はこれまで阿寒湖畔には数回行ってはいましたが、湖北を歩いたのは初めてで、温泉街とは違った「自然」の姿を垣間見た気がします。川の流れの音、植物のかもしだす香り、パンケトー湖畔の静寂、写真に映った緑の多様性とエネルギー等、全てが新鮮な驚きでした。
　戦前・戦後と幾多の困難な時期、特に高度成長期・バブル経済期の「開発」という名の破壊行為をも跳ね返してこられた前田一歩園さんのこれまでのご努力に心から敬意を表するとともに、今後の益々のご活躍を祈念しています、この度はありがとうございました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="mceTemp">　二日目は、財団の新井田利光常務理事、西田力博部長、酒井賢一係長のご説明で、阿寒湖北「一歩園・湖北の森」でのワークショップでした。パンケトーから阿寒湖に流れるイベシベツ川を上ってパンケトー畔まで、ポイントポイントで解説を聴き、針広混交林・倒木更新・萌芽更新等の森林樹木編、湿地、キノコ類、川の生態等、あらためて森の多様性と奥深さに圧倒されました。</div>
<div id="attachment_9412" class="wp-caption alignnone" style="width: 410px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p10105321.jpg"><img class="size-medium wp-image-9412" title="p10105321" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p10105321.jpg" alt="阿寒湖近くの川面" width="400" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">阿寒湖近くの川面</p></div>
<p class="mceTemp">
<dt class="wp-caption-dt"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010532.jpg"></a></dt>
</p>
<p class="mceTemp">
<dt class="wp-caption-dt"></dt>
</p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010538.jpg"><img class="size-medium wp-image-9411" title="p1010538" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010538.jpg" alt="パンケトウから阿寒湖への急流で" width="400" height="300" /></a></p>
<div id="attachment_9414" class="wp-caption alignnone" style="width: 410px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010540.jpg"><img class="size-medium wp-image-9414" title="p1010540" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010540.jpg" alt="川真珠の群生" width="400" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">川真珠貝がびっしり</p></div>
<dl></dl>
<div>
<div id="attachment_9415" class="wp-caption alignnone" style="width: 410px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010547.jpg"><img class="size-medium wp-image-9415" title="p1010547" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010547.jpg" alt="パンケトウ湖畔から山並みを臨む（背景の雄阿寒岳は霧の中）" width="400" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">パンケトー湖畔から山並みを臨む（背景の雄阿寒岳は霧の中）</p></div>
</div>
<p>　管理山林は、全域が阿寒国立公園に包含されていて、水源かん養保安林、風致保安林など保安林指定にもなっています。さらに、鳥獣保護区の指定を受けているので、自然環境の保全には特段の配慮が欠かせないとのこと。財団では<strong>前田一歩園財団 “森づくり 6カ条”</strong>を打ち立てて、森づくり活動を行っています。</p>
<p>第一条　一度に大面積にわたり一斉に木を切らない――＞皆伐を行わない</p>
<p>第二条　300年前の姿に戻す――＞山全体で針葉樹と広葉樹の割合を70：30とする</p>
<p>第三条　鳥や動物の巣になる木は切らない――＞大径木、景観木、鳥獣類の営巣木、貴重木などは努めて保残する</p>
<p>第四条　川のそばの木は切らない――＞河川の流域は原則禁伐とする</p>
<p>第五条　大人の木も、子供の木もある山にする――＞人工林の上木と天然性幼稚樹を保残育成する</p>
<p>第六条　木の無いところには木を植える――＞更新不良地には植え込みを行う</p>
<p> </p>
<p>　私はこれまで阿寒湖畔には数回行ってはいましたが、湖北を歩いたのは初めてで、温泉街とは違った「自然」の姿を垣間見た気がします。川の流れの音、植物のかもしだす香り、パンケトー湖畔の静寂、写真に映った緑の多様性とエネルギー等、全てが新鮮な驚きでした。</p>
<p>　戦前・戦後と幾多の困難な時期、特に高度成長期・バブル経済期の「開発」という名の破壊行為をも跳ね返してこられた前田一歩園さんのこれまでのご努力に心から敬意を表するとともに、今後の益々のご活躍を祈念しています、この度はありがとうございました。</p>
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		<title>前田一歩園財団の理念と実践（1）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9393</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9393#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 19 Jul 2011 22:05:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9393</guid>
		<description><![CDATA[　NPO法人・北海道市民環境ネットワーク（http://www.kitanet.org/index.html）が主催し、この度、北海道の道東・阿寒の「前田一歩園財団：http://www.ippoen.or.jp/」の多大なご協力を得て、「森づくりセミナー」が一泊二日で行われました。


～～～～深々と水をたたえてマリモが生息する湖と、その湖面を囲む広大な森林を有する阿寒国立公園：昭和9（1934）年指定。「この景観はスイスのそれにも比肩する。阿寒の山林は切る山ではなく、見る山だ」といったのは前田一歩園の初代園主・前田正名（まさな）翁でした。その自然への思想は子息の正次（まさじ）、光子夫妻へと受け継がれました。ことに“阿寒の母”と慕われた故光子さんは「『自然を保護する』という言葉さえも人間の傲慢であり、自然に人間が保護されているのだ。前田家の財産はすべて公共事業の財源とす」の家憲を体現するため、全財産を投じて宿願の『前田一歩園財団』を昭和58（1983）年に設立、その18日後に世を去ります。いま、その遺志を継いだ財団は、阿寒の森を守り、森林保全の施業と環境思想の普及に貢献する事業を着々と進めています。～～HPより（http://www.ippoen.or.jp/naritatsi1.htm）
　「りんゆう観光（株）：http://www.rinyu.co.jp/index.php」のウェッブマガジン「カムイミンタラ」にも、その歴史・理念が紹介されています（http://kamuimintara.net/detail.php?rskey=34198909t01）。
　セミナー一日目は、ゲストハウスで前田三郎理事長のお話と新井田利光常務理事の現況報告、続いて山本光一課長のガイドで財団事務所そばの「ボッケの森」散策でした。「一歩園」は正名の座右の銘「物ごと万事に一歩が大切」に由来すること他、いずれも歴史の重みと設立趣旨・哲学を分かりやすくお話して頂き、あらためて森を守る意気込みも感じ取りました。今風に言えば、「民が担う公共」の原点がここにあり、日本でも草分け的存在です。前田三郎理事長は、秋山財団設立以来、評議員として18年間ご指導して頂き、初代の評議員会議長も務められました。
　今年は、このすぐ近くでも熊が数回目撃されて数日間通行禁止になったとか、まぁ熊のテリトリーですから、それ程驚くことでもないですかね。地面から湧き出る温泉、熱を帯びた散策路の岩盤等、火山群の中にある湖畔も実感出来ました。思えば、雄阿寒岳・雌阿寒岳はじめ、周辺にはたくさんの火山があり、古阿寒湖の面影、ペンケトー・パンケトー等の湖も大自然の変わって来た今の姿です。何か大自然のとてつもないエネルギーを感じとり、畏敬の念を抱きます。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　NPO法人・北海道市民環境ネットワーク（<a href="http://www.kitanet.org/index.html">http://www.kitanet.org/index.html</a>）が主催し、この度、北海道の道東・阿寒の「前田一歩園財団：<a href="http://www.ippoen.or.jp/">http://www.ippoen.or.jp/</a>」の多大なご協力を得て、「森づくりセミナー」が一泊二日で行われました。</p>
<div class="mceTemp">
<div id="attachment_9398" class="wp-caption alignnone" style="width: 410px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010533.jpg"><img class="size-medium wp-image-9398" title="p1010533" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010533.jpg" alt="阿寒湖北側の一歩園財団の森" width="400" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">阿寒湖北側の一歩園財団の森</p></div>
</div>
<p>～～～～深々と水をたたえてマリモが生息する湖と、その湖面を囲む広大な森林を有する阿寒国立公園：昭和9（1934）年指定。「この景観はスイスのそれにも比肩する。阿寒の山林は切る山ではなく、見る山だ」といったのは前田一歩園の初代園主・前田正名（まさな）翁でした。その自然への思想は子息の正次（まさじ）、光子夫妻へと受け継がれました。ことに“阿寒の母”と慕われた故光子さんは「『自然を保護する』という言葉さえも人間の傲慢であり、自然に人間が保護されているのだ。前田家の財産はすべて公共事業の財源とす」の家憲を体現するため、全財産を投じて宿願の『前田一歩園財団』を昭和58（1983）年に設立、その18日後に世を去ります。いま、その遺志を継いだ財団は、阿寒の森を守り、森林保全の施業と環境思想の普及に貢献する事業を着々と進めています。～～HPより（<a href="http://www.ippoen.or.jp/naritatsi1.htm">http://www.ippoen.or.jp/naritatsi1.htm</a>）</p>
<p>　「りんゆう観光（株）：<a href="http://www.rinyu.co.jp/index.php">http://www.rinyu.co.jp/index.php</a>」のウェッブマガジン「カムイミンタラ」にも、その歴史・理念が紹介されています（<a href="http://kamuimintara.net/detail.php?rskey=34198909t01">http://kamuimintara.net/detail.php?rskey=34198909t01</a>）。</p>
<p>　セミナー一日目は、ゲストハウスで前田三郎理事長のお話と新井田利光常務理事の現況報告、続いて山本光一課長のガイドで財団事務所そばの「ボッケの森」散策でした。「一歩園」は正名の座右の銘「物ごと万事に一歩が大切」に由来すること他、いずれも歴史の重みと設立趣旨・哲学を分かりやすくお話して頂き、あらためて森を守る意気込みも感じ取りました。今風に言えば、「民が担う公共」の原点がここにあり、日本でも草分け的存在です。前田三郎理事長は、秋山財団設立以来、評議員として18年間ご指導して頂き、初代の評議員会議長も務められました。</p>
<div id="attachment_9400" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010522.jpg"><img class="size-medium wp-image-9400" title="p1010522" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010522.jpg" alt="阿寒湖南岸・ボッケから雄阿寒岳を臨む" width="300" height="400" /></a><p class="wp-caption-text">阿寒湖南岸・ボッケから雄阿寒岳を臨む</p></div>
<div id="attachment_9402" class="wp-caption alignnone" style="width: 410px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p10105191.jpg"><img class="size-medium wp-image-9402" title="p10105191" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p10105191.jpg" alt="前田光子記念館（旧ゲストハウス）外観" width="400" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">前田光子記念館（旧ゲストハウス）外観</p></div>
<div id="attachment_9403" class="wp-caption alignnone" style="width: 410px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010518.jpg"><img class="size-medium wp-image-9403" title="p1010518" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010518.jpg" alt="ゲストハウス内でセミナー：前田三郎理事長のお話" width="400" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">ゲストハウス内でセミナー：前田三郎理事長のお話</p></div>
<p>　今年は、このすぐ近くでも熊が数回目撃されて数日間通行禁止になったとか、まぁ熊のテリトリーですから、それ程驚くことでもないですかね。地面から湧き出る温泉、熱を帯びた散策路の岩盤等、火山群の中にある湖畔も実感出来ました。思えば、雄阿寒岳・雌阿寒岳はじめ、周辺にはたくさんの火山があり、古阿寒湖の面影、ペンケトー・パンケトー等の湖も大自然の変わって来た今の姿です。何か大自然のとてつもないエネルギーを感じとり、畏敬の念を抱きます。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>感動をありがとう、なでしこジャパン！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9370</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9370#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 18 Jul 2011 04:05:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9370</guid>
		<description><![CDATA[　今朝のFIFA女子ワールドカップ2011（http://www.jfa.or.jp/index.html）決勝、日本対アメリカの試合は、「なでしこジャパン」の驚異的粘りと執念で2度にわたって追いつき、最後はPK戦の末に初めての優勝を飾りました、実に堂々たる戦いぶり、澤穂希キャプテンをはじめ、各選手がそれぞれの仕事をしっかり成し遂げて、体力的にはかなり優位なアメリカチームの攻撃をしのぎ、我慢して、最後はゴールキーパー・海堀あゆみの好捕で終了しました。
　以前にも書きましたが、この所私はサッカーの90分を試合開始から見続ける集中力に欠けていて、最近は後半部分を見ることにしています。（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4630）、（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7389）
　今回の時間帯は、この後半部分からというのが普段の目覚めとほぼ同じで、特に今朝のような素晴らしいゲームでの勝利は、何にも代えがたい元気の源となります、感謝です。朝から各テレビチャンネルをいろいろ変えながら、久しぶりにテレビにかじり付いていました。応援している方々の喜ぶ様子を見ていても涙が出て来るから不思議です。どの局でも澤選手、海堀選手等をヒロインに取り上げていました、表彰式の様子も、選手の皆さん、監督・コーチ、本当に素晴らしい笑顔でしたね、特にPK戦前の全員の笑顔は本当に素晴らしかった、何回も何回も見てはその度に感動していました。
　今日の試合の流れを見ていて、誰か一人この決勝戦のヒロインをと言われれば、私は迷いなく、延長後半のロスタイム、ファウルを取られた日本のディフェンス・岩清水梓を挙げます、レッドカードの判定で一発退場となりましたが、このプレーが最高のチームプレーだと確信します（後でスロービデオを見ても、相手選手には全く触れていない見事なセーブでしたが）。マスメディアは勿論そうは言えないでしょうね、表彰式でフェアプレー賞まで獲得した「なでしこジャパン」ですから、「意図的ファウル」という訳にもいかないでしょう。でも、このワンプレーは、ペナルティエリアギリギリの外、1名減で戦う残り時間は1分程度のラストプレーでしたか、致命的失点を避けるこの時あの場所での「究極のディフェンス」、まさにレッドカード覚悟のディフェンスとして、チームの危機を救いました。頭を使うサッカー、まさに「なでしこジャパン」の真骨頂をここに見た感じでした。「フィジカル」+「メンタル」、それぞれ「飛び抜けた」能力と、それを引き出した監督・コーチ陣に脱帽です。
　日本サッカー協会のHPには、「フェアプレー」とは～～～～～～


 ルールを正確に理解し、守る
フェアプレーの基本はルールをしっかりと知った上で、それを守ろうと努力することである。
 ルールの精神：安全・公平・喜び
ルールは、自分も他人もけがをしないで安全にプレーできること、両チーム、選手に公平であること、みんなが楽しくプレーできることを意図して作られているのである。
 レフェリーに敬意を払う
審判は両チームがルールに従って公平に競技ができるために頼んだ人である。人間である以上ミスもするだろうが、最終判断を任せた人なのだから、審判を信頼し、その判断を尊重しなければならない。
 相手に敬意を払う
相手チームの選手は「敵」ではない。サッカーを楽しむ大切な「仲間」である。仲間にけがをさせるようなプレーは絶対にしてはならないことである。


～～～～～～と明示されています。
　男子の岡田監督、ザッケローニ監督にも共通していますが、今回の佐々木則夫監督は、事前情報を基に戦略・戦術を駆使して、試合が始まってからは選手に全幅の信頼を寄せて、試合後は選手を称賛してやまない、実に素晴らしい采配であり、リーダーです。
　とにかく凄い試合の連続で、どんどん進化していった「なでしこジャパン」、チームが日本に帰ってくるのを楽しみにしています。彼女たちがチームを応援する全ての人々に与えてくれました、実に立派でした、感動をありがとう！！！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　今朝のFIFA女子ワールドカップ2011（<a href="http://www.jfa.or.jp/index.html">http://www.jfa.or.jp/index.html</a>）決勝、日本対アメリカの試合は、「なでしこジャパン」の驚異的粘りと執念で2度にわたって追いつき、最後はPK戦の末に初めての優勝を飾りました、実に堂々たる戦いぶり、澤穂希キャプテンをはじめ、各選手がそれぞれの仕事をしっかり成し遂げて、体力的にはかなり優位なアメリカチームの攻撃をしのぎ、我慢して、最後はゴールキーパー・海堀あゆみの好捕で終了しました。</p>
<p>　以前にも書きましたが、この所私はサッカーの90分を試合開始から見続ける集中力に欠けていて、最近は後半部分を見ることにしています。（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4630">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4630</a>）、（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7389">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7389</a>）</p>
<p>　今回の時間帯は、この後半部分からというのが普段の目覚めとほぼ同じで、特に今朝のような素晴らしいゲームでの勝利は、何にも代えがたい元気の源となります、感謝です。朝から各テレビチャンネルをいろいろ変えながら、久しぶりにテレビにかじり付いていました。応援している方々の喜ぶ様子を見ていても涙が出て来るから不思議です。どの局でも澤選手、海堀選手等をヒロインに取り上げていました、表彰式の様子も、選手の皆さん、監督・コーチ、本当に素晴らしい笑顔でしたね、特にPK戦前の全員の笑顔は本当に素晴らしかった、何回も何回も見てはその度に感動していました。</p>
<p>　今日の試合の流れを見ていて、誰か一人この決勝戦のヒロインをと言われれば、私は迷いなく、延長後半のロスタイム、ファウルを取られた日本のディフェンス・岩清水梓を挙げます、レッドカードの判定で一発退場となりましたが、このプレーが最高のチームプレーだと確信します（後でスロービデオを見ても、相手選手には全く触れていない見事なセーブでしたが）。マスメディアは勿論そうは言えないでしょうね、表彰式でフェアプレー賞まで獲得した「なでしこジャパン」ですから、「意図的ファウル」という訳にもいかないでしょう。でも、このワンプレーは、ペナルティエリアギリギリの外、1名減で戦う残り時間は1分程度のラストプレーでしたか、致命的失点を避けるこの時あの場所での「究極のディフェンス」、まさにレッドカード覚悟のディフェンスとして、チームの危機を救いました。頭を使うサッカー、まさに「なでしこジャパン」の真骨頂をここに見た感じでした。「フィジカル」+「メンタル」、それぞれ「飛び抜けた」能力と、それを引き出した監督・コーチ陣に脱帽です。</p>
<p>　日本サッカー協会のHPには、「フェアプレー」とは～～～～～～</p>
<div class="nolist">
<ol>
<li><img src="http://www.akiyama-foundation.org/images/common/b_01.gif" alt="1" width="16" height="16" /> ルールを正確に理解し、守る<br />
フェアプレーの基本はルールをしっかりと知った上で、それを守ろうと努力することである。</li>
<li><img src="http://www.akiyama-foundation.org/images/common/b_02.gif" alt="2" width="16" height="16" /> ルールの精神：安全・公平・喜び<br />
ルールは、自分も他人もけがをしないで安全にプレーできること、両チーム、選手に公平であること、みんなが楽しくプレーできることを意図して作られているのである。</li>
<li><img src="http://www.akiyama-foundation.org/images/common/b_03.gif" alt="3" width="16" height="16" /> レフェリーに敬意を払う<br />
審判は両チームがルールに従って公平に競技ができるために頼んだ人である。人間である以上ミスもするだろうが、最終判断を任せた人なのだから、審判を信頼し、その判断を尊重しなければならない。</li>
<li class="last"><img src="http://www.akiyama-foundation.org/images/common/b_04.gif" alt="4" width="16" height="16" /> 相手に敬意を払う<br />
相手チームの選手は「敵」ではない。サッカーを楽しむ大切な「仲間」である。仲間にけがをさせるようなプレーは絶対にしてはならないことである。</li>
</ol>
</div>
<p class="last">～～～～～～と明示されています。</p>
<p class="last">　男子の岡田監督、ザッケローニ監督にも共通していますが、今回の佐々木則夫監督は、事前情報を基に戦略・戦術を駆使して、試合が始まってからは選手に全幅の信頼を寄せて、試合後は選手を称賛してやまない、実に素晴らしい采配であり、リーダーです。</p>
<p class="last">　とにかく凄い試合の連続で、どんどん進化していった「なでしこジャパン」、チームが日本に帰ってくるのを楽しみにしています。彼女たちがチームを応援する全ての人々に与えてくれました、実に立派でした、感動をありがとう！！！</p>
]]></content:encoded>
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		<title>懐かしの「ANA モヒカンジェット」</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9288</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9288#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 14 Jul 2011 23:58:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　「ANA モヒカンジェット：https://www.ana.co.jp/dom/promotion/mohican-jet/」 、話には聞いたり遠くからは見ていましたが、先日やっと近くでじっくり見物でした、懐かしいですね。
　2009年9月のANA広報では：
～～～～～創立記念日でもある、来る12月1日（火）に、かつてのANAのコーポレートデザインであったモヒカンルックをあしらった「ANA モヒカンジェット」を復刻版機体デザインとして復活させます。
　「ANA モヒカンジェット」は、1969年5月の1番塗装機以降、1989年3月の最終機の運航に至るまでの約20年間、日本の空を就航しました。垂直尾翼にはレオナルド・ダ・ヴィンチのヘリコプターの図案をモチーフにしたANAの社章も塗装されていました。
　「ANA モヒカンジェット」の就航期間は、日本経済の高度成長期であり、大阪万国博覧会（1970年開催）、時代の象徴であった宮崎、鹿児島への新婚旅行など、航空機での旅行が一般的となった時代でもありました。また、純民間航空会社として創業したANAの事業拡大期の象徴でもありました。～～～～～～～  ：、とあります。
 　当時、機体先部分の「モヒカン」はあまり意識しませんでしたし、全体ももっとずんぐりのイメージ、垂直尾翼のラセンと明るいブルーの色は印象的でした。カラーは今のブルーと同じかと思いましたが、かなり明るい色だったのですね、機体がスマートだからでしょうか、今でも違和感はありません。
　丘珠空港の小さなプロペラ機時代を知っている私にとって、最初は水平に止まっている飛行機に驚き、次は60年代ですね、羽田空港でジェット機DC8の姿を見た時は興奮しました、プロペラがなくジェットエンジンの空洞が印象的でした。ジャンボジェット機では、機内で映画が見られるのに驚き、その後90年代前半では、ロシア国内のイリューシン型機体のジェットエンジンの後方部が煤で黒くなっていたこと、ジェット燃料の質の違いかと、当時のロシア事情を知った気がしました、ただ、離陸・着陸が恐ろしくスムースで、パイロットの技量は確かだったようです。
　今日から「ニュー新千歳空港ターミナル」がオープンとか（http://new-chitose-airport-open.com/pc/）。「ニュー」と「新」ですから、時代の最先端なのでしょうか、ターミナルビルも時代の流れで変わっていくのでしょうね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「<strong>ANA モヒカンジェット：</strong><a href="https://www.ana.co.jp/dom/promotion/mohican-jet/">https://www.ana.co.jp/dom/promotion/mohican-jet/</a>」 、話には聞いたり遠くからは見ていましたが、先日やっと近くでじっくり見物でした、懐かしいですね。</p>
<p>　2009年9月のANA広報では：</p>
<p>～～～～～創立記念日でもある、来る12月1日（火）に、かつてのANAのコーポレートデザインであったモヒカンルックをあしらった「ANA モヒカンジェット」を復刻版機体デザインとして復活させます。</p>
<p>　「ANA モヒカンジェット」は、1969年5月の1番塗装機以降、1989年3月の最終機の運航に至るまでの約20年間、日本の空を就航しました。垂直尾翼にはレオナルド・ダ・ヴィンチのヘリコプターの図案をモチーフにしたANAの社章も塗装されていました。</p>
<p>　「ANA モヒカンジェット」の就航期間は、日本経済の高度成長期であり、大阪万国博覧会（1970年開催）、時代の象徴であった宮崎、鹿児島への新婚旅行など、航空機での旅行が一般的となった時代でもありました。また、純民間航空会社として創業したANAの事業拡大期の象徴でもありました。～～～～～～～  ：、とあります。</p>
<div id="attachment_9289" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010499.jpg"><img class="size-medium wp-image-9289" title="p1010499" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010499-500x375.jpg" alt="懐かしい機体です" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">羽田空港ターミナルで、懐かしい機体です</p></div>
<p> 　当時、機体先部分の「モヒカン」はあまり意識しませんでしたし、全体ももっとずんぐりのイメージ、垂直尾翼のラセンと明るいブルーの色は印象的でした。カラーは今のブルーと同じかと思いましたが、かなり明るい色だったのですね、機体がスマートだからでしょうか、今でも違和感はありません。</p>
<p>　丘珠空港の小さなプロペラ機時代を知っている私にとって、最初は水平に止まっている飛行機に驚き、次は60年代ですね、羽田空港でジェット機DC8の姿を見た時は興奮しました、プロペラがなくジェットエンジンの空洞が印象的でした。ジャンボジェット機では、機内で映画が見られるのに驚き、その後90年代前半では、ロシア国内のイリューシン型機体のジェットエンジンの後方部が煤で黒くなっていたこと、ジェット燃料の質の違いかと、当時のロシア事情を知った気がしました、ただ、離陸・着陸が恐ろしくスムースで、パイロットの技量は確かだったようです。</p>
<p>　今日から「ニュー新千歳空港ターミナル」がオープンとか（<a href="http://new-chitose-airport-open.com/pc/">http://new-chitose-airport-open.com/pc/</a>）。「ニュー」と「新」ですから、時代の最先端なのでしょうか、ターミナルビルも時代の流れで変わっていくのでしょうね。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>北海道エネルギーチェンジ100！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9327</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9327#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 12 Jul 2011 23:40:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9327</guid>
		<description><![CDATA[～～～～～～～～～～～～～
■「北海道エネルギーチェンジ100プロジェクト」とは 
　豊かな北海道の環境を未来の子どもたちに引き継ぎたい。安全・安心な資源を被災した方に届けたい。北海道の地産地消エネルギー最大限の活用、さらに自然エネルギーアイランドへのシフトをめざす団体・個人が、声をあげ、北海道の未来をつくるための提案を行うとともに、北海道の「北海道省エネルギー・新エネルギー促進条例」の周知と、自然エネルギー推進のために活動する市民活動の支援ネットワークをつくるプロジェクトです。

WEB◆http://www.enechan100.com/
Facebook◆http://www.facebook.com/enecha​n100 
Twitter◆https://twitter.com/#!/enechan​100
毎日新聞朝刊に掲載（http://mainichi.jp/hokkaido/news/20110709hog00m040004000c.html）
＜4つのアクション＞
１．私たちは、北海道の「北海道省エネルギー・新エネルギー促進条例：http://www.pref.hokkaido.lg.jp/kz/kke/johrei/johrei.htm」を支持し、自然力100％の北海道を実現します。～～みんさんの「エネルギーチェンジ宣言」を、HPに掲載します～～
２．私たちは、北海道の市民の力を結集して、自然エネルギー100％を実現するためのロードマップをつくります。
３．私たちは、北海道の産学官民を結び、持続可能な自然エネルギー政策実現の働きかけを行います。
４．私たちは、北海道の生物多様性と自然エネルギーの共存を実現するために活動します。
■呼びかけ人
秋山孝二（NPO法人北海道市民環境ネットワーク 理事長）
金子正美（ 酪農学園大学 環境共生学類 教授）
藤田郁男（環境学習フォーラム北海道代表）
岩井尚人（プロジェクトデザインセンター 専務理事）
高木晴光（NPO法人ねおす 理事長）
草野竹史（環境NGO ezorock 代表理事）
■北海道エネルギーチェンジ100プロジェクト事務局


事務局長 宮本尚
岩井尚人　有坂美紀　松本公洋　相蘇かおり　黒子奈美江　 
 
札幌市中央区南9条西３丁目1-6　彩木ビル2階
NPO法人北海道市民環境ネットワーク内
電話　 011-531-0482 　FAX 　011-531-0483
E-mail 　e-office★enechan100.com（★を@に変えて送信してください） 
　本活動に、資金協力をお願いいたします。
使用目的/広報費・郵送費・印刷費・交通費等。
収支につきましては随時、本ホームページに掲載していきます。
■寄付窓口
1）ゆうちょ銀行　振替口座　口座番号　02760-3-84980　口座名義　北海道エネルギーチエンジ100
　他銀行から振り込む場合は
　ゆうちょ銀行　二七九店　当座預金　口座番号　0084980　
　口座名義　北海道エネルギーチエンジ100 （ホツカイドウエネルギーチエンジヒヤク）
　2）ＮＰＯ北海道市民環境ネットワークの口座に振り込み（事前にメール、電話等でその旨をお知らせください。）
●北洋銀行　本店営業部　　普通預金　口座番号　 2292978 　
口座名義　 トクヒ)ホツカイドウシミンカンキヨウネツトワーク
●楽天銀行　　ビート支店（210）　普通預金（1）　口座番号　7027982
口座名義　 トクヒ)ホツカイドウシミンカンキヨウネツトワーク
●近日、カードでのお振り込みも可能になります。もうしばらくお待ちください。
■請求書・領収書の発行が可能です。事務局にその旨、お伝えください。
 ～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～
　地に足をしっかり着けた取り組み、全国でもこんな取り組みが始まっています（http://ishes.org/news/2011/inws_id000118.html）。
　来週札幌ではこのような集会も予定されています。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～
「子どもの未来と、食を守るネットワーク」～北海道の大地にたねをまこう～
第２回　意見交換会のご案内
子どもたちの未来と食を守るために私たちが出来ることは何か、
また、しなければいけないことは何か・・・
想いをひとつにし、認識を新たにするための１回目の意見交換会には、
たくさんのみなさまの参加を得ることが出来ました。
そして、様々なメッセージも頂きました。
その想いを共有し、さらに一歩踏み込んでネットワークをより有益なものとするために、第２回意見交換会を開催いたします。
前回以上のみなさまの参加をお待ちしています。
 
今回のメッセンジャーは、以下の方々を予定しています。(順不同)
 
①安斎伸也氏　福島市庭坂「あんざい果樹園」４代目　
②上島信一氏　北海道コカコーラボトリング執行役員（CSR担当）
③大島美貴子氏　神奈川の座間で麦っ子畑保育園 園長 
④秋山孝二氏　ＮＰＯ法人北海道市民環境ネットワーク理事長
開催日時　２０１１年７月２２日(金)　午後６時３０分～午後９時
開催場所　「札幌エルプラザ」３階ホール　札幌市中央区北８西３
 
＊今回は、資料代として、ネットワーク会員５００円、
非会員１０００円を頂きたいと考えています。ご協力よろしくお願いいたします。　
　　
開催呼びかけ人代表
荒川義人 (天使大学教授)
       湯浅優子 (北海道スローフード・フレンズ　リーダー)
　　　　　　　　　　　　　　　　開催事務局　オフィスアイズ　今宮廉
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　  問い合わせ先　０１１－２１５－８８７１
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～
　首都圏以外の「地方」から、今、エネルギー自給への模索が始まっています。今後のエネルギーについて、地域にあるものを棚卸して、その地に暮らす全ての人たちで、将来のエネルギー資源について議論し、提言していこうではありませんか！！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; color: #009933; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;"><strong>～～～～～～～～～～～～～</strong></span></p>
<p><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; color: #009933; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">■</span></strong><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; color: black; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">「</span></strong><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">北海道エネルギーチェンジ<span lang="EN-US">100</span>プロジェクト」とは<span lang="EN-US"> </span></span></strong></p>
<p><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA;">　豊かな北海道の環境を未来の子どもたちに引き継ぎたい。安全・安心な資源を被災した方に届けたい。北海道の地産地消エネルギー最大限の活用、さらに自然エネルギーアイランドへのシフトをめざす団体・個人が、声をあげ、北海道の未来をつくるための提案を行うとともに、北海道の「北海道省エネルギー・新エネルギー促進条例」の周知と、自然エネルギー推進のために活動する市民活動の支援ネットワークをつくるプロジェクトです。</span></p>
<tbody></tbody>
<p><strong>WEB◆</strong><a rel="nofollow" href="http://www.enechan100/" target="_blank"><span style="color: #3b5998;"><strong>http://www.enechan100.com/</strong></span></a><strong></strong></p>
<p><strong>Facebook◆</strong><a rel="nofollow" href="http://www.facebook.com/enechan100" target="_blank"><span style="color: #3b5998;"><strong>http://www.facebook.com/enecha​n100</strong></span></a><strong> </strong></p>
<p><strong>Twitter◆</strong><a rel="nofollow" href="https://twitter.com/#!/enechan100" target="_blank"><span style="color: #3b5998;"><strong>https://twitter.com/#!/enechan​100</strong></span></a></p>
<p>毎日新聞朝刊に掲載（<a href="http://mainichi.jp/hokkaido/news/20110709hog00m040004000c.html">http://mainichi.jp/hokkaido/news/20110709hog00m040004000c.html</a>）</p>
<p>＜4つのアクション＞</p>
<p>１．私たちは、北海道の「北海道省エネルギー・新エネルギー促進条例：<a href="http://www.pref.hokkaido.lg.jp/kz/kke/johrei/johrei.htm">http://www.pref.hokkaido.lg.jp/kz/kke/johrei/johrei.htm</a>」を支持し、自然力100％の北海道を実現します。～～みんさんの「エネルギーチェンジ宣言」を、HPに掲載します～～</p>
<p>２．私たちは、北海道の市民の力を結集して、自然エネルギー100％を実現するためのロードマップをつくります。</p>
<p>３．私たちは、北海道の産学官民を結び、持続可能な自然エネルギー政策実現の働きかけを行います。</p>
<p>４．私たちは、北海道の生物多様性と自然エネルギーの共存を実現するために活動します。</p>
<p><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">■</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">呼びかけ人</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-align: left; margin: 0mm 0mm 13.5pt; mso-margin-top-alt: auto; mso-pagination: widow-orphan;" align="left"><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">秋山孝二（<span lang="EN-US">NPO</span>法人北海道市民環境ネットワーク 理事長）<span lang="EN-US"><br />
</span>金子正美（ 酪農学園大学 環境共生学類 教授）<span lang="EN-US"><br />
</span>藤田郁男（環境学習フォーラム北海道代表）<span lang="EN-US"><br />
</span>岩井尚人（プロジェクトデザインセンター 専務理事）<span lang="EN-US"><br />
</span>高木晴光（<span lang="EN-US">NPO</span>法人ねおす 理事長）<span lang="EN-US"><br />
</span>草野竹史（環境<span lang="EN-US">NGO ezorock </span>代表理事）</span></p>
<p class="MsoNormal" style="text-align: left; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-margin-top-alt: auto; mso-margin-bottom-alt: auto; mso-pagination: widow-orphan;" align="left"><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">■</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;">北海道エネルギーチェンジ<span lang="EN-US">100</span>プロジェクト事務局</span></p>
<div></div>
<p><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;"></p>
<p class="MsoNormal" style="text-align: left; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-margin-top-alt: auto; mso-margin-bottom-alt: auto; mso-pagination: widow-orphan;" align="left">事務局長 宮本尚<span lang="EN-US"><br />
</span>岩井尚人　有坂美紀　松本公洋　相蘇かおり　黒子奈美江　<span lang="EN-US"> </span></p>
<p><font style="font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: 'ＭＳ Ｐゴシック'; mso-font-kerning: 0pt;" face="&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"> </p>
<p></font></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA;">札幌市中央区南<span lang="EN-US">9</span>条西３丁目<span lang="EN-US">1-6</span>　彩木ビル<span lang="EN-US">2</span>階<span lang="EN-US"><br />
NPO</span>法人北海道市民環境ネットワーク内<span lang="EN-US"><br />
</span>電話　<span lang="EN-US"> 011-531-0482 </span>　<span lang="EN-US">FAX </span>　<span lang="EN-US">011-531-0483<br />
E-mail </span>　<span lang="EN-US">e-office★enechan100.com</span>（<span lang="EN-US">★</span>を<span lang="EN-US">@</span>に変えて送信してください） </span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ Ｐゴシック; font-size: small;">　</span><span style="font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;"><span style="font-family: ＭＳ Ｐゴシック;">本活動に、資金協力をお願いいたします。</span><span lang="EN-US"><br />
</span><span style="font-family: ＭＳ Ｐゴシック;">使用目的<span lang="EN-US">/</span>広報費・郵送費・印刷費・交通費等。</span><span lang="EN-US"><br />
</span><span style="font-family: ＭＳ Ｐゴシック;">収支につきましては随時、本ホームページに掲載していきます。</span></span><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-font-kerning: 0pt;"><span lang="EN-US"><br />
■</span>寄付窓口<span lang="EN-US"><br />
1</span>）ゆうちょ銀行　振替口座　口座番号　<span lang="EN-US">02760-3-84980</span>　口座名義　北海道エネルギーチエンジ<span lang="EN-US">100<br />
</span>　他銀行から振り込む場合は<span lang="EN-US"><br />
</span>　ゆうちょ銀行　二七九店　当座預金　口座番号　<span lang="EN-US">0084980</span>　<span lang="EN-US"><br />
</span>　口座名義　北海道エネルギーチエンジ<span lang="EN-US">100 </span>（ホツカイドウエネルギーチエンジヒヤク）<span lang="EN-US"><br />
</span>　<span lang="EN-US">2</span>）ＮＰＯ北海道市民環境ネットワークの口座に振り込み（事前にメール、電話等でその旨をお知らせください。）<span lang="EN-US"><br />
●</span>北洋銀行　本店営業部　　普通預金　口座番号　<span lang="EN-US"> 2292978 </span>　<span lang="EN-US"><br />
</span>口座名義　 トクヒ<span lang="EN-US">)</span>ホツカイドウシミンカンキヨウネツトワーク<span lang="EN-US"><br />
●</span>楽天銀行　　ビート支店（<span lang="EN-US">210</span>）　普通預金（<span lang="EN-US">1</span>）　口座番号　<span lang="EN-US">7027982<br />
</span>口座名義　 トクヒ<span lang="EN-US">)</span>ホツカイドウシミンカンキヨウネツトワーク<span lang="EN-US"><br />
●</span>近日、カードでのお振り込みも可能になります。もうしばらくお待ちください。</span></p>
<p><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA;">■</span><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; font-size: 12pt; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA;">請求書・領収書の発行が可能です。事務局にその旨、お伝えください。</span></p>
<p> ～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</p>
<p>　地に足をしっかり着けた取り組み、全国でもこんな取り組みが始まっています（<a href="http://ishes.org/news/2011/inws_id000118.html">http://ishes.org/news/2011/inws_id000118.html</a>）。</p>
<p>　来週札幌ではこのような集会も予定されています。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</p>
<p><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;;"><span style="font-size: small;">「子どもの未来と、食を守るネットワーク」～北海道の大地にたねをまこう～</span></span></strong></p>
<p><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 22pt;">第２回　意見交換会のご案内</span></strong></p>
<p><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 11pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">子どもたちの未来と食を守るために私たちが出来ることは何か、</span></strong></p>
<p><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 11pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">また、しなければいけないことは何か・・・</span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"></strong></p>
<p class="MsoNoSpacing" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 11pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">想いをひとつにし、認識を新たにするための１回目の意見交換会には、</span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"></strong></p>
<p class="MsoNoSpacing" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 11pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">たくさんのみなさまの参加を得ることが出来ました。</span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"></strong></p>
<p class="MsoNoSpacing" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 11pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">そして、様々なメッセージも頂きました。</span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"></strong></p>
<p class="MsoNoSpacing" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 11pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">その想いを共有し、さらに一歩踏み込んでネットワークをより有益なものとするために、第２回意見交換会を開催いたします。</span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"></strong></p>
<p class="MsoNoSpacing" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 11pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">前回以上のみなさまの参加をお待ちしています。</span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"></strong></p>
<p class="MsoNoSpacing" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-size: 11pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;"> </span></span></strong></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 11pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">今回のメッセンジャーは、以下の方々を予定しています。</span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-size: 11pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">(</span></span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 11pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">順不同</span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-size: 11pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">)</span></span></strong></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span lang="EN-US"><span style="font-family: Century; font-size: small;"> </span></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 11pt;">①安斎伸也氏　</span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 11pt;">福島市庭坂「あんざい果樹園」４代目　</span></strong></p>
<p><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 11pt;">②上島信一氏　</span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 11pt;">北海道コカコーラボトリング執行役員（<span lang="EN-US">CSR</span>担当）</span></strong></p>
<p><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 11pt;">③大島美貴子氏　</span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 11pt;">神奈川の座間で麦っ子畑保育園 園長<span lang="EN-US"> </span></span></strong></p>
<p><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 11pt;">④秋山孝二氏　</span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 11pt;">ＮＰＯ法人北海道市民環境ネットワーク理事長<span lang="EN-US"><br style="mso-special-character: line-break;" /><br style="mso-special-character: line-break;" /></span></span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"></strong></p>
<p><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="text-decoration: underline;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 12pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">開催日時　２０１１年７月２２日</span></span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="text-decoration: underline;"><span style="font-size: 12pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">(</span></span></span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="text-decoration: underline;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 12pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">金</span></span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="text-decoration: underline;"><span style="font-size: 12pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">)</span></span></span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="text-decoration: underline;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 12pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">　午後６時３０分</span></span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="text-decoration: underline;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 12pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">～午後９時</span></span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"></strong></p>
<p class="MsoNoSpacing" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="text-decoration: underline;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 12pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">開催場所　「札幌エルプラザ」３階ホール　札幌市中央区北８西３</span></span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"></strong></p>
<p class="MsoNoSpacing" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="text-decoration: underline;"><span style="font-size: 11pt;" lang="EN-US"><span style="text-decoration: none;"><span style="font-family: Century;"> </span></span></span></span></strong></p>
<p class="MsoNoSpacing" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="text-decoration: underline;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 11pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">＊</span></span></strong><span style="font-size: small;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="text-decoration: underline;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century; mso-bidi-font-size: 10.5pt;">今回は、資料代として、ネットワーク会員５００円、</span></span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"></strong></span></p>
<p class="MsoNoSpacing" style="text-indent: 10.55pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"><span style="font-size: small;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="text-decoration: underline;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century; mso-bidi-font-size: 10.5pt;">非会員１０００円を頂きたいと考えています。ご協力よろしくお願いいたします。　</span></span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"></strong></span></p>
<p class="MsoNoSpacing" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; color: red; font-size: 14pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">　　</span></p>
<p class="MsoNoSpacing" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 12pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">開催呼びかけ人代表</span></strong></p>
<p class="MsoNoSpacing" style="text-indent: 48.05pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 3.99;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 12pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">荒川義人</span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-size: 12pt;"><span style="font-family: Century;"> <span lang="EN-US">(</span></span></span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 12pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">天使大学教授</span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-size: 12pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">)</span></span></strong></p>
<p class="MsoNoSpacing" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 12pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">       湯浅優子</span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-size: 12pt;"><span style="font-family: Century;"> <span lang="EN-US">(</span></span></span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 12pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">北海道スローフード・フレンズ　リーダー</span></strong><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-size: 12pt;" lang="EN-US"><span style="font-family: Century;">)</span></span></strong></p>
<p class="MsoNoSpacing" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span class="blockname"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 10pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">　　　　　　　　　　　　　　　　開催事務局　オフィスアイズ　今宮廉</span></strong></span><span class="blockname"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"></strong></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span class="blockname"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 10pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</span></strong></span><span class="blockname"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-size: 10pt;" lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes;"><span style="font-family: Century;">  </span></span></span></strong></span><span class="blockname"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 10pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">問い合わせ先　０１１－２１５－８８７１</span></strong></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span class="blockname"><strong style="mso-bidi-font-weight: normal;"><span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 10pt; mso-hansi-font-family: Century; mso-ascii-font-family: Century;">～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</span></strong></span></p>
<p>　首都圏以外の「地方」から、今、エネルギー自給への模索が始まっています。今後のエネルギーについて、地域にあるものを棚卸して、その地に暮らす全ての人たちで、将来のエネルギー資源について議論し、提言していこうではありませんか！！</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>名古屋は、今</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9279</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9279#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 10 Jul 2011 22:37:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9279</guid>
		<description><![CDATA[　先日、ほぼ1年ぶりに名古屋に行く機会がありました。（株）スズケン（http://www.suzuken.co.jp/）の代表取締役副社長として、私は4年8ヶ月名古屋に居りました、とは言っていも、東京を主として全国への出張が多く、名古屋に留まっていたのは月10日程度だったでしょうか。週末の空いた時間に、街なかを随分一人で歩き回りましたね。
　名古屋は道が広いと言われますが、一歩メイン通りを中に入ると、昔の城下町ほかの風情を残した小路が今もたくさん残っています。今回、都会の喧騒から少し離れた堀川沿いの四間道（しけみち：http://matinami.o.oo7.jp/tyubu-tokai2/sikenmiti.htm）にある「右近：http://www.jfood-ukon.com/welcome.html」でひと時を過ごしました。江戸時代は名古屋城の城下町として賑わいをみせていた界隈です。四間道は元禄13（1700）年の大火の後、道幅を四間（約7メートル）に拡張して、東側に石垣を積み、土蔵を建てて火事を防いだと言われています。
 　もう一つの大きな目的は、NPO法人地域の未来・志援センター（http://www.c-mirai.org/）の萩原喜之理事長との意見交換でした。萩原さんは、NPO法人中部リサイクル運動市民の会（http://www.es-net.jp/）、NPO法人エコデザイン市民社会フォーラム（http://eem.jp/ecode/）においても重要な役割を担っていらっしゃる市民活動一筋の草分けです。
　3・11以降のエネルギー政策に関して、企業・市民から代替エネルギーへの提案を行うべく、萩原さんは今、経済団体とのコラボを企画していて、つい先日立ち上げた北海道の「エネルギーチェンジ100プロジェクト：WEB◆http://www.enechan100.com/、Facebook◆http://www.facebook.com/enecha​n100 、Twitter◆https://twitter.com/#!/enechan​100」とも、どこかでコラボレイトできる可能性を確信しました。首都圏以外の「地方」から、今、エネルギー自給への模索が始まっています。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　先日、ほぼ1年ぶりに名古屋に行く機会がありました。（株）スズケン（<a href="http://www.suzuken.co.jp/">http://www.suzuken.co.jp/</a>）の代表取締役副社長として、私は4年8ヶ月名古屋に居りました、とは言っていも、東京を主として全国への出張が多く、名古屋に留まっていたのは月10日程度だったでしょうか。週末の空いた時間に、街なかを随分一人で歩き回りましたね。</p>
<p>　名古屋は道が広いと言われますが、一歩メイン通りを中に入ると、昔の城下町ほかの風情を残した小路が今もたくさん残っています。今回、都会の喧騒から少し離れた堀川沿いの四間道（しけみち：<a href="http://matinami.o.oo7.jp/tyubu-tokai2/sikenmiti.htm">http://matinami.o.oo7.jp/tyubu-tokai2/sikenmiti.htm</a>）にある「<strong>右近：</strong><a href="http://www.jfood-ukon.com/welcome.html"><strong>http://www.jfood-ukon.com/welcome.html</strong></a>」でひと時を過ごしました。江戸時代は名古屋城の城下町として賑わいをみせていた界隈です。四間道は元禄13（1700）年の大火の後、道幅を四間（約7メートル）に拡張して、東側に石垣を積み、土蔵を建てて火事を防いだと言われています。</p>
<div id="attachment_9280" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010505.jpg"><img class="size-medium wp-image-9280" title="p1010505" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010505.jpg" alt="堀川の畔、「右近」周辺で風情ある街並み" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">堀川の畔、「右近」周辺で風情ある街並み</p></div>
<div id="attachment_9282" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010507.jpg"><img class="size-medium wp-image-9282" title="p1010507" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010507.jpg" alt="店内の古地図" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">店内の古地図</p></div>
<p> 　もう一つの大きな目的は、NPO法人地域の未来・志援センター（<a href="http://www.c-mirai.org/">http://www.c-mirai.org/</a>）の萩原喜之理事長との意見交換でした。萩原さんは、NPO法人中部リサイクル運動市民の会（<a href="http://www.es-net.jp/">http://www.es-net.jp/</a>）、NPO法人エコデザイン市民社会フォーラム（<a href="http://eem.jp/ecode/">http://eem.jp/ecode/</a>）においても重要な役割を担っていらっしゃる市民活動一筋の草分けです。</p>
<div id="attachment_9281" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010504.jpg"><img class="size-medium wp-image-9281" title="p1010504" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010504-500x375.jpg" alt="愛知万博での地域通貨" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">愛知万博での地域通貨：EEM金町駅のお店で</p></div>
<p>　3・11以降のエネルギー政策に関して、企業・市民から代替エネルギーへの提案を行うべく、萩原さんは今、経済団体とのコラボを企画していて、つい先日立ち上げた北海道の「<strong>エネルギーチェンジ100プロジェクト：WEB◆</strong><a rel="nofollow" href="http://www.enechan100/" target="_blank"><span style="color: #3b5998;"><strong>http://www.enechan100.com/</strong></span></a><strong>、Facebook◆</strong><a rel="nofollow" href="http://www.facebook.com/enechan100" target="_blank"><span style="color: #3b5998;"><strong>http://www.facebook.com/enecha​n100</strong></span></a><strong> 、Twitter◆</strong><a rel="nofollow" href="https://twitter.com/#!/enechan100" target="_blank"><span style="color: #3b5998;"><strong>https://twitter.com/#!/enechan​100</strong></span></a>」とも、どこかでコラボレイトできる可能性を確信しました。首都圏以外の「地方」から、今、エネルギー自給への模索が始まっています。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>活躍した札幌市消防局</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9270</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9270#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 09 Jul 2011 01:02:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9270</guid>
		<description><![CDATA[　先月30日の野田正彰さんの講演会（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9201）で、一つだけ違和感のあったお言葉が、「北海道の人間は今回の災害に対してどんな支援活動をしてきているのか、殆ど現地で出会わなかった。遠い場所での出来事と考えているのでは」、でした。とんでもありません、少なくとも私の周辺で知っているだけでも、行政・NPO・医療機関・企業等、たくさんの方々がすぐに駆けつけましたし、今も継続して活動しています。限られた地域での野田さんの体験だけから断定するのは間違いだと思いますが。
　先日、私的病院経営者の20年以上続く勉強会「木朝会」の特別例会で、「防災及び震災支援」と題して、札幌市消防局の方から報告がありました。今回の東日本大震災で、札幌市も迅速で地道な支援（http://www.city.sapporo.jp/kinkyu/index.html）を行ってきています。お話をされた札幌市中央消防署予防課・課長（指令長）の佐藤利博さんの語る姿勢も素晴らしかったです。
　とりわけ札幌市消防局の震災直後からの活躍（http://www.city.sapporo.jp/shobo/koho/enjo.html）は、私は札幌市民（納税者）の一人として誇りに感じました。
 　一つは、3月11日（金）15時00分（地震発生からわずか14分後）に決定された「指揮支援隊派遣」です。すぐにヘリコプターで札幌を出発し、翌12日から宮城県庁で県内部隊指揮活動を開始しました。一方11日15時30分に、15隊58名からなる「陸上部隊派遣」準備が決まり、13日朝には石巻市に到着して救援活動を開始していました。情報が錯綜し流動的情況の中、指揮部隊・現場陸上部隊と素早い取り組みが行われ、現地でも高い評価を得ました。5月10日までに、札幌からは133隊503人が出動しています。先日のご説明では、国内ばかりではなく、日常的に海外災害派遣を想定して、定時予防注射を受けている隊員も複数名いるとのお話でした、いつでも出動できる危機管理体制です。
　福島原発事故現場での東京消防庁レスキュー隊が、マスメディアに繰り返し登場していたので注目されていましたが、今回の被災地では、全国からの多くの組織的応援が迅速に行われたことを、私たちはしっかり認識する必要があります。この震災に対しての特別の支援ではなく、このような大規模災害を日常的に予測し、日頃から準備を怠っていない、そんな意識と体制から学ぶことは多いです、命令指示系統等の事前の約束事、情報共有、訓練、そして迅速な初動動作ですね。
 
　7月の札幌は、お陰さまで例年と変わりない夏を迎えています。先日、演劇鑑賞の合い間に、近くの中島公園のショウブ池の畔で缶ビールを飲みながら、池に浮かぶ手漕ぎボート、際立って素晴らしい光景に見えました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　先月30日の野田正彰さんの講演会（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9201">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9201</a>）で、一つだけ違和感のあったお言葉が、「北海道の人間は今回の災害に対してどんな支援活動をしてきているのか、殆ど現地で出会わなかった。遠い場所での出来事と考えているのでは」、でした。とんでもありません、少なくとも私の周辺で知っているだけでも、行政・NPO・医療機関・企業等、たくさんの方々がすぐに駆けつけましたし、今も継続して活動しています。限られた地域での野田さんの体験だけから断定するのは間違いだと思いますが。</p>
<p>　先日、私的病院経営者の20年以上続く勉強会「<strong>木朝会</strong>」の特別例会で、「防災及び震災支援」と題して、札幌市消防局の方から報告がありました。今回の東日本大震災で、札幌市も迅速で地道な支援（<a href="http://www.city.sapporo.jp/kinkyu/index.html">http://www.city.sapporo.jp/kinkyu/index.html</a>）を行ってきています。お話をされた札幌市中央消防署予防課・課長（指令長）の佐藤利博さんの語る姿勢も素晴らしかったです。</p>
<p>　<strong>とりわけ札幌市消防局の震災直後からの活躍（</strong><a href="http://www.city.sapporo.jp/shobo/koho/enjo.html"><strong>http://www.city.sapporo.jp/shobo/koho/enjo.html</strong></a><strong>）は、私は札幌市民（納税者）の一人として誇りに感じました。</strong></p>
<div id="attachment_9271" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010486.jpg"><img class="size-medium wp-image-9271" title="p1010486" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010486-500x375.jpg" alt="東日本大震災で活躍した札幌消防局の報告" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">東日本大震災で活躍した札幌市消防局の報告</p></div>
<p> 　一つは、3月11日（金）15時00分（地震発生からわずか14分後）に決定された「<strong>指揮支援隊派遣</strong>」です。すぐにヘリコプターで札幌を出発し、翌12日から宮城県庁で県内部隊指揮活動を開始しました。一方11日15時30分に、15隊58名からなる「<strong>陸上部隊派遣</strong>」準備が決まり、13日朝には石巻市に到着して救援活動を開始していました。情報が錯綜し流動的情況の中、指揮部隊・現場陸上部隊と素早い取り組みが行われ、現地でも高い評価を得ました。5月10日までに、札幌からは133隊503人が出動しています。先日のご説明では、国内ばかりではなく、日常的に海外災害派遣を想定して、定時予防注射を受けている隊員も複数名いるとのお話でした、いつでも出動できる危機管理体制です。</p>
<p>　福島原発事故現場での東京消防庁レスキュー隊が、マスメディアに繰り返し登場していたので注目されていましたが、今回の被災地では、全国からの多くの組織的応援が迅速に行われたことを、私たちはしっかり認識する必要があります。この震災に対しての特別の支援ではなく、このような大規模災害を日常的に予測し、日頃から準備を怠っていない、そんな意識と体制から学ぶことは多いです、命令指示系統等の事前の約束事、情報共有、訓練、そして迅速な初動動作ですね。</p>
<p> </p>
<p>　7月の札幌は、お陰さまで例年と変わりない夏を迎えています。先日、演劇鑑賞の合い間に、近くの中島公園のショウブ池の畔で缶ビールを飲みながら、池に浮かぶ手漕ぎボート、際立って素晴らしい光景に見えました。</p>
<div id="attachment_9277" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010503.jpg"><img class="size-medium wp-image-9277" title="p1010503" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010503-500x375.jpg" alt="日曜日の午後、中島公園での一コマ" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">日曜日の午後、中島公園での一コマ</p></div>
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		<title>シアターZOO演劇祭、「ZOO11」</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9253</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9253#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 07 Jul 2011 00:19:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　北海道演劇財団（http://www.h-paf.ne.jp/）では、毎年いろいろな取り組み・企画を実践しています。今年3月、初めての試み、「レパートリーシアター：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7699、http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7983」では、大震災の最中も継続して敢行し、いらっしゃった観客に力を与えました。
　「シアターZOO演劇祭：http://zoo11.seesaa.net/」は、今年で5年目を迎えました。今年は「ZOO11：ズー・イレブン」と銘打って、「弦崎東総合病院」の一室を舞台に、6つの若い劇団の熱演が続いています。
 　この企画は、小劇場で演劇を続ける劇団同士が出会い、観客に何度も足を運んでもらおうと始まり、今年で5回目の開催となります。プロデューサーはシアターZOOフランチャイズ劇団・弦巻楽団（http://tgakudan.blog98.fc2.com/）代表の弦巻啓太さん、今年で3年目ですが、最初は「旅館」、2年目は「ファミリーレストラン」、そして今年は「病院」が舞台です。彼は演劇製作に関して、その周辺でたくさんメッセージを発信しているので興味深いですね。私は以前から感じているのですが、劇団代表とかプロデューサーの方は、いろいろな場で遠慮なく芝居に関しての情報発信を広く一般向けにするべきだと思います。役者のインタビューをチラシに掲載するとか、ブログなどは多くあり、観劇前も後も楽しめます。普通の人、或いは劇場に足を運んだことがない人たちにも目に触れる場での発信が、すそ野を広げることになっていくのだと思います。もちろん、私のような素人が、観た感想を率直に書き留めることも少しの応援になるのかな、と。
　私はこの企画、これまで時間が取れなくて、全ての劇団を観る（10日予定の二つを含めて）のは今年が初めてです。ベッドが4つ並ぶ病室、全く同じ舞台にもかかわらず、患者と看護師、患者同士、患者とその関係者、それぞれのストーリーで観客を楽しませてくれます、実に面白い企画ですね。昨晩は、同じ劇団で5人の役者が全て違う芝居を観ましたが、まあ、全く別物ですね。同じ劇団でも初日と千秋楽、役者の違い、その回の観客の雰囲気等で大きく印象が変わる、一回一回が「オンリーワン」、その辺が演劇の面白さなのでしょうね。
　そう言えば、私が最初に演劇の魅力に取りつかれたのは、今から40年くらい前に、東京新宿で演劇学校の卒業公演観劇に誘われた時からでした。朝から同じ演目を役者を変えての卒業公演、夜まで観ていましたが織りなす雰囲気の違いが実に面白かったですね。今回の演劇祭、足を運んでいる方々は若い世代も多く、これからの北海道で担い手となる期待も大きく、楽しみです。演劇を「消費」するだけではく、「表現」し、「生産」していく担い手の育成、芸術・文化の土壌を育みたいですね！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="mceTemp">　北海道演劇財団（<a href="http://www.h-paf.ne.jp/">http://www.h-paf.ne.jp/</a>）では、毎年いろいろな取り組み・企画を実践しています。今年3月、初めての試み、「<strong>レパートリーシアター</strong>：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7699">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7699</a>、<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7983">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7983</a>」では、大震災の最中も継続して敢行し、いらっしゃった観客に力を与えました。</div>
<div class="mceTemp">　「<strong>シアターZOO演劇祭：</strong><a href="http://zoo11.seesaa.net/">http://zoo11.seesaa.net/</a>」は、今年で5年目を迎えました。今年は「ZOO11：ズー・イレブン」と銘打って、「弦崎東総合病院」の一室を舞台に、6つの若い劇団の熱演が続いています。</div>
<div id="attachment_9252" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010502.jpg"><img class="size-medium wp-image-9252" title="p1010502" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/07/p1010502-500x375.jpg" alt="シアターZOO演劇祭「ZOO１１」" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">シアターZOO演劇祭「ZOO１１」</p></div>
<p> 　この企画は、小劇場で演劇を続ける劇団同士が出会い、観客に何度も足を運んでもらおうと始まり、今年で5回目の開催となります。プロデューサーはシアターZOOフランチャイズ劇団・弦巻楽団（<a href="http://tgakudan.blog98.fc2.com/">http://tgakudan.blog98.fc2.com/</a>）代表の弦巻啓太さん、今年で3年目ですが、最初は「旅館」、2年目は「ファミリーレストラン」、そして今年は「病院」が舞台です。彼は演劇製作に関して、その周辺でたくさんメッセージを発信しているので興味深いですね。私は以前から感じているのですが、劇団代表とかプロデューサーの方は、いろいろな場で遠慮なく芝居に関しての情報発信を広く一般向けにするべきだと思います。役者のインタビューをチラシに掲載するとか、ブログなどは多くあり、観劇前も後も楽しめます。普通の人、或いは劇場に足を運んだことがない人たちにも目に触れる場での発信が、すそ野を広げることになっていくのだと思います。もちろん、私のような素人が、観た感想を率直に書き留めることも少しの応援になるのかな、と。</p>
<p>　私はこの企画、これまで時間が取れなくて、全ての劇団を観る（10日予定の二つを含めて）のは今年が初めてです。ベッドが4つ並ぶ病室、全く同じ舞台にもかかわらず、患者と看護師、患者同士、患者とその関係者、それぞれのストーリーで観客を楽しませてくれます、実に面白い企画ですね。昨晩は、同じ劇団で5人の役者が全て違う芝居を観ましたが、まあ、全く別物ですね。同じ劇団でも初日と千秋楽、役者の違い、その回の観客の雰囲気等で大きく印象が変わる、一回一回が「オンリーワン」、その辺が演劇の面白さなのでしょうね。</p>
<p>　そう言えば、私が最初に演劇の魅力に取りつかれたのは、今から40年くらい前に、東京新宿で演劇学校の卒業公演観劇に誘われた時からでした。朝から同じ演目を役者を変えての卒業公演、夜まで観ていましたが織りなす雰囲気の違いが実に面白かったですね。今回の演劇祭、足を運んでいる方々は若い世代も多く、これからの北海道で担い手となる期待も大きく、楽しみです。演劇を「消費」するだけではく、「表現」し、「生産」していく担い手の育成、芸術・文化の土壌を育みたいですね！</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>悲しみを抑圧してきた社会</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9201</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9201#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 05 Jul 2011 05:38:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9201</guid>
		<description><![CDATA[　財団法人 北海道文化財団（http://haf.jp/）主催の「アートゼミ」が開催され、今回は特別講座として「いのちと心を支えるアートの役割～長期災害救援の視点から」と題して、関西学院大学・野田正彰教授の基調講演、後半は北海道大学・定池祐季助教、北海道文化財団・磯田憲一理事長も加わっての意見交換でした。当日会場は、日頃から芸術・文化分野で活躍する方々100名以上がお集まりになり、野田先生の鋭いご指摘・認識を真摯に受け止めていました。







アートゼミ／特別講座「いのちと心を支えるアートの役割～長期災害救援の視点から」開催のお知らせ
2011年05月31日






 ○　趣旨
　平成２３年３月１１日（金）に発生した東日本大震災の発生を受け、長期的な災害救援の視点から、特に被災地の子ども達が立ち向かう社会的な場面に応じた、さまざまな「いのちと心」のケアの場面において、「被災地が今どのような現状なのか」、「モノ以外の目に見えないことに対して、被災者の心に必要なことに対してどのように接していくのか」、「その中でアートの果たす役割を知ってもらう」ことを目的に、この特別講座を開催します。　ついては、道内における、アートＮＰＯやアーティスト、地域の文化施設・事業に関わる多くの方々に、『アートの役割～文化芸術活動』による支え方、被災者への接し方、生活場面でのコミュニケーションづくりなどについて、「講師の講演と意見交換」から知っていただき、今後の支援の心構えを広げていくきっかけづくりとしていただきたいと思っています。○　内容
・災害救援からみた「阪神・淡路大震災」などと「東日本大震災」との差異
・物理的な被害以外の「目に見えない」間接的な被害への影響
・「社会的悲哀」を大切にする今後の救援の方向性
・アートＮＰＯの活動や文化芸術活動の社会的役割　　　　　　　　など□　主催等　・主催；(財)北海道文化財団
・協力；札幌市教育文化会館（札幌市芸術文化財団）
・後援；北海道、北海道教育委員会、札幌市、札幌市教育委員会□　日　時　平成２３年６月３０日（木）　１８：００～２０：００□　会　場　札幌市教育文化会館　４Ｆ講堂　 http://www.kyobun.org/
□　定　員　１５６席（定員になり次第、締切とさせていただきます。）
□　参加者　＊特に制限はありません。どなたでも自由に参加できます。


□　事業内容
・講師；関西学院大学　野田正彰教授
　　内容（第1部）野田正彰教授による基調講演
　　　（第2部）野田正彰教授と磯田憲一理事長による意見交換
 
 
 
 
 
 




　野田正彰（http://www.amazon.co.jp/%E9%87%8E%E7%94%B0-%E6%AD%A3%E5%BD%B0/e/B001I7NB14）さんは、これまでたくさんの著書を出していますが、私は「喪の途上にて：http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/00/3/0022870.html」が印象に残っています。
　4月に行われたこちらの講演も参考になります（http://sankei.jp.msn.com/life/news/110527/trd11052707310003-n1.htm）。以下、先日の札幌講演からいくつかを書き留めます。
＊　「映像災害」とも言える3・11以降のマスメディア
　　　：被災地からのいち早い逃亡、東電・保安院発表に依拠するのみ、現実を見ない報道
　　　：「がんばろう、日本！」、「こころは一つ」？「ひとりではない！」等のフレーズは、「悲しみの抑圧」でしかない
＊　日本の近代社会は残酷な歴史の繰り返し：傷ついた人々に「ガンバロウ！」と言ってきた、「悲しみを抑圧してきた」社会～悲しみを悲しみとしてではなく、早く忘れて前へ進めと
＊　少し時間が経っての避難所は、格差社会を実感：この段階での「支援」があるはず
＊　「異常な事態」における「正常」な反応を、「病的」と言ってはいけない：人間には時間を経て、選びとって生きていける力がある
＊　家族を失った人たちは、ショックの後に遺体を探す行動をとる。自分は何もしてあげられなかった等、故人との対話のプロセスと理解すべきであり、時間を経る中で故人の遺志を聴き、立ち直っていくプロセスである
＊　震災と芸術：どう役に立つ等ではないはず：安易に「希望」などとは言って欲しくない、被災者と共に語り合うこと、「表現せざるを得ない人々の叫び」が芸術ではないか
＊　柔らかい創造力が大切：被災者に共感すること、それは直接語ることを通してつながっていける
＊　震災から学ぶ姿勢が重要：「助ける人」と「被災した人」という図式ではなく
＊　以上のことから、芸術家の役目は、人が能動性を取り戻すプロセス、すなわち問題を直視して、抑圧しているものを表現することではないか
＊　自分で課題を発見して行動する：ボランティアも同様だが、行政の指示の下で活動するのでは「勤労動員」である！
 
　大震災後の社会変化を、鋭敏に表現するものは何か、彼はそれを芸術に期待していました。歴史を振り返ってみて、関東大震災の後、エログロが流行して、治安維持法が制定され昭和の軍国主義時代へと突入、阪神淡路大震災後は、「心のケア」、「癒やし系」が流行し、厳罰化、テロ対策の日常化、派遣労働者の増加と変わっていった近い過去。「弱者の視点、今度こそ」、彼からのメッセージだったと思います。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　財団法人 北海道文化財団（<a href="http://haf.jp/">http://haf.jp/</a>）主催の「アートゼミ」が開催され、今回は特別講座として「<strong>いのちと心を支えるアートの役割～長期災害救援の視点から</strong>」と題して、関西学院大学・野田正彰教授の基調講演、後半は北海道大学・定池祐季助教、北海道文化財団・磯田憲一理事長も加わっての意見交換でした。当日会場は、日頃から芸術・文化分野で活躍する方々100名以上がお集まりになり、野田先生の鋭いご指摘・認識を真摯に受け止めていました。</p>
<table style="width: 580px; height: 475px;" border="0" cellspacing="0" cellpadding="4" width="580" bgcolor="#006699">
<tbody>
<tr>
<td colspan="2" bgcolor="#f0f0f0">
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" width="100%">
<tbody>
<tr>
<td align="left"><strong><span class="subject" style="color: #006699; font-size: small;">アートゼミ／特別講座「いのちと心を支えるアートの役割～長期災害救援の視点から」開催のお知らせ</span></strong></td>
<td align="right"><span class="date" style="color: #006699; font-size: x-small;">2011年05月31日</span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
</td>
</tr>
<tr>
<td colspan="2" valign="top" bgcolor="#ffffff"><span style="color: #006699; font-size: x-small;"><img src="http://www.haf.jp/cgi-bin2/news/attach/130709321826072" border="0" alt="" hspace="4" align="left" /></span> <span class="body"><span style="font-size: x-small;">○　趣旨<br />
　平成２３年３月１１日（金）に発生した東日本大震災の発生を受け、長期的な災害救援の視点から、特に被災地の子ども達が立ち向かう社会的な場面に応じた、さまざまな「いのちと心」のケアの場面において、「被災地が今どのような現状なのか」、「モノ以外の目に見えないことに対して、被災者の心に必要なことに対してどのように接していくのか」、「その中でアートの果たす役割を知ってもらう」ことを目的に、この特別講座を開催します。　ついては、道内における、アートＮＰＯやアーティスト、地域の文化施設・事業に関わる多くの方々に、『アートの役割～文化芸術活動』による支え方、被災者への接し方、生活場面でのコミュニケーションづくりなどについて、「講師の講演と意見交換」から知っていただき、今後の支援の心構えを広げていくきっかけづくりとしていただきたいと思っています。○　内容<br />
・災害救援からみた「阪神・淡路大震災」などと「東日本大震災」との差異<br />
・物理的な被害以外の「目に見えない」間接的な被害への影響<br />
・「社会的悲哀」を大切にする今後の救援の方向性<br />
・アートＮＰＯの活動や文化芸術活動の社会的役割　　　　　　　　など□　主催等　・主催；(財)北海道文化財団<br />
・協力；札幌市教育文化会館（札幌市芸術文化財団）<br />
・後援；北海道、北海道教育委員会、札幌市、札幌市教育委員会□　日　時　平成２３年６月３０日（木）　１８：００～２０：００□　会　場　札幌市教育文化会館　４Ｆ講堂　 <a href="http://www.kyobun.org/" target="link"><span style="font-size: x-small;">http://www.kyobun.org/</span></a></p>
<div><span style="font-size: x-small;">□　定　員　１５６席（定員になり次第、締切とさせていただきます。）</span></div>
<div><span style="font-size: x-small;">□　参加者　＊特に制限はありません。どなたでも自由に参加できます。</span></div>
<div></div>
<p><span style="font-size: x-small;"></p>
<div><span style="font-size: x-small;">□　事業内容<br />
・講師；関西学院大学　野田正彰教授<br />
　　内容（第1部）野田正彰教授による基調講演<br />
　　　（第2部）野田正彰教授と磯田憲一理事長による意見交換</span></div>
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<p></span></span> </p>
<p></span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>　野田正彰（<a href="http://www.amazon.co.jp/%E9%87%8E%E7%94%B0-%E6%AD%A3%E5%BD%B0/e/B001I7NB14">http://www.amazon.co.jp/%E9%87%8E%E7%94%B0-%E6%AD%A3%E5%BD%B0/e/B001I7NB14</a>）さんは、これまでたくさんの著書を出していますが、私は「喪の途上にて：<a href="http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/00/3/0022870.html">http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/00/3/0022870.html</a>」が印象に残っています。</p>
<p>　4月に行われたこちらの講演も参考になります（<a href="http://sankei.jp.msn.com/life/news/110527/trd11052707310003-n1.htm">http://sankei.jp.msn.com/life/news/110527/trd11052707310003-n1.htm</a>）。以下、先日の札幌講演からいくつかを書き留めます。</p>
<p>＊　「映像災害」とも言える3・11以降のマスメディア</p>
<p>　　　：被災地からのいち早い逃亡、東電・保安院発表に依拠するのみ、<strong>現実を見ない報道</strong></p>
<p>　　　：「がんばろう、日本！」、「こころは一つ」？「ひとりではない！」等のフレーズは、「<strong>悲しみの抑圧</strong>」でしかない</p>
<p>＊　日本の近代社会は残酷な歴史の繰り返し：傷ついた人々に「ガンバロウ！」と言ってきた、「悲しみを抑圧してきた」社会～悲しみを悲しみとしてではなく、早く忘れて前へ進めと</p>
<p>＊　少し時間が経っての避難所は、格差社会を実感：この段階での「支援」があるはず</p>
<p>＊　「異常な事態」における「正常」な反応を、「病的」と言ってはいけない：人間には時間を経て、選びとって生きていける力がある</p>
<p>＊　家族を失った人たちは、ショックの後に遺体を探す行動をとる。自分は何もしてあげられなかった等、故人との対話のプロセスと理解すべきであり、時間を経る中で故人の遺志を聴き、立ち直っていくプロセスである</p>
<p>＊　震災と芸術：どう役に立つ等ではないはず：安易に「希望」などとは言って欲しくない、被災者と共に語り合うこと、「表現せざるを得ない人々の叫び」が芸術ではないか</p>
<p>＊　柔らかい創造力が大切：被災者に共感すること、それは直接語ることを通してつながっていける</p>
<p>＊　震災から学ぶ姿勢が重要：「助ける人」と「被災した人」という図式ではなく</p>
<p>＊　以上のことから、芸術家の役目は、人が能動性を取り戻すプロセス、すなわち問題を直視して、抑圧しているものを表現することではないか</p>
<p>＊　自分で課題を発見して行動する：ボランティアも同様だが、行政の指示の下で活動するのでは「勤労動員」である！</p>
<p> </p>
<p>　大震災後の社会変化を、鋭敏に表現するものは何か、彼はそれを芸術に期待していました。歴史を振り返ってみて、関東大震災の後、エログロが流行して、治安維持法が制定され昭和の軍国主義時代へと突入、阪神淡路大震災後は、「心のケア」、「癒やし系」が流行し、厳罰化、テロ対策の日常化、派遣労働者の増加と変わっていった近い過去。<strong>「弱者の視点、今度こそ」、</strong>彼からのメッセージだったと思います。</p>
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		<title>放射能と共に暮らす時代に</title>
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		<pubDate>Sat, 02 Jul 2011 23:39:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9183</guid>
		<description><![CDATA[　私にとっての「放射能」認識は、広島・長崎への原爆投下が最初でした。この数年、時間を見つけて両都市を訪問し（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1602）、（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5199）、そこに至る歴史も再認識しながら反戦・平和の誓いもあらたにしています。そして 今年4月に掲載したように（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8116）、実際に自分の身に降りかかる「放射能の怖さ」を意識したのは、第五福竜丸事件でした。
　その後は特段な恐怖をもつことなく時代と並走していて、次に「放射線」を認識したのは1970年代初頭、大学で「物性物理学」を専攻していた時でしょうか。卒論のテーマは「X線と光弾性による単結晶応力解析の比較」で、「X線解析装置」と毎日付き合ってデータ取得の日々、指導の先生からも先輩からも、X線に対する注意事項を身をもって教えられました。たとえば、大学研究室で、X線が放射される方向に壁一つ隔てて男子トイレがあったのですが、「奥側はX線が漏れているかもしれないから、手前側を使う方が安全」という申し伝えが研究室にはありました。当時は半信半疑でしたが、それを忠実に守ったからか、その後の自分の生殖機能には異常は無かったようです。
　今考えると、「日常」であるがゆえに細心の注意を払うとでも言うのでしょうか。東電幹部が汚染水を海に放出して、「低濃度汚染水だから環境には大きな影響は無い」と言い放った時、私は彼らが放射線と全く寄り添ったことがない連中だと直感し、憤りを感じました、彼らに原子力を運用する覚悟はないと、犯罪行為です。
　話はそれますが、インターネットで検索すると、「X線解析」は、今は高校生でも研究しているのですね、装置がコンパクトになったからか、教育レベルが上がっているのか、私たちが大学で学んでいた「ラウエ斑点：http://nsmsxserve02.ph.kagu.tus.ac.jp/labexercise/XrayDiffraction/x-ray/laue01/index.html」等の言葉も、高校でも出てきています。
　そして、今、人生3回目の「放射線」を強く意識する時です。先日、市民活動を共にしている方と「放射線測定器：http://www.raesystems.com/products/doserae-2」を買い、手元に届きました。まだ説明書も十分読んではいないのですが、子どもたちが日常遊ぶ公園等を市民の目線から、定点・定時・継続観測し、公開しようとの思いからです。
　一口に「放射線」と言っても、(1)α：アルファ線、(2)β：ベータ線、(3)γ：ガンマ線、(4)中性子線の４種類の放射線があります。東電福島原発事故以降、よく見かけるようになった小型の放射線計測機は、低濃度のベーター線を測定するだけのものがほとんどです。政府や自治体の設置してる、いわゆる「モニタリングポスト」で計測できる放射線は、貫通力が高いガンマ線だけとか、いろいろですから、測る方もデータを読み取る方も注意が必要です。アルファー線や中性子線などの計測は非常に難しいです。また測定器のメーカーによっても精度が違い、大きく数値が異なってくることは珍しくありません。従って、今回購入した計測器を使う場合も、メーカー名、方法、場所等についての情報も一緒に公開することが重要ですね。ただ数値だけが一人歩きして「安全である」といった発表姿勢は、およそ科学的ではありませんし、それどころか恐ろしく無責任と言えます。
　25年前、秋山財団の最初の理事会で、理事のお一人が次のように語られていました。「生命科学の基本目標は、人類、そして地球の『健康』を確保する点にあると言えましょう。『健康』とは、人類が、世界が、平和を保つ状態だと思うのです。それは人間のコモンセンスに属すべきものであり、秋山財団の地味ではあっても着実な助成・育成活動が、北海道から日本へ、そして世界へ向けて、人類のそうしたコモンセンスの確立へと発展し、貢献する事を期待して止みません」。
　「放射能と共に生きる時代」、気温・湿度・花粉情報とともに、地道で継続的な「放射線」データ観測・記録・公開で市民は対処していきます。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　私にとっての「放射能」認識は、広島・長崎への原爆投下が最初でした。この数年、時間を見つけて両都市を訪問し（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1602">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1602</a>）、（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5199">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5199</a>）、そこに至る歴史も再認識しながら反戦・平和の誓いもあらたにしています。そして 今年4月に掲載したように（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8116">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8116</a>）、実際に自分の身に降りかかる「放射能の怖さ」を意識したのは、第五福竜丸事件でした。</p>
<p>　その後は特段な恐怖をもつことなく時代と並走していて、次に「放射線」を認識したのは1970年代初頭、大学で「物性物理学」を専攻していた時でしょうか。卒論のテーマは「X線と光弾性による単結晶応力解析の比較」で、「X線解析装置」と毎日付き合ってデータ取得の日々、指導の先生からも先輩からも、X線に対する注意事項を身をもって教えられました。たとえば、大学研究室で、X線が放射される方向に壁一つ隔てて男子トイレがあったのですが、「奥側はX線が漏れているかもしれないから、手前側を使う方が安全」という申し伝えが研究室にはありました。当時は半信半疑でしたが、それを忠実に守ったからか、その後の自分の生殖機能には異常は無かったようです。</p>
<p>　今考えると、「日常」であるがゆえに細心の注意を払うとでも言うのでしょうか。東電幹部が汚染水を海に放出して、「低濃度汚染水だから環境には大きな影響は無い」と言い放った時、私は彼らが放射線と全く寄り添ったことがない連中だと直感し、憤りを感じました、彼らに原子力を運用する覚悟はないと、犯罪行為です。</p>
<p>　話はそれますが、インターネットで検索すると、「X線解析」は、今は高校生でも研究しているのですね、装置がコンパクトになったからか、教育レベルが上がっているのか、私たちが大学で学んでいた「ラウエ斑点：<a href="http://nsmsxserve02.ph.kagu.tus.ac.jp/labexercise/XrayDiffraction/x-ray/laue01/index.html">http://nsmsxserve02.ph.kagu.tus.ac.jp/labexercise/XrayDiffraction/x-ray/laue01/index.html</a>」等の言葉も、高校でも出てきています。</p>
<p>　そして、今、人生3回目の「放射線」を強く意識する時です。先日、市民活動を共にしている方と「放射線測定器：<a href="http://www.raesystems.com/products/doserae-2">http://www.raesystems.com/products/doserae-2</a>」を買い、手元に届きました。まだ説明書も十分読んではいないのですが、子どもたちが日常遊ぶ公園等を市民の目線から、定点・定時・継続観測し、公開しようとの思いからです。</p>
<p>　一口に「放射線」と言っても、(1)α：アルファ線、(2)β：ベータ線、(3)γ：ガンマ線、(4)中性子線の４種類の放射線があります。東電福島原発事故以降、よく見かけるようになった小型の放射線計測機は、低濃度のベーター線を測定するだけのものがほとんどです。政府や自治体の設置してる、いわゆる「モニタリングポスト」で計測できる放射線は、貫通力が高いガンマ線だけとか、いろいろですから、測る方もデータを読み取る方も注意が必要です。アルファー線や中性子線などの計測は非常に難しいです。また測定器のメーカーによっても精度が違い、大きく数値が異なってくることは珍しくありません。従って、今回購入した計測器を使う場合も、メーカー名、方法、場所等についての情報も一緒に公開することが重要ですね。ただ数値だけが一人歩きして「安全である」といった発表姿勢は、およそ科学的ではありませんし、それどころか恐ろしく無責任と言えます。</p>
<p>　25年前、秋山財団の最初の理事会で、理事のお一人が次のように語られていました。「生命科学の基本目標は、人類、そして地球の『健康』を確保する点にあると言えましょう。『健康』とは、人類が、世界が、平和を保つ状態だと思うのです。それは人間のコモンセンスに属すべきものであり、秋山財団の地味ではあっても着実な助成・育成活動が、北海道から日本へ、そして世界へ向けて、人類のそうしたコモンセンスの確立へと発展し、貢献する事を期待して止みません」。</p>
<p>　「放射能と共に生きる時代」、気温・湿度・花粉情報とともに、地道で継続的な「放射線」データ観測・記録・公開で市民は対処していきます。</p>
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		<title>「株主総会」とマスメディア</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9173</link>
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		<pubDate>Thu, 30 Jun 2011 23:45:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　6月末は3月期決算上場会社の株主総会が相次いで開催され、その様子は毎年この時期、テレビ・新聞紙面を賑わして、まるで「6月の風物詩？」ですね、最近ではインターネットでのライブも臨場感いっぱいです。
　私は、未上場会社、札幌証券取引所上場会社、東京証券取引所上場会社の代表取締役として、この株主総会に企業側としてヒナ段に並び、議長も7年務めました。この経験からすると、株主総会に関するマスメディアの報道が、いかにも違和感があり、何かの機会にその辺を発信したいなと思っていました。今年3月、東電福島原発の大惨事が起こり、各地電力会社の総会、とりわけ東京電力の株主総会が今年は注目されていましたし、少しコメントしたいと思います。
　電力会社の場合は企業とは言え、「地域独占企業」という極めて特殊な立場ですから、いわゆる厳しい企業間競争の中にいる「一般民間企業」とはかなり様子を異にすることは考慮しなければなりませんね、顧客は選択の余地なく電気に依存せざるを得ないのです、私はそれゆえに電力会社の経営者には、特段の「顧客に対するサービス精神」と「社会への責任」があるのだと思いますが。
　まず、一般の企業側からすると、そもそも「株主総会」というのは、建前としては経営の最高決定機関ではありますが、その場で議論を沸騰させて決める場とは考えていないでしょう。日々リスクを背負って、まさに24時間勤務で企業活動に目配りしている代表取締役から見ると、1年に一回、総会に出かけてきて勝手なことを言って大騒ぎする（失礼！）少数株主は、必ずしも歓迎する方々でないと思うのは、ある意味で当然のことです。こんなこともありました、ある年、ひどい質問が出された総会があり、終了後の控室で思わず副社長が、「そんなに文句が有るのなら、さっさと株を売ればいいんだ！何も株主総会に出かけて来て、下らない質問もないだろう、株主には売る自由があるはずだ！」と怒っていました。
　大株主とは日常的に情況報告・アドバイス等で意見交換しているでしょうし、日頃から信頼関係を築くために最大・細心の配慮をしているはずです。また、企業の総務部は、訪れる株主への情報開示・説明等をいつも整えています、いわば「ご意見はいつでもお聴きする体制を取っている」状態ですね。　以上のような現状からすると、株主総会では、経営陣として形式上どうしても予定通りに成立させなければならないとすると、出来るだけ速やかに終了させようと努力するのは、ある意味で当たり前の姿勢かと。事前に十分な準備をして限りなく速やかに終了し、最近では同時に、「株主の声に耳を傾けています、大切にしています」というパフォーマンスも重要だとは思う、そんなマインドでしょうか。ですから委任状により開会前から成立している現実、社章を外し、年休を取らせ、前方数列を陣取る、或いは会場に散らばらせた社員株主に大きな拍手をさせる（以前は「異議なし、議事進行！」の威圧するような大きな声：まるでヤ○ザです）パフォーマンスも理解できはしませんか？
　今思うと、未上場会社の株主総会の方が、真面目で真剣な経営者のやりたいようにできる環境があります。（株）秋山愛生舘の場合も、未上場の時はホテルの小じんまりした一室で総会、その後は隣の部屋で昼食懇談会で日頃の感謝と意見交換、まさに理想的な場でした、特に上場した後の株主総会を経験すると、一層その感を強くしましたね。「株主の声を聴く」ことの原点がそこにあったからだと思います、会社をこよなく愛している方々が株主だったとも言えましょうか。上場すると「株主」の価値観が違いますね、経営者として株主と対峙して一番感じる違いでした。怒号とヤジが飛び交う株主総会、それ自体が資本主義のグロテスクな姿、未熟な企業のような気がします。
　一方メディアは株主総会をどう伝えてきたのか、これがまた変わらずひどい姿勢です。今から20年くらい前、地元新聞の記者はあらかじめ電話をよこして、「30分を越えたら連絡して下さい（？）」です、明らかに「長引いた総会は問題あり」の世界でした。几帳面に「35分で終了しました」と連絡すると、物足りなそうに「ああそうですか」の素気ない返事で。ところが、これが2000年くらいを境に大きく変わってきました、短く終了した会社は「株主の声を聞いていない」、と叩き始めたのです。企業側のアドバイスする弁護士陣も、期を同じくして事前指導に変化が出て来ました、「紋切り型ではなく、誠実に説明する姿勢が大切です」と。ある時は私は、「株主席から何かモノが投げつけられたら議長としてどうしたらいいでしょうか？」と冗談めいて聞くと、「当たって眉間から血を流すくらいがいいです」と真面目に回答がかえってきて驚いたこともあったり。
　相変わらずなのは、株主総会の価値をただひたすら「所要時間」でのみ評価している視点です、メディアの貧困・見識の無さですね。そんな報道ばかりだからこそ、企業側も強引に一気に議事進行せず、「適当な時間を費やして」アリバイをつくり、あらかじめ予定した時間で「打ち切り動議」を企業関係株主が提案して、採決・拍手多数で終了へと、「予定通り」のシナリオです。
　今回の電力会社株主総会後の新聞各紙、「脱原発株主ら無力感」、「建設的議論ない」等、私からすれば「何を今さら」ですね、メディアは株主総会を全く分かっていない、さもなくば明らかに「原発推進に加担している」姿です。株主総会はどんなにたくさんの出席者であっても「株主」の集まりでしかない、そこで電力会社の存在自体を議論することは不可能ですし、定款の目的事項を議論するのもかなり無理があります。勿論、それを承知でパフォーマンスの場と割り切ってのプレゼンスであればそれはそれで目標達成です。
　株主総会でどうあれ、3・11以降の日本社会は、まさに「放射能とともに生きる世界」になったことに何の変わりもありませんし、社会的議論が必要です。今、私たちは真剣に自然エネルギーへのシフト、制御不可能な原子力から離脱（これも実際は長期間必要）を、迅速に、自分のフィールドから始めなければなりません。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　6月末は3月期決算上場会社の株主総会が相次いで開催され、その様子は毎年この時期、テレビ・新聞紙面を賑わして、まるで「6月の風物詩？」ですね、最近ではインターネットでのライブも臨場感いっぱいです。</p>
<p>　私は、未上場会社、札幌証券取引所上場会社、東京証券取引所上場会社の代表取締役として、この株主総会に企業側としてヒナ段に並び、議長も7年務めました。この経験からすると、株主総会に関するマスメディアの報道が、いかにも違和感があり、何かの機会にその辺を発信したいなと思っていました。今年3月、東電福島原発の大惨事が起こり、各地電力会社の総会、とりわけ東京電力の株主総会が今年は注目されていましたし、少しコメントしたいと思います。</p>
<p>　電力会社の場合は企業とは言え、「<strong>地域独占企業</strong>」という極めて特殊な立場ですから、いわゆる厳しい企業間競争の中にいる「一般民間企業」とはかなり様子を異にすることは考慮しなければなりませんね、顧客は選択の余地なく電気に依存せざるを得ないのです、私はそれゆえに電力会社の経営者には、特段の「顧客に対するサービス精神」と「社会への責任」があるのだと思いますが。</p>
<p>　まず、一般の企業側からすると、そもそも「株主総会」というのは、建前としては経営の最高決定機関ではありますが、その場で議論を沸騰させて決める場とは考えていないでしょう。日々リスクを背負って、まさに24時間勤務で企業活動に目配りしている代表取締役から見ると、1年に一回、総会に出かけてきて勝手なことを言って大騒ぎする（失礼！）少数株主は、必ずしも歓迎する方々でないと思うのは、ある意味で当然のことです。こんなこともありました、ある年、ひどい質問が出された総会があり、終了後の控室で思わず副社長が、「そんなに文句が有るのなら、さっさと株を売ればいいんだ！何も株主総会に出かけて来て、下らない質問もないだろう、株主には売る自由があるはずだ！」と怒っていました。</p>
<p>　大株主とは日常的に情況報告・アドバイス等で意見交換しているでしょうし、日頃から信頼関係を築くために最大・細心の配慮をしているはずです。また、企業の総務部は、訪れる株主への情報開示・説明等をいつも整えています、いわば「ご意見はいつでもお聴きする体制を取っている」状態ですね。　以上のような現状からすると、株主総会では、経営陣として形式上どうしても予定通りに成立させなければならないとすると、出来るだけ速やかに終了させようと努力するのは、ある意味で当たり前の姿勢かと。事前に十分な準備をして限りなく速やかに終了し、最近では同時に、「株主の声に耳を傾けています、大切にしています」というパフォーマンスも重要だとは思う、そんなマインドでしょうか。ですから委任状により開会前から成立している現実、社章を外し、年休を取らせ、前方数列を陣取る、或いは会場に散らばらせた社員株主に大きな拍手をさせる（以前は「異議なし、議事進行！」の威圧するような大きな声：まるでヤ○ザです）パフォーマンスも理解できはしませんか？</p>
<p>　今思うと、未上場会社の株主総会の方が、真面目で真剣な経営者のやりたいようにできる環境があります。（株）秋山愛生舘の場合も、未上場の時はホテルの小じんまりした一室で総会、その後は隣の部屋で昼食懇談会で日頃の感謝と意見交換、まさに理想的な場でした、特に上場した後の株主総会を経験すると、一層その感を強くしましたね。「株主の声を聴く」ことの原点がそこにあったからだと思います、会社をこよなく愛している方々が株主だったとも言えましょうか。上場すると「株主」の価値観が違いますね、経営者として株主と対峙して一番感じる違いでした。怒号とヤジが飛び交う株主総会、それ自体が資本主義のグロテスクな姿、未熟な企業のような気がします。</p>
<p>　一方メディアは株主総会をどう伝えてきたのか、これがまた変わらずひどい姿勢です。今から20年くらい前、地元新聞の記者はあらかじめ電話をよこして、「30分を越えたら連絡して下さい（？）」です、明らかに「長引いた総会は問題あり」の世界でした。几帳面に「35分で終了しました」と連絡すると、物足りなそうに「ああそうですか」の素気ない返事で。ところが、これが2000年くらいを境に大きく変わってきました、短く終了した会社は「株主の声を聞いていない」、と叩き始めたのです。企業側のアドバイスする弁護士陣も、期を同じくして事前指導に変化が出て来ました、「紋切り型ではなく、誠実に説明する姿勢が大切です」と。ある時は私は、「株主席から何かモノが投げつけられたら議長としてどうしたらいいでしょうか？」と冗談めいて聞くと、「当たって眉間から血を流すくらいがいいです」と真面目に回答がかえってきて驚いたこともあったり。</p>
<p>　相変わらずなのは、株主総会の価値をただひたすら「所要時間」でのみ評価している視点です、メディアの貧困・見識の無さですね。そんな報道ばかりだからこそ、企業側も強引に一気に議事進行せず、「適当な時間を費やして」アリバイをつくり、あらかじめ予定した時間で「打ち切り動議」を企業関係株主が提案して、採決・拍手多数で終了へと、「予定通り」のシナリオです。</p>
<p>　今回の電力会社株主総会後の新聞各紙、「脱原発株主ら無力感」、「建設的議論ない」等、私からすれば「何を今さら」ですね、メディアは株主総会を全く分かっていない、さもなくば明らかに「原発推進に加担している」姿です。株主総会はどんなにたくさんの出席者であっても「株主」の集まりでしかない、そこで電力会社の存在自体を議論することは不可能ですし、定款の目的事項を議論するのもかなり無理があります。勿論、それを承知でパフォーマンスの場と割り切ってのプレゼンスであればそれはそれで目標達成です。</p>
<p>　株主総会でどうあれ、3・11以降の日本社会は、まさに「<strong>放射能とともに生きる世界</strong>」になったことに何の変わりもありませんし、社会的議論が必要です。今、私たちは真剣に自然エネルギーへのシフト、制御不可能な原子力から離脱（これも実際は長期間必要）を、迅速に、自分のフィールドから始めなければなりません。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>2財団のコラボ報告会、濃く、熱く！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9140</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9140#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 28 Jun 2011 22:31:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9140</guid>
		<description><![CDATA[　先日開催の「秋山財団・前田一歩園財団の2011助成事業活動報告会」、初めての試みでしたが、参加17団体が、濃く熱く、5時間近く活動を報告されました。
　前田一歩園財団（http://www.ippoen.or.jp/）は、北海道でも草分けの財団法人であり、現・理事長の前田三郎さまは、秋山財団（http://www.akiyama-foundation.org/）の創設時から評議員を16年間、最初の2年間は議長としてご指導・ご支援を頂きました。「コラボ報告会」の企画をこの間話し合ってきましたが、やっと実現できました。今回の録画をインターネット上【Ustream】でご覧になれます。「北海道市民環境ネットワーク：http://www.kitanet.org/index.html」のお力を頂きました、ありがとうございます！Twitterでの参加も多く、ソーシャル・メディアを使った新しい時代の「つながり」ですね。
●録画file「合同報告会_前半：http://www.ustream.tv/recorded/15626818」
1.「サイエンス新企画：http://sshinkikaku.sblo.jp/」
2.「飛んでけ！車いす：http://tondeke.org/」
3.「北海道スローフードフレンズ帯広：http://www.slowfood-friends.org/」
4.「野幌森クラブ：http://www.geocities.jp/mori_club2007/nopporo」
5.「ＣОМらっど：http://happytown.orahoo.com/comrade/」
6.「特定非営利活動法人レター・ポスト・フレンド相談ネットワーク：http://www7a.biglobe.ne.jp/~retapost/」
7.「リバーネット21ながぬま：http://www.love-earth-hokkaido.jp/modules/lemap/index.php?lid=84」
8.「ＮＰО法人めむの杜：http://blog.memunomori.net/」
9.「イザベラ・バードの道を辿る会：http://www.decnet.or.jp/whatsnew/101101_isabella_bird.pdf」
●録画file「合同報告会_後半：http://www.ustream.tv/recorded/15629405」
10.「ＮＰＯ法人エトピリカ基金：http://www.geocities.jp/etopirika_fund/」
11.「旭川障がい者文化スポーツ振興支援会：http://ahssa.info/」
12.「旭川ＬＤ親の会ぷりずむ：http://genki365.net/gnka07/mypage/mypage_group_info.php?gid=G0000118」
13.「釧路昆虫同好会：http://nee.kus.hokkyodai.ac.jp/kkd/」
14.「強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道フォーラム：http://www.asajino.net/」
15.「北海道自然史研究会：http://www.cho.co.jp/natural-h/」
16.「エコビレッジライフ体験塾：http://ecovillage.greenwebs.net/」
17.「特定非営利活動法人アルテピアッツァ：http://www.artepiazza.jp/」
　冒頭のあいさつで、私は「NPOとNPO」の情報共有によるコラボ、お金のやり取りを越えた「助成財団とNPO」のパートナーとしてのコラボ、への期待を語ったつもりです。これまでは、秋山財団内部での報告会でしたが、今回の場合は、更に発展形で幅が広がり、いずれの活動も日々の情熱が感じられて、あっという間の時間でした。それぞれ今後の課題も明確、フィールドに根差した確かな活動の証を見ることができました、「人の営み」に心を揺さぶられます。早速この場でのつながりが出来て、今後の活動に役立てる方々もいらっしゃったようです。
 
　今6月の札幌、大通公園では子どもたちが戯れ、「復興食堂」も出現したイベント、花フェスタ、農業高校のガーデニングコンテスト等、街なかでも盛りたくさんの企画です。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　先日開催の「<strong>秋山財団・前田一歩園財団の2011助成事業活動報告会</strong>」、初めての試みでしたが、参加17団体が、濃く熱く、5時間近く活動を報告されました。</p>
<p>　前田一歩園財団（<a href="http://www.ippoen.or.jp/">http://www.ippoen.or.jp/</a>）は、北海道でも草分けの財団法人であり、現・理事長の前田三郎さまは、秋山財団（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/">http://www.akiyama-foundation.org/</a>）の創設時から評議員を16年間、最初の2年間は議長としてご指導・ご支援を頂きました。「コラボ報告会」の企画をこの間話し合ってきましたが、やっと実現できました。今回の録画をインターネット上【Ustream】でご覧になれます。「北海道市民環境ネットワーク：<a href="http://www.kitanet.org/index.html">http://www.kitanet.org/index.html</a>」のお力を頂きました、ありがとうございます！Twitterでの参加も多く、ソーシャル・メディアを使った新しい時代の「つながり」ですね。</p>
<p><strong>●録画file「合同報告会_前半：</strong><a href="http://www.ustream.tv/recorded/15626818"><strong>http://www.ustream.tv/recorded/15626818</strong></a><strong>」<br />
</strong>1.「サイエンス新企画：<a href="http://sshinkikaku.sblo.jp/">http://sshinkikaku.sblo.jp/</a>」<br />
2.「飛んでけ！車いす：<a href="http://tondeke.org/">http://tondeke.org/</a>」<br />
3.「北海道スローフードフレンズ帯広：<a href="http://www.slowfood-friends.org/">http://www.slowfood-friends.org/</a>」<br />
4.「野幌森クラブ：<a href="http://www.geocities.jp/mori_club2007/nopporo">http://www.geocities.jp/mori_club2007/nopporo</a>」<br />
5.「ＣОМらっど：<a href="http://happytown.orahoo.com/comrade/">http://happytown.orahoo.com/comrade/</a>」<br />
6.「特定非営利活動法人レター・ポスト・フレンド相談ネットワーク：<a href="http://www7a.biglobe.ne.jp/~retapost/">http://www7a.biglobe.ne.jp/~retapost/</a>」<br />
7.「リバーネット21ながぬま：<a href="http://www.love-earth-hokkaido.jp/modules/lemap/index.php?lid=84">http://www.love-earth-hokkaido.jp/modules/lemap/index.php?lid=84</a>」<br />
8.「ＮＰО法人めむの杜：<a href="http://blog.memunomori.net/">http://blog.memunomori.net/</a>」<br />
9.「イザベラ・バードの道を辿る会：<a href="http://www.decnet.or.jp/whatsnew/101101_isabella_bird.pdf">http://www.decnet.or.jp/whatsnew/101101_isabella_bird.pdf</a>」</p>
<p><strong>●録画file「合同報告会_後半：</strong><a href="http://www.ustream.tv/recorded/15629405"><strong>http://www.ustream.tv/recorded/15629405</strong></a><strong>」<br />
</strong>10.「ＮＰＯ法人エトピリカ基金：<a href="http://www.geocities.jp/etopirika_fund/">http://www.geocities.jp/etopirika_fund/</a>」<br />
11.「旭川障がい者文化スポーツ振興支援会：<a href="http://ahssa.info/">http://ahssa.info/</a>」<br />
12.「旭川ＬＤ親の会ぷりずむ：<a href="http://genki365.net/gnka07/mypage/mypage_group_info.php?gid=G0000118">http://genki365.net/gnka07/mypage/mypage_group_info.php?gid=G0000118</a>」<br />
13.「釧路昆虫同好会：<a href="http://nee.kus.hokkyodai.ac.jp/kkd/">http://nee.kus.hokkyodai.ac.jp/kkd/</a>」<br />
14.「強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道フォーラム：<a href="http://www.asajino.net/">http://www.asajino.net/</a>」<br />
15.「北海道自然史研究会：<a href="http://www.cho.co.jp/natural-h/">http://www.cho.co.jp/natural-h/</a>」<br />
16.「エコビレッジライフ体験塾：<a href="http://ecovillage.greenwebs.net/">http://ecovillage.greenwebs.net/</a>」<br />
17.「特定非営利活動法人アルテピアッツァ：<a href="http://www.artepiazza.jp/">http://www.artepiazza.jp/</a>」</p>
<p>　冒頭のあいさつで、私は「NPOとNPO」の情報共有によるコラボ、お金のやり取りを越えた「助成財団とNPO」のパートナーとしてのコラボ、への期待を語ったつもりです。これまでは、秋山財団内部での報告会でしたが、今回の場合は、更に発展形で幅が広がり、いずれの活動も日々の情熱が感じられて、あっという間の時間でした。それぞれ今後の課題も明確、フィールドに根差した確かな活動の証を見ることができました、「人の営み」に心を揺さぶられます。早速この場でのつながりが出来て、今後の活動に役立てる方々もいらっしゃったようです。</p>
<p> </p>
<p>　今6月の札幌、大通公園では子どもたちが戯れ、「復興食堂」も出現したイベント、花フェスタ、農業高校のガーデニングコンテスト等、街なかでも盛りたくさんの企画です。</p>
<div id="attachment_9141" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010489.jpg"><img class="size-medium wp-image-9141" title="p1010489" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010489.jpg" alt="札幌大通公園西八丁目で" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">札幌大通公園西8丁目で</p></div>
<div id="attachment_9142" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010490.jpg"><img class="size-medium wp-image-9142" title="p1010490" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010490.jpg" alt="「復興食堂」も出現のイベント" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">「復興食堂」も出現のイベント：西7丁目</p></div>
<div id="attachment_9145" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p10104921.jpg"><img class="size-medium wp-image-9145" title="p10104921" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p10104921.jpg" alt="道内農業高校のコンテスト" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">道内農業高校のコンテスト：西3丁目</p></div>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>ワグナー・ナンドール記念財団のスタート</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9003</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9003#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 27 Jun 2011 00:01:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9003</guid>
		<description><![CDATA[ 　これまでこの欄に、「タオ財団」に関して何回か掲載して参りました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%82%BF%E3%82%AA%E8%B2%A1%E5%9B%A3）。
　一番直近の理事会・評議員会は、今年3月5日土曜日、大震災の直前でした。4月1日から「公益財団法人」格に移行し、名称も「公益財団法人 ワグナー・ナンドール記念財団：http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html」として、新たな展開が始まり、その第一回理事会が開催されました。
　今年の春の展覧会は、地震の影響で彫刻が数作品か倒れたために、「休館」となりました。たくさんの問い合わせのお電話も頂いたようですが、秋に向けての修復も進んでいますので楽しみです。
　益子・宇都宮市内・近郊では、建物等にも随分被害があったようですが、全てを夫婦で建設した財団建物は驚くほど壊れていません。ワグナー・ナンドールの設計哲学・リスクマネジメントを証明する結果となりました。大きな政変を自らの命を掛けて生きた人物のたくましさを、敷地内をちよ理事長と一緒に歩きながら、今回あらためて感じました。

　「私は文化、宗教などの相違点よりも、各々の共通点を探しているのです。
　共通点を通してしか、お互いに近づくことは出来ないのです。」
　　『哲学の庭』　　於　益子　　ワグナー・ナンドール

]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p> 　これまでこの欄に、「タオ財団」に関して何回か掲載して参りました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%82%BF%E3%82%AA%E8%B2%A1%E5%9B%A3">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E3%82%BF%E3%82%AA%E8%B2%A1%E5%9B%A3</a>）。</p>
<p>　一番直近の理事会・評議員会は、今年3月5日土曜日、大震災の直前でした。4月1日から「公益財団法人」格に移行し、名称も「<strong>公益財団法人 ワグナー・ナンドール記念財団：</strong><a href="http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html">http://www3.ocn.ne.jp/~wagner/TOP.html</a>」として、新たな展開が始まり、その第一回理事会が開催されました。</p>
<div id="attachment_9004" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010477.jpg"><img class="size-medium wp-image-9004" title="p1010477" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010477-500x375.jpg" alt="財団建物前の新しい看板" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">財団建物前の新しい看板</p></div>
<p>　今年の春の展覧会は、地震の影響で彫刻が数作品か倒れたために、「休館」となりました。たくさんの問い合わせのお電話も頂いたようですが、秋に向けての修復も進んでいますので楽しみです。</p>
<div id="attachment_9005" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010476.jpg"><img class="size-medium wp-image-9005" title="p1010476" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010476-375x500.jpg" alt="今年春の展示会は震災の影響で中止" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">今年春の展示会は震災の影響で中止</p></div>
<p>　益子・宇都宮市内・近郊では、建物等にも随分被害があったようですが、全てを夫婦で建設した財団建物は驚くほど壊れていません。ワグナー・ナンドールの設計哲学・リスクマネジメントを証明する結果となりました。大きな政変を自らの命を掛けて生きた人物のたくましさを、敷地内をちよ理事長と一緒に歩きながら、今回あらためて感じました。</p>
<div class="style_1">
<p class="paragraph_style_1" style="line-height: 27px; padding-top: 0pt;">　「私は文化、宗教などの相違点よりも、各々の共通点を探しているのです。</p>
<p class="paragraph_style_1" style="line-height: 27px; padding-top: 0pt;">　共通点を通してしか、お互いに近づくことは出来ないのです。」</p>
<p class="paragraph_style_1" style="line-height: 27px; padding-top: 0pt;">　　『哲学の庭』　　於　益子　　ワグナー・ナンドール</p>
</div>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>特別企画、「皇帝の愛したガラス」</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9080</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9080#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 24 Jun 2011 23:27:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9080</guid>
		<description><![CDATA[　札幌の北海道立近代美術館（http://www.aurora-net.or.jp/art/dokinbi/）で特別企画「皇帝の愛したガラス：http://www.aurora-net.or.jp/art/dokinbi/exhi/special/11/hermitage.html」が開催されています。
　ロシア・国立エルミタージュ美術館（http://hermitagemusic-japan.org/museum.php）所蔵の2,000点を超えるガラス・コレクションから、ルネサンス期に花開いたヴェネツィアのガラス、ボヘミア、イギリス、スペイン、18世紀以降にロシア皇帝室ガラス工場で製造されたインテリア等、189点の特別展示です。サブタイトルには「ヨーロッパからロシアへ、ガラスの美500年」とあります。
 　ロシア・サンクトペテルブルクには、私は1994年でしたか、モスクワから夜行列車で訪問しました。朝早くの「ロシアンティー」が忘れられませんね。ネヴァ川の畔にある旧「冬の宮殿」エルミタージュ美術館は、建物自体、及びロマノフ王朝エカテリーナ二世のコレクション等、その壮麗さに感動しました。ソビエト連邦崩壊後間もなくで、まだまだ混乱していた時期ですが、ロマノフ王朝の底力とでも言うのか、重厚な揺るぎない芸術・文化の地盤を感じた気がします。その時の写真も探してみて、ここに掲載出来ればと思います。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　札幌の北海道立近代美術館（<a href="http://www.aurora-net.or.jp/art/dokinbi/">http://www.aurora-net.or.jp/art/dokinbi/</a>）で特別企画「<strong>皇帝の愛したガラス：</strong><a href="http://www.aurora-net.or.jp/art/dokinbi/exhi/special/11/hermitage.html"><strong>http://www.aurora-net.or.jp/art/dokinbi/exhi/special/11/hermitage.html</strong></a>」が開催されています。</p>
<p>　ロシア・国立エルミタージュ美術館（<a href="http://hermitagemusic-japan.org/museum.php">http://hermitagemusic-japan.org/museum.php</a>）所蔵の2,000点を超えるガラス・コレクションから、ルネサンス期に花開いたヴェネツィアのガラス、ボヘミア、イギリス、スペイン、18世紀以降にロシア皇帝室ガラス工場で製造されたインテリア等、189点の特別展示です。サブタイトルには「<strong>ヨーロッパからロシアへ、ガラスの美500年</strong>」とあります。</p>
<div id="attachment_9081" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010484.jpg"><img class="size-medium wp-image-9081" title="p1010484" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010484-500x375.jpg" alt="道立近代美術館入り口で" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">道立近代美術館入り口で</p></div>
<p> 　ロシア・サンクトペテルブルクには、私は1994年でしたか、モスクワから夜行列車で訪問しました。朝早くの「ロシアンティー」が忘れられませんね。ネヴァ川の畔にある旧「冬の宮殿」エルミタージュ美術館は、建物自体、及びロマノフ王朝エカテリーナ二世のコレクション等、その壮麗さに感動しました。ソビエト連邦崩壊後間もなくで、まだまだ混乱していた時期ですが、ロマノフ王朝の底力とでも言うのか、重厚な揺るぎない芸術・文化の地盤を感じた気がします。その時の写真も探してみて、ここに掲載出来ればと思います。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>66回目の6・23</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9113</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9113#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 23 Jun 2011 04:50:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9113</guid>
		<description><![CDATA[　今年は66回目の沖縄「慰霊の日」です（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4402）。
　1年を経ても日米安保条約に基づく沖縄基地問題は、転換を迎えてはいません。
http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8525
http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4575
　「歴史から学ぶ」、今こそ実践したいですね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　今年は66回目の<strong>沖縄「慰霊の日</strong>」です（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4402">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4402</a>）。</p>
<p>　1年を経ても日米安保条約に基づく沖縄基地問題は、転換を迎えてはいません。</p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8525">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8525</a></p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4575">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4575</a></p>
<p>　「歴史から学ぶ」、今こそ実践したいですね。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>この世代の幸せのために！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9074</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9074#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 20 Jun 2011 22:33:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9074</guid>
		<description><![CDATA[　相変わらずの政治の無策・不毛、立法府としての国会の使命を自ら放棄する議員たち、従来型の無自覚なマスメディア、ただ権力・権益にこびる多くの研究者たち、しかしながら、このような現実をただ憤り、或いは傍観している市民ばかりでは無いことを私は知っています。　
＜6月22日追記＞　秋山財団で、市民活動助成・ネットワーク形成事業助成の選考委員を担って頂いている帯広の湯浅優子さんからメールがあり、5月の緊急シンポジウム報告も記載されています（http://www.slowfood-friends.org/）
　4月5日のこの欄（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8079）で引用したように、「すべては『子ども』の為に」をあらためて感じている昨今で、勿論ここで言う「子ども」は、自分の子ども・孫のみならず、世代の象徴としての意味合いです。
　ジッと見つめる無垢な眼差し、3・11の晩、仕事場から数時間も都内を歩き続けた妊婦から今、この世に生まれた命の叫びに思いを馳せながら、この子たちの世代に、多大な国の負債、放射線汚染物質をつけ回さない努力、それは戦後日本を生きた我々の世代の責任なのだと思います。「個人の尊厳」、「自由」と言っていたものはただの安っぽい「私生活主義」だったのではないか、そば打ちと旅行三昧の定年後の生活で本当にいいのか、1960年代後半・70年代に主張したメッセージを今どう考えるのか、与えられ恵まれた環境をただ消費してきた世代！等、若い世代からの厳しい問いかけに応えなければなりません。
　先日テレビ出演していた、「地雷廃絶日本キャンペーン：http://www.jcbl-ngo.org/」の運営委員でもある中央大学の目加田説子（もとこ）教授が、今回の原発事故を「放射能公害」とズバリ指摘していました。「水俣」と酷似する構図から、私たちは事故検証、責任追及、被災者救済、今後の方向転換等、多大な犠牲から学んだ解決策をできるだけ迅速に提起する必要があります。今、その立場にいる、いないにかかわらず、自分にできることを自分のフィールドで実践し続ける、あらためてそう心に決めています。
　大変月並みな表現なのですが、、「すべては『子ども』の為に」なのでしょうね！！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　相変わらずの政治の無策・不毛、立法府としての国会の使命を自ら放棄する議員たち、従来型の無自覚なマスメディア、ただ権力・権益にこびる多くの研究者たち、しかしながら、このような現実をただ憤り、或いは傍観している市民ばかりでは無いことを私は知っています。　</p>
<p>＜6月22日追記＞　秋山財団で、市民活動助成・ネットワーク形成事業助成の選考委員を担って頂いている帯広の湯浅優子さんからメールがあり、5月の緊急シンポジウム報告も記載されています（<a href="http://www.slowfood-friends.org/">http://www.slowfood-friends.org/</a>）</p>
<p>　4月5日のこの欄（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8079">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8079</a>）で引用したように、「すべては『子ども』の為に」をあらためて感じている昨今で、勿論ここで言う「子ども」は、自分の子ども・孫のみならず、世代の象徴としての意味合いです。</p>
<div id="attachment_9077" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p10104831.jpg"><img class="size-medium wp-image-9077" title="p10104831" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p10104831.jpg" alt="2050年、42歳のこの子たちのために" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">2050年、42歳のこの子たち</p></div>
<div id="attachment_9076" class="wp-caption alignnone" style="width: 250px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p2011_0619_101137.jpg"><img class="size-medium wp-image-9076" title="p2011_0619_101137" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p2011_0619_101137.jpg" alt="今、生まれた命のために" width="240" height="320" /></a><p class="wp-caption-text">19日朝に生まれた「いのち」</p></div>
<p>　ジッと見つめる無垢な眼差し、3・11の晩、仕事場から数時間も都内を歩き続けた妊婦から今、この世に生まれた命の叫びに思いを馳せながら、この子たちの世代に、多大な国の負債、放射線汚染物質をつけ回さない努力、それは戦後日本を生きた我々の世代の責任なのだと思います。「個人の尊厳」、「自由」と言っていたものはただの安っぽい「私生活主義」だったのではないか、そば打ちと旅行三昧の定年後の生活で本当にいいのか、1960年代後半・70年代に主張したメッセージを今どう考えるのか、与えられ恵まれた環境をただ消費してきた世代！等、若い世代からの厳しい問いかけに応えなければなりません。</p>
<p>　先日テレビ出演していた、「地雷廃絶日本キャンペーン：<a href="http://www.jcbl-ngo.org/">http://www.jcbl-ngo.org/</a>」の運営委員でもある中央大学の目加田説子（もとこ）教授が、今回の原発事故を「<strong>放射能公害</strong>」とズバリ指摘していました。「水俣」と酷似する構図から、私たちは事故検証、責任追及、被災者救済、今後の方向転換等、多大な犠牲から学んだ解決策をできるだけ迅速に提起する必要があります。今、その立場にいる、いないにかかわらず、自分にできることを自分のフィールドで実践し続ける、あらためてそう心に決めています。</p>
<p>　大変月並みな表現なのですが、、「<strong>すべては『子ども』の為に</strong>」なのでしょうね！！</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?feed=rss2&amp;p=9074</wfw:commentRss>
		</item>
		<item>
		<title>激動の時代を拓く人間力を！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8942</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8942#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 18 Jun 2011 22:45:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8942</guid>
		<description><![CDATA[　新渡戸・南原賞（http://www.akiyama-foundation.org/nitobe/）の第二回受賞者、湊晶子（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7346）先生は、東京女子大学（http://office.twcu.ac.jp/info/index.html）の学長を2002年から2010年までの8年間お務めになりました。
　この度、「これからの日本を、また世界を担ってくださる若い皆さまの心に届いてほしいと願いつつ、心をこめて作成しました。たとえどのような苦境の中にありましても、希望をもって人生の途上を前進してほしいと願ってやみません」と、緊急私費出版されました。「卒業したあなたへ、入学したあなたへ、激動の時代を拓く人間力を！」です。
　新渡戸稲造先生について、これまでこの欄には何回も書いてきました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%96%B0%E6%B8%A1%E6%88%B8%E7%A8%B2%E9%80%A0）が、湊先生のこの著書の中で、随所に新渡戸稲造先生の言葉が引用されています。　
＊　「日本人に最も欠けているものはPersonality（人格）の観念であり、PersonalityのないところにはResponsibility（責任）は生じない」
＊　「知ること（to know）」よりも「実行すること（to do）」、「実行すること」よりも「存在すること（to be）」が重要である
＊　リベラル・アーツ教育について：「内観外望」の中で、「学問の第一の目的は人の心をリベラライズ（自由）するということ、エマンシペイト（解放）することである」
 
　添えられた湊先生からのお手紙には、「・・・・・・第一線を退いた私にも何かできないかと思いを巡らしていた時に、8年間の学長時代に、卒業式・入学式で語ったメッセージを小冊子にして、これからの日本を背負って下さる若い方々に届けたいという思いが湧きあがってきました。被災地の復興のために用いて頂きたく私費出版致しました。全て被災地の復興のために捧げさせて頂く所存です。一日も早い復興を祈りつつ、心をこめて作成致しました。・・・・・・・」、そして最後に、「新渡戸先生のご功績を世に広める責任があると思っています。」と結ばれていました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　新渡戸・南原賞（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/nitobe/">http://www.akiyama-foundation.org/nitobe/</a>）の第二回受賞者、湊晶子（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7346">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7346</a>）先生は、東京女子大学（<a href="http://office.twcu.ac.jp/info/index.html">http://office.twcu.ac.jp/info/index.html</a>）の学長を2002年から2010年までの8年間お務めになりました。</p>
<p>　この度、「これからの日本を、また世界を担ってくださる若い皆さまの心に届いてほしいと願いつつ、心をこめて作成しました。たとえどのような苦境の中にありましても、希望をもって人生の途上を前進してほしいと願ってやみません」と、緊急私費出版されました。「<strong>卒業したあなたへ、入学したあなたへ、激動の時代を拓く人間力を！」</strong>です。</p>
<p>　新渡戸稲造先生について、これまでこの欄には何回も書いてきました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%96%B0%E6%B8%A1%E6%88%B8%E7%A8%B2%E9%80%A0">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?s=%E6%96%B0%E6%B8%A1%E6%88%B8%E7%A8%B2%E9%80%A0</a>）が、湊先生のこの著書の中で、随所に新渡戸稲造先生の言葉が引用されています。　</p>
<p>＊　「日本人に最も欠けているものはPersonality（人格）の観念であり、PersonalityのないところにはResponsibility（責任）は生じない」</p>
<p>＊　「知ること（to know）」よりも「実行すること（to do）」、「実行すること」よりも「存在すること（to be）」が重要である</p>
<p>＊　リベラル・アーツ教育について：「内観外望」の中で、「学問の第一の目的は人の心をリベラライズ（自由）するということ、エマンシペイト（解放）することである」</p>
<p> </p>
<p>　添えられた湊先生からのお手紙には、「・・・・・・第一線を退いた私にも何かできないかと思いを巡らしていた時に、8年間の学長時代に、卒業式・入学式で語ったメッセージを小冊子にして、これからの日本を背負って下さる若い方々に届けたいという思いが湧きあがってきました。被災地の復興のために用いて頂きたく私費出版致しました。全て被災地の復興のために捧げさせて頂く所存です。一日も早い復興を祈りつつ、心をこめて作成致しました。・・・・・・・」、そして最後に、「新渡戸先生のご功績を世に広める責任があると思っています。」と結ばれていました。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>大盛況！東京六華（りっか）同窓会</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9007</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9007#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 15 Jun 2011 23:48:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9007</guid>
		<description><![CDATA[ 　「東京六華同窓会：http://www.tokyorikka.jp/」の年次総会・懇親会が、500名以上の出席で今年も九段下で開催されました。昨年は、山崎葵さん、横田滋さんも出席されました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4447）。HPには、会員登録数約1600名、「首都圏を中心に本州各地と北海道、及び外国に在住する同窓生等の親睦を深め友好の和を拡げることを目的として運営・維持されています。明治38年創立以来、長い歴史を誇り、平成17年には100周年を迎えました」と記載されています。
　この会は、「六華同窓会:http://www.rikka.net/」（近藤龍夫会長、私が幹事長、事務局は札幌南高）内の組織ですが、上記地域に在住する同窓生等が年会費を納める会費制によって運営・維持されています。「両者は互いに密接に連携・協力しあって同窓会活動を進めております」とも書かれています。
 　毎年お元気な札幌一中の同窓生です。誇り高い一中校歌を唄う姿から、私たちも元気をもらいます。今年はとりわけ、「一中校歌指導」もあり、参加者全員で唄いました。私は高校1年生の時、音楽を選択していたので、当時の先生からこの校歌と応援歌を教えてもらい、今もはっきり覚えています、面白いですね歌というのも。
　今年のテーマは「なまら贅沢！六華のとき―再会・感動・誇り―」で、特集１）仮装卒業式の40年史、特集２）卒業アルバムの今昔、それぞれから垣間見る時代が面白かったですね。そして最後は、今年10月の札幌での「六華同窓会」幹事当番期、南36期の皆さんの登場でした。
　老若男女、一つの学校の歴史で絆を確認する、故郷のノスタルジアを越えた素晴らしい「場」の創出でした！！！
　歌といえば、つい先日観た「アメイジング・グレイス：http://www.amazing-movie.jp/」も良かったです。議会制民主主義の国の200年前の姿、それでも今の日本より「真摯に課題に向き合う議会」でもありますね。実話に基づいた素晴らしい作品で、この曲をまた違った感慨をもって聴くことができそうです。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p> 　「東京六華同窓会：<a href="http://www.tokyorikka.jp/">http://www.tokyorikka.jp/</a>」の年次総会・懇親会が、500名以上の出席で今年も九段下で開催されました。昨年は、山崎葵さん、横田滋さんも出席されました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4447">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4447</a>）。HPには、会員登録数約1600名、「<strong>首都圏を中心に本州各地と北海道、及び外国に在住する同窓生等の親睦を深め友好の和を拡げることを目的として運営・維持されています。明治38年創立以来、長い歴史を誇り、平成17年には100周年を迎えました</strong>」と記載されています。</p>
<p>　この会は、「六華同窓会:http://www.rikka.net/」（近藤龍夫会長、私が幹事長、事務局は札幌南高）内の組織ですが、上記地域に在住する同窓生等が年会費を納める会費制によって運営・維持されています。「両者は互いに密接に連携・協力しあって同窓会活動を進めております」とも書かれています。</p>
<div id="attachment_9008" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010481.jpg"><img class="size-medium wp-image-9008" title="p1010481" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010481-500x375.jpg" alt="札幌一中出身の大先輩の皆さま、誇り高く校歌を唄う！" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">札幌一中出身の大先輩の皆さま、誇り高く校歌を唄う！</p></div>
<p> 　毎年お元気な札幌一中の同窓生です。誇り高い一中校歌を唄う姿から、私たちも元気をもらいます。今年はとりわけ、「一中校歌指導」もあり、参加者全員で唄いました。私は高校1年生の時、音楽を選択していたので、当時の先生からこの校歌と応援歌を教えてもらい、今もはっきり覚えています、面白いですね歌というのも。</p>
<p>　今年のテーマは「<strong>なまら贅沢！六華のとき―再会・感動・誇り―」</strong>で、特集１）仮装卒業式の40年史、特集２）卒業アルバムの今昔、それぞれから垣間見る時代が面白かったですね。そして最後は、今年10月の札幌での「六華同窓会」幹事当番期、南36期の皆さんの登場でした。</p>
<div id="attachment_9009" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010482.jpg"><img class="size-medium wp-image-9009" title="p1010482" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010482-500x375.jpg" alt="札幌の六華同窓会・幹事当番期（南36期）の福沢委員長ほか" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">札幌の六華同窓会・幹事当番期（南36期）の福沢委員長ほか</p></div>
<p>　老若男女、一つの学校の歴史で絆を確認する、故郷のノスタルジアを越えた素晴らしい「場」の創出でした！！！</p>
<p>　歌といえば、つい先日観た「アメイジング・グレイス：<a href="http://www.amazing-movie.jp/">http://www.amazing-movie.jp/</a>」も良かったです。議会制民主主義の国の200年前の姿、それでも今の日本より「真摯に課題に向き合う議会」でもありますね。実話に基づいた素晴らしい作品で、この曲をまた違った感慨をもって聴くことができそうです。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>エネルギーシフトで New Japan！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9019</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9019#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 14 Jun 2011 00:44:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9019</guid>
		<description><![CDATA[　首相官邸において、「これからの自然エネルギーへの大シフトを目指して」の公開会議（http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg4972.html）が開催されました。一堂に集まって総理との懇談会、率直な意見と提言を行い、「これから、どう自然エネルギーを普及させていけばよいか」について、積極的な意見交換でした。新たな試みとして、この会議の模様はインターネットを通じて動画中継を行い、ツイッターでの質問を受けることにより、テーマに関心あるすべての国民とメディアがリアルタイムで参加できる「オープン懇談会」となりました。5万人以上の方々がライブで視聴し、8万人の方々がその後もアクセスが続いているようです。参加有識者（五十音順）は、次の方々でした。
　・ 枝廣淳子　環境ジャーナリスト（資料：http://t.co/lXzfn7Y）
　・ 岡田武史　元サッカー日本代表監督
　・ 小林武史　ap bank代表理事
　・ 坂本龍一　ミュージシャン（ビデオメッセージによる参加）
　・ 孫　正義　ソフトバンク社長（資料：http://minnade-ganbaro.jp/res/presentation/2011/0422.pdf）
［司会］藤沢久美　シンクタンク・ソフィアバンク副代表
 
　その前日、「6・11 New Japan！」、全世界100か所・100万人以上でこの日開催されて、10数ヶ国、60を越える地域からの中継も行われました。インディペンデントメディアにより、全編で10時間を越える録画です、新しい世代による新しい表現ですね。この企画のテーマソングにもなりましたが、齊藤和義さんの唄もいいです！（http://www.youtube.com/watch?v=b01yohRgfyc&#38;feature=related）
1/4　http://www.ustream.tv/recorded/15299170
2/4　http://www.ustream.tv/recorded/15303240
3/4　http://www.ustream.tv/recorded/15306642
4/4　http://www.ustream.tv/recorded/15309276
　 翌日の全国の新聞やニュースなど報道で、この2万人の新宿アルタ前のデモなどがほとんど報道されなかったのも、また日本の現実のようです。朝日新聞、北海道新聞には、デモの様子など中心に大きくはないですが掲載されていましたが。この番組の出演者（一部・VTR含）は次の方々です： 岩上安身、前田真理、斉藤和義、池田香代子、森ゆうこ、保坂展人、木野龍逸、日隅一雄、孫崎　亨、武田邦彦、広瀬　隆、岩井俊二、藤波　心、小林武史、湯川礼子、河野太郎、松田美由紀、石井麻木、飯田哲也、キャンルジュン、一青窈 、マエキタミヤコ、福島瑞穂、おしどり夫婦、小出裕章
　一方海外向けにも発信されています（http://www.youtube.com/uniontube55?gl=JP&#38;hl=ja）。
 
　このところ都内の地下鉄駅改札では、こんな電光掲示板も見かけます、先日の東京駅丸の内口でも同じものでしょうかね。
　来月からの節電体制に向けて、企業系もいろいろな工夫を始めています。15％が国の要請目標ですが、かなりの企業はそれを上回る目標を掲げて知恵を出していますね。これまで２回の石油危機を乗り越えた日本企業は、その後、飛躍的に国際競争力をつけました。今回もこれをきっかけに力をつけて貰いたいですね、簡単に「どうしたらいいか苦慮している」などとは言って貰いたくないですね。首相官邸で岡田元監督がおっしゃっていましたが、日本人の現場レベルの高い把握能力、折り合いをつけての迅速な解決能力等の国民性レベルを考えると、必ず乗り越えて新たな競争力を獲得すると思います！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　首相官邸において、「これからの自然エネルギーへの大シフトを目指して」の公開会議（<a href="http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg4972.html">http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg4972.html</a>）が開催されました。一堂に集まって総理との懇談会、率直な意見と提言を行い、「これから、どう自然エネルギーを普及させていけばよいか」について、積極的な意見交換でした。新たな試みとして、この会議の模様はインターネットを通じて動画中継を行い、ツイッターでの質問を受けることにより、テーマに関心あるすべての国民とメディアがリアルタイムで参加できる「オープン懇談会」となりました。5万人以上の方々がライブで視聴し、8万人の方々がその後もアクセスが続いているようです。参加有識者（五十音順）は、次の方々でした。</p>
<p>　・ 枝廣淳子　環境ジャーナリスト（資料：<a href="http://t.co/lXzfn7Y">http://t.co/lXzfn7Y</a>）<br />
　・ 岡田武史　元サッカー日本代表監督<br />
　・ 小林武史　ap bank代表理事<br />
　・ 坂本龍一　ミュージシャン（ビデオメッセージによる参加）<br />
　・ 孫　正義　ソフトバンク社長（資料：<a href="http://minnade-ganbaro.jp/res/presentation/2011/0422.pdf">http://minnade-ganbaro.jp/res/presentation/2011/0422.pdf</a>）</p>
<p>［司会］藤沢久美　シンクタンク・ソフィアバンク副代表</p>
<p> </p>
<p>　その前日、「6・11 New Japan！」、全世界100か所・100万人以上でこの日開催されて、10数ヶ国、60を越える地域からの中継も行われました。インディペンデントメディアにより、全編で10時間を越える録画です、新しい世代による新しい表現ですね。この企画のテーマソングにもなりましたが、齊藤和義さんの唄もいいです！（<a href="http://www.youtube.com/watch?v=b01yohRgfyc&amp;feature=related">http://www.youtube.com/watch?v=b01yohRgfyc&amp;feature=related</a>）</p>
<p>1/4　<a href="http://www.ustream.tv/recorded/15299170">http://www.ustream.tv/recorded/15299170</a><br />
2/4　<a href="http://www.ustream.tv/recorded/15303240">http://www.ustream.tv/recorded/15303240</a><br />
3/4　<a href="http://www.ustream.tv/recorded/15306642">http://www.ustream.tv/recorded/15306642</a><br />
4/4　<a href="http://www.ustream.tv/recorded/15309276">http://www.ustream.tv/recorded/15309276</a></p>
<p>　 翌日の全国の新聞やニュースなど報道で、この2万人の新宿アルタ前のデモなどがほとんど報道されなかったのも、また日本の現実のようです。朝日新聞、北海道新聞には、デモの様子など中心に大きくはないですが掲載されていましたが。この番組の出演者（一部・VTR含）は次の方々です： <strong>岩上安身、前田真理、斉藤和義、池田香代子、森ゆうこ、保坂展人、木野龍逸、日隅一雄、孫崎　亨、武田邦彦、広瀬　隆、岩井俊二、藤波　心、小林武史、湯川礼子、河野太郎、松田美由紀、石井麻木、飯田哲也、キャンルジュン、一青窈 、マエキタミヤコ、福島瑞穂、おしどり夫婦、小出裕章</strong></p>
<p>　一方海外向けにも発信されています（<a href="http://www.youtube.com/uniontube55?gl=JP&amp;hl=ja">http://www.youtube.com/uniontube55?gl=JP&amp;hl=ja</a>）。</p>
<p> </p>
<p>　このところ都内の地下鉄駅改札では、こんな電光掲示板も見かけます、先日の東京駅丸の内口でも同じものでしょうかね。</p>
<div id="attachment_9021" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010478.jpg"><img class="size-medium wp-image-9021" title="p1010478" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010478-500x375.jpg" alt="地下鉄駅改札口で" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">地下鉄駅改札口で</p></div>
<p>　来月からの節電体制に向けて、企業系もいろいろな工夫を始めています。15％が国の要請目標ですが、かなりの企業はそれを上回る目標を掲げて知恵を出していますね。これまで２回の石油危機を乗り越えた日本企業は、その後、飛躍的に国際競争力をつけました。今回もこれをきっかけに力をつけて貰いたいですね、簡単に「どうしたらいいか苦慮している」などとは言って貰いたくないですね。首相官邸で岡田元監督がおっしゃっていましたが、日本人の現場レベルの高い把握能力、折り合いをつけての迅速な解決能力等の国民性レベルを考えると、必ず乗り越えて新たな競争力を獲得すると思います！</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?feed=rss2&amp;p=9019</wfw:commentRss>
		</item>
		<item>
		<title>ポロクル発表会</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9000</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9000#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 12 Jun 2011 22:54:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=9000</guid>
		<description><![CDATA[　（株）ドーコン（http://www.docon.jp/）は、ポロクル事業推進するために、「株式会社ドーコンモビリティデザイン：http://dmd.docon.jp/」を今年4月1日設立しました。以下、HPからの引用です。



■株式会社ドーコンモビリティデザインの会社概要



商　　　 　号
：
株式会社ドーコンモビリティデザイン



英 語 表 記
：
Docon Mobility Design Co.,Ltd.　　 略称 ＤＭＤ（ディ・エム・ディ）



本社所在地
：
札幌市厚別区厚別中央1条5丁目4番1号　Docon新札幌ビル



設　　　　 立
：
平成23年4月1日



資　 本 　金
：
3千万円(㈱ドーコンの100％出資)



代　 表 　者
：
代表取締役社長　安江 哲



事 業 概 要
：
自転車に関する共同利用サービスの企画、調査、運営、販売、賃貸







※本サービスの概要は(http://porocle.jp/)をご参照ください。






　■社名の由来



　モビリティとは移動性（＝移動のしやすさ）のことです。モビリティデザインとは、移動のしやすさや移動そのものをデザインするといった意味を持っています。株式会社ドーコンモビリティデザインは、都市や地域における移動のしやすさを追求し、豊かな人間環境の創造に貢献したいと考えています。



　先日、事業の発表会と会社設立感謝会が盛大に開催されました。
 　昨年にはこれに先立つ社会実験（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4348）、フォーラム（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5132）も開催されました。
　札幌市は先月、自転車利用総合計画（http://www.city.sapporo.jp/sogokotsu/shisaku/jitennsya/jitensya-keikaku.html）を策定しました。私もこのパブリックコメントに投稿しましたが（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7999）、残念ながら相変わらずの「役所的仕分け」で細切りにされて、私が訴求した「総合的」な理念の指摘には回答が無かったですね、彼らは「お答えしました」というのでしょうが。
　新しい交通手段としての自転車利用、札幌市は比較優位性が十分あることは間違いありません、ここで活用しないでどこでするんだ、大いに期待したいです！！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　（株）ドーコン（<a href="http://www.docon.jp/">http://www.docon.jp/</a>）は、ポロクル事業推進するために、「株式会社ドーコンモビリティデザイン：<a href="http://dmd.docon.jp/">http://dmd.docon.jp/</a>」を今年4月1日設立しました。以下、HPからの引用です。</p>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" width="580">
<tbody>
<tr>
<td colspan="4" valign="top"><strong>■株式会社ドーコンモビリティデザインの会社概要</strong></td>
</tr>
<tr>
<td valign="top"><img src="http://www.akiyama-foundation.org/common/spacer.gif" alt="" width="8" height="1" /></td>
<td width="70" valign="top">商　　　 　号</td>
<td width="5" valign="top">：</td>
<td valign="top">株式会社ドーコンモビリティデザイン</td>
</tr>
<tr>
<td valign="top"><img src="http://www.akiyama-foundation.org/common/spacer.gif" alt="" width="8" height="1" /></td>
<td valign="top">英 語 表 記</td>
<td width="5" valign="top">：</td>
<td valign="top">Docon Mobility Design Co.,Ltd.　　 略称 ＤＭＤ（ディ・エム・ディ）</td>
</tr>
<tr>
<td valign="top"><img src="http://www.akiyama-foundation.org/common/spacer.gif" alt="" width="8" height="1" /></td>
<td valign="top">本社所在地</td>
<td width="5" valign="top">：</td>
<td valign="top">札幌市厚別区厚別中央1条5丁目4番1号　Docon新札幌ビル</td>
</tr>
<tr>
<td valign="top"><img src="http://www.akiyama-foundation.org/common/spacer.gif" alt="" width="8" height="1" /></td>
<td valign="top">設　　　　 立</td>
<td width="5" valign="top">：</td>
<td valign="top">平成23年4月1日</td>
</tr>
<tr>
<td valign="top"><img src="http://www.akiyama-foundation.org/common/spacer.gif" alt="" width="8" height="1" /></td>
<td valign="top">資　 本 　金</td>
<td width="5" valign="top">：</td>
<td valign="top">3千万円(㈱ドーコンの100％出資)</td>
</tr>
<tr>
<td valign="top"><img src="http://www.akiyama-foundation.org/common/spacer.gif" alt="" width="8" height="1" /></td>
<td valign="top">代　 表 　者</td>
<td width="5" valign="top">：</td>
<td class="size10" valign="top">代表取締役社長　安江 哲</td>
</tr>
<tr>
<td valign="top"><img src="http://www.akiyama-foundation.org/common/spacer.gif" alt="" width="8" height="1" /></td>
<td valign="top">事 業 概 要</td>
<td width="5" valign="top">：</td>
<td valign="top">自転車に関する共同利用サービスの企画、調査、運営、販売、賃貸</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" width="580">
<tbody>
<tr>
<td valign="top"><img src="http://www.akiyama-foundation.org/common/spacer.gif" alt="" width="8" height="1" /></td>
<td valign="top">※本サービスの概要は(<a href="http://porocle.jp/" target="_blank">http://porocle.jp/</a>)をご参照ください。</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<table border="0" cellspacing="0" cellpadding="0" width="580">
<tbody>
<tr>
<td colspan="4" valign="top">　<strong>■社名の由来</strong></td>
</tr>
<tr>
<td valign="top"><img src="http://www.akiyama-foundation.org/common/spacer.gif" alt="" width="8" height="1" /></td>
<td class="size10" colspan="3" valign="top">　モビリティとは移動性（＝移動のしやすさ）のことです。モビリティデザインとは、移動のしやすさや移動そのものをデザインするといった意味を持っています。株式会社ドーコンモビリティデザインは、都市や地域における移動のしやすさを追求し、豊かな人間環境の創造に貢献したいと考えています。</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<div class="mceTemp">　先日、事業の発表会と会社設立感謝会が盛大に開催されました。</div>
<div id="attachment_9001" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010471.jpg"><img class="size-medium wp-image-9001" title="p1010471" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010471-500x375.jpg" alt="挨拶する安江社長" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">挨拶する安江社長</p></div>
<p> 　昨年にはこれに先立つ社会実験（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4348">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4348</a>）、フォーラム（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5132">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=5132</a>）も開催されました。</p>
<p>　札幌市は先月、自転車利用総合計画（<a href="http://www.city.sapporo.jp/sogokotsu/shisaku/jitennsya/jitensya-keikaku.html">http://www.city.sapporo.jp/sogokotsu/shisaku/jitennsya/jitensya-keikaku.html</a>）を策定しました。私もこのパブリックコメントに投稿しましたが（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7999">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7999</a>）、残念ながら相変わらずの「役所的仕分け」で細切りにされて、私が訴求した「総合的」な理念の指摘には回答が無かったですね、彼らは「お答えしました」というのでしょうが。</p>
<p>　新しい交通手段としての自転車利用、札幌市は比較優位性が十分あることは間違いありません、ここで活用しないでどこでするんだ、大いに期待したいです！！</p>
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		<title>久しぶりに、Sade</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8899</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8899#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 09 Jun 2011 23:02:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8899</guid>
		<description><![CDATA[　「セイド」ではなくて「シャーデー」！
　先日東京行きのANA機内放送を聴いていたら、懐かしいボーカルに巡り合いました、「シャーデー：http://www.sade.com/gb/home/」です。もう17年くらい前でしょうか、アメリカ・ボストンのローガン空港かどこかで買ったCDを思い出しました。当時ラジオから流れる不思議な音に魅せられて、ボストンの現地法人のスタッフに尋ねたら、「Sadeと書いて『シャーデー（後ろにアクセント）』と読むの！」と言われたのを記憶しています。正確にはユニット名だそうですね、ボーカルの彼女の名前はSade Aduで、ナイジェリア出身だそうです。
　家に戻って探したら、ありました、「The best of Sade」というアルバム名（1994年ロンドンでの収録）。この画像は比較的最近のもののようですが、「Your Love is King：http://www.youtube.com/watch?v=bQWlg3Vx6xU&#38;feature=related」が印象的でしたね。アルバムには無かったのですが、こちらも素晴らしい！「No Ordinary Love ：http://www.youtube.com/watch?v=82xhLFh0Ygg&#38;feature=related」。デビュー当時の写真と今と殆ど変らないですから不思議です、年齢不詳というか。
 因みに、先日の機内での曲は新曲で、「Still in love with you ：http://en.musicplayon.com/play?v=456512&#38;Sade__Still_In_Love_With_You_2011__English__Lyrics__lyrics_Ringtone」でした。曲の雰囲気としては夜10時以降と言った感じで、落ち着きます。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「セイド」ではなくて「シャーデー」！</p>
<p>　先日東京行きのANA機内放送を聴いていたら、懐かしいボーカルに巡り合いました、「シャーデー：<a href="http://www.sade.com/gb/home/">http://www.sade.com/gb/home/</a>」です。もう17年くらい前でしょうか、アメリカ・ボストンのローガン空港かどこかで買ったCDを思い出しました。当時ラジオから流れる不思議な音に魅せられて、ボストンの現地法人のスタッフに尋ねたら、「Sadeと書いて『シャーデー（後ろにアクセント）』と読むの！」と言われたのを記憶しています。正確にはユニット名だそうですね、ボーカルの彼女の名前はSade Aduで、ナイジェリア出身だそうです。</p>
<p>　家に戻って探したら、ありました、「The best of Sade」というアルバム名（1994年ロンドンでの収録）。この画像は比較的最近のもののようですが、「<strong>Your Love is King：</strong><a href="http://www.youtube.com/watch?v=bQWlg3Vx6xU&amp;feature=related">http://www.youtube.com/watch?v=bQWlg3Vx6xU&amp;feature=related</a>」が印象的でしたね。アルバムには無かったのですが、こちらも素晴らしい！「<strong>No Ordinary Love</strong> ：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=82xhLFh0Ygg&amp;feature=related">http://www.youtube.com/watch?v=82xhLFh0Ygg&amp;feature=related</a>」。デビュー当時の写真と今と殆ど変らないですから不思議です、年齢不詳というか。</p>
<p> 因みに、先日の機内での曲は新曲で、「<strong>Still in love with you</strong> ：<a href="http://en.musicplayon.com/play?v=456512&amp;Sade__Still_In_Love_With_You_2011__English__Lyrics__lyrics_Ringtone">http://en.musicplayon.com/play?v=456512&amp;Sade__Still_In_Love_With_You_2011__English__Lyrics__lyrics_Ringtone</a>」でした。曲の雰囲気としては夜10時以降と言った感じで、落ち着きます。</p>
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		<title>ネットワーク形成のときめき！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8962</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8962#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 08 Jun 2011 23:13:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8962</guid>
		<description><![CDATA[　秋山財団の 昨年「ネットワーク形成」報告会：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4024」、「社会貢献活動助成報告会：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4242」に続いて、先日「2011年度ネットワーク形成事業助成報告会」を開催しました。
 
　今回の2010年度に取り組んだプロジェクトの報告は、3年間の活動の蓄積が感じられて、さらに今後につながる素晴らしい成果も期待できて、感動しました。応援する側にとっても、単年度支援よりも、やはり複数年助成を充実するべきとの確信を得ました。             
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～
プロジェクト１「健康自給率向上の実技市民講座」　報告者：月刊誌「しゃりばり編集長」　大沼芳徳さん（http://www.akiyama-foundation.org/network/tema01.html）

プロジェクト２「十勝農業イノベーションフォーラム十勝の大地が地球を守る～農地土壌への炭素蓄積による地球温暖化防止と地力増進～」   報告者：㈱リープス 代表取締役  鈴木善人さん（http://www.akiyama-foundation.org/network/tema04.html）
 プロジェクト３「民間企業と生産者による継続可能な特産品ブランド化計画－ ３年かけて作り上げるビジネスモデル －」   報告者：㈱北のお魚net 代表取締役  山口真佐美さん（http://www.akiyama-foundation.org/network/tema03.html）

プロジェクト４「持続可能な地域社会形成に向けての新たな公的事業活動システムのあり方についての調査研究事業」   報告者：釧路公立大学 地域経済センター長  小磯修二さん（http://www.akiyama-foundation.org/network/tema02.html）
 






プロジェクト５「日本列島の原生的森林において、伐採・環境攪乱が森林生態系及び生物多様性に及ぼす影響評価」   報告者：CONFE JAPAN  事務局長  市川守弘さん（http://www.akiyama-foundation.org/network/tema05.html）
 





プロジェクト６「世界先住民族ネットワークＡＩＮＵ」
　報告者：世界先住民族ネットワークＡＩＮＵ  事務局長  秋辺日出男さん（http://www.akiyama-foundation.org/network/tema06.html）
 　報告終了後には、当日出席した秋山財団の理事・評議員・選考委員の方々と報告者の皆さまで、意見交換会を行いました。今回集まった「ネットワーク形成」を推進してきた方々相互も今後ネットワーク形成をしよう、との提案もあり、大変実りの多いひと時でした。
　企業活動でも市民活動でも、目的とともにそれを実現する「組み立て」が必要ですよね。実現するための中期計画であり、短期実行計画であり、スタートした以降は、差異分析を含めた「PDCAサイクル：Plan-&#62;Do-&#62;Check-&#62;Action」なのだと思います。「思いつき」・「ひらめき」から「組み立て」へと、活動の進化を促す3年間助成の手応えを感じています。
　 つい先ほど、アメリカの「Council on Foundations：http://www.cof.org/」から、ネットワーキングをテーマとした会議のご案内状も届きました（http://www.cof.org/events/conferences/2011fall/preconference.cfm?eb=fc06082011#network）、グローバルにも「ネットワーク形成」がキーワードのようです！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p class="MsoNormal" style="text-align: left; margin: 0mm 0mm 0pt;">　秋山財団の 昨年「ネットワーク形成」報告会：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4024">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4024</a>」、「社会貢献活動助成報告会：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4242">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=4242</a>」に続いて、先日「<strong>2011年度ネットワーク形成事業助成報告会</strong>」を開催しました。</p>
<p class="MsoNormal" style="text-align: left; margin: 0mm 0mm 0pt;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="text-align: left; margin: 0mm 0mm 0pt;">　今回の2010年度に取り組んだプロジェクトの報告は、3年間の活動の蓄積が感じられて、さらに今後につながる素晴らしい成果も期待できて、感動しました。応援する側にとっても、単年度支援よりも、やはり複数年助成を充実するべきとの確信を得ました。<span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;;"><span style="font-size: small;"><span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes;">     </span><span style="mso-spacerun: yes;">    </span><span style="mso-spacerun: yes;">    </span></span></span></span></p>
<p><span style="font-size: small;"><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;;">～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</span></strong></span></p>
<p><span style="font-size: small;"><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;;">プロジェクト１</span></strong><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-bidi-font-size: 7.0pt;">「健康自給率向上の実技市民講座」</span></strong></span><span style="font-size: small;"><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-bidi-font-size: 7.0pt;">　</span></strong></span><span style="font-size: small;"><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-bidi-font-size: 7.0pt;">報告者：月刊誌「しゃりばり編集長」　</span></strong></span><span style="font-size: small;"><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-bidi-font-size: 7.0pt;">大沼芳徳さん（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/network/tema01.html">http://www.akiyama-foundation.org/network/tema01.html</a>）</span></strong><strong></strong></span></p>
<tbody></tbody>
<p><span style="font-size: small;"><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;;">プロジェクト２「</span></strong><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-bidi-font-size: 7.0pt;">十勝農業イノベーションフォーラム十勝の大地が地球を守る～農地土壌への炭素蓄積に</span></strong></span><span style="font-size: small;"><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-bidi-font-size: 7.0pt;">よる地球温暖化防止と地力増進～</span></strong><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;;">」 <span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes;">  </span></span>報告者：㈱リープス 代表取締役<span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes;">  </span></span>鈴木善人さん（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/network/tema04.html">http://www.akiyama-foundation.org/network/tema04.html</a>）</span></strong></span></p>
<div id="attachment_8921" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010466.jpg"><img class="size-medium wp-image-8921" title="p1010466" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010466.jpg" alt="The Earth Cafe Project" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">The Earth Cafe Project</p></div>
<p> <span style="font-size: small;"><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;;">プロジェクト３「</span></strong><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-bidi-font-size: 7.0pt;">民間企業と生産者による継続可能な特産品ブランド化計画－ ３年かけて作り上げる</span></strong></span><span style="font-size: small;"><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-bidi-font-size: 7.0pt;">ビジネスモデル －</span></strong><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;;">」<span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes;">  </span><span style="mso-spacerun: yes;"> </span></span>報告者：㈱北のお魚<span lang="EN-US">net </span>代表取締役<span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes;">  </span></span>山口真佐美さん（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/network/tema03.html">http://www.akiyama-foundation.org/network/tema03.html</a>）</span></strong></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-size: small;"><strong></strong></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-size: small;"><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;;">プロジェクト４「</span></strong><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-bidi-font-size: 7.0pt;">持続可能な地域社会形成に向けての新たな公的事業活動システムのあり方についての</span></strong></span><span style="font-size: small;"><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-bidi-font-size: 7.0pt;">調査研究事業</span></strong><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;;">」 <span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes;">  </span></span>報告者：釧路公立大学 地域経済センター長<span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes;">  </span></span>小磯修二さん（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/network/tema02.html">http://www.akiyama-foundation.org/network/tema02.html</a>）</span></strong></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong></strong></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong></strong></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong></strong></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong></strong></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong></strong></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-size: small;"><strong></strong></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><span style="font-size: small;"><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;;">プロジェクト５「</span></strong><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; mso-bidi-font-size: 7.0pt;">日本列島の原生的森林において、伐採・環境攪乱が森林生態系及び生物多様性に及ぼす影響評価</span></strong><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;;">」 <span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes;">  </span></span>報告者：<span lang="EN-US">CONFE JAPAN<span style="mso-spacerun: yes;">  </span></span>事務局長<span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes;">  </span></span>市川守弘さん（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/network/tema05.html">http://www.akiyama-foundation.org/network/tema05.html</a>）</span></strong></span></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"> </p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong></strong></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong></strong></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong></strong></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong></strong></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong></strong></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;;"><span style="font-size: small;">プロジェクト６「世界先住民族ネットワークＡＩＮＵ」</span></span></strong></p>
<p class="MsoNormal" style="margin: 0mm 0mm 0pt;"><strong><span style="font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;;"><span style="font-size: small;">　報告者：世界先住民族ネットワークＡＩＮＵ<span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes;">  </span></span>事務局長<span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes;">  </span></span>秋辺日出男さん（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/network/tema06.html">http://www.akiyama-foundation.org/network/tema06.html</a>）</span></span></strong></p>
<div id="attachment_8922" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010468.jpg"><img class="size-medium wp-image-8922" title="p1010468" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010468.jpg" alt="シルエットで失礼、秋辺日出男さん" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">シルエットで失礼、秋辺日出男さん</p></div>
<p> 　報告終了後には、当日出席した秋山財団の理事・評議員・選考委員の方々と報告者の皆さまで、意見交換会を行いました。今回集まった「ネットワーク形成」を推進してきた方々相互も今後ネットワーク形成をしよう、との提案もあり、大変実りの多いひと時でした。</p>
<div id="attachment_8968" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p10104692.jpg"><img class="size-medium wp-image-8968" title="p10104692" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p10104692.jpg" alt="出席者による意見交換も" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">出席者による意見交換も</p></div>
<p>　企業活動でも市民活動でも、目的とともにそれを実現する「組み立て」が必要ですよね。実現するための中期計画であり、短期実行計画であり、スタートした以降は、差異分析を含めた「<strong>PDCAサイクル</strong>：<strong>Plan</strong>-&gt;<strong>Do</strong>-&gt;<strong>Check</strong>-&gt;<strong>Action</strong>」なのだと思います。「思いつき」・「ひらめき」から「組み立て」へと、活動の進化を促す3年間助成の手応えを感じています。</p>
<p>　 つい先ほど、アメリカの「<strong>Council on Foundations</strong>：<a href="http://www.cof.org/">http://www.cof.org/</a>」から、ネットワーキングをテーマとした会議のご案内状も届きました（<a href="http://www.cof.org/events/conferences/2011fall/preconference.cfm?eb=fc06082011#network">http://www.cof.org/events/conferences/2011fall/preconference.cfm?eb=fc06082011#network</a>）、グローバルにも「ネットワーク形成」がキーワードのようです！</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>「九条の会」講演会、日比谷公会堂で</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8888</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8888#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 06 Jun 2011 23:49:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8888</guid>
		<description><![CDATA[　「未来世代にのこすもの、私たちは何を『決意』したか」をテーマとして、今年も「九条の会：http://www.9-jo.jp/」講演会が東京・日比谷公会堂で2000名を越える参加者で開催されました。一昨年のこの会にも出席しました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1351）。
　哲学者の鶴見俊輔さん、作家の澤地久枝さん、憲法学者の奥平康弘さん、作家の大江健三郎さんの4名がそれぞれ30分程度お話をされました。いずれも大変含蓄のある内容で、終了後に振り返ってみても胸に刻まれています。
　澤地さんは、「地震列島の上で営む日本人の生活である。今、『運命共同体』の船に乗り合わせて、『世直し』、言い換えれば『革命！』、この国の姿を根本から変える方向へ舵を切るべく、原点とも言えるものが日本国憲法だと思う。戦争放棄の第九条と、生存権にかかわる第二十五条に力をもたせ、それを砦として世の中を変えてゆきたい。私たちが、原発から漏れだす放射線を制御する技術を持ち合わせていないことが明らかになった今、まず、全原発廃止の方向を目指す意思表示から。小田実は、『一人から始める』と書いたそう、しかし、『一人』ではない」、「『独立した個人の人格』こそが価値である」、と満場の聴衆に熱く語り掛けました。
　4番目にお話をされた大江さんは、「井上ひさしさんが、この会ではいつもトリをつとめてユーモアあふれるお話でした」と振り返り、やはり自分にはその役回りは荷が重いとも。「Articulate（アーティキュレイト）：明瞭に話す」という言葉を引用して、はっきりモノを言って抵抗する姿勢を大切にしたいと、冒頭におっしゃっていました。
～～～日本国憲法の前文～～～～～～～～～～～
　日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
　日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
　われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
　日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
～～～～～～～～～～～～～
　前文に２回表現されている「決意した」に、特別の価値を見出したいと。加藤周一、小田実、井上ひさしが相次いで亡くなり、呼びかけた人の数は少なくなるけれど、7500を越える各地の「九条の会」は、それぞれの活動によって勢いを大きくしています。北海道でも、グリーン九条の会（http://green9zyo.blogspot.com/）等多くのユニットで活動しています。
　井上ひさしさんの同級の憲法学者・樋口陽一（http://www10.ocn.ne.jp/~sak/higuchi-chosho.html）さんを紹介しながら、「立法事実：立法を必要とする情況」という言葉を引用し、戦争における「加害体験」としての憲法制定事実を思い起こすことの大切さも強調しました。1）とりわけ中国・朝鮮に対して、2）日本軍が国民に対して、3）軍幹部が兵士に対して、の加害体験です。そして、今こそ「決意し」て、再出発の意志を固めよう！と結びました。
　最後に事務局長の小森陽一さんが、「九条の会は今年の11月19日で7年を迎えます。ヒロシマ、ナガサキ、第五福竜丸、そしてフクシマへと続く日本から世界への核廃絶の発信を、これからも一層強固に進めていきましょう！」との呼びかけと御礼の言葉で、今年は終了しました。
　会場出口で、大江さん、澤地さん、小森さんにご挨拶も出来ました、演者の一つ一つの言葉の深い意味を反すうしながら、日比谷公園をあとに、3・11以降、また新たな出発です！！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「<strong>未来世代にのこすもの、私たちは何を『決意』したか</strong>」をテーマとして、今年も「九条の会：<a href="http://www.9-jo.jp/">http://www.9-jo.jp/</a>」講演会が東京・日比谷公会堂で2000名を越える参加者で開催されました。一昨年のこの会にも出席しました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1351">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1351</a>）。</p>
<div id="attachment_8889" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010459.jpg"><img class="size-medium wp-image-8889" title="p1010459" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010459.jpg" alt="日比谷公会堂正面玄関上" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">日比谷公会堂正面玄関上</p></div>
<p>　哲学者の鶴見俊輔さん、作家の澤地久枝さん、憲法学者の奥平康弘さん、作家の大江健三郎さんの4名がそれぞれ30分程度お話をされました。いずれも大変含蓄のある内容で、終了後に振り返ってみても胸に刻まれています。</p>
<div id="attachment_8890" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010463.jpg"><img class="size-medium wp-image-8890" title="p1010463" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010463-500x375.jpg" alt="澤地久枝さんの講演" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">澤地久枝さんの講演</p></div>
<p>　澤地さんは、「地震列島の上で営む日本人の生活である。今、『運命共同体』の船に乗り合わせて、『世直し』、言い換えれば『革命！』、この国の姿を根本から変える方向へ舵を切るべく、原点とも言えるものが日本国憲法だと思う。<strong>戦争放棄の第九条と、生存権にかかわる第二十五条に力をもたせ</strong>、それを砦として世の中を変えてゆきたい。私たちが、原発から漏れだす放射線を制御する技術を持ち合わせていないことが明らかになった今、まず、全原発廃止の方向を目指す意思表示から。小田実は、『一人から始める』と書いたそう、しかし、『一人』ではない」、「『独立した個人の人格』こそが価値である」、と満場の聴衆に熱く語り掛けました。</p>
<div id="attachment_8891" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010464.jpg"><img class="size-medium wp-image-8891" title="p1010464" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/06/p1010464-500x375.jpg" alt="大江健三郎さんの講演" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">大江健三郎さんの講演</p></div>
<p>　4番目にお話をされた大江さんは、「井上ひさしさんが、この会ではいつもトリをつとめてユーモアあふれるお話でした」と振り返り、やはり自分にはその役回りは荷が重いとも。「<strong>Articulate（アーティキュレイト）：明瞭に話す</strong>」という言葉を引用して、はっきりモノを言って抵抗する姿勢を大切にしたいと、冒頭におっしゃっていました。</p>
<p>～～～日本国憲法の前文～～～～～～～～～～～</p>
<p>　日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを<strong>決意し</strong>、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。<br />
　日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと<strong>決意した</strong>。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。<br />
　われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。<br />
　日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～</p>
<p>　前文に２回表現されている「<strong>決意した</strong>」に、特別の価値を見出したいと。加藤周一、小田実、井上ひさしが相次いで亡くなり、呼びかけた人の数は少なくなるけれど、7500を越える各地の「九条の会」は、それぞれの活動によって勢いを大きくしています。北海道でも、グリーン九条の会（<a href="http://green9zyo.blogspot.com/">http://green9zyo.blogspot.com/</a>）等多くのユニットで活動しています。</p>
<p>　井上ひさしさんの同級の憲法学者・樋口陽一（<a href="http://www10.ocn.ne.jp/~sak/higuchi-chosho.html">http://www10.ocn.ne.jp/~sak/higuchi-chosho.html</a>）さんを紹介しながら、「<strong>立法事実：立法を必要とする情況</strong>」という言葉を引用し、戦争における「加害体験」としての憲法制定事実を思い起こすことの大切さも強調しました。1）とりわけ中国・朝鮮に対して、2）日本軍が国民に対して、3）軍幹部が兵士に対して、の加害体験です。そして、<strong>今こそ「決意し」て、再出発の意志を固めよう！</strong>と結びました。</p>
<p>　最後に事務局長の小森陽一さんが、「九条の会は今年の11月19日で7年を迎えます。ヒロシマ、ナガサキ、第五福竜丸、そしてフクシマへと続く日本から世界への核廃絶の発信を、これからも一層強固に進めていきましょう！」との呼びかけと御礼の言葉で、今年は終了しました。</p>
<p>　会場出口で、大江さん、澤地さん、小森さんにご挨拶も出来ました、演者の一つ一つの言葉の深い意味を反すうしながら、日比谷公園をあとに、3・11以降、また新たな出発です！！</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>カカフカカ ＆ SWEET SOUL</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8628</link>
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		<pubDate>Sat, 04 Jun 2011 20:38:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　少し前になりましたが、札幌市西区琴似の コンカリーニョ（http://www.concarino.or.jp/）で行われた、「『劇をつくるということ』プロジェクト第2期 発表公演ー『カカフカカ～私たちはいつもハイかイイエの波の中を生きている～：http://gekiws.blog11.fc2.com/』」、このタイトル、何なのか？と少々戸惑いましたが、「可か、不可か」と言うことで、理解できました。私が観た公演では、桟敷席が出て通路まで埋まるほどのお客様でした、若い世代が多かったような気がします、嬉しいですね！
 　これからの演劇を担う若い方々の熱演で、観客も含めて空間全体の熱気が充満していたような気がします、楽しみですね。
　一方、シアターZoo（http://www.h-paf.ne.jp/ogist/index.html）では、弦巻楽団（http://tgakudan.blog98.fc2.com/）の「Sweet　Soul」、ストーリーは怖いのですが、推理小説のようでしたね。ポイント・伏線のセリフとか場面が盛り込まれていて、「アッ、そーか！」みたいな面白さを感じました、引き続き楽しみです。
　「舞台の力」、「ほとばしるエネルギー」というのでしょうか、以前にも似たようなことを書きました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7983）、「3・11」以降続く何となく鬱陶しい気持の中、脳の違う部位が刺激されてリフレッシュできるのは幸せです。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　少し前になりましたが、札幌市西区琴似の コンカリーニョ（<a href="http://www.concarino.or.jp/">http://www.concarino.or.jp/</a>）で行われた、「『劇をつくるということ』プロジェクト第2期 発表公演ー<strong>『カカフカカ～私たちはいつもハイかイイエの波の中を生きている～</strong>：<a href="http://gekiws.blog11.fc2.com/">http://gekiws.blog11.fc2.com/</a>』」、このタイトル、何なのか？と少々戸惑いましたが、「<strong>可か、不可か</strong>」と言うことで、理解できました。私が観た公演では、桟敷席が出て通路まで埋まるほどのお客様でした、若い世代が多かったような気がします、嬉しいですね！</p>
<div id="attachment_8629" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010427.jpg"><img class="size-medium wp-image-8629" title="p1010427" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010427.jpg" alt="若い人たちで超満員！" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">若い人たちで超満員！</p></div>
<div id="attachment_8630" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010429.jpg"><img class="size-medium wp-image-8630" title="p1010429" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010429.jpg" alt="終演後も舞台には、椅子のオブジェ？" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">終演後も舞台には、椅子のオブジェ？</p></div>
<p> 　これからの演劇を担う若い方々の熱演で、観客も含めて空間全体の熱気が充満していたような気がします、楽しみですね。</p>
<p>　一方、シアターZoo（<a href="http://www.h-paf.ne.jp/ogist/index.html">http://www.h-paf.ne.jp/ogist/index.html</a>）では、弦巻楽団（<a href="http://tgakudan.blog98.fc2.com/">http://tgakudan.blog98.fc2.com/</a>）の「<strong>Sweet　Soul</strong>」、ストーリーは怖いのですが、推理小説のようでしたね。ポイント・伏線のセリフとか場面が盛り込まれていて、「アッ、そーか！」みたいな面白さを感じました、引き続き楽しみです。</p>
<p>　「舞台の力」、「ほとばしるエネルギー」というのでしょうか、以前にも似たようなことを書きました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7983">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7983</a>）、「3・11」以降続く何となく鬱陶しい気持の中、脳の違う部位が刺激されてリフレッシュできるのは幸せです。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>映画「Inside Job」ほか</title>
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		<pubDate>Thu, 02 Jun 2011 22:54:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　還暦を迎えて一番嬉しいのは、いつでも映画を1000円で観られることと以前にも書きましたが、それを実感する昨今です。
　まずは、ホラー映画より恐ろしい（？）、まさにそんな映画「インサイド・ジョブ：http://www.insidejob.jp/ 」です。3年前、投資銀行のリーマン・ブラザーズの倒産に始まった損失総額20兆ドル（！！）の世界的な金融破綻は、どのようにして起きたのか、それを徹底的に追ったドキュメンタリー映画で、「世界不況の知られざる真実」のサブタイトルもついています。今、金融機関で働く全ての方々には観て貰いたいですね。
　今年の第83回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞（http://www.cinematoday.jp/page/A0002814）を受賞した作品で、今となっては、「金融破綻」と「東電福島原発事故」が同じような構造であり、間違いなく「人災」であることを確信します。「規制緩和」を通して、こんな構図を押し進めたのが80年代からの米国政権、レーガン、クリントン、ブッシュ、そしてオバマも、政党は違っても同じ構図で成り立っています。3大統領の下で金融政策を決めてきたグリーンスパンに始り、緩和政策を支えた政・財・官・学界の結託によって引き起こされた破綻だったと指摘したのが、このドキュメンタリーの重要なポイントです。
　「Inside Job：インサイド・ジョブ」の意味は、内部の良く事情を知った者が手引した犯行という意味。つまり、この金融危機は金融に関わる内部の者（インサイド）が犯した犯罪である、という認識であり、その証拠に誰も逮捕も起訴もされていません。映画の取材を拒否した当事者たちも多くいましたが、画面いっぱいに出て来る方々は皆、少し前までしかるべき責任ある立場に居た方、或いは現在も現役でいる方々ばかりです、何とも鬱陶しい息苦しさでした。
　次は、「ショージとタカオ：http://shojitakao.com/」、布川事件（http://www.fureai.or.jp/~takuo/fukawajiken/）の二人を追いかけたドキュメンタリー映画です。井手洋子さんが監督・撮影、二人の29年間の刑務所生活の後、仮釈放から14年間二人を追いかけて撮影し、2008年に東京高裁が二人の裁判やり直しを支持したのを機に、2年間で映画に仕上げたのが作品の経緯です。
　とにかく信じられないくらい前向きな二人で、何ともコミカルですから不思議です。とは言っても、こんな感想を持てるのも、現在、結末が分かっている私の気楽さゆえのことかもしれません。折々の場面で登場する方々の語りが、また実に味わいが深いです。判決が出る前の率直な「怖さ」の吐露とかです、勿論無実は信じているのですが、新しい「判決」を背負って、家族とともに生きざるを得ない状態にとか、重たいですね。この間ずっと関わった弁護士の方による、淡々と「冤罪」裁判の難しさの振り返りも強く印象に残ります。この布川事件、つい5月24日に、水戸地裁土浦支部で「再審無罪判決」が言い渡されました。足利事件（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7775）とともに、日本社会における「冤罪」の問題提起です。
　最後は、「マイ・バック・ページ：http://mbp-movie.com/」、時代はまさに、私の学生時代とぴったりダブります。原作者・川本三郎さんも著名ですが、1976年生まれの監督・山下敦弘さんも若手のホープです。若いにもかかわらず、間合いを十分に取った会話のやり取り、ラストに象徴的に撮り続ける映像からのメッセージ等、素晴らしいです。この時代、全く体験していない方々にとっても、時代を生きた人々からメッセージを感じとれるのか、と少し嬉しくなりました。
　映画の前半、東京・日比谷野外音楽堂での集会シーン、あの集会の場に、当時大学生だった私は居たのです。山本義隆氏がカーキ色のジャンバー・ヘルメット姿で壇上に突然登場し演説を始めた時の様子を、上空のヘリコプターの音とともに鮮明に覚えています。時代の空気として「ホンモノ」、「ニセモノ」へのこだわり、観念的思考、何とも不安な人生の一時期ほか、今思い出しても胸が痛みます。ベトナム戦争反対、三里塚空港建設阻止等、内外ともに騒然とした時代ですが、学生の感性は今の学生よりはるかに鋭敏で、「社会問題」が身近で真正面から向き合っていたと思います。
　「人の優しさ」は、自らの装いを恥じる気持と相まって、一層心に染み入ります。私にとっても、三里塚空港建設現場での集会後、京成電車で成田駅から同方向ゆえに一緒に帰った学生の優しさは忘れられず、京成八幡駅近くの小さなお店の中華丼、朝から何も口にしてなかったので、酢をいっぱいかけて食べた時は、思わず疲れとともに涙が出て来ました。人を欺く行為に憤りを感じつつも、自分自身は他人を平気で裏切る危うさ、そんな揺れ動く10代最後の時期だったような気がします。
　この数日間、メディアでは「内閣不信任案」を巡って大騒ぎが続きます。私の所に届くメールにも、「いい加減にしてくれ！」みたいな内容が殆どです。誰とかどの政党とかではなく、戦後政治を担ってきた人材の貧困さ、「政治」総体への憤りでしょうかね。原発事故による放射能は出続けており、復興どころか復旧さえもままならない日本、私は深海で次の時代に向けた営みを粛々と続ける、そんな心境です、勿論、今を諦めた訳ではありませんが！
＜6月4日追記＞　昨日この欄で、「この布川事件、つい5月24日に、水戸地裁土浦支部で『再審無罪判決』が言い渡されました」と書きましたが、今朝の新聞記事によると、「水戸地検は3日、控訴を断念する方針を固め、東京高検に伝えた」とあります。予想は出来ましたが、どうして6日の最終決定前にこのような形でメディアに届くのでしょうかね？
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　還暦を迎えて一番嬉しいのは、いつでも映画を1000円で観られることと以前にも書きましたが、それを実感する昨今です。</p>
<p>　まずは、ホラー映画より恐ろしい（？）、まさにそんな映画「<strong>インサイド・ジョブ</strong>：<a href="http://www.insidejob.jp/">http://www.insidejob.jp/</a> 」です。3年前、投資銀行のリーマン・ブラザーズの倒産に始まった損失総額20兆ドル（！！）の世界的な金融破綻は、どのようにして起きたのか、それを徹底的に追ったドキュメンタリー映画で、「<strong>世界不況の知られざる真実</strong>」のサブタイトルもついています。今、金融機関で働く全ての方々には観て貰いたいですね。</p>
<p>　今年の第83回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞（<a href="http://www.cinematoday.jp/page/A0002814">http://www.cinematoday.jp/page/A0002814</a>）を受賞した作品で、今となっては、「金融破綻」と「東電福島原発事故」が同じような構造であり、間違いなく「人災」であることを確信します。「規制緩和」を通して、こんな構図を押し進めたのが80年代からの米国政権、レーガン、クリントン、ブッシュ、そしてオバマも、政党は違っても同じ構図で成り立っています。3大統領の下で金融政策を決めてきたグリーンスパンに始り、緩和政策を支えた政・財・官・学界の結託によって引き起こされた破綻だったと指摘したのが、このドキュメンタリーの重要なポイントです。</p>
<p>　「<strong>Inside Job：インサイド・ジョブ</strong>」の意味は、内部の良く事情を知った者が手引した犯行という意味。つまり、この金融危機は金融に関わる内部の者（インサイド）が犯した犯罪である、という認識であり、その証拠に誰も逮捕も起訴もされていません。映画の取材を拒否した当事者たちも多くいましたが、画面いっぱいに出て来る方々は皆、少し前までしかるべき責任ある立場に居た方、或いは現在も現役でいる方々ばかりです、何とも鬱陶しい息苦しさでした。</p>
<p>　次は、「<strong>ショージとタカオ：</strong><a href="http://shojitakao.com/">http://shojitakao.com/</a>」、布川事件（<a href="http://www.fureai.or.jp/~takuo/fukawajiken/">http://www.fureai.or.jp/~takuo/fukawajiken/</a>）の二人を追いかけたドキュメンタリー映画です。井手洋子さんが監督・撮影、二人の29年間の刑務所生活の後、仮釈放から14年間二人を追いかけて撮影し、2008年に東京高裁が二人の裁判やり直しを支持したのを機に、2年間で映画に仕上げたのが作品の経緯です。</p>
<p>　とにかく信じられないくらい前向きな二人で、何ともコミカルですから不思議です。とは言っても、こんな感想を持てるのも、現在、結末が分かっている私の気楽さゆえのことかもしれません。折々の場面で登場する方々の語りが、また実に味わいが深いです。判決が出る前の率直な「怖さ」の吐露とかです、勿論無実は信じているのですが、新しい「判決」を背負って、家族とともに生きざるを得ない状態にとか、重たいですね。この間ずっと関わった弁護士の方による、淡々と「冤罪」裁判の難しさの振り返りも強く印象に残ります。この布川事件、つい5月24日に、水戸地裁土浦支部で「<strong>再審無罪判決</strong>」が言い渡されました。足利事件（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7775">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7775</a>）とともに、日本社会における「冤罪」の問題提起です。</p>
<p>　最後は、「<strong>マイ・バック・ページ</strong>：<a href="http://mbp-movie.com/">http://mbp-movie.com/</a>」、時代はまさに、私の学生時代とぴったりダブります。原作者・川本三郎さんも著名ですが、1976年生まれの監督・山下敦弘さんも若手のホープです。若いにもかかわらず、間合いを十分に取った会話のやり取り、ラストに象徴的に撮り続ける映像からのメッセージ等、素晴らしいです。この時代、全く体験していない方々にとっても、時代を生きた人々からメッセージを感じとれるのか、と少し嬉しくなりました。</p>
<p>　映画の前半、東京・日比谷野外音楽堂での集会シーン、あの集会の場に、当時大学生だった私は居たのです。山本義隆氏がカーキ色のジャンバー・ヘルメット姿で壇上に突然登場し演説を始めた時の様子を、上空のヘリコプターの音とともに鮮明に覚えています。時代の空気として「ホンモノ」、「ニセモノ」へのこだわり、観念的思考、何とも不安な人生の一時期ほか、今思い出しても胸が痛みます。ベトナム戦争反対、三里塚空港建設阻止等、内外ともに騒然とした時代ですが、学生の感性は今の学生よりはるかに鋭敏で、「社会問題」が身近で真正面から向き合っていたと思います。</p>
<p>　「人の優しさ」は、自らの装いを恥じる気持と相まって、一層心に染み入ります。私にとっても、三里塚空港建設現場での集会後、京成電車で成田駅から同方向ゆえに一緒に帰った学生の優しさは忘れられず、京成八幡駅近くの小さなお店の中華丼、朝から何も口にしてなかったので、酢をいっぱいかけて食べた時は、思わず疲れとともに涙が出て来ました。人を欺く行為に憤りを感じつつも、自分自身は他人を平気で裏切る危うさ、そんな揺れ動く10代最後の時期だったような気がします。</p>
<p>　この数日間、メディアでは「内閣不信任案」を巡って大騒ぎが続きます。私の所に届くメールにも、「いい加減にしてくれ！」みたいな内容が殆どです。誰とかどの政党とかではなく、戦後政治を担ってきた人材の貧困さ、「政治」総体への憤りでしょうかね。原発事故による放射能は出続けており、復興どころか復旧さえもままならない日本、私は深海で次の時代に向けた営みを粛々と続ける、そんな心境です、勿論、今を諦めた訳ではありませんが！</p>
<p>＜6月4日追記＞　昨日この欄で、「この布川事件、つい5月24日に、水戸地裁土浦支部で『<strong>再審無罪判決』</strong>が言い渡されました」と書きましたが、今朝の新聞記事によると、「水戸地検は3日、控訴を断念する方針を固め、東京高検に伝えた」とあります。予想は出来ましたが、どうして6日の最終決定前にこのような形でメディアに届くのでしょうかね？</p>
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		<item>
		<title>「元禄地震」の津波は？</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8651</link>
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		<pubDate>Wed, 01 Jun 2011 00:22:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8651</guid>
		<description><![CDATA[　日本における地震・津波の歴史をあらためてひも解くと、かなりの頻度で過去に起きていることが分かります。千葉県館山市（http://www.city.tateyama.chiba.jp/）の北条海岸にも、「元禄地震：http://www.pref.chiba.lg.jp/bousai/bousaishi/genroku.html」による津波想定高の表示を見つけました。恐らく海岸から数百メートル奥まで被災したと思われます。海上自衛隊館山航空隊（ヘリコプター基地：http://www.mod.go.jp/msdf/tateyama/item/kitirekisi/kitienkaku.htm）と隣の島を結ぶ地盤は、関東大震災時に4メートルの隆起でつながったとも、記録に残っています。身近な所に、地震の跡を見ることが出来ます。
　高速館山道を通ってアクアラインの少し手前、木更津郊外の水田が、日没後素晴らしい光景でした。3・11前の宮城県仙台平野も、こんな景色だったのでしょうね。
　今月の札幌では、ライラック祭が終り、YOSAKOIソーラン祭（http://www.yosakoi-soran.jp/）、北海道神宮例大祭（さっぽろ祭：http://www.hokkaidojingu.or.jp/festival/index.html）と、お祭りが続きます。街なかに多くの人々が集い・舞い・笑う、そんな当たり前の幸せをしっかり噛みしめたい季節です。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="mceTemp">　日本における地震・津波の歴史をあらためてひも解くと、かなりの頻度で過去に起きていることが分かります。千葉県館山市（<a href="http://www.city.tateyama.chiba.jp/">http://www.city.tateyama.chiba.jp/</a>）の北条海岸にも、「元禄地震：<a href="http://www.pref.chiba.lg.jp/bousai/bousaishi/genroku.html">http://www.pref.chiba.lg.jp/bousai/bousaishi/genroku.html</a>」による津波想定高の表示を見つけました。恐らく海岸から数百メートル奥まで被災したと思われます。海上自衛隊館山航空隊（ヘリコプター基地：<a href="http://www.mod.go.jp/msdf/tateyama/item/kitirekisi/kitienkaku.htm">http://www.mod.go.jp/msdf/tateyama/item/kitirekisi/kitienkaku.htm</a>）と隣の島を結ぶ地盤は、関東大震災時に4メートルの隆起でつながったとも、記録に残っています。身近な所に、地震の跡を見ることが出来ます。</div>
<div id="attachment_8652" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010412.jpg"><img class="size-medium wp-image-8652" title="p1010412" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010412-500x375.jpg" alt="千葉県館山市鏡ヶ浦海岸から西方を臨む" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">千葉県館山市鏡ヶ浦海岸から西方を臨む：左の看板は元禄地震の津波高の表示</p></div>
<p>　高速館山道を通ってアクアラインの少し手前、木更津郊外の水田が、日没後素晴らしい光景でした。3・11前の宮城県仙台平野も、こんな景色だったのでしょうね。</p>
<div id="attachment_8653" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010415.jpg"><img class="size-medium wp-image-8653" title="p1010415" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010415-500x375.jpg" alt="日没直後の木更津周辺の田んぼ" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">日没直後の木更津周辺の田んぼ</p></div>
<p>　今月の札幌では、ライラック祭が終り、YOSAKOIソーラン祭（<a href="http://www.yosakoi-soran.jp/">http://www.yosakoi-soran.jp/</a>）、北海道神宮例大祭（さっぽろ祭：<a href="http://www.hokkaidojingu.or.jp/festival/index.html">http://www.hokkaidojingu.or.jp/festival/index.html</a>）と、お祭りが続きます。街なかに多くの人々が集い・舞い・笑う、そんな当たり前の幸せをしっかり噛みしめたい季節です。</p>
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		<title>北海道日米協会の総会で</title>
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		<pubDate>Sun, 29 May 2011 22:16:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8777</guid>
		<description><![CDATA[　北海道日米協会（http://www.plaza-sapporo.or.jp/citizen/meikan/060.html）の年次総会が、パフォーマンス・午餐とともに開催されました。私は以前から会員ではありましたが、この10年くらいはほぼ休眠状態でした。昨年から伊藤義郎会長体制の下、理事に就任して、これからは少し時間を割いて尽力しようと思っています。
 　総会に引き続いて、北海道インターナショナルスクール（http://www.his.ac.jp/）の生徒たちによる歌と踊りで、「サバナ・サバ」ほか、元気溢れるパフォーマンスでした、スワヒリ語で「少しずつ」を意味するそうです。6月4日には西区ちえりあホールで、「グリオーアフリカの語りべー」が予定されています、今、アフリカは熱いようですね！
　
　少し前に、「来月札幌で下記の講演会を予定しています」と、ご案内をしました。日米協会の会員でありながら、「さらば日米同盟」というタイトルの講演会を主催するには、少し説明がいるのかも知れませんね、何か矛盾すると思われる方もいらっしゃるでしょうが、日米関係は極めて重要であるがゆえのこのテーマでの開催です。沖縄はじめ駐留する米軍基地に象徴されるように、従来の安保条約下の軍事的な片肺同盟ではなく、本来の幅広い「日米同盟関係」を目指し、構築し直して進む選択が重要だと思います。
～～～～～グリーン九条の会 第4回講演会̶ 経済の視点から平和を考える～～～～～～～～̶
天木 直人 氏　「さらば　日米同盟～平和国家日本を目指す最強の自主防衛政策～」

と　き：2011年6月25日（土）
開場13：30　開演14：00
ところ：りんゆうホール　札幌市東区北9条東2丁目りんゆう観光3F
TEL：011－742－4233
会　費：1,000円
主　催：グリーン九条の会
協　賛：（株）りんゆう観光
連絡先　グリーン九条の会
〒003-0831 札幌市白石区北郷1条7丁目5－8 白鳥方　　　green9zyonokai@gmail.com
お問い合わせ、参加申し込みは、郵送か、メールでお願いします
～～～～～～～～～～～～～～～
　最近の日米関係と言えば、大震災後の米軍海兵隊・海軍「トモダチ作戦：http://www.youtube.com/watch?v=zYErfIN4ELY&#38;feature=related、http://www.youtube.com/watch?v=Vj6gg5vMEHk&#38;feature=related」でしょうか。放射能汚染の中、いち早い無人偵察・撮影機の映像に基づく救出作戦行動は、日本の自衛隊とともに光る活躍でした。ただ、だからと言って沖縄の米軍基地の必然性につなげるのはあまりに軽率・ナイーブだと感じますが。実は、1923（大正12）年9月1日の関東大震災（http://www.ads-network.co.jp/zatugaku/saigai-07.htm）でも、当時としては信じられないような米軍による災害支援があったそうです。当時は安保条約に基づく日米同盟など存在していなかった時代にもかかわらず、ですね。
　プロパガンダに流されることなく、冷静に現状を捉えて、間違いない日本の歩むべき道を選択しなければなりません、今の政治情況そしてここしばらくは、内閣・国会ともに、それらを構成する連中の能力からいって、この重要な決断を委ねることは出来ません。自分たちの船は我々で漕いで行くしかないではありませんか、オールを放してはいけない時期なのだと私は思います、今、岐路に立っているのですから。昨年の映画「INVICTUS：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3298」、中島みゆきの「宙船（そらふね）http://www.youtube.com/watch?v=vGVTiCg8DNI」ですよ。
～～～～その船を漕いでゆけ　おまえの手で漕いでゆけ、おまえが消えて喜ぶ者に　おまえのオールをまかせるな～～～～～
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="mceTemp">　北海道日米協会（<a href="http://www.plaza-sapporo.or.jp/citizen/meikan/060.html">http://www.plaza-sapporo.or.jp/citizen/meikan/060.html</a>）の年次総会が、パフォーマンス・午餐とともに開催されました。私は以前から会員ではありましたが、この10年くらいはほぼ休眠状態でした。昨年から伊藤義郎会長体制の下、理事に就任して、これからは少し時間を割いて尽力しようと思っています。</div>
<div id="attachment_8779" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010455.jpg"><img class="size-medium wp-image-8779" title="p1010455" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010455.jpg" alt="伊藤義郎会長のご挨拶" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">前方に揃う役員・来賓：伊藤義郎会長のご挨拶</p></div>
<p> 　総会に引き続いて、北海道インターナショナルスクール（<a href="http://www.his.ac.jp/">http://www.his.ac.jp/</a>）の生徒たちによる歌と踊りで、「サバナ・サバ」ほか、元気溢れるパフォーマンスでした、スワヒリ語で「少しずつ」を意味するそうです。6月4日には西区ちえりあホールで、「<strong>グリオーアフリカの語りべー</strong>」が予定されています、今、アフリカは熱いようですね！</p>
<div id="attachment_8780" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010452.jpg"><img class="size-medium wp-image-8780" title="p1010452" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010452.jpg" alt="インターナショナルスクールの生徒たちによるライブ" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">インターナショナルスクールの生徒たちによるライブ</p></div>
<p>　</p>
<p>　少し前に、「来月札幌で下記の講演会を予定しています」と、ご案内をしました。日米協会の会員でありながら、「さらば日米同盟」というタイトルの講演会を主催するには、少し説明がいるのかも知れませんね、何か矛盾すると思われる方もいらっしゃるでしょうが、日米関係は極めて重要であるがゆえのこのテーマでの開催です。沖縄はじめ駐留する米軍基地に象徴されるように、従来の安保条約下の軍事的な片肺同盟ではなく、本来の幅広い「日米同盟関係」を目指し、構築し直して進む選択が重要だと思います。</p>
<p>～～～～～グリーン九条の会 第4回講演会̶ 経済の視点から平和を考える～～～～～～～～̶<br />
<em><strong>天木 直人 氏　「さらば　日米同盟～平和国家日本を目指す最強の自主防衛政策～」<br />
</strong><br />
</em>と　き：2011年6月25日（土）<br />
開場13：30　開演14：00<br />
ところ：りんゆうホール　札幌市東区北9条東2丁目りんゆう観光3F<br />
TEL：011－742－4233<br />
会　費：1,000円<br />
主　催：グリーン九条の会<br />
協　賛：（株）りんゆう観光</p>
<p>連絡先　グリーン九条の会<br />
〒003-0831 札幌市白石区北郷1条7丁目5－8 白鳥方　　　<a href="mailto:green9zyonokai@gmail.com"><span style="color: #76664b;">green9zyonokai@gmail.com</span></a><br />
お問い合わせ、参加申し込みは、郵送か、メールでお願いします</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～</p>
<p>　最近の日米関係と言えば、大震災後の米軍海兵隊・海軍「トモダチ作戦：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=zYErfIN4ELY&amp;feature=related">http://www.youtube.com/watch?v=zYErfIN4ELY&amp;feature=related</a>、<a href="http://www.youtube.com/watch?v=Vj6gg5vMEHk&amp;feature=related">http://www.youtube.com/watch?v=Vj6gg5vMEHk&amp;feature=related</a>」でしょうか。放射能汚染の中、いち早い無人偵察・撮影機の映像に基づく救出作戦行動は、日本の自衛隊とともに光る活躍でした。ただ、だからと言って沖縄の米軍基地の必然性につなげるのはあまりに軽率・ナイーブだと感じますが。実は、1923（大正12）年9月1日の関東大震災（<a href="http://www.ads-network.co.jp/zatugaku/saigai-07.htm">http://www.ads-network.co.jp/zatugaku/saigai-07.htm</a>）でも、当時としては信じられないような米軍による災害支援があったそうです。当時は安保条約に基づく日米同盟など存在していなかった時代にもかかわらず、ですね。</p>
<p>　プロパガンダに流されることなく、冷静に現状を捉えて、間違いない日本の歩むべき道を選択しなければなりません、今の政治情況そしてここしばらくは、内閣・国会ともに、それらを構成する連中の能力からいって、この重要な決断を委ねることは出来ません。自分たちの船は我々で漕いで行くしかないではありませんか、オールを放してはいけない時期なのだと私は思います、今、岐路に立っているのですから。昨年の映画「<strong>INVICTUS</strong>：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3298">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3298</a>」、中島みゆきの「宙船（そらふね）<a href="http://www.youtube.com/watch?v=vGVTiCg8DNI">http://www.youtube.com/watch?v=vGVTiCg8DNI</a>」ですよ。</p>
<p>～～～～<span style="color: #0000a0;">その船を漕いでゆけ　おまえの手で漕いでゆけ、おまえが消えて喜ぶ者に　おまえのオールをまかせるな～～～～～</span></p>
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		<title>＜訂正版＞心に響く「ネパール民族音楽」</title>
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		<pubDate>Thu, 26 May 2011 23:26:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　大変申し訳ありません、私の記憶に間違いがありました。修正して再度掲載致しました、関係の皆さまにお詫び申し上げます（6月6日）。
　秋山財団のネットワーク形成事業の一つ（http://www.akiyama-foundation.org/network/tema06.html）で今年3年目を迎える「 WIN-AINU：http://www.win-ainu.com/」の年次総会が、札幌で開催され、この間の着実な発展も報告されました。特に昨年のCOP10では、名古屋で国際会議を主催したり、海外とのネットワーク形成も進んでいます。
　終了後の特別プログラムで、ネパールの基本的な国事情（http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/nepal/index.html）と民族音楽パフォーマンスがありました。多民族・多言語国家で、すぐにヒマラヤを想像しますが、実は低地から高地まで多彩な国土とのお話、固定概念だけの認識の貧困さを再確認しました。民族音楽の演奏では楽器、基本的なリズムのパターンの解説に始まり、次第にエキサイティングな演奏になる様子は、壮大な物語を聴くようで、実に素晴らしいひと時でした。
　写真の左はマーダル（太鼓）、右端はバンスリ（竹笛）、真ん中は今は鈴ですが、彼はハルモ二ウム（手風琴）も演奏します。音域の異なる数本の竹笛を取り替えて、まるで日本の尺八の音色で始まる懐かしい演奏は違和感なく体に入って、次は両面太鼓を二本お腹にくくりつけてのソロ演奏になって盛り上がり、クライマックスを迎えます。
　今回、ネパールから来日していらっしゃった演奏者3名を終了後に復習をしました。ネパール伝統芸能保護・発展寄与の目的で活動している『ネパールソンギートに親しむ会』というプライベートなボランティア団体が企画・運営している研修です。コーディネートされたのは、代表の岡本マルラ有子さんで、東京の和光大学で非常勤でネパール芸能の講義をされています。
＜クリシュナ・グルンさん：右端＞49歳。ネパール国立劇場音楽ディレクター及び常勤ミュージシャン。私財を投じて伝統音楽のリサーチと後継者育成に尽力しているネパール民族楽器「バンスリ（竹笛）」の有名な奏者。その温かで実直な性格がアーティスト仲間からの絶大な信頼を得ている。
＜ゴビンダ・グルンさん：真ん中＞42歳。銀行支配人をしているが、かねてより出身村の伝統芸能の継承に尽力しており、その村のグル（昨年100歳で逝去）から認められた一番弟子。村に伝わる伝統民族舞踊「ソラティ」の名手。他にも民謡などを作詞作曲したり、その民族の映画に出演したりと芸能をこよなく愛している。
　
＜ブラ・カルカさん：左端＞46歳。ネパール国立劇場ミュージックインストラクター及び常勤ミュージシャン）。ネパール民族伝統打楽器の代表「マーダル（小型の両面太鼓）」の名手。彼の手にかかると、マーダルがまるで生き物のように見えてくる。
 
　万国共通の打楽器の底力、木管の笛の心地良さ、とでも言うのでしょうか、さらにその国の歴史・民族構成・文化を知っていくと、音楽が音楽以上の芸術・文化となるような気がします。今年の「WIN－AINU」総会で、また一つ勉強になりました、感謝です！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　大変申し訳ありません、私の記憶に間違いがありました。修正して再度掲載致しました、関係の皆さまにお詫び申し上げます（6月6日）。</p>
<p>　秋山財団のネットワーク形成事業の一つ（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/network/tema06.html">http://www.akiyama-foundation.org/network/tema06.html</a>）で今年3年目を迎える「 <strong>WIN-AINU</strong>：<a href="http://www.win-ainu.com/">http://www.win-ainu.com/</a>」の年次総会が、札幌で開催され、この間の着実な発展も報告されました。特に昨年のCOP10では、名古屋で国際会議を主催したり、海外とのネットワーク形成も進んでいます。</p>
<p>　終了後の特別プログラムで、ネパールの基本的な国事情（<a href="http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/nepal/index.html">http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/nepal/index.html</a>）と民族音楽パフォーマンスがありました。多民族・多言語国家で、すぐにヒマラヤを想像しますが、実は低地から高地まで多彩な国土とのお話、固定概念だけの認識の貧困さを再確認しました。民族音楽の演奏では楽器、基本的なリズムのパターンの解説に始まり、次第にエキサイティングな演奏になる様子は、壮大な物語を聴くようで、実に素晴らしいひと時でした。</p>
<div id="attachment_8731" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010440.jpg"><img class="size-medium wp-image-8731" title="p1010440" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010440-375x500.jpg" alt="打楽器を体につけて" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">リズムの解説：打楽器・マーダルを体につけて</p></div>
<div id="attachment_8732" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010441.jpg"><img class="size-medium wp-image-8732" title="p1010441" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010441-500x375.jpg" alt="笛ほかとのアンサンブル" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">笛ほかとのアンサンブル</p></div>
<p>　写真の左はマーダル（太鼓）、右端はバンスリ（竹笛）、真ん中は今は鈴ですが、彼はハルモ二ウム（手風琴）も演奏します。音域の異なる数本の竹笛を取り替えて、まるで日本の尺八の音色で始まる懐かしい演奏は違和感なく体に入って、次は両面太鼓を二本お腹にくくりつけてのソロ演奏になって盛り上がり、クライマックスを迎えます。</p>
<p>　今回、ネパールから来日していらっしゃった演奏者3名を終了後に復習をしました。ネパール伝統芸能保護・発展寄与の目的で活動している『<strong>ネパールソンギートに親しむ会</strong>』というプライベートなボランティア団体が企画・運営している研修です。コーディネートされたのは、代表の岡本マルラ有子さんで、東京の和光大学で非常勤でネパール芸能の講義をされています。</p>
<p>＜クリシュナ・グルンさん：右端＞49歳。ネパール国立劇場音楽ディレクター及び常勤ミュージシャン。私財を投じて伝統音楽のリサーチと後継者育成に尽力しているネパール民族楽器「バンスリ（竹笛）」の有名な奏者。その温かで実直な性格がアーティスト仲間からの絶大な信頼を得ている。</p>
<p>＜ゴビンダ・グルンさん：真ん中＞42歳。銀行支配人をしているが、かねてより出身村の伝統芸能の継承に尽力しており、その村のグル（昨年100歳で逝去）から認められた一番弟子。村に伝わる伝統民族舞踊「ソラティ」の名手。他にも民謡などを作詞作曲したり、その民族の映画に出演したりと芸能をこよなく愛している。<br />
　</p>
<p>＜ブラ・カルカさん：左端＞46歳。ネパール国立劇場ミュージックインストラクター及び常勤ミュージシャン）。ネパール民族伝統打楽器の代表「マーダル（小型の両面太鼓）」の名手。彼の手にかかると、マーダルがまるで生き物のように見えてくる。</p>
<p> </p>
<p>　万国共通の打楽器の底力、木管の笛の心地良さ、とでも言うのでしょうか、さらにその国の歴史・民族構成・文化を知っていくと、音楽が音楽以上の芸術・文化となるような気がします。今年の「WIN－AINU」総会で、また一つ勉強になりました、感謝です！</p>
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		<title>皆さん元気！ケンユー会総会</title>
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		<pubDate>Tue, 24 May 2011 23:33:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8734</guid>
		<description><![CDATA[　（株）スズケン（http://www.suzuken.co.jp/）出身者の「ケンユー会」・愛生舘支部は、2年前に10周年を迎え、今年も総会・懇親会が90名の参加で、大きな盛り上がりを見せました。一昨年には記念フラッグも作成し（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1120）、会社を卒業してなお、会社と共にイキイキ暮らしている多くの皆さまと接し、私自身、元気を貰いました。
　今年はOB4名のカラオケも初登場、そのうち松本公良さんは新会員とのことでしたが、在社中、秋山愛生舘90周年・100周年、毎年の出陣式余興で、玄人はだしの歌で盛り上げていました、先日は久しぶりの熱唱パフォーマンスに、往年の活躍を（？）蘇らせました。素晴らしい唄だったのですが、題名は忘れました、申し訳ありません。
 　もう一人、函館支店の倉庫・配送で活躍され、昨年上映された映画「海炭市叙景：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6917」に、存在感抜群で出演していた萩原清さんも登壇しました。濃紺のオシャレなワイシャツ・黒ズボンにサングラス、どこから見ても「○○ザ」です！
　来賓で名古屋からお越しいただいた（株）スズケンの伊藤副社長のお話によると、3月の東日本大震災では、お得意先の医療機関に必死で医薬品をお届けし続ける一方、スズケンの東北エリアの物流センター、支店等でもかなりの被害が有ったようです。支店屋上に数日間避難したり、犠牲になった方もいらっしゃったと報告もありました。全国で営業展開し、医薬品の流通を通じて日々社会への責任を果たそうとするモラルの高さに感動しながらも、被災とは無縁ではいられない難しもあるのですね。先日のお話では、被災復旧への投資等も多額に上り、来年の年間配当は、これまでの一株62円から50円へと減配の予定とか。秋山財団運営には大きな打撃であり、来年度事業計画に織り込んで対応を考えなければなりません。
　今回の大震災、巡り巡ってどんなリスクとなって降りかかるかまだまだ予断を許しません、北海道経済の今後への大きな影響を考慮する必要もあり、気の抜けない数年間です。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　（株）スズケン（<a href="http://www.suzuken.co.jp/">http://www.suzuken.co.jp/</a>）出身者の「ケンユー会」・愛生舘支部は、2年前に10周年を迎え、今年も総会・懇親会が90名の参加で、大きな盛り上がりを見せました。一昨年には記念フラッグも作成し（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1120">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1120</a>）、会社を卒業してなお、会社と共にイキイキ暮らしている多くの皆さまと接し、私自身、元気を貰いました。</p>
<p>　今年はOB4名のカラオケも初登場、そのうち松本公良さんは新会員とのことでしたが、在社中、秋山愛生舘90周年・100周年、毎年の出陣式余興で、玄人はだしの歌で盛り上げていました、先日は久しぶりの熱唱パフォーマンスに、往年の活躍を（？）蘇らせました。素晴らしい唄だったのですが、題名は忘れました、申し訳ありません。</p>
<div id="attachment_8735" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010443.jpg"><img class="size-medium wp-image-8735" title="p1010443" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010443.jpg" alt="相変わらず上手ですね、松本公良さん！" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">熱唱、相変わらず上手ですね、松本公良さん！</p></div>
<p> 　もう一人、函館支店の倉庫・配送で活躍され、昨年上映された映画「海炭市叙景：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6917">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6917</a>」に、存在感抜群で出演していた萩原清さんも登壇しました。濃紺のオシャレなワイシャツ・黒ズボンにサングラス、どこから見ても「○○ザ」です！</p>
<div id="attachment_8736" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010446.jpg"><img class="size-medium wp-image-8736" title="p1010446" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010446.jpg" alt="どうみても「○○ザ」ですね、萩原清さん！" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">演劇でも活躍する萩原清さん！</p></div>
<p>　来賓で名古屋からお越しいただいた（株）スズケンの伊藤副社長のお話によると、3月の東日本大震災では、お得意先の医療機関に必死で医薬品をお届けし続ける一方、スズケンの東北エリアの物流センター、支店等でもかなりの被害が有ったようです。支店屋上に数日間避難したり、犠牲になった方もいらっしゃったと報告もありました。全国で営業展開し、医薬品の流通を通じて日々社会への責任を果たそうとするモラルの高さに感動しながらも、被災とは無縁ではいられない難しもあるのですね。先日のお話では、被災復旧への投資等も多額に上り、来年の年間配当は、これまでの一株62円から50円へと減配の予定とか。秋山財団運営には大きな打撃であり、来年度事業計画に織り込んで対応を考えなければなりません。</p>
<p>　今回の大震災、巡り巡ってどんなリスクとなって降りかかるかまだまだ予断を許しません、北海道経済の今後への大きな影響を考慮する必要もあり、気の抜けない数年間です。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>桃の花がやっと！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8727</link>
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		<pubDate>Sun, 22 May 2011 23:20:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8727</guid>
		<description><![CDATA[　我が家には、桃の木と柿の木があります。春・秋、北海道では珍しいそれぞれの木の恵みに、ひと時心が和みます（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6454）。昨年の5月は気温が低かったですが、今年も同じような感じですね。つい1週間ほど前に、やっと庭の「桃の花」が咲きました。その年によって、しっかり見ることが出来たり、見逃したり、自分の時間の都合で実に勝手なものですが、植物は律儀です。秋には実をつけてほんのり桃の香りもしますが、いつも虫用です。
 　北海道神宮のサクラはすでに終わって、ライラックの花がもうすぐですね。
　一方、先日は北海道庁の北門を通りました。これまで何回も行っているのですが、植物園側から歩く場合が少ないからでしょうか、「本日の発電量」などという電光表示板があるのを知りませんでした。
　3・11以降の日本社会では、節電の意識向上のためにも、「本日発電可能量」と「現在使用量」の数値も欲しいですね。そしてさらに、「放射線量」も。これからは身近な場でも、温度計・湿度計とともに、放射線量測定器も設置する必要があると思います。モニタリングを日常としなければ、自分たち、子ども達の身は守れないような、そんな気がします。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　我が家には、桃の木と柿の木があります。春・秋、北海道では珍しいそれぞれの木の恵みに、ひと時心が和みます（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6454">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6454</a>）。昨年の5月は気温が低かったですが、今年も同じような感じですね。つい1週間ほど前に、やっと庭の「桃の花」が咲きました。その年によって、しっかり見ることが出来たり、見逃したり、自分の時間の都合で実に勝手なものですが、植物は律儀です。秋には実をつけてほんのり桃の香りもしますが、いつも虫用です。</p>
<div id="attachment_8728" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010435.jpg"><img class="size-medium wp-image-8728" title="p1010435" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010435-500x375.jpg" alt="庭の桃の木にやっと花が咲きました！" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">庭の桃の木にやっと花が咲きました！</p></div>
<p> 　北海道神宮のサクラはすでに終わって、ライラックの花がもうすぐですね。</p>
<p>　一方、先日は北海道庁の北門を通りました。これまで何回も行っているのですが、植物園側から歩く場合が少ないからでしょうか、「本日の発電量」などという電光表示板があるのを知りませんでした。</p>
<div id="attachment_8738" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010442.jpg"><img class="size-medium wp-image-8738" title="p1010442" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010442-375x500.jpg" alt="北海道庁北門横で" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">北海道庁北門横で</p></div>
<p>　3・11以降の日本社会では、節電の意識向上のためにも、「本日発電可能量」と「現在使用量」の数値も欲しいですね。そしてさらに、「放射線量」も。これからは身近な場でも、温度計・湿度計とともに、放射線量測定器も設置する必要があると思います。モニタリングを日常としなければ、自分たち、子ども達の身は守れないような、そんな気がします。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>ONKALO、「地下深く、永遠（とわ）に」</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8687</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8687#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 20 May 2011 21:36:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　つい一週間程前のこの欄にも書きました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8054）が、NHK・BS放送で引き続き興味深い番組がありました、放射性廃棄物・最終処分施設「ONKALO」を描いた「地下深く、永遠（とわ）に：http://skyalley.exblog.jp/15572451/」は、この建設中の施設を巡るドキュメンタリー作品でした。何とも不気味なホラー番組と思いたいのですが、今現在進行形の現実です。
　「ONKALO」とは一体どんな施設なのか、以下のサイトで分かります（http://www.youtube.com/watch?v=BN25RTYjjIg）、（http://www.jsce.or.jp/committee/rm/News/news8/Onkalo.pdf）。
　こちらは、東京で緊急特別上映中の映画「100,000年後の安全：http://www.uplink.co.jp/100000/」、札幌ではシアター・キノ（http://theaterkino.net/）で、5月28日（土）から6月3日（金）で1日一回上映予定との案内も見ました。2010年　国際環境映画祭（パリ）グランプリ受賞ほか、幾つかの賞に輝いています。
　とにかく「怖い」映画です、み終わった後の気持の悪さは何なのでしょうね。「持続可能な循環型」とか「地球に優しい」と真逆な、世界に今、25万トンある放射性廃棄物の最終処分場としてフィンランドに位置し、100年後に密閉し、10万年後まで自己完結型で封印するというのです。そして、その間の最大の危険因子は「人類」であると、関係者は真面目な顔で語っています。さらに、「不確実性の下での運用」、質問に対して窮すると、「それは政府に聞いて下さい」と語ってはばからない姿、まるで今の日本国のようです。
　実は、北海道も無縁ではありません、今回の原発事故の最中、3月31日に報告書が発表になっています。～～～～～～～～
北海道・幌延町での深地層研究　新年度の計画まとまる　原発事故で注目も
2011.3.31 19:42 産経ニュース

　日本原子力研究開発機構が北海道幌延町で進めている深地層研究計画の平成２３年度調査研究計画がまとまり、３１日、北海道に概要が説明された。前日の３０日には地元の幌延町への説明が行われている。
　この研究計画は、同機構が約２０年かけて深地層の研究を実施しているもので、２３年度は１１年目に当たる。すでに深さ２５０メートルまで立て坑が掘られているが、新年度は３５０メートルまで掘削を進めるほか、坑道で低アルカリ性コンクリート材料を吹き付ける実験など、地下施設での調査研究も併せて行う。
　深地層研究の目的は、原子力発電の核燃料を再処理する際に出る高レベル放射能廃棄物の地層処分について研究開発すること。幌延町には研究施設があるだけで、実際の処分場はまだ候補地も見つかっていない。
　福島第一原発の事故で、改めて核燃料の処分の問題がクローズアップされているが、今のところ研究計画を特に急ぐことはないという。幌延深地層研究センターの宮本陽一所長は「今回の後処理をどうするか議論されるときには、処分を研究しているわれわれにも当然、役割が与えられるのではと思っている。まずは今より悪くならずに安定することを願っています」と話している。
＊独立行政法人 日本原子力開発機構：http://www.jaea.go.jp/
＊幌延深地層研究センター：http://www.jaea.go.jp/04/horonobe/
～～～～～～～～～～～～～～引用おわり
　「幌延：http://www.town.horonobe.hokkaido.jp/」と言うと、「まるごとミンチ」を思い浮かべます、我が家でも買いましたね。このセンター誘致によって廃牛となった酪農家の製品だったと思います。日本のこの間の高レベル核廃棄物処分場に関する説明は、こちらに詳細掲載されています、ONKALOとの比較も（http://asako.churaumi.me/fds/archives/date/2011/05）、フィンランドの地盤との違いに注目です。
　幌延にある「ゆめ地創館：http://www.jaea.go.jp/04/horonobe/prsite/index.html」のサイトを見ると、以前の浜岡原発の記念館とそっくりの雰囲気で（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8116）、子どもたち、地元住民へのプロパガンダです。ここに至ってもなお「研究・実験」する意義がどこにあるのでしょうか、急には止まらない、止めたくない、いや、止めるにも長～い年月が掛るのでしたね。これからの研究者の存在意義は、まさに長い年月にわたる「処分場の最終処分」の研究でしょう。
　「核再処理工場」、「核最終処分場」、青森県六ケ所村（http://www.rokkasho.jp/）、そして幌延、引き続き眼を離せない言葉となりました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　つい一週間程前のこの欄にも書きました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8054">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8054</a>）が、NHK・BS放送で引き続き興味深い番組がありました、放射性廃棄物・最終処分施設「<strong>ONKALO</strong>」を描いた「<strong>地下深く、永遠（とわ）に</strong>：<a href="http://skyalley.exblog.jp/15572451/">http://skyalley.exblog.jp/15572451/</a>」は、この建設中の施設を巡るドキュメンタリー作品でした。何とも不気味なホラー番組と思いたいのですが、今現在進行形の現実です。</p>
<p>　「ONKALO」とは一体どんな施設なのか、以下のサイトで分かります（<a href="http://www.youtube.com/watch?v=BN25RTYjjIg">http://www.youtube.com/watch?v=BN25RTYjjIg</a>）、（<a href="http://www.jsce.or.jp/committee/rm/News/news8/Onkalo.pdf">http://www.jsce.or.jp/committee/rm/News/news8/Onkalo.pdf</a>）。</p>
<p>　こちらは、東京で緊急特別上映中の映画「<strong>100,000年後の安全</strong>：<a href="http://www.uplink.co.jp/100000/">http://www.uplink.co.jp/100000/</a>」、札幌ではシアター・キノ（<a href="http://theaterkino.net/">http://theaterkino.net/</a>）で、5月28日（土）から6月3日（金）で1日一回上映予定との案内も見ました。2010年　国際環境映画祭（パリ）グランプリ受賞ほか、幾つかの賞に輝いています。</p>
<p>　とにかく「怖い」映画です、み終わった後の気持の悪さは何なのでしょうね。「持続可能な循環型」とか「地球に優しい」と真逆な、世界に今、25万トンある放射性廃棄物の最終処分場としてフィンランドに位置し、100年後に密閉し、10万年後まで自己完結型で封印するというのです。そして、その間の最大の危険因子は「人類」であると、関係者は真面目な顔で語っています。さらに、「不確実性の下での運用」、質問に対して窮すると、「それは政府に聞いて下さい」と語ってはばからない姿、まるで今の日本国のようです。</p>
<p>　実は、北海道も無縁ではありません、今回の原発事故の最中、3月31日に報告書が発表になっています。～～～～～～～～</p>
<h2 id="NewsTitle">北海道・幌延町での深地層研究　新年度の計画まとまる　原発事故で注目も</h2>
<div class="DateandPage"><span class="Timestamp">2011.3.31 19:42</span> 産経ニュース</div>
<div class="NewsTextFull">
<p>　<strong>日本原子力研究開発機構</strong>が北海道幌延町で進めている深地層研究計画の平成２３年度調査研究計画がまとまり、３１日、北海道に概要が説明された。前日の３０日には地元の幌延町への説明が行われている。</p>
<p>　この研究計画は、同機構が約２０年かけて深地層の研究を実施しているもので、２３年度は１１年目に当たる。すでに深さ２５０メートルまで立て坑が掘られているが、新年度は３５０メートルまで掘削を進めるほか、坑道で低アルカリ性コンクリート材料を吹き付ける実験など、地下施設での調査研究も併せて行う。</p>
<p>　深地層研究の目的は、原子力発電の核燃料を再処理する際に出る高レベル放射能廃棄物の地層処分について研究開発すること。幌延町には研究施設があるだけで、実際の処分場はまだ候補地も見つかっていない。</p>
<p>　福島第一原発の事故で、改めて核燃料の処分の問題がクローズアップされているが、今のところ研究計画を特に急ぐことはないという。<strong>幌延深地層研究センター</strong>の宮本陽一所長は「今回の後処理をどうするか議論されるときには、処分を研究しているわれわれにも当然、役割が与えられるのではと思っている。まずは今より悪くならずに安定することを願っています」と話している。</p>
<p>＊<strong>独立行政法人 日本原子力開発機構</strong>：<a href="http://www.jaea.go.jp/">http://www.jaea.go.jp/</a></p>
<p>＊<strong>幌延深地層研究センター</strong>：<a href="http://www.jaea.go.jp/04/horonobe/">http://www.jaea.go.jp/04/horonobe/</a></p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～引用おわり</p>
<p>　「幌延：<a href="http://www.town.horonobe.hokkaido.jp/">http://www.town.horonobe.hokkaido.jp/</a>」と言うと、「まるごとミンチ」を思い浮かべます、我が家でも買いましたね。このセンター誘致によって廃牛となった酪農家の製品だったと思います。日本のこの間の高レベル核廃棄物処分場に関する説明は、こちらに詳細掲載されています、ONKALOとの比較も（<a href="http://asako.churaumi.me/fds/archives/date/2011/05">http://asako.churaumi.me/fds/archives/date/2011/05</a>）、フィンランドの地盤との違いに注目です。</p>
<p>　幌延にある「ゆめ地創館：<a href="http://www.jaea.go.jp/04/horonobe/prsite/index.html">http://www.jaea.go.jp/04/horonobe/prsite/index.html</a>」のサイトを見ると、以前の浜岡原発の記念館とそっくりの雰囲気で（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8116">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8116</a>）、子どもたち、地元住民へのプロパガンダです。ここに至ってもなお「研究・実験」する意義がどこにあるのでしょうか、急には止まらない、止めたくない、いや、止めるにも長～い年月が掛るのでしたね。これからの研究者の存在意義は、まさに長い年月にわたる「処分場の最終処分」の研究でしょう。</p>
<p>　「核再処理工場」、「核最終処分場」、青森県六ケ所村（<a href="http://www.rokkasho.jp/">http://www.rokkasho.jp/</a>）、そして幌延、引き続き眼を離せない言葉となりました。</div>
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		<title>追悼 庄司昭夫さん</title>
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		<pubDate>Thu, 19 May 2011 02:01:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　（株）アレフ（http://www.aleph-inc.co.jp/）の代表取締役社長・庄司昭夫さんが、3月23日にお亡くなりになり、一昨日、お別れの会が札幌で開催され1000名を越える参列者でいっぱいでした。全国で300店舗展開するハンバーグのお店「びっくりドンキー」で有名ですが、生産現場からの垂直的事業展開のほか、環境への提言、ドラムスのミュージシャンとしても幅広くご活躍でした。
 　地元では、これまでたくさんの経営者とお会いする中で、庄司社長ほど多彩な活動の場をお持ちの方を知りません。以前からフォーラム等では何回も同席しましたが、一番お人柄を知ったのは、今から8年くらい前に、新しく就任された札幌市の上田文雄市長に対するアドバイス集団「経済アドバイザー会議（SEF）」でご一緒した時でしょうか。2年間に8回程会合を開き、経営的視点から様々の提言を行いました、私はその事務局長として会議の議事録作成のためにテープ起こしをしたので、そこでの庄司社長の大変内容の濃いメッセージの数々と見識の高さを、忘れることができません。特に、「食―農」に対する哲学、日米関係への批判的考察、環境問題への提言等、とにかく幅広い分野に対する筋の通ったご発言は、確固たる信念に基づいていて、実に説得力がありました。
　これまでに多くのメッセージも発信されています。特に、2004年11月「さっぽろガイアミーティング」では、ハンガリー人で世界賢人会議「ブダペストクラブ：http://www.peaceproposal.com/jbudapestclub.html」主宰のアーヴィン・ラズロー氏、映画「ガイアシンフォニー：http://gaiasymphony.com/」監督・龍村仁氏をお迎えしてフォーラムを開催されました。
　～～～すべての存在は繋がりあい、その相互関係を進化させることこそが環境問題など混とんとした現代を克服する鍵となり、そして我々人間もまた繋がりあう有機的な総体の一部として、宇宙の進化に影響を及ぼすことができるのだ～～～～
　哲学者であり、物理学者であり、ピアノ奏者として優れた活動を続けたアーヴィン・ラズロー博士、映画監督・龍村仁さん、そして庄司昭夫社長との鼎談は、この10年の中で私にとって際立って印象深いひと時でした。
　庄司社長は、食―農分野では、国際食糧戦略としての日本の農業のあり方に対して戦う姿勢を鮮明にして、「真に消費者の立場に立つ」ことを追求し、BSE問題に関連しても積極的提言を行いました。そして企業のあり方では、社会性のある組織としての企業、「何を目的として戦うのか、理念競争の時代」と断言し、「昨今のように、ものごとが大きく変化していく時期には理念が必要で、何に命を使うか、死んでもこれだけは絶対に譲れないと守るべき自らの『掟：おきて』を持っているかどうか、会社の『掟』、個人個人の『掟』を持っているかどうかが、厳しく問われているのです」、そう発言集にも記されています。「掟：おきて」という言葉に込められる庄司社長の哲学に心を打たれました。
　尊敬する経営者、思想家であった庄司昭夫さま、どうか安らかにお眠り下さい。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="mceTemp">　（株）アレフ（<a href="http://www.aleph-inc.co.jp/">http://www.aleph-inc.co.jp/</a>）の代表取締役社長・庄司昭夫さんが、3月23日にお亡くなりになり、一昨日、お別れの会が札幌で開催され1000名を越える参列者でいっぱいでした。全国で300店舗展開するハンバーグのお店「びっくりドンキー」で有名ですが、生産現場からの垂直的事業展開のほか、環境への提言、ドラムスのミュージシャンとしても幅広くご活躍でした。</div>
<div id="attachment_8646" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010431.jpg"><img class="size-medium wp-image-8646" title="p1010431" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010431-500x375.jpg" alt="送る会で配布されたパンフレットより" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">送る会で配布されたパンフレットより</p></div>
<p> 　地元では、これまでたくさんの経営者とお会いする中で、庄司社長ほど多彩な活動の場をお持ちの方を知りません。以前からフォーラム等では何回も同席しましたが、一番お人柄を知ったのは、今から8年くらい前に、新しく就任された札幌市の上田文雄市長に対するアドバイス集団「経済アドバイザー会議（SEF）」でご一緒した時でしょうか。2年間に8回程会合を開き、経営的視点から様々の提言を行いました、私はその事務局長として会議の議事録作成のためにテープ起こしをしたので、そこでの庄司社長の大変内容の濃いメッセージの数々と見識の高さを、忘れることができません。特に、「食―農」に対する哲学、日米関係への批判的考察、環境問題への提言等、とにかく幅広い分野に対する筋の通ったご発言は、確固たる信念に基づいていて、実に説得力がありました。</p>
<div id="attachment_8647" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010430.jpg"><img class="size-medium wp-image-8647" title="p1010430" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010430-500x375.jpg" alt="社内・社外での多彩な活躍" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">社内・社外での多彩な活躍</p></div>
<div id="attachment_8648" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010432.jpg"><img class="size-medium wp-image-8648" title="p1010432" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010432.jpg" alt="多くのメッセージ発信も" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">多くのメッセージ発信も</p></div>
<p>　これまでに多くのメッセージも発信されています。特に、2004年11月「さっぽろガイアミーティング」では、ハンガリー人で世界賢人会議「ブダペストクラブ：<a href="http://www.peaceproposal.com/jbudapestclub.html">http://www.peaceproposal.com/jbudapestclub.html</a>」主宰のアーヴィン・ラズロー氏、映画「ガイアシンフォニー：<a href="http://gaiasymphony.com/">http://gaiasymphony.com/</a>」監督・龍村仁氏をお迎えしてフォーラムを開催されました。</p>
<p>　～～～すべての存在は繋がりあい、その相互関係を進化させることこそが環境問題など混とんとした現代を克服する鍵となり、そして我々人間もまた繋がりあう有機的な総体の一部として、宇宙の進化に影響を及ぼすことができるのだ～～～～</p>
<p>　哲学者であり、物理学者であり、ピアノ奏者として優れた活動を続けたアーヴィン・ラズロー博士、映画監督・龍村仁さん、そして庄司昭夫社長との鼎談は、この10年の中で私にとって際立って印象深いひと時でした。</p>
<p>　庄司社長は、食―農分野では、国際食糧戦略としての日本の農業のあり方に対して戦う姿勢を鮮明にして、「真に消費者の立場に立つ」ことを追求し、BSE問題に関連しても積極的提言を行いました。そして企業のあり方では、社会性のある組織としての企業、「何を目的として戦うのか、理念競争の時代」と断言し、「昨今のように、ものごとが大きく変化していく時期には理念が必要で、何に命を使うか、死んでもこれだけは絶対に譲れないと守るべき自らの『掟：おきて』を持っているかどうか、会社の『掟』、個人個人の『掟』を持っているかどうかが、厳しく問われているのです」、そう発言集にも記されています。「掟：おきて」という言葉に込められる庄司社長の哲学に心を打たれました。</p>
<p>　尊敬する経営者、思想家であった庄司昭夫さま、どうか安らかにお眠り下さい。</p>
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		<item>
		<title>今年も、札幌三吉神社の例大祭</title>
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		<pubDate>Tue, 17 May 2011 23:26:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8622</guid>
		<description><![CDATA[　札幌市中央区南1条西8丁目の札幌三吉神社例大祭（http://north.ninpou.jp/miyoshi/miyoshi.htm）が、今年も開催されました。気温はやや低めでしたが、日曜日は天気にも恵まれて、祭祀の後、神社から札幌市内中心部を渡輿でした。
　6月の北海道神宮例大祭に先立ち、札幌のマチなかの風物詩で、すぐ近くで育った私も、幼い頃からの思い出がたくさんあります。そもそも札幌の三吉神社は、秋田県の「太平山三吉神社総本宮：http://www.miyoshi.or.jp/」の流れを継ぐ由緒ある神社です。HPには、「全国各地及びブラジル サンパウロの三吉神社並びに太平山講の総本宮」と紹介されていて、「霊峰太平山の山頂（標高1,171ｍ）に奥宮、また秋田市広面赤沼に里宮が鎮座し、古来より≪勝利成功・事業繁栄≫ の守護神としてご崇敬を頂いております」と説明もあります。
　先日の例大祭には、秋田・総本宮の役員の方から新築改装のご報告、秋田の地元の方3名による三吉節（http://miyoshijinja.ftw.jp/rinnku.html）の奉納も披露されました。190万都市のど真ん中に、昔ながらの鎮守の杜があり、年一回のお祭りに多くの人が集う、これからも大切にしたいですね。今年は時間が無くゆっくり出来ませんでしたが、やかんで熱くなった日本酒が売れたでしょうね、一杯のお酒の量がそれぞれ大きく違うので、毎年楽しみ（？）です。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　札幌市中央区南1条西8丁目の札幌三吉神社例大祭（<a href="http://north.ninpou.jp/miyoshi/miyoshi.htm">http://north.ninpou.jp/miyoshi/miyoshi.htm</a>）が、今年も開催されました。気温はやや低めでしたが、日曜日は天気にも恵まれて、祭祀の後、神社から札幌市内中心部を渡輿でした。</p>
<div id="attachment_8623" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010425.jpg"><img class="size-medium wp-image-8623" title="p1010425" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010425-500x375.jpg" alt="三吉神社境内で渡御準備" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">三吉神社境内で渡御準備</p></div>
<p>　6月の北海道神宮例大祭に先立ち、札幌のマチなかの風物詩で、すぐ近くで育った私も、幼い頃からの思い出がたくさんあります。そもそも札幌の三吉神社は、秋田県の「太平山三吉神社総本宮：<a href="http://www.miyoshi.or.jp/">http://www.miyoshi.or.jp/</a>」の流れを継ぐ由緒ある神社です。HPには、「全国各地及びブラジル サンパウロの三吉神社並びに太平山講の総本宮」と紹介されていて、「霊峰太平山の山頂（標高<span>1,171ｍ）に奥宮、また秋田市広面赤沼に里宮が鎮座し、</span>古来より≪勝利成功・事業繁栄≫ の守護神としてご崇敬を頂いております」と説明もあります。</p>
<p>　先日の例大祭には、秋田・総本宮の役員の方から新築改装のご報告、秋田の地元の方3名による三吉節（<a href="http://miyoshijinja.ftw.jp/rinnku.html">http://miyoshijinja.ftw.jp/rinnku.html</a>）の奉納も披露されました。190万都市のど真ん中に、昔ながらの鎮守の杜があり、年一回のお祭りに多くの人が集う、これからも大切にしたいですね。今年は時間が無くゆっくり出来ませんでしたが、やかんで熱くなった日本酒が売れたでしょうね、一杯のお酒の量がそれぞれ大きく違うので、毎年楽しみ（？）です。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>ある結婚式にて</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8588</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8588#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 16 May 2011 00:09:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8588</guid>
		<description><![CDATA[ 　私の親友K.Aの息子さんが東京で結婚するにあたり、彼の厚意で招待を受けたので、先日今風の結婚式に出席しました。60名程の出席者、殆どは20代・30代の若い方々ばかり、結婚式は人前での誓い、披露宴は仲人の代わり（？）に入口前のスノーボードに託されたメッセージでした。二人は冬のスノーボードが出会いだったとか。
　仲人が新郎・新婦の両サイドに立って、というのが一般的だった昔に比べて、今はヒナ段はカップルだけ。でも何の違和感も無いですから昔は何だったのか、とも思います。全体を通して新郎・新婦の出番の多い企画、ケーキ一つとっても二人ばかりでなく母親が登場したり、会場スタッフと二人の事前の再三の打ち合わせで、盛りだくさんのプログラムでした。カメラの絵になる場面が実に多く、後日出来上がるだろう写真集が楽しみです。
　企業経営者時代に、社員の仲人を頼まれる時も多かったのを懐かしく思い出します。直接の出会いには関わっていないのに、「仲人」の務めとして新郎・新婦を紹介し、披露宴では終始ヒナ壇に出ずっぱりで座り続ける、今考えると、実に僭越な役回りでした。
　K.Aと始まる前に話をしていたのですが、20代とか30代の若い世代を前にすると、今日の状況下、我々の世代は何か「こんな世の中にしてしまって申し訳ない」と謝罪の言葉から始めなければならない心境だよね、と。国家財政の膨大な負債、原発を止められずに放射能汚染された海・大地・空気等・・・・。第二次世界大戦後の平和な時代に生まれ、高度成長期を一生懸命それなりに社会のため、家族のためと仕事一筋に働いてきた私たちの世代、浪費したつもりは無いのだけれど、バブル崩壊以後の「平成生まれ世代」からは、高度成長を謳歌しただけ（？）の私たち、結果的には行き過ぎた「消費社会」を造り出してしまった、そんな自責の念でしょうか。
　披露宴の出席者の中で、同じテーブルの2歳くらいの男の子、隣のテーブルの来月生まれてくる新たないのちを宿した近未来の母、日本の地域医療に意欲も燃やす医学生、そして輝くような若い世代の男女達を見ながら、思わず視線を下げる自分に気がつきました。同じ気持を共有する親友のK.Aは、その気持を最後の新郎の父の挨拶の中で語ろうと準備をしていたのですが、本番ではさすがに胸が詰まり、ただ「ありがとうございました」と言うのが精一杯のようでした。
 
　先日、北海道大学教授・山口二郎先生（http://www.yamaguchijiro.com/）が主宰する「フォーラム in 札幌時計台～パラダイムの転換：http://yamaguchijiro.img.jugem.jp/20110410_1781910.jpg」がありました。「閉塞を嘆くばかりでは何も変わらない」という副題でしたが、その中で、政治の世界で、「未来への責任」という概念がいかに構造的に困難かが話題になり、大変興味深いお話でした。政党の理念として「未来への責任」と語っても、その「未来」を担う人々が、今現在は選挙権がない、まだこの世に生れてきていない、言葉がない等、「票」の獲得で、政治というのがどうしても目の前の課題解決に終始せざるを得ない構造があるというのです。確かに、公共投資・福祉財源としての国債発行、子どもの政策といっても次代を担う世代のためと言うより、「子ども手当」として現在の親への支援として実行してしまう、負債・改革の先送り、そんな繰り返しが今日の危機を招いているのでしょう。
　さらに、戦後、「一億総ざんげ」と時の総理大臣が国民に言い放ったように、今の原発事故の推移を見ていると、責任の所在を曖昧にしてしまう発言・報道がみるけられるとも。責任の概念を4つのレベルに分ける必要性、すなわち、「犯罪」、「政治的」、「道徳的」、「メタフィジカル（歴史に対して）」の説明は分かりやすかったです。
　そしてもう一つ、現在の原発事故等でも象徴される「リスク社会」についての言及もありました。「リスク社会」の特徴は、1）大変大きな破局的被害、2）確率はかなり小さく計算が困難、であるがゆえに、今までのような合理的・効率的概念では対応が難しいというのです。原発事故は、飛行機の墜落事故・自動車事故、とは基本的に異質なリスクです。普通のリスクの場合、伝統的なアイディアでは、起きる確率に対して「中庸をゆく」みたいな対策、「保険を掛ける」的発想が功を奏してきたのですが、現在のリスク社会では、中途半端な対策では何の役にも立たちません。
　そんな意味では、原発に関しては「事故が起こる」からではなく、「放射能」が制御できないものであるゆえに、地球上には在ってはいけない「存在」なのだと思います。生物的でない、普通に稼働している時でも危険、終わって廃炉にしても危険、と言えましょう。パラダイム転換、エネルギー政策の転換が必須です。
　朝日新聞の5月13日朝刊に、ドイツの社会学者・ウルリッヒ・ベック氏の論説が掲載されていました。そのタイトルは「限界のないリスク、近代社会が生んだ不確実性の象徴」、「産業界や専門家に判断独占させず、市民の関与を進めよ」、とありました。
　「原子力発電」、「地球温暖化」、「国際金融」、「テロ」等、現在のグローバルな課題に直面する「リスク社会」という認識の中で、社会への関与を一人の市民として一層強める、それが成熟した「シビル・ソサイアティ」なのでしょう。
　結婚式に参加して続いてのフォーラムにより、若いカップルの心からの幸せを祝福しながら、新しい時代の視座を獲得した気がします。
＜追加コメント：17日＞　政治では「未来への責任」を受け止めるのが難しいとしても、一人一人の市民意識、市民活動として「未来への責任」を提起することこそ、今重要になっている時代なのではないか、それが最終フレーズの「新しい時代の視座」ということです。投票行動を通して政治・議会に期待する一方で、シビルソサイアティの自立した市民としての意思表示、それを支える寄付金は、税金とともに車の両輪となるべきだとも思います。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p> 　私の親友K.Aの息子さんが東京で結婚するにあたり、彼の厚意で招待を受けたので、先日今風の結婚式に出席しました。60名程の出席者、殆どは20代・30代の若い方々ばかり、結婚式は人前での誓い、披露宴は仲人の代わり（？）に入口前のスノーボードに託されたメッセージでした。二人は冬のスノーボードが出会いだったとか。</p>
<div id="attachment_8589" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010395.jpg"><img class="size-medium wp-image-8589" title="p1010395" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010395-375x500.jpg" alt="披露宴入口で" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">披露宴入口で：スノーボードに描かれたメッセージ</p></div>
<p>　仲人が新郎・新婦の両サイドに立って、というのが一般的だった昔に比べて、今はヒナ段はカップルだけ。でも何の違和感も無いですから昔は何だったのか、とも思います。全体を通して新郎・新婦の出番の多い企画、ケーキ一つとっても二人ばかりでなく母親が登場したり、会場スタッフと二人の事前の再三の打ち合わせで、盛りだくさんのプログラムでした。カメラの絵になる場面が実に多く、後日出来上がるだろう写真集が楽しみです。</p>
<p>　企業経営者時代に、社員の仲人を頼まれる時も多かったのを懐かしく思い出します。直接の出会いには関わっていないのに、「仲人」の務めとして新郎・新婦を紹介し、披露宴では終始ヒナ壇に出ずっぱりで座り続ける、今考えると、実に僭越な役回りでした。</p>
<p>　K.Aと始まる前に話をしていたのですが、20代とか30代の若い世代を前にすると、今日の状況下、我々の世代は何か「こんな世の中にしてしまって申し訳ない」と謝罪の言葉から始めなければならない心境だよね、と。国家財政の膨大な負債、原発を止められずに放射能汚染された海・大地・空気等・・・・。第二次世界大戦後の平和な時代に生まれ、高度成長期を一生懸命それなりに社会のため、家族のためと仕事一筋に働いてきた私たちの世代、浪費したつもりは無いのだけれど、バブル崩壊以後の「平成生まれ世代」からは、高度成長を謳歌しただけ（？）の私たち、結果的には行き過ぎた「消費社会」を造り出してしまった、そんな自責の念でしょうか。</p>
<p>　披露宴の出席者の中で、同じテーブルの2歳くらいの男の子、隣のテーブルの来月生まれてくる新たないのちを宿した近未来の母、日本の地域医療に意欲も燃やす医学生、そして輝くような若い世代の男女達を見ながら、思わず視線を下げる自分に気がつきました。同じ気持を共有する親友のK.Aは、その気持を最後の新郎の父の挨拶の中で語ろうと準備をしていたのですが、本番ではさすがに胸が詰まり、ただ「ありがとうございました」と言うのが精一杯のようでした。</p>
<p> </p>
<p>　先日、北海道大学教授・山口二郎先生（<a href="http://www.yamaguchijiro.com/">http://www.yamaguchijiro.com/</a>）が主宰する「<strong>フォーラム in 札幌時計台～パラダイムの転換</strong>：<a href="http://yamaguchijiro.img.jugem.jp/20110410_1781910.jpg">http://yamaguchijiro.img.jugem.jp/20110410_1781910.jpg</a>」がありました。「<strong>閉塞を嘆くばかりでは何も変わらない</strong>」という副題でしたが、その中で、政治の世界で、「未来への責任」という概念がいかに構造的に困難かが話題になり、大変興味深いお話でした。政党の理念として「未来への責任」と語っても、その「未来」を担う人々が、今現在は選挙権がない、まだこの世に生れてきていない、言葉がない等、「票」の獲得で、政治というのがどうしても目の前の課題解決に終始せざるを得ない構造があるというのです。確かに、公共投資・福祉財源としての国債発行、子どもの政策といっても次代を担う世代のためと言うより、「子ども手当」として現在の親への支援として実行してしまう、負債・改革の先送り、そんな繰り返しが今日の危機を招いているのでしょう。</p>
<p>　さらに、戦後、「一億総ざんげ」と時の総理大臣が国民に言い放ったように、今の原発事故の推移を見ていると、責任の所在を曖昧にしてしまう発言・報道がみるけられるとも。責任の概念を4つのレベルに分ける必要性、すなわち、「犯罪」、「政治的」、「道徳的」、「メタフィジカル（歴史に対して）」の説明は分かりやすかったです。</p>
<p>　そしてもう一つ、現在の原発事故等でも象徴される「<strong>リスク社会</strong>」についての言及もありました。「リスク社会」の特徴は、1）大変大きな破局的被害、2）確率はかなり小さく計算が困難、であるがゆえに、今までのような合理的・効率的概念では対応が難しいというのです。原発事故は、飛行機の墜落事故・自動車事故、とは基本的に異質なリスクです。普通のリスクの場合、伝統的なアイディアでは、起きる確率に対して「中庸をゆく」みたいな対策、「保険を掛ける」的発想が功を奏してきたのですが、現在のリスク社会では、中途半端な対策では何の役にも立たちません。</p>
<p>　そんな意味では、原発に関しては「事故が起こる」からではなく、「放射能」が制御できないものであるゆえに、地球上には在ってはいけない「存在」なのだと思います。生物的でない、普通に稼働している時でも危険、終わって廃炉にしても危険、と言えましょう。パラダイム転換、エネルギー政策の転換が必須です。</p>
<p>　朝日新聞の5月13日朝刊に、ドイツの社会学者・ウルリッヒ・ベック氏の論説が掲載されていました。そのタイトルは「<strong>限界のないリスク、近代社会が生んだ不確実性の象徴</strong>」、「<strong>産業界や専門家に判断独占させず、市民の関与を進めよ</strong>」、とありました。</p>
<p>　「原子力発電」、「地球温暖化」、「国際金融」、「テロ」等、現在のグローバルな課題に直面する「<strong>リスク社会</strong>」という認識の中で、社会への関与を一人の市民として一層強める、それが成熟した「シビル・ソサイアティ」なのでしょう。</p>
<p>　結婚式に参加して続いてのフォーラムにより、若いカップルの心からの幸せを祝福しながら、新しい時代の視座を獲得した気がします。</p>
<p><strong>＜追加コメント：17日＞　政治では「未来への責任」を受け止めるのが難しいとしても、一人一人の市民意識、市民活動として「未来への責任」を提起することこそ、今重要になっている時代なのではないか、それが最終フレーズの「新しい時代の視座」ということです。投票行動を通して政治・議会に期待する一方で、シビルソサイアティの自立した市民としての意思表示、それを支える寄付金は、税金とともに車の両輪となるべきだとも思います。</strong></p>
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		<title>大震災から2カ月以上を経て・・・</title>
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		<pubDate>Thu, 12 May 2011 23:01:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8054</guid>
		<description><![CDATA[　あっという間に「3・11」から2か月が過ぎました。この間私は、東京方面には4回程出張しましたが、様々な場で3・11以前と明らかに違っている世界も感じます。ただ、仕事場として移動・活動するのには、何の不都合もありません、これで十分です、いやもっと節約しても構いません。さらに自分のライフスタイルで「節電」に努めること、それは限られた電力を他の必要としている方々へ「贈与」することであり、これこそ「絆：きずな」の証明でしょう。
　テレビ・新聞報道、東京電力経営者、経産省、原子力村の学者たちには、憤りだらけですが、一方、時が経つにつれて、優れたメッセージもたくさん目にするようになってきています。
　まずは、以前から尊敬す方のブログ「凛和総合研究所：http://www.linhwa.jp/」です。今回、その中で紹介されている「復興か創造か―これからの文明―：http://www.tkfd.or.jp/topics/detail.php?id=268」は、その構想力に感服します。
　もう一つは、岩波書店月刊誌「世界2011年5月号『生きよう！』、6月号『原子力からの脱出』：http://www.iwanami.co.jp/sekai/」です。多くの識者が一連の災害・原発事故をどう受け止めて、新しい日本国建設に対する具体的方策も提起していて、読み応えがあります。この所あまり縁もなかった週刊誌も、この2カ月いつになく買い求めて読んでいます、知らない事実がたくさんあり、存在感抜群です！
　テレビ番組では、「チェルノブイリ原発事故」から25周年の今年、これをテーマとした深夜のNHK-BS放送ドキュメンタリー連続番組、「永遠のチェルノブイリ」「被曝の森はいま」「見えない敵」、5年前の「汚された大地で ～チェルノブイリ 20年後の真実」ほか、貴重なメッセージです、まさに「想定内」の内部被曝の現実に、私たちは歴史から学ぶ真摯な姿勢でなければなりません（http://www.nhk.or.jp/wdoc-blog/200/77575.html）。引き続き来週も特集があるようです。
　私なりには、取り敢えず浜岡原発は停止が決定しましたし、少しずつ動きが出てきているのを感じています。ただ、福島原発は炉心溶融、高濃度汚染水垂れ流しほか、ますます深刻な状態が明るみに出てきて、緊張感が高まります、これ以上悪化しない努力を期待するしかありません。
　等身大の身近な所では、これまでの「天気予報」とともに、放射能測定モニタリングデータに基づく「放射能・線量予報」、電気供給量と消費量を日々明示する「電気予報」を設定し、毎日数回告知することを提案したいです、すでに始まっているようでもあり、先日東京駅で、可能電気供給量と消費量を明示する電光掲示板を見ました。
　「日常性を取り戻すことが支援につながる」と、被災の現実から安易に眼を遠ざける都会人の上滑りな風潮は気になります。3・11がエネルギー・食の大転換点であること、放射能と共に暮らす時代を直視して、改革することから逃げてはならないことに変わりはありません。
　自分的には、北海道の資源を棚卸して、代替エネルギーの提案も模索したいですね、「火山国家」、「海洋国家」を逆手にとって、エネルギーを創り出すみたいな構想を持ちましょうよ、北海道電力にも積極的に提案したいし、北海道なら必ず出来る、そんな気がします。うつろな「がんばろう、ニッポン」、「ひとりじゃない」の連呼よりも、個々人のライフスタイルの変革で連帯する、それが地に着いた「支援」というものでしょう！！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　あっという間に「3・11」から2か月が過ぎました。この間私は、東京方面には4回程出張しましたが、様々な場で3・11以前と明らかに違っている世界も感じます。ただ、仕事場として移動・活動するのには、何の不都合もありません、これで十分です、いやもっと節約しても構いません。さらに自分のライフスタイルで「節電」に努めること、それは限られた電力を他の必要としている方々へ「贈与」することであり、これこそ「絆：きずな」の証明でしょう。</p>
<div id="attachment_8055" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010314.jpg"><img class="size-medium wp-image-8055" title="p1010314" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010314-500x375.jpg" alt="誰もいない到着ロビーへの道" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">誰もいない羽田空港到着ロビーへの道（2週間後）</p></div>
<div id="attachment_8559" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010420.jpg"><img class="size-medium wp-image-8559" title="p1010420" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010420-375x500.jpg" alt="節電努力：外資系金融機関が集まるテナントビル" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">節電努力：外資系金融機関が集まる都内テナントビル</p></div>
<div id="attachment_8560" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010421.jpg"><img class="size-medium wp-image-8560" title="p1010421" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010421-375x500.jpg" alt="節電努力：都内ホテルで" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">節電努力：都内ホテルで</p></div>
<p>　テレビ・新聞報道、東京電力経営者、経産省、原子力村の学者たちには、憤りだらけですが、一方、時が経つにつれて、優れたメッセージもたくさん目にするようになってきています。</p>
<p>　まずは、以前から尊敬す方のブログ「<strong>凛和総合研究所</strong>：<a href="http://www.linhwa.jp/">http://www.linhwa.jp/</a>」です。今回、その中で紹介されている「<strong>復興か創造か―これからの文明―：</strong><a href="http://www.tkfd.or.jp/topics/detail.php?id=268">http://www.tkfd.or.jp/topics/detail.php?id=268</a>」は、その構想力に感服します。</p>
<p>　もう一つは、岩波書店月刊誌「<strong>世界2011年5月号『生きよう！』、6月号『原子力からの脱出</strong>』：<a href="http://www.iwanami.co.jp/sekai/">http://www.iwanami.co.jp/sekai/</a>」です。多くの識者が一連の災害・原発事故をどう受け止めて、新しい日本国建設に対する具体的方策も提起していて、読み応えがあります。この所あまり縁もなかった週刊誌も、この2カ月いつになく買い求めて読んでいます、知らない事実がたくさんあり、存在感抜群です！</p>
<p>　テレビ番組では、「チェルノブイリ原発事故」から25周年の今年、これをテーマとした深夜のNHK-BS放送ドキュメンタリー連続番組、「<strong>永遠のチェルノブイリ</strong>」「<strong>被曝の森はいま</strong>」「<strong>見えない敵</strong>」、5年前の「<strong>汚された大地で ～チェルノブイリ 20年後の真実</strong>」ほか、貴重なメッセージです、まさに「想定内」の内部被曝の現実に、私たちは歴史から学ぶ真摯な姿勢でなければなりません（<a href="http://www.nhk.or.jp/wdoc-blog/200/77575.html">http://www.nhk.or.jp/wdoc-blog/200/77575.html</a>）。引き続き来週も特集があるようです。</p>
<p>　私なりには、取り敢えず浜岡原発は停止が決定しましたし、少しずつ動きが出てきているのを感じています。ただ、福島原発は炉心溶融、高濃度汚染水垂れ流しほか、ますます深刻な状態が明るみに出てきて、緊張感が高まります、これ以上悪化しない努力を期待するしかありません。</p>
<p>　等身大の身近な所では、これまでの「天気予報」とともに、放射能測定モニタリングデータに基づく「<strong>放射能・線量予報</strong>」、電気供給量と消費量を日々明示する「<strong>電気予報</strong>」を設定し、毎日数回告知することを提案したいです、すでに始まっているようでもあり、先日東京駅で、可能電気供給量と消費量を明示する電光掲示板を見ました。</p>
<p>　「日常性を取り戻すことが支援につながる」と、被災の現実から安易に眼を遠ざける都会人の上滑りな風潮は気になります。3・11がエネルギー・食の大転換点であること、放射能と共に暮らす時代を直視して、改革することから逃げてはならないことに変わりはありません。</p>
<p>　自分的には、北海道の資源を棚卸して、代替エネルギーの提案も模索したいですね、「火山国家」、「海洋国家」を逆手にとって、エネルギーを創り出すみたいな構想を持ちましょうよ、北海道電力にも積極的に提案したいし、北海道なら必ず出来る、そんな気がします。うつろな「がんばろう、ニッポン」、「ひとりじゃない」の連呼よりも、個々人のライフスタイルの変革で連帯する、それが地に着いた「支援」というものでしょう！！</p>
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		<title>ウィキリークスの威力</title>
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		<pubDate>Tue, 10 May 2011 20:13:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　「WikiLeaks：http://wikileaks.ch/」は、ご存じのように、2006年にオーストラリア人ジュリアン・アサンジ（Julian P.Assange）氏が、「全ての情報にあらゆる人がアクセスできるべき」との理念で創設したウェッブサイトです。どんなものかは、こちらの動画（http://www.youtube.com/watch?v=J2ZI4s9yxc4）でも分かりますが、日本では「暴露系サイト！」とマスメディアにより「ならず者」扱いで、諸外国との認識の差が甚だしいです。
　約40万件の外国公電を把握していると言われていますが、現在はそのまだ1％しか公開されていません、国別ではアメリカがトップ、日本は3番目の多さにもかかわらず、これまで国内関係者はその事実を過小評価・隠ぺいしようとしていました。これらが公開されれば日本のマスメディアの報道に対して、大きな疑問を提起するからでしょう、各国首脳の対応に比べて日本の当局の認知度が低いのは、日本のメディアがウィキリークスの価値を正確に伝えていないことに因るものでしょう。
　今回、朝日新聞の一連のウィキリークスによる公開文書を読むと、日本の外務・防衛官僚が、日米関係に対して自国政府元首・大臣よりもアメリカ当局の意向をおもんぱかる異常さ、まさに国民をなめた姿勢と言えるのではありませんか。この特集は衝撃的で、ウィキリークスの情報公開について（http://wikileaks-japan.blogspot.com/）、天木直人さんは「日本外交への地震・津波だ」、と表現しています（http://news.livedoor.com/article/detail/5537721/）。
　このコメントとは別ですが、来月札幌で下記の講演会を予定しています。
～～～～～グリーン九条の会 第4回講演会̶ 経済の視点から平和を考える～～～～～～～～̶
天木 直人 氏　「さらば　日米同盟～平和国家日本を目指す最強の自主防衛政策～」

と　き：2011年6月25日（土）
開場13：30　開演14：00
ところ：りんゆうホール　札幌市東区北9条東2丁目りんゆう観光3F
TEL：011－742－4233
会　費：1,000円
主　催：グリーン九条の会
協　賛：（株）りんゆう観光
連絡先　グリーン九条の会
〒003-0831 札幌市白石区北郷1条7丁目5－8 白鳥方　　　green9zyonokai@gmail.com
お問い合わせ、参加申し込みは、郵送か、メールでお願いします
天木 直人 Naoto AMAKI　プロフィール
1947年、山口県に生まれる。1969年、京都大学法学部中退後、上級職として外務省入省。中近東アフリカ局アフリカ第二課長、内閣安全保障室審議官、在マレーシア日本国大使館公使、在オーストラリア日本国大使館公使、在カナダ日本国大使館公使、アメリカ在デトロイト日本国総領事などを経て、2001年2月～2003年8月、駐レバノン日本国特命全権大使。小泉純一郎首相らに米国のイラク攻撃を支持しないよう諫言したことで、2003年8月に外務省を解雇処分。その後、評論・執筆活動を続ける。日本ペンクラブ会員。
著書には23万部を超すベストセラーとなった『さらば外務省！』（講談社）をはじめ、『怒れ、9条！』『アメリカの不正義』（以上展望社）、『さらば小泉純一郎！』『ウラ読みニッポン』（以上、講談社）などがある。さらに『さらば日米同盟！』（講談社 2010年）。～～～～～～～～～～～～～～
 
　日本の既存メディアが、メディア分野の新しい動きに対してみせる姿勢は、国際社会の中でこれまでいつも特異的です。インターネットニュースサイトを情報収集から締め出し、ウィキリークスを「暴露系」と誹謗中傷し、限られた情報のみを「既存メディア村」内で処理加工してきた事実。今回の東京電力原子力発電所事故においても、諸外国のメディア情報により事実を迅速に把握していた日本国民が多かったのは、実に嘆かわしいことですね。今の時代、「隠ぺい」などというのは出来るはずもありません。
　繰り返します、「風評被害」が拡がるのは、ひとえに正確な情報を迅速に伝えていないからに外ならず、従来のメディアに比べて、市民活動団体、独立系市民メディアのグローバルな発信力・収集力は、多言語を駆使し双方向機能も兼ね備えていて、素晴らしい力なのだと思います。豊富な情報の中から的確な判断をする、自立した「個」に基づく成熟した市民社会でありたいものです。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「WikiLeaks：<a href="http://wikileaks.ch/">http://wikileaks.ch/</a>」は、ご存じのように、2006年にオーストラリア人ジュリアン・アサンジ（Julian P.Assange）氏が、「全ての情報にあらゆる人がアクセスできるべき」との理念で創設したウェッブサイトです。どんなものかは、こちらの動画（<a href="http://www.youtube.com/watch?v=J2ZI4s9yxc4">http://www.youtube.com/watch?v=J2ZI4s9yxc4</a>）でも分かりますが、日本では「<strong>暴露系サイト！</strong>」とマスメディアにより「ならず者」扱いで、諸外国との認識の差が甚だしいです。</p>
<p>　約40万件の外国公電を把握していると言われていますが、現在はそのまだ1％しか公開されていません、国別ではアメリカがトップ、日本は3番目の多さにもかかわらず、これまで国内関係者はその事実を過小評価・隠ぺいしようとしていました。これらが公開されれば日本のマスメディアの報道に対して、大きな疑問を提起するからでしょう、各国首脳の対応に比べて日本の当局の認知度が低いのは、日本のメディアがウィキリークスの価値を正確に伝えていないことに因るものでしょう。</p>
<p>　今回、朝日新聞の一連のウィキリークスによる公開文書を読むと、日本の外務・防衛官僚が、日米関係に対して自国政府元首・大臣よりもアメリカ当局の意向をおもんぱかる異常さ、まさに国民をなめた姿勢と言えるのではありませんか。この特集は衝撃的で、ウィキリークスの情報公開について（<a href="http://wikileaks-japan.blogspot.com/">http://wikileaks-japan.blogspot.com/</a>）、天木直人さんは「日本外交への地震・津波だ」、と表現しています（<a href="http://news.livedoor.com/article/detail/5537721/">http://news.livedoor.com/article/detail/5537721/</a>）。</p>
<p>　このコメントとは別ですが、来月札幌で下記の講演会を予定しています。</p>
<p>～～～～～グリーン九条の会 第4回講演会̶ 経済の視点から平和を考える～～～～～～～～̶<br />
<em><strong>天木 直人 氏　「さらば　日米同盟～平和国家日本を目指す最強の自主防衛政策～」<br />
</strong><br />
</em>と　き：2011年6月25日（土）<br />
開場13：30　開演14：00<br />
ところ：りんゆうホール　札幌市東区北9条東2丁目りんゆう観光3F<br />
TEL：011－742－4233<br />
会　費：1,000円<br />
主　催：グリーン九条の会<br />
協　賛：（株）りんゆう観光</p>
<p>連絡先　グリーン九条の会<br />
〒003-0831 札幌市白石区北郷1条7丁目5－8 白鳥方　　　<a href="mailto:green9zyonokai@gmail.com">green9zyonokai@gmail.com</a><br />
お問い合わせ、参加申し込みは、郵送か、メールでお願いします</p>
<p>天木 直人 Naoto AMAKI　プロフィール<br />
1947年、山口県に生まれる。1969年、京都大学法学部中退後、上級職として外務省入省。中近東アフリカ局アフリカ第二課長、内閣安全保障室審議官、在マレーシア日本国大使館公使、在オーストラリア日本国大使館公使、在カナダ日本国大使館公使、アメリカ在デトロイト日本国総領事などを経て、2001年2月～2003年8月、駐レバノン日本国特命全権大使。小泉純一郎首相らに米国のイラク攻撃を支持しないよう諫言したことで、2003年8月に外務省を解雇処分。その後、評論・執筆活動を続ける。日本ペンクラブ会員。<br />
著書には23万部を超すベストセラーとなった『さらば外務省！』（講談社）をはじめ、『怒れ、9条！』『アメリカの不正義』（以上展望社）、『さらば小泉純一郎！』『ウラ読みニッポン』（以上、講談社）などがある。さらに『さらば日米同盟！』（講談社 2010年）。～～～～～～～～～～～～～～</p>
<p> </p>
<p>　日本の既存メディアが、メディア分野の新しい動きに対してみせる姿勢は、国際社会の中でこれまでいつも特異的です。インターネットニュースサイトを情報収集から締め出し、ウィキリークスを「暴露系」と誹謗中傷し、限られた情報のみを「既存メディア村」内で処理加工してきた事実。今回の東京電力原子力発電所事故においても、諸外国のメディア情報により事実を迅速に把握していた日本国民が多かったのは、実に嘆かわしいことですね。今の時代、「隠ぺい」などというのは出来るはずもありません。</p>
<p>　繰り返します、「風評被害」が拡がるのは、ひとえに正確な情報を迅速に伝えていないからに外ならず、従来のメディアに比べて、市民活動団体、独立系市民メディアのグローバルな発信力・収集力は、多言語を駆使し双方向機能も兼ね備えていて、素晴らしい力なのだと思います。豊富な情報の中から的確な判断をする、自立した「個」に基づく成熟した市民社会でありたいものです。</p>
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		<title>「男肉　du Soleil」、大復活！</title>
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		<pubDate>Sun, 08 May 2011 20:19:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8394</guid>
		<description><![CDATA[　「男肉　du Soleil：オニク・ド・ソレイユ（http://oniku-du-soleil.boy.jp/）」の公演がシアターZooでありました。若い男たちが上半身裸で踊り、叫びまくる舞台、予想はしていましたが「緊張感？」がありましたね！「写肉祭（フォトコンテスト）」に応募しようと数枚写真も撮ったのですが、動きが速くてとても作品までは至りませんでした。
　以前この欄に、私のパリ・ムーランルージュの舞台に引き出される体験 （http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2264）を書きましたが、今回も舞台で踊ったお客さまがいらっしゃいました、まるで違和感が無い素晴らしい踊りでした。客席では裸の男が私の横を行ったり来たり、終盤は汗いっぱいの体で私に向かって倒れ掛ってきて、まさに「緊張感」もいっぱいでした。20代の男たちの何とも言えない切なさが伝わってきました。
　アフタートークは、劇団「千年王國：http://sen-nen.org/」代表の橋口幸絵（http://bamora.seesaa.net/）さんと「オニク・・・」代表の池浦さだ夢さんでした。池浦さんからは、私には意外な程純朴な（！）お話の数々で、少しの驚きがありました。
 橋口さんは、「今回の公演、見ているだけで妊娠しそう」とおっしゃっていました、すごいフレーズですね！公演前に丁度ロビーにいらしゃったので、ようやくご挨拶ができたし、お話も大変興味深かったです、今回はこの劇団の受け入れで場所も提供して、「寮母状態」とのことでした。
昨年の「札幌劇場祭：http://www.s-artstage.com/2010/tgr/2010/12/865/」で、私は審査員の一人でした。
http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6621
http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6707
 http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=148
　劇団「千年王國」はこの劇場祭で「ダニーと紺碧の海：http://sennencocuchi.blog.shinobi.jp/Entry/38/」を上演しました、若さ溢れて大変オシャレな舞台で好きでした。今月14・15日には、韓国・光州市で開かれるビエンナーレ「光州平和演劇祭」に日本の代表として「贋作者」公演の予定です、素晴らしい舞台を期待したいですね！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「男肉　du Soleil：オニク・ド・ソレイユ（<a href="http://oniku-du-soleil.boy.jp/">http://oniku-du-soleil.boy.jp/</a>）」の公演がシアターZooでありました。若い男たちが上半身裸で踊り、叫びまくる舞台、予想はしていましたが「緊張感？」がありましたね！「写肉祭（フォトコンテスト）」に応募しようと数枚写真も撮ったのですが、動きが速くてとても作品までは至りませんでした。</p>
<div id="attachment_8397" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010369.jpg"><img class="size-medium wp-image-8397" title="p1010369" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010369.jpg" alt="男8人が踊り、語る2時間" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">男8人が踊り、叫ぶ2時間</p></div>
<div id="attachment_8398" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010362.jpg"><img class="size-medium wp-image-8398" title="p1010362" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010362.jpg" alt="ほとばしる汗、熱気が充満！！" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">ほとばしる汗、熱気が充満！！</p></div>
<p>　以前この欄に、私のパリ・ムーランルージュの舞台に引き出される体験 （<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2264">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2264</a>）を書きましたが、今回も舞台で踊ったお客さまがいらっしゃいました、まるで違和感が無い素晴らしい踊りでした。客席では裸の男が私の横を行ったり来たり、終盤は汗いっぱいの体で私に向かって倒れ掛ってきて、まさに「緊張感」もいっぱいでした。20代の男たちの何とも言えない切なさが伝わってきました。</p>
<p>　アフタートークは、劇団「千年王國：<a href="http://sen-nen.org/">http://sen-nen.org/</a>」代表の橋口幸絵（<a href="http://bamora.seesaa.net/">http://bamora.seesaa.net/</a>）さんと「オニク・・・」代表の池浦さだ夢さんでした。池浦さんからは、私には意外な程純朴な（！）お話の数々で、少しの驚きがありました。</p>
<div id="attachment_8399" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010372.jpg"><img class="size-medium wp-image-8399" title="p1010372" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010372.jpg" alt="口直し（失礼）のアフタートーク" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">口直し？（失礼）のアフタートーク</p></div>
<p> 橋口さんは、「今回の公演、見ているだけで妊娠しそう」とおっしゃっていました、すごいフレーズですね！公演前に丁度ロビーにいらしゃったので、ようやくご挨拶ができたし、お話も大変興味深かったです、今回はこの劇団の受け入れで場所も提供して、「寮母状態」とのことでした。</p>
<p>昨年の「札幌劇場祭：<a href="http://www.s-artstage.com/2010/tgr/2010/12/865/">http://www.s-artstage.com/2010/tgr/2010/12/865/</a>」で、私は審査員の一人でした。</p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6621">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6621</a></p>
<p><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6707">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6707</a></p>
<p> <a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=148">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=148</a></p>
<p>　劇団「千年王國」はこの劇場祭で「ダニーと紺碧の海：<a href="http://sennencocuchi.blog.shinobi.jp/Entry/38/">http://sennencocuchi.blog.shinobi.jp/Entry/38/</a>」を上演しました、若さ溢れて大変オシャレな舞台で好きでした。今月14・15日には、韓国・光州市で開かれるビエンナーレ「光州平和演劇祭」に日本の代表として「贋作者」公演の予定です、素晴らしい舞台を期待したいですね！</p>
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		<item>
		<title>北海道マサチューセッツ協会総会で</title>
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		<pubDate>Thu, 05 May 2011 23:41:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8402</guid>
		<description><![CDATA[　北海道マサチューセッツ協会（http://www5.ocn.ne.jp/~homas/）の年次総会が開催されました。北海道とアメリカ・マサチューセッツ州（http://www.discoveramerica.com/jp/massachusetts/）とが姉妹州契約を結んだ1990年に設立され、これまで文化・芸術・教育分野を中心に交流を続けてきています。私は当初から関わっているのですが、その後、仕事上の多忙で殆ど活動には貢献出来ていません。この間、大変熱心な活動をつづけていらっしゃる中垣事務局長は、直接は習いませんでしたが私の高校時代の恩師です。
　懐かしい顔も多く、総会会場では桑折広幸さんの「『暖』ボールアート」のミニ展示、明楽（あけら）みゆきさんのチェンバロ・ミニ演奏会もあり、会を盛り上げていました。
　マサチューセッツ州と言えば、アメリカ発祥の地、ニューイングランドのプライドは今も高いですね。私の世代はビー・ジーズの歌「マサチューセッツ：http://www.youtube.com/watch?v=4XWYefe9EzI&#38;feature=fvwrel」は忘れられないです。もともとの題名は「The lights all went out in Massachusetts（マサチューセッツの灯りはすべて消えた）」、歌詞2番のサンフランシスコは、当時のヒッピー全盛期の中心で、最後のフレーズは「I will remember Massachusetts」です、1960年後半の時代を感じます。
～～～～～～～～～
Feel I&#8217;m goin&#8217; back to Massachusetts,
Something&#8217;s telling me I must go home.
And the lights all went out in Massachusetts
The day I left her standing on her own.
マサチューセッツに帰りたい気持がする
何か帰ったほうがいいって言っているみたいだ
マサチューセッツの灯りはすべて消えた
彼女の1人残してきた日に
Tried to hitch a ride to San Francisco,
Gotta do the things I wanna do.
And the lights all went out in [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　北海道マサチューセッツ協会（<a href="http://www5.ocn.ne.jp/~homas/">http://www5.ocn.ne.jp/~homas/</a>）の年次総会が開催されました。北海道とアメリカ・マサチューセッツ州（<a href="http://www.discoveramerica.com/jp/massachusetts/">http://www.discoveramerica.com/jp/massachusetts/</a>）とが姉妹州契約を結んだ1990年に設立され、これまで文化・芸術・教育分野を中心に交流を続けてきています。私は当初から関わっているのですが、その後、仕事上の多忙で殆ど活動には貢献出来ていません。この間、大変熱心な活動をつづけていらっしゃる中垣事務局長は、直接は習いませんでしたが私の高校時代の恩師です。</p>
<p>　懐かしい顔も多く、総会会場では桑折広幸さんの「『暖』ボールアート」のミニ展示、明楽（あけら）みゆきさんのチェンバロ・ミニ演奏会もあり、会を盛り上げていました。</p>
<div id="attachment_8403" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010353.jpg"><img class="size-medium wp-image-8403" title="p1010353" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010353-500x375.jpg" alt="段ボールアートのミニ展示" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">桑折広幸さんの「暖」ボールアートのミニ展示</p></div>
<div id="attachment_8404" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010355.jpg"><img class="size-medium wp-image-8404" title="p1010355" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010355-500x375.jpg" alt="チェンバロ演奏" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">明楽（あけら）みゆきさんのチェンバロ演奏</p></div>
<p>　マサチューセッツ州と言えば、アメリカ発祥の地、ニューイングランドのプライドは今も高いですね。私の世代はビー・ジーズの歌「マサチューセッツ：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=4XWYefe9EzI&amp;feature=fvwrel">http://www.youtube.com/watch?v=4XWYefe9EzI&amp;feature=fvwrel</a>」は忘れられないです。もともとの題名は「The lights all went out in Massachusetts（マサチューセッツの灯りはすべて消えた）」、歌詞2番のサンフランシスコは、当時のヒッピー全盛期の中心で、最後のフレーズは「I will remember Massachusetts」です、1960年後半の時代を感じます。</p>
<p>～～～～～～～～～</p>
<p>Feel I&#8217;m goin&#8217; back to Massachusetts,<br />
Something&#8217;s telling me I must go home.<br />
And the lights all went out in Massachusetts<br />
The day I left her standing on her own.<br />
マサチューセッツに帰りたい気持がする<br />
何か帰ったほうがいいって言っているみたいだ<br />
マサチューセッツの灯りはすべて消えた<br />
彼女の1人残してきた日に</p>
<p>Tried to hitch a ride to San Francisco,<br />
Gotta do the things I wanna do.<br />
And the lights all went out in Massachusetts<br />
They brought me back to see my way with you.<br />
サンフランシスコにヒッチハイクしようとした<br />
したいことをいろいろしなくちゃと思った<br />
マサチューセッツの灯りはすべて消えた<br />
見えない足元を君と歩こうとした</p>
<p>Talk about the life in Massachusetts,<br />
Speak about the people I have seen,<br />
And the lights all went out in Massachusetts<br />
And Massachusetts is one place I have seen.<br />
マサチューセッツの暮らしを話したり<br />
今まであった人達のことを話したり<br />
マサチューセッツの灯りはすべて消えた<br />
マサチューセッツはボクの見た場所の1つになってしまった</p>
<p>I will remember Massachusetts.<br />
マサチューセッツを忘れはしない<br />
～～～～～～～～～～～～～～</p>
<p>　私自身、アメリカに設立した現地法人「Autum Hills International：AHIC」とともに、忘れられない場所となっています。現在も、ハーバード大学のプログラムの少しの支援は続けて、関係を継続しています（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2510">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2510</a>）。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>映画「英国王のスピーチ」</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8408</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8408#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 03 May 2011 21:41:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8408</guid>
		<description><![CDATA[　今年、第83回アカデミー賞（http://www.wowow.co.jp/extra/academy/）で、映画「英国王のスピーチ：http://kingsspeech.gaga.ne.jp/」が、作品賞・監督賞・脚本賞・主演男優賞など4冠に輝きました。同じくノミネートされていた「ソーシャル・ネットワーク：http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD16880/」は、脚本賞・編集賞・作曲賞の3つで、評論家筋では「圧勝」とのことです。
　吃音症に苦しみ、満足にスピーチ出来ない英国のアルバート王子（コリン・ファース）が、やがて国王ジョージ六世（現在のエリザベス女王の父）として、第二次大戦の開戦に、国民に向け感動的なラジオ・スピーチをする、あまりにも先が見え見えのストーリーではあります。コリン・ファースの「自信なげ」な感じが次第に変わっていく様子が分かりやすく、ドラマチックに盛り上がっていました。
　脚本の73歳、デヴィッド・サイドラーに負うところが大きいのでしょうね、本人自身も吃音症でこの作品への思い入れもあり、同時にジェフリー・ラッシュ、ヘレナ・ボナム・カーターの演技が素晴らしかったです。この作品がこんなに魅力的なのは、アルバート王子、妻、オーストラリア人治療士ローグが創り出す対立、和解、信頼が、的確に表現されているからでしょう。
　それと、映画前半は「治療する者と治療される者」「王室と平民」といった分かりやすい対立関係で、次第に、一歩踏み込んだ「人間と人間」に進化していく構図。「伝えるべきことがある！」とジョージ六世が叫び、ローグは国王の覚悟を確認しました。「あなたは勇敢な人だ」、「私に話して」、ローグの短い言葉に力を感じます。終盤、スピーチ直前の国王が語るローグへの感謝の言葉と、それを受けとめたローグの表情が印象的でした。
　ラストは、演説後にバッキンガム宮殿バルコニーから国民に手を振るジョージ六世の後姿、それを見つめるローグの微妙な表情も良かったですね。スピーチは感動的でも、戦争がこれから始まる、まさに前途多難な時代です。先日のロイヤルウエディングで、お二人が手を振っていたあの場所ですよね。
　大英帝国の国王と王室が、実はドイツ系であるということは背景として知っておく必要があります。第一次世界大戦ではドイツと戦い、しかもまたヒトラーの台頭によってドイツとの戦いが不可避のものとなってきたとき、国民感情への配慮を迫られました。この状況のさなかに国王に即位することを余儀なくされ、国民に向けてラジオ越しにスピーチをしなければならなかったジョージ六世の心中を察すると、さらに映画を深く味わえます。
　ヨーロッパ映画の厚みは、各国の皇室がそれぞれ深い姻戚関係にあることに由来するのかもと思えます。この映画を観終わってから、インターネット検索で調べてみると、映画のシーンにロシア皇帝であったニコライ二世の肖像画が出てきたようですね、私は見逃しましたが。
 
　映画とは直接関係はありませんが、英国王室メディアとして、「The Royal Channel：http://www.youtube.com/user/theroyalchannel?blend=4&#38;ob=4」の広報サイト、つい先日は久しぶりの「ロイヤル・ウエディング」も盛り上がったようです。因みに日本の皇室広報は、「宮内庁HP：http://www.kunaicho.go.jp/」でしょうか、日本の映像・芸術センスはこんなものではありませんが、何かお役所仕事的（？）サイトで、雰囲気の違いを感じますね。
　それでも2年前この欄（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=470）に書きましたが、日本の宮内庁のライターは中央官庁ではピカイチとの評価も。また、皇室を警護する皇宮警察等、幅広い国民を意識したソフトな雰囲気を演出し、たとえば、数年前に札幌に天皇・皇后両陛下がお越しになった時は、地元警察も先導パトカーから情況をあらかじめ集まっている市民に解説する等、普通の警備とは大きく異なった雰囲気づくりをしていました。これも皇室の強い意向と伺ったことがあります。この度の震災で、先日避難所を訪問された時の両陛下のご様子を拝見し、「皇室」の強い意思と品格を感じました、特に直接語られた肉声によるお言葉の力を。
　今回、この映画による王室当事者の内側に迫る内容に、英国という国の懐の深さを垣間見た気がします。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　今年、第83回アカデミー賞（<a href="http://www.wowow.co.jp/extra/academy/">http://www.wowow.co.jp/extra/academy/</a>）で、映画「英国王のスピーチ：<a href="http://kingsspeech.gaga.ne.jp/">http://kingsspeech.gaga.ne.jp/</a>」が、作品賞・監督賞・脚本賞・主演男優賞など4冠に輝きました。同じくノミネートされていた「ソーシャル・ネットワーク：<a href="http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD16880/">http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD16880/</a>」は、脚本賞・編集賞・作曲賞の3つで、評論家筋では「圧勝」とのことです。</p>
<div id="attachment_8423" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010373.jpg"><img class="size-medium wp-image-8423" title="p1010373" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/05/p1010373-375x500.jpg" alt="3人の表情が象徴的なポスター" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">3人の表情が象徴的なポスター</p></div>
<p>　吃音症に苦しみ、満足にスピーチ出来ない英国のアルバート王子（コリン・ファース）が、やがて国王ジョージ六世（現在のエリザベス女王の父）として、第二次大戦の開戦に、国民に向け感動的なラジオ・スピーチをする、あまりにも先が見え見えのストーリーではあります。コリン・ファースの「自信なげ」な感じが次第に変わっていく様子が分かりやすく、ドラマチックに盛り上がっていました。</p>
<p>　脚本の73歳、デヴィッド・サイドラーに負うところが大きいのでしょうね、本人自身も吃音症でこの作品への思い入れもあり、同時にジェフリー・ラッシュ、ヘレナ・ボナム・カーターの演技が素晴らしかったです。この作品がこんなに魅力的なのは、アルバート王子、妻、オーストラリア人治療士ローグが創り出す対立、和解、信頼が、的確に表現されているからでしょう。</p>
<p>　それと、映画前半は「治療する者と治療される者」「王室と平民」といった分かりやすい対立関係で、次第に、一歩踏み込んだ「人間と人間」に進化していく構図。「伝えるべきことがある！」とジョージ六世が叫び、ローグは国王の覚悟を確認しました。「あなたは勇敢な人だ」、「私に話して」、ローグの短い言葉に力を感じます。終盤、スピーチ直前の国王が語るローグへの感謝の言葉と、それを受けとめたローグの表情が印象的でした。</p>
<p>　ラストは、演説後にバッキンガム宮殿バルコニーから国民に手を振るジョージ六世の後姿、それを見つめるローグの微妙な表情も良かったですね。スピーチは感動的でも、戦争がこれから始まる、まさに前途多難な時代です。先日のロイヤルウエディングで、お二人が手を振っていたあの場所ですよね。</p>
<p>　大英帝国の国王と王室が、実はドイツ系であるということは背景として知っておく必要があります。第一次世界大戦ではドイツと戦い、しかもまたヒトラーの台頭によってドイツとの戦いが不可避のものとなってきたとき、国民感情への配慮を迫られました。この状況のさなかに国王に即位することを余儀なくされ、国民に向けてラジオ越しにスピーチをしなければならなかったジョージ六世の心中を察すると、さらに映画を深く味わえます。</p>
<p>　ヨーロッパ映画の厚みは、各国の皇室がそれぞれ深い姻戚関係にあることに由来するのかもと思えます。この映画を観終わってから、インターネット検索で調べてみると、映画のシーンにロシア皇帝であったニコライ二世の肖像画が出てきたようですね、私は見逃しましたが。</p>
<p> </p>
<p>　映画とは直接関係はありませんが、英国王室メディアとして、「The Royal Channel：<a href="http://www.youtube.com/user/theroyalchannel?blend=4&amp;ob=4">http://www.youtube.com/user/theroyalchannel?blend=4&amp;ob=4</a>」の広報サイト、つい先日は久しぶりの「ロイヤル・ウエディング」も盛り上がったようです。因みに日本の皇室広報は、「宮内庁HP：<a href="http://www.kunaicho.go.jp/">http://www.kunaicho.go.jp/</a>」でしょうか、日本の映像・芸術センスはこんなものではありませんが、何かお役所仕事的（？）サイトで、雰囲気の違いを感じますね。</p>
<p>　それでも2年前この欄（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=470">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=470</a>）に書きましたが、日本の宮内庁のライターは中央官庁ではピカイチとの評価も。また、皇室を警護する皇宮警察等、幅広い国民を意識したソフトな雰囲気を演出し、たとえば、数年前に札幌に天皇・皇后両陛下がお越しになった時は、地元警察も先導パトカーから情況をあらかじめ集まっている市民に解説する等、普通の警備とは大きく異なった雰囲気づくりをしていました。これも皇室の強い意向と伺ったことがあります。この度の震災で、先日避難所を訪問された時の両陛下のご様子を拝見し、「皇室」の強い意思と品格を感じました、特に直接語られた肉声によるお言葉の力を。</p>
<p>　今回、この映画による王室当事者の内側に迫る内容に、英国という国の懐の深さを垣間見た気がします。</p>
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		</item>
		<item>
		<title>ロシアと北海道のこれまで、これから</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8364</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8364#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 01 May 2011 23:43:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8364</guid>
		<description><![CDATA[　異業種交流の「北を語る会」第83回例会は、札幌市内のロシア領事館（http://www1.odn.ne.jp/ruscons_sapporo/japvisa.htm）で行われました。今回は、在札幌ロシア連邦総領事のワシーリ・サープリンさんの特別講演、ロシア民謡・歌曲の声楽家・中川速男さんのライブで、春の夜、素晴らしいひと時でした。
　中川さんの唄、特にトロイカの原曲、「郵便トロイカが走る：http://www.youtube.com/watch?v=ODrd6jSYwHQ」は、何と悲しいストーリーだったことか。最後の「鶴：http://www.youtube.com/watch?v=FoVMFCJ6pyY」も良かったですね、重厚な中に物悲しさが漂い、ロシア文化の奥行きを感じる素晴らしい歌声でした。
　ロシア民謡といえば、カチューシャ（http://www.youtube.com/watch?v=IHlq_P5CI18&#38;feature=related）、赤軍合唱団（http://www.youtube.com/watch?v=lsUP8YusEg0）でしょうか。
　サープリンさんのお話は、17世紀からカムチャツカ・サハリンに交易目的でロシア人は来ていた歴史に始まり、「赤蝦夷」と呼ばれた「赤」は、コサックの赤い服からそう呼ばれたこと、その後しばしばカムチャツカ知事の交易状を携えて北海道に寄港している事実等でした。ラクスマン、ゴローニンも函館を訪問しています。1855年下田条約締結により、長崎・下田・函館にロシア領事館が開設され、函館の初代ロシア領事はゴシュケヴィッチでした（http://orthodox-hakodate.jp/history）。函館港は不凍港として重宝がられ、軍艦・商船が来航して、北海道の国際交流は、ロシアとの歴史が最も古いのでしょう、少なくともアメリカとではないようです。
　それ以来、北海道はロシアの窓口となり、独自の交易を始めていました。今、ロシアは、2008年の経済危機を乗り越え、日本ともっと深く新しい交流の可能性を期待しているようです。LNG等のエネルギー、IT、科学技術、建設技術、農業（特にサハリンで）分野でですね。平和条約は難しくても、「北方四島を特別区で共同開発」といった具体的提案もありました。
　3・11を経て、全く新しい露日関係構築の絶好の機会であると結ばれました。今回の締めの乾杯、私は近くのテーブルにあった特上ウォッカのストレートでした。芸術・文化の厚みを感じたひと時、しばしテクテク歩いて余韻を楽しみ、家路に着きました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　異業種交流の「北を語る会」第83回例会は、札幌市内のロシア領事館（<a href="http://www1.odn.ne.jp/ruscons_sapporo/japvisa.htm">http://www1.odn.ne.jp/ruscons_sapporo/japvisa.htm</a>）で行われました。今回は、在札幌ロシア連邦総領事のワシーリ・サープリンさんの特別講演、ロシア民謡・歌曲の声楽家・中川速男さんのライブで、春の夜、素晴らしいひと時でした。</p>
<div id="attachment_8365" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010352.jpg"><img class="size-medium wp-image-8365" title="p1010352" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010352-500x375.jpg" alt="在札幌ロシア連邦総領事・ワシーリ・サープリンさん" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">在札幌ロシア連邦総領事　ワシーリ・サープリンさん（Vassili Saplin）</p></div>
<p>　中川さんの唄、特にトロイカの原曲、「郵便トロイカが走る：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=ODrd6jSYwHQ">http://www.youtube.com/watch?v=ODrd6jSYwHQ</a>」は、何と悲しいストーリーだったことか。最後の「鶴：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=FoVMFCJ6pyY">http://www.youtube.com/watch?v=FoVMFCJ6pyY</a>」も良かったですね、重厚な中に物悲しさが漂い、ロシア文化の奥行きを感じる素晴らしい歌声でした。</p>
<p>　ロシア民謡といえば、カチューシャ（<a href="http://www.youtube.com/watch?v=IHlq_P5CI18&amp;feature=related">http://www.youtube.com/watch?v=IHlq_P5CI18&amp;feature=related</a>）、赤軍合唱団（<a href="http://www.youtube.com/watch?v=lsUP8YusEg0">http://www.youtube.com/watch?v=lsUP8YusEg0</a>）でしょうか。</p>
<p>　サープリンさんのお話は、17世紀からカムチャツカ・サハリンに交易目的でロシア人は来ていた歴史に始まり、「赤蝦夷」と呼ばれた「赤」は、コサックの赤い服からそう呼ばれたこと、その後しばしばカムチャツカ知事の交易状を携えて北海道に寄港している事実等でした。ラクスマン、ゴローニンも函館を訪問しています。1855年下田条約締結により、長崎・下田・函館にロシア領事館が開設され、函館の初代ロシア領事はゴシュケヴィッチでした（<a href="http://orthodox-hakodate.jp/history">http://orthodox-hakodate.jp/history</a>）。函館港は不凍港として重宝がられ、軍艦・商船が来航して、北海道の国際交流は、ロシアとの歴史が最も古いのでしょう、少なくともアメリカとではないようです。</p>
<p>　それ以来、北海道はロシアの窓口となり、独自の交易を始めていました。今、ロシアは、2008年の経済危機を乗り越え、日本ともっと深く新しい交流の可能性を期待しているようです。LNG等のエネルギー、IT、科学技術、建設技術、農業（特にサハリンで）分野でですね。平和条約は難しくても、「北方四島を特別区で共同開発」といった具体的提案もありました。</p>
<p>　3・11を経て、全く新しい露日関係構築の絶好の機会であると結ばれました。今回の締めの乾杯、私は近くのテーブルにあった特上ウォッカのストレートでした。芸術・文化の厚みを感じたひと時、しばしテクテク歩いて余韻を楽しみ、家路に着きました。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>The Earth Cafe Project</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8262</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8262#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 29 Apr 2011 22:30:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8262</guid>
		<description><![CDATA[　秋山財団の「ネットワーク形成事業」の一つだったテーマ（http://www.akiyama-foundation.org/network/tema04.html）の中で、アースカフェ・プロジェクト（http://earth-cafe.jp/）は潜在力を秘めています。今年3月で3年間の助成は終了し、今年度以降はこれを基盤に引き続き発展しています。
　昨年のアフリカ・マラウィでの研修旅行（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3435）もその一環でしたが、今年2月末に、中国農業事情ツアー「The Earth Cafe in China」を実施し、報告会が北大ビジネス・スプリング（http://www.smrj.go.jp/incubation/ho-bis/054214.html）で開催されました。札幌駅南口方面からタクシーで会場に向かうと、エルムトンネルをくぐり抜けて右折、さらに右折、入口は厳重なオートロック、会議室内にたどり着くのは大変でした、余程の「機密」が充満しているのでしょうね（？！）
　私もこの中国ツアーに参加したかったのですが、日程的にかなわなかったので、せめて報告会だけでもとの思いで出席し、その場には直接農業に従事する方々ばかりでなく、農業に関心のあるさまざまな立場の関係者が集まりました。それぞれプロの視点から、見学先のコメントは興味深かったですし、農業だけでなく、中国の食や経済などにも踏み込んだ報告も面白かったです。
　経済成長が著しい大国中国。食料需要が増え食料輸入国に転換し、日本にとって貿易相手国として最大となっていますし、今後、国内農業生産性の改善など課題も多く、日本にとってもその存在感は大きなものになっています。さらに今回の原発事故で、これまで比較優位性を強調していた日本の食糧の「安全・安心」が、国際社会で大変厳しい局面に至っていますし、今後も長期間懸念されます。
＊　北京郊外の温室は、イスラエルからの技術導入
＊　肥料は「液肥」でミネラル主体
＊　消費者を収入で5段階に選別し、それぞれ異なった販売戦略
＊　「有機認証」は、オランダ・ドイツからの導入で「国際水準」と言っているが、どこまで信頼できるのか、国内認証として「緑品認証」というのもある――日本の認証の優位性はある
＊　「富裕層」といっても、ビジネスで成功した訳でもない、不動産バブルによる20～30歳代、中国共産党幹部、香港に親族を持ち留学してきている一群（会社設立しての財テク、等）も多い
 
　この「アースカフェ・プロジェクト」は、（株）リープス（http://www.leaps.jp/）の鈴木善人社長がリーダーとなってここまで積み重ねてきていて、彼は、スマート・サポート（http://la-classy.net/）事業でもチャレンジをしています。日本の得意「技術」を組み込んだ新しい製品で、世界に貢献するポジショニングをつかみたいですね。詳細報告はこちらで（http://earth-cafe.jp/?p=911）。
　報告会終了後の交流会では、今の原発事故による土壌汚染、農作物被害等についても、貴重な意見の数々を聴くことができました。3・11以降の日本における食ー農分野の北海道の価値について、私たちはもっと真剣に議論する必要がありますね。東北復興政策が本格的に稼働していくと、これまでの「北海道開発予算」の振り向け・削減は、大幅なものになる予測をしなければなりませんし、すでに建設分野では重機・トラック・労働者でその動きが出ています。勿論、私たちは東北支援の気持は必要ですが、それ以上に、足元の北海道産業の行く末をしっかり見据えた展開を組み立てておかねばならないと思います。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　秋山財団の「ネットワーク形成事業」の一つだったテーマ（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/network/tema04.html">http://www.akiyama-foundation.org/network/tema04.html</a>）の中で、アースカフェ・プロジェクト（<a href="http://earth-cafe.jp/">http://earth-cafe.jp/</a>）は潜在力を秘めています。今年3月で3年間の助成は終了し、今年度以降はこれを基盤に引き続き発展しています。</p>
<p>　昨年のアフリカ・マラウィでの研修旅行（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3435">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3435</a>）もその一環でしたが、今年2月末に、中国農業事情ツアー「The Earth Cafe in China」を実施し、報告会が北大ビジネス・スプリング（<a href="http://www.smrj.go.jp/incubation/ho-bis/054214.html">http://www.smrj.go.jp/incubation/ho-bis/054214.html</a>）で開催されました。札幌駅南口方面からタクシーで会場に向かうと、エルムトンネルをくぐり抜けて右折、さらに右折、入口は厳重なオートロック、会議室内にたどり着くのは大変でした、余程の「機密」が充満しているのでしょうね（？！）</p>
<p>　私もこの中国ツアーに参加したかったのですが、日程的にかなわなかったので、せめて報告会だけでもとの思いで出席し、その場には直接農業に従事する方々ばかりでなく、農業に関心のあるさまざまな立場の関係者が集まりました。それぞれプロの視点から、見学先のコメントは興味深かったですし、農業だけでなく、中国の食や経済などにも踏み込んだ報告も面白かったです。</p>
<p>　経済成長が著しい大国中国。食料需要が増え食料輸入国に転換し、日本にとって貿易相手国として最大となっていますし、今後、国内農業生産性の改善など課題も多く、日本にとってもその存在感は大きなものになっています。さらに今回の原発事故で、これまで比較優位性を強調していた日本の食糧の「安全・安心」が、国際社会で大変厳しい局面に至っていますし、今後も長期間懸念されます。</p>
<p>＊　北京郊外の温室は、イスラエルからの技術導入</p>
<p>＊　肥料は「液肥」でミネラル主体</p>
<p>＊　消費者を収入で5段階に選別し、それぞれ異なった販売戦略</p>
<p>＊　「有機認証」は、オランダ・ドイツからの導入で「国際水準」と言っているが、どこまで信頼できるのか、国内認証として「緑品認証」というのもある――日本の認証の優位性はある</p>
<p>＊　「富裕層」といっても、ビジネスで成功した訳でもない、不動産バブルによる20～30歳代、中国共産党幹部、香港に親族を持ち留学してきている一群（会社設立しての財テク、等）も多い</p>
<p> </p>
<p>　この「アースカフェ・プロジェクト」は、（株）リープス（<a href="http://www.leaps.jp/">http://www.leaps.jp/</a>）の鈴木善人社長がリーダーとなってここまで積み重ねてきていて、彼は、スマート・サポート（<a href="http://la-classy.net/">http://la-classy.net/</a>）事業でもチャレンジをしています。日本の得意「技術」を組み込んだ新しい製品で、世界に貢献するポジショニングをつかみたいですね。詳細報告はこちらで（<a href="http://earth-cafe.jp/?p=911">http://earth-cafe.jp/?p=911</a>）。</p>
<p>　報告会終了後の交流会では、今の原発事故による土壌汚染、農作物被害等についても、貴重な意見の数々を聴くことができました。3・11以降の日本における食ー農分野の北海道の価値について、私たちはもっと真剣に議論する必要がありますね。東北復興政策が本格的に稼働していくと、これまでの「北海道開発予算」の振り向け・削減は、大幅なものになる予測をしなければなりませんし、すでに建設分野では重機・トラック・労働者でその動きが出ています。勿論、私たちは東北支援の気持は必要ですが、それ以上に、足元の北海道産業の行く末をしっかり見据えた展開を組み立てておかねばならないと思います。</p>
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		<title>札幌開府の槌音！！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8359</link>
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		<pubDate>Thu, 28 Apr 2011 00:35:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8359</guid>
		<description><![CDATA[　北海道経済同友会の今年度総会があり、引き続きの例会では、北海道神宮（http://www.hokkaidojingu.or.jp/）の吉田源彦宮司のご講演でした。札幌開府の歴史を、担った人々をご紹介しながらの視点で面白かったです。
　特に、開拓使設置以前の北方探検・松浦武四郎（伊勢の国出身）の功績、さらに吉田宮司の著述には、「北海道の歴史は浅い」という従来の通説ではなく、「先住民アイヌ民族の文化が永い間維持されてきていて、北海道の大自然というものを今日に伝えてきた」と記されています。
　新政府は、諸外国の圧力に危機感を持つ佐賀藩主・鍋島直正を蝦夷開拓督務に命じ、島義勇（よしたけ）、松浦武四郎らを蝦夷開拓御用掛に、その後、鍋島は明治2年に開拓使設置とともに開拓使長官、島は開拓判官に任命されました。
　島判官は、「札幌本府建設」、「大友堀（現在の創成川）」、「大通り」、そして「開拓三神の鎮齋：http://www.hokkaidojingu.or.jp/history.html」等で大きな功績を残しましたが、その後は必ずしも陽のあたる一生ではなかったようです。今も命日の4月13日には、佐賀にゆかりのある方々が参列して、北海道神宮で祭祀が執り行われています。
　さらに、北海道開拓に心血を注ぎ、偉大な業績を果たした功労者三十七柱をお祀りしている「開拓神社」の説明もあり、開拓神社大神輿、子ども神輿の由来も知ることができました。
　5年前でしたか、秋山愛生舘の発祥の地、「札幌市中央区南1条西5丁目」が属する「本府連合町内会：第一祭典区」が、10年に一度の北海道神宮の年番となり、私も総務部の一員として活動しました。190万人の大都会となった札幌のマチ中を渡御するのは大変ですが、札幌の6月の風物詩として、今も続いています。思い出します、その時の連日の「直来（なおらい）」を。「ハレ＝祭」から「ケ＝日常」への移行期、「直り合う」意味でお供えを頂く、そう言った意味だそうです。
　儒教・仏教が伝来して後に、「神道」という言葉が生まれ、古代より日本は、本来「まつりごと」として、祭政一致の歴史だったとお話されていました。
　ほぼ毎日通っている北海道神宮境内、お話を伺ってから、また一味違った心持で歩いています。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　北海道経済同友会の今年度総会があり、引き続きの例会では、北海道神宮（<a href="http://www.hokkaidojingu.or.jp/">http://www.hokkaidojingu.or.jp/</a>）の吉田源彦宮司のご講演でした。札幌開府の歴史を、担った人々をご紹介しながらの視点で面白かったです。</p>
<div id="attachment_8358" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010344.jpg"><img class="size-medium wp-image-8358" title="p1010344" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010344.jpg" alt="北海道経済同友会例会での講演" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">北海道経済同友会例会での講演</p></div>
<div id="attachment_8360" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010343.jpg"><img class="size-medium wp-image-8360" title="p1010343" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010343.jpg" alt="北海道神宮・吉田源彦宮司" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">北海道神宮・吉田源彦宮司</p></div>
<p>　特に、開拓使設置以前の北方探検・松浦武四郎（伊勢の国出身）の功績、さらに吉田宮司の著述には、「北海道の歴史は浅い」という従来の通説ではなく、「先住民アイヌ民族の文化が永い間維持されてきていて、北海道の大自然というものを今日に伝えてきた」と記されています。</p>
<p>　新政府は、諸外国の圧力に危機感を持つ佐賀藩主・鍋島直正を蝦夷開拓督務に命じ、島義勇（よしたけ）、松浦武四郎らを蝦夷開拓御用掛に、その後、鍋島は明治2年に開拓使設置とともに開拓使長官、島は開拓判官に任命されました。</p>
<div id="attachment_8361" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010349.jpg"><img class="size-medium wp-image-8361" title="p1010349" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010349.jpg" alt="神宮境内の島義勇（しまよしたけ）開拓判官像" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">境内の島義勇（しまよしたけ）開拓判官像</p></div>
<p>　島判官は、「札幌本府建設」、「大友堀（現在の創成川）」、「大通り」、そして「開拓三神の鎮齋：<a href="http://www.hokkaidojingu.or.jp/history.html">http://www.hokkaidojingu.or.jp/history.html</a>」等で大きな功績を残しましたが、その後は必ずしも陽のあたる一生ではなかったようです。今も命日の4月13日には、佐賀にゆかりのある方々が参列して、北海道神宮で祭祀が執り行われています。</p>
<p>　さらに、北海道開拓に心血を注ぎ、偉大な業績を果たした功労者三十七柱をお祀りしている「開拓神社」の説明もあり、開拓神社大神輿、子ども神輿の由来も知ることができました。</p>
<div id="attachment_8362" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010350.jpg"><img class="size-medium wp-image-8362" title="p1010350" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010350.jpg" alt="開拓功労者37柱をお祀りする開拓神社" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">開拓功労者37柱をお祀りする開拓神社</p></div>
<p>　5年前でしたか、秋山愛生舘の発祥の地、「札幌市中央区南1条西5丁目」が属する「本府連合町内会：第一祭典区」が、10年に一度の北海道神宮の年番となり、私も総務部の一員として活動しました。190万人の大都会となった札幌のマチ中を渡御するのは大変ですが、札幌の6月の風物詩として、今も続いています。思い出します、その時の連日の「直来（なおらい）」を。「ハレ＝祭」から「ケ＝日常」への移行期、「直り合う」意味でお供えを頂く、そう言った意味だそうです。</p>
<p>　儒教・仏教が伝来して後に、「神道」という言葉が生まれ、古代より日本は、本来「まつりごと」として、祭政一致の歴史だったとお話されていました。</p>
<p>　ほぼ毎日通っている北海道神宮境内、お話を伺ってから、また一味違った心持で歩いています。</p>
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		</item>
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		<title>アメリカのテレビ番組から</title>
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		<pubDate>Wed, 27 Apr 2011 23:45:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8368</guid>
		<description><![CDATA[　話の分かりやすさ、情報の根拠の明確さ、そして同時に説得力、どうして日本の場合は、こう言ったしゃべりになってこないのでしょうか？ラルフ・ネーダー、健在ですね（http://democracynow.jp/video/20110318-2）！！
日本の「原子力資料情報室：http://cnic.jp/」は、震災直後から原発事故に関して情報発信を続けています。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　話の分かりやすさ、情報の根拠の明確さ、そして同時に説得力、どうして日本の場合は、こう言ったしゃべりになってこないのでしょうか？ラルフ・ネーダー、健在ですね（<a href="http://democracynow.jp/video/20110318-2">http://democracynow.jp/video/20110318-2</a>）！！</p>
<p>日本の「原子力資料情報室：<a href="http://cnic.jp/">http://cnic.jp/</a>」は、震災直後から原発事故に関して情報発信を続けています。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>情報発信の一元化は解決策？</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8339</link>
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		<pubDate>Tue, 26 Apr 2011 00:16:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8339</guid>
		<description><![CDATA[　東日本大震災関係、とりわけ福島原発事故に関するマスメディアの公的（？）情報源は、これまでの様子から見ると首相官邸をはじめ安全委（内閣府）、保安院（経済産業省）、東京電力の4つのようですね。以前から、この4つの異なった情報源から発信されることにより、一つの事実に対して4者の説明が食い違ったり発表のタイミングずれる等、情報の「混乱？」を広げる要因をつくっている、とマスメディアは報道していました。
　それを受け止めてかどうか、昨日、情報発信の一本化が始まったようです、経過は以下の通り～～～～～～
　細野豪志首相補佐官は21日、福島第１原発事故対応をめぐり、東京電力や経済産業省原子力安全・保安院、原子力安全委員会がそれぞれ実施している事故に関する記者会見を、25日から一本化するとの方針を明らかにした。東日本大震災に関する政府と与野党政策担当者の実務者会合で報告した。事故に関する説明が食い違うなどの問題点が指摘され、一本化を求める声が上がっていた。　
　細野氏は政府と東電の事故対策統合本部で事務局長を務めており、会合で「私が統合本部として情報を整理し、それぞれの担当部門に報告してもらう形にする」と説明。会見場所は東電本店とする方向で調整している。
～～～～～～～～記事おわり
　本当にこれで情報発信の強化、海外からの信頼回復等の目的は達するのでしょうか、最初の会見場面をテレビで見て、むしろ大いなる危惧を持ちました。なぜなら、これまでの一連の混乱は、非常時におけるリーダーシップの欠如と情報内容のあいまいさにあるわけで、その解決策としては、「命令指揮系統の確立」と「情報の整理と一元化」なのだと思います。決して「情報窓口の一元化」だけでは解決はしないし、それどころか情報操作・隠ぺい体質の強化にもつながりかねません。記事にある「一本化を求める声」の主語は、政府？保安院？東京電力？マスメディアの記者たち？、誰なのか分かりません。
　昨日の記者会見、ひな壇に並ぶ人の多さをみると、国会の答弁に控える官僚まる出しで、とても国民に対して正確な情報発信をしようとする意欲は伝わって来ません。4者が一堂に会することにより、逆に黙っている時間が許される緊張感の無い「いつもの場」となってしまうのですよ。地域での出前講座で、一つのテーマにも関らず担当部署の連中がズラッと並ぶ役所的対応を思い浮かべます。一同に会しても、結局は自分への質問に答えるだけのために座っている多くの関係者たち。ここは細野豪志首相補佐官に頑張って頂かなくてはなりません。
　要するに最優先課題は、「命令指揮系統の一本化」と「リーダーシップ・フォロアーシップの確立」であり、その具現化が「情報発信の一元化」という手段ということだと思います。やらなければならないことを間違ってはなりません。私たちは引き続き、ここからの情報を「監視」し続けると同時に、インターネット等で発信される一貫した識者の言にも耳を傾ける必要があります。
 
　似たような危険性を、違ったテーマではありますが、朝日新聞（4月24日）掲載、小沢昭一さんの「シブトク立ち直って」から読みとることが出来ます。
～～～～～～～～～～引用はじまり
敗戦後は日本中が「茫然自失」の状態でした。昨日までの価値観が根底からひっくり返って、ただ「茫然」とするだけじゃなく、自分の存在の根拠さえ失った「自失」だったわけです。昨日まで「鬼畜米英」なんて言っていたのが、ガラリと変わってアメリカ礼賛の「民主主義」「自由」なんです。世の中、信じられなくなっちゃった。
当時は「みんなで頑張ろう」なんてかけ声もなかった。みんな焼け跡で、今日を生きることで精いっぱい。てんでんバラバラに頑張るしかなかった。
それまでの「一億一心」から、正反対の「てんでんバラバラ」。この「てんでん」というのは、個人一人ひとりの「自立」なんです。そのてんでんを深めよう、バラバラを深めようと、急に切り替わった。でも、バラバラの価値観をどう深めていくか。それは大変でも、そのために戦争という大きな犠牲を払ったわけですからね。
戦後はみんなが何もかも失って貧しかった。でもその代わり「自由」なるものを味わって、これにすがりつこうと思い、みんなが希望を持った。
「今日一日の食うものもない貧乏暮らしだけれど、今度こそ貧乏をバネに俺の好きな生き方をしよう」「大変だろうけど、やってみようじゃないか」と、一人ひとりが独立心を持った。後に私の唱えた「貧主主義」が芽生えるのです。
今回、「一致協力」とか「絆」なんてことが強調されるのが実はちょっと心配なんであります。いつかまた、あの忌まわしい「一億一心」への逆戻りの道になりゃしないかと、そんな気がするんですね。だから私たちの世代には「絆」ってのはちょっと怖い言葉なんです。耳にタコで、こりごりしてる。でも若い人たちには初めての新鮮な言葉なんでしょう。いつの間にか意味がすり替わらないように、気をつけなくちゃいけませんよ。
東北の皆さんはみんな我慢強く、ねばり強い。それだけじゃなくて、実は底抜けに明るいユーモアの心もお持ちなんです。大変でしょうが、持ち前のたくましさでシブトク立ち直っていただきたいと祈っております。～～～～朝日新聞より引用おわり
 
　「みんなで頑張ろう」、「こころは一つ」という言葉も、誰が言うか、誰から言われるかが重要であり、受け手としての「自立した個」が大前提なのだと思います。昔から小沢昭一さんのラジオ番組（http://www.tbs.co.jp/954/ozawa/）は味が有りますが、先日のメッセージを読んで、「見通している人物でただ者にあらず」と感じました。
　本来の意図する所を外さないかどうか、信念をもって見続けなければなりませんね、今の時期！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　東日本大震災関係、とりわけ福島原発事故に関するマスメディアの公的（？）情報源は、これまでの様子から見ると首相官邸をはじめ安全委（内閣府）、保安院（経済産業省）、東京電力の4つのようですね。以前から、この4つの異なった情報源から発信されることにより、一つの事実に対して4者の説明が食い違ったり発表のタイミングずれる等、情報の「混乱？」を広げる要因をつくっている、とマスメディアは報道していました。</p>
<p>　それを受け止めてかどうか、昨日、情報発信の一本化が始まったようです、経過は以下の通り～～～～～～</p>
<div id="doc"><span id="bt_body">　細野豪志首相補佐官は21日、<strong>福島第１原発事故対応</strong>をめぐり、東京電力や経済産業省原子力安全・保安院、原子力安全委員会がそれぞれ実施している事故に関する記者会見を、25日から一本化するとの方針を明らかにした。東日本大震災に関する政府と与野党政策担当者の実務者会合で報告した。事故に関する説明が食い違うなどの問題点が指摘され、一本化を求める声が上がっていた。</span>　</div>
<p>　細野氏は政府と東電の事故対策統合本部で事務局長を務めており、会合で「私が統合本部として情報を整理し、それぞれの担当部門に報告してもらう形にする」と説明。会見場所は東電本店とする方向で調整している。</p>
<p>～～～～～～～～記事おわり</p>
<p>　本当にこれで情報発信の強化、海外からの信頼回復等の目的は達するのでしょうか、最初の会見場面をテレビで見て、むしろ大いなる危惧を持ちました。なぜなら、これまでの一連の混乱は、非常時におけるリーダーシップの欠如と情報内容のあいまいさにあるわけで、その解決策としては、「命令指揮系統の確立」と「情報の整理と一元化」なのだと思います。決して「<strong>情報窓口</strong>の一元化」だけでは解決はしないし、それどころか情報操作・隠ぺい体質の強化にもつながりかねません。記事にある「一本化を求める声」の主語は、政府？保安院？東京電力？マスメディアの記者たち？、誰なのか分かりません。</p>
<p>　昨日の記者会見、ひな壇に並ぶ人の多さをみると、国会の答弁に控える官僚まる出しで、とても国民に対して正確な情報発信をしようとする意欲は伝わって来ません。4者が一堂に会することにより、逆に黙っている時間が許される緊張感の無い「いつもの場」となってしまうのですよ。地域での出前講座で、一つのテーマにも関らず担当部署の連中がズラッと並ぶ役所的対応を思い浮かべます。一同に会しても、結局は自分への質問に答えるだけのために座っている多くの関係者たち。ここは細野豪志首相補佐官に頑張って頂かなくてはなりません。</p>
<p>　要するに最優先課題は、「命令指揮系統の一本化」と「リーダーシップ・フォロアーシップの確立」であり、その具現化が「情報発信の一元化」という手段ということだと思います。やらなければならないことを間違ってはなりません。私たちは引き続き、ここからの情報を「監視」し続けると同時に、インターネット等で発信される一貫した識者の言にも耳を傾ける必要があります。</p>
<p> </p>
<p>　似たような危険性を、違ったテーマではありますが、朝日新聞（4月24日）掲載、小沢昭一さんの「<strong>シブトク立ち直って</strong>」から読みとることが出来ます。</p>
<p>～～～～～～～～～～引用はじまり</p>
<p>敗戦後は日本中が「茫然自失」の状態でした。昨日までの価値観が根底からひっくり返って、ただ「茫然」とするだけじゃなく、自分の存在の根拠さえ失った「自失」だったわけです。昨日まで「鬼畜米英」なんて言っていたのが、ガラリと変わってアメリカ礼賛の「民主主義」「自由」なんです。世の中、信じられなくなっちゃった。</p>
<p>当時は「みんなで頑張ろう」なんてかけ声もなかった。みんな焼け跡で、今日を生きることで精いっぱい。てんでんバラバラに頑張るしかなかった。</p>
<p>それまでの「<strong>一億一心</strong>」から、正反対の「<strong>てんでんバラバラ</strong>」。この「てんでん」というのは、個人一人ひとりの「自立」なんです。そのてんでんを深めよう、バラバラを深めようと、急に切り替わった。でも、バラバラの価値観をどう深めていくか。それは大変でも、そのために戦争という大きな犠牲を払ったわけですからね。</p>
<p>戦後はみんなが何もかも失って貧しかった。でもその代わり「自由」なるものを味わって、これにすがりつこうと思い、みんなが希望を持った。</p>
<p>「今日一日の食うものもない貧乏暮らしだけれど、今度こそ貧乏をバネに俺の好きな生き方をしよう」「大変だろうけど、やってみようじゃないか」と、一人ひとりが独立心を持った。後に私の唱えた「貧主主義」が芽生えるのです。</p>
<p>今回、「一致協力」とか「絆」なんてことが強調されるのが実はちょっと心配なんであります。いつかまた、あの忌まわしい「一億一心」への逆戻りの道になりゃしないかと、そんな気がするんですね。だから<strong>私たちの世代には「絆」ってのはちょっと怖い言葉なんです</strong>。耳にタコで、こりごりしてる。でも若い人たちには初めての新鮮な言葉なんでしょう。いつの間にか意味がすり替わらないように、気をつけなくちゃいけませんよ。</p>
<p>東北の皆さんはみんな我慢強く、ねばり強い。それだけじゃなくて、実は底抜けに明るいユーモアの心もお持ちなんです。大変でしょうが、持ち前のたくましさでシブトク立ち直っていただきたいと祈っております。～～～～朝日新聞より引用おわり</p>
<p> </p>
<p>　「みんなで頑張ろう」、「こころは一つ」という言葉も、誰が言うか、誰から言われるかが重要であり、受け手としての「自立した個」が大前提なのだと思います。昔から小沢昭一さんのラジオ番組（<a href="http://www.tbs.co.jp/954/ozawa/">http://www.tbs.co.jp/954/ozawa/</a>）は味が有りますが、先日のメッセージを読んで、「見通している人物でただ者にあらず」と感じました。</p>
<p>　本来の意図する所を外さないかどうか、信念をもって見続けなければなりませんね、今の時期！</p>
]]></content:encoded>
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		<title>孫正義氏の記者会見</title>
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		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8300#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 24 Apr 2011 02:29:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8300</guid>
		<description><![CDATA[　「エネルギー政策の転換に向けて」と題し、ソフトバンク（http://mb.softbank.jp/mb/customer.html）社長・孫正義氏の記者会見が、22日、自由報道協会（http://fpaj.jp/）主催で行われました（http://fpaj.jp/news/archives/2500）。東日本大震災の復興プロジェクト例「東日本ソーラーベルト構想」、「自然エネルギー財団」創設について、統計・分析を交えて大変分かりやすいですね。説明の後、質疑応答も行われました。
　経営者の話は以前から分かりやすいものと思っていましたが、この説明はデータに基づき、殊のほか明解です。「そんなことを言っているより、早く回線の復旧をやれ」とクレームの嵐の中、上場企業経営者がこのような論点で記者会見する勇気に、経営に身を置いていた私は敬服します。
＊　世界のすう勢、原発建設に対する誤解、寿命の認識不足
＊　発電量と原発建設との矛盾
＊　安全基準の見直し、代替エネルギー
＊　原発コストの不透明さ（事故の追加コスト、保険等が含まれていない）――説明義務を果たしていない
＊　アメリカでのコスト構造の変化
＊　自然エネルギー導入の真剣な検討
＊　知ってしまった人間としての責任ーー「知って行動しなきは罪である！」、若い世代への責務、避けて通れない課題
＊　2011年、エネルギー政策転換の年
＊　「自然エネルギー財団」の設立趣旨
 
25日に追加分：　高い放射線量で苦戦する現場作業には、60歳以上の元技能者・技術者たちの志願が始まりました（http://www.kinyobi.co.jp/backnum/antenna/antenna_kiji.php?no=1975）。若い世代にはやらせたくない、今こそ、日本国民・世界のために覚悟を決めた方々です。「福島原発暴発阻止プロジェクト：http://park10.wakwak.com/~bouhatsusoshi/」というそうです！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　「<strong>エネルギー政策の転換に向けて</strong>」と題し、ソフトバンク（<a href="http://mb.softbank.jp/mb/customer.html">http://mb.softbank.jp/mb/customer.html</a>）社長・孫正義氏の記者会見が、22日、<span style="color: #000000;">自由報道協会</span>（<a href="http://fpaj.jp/">http://fpaj.jp/</a>）主催で行われました（<a href="http://fpaj.jp/news/archives/2500">http://fpaj.jp/news/archives/2500</a>）。東日本大震災の復興プロジェクト例「東日本ソーラーベルト構想」、「自然エネルギー財団」創設について、統計・分析を交えて大変分かりやすいですね。説明の後、質疑応答も行われました。</p>
<p>　経営者の話は以前から分かりやすいものと思っていましたが、この説明はデータに基づき、殊のほか明解です。「そんなことを言っているより、早く回線の復旧をやれ」とクレームの嵐の中、上場企業経営者がこのような論点で記者会見する勇気に、経営に身を置いていた私は敬服します。</p>
<p>＊　世界のすう勢、原発建設に対する誤解、寿命の認識不足</p>
<p>＊　発電量と原発建設との矛盾</p>
<p>＊　安全基準の見直し、代替エネルギー</p>
<p>＊　原発コストの不透明さ（事故の追加コスト、保険等が含まれていない）――説明義務を果たしていない</p>
<p>＊　アメリカでのコスト構造の変化</p>
<p>＊　自然エネルギー導入の真剣な検討</p>
<p>＊　知ってしまった人間としての責任ーー「知って行動しなきは罪である！」、若い世代への責務、避けて通れない課題</p>
<p>＊　2011年、エネルギー政策転換の年</p>
<p>＊　「自然エネルギー財団」の設立趣旨</p>
<p> </p>
<p><strong>25日に追加分</strong>：　高い放射線量で苦戦する現場作業には、60歳以上の元技能者・技術者たちの志願が始まりました（<a href="http://www.kinyobi.co.jp/backnum/antenna/antenna_kiji.php?no=1975">http://www.kinyobi.co.jp/backnum/antenna/antenna_kiji.php?no=1975</a>）。若い世代にはやらせたくない、今こそ、日本国民・世界のために覚悟を決めた方々です。「福島原発暴発阻止プロジェクト：<a href="http://park10.wakwak.com/~bouhatsusoshi/">http://park10.wakwak.com/~bouhatsusoshi/</a>」というそうです！</p>
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		</item>
		<item>
		<title>忘れられない中谷さんの言葉</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8285</link>
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		<pubDate>Thu, 21 Apr 2011 01:05:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8285</guid>
		<description><![CDATA[　30数年前の原子力発電に関係する書類を読む一方、当時から反原発活動に関わった方々の話を個別に聴く場面では、今、多くの方が、「手がけた反原発運動の不徹底さを悔いている」と、今回の大事故を目の当たりに苦渋の表情で語っています。すべてが主張してきた「想定内」の出来事であるからにほかなりません、普通はその通りになるのは喜ぶべきことなのですが・・・・。
　1979年のアメリカ・スリーマイル事故を受けて、80年代には日本でも原子力発電を不安に思い、反対する多くのごく普通の市民がたくさんいました。小学校の保護者会等でも、子どもの将来を気遣う自然な気持として、原発問題について語る雰囲気もあったと聞きます。次第に時が経ち、「原発推進」と「原発反対」が鋭く対決する情況の中で、「反原発」は政治マターの範囲に限定されていき、何かごく普通の場でまともに議論することを避ける風潮となってしまったのではないでしょうか。変わらず原発への疑問を語り続けていると、ある種の「変わり者」として疎外されるような。
　そして、このような「時代」の推移で、推進勢力のパブリック・アクセプタンス（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8003）の影響もあり、教育現場でも当たり前に、原子力発電のリスク・恐怖について、むしろ昭和20年・30年代に教えられたよりもはるかに少なく、「避けてきた話題」となり、「教育の敗北」を感じるのです。
 
　私はこのところ、繰り返し思い出しています。この欄にも書き留めましたが（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1485）、一昨年6月に、ポーランドのアウシュヴィッツ収容所を訪問し、現地のただ一人の日本人ガイド・中谷さんのお話を伺った時の言葉です。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～
＊　日本の平均的教育レベルの高さに期待している。ただ極限状態に追い込まれた時に、どの程度理性的に行動し得るのか、人間の本生の赴くままになってしまうのか、それが今もこれからも問われるのだろう
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～
　ビルケナウで、「何と残酷な」、「どんな種類の人間がこんなことを実行できたのか」とかのやり取りの最後に、彼が私たちに向かっての言葉だったと記憶しています。
　今回の大震災で被災した人々に象徴される「日本人」への国際社会の報道は、「暴動等もなく秩序を保った」、「忍耐強い」等、大変な称賛で溢れていました。ただ、先月末の東電原発汚染水の海洋への漏えい、意図的投棄以降は、「日本国」への評価は大変厳しいものになっていることを、しっかり認識すべきでしょう。
　極限状態に追い込まれた時の行動、私は日本人の「耐えるレベル」、「理性的」には確信を持っていますが、むしろ、「集団の雰囲気を過剰に忖度（そんたく）する精神構造」、「他者への過剰な遠慮」に、大きな社会不正義を見過ごす、結果的に容認してしまう、弱さを危惧します。「主張することを躊躇する弱さ、勇気の無さ」とでも言うのでしょうか。中谷さんがおっしゃった「問われる」とは、私を含めた日本人の「勇気の無さ」なのではないかと、今思います。憲法に書かれている「人権」を、本当に市民社会のものにする活動を躊躇してはいけないのでしょう。
 
　昨日、北海道経済同友会の幹事会が早朝に開催されました。今までになく多くの役員の方々がお集まりになり、会の終り頃に北海道電力の経営幹部から、今回の東電福島原発事故の報告と、北電泊原発の安全性についての説明がありました。これまででしたら、恐らくただ黙って説明を承ってといった雰囲気だったと思いますが、昨日は明らかに違っていました。
　私はこう発言しました。汚染水海洋投棄以降の国際社会の厳しい視点から、今後の原子力発電継続の難しさ（停止・廃止）を勘案し、比較的電力供給では余裕のある今こそ、企業系・家庭系の北海道的節電・ピーク時削減プラン或いは議論を提案すべきではないか、と。やり取りはその後、「危険度の高い浜岡原発はすぐに停止すべき」等、各産業セクターの経営トップもかなりの危機感を持っている様子でした。エネルギー問題は、今や全ての日本で活動する人々が当事者であることを実感しました。
　ある出席者は、会議終了後に、節電等にはその動機が大切で、今回の場合は、北海道の節電分を、今の60万キロワットの本州への支援を大幅に増やすことに使うといったストーリーが良いのではないか、とおっしゃっていました。北海道民による福島支援の具体的方策としての節電・ピーク時削減プランとして、勇気を持って北電がこう提起して、企業・道民がムーブメントを起こすのは如何でしょうか。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　30数年前の原子力発電に関係する書類を読む一方、当時から反原発活動に関わった方々の話を個別に聴く場面では、今、多くの方が、「手がけた反原発運動の不徹底さを悔いている」と、今回の大事故を目の当たりに苦渋の表情で語っています。すべてが主張してきた「想定内」の出来事であるからにほかなりません、普通はその通りになるのは喜ぶべきことなのですが・・・・。</p>
<p>　1979年のアメリカ・スリーマイル事故を受けて、80年代には日本でも原子力発電を不安に思い、反対する多くのごく普通の市民がたくさんいました。小学校の保護者会等でも、子どもの将来を気遣う自然な気持として、原発問題について語る雰囲気もあったと聞きます。次第に時が経ち、「原発推進」と「原発反対」が鋭く対決する情況の中で、「反原発」は政治マターの範囲に限定されていき、何かごく普通の場でまともに議論することを避ける風潮となってしまったのではないでしょうか。変わらず原発への疑問を語り続けていると、ある種の「変わり者」として疎外されるような。</p>
<p>　そして、このような「時代」の推移で、推進勢力のパブリック・アクセプタンス（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8003">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8003</a>）の影響もあり、教育現場でも当たり前に、原子力発電のリスク・恐怖について、むしろ昭和20年・30年代に教えられたよりもはるかに少なく、「避けてきた話題」となり、「<strong>教育の敗北</strong>」を感じるのです。</p>
<p> </p>
<p>　私はこのところ、繰り返し思い出しています。この欄にも書き留めましたが（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1485">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=1485</a>）、一昨年6月に、ポーランドのアウシュヴィッツ収容所を訪問し、現地のただ一人の日本人ガイド・中谷さんのお話を伺った時の言葉です。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</p>
<p>＊　日本の平均的教育レベルの高さに期待している。ただ極限状態に追い込まれた時に、どの程度理性的に行動し得るのか、人間の本生の赴くままになってしまうのか、それが今もこれからも問われるのだろう</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</p>
<p>　ビルケナウで、「何と残酷な」、「どんな種類の人間がこんなことを実行できたのか」とかのやり取りの最後に、彼が私たちに向かっての言葉だったと記憶しています。</p>
<p>　今回の大震災で被災した人々に象徴される「日本人」への国際社会の報道は、「暴動等もなく秩序を保った」、「忍耐強い」等、大変な称賛で溢れていました。ただ、先月末の東電原発汚染水の海洋への漏えい、意図的投棄以降は、「日本国」への評価は大変厳しいものになっていることを、しっかり認識すべきでしょう。</p>
<p>　極限状態に追い込まれた時の行動、私は日本人の「耐えるレベル」、「理性的」には確信を持っていますが、むしろ、「集団の雰囲気を過剰に忖度（そんたく）する精神構造」、「他者への過剰な遠慮」に、大きな社会不正義を見過ごす、結果的に容認してしまう、弱さを危惧します。「主張することを躊躇する弱さ、勇気の無さ」とでも言うのでしょうか。中谷さんがおっしゃった「問われる」とは、私を含めた日本人の「勇気の無さ」なのではないかと、今思います。憲法に書かれている「人権」を、本当に市民社会のものにする活動を躊躇してはいけないのでしょう。</p>
<p> </p>
<p>　昨日、北海道経済同友会の幹事会が早朝に開催されました。今までになく多くの役員の方々がお集まりになり、会の終り頃に北海道電力の経営幹部から、今回の東電福島原発事故の報告と、北電泊原発の安全性についての説明がありました。これまででしたら、恐らくただ黙って説明を承ってといった雰囲気だったと思いますが、昨日は明らかに違っていました。</p>
<p>　私はこう発言しました。汚染水海洋投棄以降の国際社会の厳しい視点から、今後の原子力発電継続の難しさ（停止・廃止）を勘案し、比較的電力供給では余裕のある今こそ、企業系・家庭系の北海道的節電・ピーク時削減プラン或いは議論を提案すべきではないか、と。やり取りはその後、「危険度の高い浜岡原発はすぐに停止すべき」等、各産業セクターの経営トップもかなりの危機感を持っている様子でした。エネルギー問題は、今や全ての日本で活動する人々が当事者であることを実感しました。</p>
<p>　ある出席者は、会議終了後に、節電等にはその動機が大切で、今回の場合は、北海道の節電分を、今の60万キロワットの本州への支援を大幅に増やすことに使うといったストーリーが良いのではないか、とおっしゃっていました。北海道民による福島支援の具体的方策としての節電・ピーク時削減プランとして、勇気を持って北電がこう提起して、企業・道民がムーブメントを起こすのは如何でしょうか。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>30年以上前に、すでに「想定内」</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8264</link>
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		<pubDate>Tue, 19 Apr 2011 00:41:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8264</guid>
		<description><![CDATA[　我が家の書棚に、30数年前の「原子力発電とはなにか・・・、そのわかりやすい説明」＜第三版＞を見つけました。その「まえがき」から順番に読み進めてみると、あらためてこの数十年間の反原発活動の重みを感じます。今、目の前に起こっている現実すべてが「想定内」であることに加え、まえがきを読むと分かりますが、推進側、反対側の双方の問題点を的確に指摘しています。これらを「反原発」と一括りにして本当に宜しかったのでしょうか、この辺りからすでに推進派（通産省・学者群・産業）のプロパガンダが始まっていたことを見逃してはいけません。
　今回のまだ進行形の大事故を教訓に、飽くなき議論を戦わさなければなりません。企業系・家庭系双方のセクターにおいて、「需要」としての節電・ピーク時削減の具体案、「供給」としての当面の原発の安全性担保と代替エネルギーへのシフトです。
以下は引用です。
～～～～～～～～～～～～出所（枝廣淳子さんの環境メールニュース　http://www.es-inc.jp）
「原子力か、化石燃料か」ではなく、「原子力でも化石燃料でもない世界」への
移行は可能です（「ただちに」ではないですよ。「ただちには無理」だからといっ
て否定する必要もないですよね？　30年後、50年後にどうなっていたいか、です）
そのための技術開発も実用化も、日本でも世界でもぐんぐん進んでいるのは、本
当に心強いことです。
去年、日刊 温暖化新聞の「エダヒロはこう考える」コーナーで、こういうご紹
介をしています。
2010年06月02日
原発10基分！日本の洋上風力発電の可能性と取り組み
http://daily-ondanka.com/edahiro/2010/20100602_1.html
最近の日刊 温暖化新聞の記事を見ていても、各国／世界の再生可能エネルギー
・シフトの元気な足音が聞こえてきそうです。いくつかご紹介しましょう。見出
しだけでもわくわくしてきますよ。ニュージーランドでは電力の４分の３近くを
自然エネルギーでまかなっているって、ご存知でしたか?
2011年04月07日
ＩＥＡ報告書：ニュージーランドの再生可能エネルギー発電、2009年は73％
http://daily-ondanka.com/news/2011/20110407_1.html
2011年04月04日
オレゴン州全域でクリーンエネルギーワークス計画始動、雇用創出と省エネに期待
http://daily-ondanka.com/news/2011/20110404_1.html
2011年04月02日
持続可能な方法で生産されたバイオ燃料の認証システム、始動へ
http://daily-ondanka.com/news/2011/20110402_1.html
2011年03月30日
英スコットランド政府、世界最大の潮流発電プロジェクトを承認
http://daily-ondanka.com/news/2011/20110330_1.html
2011年03月22日
2010年、独の再生可能エネルギーの割合は17％へ、雇用は37万人へ増加
http://daily-ondanka.com/news/2011/20110322_1.html
2011年02月21日
カナダ政府、ディーゼル燃料と暖房用燃料に再生可能燃料の含有を義務付けへ
http://daily-ondanka.com/news/2011/20110221_1.html
2011年02月19日
米国内務長官とエネルギー長官、大規模な洋上風力イニシアチブを発表
http://daily-ondanka.com/news/2011/20110219_1.html
2011年02月16日
英国、新たな職業技能アカデミーでグリーンな未来の構築を後押し
http://daily-ondanka.com/news/2011/20110216_1.html
2011年02月08日
米国：ＮＯＡＡの気象・気候情報を利用して再生可能エネルギーを推進
http://daily-ondanka.com/news/2011/20110208_1.html
2010年12月30日
米エネルギー省、世界最大級の風力発電プロジェクト融資保証を最終承認
http://daily-ondanka.com/news/2010/20101230_1.html
2010年12月27日
豪政府助成金により太陽光発電を導入する学校が増加
http://daily-ondanka.com/news/2010/20101227_1.html
2010年12月22日
英ロンドン、市バス用に導入する水素バス第１号を発表
http://daily-ondanka.com/news/2010/20101222_1.html
2010年12月20日
米国、クリーンエネルギーに関する輸出振興のためのイニシアティブを開始
http://daily-ondanka.com/news/2010/20101220_1.html
2010年10月01日
世界最大の洋上風力発電所、イギリス海峡で正式に始動
http://daily-ondanka.com/news/2010/20101001_1.html
2010年09月15日
米国の各プロスポーツリーグ、競技場で太陽エネルギーを利用
http://daily-ondanka.com/news/2010/20100915_1.html
2010年07月10日
オーストラリア、クリーンなエネルギーの将来に向け前進
http://daily-ondanka.com/news/2010/20100710_1.html
2010年06月21日
オバマ大統領演説、クリーンエネルギーへの速やかな移行を呼びかけ
http://daily-ondanka.com/news/2010/20100621_1.html
2010年06月16日
米国：2009年の小型風力発電装置販売は15％増、世界の約半分を占める
http://daily-ondanka.com/news/2010/20100616_1.html
2010年05月14日
米内務省、マサチューセッツ州沖合の洋上風力発電プロジェクトを承認
http://daily-ondanka.com/news/2010/20100514_1.html
2010年05月12日
米国の太陽エネルギー、2009年も堅調な成長
http://daily-ondanka.com/news/2010/20100512_1.html
 
日刊 温暖化新聞でも、エネルギーシフトへの足音が聞こえる記事がトッ
プに出ています。どうぞお楽しみに～！
http://daily-ondanka.com/
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり
　チェルノブイリ事故後、ベラルーシの汚染地域のある村に住む農民は語っています。
 「人々はパンを食べる。わたしたちは放射能を食べる。国は遠くに去っていった。わたしたちはこの地に、踏み留まっている。もしロシアを捨て天国に生きよ、といわれたら、私はいう。天国はいらない、故郷を与えよ、と」
　余震は、日本人への更なる警告のような気がします、「まだ気がつかないのか！！」という天からの声として。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　我が家の書棚に、30数年前の<strong>「原子力発電とはなにか・・・、そのわかりやすい説明」＜第三版＞</strong>を見つけました。その「まえがき」から順番に読み進めてみると、あらためてこの数十年間の反原発活動の重みを感じます。今、目の前に起こっている現実すべてが「想定内」であることに加え、まえがきを読むと分かりますが、推進側、反対側の双方の問題点を的確に指摘しています。これらを「反原発」と一括りにして本当に宜しかったのでしょうか、この辺りからすでに推進派（通産省・学者群・産業）のプロパガンダが始まっていたことを見逃してはいけません。</p>
<div id="attachment_8265" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010337.jpg"><img class="size-medium wp-image-8265" title="p1010337" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010337-375x500.jpg" alt="家の書棚にひっそりと" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">家の書棚にひっそりと</p></div>
<div id="attachment_8266" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010338.jpg"><img class="size-medium wp-image-8266" title="p1010338" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010338-500x375.jpg" alt="まえがきには" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">まえがきには</p></div>
<div id="attachment_8267" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010339.jpg"><img class="size-medium wp-image-8267" title="p1010339" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010339-500x375.jpg" alt="その２" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">その２</p></div>
<p>　今回のまだ進行形の大事故を教訓に、飽くなき議論を戦わさなければなりません。企業系・家庭系双方のセクターにおいて、「需要」としての節電・ピーク時削減の具体案、「供給」としての当面の原発の安全性担保と代替エネルギーへのシフトです。</p>
<p>以下は引用です。<br />
～～～～～～～～～～～～出所（枝廣淳子さんの環境メールニュース　<a href="http://www.es-inc.jp">http://www.es-inc.jp</a>）</p>
<p>「原子力か、化石燃料か」ではなく、「原子力でも化石燃料でもない世界」への<br />
移行は可能です（「ただちに」ではないですよ。「ただちには無理」だからといっ<br />
て否定する必要もないですよね？　30年後、50年後にどうなっていたいか、です）</p>
<p>そのための技術開発も実用化も、日本でも世界でもぐんぐん進んでいるのは、本<br />
当に心強いことです。</p>
<p>去年、日刊 温暖化新聞の「エダヒロはこう考える」コーナーで、こういうご紹<br />
介をしています。</p>
<p>2010年06月02日<br />
原発10基分！日本の洋上風力発電の可能性と取り組み<br />
<a href="http://daily-ondanka.com/edahiro/2010/20100602_1.html">http://daily-ondanka.com/edahiro/2010/20100602_1.html</a></p>
<p>最近の日刊 温暖化新聞の記事を見ていても、各国／世界の再生可能エネルギー<br />
・シフトの元気な足音が聞こえてきそうです。いくつかご紹介しましょう。見出<br />
しだけでもわくわくしてきますよ。ニュージーランドでは電力の４分の３近くを<br />
自然エネルギーでまかなっているって、ご存知でしたか?<br />
2011年04月07日<br />
ＩＥＡ報告書：ニュージーランドの再生可能エネルギー発電、2009年は73％<br />
<a href="http://daily-ondanka.com/news/2011/20110407_1.html">http://daily-ondanka.com/news/2011/20110407_1.html</a></p>
<p>2011年04月04日<br />
オレゴン州全域でクリーンエネルギーワークス計画始動、雇用創出と省エネに期待<br />
<a href="http://daily-ondanka.com/news/2011/20110404_1.html">http://daily-ondanka.com/news/2011/20110404_1.html</a></p>
<p>2011年04月02日<br />
持続可能な方法で生産されたバイオ燃料の認証システム、始動へ<br />
<a href="http://daily-ondanka.com/news/2011/20110402_1.html">http://daily-ondanka.com/news/2011/20110402_1.html</a></p>
<p>2011年03月30日<br />
英スコットランド政府、世界最大の潮流発電プロジェクトを承認<br />
<a href="http://daily-ondanka.com/news/2011/20110330_1.html">http://daily-ondanka.com/news/2011/20110330_1.html</a></p>
<p>2011年03月22日<br />
2010年、独の再生可能エネルギーの割合は17％へ、雇用は37万人へ増加<br />
<a href="http://daily-ondanka.com/news/2011/20110322_1.html">http://daily-ondanka.com/news/2011/20110322_1.html</a></p>
<p>2011年02月21日<br />
カナダ政府、ディーゼル燃料と暖房用燃料に再生可能燃料の含有を義務付けへ<br />
<a href="http://daily-ondanka.com/news/2011/20110221_1.html">http://daily-ondanka.com/news/2011/20110221_1.html</a></p>
<p>2011年02月19日<br />
米国内務長官とエネルギー長官、大規模な洋上風力イニシアチブを発表<br />
<a href="http://daily-ondanka.com/news/2011/20110219_1.html">http://daily-ondanka.com/news/2011/20110219_1.html</a></p>
<p>2011年02月16日<br />
英国、新たな職業技能アカデミーでグリーンな未来の構築を後押し<br />
<a href="http://daily-ondanka.com/news/2011/20110216_1.html">http://daily-ondanka.com/news/2011/20110216_1.html</a></p>
<p>2011年02月08日<br />
米国：ＮＯＡＡの気象・気候情報を利用して再生可能エネルギーを推進<br />
<a href="http://daily-ondanka.com/news/2011/20110208_1.html">http://daily-ondanka.com/news/2011/20110208_1.html</a></p>
<p>2010年12月30日<br />
米エネルギー省、世界最大級の風力発電プロジェクト融資保証を最終承認<br />
<a href="http://daily-ondanka.com/news/2010/20101230_1.html">http://daily-ondanka.com/news/2010/20101230_1.html</a></p>
<p>2010年12月27日<br />
豪政府助成金により太陽光発電を導入する学校が増加<br />
<a href="http://daily-ondanka.com/news/2010/20101227_1.html">http://daily-ondanka.com/news/2010/20101227_1.html</a></p>
<p>2010年12月22日<br />
英ロンドン、市バス用に導入する水素バス第１号を発表<br />
<a href="http://daily-ondanka.com/news/2010/20101222_1.html">http://daily-ondanka.com/news/2010/20101222_1.html</a></p>
<p>2010年12月20日<br />
米国、クリーンエネルギーに関する輸出振興のためのイニシアティブを開始<br />
<a href="http://daily-ondanka.com/news/2010/20101220_1.html">http://daily-ondanka.com/news/2010/20101220_1.html</a></p>
<p>2010年10月01日<br />
世界最大の洋上風力発電所、イギリス海峡で正式に始動<br />
<a href="http://daily-ondanka.com/news/2010/20101001_1.html">http://daily-ondanka.com/news/2010/20101001_1.html</a></p>
<p>2010年09月15日<br />
米国の各プロスポーツリーグ、競技場で太陽エネルギーを利用<br />
<a href="http://daily-ondanka.com/news/2010/20100915_1.html">http://daily-ondanka.com/news/2010/20100915_1.html</a></p>
<p>2010年07月10日<br />
オーストラリア、クリーンなエネルギーの将来に向け前進<br />
<a href="http://daily-ondanka.com/news/2010/20100710_1.html">http://daily-ondanka.com/news/2010/20100710_1.html</a><br />
2010年06月21日<br />
オバマ大統領演説、クリーンエネルギーへの速やかな移行を呼びかけ<br />
<a href="http://daily-ondanka.com/news/2010/20100621_1.html">http://daily-ondanka.com/news/2010/20100621_1.html</a></p>
<p>2010年06月16日<br />
米国：2009年の小型風力発電装置販売は15％増、世界の約半分を占める<br />
<a href="http://daily-ondanka.com/news/2010/20100616_1.html">http://daily-ondanka.com/news/2010/20100616_1.html</a></p>
<p>2010年05月14日<br />
米内務省、マサチューセッツ州沖合の洋上風力発電プロジェクトを承認<br />
<a href="http://daily-ondanka.com/news/2010/20100514_1.html">http://daily-ondanka.com/news/2010/20100514_1.html</a></p>
<p>2010年05月12日<br />
米国の太陽エネルギー、2009年も堅調な成長<br />
<a href="http://daily-ondanka.com/news/2010/20100512_1.html">http://daily-ondanka.com/news/2010/20100512_1.html</a></p>
<p> </p>
<p>日刊 温暖化新聞でも、エネルギーシフトへの足音が聞こえる記事がトッ<br />
プに出ています。どうぞお楽しみに～！<br />
<a href="http://daily-ondanka.com/">http://daily-ondanka.com/</a><br />
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～引用おわり</p>
<p>　チェルノブイリ事故後、ベラルーシの汚染地域のある村に住む農民は語っています。</p>
<p class="MsoNormal" style="text-indent: 10.5pt; margin: 0mm 0mm 0pt; mso-char-indent-count: 1.0;"> <span style="font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; font-size: 10.5pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-ascii-theme-font: minor-latin; mso-fareast-theme-font: minor-fareast; mso-hansi-font-family: Century; mso-hansi-theme-font: minor-latin; mso-bidi-font-size: 11.0pt; mso-bidi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-bidi-theme-font: minor-bidi; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA;">「人々はパンを食べる。わたしたちは放射能を食べる。国は遠くに去っていった。わたしたちはこの地に、踏み留まっている。もしロシアを捨て天国に生きよ、といわれたら、私はいう。天国はいらない、故郷を与えよ、と」</span></p>
<p>　余震は、日本人への更なる警告のような気がします、「まだ気がつかないのか！！」という天からの声として。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>博多の余韻、「自由人の十戒」ほか</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8227</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8227#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Apr 2011 02:11:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8227</guid>
		<description><![CDATA[　今年の経済同友会全国フォーラムは、福岡で「緊急日本復興会議」となりました。15日のこの欄に掲載した大前研一氏講演の最後に、今の状況で、新たに輝く英国人哲学者、バートランド・ラッセル卿の「自由人の十戒：http://www005.upp.so-net.ne.jp/russell/DECALOG.HTM」が紹介されていました。
　その第9番目、「たとえ真実が不都合なものであったとしても、どこまでも良心的に真実であるべきである。なぜなら、もしあなたが本当のことをかくそうとすると、もっと都合が悪いことになるからである」。今、東京電力の経営トップに提起したい言葉です。これまで彼らの発言からは、顧客である「市民」へのメッセージが全く届いて来ません。ただひたすら、「原子力村」を守ろうとする醜悪な姿を多くの国民は看破しています。
　バートランド・ラッセル卿はノーベル文学賞にも輝きましたが、1955年7月の「ラッセル・アインシュタイン宣言：http://www.pugwashjapan.jp/r_e.html」では、核兵器廃絶を明確に世界に宣言しました。3月の東日本大震災・原発事故を受けて、私たちは私たちの立場から行動を起こしますが、今後のエネルギー政策において、現存する科学者たちは転換を迫る「勇気ある」行動を期待したいですね。
 
　もう一つ、被災地の岩手県、宮城県、福島県の方々の現状報告をお聞きして、それぞれ「固有の復興モデル」があるように思いました。すなわち、岩手県は水産業の復興、宮城県は水産業と稲作を中心とした農業復興、福島県は原発見直しによる復興です。それら全てに共通するのが「食を支える日本の第一次産業の復興」であり、21世紀の日本社会・地域の生きる道筋を示しているように思えます。北海道もこれを契機に、一層の「食ー農」の取り戻しとイノベーションの大きなムーブメントを興したいものですね。
　博多のマチは、新旧が同居していて、人々は元気でした。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　今年の経済同友会全国フォーラムは、福岡で「緊急日本復興会議」となりました。15日のこの欄に掲載した大前研一氏講演の最後に、今の状況で、新たに輝く英国人哲学者、バートランド・ラッセル卿の「自由人の十戒：<a href="http://www005.upp.so-net.ne.jp/russell/DECALOG.HTM">http://www005.upp.so-net.ne.jp/russell/DECALOG.HTM</a>」が紹介されていました。</p>
<p>　その第9番目、「<span style="color: #000000;"><strong>たとえ真実が不都合なものであったとしても、どこまでも良心的に真実であるべきである。なぜなら、もしあなたが本当のことをかくそうとすると、もっと都合が悪いことになるからである</strong>」。今、東京電力の経営トップに提起したい言葉です。これまで彼らの発言からは、顧客である「市民」へのメッセージが全く届いて来ません。ただひたすら、「原子力村」を守ろうとする醜悪な姿を多くの国民は看破しています。</span></p>
<p>　バートランド・ラッセル卿はノーベル文学賞にも輝きましたが、1955年7月の「ラッセル・アインシュタイン宣言：<a href="http://www.pugwashjapan.jp/r_e.html">http://www.pugwashjapan.jp/r_e.html</a>」では、核兵器廃絶を明確に世界に宣言しました。3月の東日本大震災・原発事故を受けて、私たちは私たちの立場から行動を起こしますが、今後のエネルギー政策において、現存する科学者たちは転換を迫る「勇気ある」行動を期待したいですね。</p>
<p> </p>
<p>　もう一つ、被災地の岩手県、宮城県、福島県の方々の現状報告をお聞きして、それぞれ「固有の復興モデル」があるように思いました。すなわち、岩手県は水産業の復興、宮城県は水産業と稲作を中心とした農業復興、福島県は原発見直しによる復興です。それら全てに共通するのが「食<strong>を支える日本の第一次産業の復興</strong>」であり、21世紀の日本社会・地域の生きる道筋を示しているように思えます。北海道もこれを契機に、一層の「食ー農」の取り戻しとイノベーションの大きなムーブメントを興したいものですね。</p>
<p>　博多のマチは、新旧が同居していて、人々は元気でした。</p>
<div id="attachment_8228" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010325.jpg"><img class="size-medium wp-image-8228" title="p1010325" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010325.jpg" alt="櫛田神社で" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">櫛田神社で</p></div>
<div id="attachment_8229" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010323.jpg"><img class="size-medium wp-image-8229" title="p1010323" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010323.jpg" alt="福岡タワーから西を臨む" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">福岡タワーから西を臨む</p></div>
<div id="attachment_8230" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010326.jpg"><img class="size-medium wp-image-8230" title="p1010326" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010326-500x375.jpg" alt="「博多町屋」ふるさと館" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">「博多町屋」ふるさと館</p></div>
<div id="attachment_8231" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010334.jpg"><img class="size-medium wp-image-8231" title="p1010334" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010334.jpg" alt="カナルシティで" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">カナルシティで震災応援</p></div>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>「緊急日本復興会議」、福岡で開催</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8221</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8221#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 14 Apr 2011 22:02:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8221</guid>
		<description><![CDATA[ 　昨日福岡で、「第24回全国経済同友会全国会議」が、1000名以上の登録で開催されました。毎年4月に2日間、全国各地で持ち回りなのですが、今年は3月11日の大震災があり、急きょ日程を半日に短縮し、テーマも「緊急復興会議」として行われました。第二次世界大戦直後に、83名の経済人でスタートした「経済同友会：http://www.doyukai.or.jp/about/」に相応しく、現在的意義を見出そうとの意欲的な取り組みでした。
　　大前研一氏「震災復興とこれからの日本」の特別講演は、有料インターネット番組「ビジネス・プレーク・スルー」の内容でしたが、彼が、原子力のバックグラウンドを持っているとは知りませんでした。海外の情報把握は的確で、当初極めてシンパシーを寄せていた国際社会が、東電による「汚染水の海洋投棄」を契機に一変して厳しくなり、今、日本の良識が問われていると警告していました。本来、「海洋」は世界共有のものであるはず、日本の責任として汚染水は自国に閉じ込めるのが世界の常識と（http://www.youtube.com/watch?v=9MfteXqFHzM&#38;feature=relmfu）。
　以下の3回はオープンになっていますので、会員以外でも見ることが出来ます。
　＊3月13日（http://www.youtube.com/watch?v=U8VHmiM8-AQ&#38;feature=relmfu）
　＊3月20日（http://www.youtube.com/watch?v=2RztR0sRWk8）
　＊3月27日（http://www.youtube.com/watch?v=5mBlngPiaSY&#38;feature=related）
 
　続いて、被災地代表の経済同友会会員と有識者メンバーでのパネルディスカッションもありました。ロジスティックスの仕組みが構築されていないことの指摘等、緊迫した報告は大変新鮮でしたが、「道州制の先行モデルとして、東北復興を！」との提言では、中央左側の現地の方々と、やや距離を置く右側の方々との臨場感の違いも印象的でした。
　数回前にこの欄でも書き留めましたが、経済同友会では昨年11月に「2020年の『日本創生』：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7320」の提言もしています。
　昨日の会議では、最後に経済同友会として「緊急復興アピール：http://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2011/110414a.html」を「満場一致（？）」として採択しましたが、私は今後のエネルギーの原発の扱いについて、全く賛同出来ませんね、何かの機会にその旨を表明しようと思っています。これまで担ってきた日本の企業経営者は、やはり「過去を引きずる」しかないのかと、かなり失望しました。「復興」には、新しい担い手が必須です。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p> 　昨日福岡で、「第24回全国経済同友会全国会議」が、1000名以上の登録で開催されました。毎年4月に2日間、全国各地で持ち回りなのですが、今年は3月11日の大震災があり、急きょ日程を半日に短縮し、テーマも「緊急復興会議」として行われました。第二次世界大戦直後に、83名の経済人でスタートした「経済同友会：<a href="http://www.doyukai.or.jp/about/">http://www.doyukai.or.jp/about/</a>」に相応しく、現在的意義を見出そうとの意欲的な取り組みでした。</p>
<div id="attachment_8222" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010327.jpg"><img class="size-medium wp-image-8222" title="p1010327" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010327-500x375.jpg" alt="経済同友会全国会議、福岡で開催" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">経済同友会全国会議、福岡で開催</p></div>
<p>　　大前研一氏「震災復興とこれからの日本」の特別講演は、有料インターネット番組「ビジネス・プレーク・スルー」の内容でしたが、彼が、原子力のバックグラウンドを持っているとは知りませんでした。海外の情報把握は的確で、当初極めてシンパシーを寄せていた国際社会が、東電による「汚染水の海洋投棄」を契機に一変して厳しくなり、今、日本の良識が問われていると警告していました。本来、「海洋」は世界共有のものであるはず、日本の責任として汚染水は自国に閉じ込めるのが世界の常識と（<a href="http://www.youtube.com/watch?v=9MfteXqFHzM&amp;feature=relmfu">http://www.youtube.com/watch?v=9MfteXqFHzM&amp;feature=relmfu</a>）。</p>
<p>　以下の3回はオープンになっていますので、会員以外でも見ることが出来ます。</p>
<p>　＊3月13日（<a href="http://www.youtube.com/watch?v=U8VHmiM8-AQ&amp;feature=relmfu">http://www.youtube.com/watch?v=U8VHmiM8-AQ&amp;feature=relmfu</a>）</p>
<p>　＊3月20日（<a href="http://www.youtube.com/watch?v=2RztR0sRWk8">http://www.youtube.com/watch?v=2RztR0sRWk8</a>）</p>
<p>　＊3月27日（<a href="http://www.youtube.com/watch?v=5mBlngPiaSY&amp;feature=related">http://www.youtube.com/watch?v=5mBlngPiaSY&amp;feature=related</a>）</p>
<div id="attachment_8223" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010331.jpg"><img class="size-medium wp-image-8223" title="p1010331" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010331-500x375.jpg" alt="大前研一さんの講演" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">大前研一さんの講演</p></div>
<p> </p>
<p>　続いて、被災地代表の経済同友会会員と有識者メンバーでのパネルディスカッションもありました。ロジスティックスの仕組みが構築されていないことの指摘等、緊迫した報告は大変新鮮でしたが、「道州制の先行モデルとして、東北復興を！」との提言では、中央左側の現地の方々と、やや距離を置く右側の方々との臨場感の違いも印象的でした。</p>
<div id="attachment_8224" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010332.jpg"><img class="size-medium wp-image-8224" title="p1010332" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010332-500x375.jpg" alt="パネルディスカッション" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">パネルディスカッション</p></div>
<p>　数回前にこの欄でも書き留めましたが、経済同友会では昨年11月に「2020年の『日本創生』：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7320">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7320</a>」の提言もしています。</p>
<p>　昨日の会議では、最後に経済同友会として「緊急復興アピール：<a href="http://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2011/110414a.html">http://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2011/110414a.html</a>」を「満場一致（？）」として採択しましたが、私は今後のエネルギーの原発の扱いについて、全く賛同出来ませんね、何かの機会にその旨を表明しようと思っています。これまで担ってきた日本の企業経営者は、やはり「過去を引きずる」しかないのかと、かなり失望しました。「復興」には、新しい担い手が必須です。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>風評被害？</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8160</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8160#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 11 Apr 2011 21:56:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8160</guid>
		<description><![CDATA[＜大地震、今、感じること（9）＞
　「風評被害」と、このところマスメディアには氾濫していますが、この言葉、責任の所在をそらす意味合いがあります（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8003）。
　この状況で国（総務省）がこれはないでしょう（http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban08_01000023.html）、中国・北朝鮮と同じになってしまうではありませんか。原因は、責任ある当局・当事者が、市民に届くメッセージをしっかり発していないことに尽きるのですよ。たくさんの情報の中から選ぶのは市民です。提供する側を抑制しようという発想は、「民主主義国家」のすることではありません。
　メッセージを届ける使命はマスメディアの最上位の仕事です。にも関らず原発関連記者会見におけるあのだらしなさはひどいですね。過去の雪印食品・ミートホープ等の食品事件で、社長をあれだけ追い回したマスメディアの、今回の東電トップへの弱腰は一体どう説明するのでしょうか。
　一方、海外メディアの取材に、日本を代表する経済団体の最高責任者が、このメッセージもないですね（http://jp.wsj.com/Japan/Companies/node_217459）、特にこのやりとり～～～～～～
ＷＳＪ（ウォール・ストリート・ジャーナル）：東電は甘かった？
米倉氏：甘かったということは絶対にない。要するにあれは国の安全基準というのがあって、それに基づき設計されているはずだ。恐らく、それよりも何十倍の安全ファクターを入れてやっている。東電は全然、甘くはない。
～～～～～～～～～～　
　こんなコメントをしているから、海外でも「日本不信」の風評被害（？？）を招くのですよ、本当に民間企業の「経営」を経験してきた方なのでしょうか、誰のための企業か、経済団体は社会に対して何をする責任があるのか、全く理解していない、何とも情けない、「恥を知れ！」です。
　本来担うべき立場の方々・マスメディアが、ことごとくその機能を果たしていない、その任に相応しい能力・勇気を備えていない質的劣化であり、「3・11」を契機にこれまでの日本を変えなくては、亡くなった方々の「いのち」に対して申し訳ありません。つい先ほど、テレビに出ている学者が、「もう一度『原子力』にチャンスを与えて頂きたい」と発言していました、コメンテーターは沈黙です。学者の前に人間であるはず、「怒り」、「憤り」を忘れた日本人は総退陣して貰いましょう、「情けない」の一言ですね。
　インターネットに数々の貴重なサイト・ブログ（http://fpaj.jp/news/、http://lucky2009.cocolog-nifty.com/blog/）があるから、市民はギリギリ納得出来ている状態です。記者会見に出席していながらロクに質問もせず、ただ垂れ流し情報だけを報道するのは、もうやめて頂きたいものですね。「報道の自由」を叫ぶのであれば、市民への情報提供という使命感に基づいた姿勢で、プロの仕事をして貰いたいものです。
　「計画停電」で一つ提案し忘れていたことがありました、テレビを中心とした下らない番組を「無期限」でやめることです。
　今の時代を生きる市民の、情報を取りにいく意欲・力をなめてはいけません。グローバル情報社会の底力を「風評被害」で片づけているその風潮が、今、終わりを告げようとしています。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>＜大地震、今、感じること（9）＞</p>
<p>　「風評被害」と、このところマスメディアには氾濫していますが、この言葉、責任の所在をそらす意味合いがあります（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8003">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8003</a>）。</p>
<p>　この状況で国（総務省）がこれはないでしょう（<a href="http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban08_01000023.html">http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban08_01000023.html</a>）、中国・北朝鮮と同じになってしまうではありませんか。原因は、責任ある当局・当事者が、市民に届くメッセージをしっかり発していないことに尽きるのですよ。たくさんの情報の中から選ぶのは市民です。提供する側を抑制しようという発想は、「民主主義国家」のすることではありません。</p>
<p>　メッセージを届ける使命はマスメディアの最上位の仕事です。にも関らず原発関連記者会見におけるあのだらしなさはひどいですね。過去の雪印食品・ミートホープ等の食品事件で、社長をあれだけ追い回したマスメディアの、今回の東電トップへの弱腰は一体どう説明するのでしょうか。</p>
<p>　一方、海外メディアの取材に、日本を代表する経済団体の最高責任者が、このメッセージもないですね（<a href="http://jp.wsj.com/Japan/Companies/node_217459">http://jp.wsj.com/Japan/Companies/node_217459</a>）、特にこのやりとり～～～～～～</p>
<p><strong>ＷＳＪ（ウォール・ストリート・ジャーナル）：</strong>東電は甘かった？</p>
<p><strong>米倉氏：</strong>甘かったということは絶対にない。要するにあれは国の安全基準というのがあって、それに基づき設計されているはずだ。恐らく、それよりも何十倍の安全ファクターを入れてやっている。東電は全然、甘くはない。</p>
<p>～～～～～～～～～～　</p>
<p>　こんなコメントをしているから、海外でも「日本不信」の風評被害（？？）を招くのですよ、本当に民間企業の「経営」を経験してきた方なのでしょうか、誰のための企業か、経済団体は社会に対して何をする責任があるのか、全く理解していない、何とも情けない、「恥を知れ！」です。</p>
<p>　本来担うべき立場の方々・マスメディアが、ことごとくその機能を果たしていない、その任に相応しい能力・勇気を備えていない質的劣化であり、「3・11」を契機にこれまでの日本を変えなくては、亡くなった方々の「いのち」に対して申し訳ありません。つい先ほど、テレビに出ている学者が、「もう一度『原子力』にチャンスを与えて頂きたい」と発言していました、コメンテーターは沈黙です。学者の前に人間であるはず、「怒り」、「憤り」を忘れた日本人は総退陣して貰いましょう、「情けない」の一言ですね。</p>
<p>　インターネットに数々の貴重なサイト・ブログ（<a href="http://fpaj.jp/news/">http://fpaj.jp/news/</a>、<a href="http://lucky2009.cocolog-nifty.com/blog/">http://lucky2009.cocolog-nifty.com/blog/</a>）があるから、市民はギリギリ納得出来ている状態です。記者会見に出席していながらロクに質問もせず、ただ垂れ流し情報だけを報道するのは、もうやめて頂きたいものですね。「報道の自由」を叫ぶのであれば、市民への情報提供という使命感に基づいた姿勢で、プロの仕事をして貰いたいものです。</p>
<p>　「計画停電」で一つ提案し忘れていたことがありました、テレビを中心とした下らない番組を「無期限」でやめることです。</p>
<p>　今の時代を生きる市民の、情報を取りにいく意欲・力をなめてはいけません。グローバル情報社会の底力を「風評被害」で片づけているその風潮が、今、終わりを告げようとしています。</p>
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		<title>自転車の走る心地よいマチに！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7999</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7999#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 09 Apr 2011 22:26:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7999</guid>
		<description><![CDATA[　秋山財団の「社会貢献活動助成」で、新設して間もなく応援した（http://www.akiyama-foundation.org/history4/?year=2005）市民活動団体 「道はだれのもの？、札幌21：http://blog.goo.ne.jp/sapporo21net/」主催の展示会が、先月札幌市内でありました。
　札幌市では、今年度中に「札幌市総合交通計画http://www.city.sapporo.jp/sogokotsu/shisaku/sogokotsukeikaku/index.html」が策定されます。HPの一節には次のように書かれています。
～～～～～～～～札幌市としても、このパーソントリップ調査によって得られたデータを活用しながら、第4次札幌市長期総合計画などの上位計画と整合を図り、札幌市独自の将来交通に対する基本的な考え方を整理するとともに、概ね10年間の短・中期における交通施策を体系化した「交通戦略」を検討し、平成23年度には「札幌市総合交通計画」として取りまとめる予定です。 
「各交通モードの基本的な考え方2」編
将来的に自動車に依存した生活から、目的に応じて公共交通機関、自転車、徒歩などの多様な交通手段を使い分ける生活の普及が求められる中で、これからの自転車利用は、自動車の短距離利用にとってかわる可能性を秘め、健康増進、環境貢献と言った面における活用も期待されている。
また、鉄道やバスなどの公共交通が、特定の場所を結ぶ線的な交通手段であるのに対して、自転車は、自由な方向への移動を可能にする面的な交通手段であり、公共交通や徒歩と連携しあうことができれば、人の移動性を格段に向上させる可能性がある。
このような特性を持つ自転車は、これからの札幌市のまちづくりにおいて、欠くことができない交通手段であるといえるため、公共交通を補完する移動手段の一つと位置づけ、走行環境、駐輪環境、ルール・マナーにおいて、安全で快適に利用されていくための環境整備が重要である。
～～～～～～～引用おわり
　この文章、終りの3行がそれまでの文脈とかなり落差があるとは思いませんか。自転車が「欠くことができない交通手段」と言いながら、「公共交通を補完する移動手段の一つ」との位置づけでは納得いきません。イコールパートナーとして「極めて重要な移動手段」と記載すべきでしょう。そして、ルール・マナーの論点よりも、計画に盛り込むべきは道路交通法への言及が最優先だと思います。
 
　昨年、「自転車利用の検討会議の提言：http://www.city.sapporo.jp/sogokotsu/shisaku/jitennsya/kentoukaigi.html」が市長に提出されて、札幌における自転車活用に向けての前進が期待されました。そして先月、 『札幌市自転車利用総合計画（案）：http://www.city.sapporo.jp/sogokotsu/shisaku/jitennsya/jitensya-keikaku.html』に対してのパブリックコメントの案内が、市役所担当部署から発表になりました。
　昨年の検討会議では、今後の札幌市内においての自転車活用が提言されていましたが、この度の総合計画（案）では、大きく後退しているばかりでなく、論点がすり替えられています。「行政の一貫性」に、大きな疑問を抱かざるを得ません。最近、役所の施策にこの種の劣化が見受けられます、意見具申と出されてくる原案との落差が大きすぎるのですよ。
　
　私は、以下の要旨で期限までにコメントしました、今月中にはHP上に発表になるとのことですので、注目しています。
　私のコメント～～～～
　今回の「１．計画策定の趣旨」、「４．計画の考え方」には、「自転車利用環境の構築」に対して、前向きの施策展開を目論んでいるように記載はされてますが、拝読するととてもそうは受けとめられないのが感想です。何か、自転車に対しての強い偏見、或いは既存自動車交通・利用者への過度の遠慮（過剰な忖度）があるように思うのです。
　自転車利用への市民のニーズは、近年のマチなかの自転車数の増加をみても明らかであり、皮肉にも今の自転車利用は、劣悪な環境においてさえ増えている現実を直視する所から始めるべきだと思います。それは、環境的にも、健康的にも、経済的にも、自転車が移動手段として選択されているという動かぬ証拠だという認識に立つべきではないでしょうか。さらに、この計画案文作成には、行政の方々に多く感じられる、「自転車利用者が増えると、公共交通利用が減る」といった誤解も、根底にはあるのではありませんか。相乗効果で公共交通の利用も増えることに自信を持って頂きたいと思います。
　私はマチの中心部でテナントビル管理を仕事としています。数年前に敷地内の飲料自動販売機４台を撤去して、その場を自転車置き場としましたが、迷惑駐輪も何もなく、整然と駐輪されて今日まで来ていますし、むしろ市の施策として数年前に中心街の禁止区域を拡大した時に、迷惑駐輪が増加した時がありました。それでも、あらかじめ置く場所が十分示されて、走行するレーンが動線として無理が無ければ、これからの環境に優しい安価な乗り物としての拡大可能性は、飛躍的に広がると思います。
　坂が少なく、コンパクトに中心部がまとまっている市街地という札幌の地形は、今回の大地震とか災害時でも、緊急時でも、自転車は大変有効だと思います。　札幌は自転車利用の土地空間として、「比較優位性」があると認識すべきです。
　
　よく冬期間をネガティブに言う時がありますが、せいぜい雪で走行が難しいと思われるのは３カ月、決して半年間などではありませんし、ヨーロッパでは冬でも、雨天でも、走行している人々も多いです。それどころか、天候的には夏から秋にかけての乾燥した空気と晴天も、自転車利用の比較優位性は間違いありません。
　
　そんな基本認識に立つ私は、行政としては敢えて推進しようとしなくても、環境を整えるだけで利用者自らが推進するという、基本的スタンスに立つべきだと思います。「余計なことに関わるな」とでも言いましょうか。「４．計画の考え方」の基本方針の下ふたつは、必要がないと思います。環境改善・構築すれば、賢い市民は黙っていても推進することでしょう。
　環境整備の中で、私は自転車の位置づけを、本来の車道の左側走行に戻すべきだと思います。警察とも協議して、道路交通法の特例（歩道走行可）を廃止して、基本的には自転車を車道走行に戻し、車道での弱者として自転車を位置付けて、自動車に注意義務を厳しく付与する、それが人・自転車・自動車との今後の共存体系だと思います。より強者に弱者への配慮義務付ける、それが基本的な考え方とすべきなのではないでしょうか。
　札幌は、自転車利用に関して、総合的条件から大変恵まれたマチだと思います。都市間競争の時代、市役所サイドにその認識が欠如しているのと、自転車利用増進への覚悟と意欲を感じないのが、私は、最大の阻害要因だと思います。
～～～～～～～おわり
　「都市間競争」、「札幌市の地形的優位性」、「公共交通との相乗効果」等のメッセージを伝えたかったのですが、どんな受け止め方を市役所はするのでしょうか。
　「より強者に弱者への配慮義務付ける、それが基本的な考え方とすべきなのではないでしょうか」、これからのバリアフリーを考慮したマチづくりの鉄則だと思います。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　秋山財団の「社会貢献活動助成」で、新設して間もなく応援した（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/history4/?year=2005">http://www.akiyama-foundation.org/history4/?year=2005</a>）市民活動団体 「<strong>道はだれのもの？、札幌21</strong>：<a href="http://blog.goo.ne.jp/sapporo21net/">http://blog.goo.ne.jp/sapporo21net/</a>」主催の展示会が、先月札幌市内でありました。</p>
<div id="attachment_8000" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010302.jpg"><img class="size-medium wp-image-8000" title="p1010302" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010302-500x375.jpg" alt="内容の濃い展示の数々" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">内容の濃い展示の数々</p></div>
<p>　札幌市では、今年度中に「札幌市総合交通計画<a href="http://www.city.sapporo.jp/sogokotsu/shisaku/sogokotsukeikaku/index.html">http://www.city.sapporo.jp/sogokotsu/shisaku/sogokotsukeikaku/index.html</a>」が策定されます。HPの一節には次のように書かれています。</p>
<p>～～～～～～～～札幌市としても、このパーソントリップ調査によって得られたデータを活用しながら、第4次札幌市長期総合計画などの上位計画と整合を図り、札幌市独自の将来交通に対する基本的な考え方を整理するとともに、概ね10年間の短・中期における交通施策を体系化した「交通戦略」を検討し、平成23年度には「札幌市総合交通計画」として取りまとめる予定です。 </p>
<p>「各交通モードの基本的な考え方2」編</p>
<p>将来的に自動車に依存した生活から、目的に応じて公共交通機関、自転車、徒歩などの多様な交通手段を使い分ける生活の普及が求められる中で、これからの自転車利用は、自動車の短距離利用にとってかわる可能性を秘め、健康増進、環境貢献と言った面における活用も期待されている。<br />
また、鉄道やバスなどの公共交通が、特定の場所を結ぶ線的な交通手段であるのに対して、自転車は、自由な方向への移動を可能にする面的な交通手段であり、公共交通や徒歩と連携しあうことができれば、人の移動性を格段に向上させる可能性がある。<br />
このような特性を持つ自転車は、これからの札幌市のまちづくりにおいて、欠くことができない交通手段であるといえるため、公共交通を補完する移動手段の一つと位置づけ、走行環境、駐輪環境、ルール・マナーにおいて、安全で快適に利用されていくための環境整備が重要である。</p>
<p>～～～～～～～引用おわり</p>
<p>　この文章、終りの3行がそれまでの文脈とかなり落差があるとは思いませんか。自転車が「<strong>欠くことができない交通手段</strong>」と言いながら、「<strong>公共交通を補完する移動手段の一つ</strong>」との位置づけでは納得いきません。イコールパートナーとして「<strong>極めて重要な移動手段</strong>」と記載すべきでしょう。そして、ルール・マナーの論点よりも、計画に盛り込むべきは道路交通法への言及が最優先だと思います。</p>
<p> </p>
<p>　昨年、「自転車利用の検討会議の提言：<a href="http://www.city.sapporo.jp/sogokotsu/shisaku/jitennsya/kentoukaigi.html">http://www.city.sapporo.jp/sogokotsu/shisaku/jitennsya/kentoukaigi.html</a>」が市長に提出されて、札幌における自転車活用に向けての前進が期待されました。そして先月、 『札幌市自転車利用総合計画（案）：<a href="http://www.city.sapporo.jp/sogokotsu/shisaku/jitennsya/jitensya-keikaku.html">http://www.city.sapporo.jp/sogokotsu/shisaku/jitennsya/jitensya-keikaku.html</a>』に対してのパブリックコメントの案内が、市役所担当部署から発表になりました。</p>
<p>　昨年の検討会議では、今後の札幌市内においての自転車活用が提言されていましたが、この度の総合計画（案）では、大きく後退しているばかりでなく、論点がすり替えられています。「行政の一貫性」に、大きな疑問を抱かざるを得ません。最近、役所の施策にこの種の劣化が見受けられます、意見具申と出されてくる原案との落差が大きすぎるのですよ。</p>
<p>　</p>
<p>　私は、以下の要旨で期限までにコメントしました、今月中にはHP上に発表になるとのことですので、注目しています。</p>
<p>　<strong>私のコメント～～～～</strong></p>
<p><strong>　今回の「１．計画策定の趣旨」、「４．計画の考え方」には、「自転車利用環境の構築」に対して、前向きの施策展開を目論んでいるように記載はされてますが、拝読するととてもそうは受けとめられないのが感想です。何か、自転車に対しての強い偏見、或いは既存自動車交通・利用者への過度の遠慮（過剰な忖度）があるように思うのです。</strong></p>
<p>　<strong>自転車利用への市民のニーズは、近年のマチなかの自転車数の増加をみても明らかであり、皮肉にも今の自転車利用は、劣悪な環境においてさえ増えている現実を直視する所から始めるべきだと思います。それは、環境的にも、健康的にも、経済的にも、自転車が移動手段として選択されているという動かぬ証拠だという認識に立つべきではないでしょうか。さらに、この計画案文作成には、行政の方々に多く感じられる、「自転車利用者が増えると、公共交通利用が減る」といった誤解も、根底にはあるのではありませんか。相乗効果で公共交通の利用も増えることに自信を持って頂きたいと思います。</strong></p>
<p>　<strong>私はマチの中心部でテナントビル管理を仕事としています。数年前に敷地内の飲料自動販売機４台を撤去して、その場を自転車置き場としましたが、迷惑駐輪も何もなく、整然と駐輪されて今日まで来ていますし、むしろ市の施策として数年前に中心街の禁止区域を拡大した時に、迷惑駐輪が増加した時がありました。それでも、あらかじめ置く場所が十分示されて、走行するレーンが動線として無理が無ければ、これからの環境に優しい安価な乗り物としての拡大可能性は、飛躍的に広がると思います。</strong></p>
<p><strong>　坂が少なく、コンパクトに中心部がまとまっている市街地という札幌の地形は、今回の大地震とか災害時でも、緊急時でも、自転車は大変有効だと思います。　札幌は自転車利用の土地空間として、「比較優位性」があると認識すべきです。<br />
　<br />
　よく冬期間をネガティブに言う時がありますが、せいぜい雪で走行が難しいと思われるのは３カ月、決して半年間などではありませんし、ヨーロッパでは冬でも、雨天でも、走行している人々も多いです。それどころか、天候的には夏から秋にかけての乾燥した空気と晴天も、自転車利用の比較優位性は間違いありません。<br />
　<br />
　そんな基本認識に立つ私は、行政としては敢えて推進しようとしなくても、環境を整えるだけで利用者自らが推進するという、基本的スタンスに立つべきだと思います。「余計なことに関わるな」とでも言いましょうか。「４．計画の考え方」の基本方針の下ふたつは、必要がないと思います。環境改善・構築すれば、賢い市民は黙っていても推進することでしょう。</strong></p>
<p><strong>　環境整備の中で、私は自転車の位置づけを、本来の車道の左側走行に戻すべきだと思います。警察とも協議して、道路交通法の特例（歩道走行可）を廃止して、基本的には自転車を車道走行に戻し、車道での弱者として自転車を位置付けて、自動車に注意義務を厳しく付与する、それが人・自転車・自動車との今後の共存体系だと思います。より強者に弱者への配慮義務付ける、それが基本的な考え方とすべきなのではないでしょうか。</strong></p>
<p><strong>　札幌は、自転車利用に関して、総合的条件から大変恵まれたマチだと思います。都市間競争の時代、市役所サイドにその認識が欠如しているのと、自転車利用増進への覚悟と意欲を感じないのが、私は、最大の阻害要因だと思います。</strong></p>
<p><strong>～～～～～～～おわり</strong></p>
<p><strong>　</strong>「都市間競争」、「札幌市の地形的優位性」、「公共交通との相乗効果」等のメッセージを伝えたかったのですが、どんな受け止め方を市役所はするのでしょうか。</p>
<p>　「より強者に弱者への配慮義務付ける、それが基本的な考え方とすべきなのではないでしょうか」、これからのバリアフリーを考慮したマチづくりの鉄則だと思います。<strong></strong></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>大地震、今、感じること（8）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8116</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8116#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 06 Apr 2011 22:40:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8116</guid>
		<description><![CDATA[　放射能・原子力発電所で思い出すことがあります。
　「放射能」という言葉を初めて真剣に聴いたのは、昭和30（1955）年代だったと思います、もう50年以上前になるのですね。昭和21（1946）年の実験を皮切りに、ビキニ等では13年間に渡って計66回もの核実験が行われ、昭和29（1954）年には人類史上初の水爆実験が推定15メガトン、ビキニ環礁で行われました。この時の「死の灰」を、日本の漁船の第五福竜丸（http://d5f.org/top.htm）が浴びて乗組員が被爆したのはよく知られています。目に見えないけれど、人間の体に大変危険であること、雨が降った時に雨粒に溶けて、地面に落ちたり人の皮膚に着いたりするのも危険と教えられた気がします。雨に濡れると頭がはげると脅かされて、当時まだ幼かった私はすごく怖かったのを覚えています。ウラン、ストロンチウム、セシウム、プルトニウム等の言葉も、その頃から馴染みがあった言葉です。
　二つ目は、今から7年くらい前に、静岡県浜岡原発・原子力館（http://www.chuden.co.jp/hamaoka-pr/）を見学に行きました。実は、そこの近所に住んでいる私の知人夫婦のご案内で、静岡カントリー浜岡コース（http://www.scg.jp/hamaoka/）のクラブハウス・ホテルで食事をしたついでの訪問だったのですが。このホテルは、2002年日韓ワールドカップサッカー大会（http://www2.tba.t-com.ne.jp/tamaro/newpage8-1.htm）の時に、イングランド代表チームの宿舎として使用されて、あのベッカムが泊まったという建物でした。
　原子力館のHPには、「ようこそ、人・自然・エネルギーが出会う情報パークへ」というタイトルに始まり、「私たちの生活に欠かせないエネルギー『電気』、日本の電気の約30％を原子力発電が担っています。浜岡原子力館を中心とする浜岡PR展示施設では、『原子力発電のしくみ』や『新エネルギー』について学べる展示コーナーやジャンボスクリーンのオムニマックスシアター（無料）などがあり、一日中楽しめる施設となっています。みなさんも浜岡原子力館で、『見てふれて科学する』体験をしてみませんか？ご来館をお待ちしております！」と続いています。いまは、「プルトくん：http://www.youtube.com/watch?v=bJlul0lTroY」の方が有名です、異常な神経ですね、これらに関わっている方々は。
　この中部電力原発の危険性は、皆さまもご承知の通りです。図らずも今回の一連の事故で、ここまで足を運ばなくても、世界中の人々が原子力発電の危険性と出会ってしまい、固唾を飲んで状況を見守っています。今すぐにでも、日本政府はこの原発に停止命令を出さねばなりません。
　「お金を掛けて作った建物」という印象で、エレベーターなどもとてつもなく巨大でした。原子力関係予算で建設されたものだろうと容易に推測できましたが、壁に、「阪神・淡路大震災の5倍（？）までの地震にも耐えられます」みたいな標語が貼ってありました。直感的に、「ああ、そうか、それ以内には責任を持つけれど、それ以上だと壊れるのだな」と、いかにもあらかじめ責任を回避する逃げ道のようだね、と一緒に乗っていた人たちと話をしていました。今回の大震災・津波で、いち早く「想定外の地震だった」と東京電力幹部が語った時、私はあの時のエレベーター内の文言を鮮明に思い出しましたね。
 言葉と言えば、今回の一連の事態で「未曾有の」とか、「1000年に一度」とかをメディアで見掛けますが、後に発生する補償に対する「保険金支払い」を意識している様子も伺えます。姑息なプロパガンダに惑わされず、「想定していなかった責任」を企業経営者は負わねばなりませんし、エネルギー「電気」で選択肢のない顧客である国民は、その責任を見逃してはいけません。
　こんな中、今回の悲惨な出来事でも、数多くの「ファインプレー」もしっかり見ておく必要があります。昨日テレビで、宮城県山元町の中浜小学校の建物についての報道がありました。海岸から程近い場所に建っているので、水害を想定して、土盛りした土地に、向きを海岸線と垂直に、廊下の両サイドの大きな窓、吹き抜けにも大きなガラス戸をはめ込んで、いざという時にはそれらのガラスが壊れて水の通り道にする設計だったとか。80名以上の児童を含めた関係者は、全員救助されたとのことでした。過去の歴史から学ぶ姿勢とでも言うのでしょうか。
　一方、NHKラジオ第一では、国際的NGO「Save the Children：http://www.savechildren.or.jp/top/jpn/」の東京本部・津田さんという女性が、被災地の子どもに向けた新しいタイプのボランティア活動を紹介していました。活動それ自体も迅速で素晴らしいですが、彼女の簡潔明瞭な日本語、ラジオアナウンサーとのやり取りが実に清々しく立派でしたね。
　東京電力福島第一発電所（http://www.tepco.co.jp/nu/f1-np/camera/index-j.html）の状態は一進一退で、予断を許しません。相変わらずのプロパガンダが続く映像系メディアですが、インターネットには腑に落ちるブログ・会見もあり、以前よりはインディペンデントメディアが活躍しています。ボランティアの実情とそれへの提案サイト（http://www.ustream.tv/recorded/13788982）、　当面の緊急対処と同時並行的に、今、具体的な中長期提案（http://www.isep.or.jp/images/press/ISEP_StrategyNo2.pdf ）（http://www.youtube.com/watch?v=5mBlngPiaSY&#38;feature=related）も始まっています。こちらのニュースサイトも注目です（http://fpaj.jp/）。
　昨日昼過ぎ、札幌市内の小学校近くの交差点で、入学式に向かう新1年生と少し着飾った保護者の方々の姿に出会いました。昔よりランドセルが大きくなったからなのでしょうか、背中一面がランドセルで、地面すれすれを歩く子どもたちを見て、心が少し明るくなりました。あの子たちが大きくなった時、今より幸せな社会でありますようにと、祈るような気持でもありましたね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　放射能・原子力発電所で思い出すことがあります。</p>
<p>　「放射能」という言葉を初めて真剣に聴いたのは、昭和30（1955）年代だったと思います、もう50年以上前になるのですね。昭和21（1946）年の実験を皮切りに、ビキニ等では13年間に渡って計66回もの核実験が行われ、昭和29（1954）年には人類史上初の水爆実験が推定15メガトン、ビキニ環礁で行われました。この時の「死の灰」を、日本の漁船の第五福竜丸（<a href="http://d5f.org/top.htm">http://d5f.org/top.htm</a>）が浴びて乗組員が被爆したのはよく知られています。目に見えないけれど、人間の体に大変危険であること、雨が降った時に雨粒に溶けて、地面に落ちたり人の皮膚に着いたりするのも危険と教えられた気がします。雨に濡れると頭がはげると脅かされて、当時まだ幼かった私はすごく怖かったのを覚えています。ウラン、ストロンチウム、セシウム、プルトニウム等の言葉も、その頃から馴染みがあった言葉です。</p>
<p>　二つ目は、今から7年くらい前に、静岡県浜岡原発・原子力館（<a href="http://www.chuden.co.jp/hamaoka-pr/">http://www.chuden.co.jp/hamaoka-pr/</a>）を見学に行きました。実は、そこの近所に住んでいる私の知人夫婦のご案内で、静岡カントリー浜岡コース（<a href="http://www.scg.jp/hamaoka/">http://www.scg.jp/hamaoka/</a>）のクラブハウス・ホテルで食事をしたついでの訪問だったのですが。このホテルは、2002年日韓ワールドカップサッカー大会（<a href="http://www2.tba.t-com.ne.jp/tamaro/newpage8-1.htm">http://www2.tba.t-com.ne.jp/tamaro/newpage8-1.htm</a>）の時に、イングランド代表チームの宿舎として使用されて、あのベッカムが泊まったという建物でした。</p>
<p>　原子力館のHPには、「ようこそ、人・自然・エネルギーが出会う情報パークへ」というタイトルに始まり、「私たちの生活に欠かせないエネルギー『電気』、日本の電気の約30％を原子力発電が担っています。浜岡原子力館を中心とする浜岡PR展示施設では、『原子力発電のしくみ』や『新エネルギー』について学べる展示コーナーやジャンボスクリーンのオムニマックスシアター（無料）などがあり、一日中楽しめる施設となっています。みなさんも浜岡原子力館で、『見てふれて科学する』体験をしてみませんか？ご来館をお待ちしております！」と続いています。いまは、「プルトくん：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=bJlul0lTroY">http://www.youtube.com/watch?v=bJlul0lTroY</a>」の方が有名です、異常な神経ですね、これらに関わっている方々は。</p>
<p>　この中部電力原発の危険性は、皆さまもご承知の通りです。図らずも今回の一連の事故で、ここまで足を運ばなくても、世界中の人々が原子力発電の危険性と出会ってしまい、固唾を飲んで状況を見守っています。今すぐにでも、日本政府はこの原発に停止命令を出さねばなりません。</p>
<p>　「お金を掛けて作った建物」という印象で、エレベーターなどもとてつもなく巨大でした。原子力関係予算で建設されたものだろうと容易に推測できましたが、壁に、「阪神・淡路大震災の5倍（？）までの地震にも耐えられます」みたいな標語が貼ってありました。直感的に、「ああ、そうか、それ以内には責任を持つけれど、それ以上だと壊れるのだな」と、いかにもあらかじめ責任を回避する逃げ道のようだね、と一緒に乗っていた人たちと話をしていました。今回の大震災・津波で、いち早く「想定外の地震だった」と東京電力幹部が語った時、私はあの時のエレベーター内の文言を鮮明に思い出しましたね。</p>
<p> 言葉と言えば、今回の一連の事態で「未曾有の」とか、「1000年に一度」とかをメディアで見掛けますが、後に発生する補償に対する「保険金支払い」を意識している様子も伺えます。姑息なプロパガンダに惑わされず、「想定していなかった責任」を企業経営者は負わねばなりませんし、エネルギー「電気」で選択肢のない顧客である国民は、その責任を見逃してはいけません。</p>
<p>　こんな中、今回の悲惨な出来事でも、数多くの「ファインプレー」もしっかり見ておく必要があります。昨日テレビで、宮城県山元町の中浜小学校の建物についての報道がありました。海岸から程近い場所に建っているので、水害を想定して、土盛りした土地に、向きを海岸線と垂直に、廊下の両サイドの大きな窓、吹き抜けにも大きなガラス戸をはめ込んで、いざという時にはそれらのガラスが壊れて水の通り道にする設計だったとか。80名以上の児童を含めた関係者は、全員救助されたとのことでした。過去の歴史から学ぶ姿勢とでも言うのでしょうか。</p>
<p>　一方、NHKラジオ第一では、国際的NGO「Save the Children：<a href="http://www.savechildren.or.jp/top/jpn/">http://www.savechildren.or.jp/top/jpn/</a>」の東京本部・津田さんという女性が、被災地の子どもに向けた新しいタイプのボランティア活動を紹介していました。活動それ自体も迅速で素晴らしいですが、彼女の簡潔明瞭な日本語、ラジオアナウンサーとのやり取りが実に清々しく立派でしたね。</p>
<p>　東京電力福島第一発電所（<a href="http://www.tepco.co.jp/nu/f1-np/camera/index-j.html">http://www.tepco.co.jp/nu/f1-np/camera/index-j.html</a>）の状態は一進一退で、予断を許しません。相変わらずのプロパガンダが続く映像系メディアですが、インターネットには腑に落ちるブログ・会見もあり、以前よりはインディペンデントメディアが活躍しています。ボランティアの実情とそれへの提案サイト（<a href="http://www.ustream.tv/recorded/13788982">http://www.ustream.tv/recorded/13788982</a>）、　当面の緊急対処と同時並行的に、今、具体的な中長期提案（<a href="http://www.isep.or.jp/images/press/ISEP_StrategyNo2.pdf">http://www.isep.or.jp/images/press/ISEP_StrategyNo2.pdf</a> ）（<a href="http://www.youtube.com/watch?v=5mBlngPiaSY&amp;feature=related">http://www.youtube.com/watch?v=5mBlngPiaSY&amp;feature=related</a>）も始まっています。こちらのニュースサイトも注目です（<a href="http://fpaj.jp/">http://fpaj.jp/</a>）。</p>
<p>　昨日昼過ぎ、札幌市内の小学校近くの交差点で、入学式に向かう新1年生と少し着飾った保護者の方々の姿に出会いました。昔よりランドセルが大きくなったからなのでしょうか、背中一面がランドセルで、地面すれすれを歩く子どもたちを見て、心が少し明るくなりました。あの子たちが大きくなった時、今より幸せな社会でありますようにと、祈るような気持でもありましたね。</p>
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		<title>大地震、今、感じること（7）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8079</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8079#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 05 Apr 2011 01:15:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8079</guid>
		<description><![CDATA[　もうすぐ大震災から一ヵ月が経とうとしています。数回前にも書きましたが（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7320）、このところ、的を射た発言、感動する番組も増えています。
　経営共創基盤CEO（http://www.igpi.co.jp/）・冨山和彦さんの文章、産業再生機構時代から彼の発言には注目していましたが（http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/person/interview/070424_toyama1/）、朝日新聞（4月2日）のオピニオン「3・11再起」で、「すべては『子どもの為に』」と題するメッセージは心に染み入ります。
・・・・これからの日本再興で一番大切なことは、すべての政策やプランを「子どもたちにプラスかマイナスか」で判断することです。「国は何をしてくれるか」ではなく、「あなたは国の未来のために何ができるか」を問うこと。それを国民に問う勇気のあるリーダーを選ぶこと。だから町づくりも、さらには国づくりも30代までの若い世代に任せたい。50年後にも生きているだろう彼らが、未来を決めるべきです。それより上の世代は、子どもたちのためにどれだけ犠牲になれるか、当然と思っている既得権益をどれだけ捨てられるか、が問われる。年金受給権も、医療保障も、あるいは年功序列や終身雇用も、それが大事です。すべての政策や復興計画は、子どもたちの未来を軸に考えていく。・・・・・
　NHK教育テレビ（4月3日夜10時から）のETV特集「原発災害の地にて～対談玄侑宗久・吉岡忍：http://www.nhk.or.jp/etv21c/backnum/index.html」は、原発事故下の福島県にて直近の取材で、大変説得力がありました。福島県三春町の福聚寺住職・玄侑宗久（http://www.genyu-sokyu.com/）さんの言葉の力、近隣住民の元高校教師の放射線量観測データ、避難所の漁師の証言等、東京電力ほか原発関係者を含む諸中央官庁への不信感、自らのデータ蓄積と研ぎ澄まされた判断で行動する自立性、等です。今回「亡くなった命」が生き残った人々へ与えるメッセージをしっかり受け止めて、私たちには新たなより良き社会を構築する使命がある、そう私は理解しました。
　プロゴルファー・石川遼くんの今年の賞金全てを被災者支援への寄付とする報道にも感動しました。ただのパフォーマンスではなく、マスターズトーナメント（http://www.tbs.co.jp/masters/）を間近に控えて、今回の被災者に心を寄せるその姿勢、19歳の人間とは思えいない、いやそれゆえの崇高な志に涙を抑えることができませんでした。自身の成績と金額を連動させたことについて、「こんな時に、ゴルフをやっていていいのだろうかとも考えました、でも復興には長い時間がかかると思う。皆さんと一緒に戦っていく形にしたかった」とインタビューで答えていました、何というプロゴルファーでしょうか。
　昨日、スイスの金融機関の方から連絡が有りました。「日本の原発事故の推移の中で、少なくともヨーロッパの多くの人々は、日本の関係当事者たちの発表に強い不信を持っている」と。爆発当初にアメリカ原子力規制委員会（Nuclear Regulatory Comission：http://www.nrc.gov/の責任者が語った悲観的予測の通りに事態が進んでいると認識していて、日本の復興により経済が上向きになるのは10月以降ではないか、との観測が定着しつつあるようです。さらにフランスのサルコジ大統領の緊急な訪日も、来年の大統領選挙に向けては裏目との見方が大半とか。
　NRC は3月21日に、福島第一原発事故に関する公聴会を行いました。その中で、NRC は現在、福島第一原発事故に関して、主に3つの活動を行っていることを明らかにしています。1つ目は、日本政府、およびNRC の連携先である原子力安全・保安院に対する支援、2つ目は、情報収集とその情報にもとづく日本国内のアメリカの施設への安全性評価、3つ目は、アメリカ大使館への支援です。
　福島第一原発事故の現状も説明されましたが、日本側から提供される情報は記者会見で発表される程度のもので、NRC が独自の解析を行うに足るものではないようです。「正確な状況を理解することは非常に難しい。情報はときに錯綜しており、技術者が詳細な解析をするために必要なレベルではない。そのため、われわれは最良の理解のための情報を収集するのに多くの時間を費やしている」と、責任者（Executive Director for Operation ）のウィリアム・ボーチャード氏は語りました。
　気象庁の事故現場付近の風に関する定点観測情報も、海外からのメッセージの方が迅速で正確のようですね（http://takedanet.com/2011/04/47_afa2.html）、国内ではなぜか急に発表されなくなったのですから。今の情報時代、NHK教育テレビに出演していた福島県三春町の福聚寺住職・玄侑宗久もおっしゃっていましがが、とにかく出来るだけ早く測定値を発表さえすれば、分析等は世界の専門家たちが瞬時に寄せる時代である、と。「Twitter」がわずかの文字数でもなぜあれ程のネットワークを形成できるか、それは個々のメッセージを読んだ人たちが、次々にメッセージを寄せることにより、瞬時にネットワークが形成されていく、質の進化がなされる、そういう時代なのですよね。
　情報制限下の日本社会、「国への幻想」は早々と捨てて、私たちの身の回りのできる活動からやっていきましょうよ！未来は予測するものではなく、創っていくものであることを信じて、です！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　もうすぐ大震災から一ヵ月が経とうとしています。数回前にも書きましたが（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7320">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7320</a>）、このところ、的を射た発言、感動する番組も増えています。</p>
<p>　経営共創基盤CEO（<a href="http://www.igpi.co.jp/">http://www.igpi.co.jp/</a>）・冨山和彦さんの文章、産業再生機構時代から彼の発言には注目していましたが（<a href="http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/person/interview/070424_toyama1/">http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/person/interview/070424_toyama1/</a>）、朝日新聞（4月2日）のオピニオン「3・11再起」で、「すべては『子どもの為に』」と題するメッセージは心に染み入ります。</p>
<p>・・・・これからの日本再興で一番大切なことは、すべての政策やプランを「子どもたちにプラスかマイナスか」で判断することです。「国は何をしてくれるか」ではなく、「あなたは国の未来のために何ができるか」を問うこと。それを国民に問う勇気のあるリーダーを選ぶこと。だから町づくりも、さらには国づくりも30代までの若い世代に任せたい。50年後にも生きているだろう彼らが、未来を決めるべきです。それより上の世代は、子どもたちのためにどれだけ犠牲になれるか、当然と思っている既得権益をどれだけ捨てられるか、が問われる。年金受給権も、医療保障も、あるいは年功序列や終身雇用も、それが大事です。すべての政策や復興計画は、子どもたちの未来を軸に考えていく。・・・・・</p>
<p>　NHK教育テレビ（4月3日夜10時から）のETV特集「原発災害の地にて～対談玄侑宗久・吉岡忍：<a href="http://www.nhk.or.jp/etv21c/backnum/index.html">http://www.nhk.or.jp/etv21c/backnum/index.html</a>」は、原発事故下の福島県にて直近の取材で、大変説得力がありました。福島県三春町の福聚寺住職・玄侑宗久（<a href="http://www.genyu-sokyu.com/">http://www.genyu-sokyu.com/</a>）さんの言葉の力、近隣住民の元高校教師の放射線量観測データ、避難所の漁師の証言等、東京電力ほか原発関係者を含む諸中央官庁への不信感、自らのデータ蓄積と研ぎ澄まされた判断で行動する自立性、等です。今回「亡くなった命」が生き残った人々へ与えるメッセージをしっかり受け止めて、私たちには新たなより良き社会を構築する使命がある、そう私は理解しました。</p>
<p>　プロゴルファー・石川遼くんの今年の賞金全てを被災者支援への寄付とする報道にも感動しました。ただのパフォーマンスではなく、マスターズトーナメント（<a href="http://www.tbs.co.jp/masters/">http://www.tbs.co.jp/masters/</a>）を間近に控えて、今回の被災者に心を寄せるその姿勢、19歳の人間とは思えいない、いやそれゆえの崇高な志に涙を抑えることができませんでした。自身の成績と金額を連動させたことについて、「こんな時に、ゴルフをやっていていいのだろうかとも考えました、でも復興には長い時間がかかると思う。皆さんと一緒に戦っていく形にしたかった」とインタビューで答えていました、何というプロゴルファーでしょうか。</p>
<p>　昨日、スイスの金融機関の方から連絡が有りました。「日本の原発事故の推移の中で、少なくともヨーロッパの多くの人々は、日本の関係当事者たちの発表に強い不信を持っている」と。爆発当初にアメリカ原子力規制委員会（Nuclear Regulatory Comission：<a href="http://www.nrc.gov/">http://www.nrc.gov/</a>の責任者が語った悲観的予測の通りに事態が進んでいると認識していて、日本の復興により経済が上向きになるのは10月以降ではないか、との観測が定着しつつあるようです。さらにフランスのサルコジ大統領の緊急な訪日も、来年の大統領選挙に向けては裏目との見方が大半とか。</p>
<p>　NRC は3月21日に、福島第一原発事故に関する公聴会を行いました。その中で、NRC は現在、福島第一原発事故に関して、主に3つの活動を行っていることを明らかにしています。1つ目は、日本政府、およびNRC の連携先である原子力安全・保安院に対する支援、2つ目は、情報収集とその情報にもとづく日本国内のアメリカの施設への安全性評価、3つ目は、アメリカ大使館への支援です。</p>
<p>　福島第一原発事故の現状も説明されましたが、日本側から提供される情報は記者会見で発表される程度のもので、NRC が独自の解析を行うに足るものではないようです。「正確な状況を理解することは非常に難しい。情報はときに錯綜しており、技術者が詳細な解析をするために必要なレベルではない。そのため、われわれは最良の理解のための情報を収集するのに多くの時間を費やしている」と、責任者（Executive Director for Operation ）のウィリアム・ボーチャード氏は語りました。</p>
<p>　気象庁の事故現場付近の風に関する定点観測情報も、海外からのメッセージの方が迅速で正確のようですね（<a href="http://takedanet.com/2011/04/47_afa2.html">http://takedanet.com/2011/04/47_afa2.html</a>）、国内ではなぜか急に発表されなくなったのですから。今の情報時代、NHK教育テレビに出演していた福島県三春町の福聚寺住職・玄侑宗久もおっしゃっていましがが、とにかく出来るだけ早く測定値を発表さえすれば、分析等は世界の専門家たちが瞬時に寄せる時代である、と。「Twitter」がわずかの文字数でもなぜあれ程のネットワークを形成できるか、それは個々のメッセージを読んだ人たちが、次々にメッセージを寄せることにより、瞬時にネットワークが形成されていく、質の進化がなされる、そういう時代なのですよね。</p>
<p>　情報制限下の日本社会、「国への幻想」は早々と捨てて、私たちの身の回りのできる活動からやっていきましょうよ！未来は予測するものではなく、創っていくものであることを信じて、です！</p>
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		<title>映画「ハーブ＆ドロシー」</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8050</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=8050#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 04 Apr 2011 00:07:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　映画「ハーブ＆ドロシー：http://www.herbanddorothy.com/jp/、http://www.herbanddorothy.com/2010/」の監督、佐々木芽生さん（http://www.iseeny.com/success/success_30.html）は、高校の私の後輩です。札幌のシアターキノ（http://theaterkino.net/）で初日上映開始は超満員のお客さん、上映後に故郷に錦を飾った（表現が前時代的？）佐々木さんのご挨拶もありました、素晴らしいメッセージでした。
 　昨日は、道立近代美術館（http://www.aurora-net.or.jp/art/dokinbi/）でトークショウもありました。
 　NHKニューヨーク総局の一員として活躍中、ニューヨーク・ナショナルギャラリーの取材を通してハービィー＆ドロシー・ボーゲル夫妻と出会ったそうです。4年間の資料映像の撮影を経て、ドキュメンタリー映画作品となりました。「Minimal &#38; Conceptual Art」という概念は、まだまだ私には咀嚼出来ていませんが、言葉で説明する類のものではない、見る「現代アート」という概念は少し分かった気がします。「間違ったアートはない」という挨拶ではじまり、現在、全米50州で「VOGEL 50×50：http://vogel5050.org/」と題しての展示が開催されていて、それも佐々木さんは取材中とのこと。いつか近いうちに札幌でも「ハーブ＆ドロシー展」を行えればと思います。
　このトークショウは、札幌ビエンナーレ・プレ企画委員会（http://www.sapporo-biennale.jp/?p=234）とシアターキノの共催でした。入口左では特別展示もあり、道内で活躍する現代アートの若手の作品も興味深かったです。
 　日本では、映画とアートが全く別分野で、これは日本独特のもののようです。地元の役者・アーティストを応援するには、作品を買ったり、コンサートに足を運ぶ、そんな身近な各人の行動から始められます。そしてコレクターの面白みは、アーティストと直接交流する機会により共に進化出来る点、それを通して作品への興味もひと味違ったものになる、そのあたりにあるようです。「キュレーター」という機能も面白そうですね。
　会場から家に戻る帰り道は、4月というのに猛吹雪、素晴らしいメッセージの数々を反すうしながら歩いていてふと振り返ると、足跡がずっと続いていました。4月から新しくスタートした益子のワグナー・ナンドール記念財団（http://wagnernandor.com/indexj.htm）の活動も同じですが、「芸術・文化の力」を、こんな時期だけにあらためて感じます。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　映画「ハーブ＆ドロシー：<a href="http://www.herbanddorothy.com/jp/">http://www.herbanddorothy.com/jp/</a>、<a href="http://www.herbanddorothy.com/2010/">http://www.herbanddorothy.com/2010/</a>」の監督、佐々木芽生さん（<a href="http://www.iseeny.com/success/success_30.html">http://www.iseeny.com/success/success_30.html</a>）は、高校の私の後輩です。札幌のシアターキノ（<a href="http://theaterkino.net/">http://theaterkino.net/</a>）で初日上映開始は超満員のお客さん、上映後に故郷に錦を飾った（表現が前時代的？）佐々木さんのご挨拶もありました、素晴らしいメッセージでした。</p>
<div id="attachment_8051" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010317.jpg"><img class="size-medium wp-image-8051" title="p1010317" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010317-375x500.jpg" alt="映画「ハーブ＆ドロシー」のチラシ" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">映画「ハーブ＆ドロシー」のチラシ</p></div>
<p> 　昨日は、道立近代美術館（<a href="http://www.aurora-net.or.jp/art/dokinbi/">http://www.aurora-net.or.jp/art/dokinbi/</a>）でトークショウもありました。</p>
<div id="attachment_8061" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010320.jpg"><img class="size-medium wp-image-8061" title="p1010320" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010320-500x375.jpg" alt="舞台で語る佐々木さん" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">舞台で語る佐々木さん</p></div>
<p> 　NHKニューヨーク総局の一員として活躍中、ニューヨーク・ナショナルギャラリーの取材を通してハービィー＆ドロシー・ボーゲル夫妻と出会ったそうです。4年間の資料映像の撮影を経て、ドキュメンタリー映画作品となりました。「Minimal &amp; Conceptual Art」という概念は、まだまだ私には咀嚼出来ていませんが、言葉で説明する類のものではない、見る「現代アート」という概念は少し分かった気がします。「間違ったアートはない」という挨拶ではじまり、現在、全米50州で「VOGEL 50×50：<a href="http://vogel5050.org/">http://vogel5050.org/</a>」と題しての展示が開催されていて、それも佐々木さんは取材中とのこと。いつか近いうちに札幌でも「ハーブ＆ドロシー展」を行えればと思います。</p>
<p>　このトークショウは、札幌ビエンナーレ・プレ企画委員会（<a href="http://www.sapporo-biennale.jp/?p=234">http://www.sapporo-biennale.jp/?p=234</a>）とシアターキノの共催でした。入口左では特別展示もあり、道内で活躍する現代アートの若手の作品も興味深かったです。</p>
<div id="attachment_8062" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010319.jpg"><img class="size-medium wp-image-8062" title="p1010319" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010319-500x375.jpg" alt="隣の特別展示会場では、「札幌ビエンナーレ・プレ企画2011」も開催中" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">隣の特別展示会場では、「札幌ビエンナーレ・プレ企画2011」も開催中</p></div>
<p> 　日本では、映画とアートが全く別分野で、これは日本独特のもののようです。地元の役者・アーティストを応援するには、作品を買ったり、コンサートに足を運ぶ、そんな身近な各人の行動から始められます。そしてコレクターの面白みは、アーティストと直接交流する機会により共に進化出来る点、それを通して作品への興味もひと味違ったものになる、そのあたりにあるようです。「キュレーター」という機能も面白そうですね。</p>
<div id="attachment_8063" class="wp-caption alignnone" style="width: 235px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010322.jpg"><img class="size-medium wp-image-8063" title="p1010322" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/04/p1010322.jpg" alt="帰りは4月の雪道に足跡をのこして・・・・" width="225" height="300" /></a><p class="wp-caption-text">帰りは4月の雪道に足跡をのこして・・・・</p></div>
<p>　会場から家に戻る帰り道は、4月というのに猛吹雪、素晴らしいメッセージの数々を反すうしながら歩いていてふと振り返ると、足跡がずっと続いていました。4月から新しくスタートした益子のワグナー・ナンドール記念財団（<a href="http://wagnernandor.com/indexj.htm">http://wagnernandor.com/indexj.htm</a>）の活動も同じですが、「芸術・文化の力」を、こんな時期だけにあらためて感じます。</p>
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		<item>
		<title>2020年の「日本創生」</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7320</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7320#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 02 Apr 2011 01:22:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7320</guid>
		<description><![CDATA[　今年1月に、北海道経済同友会の新年例会で、講演「経済同友会が考える『この国のかたち』」と題して、公益社団法人経済同友会の提案概要（http://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2010/110111a.html）を聞き、私は少し時間が出来た時に自分なりに熟慮しようと思ってこの原稿をファイルしていました。
 　さらに同じ1月、北海道大学高等研究センター主催のシンポジウム（http://www.juris.hokudai.ac.jp/~academia/symposium/symposium20110122.pdf）では、厚生労働省の香取政策統括官が、「安心社会をどう創るか～『少子化時代の社会保障ビジョン』～」と題して、基本的考え方を説明しました。香取さんとは、厚生省薬務局経済課勤務時代から機会ある毎に意見交換をしてきました。久しぶりにお会いしましたが、「相変わらずこんなことをやっています」と終了後に笑顔でお話をされていました。税金の再配分、新しい時代の社会保障ビジョン、収入・支出の関係性等、大変明解でした。
　この二つを軸に「2020年の日本創生」と題して、いつかここで掲載しようと思っていたのですが、「3.11」以降全く違ったかたちのメッセージとなりました。
 
　昨日、菅総理が、「東日本大震災」の復興に向けて「復興構想会議：http://www.kantei.go.jp/jp/kan/statement/201104/01kaiken.html」を提唱し、従来に戻す「復旧」を超えて、新しい東北づくりに向けて一歩踏み出そうと表明しています。この機会をむしろ前向きに、21世紀の「地域主権」も含めて、これまでの東京一極集中の弊害を大きく変える経済・エネルギー・社会保障での構想力を持って欲しいですね。
　このところの週刊誌、新聞の寄稿で、キラリと光る文章を幾つか眼にします。私と同じ視座の方々もいらっしゃるのだなと、自分自身勇気を貰います。法政大学社会学部教授・田中優子さん（http://lian.webup08.jp/yuu/）の「個として、共に生きるために」では、今年大佛次郎賞受賞された渡辺京二さんの言葉を引用して、素晴らしい文章ですし、ジャーナリストの桂敬一さん（http://www.news-pj.net/npj/katsura-keiichi/index.html）の「一番怖い放射性物質の濃縮蓄積」では、原発の内部被曝の危険を食物連鎖によって説明しています。
　当面の復旧への対処と同時に、新しい日本を創る志を基に、復興を目指す計画は極めて大切です。これからの「地域」がどうあるべきか、この際、北海道についてもしっかり議論して実践で示していきたいものです、現場で証明していくスタンスを忘れたくないですね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　今年1月に、北海道経済同友会の新年例会で、講演「経済同友会が考える『この国のかたち』」と題して、公益社団法人経済同友会の提案概要（<a href="http://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2010/110111a.html">http://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2010/110111a.html</a>）を聞き、私は少し時間が出来た時に自分なりに熟慮しようと思ってこの原稿をファイルしていました。</p>
<div id="attachment_7321" class="wp-caption alignnone" style="width: 385px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/01/p1010160.jpg"><img class="size-medium wp-image-7321" title="p1010160" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/01/p1010160-375x500.jpg" alt="北海道経済同友会・新年例会の講演で" width="375" height="500" /></a><p class="wp-caption-text">北海道経済同友会・新年例会の講演で</p></div>
<p> 　さらに同じ1月、北海道大学高等研究センター主催のシンポジウム（<a href="http://www.juris.hokudai.ac.jp/~academia/symposium/symposium20110122.pdf">http://www.juris.hokudai.ac.jp/~academia/symposium/symposium20110122.pdf</a>）では、厚生労働省の香取政策統括官が、「安心社会をどう創るか～『少子化時代の社会保障ビジョン』～」と題して、基本的考え方を説明しました。香取さんとは、厚生省薬務局経済課勤務時代から機会ある毎に意見交換をしてきました。久しぶりにお会いしましたが、「相変わらずこんなことをやっています」と終了後に笑顔でお話をされていました。税金の再配分、新しい時代の社会保障ビジョン、収入・支出の関係性等、大変明解でした。</p>
<p>　この二つを軸に「2020年の日本創生」と題して、いつかここで掲載しようと思っていたのですが、「3.11」以降全く違ったかたちのメッセージとなりました。</p>
<p> </p>
<p>　昨日、菅総理が、「東日本大震災」の復興に向けて「<strong>復興構想会議：</strong><a href="http://www.kantei.go.jp/jp/kan/statement/201104/01kaiken.html">http://www.kantei.go.jp/jp/kan/statement/201104/01kaiken.html</a>」を提唱し、従来に戻す「復旧」を超えて、新しい東北づくりに向けて一歩踏み出そうと表明しています。この機会をむしろ前向きに、21世紀の「<strong>地域主権</strong>」も含めて、これまでの東京一極集中の弊害を大きく変える経済・エネルギー・社会保障での構想力を持って欲しいですね。</p>
<p>　このところの週刊誌、新聞の寄稿で、キラリと光る文章を幾つか眼にします。私と同じ視座の方々もいらっしゃるのだなと、自分自身勇気を貰います。法政大学社会学部教授・田中優子さん（<a href="http://lian.webup08.jp/yuu/">http://lian.webup08.jp/yuu/</a>）の「個として、共に生きるために」では、今年大佛次郎賞受賞された渡辺京二さんの言葉を引用して、素晴らしい文章ですし、ジャーナリストの桂敬一さん（<a href="http://www.news-pj.net/npj/katsura-keiichi/index.html">http://www.news-pj.net/npj/katsura-keiichi/index.html</a>）の「一番怖い放射性物質の濃縮蓄積」では、原発の内部被曝の危険を食物連鎖によって説明しています。</p>
<p>　当面の復旧への対処と同時に、新しい日本を創る志を基に、復興を目指す計画は極めて大切です。これからの「地域」がどうあるべきか、この際、北海道についてもしっかり議論して実践で示していきたいものです、現場で証明していくスタンスを忘れたくないですね。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>原発事故、その後に思う</title>
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		<pubDate>Wed, 30 Mar 2011 04:59:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[＜大地震、今、感じること（６）＞
　3月もあっという間に月末を迎えています。大変な一月となりましたが、皆さまお変わりありませんでしょうか。
　この間、たくさんの情報がインターネットを通じても得られていて、昔に比べて、一層、従来の「マスメディア」の欺瞞性を具に感じます、大口企業広告との兼ね合いから、圧力による遠慮・自粛とは言え、とりわけ映像系メディアのですね。手元の震災関連の私のメモは、どんどん増えていきますが、月の締めとして、少し書き留めておきます。
　まずは株式市場では、ストップ安になっている東京電力の株価（http://company.nikkei.co.jp/chart/chart.aspx?scode=9501&#38;ba=1&#38;type=year）が、実に正直な動きを示しています。先を読む株式市場で独占企業の株価として、今起こっている現実への対処の不透明性と企業の脆弱なリスクマネジメントへの評価なのでしょう。安易に「国の支援」とかと言う前に、当事者としての社会に対する経営責任をしっかり問わなければなりません。現場の関係者の努力と経営幹部の責任を明確に分離して、経営者の経済的責任、社会的責任を曖昧にしてはいけません。そして、今後の電力供給体制の再構築を早急に議論すべきだと思います。さもなくば、エネルギーに端を発した日本売りの様相を招きます、株価のメッセージは、すでに企業破たんを暗示しています。
　「原発事故」に関して、一部の反原発派の即時廃炉主張に対して、東電・保安院の世論操作に警戒感を持ちますね。まさにこの「機」に乗じて、パブリック・アクセプタンス（public acceptance）活動を変わらず進めています。１）原発事故による「計画停電（実際は無計画停電！）」を、電力不足への不安を煽る材料として逆に市民を恫喝する機能を呈している、２）当面の防潮堤強化、ポンプへの防御強化等により安全性の向上、こんな大災害を乗り切った（？）日本の優れた技術等のアナウンスです。まるで、目の前の深刻な事態が収束したかのようなおめでたさです。
　私は、今回の事故・報道で、東京電力は勿論のこと、マスメディア、経済産業省等は、国民の信頼を失ったと思います。「風評被害」とテレビで繰り返されていますが、ちょっと待って下さいよ、食べ物の放射線の高い数値に不安を抱く行動は、「風評被害」などではなく、市民のごく普通の感覚であり、批判されるべくは曖昧なメッセージしか発していない当事者たちではありませんか。以前、「自己責任」が喧伝された時も、本来は「自分で責任を取る」が、「お前、責任を取れ、俺たちは知らないよ」という意味でメディアで使われたのと同じです。言葉は大切です、巧妙に責任を回避する当事者と、それとスクラムを組むマスメディアを、私たちは見逃してはいけません。
　インターネットを通じてのニュースチャンネル（http://www.ustream.tv/user/videonews.com）で、今回の件で冷静なメッセージを発信しているサイトがあります（http://www.ustream.tv/recorded/13551476）（http://www.ustream.tv/recorded/13552530）。トータル約3時間ですが、正しい現状認識、そして今、私たちが何をしなければならないのかを明示しています。
 こちらも注目すべきサイトです（http://www.youtube.com/watch?v=ovv2__vc-Nk&#38;feature=relmfu）。「ステーション・ブラックアウト」、青森県六ケ所村にも言及しています、集める危険性の指摘です。
　私たちは何をすべきなのか、考えてみました。
１）持続可能な省エネ・節電計画をそれぞれ考え、電力会社に提案し、20～30％程度の節減は不可能ではないことを示す。そして電力会社は、特に、大規模な「計画停電（無計画停電）」については、ライフラインの確保を最優先に、きめ細かく優先順位を決めて周知すること。情報が集中している独占民間企業の優位性を活かして、早急にプランを示す、これ位できなくては民間企業とは言えません。
２）電力会社は、毎日供給できる電力を広く迅速に知らしめる
３）各家庭は省エネ・節電のライフスタイルへ変更する、昨日の札幌市内、まだまだ緊迫感がありません
４）企業は、これまで原発が止まった時の対処を参考に、一層の省エネ対策を練り直す、それは国際競争力を高めることになる
　これからも補償に幾らかかるか分からない原子力発電を続けるのか、膨大な安全対策をしながら活用し続けるのか、それがクリーンで安価な電力なのか、電力会社が民間企業と言うのなら、自らの力で冷静に検討をすべきではないでしょうか。社内では、「自分たちは国策に沿って事業を進めただけ、むしろ被害者だ」という雰囲気もあるとか。驚くべき無責任体質です、そう発言してはばからない企業風土が、問題の温床ですし、日頃の経営者の傲慢さではありませんか。
　パブリック・アクセプタンス（public acceptance）と書きましたが、この間の原子力行政推進では、1）反原発メディアに対しての集中豪雨的抗議文、2）小学校低学年からの原発推進のプロパガンダ、3）文化人等を使ってのパブリシティ記事掲載等、多額の資金を使って行われてきています。アカデミックセクターも、本来の「真理の探究」といった視座からではない、無責任で自己保身的立ち位置からのメッセージ発信を続けてきていました、産学官一体のですね。異様な一体感を以前から感じていましたし、今月のメディアに登場する方々を冷静に拝見して、確信を得ました。
　それとこれはまだまだ議論が浅いですが、送電線の国有化とか、安全審査規準・保険料の見直しとか、国レベルで早急に方向性を示す必要があります。
　引き続き予断を許さない福島県での「東京電力原発事故（東京電力の施設であることを明確にする必要があります）」、大変不幸ではありますが、新しい日本のエネルギー政策に向けた貴重な歴史的事実としたいものです、特に若い「いのち」、これからの「いのち」のためにですね！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>＜大地震、今、感じること（６）＞</p>
<p>　3月もあっという間に月末を迎えています。大変な一月となりましたが、皆さまお変わりありませんでしょうか。</p>
<p>　この間、たくさんの情報がインターネットを通じても得られていて、昔に比べて、一層、従来の「マスメディア」の欺瞞性を具に感じます、大口企業広告との兼ね合いから、圧力による遠慮・自粛とは言え、とりわけ映像系メディアのですね。手元の震災関連の私のメモは、どんどん増えていきますが、月の締めとして、少し書き留めておきます。</p>
<p>　まずは株式市場では、ストップ安になっている東京電力の株価（<a href="http://company.nikkei.co.jp/chart/chart.aspx?scode=9501&amp;ba=1&amp;type=year">http://company.nikkei.co.jp/chart/chart.aspx?scode=9501&amp;ba=1&amp;type=year</a>）が、実に正直な動きを示しています。先を読む株式市場で独占企業の株価として、今起こっている現実への対処の不透明性と企業の脆弱なリスクマネジメントへの評価なのでしょう。安易に「国の支援」とかと言う前に、当事者としての社会に対する経営責任をしっかり問わなければなりません。現場の関係者の努力と経営幹部の責任を明確に分離して、経営者の経済的責任、社会的責任を曖昧にしてはいけません。そして、今後の電力供給体制の再構築を早急に議論すべきだと思います。さもなくば、エネルギーに端を発した日本売りの様相を招きます、株価のメッセージは、すでに企業破たんを暗示しています。</p>
<p>　「原発事故」に関して、一部の反原発派の即時廃炉主張に対して、東電・保安院の世論操作に警戒感を持ちますね。まさにこの「機」に乗じて、パブリック・アクセプタンス（public acceptance）活動を変わらず進めています。１）原発事故による「計画停電（実際は無計画停電！）」を、電力不足への不安を煽る材料として逆に市民を恫喝する機能を呈している、２）当面の防潮堤強化、ポンプへの防御強化等により安全性の向上、こんな大災害を乗り切った（？）日本の優れた技術等のアナウンスです。まるで、目の前の深刻な事態が収束したかのようなおめでたさです。</p>
<p>　私は、今回の事故・報道で、東京電力は勿論のこと、マスメディア、経済産業省等は、国民の信頼を失ったと思います。「風評被害」とテレビで繰り返されていますが、ちょっと待って下さいよ、食べ物の放射線の高い数値に不安を抱く行動は、「風評被害」などではなく、市民のごく普通の感覚であり、批判されるべくは曖昧なメッセージしか発していない当事者たちではありませんか。以前、「自己責任」が喧伝された時も、本来は「自分で責任を取る」が、「お前、責任を取れ、俺たちは知らないよ」という意味でメディアで使われたのと同じです。言葉は大切です、巧妙に責任を回避する当事者と、それとスクラムを組むマスメディアを、私たちは見逃してはいけません。</p>
<p>　インターネットを通じてのニュースチャンネル（<a href="http://www.ustream.tv/user/videonews.com">http://www.ustream.tv/user/videonews.com</a>）で、今回の件で冷静なメッセージを発信しているサイトがあります（<a href="http://www.ustream.tv/recorded/13551476">http://www.ustream.tv/recorded/13551476</a>）（<a href="http://www.ustream.tv/recorded/13552530">http://www.ustream.tv/recorded/13552530</a>）。トータル約3時間ですが、正しい現状認識、そして今、私たちが何をしなければならないのかを明示しています。</p>
<p> こちらも注目すべきサイトです（<a href="http://www.youtube.com/watch?v=ovv2__vc-Nk&amp;feature=relmfu">http://www.youtube.com/watch?v=ovv2__vc-Nk&amp;feature=relmfu</a>）。「ステーション・ブラックアウト」、青森県六ケ所村にも言及しています、集める危険性の指摘です。</p>
<p>　私たちは何をすべきなのか、考えてみました。</p>
<p>１）持続可能な省エネ・節電計画をそれぞれ考え、電力会社に提案し、20～30％程度の節減は不可能ではないことを示す。そして電力会社は、特に、大規模な「計画停電（無計画停電）」については、ライフラインの確保を最優先に、きめ細かく優先順位を決めて周知すること。情報が集中している独占民間企業の優位性を活かして、早急にプランを示す、これ位できなくては民間企業とは言えません。</p>
<p>２）電力会社は、毎日供給できる電力を広く迅速に知らしめる</p>
<p>３）各家庭は省エネ・節電のライフスタイルへ変更する、昨日の札幌市内、まだまだ緊迫感がありません</p>
<p>４）企業は、これまで原発が止まった時の対処を参考に、一層の省エネ対策を練り直す、それは国際競争力を高めることになる</p>
<p>　これからも補償に幾らかかるか分からない原子力発電を続けるのか、膨大な安全対策をしながら活用し続けるのか、それがクリーンで安価な電力なのか、電力会社が民間企業と言うのなら、自らの力で冷静に検討をすべきではないでしょうか。社内では、「自分たちは国策に沿って事業を進めただけ、むしろ被害者だ」という雰囲気もあるとか。驚くべき無責任体質です、そう発言してはばからない企業風土が、問題の温床ですし、日頃の経営者の傲慢さではありませんか。</p>
<p>　パブリック・アクセプタンス（public acceptance）と書きましたが、この間の原子力行政推進では、1）反原発メディアに対しての集中豪雨的抗議文、2）小学校低学年からの原発推進のプロパガンダ、3）文化人等を使ってのパブリシティ記事掲載等、多額の資金を使って行われてきています。アカデミックセクターも、本来の「真理の探究」といった視座からではない、無責任で自己保身的立ち位置からのメッセージ発信を続けてきていました、産学官一体のですね。異様な一体感を以前から感じていましたし、今月のメディアに登場する方々を冷静に拝見して、確信を得ました。</p>
<p>　それとこれはまだまだ議論が浅いですが、送電線の国有化とか、安全審査規準・保険料の見直しとか、国レベルで早急に方向性を示す必要があります。</p>
<p>　引き続き予断を許さない福島県での「東京電力原発事故（東京電力の施設であることを明確にする必要があります）」、大変不幸ではありますが、新しい日本のエネルギー政策に向けた貴重な歴史的事実としたいものです、特に若い「いのち」、これからの「いのち」のためにですね！</p>
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		<item>
		<title>大盛況、レパートリーシアター</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7983</link>
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		<pubDate>Mon, 28 Mar 2011 00:18:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7983</guid>
		<description><![CDATA[　北海道演劇財団（http://www.h-paf.ne.jp/）の付属劇団TPSが、初めて「レパートリーシアター」と銘打って、1ヶ月のロングラン公演を行い、大盛況で昨日終了しました（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7699）。「アンダンテ・カンタービレ」、「西線11条のアリア」、「秋のソナチネ」のオリジナル三作品上演、途中、11日に大震災があり、継続を危ぶまれましたが、「今回の三作品はいずれも、生きることの意味、死とどう向き合うかを描いたものであり、今、多くの方に観ていただきたいと考えております」との勇気ある判断で、予定通り公演を続けました。
 　千秋楽は、「西線11条のアリア」で締めくくりました。会場はいつもにも増して大盛況、特に若い層が多かったのが心強かったですね。
　日本全国では、演劇公演はじめ、殆どのイベントがキャンセルになり、札幌でも同様の傾向が見られました。そんな中、今回の連続公演は、そういった時節柄であるがゆえに、逆に芸術・文化の価値を再発見した気がします。足を運んだ動機として、「毎日、悲惨な光景のテレビ映像で気が滅入ってしまったので・・・」とおっしゃる方も多かったです。
　案内パンフの中で、レッドベリースタジオ（http://www.akai-mi.com/）主宰の飯塚優子さんが、まるで今回を予測するかのように書かれています。
～～～～～きょうは芝居でも観ようかな、そう思ったらいつでも演劇をみることができる。そんな夢を実現するのが、レパートリーシステムによる「ロングラン」という上演形式です。せっかく創った作品を、1回の上演で消費してしまうのではなく、大切に日々新たに再演する。これは特に珍しいことではありません。歌舞伎も新派も、欧米のオペラ劇場でもパブリックシアターでも、ロングランは演劇を産業として成立させるために、広く採用されてきたオーソドックスなシステムです。
　まちに劇場があるということは、そこに「ひとの心と身体」について、いつでも考えている人たちが居るということです。病院に医者が居て病を治すように、大学や研究所に科学者が居て世界の成り立ち解明に挑んでいるように、劇場に演劇人が居て人間とこの世の関わりのあらゆる姿を映し出す仕事をします。
　生命、安全、衣食住の確保、そしてもうひとつ私たちが望むものは、芸術文化に触れる時間です。生きる意味を問い、時空を超えて限りある時間を共有する、私たちの大切な営為です。
　札幌にそのような場としての「劇場」がうまれ、演劇人が演劇の仕事に専念できるように、まずはロングラン公演を形にしてみましょう。すべてを、ここから始めましょう。～～～～～～～～
　もう一つ、シアターZOO（http://www.h-paf.ne.jp/zoo/index.html）が今年10周年を迎えました。昨日はロングラン千秋楽お祝いとともに、10周年のお祝いの会も同時に開催されました。誕生の3つのポイント、特に扇谷治男さん、ご夫人の高木孔美子さんからの寄付の経緯等も紹介されました。
　これまで多くの方々のご尽力で、札幌・北海道に演劇の種がまかれ、芽が出て、今、産業としての基盤が創られつつある確かな手応えを感じています、楽しみですね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　北海道演劇財団（<a href="http://www.h-paf.ne.jp/">http://www.h-paf.ne.jp/</a>）の付属劇団TPSが、初めて「レパートリーシアター」と銘打って、1ヶ月のロングラン公演を行い、大盛況で昨日終了しました（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7699">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7699</a>）。「アンダンテ・カンタービレ」、「西線11条のアリア」、「秋のソナチネ」のオリジナル三作品上演、途中、11日に大震災があり、継続を危ぶまれましたが、「今回の三作品はいずれも、生きることの意味、死とどう向き合うかを描いたものであり、今、多くの方に観ていただきたいと考えております」との勇気ある判断で、予定通り公演を続けました。</p>
<div id="attachment_7984" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010310.jpg"><img class="size-medium wp-image-7984" title="p1010310" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010310-500x375.jpg" alt="初めての一ヵ月連続公演" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">初めての一ヵ月連続公演</p></div>
<p> 　千秋楽は、「西線11条のアリア」で締めくくりました。会場はいつもにも増して大盛況、特に若い層が多かったのが心強かったですね。</p>
<div id="attachment_7985" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010308.jpg"><img class="size-medium wp-image-7985" title="p1010308" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010308-500x375.jpg" alt="千秋楽、「西線11条のアリア」は大入り" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">千秋楽、「西線11条のアリア」は大入り</p></div>
<p>　日本全国では、演劇公演はじめ、殆どのイベントがキャンセルになり、札幌でも同様の傾向が見られました。そんな中、今回の連続公演は、そういった時節柄であるがゆえに、逆に芸術・文化の価値を再発見した気がします。足を運んだ動機として、「毎日、悲惨な光景のテレビ映像で気が滅入ってしまったので・・・」とおっしゃる方も多かったです。</p>
<p>　案内パンフの中で、レッドベリースタジオ（<a href="http://www.akai-mi.com/">http://www.akai-mi.com/</a>）主宰の飯塚優子さんが、まるで今回を予測するかのように書かれています。</p>
<p><strong>～～～～～きょうは芝居でも観ようかな、そう思ったらいつでも演劇をみることができる。そんな夢を実現するのが、レパートリーシステムによる「ロングラン」という上演形式です。せっかく創った作品を、1回の上演で消費してしまうのではなく、大切に日々新たに再演する。これは特に珍しいことではありません。歌舞伎も新派も、欧米のオペラ劇場でもパブリックシアターでも、ロングランは演劇を産業として成立させるために、広く採用されてきたオーソドックスなシステムです。</strong></p>
<p><strong>　まちに劇場があるということは、そこに「ひとの心と身体」について、いつでも考えている人たちが居るということです。病院に医者が居て病を治すように、大学や研究所に科学者が居て世界の成り立ち解明に挑んでいるように、劇場に演劇人が居て人間とこの世の関わりのあらゆる姿を映し出す仕事をします。</strong></p>
<p><strong>　生命、安全、衣食住の確保、そしてもうひとつ私たちが望むものは、芸術文化に触れる時間です。生きる意味を問い、時空を超えて限りある時間を共有する、私たちの大切な営為です。</strong></p>
<p><strong>　札幌にそのような場としての「劇場」がうまれ、演劇人が演劇の仕事に専念できるように、まずはロングラン公演を形にしてみましょう。すべてを、ここから始めましょう。～～～～～～～～</strong></p>
<p><strong>　</strong>もう一つ、シアターZOO（<a href="http://www.h-paf.ne.jp/zoo/index.html">http://www.h-paf.ne.jp/zoo/index.html</a>）が今年10周年を迎えました。昨日はロングラン千秋楽お祝いとともに、10周年のお祝いの会も同時に開催されました。誕生の3つのポイント、特に扇谷治男さん、ご夫人の高木孔美子さんからの寄付の経緯等も紹介されました。</p>
<p>　これまで多くの方々のご尽力で、札幌・北海道に演劇の種がまかれ、芽が出て、今、産業としての基盤が創られつつある確かな手応えを感じています、楽しみですね。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>Before &#038; After</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7799</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7799#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 26 Mar 2011 00:17:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7799</guid>
		<description><![CDATA[　早朝の空港に早めに到着した時、コーヒーを飲みながら、つかの間の静かな時間を過ごすことができます。「羽田空港からの新しい眺望！」と題して10日に下書きを用意したのですが、翌11日の大震災とその後の連鎖事故で、全く違ったメッセージとなってしまいました。
　搭乗口の出発準備の飛行機、恐らくアジア航路をやって来たコンテナ船、そして遠くに見える建設中の東京スカイツリー（http://www.tokyo-skytree.jp/）は、3月11日午後2時過ぎまでの日本を象徴するような光景でした。
　大震災後も、私は数回東京に行く用事が有り、羽田空港を利用しましたが、行く度に情況が変化しています。先日は「計画停電」で、「節電実施中」の看板がいたるところで見かけました。人力で代替えできる程度の設備ばかりですので、今だけでなく、これからもこのままで結構な気もします。
　これから、私たちのライフスタイルを大きく変える必要がありそうです。
　あるご家庭の3歳の子が、トイレットペーパーを買おうと並ぶ列をみて、「地震になると、ウンチがたくさん出るようになるの？」と真剣に母親に問いかけたとか。私は今、自宅前に残る雪を眺めて、融けていくのをもったいなく思う心情です、トイレで流す水に使えるので自然のダムのような気がするもので、雪のままでしばらく残っていてもらいたいというように。
　一方、原発事故絡みでは、「？？？」と思う事が多いですね。昨日の作業員被爆事故報道でも、「協力企業・作業員」という言葉、全く意味不明です。何という名の企業で、代表者は誰、現場責任者の顔も見えず、東京消防庁・自衛隊等の報告と対照的です。新聞報道では、「ずさんな作業」とか「事前放射線量検査も怠る」みたいな、イラク人質事件の時の「自己責任論」を想起するよな見出しばかり、まるでその存在が有ってはいけないような、「暗黒の作業場」を印象付けます。このような現場に依拠した電力供給と享受していた消費者、両者もライフスタイルを大きく変えなければなりません。
　当初テレビに登場して「安全だ！」と繰り返していた「専門家たち」は、どこへ行ってしまったのでしょう。「想定していなかった」という言葉が、私は情報の隠ぺい、責任回避の方便かと思っていましたが、今日までの状況を見ていると、どうやら本当に想定していなかったのかもしれないと、そんな連中がこれまで原子力政策を推進していたかと思うと、一層の恐ろしさと憤りを感じます。
　「海水を注入して冷却しているので安全！」との報道でしたが、これも当初から「海水だと塩分が析出してきて、淡水とは違ってリスクがあるだろう」と、小学生でも分かることをメディアは殆ど関係者に質問しませんでした。そして、昨日になってアメリカ軍からの指摘によって（？）、淡水タンクを曳航して放水したとか、日本の関係者は何を考えていたのでしょうか、「恥を知れ！」ですね。
　時は確実に過ぎています。地震・津波被災者の方々は、復興を始めていますし、時間はかかっても必ず乗り越えると思います。原発連続事故は、深刻です。でも、それでも私たちは生きていかなくてはなりません。子供たち、これから生まれる命への責任としても、私はやらねばならないことが山積しています。今は、敗戦直後です。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　早朝の空港に早めに到着した時、コーヒーを飲みながら、つかの間の静かな時間を過ごすことができます。「羽田空港からの新しい眺望！」と題して10日に下書きを用意したのですが、翌11日の大震災とその後の連鎖事故で、全く違ったメッセージとなってしまいました。</p>
<p>　搭乗口の出発準備の飛行機、恐らくアジア航路をやって来たコンテナ船、そして遠くに見える建設中の東京スカイツリー（<a href="http://www.tokyo-skytree.jp/">http://www.tokyo-skytree.jp/</a>）は、3月11日午後2時過ぎまでの日本を象徴するような光景でした。</p>
<div id="attachment_7800" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010264.jpg"><img class="size-medium wp-image-7800" title="p1010264" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010264-500x375.jpg" alt="羽田空港から、飛行機、コンテナ船、そしてスカイツリー" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">羽田空港から、飛行機、コンテナ船、そして東京スカイツリー（3月10日）</p></div>
<p>　大震災後も、私は数回東京に行く用事が有り、羽田空港を利用しましたが、行く度に情況が変化しています。先日は「計画停電」で、「節電実施中」の看板がいたるところで見かけました。人力で代替えできる程度の設備ばかりですので、今だけでなく、これからもこのままで結構な気もします。</p>
<div id="attachment_7962" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010300.jpg"><img class="size-medium wp-image-7962" title="p1010300" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010300-500x375.jpg" alt="震災後の羽田空港出発ロビーで" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">震災後の羽田空港出発ロビーで（3月23日）</p></div>
<p>　これから、私たちのライフスタイルを大きく変える必要がありそうです。</p>
<p>　あるご家庭の3歳の子が、トイレットペーパーを買おうと並ぶ列をみて、「地震になると、ウンチがたくさん出るようになるの？」と真剣に母親に問いかけたとか。私は今、自宅前に残る雪を眺めて、融けていくのをもったいなく思う心情です、トイレで流す水に使えるので自然のダムのような気がするもので、雪のままでしばらく残っていてもらいたいというように。</p>
<p>　一方、原発事故絡みでは、「？？？」と思う事が多いですね。昨日の作業員被爆事故報道でも、「協力企業・作業員」という言葉、全く意味不明です。何という名の企業で、代表者は誰、現場責任者の顔も見えず、東京消防庁・自衛隊等の報告と対照的です。新聞報道では、「ずさんな作業」とか「事前放射線量検査も怠る」みたいな、イラク人質事件の時の「自己責任論」を想起するよな見出しばかり、まるでその存在が有ってはいけないような、「暗黒の作業場」を印象付けます。このような現場に依拠した電力供給と享受していた消費者、両者もライフスタイルを大きく変えなければなりません。</p>
<p>　当初テレビに登場して「安全だ！」と繰り返していた「専門家たち」は、どこへ行ってしまったのでしょう。「想定していなかった」という言葉が、私は情報の隠ぺい、責任回避の方便かと思っていましたが、今日までの状況を見ていると、どうやら本当に想定していなかったのかもしれないと、そんな連中がこれまで原子力政策を推進していたかと思うと、一層の恐ろしさと憤りを感じます。</p>
<p>　「海水を注入して冷却しているので安全！」との報道でしたが、これも当初から「海水だと塩分が析出してきて、淡水とは違ってリスクがあるだろう」と、小学生でも分かることをメディアは殆ど関係者に質問しませんでした。そして、昨日になってアメリカ軍からの指摘によって（？）、淡水タンクを曳航して放水したとか、日本の関係者は何を考えていたのでしょうか、「恥を知れ！」ですね。</p>
<p>　時は確実に過ぎています。地震・津波被災者の方々は、復興を始めていますし、時間はかかっても必ず乗り越えると思います。原発連続事故は、深刻です。でも、それでも私たちは生きていかなくてはなりません。子供たち、これから生まれる命への責任としても、私はやらねばならないことが山積しています。今は、敗戦直後です。</p>
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		<title>「Sunrise Time」、発表会</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7889</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7889#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 23 Mar 2011 23:06:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7889</guid>
		<description><![CDATA[　札幌旭丘高校（http://www.asahigaoka-h.sapporo-c.ed.jp/）の「総合学習サンライズ・タイム発表会」に、永年の友人からお誘いがあり、初めて出席しました。「旭ヶ丘」かと思いましたが、「旭丘」が正式名称のようですね。
 　当日は、まず体育館において同窓生（29期卒）で落語界の真打ちで活躍する春風亭柳朝師匠（http://www7.ocn.ne.jp/~akinai/index.html）の講演・落語でした。落語の歴史に始まり、作法等について大変興味深いお話で、その後の落語一席、生徒たちとの質疑応答も素晴らしかったですね。彼の後輩を思いやる暖かな眼差しが伝わってまいりました。
 　今年で5回目の発表会は、引き続き会場を二つに分けて、1年生・2年生の個人課題の発表でした。会に先立っての教頭のご挨拶、「現代の課題は、一つの分野では解決できない問題ばかり、いろんな分野の知恵を総動員しよう」というご挨拶は、まさにタイムリーなメッセージでしたね。
　「Sunrise　Time」とは、「総合的な学習の時間」をこう呼んでいるようです。この名称は、旭ヶ丘高校の校歌の一節「昇る朝日の力あり」にちなんでつかられたとか。朝日のように輝いて明るい未来を照らし出す、そんな力をつけてほしいという願いが込められていて、読書活動、宿泊研修、ゼミ旅行、研究発表等、プログラムも多彩です。
　パンフレットによると、「広く深く学ぶ」べく、3つのステージが用意されています。「R：希望のRed、大地の時間で一年次」、「G：生命力のGreen、若葉の時間で二年次」、「P：栄光のPurple、収穫の時間で三年次」です。
　この日の「発表会」も節目の活動としてしっかり位置付けられています。手元パンフレットによると、「自分が思っていることを相手に伝える『表現力』は、とても重要です。特に21世紀の社会に貢献する人材として期待される生徒には、多くの人の前で自分の考えを発表する舞台がこれから何度も訪れることでしょう。Sunrise Timeでは、コンピューターを使った情報活用の力や、プレゼンテーション力を高め、楽しみながらお互いの成果を発表しあいます」とあります。当日のプレゼン、テーマの設定も面白いものが多く、ツールの創り方も凝っていて面白かったです。昨今のテレビで繰り広げられる記者会見とは比べものにならないくらい、メッセージが伝わってきました。
　今月末で退任する宮浦俊明校長とも少しお話が出来ました。彼は、私の高校時代の同期です。
　クラス分けもテーマ選択を基本になされる札幌旭丘高校の意欲的なこれまでの取り組みに、沈みがちな心に勇気を与えて頂きました。こうやって育つ新しい世代が、新しい21世紀の日本を担っていくのだと確信しました。これからのご活躍を期待します！！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　札幌旭丘高校（<a href="http://www.asahigaoka-h.sapporo-c.ed.jp/">http://www.asahigaoka-h.sapporo-c.ed.jp/</a>）の「総合学習サンライズ・タイム発表会」に、永年の友人からお誘いがあり、初めて出席しました。「旭ヶ丘」かと思いましたが、「旭丘」が正式名称のようですね。</p>
<div id="attachment_7886" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010293.jpg"><img class="size-medium wp-image-7886" title="p1010293" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010293.jpg" alt="札幌旭ヶ丘高校正門で" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">札幌旭ヶ丘高校正門で、「ガオカの坂道」</p></div>
<p> 　当日は、まず体育館において同窓生（29期卒）で落語界の真打ちで活躍する春風亭柳朝師匠（<a href="http://www7.ocn.ne.jp/~akinai/index.html">http://www7.ocn.ne.jp/~akinai/index.html</a>）の講演・落語でした。落語の歴史に始まり、作法等について大変興味深いお話で、その後の落語一席、生徒たちとの質疑応答も素晴らしかったですね。彼の後輩を思いやる暖かな眼差しが伝わってまいりました。</p>
<div id="attachment_7888" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010288.jpg"><img class="size-medium wp-image-7888" title="p1010288" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010288.jpg" alt="卒業生・春風亭柳朝師匠の講演と落語" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">卒業生・春風亭柳朝師匠の講演と落語</p></div>
<p> 　今年で5回目の発表会は、引き続き会場を二つに分けて、1年生・2年生の個人課題の発表でした。会に先立っての教頭のご挨拶、「現代の課題は、一つの分野では解決できない問題ばかり、いろんな分野の知恵を総動員しよう」というご挨拶は、まさにタイムリーなメッセージでしたね。</p>
<div id="attachment_7887" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010289.jpg"><img class="size-medium wp-image-7887" title="p1010289" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010289-500x375.jpg" alt="「総合学習サンライズ・タイム」個人研究発表会" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">「総合学習サンライズ・タイム」個人課題研究発表会</p></div>
<p>　「Sunrise　Time」とは、「総合的な学習の時間」をこう呼んでいるようです。この名称は、旭ヶ丘高校の校歌の一節「昇る朝日の力あり」にちなんでつかられたとか。朝日のように輝いて明るい未来を照らし出す、そんな力をつけてほしいという願いが込められていて、読書活動、宿泊研修、ゼミ旅行、研究発表等、プログラムも多彩です。</p>
<p>　パンフレットによると、「広く深く学ぶ」べく、3つのステージが用意されています。「<strong>R</strong>：希望のRed、大地の時間で一年次」、「<strong>G</strong>：生命力のGreen、若葉の時間で二年次」、「<strong>P</strong>：栄光のPurple、収穫の時間で三年次」です。</p>
<p>　この日の「発表会」も節目の活動としてしっかり位置付けられています。手元パンフレットによると、「自分が思っていることを相手に伝える『表現力』は、とても重要です。特に21世紀の社会に貢献する人材として期待される生徒には、多くの人の前で自分の考えを発表する舞台がこれから何度も訪れることでしょう。<strong>Sunrise Time</strong>では、コンピューターを使った情報活用の力や、プレゼンテーション力を高め、楽しみながらお互いの成果を発表しあいます」とあります。当日のプレゼン、テーマの設定も面白いものが多く、ツールの創り方も凝っていて面白かったです。昨今のテレビで繰り広げられる記者会見とは比べものにならないくらい、メッセージが伝わってきました。</p>
<p>　今月末で退任する宮浦俊明校長とも少しお話が出来ました。彼は、私の高校時代の同期です。</p>
<p>　クラス分けもテーマ選択を基本になされる札幌旭丘高校の意欲的なこれまでの取り組みに、沈みがちな心に勇気を与えて頂きました。こうやって育つ新しい世代が、新しい21世紀の日本を担っていくのだと確信しました。これからのご活躍を期待します！！</p>
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		<title>「札幌駅前通地下歩行空間」、完成！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7828</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7828#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 21 Mar 2011 22:59:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7828</guid>
		<description><![CDATA[　札幌駅から大通につながる「札幌駅前通地下歩行空間：http://www.city.sapporo.jp/sogokotsu/umall/umall02_network.html」が12日から開通しました。折からの大震災でオープニングセレモニーは中止されましたが、物珍しさも手伝って大いに賑わっています。この空間の指定管理者は、「札幌駅前通まちづくり株式会社：http://www.sapporo-chikamichi.jp/」です。
　天井の高さは予想通りでしたが、いわゆる「地下通路」と「地下広場」というだけあって、横の拡がりはありました。これからこの空間で、活気ある小さなお店群、パフォーマンス、斬新な芸術・文化の展示・イベント等が行われることを期待したいですね。「広場」というと、私はどうしても1960年代の東京新宿駅西口広場を想い出します、フォークソングの若者で溢れかえっていた時代です。その熱気に恐怖したのか、いつしか警察が、「ここは通路であって広場ではない」との名目で、当時の若者たちをこの場から排除し始めました。
　札幌は、是非、若い世代のパフォーマンスをおおらかに受け止めてチャレンジの場を与えて貰いたいし、市民・納税者の一人として、市・管理会社にもそう提言し続けようと思っています。数年前、この通路の建設企画説明の時、札幌市の担当課長が地元市民・経営者に言い放った言葉は忘れられません。「札幌駅前通りは、もはや地元住民の方だけのものではありません、全国の方々が訪れる場ですから、市役所が責任を持って計画策定を致します！」と。地元の意見を封じる何と思い上がった傲慢な発言かと、私はそう語った人物を決して忘れはしません。「市民と協働」などと言っている市役所が、それですから。
　この空間の出現で、従来の「北1条地下通路」と「札幌駅北口地下通路」は、市役所が言うように、本当に賑わいが出てくるのでしょうか。「相乗効果」を確かにうたっていたので、しっかり検証していかなくてはなりません。先日は時間が無かったので、北口通路だけ行ってみましたが、「相変わらず」でしたね。大通方面から歩いて行くと、駅を通過して急に静かになり、皮肉にも落ち着く（？）空間となっていました。冷たさ、潤いの無さ、明らかにこれは計画理念の欠如ではありませんか。取っ掛かりのない空間とでも言うのでしょうかね、何とか知恵を出して面白い空間にしていきたいものです。
　大震災で亡くなられた方々、家を失った方々、避難所生活の方々がいらっしゃる一方で、新しい空間も生まれた札幌です。これも今の時代のような気がします。「失ったものを数えるよりも、残っている身近なものに感謝しよう」と、どなたかが言っていましたが、全く同感です。まだまだ、心配事は尽きませんが、少しでも前向きに生きて参りましょう、ねっ！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　札幌駅から大通につながる「札幌駅前通地下歩行空間：<a href="http://www.city.sapporo.jp/sogokotsu/umall/umall02_network.html">http://www.city.sapporo.jp/sogokotsu/umall/umall02_network.html</a>」が12日から開通しました。折からの大震災でオープニングセレモニーは中止されましたが、物珍しさも手伝って大いに賑わっています。この空間の指定管理者は、「札幌駅前通まちづくり株式会社：<a href="http://www.sapporo-chikamichi.jp/">http://www.sapporo-chikamichi.jp/</a>」です。</p>
<div id="attachment_7829" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010268.jpg"><img class="size-medium wp-image-7829" title="p1010268" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010268-500x375.jpg" alt="札幌駅から大通までの通路が開通、思ったより幅が有ります" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">札幌駅から大通までの地下通路が開通、大混雑です</p></div>
<div id="attachment_7830" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010269.jpg"><img class="size-medium wp-image-7830" title="p1010269" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010269.jpg" alt="アート空間もいろいろ" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">アート空間もいろいろ</p></div>
<p>　天井の高さは予想通りでしたが、いわゆる「地下通路」と「地下広場」というだけあって、横の拡がりはありました。これからこの空間で、活気ある小さなお店群、パフォーマンス、斬新な芸術・文化の展示・イベント等が行われることを期待したいですね。「広場」というと、私はどうしても1960年代の東京新宿駅西口広場を想い出します、フォークソングの若者で溢れかえっていた時代です。その熱気に恐怖したのか、いつしか警察が、「ここは通路であって広場ではない」との名目で、当時の若者たちをこの場から排除し始めました。</p>
<p>　札幌は、是非、若い世代のパフォーマンスをおおらかに受け止めてチャレンジの場を与えて貰いたいし、市民・納税者の一人として、市・管理会社にもそう提言し続けようと思っています。数年前、この通路の建設企画説明の時、札幌市の担当課長が地元市民・経営者に言い放った言葉は忘れられません。「札幌駅前通りは、もはや地元住民の方だけのものではありません、全国の方々が訪れる場ですから、市役所が責任を持って計画策定を致します！」と。地元の意見を封じる何と思い上がった傲慢な発言かと、私はそう語った人物を決して忘れはしません。「市民と協働」などと言っている市役所が、それですから。</p>
<p>　この空間の出現で、従来の「北1条地下通路」と「札幌駅北口地下通路」は、市役所が言うように、本当に賑わいが出てくるのでしょうか。「相乗効果」を確かにうたっていたので、しっかり検証していかなくてはなりません。先日は時間が無かったので、北口通路だけ行ってみましたが、「相変わらず」でしたね。大通方面から歩いて行くと、駅を通過して急に静かになり、皮肉にも落ち着く（？）空間となっていました。冷たさ、潤いの無さ、明らかにこれは計画理念の欠如ではありませんか。取っ掛かりのない空間とでも言うのでしょうかね、何とか知恵を出して面白い空間にしていきたいものです。</p>
<div id="attachment_7831" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010273.jpg"><img class="size-medium wp-image-7831" title="p1010273" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010273.jpg" alt="北口通路は相変わらず？！" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">北口通路は相変わらずです、いつもよりは賑わう？！</p></div>
<p>　大震災で亡くなられた方々、家を失った方々、避難所生活の方々がいらっしゃる一方で、新しい空間も生まれた札幌です。これも今の時代のような気がします。「失ったものを数えるよりも、残っている身近なものに感謝しよう」と、どなたかが言っていましたが、全く同感です。まだまだ、心配事は尽きませんが、少しでも前向きに生きて参りましょう、ねっ！</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>原発事故報道、アウトリーチ活動の欠如！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7922</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7922#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 20 Mar 2011 01:18:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7922</guid>
		<description><![CDATA[　＜大地震、今、感じること（5）＞
　危機的な原発事故について、テレビで連続的に報道される楽観的メッセージ、例えば核心を外すNHK解説者のM氏、保安院幹部の後追い記者会見、狭い視野の大学教授等、「これで一安心」、「体に害を及ぼすレベルで無い」、「CTスキャナー一回分以下」等の言葉は、何とも一般市民の心には全く届かないどころか、逆に大きな不安感と不信感をかきたてる結果となっています。今回の事故の放射能レベルを、医療機関のCTスキャナーによるレベルと比較して発表するそのセンスに、あきれてモノが言えません、誰もそれを聞いて安心なんかとは思いませんよ。
　それに比べて自衛隊・東京消防庁責任者の記者会見は説得力があります。実際の現場を踏まえた「危険予知力」の違いではないかと思いますね。今朝、テレビで放水活動に携わった東京消防庁ハイバーレスキュー隊指揮官の記者会見（http://ceron.jp/url/www.youtube.com/watch?v=6Vad16Rlx8U）で、「放射能に関して、十分な知識と理解がある隊員だけに、今回の放射能レベルへの恐怖心が強く、状況への危機感もあった。ただ、今、自分たちの活動が救世主にならなければという使命は十分認識しており、モチベーションは大変高く、今回の目標完遂があった」と、淡々と述べていました。
　日本の原子力・放射線関係の研究者に足りない事は、日頃の「アウトリーチ活動」なのではないでしょうか。「原子力発電」、「放射線管理」、「放射線治療」等における放射能の話を、ごく普通の市民に対して率直に語れる術（すべ）を日頃から磨いておく必要があります。「安全であるため」の説明ではなく、研究自体の説明・お話を、小学生にも分かる形で研究の一環として義務付ける、それぞれの学会の社会的使命として行うことが重要だと思いますし、是非、該当する学会は検討して頂きたいですね。
　私たち秋山財団では、昨年から「研究助成」の要項に、「アウトリーチ活動」を義務付ける一文を入れ始めました。秋山財団の研究助成を申請する必須要件としての「アウトリーチ活動」です。それ程大げさなものを考えている訳ではありません。ごく普通の子どもたち、市民が、研究者たちが日常使っている専門用語から何を連想するか、どんな心理状態となるか等を、大学教授も若い研究者も、その初期から学びながら研究活動を行うべきだと思います。
　私は数日前の＜大地震、今、感じること（１）＞で次のように書きました。～～～～～～～～～～
　丁度、今、早朝テレビのワイドショーで、原発の専門家という方が、「すぐに1986年のチェルノブイリ事故と今回の事故を一緒にする人たちがいるが、全く違います！」と、あたかも心配する市民の無知を叱責するような言い方でしゃべっています。
　でも、そうではありませんね。理屈とか理論ではなくて、直接会って知った人々の顔と現実が最も説得力があるのであり、そこから連想する「不安」を払拭できない専門家の理屈こそ、「ニセモノ」と言うものでしょう。歴史的事実、或いは目の前に起きている現実に直面して、社会にしっかりした「安心」を提供できない「専門的知識」とは、一体どんな意味を持つのでしょうか。今こそ、「専門家」としてのこれまでの活動が問われているのです。
～～～～～～～～～～～
　ヨーロッパの方々にとって、「原発事故」は、チェルノブイリ事故なのですよ、研究者がどんなに「それとは違う」と主張しても、そういった認識にある人々への説得力ある説明が前堤だと理解すべきです。タコつぼ的研究、独善的研究に問題提起を与えてくれるのは、子供たち、市民たちの素朴な疑問なのではありませんか。それは自身の研究への余計な労力ではなく、大いに役に立つ価値あるメッセージだと確信します。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　＜大地震、今、感じること（5）＞</p>
<p>　危機的な原発事故について、テレビで連続的に報道される楽観的メッセージ、例えば核心を外すNHK解説者のM氏、保安院幹部の後追い記者会見、狭い視野の大学教授等、「これで一安心」、「体に害を及ぼすレベルで無い」、「CTスキャナー一回分以下」等の言葉は、何とも一般市民の心には全く届かないどころか、逆に大きな不安感と不信感をかきたてる結果となっています。今回の事故の放射能レベルを、医療機関のCTスキャナーによるレベルと比較して発表するそのセンスに、あきれてモノが言えません、誰もそれを聞いて安心なんかとは思いませんよ。</p>
<p>　それに比べて自衛隊・東京消防庁責任者の記者会見は説得力があります。実際の現場を踏まえた「危険予知力」の違いではないかと思いますね。今朝、テレビで放水活動に携わった東京消防庁ハイバーレスキュー隊指揮官の記者会見（<a href="http://ceron.jp/url/www.youtube.com/watch?v=6Vad16Rlx8U">http://ceron.jp/url/www.youtube.com/watch?v=6Vad16Rlx8U</a>）で、「放射能に関して、十分な知識と理解がある隊員だけに、今回の放射能レベルへの恐怖心が強く、状況への危機感もあった。ただ、今、自分たちの活動が救世主にならなければという使命は十分認識しており、モチベーションは大変高く、今回の目標完遂があった」と、淡々と述べていました。</p>
<p>　日本の原子力・放射線関係の研究者に足りない事は、日頃の「アウトリーチ活動」なのではないでしょうか。「原子力発電」、「放射線管理」、「放射線治療」等における放射能の話を、ごく普通の市民に対して率直に語れる術（すべ）を日頃から磨いておく必要があります。「安全であるため」の説明ではなく、研究自体の説明・お話を、小学生にも分かる形で研究の一環として義務付ける、それぞれの学会の社会的使命として行うことが重要だと思いますし、是非、該当する学会は検討して頂きたいですね。</p>
<p>　私たち秋山財団では、昨年から「研究助成」の要項に、「アウトリーチ活動」を義務付ける一文を入れ始めました。秋山財団の研究助成を申請する必須要件としての「アウトリーチ活動」です。それ程大げさなものを考えている訳ではありません。ごく普通の子どもたち、市民が、研究者たちが日常使っている専門用語から何を連想するか、どんな心理状態となるか等を、大学教授も若い研究者も、その初期から学びながら研究活動を行うべきだと思います。</p>
<p>　私は数日前の＜大地震、今、感じること（１）＞で次のように書きました。～～～～～～～～～～</p>
<p>　丁度、今、早朝テレビのワイドショーで、原発の専門家という方が、「すぐに1986年のチェルノブイリ事故と今回の事故を一緒にする人たちがいるが、全く違います！」と、あたかも心配する市民の無知を叱責するような言い方でしゃべっています。</p>
<p>　でも、そうではありませんね。理屈とか理論ではなくて、直接会って知った人々の顔と現実が最も説得力があるのであり、そこから連想する「不安」を払拭できない専門家の理屈こそ、「ニセモノ」と言うものでしょう。歴史的事実、或いは目の前に起きている現実に直面して、社会にしっかりした「安心」を提供できない「専門的知識」とは、一体どんな意味を持つのでしょうか。今こそ、「専門家」としてのこれまでの活動が問われているのです。</p>
<p>～～～～～～～～～～～</p>
<p>　ヨーロッパの方々にとって、「原発事故」は、チェルノブイリ事故なのですよ、研究者がどんなに「それとは違う」と主張しても、そういった認識にある人々への説得力ある説明が前堤だと理解すべきです。タコつぼ的研究、独善的研究に問題提起を与えてくれるのは、子供たち、市民たちの素朴な疑問なのではありませんか。それは自身の研究への余計な労力ではなく、大いに役に立つ価値あるメッセージだと確信します。</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?feed=rss2&amp;p=7922</wfw:commentRss>
		</item>
		<item>
		<title>大地震、今、感じること（4）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7883</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7883#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 19 Mar 2011 01:51:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7883</guid>
		<description><![CDATA[　昨日で今回の大震災発生から1週間、地震・津波・原発多発事故はまだまだ緊迫した状態が続いています。
　昨晩のテレビで、「有識者・専門家たち？？」は、相変わらず恥ずかしげもなく「原発に海水が注水されて一安心」、「あの原子炉は古い型だったから」等、まさに無責任な発言を繰り返し、メディアのキャスター達も一部を除いて何の危機感もない質問の繰り返しです。MOX燃料の危険性、原子炉複合施設の危険性等、チェルノブイリ・スリーマイルには無かったその後の新たなリスクへの言及が隠ぺいされています。私自身、これまでの原子力発電に対しての中途半端な反対姿勢を、今、強く悔いています。企業経営者として、原発問題・憲法問題・防衛問題に対して、立場を考慮して（？）、歯切れの悪いスタンスに終始していましたので。
　でも、この場に至って、自分の命というよりも、子供たち・孫たちの命と将来の安心・安全な暮らしのために、これからの人生を送らなければなりません。戦後日本の極めて恵まれた時代を生きることが出来た私は、これまで得た少しの知識と知恵を、次の時代に生きる人々のために尽力する責務があります。眼前の同世代の体たらくを目の当たりにして、そう痛感しています。
　枝廣淳子さんのメーリングから、諸外国の応援メッセージを引用掲載します（http://www.japanfs.org/ja/pray4japan/message.cgi）。また、国内からも具体的なアドバイスも集まっていて（http://www.es-inc.jp/news/001949.html）、私自身は、一層の節電モードのライフスタイルに入っています。
　群馬大学の片田敏孝教授（http://www.ce.gunma-u.ac.jp/staff/st02_katada.html）は、これまで防災教育を現地の中学生に指導してきたそうです。その成果は今回実践の中で示されました。（http://plaza.rakuten.co.jp/yamamotoyoshie/diary/201103190000/）
　こちらも説得力があるサイトです（http://www.asyura2.com/index.html）。
　
　こんな折り、環境分野で大きな功績を果たしてきた、北海道大学教授・小野有五先生の定年記念講演会が、「地球科学者から環境科学者へ：大学と社会を結んで25年」と題して開催され、会場の北大クラーク会館は超満員で溢れました。 
　この間、氷河から地球の研究に端を発した地球科学者・小野有五先生でしたが、ビートルズの「A long and winding road：http://www.youtube.com/watch?v=JrcYPTRcSX0&#38;feature=related」をバックミュージックに、ご自身の軌跡を素晴らしいまとめで締めくくりました。まさにこの時に、小野先生のこのご講演は、学者としての一筋の光とでも言いましょうか。
＊　「大学と社会を結んで」と簡単に言っていますが、まさに「水と油」みたいな関係だった
＊　専門家は、ごく普通の市民に分かる説明、今風に言えば「アウトリーチ活動」が必須な時代になっている。今回の一連の原発事故に対する「専門科学者」たちの、最も欠如している視座である
＊　宮澤賢治の1929年11月29日の予告文：今にも活きる言葉に違いない
　「われわれはどんな方法で、われわれに必要な、われわれの科学を、手に入れることができるのか」
　羅須地人協会で：http://www.artwing.biz/kaze2/rasutizin/rasutizin.html
＊　アイヌ民族の歴史に対する認識：　徳川幕府は「蝦夷地」として、まだ外地扱い、すなわち「アイヌの地」としての認識があったが、明治維新以降、北海道の中のまさに「植民地化」であった、奪われた土地、奪われた文化、奪われた人権等、で。
＊　マザー・テレサの言葉、「愛することの反対は、憎しみではなく、『無関心』である」
 
　本来は駆けつけるはずだったお弟子さんのアラスカ大学・吉川謙二教授は、サンフランシスコで足止めとなり、今アメリカで大ブレーク中、本人主演のyoutube掲載、「The tunnel man：http://www.youtube.com/watch?v=-l0JdVtmNus」の紹介がありました。「究極のアウトリーチ活動！！！」でしょうか。
　弁護士の市川守弘（http://www.akiyama-foundation.org/network/tema05.html）さんは、「科学者の社会的責任」を果たすということが、如何に困難なことか、森林・生態系保護活動においても同様なこと。そして同時に、「裁判所の責任」も、これまでの各地の諸開発問題では重いものがあることを指摘されました。
　2008年の「先住民族サミット」で活躍し、その後「Win-Ainu」設立にもかかわった結城幸司（http://www.akiyama-foundation.org/network/tema06.html）さんも駆けつけました。
 
　幅広く市民活動とコラボレイトした小野有五先生は、退官とはいえ、まだまだこれから多くの分野でのご活躍を期待しなければなりません、北海道の環境問題のアドバイザーとしてです。取り敢えず、ここまでお疲れさまでした。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　昨日で今回の大震災発生から1週間、地震・津波・原発多発事故はまだまだ緊迫した状態が続いています。</p>
<p>　昨晩のテレビで、「有識者・専門家たち？？」は、相変わらず恥ずかしげもなく「原発に海水が注水されて一安心」、「あの原子炉は古い型だったから」等、まさに無責任な発言を繰り返し、メディアのキャスター達も一部を除いて何の危機感もない質問の繰り返しです。MOX燃料の危険性、原子炉複合施設の危険性等、チェルノブイリ・スリーマイルには無かったその後の新たなリスクへの言及が隠ぺいされています。私自身、これまでの原子力発電に対しての中途半端な反対姿勢を、今、強く悔いています。企業経営者として、原発問題・憲法問題・防衛問題に対して、立場を考慮して（？）、歯切れの悪いスタンスに終始していましたので。</p>
<p>　でも、この場に至って、自分の命というよりも、子供たち・孫たちの命と将来の安心・安全な暮らしのために、これからの人生を送らなければなりません。戦後日本の極めて恵まれた時代を生きることが出来た私は、これまで得た少しの知識と知恵を、次の時代に生きる人々のために尽力する責務があります。眼前の同世代の体たらくを目の当たりにして、そう痛感しています。</p>
<p>　枝廣淳子さんのメーリングから、諸外国の応援メッセージを引用掲載します（<a href="http://www.japanfs.org/ja/pray4japan/message.cgi">http://www.japanfs.org/ja/pray4japan/message.cgi</a>）。また、国内からも具体的なアドバイスも集まっていて<a href="http://www.es-inc.jp/news/001949.html">（http://www.es-inc.jp/news/001949.html</a>）、私自身は、一層の節電モードのライフスタイルに入っています。</p>
<p>　群馬大学の片田敏孝教授（<a href="http://www.ce.gunma-u.ac.jp/staff/st02_katada.html">http://www.ce.gunma-u.ac.jp/staff/st02_katada.html</a>）は、これまで防災教育を現地の中学生に指導してきたそうです。その成果は今回実践の中で示されました。（<a href="http://plaza.rakuten.co.jp/yamamotoyoshie/diary/201103190000/">http://plaza.rakuten.co.jp/yamamotoyoshie/diary/201103190000/</a>）</p>
<p>　こちらも説得力があるサイトです（<a href="http://www.asyura2.com/index.html">http://www.asyura2.com/index.html</a>）。</p>
<p>　</p>
<p>　こんな折り、環境分野で大きな功績を果たしてきた、北海道大学教授・小野有五先生の定年記念講演会が、「地球科学者から環境科学者へ：大学と社会を結んで25年」と題して開催され、会場の北大クラーク会館は超満員で溢れました。 </p>
<div id="attachment_7892" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010297.jpg"><img class="size-medium wp-image-7892" title="p1010297" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010297-500x375.jpg" alt="小野有五教授定年記念講演会～大学と社会を結んで25年～" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">小野有五教授定年記念講演会～大学と社会を結んで25年～</p></div>
<p>　この間、氷河から地球の研究に端を発した地球科学者・小野有五先生でしたが、ビートルズの「A long and winding road：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=JrcYPTRcSX0&amp;feature=related">http://www.youtube.com/watch?v=JrcYPTRcSX0&amp;feature=related</a>」をバックミュージックに、ご自身の軌跡を素晴らしいまとめで締めくくりました。まさにこの時に、小野先生のこのご講演は、学者としての一筋の光とでも言いましょうか。</p>
<p>＊　「大学と社会を結んで」と簡単に言っていますが、まさに「水と油」みたいな関係だった</p>
<p>＊　専門家は、ごく普通の市民に分かる説明、今風に言えば「アウトリーチ活動」が必須な時代になっている。今回の一連の原発事故に対する「専門科学者」たちの、最も欠如している視座である</p>
<p>＊　宮澤賢治の1929年11月29日の予告文：今にも活きる言葉に違いない</p>
<p>　「われわれはどんな方法で、われわれに必要な、われわれの科学を、手に入れることができるのか」</p>
<p>　羅須地人協会で：<a href="http://www.artwing.biz/kaze2/rasutizin/rasutizin.html">http://www.artwing.biz/kaze2/rasutizin/rasutizin.html</a></p>
<p>＊　アイヌ民族の歴史に対する認識：　徳川幕府は「蝦夷地」として、まだ外地扱い、すなわち「アイヌの地」としての認識があったが、明治維新以降、北海道の中のまさに「植民地化」であった、奪われた土地、奪われた文化、奪われた人権等、で。</p>
<p>＊　マザー・テレサの言葉、「愛することの反対は、憎しみではなく、『無関心』である」</p>
<p> </p>
<p>　本来は駆けつけるはずだったお弟子さんのアラスカ大学・吉川謙二教授は、サンフランシスコで足止めとなり、今アメリカで大ブレーク中、本人主演のyoutube掲載、「The tunnel man：<a href="http://www.youtube.com/watch?v=-l0JdVtmNus">http://www.youtube.com/watch?v=-l0JdVtmNus</a>」の紹介がありました。「究極のアウトリーチ活動！！！」でしょうか。</p>
<p>　弁護士の市川守弘（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/network/tema05.html">http://www.akiyama-foundation.org/network/tema05.html</a>）さんは、「科学者の社会的責任」を果たすということが、如何に困難なことか、森林・生態系保護活動においても同様なこと。そして同時に、「裁判所の責任」も、これまでの各地の諸開発問題では重いものがあることを指摘されました。</p>
<p>　2008年の「先住民族サミット」で活躍し、その後「Win-Ainu」設立にもかかわった結城幸司（<a href="http://www.akiyama-foundation.org/network/tema06.html">http://www.akiyama-foundation.org/network/tema06.html</a>）さんも駆けつけました。</p>
<p> </p>
<p>　幅広く市民活動とコラボレイトした小野有五先生は、退官とはいえ、まだまだこれから多くの分野でのご活躍を期待しなければなりません、北海道の環境問題のアドバイザーとしてです。取り敢えず、ここまでお疲れさまでした。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>大地震、今、感じること（3）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7874</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7874#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 17 Mar 2011 00:16:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7874</guid>
		<description><![CDATA[　昨日の続きになりますが、海外メディア・外国政府関係者の今回の福島原発事故の認識は、連日、日本で報道されている内容とは大きく異なり、大変危機的で深刻です。
　私の身内に届いたカナダからの友人のメールでは、「自分の周りには住む場所が十分あるから、今すぐにでも家族全員でこちらに移動するように」と、真剣な内容だったとか。諸外国のメディアは、福島原発の爆発の連鎖とその対応の事実をつぶさに見つめながら、冷静に報道しています。この場合、冷静と言うのは、「真実を語る」という意味ですね。
　東京電力、保安院の記者会見、テレビに出て来る「専門家」、メディアスタッフの話は、何の役にも立ちません。とにかく、当該事故現場組織の「発電所所長」とか、現場の最高責任者の存在が全く見えないのは大きな疑問ですね。現場はこういう作業をしていて、こんな作業プランを持っているといった、やっている側発の報道が何もない、危機管理の中ではあり得ない状態です。無いなら無いと率直に言えば、市民はそれぞれの判断で責任を持って動けます。
　現場に一度も足を運んだことが無い連中が、「安全だ、安全だ」といくら叫んでも、市民はとうの昔にその「ニセモノ性」を見破っていますよ。理屈では「対策」になっていても、それが出来る環境が現在あるかどうか、直感的に理解しているのです、私たちは。発表される写真だけ見ても、「安全」などとは程遠い現実を認識できるのです。
　市町村長の何人かはメディアの取材に対して、現在の状況報告、必要物資の具体的要請等、大変な困難な環境の中、必死に訴えています。これ自体、本来はそんなことをしなくても支援の手を差し伸べなければならないのでしょうが。それと同様に、原発事故に関して、現場最高責任者は、「日本国民を守る」意識を持って語り続けなければなりません。もし、その任に誰も就かないのなら、これまでの原子力政策というのはその程度の覚悟だったということを、しっかり歴史に刻んでおかなければなりません。
　もう一つ、政府は今すぐに、全国各地の原発責任者及びその次席を招集して、現場に最も近い場でこの現実をしっかり観察して、現場はどんな状態なのか、今後の原発運営に活かす手立てをすべきです。廃炉・見直しも含めた、将来の日本のエネルギー政策に向けて、この未曽有の事故の連鎖を無駄にしてはいけません。
　少し離れた私たちに何が出来るか、枝廣淳子さんのメーリングから引用します。環境に関わってきた彼女が、この難局においても情報収集・発信し続けるその姿に感動致します、日刊温暖化新聞は秋山財団もパートナーとなっています。彼女はまさしく「ホンモノ」です。
～～～～～～～～～～～
日刊 温暖化新聞の企業・団体パートナーでもあるソトコトさんが、「被災地の
復興のために、わたしたちができること」というページをアップされました。
以下にご紹介します。もちろん、できることはこれだけではありませんが、「被
災地から遠く離れた自分に何ができるんだろう？」と思っていらっしゃる方がい
らしたら、ぜひ！
～～～～～～～～～～～～～ここから引用～～～～～～～～～～～～～～～～～～
「被災地の復興のために、わたしたちができること」
＜ソトコト・ホームページ＞
http://www.sotokoto.net/setsuden/
＜ロハスクラブ・ホームページ＞
http://www.lohasclub.jp/setsuden.php
2011年3月11日に発生した、東北地方太平洋沖地震による甚大な損害は、私たち
がこれまでに経験したことがない災害です。被災地域に暮らしている方々、救助
活動や復興活動に尽力されている方々を支援するために、私たちができることの
ひとつが「節電」です。
未曾有の大地震による、電力施設への被害発生により、私たちの日本は電力が不
足しています。特に、被災地域においては、電力の確保は、救援活動や復興活動
にとっては極めて重要な問題です。
政府及び東京電力は、3月14日から「計画停電」の実施をアナウンスしています。
計画停電は、電力需要が現状の電力供給能力を上回ってしまった場合に実施され
る手段であり、電力需要を抑制するためには、鉄道、工場、大型商業施設などの
社会全体での節電努力、そして、一般家庭での節電努力が必要です。
いま一番大切なことは、まず被災地が必要とするエネルギーを確保することです。
そして、そのためには、私たち一人ひとりが「節電」を心掛け、続けていくこと
が重要です。
電気は、水道やガスの供給にも必要とされるエネルギーであり、被災地での救援
活動や復興活動に必要なライフラインの確保のためにも、私たち一人ひとりの節
電努力が必要です。
●私たちが生活のなかでできる節電
・外出の際、あるいは、使っていない電気製品のプラグはコンセントから抜きま
しょう。機器によってはプラグを挿し込んでいるだけで、待機電力を消費してし
まう場合があります。
・昼間は、なるべく必要最低限の照明で過ごしましょう。オフィスでは、昼休み
の消灯や、通路のなどの照明の間引きも節電になります。
・暖房機器を必要とするこの季節は、朝の時間帯や18:00～19:00の時間帯が電力
消費のピークタイムとなります。電子レンジ、洗濯機、炊飯器などの消費電力の
高い機器は、ピークタイムをずらして使用しましょう。
・冷蔵庫にはものを詰め込み過ぎないようにしましょう。また、電気炊飯器の保
温時間を減らすのも節電に有効です。
・屋内では、温かい格好をして、カーテンを閉める（断熱効果があります）など
して、エアコンやストーブなどの暖房機器を使う時間を減らしましょう。
・テレビよりもラジオのほうが消費電力が小さくてすみます。
電気を大切に使うことで、被災地を励ますことができます。
私たち一人ひとりの節電努力が、被災地が必要とするエネルギーを創り出します。
物資援助やボランティアなどの人的支援も必要ですが、被災地側の受け入れ態勢
も充分ではない今、私たちが、いまそれぞれの暮らしのなかでできるアクション
が「節電」です。
私たちが日々の暮らしのなかで、節電に努力し、続けていくことは、確実に、被
災地のチカラになります。
現在、節電が必要とされているのは、東日本エリア（東京電力、及び、東北電力
の管轄内）です。東日本と西日本では、周波数が異なることから東日本に周波数
を変換して送電できる容量に上限があります。このため、東京電力、東北電力の
管轄外で節電しても被災地のためにという意味では効果は生まれません。
それでも、電力以外にも燃料が足りないという状況もあり、日本全国で節電・節
約していたくことはとても大事なことです。そして、「電力消費量を自分たちの
意思で減らすことができる」ことを未来に向けて実証・伝えていくためには大き
な役に立つと思います！
～～～～～～～～～～～～～引用ここまで～～～～～～～～～～～～～～～～～
そして、イーズでも、これまでのコンテンツからヒントやアイディアをとりまと
めてご紹介するページをアップしました。
～～～～～～～～～～～～～ここから引用～～～～～～～～～～～～～～～～～
「被災地の復興のために、わたしたちができること。節電努力。」
http://www.es-inc.jp/news/001947.html
※※この呼びかけは、ソトコトの「被災地の復興のために、わたしたちができる
こと。節電努力。」に賛同し、同じタイトルで呼びかけています。※※
「いまの状況で私に何ができるのだろう？」と思っていらっしゃる方も多いこと
でしょう。義援金や救援物資の支援などのほかにも、毎日の暮らしの中で「でき
ること」の１つが節電です。特に、被災地と同じ周波数の圏域の方々は、その節
電が被災地への電力につながります。周波数が違っても、ガソリンその他、省エ
ネすることが役に立ちます。
「節電」や「省エネ」については、イーズでも枝廣のメールニュースや書籍等を
通して、ご紹介・ご提案してきました。これまでに蓄積した情報から、わたした
ちができる「節電」に関する部分をピックアップしました。お役に立てばうれし
いです。
被災地の一刻も早い復興を心より願っております。
枝廣・イーズスタッフ一同
～～～～～～～～～～～～～～～～
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　昨日の続きになりますが、海外メディア・外国政府関係者の今回の福島原発事故の認識は、連日、日本で報道されている内容とは大きく異なり、大変危機的で深刻です。</p>
<p>　私の身内に届いたカナダからの友人のメールでは、「自分の周りには住む場所が十分あるから、今すぐにでも家族全員でこちらに移動するように」と、真剣な内容だったとか。諸外国のメディアは、福島原発の爆発の連鎖とその対応の事実をつぶさに見つめながら、冷静に報道しています。この場合、冷静と言うのは、「真実を語る」という意味ですね。</p>
<p>　東京電力、保安院の記者会見、テレビに出て来る「専門家」、メディアスタッフの話は、何の役にも立ちません。とにかく、当該事故現場組織の「発電所所長」とか、現場の最高責任者の存在が全く見えないのは大きな疑問ですね。現場はこういう作業をしていて、こんな作業プランを持っているといった、やっている側発の報道が何もない、危機管理の中ではあり得ない状態です。無いなら無いと率直に言えば、市民はそれぞれの判断で責任を持って動けます。</p>
<p>　現場に一度も足を運んだことが無い連中が、「安全だ、安全だ」といくら叫んでも、市民はとうの昔にその「ニセモノ性」を見破っていますよ。理屈では「対策」になっていても、それが出来る環境が現在あるかどうか、直感的に理解しているのです、私たちは。発表される写真だけ見ても、「安全」などとは程遠い現実を認識できるのです。</p>
<p>　市町村長の何人かはメディアの取材に対して、現在の状況報告、必要物資の具体的要請等、大変な困難な環境の中、必死に訴えています。これ自体、本来はそんなことをしなくても支援の手を差し伸べなければならないのでしょうが。それと同様に、原発事故に関して、現場最高責任者は、「日本国民を守る」意識を持って語り続けなければなりません。もし、その任に誰も就かないのなら、これまでの原子力政策というのはその程度の覚悟だったということを、しっかり歴史に刻んでおかなければなりません。</p>
<p>　もう一つ、政府は今すぐに、全国各地の原発責任者及びその次席を招集して、現場に最も近い場でこの現実をしっかり観察して、現場はどんな状態なのか、今後の原発運営に活かす手立てをすべきです。廃炉・見直しも含めた、将来の日本のエネルギー政策に向けて、この未曽有の事故の連鎖を無駄にしてはいけません。</p>
<p>　少し離れた私たちに何が出来るか、枝廣淳子さんのメーリングから引用します。環境に関わってきた彼女が、この難局においても情報収集・発信し続けるその姿に感動致します、日刊温暖化新聞は秋山財団もパートナーとなっています。彼女はまさしく「ホンモノ」です。</p>
<p>～～～～～～～～～～～</p>
<p>日刊 温暖化新聞の企業・団体パートナーでもあるソトコトさんが、「被災地の<br />
復興のために、わたしたちができること」というページをアップされました。</p>
<p>以下にご紹介します。もちろん、できることはこれだけではありませんが、「被<br />
災地から遠く離れた自分に何ができるんだろう？」と思っていらっしゃる方がい<br />
らしたら、ぜひ！</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～ここから引用～～～～～～～～～～～～～～～～～～<br />
「被災地の復興のために、わたしたちができること」<br />
＜ソトコト・ホームページ＞<br />
<a href="http://www.sotokoto.net/setsuden/">http://www.sotokoto.net/setsuden/</a><br />
＜ロハスクラブ・ホームページ＞<br />
<a href="http://www.lohasclub.jp/setsuden.php">http://www.lohasclub.jp/setsuden.php</a></p>
<p>2011年3月11日に発生した、東北地方太平洋沖地震による甚大な損害は、私たち<br />
がこれまでに経験したことがない災害です。被災地域に暮らしている方々、救助<br />
活動や復興活動に尽力されている方々を支援するために、私たちができることの<br />
ひとつが「節電」です。</p>
<p>未曾有の大地震による、電力施設への被害発生により、私たちの日本は電力が不<br />
足しています。特に、被災地域においては、電力の確保は、救援活動や復興活動<br />
にとっては極めて重要な問題です。</p>
<p>政府及び東京電力は、3月14日から「計画停電」の実施をアナウンスしています。<br />
計画停電は、電力需要が現状の電力供給能力を上回ってしまった場合に実施され<br />
る手段であり、電力需要を抑制するためには、鉄道、工場、大型商業施設などの<br />
社会全体での節電努力、そして、一般家庭での節電努力が必要です。</p>
<p>いま一番大切なことは、まず被災地が必要とするエネルギーを確保することです。<br />
そして、そのためには、私たち一人ひとりが「節電」を心掛け、続けていくこと<br />
が重要です。</p>
<p>電気は、水道やガスの供給にも必要とされるエネルギーであり、被災地での救援<br />
活動や復興活動に必要なライフラインの確保のためにも、私たち一人ひとりの節<br />
電努力が必要です。</p>
<p>●私たちが生活のなかでできる節電</p>
<p>・外出の際、あるいは、使っていない電気製品のプラグはコンセントから抜きま<br />
しょう。機器によってはプラグを挿し込んでいるだけで、待機電力を消費してし<br />
まう場合があります。</p>
<p>・昼間は、なるべく必要最低限の照明で過ごしましょう。オフィスでは、昼休み<br />
の消灯や、通路のなどの照明の間引きも節電になります。</p>
<p>・暖房機器を必要とするこの季節は、朝の時間帯や18:00～19:00の時間帯が電力<br />
消費のピークタイムとなります。電子レンジ、洗濯機、炊飯器などの消費電力の<br />
高い機器は、ピークタイムをずらして使用しましょう。</p>
<p>・冷蔵庫にはものを詰め込み過ぎないようにしましょう。また、電気炊飯器の保<br />
温時間を減らすのも節電に有効です。</p>
<p>・屋内では、温かい格好をして、カーテンを閉める（断熱効果があります）など<br />
して、エアコンやストーブなどの暖房機器を使う時間を減らしましょう。</p>
<p>・テレビよりもラジオのほうが消費電力が小さくてすみます。</p>
<p>電気を大切に使うことで、被災地を励ますことができます。<br />
私たち一人ひとりの節電努力が、被災地が必要とするエネルギーを創り出します。<br />
物資援助やボランティアなどの人的支援も必要ですが、被災地側の受け入れ態勢<br />
も充分ではない今、私たちが、いまそれぞれの暮らしのなかでできるアクション<br />
が「節電」です。<br />
私たちが日々の暮らしのなかで、節電に努力し、続けていくことは、確実に、被<br />
災地のチカラになります。</p>
<p>現在、節電が必要とされているのは、東日本エリア（東京電力、及び、東北電力<br />
の管轄内）です。東日本と西日本では、周波数が異なることから東日本に周波数<br />
を変換して送電できる容量に上限があります。このため、東京電力、東北電力の<br />
管轄外で節電しても被災地のためにという意味では効果は生まれません。</p>
<p>それでも、電力以外にも燃料が足りないという状況もあり、日本全国で節電・節<br />
約していたくことはとても大事なことです。そして、「電力消費量を自分たちの<br />
意思で減らすことができる」ことを未来に向けて実証・伝えていくためには大き<br />
な役に立つと思います！</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～引用ここまで～～～～～～～～～～～～～～～～～</p>
<p>そして、イーズでも、これまでのコンテンツからヒントやアイディアをとりまと<br />
めてご紹介するページをアップしました。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～ここから引用～～～～～～～～～～～～～～～～～</p>
<p>「被災地の復興のために、わたしたちができること。節電努力。」<br />
<a href="http://www.es-inc.jp/news/001947.html">http://www.es-inc.jp/news/001947.html</a><br />
※※この呼びかけは、ソトコトの「被災地の復興のために、わたしたちができる<br />
こと。節電努力。」に賛同し、同じタイトルで呼びかけています。※※</p>
<p>「いまの状況で私に何ができるのだろう？」と思っていらっしゃる方も多いこと<br />
でしょう。義援金や救援物資の支援などのほかにも、毎日の暮らしの中で「でき<br />
ること」の１つが節電です。特に、被災地と同じ周波数の圏域の方々は、その節<br />
電が被災地への電力につながります。周波数が違っても、ガソリンその他、省エ<br />
ネすることが役に立ちます。</p>
<p>「節電」や「省エネ」については、イーズでも枝廣のメールニュースや書籍等を<br />
通して、ご紹介・ご提案してきました。これまでに蓄積した情報から、わたした<br />
ちができる「節電」に関する部分をピックアップしました。お役に立てばうれし<br />
いです。</p>
<p>被災地の一刻も早い復興を心より願っております。</p>
<p>枝廣・イーズスタッフ一同</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?feed=rss2&amp;p=7874</wfw:commentRss>
		</item>
		<item>
		<title>大地震、今、感じること（2）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7859</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7859#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 16 Mar 2011 02:26:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7859</guid>
		<description><![CDATA[　今回の地震の件、いち早く海外にも伝えられたようですね。11日夜にお会いした上海のビジネスパーソンには、直後からインターネットでたくさんのお見舞い・励ましメールが中国から届いたとか。私のところにも、海外からのお見舞いメッセージ、アポイントのキャンセルも来ました。ヨーロッパの方は、特にチェルノブイリ事故の経験があり、敏感な反応があります。集団に属している場合、その責任者は、何の渡航禁止処置もしないことの責任追及も懸念するのでしょうね。幾つかご紹介します、表現の仕方、心配りに感激します。
＊私のアメリカの友人から～～～
Hi Koji,
We are so sorry to hear about the problems in Japan this week. I want you to know I&#8217;m thinking about you and hoping that your family is safe and healthy.
How is life in Hokkaido? Did you have problems with the hurricane or tsunami?
Are your children safe?
 
＊17日に東京で会うことになっていたスイス人から～～～
I would like to send our sincere thoughts [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　今回の地震の件、いち早く海外にも伝えられたようですね。11日夜にお会いした上海のビジネスパーソンには、直後からインターネットでたくさんのお見舞い・励ましメールが中国から届いたとか。私のところにも、海外からのお見舞いメッセージ、アポイントのキャンセルも来ました。ヨーロッパの方は、特にチェルノブイリ事故の経験があり、敏感な反応があります。集団に属している場合、その責任者は、何の渡航禁止処置もしないことの責任追及も懸念するのでしょうね。幾つかご紹介します、表現の仕方、心配りに感激します。</p>
<p>＊私のアメリカの友人から～～～</p>
<p>Hi Koji,</p>
<p>We are so sorry to hear about the problems in Japan this week. I want you to know I&#8217;m thinking about you and hoping that your family is safe and healthy.</p>
<p>How is life in Hokkaido? Did you have problems with the hurricane or tsunami?<br />
Are your children safe?</p>
<p> </p>
<p>＊17日に東京で会うことになっていたスイス人から～～～</p>
<p>I would like to send our sincere thoughts to you and to your country for what is happening in Japan these days which will remain, for sure, in the Japanese history.</p>
<p>I hope you and your loved ones are safe, without injuries and that you have no damage at home. I keep closely following the information on the development of the situation.</p>
<p>My trip to Japan has been postponed further to this dramatic event as our management believes that this is not an appropriate timing to come to Japan during these difficult times for you. My apologies for that cancelation, we shall contact you again when this emergency situation has settled down.</p>
<p>Please do not hesitate to contact me anytime should I be any help.</p>
<p> </p>
<p>＊栃木県益子町にあるワグナーナンドール記念財団理事長・ワグナーちよさんは、東京にも住まわれていますが、彼女からのメール～～～</p>
<p>ナンドールがいたら、すぐ東北に向かって走り出すの止めるのが大変でしたでしょう。</p>
<p>神戸の折にも切断機や溶接機を車に積んで助けに行くというのを、若くない私共が行ったら<br />
かえって足手まといになるからと必死で止めました。</p>
<p>ここの対策はよく出来ていて水、電気も十分ですしスタッフも一生懸命です。医者もいるし<br />
その上キシュさんもいてラッキーでした。イロナさん他ハンガリーの方々はＴＶで悲惨な状態を<br />
見て、切符を二枚手配するからすぐちよさんとハンガリーへ戻れ、と何人もから電話が来ます。<br />
あなただけ早く帰って、と言わないところがハンガリー人らしいです。おそらくキシュさんは<br />
ナンドールに対しても私への責任を感じて下さっているのでしょう。</p>
<p> </p>
<p>　1956年の革命（ハンガリー動乱）はじめ、幾つかの理不尽な体験をしている人々は、「Dear friends」の絆が強く、危機に直面した時の「同志的助け合い」にスイッチが入るのかも知れません。私たちも頑張らなければなりませんね！！</p>
<p>　日本でも渡辺謙さんほかが新しいサイトを立ち上げました、「Kizuna311：<a href="http://kizuna311.com/">http://kizuna311.com/</a>」。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>大地震、今、感じること（1）</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7835</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7835#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 16 Mar 2011 01:00:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7835</guid>
		<description><![CDATA[　今回の地震、日が経つにつれて甚大な被害の様子が明らかになってきています。地震・津波、余震、そして福島原発連続事故による電力供給難です。繰り返し、被害に遭われた方々に心からお見舞い申し上げます。
　昨日、羽田空港出発ロビーは、いつもの照明よりも暗くはなっていましたが、現場で働く職員の頑張りに支えられて、チェックインほかには何の支障もありませんでした。むしろ非常時の印象も明確で、秩序ある静けさとでも言うのでしょうか。都内JR切符の自動販売機も、3分の1は計画停電で使用できない旨の張り紙がありました。
　原発事故は今後も目を離せませんね。私どもの財団としては、3年前に、ベラルーシ大使ご夫妻と被災地生まれの子供たちがこの事務所を訪問されたこともあり、原発事故と聞くと、あの時の子どもたちの屈託のない笑顔と澄みきった眼を想い出します。
　秋山財団の社会貢献活動助成の第一号で採択された、「チェルノブイリへのかけはし：http://www.kakehashi.or.jp/」の皆さまの企画で、この訪問が実現しました。子供たちは財団の建物中を走り回っていましたし、被災した女性のエカチェリーナ・コスチュケービッチさんが、その時付添いの医師として同行していました。　
　丁度、今、早朝テレビのワイドショーで、原発の専門家という方が、「すぐに1986年のチェルノブイリ事故と今回の事故を一緒にする人たちがいるが、全く違います！」と、あたかも心配する市民の無知を叱責するような言い方でしゃべっています。
　でも、そうではありませんね。理屈とか理論ではなくて、直接会って知った人々の顔と現実が最も説得力があるのであり、そこから連想する「不安」を払拭できない専門家の理屈こそ、「ニセモノ」と言うものでしょう。歴史的事実、或いは目の前に起きている現実に直面して、社会にしっかりした「安心」を提供できない「専門的知識」とは、一体どんな意味を持つのでしょうか。今こそ、「専門家」としてのこれまでの活動が問われているのです。
　対照的に、昨日アメリカの科学者が、「今回の事故は、スリーマイル事故とチェルノブイリ事故との間くらいの危険度」と語っていました。さらにこの欄の末尾に、3月11日付ニューヨークタイムスのこの事故に対する論評を添付致します。国内の「専門家」が信頼できないのは情けないことですが、命には代えられませんので。
　この数日間各テレビ局に出演している原子力発電関係の「専門家」と称される方々、特に東京大学教授たちの、ごく普通の市民に対しての冷たい眼差し・立ち位置、NHKを筆頭とするメディア関係者の突っ込みの甘さは、一種の日本の「異常性」を象徴するような現実だと思います。「想定外」、「念には念を入れて」等、ここに至ってこれらの言葉に憤りを感じるのは私だけではないのではありませんか。
　昨日、JR東京駅構内を歩いていて、黙々と各ホームに向かう大勢の人々の後ろ姿を見ていて、何かある種の「感動」を覚えました。普段は、単なる群れとしての存在にしか映らなく、それどころか「従順な羊ではなく、自分の頭でしっかり考えろよ！」と攻撃的になる自分がいるのですが、昨日は明らかに違いました。日本社会は、「現場の力」、「労働力の質の高さ」で今日まで来たことを確認しました、指導的（？）立場の人材・アカデミックセクターがいかに貧弱でもですね。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～
2011年3月11日：ニューヨークタイムス
「日本における放射能放出は数カ月続く可能性あり」と専門家が見解を示す
デヴィッド・サンガー、マシュー・Ｌ・ウォルド
http://www.nytimes.com/2011/03/14/world/asia/japan-fukushima-nuclear-reactor.html?_r=1&#38;emc=na&#38;pagewanted=print
日本の政府関係筋は、２つの発電所での炉心溶融は「部分的」であり、発電所外
での放射能の測定値は、日本の安全基準値の２倍とはいえ比較的低いと思われる
と言っているが、米国国防総省は13日にプラントから100キロメートル離れた地
点を飛行したヘリコプターに少量の放射性の微粒子が付着していたと発表した。
セシウム137とヨウ素121が含まれていると思われ、これは環境汚染の広がりを示
している。
１号機の設計に詳しい複数の専門家によれば、東京電力側にはいまや、冷却手段
として放射性物質を含んだ水蒸気を定期的に放出する以外に選択肢はほとんどな
く、この措置は核分裂が止まった後も1年以上続けられることになる可能性があ
るという。ということは、数十万人の避難住民は長期間家に戻れないことになり、
風向きが変われば、放射性物質が海方向ではなく日本の都市に向かって運ばれる
可能性がある。
通常の原子炉冷却機能を回復するには、電力が必要であり――地震と津波で電力
供給は停止中――発電所の技術者たちは、すでに放射能汚染が著しい場所で作業
をする必要があるだろう。
米国政府は、不安を抑えるために、「ハワイやアラスカ、米国領および米国西海
岸では、放射能が人体に悪影響を与えるレベルには達しないと予想される」との
結論を出しているが、日本に到着した専門家はこの３日間に起こったことを把握
し始めており、その一人は「最良のシナリオをたどったとしても、これが近いう
ちに終わることはない」と述べた。
核分裂反応が止まって原子炉の運転が停止されても、燃料は運転時の約６パーセ
ントの熱を出している。通常は、電気ポンプによって熱水を抜き、それを冷却す
るのだが、今回の場合、電力供給が止まった後、このシステムが使えなかったた
め、海水を注入して燃料冷却を試みた。だが、これによって、炉内の圧力が上昇
して、大気中に蒸気を放出し、さらに水を注入するという手法をとらざるを得な
くなっている。
燃料が無傷であれば、放出する蒸気に含まれる放射性物質はわずかであるが、燃
料が損傷すれば放出される蒸気の汚染度は高まる。
もう一つの懸念材料は、日本の原子炉の中にはMOX燃料を使っているものがあり、
MOX燃料には再処理したプルトニウムが含まれていることだ。今回の原子炉がこ
のタイプであれば、放出する蒸気はより有害なものになる可能性がある。
問題の原因は、津波の後の一連の失敗にある。津波は福島発電所の周囲にあった
護岸堤防を軽々と越え、ディーゼル発電機が浸水した。発電機は低いところに置
かれていた－－これは明らかに、護岸によって守られるだろうという誤った自信
によるものだ。
大きな爆発は、炉心が冷却されない場合に原子炉格納器内で起きる可能性のある
ことを示す警告である。IAEAによれば、「炉心の損傷を抑える手段として」東京
電力は海水にホウ素（核反応を止める作用がある）を混ぜて注入することを計画
し、12日午後10時20分にそれを開始した。
これは捨て身の行動である。海水を注入すれば発電不能になるので、廃炉を決心
したということなのだ。だがこの海水注入も簡単ではない。格納器内の圧力がひ
じょうに高くなっているために海水注入が困難になっている。
問題をさらに大きくしているのは、原子炉内の計器が地震または津波で損傷して
いるようで、炉心にどのくらいの水があるかを正確に知ることができなくなって
いることだ。
また、注水の作業にあたっている人々は放射能にさらされていると思われる。放
射能汚染の治療を受けた作業員も複数いるという。彼らの被爆の程度がどの程度
深刻なものかは不明である。
～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　今回の地震、日が経つにつれて甚大な被害の様子が明らかになってきています。地震・津波、余震、そして福島原発連続事故による電力供給難です。繰り返し、被害に遭われた方々に心からお見舞い申し上げます。</p>
<p>　昨日、羽田空港出発ロビーは、いつもの照明よりも暗くはなっていましたが、現場で働く職員の頑張りに支えられて、チェックインほかには何の支障もありませんでした。むしろ非常時の印象も明確で、秩序ある静けさとでも言うのでしょうか。都内JR切符の自動販売機も、3分の1は計画停電で使用できない旨の張り紙がありました。</p>
<div id="attachment_7836" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010282.jpg"><img class="size-medium wp-image-7836" title="p1010282" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010282.jpg" alt="羽田空港出発ロビーは薄暗く" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">羽田空港出発ロビーは薄暗く</p></div>
<p>　原発事故は今後も目を離せませんね。私どもの財団としては、3年前に、ベラルーシ大使ご夫妻と被災地生まれの子供たちがこの事務所を訪問されたこともあり、原発事故と聞くと、あの時の子どもたちの屈託のない笑顔と澄みきった眼を想い出します。</p>
<div id="attachment_7838" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010284.jpg"><img class="size-medium wp-image-7838" title="p1010284" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010284-500x375.jpg" alt="財団事務所を訪問したベラルーシ大使ご夫妻と療養の子どもたち" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">2008年、秋山財団を訪問したベラルーシ大使ご夫妻と療養の子どもたち</p></div>
<div id="attachment_7839" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010283.jpg"><img class="size-medium wp-image-7839" title="p1010283" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010283.jpg" alt="訪問時に頂いたプレゼント！" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">訪問時に頂いたプレゼント！</p></div>
<p>　秋山財団の社会貢献活動助成の第一号で採択された、「チェルノブイリへのかけはし：<a href="http://www.kakehashi.or.jp/">http://www.kakehashi.or.jp/</a>」の皆さまの企画で、この訪問が実現しました。子供たちは財団の建物中を走り回っていましたし、被災した女性のエカチェリーナ・コスチュケービッチさんが、その時付添いの医師として同行していました。　</p>
<p>　丁度、今、早朝テレビのワイドショーで、原発の専門家という方が、「すぐに1986年のチェルノブイリ事故と今回の事故を一緒にする人たちがいるが、全く違います！」と、あたかも心配する市民の無知を叱責するような言い方でしゃべっています。</p>
<p>　でも、そうではありませんね。理屈とか理論ではなくて、直接会って知った人々の顔と現実が最も説得力があるのであり、そこから連想する「不安」を払拭できない専門家の理屈こそ、「ニセモノ」と言うものでしょう。歴史的事実、或いは目の前に起きている現実に直面して、社会にしっかりした「安心」を提供できない「専門的知識」とは、一体どんな意味を持つのでしょうか。今こそ、「専門家」としてのこれまでの活動が問われているのです。</p>
<p>　対照的に、昨日アメリカの科学者が、「今回の事故は、スリーマイル事故とチェルノブイリ事故との間くらいの危険度」と語っていました。さらにこの欄の末尾に、3月11日付ニューヨークタイムスのこの事故に対する論評を添付致します。国内の「専門家」が信頼できないのは情けないことですが、命には代えられませんので。</p>
<p>　この数日間各テレビ局に出演している原子力発電関係の「専門家」と称される方々、特に東京大学教授たちの、ごく普通の市民に対しての冷たい眼差し・立ち位置、NHKを筆頭とするメディア関係者の突っ込みの甘さは、一種の日本の「異常性」を象徴するような現実だと思います。「想定外」、「念には念を入れて」等、ここに至ってこれらの言葉に憤りを感じるのは私だけではないのではありませんか。</p>
<p>　昨日、JR東京駅構内を歩いていて、黙々と各ホームに向かう大勢の人々の後ろ姿を見ていて、何かある種の「感動」を覚えました。普段は、単なる群れとしての存在にしか映らなく、それどころか「従順な羊ではなく、自分の頭でしっかり考えろよ！」と攻撃的になる自分がいるのですが、昨日は明らかに違いました。日本社会は、「現場の力」、「労働力の質の高さ」で今日まで来たことを確認しました、指導的（？）立場の人材・アカデミックセクターがいかに貧弱でもですね。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</p>
<p>2011年3月11日：ニューヨークタイムス<br />
「日本における放射能放出は数カ月続く可能性あり」と専門家が見解を示す</p>
<p>デヴィッド・サンガー、マシュー・Ｌ・ウォルド<br />
<a href="http://www.nytimes.com/2011/03/14/world/asia/japan-fukushima-nuclear-reactor.html?_r=1&amp;emc=na&amp;pagewanted=print">http://www.nytimes.com/2011/03/14/world/asia/japan-fukushima-nuclear-reactor.html?_r=1&amp;emc=na&amp;pagewanted=print</a><br />
日本の政府関係筋は、２つの発電所での炉心溶融は「部分的」であり、発電所外<br />
での放射能の測定値は、日本の安全基準値の２倍とはいえ比較的低いと思われる<br />
と言っているが、米国国防総省は13日にプラントから100キロメートル離れた地<br />
点を飛行したヘリコプターに少量の放射性の微粒子が付着していたと発表した。<br />
セシウム137とヨウ素121が含まれていると思われ、これは環境汚染の広がりを示<br />
している。</p>
<p>１号機の設計に詳しい複数の専門家によれば、東京電力側にはいまや、冷却手段<br />
として放射性物質を含んだ水蒸気を定期的に放出する以外に選択肢はほとんどな<br />
く、この措置は核分裂が止まった後も1年以上続けられることになる可能性があ<br />
るという。ということは、数十万人の避難住民は長期間家に戻れないことになり、<br />
風向きが変われば、放射性物質が海方向ではなく日本の都市に向かって運ばれる<br />
可能性がある。</p>
<p>通常の原子炉冷却機能を回復するには、電力が必要であり――地震と津波で電力<br />
供給は停止中――発電所の技術者たちは、すでに放射能汚染が著しい場所で作業<br />
をする必要があるだろう。</p>
<p>米国政府は、不安を抑えるために、「ハワイやアラスカ、米国領および米国西海<br />
岸では、放射能が人体に悪影響を与えるレベルには達しないと予想される」との<br />
結論を出しているが、日本に到着した専門家はこの３日間に起こったことを把握<br />
し始めており、その一人は「最良のシナリオをたどったとしても、これが近いう<br />
ちに終わることはない」と述べた。</p>
<p>核分裂反応が止まって原子炉の運転が停止されても、燃料は運転時の約６パーセ<br />
ントの熱を出している。通常は、電気ポンプによって熱水を抜き、それを冷却す<br />
るのだが、今回の場合、電力供給が止まった後、このシステムが使えなかったた<br />
め、海水を注入して燃料冷却を試みた。だが、これによって、炉内の圧力が上昇<br />
して、大気中に蒸気を放出し、さらに水を注入するという手法をとらざるを得な<br />
くなっている。</p>
<p>燃料が無傷であれば、放出する蒸気に含まれる放射性物質はわずかであるが、燃<br />
料が損傷すれば放出される蒸気の汚染度は高まる。</p>
<p>もう一つの懸念材料は、日本の原子炉の中にはMOX燃料を使っているものがあり、<br />
MOX燃料には再処理したプルトニウムが含まれていることだ。今回の原子炉がこ<br />
のタイプであれば、放出する蒸気はより有害なものになる可能性がある。</p>
<p>問題の原因は、津波の後の一連の失敗にある。津波は福島発電所の周囲にあった<br />
護岸堤防を軽々と越え、ディーゼル発電機が浸水した。発電機は低いところに置<br />
かれていた－－これは明らかに、護岸によって守られるだろうという誤った自信<br />
によるものだ。</p>
<p>大きな爆発は、炉心が冷却されない場合に原子炉格納器内で起きる可能性のある<br />
ことを示す警告である。IAEAによれば、「炉心の損傷を抑える手段として」東京<br />
電力は海水にホウ素（核反応を止める作用がある）を混ぜて注入することを計画<br />
し、12日午後10時20分にそれを開始した。</p>
<p>これは捨て身の行動である。海水を注入すれば発電不能になるので、廃炉を決心<br />
したということなのだ。だがこの海水注入も簡単ではない。格納器内の圧力がひ<br />
じょうに高くなっているために海水注入が困難になっている。</p>
<p>問題をさらに大きくしているのは、原子炉内の計器が地震または津波で損傷して<br />
いるようで、炉心にどのくらいの水があるかを正確に知ることができなくなって<br />
いることだ。</p>
<p>また、注水の作業にあたっている人々は放射能にさらされていると思われる。放<br />
射能汚染の治療を受けた作業員も複数いるという。彼らの被爆の程度がどの程度<br />
深刻なものかは不明である。</p>
<p>～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～～</p>
]]></content:encoded>
			<wfw:commentRss>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?feed=rss2&amp;p=7835</wfw:commentRss>
		</item>
		<item>
		<title>大地震、津波、そして原発事故</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7807</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7807#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 13 Mar 2011 00:11:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7807</guid>
		<description><![CDATA[　掲載した後、14日午前11時にこのサイトを追加しました（がんばれ日本：http://ideapad.jp/d9385fb4/show/）。
16日午後1時にこのサイトを追加しました（http://www.earthday-tokyo.org/2011/news/2011/03/3141400ustream.html）。
　
 11日午後2時50分頃に、私は札幌の秋山財団事務室で仕事をしていると、滑るような横揺れがあり少し続いたので、直感的にどこかで大きな地震だなと思いながら、事務局二人の所に行きました。すぐにテレビをつけて見ると、「東北沖を震源とする地震が発生」とすでに報道していました。
　私の身内は首都圏に複数暮らしていて、携帯メールでそれぞれの安否確認を行いましたが、会社から2時間以上歩いて家にたどり着いた者等、深夜までには居場所も確認できて、少しホッとは致しました。ただ余震の心配、東北・八戸の親戚の安否、その他余談を許さない情況の中、気になりながらも一晩過ぎました。
　1日経つと、今度は地震そのものは勿論ですが、それによって発生した津波による大被害に言葉を飲み込みました。そして、時間を経るごとにどんどんその犠牲者・被害も膨れ上がってきていました。1995年1月の阪神淡路大震災の180倍のエネルギーとは言え、津波も報道されている数字以上のエネルギーだと感じました。数字には出てこない複合的な現象による被害があるのでしょう。
　さらに、昨日午後になり福島原発の爆発、放射能被爆等も報道されてきています。東京電力・原子力保安院の記者会見が全く廻りくどくて良く理解できません。それに比べて、原子力資料情報室（http://www.cnic.jp/）が12日20時に行った記者会見（http://www.ustream.tv/recorded/13269582）は、われわれの今懸念するポイントに応える内容になっています。日頃の視座の違いでしょうか、それにしても当事者・東京電力の情報開示能力の欠如は、あきれるばかりですね。
　こと原発に関する情報は、どうしてこうも分かりにくいのでしょうか。事実確認の説明自体が、とうてい普通の市民にはすぐには理解できません。意識的に「隠している」としか思いようがありません。
　それともう一つ、今回は大地震・津波・原発事故の複合災害であり、個々の「専門家？」がテレビ等で数値の説明をしても意味が有りません。過去情報に基づいて長々説明するよりも、今の状況にどう対処すべきなのか、「役に立つメッセージの発信」であってほしいものです。行政も機能しないし、結局は地元住民は現場の判断で行動するしかない、そんな感じですね。
　まだまだ被害は広がりそうで心配ですが、これまでに犠牲になられた皆さまに、心からお見舞い申し上げますとともに、この惨事から得られる教訓を今後に必ず活かしていきたいと思います。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="mceTemp">　掲載した後、14日午前11時にこのサイトを追加しました（<strong>がんばれ日本：</strong><a href="http://ideapad.jp/d9385fb4/show/"><strong>http://ideapad.jp/d9385fb4/show/</strong></a>）。</div>
<div class="mceTemp">16日午後1時にこのサイトを追加しました（<a href="http://www.earthday-tokyo.org/2011/news/2011/03/3141400ustream.html">http://www.earthday-tokyo.org/2011/news/2011/03/3141400ustream.html</a>）。</div>
<div class="mceTemp">　</div>
<div class="mceTemp"> 11日午後2時50分頃に、私は札幌の秋山財団事務室で仕事をしていると、滑るような横揺れがあり少し続いたので、直感的にどこかで大きな地震だなと思いながら、事務局二人の所に行きました。すぐにテレビをつけて見ると、「東北沖を震源とする地震が発生」とすでに報道していました。</div>
<div id="attachment_7812" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010267.jpg"><img class="size-medium wp-image-7812" title="p1010267" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010267-500x375.jpg" alt="左は11日夕方の号外、他は12日朝刊1面" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">左は11日夕方の号外、他は12日朝刊1面</p></div>
<p>　私の身内は首都圏に複数暮らしていて、携帯メールでそれぞれの安否確認を行いましたが、会社から2時間以上歩いて家にたどり着いた者等、深夜までには居場所も確認できて、少しホッとは致しました。ただ余震の心配、東北・八戸の親戚の安否、その他余談を許さない情況の中、気になりながらも一晩過ぎました。</p>
<p>　1日経つと、今度は地震そのものは勿論ですが、それによって発生した津波による大被害に言葉を飲み込みました。そして、時間を経るごとにどんどんその犠牲者・被害も膨れ上がってきていました。1995年1月の阪神淡路大震災の180倍のエネルギーとは言え、津波も報道されている数字以上のエネルギーだと感じました。数字には出てこない複合的な現象による被害があるのでしょう。</p>
<p>　さらに、昨日午後になり福島原発の爆発、放射能被爆等も報道されてきています。東京電力・原子力保安院の記者会見が全く廻りくどくて良く理解できません。それに比べて、原子力資料情報室（<a href="http://www.cnic.jp/">http://www.cnic.jp/</a>）が12日20時に行った記者会見（<a href="http://www.ustream.tv/recorded/13269582">http://www.ustream.tv/recorded/13269582</a>）は、われわれの今懸念するポイントに応える内容になっています。日頃の視座の違いでしょうか、それにしても当事者・東京電力の情報開示能力の欠如は、あきれるばかりですね。</p>
<p>　こと原発に関する情報は、どうしてこうも分かりにくいのでしょうか。事実確認の説明自体が、とうてい普通の市民にはすぐには理解できません。意識的に「隠している」としか思いようがありません。</p>
<p>　それともう一つ、今回は大地震・津波・原発事故の複合災害であり、個々の「専門家？」がテレビ等で数値の説明をしても意味が有りません。過去情報に基づいて長々説明するよりも、今の状況にどう対処すべきなのか、「役に立つメッセージの発信」であってほしいものです。行政も機能しないし、結局は地元住民は現場の判断で行動するしかない、そんな感じですね。</p>
<p>　まだまだ被害は広がりそうで心配ですが、これまでに犠牲になられた皆さまに、心からお見舞い申し上げますとともに、この惨事から得られる教訓を今後に必ず活かしていきたいと思います。</p>
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		<title>こうして彼は「犯人」にされた</title>
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		<pubDate>Fri, 11 Mar 2011 00:48:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　映画「それでもボクはやっていない：http://www.soreboku.jp/index.html」、「Shall　we　ダンス？」の周防正行監督、足利事件冤罪被害者の菅家利和さん（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3796）、足利事件の弁護士の笹森学さんをお招きしてのシンポジウム「取り調べの全面可視化を考える」が、700名以上の参加者を集めて開催されました。
　周防正行監督のお話は、実に興味深かったですね。映画製作の視点から、「全面可視化」と「いわゆる可視化（部分可視化）」の意味合いの全くの違いを熱く語りました。
＊　映画「それでもボクはやっていない」は、2年間の取材（弁護士、当事者、裁判官へのインタビュー、傍聴等）に基づいたもの：特に印象的だった元検察官の言葉、「裁判で一番重要なことは『やったという自白』で、証拠の王様」
＊　日本社会の警察・検察・裁判所に対する盲目的信頼、足利事件ほかの事実が明らかになり、大きな時代の転換点
＊　取り調べの「全面可視化」とだだの「可視化」は似て非なるもの、全く別のベクトル、「部分可視化」は最も危険、なぜなら「編集」作業を通して逆の証拠として活用される危惧の方が大きい
＊　「初期供述の重要性」がもっと認識されるべき、例えば痴漢事件の場合、最初の駅の部屋での供述がポイントで、真実に最も近い場合が多い、その後の警察での取り調べでは変質していく
＊　「全面可視化」は、従来型の取り調べのやり方を変える、今までのやり方が根底から覆る
＊　刑事裁判の場は、裁判官・検事・弁護士というプロ集団の中に、ただ一人のアマチュアが立っている図式
＊　世界的には「可視化」とは、「録画」のことであり、部分可視化などあり得ない
＊　「全面可視化」は被疑者だけでなく、参考人、被害者、証人等、全て録画すべき
　つい最近の村木事件でも、検察特捜部、警察の「検証」が報告されていますが、全て内輪の者だけでの検討で信頼できないですね。笹森弁護士もおっしゃっていましたが、間違いを起こした時に「速やかに回復する機能」が欠落している、まさにこれまでの制度的欠陥と言わざるを得ません。課題のつまみ食いによる中途半端な対応策で、お茶を濁して逃げないように、私たち市民は自分の問題として、今後も注視していかなくてはなりませんし、ここにおけるメディアの役割も大きいですね。
　来月に封切りとなる周防正行監督の「ダンシング・チャップリン：http://www.dancing-chaplin.jp/」も面白そうです。監督の妻・草刈民代の「ラストダンス」ともチラシにありますし、なんせいつ行っても1000円になりましたからね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　映画「それでもボクはやっていない：<a href="http://www.soreboku.jp/index.html">http://www.soreboku.jp/index.html</a>」、「Shall　we　ダンス？」の周防正行監督、足利事件冤罪被害者の菅家利和さん（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3796">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=3796</a>）、足利事件の弁護士の笹森学さんをお招きしてのシンポジウム「取り調べの全面可視化を考える」が、700名以上の参加者を集めて開催されました。</p>
<div id="attachment_7776" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010261.jpg"><img class="size-medium wp-image-7776" title="p1010261" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010261.jpg" alt="700人を越える参加者" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">小ホールから大ホールへ変更：700人を越える参加者</p></div>
<div id="attachment_7777" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010260.jpg"><img class="size-medium wp-image-7777" title="p1010260" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010260-500x375.jpg" alt="パネルディスカッションでの熱心な議論" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">左から周防正行さん、菅家利和さん、笹森学さん</p></div>
<div id="attachment_7778" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010259.jpg"><img class="size-medium wp-image-7778" title="p1010259" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010259.jpg" alt="足利事件の経過と課題報告" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">足利事件の経過と課題報告</p></div>
<p>　周防正行監督のお話は、実に興味深かったですね。映画製作の視点から、「全面可視化」と「いわゆる可視化（部分可視化）」の意味合いの全くの違いを熱く語りました。</p>
<p>＊　映画「それでもボクはやっていない」は、2年間の取材（弁護士、当事者、裁判官へのインタビュー、傍聴等）に基づいたもの：特に印象的だった元検察官の言葉、「裁判で一番重要なことは『やったという自白』で、証拠の王様」</p>
<p>＊　日本社会の警察・検察・裁判所に対する盲目的信頼、足利事件ほかの事実が明らかになり、大きな時代の転換点</p>
<p>＊　取り調べの「全面可視化」とだだの「可視化」は似て非なるもの、全く別のベクトル、「部分可視化」は最も危険、なぜなら「編集」作業を通して逆の証拠として活用される危惧の方が大きい</p>
<p>＊　「初期供述の重要性」がもっと認識されるべき、例えば痴漢事件の場合、最初の駅の部屋での供述がポイントで、真実に最も近い場合が多い、その後の警察での取り調べでは変質していく</p>
<p>＊　「全面可視化」は、従来型の取り調べのやり方を変える、今までのやり方が根底から覆る</p>
<p>＊　刑事裁判の場は、裁判官・検事・弁護士というプロ集団の中に、ただ一人のアマチュアが立っている図式</p>
<p>＊　世界的には「可視化」とは、「録画」のことであり、部分可視化などあり得ない</p>
<p>＊　「全面可視化」は被疑者だけでなく、参考人、被害者、証人等、全て録画すべき</p>
<p>　つい最近の村木事件でも、検察特捜部、警察の「検証」が報告されていますが、全て内輪の者だけでの検討で信頼できないですね。笹森弁護士もおっしゃっていましたが、間違いを起こした時に「速やかに回復する機能」が欠落している、まさにこれまでの制度的欠陥と言わざるを得ません。課題のつまみ食いによる中途半端な対応策で、お茶を濁して逃げないように、私たち市民は自分の問題として、今後も注視していかなくてはなりませんし、ここにおけるメディアの役割も大きいですね。</p>
<p>　来月に封切りとなる周防正行監督の「ダンシング・チャップリン：<a href="http://www.dancing-chaplin.jp/">http://www.dancing-chaplin.jp/</a>」も面白そうです。監督の妻・草刈民代の「ラストダンス」ともチラシにありますし、なんせいつ行っても1000円になりましたからね。</p>
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		<title>「タオ財団」、最後の理事会・評議員会</title>
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		<pubDate>Tue, 08 Mar 2011 22:12:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　（財）タオ世界文化発展研究所（http://wagnernandor.com/indexj.htm）は、私も常務理事を務めていますが、先日栃木県から「公益財団法人」への移行認定を受けて、今年4月1日から名称も変更し、「公益財団法人ワグナー・ナンドール記念財団」として、新たな展開が始まります。
　先日は、現財団として最後の理事会・評議員会が益子で開催されました。一昨年、東京都中野区・哲学堂公園に「哲学の庭」が設置となり（http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2792）、昨年12月の「一周年記念フォーラム：http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6768」、そして公益移行認定と、このところ大きな進化を遂げています。新しいDVD作品2枚、「妻が語るワグナー・ナンドールとその世界」、「違いを越えて世界を結ぶ～哲学の庭」も完成して、ますます活動も充実するでしょう。ご希望の方には販売もしていますので、益子の事務局にお問い合わせ下さい。
　折からこの時期、地元益子町でも「雛めぐり・ストリートライヴ」が数か所で開催されて、3月の柔らかい日差しの中、マチも賑わって（？）いました。
　さらにJR東日本の東北新幹線では、この日から最高時速300kmの「はやぶさ：http://www.jreast.co.jp/e5/main.html」が走り始めたようです、1日2本ですから、目にすることは難しいですね。
　それぞれのプロジェクトが、それぞれの場所から新たなスタートを切っています。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　（財）タオ世界文化発展研究所（<a href="http://wagnernandor.com/indexj.htm">http://wagnernandor.com/indexj.htm</a>）は、私も常務理事を務めていますが、先日栃木県から「公益財団法人」への移行認定を受けて、今年4月1日から名称も変更し、「<strong>公益財団法人ワグナー・ナンドール記念財団</strong>」として、新たな展開が始まります。</p>
<p>　先日は、現財団として最後の理事会・評議員会が益子で開催されました。一昨年、東京都中野区・哲学堂公園に「哲学の庭」が設置となり（<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2792">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=2792</a>）、昨年12月の「一周年記念フォーラム：<a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6768">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=6768</a>」、そして公益移行認定と、このところ大きな進化を遂げています。新しいDVD作品2枚、「妻が語るワグナー・ナンドールとその世界」、「違いを越えて世界を結ぶ～哲学の庭」も完成して、ますます活動も充実するでしょう。ご希望の方には販売もしていますので、益子の事務局にお問い合わせ下さい。</p>
<div id="attachment_7780" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010262.jpg"><img class="size-medium wp-image-7780" title="p1010262" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010262-500x375.jpg" alt="新しい紹介DVD作品2枚" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">新しい紹介DVD作品2枚、素晴らしい内容です！</p></div>
<p>　折からこの時期、地元益子町でも「雛めぐり・ストリートライヴ」が数か所で開催されて、3月の柔らかい日差しの中、マチも賑わって（？）いました。</p>
<div id="attachment_7749" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010254.jpg"><img class="size-medium wp-image-7749" title="p1010254" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010254.jpg" alt="益子町ではいくつかの場で「ストリートライブ」！" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">益子町ではいくつかの場で「ストリートライブ」！</p></div>
<p>　さらにJR東日本の東北新幹線では、この日から最高時速300kmの「はやぶさ：<a href="http://www.jreast.co.jp/e5/main.html">http://www.jreast.co.jp/e5/main.html</a>」が走り始めたようです、1日2本ですから、目にすることは難しいですね。</p>
<div id="attachment_7750" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010257.jpg"><img class="size-medium wp-image-7750" title="p1010257" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010257.jpg" alt="JR東日本の新幹線駅では「はやぶさ」でもちきり" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">JR東日本の新幹線駅では「はやぶさ」でもちきり</p></div>
<p>　それぞれのプロジェクトが、それぞれの場所から新たなスタートを切っています。</p>
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		<title>「幸せ経済社会研究所」、キックオフ！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7722</link>
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		<pubDate>Sun, 06 Mar 2011 23:05:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7722</guid>
		<description><![CDATA[　枝廣淳子さんが新しく設立した「幸せ経済社会研究所：http://ishes.org/」の設立キックオフ・フォーラムがありました。バラトングループの若手のホープ、アラン・アトキンソン（http://www.atkisson.com/）さんの基調講演とQ&#38;Aです。



実にさわやかな、ナイス・ガイでした！

　枝廣淳子さんはこれまでに、JFS（ジャパン・フォー・サステナビリティ：http://www.japanfs.org/ja/aboutus.html）をはじめとして、12の視座から環境問題に取り組んできています（http://www.es-inc.jp/）。今回設立の背景は・・・
＊　経済成長のジレンマ：　１）現在のままの経済成長は持続可能ではない、２）経済成長を止めると、社会は不安定になる、３）どうしたらよいのか・・・・？
＊　ハーマン・デイリーのピラミッド（http://change-agent.jp/sustainablemanagement/pyramid.html）
＊　持続可能な発展の３つの統合指標：　「自然資本」ー持続可能性（Sustainability）、「経済」ー自然資本の幸せへの転換率（Efficiency）、「幸せ」―皆に実現しているか（Sufficiency）
＊　全体とつながりを考えること：　「経済」、「社会」、「幸せ」――まず指標を考え直そう、という動き
 
　アラン・アトキソン氏は、「Growth　and Happiness：成長と幸福」と題しての講演でした。30を越える質問からなるこの講演、普段分かった気になっている言葉を、再度検証する良い機会となりました。その後のQ&#38;Aでも、幾つかのキーワードが・・・・
＊　インビジブル・エコノミー、「アマチュア・エコノミー」の価値と重要性～～「アマチュア」とはラテン語で「愛」の意味とか
＊　すべて「プロフェッショナル・エコノミー（お金に代えられる）」にしていいのだろうか？
＊　これまでお金で代え難かったものをお金にしてしまうと、失われるものも多い
＊　プロフェッショナル経済とアマチュア経済の線引きをしっかり行うこと――「賢い」経済を目指すべき
＊　これまで、「歴史は勝った者によって書かれている」
＊　日本は、「課題先進国」！！！
  「好奇心」は学習する原点であり、「ダメな自分」を見るのも必要ではないか、と笑顔で問いかけるアランの姿は、透明感と爽やかさでいっぱいでした。JFS（http://www.japanfs.org/ja/）のカタログに「日本から世界へ、世界から日本へ～～コミュニケーションが未来を創ります」と書かれています。
　今回のフォーラム、若い方々と女性が多かったですね。私は平均年齢をかなり上げている参加者の一人だったかもしれません。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　枝廣淳子さんが新しく設立した「幸せ経済社会研究所：<a href="http://ishes.org/">http://ishes.org/</a>」の設立キックオフ・フォーラムがありました。バラトングループの若手のホープ、アラン・アトキンソン（<a href="http://www.atkisson.com/">http://www.atkisson.com/</a>）さんの基調講演とQ&amp;Aです。</p>
<div id="attachment_7744" class="wp-caption alignnone" style="width: 510px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010248.jpg"><img class="size-medium wp-image-7744" title="p1010248" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010248-500x375.jpg" alt="超満員の会場で、アランの講演です！" width="500" height="375" /></a><p class="wp-caption-text">超満員の会場で、アラン・アトキソン氏の講演</p></div>
<p class="mceTemp">
<dl id="attachment_7745" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px;">
<dt class="wp-caption-dt"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010247.jpg"><img class="size-medium wp-image-7745" title="p1010247" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010247.jpg" alt="実にさわやかな、ナイス・ガイでした！" width="300" height="225" /></a></dt>
<dd class="wp-caption-dd">実にさわやかな、ナイス・ガイでした！</dd>
</dl>
<p>　枝廣淳子さんはこれまでに、JFS（ジャパン・フォー・サステナビリティ：<a href="http://www.japanfs.org/ja/aboutus.html">http://www.japanfs.org/ja/aboutus.html</a>）をはじめとして、12の視座から環境問題に取り組んできています（<a href="http://www.es-inc.jp/">http://www.es-inc.jp/</a>）。今回設立の背景は・・・</p>
<p>＊　経済成長のジレンマ：　１）現在のままの経済成長は持続可能ではない、２）経済成長を止めると、社会は不安定になる、３）どうしたらよいのか・・・・？</p>
<p>＊　ハーマン・デイリーのピラミッド（<a href="http://change-agent.jp/sustainablemanagement/pyramid.html">http://change-agent.jp/sustainablemanagement/pyramid.html</a>）</p>
<p>＊　持続可能な発展の３つの統合指標：　「自然資本」ー持続可能性（<strong>Sustainability</strong>）、「経済」ー自然資本の幸せへの転換率（<strong>Efficiency</strong>）、「幸せ」―皆に実現しているか（<strong>Sufficiency</strong>）</p>
<p>＊　全体とつながりを考えること：　「経済」、「社会」、「幸せ」――まず指標を考え直そう、という動き</p>
<p> </p>
<p>　アラン・アトキソン氏は、「Growth　and Happiness：成長と幸福」と題しての講演でした。30を越える質問からなるこの講演、普段分かった気になっている言葉を、再度検証する良い機会となりました。その後のQ&amp;Aでも、幾つかのキーワードが・・・・</p>
<p>＊　インビジブル・エコノミー、「アマチュア・エコノミー」の価値と重要性～～「アマチュア」とはラテン語で「愛」の意味とか</p>
<p>＊　すべて「プロフェッショナル・エコノミー（お金に代えられる）」にしていいのだろうか？</p>
<p>＊　これまでお金で代え難かったものをお金にしてしまうと、失われるものも多い</p>
<p>＊　プロフェッショナル経済とアマチュア経済の線引きをしっかり行うこと――「賢い」経済を目指すべき</p>
<p>＊　これまで、「歴史は勝った者によって書かれている」</p>
<p>＊　日本は、「課題先進国」！！！</p>
<p>  「好奇心」は学習する原点であり、「ダメな自分」を見るのも必要ではないか、と笑顔で問いかけるアランの姿は、透明感と爽やかさでいっぱいでした。JFS（<a href="http://www.japanfs.org/ja/">http://www.japanfs.org/ja/</a>）のカタログに「日本から世界へ、世界から日本へ～～コミュニケーションが未来を創ります」と書かれています。</p>
<p>　今回のフォーラム、若い方々と女性が多かったですね。私は平均年齢をかなり上げている参加者の一人だったかもしれません。</p>
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		<item>
		<title>「TPSレパートリーシアター」始まる！</title>
		<link>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7699</link>
		<comments>http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7699#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 04 Mar 2011 19:17:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/?p=7699</guid>
		<description><![CDATA[　私も副理事長を務める北海道演劇財団の付属劇団TPS（http://www.h-paf.ne.jp/）が、今年、初めてのチャレンジ「レパートリーシアター」を始めました。役者は大変ですが、3月一ヵ月間にレパートリー3つの作品を公演します。場所は、中島公園横のシアターZoo（http://www.h-paf.ne.jp/ogist/）です。
　初日公演後、関係者が集まってキックオフ・パーティー、すごい熱気でした。
　札幌には、たくさんの若手の演劇人が活躍しています。ただ、コマーシャル料等が首都圏と違っていて、ギャラにも限界があり、なかなか演劇だけでは食べていかれないのが現実です。そんな中でも果敢に挑戦する役者達に拍手を送り続けて、北海道発の人材を世に送っていきたいものです。「創造都市・さっぽろ」を謳うのなら、すでに著名なものを呼んできての「興行」、作品鑑賞だけの「消費」ではなく、人材の育成を主軸にすべきではありませんか！今必要なのは、それぞれできる活動、たとえば資金的支援、場を創る、鑑賞する、広く宣伝する等を通して、産業としての育成的視座をもつことなのだと思います。
　今回の公演は、身近なテーマを扱っていて、北海道のローカルな話題で大変面白いと思いますよ！！！！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　私も副理事長を務める北海道演劇財団の付属劇団TPS（<a href="http://www.h-paf.ne.jp/">http://www.h-paf.ne.jp/</a>）が、今年、初めてのチャレンジ「<strong>レパートリーシアター</strong>」を始めました。役者は大変ですが、3月一ヵ月間にレパートリー3つの作品を公演します。場所は、中島公園横のシアターZoo（<a href="http://www.h-paf.ne.jp/ogist/">http://www.h-paf.ne.jp/ogist/</a>）です。</p>
<p>　初日公演後、関係者が集まってキックオフ・パーティー、すごい熱気でした。</p>
<div id="attachment_7702" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010242.jpg"><img class="size-medium wp-image-7702" title="p1010242" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010242.jpg" alt="シアターZooのロビー：これまでのポスター" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">シアターZooのロビー：これまでのポスター</p></div>
<div id="attachment_7703" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010243.jpg"><img class="size-medium wp-image-7703" title="p1010243" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010243.jpg" alt="レパートリーの名場面" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">レパートリーの名場面</p></div>
<div id="attachment_7704" class="wp-caption alignnone" style="width: 310px"><a href="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010245.jpg"><img class="size-medium wp-image-7704" title="p1010245" src="http://blog.akiyama-foundation.org/weblog/wp-content/uploads/2011/03/p1010245.jpg" alt="初日を終えて「祝スタート・ミニパーティ」で挨拶する斎藤歩さん" width="300" height="225" /></a><p class="wp-caption-text">初日を終えて「祝スタート・ミニパーティ」で挨拶する斎藤歩さんと出演者たち</p></div>
<p>　札幌には、たくさんの若手の演劇人が活躍しています。ただ、コマーシャル料等が首都圏と違っていて、ギャラにも限界があり、なかなか演劇だけでは食べていかれないのが現実です。そんな中でも果敢に挑戦する役者達に拍手を送り続けて、北海道発の人材を世に送っていきたいものです。「創造都市・さっぽろ」を謳うのなら、すでに著名なものを呼んできての「興行」、作品鑑賞だけの「消費」ではなく、人材の育成を主軸にすべきではありませんか！今必要なのは、それぞれできる活動、たとえば資金的支援、場を創る、鑑賞する、広く宣伝する等を通して、産業としての育成的視座をもつことなのだと思います。</p>
<p>　今回の公演は、身近なテーマを扱っていて、北海道のローカルな話題で大変面白いと思いますよ！！！！</p>
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		<title>映画「太平洋の奇跡」</title>
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		<pubDate>Wed, 02 Mar 2011 23:31:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　今年は、日米開戦（1941年）から70年、映画「太平洋の奇跡～フォックスと呼ばれた男：http://www.taiheiyo-no-kiseki.jp/index.html」は日米のスタッフ・キャスト合同の話題作で、印象深かったですね。
　「歴史に埋もれた真実の物語」とチラシにあった通り、私自身恥ずかしながらこう言った事実を知りませんでした、サイパンは玉砕だったと思っていて、です。さらに、この真実がアメリカ人の元海兵隊員ドン・ジョーンズによって明らかになったこと、原作者が戦後に来日して取材を重ねて書きあげた著書であることに、少し残念な気もします。彼は、大場栄大尉の戦いぶりに強い感銘を受けたとも、本人の言葉として語られています。あとがきには、「多くの人たちが、自分たちの父や祖父や叔父たちが、国を守るために戦った精神について何も知りませんでした。もっと驚いたことは、その人たちがしたことに、何の尊敬の念も払っていないことです。私は、このことをとても残念に思います」と記されているそうです。
　竹野内豊が演じた大場大尉は、太平洋戦争の激戦地サイパン島で、わずか47人の兵力で4万5000人もの米軍を巧妙な戦略で翻弄し、“フォックス”と畏敬の念を込めて呼ばれていました。ただ、当時の日本兵にあって、「自決するより生きて戦うことを選べ！」という信念を貫き、終戦後の12月に戦没者を弔うべく軍歌を歌いながら投降したという史実を知る日本人は、驚くほど少ないのも事実です。
　竹野内をはじめ、作品にかかわったすべてのスタッフ、キャストが伝えたかったことは、「日本人の誇り」だったのでしょうね。俳優、監督の弁（http://dogatch.jp/cinema/taiheiyo/special/）は、大変興味深いです。
＊　大場栄大尉役の竹野内豊：　「生きて、日本に帰ろう」、赤ん坊に言うセリフ「生きろ！」
＊　ハーマン・ルイス大尉役のショーン・マクゴーウァン：　「優秀な軍人は戦争を求めない、戦うのは平和を求める時だけ」
　映画にはいくつか印象的なシーンがありますが、私は、投降後、米軍のジープに乗りながら、敵だったアメリカ軍人に対して、「ただ無心に戦っただけ。私はこの島で、誉められるようなことは何もしていません」と、静かに語っている場面が一番でしたね。もう一つ、アメリカ軍の当初の指揮官・ポラード大佐が、日本兵のメンタリティを「理解出来ない！！」と繰り返し叫び、「上官たちがどうして決戦前夜に自ら命を絶つのか」等、たくさんの質問をルイス大尉に浴びせる場面も面白かったです、恐らく多くのアメリカ人、いや現代の日本人でも抱く疑問かもしれません。
　この映画をみ終わってから、インターネット検索で映画の周辺情報を読んでいますと、実に多彩で、さらに興味を増しますね。以前にも書いたのですが、演劇（芝居）にも映画作品程の周辺情報があれば、誘いやすいし、もっと広くファンを集められるような気がするのですが、これからの課題でしょう。
　竹野内豊（http://www.youtube.com/watch?v=FG3pQiT-d4Y&#38;NR=1&#38;feature=fvwp）の今回の好演は、これまでのイメージを変えるのに十分だったとの評価です。私は、もう少しあくが強くても良かったのかな、と思いましたが。日本軍と現地民間人との葛藤も、沖縄での現実を含めて、見逃してはならないです、軍隊は「何のために、誰を守るために戦っていたのか」、ですね。
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			<content:encoded><![CDATA[<p>　今年は、日米開戦（1941年）から70年、映画「太平洋の奇跡～フォックスと呼ばれた男：<a href="http://www.taiheiyo-no-kiseki.jp/index.html">http://www.taiheiyo-no-kiseki.jp/index.html</a>」は日米のスタッフ・キャスト合同の話題作で、印象深かったですね。</p>
<p>　「歴史に埋もれた真実の物語」とチラシにあった通り、私自身恥ずかしながらこう言った事実を知りませんでした、サイパンは玉砕だったと思っていて、です。さらに、この真実がアメリカ人の元海兵隊員ドン・ジョーンズによって明らかになったこと、原作者が戦後に来日して取材を重ねて書きあげた著書であることに、少し残念な気もします。彼は、大場栄大尉の戦いぶりに強い感銘を受けたとも、本人の言葉として語られています。あとがきには、「多くの人たちが、自分たちの父や祖父や叔父たちが、国を守るために戦った精神について何も知りませんでした。もっと驚いたことは、その人たちがしたことに、何の尊敬の念も払っていないことです。私は、このことをとても残念に思います」と記されているそうです。</p>
<p>　竹野内豊が演じた大場大尉は、太平洋戦争の激戦地サイパン島で、わずか47人の兵力で4万5000人もの米軍を巧妙な戦略で翻弄し、“フォックス”と畏敬の念を込めて呼ばれていました。ただ、当時の日本兵にあって、「自決するより生きて戦うことを選べ！」という信念を貫き、終戦後の12月に戦没者を弔うべく軍歌を歌いながら投降したという史実を知る日本人は、驚くほど少ないのも事実です。</p>
<p>　竹野内をはじめ、作品にかかわったすべてのスタッフ、キャストが伝えたかったことは、「日本人の誇り」だったのでしょうね。俳優、監督の弁（<a href="http://dogatch.jp/cinema/taiheiyo/special/">http://dogatch.jp/cinema/taiheiyo/special/</a>）は、大変興味深いです。</p>
<p>＊　大場栄大尉役の竹野内豊：　「生きて、日本に帰ろう」、赤ん坊に言うセリフ「生きろ！」</p>
<p>＊　ハーマン・ルイス大尉役のショーン・マクゴーウァン：　「優秀な軍人は戦争を求めない、戦うのは平和を求める時だけ」</p>
<p>　映画にはいくつか印象的なシーンがありますが、私は、投降後、米軍のジープに乗りながら、敵だったアメリカ軍人に対して、「ただ無心に戦っただけ。私はこの島で、誉められるようなことは何もしていません」と、静かに語っている場面が一番でしたね。もう一つ、アメリカ軍の当初の指揮官・ポラード大佐が、日本兵のメンタリティを「理解出来ない！！」と繰り返し叫び、「上官たちがどうして決戦前夜に自ら命を絶つのか」等、たくさんの質問をルイス大尉に浴びせる場面も面白かったです、恐らく多くのアメリカ人、いや現代の日本人でも抱く疑問かもしれません。</p>
<p>　この映画をみ終わってから、インターネット検索で映画の周辺情報を読んでいますと、実に多彩で、さらに興味を増しますね。以前にも書いたのですが、演劇（芝居）にも映画作品程の周辺情報があれば、誘いやすいし、もっと広くファンを集められるような気がするのですが、これからの課題でしょう。</p>
<p>　竹野内豊（<a href="http://www.youtube.com/watch?v=FG3pQiT-d4Y&amp;NR=1&amp;feature=fvwp">http://www.youtube.com/watch?v=FG3pQiT-d4Y&amp;NR=1&amp;feature=fvwp</a>）の今回の好演は、これまでのイメージを変えるのに十分だったとの評価です。私は、もう少しあくが強くても良かったのかな、と思いましたが。日本軍と現地民間人との葛藤も、沖縄での現実を含めて、見逃してはならないです、軍隊は「何のために、誰を守るために戦っていたのか」、ですね。</p>
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		<title>「かつうらビッグひな祭り」、ほか</title>
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		<pubDate>Mon, 28 Feb 2011 23:07:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>秋山孝二</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[日記]]></category>

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		<description><![CDATA[　千葉県外房・勝浦市の「かつうらビッグひな祭り：http://www.city.katsuura.chiba.jp/event/hinamatsuri.html」は、マチあげてのひな人形フェスティバルです。神社・寺院・交差点、駅周辺の商店街のそれぞれのお店の前にも、中にも、ユニークなひな人形がたくさんありました。強風にもめげず、しっかり台座に座っていましたよ。
 　江戸時代の人形は、顔の形も目の大きさも、現代とは随分違っています。
 　そう言えば、名古屋市にある「徳川美術館：http://www.tokugawa-art-museum.jp/」の特別展「尾張徳川雛祭り：http://www.tokugawa-art-museum.jp/planning/h23/02/index.html」も伝統があり素晴らしいですね
